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・読者を躁状態にする効果が有る為、眠る前に読むのはお控えください。
・読む前は、背後に人がいないことを充分お確かめください。
・賞味期限は十一月一日迄です(消費期限ではありません)。
・なお、幻視力の強い方は、特に危険な傾向があります。ご注意ください。
・以上、望むところだという方のみ、スクロールしてお楽しみください。
【Ending No.31:Sabbath】
Soar and soar, balance between day and night.
【キャラメルアダージョ】
Sleep the sleep of the just with you.And we are in goldendream.
どうせ図書館に行くんだろ?
その言葉までは聞こえなかった。
――――――――Can you feel me?
霧雨魔理沙は和食派だ。よって朝食とは白い御飯であり、焼いた魚であり、芳しき味噌汁であり、味わい深き漬け物であり、情緒有る佃煮である。海苔なんかがあるとさらによし。対し、アリス・マーガトロイドは洋食派である。よって朝食とは焼いたトーストであり、塗られるべくは手作りのジャムやシロップであり、昨夜にも食した野菜スープであり、熱々の目玉焼きである。そういうわけで、大がかりな共同研究のその翌朝は、マーガトロイド邸の食卓は混沌としている。
この現象から導き出される結論は、魔方使いの摂取するものが何であろうと、そのエネルギーはきちんと魔力に変換されるということだろう。体内で起こる錬金術は、つくづく不可思議なものである。
念のため補足しておくが、魔理沙は単に泊まっていっただけで、二人は同居しているわけではない。食事もそれぞれが自分の分だけつくった。ちなみに魔理沙はちゃんと自分で食材を持ち込んだ。というかアリスの家の材料では和食は無理だ。
というわけで、朝食である。
いただきますと魔理沙は手を合わし、
いただきますとアリスは手を組んだ。
どっちにとっても神様は、ひどく身近なものだったけれど。奪われる命に、それぐらいの礼儀は、欠かしてはならないだろうから。
「魔理沙、迷い箸は禁止」
「くっ…自分なんて、半年前までは握り箸だった癖に」
半年ほど前、二人の間で箸とフォークとナイフを廻って、熾烈な勝負が行われた。
「なんとでも言いなさい。そういう魔理沙は、ナイフとフォークで魚を食べられるようになったの?」
「私は和食派ですわ」
が、今はそんなことはどうでもよいのであった。
「そう。じゃあ、この後に出そうと思っていたキャラメルは」
「お菓子に国境はないぜ」
ないらしい。いいかげんなものだ。
「和食と言えば」
「うん?」
「日本食って、しょっぱさが基本よね」
「そうか?んー、醤油、味噌、漬け物。あ、本当だ」
「洋食の香辛料は、肉が腐ってもしばらくは誤魔化せるように使われているらしいわ」
「和食で保存食って言えば、通常は冬に備えてだな」
などと益体の無い会話が有ったりなかったりした。
さすがに食器は家主が洗うことになった。じゃんけんに負けただけだが。
「アリスー」
「何よ」
「お茶と、何か甘いものをくれ」
「食べたければ自分で…やっぱ動くな」
「ちっ」
「いや、今のどう見ても戸棚じゃないし」
そっちは研究室だ。
「気にするな」
「気にするわ」
「どっちかと言うと気を使ってくれ」
「こっちのセリフよ」
「なってないぜ。中国に弟子入りしなくちゃな」
「…あげないわよ?キャラメル」
「あとお茶も忘れないでくれ」
埒があかないので諦める。小皿をだして、立方体に切っておいたそれを三つ並べた。朝ぱっらから疲れたくはない。
さすがにお茶は出さなかった。
「はい」
「甘いな」
「お菓子だもの」
「これは、明日も出るのか」
「一応そのつもりだけど」
「ふうん」
気に入ったようだった。あっという間に二つ目が魔理沙の口に消える。
アリスはそれを満足そうに眺めて、洗いに戻る。その際、皿に入れなかった一つを口に放った。それだけ大きめに切ってしまってバランスが悪いので、自分で食べることにしたのだ。
そこに。
「アリス」
「なに?」
「もう一個くれ」
欲張りな発言が聞こえた。
「え?それで終わりよ?」
正しくは、パチュリーに持っていく分はまだあるのだが、それはパチュリーのものだ。というか魔理沙、食べるの一瞬過ぎ。もう少し味わって欲しいものだと思った。
「いや、あるぜ?」
「ぇ?」
声が、何故かすぐ後ろで聞こえた。肩を掴まれ、少し強引に振り向かされる。
「おいおいアリス」
魔理沙はちょっと困ったように笑って見せた。演技だろうけど。
魔理沙の手が、アリスの両肩にまわる。
「こういう時は、ただ黙って目を閉じるもんだぜ?」
声は少しだけ緊張していた。
ぐっと両肩を掴んだ腕に、ほんの少し力がかかって。
アリスは自分の睫毛が、魔理沙の息で震えたのがわかった。
目の前が彼女で一杯になる中で、アリスは。
また少し背が伸びたんだなと、何故かそんなことを考えた。
――――――――Can you feel me?
