「十六夜メイド長、お一つだけ、お聞きしてもよろしいですか?」
「え?」
片手にベッドのシーツを何枚も抱え、一路、洗濯作業開始のために歩いていた彼女は、後ろから、そんな言葉によって呼び止められていた。
振り向いた先には一人の少女メイドの姿。確か、つい最近、ここにメイドとして就職してきたものだと言うことは記憶していた。あいにくと、名前の方はまだ憶えていないのだが。
「ああ、えっと……」
「いえ、私のことなど特に気になさらなくて結構です」
その相手は、端的に言えば、変な論理を展開する相手だった。
長く伸ばしたポニーテールをふさふさと揺らしながら、主に下方からターゲットを狙い撃つような鋭い視線と共に、彼女は訊ねてくる。
「メイド長は門番長と恋仲という話ですが」
「んなっ!? だ、誰がそんなことを!」
「そう言う話題を振った場合、そのような反応をすることはわかっていました」
顔を赤くして、全力で怒鳴る彼女をスルーするように言って、さらに、一体いつの間に装着したのか不明のメガネをぎらりと輝かせる。
「ずばり! ずばりお聞きします!
デートはもうなさいましたかっ!?」
「で、デートって……!」
「どうなんです!? さあ、さあ、さあ!」
圧倒的な迫力で迫ってくる。その圧迫感の前に、あの、『鬼のメイド長』として恐れられる女傑はたじたじになった。どんどん後ろに押されていき、最終的に、どすん、と壁際まで追いつめられる。
相手は、目をきらきらと輝かせていた。返答が楽しみで楽しみで仕方ない、と言う目つきだ。
――悟る。
そうだ。この目は、過去、何度も向けられた目だ。
いわゆる、『恋に恋するお年頃』ってやつだ。
「私、興味あるんです! 恋愛に! っていうか、恋と愛ってつく言葉全般に!
その中でも、メイド長と門番長は、ここ、紅魔館で突出していると聞きました! そりゃーもう、真っ昼間から人目も気にせずいちゃついているという話から、いやいや普段は冷たいけど、二人っきりになったらメイド長ったら門番長に膝枕してもらってるらしいわよって話とか、二人でお風呂でマッサージしあってるとか、もう色んなのを!
そしてそしてそしてっ!
女の子同士の禁断の、愛っ! 百合の花咲く、美しき禁断の地! まさにエデン! ファンタスマゴリア! そうじゃないですか!?
と・い・う・わ・け・でっ。
さあ、メイド長、教えてくださぁぁぁぁぁぁいっ!」
この時、彼女に取ることが出来る手段はいくつもあった。
一つ。時間を止めて逃げ出す。
二つ。時間を止めて抹殺する。
三つ。時間を止めてレミリアの部屋に叩き込む。
四つ。時間を止めて(以下略)
――しかし、それを実行することはかなわなかった。なぜかというと、
「そ、それは、その……べ、別に、美鈴とは……そんなことないのよ!? 全然、そんなこと、全くないの!」
と、今時、十歳の子供ですらやらないような反論を行うので精一杯だったからである。
「まったまたぁ。照れなくていいんですよ、もぉう。
メイド長ってば、て・れ・や・さ・んっ☆」
普段、こんな事なんぞやろうものなら蜂の巣は間違いないのだが、あいにくと、現在のメイド長にそれを実行するだけの力はなかった。
顔は真っ赤。言葉は意味不明。理解不能なわたわたとした動作をともなって。もう何というか、『初々しいわね』と言いたくなるような状態なのだ。
「ほ~らぁ、ね? 教えてくださいよぅ」
「い、いや、だからぁ!」
――と、メイド長が彼女によって足止めされている間に。
「いい?」
「ええ」
「こちらの準備はオーケーです」
「我々の力の全てを結集して」
「いざゆかん!」
『応!』
割れんばかりの轟音と言っても相違ない声が唱和し、ドアが開かれる。
『お嬢様!』
「はい!?」
その部屋の主、レミリア・スカーレットは、唐突な来客に混乱した。
何でかというとだ。
ずらっとメイド達が大挙して押し寄せてきていた。彼女の部屋に。総勢、百名以上が。
え? 何これ? ちょっと待って、下克上? マジで? 咲夜は何してたのよ、っていうか、このわたしを相手に下克上? いい度胸してるわね。とりあえず、一人当たり五秒で蹴散らすとして……でも待てよ? せっかくだから、連中のど真ん中に突っ込んで不夜城レッドとか華麗で美しくない?
よし、レミリア最強! これより実行に移す!
――と、わりかし本気でメイド達を蹴散らすことを考えていたお嬢様だが、そのお嬢様に向かって次に投げかけられた言葉は、以下のようなものだった。
「具申致します!」
「何かし……」
「是非とも、メイド長と門番長に休日を!」
「…………………はい?」
レッツゴー、レミリア。お前の未来はバラ色だ。さあ、突き抜けろ、飛び越せ、明日のために、モードに入っていたレミリアが前のめりにそのままぺちゃと倒れた。何とも愛らしい仕草に、『きゃーっ』という黄色い声が上がる。
ともあれ、それを無視する形で、レミリアが起きあがる。
続いて、彼女たちの言葉を吟味。
「えーっと……」
自分たちに休日をよこせ、というのならわかる。
だが、他の連中に――しかも、よりにもよってその二人に休日を渡せ、とは?
「……どういう意味?」
「はい!」
「それについては」
「こちらをどうぞ!」
ざざっ、と人垣が割れて、その奥から歩み出してくる二人のメイド。なぜか、片方は咲夜の、もう一人は門番長である美鈴のコスプレをしていた。
どうでもいいが、あんまり似合ってない。
「シーン1! スタート!」
どこから持ってきたのか、カチンコを鳴らすメイドの言葉に従って、彼女たちの寸劇がスタートする。
「ねえ、美鈴」
「何ですか、咲夜さん」
一応、口調などは練習したらしい。微妙な発音や発声の具合などに加え、声音も似せてある。さあ、お嬢様、椅子にどうぞ、と飲み物片手に促され、渋々、レミリアはそこに腰を落とした。
「その……最近、忙しいわね」
「いつものことですよ。それに、お仕事している咲夜さんはかっこいいですよ?」
「ばっ……! そ、そんなことはいいの!
