Coolier - 新生・東方創想話

カゴメカゴメ~前奏~

2006/10/31 22:36:46
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■注意書き
<この話は、読む上で注意すべき点があります。以下の点を踏まえた上でお読み下さい>

・最初っから堂々と、魔理沙×チルノが大前提です。というか、話的には夏の日シリーズ(創想話7~9)のアフターなので、全く知らないで読むと結構つらいかもしれません。
・この話では、チルノの一人称は「あたい」ではなくて基本的に「私」です。

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<卵が先か鶏が先かだって? そんなの簡単だぜ、どっちも食ったら美味いに決まってる>  霧雨魔理沙


 夏ってのは昔からくそ暑いと相場は決まってるし、冬が寒いのも当然だ。しかし……足して2で割れたら良いと思うのは私だけか? 
 毎年毎年、夏になる度こんな無意味な事を考えてるような気がするが……こう連日ひたすらに暑い日が続かれたら、そんな事を考えたくもなる。正直たまったもんじゃないぜ。
「あー、あちぃ……」
 今日だけでいい加減何十回言ったかわからん台詞が、ついまた零れた。
 
 
 去年の夏の誤解(っても誰も信じやしないが)からこっち、チルノは今じゃすっかり定期的にうちにやってくるのが当たり前になった。
 おかげで、チルノがいる日は相当にマシなんだが毎日来るって訳でもない。
 ……いや……まあ、正直こんなくそ暑い日なら本気で大歓迎だし、仮に私が『お前がいると涼しいから毎日でも来ていいぜ』って言えば、チルノの事だから喜んで本当に毎日でも来るんだろうが。
 ベッドに寝転がって想像してみると、笑顔で飛び込んでくるチルノの姿が簡単に思い浮かんだ。
「しかし、今以上に周りの誤解を助長しまくるのもアレだからなぁ……」
 チルノが私にべったりなのは、今じゃとっくに永遠亭や冥界にまで知れ渡ってる始末らしい。別に確認して回った訳じゃないし、確認したくも無いが。
 人の噂も七十五日とやららしいが、あれは『七十五日で噂がおさまる』んじゃなくて『七十五日ありゃ噂が十分広まりきる』って意味だったって事はよーく分かった。
 とはいえ最近ではようやく流石に下火になってきたような気はしてたんだが、ここにきて、火に油どころかダイナマイト放り込む馬鹿が現れやがった。

「……ったく……」
 気だるさMAXで、ついさっき丸めて床に放り投げたそれを寝転がったまま、見るとも無しに私は眺める。
 全開にした窓から久しぶりにそよ風が入ってきて、私は軽く目を閉じた。


******


 あれはそう、10日位は前だった気がする。 
「どうも~。お久しぶりです、色々と速い魔法使いさん。今日はちょっと取材に来ました」
 昼を多少回った頃、ドアをノックする音がして開けてみると、能天気そうな顔がデン、と現れた。
「あー、なんだ三流記者か……。とりあえず、暑いからまたにしてくれ」
「はぁ。ちなみに、またっていつ頃です?」
「そうだな、まあ冬くらいに」
 どうせこいつの取材なんて碌な事を聞かれる訳じゃないし。
 そう思い、やる気なく私がとっととドアを閉めようとすると、とんでもない台詞が帰って来た。
「氷の妖精と黒くて白い魔法使いの熱~い恋の噂は、私の耳にも良く届きますよー。でもダメなら仕方が無いですね、ここは一つ私の想像で記事を……」
「ええい待てこら、お前は推測じゃ物を書かないんじゃなかったのか!?」
 大慌てで、締めようとしたドアを開け直す。するとパタパタと笑顔で手を振って
「やだなぁ勿論書きませんよ。でも情報を一つでも引き出す為の駆け引きなら、喜んでやりますよ」
 いけしゃあしゃあとそう言って、一つウインクしやがる天狗。……いい根性してるぜ。
「あー分かった分かったよ。ここで無視したら、本当にいい加減なこと書かれてばらまかれそうだからな。で、私とチルノの何を聞きたいんだ?」
「協力感謝しますよ~。で、実はですね……色々と噂が出てるんですよ。一緒に箒に乗ってデートにでかけたとか、部屋の掃除を毎日させているとか、部屋の中で抱き合って愛を深めていたとか」
 微妙に、あってるようでいて片っ端から間違ってるぜ。まあ噂なんてこんなもんだが……噂の発信源はどこのバカだ、後でとっちめてやる。
 そんな事を思っていると、にょきっと鉛筆が突き出された。
「で、ですね! あの二人は今一体どーなってるんだっていう、皆さんのリクエストにお答えして今日はやって来た訳なんですよ。どうなんでしょう、まさかまだキスだけって訳でも無いでしょうし、やっぱりもう最後までですか? 『今じゃ女同士で子供を作る研究でもしてるんじゃない?』とか言ってる人もいますが、その辺りはっ? 結婚の場所や日取りの予定はもうありますか!?」
 速さ自慢の私にさえ何も言う暇もよこさず、一気にまくしたてられる。

 えーと、ようするにチルノと私がどこまで行ったかって事か……?

