紅魔館当主のレミリア=スカーレットから直々に、しばらく休暇を与えると言われたとき、メイド長の十六夜咲夜は、いくら今の紅魔館が緊縮財政だからといって、自分まで解雇というのはあまりに殺生だと嘆いた。
「勘違いしないで咲夜。くびにするんじゃなくて、いつも一生懸命働いてくれて悪いから休ませてあげようと言ったのよ」 レミリアは首を振りながら説明する。
「お嬢様、いったい私のどこに落ち度があると」 咲夜はまだ泣いている。
「ああ、だから、いつもいつも忙しく働いていてくれて済まないから、たまには羽を伸ばしてきなさいと言っ てるの。
「そうなのですか、では私は解雇されないのですね」
「何度言ったら分かるのよ。休暇を与えるといったでしょ、これは命令よ」 苛立つレミリア。
主は自分を気遣って休暇をくれたのだ。辞退したらかえって主の意思を踏みにじることになる。
そう咲夜は考えた。
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて、英気を養ってきますわ」
咲夜はもう明るい顔になっていた。
「ああ、忘れてた、はいこれ」
レミリアは1枚の紙片を咲夜に渡した。
ばるだー号 往復乗車券
湖の停車場⇔亜羽論谷
一回こっきり有効
それはいくつかの里の人間達が、費用や労働力を出し合って作った小さな鉄道の乗車券だった。
さすがに妖怪の出没する夜間の運行はないが、幻想郷でこうした工事が出来るということ自体が、人を襲う妖怪が減少傾向にあることの傍証と言えるだろう。
月ロケットの件といい、レミリアは意外と新しい技術に興味をそそられているようだ。しかし切符を入手したのはいいものの、昼の運行では当然吸血鬼である彼女は乗れないので、せめて誰かに渡そうとしたのだろうと咲夜は推測した。
「たまには人間らしく、地上をゆっくり旅してきたらどう」
「お心遣い感謝します」 咲夜はさっきとは違う理由でまた泣き出した。
「明日から3日間休みをあげる。その間くらいなら、フランのお世話ぐらい私ひとりでじゅうぶんだわ」
咲夜は、美鈴や他のメイドに、自分の休暇中レミリアとフランドールのことをしっかり頼む、と伝えた。
そして仕事が終わった後、ルンルン気分(死語か)で準備を整え、眠りにつく。
* * *
ここは結社の本拠地である愛作村、最高リーダーである九郎義明の屋敷。義明と、結社で働く弾幕使い、月ヶ瀬ハルカがテーブルをはさんで相対している。
ハルカは失敗を咎められるのを覚悟し、その表情はこわばっていた。
「このたびは、サンプルの妖怪と、お友達の方を連れ戻せず、申し訳ありません。」
「いや、もし連れ戻せなければ殺しても構わないと命じたのは私だ。正直、君が無傷で帰ってきてくれただけでも嬉しいよ。それにあいつはもう友人ではない。ただの妖怪シンパに過ぎない」
「しかし、加えて部下二名を失いました」
実際は、ハルカが殺したも同然なのだが。
「正直、あの二人は私も持て余していたんだよ、反対者を威圧する役には立ったがね・・・・・・。所詮、鉄砲玉の末路はそんなものさ」
義明はコーヒーをハルカに勧める。ハルカは遠慮する。
「ところで、君を呼んだのはそんなことではない、ある物を探して欲しいんだ」
「ある物、ですか」
「行商人たちとのやり取りで得た情報によると、近々、紅魔館から『サクヤ酸』という物質が列車で搬送さ れるらしい、行商人達が館の平メイドから聞いた所によると、それは妖怪のメイド達すら恐れる物質で、
もしかしたら妖怪せん滅の一助となるかも知れん」
「それを手に入れろと?」
「そうだな、停車場で待ち伏せするなりして、これがどのような性質を持つものなのか調べ、あわよくば
奪取してくれ」
「かしこまりました」
「列車の各駅にいるわが結社の連絡員の顔は知ってるな、彼らと接触しろ、具体的な作戦は任せる」
「では、準備が整い次第出発します」
