Coolier - 新生・東方創想話

未知なるオカズに夢を求めて

2006/10/31 10:03:12
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「よう、お嬢ちゃん。こんな所に一人で一体なんの用だい?」

 昼なお薄暗い森の中。
 草木を掻き分けて進む私の前に、何者かが立ち塞がった。

「ここは人間を好んで食う妖怪が集まる森だ。
 嬢ちゃんみたいのが一人でウロウロしていたら、あっという間にバラバラにされちまうぜ」

 立ち塞がった影の大きさは、約5メートル。明らかに人間のサイズではない。
 声帯の無い喉で無理やり喋ったかのようなこの声。
 大した力も持っていないくせに、相手を見下す言葉遣い。
 聞いているだけでイライラしてくる。

「人間の里に危害を加えている妖怪がいるって聞いてね、ちょっと退治をしに来たの」
「退治? 嬢ちゃんがか?」

 木々の間からのっそりと影が姿を現す。

 頭には無軌道に曲がった角、体はびっしりと鱗に覆われ、
 大きく裂けた口からは、呼吸にあわせて汚らしい涎が垂れる。
 その姿、慧音から聞いた情報とぴったり一致する。
 なるほど、こいつが里を荒らしまわるという妖怪か。

 肌に張り付く湿気としつこく飛び回るヤブ蚊に、いい加減うんざりしていた所だ。
 標的がそっちから現れてくれるとは、探す手間が省けたというもの。
 とっとと懲らしめて水浴びでもするとしよう。

「カカカカカ、随分舐められたもんだな! お前みたいな小娘が俺を退治するだと?
 この爪がどれだけの人間を引き裂き、どれだけの首を刎ねたか知っているのか!?
 お前がどんな切り札を持っているのか知らんが、人間ごときがこの俺に戦いを挑むなどひゃくね……、
 こら、まだ俺が喋っている最中だろうが、こういう時は黙って聞くのがルールって奴だっろうが。
 うわっ、てめえ、やりやがったな! そんなに殺されていのなら、望みどおりにしてやるぜ!!

 ……いだ、いだだだだ! ご、ごめんなさい。 人間なんて殺したことありません、はい。
 痛いです、本気で痛いですから。すみません、もう牛泥棒なんてしませんから許してください。
 はい、反省してますから……え? あ、あの親には言わないでください。俺、今年受験なんすよ。
 あ、あのお金なら少し持ってますから……いだだだだ! 腕が、腕が折れる!!」









◇◆◇









「ご苦労だったな、霊夢」

 生卵をかき混ぜながら、慧音が私に話しかける。

「あの程度の妖怪、苦労のうちに入らないわよ。
 アレぐらいの雑魚なら、別にアンタでも対処できたんじゃない?」
「まあそうなんだが、被害を受けた里は少し離れた場所にあってな。
 私が行くと、他の里の警備が手薄になってしまうんだ」
「ふーん」

 そこまで言うと慧音は一旦言葉を止め、紅生姜を手に取る。
 それと同時に、店員が私の注文した品を持ってくる。
 特盛に卵。慧音の奢りじゃなければとても頼めない高級品だ。
 手際よく卵をかき混ぜ、紅生姜と一緒に丼に突っ込み一気に口に押し込む。

「……行儀が悪いな。もっと上品に食べられないのか?」
「なに言ってんのよ。とっとと食べてとっとと出る、これが牛丼屋の正しい作法でしょうが」
「そういうものなのか? 最近の作法は難しいな……」
「基本的に入店していいのは独身男性の一人客のみ、
 食事は五分以内、家族連れは入店禁止、カップルは死刑よ。」
「なかなか厳しいな、本当なのかそれは?」
「……って、けーねが言ってた」
「そうか、私が言っていたのなら仕方が無いな」

 自分の知識の範疇を超えたためか、
 少し悲しい顔を浮かべ、再び生卵をかき混ぜる慧音。
 ……だから、とっとと食えってのに。

「それにしても……」
「ん?」
「あの妖怪、やった悪事は牛泥棒だけだそうじゃない。
 両腕をへし折るまで締め上げる必要は無かったんじゃない?」
「……私はただ『懲らしめてくれ』としか頼んでないぞ」
「そうだっけ?」
「それに、あの牛は大切な里の名物だ。
 それが盗まれるということは、村人達にとっては生命線を絶たれるに等しい。
 少しばかりやり過ぎたのかもしれんが、人間達の事を第一に考えれば、だ」
「ふーん」

 なるほど、随分と牛の多い里だと思ったが、あれは名物だったのか。
 それなら、牛泥棒程度の妖怪退治を依頼してくるのにも納得できる。

 それにしても、名物になるほどの牛というのは一体どのような味がするのか。
 値段も相当の筈だ、幻想郷でも指折りの金持ち達しか食べれまい。
 神社の賽銭を一体、何億年溜めればその領域に達するのだろうか。
 そんな事を考えながら、手に持った丼を覗き込む。

 ……合計600円。
 先ほどまで高級品だと思い込んでいた特盛卵が途端に貧乏臭く思えてくる。
 いや、考えるな。これだって賽銭1200年分の価値があるじゃないか。

 馬鹿な、何故目から水が……。

「お、おい霊夢。何を泣いているんだ」
「なんでもないわ、ちょっと紅生姜が目に染みただけ」
「そ、そうか、なら良いんだが」
「ふふ、天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず……か。
 私の所には一人も来てくれないくせに、よくもそんなことが言えたもんだわ」
「?」

 おのれ諭吉。





「そうだ霊夢、お前に渡すものがあったんだ」

 カウンターで支払いをする慧音。
 私が横で両手を挙げながら佇んでいると(金なんかねえぞアピール)、
 思い出したかのように帽子の中をまさぐり始める。

 にゅるりと中から取り出したのは真っ赤な紙袋。
 丁度、手さげ鞄と同じぐらいの大きさ。電気街に行くのに便利そうだ。
 どう見ても 帽子の体積<紙袋の体積 なのだが、あえて突っ込まない。
 多分、慧音の帽子の中身に関するネタは既に他の人が使っているだろう。
 ギャグが被ることほど恐ろしいものは無い、目標は空気の読める女です。よろしく。

「ほら、受け取れ」
「なにこれ? 同人誌?」
「そんなわけあるか! どこからその発想が出てくるんだ」
「紙袋はバンダナ、リュックと並ぶヲタクのマストアイテムよ。
 ヲタの象徴、同人誌が入っていてもなんら不思議ではないわ」
「私はヲタではない! あんな気色悪い連中と一緒にするな!」
「いいの、そんな口利いて? 東方ファンの大半はヲタよ。人気が無くなっても知らないわよ」
「え? ……い、いや、その……す、すまない。
 せ、先生はお前達が二次元コンでも小児性愛者でも差別はしないから、な?」
「……そこまでは言ってないわよ」

 現金な奴だ。

 ちなみに、ここでいう『東方ファン』とは、
 神起とか見聞録とか不敗とか、その辺りのファンを指します。
 東方projectファンの皆さんは、全員さわやかナイスガイなので一切関係ありません。
 “ぶろぐ”とか“みくし”での一回の失言が人生を台無しにすることもある、このご時世。
 なるべく多くの逃げ道を作っておいたほうが良い。
 これは学校では教えてくれない生活の知恵よ、覚えておきなさい。

「ま、ヲタの話なんかどうでもいいわ。で、その紙袋は何なのよ?」
「自分が話を逸らしたってのに、さも被害者の様に振舞うか」
「場の流れに影響されず、話したい内容だけを話す。これが博麗の力の真髄てもんよ」
「……まあいいか、これ以上続けると本気で話が進まないしな」

 溜息をつかれた。
 無重力の力を応用したこの能力、自分では結構便利だと思うんだけど。
 例えば飲み会で恋愛の話になった時、流れにのれずに困った経験ない?
 ……なに、そんな経験ない? うーん、帰っていいわよ。

「これは妖怪退治のお礼だ。
 里を救ってくれたお前に、どうしても受け取って欲しいと里長から預かっていたんだ」
「へえ、ありがたいわね。中身はいくら?」
「『中身は何?』じゃなくて『中身はいくら?』ときたか……」
「神社はそう広くないし、金銭以外のものは邪魔なのよ。
 大丈夫、現金以外が入っていても霖之助さんに押し付けて代価を頂くから」
「外道もそこまでいくと逆に清清しいな。
 ……確かに、その紙袋の中身は金目のものじゃない。
 だが、おそらく中を見たらお前も喜ぶものだと思うぞ」

 私も喜ぶもの? 金以外で? なんだろ?

 魔理沙だったら何をあげても大抵喜ぶんだけどな、
 まあ、その場で喜ぶだけで後はほったらかしなんだけど。
 陰陽玉がトイレの手洗い場に置いてあったのは流石に引いた。セボンじゃねーっつーの。

 ん? よく考えたら魔理沙に陰陽玉をあげた記憶なんてないぞ。
 あいつめ、また勝手に持って行きやがったな!