「ブ――ッ!」
 噴いたさ、思いっきり。
「うわ! 汚いですねぇもう。でもそれだけ焦るって事は、やはり図星ですか図星ですかっ?」
「ええい2回言うな! 私とチルノとは何もあるか、さっさと帰れー!」
 なおも迫って来る天狗の馬鹿を突き飛ばして、恐らく『幻想郷ドア閉め選手権』なんつー企画があったとしたら優勝間違い無しの速さでドアを閉じる。ついでに魔法の鍵までかけてやった。


******


「で、その結果がこれだからな……。あーくそ」
 床に放り投げた新聞紙の見出しが目に飛び込んで、ついつい今日だけで何度目かわからん愚痴が、また転がり出てくる。
 今朝うちの前に『取材費の代わりです、受け取ってください~』という一文と共に家の前に置かれていた代物だが、内容ははっきり言ってロクでもない。

          *           *           *

【文文。新聞 第百二十二季  葉月の二】
『音速魔法使いと氷の妖精との熱い恋 ~事実の可能性、極めて高し~』 

 氷の妖精との熱い恋……と聞くと「それって何か矛盾してない?」と思う方も多い事だろう。しかしそれはどうやら本当の事のようだ。
 以前から熱愛の噂が絶えなかった音速の黒くて白い魔法使い霧雨魔理沙さん(人間)と氷の妖精なのに性格は全然クールじゃないチルノさん(妖精)との仲については、その真偽を尋ねる匿名の手紙が相次いでおり、今回本誌記者がついに密着取材を敢行したのである。

 周辺の聞き込みにより、週に二~三回は足しげく魔法使いの家に通う妖精の姿はあちこちで目撃されており、部屋の清掃といった家事までやっている事も既に確認されている。
 それだけでも普通の仲では無い事が推察されるが、行動的で家を開けて周囲を飛び回っている事の多い魔法使いの姿を見かける頻度が最近減った気がするとの、とある巫女の証言(魔法使いを良く知る人物だけに、信憑性は高いと思われる)などから考えるに、どうやら妖精がやって来るのを待ち望んでいるふしも認められた。第三者からすると通い妻のような関係にさえ見える程である。
 そこで渦中の妖精に直接尋ねてみると、頬をほんのり赤く染め
「あはは……。うん、大好きだよ。でもこうやって面と向かって聞かれたら、やっぱりちょっと恥ずかしいかもしんない」
 このように、普段の元気一杯の喋りではなく、少々照れてはにかんだり小声になったりする非常に珍しい様子を見せながら話を聞かせてくれた。
 一体そこに至るまでに何があったのかも尋ねたが、それに関しては
「あー、ごめん。それは魔理沙に軽々しく人に言うなって言われてるからいえないや……」
 と拒否されてしまい、残念ながら深い所までは確認はできなかったのだが。

 ちなみに、その後に魔法使い本人にも尋ねに行ったが顔を真っ赤にして何も無いと噂を全て否定しドアを閉めてしまった為、予想通りほとんど何も聞くことはできなかった。
 固く閉ざされた扉は、二人の仲が容易に他人に踏み込んで欲しくは無い暗示の様にも思える。とはいえ匿名で噂の真偽を尋ねる投書が複数来ている事から鑑み、魔法使いを取り巻く人間関係は複雑な可能性も考えられる為、今後も本誌は慎重に経緯を見守っていくつもりだ。

          *          *           *

 いい加減こんなもんが我が家に存在しているのも嫌になって、私はおもむろに引っつかむとゴミ箱へと叩き込む。
 あー冷静になれ自分、周りのいい加減で無責任な批評なんか無視だ無視。私は私らしくただ我が道を行くぜ。ここは一つ深呼吸だ。すーはー、すーはー。
「よし、私は何も見なかった。見なかったったら見なかったぜ」
 そう決めると箒を引っ掴んで、とっとと家を出る事にする。こういう時は家にいるよりどこかに行った方が気だって晴れるからな。
 しかし家の中が暑い以上、当前だが外に出たら尚更暑い。
「……うぇ」
 ドアを開けると、すぐにむわっとした熱気に包まれて嫌になったが、無視して飛び上がる。
 魔法やレーザーと同じで私の場合は一度決めたら曲げる気なんかさらさらない。まぁ曲がったレーザーしか撃たない奴もいるが、多分あれも性格なんだろうなぁ。
「あー……でも、どこ行くかな」
 森を抜けながら、考えてみたら目的地を禄に決めちゃいなかった事に気がつく。神社は一昨日に行ったし、香霖の所で略奪……じゃなかった、買いものをするのも今日はあまり気が乗らない。
 となると、くそ熱い夏場に一番ふさわしい場所はやっぱりあそこっきゃないな。

