明けて翌日。
ついに決戦の日がやってくる。
「メイド諸君! いいか!」
『はい!』
「我々の目的は、十六夜メイド長の初デートを成功させることである! しかし、これには幾多の苦難が、艱難辛苦が伴うだろう! だが、恐れるな! 恐れを見せて引き下がるような無能は、この紅魔館にはいらない!」
『イエス・マム!』
「我々がメイド長から受けた恩義を思い出せ! メイド長に尽くせ! 紅魔館に奉仕しろ! お嬢様に魂を注げ!
何者も、我々を妨げることなど出来はしない! 全身全霊、粉骨砕身、全てをかなぐり捨てて、いざゆかん、メイド長の初デート!」
『了解しました!』
「よし! では、紅魔館メイド部隊、全員出撃! これより、完璧で完全なるデートの遂行に当たる! 各員の奮戦を期待する! 以上!!」
「……どうして、今朝は誰にも会わないのかしら」
紅魔館の一角で、お前らどこの軍隊だよおい、な結束式が行われている中、当事者はというと、厨房で料理を作っていた。
いくらデート――十六夜咲夜ご当人風に言えば、『ちょっとしたお出かけ』――とはいえ、それに至るまでは、彼女は一介のメイド長なのだ。当然、朝からやらなければならないことは、お嬢様達のお世話に料理に洗濯、お掃除などなど。
メイドとしての基本の仕事をこなすその前に、彼女がやっていることと言えば、
「……まぁ、こんなところね」
バスケット一杯に詰められたお弁当。
その出来の良さに、思わずほれぼれしてから、『さて』と気合いを入れ直す。と、その時、ばたんと厨房のドアが開いた。
「あなた達、遅い……」
「すいませんでした、メイド長!」
「以後のことは我々にお任せ下さい!」
「さあ、メイド長は本日は休日です! ご自分の余暇をお楽しみ下さい!」
「総員、これより料理の作成に入る! 己の力の全てを注ぎ、万難を排した味に仕上げよ!」
『了解しました、長!』
「……何これどういう事態?」
普段の彼女たちの、およそ数万倍はパワー入っていた。普段のメイド達と言えば、『おはようございまーす』だの『うー……少し眠気が……』だのと、朝は軒並みテンション低いのだが。
このテンション……というか、士気の高さはいかなることだ。まるで天をも衝かんばかりに高まったメイド魂のほとばしり。熱き血潮がうなって吼える、といったところか。よくわからないが。
「ま、まぁ……それなら頑張ってね?」
「お任せ下さい!」
足早に、咲夜は手にバスケットを持ってそそくさと退散した。
そうして、廊下に出てみれば、待っていた光景が凄まじい。
「決して、一塵の塵すら残してはならない! 窓に指紋など残してみろ! その指を切り落とすぞ!」
『はいっ!』
「磨け! ふけ! そして何よりも清潔に!
我ら、紅魔館メイド部隊の一角、お掃除部隊のやるべきことは紅魔館を常に清潔に保つことである!」
「…………紅魔館……よね? ここ……」
鬼気迫る形相で床に水ぶき、モップがけ、窓の掃除に壁の壁紙張り替えなどなど。
一体、これはどうしたことか。全く理解が及ばない。っつか、普段からこれくらい気張ってくれたら私の苦労も半分以下になるんですけど?
――などといった愚痴は、とりあえず胸の内にしまっておいて、咲夜がそこを退散していく。
「メイド長」
「へっ?」
「おはようございます」
「お、おはよう……」
「朝食のご用意が出来ております。どうぞ」
廊下の角を曲がったところで、そこに待機していたらしいメイドに呼び止められる。彼女は、折り目正しく、九十度の直角に礼をしてからそんなセリフを口にしてくれた。言葉の内容と動作の内容はあっているのだが、先ほどまで見ていた光景が異様だったため、何とも言えない感情が襲いかかってくるが、それを気にしないことにしたらしい。そ、そう、とそれでもちょっと引きつった声と顔を残して、彼女は、普段、メイド達が使っている食堂へと向かって歩いていった。
「こちら、メイド部隊ナンバーF。ただいま、そちらにメイド長が向かった」
『こちら、メイド部隊ナンバーD。了解、これより最高の朝食を用意する』
「頼んだわ。こちらはそれまでに、その他の用事を全て片づけておくから」
『ええ。お互い、メイド長への恩義を』
「必ずや」
恐らく、提供はパチュリーと思われる双方向通信が可能な道具を片手に連絡を取り合う彼女たちの風景が、誰がどこから見ても『一撃必殺メイドさん』のノリだったと、後の歴史が語るのだが、とりあえず今はそれは関係ない。
同刻。
「レミリア様、こちらの準備は万端です」
「そう。見事ね」
吸血鬼なのに朝から早起きしているレミリアが、報告を持ってきたメイドに満足そうにうなずいた。
片手に持った紅茶のカップを、静かにテーブルへと戻すと、立ち上がる。
「これより、咲夜の初デートを全力支援するに当たって、わたし達のやるべき事を述べるわ」
「はっ」
「邪魔をするものは、容赦なく粛清せよ。行く手を阻むものは断固粉砕。あの二人が思い出に残るデートを出来るよう、全力で応援するのよ」
それはもう応援ではなく、立派な破壊活動であるのだが、悲しいかな、この場にそれについてツッコミをする人間はいない。
レミリアの雄々しい指揮を受けて、一気に士気が高まったのか、メイドが頭を下げて部屋を退出した。
「……さて、わたしも用意をしなければならないわね」
外はお日様いい天気。こんな天気の日に外に出たら、吸血鬼など、逆の意味で一撃粉砕だ。
日傘の用意、ルートの確保、休憩所の用意など、これからやらなければならないことは多岐に亘る。また、咲夜達のデートを完全なものにするための準備がぬかりないものであるかどうか、デートコースに沿っての下見もしなければならないのだ。
「出発まで、あと二時間。忙しくなりそうね」
「お待たせ致しました、お嬢様」
日傘を片手に持った、今回のレミリアつきのメイドがやってくる。鷹揚にうなずいた彼女は、メイドと共に窓を開け、空へと飛び立つ。
「これより、わたし達はデートコースの確認作業に向かうわ。現地のメイドに連絡を」
「かしこまりました。
こちら、メイド部隊ナンバーR。これより、お嬢様がそちらに向かいます」
「ふっ……任せておきなさい、咲夜。このわたしが、あなたのために、最高のデートを演出してあげる!」
ここで誰かがツッコミを入れておけば、後々、色んな意味で伝説に残るようなものは起きなかったのだろう。
しかし、問題があった。それは、このレミリアの意思……というか、行動のみが、今の紅魔館にとっての全てという、極めて厄介な現実というやつが。
「まず、第一のチェックポイントです」
「よろしい」
降下を始めた彼女は、視線の先に広がる空間を見据える。
それは、『デートの始まりと言えば待ち合わせ場所でしょ』的な門の前だった。
さらに、同刻。
「魔理沙さん、紫さん、紅魔館に動きがありました!」
「ようやくか……待ちくたびれたぜ」
魔法の森の奥深く。人通わぬ静寂の中に佇む一軒の家屋。そのドアが開かれ、片手にカメラを持った文が飛び込んできた。室内で地図を広げ、何やら作戦会議をしていた魔理沙と紫の二人が立ち上がる。
「悟られなかった?」
「問題ありません。
私の眷属たる烏たちは、この幻想郷のどこにでもいますから」
かー、と彼女の肩の上で鳴くのは、普段、彼女が連れている烏とは別物の烏だった。文に『紅魔館門前で動きあり。至急、確認されたし』の情報を持ってきた諜報烏一号である。
「ふっ……紅魔館なんて、大きな口を叩いていても」
「こちらの実力を甘く見てもらっては困るという事よ」
ふぁさっ、と自分の長い髪をかきあげ、紫。
「私たちは、自分たちが楽しいと思ったことに向かって、常に全力を尽くすもの達!」
そのリビドーを別方向に向けろ、とツッコミが来そうな発言を惜しげもなく宣言する。そんなだから、あんた達は困った奴らなのよ、と巫女が蹴りかましそうであるが、巫女はこの場にいないため何の問題もない。
「どんな妨害も乗り切るぜ」
「ええ……そして、私の新聞の売り上げアップに寄与してもらいます!」
約一名、煩悩を持っているものもいたりするのだが。
「これからどうなさいますか?」
「へっ、簡単だ。
あいつらのことだ。大量のメイド部隊が暗躍するだろう。だが、一度に大勢では動けない」
「ええ。咲夜も美鈴も鋭いからね、気配を感づかれては意味がない」
「必然的に、奴らは少数があちこちに潜伏する形になるはずだ。そうなると、それを一つずつ襲って各個撃破する余裕が生まれる」
「だけど、紅魔館の連携は密よ。下手に潰すことは出来ない」
そこでだ、と魔理沙。
「こっちは一切手出しをしない」
え? と首をかしげる文。
魔理沙は、広げた地図を指さし、「恐らく、この辺りにメイド達が潜むだろう」といくつもの×印を示していく。
「私たちは、奴らに、なるべく気取られないように動く。だが、時には姿を見せることも必要だ」
「ああ……」
「姿を見せることで、その人物がいない場所へと、メイド達は咲夜達を誘導しようとするはずよ」
「そこを――」
叩く。
にんまりと笑った魔理沙に、同じような笑みを浮かべて文が返した。さすがですね、と相手を賞賛することを忘れはしない。
「こちらが相手に接触してしまえば、メイド達には手を出すことは出来ない。目的達成だぜ」
「でも、それなら、紫さんが隙間を操って……」
「それも考えたのだけどね。問題があるの」
問題?
オウム返しに尋ねる文に、紫は地図を示す。
「紅魔館を中心に、かなり強烈な魔力反応が出ている。恐らく、これは、あの病弱魔女が結界を張っているせいよ」
「パチュリーのことだ。私たちの邪魔をすることを考えるだろうと想像することは容易だぜ」
「そして、隙間を開くと言うことは、少なからず、空間に干渉を残すこと」
「それを察知されたら、逆にメイド達をそこに集合させてくることも考えられる。つまり――」
「……唐突に顔を見せたのでは、逆に見張っていたのではないかと疑われ、攻撃される虞がある。あくまで、接触するなら偶然を装って。
しかし――」
「……ああ。現れたところに集中攻撃を受ければ、いくら私たちでもやばい」
……考えれば考えるほど、絶妙な戦いになっていることがわかる結果だった。と言うか、こんな事で全力を費やせるこいつらの思考回路が実に幸せだと思うことが出来る瞬間である。
だが、人間(約二名、人間ではないが)、楽しいことを前にすれば実力を出してもいいからそれを達成したい、体験したいと思うのは悪いことではない。
そう。これは一種のゲーム的要素を含んでいる。
いかにして、咲夜達に気づかれず、偶然を装って接触し、からかい、あるいは取材するか。こちらの邪魔をしてくるあらゆる要素を効率的に排除するか。全ては、あの二人に、いつ、接近するか。それにかかっている。
「魔力結界を無効化することは出来ない。
だけど、騙すことは出来る」
「私たちの存在自体を隠すことなら可能だ」
「力の行使は不可能だが、ってやつですね」
うなずく魔理沙。そして懐から取り出されたのは、小さな、握り拳大の水晶球のようなものだった。それを、彼女は紫と文の二人に渡して、「これで完璧だぜ」とほくそ笑む。
「姿を見られては意味がないわ。可能な限り、隠密行動を」
「任せてください。隠密行動なら得意中の得意です」
「……さて、この勝負、どっちが勝つかな」
「面白いことを言うのね、魔理沙。私たちに決まっているわ」
自信たっぷりの紫のセリフに、魔理沙は意味深な笑顔で返す。両者の間に漂う絶対の雰囲気に、文はつぶやく。「この人達を味方に引き込んでおいてよかった」と。
彼女たちほど、敵に回したら怖いが味方にすれば心強い相手もいないのだ。
幻想郷とは、そう言うところ。
自分たちの楽しみのために、全身全霊、魂すらかける奴らが集う場所。
「……さて、そろそろ行くか」
「ええ、そうね」
「必ずや勝利しましょう」
「もちろんだぜ。
互いの連絡は忘れないようにな」
「ええ」
「はい。必ず、ここで祝杯を挙げましょう!」
三人の手が重なり、そして、一人一人が魔理沙の家を飛び立っていく。
そんな中、ようやく、つい先ほど、文の命令を受けて飛び立っていた烏は帰ってきて思う。
『……そんなことばっかりしてるから新聞売れないんじゃないの? 文さま……』
――と。
「こちら、紅魔館メイド部隊ナンバーA。現在、紅魔館周辺に不届きものの姿はありません」
『了解、ナンバーA、引き続き周辺を見張っていて』
『こちら、紅魔館メイド部隊ナンバーH。氷精は大妖精さんを味方に引き込むことでこちらから遠ざけました』
『よくやったわ、ナンバーH。だけど、油断はしないで』
『現在時刻、一〇:〇〇。待ち合わせの時刻よ』
「咲夜さまの姿を確認!」
『こちら、紅魔館メイド部隊ナンバーE! 美鈴さまがお部屋を出られました!』
『各員、急いで隠れて!』
本当に、この労力を正しい方向に使えば、さぞ、素晴らしい人々になれたであろう。彼女たちを含めて。
しかし、悲しいかな、そう言う常識的なところに考えの及ぶ連中はいないのである。幻想郷には。
やがて、しばらくして、門の前に咲夜が姿を現した。先日、散々、一人ファッションショーをやって決めた衣装に身を包み、唇にうっすらとルージュを引いている。どことなく大人っぽく、しかし少女の趣を残すミスマッチ。実に彼女らしいコーディネートである。
「あ、咲夜さん。お待たせしましたか?」
「べ、別に待ってないわ」
待ち合わせ場所は紅魔館の門前。普段、美鈴が仕事場にしているところだ。
そこに遅れてやってくる、今回のイベントのもう一人の立役者、紅美鈴。
「……」
「どうしました?」
「へっ? い、いいえ、別に!」
その美鈴は、普段のような衣服でありながら、活発な印象を与えるものへと衣装を変えていた。
ノースリーブ、ミニスカ、ついでに言えば、少しだけタイトな印象を受けるスタイル。さらにその上から、軽くジャケットを羽織り、実に健康的な色気が漂っており、何とも言い難い活動的な魅力が満ちあふれている。
その彼女の背中には小さなザック。と言っても、美鈴の背中と比較して小さいのであって、咲夜が持っているバスケットくらいの大きさはありそうだった。
「いいお天気になりましたね」
「そ、そうね。
で、でも、何で着替えているの? 私は、あなたに護衛を命じたんだけど……」
「あれ? それじゃ、咲夜さんも、どうして着飾ってるんですか?」
「そっ、それは……! い、いいじゃない、別に! 出かけるに当たって、少しだけ、おしゃれしたくなっただけなんだから!」
「そうですね。私もそうですよ。
それじゃ、行きましょうか。まず、何を買うんですか?」
「う、うん……そうね。じ、じゃ、行きましょう。まず、目的地は、いつも行っている村よ」
「はい」
それでは、と差し出される手。
咲夜は、頬を赤らめながらもそれを握り、美鈴は彼女の手をしっかりと包み込む。二人そろって、ふわりと宙に浮かび上がり、あっという間に湖の向こうへ。
「あーっ、もぉぉー! いじらしいなぁ、メイド長!」
「それをばっちり受け止めてる美鈴さまもさすがよね!」
「目の保養よ、目の保養!」
「こ、こちら、紅魔館メイド部隊ナンバーC! 咲夜さまと美鈴さまの出発を確認しましたっ!」
『了解。とりあえず、悶えてないで次のポイントへ移動してなさい』
「は、はい、申しわけありません、お姉さま!
