Coolier - 新生・東方創想話

Calling You

2006/10/15 09:04:26
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 カラン――
 それは随分と懐かしい響きのように思えた。そしてそんな自分が少し情けなくも思えた。
 他ならぬ己の店の来客を告げる鈴に対してそんな感慨を抱くとは。
 どれだけの時間を孤独の内に過ごしてきたのかそれだけで伺えようものだ、と香霖堂の店主・森近霖之介は苦笑する。
 入ってきたのは一人の少女。まるで異界にでも紛れ込んでしまったかのようにキョロキョロと視線を所在無く動かしている。
 ああ、またか――霖之介は思わず眉を顰めた。永き時の中で今まで幾度か見られたケースだ。別に珍しいことでもない。
 少女は霖之介に気付いていない。目の高さの棚に陳列された小瓶の一つを手にとって眺める。
 窓から差し込む僅かな光に小瓶を透かし、興味深そうに見つめている。
 ややあって棚に置き直す。そしてすぐ隣りの瓶を取る。元の位置とは逆側に置き直した。
 書庫から本を一つ抜き取る。パラパラとページをめくり出す。本を閉じると上部の隙間に横向きに置いた。
 今度は壁際に固めて置いておいた霖之介すら用途を思い出せない機材に興味を惹かれたようだ。
 一つ、手に取ってみる。山が音を立てて崩れた。
「・・・・・・」
 堪り兼ねて霖之介は席を立つ。商品の配置は店主の拘りだ。
 他意は無いのかもしれないが買う気もないのにこれ以上好き勝手に変えられるのは見るに忍びない。
「何か、お探しですか」
 こういう時は目的を明確にさせるのが一番だ。探し物のある場所まで誘導し、迅速に会計を済まさせる。
 客の回転率を上げるコツだ。暇が最大の売り物である香霖堂の主である彼がそんなものを身に着けておく必要があるのかはまあ兎も角として。
「・・・・・・」
 少女と目が合う。霖之介の腰の高さくらいしか背丈の無い少女は顎を上げて彼を見つめる。
 変化の乏しい表情の奥に多少の驚きが見えた。何者なのかと訴えられたように思えたがすぐに店主だと気付いたらしい。
 そして少女は言葉を口にした。
 一瞬、霖之介は後悔した。珍しいことではなかったが久方振りのことなので失念していた。
 彼女が「そう」であるならば。答えは決まっているのだった。
 少女の求めるものは。この店には無い。

「私の記憶を探しているの」

 予想と寸分違わぬ答えだった。

 何も覚えていないのだと言う。気付けば一人森を彷徨っていたのだという。
 全てを失い、世界は知らぬものとなった。空っぽになってしまった少女の中を埋め尽くしたのは不安と恐怖。
 故に少女は求めた。己の存在証明を。自分が何者であるかを知るために、ただ夢中で歩き、そしてこの店に辿り着いたのだと。
「記憶でなくともいい。名前でも、足跡でも。それが私の一部であるならば」
 訥々と少女は語る。
「この店には、無いのですか?」
 瞳は真っ直ぐに霖之介を向いていた。「貴方は私を知っているのか」、彼女はそう問うていた。
「生憎と。品揃えが売りの店ではありませんので」
 霖之介は肩を竦める。少女はそれ以上食い下がらずただ小さく「そう」とだけ呟いた。
 嘘をついた。霖之介は彼女を知っていた。
 だがそれを口にしない。意味が無いことだと判っているから。
 少女は店を出て行った。最後にちらりと霖之介を一瞥して。
 これでいいのだと言い聞かせる。面倒事に巻き込まれるのは御免だ。自分は平穏と怠惰の世界で生きていくのが一番なのだ。
 少女が変えた商品の配置を元に戻し、店主の椅子に座り直す。
 それから何も無いままに一日が終わった。


 翌日。霖之介の願いは叶わなかった。
 同じような時間に入り口の鈴が鳴り、また少女が姿を現したのだ。
 どうして、とあっけに取られる霖之介に少女は今度は真っ直ぐに彼に近付いてくる。
 そしてやはり上目遣いで無表情で。
「今日は、入荷していないのですか?」
 ため息一つ。どうやら見透かされていたようだ。
「生憎と。受注の早さが売りの店ではありませんので」
 それでも、教えるわけにはいかない。
「そう」
 二日目も同じ遣り取り。少女はくるりと背を向ける。
「じゃあ、また来ます」
 それだけが昨日と違うもので。そして三日目があることを示すものだった。


 