 そう目的地を決め、飛ぶ方向を決めると後はもう一直線。湖を高速でつっきって飛んで行く。
「よおパチュリー、邪魔するぜ」
 魔砲一発で門番をいつも通りふっとばして、向かうのは勝手知ったるいつもの場所。ドアを開けるといつも通り軽く眉根を寄せてパチェが出迎える。
「……また来たの。暑い時期には黒くて速いのが増えて困るわ。良く飛ぶし、しぶといし」
「そいつは大変だな。ああミルクティーを頼むぜ、今日はちょっとミルク多めで」
 うちは喫茶店じゃ無いんだけど……というパチェの呟きはさらっと流して、普段から私が座ってる席へ直行する。
 夏が熱いのは当然なんだが……それでも何にだって例外って奴はあるもんだ。
 空間を捻じ曲げて作ってるせいなのか、実はパチェの大図書館はこの夏場でもそれほど酷くは暑くない。まあ涼しいって程まではいかないが。理論は一応パチェから聞いたが……まあ私にだってわからん事もあるさ。
 となるとどうなるか……家にいるよりマシで本が沢山ありゃ、夏場に私の溜まり場になるのは当たり前だ。夏だけじゃなく一年中溜まり場だけどな。
 とその時、奥の本棚から司書の小悪魔が顔を出した。
「よぉ。どうだ仕事してるか~?」
「どうもです魔理沙さん、仕事はちゃんとしてますよー、勿論。でも今月は本当、良くいらっしゃいますよね」
 何冊かの本を前に抱えた状態で、私に対して小悪魔がにこやかに笑った。
 あー……まあ最近、チルノが来ない日はこっちに来る事が結構多いからな……。うちじゃ暑苦しくて読書どころじゃ無いし。
「しょっちゅう来てるんだから、そろそろ門は顔パス位して欲しいもんだがな。ほれ、名前なんて言ったか忘れたが、あの門番も毎回毎回ふっ飛ばしてるといい加減ちょっとは気の毒だぜ」
 美鈴さんですよ……そろそろ覚えてあげてください、と困った顔をする小悪魔。おーそうだったそうだった、そういう名前だったな。次に会うまで覚えてるかどうかは分からんが。
「もう……少し静かにして。五月蝿くて本が読めないじゃないの」
 そんなバカ話をしていると、パチェがジト目でこっちを睨んでいた。
「まあお前のご主人様は少々ご立腹みたいだけどな」
 実際、私の来る頻度が上がれば上がるほど、パチェの機嫌は悪くなってるような気はするし。
 しかし小悪魔はきょとんとした顔をした後に、クスクスと笑った。
「あはは。そんな事ありませんよ、パチュリー様って魔理沙さんの『ドーン』ていう派手な魔法の音がすると、いつもいそいそ髪と服を整えて入口までやって行」
「小悪魔っ! あなたは早く、棚の整理をやってきなさい……!」
 おお、パチェが椅子を引っくり返して立ち上がったぜ。
 小悪魔はすいませーんと言って、逃げるように向こうに去って行った。あー、つまり門番は呼び鈴の代わりでもあるのか。美『鈴』だけに。
「……おほん。全く、あの子は何を言ってるんだか……」
 小悪魔の飛んで行った方を眺めながら、パチェはクルクルと指で髪の先を弄っている。
「おーいパチェ。前々から思ってたんだが、髪をそんな弄ってると痛むぜ?」
「……! ……あ、ええと……ん……」
 こちらとしては普通に指摘したつもりだったんだが、パチェは顔を真っ赤にして髪から手をパッと離すとクルッと後ろを向いてしまった。
 なんだ一体? ……まあいいか。