そ、それよりも! その……美鈴、あなた、疲れてるんじゃない?」
「どうしてですか?」
「ど、どうして、って……その……」
『――ツンデレかつ純な十六夜メイド長。彼女の恋は、常に長く厳しいものでありました』
いきなりモノローグ入りました。
「そ、その……」
『……言えない。この頃、美鈴が、朝から晩まで門の前に立っていて、それで疲れているのに笑顔を浮かべている姿が痛々しいだなんて……』
「咲夜さん?」
「ちっ……か、顔、近づけないで!」
「はぅ~! 何で叩くんですかー!?」
……何この安い劇。
半分以上あきれながらも、お嬢様は、とりあえず、メイド達の努力はくむようだった。椅子の肘掛けに頬杖つきながらそれを眺める。
「わ、私はその……こ、紅魔館のメイド長よ! あなた達のスケジュールを管理する義務があるの! 休ませもせずに働かせるなんて、この私の労働へのポリシーが許さないわ!」
「ありがとうございます、心配してくれてるんですね。
でも、大丈夫ですから」
「大丈夫じゃないから言ってるの! だから、美鈴! いい!? 休みなさい! これは命令よ!」
「そう言われましても……。やっぱり、私じゃないと出来ないことが多くて」
『ああ、何と健気な言葉でしょう。仕事に忠実かつ、他人を思いやる性格の美鈴さまは、たとえ自らが疲労で倒れようとも職務を全うするつもりなのであります』
「……ねぇ、これ、いつまで続くの?」
「もうちょっとです」
あ、そ、と適当に返して、渡されたクッキーをぱりぱりかじる。
「ですから、咲夜さんのご心配は、本当に光栄です。ありがとうございます」
「ちょっ……! ま、待ちなさいよっ!」
『こ、こうなったら、休ませる口実をでっち上げるしかないわっ!』
「そ、その……め、美鈴! あ、明日一日、私に付き合いなさい!」
「え?」
「か、勘違いしないでね! そ、その……わ、私の仕事があって……そ、外に出ないといけないの! だから、あなたは私の護衛兼荷物持ち! いいわね!?」
「えっと……」
美鈴(役のメイド)は、少しだけ首をかしげて。
それから、にっこりと微笑んだ。
「出来ればそうしたいですけど……明日もシフトが入ってしまってますから。すいません」
「だ、ダメよ!
……わ、わかったわ。私がお嬢様に掛け合ってくるから。いいわね? 明日、絶対よ!」
言い捨てて、踵を返して走り出す咲夜(役のメイド)。それを見送る美鈴(役のメイド)。
そして、割れていた人垣が再び元に戻り、どこからともなく(誰が言っているかわからないという意味で)流れるモノローグ。
『ああ、なんと純真なのでしょう。こうして、十六夜咲夜は、愛する人のために自らに出来ることをなすために、一路、お嬢様の元へと向かうことを決意したのでありました――』
「…………………………で?」
『表題:ツンデレと天然』と名付けられた、親愛の情があふれてるんだかバカにしまくってるんだかわからない寸劇が終わり、レミリアはぽつりとつぶやく。
「そこで。
最初の話につながるわけです」
「ああ……」
なるほど。それで、ある意味では主語を取り払ったあの発言が出てくるわけか、と手を打つ。
しかし、レミリアは肩をすくめて、
「悪いのだけど、わたしにはいつも咲夜が必要なの。だから、あの子に休みを言い渡すことは出来ないわ。それでなくとも、明日は……」
「今夜の晩ご飯はハンバーグと、お食事の後にいちごたっぷりのショートケーキをご用意致します」
「うぐっ……!」
沈黙。
心が揺さぶられる一言だった。「当然、ハンバーグは美鈴さま手作りのレジェンドハンバーグです」と後押し。レジェンドハンバーグって何だ、と疑問に思う諸兄のために説明しておくと、口では言い表せないほどのうまさを誇る、まさに伝説級のおいしさを持ったハンバーグである。紅魔館レストランサービスで一番の目玉かつ、販売が一日十食限定と言うことで鬼のような人気を誇り、当主であるレミリアですら滅多に口にすることの出来ない幻のハンバーグなのだ。
「そ、それは……!」
「スープは特製コーンスープ」
「くっ……!」
「付け合わせのお野菜からはピーマンを抜くよう、厨房のものには、すでに言い伝えてあります」
「うぐぅ!」
「極めつけと致しまして、明日の朝食の後には、黄金桃を用意してあります」
「……わかったわ」
お嬢様、撃沈。
「……だけど、一体どうして、それであなた達がわたしに嘆願してくるのよ」
理解できないわ、と言わんばかりの一言。
それはですね、と説明役なのか、なぜかぐるぐるメガネをかけたメイドが歩み出してくる。
「紅魔館は、基本的に、恋愛は御法度です」
「え? そうなの?」
一体いつの間に決まったんだ、そんなローカルルール。
だが、言わんとすることはわかる。要するに、職務に精を出すために、浮ついたことには手を出すな、ということなのだろう。
「その中であって、あえて禁忌を破ったメイド長。しかし、彼女は恋愛のイロハを全く知らず、ほとんど場の勢いだけで物事をなしてしまいます」
「あそこまで、普段は冷静で計算高いメイド長も、いざ、色恋沙汰を前にしては一介の少女」
「そこで、私たち、人生経験豊富なもの達がメイド長をサポートするのです」
「普段の恩返しと言っていいでしょうか」
「十六夜メイド長は、事、恋愛に関しては、ここに入ったばかりのメイドにすら劣る純粋少女」
「故に」
「我々、紅魔館メイド部隊は!」
『十六夜メイド長の恋を全力で応援します!』
まるで街頭演説のような節を混ぜながら語る彼女たち。
その言葉はわからないことはなかった。はぁ、とため息をつくレミリア。
「当日のスケジュールに関しましては、すでに我々の方で決定済み」
「これを、後は十六夜メイド長に刷り込むのみ」
「デートラストは星空の見える丘の上でキスまで、すでにルートが決定してあります」
「フラグ立ても完璧です」
「そこで、最初のフラグである、『お嬢様から許可をもらう』ルートの開拓をしなければなりません」
何言ってるんだかさっぱりだった。
フラグって何だ。旗か。何で旗立てが必要なんだ、恋愛事に。
っていうか、今の恋愛って、もしかしてわたしの知っている恋愛より突き進んでいるのかしら。思わず首をかしげるお嬢様に、メイドが一人、言葉を続けた。
「よって。
どうかお願いします」
「……ああ、もう、わかったわかった。わかったわ」
「ありがとうございます」
「つきましては、お嬢様」
「はい?」
「十六夜メイド長が好きですか?」
「好きだけど?」
「十六夜メイド長はかわいいですか?」
「かわいいけど」
「十六夜メイド長を応援したいですか?」
「してもいいけど」