ハルカは一礼して部屋を去ろうとする。ドアを開ける前に立ち止まり、義明のほうを向いて言った。
「あの・・・・・・、私も鉄砲玉、ですか」
「いや、君のような聡明な女性は特別だよ、今後も私の、じゃなかった、我々のために働いてくれると助かる」
九郎はハルカに、今日で最初の笑顔を向けた。なんの裏表もない好青年と言った感じ。
「よろこんで」
* * *
香霖堂の二階、リトルは新聞と、ブンヴンズネストからの依頼文に目を通している。パチュリーは読書の時間。
文々。新聞 ○月×日
結社の対抗組織か? 人妖連合のなぞに迫る その2
カラス天狗のネットワークによると、叢雲玲治氏が結成した人妖連合は、九郎義明氏率いる結社の批判勢力として作られたもので、今のところは結社への説得や、結社に追われる妖怪の保護を行っているようである。
叢雲氏が拠点を置いている亜羽論谷は、もともと人間と妖怪、妖精の共存共栄が進んでいる地域で、結社の拠点がある愛作村とは対照的な存在だ。妖怪たちの知恵や力に学ぶことで、経済的にも比較的裕福な水準を維持しているものと思われる。最近建設された鉄道という乗り物も、連合の母体となった亜羽論谷主導で造られたものだ。
異質な者どうしの共生を目指すという試みは、人間にしてはかなり先進的であるし、確かに私も結社の人間の主張には抵抗を感じるが、かといって人妖は根本的に異なる存在。あまり仲良くするのも、それはそれで自然に反しているように思えるのだがいかがだろうか。
リトルは新聞を折りたたむ。
「妹紅消去 輝夜消去 反抗イナバ再排除 列車護衛、ああ最初の三つは妹紅さんと輝夜さんの抗争の どさくさにまぎれてみんな済んだようですよ、あとは、列車護衛がまだですね」
列車護衛
依頼主 人妖連合
成功報酬 10,000紅夢
我々が管理する列車、通称「ばるだー号」が、最近妖精達の襲撃を受けています。
どうも汽笛や煙のにおいが気に入らないようです。幸い妖精の攻撃力は弱く、死者は出ていませんが、
積荷や車体が壊されるなどの被害が相次いでいます。
我々は人妖の共存を目指していますが、しかし降りかかる火の粉は払わざるを得ません。
途中の「天岩戸停車場」は遮へい物となる物がほとんどなく、ここでよく襲撃されています。
現在煙や音を目立ちにくくする式を機関車にかける準備をしてますが、しばらく時間がかかります。
そこで数日の間、この停車場周辺を警備して下さい。
この際機関車と乗員乗客が無事でさえいればいいのですが、列車全体が無傷だった場合はさらに報酬を
10,000紅夢上乗せします。
リトルは依頼を承諾する旨の手紙を書き、呼ぶと飛んできたカラスの足に縛りつけた。依頼文は通常ブンヴンズネストに登録してある弾幕使い全てに送られるので、だれが依頼を受けるかは早い者勝ちである場合が多い。
「よーし、無傷のまま護衛して、2万紅夢ゲットするぞー」
「移動するの?」
「えーと、宿を提供する、とありますよ」
「ああ、今日は面倒くさいわ、リトルが一人でするのならいいわよ」
「うーん、パチュリー様には逆らえません、では一人で行ってきます」
「そのかわり、晩御飯は私が作るわ」
「わあ、楽しみにしてます」
* * *
休暇の日の朝、咲夜はjジーンズに白のブラウス姿で、黒いジャケットを羽織り、お気に入りのブーツをはいて、久しぶりに買い出し以外の外出をする。
「じゃあ、美鈴、私がいない間、紅魔館をお願い」
「はい、任せてください、パチュリー様の魔法で、図書館は厳重に封鎖してありますから、魔理沙さんが来 る心配はないですし」
「いつも、あれぐらい封印をしておけば良かったのにねえ」
「きっと、なんだかんだ言って魔理沙さんが来るのが楽しみだったんじゃないですか」
「それはそうと、気を抜かないで、ずっと本を読まないとパチュリー様に禁断症状があらわれるように、あの 魔法使いさんも同じかもしれないから」
「はい、ではいってらっしゃいませ、咲夜さん」