 ……いやいや、今はそれはどうでもいいや。
 今は慧音の紙袋の話だ。

「ダメね、わからないわ。私が今欲しいものなんて現金と人気ぐらいだわ」
「そうか、残念だな」
「悪いけど、それは香霖堂に持っていくことになりそうね」
「……まあ、お前がそうしたいのなら仕方が無いか。
 嗚呼、霊夢にも名物の素晴らしさを知ってもらいたかったのだが」
「……名物?」

 私が聞きなおすと、待ってましたとばかりに笑みを浮かべる。

 名物? 妖怪退治のお礼ということは、あの里の名物か。
 あの里の名物っていうと……。

「う……牛?」

 ニヤリと笑い、黙って頷く慧音。

「ま、ま、まさか、この紙袋の中身は……!?」
「霊夢、暴力は……じゃなかった、牛はいいぞぉ。
 あの勇ましい角を振り上げ、大地に咆哮する姿はまさに自然の芸術だ。 
 その上、食べると旨いときた! 万能生物だな、牛は!」
「共食い……」
「言っておくがハクタクは牛じゃないからなっ!!」
「ねえ、もしかしてこの中身って……」
「……ふっ」

 勝ち誇った眼差しでニヒルに笑う慧音。
 何パターン笑い顔を用意してるんだこいつは。

「あの里の牛はそんじょそこらの牛とは訳が違うぞ。
 酪農のプロ、牛を極めし者が丹念に育て上げたまさに究極の牛だ!」
「……」

 言葉を発する代わりに、ごくりと涎を飲み込む。
 目線が紙袋に張り付いて離れない。
 不平等の世を嘆き、永遠に手が届かないと思っていた牛肉がすぐ目の前に!

「私の歴史の中でも、あそこの里ほどの牛は他には無いぞ。
 初めて妹紅に見せた時のあの顔は傑作だったよ。
 唖然っていうのはあんな顔を言うんだろうな。
 あの時はあまりの可愛さにうっかり唇を奪ってしまったが……。
 ……ん? 霊夢、どこに行った? おーい!」



 慧音の話が終わる前に、紙袋を抱きかかえ全速力で里を飛び出した。


 私の、私だけの牛肉だ! 決して誰にも渡すものか!!










◇◆◇











「うふ、うふふふ……」

 ちゃぶ台の上に置いた紙袋を見つめ始めて、早一時間が経過した。
 うーん、全然飽きない。私はなんて素晴らしいものを手にしたのだろう。
 一見、何の変哲も無いこの紙袋、中には溢れんばかりの夢とロマンが詰まっているのだ。
 最高の気分だ、今なら紫に靴下を押し付けられても笑顔で殴り返せる。

「うふふふふ……」

 ちらりと袋を広げてみる。中には綺麗にラッピングされた箱が見える。
 これこそが我が夢、希望、そして百鬼夜行。その名もステキ、牛肉様ときた。
 ああ、神社に牛肉様がお見えになるなんて何年ぶりだろう、もしかしたら初めてかもしれない。
 明らかに怪しいカラフルなキノコや、どう考えても食用には向かない生物を泣きながら鍋にかける、
 まるで修行僧かドイツの変態レストランのような生活に耐えてきたのが遂に報われる日が来た。
 そんな痛々しい過去とも今日でお別れ。最高級の牛肉を食べることによって、私は生まれ変わるのだ!

 だが、ここで「うきょー!」とか言って牛肉に飛び掛るほど私は愚かではない。
 腐っても博麗の巫女。高級品を食べるにはそれ相応の舞台が必要なのだ。

 ……そういえば、今夜は満月だ。
 縁側で月を眺めながらの牛すきというのも悪くない。
 いや、むしろそれだ。それで行こう、いやっ、行くべきだ。行かざるおえまい!
 
「そんなわけで、君は夜までおあずけよ。うふふ……」
 
 紙袋の口を綺麗に折り曲げ、元あった通りにちゃぶ台に戻す。
 楽しみと切り札は最後まで取っておくものなのだ。
 ああ、早く夜にならないだろうか! 

 ウキウキしながら紙袋を冷蔵庫に入れたその時。


「おーい、霊夢ー、いるかー?」

 ……外から底抜けに明るい声が聞こえてきた。

「いないのかー? いないんなら、勝手にお札やお払い棒や腋を持っていくぜー?」
「ちゃんといるわよ。勝手に人ん家の物を盗もうとしない。
 ……つーか腋って何よ、アンタ私の腋をどうするつもりよ」
「高く売れるかもしれないだろ?」
「売れるか!」
「売れると思うぜ」
「そんな歪んだファンはいらんわ!」

 やって来たのは、いつもの減らず口を叩く魔理沙。
 一切の遠慮も無く、さも当然の事とばかりに縁側に座り込む。

「今日も暑いな、茶を一杯貰えるか?」
「魔理沙、アンタ暇さえあれば神社にやってくるのね。
 たまには他の場所に行きなさいよ、友達いっぱいいるでしょ?」
「おお、冷たいなぁ霊夢は。お前が貧困のあまり原人に退化してないか心配で見にきてるってのに」
「……余計なお世話よ。つまりは暇だったんでしょ?」
「ん、まあ、今日はちょっと違う用事なんだけどな……」
「?」

 饒舌に話していた魔理沙が急に言葉を詰まらせる。
 何事かと思い話しかけようとすると、向こうの空から人影が飛んでくるのを確認した。
 だんだんと影がこちらに近づいてくる、あれは……。

「……ま、魔理沙……あなた飛ぶの速すぎよ……」
「そうか? 私はいつもの通りだぜ?」

 人影は境内に着地し、肩で息をする。
 青い服に金の髪。えーと、確か……。

「ひ、久しぶりね、霊夢」
「ええ、こんにちは上海、蓬莱」
「うわああああぁぁぁぁーーーん! 
 無視されたぁぁ! やっぱり私はいらない娘なんだぁぁー!」

 突然火がついたように泣き叫び、魔理沙に抱きつくアリス。

「お、おい霊夢! アリスを泣かすのはやめろよ!」
「まりざぁ……、霊夢ってば、霊夢ってば非道いのよぉ……」
「おーよしよし、霊夢には後で私がキツーく言っておくからな」
「ひっく、ひっく……」
「……」

 ……びっくりした。
 まさか突然泣き叫ぶとは。アリスってこんなキャラだったっけ?
 鼻水をすすって泣き続けるアリスを抱きかかえ、魔理沙が耳打ちをする。

「おい、霊夢。非道いじゃないか」
「非道いって……、アリスを無視して人形に挨拶するのは王道ネタの一つじゃない」
「いや、それはそうなんだが、今はそういうのは控えてくれ。
 アリスはつい最近、永遠亭から退院したばっかりで心が弱くなっているんだよ」
「入院?」

 随分唐突な話だ。アリスが入院?
 そういえば、ここ最近アリスを見かけないとは思っていたが、まさか入院していたとは。
 一体いつからだろう。

「そうだな、入院したのは去年の十二月だぜ」
「十二月? 一年前じゃない、全然知らなかったわ。何かあったの?」
「ん? ……まあ、いいじゃないか」
「病気でもなったの? それとも大怪我をしたとか?」
「うーん。……霊夢、その話はもう止めないか?」
「何よそれ、そっちから話を振ったんでしょ? ねえ魔理沙、何があったの?」
「……」
「魔理沙?」
「……あ、ああ、アリスったら自分ん家の階段で足を踏み外して、
 それが原因で入院する羽目になったんだよ、全くドジだよな。ははは……」
「なーんだ、私はてっきり特に意味も無く過去のSSの設定を引き継いでみたけど、
 内容についてはあまり話したくないから、話題を逸らそうとしているのだとばっかり思っていたわ!」
「……」
「まあ、一年前の話だしね。内容を覚えてる人なんて居る訳無いわよね。
 普通に考えたらそんな昔の設定を引き継ぐわけ無いものね。そんなの自己満足もいいとこだわ。
 ごめんね魔理沙、変に疑っちゃって。そうね、アリスは階段ですっ転んだのよね!」
「……霊夢、お前は嫌な奴だな」

 嫌われた、何故だ。

 アリスは魔理沙に抱きついて泣き続けてるし、
 魔理沙は私を恨むような目で見てるし。
 ……居づらいなぁ、なんなんだ、この空気。










「まあ聞いてくれ霊夢。今日はお前に大事な話があるんだ」

 ようやく落ち着いたアリスと一緒に、
 魔理沙はちゃぶ台を挟んで私と向き合う。

「何よ、大事な話って。金なら貸さないわよ」
「お前から金を借りようという輩は未来永劫現れないから安心しろ。
 ……本当に大事な話なんだ、茶化さないで真面目に聞いてくれないか?」
「むっ」

 魔理沙の様子がいつもと違う、いつになく真剣な面持ちだ。
 よく考えたら、普段ならアリスを苛めるのは魔理沙の担当のはず。
 それが今日はアリスの味方をしている。怪しいな、一体なんのつもりなんだ魔理沙。

「その、なんだ……今日、アリスと一緒に神社にやってきたのはだな……」
「うん」
「霊夢に、頼みたいことがあって……」
「うんうん」
「あー、私と……アリスは……あれだ、なんていうか……」
「魔理沙……頑張って!」
「……」

 魔理沙の歯切れが悪い。
 何の用かは知らないが、そんなに言いにくい事なんだろうか。
 そもそも、魔理沙とアリスが一緒になって私に用事という時点でおかしい。
 二人の共通点は共に魔法使いであるということ。
 そんなマジシャンスクウェアな奴らが、巫女の私に一体何の用だ。
 魔法に関する事なら普通、図書館のモヤシ魔女の所だろう。

 ……そうだ、魔理沙とアリスがコンビと組んだと言えば、あの終わらない夜の日。
 二人を止めようとした私は、竹林で彼女達に弾幕ごっこを展開し、
 そして見事なまでに負けたのだ。畜生、なんだよマリス砲って!