『よろしい、ならば我らが同志だ!』
「ちょっと待て!」
いきなり声をそろえたメイド達が、『十六夜メイド長を応援する会』と書かれた法被をレミリアに着せてきた。そして頭に『メイド長ファイト!』と書かれたはちまき締められそうになって、慌ててクレイドルかましながら離脱する。
「な、何するつもり!?」
「当日、恐らく、邪魔が入ることでしょう」
「ここ、幻想郷には、知りたがり、ちょっかい出したがり、からかいたがり、など」
「多くの厄介な『たがり』がうようよしています」
「当然、彼ら、彼女らを実力排除しなければならない場合があるはずです」
『そこで、お嬢様の実力が必要なのです!』
「その、愛らしい姿に似つかわしくない圧倒的な実力!」
「まさに冷徹冷酷残酷な吸血鬼!」
「え? えへへ……そ、そうかしら?」
「お嬢様を前にすれば神すら萎縮し!」
「その神々しいお姿は、月すら恐れをなす!」
「と、当然よ。わたしは夜の王、レミリア・スカーレットなのだから!」
「この幻想郷において、右に出るものなどいない、圧倒的な高貴かつカリスマに満ちあふれたお姿!」
「愚民どもよ、崇め、讃えよ! 我こそはレミリア・スカーレット。夜を統べる闇の貴族なり」
「うふふふふ、そうよ、その通り。わかっているじゃない」
「そんなレミリア様には、是非とも、今回の一件についてご協力願いたいのです!」
「よろしい。わかったわ。どんなことでも、このレミリアに任せなさいな」
お嬢様、さらに陥落。
どうやら、おだてとよいしょに弱い性格だったらしい。
それを理解して、レミリアの性格を責めるこのメイド達、意外に侮れないのかもしれない。
「では、お嬢様。これよりメイド長が参ります。許可を下すことと、その後は、私たちとの連携を」
「任せなさいな。わたしが協力するのだもの、大船に乗ったつもりで!」
「さすがはレミリア様!」
「紅魔館を統べる王たる器です!」
「おーっほっほっほ! そうよ、そう! さあ、もっと褒め称えなさい!」
一体どこの新興宗教だ、というツッコミにプラスして、『レミリアって結構単純なのね』と誰もが言いそうな光景が、それからしばらくの間、続いたのだという。
「なぁ、パチュリー」
「何かしら」
「何か、館の方が騒がしかったんだが、ありゃ一体何だ」
それから少し時を置いて、ヴワル図書館に、いつも通りの招かれざる珍客が現れていた。
紅魔館レッドナンバー、霧雨魔理沙である。そしてそのそばには、アリスも座っている。なお、魔理沙は紅魔館においては歓迎されざる存在だがアリスは別だ。彼女の場合、魔理沙と違って、基本的にはルールに則る紳士的な一面を持っている。きちんと手続きを踏んで、彼女はここにいる。魔理沙はいつも通り、門番隊を蹴散らしてきたのだが。
「さあ」
そして、図書館の主は、ここからほとんど外に出ないため、一体何が起きているのかを察する術を持たない。
当然の如く、愛想のない返事をされるだけだった。
「何だろうな」
「確かに、ずいぶん盛り上がっていたわね」
「まぁ、大方、レミィが何かわがままを考えついたのでしょう」
「ふぅん……」
「なぁ、小悪魔。お前、何か知らないか?」
「そうですねぇ」
一同の元に紅茶と魔界ケーキなる物体を運んでいた小悪魔は、それをテーブルの上に並べながら声を上げる。ちなみに、魔界ケーキとは、単なるチョコケーキだ。
「何でも、明日、咲夜さまと美鈴さまがデートなされるそうですよ」
「あら、そうなの?」
「へぇ~……デートか」
夢見がちなところのあるアリスが、早速、どこかうっとりとしたような表情を浮かべている。そのそばで、『シャンハーイ』『ホラーイ』と人形達が騒ぎ始めた。
「また唐突な話ね」
「最近、美鈴さまのお仕事が増えて大変そうだから、それを心配した咲夜さまが声をかけたそうです。もっとも、美鈴さまはあの通り真面目な人ですから、ただ、『休め』と言っても休む方ではなくて。そこで、咲夜さまも適当な理由をでっち上げて、休日を促したとか」
「それでデートなのね。まぁ、妥当かしら」
ぱらぱらと本のページをめくって、「これの続きを持ってきて」と彼女に言うパチュリー。小悪魔がその場を去ってから少しして。
「……へぇ」
にんまりと、魔理沙が笑った。
「デートかぁ。何するのかしら」
「あの二人のことだもの。どうせ、いつも通り、子供のじゃれ合いみたいなことで終わるんじゃない?」
「あら、そう? 私はそう思わないなぁ。
案外、もう、何て言うの? 終着点まで! きゃー」
『きゃー』の意味がよくわからないが、ともあれ、アリスが乙女モードに入ってしまったようだった。頭の中で何を考えているのか不明だが、体をくねくねとさせたりして、傍目から見ると結構不気味だったりする。
「へっへっへ、そいつはまぁ……。ふーん」
そして、邪悪な笑みを浮かべるのが一人。
「……魔理沙、何するつもりなのかしら?」
そんな彼女をジト目で見つめるパチュリー。その視線の威圧感もともなって、それなりの迫力がある。
「決まってるじゃないか」
当然、それに恐れをなすような人間ではない。傲岸不遜何のその、な魔理沙は堂々と腕組みしながら、
「からかいに行くんだよ」
――メイド達の予想通りの一言を言ってくれた。
「たとえばだ。あいつらが昼飯とかしてるところに乱入してだな、こう……」
悪巧みを語ろうとする魔理沙。
しかし、彼女のセリフはそこで止まる。
「魔理沙」
「あなた、それって最悪よ」
がたん、と椅子を蹴倒す勢いでパチュリーとアリスが立ち上がったのだ。その視線は、今まで一度も見たことがないくらいに熱く激しい。
「へっ?」
「よりにもよって」
「人の初デートを邪魔するなんて」
『最っ低……!』
「ち、ちょっと待てお前ら! な、何か勘違いしてないか!?」
「パチュリー」
「ええ、アリス」
「このお邪魔虫に」
「思い知らせてやりましょう」
ばちばちと、二人の掌に魔力の塊が収束していく。真夏の太陽を思わせるような光を放つそれを見て、魔理沙の顔色がさっと青くなる。
「人の恋路を」
「邪魔する奴は」
「お、おい!? 何か相手を間違って……!」
『馬に蹴られて地獄に堕ちろっ!』
「きぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
爆音。轟音。地響き。そして土煙。
「また魔理沙さんがよけいなこと言ったみたいですねー」
今し方、パチュリーから頼まれた本を見つけ出した小悪魔は、もうもうと、視界の向こうで上がっている煙を見て肩をすくめたのだった。
「ねぇ、霊夢」
「何かしら、レミリア」
さらにそれからしばらく後。