「お土産待っててね」
湖を超え、昼でも薄暗い森に入ってしばらく歩く、やがて木々を切り倒して開けた場所が見える。そこだけ陽光が差し込む様は、まるで一種のオアシスのようだ。何もない野原にしか見えないが、よくみると森の奥に続く小さな二本の鉄のレールが延びている。枕木もバラストも草に覆われていて、駅舎も信号も存在しないが、ここが紛れもない停車駅のひとつ、「湖の停車場」であった。
「本当に汽車なんて来るのかしら」 咲夜は腕を組んで、木にもたれかけ、レールの奥の暗がりを見つめる。
すると、言葉に応えるかのように、ぴぃーと汽笛をあげて、こじんまりとした列車がやって来た。
小さな蒸気機関車が、マッチ箱のような客車が二両、それより二割ほど全長の短い貨車一両を従え、停車場にごろごろと音を立てて入ってくる。客車のドアが開き、車掌と思われる若い男が声をあげた。
「湖の停車場~ 湖の停車場~ 三分間停車しまーす」
続けて、黄色い声が降りてくる。
「ああ、咲夜さん、お疲れ様です、これから咲夜さんも休暇ですか」
先に休暇で帰省していたメイドの一団だった。咲夜は彼女達と会話に興じ、車掌に促されて慌てて列車に乗る。ちょっと不覚だった。
車内はがらんとしていた、同じ年格好の女性と、その女性より幾らか幼い少年がなにやら話をしている。二人は咲夜を見ると軽く会釈した。咲夜も挨拶し、通路をはさんで向こう側の座席に腰掛けた。
がちゃん、と音がして、列車はゴトゴトと動き出す。
「こんにちは、良いお天気ですね、旅行ですか」 来客用の笑顔。
「ええ、弟が開通した鉄道に乗ってみたいとせがむものですから。それで、失礼ですが人間の方ですか。」
「ええ、そうですけれど」
「なら良かった、紅魔館のメイド達が乗ってましたでしょ、それで、食われるんじゃないかとヒヤヒヤしまし たよ」
「まあ、妖怪全てがヒトを襲うわけじゃありませんけど・・・・・・」
この女性はかなり妖怪たちを嫌っているようだ。咲夜の心中がざわめく。里の人間達が紅魔館を畏怖するのは、仲間や主を守る上で好都合である。その反面、自分を含む紅魔館の面々が化け物扱いされることに、一抹の寂しさを感じないといえばそうではなかった。
「でも、意外と紅魔館のメイドさんたちって、僕らの村に住む女の子達とあまり変わりないですね、
雰囲気とかが」
女性の弟らしい少年が言う。姉は弟を睨み、肘で軽く小突いた。弟は苦笑して肩をすくめる。
「ええ、でも甘く見たら食べられてしまいますわ、色々な意味で」 おどけて咲夜は言ってみせた。
「そうよ、あれらは血と臓物の臭いを好む肉食獣よ、気をつけなさい」 姉のほうは若干感情を含んでいる。
「でも、ヒトと妖怪だって・・・・・・」
咲夜は言いかけて、口を閉じた。
同僚達がそのような目で見られていることに関して、これでよいのだ、妖怪は人間に恐れられる存在でなくてはならない、という思いと、もっと理解し会えないものなのか、という哀しみが咲夜の胸に混在する。
無言で客車の端のデッキに行き、外を眺める。鬱蒼とした森が相変わらず広がっている。まるで自分の心境を表しているようだと咲夜は思う。空は森と対照的に明るく、青い。1羽のひばりが空を飛んでいた。空を飛ぶことなど造作もないのに、永遠に届かない世界のように見えた。
(なーんてね。辛気臭くなったわね、こんなことは忘れて楽しまなきゃ)
周囲が明るくなってくる、やがて列車は速度を下げ、給水施設のある場所停車場が視界に現れた。
* * *
時間は少しさかのぼる。
「あのメイド達の誰も、サクヤ酸らしき物は持ってなかったようですよ」
「でも、会話の中にそれらしき単語があったわ」
ハルカは、彼女が駅で接触した連絡員、勇一郎と一緒に、『サクヤ酸』が積み込まれていないかを調べるべく、この列車に姉弟を装って乗り込んでいた。客車内は休暇から戻る紅魔館の妖怪メイドでごった返している。気さくにメイド達と談笑する勇一郎にすこし苛立つハルカ。