[暗転]
Sleep the sleep of the just with you.And we are in goldendream.
朝からいろいろと間違ったイベントが発生したが、とりあえず今日もアリスは図書館に行くことにする。というかここ最近は、紅魔館に入り浸りだった。今日も届けるものが複数あるし、そこでしなければならないことがいくつかある。図書館はついでだ。ついでの、はずだ。
明日は紅魔館でパーティーを催されることになっている。今が十月の晦だと聞けば、ある人はハロウィーンだと言い、ある人はガイ・フォークス・デイと言い、またある人はサウェン祭、ディーワーリー祭、新嘗祭、ワイン祭と言うだろう。
この場合明日はどれなのかの言うと、全部である。とにかく秋を、収穫を祝うのだ。
ワインを開け、麦を碾き、肉をさばいて、火をくべる。
木の実を散らし、花を捲き、笛を鳴らし、鼓を打ち、足は土を叩いては跳ね上がり、手と手を取り合ってぐるぐると。
くるくるくると、ぐるくると。
炎が揺れる度、風が過ぎる度、踊り手が廻る度、巨大な篝火が生んだ影は、ゆらゆらと形を変えるのだろう。
要約すれば、夜通し食べて踊って歌い上げ、ぶっ倒れるまで騒ぎ倒すという、甚だ非生産的な行為である。参加したい者は何か食材を持ち、叶わぬ者は肴に音を提供する事となっている。それすら為らぬ者は踊り狂わなければらないし、そうでなければ…なんだろう。
とにかく場が盛り上がれば何でもいいのだ、たぶん。
といっても。弾幕は厳禁で、参加者同士で喰い合うのも駄目だ。
アリスはそれにお菓子と人形と衣装、ひょっとしたら音をも提供するかもしれない。どこで聞きかじったか知らないが、誰かが提案したガイ・フォークス・デイとは人形を叩いて引きずり回し、最後には火にくべるらしい。燃やすとは穏やかではないが、世の中には流し雛という風習もある。あるいはそれも、厄払いの類かもしれない。丑の刻参りでも言えるが、人形がそういった呪術的な要素を孕むことは少なくない。
流される為だけの雛。
燃やされる為だけの人形。
呪う為だけのヒトガタ。
あるいは、それも一つの生なのだろうか。
首を振った。何にせよ、思いが込められていることには変わらないだろう。パチュリー曰く、ひどく新しい風習らしいが、まあいい。とにかくアリスの創った人形は燃える。だから燃やしやすいもので創ったのだ。
「アリス?」
黙り込んだアリスが気になったのか、帽子をかぶりなおした魔理沙が、顔を覗き込んできた。
「顔色悪いな。徹夜が響いてるのか?」
「魔理沙も似たような……結構元気ね?」
「鍛え方が違う」
「ただの無精でしょ、まったく。いい、早寝早起きは―――」
「美容の味方、だろ。って、研究には邪魔だけどな」
「世の中には、常に例外が存在するのよ」
「違いない」
魔理沙が笑ったから、アリスも少しだけ笑った。
「魔理沙はこれからどうするの?」
「アリスはパチュリーのとこだよな。私はそうだな、帰って寝る」
「なによ、結局眠るんじゃない」
「睡眠不足は乙女の敵だ」
そう言いつつも、眠るのはほんの二時間くらいだろう。魔理沙には、魔理沙の仕事がある。
「じゃあ、睡眠過多は魔法使いの敵ね」
「何とでも言え。じゃ、パチュリーによろしくな」
「なにを?」
「明日は朝イチで行ってやるから覚悟しやがれ?」
「疑問系なの?まあいいけど」
――――――――Can you feel me?