 その、私にとっては悪夢のようなコンビが再び目の前に現れた。
 ジンクスなんて信じているわけでは無いが、どうにも悪い予感がする。

「ダメだ、やっぱり私の口からは言えない! アリス、頼むぜ」
「えっ、そ、そんな……」

 話を振られたアリスが目を見開き動揺する。
 そこまで口にするのが躊躇われる内容なのか、一体なんだろう。



 ……ま、まさか! 
 私が牛肉を所持しているのがバレたのでは!?
 ありうる話だ。いつもなら土足で神社に上がり込んで、勝手に冷蔵庫を開け、
 中の空っぽぶりを馬鹿にしてくる程の傍若無人な魔理沙が、今日は随分控えめじゃないか。
 二人は冷蔵庫の中に牛肉が入っているのをどこかで知り、そしてそれを奪おうとしているのでは!

「あ、あのね霊夢、魔理沙から聞いたと思うんだけど、
 私、随分長い間入院していたじゃない? なんで入院することになったのかは私も覚えてないけど……」

 いや、そうだ、そうに違いない、そうに決まった。
 でなければ魔理沙がアリスを誘ってわざわざ神社に来るはずが無い。
 過去に私を倒したマリアリコンビなら、私から牛肉を奪えると踏んだのだろう。
 おのれ、私の最高の楽しみを奪おうとするとは、なんたる外道!
 あれか? また私に石破ラブラブマリス砲をぶっ放そうってわけか!?

「それでね、魔理沙は私が入院している間、毎日お見舞いに来てくれたの」
「ま、まあ、私もアリスの事が心配だったからな」
「それで、私が退院する日に魔理沙がプレゼントしてくれたの。ほら、これ」
「お、おいアリス、そんなに見せるよ……は、恥ずかしいじゃないか」

 もはや二人の話は私の耳に入ってこない。
 奴らの目的が冷蔵庫にある牛肉なのはもう分かっている。
 それをひた隠すための言い訳なんぞ聞く必要は無い。
 アリスの指にリング状のものが見えるが、そんなものどうでもいい。
 どうせネギ玉牛丼のきざみネギか何かだろう。
 今はこの二人からどうやって牛肉を守るか、それだけを考えるんだ。

「魔理沙、これをくれた時に言ったの、一緒に暮らさないかって。私、本当に嬉しくって……」
「……お、おい、余計な事は言うなよ……」
「それで、二人で話し合ったんだけど、け……けっ……こん式は、博麗神社で挙げようって事になって……」
「ああ! 私はちょっとトイレにいってくるぜ!」

 何故か顔を真っ赤にしながら場を離れる魔理沙。
 話を聞いていなかったので理由は不明だが、これはチャンスだ!
 馬鹿め、数で優位に立っているというのに、その利点を放棄するとはな!

「だから、霊夢には、その……」
「隙ありぃ! 陰陽ストラァァァーイクッ!!」
「みぎゃあああぁぁぁぁ!!??」

 私の手から放たれた陰陽玉の一撃は見事、アリスの額にヒットし、
 アリスは障子を突き破り、綺麗な曲線を描いて神社の外に吹っ飛んだ。

 博麗の巫女の食料を狙ったこと、一生の後悔とするがよいわ!


 異変に気づいたのか、駆け足で魔理沙が戻ってくる。

「アリス! アリス! 一体どうしたんだ!?」
「大変よ魔理沙! アリスが 突 然 何 の 前 触 れ も 無 く 頭から血を流して倒れたの!」
「何っ!? 本当か!」
「ええ、 突 然 何 の 前 触 れ も 無 く よ!!」
「……なぜ、そこを強調するんだ?」
「魔理沙、今はそんなことを言っている場合じゃないわ!」
「あ、ああそうだな。アリス、大丈夫か! 意識はあるのか!?」
「……ま、魔理沙……」
「アリスッ!」
「私……貴女と会えて……本当に……幸せだった……」
「そんなこと言うな! 私達はこれから幸せになるんだろ!? アリスーッ!」
「ねえ、早くアリスを手当てしてあげないと!」
「ああ、アリス、もう少しだけ頑張ってくれ。今、永遠亭に連れて行ってやるからな!」

 虚ろな目でぐったりと倒れるアリスを箒に縛りつけ、
 魔理沙は凄まじいスピードで空に消えていった。





 ……なんて事だ。
 魔理沙とアリス、二人とも私の大切な友人だ。
 それなのに、私が牛肉を手にしたばっかりに、こんな悲劇が起こるなんて……。

 だが、ここで牛肉を他人の手に渡す訳にはいかない。
 死んでいった二人の為にも(注:死んでません)、ここで負ける訳にはいかないのだ!
 見ていて、魔理沙、アリス。私は負けない。
 最後まで、夕飯の時間になるまで牛肉を守りきって見せるわ!


 抜けるような青空に拳を振り上げ、私は天国の二人に誓った(注:死んでません)。










◇◆◇










「もしもしぃ、スカーレットですけどぉ。んもー、誰よこんな時間にー?」
「レミリア? 私よ」
「れ、霊夢っ!? 私に電話をかけてきてくれるなんて! ももももしかしてデートのお誘いだったり!?」
「……」
「霊夢? ねえ、何の用事なの?」
「……そうよ、デートのお誘いよ」
「イヤッホオォゥゥゥウウウ! 生きてて良かった! 吸血鬼だけど」
「今晩八時、紅魔館から南140、東80の地点で会いましょう」
「南140、東80ね、分かったわ!」
「ええ、途中に毒の沼地とかあるかもしれないから気を付けてね」
「毒の沼地だろうがマンドリル4匹だろうが、霊夢との愛の前では障害にすらならないわ!
 とっておきの勝負ドロワーズ履いていくから、楽しみにしててね!」
「ええ、それじゃあまた夜にね」


 会話が終わってもなお、電話口で愛を囁くレミリアを無視し受話器を置く。
 
 ……これでいい。
 紅魔館の面子はレミリアさえ押さえておけば大丈夫だ。
 咲夜はレミリアに付いて行くし、美鈴は仕事がある。残りは引き篭もりだ。
 永遠亭では、永琳と鈴仙が冥王星旅行のため留守をしているし、
 この二箇所については、だれも神社にやって来ることは無いだろう。

 全ては牛肉を守るため。何人たりとも神社の敷居を跨ぐ事はできない。
 今宵、博麗神社は蟻一匹通さぬ鉄壁の牙城となるのだ!



「閻魔んとこは……まあ、宴会でも滅多に来ないしね、大丈夫か」

 知り合いリストの映姫と小町の名前に横線を引く。うん、これで危険人物の半分は神社に来れない。
 チルノやリグル程度なら来たところで追い返せるし、後は残った奴らの対応に時間を使おう。

「紫はどうしようかな。ま、でも夜になるまで寝てるだろうし、
 もし来たとしても、耳元で牛肉のカロリー計算でもしてやれば逃げ帰るでしょ」

 リストの八雲一家にも線を引く。
 やたらと妖怪が集まる事で有名なこの神社だが、
 集まらないように手を打てばそれなりに効果が現れるものだ。
 今度の宴会の時に使ってやろうか。

「やっぱ、一番危険なのはこいつらか……」
  
 殆どの名前に線が引かれた中、リストにばっちりと二人の名前が残る。
 やはり、食い物ネタとなるとこいつらは登場せざるおえないか。
 さてどうしたものか、早く手を打たないと今すぐにでも「やっほー」と言いながら現れそうだ。


「やっほー、霊夢。元気にしてるかしらー?」
「お邪魔します。うわ、相変わらず倒壊寸前の神社ですね」

 ……来やがった。
 音も立てずに中に入ってきたのは西行寺 幽々子と魂魄 妖夢の冥界コンビ。お約束というかなんていうか。
 まあ、今の段階では何が目的で来たのか分からないし、とりあえず用件だけでも聞いておこう。

「……いらっしゃい幽々子。今日は何の用事かしら?」
「うふふ、今日の夕食はここでいただk『帰れ』」

 ……聞いた私が阿呆だった。

「さっきね、急に神社で夕飯を食べたくなっちゃったのよ。
 理由は特に無いんだけど、なんとなーくね。もしかして、天啓って奴かしら?」
「……そのまま天に召されて成仏しろ」
「幽々子様に失礼な口を利くな! 天がこんな迷惑千万な人を受け入れるはずが無いだろう!」
「貴女が一番失礼よ、妖夢。
 さっそくだけど霊夢、今晩のメニューを教えてもらえないかしら?
 今日はなんだか勘が冴えるのよ。貴女、何かを隠しているわね?」
「……」
「貴女に似合わないステキな食べ物を隠しているのならそれでよし。
 私の勘が外れて、普段と変わらない悲惨な食事だったとしても、
 それはそれで、私にとっては貴重な体験ってもの。ささ、早く教えて頂戴」

 優雅に、しかし不気味に笑いかける幽々子。
 勘? 勘だと? それは私の専売特許だ、許可もなく勝手に使うとは何事だ。
 それとも、幽々子の食い物に関する勘は私以上だというのか!?