「ちょっと、任務忘れないでよ」
「大丈夫ですよ、ハルカさんもどうですか」
メイドからもらったお菓子をハルカに差し出すが、ハルカは手をつけなかった。
「いらないわ、何が入っているか知れたもんじゃない」
勇一郎は結社でも最年少に近い構成員で、最近は主に、駅周辺で農作業などを手伝いながら、主に人里の動向を調べる仕事に当たっていた。かれのような工作員は他にも存在するが、あまり派手な任務とは言えず、勇一郎は退屈を感じないわけでもなかった。今回、ハルカの支援をするように九朗から命令されたので、働いている農家の人に休みをもらって今回の任務に参加した。
未知の冒険に心が躍る、年上の女性と行動を共にするのは少し照れくさかったけれど。
「しかし、あんたみたいな子までメンバーになってるなんてね」
「ええ、実は僕、捨て子だったんだそうです、それで山賊だか猟師だか区別がつかない人たちに拾われて、いろいろあって九郎さんの所に雇われたんです、結社には感謝してますよ」
彼のような経歴を持つ結社のメンバーは少なくなかった。ハルカ自身、ある理由で故郷の村に居られなくなったところを九朗に拾われたのだった。居場所を失った人々が行き着くところ、というのは、それこそあの紅魔館のようだ。そこのメイド長は人間であるらしい。認めたくなかったが、ひょっとしたら、彼我の立場が入れ替わっていたかもしれないとハルカは思う。
列車は停車場に着き、おしゃべりに興じていたメイド達がみな降りていく。重要機密を持っているというような緊張感は誰も持っていなかった。やはり最後尾にある貨車に積まれているのだろうか。ピクニック気分が抜けきらない勇一郎に比べ、ハルカは焦りを感じる。
「じゃあね、ゆう君、お先に」
「さようなら」
メイドの一団は勇一郎に手をふって降りていった。 しばらくすると、入れ替わりに一人の女性が急ぎ足で車内に駆け上がってくる。銀髪で、ジーンズの似合うスレンダーな体形。
その瞳は全てを包み込む母親のような穏やかさと、居るだけでその場の空気がぴりっと引き締まるような厳しさ、二律背反の雰囲気を併せ持っている。紅魔館の者だろうか、でも妖気は感じない。
先に女性のほうが会釈をしたので、こちらも慌てて挨拶する。外見のイメージどおりの透き通った声と、どこか作られた感じがしないでもない笑顔。女性は近くの座席に腰掛けた。
がちゃん、と音がして、列車はゴトゴトと動き出す。
「・・・・・・食われるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ」
ハルカは妖怪メイドたちが去った安心感からか、妖怪への恐怖を口にした。女性は表情を崩さなかったが、やや反論するような口調で、全ての妖怪が人間を襲うのではないと語った。
「でも、意外と紅魔館のメイドさんたちって、僕らの村に住む女の子達とあまり変わりないですね、
雰囲気とかが」
気まずい雰囲気を修復しようと、勇一郎が口をはさんだ。ハルカが肘で勇一郎を軽く突付く。彼は肩をすくめて、女性のほうに軽くウインクしやがった。
「でも、ヒトと妖怪だって・・・・・・」
そう言いかけて、寂しそうに微笑みながら車端のデッキへ歩いていく。
(ほら、ハルカさんがあんな事言うから、あの人気分悪くしちゃったじゃないですか)
(でも、彼女、妖怪という雰囲気ではなかったわ)
(じゃあ、妖怪の彼氏とか友達とかがいたんですよ)
(でも、妖怪が人を襲うのは事実よ)
森を出て、周囲が明るくなってくる、給水施設のある場所停車場に停まるため、列車は速度を落とした。
* * *
「ふわぁ、退屈ですね」
天岩戸停車場は、簡単な駅舎と給水設備が設置してあるだけの広場だった。レールの片側には、その名の由来となった大きな岩山がそびえている。