 そんなこんなで多少の紆余曲折はあったが、とりあえずそこから先は普通に読書の時間に突入。そして、メイド長がお茶を持ってきた頃だった。
「お、本当にミルク多めにになってるぜ。流石は客の好みを良く分かってる店だな」
「…………」
 だから違うってというツッコミを個人的には期待したんだが、紅茶のカップを片手にしたまま何やらずっとパチェは考え込んでいた。
 それを良いことにポイポイと茶菓子を口に放り込んでいると、いきなりパチェが顔を上げた。
 やばい、流石に食いすぎたか?
 一瞬そう思ったが、パチェの口から出た言葉は意外にも茶菓子とは何の関係も無かった。
「……実はちょっと話したい事があるんだけど。妹様の年って、魔理沙も知ってるわよね」
「ん? そりゃあ一応は知ってるぜ。ただあれだけ見た目や性格が年齢とかけ離れてると、よく忘れそうになるけどな」
 予想外のパチェの問いかけに答えつつ、フランドールの仕草一つ一つを思い浮かべてみる。まあどう考えたって、私よりも遥かに年上……にはとても見えん。人間じゃないんだから当たり前だけど。
「それが来週、妹様の年が一つ増えるのよ。で、レミィと話をしてて今年も妹様の誕生日を祝おうって事になった訳だけど。…………魔理沙は来週、その、暇、かしら?」
 途中で一度小さく息をはいてから、パチェはこっちをチラチラ見ながら言った。
 ほーレミリアの奴もフランにそんな事やってたんだな。まあ、多分私の招待主はフランだろう。『今年は魔理沙も呼んでー!』なんて言ったのは、簡単に想像がつく。
 フランじゃなくて、パチェから連絡が来るのは少々遠回しだが、まあこういう事もあるんだろう。
「はっはっはっは。呼ばれなくても来る私だぜ、呼ばれたら来るに決まってるだろ。祝い事とかでバカ騒ぎするのは大好きだしな、喜んで邪魔させてもらうぜ。しかし祝い事なら何か派手な事の一つでもやりたいもんだ。例えば……」
 迷う理由なんか無論無い。一も二も無く同意して、早速フランの誕生日を盛り上げる案を私が考え始めた時、私の背後で扉が開く音がした。
 ん? お茶はさっき咲夜が持ってきたし誰だ……と思ったらそこにいたのは。
「そうだな。皆でそこの七色バカを、弾幕でどれだけ遠くまで吹っ飛ばせるか競うとかどうだ?」
「お邪魔するわ……って、うげ。なんで魔理沙がいるのよ、しかも最初から喧嘩売る気満々とはいい度胸ね」
 腐れ縁の極みであるアリスのバカがそこにいた。アリスの横にいる上海人形は、私に向かって愛想良くにこにこと笑い、ちょこんと小さくお辞儀をしている。
 うーむ、つくづくダメダメな主人と違って良くできた使い魔だ。
「言っておくが私の喧嘩は高いぜ。ただ、お前に対してだけは無条件でいつでも絶賛押し売り中だ」
「言ってくれるじゃない。私がもうちょっとだけでも本気になれば魔理沙なんかお茶の子さいさいなのよ、毎回わざわざ手を抜いてあげてるの少しは自覚したら?」
「それにしちゃ、いつも悔しがってるように見えるけどな。本気出してないんじゃなくて、どうやって本気出したらいいか忘れただけじゃないのか?」
 売り言葉に買い言葉。何故か気がつくといつものパターンだ。
「――っ! ふふふ……そこまで言うなら、じゃあ少し見せてあげようかしら……っととと」
 どうやら最後の台詞がアリスのカンに触ったのか、こっちを睨みつけて大股で一歩前に踏み出そうとした時、アリスがつんのめる。
「………………」
 アリスの足下を見ると、クイクイと上海がアリスの服の裾を引っ張っていた。
 その様子を見て正気に戻ったのか、アリスは一度わざとらしく咳払いする。
「ふん。考えてみたら魔理沙なんかに構ってやるのもバカバカしいわ。第一、今日はそっちの魔女に用があって来たんだもの」
 そしてパチェの方に目をやるアリス。
「そうね。盛り上がるのは良いけど、私をほったらかしにして話を進めないで欲しいとは思ってたわ。それと本が痛むからここでは弾幕(や)らないで」
「失礼したわ……。そしてこれ、ありがとう本当に助かった」
 脇に抱えていた分厚い本を何冊かテーブルの上に置いて、アリスは小さな袋をパチェへ差し出す。
 どうでも良いけど、私以外には随分素直だな。
「別に良いわよ、ギブアンドテイクがあなたの場合はちゃんと成立するから」
 そう言って何故かちらりとこっちを見るアリスとパチェ。
「おいおい、何の事だかさっぱりわからんぜ?」
 とりあえずそう言ってとぼけてみる。実際、何の話してるかもわからないしな。
「先週そこの魔女が自分の研究に必要な本を借りに来たのよ。一週間で返すと言ってたけれど、本当にぴったりだったわ。で、貸すついでに私が欲しい物をちょっと頼んでいて」
 私は借りた物を返さない魔理沙とは違うわよと、ボソっとアリスに言われる。ほっとけ。でもなるほど、あの小袋がそうか。
「ちょい見せてくれよ、ひょいっとな」
「え、あ……ちょっと……」
 素早く側まで移動してパチェの手の中にあった袋を失敬する。本当に手が早いわねとか、またもボソっとアリスに言われた。ええいやかましい。
 アリスのバカを無視して中身を覗いてみると……ん。
「黒いぜ?」
 袋の中は黒い粉がびっしりと入っていた。
 大丈夫よ魔理沙はもっと黒いから色々と、などとなおもほざくバカがいたので、とりあえず近寄って本気で頭を殴っておく。
「そりゃそうよ、火薬だもの」
「火薬ぅ? なんだってそんなもんが必要なんだ? それにその位だったら私に頼めばすぐにやってやったのに、どうしてアリスなんかに」
 とりあえず袋をパチュリーに返して、目的を聞く。まあ魔女の研究なんてのは、ホイホイ他人に言うもんじゃないから答えて貰えるとも思ってはいないが。ちなみにまた後ろでブツブツ言ってるアリスは放置プレイ。
 が、意外にもパチェはあっさりと教えてくれた。
「以前魔理沙にも言った事があるじゃない、お嬢様と私で月ロケットの打ち上げをやりたいって話」