【Neverending-story is loved】
――――――――Stand by me,Side with me.So we can get Neverending-twilight.
美鈴が揺らぎ、咲夜が過去に囚われ、
アリスが消失し、魔理沙が迷い、パチュリーが惑わされ、
レミリアが回顧し、フランドールが励まし、小悪魔が弄し、
メイドが騒ぎ、誰かが失恋し、
鬼が傍観し、スキマ妖怪が覗き、巫女が静観した、あの秋から一年。
――――――――Stand by me,Side with me.So we can get Neverending-twilight.
あなたは幸せなのかと誰かに問われた。
あの人が幸せならと誰かに答えた。
あなたを幸せに出来ているかと誰かが訊いた。
あなたが幸せならと誰かに答えた。
――――――――Stand by me,Side with me.So we can get Neverending-twilight.
誰かと永い約束をしたけれど、その内容が思い出せない。
けれど笑えばそれで済む気がして、とりあえず笑ってみた。
嘘偽り無く、笑ってみた。
――――――――Stand by me,Side with me.So we can get Neverending-twilight.
約束は、きっと果たされたんだろう。
【飲み物注意報】
いつものように、門前には門番がいた。
紅魔館門番隊長、紅美鈴。
「おはようございます。アリスさん」
「おはよう美鈴」
今日も彼女は元気そうだった。喜ばしい限りだと、誰かの代わりにアリスは思った。
「準備はどう?」
「首尾は上々っと言いたいところですが、まだなんとも言えませんねぇ。今日のアリスさんの働きにもかかってます」
「中心は門番隊でしょ?」
「いやー戦闘はともかく、パーティーの指示なんて出来ませんよ。どんなのかわからないですし」
「…大丈夫なの?」
「まぁ、細かい采配はカーサに任せているので」
私はこっちに手がいっぱいでして、と両手で何かを掻き混ぜる動作をした。
「ああ。うまく出来がったんだって?」
「ええまぁ。あれなら皆さんも納得してくださるのではないかと思っています。ただ、お嬢様には別なものも用意しますけど」
「ってことは、洋酒を?」
「いえ、果実酒です。一昨年仕込んだのが、ようやっと飲めるまでになりまして」
「へえ、ちょっといいわね。私も飲みたいかも」
「あ、じゃあ是非」
美鈴は気軽に頷いた。
「でも、果実だとあまりたくさんはないでしょう。いいの?」
「それでも数人が飲むくらいは問題ないですから」
アクマで嗜む程度ですが、と付け加える。楽しそうに、嬉しそうに。
アリスはその様子を見て、それから一度だけ深く目を閉じた。それは、ほんの一瞬だったけれど。
そうして。
「それじゃあ、そろそろ」
「はい。よろしくおねがいしますね」
軽く手を振って、美鈴とは門の前で別れた。
――――――――Can you feel me?
[暗転]
Fell in love with you.So we are in violet.