夕刻を迎え、辺りが茜色に染まる頃、レミリアは博麗神社を訪れていた。彼女らしくない、しっかりとしたアポイントを取っての来訪である。
傍若無人を地でいっている輩の紳士的な態度に、最初、霊夢は大層面食らったのだが、相手がいかにもしっかりとした表情と口調で申し出てきたのを前に、とりあえず話でも聞いてやろうか、という姿勢を見せている。
「あなたを、幻想郷における数少ない常識人と見込んで頼みがあるの」
「……そう言う基準で人を……って、いや、光栄だわ、ほんと」
考えてみれば、幻想郷って変な奴多いよなぁ、目の前の奴含めて。などと思ってしまった霊夢は、何とも言えない微妙な笑顔を浮かべる。
レミリアは、差し出されていた出がらしのお茶をずずーとすすった後、
「明日、咲夜と美鈴がデートをするの」
「へぇ。そりゃまた意外ね。
あの二人のことだから、このまんま、ずーっと続くじれったい関係だと思ってたのに。どっちが言い出したの?」
「咲夜よ」
「それは意外。ま、どうせ、あることないこと適当にでっち上げて、なんでしょ?」
さすがは勘の鋭さだけは特一級の巫女。こちらが言わなくとも、そこら辺の事情は察しているらしい。
話が早い、とばかりにレミリアはうなずいた。
「ええ、そうよ。
それでね、霊夢。恐らく、今回のデート、かなり困難なものになるわ」
「……何で」
「ここが幻想郷だからよ」
「なるほど」
その一言で即座に納得してしまえるほどの幻想郷に幸あれ。
「わかったわ。それで、私に何をして欲しいっての?」
「端的に言うのなら、咲夜達の護衛かしら」
「私が?」
「ええ。あなた以外で信用できる相手というのが、実は見つからないの」
「うーん……。
たとえば、藍……いや、身近にいるのがやばすぎるか。それなら妖夢……さらにやばいわね。ウドンゲ……いやいや、サギ兎……。映姫……は、仕事があるから離れられないし……。慧音……うーん……あいつはそれ以外のことが忙しいし……」
考えれば考えるほど、自分以外に適任がいなかった。
何だかむなしい。あまりにもむなしすぎる。
――ともあれ、その考えを払拭せねばなるまい。霊夢は、一度、思考を切り替える意味で瞳を閉じてから深呼吸。
「……で? それをやったとして、私に何かメリットは?」
と、言うのだが、実はこれは単なる冗談である。
メリット……というか、霊夢もきちんと女の子。恋愛事には興味がある。その恋愛事の真っ最中の相手を祝福するという意味で、無条件に今回の一件は引き受けようと思っているのだ。それに、あれほど前に進まないカップルが、思い切って足を踏み出したという段階で意義がある。それを祝福せずして何の巫女か。
そう思っている霊夢を前に、レミリアは、ぱちん、と指を鳴らした。
すると、障子や襖が引き開けられる。現れたのは数人のメイド達。彼女たちは、手際よく、足の低いテーブルへと豪奢なテーブルクロスをかけ、手に持っていたものを次々とそこへ並べていく。
「どうぞお納め下さい」
数秒の間に、超豪華なディナーがテーブルに鎮座していた。
「紅魔館特製ディナーコース。普通に頼めば、一食三十万は下らない」
「こ、これは……これが伝説の……!」
「さらにこれから一ヶ月の間、無償のデリバリーサービスに応じるわ」
そして、とレミリア。
彼女の言葉を受けて、一人のメイドがつつと霊夢に歩み寄った。彼女のポケットから現れたのはのし袋。受け取ったそれを開いて、霊夢は驚愕した。
「依頼料、五十万」
「さ、札束……! 札束っ!? こ、こんなものを生きている間に見られるなんて……!」
「さらに、成功報酬五十万を用意しているわ」
「……ふっ。そうね。
わかった……わかったわ、レミリア! この私、博麗の巫女が全面協力する! 何が何でも成功を導いてやるわ! 恋愛成就もうちの御利益の一つだしね!」
「そう言ってくれるとありがたいわ」
「……で、食べていい? 冷めちゃったら美味しくないし……」
「冷めても美味しい、がコンセプトよ。
だが、しかし。熱々のうちに食べればさらにうまい」
「いただきまーす!」
博麗霊夢、籠絡完了。
これで彼女が途中で裏切ったり敵に回ったりすることはないだろう。義理と人情、そして適当な報酬。これが加わった物事を捨てるほど、霊夢は人間が出来ていないわけではないのだから。
今、レミリア達は最強の味方を手に入れたのだ。
――そして。
「ふっふっふ……スクープの予感ですよ……」
幻想郷の生きる迷惑がここに一つ。
天狗の耳は天狗耳。どこでどんなに声を潜めたひそひそ話がなされていようとも、それがネタとして使えるのならば必ず拾い上げる。
そんなはた迷惑なスキルを活用しまくる天狗の記者が、ここに一人。
「あの十六夜咲夜さんと紅美鈴さんの初デート……! これはフィルムに収めないわけには参りませんね……」
くっくっく、と邪悪に笑う彼女。
すでに彼女の脳内には、それをネタとして取り扱った新聞の見出しが出来ていた。
『紅魔館純愛カップル お忍びデート』
――センスの欠片もない見出しだが、これでも彼女の精一杯なのである。
「たとえどんな邪魔が入ろうとも、この射命丸文の邪魔が出来るとは思わない方がいいですよ……くっくっく……」
「その話、詳しく聞かせてもらおうかしら」
そして、幻想郷の生きる災厄が降臨する。
唐突に現れた不気味な、空間の亀裂。そこから現れたのは、文に負けないくらいの怪しい笑顔を浮かべる、幻想郷最強の要注意人物。見つけたら巫女に通報しろ。無理だったら弾幕ぶちこめ。それを標語として受け取っている八雲紫である。
「ええ、この手の話……必ずや、紫さんが現れると思っていましたよ」
「あら、私はデバガメではないわ」
「でも、やっていることは変わりませんね」
「それなら、あなたもそうね」
「私の場合は、崇高なる記者精神に基づいた取材ですから」
ものは何でもそうだが、とにかく言いようである。
つくづく、それを思わせられる一言を臆面もなく放った文は、手にしたペンをぐるりと回し、びしぃっ、とメモ帳にそれを書き記す。
『必ずや、素晴らしき記事を!』
誓いの言葉みたいなものだろうか。
「いいですか、紫さん。今回の一件、恐らく、想像以上の難易度を誇る戦いになると思われます」
「恐らくは、ね。
霊夢が敵に回るだけではなく、恐らくは、あのレミリアも……」
「さらには紅魔館全てを相手取らなくてはなりません」
「大丈夫よ。うちには藍がいる」
「んなもの手伝いません」
「………………」
わざわざ律儀に、開いたままの隙間の向こうから藍の声。憮然としていた。まぁ、当然だろうが。
彼女もまた、幻想郷に、本当に数少ない常識人なのだから。
「……えーっと」