 ………………ああ、そういえばあったな。いきなりレミリアに「エンジンになってくれない?」とかぶっ飛んだ事を言われた覚えがある。
 返事? 誰が受けるかそんなもん、人を動力にして飛ばすなってんだ。
「おいおいおい、まだ諦めてなかったのかよ」
「勿論よ。で、とりあえずまずは小さな模型を作って火薬をテスト動力にして打上げをやってみようと思ったんだけど、私の手元には調合に必要な材料は無かったから」
 なるほど、それで合点がいった。私に頼んで目的を教えると断られるだろうと思った訳か。まあ実際きっぱりと断るが。
 しかし真剣に実験を考えてるパチュリーには悪いが、このまんまほったらかして仮に打上げとやらに成功したら、次は本気で私にお鉢が回ってきかねん。
 とその時まさに、名案が降ってわいてきた。
「おお、火薬を見て良い案が出たぜ。フランの誕生会を盛り上げる最高の方法を思いついた。ここは一丁、パッと派手に花火といこうか。それも折角ここに魔法使いが三人もいるんだ、ここは三人でどれだけフラン好みの花火を作れるか勝負しようぜ、もちろん魔法は使いたい放題だ」
「……は!? ちょ、ちょっと何を勝手にいきなり人を巻き込んでるのよ!」
 何の脈絡も無く頭数に入れられてアリスから抗議の声があがる。まあそりゃ当然だ。
 ちなみに『え、ちょっと……これは打ち上げに必要だってさっきも……』とかパチェが言ってるが、とりあえず聞こえないふりをする。
「なんだアリスは棄権か? となるとお前はやる前から最下位決定だな、やーいビリ」
 で。アリスの焚き付け方はこれでも長い付き合いだし、良く分かってるつもりだ。
 自分でも性格悪い誘い方とは思うが、この七色バカは私が普通に来いよと呼んでも、素直に来た試しが無いんだからしょうがない。
「……! ちょ、挑発して私を来させようったってそうはいかないわよ。そもそも他人の誕生日の座興なんかに何で私が出なきゃいけないの」
 顔を真っ赤にして怒鳴るアリス。おーおー、頑張る頑張る。でもこれでどうだ?
「いやいや。普段から七色魔法使いとか名乗ってるからさぞかし花火みたいに、色を操るのは得意だと思ったんだが……こいつはとんだ買いかぶりだったぜ」
 流石にこれは効いた。
『だからこれは……』っいうパチェの言葉をかき消すかのように、アリスが叫ぶ。
「……っ! 分かったわ、完膚なきまでにコテンパンに負かして泣かせてやるから覚悟しなさい!! 上海、行くわよ!」
 それだけ言い捨てて、足音も粗く去って行くアリス。おし一丁あがり。
「で、どうしたパチェ?」
 そしてパチェの方に視線をやると。
「なんでもないわよ」
 そっぽを向いていじけていた。
 うーむ、パチェには流石にちょい悪かったかもしれん。でもロケットなんて、どうせ失敗したら花火と変わらん気はするんだが……とは思ったが口に出すのはやめた。機嫌がさらに悪くなるだけだ。
「じゃあ私も早速、帰って作業するか。ああ、火薬の調合は自分でやるからアリスのはいらないぜ」 
 とりあえずパチェの機嫌をこれ以上損ねまくるのもあれだ。今日はとっとと退散する事にしよう。
「……ん、そう」
 私の言葉に対して、パチェは一度こっちに視線を向けた後すぐに本に視線を戻した。
「じゃあな、パチェの花火がどんなのか楽しみにしてるぜ。当日は思い切り派手にバカ騒ぎといきたいもんだ」
 後ろ手をひらひらと振りつつ、振り返らずに館から飛び立つ。
 大抵ここに来ると、ついつい長居するせいで帰りは夕刻過ぎ位になるんだが、外に出てみると今日はまだまだ明るい。
 さて、どうしたもんか。いつもだったら行きがけの駄賃で、霊夢か香霖の所へ冷やかしに茶でも飲みに行く所だ。しかしまあ、あれだけアリスを焚き付けておいて、これであいつに負けたら赤っ恥だ。今日は素直に帰るか。
「さあて、でもどんなのが良いかな。主賓がフランだから、やはりここは派手さと威力を強調したい所だ。面白くなってきたぜ」
 色々と構想を練りながら箒を飛ばしていると、あっさりと家まで到着する。が、ふと玄関脇に何か人影のような物が見えた。
 む。なんだ、まーだ霧雨の魔理沙さんちにちょっかいかける妖怪でもいるのか? とりあえず面倒くさいから、ここはさくっと吹っ飛ばしてご退場願うと………………って。