咲夜と会い、フランと会い、小悪魔と会った。
カーサとはすれ違い、レミリアは遠目に見かけた。
何人ものメイドとすれ違ったが、彼女たちの名前は知らない。
ただ、みんなどこか落ち着きがないのは同じで。
ばたばたと忙しそうに動いて、大変そうに楽しんでいる。
祭りの前の空気は、最中とは違う盛り上がり方をするものだ。
そもそもこの収穫祭は、毎年行われていることではない。美鈴手製による酒が、今年ようやく飲めるまでになったので、じゃあいっちょ派手にいこうぜと誰かが言い、あれよあれよと言う間にこんな大事になってしまったのだ。魔理沙め、館の住人でもないくせに。
発端がそういうわけで、活動の中心は門番隊だそうだ。とはいえ総監督はいつものように咲夜で、主催者はレミリアだ。
ちなみに、今回の割り振りはこんな感じだ。
総責任者及び主催者:レミリア・スカーレット
魔法による演出:パチュリー・ノーレッジ
総監督:十六夜咲夜
衣装:アリス・マーガトロイド+メイド
人形作り:アリス・マーガトロイド
飾り付け:門番隊+メイド+フランドール・スカーレット+小悪魔
料理:メイド(調理)+門番隊(材料調達、運搬etc)
酒:紅美鈴+門番隊
全補助及び外部広告:小悪魔+霧雨魔理沙+カッサンドラ・グノーシス
祭りのコンセプトは単に収穫祭だが、色彩及び飾り付けはハロウィンをモチーフにすることになっていた。服装もそれに見合わせる為に、アリスはその製作の責任を任されたのだ。
祭り好きの魔理沙がパチュリーにアリスを推薦し、そのパチュリーがレミリアに推薦した。紅魔館に借りがあるアリスに、逃げ場などあるはずなかった。ついでに菓子作り隊にも組み込まれた。迷惑な話である。魔理沙め。
腹いせに衣装はさんざん凝ってやった。どれくらい凝ったかというと、製作チームのメイドが夜な夜な半泣きで縫うくらいである。何故夜なのかと言えば、通常の仕事を昼に行っているからである。大量生産高品質なので、きっと来年も着られるに違いない。今回は紅魔館の誰一人として仮装から逃れられないので、大変楽しみである。といっても、別に間抜けな格好だったり、むやみに露出度が高かったりはしない。自分も着なければならないからだ。
詳細は明日の楽しみの為割愛するが、とりあえず帽子はジャック・オー・ランタン型が基本だと思っていただきたい。ちなみに魔理沙は普段から正統な(?)魔女の格好のために、当初は仮装は免除しようという声があったが、パチュリーが一人だけそんなのは許さないと妙なやる気を見せたために、明日は一波乱あるだろう。すでにアリスは魔理沙用にも創った。というか、アリスも逃す気はない。
アリスは肩を軽く回すと、自分も作業に取りかかることにした。
――――――――Can you feel me?
[暗転]
Fell in love with you.So we are in violet.
準備作業も終わって、一息をつく。それでもアリスにはまだやり残したことがあった。今は夕刻だ。彼女の方はとっくに準備は終わっているそうだから、時間には何の問題はない。あとはアリスの余力次第ということだった。もっとも、無くても行くつもりだった。アリスには多大な返済があるのだ。それを一刻も早く返しきってしまいたい。何故そんなに急ぐのかと、前に一度聞かれたとき、黒い影が過ぎっていった。
「じゃあ、今日も頑張りますか」
方角はこの先の廊下を過ぎて右、左、進んで右…歩いて七分のヴワル図書館だ。
そう。
ヴワル図書館。そこは魔女(かのじょ)の場所(ねじろ)だ。
Fell in love with you.So we are in violet.
