Coolier - 新生・東方創想話

そして剣は振るわれる

2006/11/01 04:24:29
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「貴女にこんな役目を…許して、妖夢…私はここで諦めるわけにはいかないの…」 







 風が吹いていた。
 地上と比しても温度は低い冥界。だが今日はことさらに冷たい風が吹いていた。
 冥界、白玉楼へと続く長い長い石段。その最奥の門の前に、一人の少女が立っていた。
 自らの半身たる魂魄を従え、得物たる二刀を手に佇む少女――幽人の庭師こと魂魄 妖夢である。
 この白玉楼の二百由旬の庭を一手に引き受ける庭師であり、主たる西行寺 幽々子の従者にして
 護衛でもある彼女。そこにいる事自体はなんら不思議なことでは無いのだが、まるで凍りつかん
 ばかりにまで張り詰めた周りの空気が今の状況を語っていた。
「――もうすぐだというのに…」
 誰ともなく呟く。
 焦りがないわけではない。だが、迷いはない。凛とした表情にはいささかの乱れもない。
 その視線は、ただ遠くの空を見据えていた。


 話は遡る。
「…誰かが復活するというのよ。面白いとは思わない?」
 彼女の主である西行寺 幽々子によれば桜の立ち並ぶこの白玉楼の庭においてなお異様を誇る大木、西行妖。
 毎年、花をつけても決して満開にはならない不思議な木であった。
 その根元には何者かが眠っており、花を満開にすることで封印が解かれその者が蘇るのだという。
「…そこで春が必要なのよ。妖夢、西行寺 幽々子の名において命ずる。封印を解くために春という
 春を集めてきなさい」
 そして幻想郷中の春という春がこの冥界、白玉楼のさらに奥、西行妖へと妖夢の手によって
 集められた。
 だがここで問題が起きた。もともと狭い幻想郷。西行妖も花が開き、あと一歩で満開というところ
 で春が尽きてしまったのだ。
 地上はすでに春が尽き開けることなき冬が訪れている。このうえどこから集めてくればいいのか――

 冥界への侵入者があると言われたのはそんな矢先だった。もともと気付かれる心配はあった。
 春を奪うという行為、地上からすれば異常でしかない。長引く冬に不審を抱かないものが居ない
 はずはないと思っていた。
 だがあろうことにその侵入者は僅かな春を持ち、結界を越えてきたのだという。
「…ここで春を奪い返されるわけにはいかないわ…妖夢、庭師として、護衛として、なんとしても
 春を奪い、侵入者を追い払いなさい」
 淡々と命を述べる幽々子様。だが、その姿に表には出ていないものの焦りのようなものを感じた
 ような気がした。
 …無理もない。あと一歩というところで、この上なく最悪の状況になってしまったのだから。
 ――だからこそ、私が何とかしなくてはならない――
 命ぜられるままに春を集め、そして今彼女は主の悲願を守る最後の盾としてそこにいる。


「本当に…分からないな…」
 目を閉じ、しばし意識を思考に委ねる。
 迷いは無い。だが、疑問が無いわけではなかった。花が満開になることの無い西行妖、その下に
 眠る者の正体――分からないことが多すぎる。
 庭師故に分かる、今の幽々子様。今の幽々子様は、そう、まるで桜に、西行妖に憑かれているようだ。
 予感の域を出ないものの、春とその何者かの復活を渇望するその姿にどこか不吉なものを感じてさえ
 いた。畏怖さえ覚えたこともあったのだから。
 ふと、お師匠様の言葉が思い出された。それは、春にしては肌寒いこんな日のことだったような気
 がした。
「…妖夢、お前にはいつか、幽々子様のために剣を執る日が来るかもしれん…だが迷うことはない、
 それが魂魄の宿命なのだからな…」
 そうだ、
「忘れるな、その剣が何のためにあるのかを」
 それが、
「剣士として、従者として、護衛として。その全てを超えた先にそれはあるのだ――」
 私のさだめ。
 刹那の、だが彼女にとっては千日にも万日にも匹敵するであろう逡巡の末。
「けれど…やるしかないんだ…」
 ふたたび開かれたその瞳は紅へと染まっていた。空気がまた鋭さを増した。
 私と幽々子様。そこには確かに主従を越えた関係は存在する。だが今は、主と従者、主と護衛。
 それ以上でもそれ以下でもない。今の私は、幽々子様の盾にして剣なのだから。

 ――風が変わった。
 庭より桜の花弁を暗い空へと舞い上がらせていた風が止み、代わりによりいっそう冷気を含んだ向かい
 風が吹いてきたように思えた。
「――来たか…」
 かちゃり、と刀を握る手に力が入る。
 遠く霞む段の向こうにその姿は未だ見えない。だがここまで来るのも時間の問題だろう。
 と、目の前にそれを告げるように一片の雪が舞っていた。
 刹那、抜き放たれた刃が虚空になお冷たく光る軌跡を残し、鞘へと戻るその一瞬。雪片は神速の剣閃に
 よって八つに切り裂かれ、後ろの空へと流れて散っていった。
「…行こう」
 ふわり、と宙へと飛び上がる。振り返ると遠く庭の奥に妖しい、桜色の朧ろな光が見えた。
 主が悲願、今ここで私が潰えさせるわけにはいかない――
 いまや彼女の横顔は、戦場へと赴く武人のそれであった。
 白銀の帳の中で、今一つの戦いが始まろうとしている。風はただ冷たさを増すばかりであった。

 ~妖々夢Stage5へと続く~
懐かしの妖々夢ものです。妖夢メインのシリアスものに仕立ててみました。
戦いの前の緊迫感や、剣士であるがゆえの心の動きなどが伝われば、と思います。

色々と個人的な解釈を加えてますが…その辺りがどう映るのか心配だったり(駄

まあ初投稿ゆえ、お手柔らかにひとつお願いしますorz
七ツ夜
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コメント



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8.70月影蓮哉削除
やはりね、最後の「行こう」ってのが、最大に良いと思うぜ。
これからの成長も込めて、ということで。