「チルノ?」
「……あ! 魔理沙~!」
 一瞬見間違いかとも思ったが、間違いない。こっちに気がついたのか、私の方に顔を向けてチルノはブンブンと手を振ってくる。
 今では週の半分近くはうちに来るから、別にチルノがいても驚かんが……。でも何だってうちの玄関前にぼへーっと座ってたんだ?
「ようチルノ、今日もいい天気で嫌になるな」
「うん、夏は熱くって疲れるから私も大きらいー。冬が来て、ずっと冬だったら良いのにーって暑い日はいっつも思うかな、あはは」
 そう言ってとっても楽しそうに笑うチルノ。
 それは、見てるだけで夏の暑さも吹っ飛ぶ笑顔だった。
 …………は。
 いかん、見とれてる場合じゃない。
「冬も続かれると結構辛いぜ、いつぞやの冬はかなり長かったからなぁ……っと。ところで、玄関前で何をやってたんだ?」
「え? うん、遊びに来たんだけど魔理沙がいなかったから、暇だし夕方くらいまで魔理沙が帰ってこないかなーって、待ってたんだけど。……あ、ごめん迷惑だった……かな……?」
「いや、別に迷惑って事はないが……」
 なんだ、そういう事か……と、チルノの言葉に私は一瞬だけ普通に納得しそうになる。が、すぐにある事に気がついた。
 チルノの顔が普段よりも赤い。そして、チルノがひょこっと立ち上がった時、少し体がふらついていた。
 ちょっと待て。チルノは一体いつから私を待ってたんだ?

「一つ聞きたいんだが、嫌だと言っても構わず聞くぜ。一体いつごろからここにいたんだ?」
「え? んー……確かお日さまが一番高くのぼった頃からだったかな……?」
 いともあっさりと言われて、私は頭を抱えたくなった。
 思わず、なに考えてんだ! と怒鳴りつけたくはなったが、私を待ってた事を考えるといきなり言うのもあんまりな気はする。
 それに今日は余程暇で、炎天下の中で日向ぼっこがしたい気分だったのかもしれん。
 が、チルノの言葉にはもう一つ気になっている事があった。さっきから、まるでそれが当たり前というか『慣れて普通にやってる事』みたいに聞こえるのは私の気のせいだろうか?

「…………んじゃもう一つ聞くぜ。こういうのは今日が初めてだよな?」
 嫌な予感を抱きつつ聞く。
 が、チルノがなんて答えるか……気がつくとそれなりに長い付き合いになったせいで、なんとなく私は想像がついていた。
「ううん。しょっちゅうって訳じゃないけど、それなりにはあるかな?」
「ええいこのバカバカバカ、もう一つおまけに言ってやるぜ大バカ!」 
 今度こそ有無を言わさず怒鳴りつける。
 ああ、よーく分かっちゃいたが、やっぱりこいつはバカだ。間違いない。
 しかも何で怒られたのかも分かってないのか、チルノの奴は私の方を見てきょとんとしている。
「この暑い日に何時間も日光浴なんかやって倒れたらどうするんだよ、ましてお前の場合普通の奴以上に暑いのダメだろうが! それから! そんなちょくちょく留守中に来る事があるんだったら私にちゃんと言え! 待つなら外じゃなくて家の中にしろ!」
 とりあえず当面思い当たる所まで一気にまくしたてた辺りで、チルノの方を一度見る。
「え、あ……でもでも、ただ魔理沙に迷惑じゃないかなって…………」
「うちの玄関前でお前にぶっ倒れられる方が100倍迷惑だ、ったく……」
 そんな光景を霊夢あたりに見られたら、考えるだけでぞっとしないぜ。
『魔理沙、あんたチルノを捨てたの!?』
 とか、天然であいつなら絶対に言う。間違いなく鉄板で。
 ついでに話に目鼻や尾ひれや羽までついて飛び回る。三日もあれば、幻想郷中に広まるだろう。
 バリバリと頭を掻きながら、私はチルノの方を見やる。
「まったく、わかってん」
 のかね……と続くはずだった言葉は、どこぞの隙間にのみこまれて吹っ飛んだ。