「あら」
扉を開けると、意外にも彼女はすぐ近くにいた。入り口付近の本棚の、上から三段目に、丁度本を戻すか取ろうかという姿勢のままに、パチュリーは顔だけでこちらを向いた。
「今日も来たの?」
「来いと言ったのはあなたよ、パチュリー」
「私は来て欲しいと言ったのよ」
「表現はこの際どうでもいいでしょ?」
「大ありよ。それでは私が命令したようだわ」
どっちにしたって、思い通りになるまで退かないくせに、彼女はそんなことを言う。そういうところは魔理沙と変わらないと言ったら、二人して否定してきた。曰く、退かないと押し通すとは全く違うと。そう言い換えられると確かに全然響きは違うが、もたらすものは結局の処同じなのだ。そう、アリスの溜め息は減らない。それが不幸に依るものか幸福に依るものかは、アリスにもわからないのだが。
「とりあえず休憩を淹れるから、あなたも飲むわよね?」
「ええ」
とくに断る理由もないので、軽く頷いた。
その日出されたのは珈琲だった。珍しいこともあるものだ。
「…ぅ」
「あ、苦いですか?」
「ちょっとね。甘い物を食べて来たから」
「実際濃いのよ、これ」
「すいません。珈琲の方にはあまり慣れていなくて」
余談だが、珈琲は人によっては毒になる。
「それで、どうしてあなたはハーブティーなの?」
「前に飲んだとき、合わないという結論に至ったからよ」
「じゃあ、どうして私は珈琲なの?」
「匂いだけでも楽しみたかった」
「…そう。私は利用されたのね」
「そんなに落ち込まないで。あなたが来なかった場合、門番あたりの胃に落ちることになっていたから」
「そうして誰でも良いのね。って、何で美鈴なの?」
小悪魔とかの方がすぐ近くに…あれ、いない?
「彼女は飾り付けの手伝いに行ったわ」
「ああ。担当だっけ」
「むしろフランのお目付役」
「それはお気の毒に」
心底同情した。でもまあ、多少会場が崩壊しても、これは演出ですと言い張る小悪魔だろうから、この同情は一分も保たないのだった。
さて、そろそろいつもの作業をしようと、アリスは席を立った。人形を動かす余力は無いので、荷物の大半はテーブルに置いておくことにする。
「あなたは?」
「なにが?」
「今日は珍しく本を読んでいないから、疲れたならもう寝るのかなって」
「そうね」
それは肯定なのか否定なのか。パチュリーは本棚の方へ目を向けた。まだ寝る気は無いと言うことだろうか。とくに気にしないで、アリスはあの一角に向かった。と、何故か彼女はついて来る。話を続けるつもりなのかと、アリスは首を傾げた。作業中、アリスに余裕がないことくらい、知らない彼女ではないはずなのだが。古文書の棚に辿りつく。慣れた手つきで一冊引き抜き、床に座った。パチュリーはすぐ隣でそれを見ている。
「パチュリー?」
「そうね」
彼女は頷いた。
「今日は、あなたにする」
「…え?」
動きを止めた。その隙に、さらに距離を縮められる。
「だから、今日はあなたを楽しむことにすると言ったの」
「でも、私は本を」
修復しなければいけないという言葉は、けれど続きはしない。
「ねえ」
何故なら魔女は口を開く。
「それは、誰の本?」
問いかけと言うよりは、それは確認であり念押し。本の持ち主である私がいいと言っているなら、何の問題はないと、魔女は笑んだ。いつものようにアリスは床に座っている為、視線はパチュリーの方が高い。
見下ろす知識の魔女の眼は、深い深い紫色。
青の次ぐらいに、距離感のつかみ辛い色。
いつも不機嫌そうに半分隠れているそれらが、じっと、アリスを見つめて。
ほら、今はこんなにもまあるい。
そうして、その二つはふと何かを捕らえた。少しだけ身をかがめた彼女の指が、アリスの首元をなで上げる。
「ん…」
二人の体温には差があった。触れる指が冷たいから、アリスの口から声が零れる。彼女の細いそれが、二度三度と肌を滑り、それを確かめる。
「ねえ」
「…な、に?」
彼女の声が、少しだけ低くなった。
「これは…魔理沙?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。でも、それは本当に一瞬で。
「あ…」
思い当たったそこで、人形師の冷静さは失われる。それがわかるから、くすりと、魔女は酷薄に笑った