い、急ぐわよ!」
「りょーかーい」
門のそばの植え込みにこっそりと隠れて様子を伺っていたメイド達が次々に空へと飛び上がる。それを「いってらっしゃーい」と見送るのは小悪魔だ。
かくして、紅魔館の全てをかけた一大イベントは始まりを迎えた。何か間違っているような気が、この時点で、全員の心中にふつふつと湧いていたのだが、それは気のせいだろうと誰もが思ってしまうほどの勢いに満ちたイベントが。ついに。
「へっへっへ……先手必勝だぜ」
森を飛び立ち、それからしばし後。
魔理沙は、紅魔館の周囲を囲む湖をさらに外側から囲む森の中に姿を隠していた。辺りには、ひしひしと、メイド達の気配が満ちている。彼女たちは、こちらに気づいていない様子がある。
「こちら霧雨だ。八雲、及び、射命丸。そっちはどうだ」
『こっちも咲夜達の移動を確認したわ』
『どうしますか、魔理沙さん』
「とりあえず、後ろから奇襲をかけてみるぜ。多分、メイド達が邪魔してくるだろうがな。
だが、奴らもおおっぴらに動くことは出来ないはずだ。それで様子を見る」
『了解しました』
『幸運を祈るわ』
ああ、と彼女たちに答えて、彼女は足早に森の中を駆け抜ける。そうして、メイド達の存在が少し離れたところで、手にした箒に飛び乗り、空に舞い上がる――その時だ。
「何っ!?」
ばちっ、という音がして視界を白い電光が覆い尽くした。
そのまま弾かれ、地面へと転がる。そうして、はっと気づく。
「結界!?」
一体、いつの間にか、小さな結界が張られていた。規模は、恐らく、彼女を中心に数メートル程度のものだ。しかし、これほど小さな結界を張るには、その術者が近くにいなければいけない。
もちろん、彼女はそんな気配を感じてはいない。ということは、それほどの使い手が、あの時、魔理沙のそばに潜んでいたと言うことだ。
「誰だ、出てこい!」
森に向かって一喝する。
――少しの沈黙の後、がさっ、と木が揺れる。
「……お前……」
手に、大きな水晶玉を持って現れたのは、見たことのあるものだった。
可愛らしい女の子のお人形。言うまでもなく――、
「よくやったわ、上海」
人形遣い、アリス・マーガトロイドの傑作の一つ。
現れた上海人形の後に続いて現れたアリスは、魔理沙を見て小さく笑う。
「人形は無機物。魔法ではなく、繰り糸で操ることで、その気配を感じさせずに後ろを取ることも出来るのよ。魔理沙」
「ちっ……油断したぜ」
どうやら、アリスがこの結界を張ったらしかった。
結界を張るための媒体となるものは、今、上海人形が抱えている水晶玉だろう。これを魔理沙のそばに配置し、いざとなれば術を発動させる。そして本人は、その後、ゆっくりと結界を割って中に入ってくればいい。自分の存在を悟らせずに対象を閉じこめる。口で言うのは簡単だが、実現するのは難しい。しかし、それすら容易にしてしまうのがアリスの使う人形操術なのである。
「何のつもりだ。事と次第によっちゃ、ただじゃすまないぜ?」
「答えは簡単よ」
「!?」
後ろから、声。
続いて空間に亀裂が入り、そこから現れるパチュリーの姿。
「転移の術か……」
「魔理沙。あなたにあの二人の邪魔はさせない」
アリスの言葉の後、数十を超える人形が、ざっ、と空中に舞い上がった。
「へっ……どういうつもりだ? アリス。
お前、別に咲夜や美鈴に恩義があるってわけじゃないだろ?」
「あら、恩義なんてものは、人生、生きている限り、常に誰かから受けているものよ」
後ろでは、パチュリーが本を広げていた。彼女の周囲に、すでに四冊もの魔法書が浮いている。
「そういうこと。少なくとも、普段、紅魔館で歓待してくれる咲夜さんには果たす義理がある」
「……面白いことを言ってくれるぜ。
そんならパチュリー、お前はどうだ?」
「私は、親友が入れ込んでいる以上、それの手伝いをするだけよ」
ってことは、今頃、レミリアもどこかにいるってことか……。
ちっ、と舌打ちする魔理沙。
気配を探ってみるが、彼女が閉じこめられた結界の中には、アリスとパチュリー以外の気配はない。と言うことは、紅魔館で一番と言ってもいい厄介な輩は、今、自由に行動できる状態にあると言うことだ。紫も文もかなりの実力者であるが、レミリアはそれに肉薄する。やはり、今回の一件、楽に終わることではなかったのだ。
「邪魔するなよ。邪魔すんなら、痛い目だけじゃすまないぜ?」
「そっちこそ」
「魔理沙、あなたのやってることは最低よ。幸せを満喫しようとしているだけの二人の邪魔をするなんて」
「邪魔なんてするつもりはない。ただからかうだけだ」
「それが邪魔なのよ。
初デートというのはね、物の本によれば、その人の人生にすら影響を与える、大切なものなのよ。それを邪魔すると言うことは、未来永劫、残るかもしれない傷を付けると言うことに等しい」
「女の子の顔を傷つけることにも近い」
二人のもつ気配が膨らんだ。
前後から叩きつけられるのは敵意を超えた気配――殺意にも近い。彼女たちは本気なのだ。
「それに――」
「私には、恋をする人の気持ちというのがよくわかる」
唐突なことを言い出したアリスが片手を振るった。その動きに従い、十を超える人形が左右に展開する。
完全な包囲戦。搦め手を使った戦いを得意とするアリスの手に載れば、魔理沙にも勝機は薄い。慌てて、彼女は両者から距離を取った。
「それを邪魔すると言うことは人道を外れた鬼畜外道の振る舞い」
パチュリーの周りを漂う魔法書が光を発する。あふれる、膨大な魔力が空間を歪ませる。
真っ向から魔法勝負になれば、恐らく、彼女に勝つことは出来ない。まさに、魔理沙にとっては劣勢の状況だ。
「へっ……そんなことはどうでもいいさ」
だが、彼女は後ろに引くと言うことを知らない。
「気に入らないなら実力で排除してみるんだな。言っておくが、私は強いぜ?」
「愚かね、魔理沙」
「あなたは友人。だから、なるべく苦しまずに葬ってあげる」
「いや、アリス。それやりすぎ」
「あ、そう? じゃ、半殺しくらいがいいかしら」
「そうね」
二人はアイコンタクトで行動を始める。
アリスが前に、そしてパチュリーが後ろに。さらに、展開した人形達が一斉に襲いかかってきた。
「ちぃっ!」
「魔理沙が行うであろう行為を積極的に」
「かつ物理的に」
『止める方法は、ただ一つ』
「面白い……やれるもんならやってみるんだな!」
『全力で叩きのめす!』
「恋する乙女だか何だか知らないが、この霧雨魔理沙さんの楽しみを邪魔したんだ。その罪、万死に値するぜ!」
閉じられた結界空間の中、凄まじい魔力の嵐が吹き荒れる。
三人の、強い力を持った魔法使い達の全力の激突。その結界がなければ、周囲の森が丸ごと消滅してもおかしくない威力を持つ術が連打され、結界がきしみ、世界が輝く――。
「何を買う予定なんですか?」
「え? えっと……」
さて。
そんな激闘が行われているとは知らない当事者達は、最初の目的地にしていた村へと到着していた。大勢の人々が、今日を生きる中、早速の美鈴の言葉に咲夜は沈黙する。元々、大した目的があるわけでもないのは周知の事実であるとして、
「えっと……」
こんな、何もない村に、これといった何かを買いに来ることすら滅多にない。大抵が、食材買い出しなどの類の用事であるため、そちらの用事をすませてもいいのだが、わざわざ美鈴に『休め』と言った手前、果たして力仕事までやらせていいものかと悩んでしまう。
「そ、そうね……とりあえず、歩きましょ」
「はい」
疑うことを知らないのか、はたまた、頑張る咲夜を微笑ましく思っているのか、美鈴は追求をせずについてくる。
「紅魔館メイド部隊、ナンバーZ! これより任務を遂行する!」
『こちら、ナンバーT! ナンバーZ、貴君の健闘を祈る!』
そして、そんな彼女たちに先駆けてこちらに足を運んでいたメイド部隊。何やら妖しい会話を交わした後、唐突に、ナンバーZと名乗ったメイドが用意を始めた。
物陰に隠れると、身につけていたメイド服をゼロコンマの早業で着替え、何やらおしゃれな衣装へと姿を変える。そうして、その物陰に隠しておいた風呂敷を担ぎ上げ、神速を疑わない速度で道ばたにそれを広げた。
そして、やってくるのは、
「あ、咲夜さん。あれ、行商じゃないですか?」
「あら、ほんと……」
何も知らない咲夜達。
彼女たちの目線は、すぐさま、売り物として広げられた、種々様々な貴石を扱ったアクセサリーへと向いた。どう考えたって、この村においてこんな行商露店はミスマッチなのだが、そこは彼女たちも女の子。それを気にする頭もあるのだが、それよりも目の前のものに目が向いてしまうのだ。
「いらっしゃいませー」
「……あなた、どっかで逢ったことない?」
快活な笑顔を見せるメイドZに、咲夜が訝しげな視線をいきなり注いでいた。その一言で彼女の顔はこわばるのだが、すぐさま、鉄の笑顔を浮かべて「いいえ、人違いですよ。ほら、わたし、この辺りを広く回っていますから。その縁で、どこかでお会いしたのでしょう」と華麗にごまかす。
なお、鉄の笑顔というのは、紅魔館で働くメイドが一番最初に教え込まれる奥義であり、どんな状況、いかなる状態であろうとも、潔癖な、それでいて美しい笑顔を見せるべし、という気構えのようなものだ。
「うわぁ、きれいなアクセサリーが一杯。
いいですねぇ、こういうの」
「どうですか、お客さん。お一つ」
「まぁ……確かに……いいものだけど……」
じーっと、咲夜の視線は広げられた品物に集中している。いつの間にか、彼女たちの周囲には、物珍しそうな瞳をした子供達も集まってきていた。彼らの視線の先にも、もちろん、メイドZの広げた品物がある。
「……高そうね」
「いえいえ、そんなことないですよ。これはうちの趣味みたいなものですからねー」
「趣味でこういうのを作れるなんて、よほど、腕がよろしいんですねー。羨ましいなぁ」
「いやいや。本当に趣味なんですよ。
こう……仕事の合間の息抜きに、ちょこっとね」
「そうなんですか~。お仕事、大変なんですね。どこかで家事手伝いでも?」
その一言に、メイドZの鉄の笑顔が崩れた。
美鈴は気づいた。間違いない。その瞳、そして顔は笑顔だが、確実にこちらの正体に気づいたのだ。一体、どうして? メイドZは狼狽するが、それをぎりぎりで表面には出さないよう、押さえ込み、「ま、まぁ、色々ですよ」と引きつった声でごまかす。
「咲夜さん、何か欲しいものありますか?」
「え? そ、そうね……。このイヤリングなんて素敵じゃない?」
アクアマリンとプラチナで象嵌された、小さなイヤリングが二つ。耳に穴を開けるピアスタイプではないため、体を傷つけることもない。メイドZの力量のたまものなのか、細かく、そして精緻に施された装飾の見事さは惚れ惚れするほど。
完全に、それに目が釘付けになっている咲夜を見て、ふっ、と美鈴が笑う。
「では、こちらをいただけますか?」
「え?」
「あ、勘違いしないでくださいね? 咲夜さん。
これは、私が欲しいんです。でも、私には似合いそうにないから、咲夜さんに貸すだけですよ?」
「あ、あの……」
かーっ、と顔を赤くして、そのまま顔をうつむかせる咲夜。メイドZは「ま、毎度どうもー」と引きつり笑顔のまま、美鈴の手にそれを載せ、代わりに代金を受け取る。ぼそっと、美鈴がつぶやいた。
「ご苦労様です」
「は、はひぃ……」
やっぱり見抜かれていたらしかった。
咲夜の手に、買ったイヤリングを、半ば押し付ける形で渡して、美鈴が去っていく。それを追いかけて咲夜がメイドZの視界から完全に姿を消した頃、彼女はようやく肩から力を抜いた。
「も、門番長、恐るべし……」
「ねぇ、お姉ちゃん。これ、僕にちょうだい」
「あたし、これがいいー」
「だ、ダメダメ。これは売り物なんだから。ちゃんと、お金とか持ってきてね」
その時になって、日頃、こつこつと作っているアクセサリーの大半が子供達の遊び道具になっていることに気づいて、メイドZは声を上げたのだった。
「さすがね……門番長。今のメイド長は、半ば以上、浮かれているというのに……」
「どうしますか? メイドマスター。私たちの護衛が気づかれてしまいましたよ」
「ええ……」
メイドマスターと呼ばれた、一同を率いるメイドは腕組みして考える。
視界の彼方に、幸せを満喫している二人を捕らえつつ、さて、どうするか、と悩む。別段、こちらに気づかれないことを想定していたわけではない。むしろ、気づかれることを当然として考えていた。
だが、それはあくまで、ある一定の条件が重なった場合でのこと。たとえば、こちらのドジなどである。可能な限り――いや、絶対に、こちらの素性が知られないように細心の配慮をなしているのだ。にも拘わらず、美鈴はそれを見破った。
「門番長の実力を侮っていたようね。
パターンの変更をするわ。各部隊に通達!」
「はっ!」
「……ふっ。メイド長、あなたに受けたご恩をお返しするためなら、たとえ火の中水の中。必ずや、あなたの心にご奉仕致します!」
ぐぐっ、と拳握りしめ、何やら怪しいセリフを叫ぶメイドマスター。一応、こんな輩だが、それなりに部下からの人望も厚い、いわゆるいい人なのである。とても想像は出来ないだろうが。
「次の予定は!?」
「はい! 次の予定は……休憩タイムです!」
「よろしい! ならば、速攻でその用意を調えなさい! ポイントはF-10よ!」
『了解!』
ざざっ、と木々をかき分け、メイド達が散っていく。
部隊を最前線へ、と指示するメイドマスターに従い、紅魔館メイド部隊の司令部もまた移動を始めた。咲夜達に気づかれぬよう、可能な限り遠くから彼女たちを監視できるポイント――上空へと移動していく。
そして、その時。
「……はっ!」
メイドマスターの目が、災厄の源を、さらに一つ捉えた。
「まずい……! あれは天狗よ!」
「えっ!?」
「ちぃっ……抜かったわ!
魔法使いの方をパチュリー様が押さえていてくれているからと言って油断したか……!」
メイド達の鉄壁の防衛網をかいくぐるように、いつの間にか、文が咲夜達に接触するもう少しの所まで接近していた。恐らく、こちらの目が届かないよう、超低空飛行で近づいてきていたのだろう。そして、勝負をかけるべく、全速力での行動を開始したと言ったところか。
「前線部隊、メイドB隊へ通達! 天狗を撃墜せよ!」
「無理です、あの足の速さには追いつけません!」
「これ以上、近づけば咲夜さま達に見つかってしまいます!」
「無理などと言う言葉は紅魔館メイド部隊にあってはならないわ! 何としても……!」
司令部に緊張が走った、その時。
「あれは……!」
メイド達の前に、奇跡が舞い降りる。
空を行く天狗の前に、さらなる上空から舞い降りる赤い影が一つ。
「……レミリアさん……!」
メイドを一人、そばにかしずかせた、紅魔館館主レミリア・スカーレットである。
彼女は悠然と、その場に翼を広げて佇んでいた。
「ごきげんよう、レミリアさん。今日はいいお天気なのに外出ですか」
「ええ、そう。不健康の極みだと思うわ」
「本来ならば逆なのですが……ね。
ところで、本日は、私も用事があるんですよ」
「そう。わたしもよ」
「それでですね? そこに立っていられると邪魔なので、出来ればどいてほしいかなぁ、なんて」
片手に握ったカメラをちらつかせ、文。当然、そんな脅しに屈するレミリアではない。悠然と笑いながら、その場でちんまりとした腕を組むだけだ。
「今日は、何だかあなたの邪魔をしたい気分なの」
「どんな気分ですか、それは。本当に、幻想郷には気分屋が多いですね」
「あら、いやだ。ほめないでちょうだいな」
「そう言う図々しさも、幻想郷では一級ですよ」
ぎらりと文の瞳が光る。
一瞬の間にレミリアの横を駆け抜けようとして――刹那の間に追いつかれる。ちっ、と文は舌打ちした。
「幻想郷最速であるとはいえ、瞬間的な速さでは、わたしもあなたに負けてはいなくてよ」
「短距離走なら、お互い、どっこいどっこいといったところでしょうか」
「そういうこと」
その二人にさりげなくついて行っているレミリアの傘持ちメイドは、色んな意味で侮れなかった。
まぁ、それはともかくとして。
「どいてください」
「嫌だと言ったら?」
「そうですね……実力行使、といったところですか。
古来より、偉い人が言っていました。自分の信じた道を行け。邪魔をするものは実力で排除せよ、と」
「好戦的なのね。どんな偉い人なのかしら」
「少なくとも、レミリアさんよりは徳が高いと思いますよ」
「あら、そう」
レミリアの瞳が鋭さを増し、片手の爪を赤く光らせる。文もまた、全身から妖気を噴き出し、臨戦態勢を取った。二人の間に一触即発の空気が漂い、ぴんと空間そのものが張りつめる。
先に動くのは、どちらか。
永遠とも刹那ともつかない夢幻の中、ゆっくりと、レミリアの指先が動いた。
――来る。
それを悟った文が攻撃を仕掛けようとする。だが、案に相違して、レミリアの指先は自らのスカートのポケットへと降りた。
彼女が何をするのか、文が訝しんだ瞬間、レミリアが痛烈な一撃を放つ。
「永遠亭の表の主、八意永琳の艶やか寝姿写真!」
「そっ、それはぁぁぁぁぁぁっ!?」
ずばぁっ、と取り出されたのは、当人の寝姿を一枚のフィルムに収めたものだった。
恐らくは、真夏の暑い夜だったのだろう。うっすらと汗をかいた白い肌が暗い夜によく映える。薄手の布団をはねのけて、何ともなまめかしくも色っぽい姿の永琳の写真。服の袷が乱れており、そこから肩のラインに従って肌が照り映え、豊かなふくらみも半分以上が露出している。裾の部分からは大胆に投げ出された美しい足を拝むことが出来、大胆かつ繊細な下着に隠された魅惑のゾーンも確認することが出来た。
「あっ、あぁぁぁ……!」
「ふふふ……どうかしら? あなたが大人しく引き下がるというのなら、これをあげてもよくってよ?」
「あぁぁぁぁぁっ!」
文が絶叫し、頭をかきむしった。
デバガメ根性が刺激されまくってしまったのだ。もうずっきゅーんと。クリティカルだ、グレイズ出来ません!