リトルはその岩山の頂上に腰掛けて、あくびをしながら列車の到着を待っていた。その耳には人間から借りた無線機のレシーバーが付いている。妖気や魔力の干渉で狭い範囲にしか効果がないが、この広場上空ぐらいなら役に立つ。
列車の汽笛が聞こえると同時に、どこからともなく妖精がわらわらと飛来し、列車に弾幕を浴びせてくる。
「またうるさい音を出すやつがきたぞー」
「煙もくさいしー」
「こわしちゃえー」
「ぶっこわせー」
レシーバーに自警団の声が響く。
「弾幕少女、頼んだぞ、我々も援護する」
「給水が終わって、安全な所に列車がたどり着くまで守ってくれ」
「了解しました」
自警団の人間達も戦闘準備にかかり、小銃や弓矢、スペルカードを構えた。
リトルは翼をはばたかせ、妖精の群れのさらに上空に陣取り、得意のクナイ弾や大弾を放つ、一瞬にして数十体の妖精が撃墜され、自然に還っていく。だがまだ半分以上残っている。
駅の広場にいる自警団も押され気味だ。
妖精の放つ弾幕で、列車に穴が開いていく。
「うわっ」
「勇一郎、床に伏せてなさい」
ハルカは拳銃を取り、割れたガラス窓から発砲して応戦する。特殊な術式によって、一つの弾倉で数十発も撃つことが出来る。しかしいかんせん数が多い。妖精の放つ魔力弾が勇一郎に当たる。
ガッ
「いてえ」
出血したり骨折するほどの威力はなかったが、立て続けに当たれば危険かもしれない。
妖精の攻撃が緩くなる、外でも雇われ弾幕使いか何かが戦っているらしい。
あの女性の姿は無かったが、気にしてる暇はない。
「ずさんね、私達が乗ってる事、ちゃんと妖精たちに伝わってんのかしら。でも・・・・・・」
千載一遇のチャンスともいえる。この隙に、発車前に調べがつかなかった貨車を探ろう、
きっとそこに『サクヤ酸』が隠されているに違いない。妖精に持っていかれたと見せかけて奪取できるかも。そう判断し、勇一郎にずっと伏せているように言うと、空の弾倉をポケットにしまい、予備の弾倉を装てんして車外に駆け出す。
「そりゃー」 妖精が弾を放つ、攻撃そのものは大したことはないが、こうも数に物を言わせてくるとなると苦しい。
「ちょっ、なんでこんな数が」
その時、リトルの周りに群がる妖精の一群にナイフの雨が降り注ぐ。
「苦戦しているようね、リトルちゃん」
「咲夜さん」
列車に乗っていた咲夜が空中に現れた。手に無数のナイフを持って。
「さあ、オイタもほどほどにしなさい」
咲夜の目がかっと紅く染まり、気迫に押された妖精がひるむ。
大部分の小動物と同じで、勝てない相手とは戦わないのだ。すぐに一部の妖精が遁走し始める。
同時に、地上で自警団や列車に攻撃していた妖精たちも散り散りになる。どちらが悪魔だか分からない。
「助かりました、咲夜さん、でもどうして、まさかクビ?」
「なわけないでしょ。悪魔のあなたが振り回されて、人間の私が気迫で圧倒するなんてあべこべよ」
そりゃあ、咲夜さんは基準違反な人ですから。
といいたかったが、胸のうちにしまっておこうとリトルは思った。
襲撃は終わったようだった。
もともと妖精はいたずら好きだが、プライドをかけて、不利な状況でも戦うということをあまりしない。
ごく一部の例外を除いて。
咲夜が列車に戻ろうとしたとたん、リトルのレシーバーに緊急連絡が入った。
『増援を確認、弾幕少女です』
(作者註:元ネタのゲームを知っておられる方は、ここで脳内BGMを変えるといい感じかもしれません)
『ランカー弾幕少女、チルノを確認、直ちに迎撃してください。なお、列車護衛が再優先だという事を忘れないで』
「ごく一部の例外が来たわ」 咲夜が疲れた笑顔で言った。
* * *
「こらー、妖精をいじめてるのはあんた達ね」
周囲に冷気を撒き散らしながら、おバカな武勇伝をとどろかす氷の妖精が飛んでくる。魔道書が一応解説する。
『妖精の中では最強の存在だが、大ガマに食われそうになったという情けない逸話を持つ。
幻想郷最強を自称するが、毎年同じような者が現れる』 とのこと。