 霖之介が少女について知っていることなどほんの些細なことだった。
 その些細なことを伝えることが彼女にとって良いことだとは決して思えなかった。逆にそれが残酷な結果になる可能性だってある。
 少女の導き手として自分は相応しい存在ではない。他を当たるべきだ。
 三日目。予告通りに現れた少女に霖之介はそう伝えた。
「なら、教えて。その相応しい人を」
 問われて霖之介はしばし考える。該当する人物を2、3浮かべて頭痛を覚えた。
 彼女らが真面目に取り合うとは思えなかった。寧ろ日頃の退屈を晴らすために少女を玩ぶ様が見て取れるようだった。
 ため息をつく。少女が小首を傾げる。
「兎に角、此処には貴方の望むものはありません」
 何度問われようと、霖之介は答えるつもりはない。
 だから此処に来るのは無駄だ。此処に有るのも無駄だけだ。
「おそらく貴方の記憶喪失は一時的なものです。時が経てば思い出すことでしょう」
 今までも、そうだった。三日以上「彼女」がこの状態を引きずったことなどなかった。
「それまでは、安息に過ごすといい。忙しい貴方に天が与えた休暇だと割り切ってみては?」
 記憶を取り戻せば。また彼女には過酷な日々が待っているのだから。
「忙しい」の部分に己の欠片を感じた少女は微かに眉を顰めた。だが理解したのか諦めたのか。肩を落として霖之介に背中を向けた。
(やれやれ)
 これでようやく煩わしさから解放されると霖之介。だが果たしてこの三日間、本当に煩わしいだけであったのか。
 起伏の無い毎日とは本当に幸福であったのか。刺激など自分には必要の無いものであったのか。
(客を望まぬ店主など――恥ずべきものなのでしょうね)
 そんなことを、ふと思う。寂れた店内を見渡した。
(・・・・・・おや?)
 視界の端に影が映る。身体の位置をずらして本棚の向こう側を覗き込む。
「・・・・・・何をしているのです?」
 聞くまでもなかった。少女が本を立ち読みしていた。
「暇潰し。やることなんて思いつかないもの」
 顔を上げた少女は少し頬を膨らませて霖之介を睨みつけた。


 その日から、少女は香霖堂の常連客となった。
 とはいえ全てを失っている少女の懐に商品を購入する金銭など蓄えられているはずもなく、客と呼ぶには少々御幣があった。
 それでも陳列された商品の数々に余すことなく興味を抱くその姿には霖之介も悪い気はしない。
 常に何かに目をつけ手に取り、それが何であるかを少女は霖之介に問う。
「ねえコーリン。これは何?」
「それは源氏物語です。遥か昔の恋物語ですね」
「ねえコーリン、これは何?」
「それはムラサキカガミです。呪いのアイテムですから扱いには注意してください」
「ねえコーリン、これは」
「それは私の秘蔵のいやらしい本です。元の場所に戻しておいてください」
 そんな日々が、続いた。一週間が過ぎても少女の記憶が戻る気配は見られなかった。
 今までには有り得ないケースに多少は怪訝に思うものの、彼女のためにはこれでいいのではないのかと。
 そんなことを霖之介が思い始めたある日。
「!」
「おっと」
 店の外で轟音が響き渡り、建物が縦に揺れた。
 少女がバランスを崩し、霖之介が少女を倒れないよう抱きとめる。
「何? 今の、地震?」
「いえ」
 埃が舞い、見上げた天井から欠片が降り落ちる。
 この向こうで行われていることも、今となっては幻想郷の日常だ。
「まあ、喧嘩の余波、とでも言いますか。今回は随分と近くで始めたものだ」
 音は遠くはなったがそれでも断続的に響いている。霖之介は少女を胸に抱いたまま、「騒ぎ」が去っていくのを待った。
「まったく。他に解決する方法は無いのですかね。いや、これこそが唯一の解決法なのか」
 再び静けさが訪れた店内で霖之介は呆れたように肩を竦める。
 そして突き飛ばされた。少女が慌てて身を引き剥がしたのだ。
「ああ、失礼」
 流石に照れ臭いと感じているのか。顔を背けた少女に素直に詫びる。
「・・・・・・?」
 そうではなかった。少女は霖之介の存在などどうでもいいかのようにじっと天井を見つめていた。
(ああ、そうか)
 これ以上の欠片など、あるはずもないではないか。少女は在るべきカタチに戻ろうとしているのだ。
 じっと待つ。彼女の言葉を。何を言われても対応できるよう準備をしておく。
「コーリン」
 少女は呟いた。
「はい」
「お腹すいた」
「はいはい」
 どうやら今回は記憶の全快までは至らなかったようだ。霖之介は要望に応えるべく厨房へと向かう。
 だがおそらく。少女の心は揺さぶられた。真実に届かぬまでも確かに近付いたのだと理解できた。