「で、ででですがっ! 私の目的は咲夜さん達をこのフィルムに収めること! そ、そんな誘惑など通用しませんですますよっ!?」
口調がおかしい上に嫌な汗をだらだらとかいて、まるで禁断症状を発症している患者のそれの文が全力で叫んだ。
「あら、そう。それでは……」
さらに、ポケットごそごそ。
続けて、
「リリーホワイト&リリーブラック、禁断の花園乙女の温泉風景っ!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
ドッギャァァァァァァァァン! な破壊力だった。
健康な笑顔と裏腹の豊満な肢体を隠そうともしないリリーホワイトが、リリーブラックにじゃれてる写真。そのブラックは、その普段の姿からは想像もつかないくらい、幼さがまだまだ残る肢体ながら、いつになく女性の姿を描き出し、うっとうしそうにホワイトを振り払おうとして、見事に隠すべき場所が全開になってしまっている。
かてて加えて、二人のその姿。羽っ娘のお風呂シーンというものは最強最悪の破壊兵器となりうるのである。
「ばっ、ばばばばばばばバカなっ!? それをフィルムに収めるなんて、かつて、伝説と言われた天狗ですら出来なかったことを!?」
「おほほほほほ。紅魔館諜報部隊の実力を甘く見ないことね。戦を制するものは情報を制す! わたしの放った密偵は、今や幻想郷全てを覆い尽くしている!」
つくづくプライバシーも何もあったもんではない発言だった。
文は、しかし、追いつめられていた。戦闘態勢などどこ吹く風で、全身をこわばらせ、さながらやばい薬を極めた直後のように目を見開き、ぶるぶると震えている。
「こっ、こここここの程度でぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ならば、極めつけと参りましょうか?」
にんまりと笑ったレミリア。
そして、最後の一撃が解き放たれる。
「さりげないファンの多いルナサ・プリズムリバーの着替えシーンだっ! 食らえぇぇぇぇぇぇっ!」
「ぐはぁぁぁぁぁぁっ! お、おいどんの負けでごわすぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
もう何人だかわからない。
ともあれ、取り出された写真はというとだ。
それは、ルナサの一瞬の仕草を収めた写真。姿見に自分の姿を映しながらショーツのラインを直すシーン。まさに一瞬の、決して撮影できない禁断の瞬間を撮影した最強の一枚だった。しかも黒でガーターだ。おまけに上下ともにレース。強烈すぎる。指先が布地と肌の隙間に入り込み、そっと、それを調える。この刹那を表しただけではなく、彼女が身につけているものの形や色すらを確認させることに成功したこの一枚は、まさに人類を明日へと導く一枚と言っていいだろう。
「ははぁぁぁぁぁっ!」
ついに文は屈服した。レミリアから受け取った三枚を後生大事に懐にしまいこみ、空の上だというのに器用に土下座をしてみせ、彼女の前に敗北を示したのだ。
「それでは、約束は果たしてもらうわね?」
「もちろんです! 金輪際、本日の一件は口にしないし記事にもしません! ええ、私は何も見ませんでした!」
「よろしい」
「あと、この写真は外には出しませんのでご安心を!」
「ええ。それがルールよ」
「それではっ! 私はこれでぇっ!」
やたら笑顔の文が、そのままくるりと180度ターンして飛び去っていく。「ちょろいもんね」と勝ち誇った笑顔のレミリアはつぶやき、その視線を背後へ。これほどの騒ぎが行われていたというのに、何でか咲夜達はこっちに気づいていなかった。
「ずらかるわよ!」
「はい」
あっという間に、赤い彗星となって消えていくレミリアの後を、ぴったりと、つかず離れずでついていく傘持ちメイド。やはりこいつも伊達じゃない。
――そして。
『……はぁ』
一人(?)、その場に残った文の遣いの烏は、小さなため息と共につぶやいた。
『ボク……悲しいですよ……文さま……』
色んな意味で、切ない一言だった。
「はい、咲夜さん。あーんして」
「あ、あ~ん……って、何でこんな事してるのよ!」
「え? おかしいですか?」
道ばたに、即席で作られた、メイド達によるメイド茶屋。もちろん、彼女たちはみんな変装しているため、咲夜はそれに気づいていない。っていうか、この状況を、普段の彼女ならおかしいと思うのが定石だろうが、今の彼女にそれに気づくだけの心の余裕はないのだ。
理由はと言うと、
「咲夜さん、甘いもの好きでしょ?」
「そ、それは好きだけど……って、だから! 何で私が食べさせられないといけないの!?」
「あーん」
「むぐっ」
怒鳴った瞬間、美鈴の手にしたあんみつが載せられたスプーンが彼女の口の中へ。
「美味しいですか?」
「……う、うん……美味しい」
「そうですか~。じゃ、私も食べよっと」
「……人を毒味扱いにしないでよね」
「毒味だなんて。私はただ、咲夜さんを一番に考えているだけですから」
その一言に、ぼむっ、という音を立てて咲夜の頭から湯気が噴いた。頭の上にやかんを載せたらお湯が沸きそうなくらい煮立った顔の彼女は、そのまま、八つ当たりのようにあんみつを平らげて「さ、さっさと行くわよ!」と美鈴をせき立てる。
「私、まだ食べてますから」
「だ、だったらさっさと食べなさい!」
「無理ですよー。さ、座って座って。
すいませーん。おまんじゅうを二つ追加してくださーい」
「こ、これからお昼ご飯もあるんだからね! 食べきれなくなるわよ!」
「大丈夫ですよ」
ね? と笑う美鈴の前では、咲夜の勢いもどこへやら。しどろもどろになりながらも、大人しく、腰を下ろしてしまう。
「……ふん。知らないんだからね」
「大丈夫ですってば。ほら、お茶、どうぞ。落ち着きますよ」
「……ありがと」
――なんだかんだで、こっちはいい雰囲気である。
「紅魔館メイド部隊ナンバーGからメイドマスターへ。咲夜さま、幸せそうです」
『よろしい。咲夜さまの幸せの確保が、我々の前提よ』
「はっ!」
『次の目的地への移動はすませているわ。あなた達は、咲夜さま達が出たらすぐに店じまいを始めて』
「かしこまりました」
「ああ……咲夜さま、かわいいわぁ……」
「美鈴さま……なんてお優しい……」
「ベストカップルよねぇ。ねぇ、今年の紅魔館ベストカップルはあの二人で決定でいいわよね?」
「甘いわね。私とお姉さまが一番よ!」
「あら、それを言ったら、私だって――」
「しゃらーっぷ!
あなた達、今やることは何!? 咲夜さまに尽くす事よ! そういう戦いは後で思う存分やりなさい!」
――などと。
幸せの裏側では、それなりに修羅だったり羅刹だったりするのが紅魔館クオリティなのだが。
次なる幸せポイントへと向かって、咲夜と美鈴が出発する。そして、彼女たちを追いかけるメイド達。その構図が確立される中、一人、佇む女がいる。
「……我が同志が二人もやられてしまうとは、ね」
困ったちゃん同盟最強にして最難関、八雲紫である。
メイド達の奮闘ぶりと、さらに横から飛び込んでくる実力者達の妨害に、彼女たちは完璧に手玉に取られていた。このままでは自分たちの敗北は確実――ならば、せめて一太刀は浴びせないと気が済まないというのが本音だろう。
だからこそ、彼女は困ったちゃん同盟最後の一人として行動を起こす。
「……私たちに敗北はない」
その一言だけ取ればめちゃめちゃかっこいいのだが、行動の動機はめちゃめちゃアレだった。
ともあれ、活動を始めた八雲紫を妨害できるものなどいない。あらゆるものを飛び越える力を持つ彼女にとって、いかなる物理も精神も意味をなさないのだ。
故に確実に、そして着実に彼女はターゲットへと近づいていく。咲夜達は、未だ、自らの背後に忍び寄った最強の敵に気づかない。そしてメイド達もまた、彼女の襲撃を予測していながら、しかし、対抗する手段を知らなかった。
あと、もう少し。
その手が彼女たちの背中にかかる、その距離にまで近づいた紫。その手が、静かに、ゆったりと、二人へと伸ばされる。
だが、そうは問屋が卸さない。
「っ!?」
唐突に、彼女の頭上から降り注ぐ数本の針。陽光を煌めかせ、輝くそれを見据え、紫の視線は上空へと向いた。
「させないわよ、紫」
「……霊夢」
――来た。
紫はつぶやいた。
幻想郷において、唯一と言ってもいいくらい、己に抗する力を持ったものが。まさか、こんな時にまで手を出してくるような人間ではないと思っていた。侮っていたと言い換えてもいい。
しかし、これが現実だ。
八雲紫という絶対者を前に立ちはだかる、もう一人の絶対者。
それは――、
「悪いのだけど、今回は、あなたにも彼女たちの邪魔はさせない」
「ふん……ずいぶんと寛容になったものね、霊夢。あなたらしくもない」
「そうね。そうかもしれない」
紫と同じ目線まで舞い降りた霊夢が、ふわりと自らの髪をかき上げる。
「だけどね、紫。人間というものには、最後の一線を踏み越えてはならないという倫理があるの」
「私は妖怪だわ」
「妖怪であろうとも、これ以上の暴挙は許されない」
「暴挙? 面白いことを言うのね。私の趣味のままに動くことのどこが暴挙だと?」
おもっきし暴挙だろ、とツッコミ入れたかったが、霊夢はそれをぐっとこらえた。
「この幻想郷には秩序が必要よ」
「それをあなたがなすというの? それは独善的な答えね」
「下らないと笑うなら笑いなさい。
だけど、人の幸せを邪魔していい権利などない」
霊夢の瞳が紫を見据える。
この目だ。この瞳だ。この瞳が、私をたぎらせる。細胞の一つ一つに至るまでをきしませ、ゆるがせ、同時に高揚させる。
素晴らしい。この視線が私を貫く、それだけで至上のエクスタシーを感じてしまう。
「うふふ……最高ね」
赤い舌がちろちろと唇をなめる。艶やかな色に輝く、彼女の妖艶な唇が動く。
「それで、霊夢? あなたは私の邪魔をするのね」
「そうね」
「聞くけれど、どうしてあなたが彼女たちに入れ込むの?」
「そうね……。博麗の巫女として、恋愛成就と安産祈願はお手の物」
「……安産って……」
いやいや、ありうるかもしれないわね。言うなれば愛の奇跡で。
とりあえず、その結論に辿り着いて、紫は「それなら」と続ける。
「そして、何よりも、美味しい食事とにこにこなお賽銭は、私の全て!」
「……そう。どうやら、話していても埒があかないようね」
本当に埒があきそうにないのだが。
しかし、紫は静かに霊夢と距離を取った。彼女の振るう腕が空間を引き裂き、そこに無数の力の残滓を残す。
「邪魔をするのなら容赦はしない」
紫の顔に亀裂が浮かんだ。
ゆったりと、緩慢な動作で彼女は戦いの祈りを導く。一撃が、幻想郷の空を切り裂こうとする、まさにその時。
「……あら?」
霊夢は回避行動に出ることなく、その場に棒立ちに――いや。
「……え?」
空の上だというのに、彼女は器用にぺたんと女の子座りした。一体何をするつもりなのか、紫が眉をひそめた、その時、致死量の一撃が叩き込まれる。
「紫は……私が嫌だって言うこと、しないよね?」
涙目。上目遣い。弱々しい女の子のセリフ。
これぞまさに。
「がふっ………………………!」
グレイズ不可のクリティカルだった。
一発でゲージ0まで削られた紫は、その次の瞬間、もう何というか『お母さん』な顔になって霊夢を抱きしめる。
「当たり前よ……あなたが嫌がることをするわけはないわ」
「……ほんと?」
「ええ、もちろんよ!」
ものすげぇいい笑顔で親指立てる。
幻想郷最強の隙間妖怪にも勝てないものはあったのだ。それが、この、博麗の巫女が時折見せる女の子らしい、かわいい、それでいて庇護欲と保護欲と母性愛がかきたてられまくる表情である。
「紫……私、嬉しいっ」
「うふふ……本当に、あなたはかわいいんだから……。もう、私の茶目っ気なのよ? 少しは、私を信頼してちょうだいな」
「うん……紫、やっぱり優しいね」
「ええ。私は幻想郷のお母さんよ。母親として、この世界を長く見守っていかなくちゃ」
もちろん、あなたもよ、と誰もが一撃で『お母さん!』と呼んでしまいたくなるような笑顔を浮かべる紫。
もう、この時点で彼女の目的は雲散霧消していた。咲夜達にデバガメするという目的どこへやら、今ではすっかりと、目の前の巫女を愛し、慈しむ事へと目的がシフトしてしまっているのである。
「ああ……霊夢、あなたは本当にかわいい……。やっぱり、あなたは、いい人に育てられないとね」
「うん。紫が……私を守ってくれるのよね?」
「任せなさい、霊夢。あなたに危害をなすような人は、みんな、お母さんが追っ払ってあげるわ」
ついに撃沈、陥落、そしてお母さん化してしまった八雲紫。
なお、この『お母さん化』という現象だが、昨今、幻想郷において報告されている生理現象である。またの名を、『お母さん症候群』。これを発見した八意永琳女史によると、『元々、母性愛に溢れている人及び妖怪が、何らかのきっかけで、その母親としての心を刺激されてしまった時に陥る状況。一種のアナフラキシー症状である』として説明がなされている。この状態になると、その人物は無敵になるのだという。だが、同時に、愛する対象を前にしたら途端にダメ人間になるのだとも。要するに、極めて局所的かつ限定的な諸刃の刃なのだ。
「ねぇ……紫。私、お腹空いたな」
「うふふ、霊夢ったら。でも、一杯食べる子は大きくなるのよ。
じゃ、帰ってお昼ご飯にしましょう。美味しいご飯、一杯作ってあげる」
「うん! 紫、だぁい好き!」
――博麗の巫女、恐るべし。
あの隙間妖怪すら『お母さん』へと変えてしまうその実力は、恐らく、歴代博麗の巫女最強であろう。彼女が巫女の立場にいる限り、幻想郷は永遠である。ああ、幻想郷よ、そして博麗の子供達よ、永遠なれ――。
――というわけで、困ったちゃん同盟はあっさりと壊滅したのだった。
ちなみに、一人、激突バトルを繰り広げていた霧雨魔理沙はと言うと、
「……おーい。反省したからそろそろ降ろしてくれー」
「ダメよ」
「そこであと半日はそうしてなさい」
紅魔館の屋根から逆さまにつるされていた。まぁ、戦闘の結末なんてわかりきっていたことだったのだ。
「魔理沙、何してるのー? つんつんー」
「えーい、ほっぺたつっつくなー! っつか、頭に血が上るー!」
「ねぇ、パチュリー。この、『絶対に消えないマジック』で顔にいたずら書きしましょうか」
「いいわね。ついでだから、この『触るな危険』の張り紙も張り付けておきましょう」
「わーい! フランもやるー!」
「わー、やめろー!」
教訓:人の恋路を邪魔するのはやめましょう。あなたの命に関わります。物理的に(標語:霧雨魔理沙)
「お腹空きましたねー」
「……そうね」
次なる目的地(と、咲夜が言っているだけで、実際は目的地などない)に向かって移動している最中、ぽつりと一言。時計を見れば、すでにお昼ご飯の時間を回っていた。
「そろそろお昼にしましょう」
目星をつけていたポイントへと、咲夜が、その言葉を聞いて先に飛んでいく。わざわざ、こういうところでも下見を欠かさないのがまめな性格というか、逆に可愛らしいというか。
ともあれ、二人がやってきたのは見晴らしのいい丘の上である。草原の上をさやさやとなでていく風がとても気持ちよく、幻想郷を一望することが出来る、まさに絶景の景観が拝める場所だ。
「……あれ?」
そして、そこに、なぜかベンチが一つと日よけのためなのか、一本の木がぽつんと生えていた。
「どうしたんですか?」
「あ、ああ、いえ、何でも……」
……あれ? あんなのあったっけ?