『説食物,幽々子就到(食い物の話をすると幽々子が現れる)』

 美鈴が言っていた、彼女の祖国のである中国の言葉だ。まさか本当の事だったとは。
 ちなみに美鈴が語る祖国の様子とは、
「男は全員弁髪、女はお団子頭、語尾に必ず~アルよを付けます。
 登場するときはドラを鳴らし、驚くときは げえっ! それに国民全員がビックリ人間です」
 といった感じなのだそうだ。

 ……うん、美鈴は恐らく自分の祖国を中国だと信じきっているのだろう。
 私も中華人民共和国に対してそう深い知識があるわけではないが、
 4000年の歴史を誇る中国が、そんな薄っぺらかつインチキ臭い国な訳あるまい。
 まあ、本人が幸せならそれはそれで、そっとして置いた方がいい。
 嬉しそうな顔で『中国らしき土地』の自慢をする美鈴に、
 「それ絶対中国じゃねえから、ゼンジーだから」と言えなかった私も悪いのだ。
 所詮美鈴は中国“風”の妖怪ってことだ。



 まあ、そんなことは今はどうでもいい。
 幽々子は、完全に私の夕飯をたかりに来ている。
 牛肉の事をどこかで知ったのか、それとも本当にただの勘なのかは不明だが、
 どちらにしろ、二人をこのままにしておく訳にはいかない。
 魔理沙達同様、強制的に場から退場してもらおう。

 私は隙を見て、懐に隠した針に手をかけ……。


  「動くなッ!!!」


 私の喉元に刀が突きつけられる。
 ……ちっ、流石は剣士。私の動きが読まれていたか。

「今すぐ懐から手を離せ。さもなくば、幽々子様に巫女の開きを馳走する事になるぞ」
「ダメよー妖夢、私達は別に争いにきたんじゃないんだからー」

 笑いながら妖夢を諌める幽々子。
 だが、その目は全く笑っていない。二人揃って殺る気満々だ。
 そうまでしてウチの夕飯を食べたいのか、その無駄な執念はなんだ。

 妖夢一人だけなら実力で叩き潰せるが、今回は幽々子が付いている。
 二対一で唯でさえ不利なのに、牛肉を守りながらの戦いとなるとこちらに勝ち目はあるまい。
 全身の神経を研ぎ澄ます妖夢相手に、アリスの時の様に隙を狙う事も出来ない。

 力では無理、となると……。


「……分かったわよ、私の負けよ。あんたらに夕飯をご馳走してあげるわ」
「あらあら、悪いわねぇ。ほら妖夢、刀を仕舞いなさい」
「分かりました。残念、楼観剣で巫女を斬れるか試してみたかったのに」
「この刃物○○○○(危ないので全伏せ)め……」
「さて、じゃあ今晩のメニューを聞いちゃおうかしら? 楽しみねー、何が出てくるのかしら?」
「……夜を待つまでも無いわ。今から作ってあげる」
「え?」

 二人の顔に驚きの表情が浮かぶ。だが、それも一瞬の事。
 幽々子は再び妖しい笑みを浮かべ、妖夢は無表情を保っている。

「あらそう? 悪いわね、無理に強要したみたいで」
「すまないな霊夢」
「いいっていいって、どうせいつかは食べる事になるんだし」

 溜息をつきながら台所に移動する私を、二人は上辺だけの言葉で見送る。
 どうやらすっかり勝った気分になっているようだ。

 ……今のうち、せいぜい浮かれているがいい。
 食料を狙う不届き物を私が許すとでも思ったか。
 博麗の巫女に喧嘩を売るとどうなるか、これを機によく覚えておけ!













「お待たせ、出来たわよ」

 私の言葉に幽々子が目を輝かせる。

「ゆーゆぅ、もうおなかぺっこぺこだよぅ」
「なんでそこでフォーチュンなんですか。脈絡無いし不愉快なので止めてください」
「なによ、妖夢ったら面白くないわね」

 私の理解が及ばない会話を交わす二人を無視し、
 料理ののった皿をちゃぶ台の上に置く。
 皿から立ち昇る香りが鼻腔をくすぐる。うん、悪くない出来だ。

「ごゆっくりどうぞ」
「へえ、いい匂いですね」
「それじゃあ遠慮なく、いっただっきまー……」

 二人は箸を片手に料理を覗き込む。

「……これは」
「! うっ!」

 料理を見た途端、穏やかだった二人の顔がみるみる曇り始める。
 幽々子から笑みが消え、亡霊に良く似合う無表情に、
 そして、妖夢は顔色が青ざめ吐き気を催している。

「どうしたの? 遠慮なく食べて頂戴?」

 私が促しても、二人は料理に箸をつけようとしない。

「……ふ」
「ふ?」
「……ふざけるなぁぁっ!!!」

 再び私の喉元に刀が突きつけられる。

「なによ、あんたらがここで夕飯を食べたいって言うから、
 わざわざ料理を用意してやったのに、まだ何か不満があるわけ?」
「料理!? これが料理か!? ふざけるのもいい加減にしろ!」
「そうよ霊夢。いくら私達を追い返したいからって、これはちょっと非道いんじゃないかしら?」
「非道い? 何処が? ちゃんと私は料理を作ったのよ。
 感謝はされても、刀を向けられる覚えは無いわ」
「料理!? これのどこが料理だ! こんなの、こんなの……」

 妖夢は怒りのあまり体を震わせる。
 その体からは凄まじいまでの殺気が発せられる。
 そしてちゃぶ台の上の料理を睨みつけながら、張り裂けんばかりの声で叫ぶ。





「こんなの、ただ、ゴキブリを茹でただけじゃないか!!!」






 あまりの音量に神社の壁がビリビリと震える。
 建築物に衝撃を与える程の妖夢の声に驚くべきか、
 それとも、大声を出したぐらいで崩れそうになる神社の構造を心配するべきか。

「……ちゃんと塩コショウもふったわよ」
「そういう問題では無い! お前は幽々子様を馬鹿にしているのか!」
「何よ、あんたらがウチの夕飯を食べたいって言ったんでしょ? これが今日の私の夕飯よ」
「いい加減にしろ! いくらお前が貧乏巫女とはいえ、ゴキブリを食べるわけないだろう!」
「そうねぇ、いくら私達が厄介者だからって、ちょっと露骨過ぎるわよ。
 貴女はもう、夕飯を食べさせるって言っちゃったんだから、諦めて普通の食事を持って来るべきよ」

 扇子を口元にあて、幽々子はにこやかに微笑む。
 だが、穏やかに微笑む幽々子の背後には、かつての異変の時に見せた巨大な扇が広がっていた。
 つまり、今の幽々子は顔とは裏腹に完全に本気モードだ。いつブチ切れてもおかしくない。

「悪い事は言わないわ、今すぐ作り直しなさい」
「……ふーん」
「どうしたの? 早く……」
「……逃げるんだ?」
「!」

 口元の扇子が、ぱきりと折れる。

「……どういう意味かしら?」
「西行寺 幽々子ともあろう人が、目の前に出された料理を食べないんだ」
「貴様! 幽々子様に何を……」
「妖夢、黙りなさい!」
「は、はい……」

 無理に微笑むのに限界が来ているのか、幽々子の顔の所々に血管が浮き出てくる。
 珍しい。貴重なものを見させてもらった。

「霊夢、よく聞きなさい。確かに私は食べる事が大好きよ。
 でも、ゴキブリを茹でただけの物なんて、流石の私も食べられないわ。
 だって、これは料理じゃないもの。私が食べるのは料理だけよ」
「いえ、これは料理よ」
「……」
「私は貴女達に食べてもらうためにこれを作った。食材がどうであれ、これは立派な料理よ」
「……屁理屈ね」
「そうね、確かに屁理屈に聞こえるかもしれないわ。
 でも、今の貴女は周りにはどう見えているのかしら?」
「周り? どういうことよ?」
「西行寺 幽々子は、周りから大食いキャラとして認識されている。
 なのに、今の貴女は出された料理に対して難癖をつけて食べようとしない。
 『料理を食べない幽々子』なんて、貴女のファンはどう思うのかしらね?
 特徴を失った者の人気がどうなるか……知らない訳ないわよね?」