「じゃあ、幽々子さんなんてどうでしょう。彼女の神出鬼没さと実力は我々の力になります」
「それがねぇ」
「……どうしたんですか?」
「妖夢が夏風邪引いて寝込んでるらしいの」
「あちゃー……」
「その流れで、幽々子は今、永遠亭にかかりっきり」
「と言うことは、我々は孤立無援と言うことですね」
絶対的に言葉の使い方を間違っているのだが、こやつらに、その辺りについて修正しよう、や、そもそもそう言う考えを改めよう、などという殊勝な事は思いつかないだろう。絶対に。
「ええ、その通り」
――ほらビンゴ。
「やはり、我々でやるしかないようですね」
「ええ……だけど……」
「――その勝負、私も混ぜてもらうぜ」
夕刻の空に、その服の色は映える。
「おや、魔理沙………………さん?」
「何で疑問形なんだよ!」
「いえ、何というか……」
全身真っ黒焦げの物体がふわふわ飛んでいる。金髪部分と、すすけた色を携えるその顔と、あと声くらいしか判別要素がないのだから。
「パチュリーとアリスにひどい目に遭わされたぜ……」
「……まぁ、ご愁傷様です」
「まぁ、そういうわけでだ。
こいつは、私にとっても意趣返しだ。絶対にあいつらからかってやる」
「やるなと言われると燃えるわよね」
「わかってるじゃないか、紫」
さすがは幻想郷の困ったちゃん。そう言うところは、色々と共通しているらしい。
共通している段階で、こいつら色々とダメ人間なのだが、恐らく、それについて当人達が気づくことは一生あり得ないだろう。
「……さて、魔理沙さん? を得て、我々の実力は上がりました」
「疑問形やめろ」
「そうね。魔理沙? がいれば、当社比、100%増しの実力が加わったと言えるわ」
「お前も疑問形やめろ」
「これから作戦会議にしましょう。今度の敵は強大です」
真っ向からぶつかれば、間違いなく、戦いは厳しいものになる。搦め手を用意しなければ。
力ずくでぶつかり、そして同時に伏兵を用意し、さらには背後を攻める。動と静、柔と剛を同時に使う戦い方が必要になるのだ。
「頑張りましょう」
「ええ。そして――」
「私たちの目的達成のために」
互いに手を重ね合い、ここに、『幻想郷はた迷惑三銃士』が結成された。
元々の三銃士が草葉の陰で泣くどころか丑の刻参りしそうな顔ぶれだが、一応、これでレミリア達にとっても脅威となる勢力が誕生したわけである。
この戦い、両者にとって、恐らくは死力を尽くした激突となるだろう。
「頑張ろうぜ、文、そして紫」
「ええ、やりましょう。紫さん。魔理沙? さん」
「当然よ、私たちは一心同体なのだからね。文、そして魔理沙?」
「だから疑問形やめろって言ってんだろしまいには泣くぞちくしょう」
「着ていく服は……これ……かな? それともこっち……?」
そんな、様々な思惑が絡む中心にいる人物にとって、その日の夜は平穏なものだった。
姿見に自分を映しながらの一人ファッションショー。女の子が必ずやることである。
「……清楚なワンピース……って、私に似合うかしら?」
彼女、十六夜咲夜は、普段の自分の印象とは、極めて正反対を突き抜ける衣装を前に首をかしげていた。
美しい空色のワンピースを胸に当て、すぅっ、と息を吸う。
「……よし!」
これで行くことに決めたらしい。
さらには、肩掛けのハンドバックや、もうそろそろ秋も本番とは言え、外を歩くのだから日焼け対策としてつば広の帽子をかぶり、歩きづらいが、何となく以前から『履いてみたいな』と思っていたハイヒールを身につけ、装備完了。
「うん……完璧」
つくづく、女の子である。
やはり、世の中、普段はそうと見えない人間ほど、実は一番そうであるという法律は正しいものであるようだった。
かくて、十六夜咲夜は用意を完了し、気合いを入れる。
「明日は早起きして、お昼のお弁当を作って……晩ご飯とかどうしようかしら……。
ああ、でも、出かけるって理由があるのよね……どこ行こう……」
しかし、彼女が眠ることが出来るのは、まだまだ先になりそうだった。
今度はベッドの上に腰掛けてスケジュール帳を広げる。一分の隙もなく、完璧に。それこそが、完全で瀟洒たる自らの役目であると。
ちょっと方向性は違うのだが、なるべく間違ってない方向へと自分を持って行くよう、努力する彼女の姿は、まさに一人の『女の子』だったという。
かくして。
乙女の純愛と、幻想郷最大の騒動を同時に顕現させる一日がやってくる――。
「え?」
片手にベッドのシーツを何枚も抱え、一路、洗濯作業開始のために歩いていた彼女は、後ろから、そんな言葉によって呼び止められていた。
振り向いた先には一人の少女メイドの姿。確か、つい最近、ここにメイドとして就職してきたものだと言うことは記憶していた。あいにくと、名前の方はまだ憶えていないのだが。
「ああ、えっと……」
「いえ、私のことなど特に気になさらなくて結構です」
その相手は、端的に言えば、変な論理を展開する相手だった。
長く伸ばしたポニーテールをふさふさと揺らしながら、主に下方からターゲットを狙い撃つような鋭い視線と共に、彼女は訊ねてくる。
「メイド長は門番長と恋仲という話ですが」
「んなっ!? だ、誰がそんなことを!」
「そう言う話題を振った場合、そのような反応をすることはわかっていました」
顔を赤くして、全力で怒鳴る彼女をスルーするように言って、さらに、一体いつの間に装着したのか不明のメガネをぎらりと輝かせる。
「ずばり! ずばりお聞きします!
デートはもうなさいましたかっ!?」
「で、デートって……!」
「どうなんです!? さあ、さあ、さあ!」
圧倒的な迫力で迫ってくる。その圧迫感の前に、あの、『鬼のメイド長』として恐れられる女傑はたじたじになった。どんどん後ろに押されていき、最終的に、どすん、と壁際まで追いつめられる。
相手は、目をきらきらと輝かせていた。返答が楽しみで楽しみで仕方ない、と言う目つきだ。
――悟る。
そうだ。この目は、過去、何度も向けられた目だ。
いわゆる、『恋に恋するお年頃』ってやつだ。
「私、興味あるんです! 恋愛に! っていうか、恋と愛ってつく言葉全般に!
その中でも、メイド長と門番長は、ここ、紅魔館で突出していると聞きました! そりゃーもう、真っ昼間から人目も気にせずいちゃついているという話から、いやいや普段は冷たいけど、二人っきりになったらメイド長ったら門番長に膝枕してもらってるらしいわよって話とか、二人でお風呂でマッサージしあってるとか、もう色んなのを!
そしてそしてそしてっ!
女の子同士の禁断の、愛っ! 百合の花咲く、美しき禁断の地! まさにエデン! ファンタスマゴリア! そうじゃないですか!?