確か、少し前に下見した時には、あんなオブジェはなかったはずなのだが? そうやって首をかしげても、目の前の現実は変わることはない。現に、美鈴はすでに移動を終えてベンチの上に荷物を降ろしてしまっている。
……ま、いいか。
そう結論づけて、咲夜もその隣に座った。
「紅魔館メイド部隊ナンバーS。咲夜さま達を確認しました」
『よろしい。ナンバーS、速やかに撤退せよ』
「……どうやって?」
『……まぁ、何とかして』
そして、その木の上に身を潜めるメイドが一人。当然、この舞台をセッティングした立役者の一人である。しかし、どうやら、そこから離脱する手段までは考えていなかったようである。
「ほんと、お腹空きましたねー」
「まぁ、そう言うと思って。ほら、一杯、お弁当作ってきたわよ」
ここで、咲夜の隠し兵器、お弁当の登場である。
温かいものは温かいもの、冷たいものは冷たいものできちんとバスケットの中で色分けされているため、どれもこれもが実に美味しそう。そして、視覚効果に嗅覚効果も抜群だ。
「うわぁ、美味しそうですね」
「でしょ? ほら、お腹一杯……」
「で・も」
へっへー、と笑う美鈴。そこでようやく、彼女も背中の荷物を降ろした。
「じ・つ・は、私も作ってきてたんですねー」
「ええっ!?」
取り出されたのは、こちらは小さなバスケット。ただし、中身はと言うと、超豪華中華料理一式である。その片隅にはフカヒレスープまでが用意されていて、しかも全部が熱々。悲しいことだが、咲夜の料理より美味しそうだった。
「な、何でよ!?」
「何で……って……。誘ってくれたのは咲夜さんですから、私としては、その恩義に報いるために、と」
「で、でも……」
「まぁ、一人分しか作れませんでしたし。
これを、咲夜さんに食べてもらって、私は咲夜さんのお弁当をお腹一杯」
「た、食べきれる……の? こ、これ、二人分……っ!」
慌てて口許を押さえる咲夜。しかし、一度出てしまった言葉は引っ込めることは出来ない。
美鈴が、にこにこと笑っていた。完全に、この時、咲夜は己が手玉に取られていることを察して沈黙する。
「えへへ……。咲夜さんって、ほんと、かわいいんだから」
「……うっさいわね」
「それじゃ、咲夜さんの手作りお弁当、いただきまーす」
「……どうぞ」
「これ、私だけのものですからね」
「……うん」
顔を真っ赤にして、咲夜は美鈴から差し出されたお弁当に箸を付ける。とっても温かくて、優しい味だった。
「いい眺めにプラスして、美味しいお弁当があって。しかも咲夜さんも横にいる。私は幸せ者ですねー」
「……あのね、美鈴。言っておくけど、これは別に……」
「わかってますよ。別段、デートじゃないんですよね?」
「べっ、別に、デートだなんて……!」
「一緒にいてくれれば、私はそれで幸せですよ?」
その一言に。
ぽつりと、つぶやく。
「……一緒にいるだけでいいの?」
「それ以上の幸せを望むのは、またそれからで」
「ふーん……何か、あなたらしい」
「欲に忠実じゃないのが、私のいいところです」
えへん、と胸を張る美鈴。
確かに、そりゃそうか。思わず納得してしまってから、「一本取られたわ」と彼女は笑う。
「いい天気ね」
「そうですねー」
「こちら、メイドマスター。紅魔館メイド部隊、全隊に告ぐ。これにて我々の任務は終了、各自、撤収作業に入りなさい」
「……よかったですね」
「ええ……本当に」
楽しくおしゃべりをしながら昼食に弾む二人を見つめながら、メイドマスターは、つと、流れる涙をぬぐう。
「おめでとうございます……メイド長……」
「どうかしたの?」
そこに、唐突に現れるレミリア。ちなみに、傘持ちメイドは未だにひっそりとその場に佇んだままだ。
「ああ……いえ。
私は、以前から、レミリア様にお仕えしていたわけですが。正直、メイド長が入ってきた最初の頃は、『人間風情に何が』と思っていたわけです」
「ええ」
「だけど、日が経つに連れて、やはり、人物としての器の違いが出てくるものなんですね。
そのうち、いつの間にか立場は逆転してしまって。今では、私が気遣われる立場になってしまいました」
「それで、こんな事を考えたの?」
「一緒に仕事をしていくうちに、嫌と言うほどわかりましたし。それに、個人的にも、色々相談に乗ってもらったこともありました。
……それなら、恩義を返すのは今しかない、と」
果たして、それが成功したかどうかはわかりませんけどね、と苦笑。
実際、あの二人の関係がどうなったかなど、今の段階ではわからないし、これから先、進展しようが破局しようが、今回の一件がきっかけになるかどうかもわからない。
単なるお節介というものに見返りを求めてはいけないし、結果を求めることも必要ない。
「ただ……やりたいことがあったから、というのが正しいです」
「いいことね。そう言う部下が持てて、わたしは幸せよ」
「さすがです……メイドマスター……」
「まさに、私たちの理想のメイド像……」
目をハートにしたメイド達が周りを取り囲む中、速やかにメイドマスターは撤収作業を始めた。それに従い、メイド達が一人、また一人と帰路につく。
「メイド長。どうかお幸せに」
最後に一言、その言葉を残して。
撤退の最終確認をしていたメイドマスターも、静かにその場を立ち去ったのだった。
かくして、メイド達による『メイド長に祝福を』作戦は終わりを告げた。その二人の関係は、やっぱりその後も全く進展せず、つかず離れずのツンデレ展開だが、それでも少しだけ、ほんの少しだけではあるが、メイド長の顔に柔らかい笑顔が増えたような――そんな気がしたという。
ちなみに、メイド達の奮戦に気づいていた美鈴は、次の日、彼女たちに向けて最高の料理で彼女たちの苦労をねぎらったという。
こうして、めでたしめでたしで、それは終わりを告げた――のだが。
「次の方ー」
「……初めまして」
「あらあら。どうかなさいましたか?」
それからしばらく後、八意永琳医療相談所に、メイドマスター改め、本名、風雅が疲れた表情で訪れた時の一幕である。
「その……今の職場の人間関係に悩んでいまして……」
「あらあら。どうかなさったんですか?」
「はい。実は……」
『風雅お姉さまー!!』
「あぁぁぁぁっ! 来たぁぁぁぁぁっ!?」
「……あらあら?」
『風雅お姉さま親衛隊』と頭にはちまき締めたメイド達が唐突に障子ぶち破って現れ、彼女が全力疾走で逃げ出したと見るや、九十度ターンでその後を追いかけて突っ走る。いくつものハートマークと黄色い声が遠ざかっていき――ぽつりと、永琳は一言。
「恋を応援するもの。自らの恋には無頓着と言うけれど、本当ねぇ」
「いや、師匠。それ絶対違いますから」
「……配置転換願……」
「レミィ……どうするの? それ……」
「……………………………………却下」
「一体何があったのでしょうね。困ったものですわ」
あんたが原因だ。
紅魔館の館主とその友人は、内心で、憤りのセリフを漏らす従者に向けて声をそろえたのだった。
何となくのあふた~すと~り~
「……はぁ、もう嫌……」
一人、疲れ切った縦線を背負って紅魔館を歩いていく影が一つ。
数日前のツンデレデートで大活躍し、一躍、紅魔館での株を上げてしまったメイドマスターこと風雅である。
あれから毎日のように、「あ、あの、私のお姉さまになってください!」と愛の告白と同時にお弁当渡されたりラブレター渡されたり、ひどいときはお風呂の中にまで押しかけられたりして散々な目に遭っているのである。
メイドの内勤から、比較的、そう言う被害が薄いと思われる外勤部隊へと配置転換をお嬢様に願ったのだが却下され、毎日毎日の苦労の連続にすっかりと老け込んでしまっている。
「……私、目立つタイプじゃなかったのになぁ」
元々、風雅は、それほど目立つ女性ではなかった。確かに、メイドとしてのスキルは飛び抜けたものがあるのだが、基本的には『地味ぃ~』なタイプなのだ。メガネでロングヘア、どこにでもいる普通の『家政婦さん』という感じの見た目の女性だったのである。まぁ、バストサイズに関しては、紅魔館最強の門番にも匹敵するとその筋では有名だったが、それはさておこう。
「メガネを外すと性格が変わるって言うのが、こんなにもえらい目を招くなんて……」
はぁ、とため息。
――メイド長を応援しようと思った理由は簡単。彼女、その見た目に違わず、義理堅い性格なのだ。だから、普段から受けている恩を返そうと奮闘した。その際、メイド達全員の指揮を執るためにも、こんな引っ込み思案のいつもの自分ではダメだと思い、禁断の手段に手を出した。それが『メガネを外す』と言うこと。嘘のような本当の話で、彼女、メガネを取ると性格が変わるのである。引っ込み思案の奥手なお姉さんから、アクティブ全開ばりばりのお姉さまへと。
自分の変化を利用して、彼女は見事、メイド長への受けていた恩を返すことに成功した。
しかし、その結果がこれだ。
「……やめようかな」
日々の、メイド達の『ラブラブアタック』に閉口し、心身共に疲れている彼女の口から、ぽつりと出る言葉。
「……はぁ」
またため息を一つついて、歩いていく。
――時刻は深夜。寝る前の館内の見回りの最中なのである。一つ一つ、窓やドアの鍵を確認して歩いていく。彼女の日課の作業だ。ここから、続きは夜勤のメイド達へと引き継ぐのが紅魔館の一日のスケジュールである。
しかし、こんな時にでも几帳面な性格が出ている彼女は、『後は全部夜勤任せ』というのをよしとせず、きちんと全ての物事をこなしてから、というやり方をしている。そうであるから、あの一件以前からも、『頼りになる先輩』として大勢の後輩達から好かれていたわけである。
さしずめ、十六夜咲夜が一同のカリスマ的存在として先頭で引っ張っていくタイプだとしたら、彼女は、そんな華々しい表の役目をこなすものを陰からひっそりと支える縁の下の力持ち的立場と言うことだろうか。
「……あ」
開いていた窓を閉めつつ、ふと、足を止める。
そこから見えるのは紅魔館の門前。そこには二つの人影。
「メイド長……と、門番長……」
何やら、二人はそろって話をしているようである。人間ではない風雅にとって、目も、耳も、現状を理解するには十分な機能を有している。
「美鈴、これから夜勤?」
「はい」
日頃の、紅魔館で働くもの達のスケジュールを考えるのは咲夜の役目である。それなのに、そういう話の切り出し方とは。相変わらず、純というかウブというか。
「お疲れ様」
「はい、ありがとうございます」
「それで……その……もう秋口でしょう? 夜は寒いから、ほら」
「わぁ……」
本当にもう……メイド長ったら。
後ろ手に隠し持っていたものを差し出す咲夜に、微笑ましい視線を注ぐ。
「あったかそうなマフラーですね。ありがとうございます」
「べ、別に勘違いしないでよね! その……あ、あなたが風邪を引いて欠員が出来たら、シフトを考えるのが面倒になるだけなのよ!」
「はい、わかってます。倒れないように頑張りますね」
「……そ、そう。それならいいのよ、うん」
全く……。
どうして、こう、もっとそこで素直に「頑張ってね」と言えないのだろうか、あの人は。
恥ずかしがりなのは悪い事じゃないけど、度が過ぎると無粋ですよ、と。
風雅がそう思って、ちょっぴりとがめるような視線を送った後。
「……はい」
「これ?」
「中身、紅茶だから。あったかいわよ。
『まほうびん』って言うらしいの。しばらくは冷めないらしいから、寒いと思ったら飲みなさい」
「はい」
「……じゃ、また明日ね」
「お休みなさい、咲夜さん……って、これからお仕事ですか?」
「ううん。お嬢様も、最近は、妙に昼型だから。今は、フランドール様と一緒にベッドの中、じゃないかしら」
「そうですか。じゃ、お休みなさい、咲夜さん。よい夢を」
「ええ」
「……まぁ」
あの二人はあんな感じがちょうどいいのかもしれないな。
やったことに対して見返りは求めないと決めていた。そして、その結果がどうなろうとも、……悪い方向に進まないように尽力はしても、必要以上に手出しはしない、とも。
自然の成り行きに任せるのが一番。しかし、その成り行きに任せていたら、どうやっても進まない。それなら、ちょっとくらい、その『自然』にも動いてもらおう。そう思って、彼女たちは、今回、咲夜のために尽力したのだから。
「……私も頑張らないとダメかしら」
その後も、しばらく、楽しそうにおしゃべりをしている二人を見て、彼女は小さく肩をすくめ。そうして、窓を閉めて立ち去ったのだった。
翌朝、やはり疲れの抜けきらない顔で、彼女は一日の仕事に当たっていた。そんな彼女の背中に声をかける、小さな影が一つ。
「あ、あの……」
「何?」
かかった声に、にこやかに笑いながら振り返る。メイド一同から、『聖母の微笑み』として憧れの的になっている顔である。
「あの……その……風雅さま……」
「なに? えっと……」
「そ、その、ま、また、協力して欲しいこと、あるんです!」
いきなりの大声な一言だった。
は? と言う顔を浮かべて、しかし、すぐに意味を問いただすような眼差しを浮かべながらも、普段、後輩のメイド達に接する時のような優しい表情に戻って「どういうこと?」と訊ねる。
「あ、あの、も、門番隊の友達から聞いた話なんですけど……。め、メイド長が、門番長と、あ、秋のハイキングをするとかで……。そ、それで、その裏を支えようって話になってて……。
ふ、風雅さまに、一緒に頑張ってもらいたくて! そ、その……だから、やめないでください!」
「あ……」
その意味を問いただすより早く、顔を真っ赤にして、その可愛らしいメイドは走り去っていって閉まった。
しばし、そのままの姿勢で。そのままの姿で動きを止めて。
風雅は、ふぅ、と息を吐き出す。
「あんな子にまで心配されちゃうなんて……」
私ったら……ダメね。
――そう思った瞬間、なぜか笑いがこみ上げてきた。くすくすと、声を押し殺して上品に笑っていると、唐突に、ぽん、と肩を叩かれる。
「はい……って、メイド長! お、おはようございます!」
「おはよう、風雅。何だか楽しそうね」
「あ、ああ。いえ。申しわけありません」
「謝らなくていいわ。今日は、あなたにお願いに来たんだけど……それも必要ないみたいね」
「……お願い?」
「やめるな、って言いに来たのよ」
その一言に、ぽかんと惚けてしまう。
「あなたは優秀なメイドでしょ? 何と言っても、私から見れば、やはり先輩なのだし。
だから、あなたに任せておきたいことは結構多いのよ。……私と違って、メンタル面でもメイド達のケアが出来るのはあなたくらいだし。メイド長補佐として頑張る役目を与えたいのよ?」
それは……、といつもの引っ込み思案の笑顔を浮かべ、咲夜の攻撃をかわす風雅。かなわないわね、と苦笑する咲夜。
「……あなたには、みんなのお姉さんとしての立場が似合ってるわ」
「そんなことは……。
メイド長の方が」
「ありがとう。それから……感謝してるわ」
え? と声を上げそうになる。
一瞬、どくんと心臓が跳ね上がった。まさか、あのデートの時、私たちが陰からサポートしていたのが気づかれたのか、と。
しかし、案に相違して、咲夜は「あなたの性格も働きぶりも、ここには必要よ」と述べるに留まり、最後に一言、かつては見られなかった笑顔を浮かべ、言った。
「だから、頑張りなさい」
「あ、は、はい。ありがとうございます、メイド長。その信に応えるべく、これからも尽力致します」
「もう、堅いわね。まぁ、それがあなたのいいところよ」
じゃあね、と片手を振りながら、咲夜は去っていく。それを笑顔で見送り、風雅はつぶやいた。
「……頑張りますよ、私だって」
期待されたのだから。
それなら、頑張らないといけないではないか。
「メイド諸君! これより、十六夜メイド長と美鈴さまの『秋のうきうきハイキング』のプランを立案する!」
――メガネを外してアクティブになりつつも。
普段の自分を描くために。
かくして、メイドマスターは、仮面という新たな装備を手に入れたのだった。そして、その日以降、彼女に視線を注ぐメイド達の中に一つだけ特別な視線が混じったのだが――果たして、それに彼女が気づく日はいつになることやら。
「……恋を応援するものは自分の恋に無頓着、か」
「いきなりどうしたの、パチェ」
「ほんと、紅魔館は奥手が多いというか、鈍感が多いというか」
バカばっかりね、と何やら『これから面白いことが始まりそうだ』という色を言葉に含ませ、知識の魔女は、目の前の水晶玉に映し出された二人のメイドを見やったのだった。
ついに決戦の日がやってくる。
「メイド諸君! いいか!」
『はい!』
「我々の目的は、十六夜メイド長の初デートを成功させることである! しかし、これには幾多の苦難が、艱難辛苦が伴うだろう! だが、恐れるな! 恐れを見せて引き下がるような無能は、この紅魔館にはいらない!」
『イエス・マム!』
「我々がメイド長から受けた恩義を思い出せ! メイド長に尽くせ! 紅魔館に奉仕しろ! お嬢様に魂を注げ!