「当て付けかしら?」
「ち、ちが」
「あなたはね。でも、魔理沙はたぶんそのつもり」
くすくすと、むしろ楽しくてたまらないというように。そうして、アリスの首元から離れた指は、その耳の後ろを滑り、頬に触れ、唇の形をなぞった。ぎゅっと、その瞬間だけアリスは目を閉じて。
「さあ」
彼女の声に、また開ける。ぴたりと視線が合った。あるいは、紫のそれに絡め取られる。魔女は言う。諦めなさいと、優しいようでヒンヤリした声色で。
「どのみち、薬はもう飲んでしまったのだから」
「ぇ?」
瞬き、けれど先ほど同様に疑問は瞬間のもので。記憶の違和感が可能性を提示し、確信へと。何故今日に限って珈琲が出のたかを、遅まきながらに少女は悟る。
「正解」
アリスが己の迂闊さに唇を噛むと、彼女はまた笑った。人を企みに嵌めておいて、なんでそんなに幸福そうに笑えるのか。それは、出会った頃は知らなかった、思いもしなかった表情で。あの頃、この眼はこんなに力は無かったはずなのに。抵抗の意志を奪われ、言葉を奪われ、声どころか呼吸さえアリスは制限を受けたように。
「ぅあ…っ…」
脈が速まるのがわかる。それは、果たして本当に、薬だけの所為なのか。
吐息に熱が籠もっていき、いつものことながら怖くなる。
視界がかすかに霞むから、アリスは自分の瞳が潤んでいるのだとわかった。
「ねえだから」
再び距離をつめたパチュリーは、両手をアリスの顔の横について、身をかがめて覆うように。そうして自由を奪っておいて、動けなくなったアリスの左の目蓋に、そっと口づけを一つ落とした。
「っ…」
彼女の瞳が、言葉が、距離が、纏う空気が、その全てではっきりと、もうあなたに逃れる術はないのだと示す。アリスのすぐ目の前で、深い紫が細まり――――――――嗤った。
「さあ」
彼女の声は、今は指のよう。細いそれが、アリスの背筋を撫で上げ、急降下。
気づけばそこは、本の檻。
「今日も私を楽しませてね?アリス」
息が、乱れた。
〔暗転〕
Fell in love with you.So we are in violet.
「はい」
「え?」
背もたれに身を預けるアリスの目の前には、なみなみと注がれたコップ。ジュースか何かだろうか、甘い香りがした。どうせなら麦茶がよかったなと、贅沢なことを考える。甘いと余計に渇きそうだ。
「いらないの?喉が渇いているんじゃないかと思ったのだけれど」
意地悪く、アメジストの眼が細まり、
「だって声が、ね?」
さらりと口にする。
「っ!……だ、から、薬は嫌なのよ…」
確かに、喉はからからだった。
「仕方がないでしょう?私は体力がないんだから」
なにが仕方がないのか、パチュリーは嘯く。
「そもそもこんなっ!だいだい、私は本を修復に来たのよ」
「どうぞ。今からでもやっていってかまわないわよ?」
パチュリーの指は、あの一角を指していた。
「う…」
「さあ、遠慮はいらないわ」
本気なのか冗談なのかわからない、あるいはどっちでもいいような口調。アリスにそんな体力が残っていないとわかっている癖に、そんなことを言う。魔女は、彼女は、意地悪だ。
「はい」
「…うん」
根負けし、受け取る。彼女はと言うと、すでに紅茶に口をつけていた。アリスをその様子を何となく眺めていた。というか、今はあまり動きたくない。
「ねえ」
「なによ」
「飲まないの?」
「飲むけど」
「心配しなくても、それに薬は入ってないわ」
「当たり前よ!…じゃなくて、その。ああいう不意打ちなのは…」
先ほどまでのことを思い出し、コップを持ったまま、アリスは俯く。
「そんなに嫌だった?あなたの人形はみんなとても静かだったけど?」
「それは…」
何かを言おうとして、何も言えないと気づく。
結局のところ、こういうことには強く出られない。まして最初に魔理沙の名前を出すなんて卑怯だ。あれでは拒めるものも拒めないではないか。もちろん、わかってて言ったんだろうけれど。
面白くない気持ちのまま、乾きを潤そうと一気に飲んだのがいけなかった。
あ、れ?
世界が揺れる。机に突っ伏したまま、アリスは眼だけでパチュリーを捕らえると、彼女は首を横に振った。
「薬なんて入れていないわ」
じゃあ、どうして?