と・い・う・わ・け・でっ。
さあ、メイド長、教えてくださぁぁぁぁぁぁいっ!」
この時、彼女に取ることが出来る手段はいくつもあった。
一つ。時間を止めて逃げ出す。
二つ。時間を止めて抹殺する。
三つ。時間を止めてレミリアの部屋に叩き込む。
四つ。時間を止めて(以下略)
――しかし、それを実行することはかなわなかった。なぜかというと、
「そ、それは、その……べ、別に、美鈴とは……そんなことないのよ!? 全然、そんなこと、全くないの!」
と、今時、十歳の子供ですらやらないような反論を行うので精一杯だったからである。
「まったまたぁ。照れなくていいんですよ、もぉう。
メイド長ってば、て・れ・や・さ・んっ☆」
普段、こんな事なんぞやろうものなら蜂の巣は間違いないのだが、あいにくと、現在のメイド長にそれを実行するだけの力はなかった。
顔は真っ赤。言葉は意味不明。理解不能なわたわたとした動作をともなって。もう何というか、『初々しいわね』と言いたくなるような状態なのだ。
「ほ~らぁ、ね? 教えてくださいよぅ」
「い、いや、だからぁ!」
――と、メイド長が彼女によって足止めされている間に。
「いい?」
「ええ」
「こちらの準備はオーケーです」
「我々の力の全てを結集して」
「いざゆかん!」
『応!』
割れんばかりの轟音と言っても相違ない声が唱和し、ドアが開かれる。
『お嬢様!』
「はい!?」
その部屋の主、レミリア・スカーレットは、唐突な来客に混乱した。
何でかというとだ。
ずらっとメイド達が大挙して押し寄せてきていた。彼女の部屋に。総勢、百名以上が。
え? 何これ? ちょっと待って、下克上? マジで? 咲夜は何してたのよ、っていうか、このわたしを相手に下克上? いい度胸してるわね。とりあえず、一人当たり五秒で蹴散らすとして……でも待てよ? せっかくだから、連中のど真ん中に突っ込んで不夜城レッドとか華麗で美しくない?
よし、レミリア最強! これより実行に移す!
――と、わりかし本気でメイド達を蹴散らすことを考えていたお嬢様だが、そのお嬢様に向かって次に投げかけられた言葉は、以下のようなものだった。
「具申致します!」
「何かし……」
「是非とも、メイド長と門番長に休日を!」
「…………………はい?」
レッツゴー、レミリア。お前の未来はバラ色だ。さあ、突き抜けろ、飛び越せ、明日のために、モードに入っていたレミリアが前のめりにそのままぺちゃと倒れた。何とも愛らしい仕草に、『きゃーっ』という黄色い声が上がる。
ともあれ、それを無視する形で、レミリアが起きあがる。
続いて、彼女たちの言葉を吟味。
「えーっと……」
自分たちに休日をよこせ、というのならわかる。
だが、他の連中に――しかも、よりにもよってその二人に休日を渡せ、とは?
「……どういう意味?」
「はい!」
「それについては」
「こちらをどうぞ!」
ざざっ、と人垣が割れて、その奥から歩み出してくる二人のメイド。なぜか、片方は咲夜の、もう一人は門番長である美鈴のコスプレをしていた。
どうでもいいが、あんまり似合ってない。
「シーン1! スタート!」
どこから持ってきたのか、カチンコを鳴らすメイドの言葉に従って、彼女たちの寸劇がスタートする。
「ねえ、美鈴」
「何ですか、咲夜さん」
一応、口調などは練習したらしい。微妙な発音や発声の具合などに加え、声音も似せてある。さあ、お嬢様、椅子にどうぞ、と飲み物片手に促され、渋々、レミリアはそこに腰を落とした。
「その……最近、忙しいわね」
「いつものことですよ。それに、お仕事している咲夜さんはかっこいいですよ?」
「ばっ……! そ、そんなことはいいの!
そ、それよりも! その……美鈴、あなた、疲れてるんじゃない?」
「どうしてですか?」
「ど、どうして、って……その……」
『――ツンデレかつ純な十六夜メイド長。彼女の恋は、常に長く厳しいものでありました』
いきなりモノローグ入りました。
「そ、その……」
『……言えない。この頃、美鈴が、朝から晩まで門の前に立っていて、それで疲れているのに笑顔を浮かべている姿が痛々しいだなんて……』
「咲夜さん?」
「ちっ……か、顔、近づけないで!」
「はぅ~! 何で叩くんですかー!?」
……何この安い劇。
半分以上あきれながらも、お嬢様は、とりあえず、メイド達の努力はくむようだった。椅子の肘掛けに頬杖つきながらそれを眺める。
「わ、私はその……こ、紅魔館のメイド長よ! あなた達のスケジュールを管理する義務があるの! 休ませもせずに働かせるなんて、この私の労働へのポリシーが許さないわ!」
「ありがとうございます、心配してくれてるんですね。
でも、大丈夫ですから」
「大丈夫じゃないから言ってるの! だから、美鈴! いい!? 休みなさい! これは命令よ!」
「そう言われましても……。やっぱり、私じゃないと出来ないことが多くて」
『ああ、何と健気な言葉でしょう。仕事に忠実かつ、他人を思いやる性格の美鈴さまは、たとえ自らが疲労で倒れようとも職務を全うするつもりなのであります』
「……ねぇ、これ、いつまで続くの?」
「もうちょっとです」
あ、そ、と適当に返して、渡されたクッキーをぱりぱりかじる。
「ですから、咲夜さんのご心配は、本当に光栄です。ありがとうございます」
「ちょっ……! ま、待ちなさいよっ!」
『こ、こうなったら、休ませる口実をでっち上げるしかないわっ!』
「そ、その……め、美鈴! あ、明日一日、私に付き合いなさい!」
「え?」
「か、勘違いしないでね! そ、その……わ、私の仕事があって……そ、外に出ないといけないの! だから、あなたは私の護衛兼荷物持ち! いいわね!?」
「えっと……」
美鈴(役のメイド)は、少しだけ首をかしげて。
それから、にっこりと微笑んだ。
「出来ればそうしたいですけど……明日もシフトが入ってしまってますから。すいません」
「だ、ダメよ!