 別れの時は、近付いていた。




 それから更に三日後。少女は全てを取り戻した。

「お別れを言いにきたの」
 何時ものように、そう何時ものように。
 朝、香霖堂を訪れた少女は開口一番そう告げた。
 けたたましい音が店の外で響いている。弾幕が奏でる戦場音楽、それが遂に少女の記憶を甦らせたのだ。
 そう、この天井の向こうの天上こそが彼女の在るべき場所。
 彼女は世界の一部であり、このように外れた場所にいてはならないモノだった。
 真っ直ぐに霖之介を見つめる少女の瞳には確かな光が灯っている。欠片でいいからと霖之介に求め縋ったかつての少女はもういない。
 覚悟が見えた。決意が見えた。己の任務を真っ当せんとする、勇気ある少女がそこにいた。
「そうですか」
 霖之介は準備していた言葉を紡ぎ出す。何時でも笑って言えるよう、準備していた言葉を。
「いってらっしゃい」
 笑って見送る。予定通りに。少女はしっかりと頷くと霖之介に背を向けた。記憶と共に取り戻した小さな羽根がふわりと揺れた。
 今回は随分と長くかかったが終わってみれば何時も通りの結末だった。
 こうして彼女は有るべきカタチへと戻り、この店には二度と現れない。
 そしてまたこの香霖堂に穏やかな日常が訪れる。何度も繰り返されてきた事柄だった。
「コーリン」
 玄関の前。少女が振り返る。
「短い間だったけど、ありがとう。楽しかった」
「礼を言われるようなことをしたつもりはありませんが」
 驚いた。この子はこんな風に笑うこともできたのか。いや、それよりも。
「私、好きだったよ。この店が。だから――何時までも元気でね」
 扉が開く。少女が、去っていく。光の中に溶け込むように。

「・・・・・・」
 霖之介は一人戸惑う。少女の言葉を耳に残したまま。
(あんな「彼女」は――初めてだった)
 今まで。礼を言われたことなどなかった。感謝などされたことなどなかった。
 まして。この店を気に入ってくれたことなど。それは霖之介の知り合いの誰にも当て嵌まらなかったことだった。
 そして思い知らされる。彼女と過ごしたこの短い日々が、どれほどに掛替えのないものであったかと。
 「楽しかった」と彼女は告げた。それなら自分はどうであったか。
 考えるまでもない。側に誰かがいて、自分の生活に興味を示してくれる。
 それは、そう。とても「楽しい」日々であったのだ。
(――まったく!)
 頭を掻き毟り、店を飛び出す。「願った」のは実に久方振り。
 取り戻したいと。失いたくはないのだと。
 本当は。やはり本当は。
(僕だって――客のこない店なんて真っ平御免なんですよ!)
 少女の姿は店先には無い。それでも霖之介は少女を探して森へと入る。
 戦闘の音は遠くない。彼女はおそらくそこに向かった。
 早く追いつかなければ。そもなくば取り返しのつかないことになる。
 少女の名前を叫ぼうとした。でも、喉から先に声は出なかった。

 なぜならば。少女に名など元より無かったのであるから。



 在るべき姿に戻った少女は高空にて一人の「少女」と対峙していた。
 「少女」の往く手を阻むのが少女の役割。少女は同族と共に弾幕を展開する。
 だが力の差は圧倒的。「少女」は事も無げに術式を編みこみ桁違いの威力の光弾を少女たちに向けて放った。
「!!」
 一瞬で。8割の同族が光に飲み込まれ、消滅した。少女の顔が蒼白に変わる。
 対して「少女」は不満顔。8割の成果よりも2割の撃ち漏らしに舌打ちする。
 掃討は当然。その気概無くして「少女」は高みへ至れはしない。
 故に「少女」は。続けざまに光弾を放つ。
「あ――」
 応戦の暇など有る訳は無かった。少女は符術に身を焼かれ、墜落する。
 紅白に彩られた「少女」は。撃ち倒した少女たちを一瞥することもなく更なる力と成果を回収し飛び去っていった。