「それ自体が、あなたを彼岸へと誘う」
彼女は微笑んだ。
「お酒よ、それ。門番の自信作」
あ、美鈴印の…
先ほどの会話を思い出す。彼女は自分が片棒を担いでいるのを知っているのだろうか。知らないのだろう。それにしても、一杯でこの体たらくとは。よほど強いお酒なのか。
「それだけじゃ、ここまでは酔わないわ」
襲う睡魔に抵抗するアリスの両目を、パチュリーの手が覆う。それを振り払おうにも、もう手は持ち上がらなかった。
「おやすみなさい、アリス」
何故だかそれは優しげだった。きっと錯覚、なんだろうけど。こういうのも幻聴と言うのだろうか。
満足そうな吐息が、首元をくすぐって。
「…パチュリーの…ばか…」
あとのことは、だからアリスは知らない。
[暗転]
Fell in love with you.So we are in violet.
静かになったアリスの髪を梳きながら、パチュリーは一人言葉を重ねた。
「ばかはあなたよ。魔理沙に合わせて無理ばかりする。明日倒れるよりは、数倍はましでしょう?」
いつか訊いたことがある。何故そうも急ぐのかと。本の修復は、もう少しゆっくりでかまわないと言ったパチュリーに、アリスは返した。
――――――――魔理沙が生きている間に終わらせたいの
予想外に重い言葉が返ってきて、何故とは続けられなかった。そんなことをしなくても、アリスはもう少しだけ吐露してくれた。
――――――――私は逃げ道を潰していかなければならないのよ
パチュリーは目を閉じた。たぶん、アリスは自分に対し誠実にあろうとしてそう言ったのだろう。何故なら彼女はその時、眠りに堕ちる前に言ったのだ。
――――――――だからね、ここに来る理由を、早く一つにしてしまいたいの
それがどういう意味なのかわからないほど、パチュリーは愚かではない。むしろわかりすぎて胸が詰まった。思い出すとまた込み上げるものがあるので、もう寝ることにする。
短い詠唱、浮遊の魔法。アリスをベットへ。
自らも浮き、着地という名の墜落。およそ数㎝の落下。
アリスは今日も甘い香りがした。ジャスミンと、お菓子の匂い。
パチュリーより少しだけ高く、魔理沙より少しだけ低い体温。
それを傍らに感じながら、パチュリーは眼を閉じた。
明日の朝は、珈琲を小悪魔に淹れさせよう。そうして、彼女の作ったキャラメルを舌で溶かして、それからゆっくり魔理沙が来るのを待とう。お祭り好きの魔理沙のことだ。そんなには待たなくても済むだろう。それよりも重要なのは、持てなしか悪戯か。
とりあえずアリスには、もう悪戯は出来ないというわけだが。
ならせめて、明日になるそれまでは――――――――
なんとなく、楽しい夢をみれる気がした。
Soar and soar, balance between day and night.
Stand by me,Side with me.So we can get Neverending-twilight.
It's perfectworld.Because the world haves countless goldenstar and the sky of violet.
こ、このままじゃ眠れねぇっ……!!
あと、粗探しのようですが、萃夢想のどこかのエンディングで「パチュリーは普段が紅茶なのがときどき珈琲になることに咲夜は気付いた」というような記述があったと思うので、パチュリーが「珈琲にしてみたら合わなかった」ということも無いように思いますが……。
これなんてエr(ry
えっ らい躁状態になりました
今夜はもう眠れそうにありません
あとがき見ていくらか安心www
アリス大変だ!111これはすごい…甘!
ていうか魔理沙もパチェもアリスになんてことを
いいぞもっとやれ
3分の1がとてもみたいです
残り3分の1はどれだけ甘いのか!サバト?サバトですか!?
暴走してますね。ごめんなさい。
とりあえず、こあGJ!と伝えたい。
振り回されつつも二人に対して真摯であろうとするアリスが可愛いったら。
誤字を二つほど。
×新嘗祭、ワイン際言うだろう。→○新嘗祭、ワイン祭と言うだろう。
×悪魔で嗜む程度ですが、と付け加える。→○あくまで嗜む程度ですが、と付け加える。
×あのことは、だからアリスは知らない。→○あとのことは、だからアリスは知らない。
あまりの甘さに躁状態に突入して今日一日何も手が着きそうにないぜ…
暗転した部分は脳内補完することにしますwww
氏の作品を追い続けて私はこれを待っていたのだ!