「あんたが妖精たちをけしかけたのね」 咲夜が問う。
「さきに喧嘩の種を作ったのはあんた達じゃない」
チルノが怒っている。リトルたちにはチルノの動機がいまいちわからない。
「あのー、どういう事なんでしょうか」 リトルが戦闘体勢を維持しながらもおずおずと聞く。
「自分の胸に聞いてみな」
言うが早いが、チルノはツララの弾丸を放ってくる。リトルと咲夜は左右に分かれ、距離をとってかわす。
「ここはあの子たちの遊び場だったのに、あんた達があんな物造るから住めなくなっちゃったじゃないの」
「で・・・・・・でも、だからって人を襲って良いわけじゃないですよ」
リトルは少し動揺している。
「幻想郷にまでカガクとやらを持ち込むなんて、この辺の人間はイレギュラーもいいとこ。
あんただって小悪魔なのに、なんで人間の味方するのよ」
「それでも、みんなをここまで困らせるのは小悪魔の範疇を超えてますっ」
いたずら好きの小悪魔という設定なのに、どうしてこういう書き方になってしまうんだろう。
思えば、人間に優しい妖怪ばかり書いてきたな・・・・・・。それが本来の幻想郷のあり方ではないという気も確かにありますが。
「リトル、あなたが受けた仕事でしょう、なら最後まで務めを果たすか。だめならすぱっと辞めなさい、
中途半端は一番美しくないわ」
防戦一方となるリトルに咲夜が一喝する。リトルは頭を振るい、反撃に転じる。
「お仕事、最後までやり遂げます!」
―こちらばるだー、補給完了、離脱します―
汽笛が鳴り、列車が動き出した。チルノはスペルカードを出し、列車に向けてエネルギーを開放しようとする。
「ぶっ壊してやる」
「だめっ」
リトルは翼に魔力を集中させる。翼が蜂のように高速で振動し、周囲につむじ風が巻き起こる。
「オーバードぱたぱた!!」
高速で前進、チルノの背後に回る。
「くっ、やってくれるじゃない,氷符アイシクルフォー・・・・・・」
「させません」
振り向きざまにスペルカードを起動させようとしたチルノの頭を、ムーンライトソードの柄で殴る。
チルノは気絶して、広場に墜落した。
「ごめんなさい、ここでスペルカードなんて使ったら、下にいる人たちに被害が出ますから」
やっぱりこういう書き方になってしまう。まあ、あくまで小さないたずら限定の悪魔だから、ということで。
* * *
ハルカは妖精の攻撃で壊された貨車のドアを開け、中を見渡したが、野菜や果物、雑貨品だけで、とても毒物劇物を保管している気配はなかった。これは偽情報だったのだろうか、それとも列車を間違えたのか。
とにかく、ここに目的の『サクヤ酸』がない以上、火事場泥棒に間違われるのはまずい。いそいで客車に戻る。勇一郎は無事だった。
「ハルカさん、大丈夫ですか」
「ええ、でも『サクヤ酸』は見つからなかった」
「生きてただけでも儲けモンですよ」
「そうね、でも、任務は達成できなかった・・・・・・」
さっきの女性と、人外と思しき少女が、怪我した人はいないかと声をかけて回っている。赤い髪に、背中と耳に翼の生えた少女。
そう、ハルカが村から脱走を図った妖怪を射殺したときに遭遇した小悪魔だった。
そう言えば、結社の調査部隊が妖怪に襲われたとき、雇われて救出に向かった弾幕少女もそんな風貌をしていたという。
同一人物だろうか、だとしたら、事もあろうに妖怪排斥を唱える結社が二度も妖怪に助けられたことになる。
ハルカは小悪魔と目が合った。
「あなたは……!!」 小悪魔の顔が一瞬凍りつく。
「安心しなさい、今日は、誰かを殺しに来たわけではないわ、それとも、あなたが私を殺すの?」
「いいえ、殺すなんて。私はただ、依頼された困りごとを解決しようとしただけです」
「なら、私もあの人の依頼を受けたまでよ」
「まだ、あの結社にいるんですか、どうしてこんな生き方を?」
「あなたには理解できないでしょうけど、人間には人間の事情があるのよ」