 





「ん?」
「あははは、どうしたのリリカ?」
「いや、誰かが私を呼んでいるような気がして……」
「……リリカ」
「ん、何? ルナサ姉さん?」
「私達三人ならともかく、リリカ個人を誰かが呼ぶなんて、
 人気の面から見てもありえない。少し自意識過剰だぞ」
「うん。今度同じ事言ったらペンチで指全部折ってやるから覚悟しとけよ」
「ひぃぃ!?」















「大食いキャラを失った貴女に、一体何が残るって言うのかしら?
 巨乳? カリスマ? ふふ、そんなのいくらでも代用が利くのよ」
「……くぅぅぅ!」
「ゆ、幽々子様! ダメです、あんな挑発に乗らないでください!」
「妖夢っ!」
「は、はいっ!」
「私から大食いを取ったら、後には何が残るの!?」
「そ、それは……」
「……」
「あの、その……」

 急に話を振られた妖夢が口ごもる。
 まさか自分に質問がくるとは思わなかったのだろう。
 さっきは私もああ言ったが、幽々子から大食いを取っても残るものは多い、なんてったってラスボスだし。
 例えばテーマ曲とか、音楽とかとか……BGMとか。
 二人とも、私の挑発にのってしまい冷静に物事を考えられなくなっているのだ。

 慌てる妖夢をしばらく見つめていた幽々子が、
 何か意を決したような面持ちで私の方を向く。

「……分かったわ霊夢。この料理、食べてやるわよ!」
「!! 幽々子様っ!?」
「貴女にそこまで言われちゃあ、私も黙っている訳にはいかないのよ!」

 幽々子は料理の乗った皿を手に取り、ゆっくりと自分の顔の前に持ってくる。
 皿の上にたんまりとのった蟲の山を、幽々子は真っ赤に充血した目で睨む。
 充血するんだ、というとは血が通ってるのか。本当に亡霊?

「ゆ、幽々子様っ! お止めください!」
「止めないで妖夢!」
「そんなものを食べたら間違いなく人気はガタ落ち、キャラを失うどころの騒ぎでは無くなります!」
「私にだって意地があるのよ! プライドがあるのよ!
 幻想郷随一の大食いキャラとして、ここまでコケにされて黙っている訳にはいかないわ!
 妖夢! この西行寺 幽々子の生き様、その目によーく焼き付けておきなさい!」
「もう死んでます!」
「黙りなさい!」

 よく見ると、皿を持った幽々子の手が震えている。
 リグルを食おうとしたのに、モノホンの蟲が食えないとはよく分からないが、
 その辺は、幽々子的に譲れないものがあるのだろう。

「ぐぐぐぐぐ……」

 幽々子は皿を睨みつけ、低い声で唸り声をあげる。
 だが、目つきと震えはどんどん激しくなっているのに、一向に蟲を口に運ぼうとはしない。

「ほら、どうしたのよ。食べるんでしょ?」
「うぐぅぅあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「幽々子様!?」

 遂に何かが頂点に達したのか、
 幽々子は空いた右手で皿から蟲を一掴み取り、
 そして、一気に口に持っていき……。




「……」

 右手を口の前で止めたまま、幽々子は動きを止める。

「ゆ、ゆゆこさま……?」
「……」




「やっぱり無理ィィィ!!!」




 皿をちゃぶ台に叩きつけ、そのまま膝から崩れ落ちる幽々子。

「無理よ! やっぱりゴキブリなんて食べられないッ!」
「幽々子様……」
「ごめんね妖夢……私、プライドを捨てられなかった……」
「いえ、それでいいのです。例えゴキブリが食べられなくたって、
 幽々子様は幽々子様ですよ。誰も幽々子様を嫌ったりなんてしません」
「うっ、うっ……妖夢……ようむぅ……」

 泣き崩れる幽々子を優しく抱きしめる妖夢。
 ネチョSSだったら始まってもおかしくない雰囲気だ。
 何が始まるかって? それは言えないな。

 ここで幽々子の目から流れ落ちた一すじの涙が、
 奇跡の一つでも起こせば話としては面白いのだが、現実はそう甘くない。
 冥界組の二人は私の料理の前に無残にも敗れ去ったのだ。
 バックに毒々しい色の華が咲き乱れそうな麗しい百合愛も、
 床に蟲が散乱した部屋では、特殊な趣味を持つ方々の為の特殊なビデオにしか見えない。
 どういう意味かは、創想話の利用規約の関係で答えられないので自分で調べていただきたい。

 料理を食べるのを放棄した幽々子、
 もはや今日から大食いキャラを名乗る事はできまい。
 その称号はとっととルーミアにでも返してやりなさい。
 自分のキャラを他人に奪われる事ほど情けない姿は無いわ、ふふん。













「……さっきから、なーんか視線を感じるなぁ」
「また誰かに噂されてる気がするの? あははは」
「うん、なんだろうなぁ?」
「気のせい、気のせい。てゐに狡猾キャラを取られて、
 殆ど無個性と成り下がったリリカの事なんか誰も噂しないだろ、常識的に考えて。
 あー、アレか、ひょっとして生理日とか? 多い日も安心か?」
「よし、じゃあまず小指からいってみよっかー?」
「うおぉ! 折るのか、私の指を折るつもりなのか!?
 や、止めるんだリリカ! ヴァイオリニストは指が命……痛、いだだだだ!」


 


   
 






「料理を食べられなかったわね。
 もうあなた達がここに居る理由は無いわ。帰りなさい」

 幽々子は床に膝を折ったまま動かない。
 自分達が敗北したのがよっぽどショックだったのだろう。

「帰る前に、床に散らした料理をちゃんと片付けなさいよ」

 そう言い残し、私はその場から立ち去る。
 幽々子は完全に敗北した、これ以上何かを言ってくる事もあるまい。
 私には夕飯の牛すきの準備があるのだ、いつまでも亡霊のお守をしている暇は無い。

「……待ちなさいよ」

 ……予想以上に諦めが悪い奴ららしい。

「確かに私はこれを食べる事は出来なかったわ。
 貴女の言い分で言えば、私は負けたのかもしれない」 
「だから、とっとと帰……」
「だけど!」
「……」
「私はまだこんなものを料理として認めてはいない!
 これが料理だって言うんなら霊夢、貴女は当然食べれるんでしょうね!?
 この場にいる全員が食べられないのなら、それは料理とは呼べないわ!」
「……」
「さあ、どうなのよ! 料理だって主張するなら食べてみなさ……」

 幽々子が全てを言い終える前に、
 私は床に散った蟲を一掴み、自分の口に放り込んだ。

「……え?」

 わざと聞こえるようにボリボリと音を立て咀嚼し、
 ごくりと喉を鳴らして、噛み砕いた蟲を胃の中に入れる。

「……うそ、嘘よ」

 呆然とした顔で、ふらふらと柱に寄りかかる幽々子。

「貴女は、東方の主人公なのよ……なのに、なんでそんな事が出来るのよ?
 貴女にプライドは無いの? 人気が下がるのは怖くないの?」
 
 平然と蟲を食べる私を見て、幽々子は完全に怯えきっている。
 その表情は、いつもの飄々とした態度では無く、
 完全に恐怖に震える少女のそれとなっていた。

「……幽々子」
「ひぃ!?」
「プライドじゃあ……腹は膨れないのよ」
「でも、だからといって……」
「貧困が鍛えたこの胃袋に、食えぬものなど殆ど無い!!」
「うぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 私の一言に、悲鳴を挙げてその場に倒れる幽々子。
 見ると、白目を剥き口からは泡を吹いている。
 幽々子の精神とプライドはもうズタズタだ。

「……ようむぅ……ようむぅ」
「はい、私はここに居ますよ」
「わたしは……ようようむのラスボス……まけてなんか……」
「……幽々子様、もう止めましょう」
「……わたしはまだたたかえる、たたかわせてぇ……」
「私達は負けたのです、それはもう完膚なきまでに。
 その上、台詞までパクられたとあっては、もうこの場には居られません」
「ようむ……」
「帰りましょう、私達の家に」

 廃人と化した幽々子を肩に担ぎ上げ、
 妖夢はゆっくりと縁側に向けて歩き出す。

「霊夢、迷惑をかけたな」

 縁側に着いた妖夢は、一旦こちらを向き深々と頭を下げた。
 頭を上げたとき、一瞬妖夢が顔をしかめる。
 手を這わせると、蟲の脚が私の口元にへばり付いていた。
 舌を伸ばして口に入れると、妖夢はますます嫌な顔をしてくる。
 何故だ、食べ物が頬に付着しているのは萌えポイントではないのか。