 瞳に涙をためたチルノの顔を見て。
 比喩でも何でもなく、完璧に時間が凍った。
 けれどこんなのはまだ序の口で、次に動き出した時、それはさらなる地獄に変化した。

「……う……ご、ごめん……ごめんなさい……ごめんな……さい……ご……め……さい……!」

 これまでも、チルノの回避不能な攻撃ってのは色々あった。容赦なく食らいまくってきたし。
 だが今回のはとびきりだ。
 声を詰まらせて、しゃくりあげながらボロボロと泣き出すチルノの姿なんて、最終破壊兵器以外の何もんでもない。
 つーか、見えない矢で私は確実に胸板を貫かれた。断言できる。
「うあああああ! な、泣くな、泣くなって!」
 頭を抱えて逃げ出したくなる衝動を抑えつつ、私がチルノを宥めようと大慌てで側まで寄って行こうとした時だった。
「……き……いで……」 
 かすれる声で、チルノが何かを言っているように聞こえた。
 ……き? なんだ、チルノは一体何を言ってんだ?
 疑問に思ったが近づいてみてすぐ、チルノが何を言ってるのか私にも分かった。

「きらわ……な……いで……!」

 その瞬間。私は本気で、罪悪感で死にたくなった。
 手加減無しにも程があるぜチルノ、つか絶対に反則技だろこれ!!
「ないないないない! 嫌ったりなんかしない! つか私も怒りすぎた、こんな無茶さえしないでくれれば良いんだよ、な?」
 無理矢理言い聞かせるように、チルノを抱き寄せて頭を撫でる。勢いつき過ぎて、撫でるというよりはくしゃくしゃになったが。
 ああもう何をやってんだ私はつか私なにか間違ったこと言ったかいや確かに怒鳴りすぎっちゃ怒鳴りすぎなんだがそれはこいつが心配だったからでええいチルノと私は別にそういう関係ってわけじゃないんだぞああいかん何考えてんだか真面目に分かんなくなってきやがったー!
「ほん……と?」
 なおも目に涙をぶわっと溜めながら、小さく顔を上げてチルノが私の方を見上げた。
「本当だ本当! 今までこの魔理沙さんが、お前に嘘ついたことあったか?」
「……いっぱいある……」
 胸を張って言った言葉だったが、見事に同意されて私はこけた。
 う。そりゃあまあ、昔はチルノをからかって遊んだ事が結構……いやそれなりに……つーか沢山あったような気もする。って全然ダメじゃん。 
 思わず私は頭を抱えた。けれど、チルノは涙を拭いながら口を開く。
「でも、信じる。魔理沙にだったら、私はずーっと。だまされてもいいよ」
 そう言って泣き笑いの顔だが、それでもチルノは私に笑顔を向けたのである。
 全弾命中、私は完璧に轟沈した。
「ば、ばばばばバカ! ……ほれ来い、中に入るぞ!」
 恥ずかしくてたまらんから、私は無理矢理チルノの手を引っ張って家の中に入る。とりあえず、とっととこいつに我が家の合鍵を渡そうと決心しながら。


******


 人形遣いに続いて魔理沙も慌しく出て行き、私一人がぽつんと残る。
「はぁ……」
 まだ心臓がドキドキする。
 一歩前に踏み出そう、そう決心し勇気を出して誘ってみた。予想通り魔理沙は私の気持ちには全然気がついてなかったし、ロケットの打ち上げ計画もなし崩し的に延期確定になったけれど、両方とも些細な事だ。
 基本があって発展がある。でも、それとなく誘うだけでこれだけ緊張してて、本当に想いなんか打ち明けられるのか。
「やっぱり辞めておいた方が良いかしらね……」
 そんな弱音がつい漏れてしまい、私はブンブンと被りを振った。
 情けないわ、パチュリー・ノーレッジ。不可能を可能にする事こそ魔術じゃないの。それでも100年以上の年月を重ねた魔女?
 折れそうになる心に、私が喝を入れようとしたまさにその時だった。