「そんな……」
重苦しい空気を、勇一郎の声が吹き飛ばす。
「ほら、妖怪といえども一枚岩で人間を襲うわけじゃないんですよ、僕らの敵は、あくまで人を襲うタイプだけですよ、そうでしょ、ハルカさん」
勇一郎が銀髪の女性に頭に包帯を巻いてもらっている。
「咲夜さん、用意がいいですね」 小悪魔が言った
「えっ、サクヤサン!?」
「ええ、私は紅魔館メイドの咲夜といいます」
「わ、私はハルカ、以後よろしく」
「こちらこそ」
(じゃあ毒物のサクヤ酸じゃなくて、メイドの咲夜さん……)
二人はしばらく顔を見合わせて、それから破顔した。その光景を不思議そうに見つめる一人のメイドと人外。
救護を終えて、客車から出ようとする小悪魔をハルカは呼び止めた。
「あの、何か……?」
「少なくとも、勇一郎を手当てしてくれたことには礼を言うわ」
小悪魔は少し笑顔になって、去っていった。
* * *
咲夜はリトルと女性との会話を聞いていたが、リトルが一言、仕事中にトラブった相手です、と言うと、咲夜は、そう、とだけ答えて、それ以上何も聞かないでいてくれた。
2人は気絶しているチルノを駅で借りた縄で縛った。
どちらかが言い出したわけでもなく、いつもの湖畔に運んでいく。
彼女ほどの妖精が人間に殺せるとも思えないが、人間達のリンチに遭わせるのは忍びなかったのだ。
二人はチルノの縄を解き。ハンモックのように両手両足を掴んで空中に立つ。
「そーれっ」
勢いよく放って、水しぶきをあげてチルノが落ちた、と同時に目を醒ます。
「ぶっ、なにすんのよ」
「それはこちらのセリフ、あなたのせいで、せっかくのバカンスが台無しじゃないのよ」
「だって、人間があんなもんつくるんだもん、いつあれが襲ってくるかと思うと、安心してカエルも凍らせれないじゃない」
チルノは水面であぐらを組んで、頬杖をついた姿勢でふてくされた。滑舌が悪く、ら抜き言葉になる。
咲夜は出来の悪い生徒を諭す教師のような口調で氷精に説教する。
「いいこと、蒸気機関車はあなた達を襲ったりしないわ、それに、地面に敷かれたレールの上しか走れない物なのよ」
「ふぇ、だってこの間、見慣れない人間が湖に来て言ったのよ。あの煙、妖精を苦しめる「ほうしゃのう」が含まれてるって」
「それはウソよ。そんなもんが出ていたら、人間もおだぶつよ」
「ええっ、じゃあ、ムカデのように足が生えて、空を飛んで、妖精を石炭の火で焼き尽くすって言うのも」
リトルと咲夜はお互いの顔を見た。
「ねえ咲夜さん、その人間って、よほど汽車を誤解してたんでしょうか」
「あるいは、妖精にあることないこと吹き込んで、列車を妨害させようとしたのかも」
「だとしたら、一体誰が・・・・・・」
「さあ、列車が正常に運行されて困る者でしょうね」
チルノを大妖精に引き渡して停車場に戻る。何者かが妖精を焚きつけて列車を襲わせたのかもしれない。不気味な可能性に二人は無言になる。
「まあ、万が一のときはそいつらにナイフやクナイをお見舞いすればいいのよ」
沈黙を破り、咲夜が胸を張って言う。
「そうですね、そう簡単に私達もやられませんし」
リトルは勇気付けられ、怪我人の救護を手伝うため駅へ戻っていった。
その後、咲夜は列車を追って休暇の続きを過ごし、リトルは報酬をもらって下宿先の香霖堂に帰った。
妖精たちはその後、以外にも汽車の煙や音に慣れてしまい、再び駅周辺で遊ぶ姿が見られるようになり、
冬場には機関車の近くでリリーが暖を取るという珍事も見られるようになったという。
* * *
「おーい、香霖、来てやっ・・・・・・」
次の日、香霖堂に遊びに来た魔理沙は奇妙な張り紙を見つけた。
『本日休業』
原因は夕食のパチュリーシチューだった。
いつも楽しく読ませてもらってます。
今回もサクサク読めて楽しいお話でした。
咲夜さんの休暇が気になる…。
帰れないんじゃね?
それってやっぱ解雇じゃね?
確かにww