「それでは失礼する」

 そう言い残し、妖夢は空に飛び立った。



「……まさかゴキブリを食べるなんて、神社での宴会はもう参加するの止めよう」

 縁側から飛び立つ前に、妖夢がそう呟いたのが聞こえた。
 



 ……ふん、ゴキブリとタガメの違いも分からないとは、
 所詮は箱入りお嬢様とその従者か。

 空に浮かぶ妖夢の小さな後姿を見つめ、
 残ったタガメをかじり、私はほくそ笑んだ。











※注:本SSでは、食用に養殖された安全なタガメを使用しております。
    野生のタガメには雑菌が繁殖している恐れがありますので、
    調理を行う場合には専門家の指示に従ってください。





 



◇◆◇












「月が綺麗ね」

 夜空に浮かぶ見事な満月。
 いつぞやの歪んだ月とは比べ物にならない、妖しい美しさがある。
 この素晴らしい夜空の下で、素晴らしい牛肉を食べる。最高だ。

 結局、幽々子達の後、神社には誰も来なかった。
 正直拍子抜けだ。ま、何もないに越した事はない。平和が一番だ。

「さて、そろそろ準備しようかしら」

 いよいよだ、魔理沙達の妨害にも負けずに守り抜いた、
 最高級の牛肉を食べられる時が遂にやってきたのだ、自然と手が震えてくる。
 高級食材を前にビビっている訳では無い。武者震い、サムライ・シェーカーだ。
 スキップをしたいのを我慢して、あくまでも落ち着いて台所に向かう。
 そう、今日から私は夕飯に牛肉を食べるようなセレブなのだ。
 醜い過去なんていらない、冷凍庫に蓄えてあるタガメは明日捨てよう。

 大きく深呼吸をし、震える腕を押さえながら冷蔵庫の取っ手に手を伸ばす。




「いやぁ、お見事お見事」




 背後からの突然の声に、冷蔵庫に伸ばしていた手を引っ込め、
 懐に隠したお札と針に手をかける。

「あの幽々子を言葉だけで追い返すとはね、なかなか出来る芸当じゃないよ」

 神社内に馬鹿にしたような声が響く。だが、声の主が見えない。
 冷蔵庫を背に相手の気配を窺っていると、私の前に奇妙な霧が集まってくる。

「やあ霊夢、久しぶりー」
「萃香……そう、まだあんたが残っていたわね」

 霧は徐々に形を作り始め、やがて完全な鬼の姿となる。

「……いつから見ていた?」
「私はずーっと神社にいたよ。
 そうね、霊夢が変な紙袋を持って帰ってきた時からかな?」

 ちっ、最初から見られていたか。
 くそ、牛肉の魅力に気を奪われて萃香の気配に気づけなかった。
 萃香は私を見てニヤニヤ笑う。口から漏れる息が酒臭く、気分が悪い。

「……一応聞いておくわ、何か用かしら?」
「うん。まあ、大した用事じゃないんだけどさー」
「なら、とっとと済まして帰って頂戴」
「うわー、冷たいなー霊夢はー」

 大げさなリアクションで悲しそうなポーズをとる萃香。
 酔っ払いだけあって大変わざとらしい。口元が笑っている。
 萃香は瓢箪から酒を飲み、大きなゲップを一つ吐いて口を開く。

「んじゃ、霊夢に嫌われる前に用事を済ませちゃおう。
 とりあえずさ、そこ退いてくれない? 私、その冷蔵庫に用があるのよ」

 ……こいつも私の牛肉が目当てか。
 くそっ、どいつもこいつも。どれだけ神社の情報が流失しているんだ!
 魅魔辺りが暇を持て余してP2Pにでも手を出したんじゃあるまいな!?

「最近、いい酒のツマミが見つからなくてねぇ。
 いくら無限に酒が湧いてきても、ツマミが無くっちゃ話にならない。
 そんな時、偶然霊夢が何かを冷蔵庫に入れるのを目撃したときたもんだ!
 なんたるベストタイミング! 日頃の行いが良い私に、神様がご褒美をくれたんだね、これは」
「……博麗神社には鬼に慈悲を与える神はいないわ」
「じゃあきっと別の神様だよ。八百万の神って言うぐらいだし、
 鬼に優しくしてくれる神様も一人ぐらいはいるんじゃなーい?」
「そう、ならば私は鬼を退治する神様の味方になるわ」
「あははは、まあそんな事はどうでもいいじゃない。
 私はさ、幽々子と違って霊夢の屁理屈に付き合うつもりは無いんだ。
 だから、そこ退いてくれないかな? ちょっと酔ってるから、早くしないと暴れちゃうかもしれないよ?」
「……そう言われて私が引き下がると思う?」
「おおう、強気だねー。でも、いつまでそれが持つかな?」

 萃香の目付きが鋭くなる。

「霊夢は、もう自分が負けているって事に気づいているのかな?」
「……」
「冷蔵庫を背にしている時点で、もう霊夢に勝ち目なんてないんだよ?
 私の攻撃を避ければ、冷蔵庫は中の食べ物ごと目も当てられない状態に。
 結界で防御しても、弾かれた力でボロ神社は倒壊、冷蔵庫も一緒にペチャンコ。
 全てをカバーした結界を張る? あはは、そんな薄っぺらな結界、鬼の力の前じゃ紙同然よ!」
「……」
「だからさ、そうなる前に冷蔵庫を明け渡した方が良いと思うよ。
 前はうっかり貴女に負けちゃったけどさ、博麗の巫女って言ったって所詮は人間なんだし、
 自分の命は大切にしたほうが良いよ」

 完全に勝ち誇った顔で笑いかける萃香。
 なるほど、確かにこの状況は私が圧倒的に不利だ。
 萃香を相手に、牛肉を守りながら戦うのは無理というものだろう。

 ……『守りながら戦う』のは。

「……萃香」
「んー、渡す気になったぁ?」
「思いあがるのもいい加減にしなさい」
「むっ」
「私がアンタみたいなチンチクリンの鬼に負けると、本気で思っているの?
 随分と舐められたものね。貴女には、もう一回キツイお灸が必要かしら」
「……言ってくれるねぇ。霊夢のそういう所、嫌いじゃないよ。
 でも、いくら人間がハッタリかまそうが、鬼には通用しないよ」
「ハッタリかどうか、その自慢の鬼の力で試したみたら?」
「……」
「どうしたの、冷蔵庫の中身が欲しいんでしょう?」
「……霊夢、正気?」

 赤みがかった萃香の顔に、血管が浮き出てくる。
 酔っ払って感情が表に出易くなっているのか、
 萃香の闘気が急激に高まるのを感じる。

「残念、霊夢はもっと頭のいい人間だと思ったんだけど」
「御託はいいから早くかかって来なさいよ。それとも怖気づいたの?」
「……ふん、じゃあ望み通りに跡形も無く冷蔵庫を吹き飛ばしてあげる!」

 萃香は右手に炎を萃め、私に向かって構えをとる。
 幻想郷から失われた力。何もかも打ち砕く、純粋で強大な鬼の力。
 それが今、私に向かって打ち出されようとしている。
 萃香が構えるのを確認し、私はゆっくりと結界を張り始める。

 決めたんだ、何があっても最後まで牛肉を守りきって見せると。



「これで神社が倒壊しても、地震保険は適応されないよ! 霊夢!!」

「保険も年金も放送協会も、ビタ一文払った事無いわよ! 萃香!!」



 萃香の拳から爆炎が吹き上がり、それと同時に私の両手から結界が張られる。
 世界が割れるかのような凄まじい爆音と共に、私の視界は光に包まれ真っ白に染まった。



















 ……痛い。

 体中に激しい痛みが走る。
 自分でもよく立っていられるものだと感心する。
 上手く呼吸が出来ない、もしかしたら肋骨が何本か駄目になったのかもしれない。
 口から血が滲み、口内に鉄の味が広がる。
 これから牛すきを食べるって言うのに、これじゃあ美味しく食べられないな。


 爆発による光が収まった後、私の視界に映ったもの。
 目の前には、紅潮していた顔を青ざめさせ狼狽する萃香。
 周りには、爆風に吹き飛ばされ、元が神社であったとは誰も思わないであろう木片の山。

 そして背後には、先程までと全く変わらず、
 傷一つ無い姿で堂々とその場に鎮座する冷蔵庫の姿があった。


「れ……霊夢?」

 体を震わせながら萃香が話しかけてくる。

「なんで……、なんでよ……?」

 萃香の体には、攻撃を放った右手を中心に、
 私の返り血と思われる液体がべっとりと張り付いていた。
 うん、なかなか凶悪そうなメイクね。鬼らしくていい感じよ。

「嘘でしょ……なんで……?」
「……どうしたの? 私に勝つんじゃなかったの?」
「なんで! なんで結界を張らなかったの!?
 私の攻撃をそのまま受け止めるなんて、いくら霊夢とは言え……!」
「あら……結界ならちゃんと張ったわよ……」