「だ~れだ」
 いきなり目の前が、比喩じゃなく真っ暗になった。一体誰が……なんて、聞くまでも無い。それなりに稀にだけれど、容姿に見合ったこういう戯れを私の友人はやる。
「レミィ、つまらない冗談はやめて」
「確かにね。でも、もっとつまらない愚痴を吐いてるパチェよりはマシ。それよりも、咲夜から聞いたわ。フランの誕生会をやるんですってね」
 いつの間にか、すっかり情報が筒抜けだった。
 咲夜が側にいたのだから伝わっていない方がおかしいのだけれど、それにしても。
「他人の恋路を邪魔する奴は以下略って言わないかしら。それといい加減手を離して、本が読めない」
 その言葉を待ってたとばかりに、手が離れてパッと目の前が明るくなる。
 振り返るとそこには、長い付き合いである悪魔の友人がクスクスと小さく笑みを浮かべていた。
「へー。パチェ、ついに認めるようになったんだ。まあ素直なのはいい事だけど」
「っ!」
 冷やかされて、いっきに顔が赤くなる。しまった、レミィの術中に嵌った。いつの間にか向こうのペースに乗せられている。
 私がそれに気がついたときはもう遅い。あっという間に畳み掛けられる。
「それはそれとして。ところでパチェ、フランの誕生会なんてこれまであったかしら? ついでに言うと、私にもそんな洒落た物は無かったと思うけど」
 
 やっぱり来た。ここにレミィが来た時点で当然のように突っ込まれると思ったけれど。
 人間にとっては結構慣れ親しんでる習慣なのだろうが、長命であるレミィや妹様、いや、それどころか私にも、生まれた日を祝う習慣などは遥か昔に既に無い。
「別に。ただ、たまにはそういうお祝い事があっても良いんじゃないかと思ったのよ、妹様も魔理沙と最近は遊べなくて退屈してるだろうし」
 それは半分だけ事実だ。退屈している妹様の気を紛らわせられればいい、とは確かに思った。
 でもそれは副次的な物でしかない。
「正直に言えば? いきなり、どこか二人で遊びに行こうって言うのは恥ずかしかったから、フランの誕生日にかこつけたって」
「……………………」
 図星を思いっきりレミィに突かれ、私は見事に何も言えなくなった。
 確かにそうだけど。でも、しょうがないじゃない……。溜息をついて、私はやるせなく指で髪の毛をくるくると回す。悪い癖だと分かってはいるけど、直りそうに無い。
「でもフランの誕生日ってのは良い考えよ、あの子も喜ぶだろうし。すぐに咲夜に準備をさせるのは良いとして……ねぇ、パチェ。私から一つ提案があるんだけど」
「提案?」
 思わぬレミィの言葉に、私は眉根を寄せた。
 たいていの場合は何でもかんでも我が侭放題実行に移すレミィが、提案なんて珍しい。
「そう。ちょっとしたゲーム」
 
 そう言って微笑むレミィの表情は、どこからどう見ても悪魔そのものだった。
あとがき

 どうもーっ。作者のはね~~です。
 書いてて死ぬほどに幸せでした、あー楽しい(笑)この話、投稿する前は色々と悩んだりもしたんですが、結局のところ自分の書きたい物を自由に書くのが一番良いのだと思いました。
 そんな訳で、私はこれからも私らしく頑張りますw

 さて。
 今回の話の内容は、注意書きにもあるように思いっきり夏の日シリーズの続編です(作品集7~9にて掲載してます)魔理沙とチルノの馴れ初め(ぉ)に関して興味のある方はそちらをご覧下さいー。
 ちなみに実はこの話、初期構想は七星剣立ち上げ前だったり。しかし、パソコンの故障や執筆中のフリーズなどで、何っ回もデータが吹っ飛びました。呪われてるんじゃないかと思うくらいに(涙)
 ストーリーは4部構成なので、かなり話は長いと思いますが、最後までお付き合い頂き一人でも多くの方が楽しめましたならば幸いです。
 そして、チルノを愛してくださればとっても嬉しいですw ではっ。
はね~~
[email protected]
http://crapena.hp.infoseek.co.jp/sichisei/sichisei.html
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コメント



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1.90削除
ぐは、SS界に引っ張り込まれた原因の一つがとうとう本格的に活動を再開している…ま、負けないぞ。血を吐いてなんかいるもんか…

…先、楽しみにしてます。
しかし、魔理沙も本当に罪作りだ。
2.60名前を名乗れない程度の能力削除
おぉ、まさに満を持しての掲載ですな。
前回の展開から、果たしてどうなることやら。期待せずには
いられませぬ。

得点は初回&期待値を込めてこれで。
6.70跳ね狐削除
うわー、懐かしいのがキター!
チルノが本当に可愛かった前作から更に破壊力を増してますね。
……チルノに泣きながら頼まれたら、自分、もう反撃できませんよ。
17.80名前が無い程度の能力削除
夏の日シリーズ好きな自分には待望中の待望!
楽しみにしてます!