……わ、わかったわ。私がお嬢様に掛け合ってくるから。いいわね? 明日、絶対よ!」
言い捨てて、踵を返して走り出す咲夜(役のメイド)。それを見送る美鈴(役のメイド)。
そして、割れていた人垣が再び元に戻り、どこからともなく(誰が言っているかわからないという意味で)流れるモノローグ。
『ああ、なんと純真なのでしょう。こうして、十六夜咲夜は、愛する人のために自らに出来ることをなすために、一路、お嬢様の元へと向かうことを決意したのでありました――』
「…………………………で?」
『表題:ツンデレと天然』と名付けられた、親愛の情があふれてるんだかバカにしまくってるんだかわからない寸劇が終わり、レミリアはぽつりとつぶやく。
「そこで。
最初の話につながるわけです」
「ああ……」
なるほど。それで、ある意味では主語を取り払ったあの発言が出てくるわけか、と手を打つ。
しかし、レミリアは肩をすくめて、
「悪いのだけど、わたしにはいつも咲夜が必要なの。だから、あの子に休みを言い渡すことは出来ないわ。それでなくとも、明日は……」
「今夜の晩ご飯はハンバーグと、お食事の後にいちごたっぷりのショートケーキをご用意致します」
「うぐっ……!」
沈黙。
心が揺さぶられる一言だった。「当然、ハンバーグは美鈴さま手作りのレジェンドハンバーグです」と後押し。レジェンドハンバーグって何だ、と疑問に思う諸兄のために説明しておくと、口では言い表せないほどのうまさを誇る、まさに伝説級のおいしさを持ったハンバーグである。紅魔館レストランサービスで一番の目玉かつ、販売が一日十食限定と言うことで鬼のような人気を誇り、当主であるレミリアですら滅多に口にすることの出来ない幻のハンバーグなのだ。
「そ、それは……!」
「スープは特製コーンスープ」
「くっ……!」
「付け合わせのお野菜からはピーマンを抜くよう、厨房のものには、すでに言い伝えてあります」
「うぐぅ!」
「極めつけと致しまして、明日の朝食の後には、黄金桃を用意してあります」
「……わかったわ」
お嬢様、撃沈。
「……だけど、一体どうして、それであなた達がわたしに嘆願してくるのよ」
理解できないわ、と言わんばかりの一言。
それはですね、と説明役なのか、なぜかぐるぐるメガネをかけたメイドが歩み出してくる。
「紅魔館は、基本的に、恋愛は御法度です」
「え? そうなの?」
一体いつの間に決まったんだ、そんなローカルルール。
だが、言わんとすることはわかる。要するに、職務に精を出すために、浮ついたことには手を出すな、ということなのだろう。
「その中であって、あえて禁忌を破ったメイド長。しかし、彼女は恋愛のイロハを全く知らず、ほとんど場の勢いだけで物事をなしてしまいます」
「あそこまで、普段は冷静で計算高いメイド長も、いざ、色恋沙汰を前にしては一介の少女」
「そこで、私たち、人生経験豊富なもの達がメイド長をサポートするのです」
「普段の恩返しと言っていいでしょうか」
「十六夜メイド長は、事、恋愛に関しては、ここに入ったばかりのメイドにすら劣る純粋少女」
「故に」
「我々、紅魔館メイド部隊は!」
『十六夜メイド長の恋を全力で応援します!』
まるで街頭演説のような節を混ぜながら語る彼女たち。
その言葉はわからないことはなかった。はぁ、とため息をつくレミリア。
「当日のスケジュールに関しましては、すでに我々の方で決定済み」
「これを、後は十六夜メイド長に刷り込むのみ」
「デートラストは星空の見える丘の上でキスまで、すでにルートが決定してあります」
「フラグ立ても完璧です」
「そこで、最初のフラグである、『お嬢様から許可をもらう』ルートの開拓をしなければなりません」
何言ってるんだかさっぱりだった。
フラグって何だ。旗か。何で旗立てが必要なんだ、恋愛事に。
っていうか、今の恋愛って、もしかしてわたしの知っている恋愛より突き進んでいるのかしら。思わず首をかしげるお嬢様に、メイドが一人、言葉を続けた。
「よって。
どうかお願いします」
「……ああ、もう、わかったわかった。わかったわ」
「ありがとうございます」
「つきましては、お嬢様」
「はい?」
「十六夜メイド長が好きですか?」
「好きだけど?」
「十六夜メイド長はかわいいですか?」
「かわいいけど」
「十六夜メイド長を応援したいですか?」
「してもいいけど」
『よろしい、ならば我らが同志だ!』
「ちょっと待て!」
いきなり声をそろえたメイド達が、『十六夜メイド長を応援する会』と書かれた法被をレミリアに着せてきた。そして頭に『メイド長ファイト!』と書かれたはちまき締められそうになって、慌ててクレイドルかましながら離脱する。
「な、何するつもり!?」
「当日、恐らく、邪魔が入ることでしょう」
「ここ、幻想郷には、知りたがり、ちょっかい出したがり、からかいたがり、など」
「多くの厄介な『たがり』がうようよしています」
「当然、彼ら、彼女らを実力排除しなければならない場合があるはずです」
『そこで、お嬢様の実力が必要なのです!』
「その、愛らしい姿に似つかわしくない圧倒的な実力!」
「まさに冷徹冷酷残酷な吸血鬼!」
「え? えへへ……そ、そうかしら?」
「お嬢様を前にすれば神すら萎縮し!」
「その神々しいお姿は、月すら恐れをなす!」
「と、当然よ。わたしは夜の王、レミリア・スカーレットなのだから!」
「この幻想郷において、右に出るものなどいない、圧倒的な高貴かつカリスマに満ちあふれたお姿!」
「愚民どもよ、崇め、讃えよ! 我こそはレミリア・スカーレット。夜を統べる闇の貴族なり」
「うふふふふ、そうよ、その通り。わかっているじゃない」
「そんなレミリア様には、是非とも、今回の一件についてご協力願いたいのです!」
「よろしい。わかったわ。どんなことでも、このレミリアに任せなさいな」
お嬢様、さらに陥落。
どうやら、おだてとよいしょに弱い性格だったらしい。
それを理解して、レミリアの性格を責めるこのメイド達、意外に侮れないのかもしれない。
「では、お嬢様。これよりメイド長が参ります。許可を下すことと、その後は、私たちとの連携を」
「任せなさいな。わたしが協力するのだもの、大船に乗ったつもりで!」
「さすがはレミリア様!」
「紅魔館を統べる王たる器です!」
「おーっほっほっほ! そうよ、そう! さあ、もっと褒め称えなさい!」
一体どこの新興宗教だ、というツッコミにプラスして、『レミリアって結構単純なのね』と誰もが言いそうな光景が、それからしばらくの間、続いたのだという。
「なぁ、パチュリー」
「何かしら」
「何か、館の方が騒がしかったんだが、ありゃ一体何だ」
それから少し時を置いて、ヴワル図書館に、いつも通りの招かれざる珍客が現れていた。
紅魔館レッドナンバー、霧雨魔理沙である。そしてそのそばには、アリスも座っている。なお、魔理沙は紅魔館においては歓迎されざる存在だがアリスは別だ。彼女の場合、魔理沙と違って、基本的にはルールに則る紳士的な一面を持っている。きちんと手続きを踏んで、彼女はここにいる。魔理沙はいつも通り、門番隊を蹴散らしてきたのだが。
「さあ」
そして、図書館の主は、ここからほとんど外に出ないため、一体何が起きているのかを察する術を持たない。
当然の如く、愛想のない返事をされるだけだった。
「何だろうな」
「確かに、ずいぶん盛り上がっていたわね」