 二人の間に心地良い風が吹く。

 神社は跡形も無く吹き飛んでしまったが、悔いは無い。
 なぜなら、私の守りたいものはたった一つだけだから。

「そんな、結界のエネルギーを全て冷蔵庫に使うなんて……」
「……私の……勝ちね」
「霊夢っ!!」
「貴女は牛肉を奪えず、私は牛肉を守りきった……私の勝ちよ……」

 そこまで言うと、私は口から血を吐き言葉がそこで途切れた。

 まだだ、まだ最後の仕上げが残っている。
 全身が砕け散りそうな激痛に耐え、私は懐に隠したスペルカードを手に取る。
 それを見た萃香が恐怖の顔を浮かべ、一歩後ずさる。
 ふふ、大きな口を叩いた割には、随分と弱気になってるじゃない。

「くっ!」
「どうしたの萃香……貴女も一緒に逝く?」
「何を言う霊夢! 私は、納得がいかないんだ!
 霊夢との決着が、こんなもので良い筈があるまい!」
「……未練ね」
「霊夢っ!!!」

 薄れゆく意識の中、私はスペルカードを天高く掲げた。



   神 霊 「 夢 想 封 印  」



 八つの霊力が萃香に直撃し、天高く吹き飛ばすのを確認した所で、
 私はゆっくりと後ろに倒れこみ、そのまま意識を失った。








◇◆◇










 目を覚ました私が最初に見たのは、
 夜空に輝く満月と、それを遮ぎるように私を覗き込む萃香の顔だった。

「あ、霊夢! 気が付いたのね!」

 萃香と目が合うと、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「萃香……貴女、まだ居たの? ……痛、いたた」
「あ、駄目駄目。まだ動いちゃ駄目だよ。
 一応、薬草とかで応急処置はしておいたけど、霊夢ってば凄い怪我なんだから」
「誰のせいだと思ってんのよ……いたた」

 体を動かそうとしても、痛みに阻まれ全く動かない。
 うーむ、今の私は完全に無防備だ。今襲われたら一溜まりも無い。

「あっはっは、ごめんごめん。いやあ、今日はいつもより飲みすぎちゃってね。
 何があったかは、なんとなく覚えているんだけどねー。ま、酒の上の事なんで一つ大目に見て頂戴よ」
「……これが大目に見れる状況かしら?」
「いや、本当にごめんってばぁ。あとで神社直すの手伝うからさ、ね?」

 ……なんて調子のいい鬼だ。
 私はあんたら妖怪みたいにすぐに体が再生したりはしないんだぞ。
 まあいいか、もう萃香に戦う気は無いみたいだし、
 あとは例の牛肉を食べて安静にしていれば自然と怪我も治るだろう。

 そうだ、私の牛肉はどうなった?
 こんな重症を負ってまで守り抜いた大切な牛肉、
 まさか、既に萃香に食われていたとかは無いだろうな。

 私が首だけ上を動かして、冷蔵庫を探していると、
 萃香がニヤニヤしながら何かを持ってきた。

 ……あれは、私の牛肉が入っている紙袋!

「霊夢が探しているのは、もしかしてコレかな?」
「あああ! それっ! 返せ! 返せこのアル中!」

 手を伸ばして紙袋を奪い取ろうとするが、寝転んだ姿勢では萃香まで手が届かない。
 くそ、どうするつもりだ! 私の牛肉を、明日への希望をどうするつもりだ!

「ちょ、霊夢、落ち着いてって! 別にもう奪おうという気は無いよ!」
「当然だ! もしその紙袋を奪ってみろ! 
 ネチョ程度の報復で済むと思うな、産廃レベルを覚悟しておけ!」
「怖っ! 何、この外道巫女!?」

 悪に人権は無い。

「霊夢、体動かせないでしょ? だからお詫びの意味も込めて、私が料理を作ってあげるよ」
「……まあ、そういう事なら別に良いわよ」
「あはは、じゃあ心を込めて作るから楽しみにしていてね」
「もし、そのまま持ち逃げしてみろ。
 地獄の果てまで追い詰めて、貴様の手足全ての爪に針を……」
「だからっ! そんな事しないって! 鬼は嘘つかない!」
「むぅ……」

 まあ、どうせ体は動かせないし、今は流れに身を任せるしかないか。 
 鬼の料理を食べるのも、なかなか貴重な経験だし。

 あーしまった、そういや冷蔵庫に野菜入ってないや。タガメとザリガニしか無いわ。
 このままでは、牛すきとは遠くかけ離れたカオス鍋が出来上がる。
 私は別に構わないが、萃香はそういうのは平気なんだろうか。
 ま、仮にも伝説の鬼だ。その程度、豪快にバリバリ食ってくれるだろう。

 遠くで冷蔵庫を開ける音が聞こえ、
 それと共に、萃香が「うわぁ……」という声をあげる。
 なんだよ、異常なのは私だけかよ。


「あー、そういえばさ霊夢」

 紙袋を持った萃香が近づいてくる。

「この紙袋の中身、まだ私は見てないんだけどさ。牛肉で間違ってないよね?」
「ええ、そうよ。……そういえば、私もまだ見てないわね」
「へー、じゃあ私が今ここで開けちゃうよ」
「ち、ちょっと待って、私も見たいわ」
  
 命がけで守りきった牛肉だ。
 初めて見る権利は当然私にあるだろう。
 痛む体を強引に起こし、二人で紙袋を覗き込む。

「じゃあ、ご開帳~!」

 萃香が紙袋から丁寧にラッピングされた箱を取り出す。
 おお、なんて神々しいお姿。この世に神がいるとしたらまさにコレだ。
 その神を食うとは冒涜極まりないが、日本には後7999999人の神がいるし特に問題は無い。

「……ねえ霊夢、牛肉って普通ラッピングするっけ?」

 何を言う萃の字。お前には分からないのか。
 これはただの牛肉ではない、最高級の牛肉だ。
 そりゃあラッピングもするさ。

「それに、なんか質感が肉っぽくないよ? やけに軽いんだけど……」

 ああ、駄目だ。お前は本当に駄目だ。
 これはただの牛肉ではない、最高級の牛肉だ。
 そりゃあ重量も感じられないさ。
 伝説の武具は勇者以外が持つと極端に重くなる、という設定がよくあるでしょ?
 それと同じ、伝説の牛肉は東方の主人公である私に食べられるのを望んでいるのよ。

「じゃあ、包装を剥がすね?」

 萃香の手によってラッピングが剥がされていく。
 本当なら、私の手で直々に剥いであげたかったが、腕が動かないし仕方が無い。
 さあ、牛肉さん。その真のお姿をお見せください!

 間もなく全ての包装が剥がされ、中身が露になる。
 私と萃香は身を乗り出し、中から現れたモノを覗き込む。

 そこには……。






















 



『漢達の祭典2006 ノーカット版DVD!
 三十人の男達による、東の国の眠らないフンドシ祭り!!
 己の肉体だけを武器に猛牛に立ち向かった男達の尻エクボを見よ!!!』
 






















「……」
「……」
「……」
「……」
「……なんで?」










◇◆◇












 鈴虫の鳴き声が響く秋の夜。

 この時間、普段なら里の人間達は、
 明日の仕事に備えるため、妖怪から身を守るため、既に眠りに入っている頃である。
 だが、この夜だけは違う。人間の里は普段では考えられないほどの熱気に溢れていた。

 里の広場には灯が焚かれ、頑丈な柵が備え付けられる。
 柵の周りには人間達が集まり、これから始まる事を今か今かと待ち侘び、
 そして、その柵の中には数十人の屈強な男達がフンドシ一丁で立っている。
 そんな人々の輪の上空で、里の守り主、上白沢 慧音とその友人、藤原 妹紅が話に華を咲かせていた。

「いやぁ、今年も始まったねぇ。一年が待ち遠しかったよ」
「ははは、妹紅は本当にこの祭が好きだな」
「男達が己の体だけで猛牛と戦う。弾幕ごっことはまた違った熱さがあるよ」
「初めてこの祭りを見たときは、呆然として文句ばかり言っていたのにな。
 それが今やここまで気に入って貰えるなんて、私も紹介したかいがあるよ」
「だ、だって、里の中心にフンドシ一丁のマッチョがズラッと並んでるんだよ?」
「まあ、初めて見るには刺激が強すぎるからな、この祭は。
 幻想郷が出来る前に、スペインという国から伝わった闘牛をアレンジしたものなのだが、
 どうも、一般には人気が無いらしくてな。この里の名物なんだが……」
「そうなの? 面白いのに」
「うむ、今年の祭で使う牛のオーナーが、霊夢にDVDを送ったから、
 上手くいけば霊夢もファンの一人になってくれるかもな」
「へー、祭りは皆でやったほうが楽しいものねー」

 二人が楽しそうに雑談を交わしていると、広場の人々からワッと声が上がる。
 それと同時に、柵に囲まれた中に一頭の牛が入ってくる。

「見ろ、あれが今年の闘牛だ」
「うわっ、今回はまたでっかいねぇ! 角も凄いよ!」
「この里の闘牛を育てる技術はピカ一だからな、今年は牛の方が勝つかもしれないぞ」
「いやいや、人間の方だって負けちゃいないよ! ……ん?」
「どうした、妹紅?」
「あれ……広場にいるの、レミリアじゃない?」