 名前も無く記憶も無く。ただ弾幕遊戯の舞台に配置された「妖精」という名の障害物。
 それがごく稀に自我を持ち、そして人里へと降りてくることがある。その中には香霖堂へ辿り着いたものもいた。
 だがその全てはすぐに役割を思い出し、天上へと戻っていく。
 少女はそんな中の一人だった。ただそれだけの、はずだった。
「あれ・・・・・・コーリン・・・・・・?」
 森の中。翼と半身を失った少女は不思議そうに霖之介を見上げる。なぜ彼が目の前にいるのか、理解できないと。
 だがこうして自分の名を呼ぶ彼女は、立派な個ではないのか。世界の歯車に留まらぬ、歴然とした「彼女」ではないのか。
 世界の有り様に異を唱えるつもりはない。それは即ち己の否定にも繋がるのだから。だけど。
(だけどこれは、あまりにも残酷だ)
 神様。貴方はなぜこのような世界をお創りになられたのですか。
「どうした、の・・・・・・」
 息も絶え絶えに、少女は問う。なぜ貴方は此処にいるのかと。どうしてそんな悲しい顔をしているのかと。
 後者の問いには答えられない。だけど、前者なら可能だ。そのために追いかけてきたのだから。
「いいものが、入荷しましてね。貴方の望んでいたものです」
「え・・・・・・」
 戸惑いの色。傷だらけの顔が痛々しい。
「私、の・・・・・・?」
「ええ。元々は貴方のものではありませんが。でもきっと気に入ってもらえると思います」
「そう、なんだ。でも・・・・・・」
 伏せ目がちの瞳。光に包まれ消えかけている身体。これでは店まで取りには行けないと、申し訳無さそうに少女は呟く。
 彼女の命は永くない。こうして会話していられるのもあとほんの僅か。
 消滅して、そしてまた生まれ出づる。何度もそれを繰り返す。この世界が、ある限り。
「ええ、わかってます。ですから」
 でも、今だけは世界に反抗したい。奇跡を、願いたい。

「だから、またおいで。待ってるから」

 どれだけ時が過ぎようとも。何度君が転生を繰り返そうとも。
 「君」がまた「君」として生まれてくる時まで。
 ずっとずっと、待っているから。

「いい、の・・・・・・?」
 少女の頬に一条の雫が流れた。誰にも必要とされなかった少女が望まれたが故の歓喜だった。
「勿論です。貴方は大切なお客様ですから」
「嬉しい・・・・・・」
 伸ばされた手。小さな手を霖之介はしっかりと握りしめる。
 今度こそ、本当に別れの時。
 だけどそれは一時的なもの。また会える。きっと会える。
「じゃあ、待ってて。必ず行く」
「はい。待っています」
 ぱちん。
 光が弾けた。
 霖之介の手に温もりだけを残して。少女は跡形も無く、消えた。



 

 時が過ぎた。永いようでもあり、短いような時でもあった。
 霖之介は相変わらず怠惰な時を過ごしていた。店に客は来ず、たまに来るといえば冷やかしかゴミの押し付けばかり。
 本日も一日の始まりに虚無感以外を見出せず、それでもそれこそが幸福であるはずとその身に言い聞かせ店主の席で客を待つ。
 カラン――
(おや) 
 入り口の鈴が鳴った。珍しいこともあるものだ、と霖之介は店先に視線を移す。
 来客は一人。入ってくるなり入口付近の商品を品定めし始める。
 客は霖之介に気付いていない。目の高さの棚に陳列された小瓶の一つを手にとって眺める。
 窓から差し込む僅かな光に小瓶を透かし、興味深そうに見つめている。
 ややあって棚に置き直す。そしてすぐ隣りの瓶を取る。ちゃんと元の位置に置き直した。
 書庫から本を一つ抜き取る。パラパラとページをめくり出す。本を閉じるときちんとあるべき場所へ差し込んだ。
 今度は壁際に固めて置いておいた霖之介すら用途を思い出せない機材に興味を惹かれたようだ。
 一つ、手に取ってみる。山が崩れないように一番上の商品を。
 霖之介は思わず苦笑した。そして重い腰を上げゆっくりと近付く。
「何か、お探しですか」
 肩がぴくりと跳ね上がるのが見えた。とっくに気付いていただろうに。照れ臭さもあったのだろうか。
 そんなところに、貴方の望むものはないでしょう?
「ええ」
 少女が振り向く。はにかんだような表情で、それでも真っ直ぐに霖之介を見つめて。
 そして、告げた。はっきりと。

「私に、名前をください」


~おしまい~


 ゲームの東方シリーズにおいて下級妖精がどのような仕組みで存在しているのかちょっとわからなかったので独自の解釈をしてしまいました。
 もしちゃんとした設定があるのならば御容赦願います。
desio
[email protected]
http://www.k4.dion.ne.jp/~touhoubb/
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コメント



0.1770簡易評価
20.60SSを読む程度の能力削除
ゲーム画面を見た限りでは、妖精はアリスの人形みたいな姿をしてる。
でも実際はチルノみたいなのがうようよ出てきて弾幕を撒いて打ち落とされているんだろうか…
大多数がほとんど一撃で消えるので、このSSのような解釈は全くなかったです。
21.80名前が無い程度の能力削除
花映塚のゲーム画面でも虫みたいに湧いてくるので虫みたいに本能で生きてるんだと思ってましたが、なるほど自我があればこういうことになりますよね。あとコーリンいい奴だ…。
26.70れふぃ軍曹削除
一人の雑魚妖精に解釈を当てるというのが斬新で良かったです。
淡く切なく、そして美しい物語り。とても面白かったです。