何者も、我々を妨げることなど出来はしない! 全身全霊、粉骨砕身、全てをかなぐり捨てて、いざゆかん、メイド長の初デート!」
『了解しました!』
「よし! では、紅魔館メイド部隊、全員出撃! これより、完璧で完全なるデートの遂行に当たる! 各員の奮戦を期待する! 以上!!」
「……どうして、今朝は誰にも会わないのかしら」
紅魔館の一角で、お前らどこの軍隊だよおい、な結束式が行われている中、当事者はというと、厨房で料理を作っていた。
いくらデート――十六夜咲夜ご当人風に言えば、『ちょっとしたお出かけ』――とはいえ、それに至るまでは、彼女は一介のメイド長なのだ。当然、朝からやらなければならないことは、お嬢様達のお世話に料理に洗濯、お掃除などなど。
メイドとしての基本の仕事をこなすその前に、彼女がやっていることと言えば、
「……まぁ、こんなところね」
バスケット一杯に詰められたお弁当。
その出来の良さに、思わずほれぼれしてから、『さて』と気合いを入れ直す。と、その時、ばたんと厨房のドアが開いた。
「あなた達、遅い……」
「すいませんでした、メイド長!」
「以後のことは我々にお任せ下さい!」
「さあ、メイド長は本日は休日です! ご自分の余暇をお楽しみ下さい!」
「総員、これより料理の作成に入る! 己の力の全てを注ぎ、万難を排した味に仕上げよ!」
『了解しました、長!』
「……何これどういう事態?」
普段の彼女たちの、およそ数万倍はパワー入っていた。普段のメイド達と言えば、『おはようございまーす』だの『うー……少し眠気が……』だのと、朝は軒並みテンション低いのだが。
このテンション……というか、士気の高さはいかなることだ。まるで天をも衝かんばかりに高まったメイド魂のほとばしり。熱き血潮がうなって吼える、といったところか。よくわからないが。
「ま、まぁ……それなら頑張ってね?」
「お任せ下さい!」
足早に、咲夜は手にバスケットを持ってそそくさと退散した。
そうして、廊下に出てみれば、待っていた光景が凄まじい。
「決して、一塵の塵すら残してはならない! 窓に指紋など残してみろ! その指を切り落とすぞ!」
『はいっ!』
「磨け! ふけ! そして何よりも清潔に!
我ら、紅魔館メイド部隊の一角、お掃除部隊のやるべきことは紅魔館を常に清潔に保つことである!」
「…………紅魔館……よね? ここ……」
鬼気迫る形相で床に水ぶき、モップがけ、窓の掃除に壁の壁紙張り替えなどなど。
一体、これはどうしたことか。全く理解が及ばない。っつか、普段からこれくらい気張ってくれたら私の苦労も半分以下になるんですけど?
――などといった愚痴は、とりあえず胸の内にしまっておいて、咲夜がそこを退散していく。
「メイド長」
「へっ?」
「おはようございます」
「お、おはよう……」
「朝食のご用意が出来ております。どうぞ」
廊下の角を曲がったところで、そこに待機していたらしいメイドに呼び止められる。彼女は、折り目正しく、九十度の直角に礼をしてからそんなセリフを口にしてくれた。言葉の内容と動作の内容はあっているのだが、先ほどまで見ていた光景が異様だったため、何とも言えない感情が襲いかかってくるが、それを気にしないことにしたらしい。そ、そう、とそれでもちょっと引きつった声と顔を残して、彼女は、普段、メイド達が使っている食堂へと向かって歩いていった。
「こちら、メイド部隊ナンバーF。ただいま、そちらにメイド長が向かった」
『こちら、メイド部隊ナンバーD。了解、これより最高の朝食を用意する』
「頼んだわ。こちらはそれまでに、その他の用事を全て片づけておくから」
『ええ。お互い、メイド長への恩義を』
「必ずや」
恐らく、提供はパチュリーと思われる双方向通信が可能な道具を片手に連絡を取り合う彼女たちの風景が、誰がどこから見ても『一撃必殺メイドさん』のノリだったと、後の歴史が語るのだが、とりあえず今はそれは関係ない。
同刻。
「レミリア様、こちらの準備は万端です」
「そう。見事ね」
吸血鬼なのに朝から早起きしているレミリアが、報告を持ってきたメイドに満足そうにうなずいた。
片手に持った紅茶のカップを、静かにテーブルへと戻すと、立ち上がる。
「これより、咲夜の初デートを全力支援するに当たって、わたし達のやるべき事を述べるわ」
「はっ」
「邪魔をするものは、容赦なく粛清せよ。行く手を阻むものは断固粉砕。あの二人が思い出に残るデートを出来るよう、全力で応援するのよ」
それはもう応援ではなく、立派な破壊活動であるのだが、悲しいかな、この場にそれについてツッコミをする人間はいない。
レミリアの雄々しい指揮を受けて、一気に士気が高まったのか、メイドが頭を下げて部屋を退出した。
「……さて、わたしも用意をしなければならないわね」
外はお日様いい天気。こんな天気の日に外に出たら、吸血鬼など、逆の意味で一撃粉砕だ。
日傘の用意、ルートの確保、休憩所の用意など、これからやらなければならないことは多岐に亘る。また、咲夜達のデートを完全なものにするための準備がぬかりないものであるかどうか、デートコースに沿っての下見もしなければならないのだ。
「出発まで、あと二時間。忙しくなりそうね」
「お待たせ致しました、お嬢様」
日傘を片手に持った、今回のレミリアつきのメイドがやってくる。鷹揚にうなずいた彼女は、メイドと共に窓を開け、空へと飛び立つ。
「これより、わたし達はデートコースの確認作業に向かうわ。現地のメイドに連絡を」
「かしこまりました。
こちら、メイド部隊ナンバーR。これより、お嬢様がそちらに向かいます」
「ふっ……任せておきなさい、咲夜。このわたしが、あなたのために、最高のデートを演出してあげる!」
ここで誰かがツッコミを入れておけば、後々、色んな意味で伝説に残るようなものは起きなかったのだろう。
しかし、問題があった。それは、このレミリアの意思……というか、行動のみが、今の紅魔館にとっての全てという、極めて厄介な現実というやつが。
「まず、第一のチェックポイントです」
「よろしい」
降下を始めた彼女は、視線の先に広がる空間を見据える。
それは、『デートの始まりと言えば待ち合わせ場所でしょ』的な門の前だった。
さらに、同刻。
「魔理沙さん、紫さん、紅魔館に動きがありました!」
「ようやくか……待ちくたびれたぜ」
魔法の森の奥深く。人通わぬ静寂の中に佇む一軒の家屋。そのドアが開かれ、片手にカメラを持った文が飛び込んできた。室内で地図を広げ、何やら作戦会議をしていた魔理沙と紫の二人が立ち上がる。
「悟られなかった?」
「問題ありません。
私の眷属たる烏たちは、この幻想郷のどこにでもいますから」
かー、と彼女の肩の上で鳴くのは、普段、彼女が連れている烏とは別物の烏だった。文に『紅魔館門前で動きあり。至急、確認されたし』の情報を持ってきた諜報烏一号である。
「ふっ……紅魔館なんて、大きな口を叩いていても」
「こちらの実力を甘く見てもらっては困るという事よ」
ふぁさっ、と自分の長い髪をかきあげ、紫。
「私たちは、自分たちが楽しいと思ったことに向かって、常に全力を尽くすもの達!」
そのリビドーを別方向に向けろ、とツッコミが来そうな発言を惜しげもなく宣言する。そんなだから、あんた達は困った奴らなのよ、と巫女が蹴りかましそうであるが、巫女はこの場にいないため何の問題もない。
「どんな妨害も乗り切るぜ」
「ええ……そして、私の新聞の売り上げアップに寄与してもらいます!」
約一名、煩悩を持っているものもいたりするのだが。
「これからどうなさいますか?」
「へっ、簡単だ。
あいつらのことだ。大量のメイド部隊が暗躍するだろう。だが、一度に大勢では動けない」
「ええ。咲夜も美鈴も鋭いからね、気配を感づかれては意味がない」
「必然的に、奴らは少数があちこちに潜伏する形になるはずだ。そうなると、それを一つずつ襲って各個撃破する余裕が生まれる」
「だけど、紅魔館の連携は密よ。下手に潰すことは出来ない」
そこでだ、と魔理沙。
「こっちは一切手出しをしない」
え? と首をかしげる文。
魔理沙は、広げた地図を指さし、「恐らく、この辺りにメイド達が潜むだろう」といくつもの×印を示していく。
「私たちは、奴らに、なるべく気取られないように動く。だが、時には姿を見せることも必要だ」
「ああ……」
「姿を見せることで、その人物がいない場所へと、メイド達は咲夜達を誘導しようとするはずよ」
「そこを――」
叩く。
にんまりと笑った魔理沙に、同じような笑みを浮かべて文が返した。さすがですね、と相手を賞賛することを忘れはしない。
「こちらが相手に接触してしまえば、メイド達には手を出すことは出来ない。目的達成だぜ」
「でも、それなら、紫さんが隙間を操って……」
「それも考えたのだけどね。問題があるの」
問題?
オウム返しに尋ねる文に、紫は地図を示す。
「紅魔館を中心に、かなり強烈な魔力反応が出ている。恐らく、これは、あの病弱魔女が結界を張っているせいよ」
「パチュリーのことだ。私たちの邪魔をすることを考えるだろうと想像することは容易だぜ」
「そして、隙間を開くと言うことは、少なからず、空間に干渉を残すこと」
「それを察知されたら、逆にメイド達をそこに集合させてくることも考えられる。つまり――」
「……唐突に顔を見せたのでは、逆に見張っていたのではないかと疑われ、攻撃される虞がある。あくまで、接触するなら偶然を装って。
しかし――」
「……ああ。現れたところに集中攻撃を受ければ、いくら私たちでもやばい」
……考えれば考えるほど、絶妙な戦いになっていることがわかる結果だった。と言うか、こんな事で全力を費やせるこいつらの思考回路が実に幸せだと思うことが出来る瞬間である。
だが、人間(約二名、人間ではないが)、楽しいことを前にすれば実力を出してもいいからそれを達成したい、体験したいと思うのは悪いことではない。
そう。これは一種のゲーム的要素を含んでいる。
いかにして、咲夜達に気づかれず、偶然を装って接触し、からかい、あるいは取材するか。こちらの邪魔をしてくるあらゆる要素を効率的に排除するか。全ては、あの二人に、いつ、接近するか。それにかかっている。
「魔力結界を無効化することは出来ない。
だけど、騙すことは出来る」
「私たちの存在自体を隠すことなら可能だ」
「力の行使は不可能だが、ってやつですね」
うなずく魔理沙。そして懐から取り出されたのは、小さな、握り拳大の水晶球のようなものだった。それを、彼女は紫と文の二人に渡して、「これで完璧だぜ」とほくそ笑む。
「姿を見られては意味がないわ。可能な限り、隠密行動を」
「任せてください。隠密行動なら得意中の得意です」
「……さて、この勝負、どっちが勝つかな」
「面白いことを言うのね、魔理沙。私たちに決まっているわ」
自信たっぷりの紫のセリフに、魔理沙は意味深な笑顔で返す。両者の間に漂う絶対の雰囲気に、文はつぶやく。「この人達を味方に引き込んでおいてよかった」と。
彼女たちほど、敵に回したら怖いが味方にすれば心強い相手もいないのだ。
幻想郷とは、そう言うところ。
自分たちの楽しみのために、全身全霊、魂すらかける奴らが集う場所。
「……さて、そろそろ行くか」
「ええ、そうね」
「必ずや勝利しましょう」
「もちろんだぜ。
互いの連絡は忘れないようにな」
「ええ」
「はい。必ず、ここで祝杯を挙げましょう!」
三人の手が重なり、そして、一人一人が魔理沙の家を飛び立っていく。
そんな中、ようやく、つい先ほど、文の命令を受けて飛び立っていた烏は帰ってきて思う。
『……そんなことばっかりしてるから新聞売れないんじゃないの? 文さま……』
――と。
「こちら、紅魔館メイド部隊ナンバーA。現在、紅魔館周辺に不届きものの姿はありません」
『了解、ナンバーA、引き続き周辺を見張っていて』
『こちら、紅魔館メイド部隊ナンバーH。氷精は大妖精さんを味方に引き込むことでこちらから遠ざけました』
『よくやったわ、ナンバーH。だけど、油断はしないで』
『現在時刻、一〇:〇〇。待ち合わせの時刻よ』
「咲夜さまの姿を確認!」
『こちら、紅魔館メイド部隊ナンバーE! 美鈴さまがお部屋を出られました!』
『各員、急いで隠れて!』
本当に、この労力を正しい方向に使えば、さぞ、素晴らしい人々になれたであろう。彼女たちを含めて。
しかし、悲しいかな、そう言う常識的なところに考えの及ぶ連中はいないのである。幻想郷には。
やがて、しばらくして、門の前に咲夜が姿を現した。先日、散々、一人ファッションショーをやって決めた衣装に身を包み、唇にうっすらとルージュを引いている。どことなく大人っぽく、しかし少女の趣を残すミスマッチ。実に彼女らしいコーディネートである。
「あ、咲夜さん。お待たせしましたか?」
「べ、別に待ってないわ」
待ち合わせ場所は紅魔館の門前。普段、美鈴が仕事場にしているところだ。
そこに遅れてやってくる、今回のイベントのもう一人の立役者、紅美鈴。
「……」
「どうしました?」
「へっ? い、いいえ、別に!」
その美鈴は、普段のような衣服でありながら、活発な印象を与えるものへと衣装を変えていた。
ノースリーブ、ミニスカ、ついでに言えば、少しだけタイトな印象を受けるスタイル。さらにその上から、軽くジャケットを羽織り、実に健康的な色気が漂っており、何とも言い難い活動的な魅力が満ちあふれている。
その彼女の背中には小さなザック。と言っても、美鈴の背中と比較して小さいのであって、咲夜が持っているバスケットくらいの大きさはありそうだった。
「いいお天気になりましたね」
「そ、そうね。
で、でも、何で着替えているの? 私は、あなたに護衛を命じたんだけど……」
「あれ? それじゃ、咲夜さんも、どうして着飾ってるんですか?」
「そっ、それは……! い、いいじゃない、別に! 出かけるに当たって、少しだけ、おしゃれしたくなっただけなんだから!」
「そうですね。私もそうですよ。
それじゃ、行きましょうか。まず、何を買うんですか?」
「う、うん……そうね。じ、じゃ、行きましょう。まず、目的地は、いつも行っている村よ」
「はい」
それでは、と差し出される手。
咲夜は、頬を赤らめながらもそれを握り、美鈴は彼女の手をしっかりと包み込む。二人そろって、ふわりと宙に浮かび上がり、あっという間に湖の向こうへ。
「あーっ、もぉぉー! いじらしいなぁ、メイド長!」
「それをばっちり受け止めてる美鈴さまもさすがよね!」
「目の保養よ、目の保養!」
「こ、こちら、紅魔館メイド部隊ナンバーC! 咲夜さまと美鈴さまの出発を確認しましたっ!」
『了解。とりあえず、悶えてないで次のポイントへ移動してなさい』
「は、はい、申しわけありません、お姉さま!