>「…パチュリーの…ばか…」
ちょ、おま、ぐはぁ!
どこかで…どこかで是非1/3の公開を……!!
誰か……インシュリンを……バタ……
あと脱字らしきものを
×炎が揺れ度 →○炎が揺れる度
×ぶっ倒れまで →○ぶっ倒れるまで
アリスには頑張ってもらうとして、暗転部分をもっとよく見せてくれ……
というのはともかく、歪な夜の星空観察倶楽部さんの書くパチュリーを、もっと読んでみたいものです。
この文体が好きです。ごちそうさまでした…
いやあ、存分に堪能しました
ところで美鈴と咲夜には裏ルート・裏エンディングは無いんですか(ぉ
ふたりもそれを知っていると思うんだよ。
良いマリ←アリ→パチェでした。
「ここに来る理由を、早く一つに」といわれた時のパチュリーの心境はいかばかりか。
なにげにすげー口説き文句だぜ。
一連のイベントが見たすぎる……。
大胆でありながらわりといぱいいっぱいの魔理沙がかわいくて!
私には中身分からないので、厳密な事は判断出来ないですけど……。
場合によっては創想話と同サイト内、東方うpろだ3、という選択肢もあるかもしれませんね。
個人的には読んでみたいと思ったりします~。
場所の性質上、この場で明言するわけにはいかないのですが……。
たとえば、東方wikiの左側のリンク、関連wikiあたりからそれらしい場所を探してみて下さい。
そこから辿っていけば、適切な場所に行けると思いますよ。
まず一言、ご馳走様。甘すぎて多分私は今晩よく寝られません^^;
……長い髪って見た目はともかく、水を吸っちゃうとすごく重たくなります。
面倒とか邪魔とか言う話を通り過ぎて、危険な場面もあったりします。
でももし、私が同じように「切らないで」って言われたら。
多分私も切りません。それが望みならば、他は些細な問題だからです。
続きを読ませてくれて、どうもありがとうございました~。
……で、早めに言うべきでしたが、あそこのうpろだでこの手の物をほとんど見た覚えがないので(検索してみたら一つ消されずに残っていましたし、うpろだ自体には注意書きもないのではっきりとはしないですが)、やはりこの手の物はそれ専用の場所を探してそこに置かれた方が良かったかと思います。
別に隠されているわけではないので、見つけられる範囲だと思いますし。
私も何だか無責任に薦めちゃって、本当にごめんなさいでした。
ただ-100点は勘弁して下さい、私は減点なんか付けたくないです……。
迷惑かけたお詫びとして、どうかおまけ分の点数もそのままお持ち下さい。
しょ、詳細plz うpには見当たらないし……
幻の完全版が見れないのは残念ですが、満足できました。
だって充分にえr
それにしても前作までの純情パッチュさんはどこへやら。
これが覚醒かっ
これは・・か、身体がほてりますた。寝る前に読まなくてよかった。
1/3読みたいなあ・・・
いやはや、お見事。話に引き込まれました。
しかし、この話の完全版が現在は見れないとは残念な事です……読みたい。
東方系のアップローダは各種あり、それこそエロ専用のロダなんかもあったりしますので
どこか適切なアップローダに再アップすることは出来ないでしょうか?
それが無理ならメアド載せるんでそこにメモ帖形式で・・ってかなり
必死だな自分orz
まあそれだけ面白かった+悶えたということで。
完全版・・・うがー、燃えろ我が想像力
しかし、いやはやここまで来て完全版が拝めないなんて…
完全版でてたとかもどかしすぎて眠れないですよ
3/1消すとかもったいなすぎると思いますよ
あとこの内容でも十分プラトニック感じられました
まじありがとうございます ごちそうさまです
急激な躁状態にハートがマッハですヒャッハー。
ありがとうございますパッション的に。ごちそうさまでした。