 妹紅が指をさした先、
 数十人の男達と、闘牛が睨みあう広場の中心に、
 背中から羽を生やした少女が降り立った。

 思いがけないアクシデントに、会場にどよめきが起こる。



「紅魔館から南140、東80の地点……ここに間違いないわ」

 レミリアは蝙蝠の羽をたたみ、周囲を見渡す。

「夜なのに随分と賑やかな所ね。
 霊夢はまだ来てないのかしら? もう、折角のデートだっていうのに……」
「おい、レミリア! お前、こんな所で何を!?」
「あら、貴女は確かワーハクタクの……。何よ、私と霊夢のデートを邪魔する気?」
「そんな場合じゃない! ……おい、レミリア! 後ろ! 後ろ!」
「後ろ?」

 面倒くさそうに後ろを振り向くレミリア。
 そしてその瞬間、レミリアの体は硬直した。 

 彼女の瞳に映ったもの、それは鼻息を荒く自分に向かって突進してくる猛牛の姿だった。

「う、うわあぁぁぁぁぁあああ!! 何? 何なの!?」
「逃げろ! レミリア!!」
「い、言われなくてもっ! ……って、速ぇぇぇ!! 
 何この牛!? もの凄っい足が速いんですけどぉぉぉぉ!!!」
「レ、レミリアッー!!!」
「おおおお追いつかれる! 助けて、咲夜っ! 霊夢ーっ!!!」

 全速力で広場内を疾走するレミリア。
 だが健闘空しく、牛とレミリアの距離はじりじりと狭まっていく。
 その距離が極めてゼロに近づいた時、観客の熱狂はピークに達した。






「ひ、ひぎいぃぃぃぃーーーーーーー!!!!」







 猛牛の角に尻を突き上げられ、満月を背に夜空に舞う吸血鬼の姿は、
 どこか幻想的で、そして美しかった。

どうも、ら です。

仕事中にアリスとフランちゃんの事を考えてたらクビになりました。
この話が妙に殺伐としてるのは、そのせいです。

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コメント



0.5090簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
レミリアの勝負ドロワーズは紅色!?
9.100名前が無い程度の能力削除
霊夢…。お前って奴は…。
とりあえずケコーンおめでとう、マリアリ。
10.70名前が無い程度の能力削除
ちょwwww永遠亭師弟まだ冥王星wwwww
12.80名前が無い程度の能力削除
世界観台無し…だがそれがいい。
13.80KOU削除
いろいろとすごすぎるカオスっぷりに脱帽。
14.80名前が無い程度の能力削除
ひっ、ひぎいぃぃぃぃぃぃ
15.70名前が無い程度の能力削除
……カダス?
21.90名前が無い程度の能力削除
……アリスカワイソス(´;ω;`)
22.90CODEX削除
ちょ!おまっ!!人がギックリ腰で寝込んでる時にっ!!なんつーもんをぉっ!
幽々子就到噴いたw妖夢の突っ込みも冴えてますネ
27.100アティラリ削除
レミリアお嬢様と霊夢のご冥福をお祈りします(ぉ
28.90名前ガの兎削除
何もかもが台無しだwwwww
細かい注釈に職人芸を感じる。
29.無評価名前が無い程度の能力削除
………台無しだ。
30.90名前が無い程度の能力削除
なんというか・・・カオスで真面目な展開で終わると思ったら…
最後で台無しだ…orz だがそれこそがいい
32.100名前が無い程度の能力削除
リリカ。俺はちゃんとリリカのことが好きだ。順位は低いけど。
34.80幻想と空想の混ぜ人削除
なんてことだ、こんないい作品は見た事が……台無しだ
35.100名前が無い程度の能力削除
カオス、だがそれがいい
36.60回転イス削除
アザトースーーー!!!
40.90はむすた削除
袋の中をちらちらと窺いながら夜を待つ霊夢が可愛すぎる……!
41.100VENI削除
いやぁ、相変わらず面白い……w
タガメとザリガニってのがツボだ……w
44.100名前が無い程度の能力削除
いろんな意味で泣けたwwww
45.90Admiral削除
クソワロタ。
何このカオス。

この後怒り狂った霊夢により里は全壊するのでは…。
あわれ霊夢…。
レミリア様お大事に。
46.100名前が無い程度の能力削除
なぜだ……こんなアホな話なのに……涙が止まらないッ……!
47.100名前が無い程度の能力削除
なんというカオス…!
50.100暁スバル削除
こ、これは大爆笑しましたwww
いやぁ、タガメって食べられるんですねぇ…初めて知りましたw
51.100名前が無い程度の能力削除
永琳達はいつ帰ってくるんだwwwww
54.70名前が無い程度の能力削除
カダスだねえ……え、後書き!?
55.90名前が無い程度の能力削除
>『漢達の祭典2006 ノーカット版DVD!
> 三十人の男達による、東の国の眠らないフンドシ祭り!!
> 己の肉体だけを武器に猛牛に立ち向かった男達の尻エクボを見よ!!!』

どうみてもただのホモDVDです。本当に(ry
56.90名前が無い程度の能力削除
どうでもいいけど、闘牛において牛を興奮させるのは闘牛士の持つ布のヒラヒラした動きだったような・・・
牛って赤色認識できるかな?むしろあの色は観客を興奮させる為とかきいたような
間違ってたらすいません
63.60翔菜削除
>まあ、一年前の話だしね。内容を覚えてる人なんて居る訳無いわよね。

残念。ある意味期待を裏切るようですが、 は っ き り と 覚 え て い る 者 が こ こ に 。

それだけにここが一番吹いた。
64.80Jのひと削除
ホ○祭りで赤フンつけたこーりん幻視した
暗黙の了解ですかそうでs(ry

あとマリアリ、ケコーン式はほかの場所で行うのをおすすめするw
66.70名前が無い程度の能力削除
誰も触れてないけど冒頭の妖怪(´・ω・)カワイソス
腕折られてるし。
69.100ぐい井戸・御簾田削除
セリフ回しも展開も相変わらずお見事です!
タガメは予想できませんでしたよさすがにw
そして師匠とうどんげ、早く帰って来いwww
71.100卯介削除
間違っていたらごめんなさい。
ひょっとして、萃香の二つ名は「衝撃」
だったりするのでしょうか。
72.100名前が無い程度の能力削除
ゆきちで吹いたw
73.100名前が無い程度の能力削除
悲惨な扱いだったアリスが幸せになってて感動した!

>仕事中にアリスとフランちゃんの事を考えてたらクビになりました。
ちょっおまっ
74.無評価名前が無い程度の能力削除
うまく言えませんが、一線引いた感じのカオスがあまり好きになれませんでした………
76.100あざみや削除
まさに傑作。傑作すぎて何も言えない。何を言えばいいのか分からないですしw
あえていうなら、何これw
80.90名前が無い程度の能力削除
確かにタガメはタイ等で食用とされている・・・
だがしかし、ゴキブリも同じく食用として通用している

つまりタガメを食うのはゴキブリを食うのと大差な(ry
89.90名前が無い程度の能力削除
産廃レベルってwwww
どこまで堕ちたんだお前wwwwww
92.80名前が無い程度の能力削除
今更だが、牛丼の一杯に1200年かかるのか…そうか…
101.100名前が無い程度の能力削除
>仕事中にアリスとフランちゃんの事を考えてたらクビになりました。
ちょwww頑張って生きてくれwww
102.100名前が無い程度の能力削除
(あとがき含め)どうみても悲しい物語です本当にあり(ry
105.100名前が無い程度の能力削除
>仕事中にアリスとフランちゃんの事を考えてたらクビになりました。

やったな!君は幻想入りの資格を得たぜ!
107.無評価レフトッ!削除
タガメにワロタ^^
108.無評価あ~削除
その仕事が、バイトであったことを祈るっ!
109.100名前が無い程度の能力削除
>本SSでは、食用に養殖された安全なタガメを使用しております。

このタガメは嘘の味がするZE!
エンゲル係数10割の巫女が田んぼの天然モノに手を出していないことがあろうか!
112.100名前が無い程度の能力削除
今更だけど、やっぱりこれが一番好きだ。
テンポの良い文章に挟まれたギャグが最高です。
116.100名前が無い程度の能力削除
こんなかっこいい貧乏巫女みたことない。
最初から最後まで見事なセンスに打ちのめされました。
あと幽々子様から大食い取ったら、曲しか残ってねぇ!
122.100名前が無い程度の能力削除
これはひどいww
130.100名前が無い程度の能力削除
フォーチュンクエストのネタが仕込まれてるのにえらく
懐かしい気分でしたw
オチのひどさもサイコーw
142.80名前が無い程度の能力削除
タガメは知らんがゴキブリは揚げるだろ女子高生
157.100名前が無い程度の能力削除
お、おう…
167.90ミスターX削除
そして霊夢とレミリアは『フンドシ祭り潰し』という名のデートを満喫するのであった

…それにしても、牛革の防寒具とかかと思ったら、見事に意表を突かれた