い、急ぐわよ!」
「りょーかーい」
門のそばの植え込みにこっそりと隠れて様子を伺っていたメイド達が次々に空へと飛び上がる。それを「いってらっしゃーい」と見送るのは小悪魔だ。
かくして、紅魔館の全てをかけた一大イベントは始まりを迎えた。何か間違っているような気が、この時点で、全員の心中にふつふつと湧いていたのだが、それは気のせいだろうと誰もが思ってしまうほどの勢いに満ちたイベントが。ついに。
「へっへっへ……先手必勝だぜ」
森を飛び立ち、それからしばし後。
魔理沙は、紅魔館の周囲を囲む湖をさらに外側から囲む森の中に姿を隠していた。辺りには、ひしひしと、メイド達の気配が満ちている。彼女たちは、こちらに気づいていない様子がある。
「こちら霧雨だ。八雲、及び、射命丸。そっちはどうだ」
『こっちも咲夜達の移動を確認したわ』
『どうしますか、魔理沙さん』
「とりあえず、後ろから奇襲をかけてみるぜ。多分、メイド達が邪魔してくるだろうがな。
だが、奴らもおおっぴらに動くことは出来ないはずだ。それで様子を見る」
『了解しました』
『幸運を祈るわ』
ああ、と彼女たちに答えて、彼女は足早に森の中を駆け抜ける。そうして、メイド達の存在が少し離れたところで、手にした箒に飛び乗り、空に舞い上がる――その時だ。
「何っ!?」
ばちっ、という音がして視界を白い電光が覆い尽くした。
そのまま弾かれ、地面へと転がる。そうして、はっと気づく。
「結界!?」
一体、いつの間にか、小さな結界が張られていた。規模は、恐らく、彼女を中心に数メートル程度のものだ。しかし、これほど小さな結界を張るには、その術者が近くにいなければいけない。
もちろん、彼女はそんな気配を感じてはいない。ということは、それほどの使い手が、あの時、魔理沙のそばに潜んでいたと言うことだ。
「誰だ、出てこい!」
森に向かって一喝する。
――少しの沈黙の後、がさっ、と木が揺れる。
「……お前……」
手に、大きな水晶玉を持って現れたのは、見たことのあるものだった。
可愛らしい女の子のお人形。言うまでもなく――、
「よくやったわ、上海」
人形遣い、アリス・マーガトロイドの傑作の一つ。
現れた上海人形の後に続いて現れたアリスは、魔理沙を見て小さく笑う。
「人形は無機物。魔法ではなく、繰り糸で操ることで、その気配を感じさせずに後ろを取ることも出来るのよ。魔理沙」
「ちっ……油断したぜ」
どうやら、アリスがこの結界を張ったらしかった。
結界を張るための媒体となるものは、今、上海人形が抱えている水晶玉だろう。これを魔理沙のそばに配置し、いざとなれば術を発動させる。そして本人は、その後、ゆっくりと結界を割って中に入ってくればいい。自分の存在を悟らせずに対象を閉じこめる。口で言うのは簡単だが、実現するのは難しい。しかし、それすら容易にしてしまうのがアリスの使う人形操術なのである。
「何のつもりだ。事と次第によっちゃ、ただじゃすまないぜ?」
「答えは簡単よ」
「!?」
後ろから、声。
続いて空間に亀裂が入り、そこから現れるパチュリーの姿。
「転移の術か……」
「魔理沙。あなたにあの二人の邪魔はさせない」
アリスの言葉の後、数十を超える人形が、ざっ、と空中に舞い上がった。
「へっ……どういうつもりだ? アリス。
お前、別に咲夜や美鈴に恩義があるってわけじゃないだろ?」
「あら、恩義なんてものは、人生、生きている限り、常に誰かから受けているものよ」
後ろでは、パチュリーが本を広げていた。彼女の周囲に、すでに四冊もの魔法書が浮いている。
「そういうこと。少なくとも、普段、紅魔館で歓待してくれる咲夜さんには果たす義理がある」
「……面白いことを言ってくれるぜ。
そんならパチュリー、お前はどうだ?」
「私は、親友が入れ込んでいる以上、それの手伝いをするだけよ」
ってことは、今頃、レミリアもどこかにいるってことか……。
ちっ、と舌打ちする魔理沙。
気配を探ってみるが、彼女が閉じこめられた結界の中には、アリスとパチュリー以外の気配はない。と言うことは、紅魔館で一番と言ってもいい厄介な輩は、今、自由に行動できる状態にあると言うことだ。紫も文もかなりの実力者であるが、レミリアはそれに肉薄する。やはり、今回の一件、楽に終わることではなかったのだ。
「邪魔するなよ。邪魔すんなら、痛い目だけじゃすまないぜ?」
「そっちこそ」
「魔理沙、あなたのやってることは最低よ。幸せを満喫しようとしているだけの二人の邪魔をするなんて」
「邪魔なんてするつもりはない。ただからかうだけだ」
「それが邪魔なのよ。
初デートというのはね、物の本によれば、その人の人生にすら影響を与える、大切なものなのよ。それを邪魔すると言うことは、未来永劫、残るかもしれない傷を付けると言うことに等しい」
「女の子の顔を傷つけることにも近い」
二人のもつ気配が膨らんだ。
前後から叩きつけられるのは敵意を超えた気配――殺意にも近い。彼女たちは本気なのだ。
「それに――」
「私には、恋をする人の気持ちというのがよくわかる」
唐突なことを言い出したアリスが片手を振るった。その動きに従い、十を超える人形が左右に展開する。
完全な包囲戦。搦め手を使った戦いを得意とするアリスの手に載れば、魔理沙にも勝機は薄い。慌てて、彼女は両者から距離を取った。
「それを邪魔すると言うことは人道を外れた鬼畜外道の振る舞い」
パチュリーの周りを漂う魔法書が光を発する。あふれる、膨大な魔力が空間を歪ませる。
真っ向から魔法勝負になれば、恐らく、彼女に勝つことは出来ない。まさに、魔理沙にとっては劣勢の状況だ。
「へっ……そんなことはどうでもいいさ」
だが、彼女は後ろに引くと言うことを知らない。
「気に入らないなら実力で排除してみるんだな。言っておくが、私は強いぜ?」
「愚かね、魔理沙」
「あなたは友人。だから、なるべく苦しまずに葬ってあげる」
「いや、アリス。それやりすぎ」
「あ、そう? じゃ、半殺しくらいがいいかしら」
「そうね」
二人はアイコンタクトで行動を始める。
アリスが前に、そしてパチュリーが後ろに。さらに、展開した人形達が一斉に襲いかかってきた。
「ちぃっ!」
「魔理沙が行うであろう行為を積極的に」
「かつ物理的に」
『止める方法は、ただ一つ』
「面白い……やれるもんならやってみるんだな!」
『全力で叩きのめす!』
「恋する乙女だか何だか知らないが、この霧雨魔理沙さんの楽しみを邪魔したんだ。その罪、万死に値するぜ!」
閉じられた結界空間の中、凄まじい魔力の嵐が吹き荒れる。
三人の、強い力を持った魔法使い達の全力の激突。その結界がなければ、周囲の森が丸ごと消滅してもおかしくない威力を持つ術が連打され、結界がきしみ、世界が輝く――。
「何を買う予定なんですか?」
「え? えっと……」
さて。
そんな激闘が行われているとは知らない当事者達は、最初の目的地にしていた村へと到着していた。大勢の人々が、今日を生きる中、早速の美鈴の言葉に咲夜は沈黙する。元々、大した目的があるわけでもないのは周知の事実であるとして、
「えっと……」
こんな、何もない村に、これといった何かを買いに来ることすら滅多にない。大抵が、食材買い出しなどの類の用事であるため、そちらの用事をすませてもいいのだが、わざわざ美鈴に『休め』と言った手前、果たして力仕事までやらせていいものかと悩んでしまう。
「そ、そうね……とりあえず、歩きましょ」
「はい」
疑うことを知らないのか、はたまた、頑張る咲夜を微笑ましく思っているのか、美鈴は追求をせずについてくる。
「紅魔館メイド部隊、ナンバーZ! これより任務を遂行する!」
『こちら、ナンバーT! ナンバーZ、貴君の健闘を祈る!』
そして、そんな彼女たちに先駆けてこちらに足を運んでいたメイド部隊。何やら妖しい会話を交わした後、唐突に、ナンバーZと名乗ったメイドが用意を始めた。
物陰に隠れると、身につけていたメイド服をゼロコンマの早業で着替え、何やらおしゃれな衣装へと姿を変える。そうして、その物陰に隠しておいた風呂敷を担ぎ上げ、神速を疑わない速度で道ばたにそれを広げた。
そして、やってくるのは、
「あ、咲夜さん。あれ、行商じゃないですか?」
「あら、ほんと……」
何も知らない咲夜達。
彼女たちの目線は、すぐさま、売り物として広げられた、種々様々な貴石を扱ったアクセサリーへと向いた。どう考えたって、この村においてこんな行商露店はミスマッチなのだが、そこは彼女たちも女の子。それを気にする頭もあるのだが、それよりも目の前のものに目が向いてしまうのだ。
「いらっしゃいませー」
「……あなた、どっかで逢ったことない?」
快活な笑顔を見せるメイドZに、咲夜が訝しげな視線をいきなり注いでいた。その一言で彼女の顔はこわばるのだが、すぐさま、鉄の笑顔を浮かべて「いいえ、人違いですよ。ほら、わたし、この辺りを広く回っていますから。その縁で、どこかでお会いしたのでしょう」と華麗にごまかす。
なお、鉄の笑顔というのは、紅魔館で働くメイドが一番最初に教え込まれる奥義であり、どんな状況、いかなる状態であろうとも、潔癖な、それでいて美しい笑顔を見せるべし、という気構えのようなものだ。
「うわぁ、きれいなアクセサリーが一杯。
いいですねぇ、こういうの」
「どうですか、お客さん。お一つ」
「まぁ……確かに……いいものだけど……」
じーっと、咲夜の視線は広げられた品物に集中している。いつの間にか、彼女たちの周囲には、物珍しそうな瞳をした子供達も集まってきていた。彼らの視線の先にも、もちろん、メイドZの広げた品物がある。
「……高そうね」
「いえいえ、そんなことないですよ。これはうちの趣味みたいなものですからねー」
「趣味でこういうのを作れるなんて、よほど、腕がよろしいんですねー。羨ましいなぁ」
「いやいや。本当に趣味なんですよ。
こう……仕事の合間の息抜きに、ちょこっとね」
「そうなんですか~。お仕事、大変なんですね。どこかで家事手伝いでも?」
その一言に、メイドZの鉄の笑顔が崩れた。
美鈴は気づいた。間違いない。その瞳、そして顔は笑顔だが、確実にこちらの正体に気づいたのだ。一体、どうして? メイドZは狼狽するが、それをぎりぎりで表面には出さないよう、押さえ込み、「ま、まぁ、色々ですよ」と引きつった声でごまかす。
「咲夜さん、何か欲しいものありますか?」
「え? そ、そうね……。このイヤリングなんて素敵じゃない?」
アクアマリンとプラチナで象嵌された、小さなイヤリングが二つ。耳に穴を開けるピアスタイプではないため、体を傷つけることもない。メイドZの力量のたまものなのか、細かく、そして精緻に施された装飾の見事さは惚れ惚れするほど。
完全に、それに目が釘付けになっている咲夜を見て、ふっ、と美鈴が笑う。
「では、こちらをいただけますか?」
「え?」
「あ、勘違いしないでくださいね? 咲夜さん。
これは、私が欲しいんです。でも、私には似合いそうにないから、咲夜さんに貸すだけですよ?」
「あ、あの……」
かーっ、と顔を赤くして、そのまま顔をうつむかせる咲夜。メイドZは「ま、毎度どうもー」と引きつり笑顔のまま、美鈴の手にそれを載せ、代わりに代金を受け取る。ぼそっと、美鈴がつぶやいた。
「ご苦労様です」
「は、はひぃ……」
やっぱり見抜かれていたらしかった。
咲夜の手に、買ったイヤリングを、半ば押し付ける形で渡して、美鈴が去っていく。それを追いかけて咲夜がメイドZの視界から完全に姿を消した頃、彼女はようやく肩から力を抜いた。
「も、門番長、恐るべし……」
「ねぇ、お姉ちゃん。これ、僕にちょうだい」
「あたし、これがいいー」
「だ、ダメダメ。これは売り物なんだから。ちゃんと、お金とか持ってきてね」
その時になって、日頃、こつこつと作っているアクセサリーの大半が子供達の遊び道具になっていることに気づいて、メイドZは声を上げたのだった。
「さすがね……門番長。今のメイド長は、半ば以上、浮かれているというのに……」
「どうしますか? メイドマスター。私たちの護衛が気づかれてしまいましたよ」
「ええ……」
メイドマスターと呼ばれた、一同を率いるメイドは腕組みして考える。
視界の彼方に、幸せを満喫している二人を捕らえつつ、さて、どうするか、と悩む。別段、こちらに気づかれないことを想定していたわけではない。むしろ、気づかれることを当然として考えていた。
だが、それはあくまで、ある一定の条件が重なった場合でのこと。たとえば、こちらのドジなどである。可能な限り――いや、絶対に、こちらの素性が知られないように細心の配慮をなしているのだ。にも拘わらず、美鈴はそれを見破った。
「門番長の実力を侮っていたようね。
パターンの変更をするわ。各部隊に通達!」
「はっ!」
「……ふっ。メイド長、あなたに受けたご恩をお返しするためなら、たとえ火の中水の中。必ずや、あなたの心にご奉仕致します!」
ぐぐっ、と拳握りしめ、何やら怪しいセリフを叫ぶメイドマスター。一応、こんな輩だが、それなりに部下からの人望も厚い、いわゆるいい人なのである。とても想像は出来ないだろうが。
「次の予定は!?」
「はい! 次の予定は……休憩タイムです!」
「よろしい! ならば、速攻でその用意を調えなさい! ポイントはF-10よ!」
『了解!』
ざざっ、と木々をかき分け、メイド達が散っていく。
部隊を最前線へ、と指示するメイドマスターに従い、紅魔館メイド部隊の司令部もまた移動を始めた。咲夜達に気づかれぬよう、可能な限り遠くから彼女たちを監視できるポイント――上空へと移動していく。
そして、その時。
「……はっ!」
メイドマスターの目が、災厄の源を、さらに一つ捉えた。
「まずい……! あれは天狗よ!」
「えっ!?」
「ちぃっ……抜かったわ!
魔法使いの方をパチュリー様が押さえていてくれているからと言って油断したか……!」
メイド達の鉄壁の防衛網をかいくぐるように、いつの間にか、文が咲夜達に接触するもう少しの所まで接近していた。恐らく、こちらの目が届かないよう、超低空飛行で近づいてきていたのだろう。そして、勝負をかけるべく、全速力での行動を開始したと言ったところか。
「前線部隊、メイドB隊へ通達! 天狗を撃墜せよ!」
「無理です、あの足の速さには追いつけません!」
「これ以上、近づけば咲夜さま達に見つかってしまいます!」
「無理などと言う言葉は紅魔館メイド部隊にあってはならないわ! 何としても……!」
司令部に緊張が走った、その時。
「あれは……!」
メイド達の前に、奇跡が舞い降りる。
空を行く天狗の前に、さらなる上空から舞い降りる赤い影が一つ。
「……レミリアさん……!」
メイドを一人、そばにかしずかせた、紅魔館館主レミリア・スカーレットである。
彼女は悠然と、その場に翼を広げて佇んでいた。
「ごきげんよう、レミリアさん。今日はいいお天気なのに外出ですか」
「ええ、そう。不健康の極みだと思うわ」
「本来ならば逆なのですが……ね。
ところで、本日は、私も用事があるんですよ」
「そう。わたしもよ」
「それでですね? そこに立っていられると邪魔なので、出来ればどいてほしいかなぁ、なんて」
片手に握ったカメラをちらつかせ、文。当然、そんな脅しに屈するレミリアではない。悠然と笑いながら、その場でちんまりとした腕を組むだけだ。
「今日は、何だかあなたの邪魔をしたい気分なの」
「どんな気分ですか、それは。本当に、幻想郷には気分屋が多いですね」
「あら、いやだ。ほめないでちょうだいな」
「そう言う図々しさも、幻想郷では一級ですよ」
ぎらりと文の瞳が光る。
一瞬の間にレミリアの横を駆け抜けようとして――刹那の間に追いつかれる。ちっ、と文は舌打ちした。
「幻想郷最速であるとはいえ、瞬間的な速さでは、わたしもあなたに負けてはいなくてよ」
「短距離走なら、お互い、どっこいどっこいといったところでしょうか」
「そういうこと」
その二人にさりげなくついて行っているレミリアの傘持ちメイドは、色んな意味で侮れなかった。
まぁ、それはともかくとして。
「どいてください」
「嫌だと言ったら?」
「そうですね……実力行使、といったところですか。
古来より、偉い人が言っていました。自分の信じた道を行け。邪魔をするものは実力で排除せよ、と」
「好戦的なのね。どんな偉い人なのかしら」
「少なくとも、レミリアさんよりは徳が高いと思いますよ」
「あら、そう」
レミリアの瞳が鋭さを増し、片手の爪を赤く光らせる。文もまた、全身から妖気を噴き出し、臨戦態勢を取った。二人の間に一触即発の空気が漂い、ぴんと空間そのものが張りつめる。
先に動くのは、どちらか。
永遠とも刹那ともつかない夢幻の中、ゆっくりと、レミリアの指先が動いた。
――来る。
それを悟った文が攻撃を仕掛けようとする。だが、案に相違して、レミリアの指先は自らのスカートのポケットへと降りた。
彼女が何をするのか、文が訝しんだ瞬間、レミリアが痛烈な一撃を放つ。
「永遠亭の表の主、八意永琳の艶やか寝姿写真!」
「そっ、それはぁぁぁぁぁぁっ!?」
ずばぁっ、と取り出されたのは、当人の寝姿を一枚のフィルムに収めたものだった。
恐らくは、真夏の暑い夜だったのだろう。うっすらと汗をかいた白い肌が暗い夜によく映える。薄手の布団をはねのけて、何ともなまめかしくも色っぽい姿の永琳の写真。服の袷が乱れており、そこから肩のラインに従って肌が照り映え、豊かなふくらみも半分以上が露出している。裾の部分からは大胆に投げ出された美しい足を拝むことが出来、大胆かつ繊細な下着に隠された魅惑のゾーンも確認することが出来た。
「あっ、あぁぁぁ……!」
「ふふふ……どうかしら? あなたが大人しく引き下がるというのなら、これをあげてもよくってよ?」
「あぁぁぁぁぁっ!」
文が絶叫し、頭をかきむしった。
デバガメ根性が刺激されまくってしまったのだ。もうずっきゅーんと。クリティカルだ、グレイズ出来ません!
「で、ででですがっ! 私の目的は咲夜さん達をこのフィルムに収めること! そ、そんな誘惑など通用しませんですますよっ!?」
口調がおかしい上に嫌な汗をだらだらとかいて、まるで禁断症状を発症している患者のそれの文が全力で叫んだ。
「あら、そう。それでは……」
さらに、ポケットごそごそ。
続けて、
「リリーホワイト&リリーブラック、禁断の花園乙女の温泉風景っ!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
ドッギャァァァァァァァァン! な破壊力だった。
健康な笑顔と裏腹の豊満な肢体を隠そうともしないリリーホワイトが、リリーブラックにじゃれてる写真。そのブラックは、その普段の姿からは想像もつかないくらい、幼さがまだまだ残る肢体ながら、いつになく女性の姿を描き出し、うっとうしそうにホワイトを振り払おうとして、見事に隠すべき場所が全開になってしまっている。
かてて加えて、二人のその姿。羽っ娘のお風呂シーンというものは最強最悪の破壊兵器となりうるのである。
「ばっ、ばばばばばばばバカなっ!? それをフィルムに収めるなんて、かつて、伝説と言われた天狗ですら出来なかったことを!?」
「おほほほほほ。紅魔館諜報部隊の実力を甘く見ないことね。戦を制するものは情報を制す! わたしの放った密偵は、今や幻想郷全てを覆い尽くしている!」
つくづくプライバシーも何もあったもんではない発言だった。
文は、しかし、追いつめられていた。戦闘態勢などどこ吹く風で、全身をこわばらせ、さながらやばい薬を極めた直後のように目を見開き、ぶるぶると震えている。
「こっ、こここここの程度でぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ならば、極めつけと参りましょうか?」
にんまりと笑ったレミリア。
そして、最後の一撃が解き放たれる。
「さりげないファンの多いルナサ・プリズムリバーの着替えシーンだっ! 食らえぇぇぇぇぇぇっ!」
「ぐはぁぁぁぁぁぁっ! お、おいどんの負けでごわすぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
もう何人だかわからない。
ともあれ、取り出された写真はというとだ。
それは、ルナサの一瞬の仕草を収めた写真。姿見に自分の姿を映しながらショーツのラインを直すシーン。まさに一瞬の、決して撮影できない禁断の瞬間を撮影した最強の一枚だった。しかも黒でガーターだ。おまけに上下ともにレース。強烈すぎる。指先が布地と肌の隙間に入り込み、そっと、それを調える。この刹那を表しただけではなく、彼女が身につけているものの形や色すらを確認させることに成功したこの一枚は、まさに人類を明日へと導く一枚と言っていいだろう。
「ははぁぁぁぁぁっ!」
ついに文は屈服した。レミリアから受け取った三枚を後生大事に懐にしまいこみ、空の上だというのに器用に土下座をしてみせ、彼女の前に敗北を示したのだ。
「それでは、約束は果たしてもらうわね?」
「もちろんです! 金輪際、本日の一件は口にしないし記事にもしません! ええ、私は何も見ませんでした!」
「よろしい」
「あと、この写真は外には出しませんのでご安心を!」
「ええ。それがルールよ」
「それではっ! 私はこれでぇっ!」
やたら笑顔の文が、そのままくるりと180度ターンして飛び去っていく。「ちょろいもんね」と勝ち誇った笑顔のレミリアはつぶやき、その視線を背後へ。これほどの騒ぎが行われていたというのに、何でか咲夜達はこっちに気づいていなかった。
「ずらかるわよ!」
「はい」
あっという間に、赤い彗星となって消えていくレミリアの後を、ぴったりと、つかず離れずでついていく傘持ちメイド。やはりこいつも伊達じゃない。
――そして。
『……はぁ』
一人(?)、その場に残った文の遣いの烏は、小さなため息と共につぶやいた。
『ボク……悲しいですよ……文さま……』
色んな意味で、切ない一言だった。
「はい、咲夜さん。あーんして」
「あ、あ~ん……って、何でこんな事してるのよ!」
「え? おかしいですか?」
道ばたに、即席で作られた、メイド達によるメイド茶屋。もちろん、彼女たちはみんな変装しているため、咲夜はそれに気づいていない。っていうか、この状況を、普段の彼女ならおかしいと思うのが定石だろうが、今の彼女にそれに気づくだけの心の余裕はないのだ。
理由はと言うと、
「咲夜さん、甘いもの好きでしょ?」
「そ、それは好きだけど……って、だから! 何で私が食べさせられないといけないの!?」
「あーん」
「むぐっ」
怒鳴った瞬間、美鈴の手にしたあんみつが載せられたスプーンが彼女の口の中へ。
「美味しいですか?」
「……う、うん……美味しい」
「そうですか~。じゃ、私も食べよっと」
「……人を毒味扱いにしないでよね」
「毒味だなんて。私はただ、咲夜さんを一番に考えているだけですから」
その一言に、ぼむっ、という音を立てて咲夜の頭から湯気が噴いた。頭の上にやかんを載せたらお湯が沸きそうなくらい煮立った顔の彼女は、そのまま、八つ当たりのようにあんみつを平らげて「さ、さっさと行くわよ!」と美鈴をせき立てる。
「私、まだ食べてますから」
「だ、だったらさっさと食べなさい!」
「無理ですよー。さ、座って座って。
すいませーん。おまんじゅうを二つ追加してくださーい」
「こ、これからお昼ご飯もあるんだからね! 食べきれなくなるわよ!」
「大丈夫ですよ」
ね? と笑う美鈴の前では、咲夜の勢いもどこへやら。しどろもどろになりながらも、大人しく、腰を下ろしてしまう。
「……ふん。知らないんだからね」
「大丈夫ですってば。ほら、お茶、どうぞ。落ち着きますよ」
「……ありがと」
――なんだかんだで、こっちはいい雰囲気である。
「紅魔館メイド部隊ナンバーGからメイドマスターへ。咲夜さま、幸せそうです」
『よろしい。咲夜さまの幸せの確保が、我々の前提よ』
「はっ!」
『次の目的地への移動はすませているわ。あなた達は、咲夜さま達が出たらすぐに店じまいを始めて』
「かしこまりました」
「ああ……咲夜さま、かわいいわぁ……」
「美鈴さま……なんてお優しい……」
「ベストカップルよねぇ。ねぇ、今年の紅魔館ベストカップルはあの二人で決定でいいわよね?」
「甘いわね。私とお姉さまが一番よ!」
「あら、それを言ったら、私だって――」
「しゃらーっぷ!
あなた達、今やることは何!? 咲夜さまに尽くす事よ! そういう戦いは後で思う存分やりなさい!」
――などと。
幸せの裏側では、それなりに修羅だったり羅刹だったりするのが紅魔館クオリティなのだが。
次なる幸せポイントへと向かって、咲夜と美鈴が出発する。そして、彼女たちを追いかけるメイド達。その構図が確立される中、一人、佇む女がいる。
「……我が同志が二人もやられてしまうとは、ね」
困ったちゃん同盟最強にして最難関、八雲紫である。
メイド達の奮闘ぶりと、さらに横から飛び込んでくる実力者達の妨害に、彼女たちは完璧に手玉に取られていた。このままでは自分たちの敗北は確実――ならば、せめて一太刀は浴びせないと気が済まないというのが本音だろう。
だからこそ、彼女は困ったちゃん同盟最後の一人として行動を起こす。
「……私たちに敗北はない」
その一言だけ取ればめちゃめちゃかっこいいのだが、行動の動機はめちゃめちゃアレだった。
ともあれ、活動を始めた八雲紫を妨害できるものなどいない。あらゆるものを飛び越える力を持つ彼女にとって、いかなる物理も精神も意味をなさないのだ。
故に確実に、そして着実に彼女はターゲットへと近づいていく。咲夜達は、未だ、自らの背後に忍び寄った最強の敵に気づかない。そしてメイド達もまた、彼女の襲撃を予測していながら、しかし、対抗する手段を知らなかった。
あと、もう少し。
その手が彼女たちの背中にかかる、その距離にまで近づいた紫。その手が、静かに、ゆったりと、二人へと伸ばされる。
だが、そうは問屋が卸さない。
「っ!?」
唐突に、彼女の頭上から降り注ぐ数本の針。陽光を煌めかせ、輝くそれを見据え、紫の視線は上空へと向いた。
「させないわよ、紫」
「……霊夢」
――来た。
紫はつぶやいた。
幻想郷において、唯一と言ってもいいくらい、己に抗する力を持ったものが。まさか、こんな時にまで手を出してくるような人間ではないと思っていた。侮っていたと言い換えてもいい。
しかし、これが現実だ。
八雲紫という絶対者を前に立ちはだかる、もう一人の絶対者。
それは――、
「悪いのだけど、今回は、あなたにも彼女たちの邪魔はさせない」
「ふん……ずいぶんと寛容になったものね、霊夢。あなたらしくもない」
「そうね。そうかもしれない」
紫と同じ目線まで舞い降りた霊夢が、ふわりと自らの髪をかき上げる。
「だけどね、紫。人間というものには、最後の一線を踏み越えてはならないという倫理があるの」
「私は妖怪だわ」
「妖怪であろうとも、これ以上の暴挙は許されない」
「暴挙? 面白いことを言うのね。私の趣味のままに動くことのどこが暴挙だと?」
おもっきし暴挙だろ、とツッコミ入れたかったが、霊夢はそれをぐっとこらえた。
「この幻想郷には秩序が必要よ」
「それをあなたがなすというの? それは独善的な答えね」
「下らないと笑うなら笑いなさい。
だけど、人の幸せを邪魔していい権利などない」
霊夢の瞳が紫を見据える。
この目だ。この瞳だ。この瞳が、私をたぎらせる。細胞の一つ一つに至るまでをきしませ、ゆるがせ、同時に高揚させる。
素晴らしい。この視線が私を貫く、それだけで至上のエクスタシーを感じてしまう。
「うふふ……最高ね」
赤い舌がちろちろと唇をなめる。艶やかな色に輝く、彼女の妖艶な唇が動く。
「それで、霊夢? あなたは私の邪魔をするのね」
「そうね」
「聞くけれど、どうしてあなたが彼女たちに入れ込むの?」
「そうね……。博麗の巫女として、恋愛成就と安産祈願はお手の物」
「……安産って……」
いやいや、ありうるかもしれないわね。言うなれば愛の奇跡で。
とりあえず、その結論に辿り着いて、紫は「それなら」と続ける。
「そして、何よりも、美味しい食事とにこにこなお賽銭は、私の全て!」
「……そう。どうやら、話していても埒があかないようね」
本当に埒があきそうにないのだが。
しかし、紫は静かに霊夢と距離を取った。彼女の振るう腕が空間を引き裂き、そこに無数の力の残滓を残す。
「邪魔をするのなら容赦はしない」
紫の顔に亀裂が浮かんだ。
ゆったりと、緩慢な動作で彼女は戦いの祈りを導く。一撃が、幻想郷の空を切り裂こうとする、まさにその時。
「……あら?」
霊夢は回避行動に出ることなく、その場に棒立ちに――いや。
「……え?」
空の上だというのに、彼女は器用にぺたんと女の子座りした。一体何をするつもりなのか、紫が眉をひそめた、その時、致死量の一撃が叩き込まれる。
「紫は……私が嫌だって言うこと、しないよね?」
涙目。上目遣い。弱々しい女の子のセリフ。
これぞまさに。
「がふっ………………………!」
グレイズ不可のクリティカルだった。
一発でゲージ0まで削られた紫は、その次の瞬間、もう何というか『お母さん』な顔になって霊夢を抱きしめる。
「当たり前よ……あなたが嫌がることをするわけはないわ」
「……ほんと?」
「ええ、もちろんよ!」
ものすげぇいい笑顔で親指立てる。
幻想郷最強の隙間妖怪にも勝てないものはあったのだ。それが、この、博麗の巫女が時折見せる女の子らしい、かわいい、それでいて庇護欲と保護欲と母性愛がかきたてられまくる表情である。
「紫……私、嬉しいっ」
「うふふ……本当に、あなたはかわいいんだから……。もう、私の茶目っ気なのよ? 少しは、私を信頼してちょうだいな」
「うん……紫、やっぱり優しいね」
「ええ。私は幻想郷のお母さんよ。母親として、この世界を長く見守っていかなくちゃ」
もちろん、あなたもよ、と誰もが一撃で『お母さん!』と呼んでしまいたくなるような笑顔を浮かべる紫。
もう、この時点で彼女の目的は雲散霧消していた。咲夜達にデバガメするという目的どこへやら、今ではすっかりと、目の前の巫女を愛し、慈しむ事へと目的がシフトしてしまっているのである。
「ああ……霊夢、あなたは本当にかわいい……。やっぱり、あなたは、いい人に育てられないとね」
「うん。紫が……私を守ってくれるのよね?」
「任せなさい、霊夢。あなたに危害をなすような人は、みんな、お母さんが追っ払ってあげるわ」
ついに撃沈、陥落、そしてお母さん化してしまった八雲紫。
なお、この『お母さん化』という現象だが、昨今、幻想郷において報告されている生理現象である。またの名を、『お母さん症候群』。これを発見した八意永琳女史によると、『元々、母性愛に溢れている人及び妖怪が、何らかのきっかけで、その母親としての心を刺激されてしまった時に陥る状況。一種のアナフラキシー症状である』として説明がなされている。この状態になると、その人物は無敵になるのだという。だが、同時に、愛する対象を前にしたら途端にダメ人間になるのだとも。要するに、極めて局所的かつ限定的な諸刃の刃なのだ。
「ねぇ……紫。私、お腹空いたな」
「うふふ、霊夢ったら。でも、一杯食べる子は大きくなるのよ。
じゃ、帰ってお昼ご飯にしましょう。美味しいご飯、一杯作ってあげる」
「うん! 紫、だぁい好き!」
――博麗の巫女、恐るべし。
あの隙間妖怪すら『お母さん』へと変えてしまうその実力は、恐らく、歴代博麗の巫女最強であろう。彼女が巫女の立場にいる限り、幻想郷は永遠である。ああ、幻想郷よ、そして博麗の子供達よ、永遠なれ――。
――というわけで、困ったちゃん同盟はあっさりと壊滅したのだった。
ちなみに、一人、激突バトルを繰り広げていた霧雨魔理沙はと言うと、
「……おーい。反省したからそろそろ降ろしてくれー」
「ダメよ」
「そこであと半日はそうしてなさい」
紅魔館の屋根から逆さまにつるされていた。まぁ、戦闘の結末なんてわかりきっていたことだったのだ。
「魔理沙、何してるのー? つんつんー」
「えーい、ほっぺたつっつくなー! っつか、頭に血が上るー!」
「ねぇ、パチュリー。この、『絶対に消えないマジック』で顔にいたずら書きしましょうか」
「いいわね。ついでだから、この『触るな危険』の張り紙も張り付けておきましょう」
「わーい! フランもやるー!」
「わー、やめろー!」
教訓:人の恋路を邪魔するのはやめましょう。あなたの命に関わります。物理的に(標語:霧雨魔理沙)
「お腹空きましたねー」
「……そうね」
次なる目的地(と、咲夜が言っているだけで、実際は目的地などない)に向かって移動している最中、ぽつりと一言。時計を見れば、すでにお昼ご飯の時間を回っていた。
「そろそろお昼にしましょう」
目星をつけていたポイントへと、咲夜が、その言葉を聞いて先に飛んでいく。わざわざ、こういうところでも下見を欠かさないのがまめな性格というか、逆に可愛らしいというか。
ともあれ、二人がやってきたのは見晴らしのいい丘の上である。草原の上をさやさやとなでていく風がとても気持ちよく、幻想郷を一望することが出来る、まさに絶景の景観が拝める場所だ。
「……あれ?」
そして、そこに、なぜかベンチが一つと日よけのためなのか、一本の木がぽつんと生えていた。
「どうしたんですか?」
「あ、ああ、いえ、何でも……」
……あれ? あんなのあったっけ?
確か、少し前に下見した時には、あんなオブジェはなかったはずなのだが? そうやって首をかしげても、目の前の現実は変わることはない。現に、美鈴はすでに移動を終えてベンチの上に荷物を降ろしてしまっている。
……ま、いいか。
そう結論づけて、咲夜もその隣に座った。
「紅魔館メイド部隊ナンバーS。咲夜さま達を確認しました」
『よろしい。ナンバーS、速やかに撤退せよ』
「……どうやって?」
『……まぁ、何とかして』
そして、その木の上に身を潜めるメイドが一人。当然、この舞台をセッティングした立役者の一人である。しかし、どうやら、そこから離脱する手段までは考えていなかったようである。
「ほんと、お腹空きましたねー」
「まぁ、そう言うと思って。ほら、一杯、お弁当作ってきたわよ」
ここで、咲夜の隠し兵器、お弁当の登場である。
温かいものは温かいもの、冷たいものは冷たいものできちんとバスケットの中で色分けされているため、どれもこれもが実に美味しそう。そして、視覚効果に嗅覚効果も抜群だ。
「うわぁ、美味しそうですね」
「でしょ? ほら、お腹一杯……」
「で・も」
へっへー、と笑う美鈴。そこでようやく、彼女も背中の荷物を降ろした。
「じ・つ・は、私も作ってきてたんですねー」
「ええっ!?」
取り出されたのは、こちらは小さなバスケット。ただし、中身はと言うと、超豪華中華料理一式である。その片隅にはフカヒレスープまでが用意されていて、しかも全部が熱々。悲しいことだが、咲夜の料理より美味しそうだった。
「な、何でよ!?」
「何で……って……。誘ってくれたのは咲夜さんですから、私としては、その恩義に報いるために、と」
「で、でも……」
「まぁ、一人分しか作れませんでしたし。
これを、咲夜さんに食べてもらって、私は咲夜さんのお弁当をお腹一杯」
「た、食べきれる……の? こ、これ、二人分……っ!」
慌てて口許を押さえる咲夜。しかし、一度出てしまった言葉は引っ込めることは出来ない。
美鈴が、にこにこと笑っていた。完全に、この時、咲夜は己が手玉に取られていることを察して沈黙する。
「えへへ……。咲夜さんって、ほんと、かわいいんだから」
「……うっさいわね」
「それじゃ、咲夜さんの手作りお弁当、いただきまーす」
「……どうぞ」
「これ、私だけのものですからね」
「……うん」
顔を真っ赤にして、咲夜は美鈴から差し出されたお弁当に箸を付ける。とっても温かくて、優しい味だった。
「いい眺めにプラスして、美味しいお弁当があって。しかも咲夜さんも横にいる。私は幸せ者ですねー」
「……あのね、美鈴。言っておくけど、これは別に……」
「わかってますよ。別段、デートじゃないんですよね?」
「べっ、別に、デートだなんて……!」
「一緒にいてくれれば、私はそれで幸せですよ?」
その一言に。
ぽつりと、つぶやく。
「……一緒にいるだけでいいの?」
「それ以上の幸せを望むのは、またそれからで」
「ふーん……何か、あなたらしい」
「欲に忠実じゃないのが、私のいいところです」
えへん、と胸を張る美鈴。
確かに、そりゃそうか。思わず納得してしまってから、「一本取られたわ」と彼女は笑う。
「いい天気ね」
「そうですねー」
「こちら、メイドマスター。紅魔館メイド部隊、全隊に告ぐ。これにて我々の任務は終了、各自、撤収作業に入りなさい」
「……よかったですね」
「ええ……本当に」
楽しくおしゃべりをしながら昼食に弾む二人を見つめながら、メイドマスターは、つと、流れる涙をぬぐう。
「おめでとうございます……メイド長……」
「どうかしたの?」
そこに、唐突に現れるレミリア。ちなみに、傘持ちメイドは未だにひっそりとその場に佇んだままだ。
「ああ……いえ。
私は、以前から、レミリア様にお仕えしていたわけですが。正直、メイド長が入ってきた最初の頃は、『人間風情に何が』と思っていたわけです」
「ええ」
「だけど、日が経つに連れて、やはり、人物としての器の違いが出てくるものなんですね。
そのうち、いつの間にか立場は逆転してしまって。今では、私が気遣われる立場になってしまいました」
「それで、こんな事を考えたの?」
「一緒に仕事をしていくうちに、嫌と言うほどわかりましたし。それに、個人的にも、色々相談に乗ってもらったこともありました。
……それなら、恩義を返すのは今しかない、と」
果たして、それが成功したかどうかはわかりませんけどね、と苦笑。
実際、あの二人の関係がどうなったかなど、今の段階ではわからないし、これから先、進展しようが破局しようが、今回の一件がきっかけになるかどうかもわからない。
単なるお節介というものに見返りを求めてはいけないし、結果を求めることも必要ない。
「ただ……やりたいことがあったから、というのが正しいです」
「いいことね。そう言う部下が持てて、わたしは幸せよ」
「さすがです……メイドマスター……」
「まさに、私たちの理想のメイド像……」
目をハートにしたメイド達が周りを取り囲む中、速やかにメイドマスターは撤収作業を始めた。それに従い、メイド達が一人、また一人と帰路につく。
「メイド長。どうかお幸せに」
最後に一言、その言葉を残して。
撤退の最終確認をしていたメイドマスターも、静かにその場を立ち去ったのだった。
かくして、メイド達による『メイド長に祝福を』作戦は終わりを告げた。その二人の関係は、やっぱりその後も全く進展せず、つかず離れずのツンデレ展開だが、それでも少しだけ、ほんの少しだけではあるが、メイド長の顔に柔らかい笑顔が増えたような――そんな気がしたという。
ちなみに、メイド達の奮戦に気づいていた美鈴は、次の日、彼女たちに向けて最高の料理で彼女たちの苦労をねぎらったという。
こうして、めでたしめでたしで、それは終わりを告げた――のだが。
「次の方ー」
「……初めまして」
「あらあら。どうかなさいましたか?」
それからしばらく後、八意永琳医療相談所に、メイドマスター改め、本名、風雅が疲れた表情で訪れた時の一幕である。
「その……今の職場の人間関係に悩んでいまして……」
「あらあら。どうかなさったんですか?」
「はい。実は……」
『風雅お姉さまー!!』
「あぁぁぁぁっ! 来たぁぁぁぁぁっ!?」
「……あらあら?」
『風雅お姉さま親衛隊』と頭にはちまき締めたメイド達が唐突に障子ぶち破って現れ、彼女が全力疾走で逃げ出したと見るや、九十度ターンでその後を追いかけて突っ走る。いくつものハートマークと黄色い声が遠ざかっていき――ぽつりと、永琳は一言。
「恋を応援するもの。自らの恋には無頓着と言うけれど、本当ねぇ」
「いや、師匠。それ絶対違いますから」
「……配置転換願……」
「レミィ……どうするの? それ……」
「……………………………………却下」
「一体何があったのでしょうね。困ったものですわ」
あんたが原因だ。
紅魔館の館主とその友人は、内心で、憤りのセリフを漏らす従者に向けて声をそろえたのだった。
何となくのあふた~すと~り~
「……はぁ、もう嫌……」
一人、疲れ切った縦線を背負って紅魔館を歩いていく影が一つ。
数日前のツンデレデートで大活躍し、一躍、紅魔館での株を上げてしまったメイドマスターこと風雅である。
あれから毎日のように、「あ、あの、私のお姉さまになってください!」と愛の告白と同時にお弁当渡されたりラブレター渡されたり、ひどいときはお風呂の中にまで押しかけられたりして散々な目に遭っているのである。
メイドの内勤から、比較的、そう言う被害が薄いと思われる外勤部隊へと配置転換をお嬢様に願ったのだが却下され、毎日毎日の苦労の連続にすっかりと老け込んでしまっている。
「……私、目立つタイプじゃなかったのになぁ」
元々、風雅は、それほど目立つ女性ではなかった。確かに、メイドとしてのスキルは飛び抜けたものがあるのだが、基本的には『地味ぃ~』なタイプなのだ。メガネでロングヘア、どこにでもいる普通の『家政婦さん』という感じの見た目の女性だったのである。まぁ、バストサイズに関しては、紅魔館最強の門番にも匹敵するとその筋では有名だったが、それはさておこう。
「メガネを外すと性格が変わるって言うのが、こんなにもえらい目を招くなんて……」
はぁ、とため息。
――メイド長を応援しようと思った理由は簡単。彼女、その見た目に違わず、義理堅い性格なのだ。だから、普段から受けている恩を返そうと奮闘した。その際、メイド達全員の指揮を執るためにも、こんな引っ込み思案のいつもの自分ではダメだと思い、禁断の手段に手を出した。それが『メガネを外す』と言うこと。嘘のような本当の話で、彼女、メガネを取ると性格が変わるのである。引っ込み思案の奥手なお姉さんから、アクティブ全開ばりばりのお姉さまへと。
自分の変化を利用して、彼女は見事、メイド長への受けていた恩を返すことに成功した。
しかし、その結果がこれだ。
「……やめようかな」
日々の、メイド達の『ラブラブアタック』に閉口し、心身共に疲れている彼女の口から、ぽつりと出る言葉。
「……はぁ」
またため息を一つついて、歩いていく。
――時刻は深夜。寝る前の館内の見回りの最中なのである。一つ一つ、窓やドアの鍵を確認して歩いていく。彼女の日課の作業だ。ここから、続きは夜勤のメイド達へと引き継ぐのが紅魔館の一日のスケジュールである。
しかし、こんな時にでも几帳面な性格が出ている彼女は、『後は全部夜勤任せ』というのをよしとせず、きちんと全ての物事をこなしてから、というやり方をしている。そうであるから、あの一件以前からも、『頼りになる先輩』として大勢の後輩達から好かれていたわけである。
さしずめ、十六夜咲夜が一同のカリスマ的存在として先頭で引っ張っていくタイプだとしたら、彼女は、そんな華々しい表の役目をこなすものを陰からひっそりと支える縁の下の力持ち的立場と言うことだろうか。
「……あ」
開いていた窓を閉めつつ、ふと、足を止める。
そこから見えるのは紅魔館の門前。そこには二つの人影。
「メイド長……と、門番長……」
何やら、二人はそろって話をしているようである。人間ではない風雅にとって、目も、耳も、現状を理解するには十分な機能を有している。
「美鈴、これから夜勤?」
「はい」
日頃の、紅魔館で働くもの達のスケジュールを考えるのは咲夜の役目である。それなのに、そういう話の切り出し方とは。相変わらず、純というかウブというか。
「お疲れ様」
「はい、ありがとうございます」
「それで……その……もう秋口でしょう? 夜は寒いから、ほら」
「わぁ……」
本当にもう……メイド長ったら。
後ろ手に隠し持っていたものを差し出す咲夜に、微笑ましい視線を注ぐ。
「あったかそうなマフラーですね。ありがとうございます」
「べ、別に勘違いしないでよね! その……あ、あなたが風邪を引いて欠員が出来たら、シフトを考えるのが面倒になるだけなのよ!」
「はい、わかってます。倒れないように頑張りますね」
「……そ、そう。それならいいのよ、うん」
全く……。
どうして、こう、もっとそこで素直に「頑張ってね」と言えないのだろうか、あの人は。
恥ずかしがりなのは悪い事じゃないけど、度が過ぎると無粋ですよ、と。
風雅がそう思って、ちょっぴりとがめるような視線を送った後。
「……はい」
「これ?」
「中身、紅茶だから。あったかいわよ。
『まほうびん』って言うらしいの。しばらくは冷めないらしいから、寒いと思ったら飲みなさい」
「はい」
「……じゃ、また明日ね」
「お休みなさい、咲夜さん……って、これからお仕事ですか?」
「ううん。お嬢様も、最近は、妙に昼型だから。今は、フランドール様と一緒にベッドの中、じゃないかしら」
「そうですか。じゃ、お休みなさい、咲夜さん。よい夢を」
「ええ」
「……まぁ」
あの二人はあんな感じがちょうどいいのかもしれないな。
やったことに対して見返りは求めないと決めていた。そして、その結果がどうなろうとも、……悪い方向に進まないように尽力はしても、必要以上に手出しはしない、とも。
自然の成り行きに任せるのが一番。しかし、その成り行きに任せていたら、どうやっても進まない。それなら、ちょっとくらい、その『自然』にも動いてもらおう。そう思って、彼女たちは、今回、咲夜のために尽力したのだから。
「……私も頑張らないとダメかしら」
その後も、しばらく、楽しそうにおしゃべりをしている二人を見て、彼女は小さく肩をすくめ。そうして、窓を閉めて立ち去ったのだった。
翌朝、やはり疲れの抜けきらない顔で、彼女は一日の仕事に当たっていた。そんな彼女の背中に声をかける、小さな影が一つ。
「あ、あの……」
「何?」
かかった声に、にこやかに笑いながら振り返る。メイド一同から、『聖母の微笑み』として憧れの的になっている顔である。
「あの……その……風雅さま……」
「なに? えっと……」
「そ、その、ま、また、協力して欲しいこと、あるんです!」
いきなりの大声な一言だった。
は? と言う顔を浮かべて、しかし、すぐに意味を問いただすような眼差しを浮かべながらも、普段、後輩のメイド達に接する時のような優しい表情に戻って「どういうこと?」と訊ねる。
「あ、あの、も、門番隊の友達から聞いた話なんですけど……。め、メイド長が、門番長と、あ、秋のハイキングをするとかで……。そ、それで、その裏を支えようって話になってて……。
ふ、風雅さまに、一緒に頑張ってもらいたくて! そ、その……だから、やめないでください!」
「あ……」
その意味を問いただすより早く、顔を真っ赤にして、その可愛らしいメイドは走り去っていって閉まった。
しばし、そのままの姿勢で。そのままの姿で動きを止めて。
風雅は、ふぅ、と息を吐き出す。
「あんな子にまで心配されちゃうなんて……」
私ったら……ダメね。
――そう思った瞬間、なぜか笑いがこみ上げてきた。くすくすと、声を押し殺して上品に笑っていると、唐突に、ぽん、と肩を叩かれる。
「はい……って、メイド長! お、おはようございます!」
「おはよう、風雅。何だか楽しそうね」
「あ、ああ。いえ。申しわけありません」
「謝らなくていいわ。今日は、あなたにお願いに来たんだけど……それも必要ないみたいね」
「……お願い?」
「やめるな、って言いに来たのよ」
その一言に、ぽかんと惚けてしまう。
「あなたは優秀なメイドでしょ? 何と言っても、私から見れば、やはり先輩なのだし。
だから、あなたに任せておきたいことは結構多いのよ。……私と違って、メンタル面でもメイド達のケアが出来るのはあなたくらいだし。メイド長補佐として頑張る役目を与えたいのよ?」
それは……、といつもの引っ込み思案の笑顔を浮かべ、咲夜の攻撃をかわす風雅。かなわないわね、と苦笑する咲夜。
「……あなたには、みんなのお姉さんとしての立場が似合ってるわ」
「そんなことは……。
メイド長の方が」
「ありがとう。それから……感謝してるわ」
え? と声を上げそうになる。
一瞬、どくんと心臓が跳ね上がった。まさか、あのデートの時、私たちが陰からサポートしていたのが気づかれたのか、と。
しかし、案に相違して、咲夜は「あなたの性格も働きぶりも、ここには必要よ」と述べるに留まり、最後に一言、かつては見られなかった笑顔を浮かべ、言った。
「だから、頑張りなさい」
「あ、は、はい。ありがとうございます、メイド長。その信に応えるべく、これからも尽力致します」
「もう、堅いわね。まぁ、それがあなたのいいところよ」
じゃあね、と片手を振りながら、咲夜は去っていく。それを笑顔で見送り、風雅はつぶやいた。
「……頑張りますよ、私だって」
期待されたのだから。
それなら、頑張らないといけないではないか。
「メイド諸君! これより、十六夜メイド長と美鈴さまの『秋のうきうきハイキング』のプランを立案する!」
――メガネを外してアクティブになりつつも。
普段の自分を描くために。
かくして、メイドマスターは、仮面という新たな装備を手に入れたのだった。そして、その日以降、彼女に視線を注ぐメイド達の中に一つだけ特別な視線が混じったのだが――果たして、それに彼女が気づく日はいつになることやら。
「……恋を応援するものは自分の恋に無頓着、か」
「いきなりどうしたの、パチェ」
「ほんと、紅魔館は奥手が多いというか、鈍感が多いというか」
バカばっかりね、と何やら『これから面白いことが始まりそうだ』という色を言葉に含ませ、知識の魔女は、目の前の水晶玉に映し出された二人のメイドを見やったのだった。
そして表と裏のギャップが素晴らしい!
とりあえず幻想郷で一番駄目駄目なのが文ちゃんだってのを確信したwwwwwww
続きがとてもみたいです
そして功労者であるメイドマスターに最大級の賛辞を送りたい。
とりあえず僕としては咲夜さんや美鈴よりもメイドマスターに萌えたのですがこれいかに。
・・・うまァーー(゚∀゚)ーーーィ!
ベタ甘展開がメイド達の行動を、メイド達の行動がベタ甘デートを引き立てるっていうんですかッ!
しかし、メイドマスターに惚れた。( ´Д`)b
さて、今からレミリア様に写真をもらいに逝って来るよ
おし、次回作めっぱい期待。
…いや、相も変わらず怒涛な勢いとそしてエロさですね。
最高だぁぁぁ
うん、お疲れ様。メイドの皆様。
GJ!
マトモなのがアリスとパチュリーぐらいだwwwwwwwww
後美鈴かっけぇw
幻想郷一の困ったチャン=紅魔館メイド部隊
ということが良くわかった!
紅魔館のメンバーは、色んな意味で最強です。
ところで霊夢のお父さんになりたいのですがどこへ行けばいいのでしょうか
どうしてくれるんだ(褒め言葉)
ころしてでも うばいとる
いいぞどんどんや…って下さいお願いします
レッツ・紅魔館!!
しかしそんなダメ連中が演出してるはずなのに、全てにほのぼのと笑いが絶妙なブレンドでミックスされている。その技量に感服です。ご馳走様でした。
・・・文に渡された写真を見て、迷わず『ころしてでも うばいとる』の選択肢にカーソル合わせた人、手ぇ挙げて~♪
( --)ノ<師匠とルナサの写真は私が頂くっ!
とりあえずリリーの写真をください
もう胸が(゚∀゚)ノ キュンキュン!ですよ~wwwww
咲夜×美鈴のカップリングはいろいろ見てきたけどこれは別の何かを感じた。
そうだ、あれだ。
モンブラン並の甘さだ。
いつかは自分もこういうのを書いてみたいです。
表現、言葉使いなども含め、いろいろごちそうさまでした。
その写真、ぜひ焼き増しして下さい!1!
まさにGodJobッッッ!1!!
青い咲夜さんも可愛いけれど
天然ながらすべてお見通しの美鈴がかけるセリフに熱いものまでこみ上げました。
てか文ちゃんだめだwwwwwww
ぷはー!なんという癒し!凄い面白かった!むはー!
最高ですねw
咲夜もえw
何!紅魔館諜報部隊は化物か!?
シリーズ化して欲しいです。
『ツンデレメイド長と秋の空』
超読みてぇ!!
次回、『ツンデレメイド長と秋の空』
に、レッツ・紅魔館!!
待ってまっせ!!
霊夢の激変ぶりも良かったです。
最高!
ところで「人類を明日へと導く一枚」は貰っていきますね。
たぶん、傘持ちメイドの能力は
『誰かについていく程度の能力』だろう。