「まぁ、大方、レミィが何かわがままを考えついたのでしょう」
「ふぅん……」
「なぁ、小悪魔。お前、何か知らないか?」
「そうですねぇ」
一同の元に紅茶と魔界ケーキなる物体を運んでいた小悪魔は、それをテーブルの上に並べながら声を上げる。ちなみに、魔界ケーキとは、単なるチョコケーキだ。
「何でも、明日、咲夜さまと美鈴さまがデートなされるそうですよ」
「あら、そうなの?」
「へぇ~……デートか」
夢見がちなところのあるアリスが、早速、どこかうっとりとしたような表情を浮かべている。そのそばで、『シャンハーイ』『ホラーイ』と人形達が騒ぎ始めた。
「また唐突な話ね」
「最近、美鈴さまのお仕事が増えて大変そうだから、それを心配した咲夜さまが声をかけたそうです。もっとも、美鈴さまはあの通り真面目な人ですから、ただ、『休め』と言っても休む方ではなくて。そこで、咲夜さまも適当な理由をでっち上げて、休日を促したとか」
「それでデートなのね。まぁ、妥当かしら」
ぱらぱらと本のページをめくって、「これの続きを持ってきて」と彼女に言うパチュリー。小悪魔がその場を去ってから少しして。
「……へぇ」
にんまりと、魔理沙が笑った。
「デートかぁ。何するのかしら」
「あの二人のことだもの。どうせ、いつも通り、子供のじゃれ合いみたいなことで終わるんじゃない?」
「あら、そう? 私はそう思わないなぁ。
案外、もう、何て言うの? 終着点まで! きゃー」
『きゃー』の意味がよくわからないが、ともあれ、アリスが乙女モードに入ってしまったようだった。頭の中で何を考えているのか不明だが、体をくねくねとさせたりして、傍目から見ると結構不気味だったりする。
「へっへっへ、そいつはまぁ……。ふーん」
そして、邪悪な笑みを浮かべるのが一人。
「……魔理沙、何するつもりなのかしら?」
そんな彼女をジト目で見つめるパチュリー。その視線の威圧感もともなって、それなりの迫力がある。
「決まってるじゃないか」
当然、それに恐れをなすような人間ではない。傲岸不遜何のその、な魔理沙は堂々と腕組みしながら、
「からかいに行くんだよ」
――メイド達の予想通りの一言を言ってくれた。
「たとえばだ。あいつらが昼飯とかしてるところに乱入してだな、こう……」
悪巧みを語ろうとする魔理沙。
しかし、彼女のセリフはそこで止まる。
「魔理沙」
「あなた、それって最悪よ」
がたん、と椅子を蹴倒す勢いでパチュリーとアリスが立ち上がったのだ。その視線は、今まで一度も見たことがないくらいに熱く激しい。
「へっ?」
「よりにもよって」
「人の初デートを邪魔するなんて」
『最っ低……!』
「ち、ちょっと待てお前ら! な、何か勘違いしてないか!?」
「パチュリー」
「ええ、アリス」
「このお邪魔虫に」
「思い知らせてやりましょう」
ばちばちと、二人の掌に魔力の塊が収束していく。真夏の太陽を思わせるような光を放つそれを見て、魔理沙の顔色がさっと青くなる。
「人の恋路を」
「邪魔する奴は」
「お、おい!? 何か相手を間違って……!」
『馬に蹴られて地獄に堕ちろっ!』
「きぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
爆音。轟音。地響き。そして土煙。
「また魔理沙さんがよけいなこと言ったみたいですねー」
今し方、パチュリーから頼まれた本を見つけ出した小悪魔は、もうもうと、視界の向こうで上がっている煙を見て肩をすくめたのだった。
「ねぇ、霊夢」
「何かしら、レミリア」
さらにそれからしばらく後。
夕刻を迎え、辺りが茜色に染まる頃、レミリアは博麗神社を訪れていた。彼女らしくない、しっかりとしたアポイントを取っての来訪である。
傍若無人を地でいっている輩の紳士的な態度に、最初、霊夢は大層面食らったのだが、相手がいかにもしっかりとした表情と口調で申し出てきたのを前に、とりあえず話でも聞いてやろうか、という姿勢を見せている。
「あなたを、幻想郷における数少ない常識人と見込んで頼みがあるの」
「……そう言う基準で人を……って、いや、光栄だわ、ほんと」
考えてみれば、幻想郷って変な奴多いよなぁ、目の前の奴含めて。などと思ってしまった霊夢は、何とも言えない微妙な笑顔を浮かべる。
レミリアは、差し出されていた出がらしのお茶をずずーとすすった後、
「明日、咲夜と美鈴がデートをするの」
「へぇ。そりゃまた意外ね。
あの二人のことだから、このまんま、ずーっと続くじれったい関係だと思ってたのに。どっちが言い出したの?」
「咲夜よ」
「それは意外。ま、どうせ、あることないこと適当にでっち上げて、なんでしょ?」
さすがは勘の鋭さだけは特一級の巫女。こちらが言わなくとも、そこら辺の事情は察しているらしい。
話が早い、とばかりにレミリアはうなずいた。
「ええ、そうよ。
それでね、霊夢。恐らく、今回のデート、かなり困難なものになるわ」
「……何で」
「ここが幻想郷だからよ」
「なるほど」
その一言で即座に納得してしまえるほどの幻想郷に幸あれ。
「わかったわ。それで、私に何をして欲しいっての?」
「端的に言うのなら、咲夜達の護衛かしら」
「私が?」
「ええ。あなた以外で信用できる相手というのが、実は見つからないの」
「うーん……。
たとえば、藍……いや、身近にいるのがやばすぎるか。それなら妖夢……さらにやばいわね。ウドンゲ……いやいや、サギ兎……。映姫……は、仕事があるから離れられないし……。慧音……うーん……あいつはそれ以外のことが忙しいし……」
考えれば考えるほど、自分以外に適任がいなかった。
何だかむなしい。あまりにもむなしすぎる。
――ともあれ、その考えを払拭せねばなるまい。霊夢は、一度、思考を切り替える意味で瞳を閉じてから深呼吸。
「……で? それをやったとして、私に何かメリットは?」
と、言うのだが、実はこれは単なる冗談である。
メリット……というか、霊夢もきちんと女の子。恋愛事には興味がある。その恋愛事の真っ最中の相手を祝福するという意味で、無条件に今回の一件は引き受けようと思っているのだ。それに、あれほど前に進まないカップルが、思い切って足を踏み出したという段階で意義がある。それを祝福せずして何の巫女か。
そう思っている霊夢を前に、レミリアは、ぱちん、と指を鳴らした。
すると、障子や襖が引き開けられる。現れたのは数人のメイド達。彼女たちは、手際よく、足の低いテーブルへと豪奢なテーブルクロスをかけ、手に持っていたものを次々とそこへ並べていく。
「どうぞお納め下さい」
数秒の間に、超豪華なディナーがテーブルに鎮座していた。
「紅魔館特製ディナーコース。普通に頼めば、一食三十万は下らない」
「こ、これは……これが伝説の……!」
「さらにこれから一ヶ月の間、無償のデリバリーサービスに応じるわ」
そして、とレミリア。
彼女の言葉を受けて、一人のメイドがつつと霊夢に歩み寄った。彼女のポケットから現れたのはのし袋。受け取ったそれを開いて、霊夢は驚愕した。
「依頼料、五十万」
「さ、札束……! 札束っ!? こ、こんなものを生きている間に見られるなんて……!」
「さらに、成功報酬五十万を用意しているわ」
「……ふっ。そうね。
わかった……わかったわ、レミリア! この私、博麗の巫女が全面協力する! 何が何でも成功を導いてやるわ! 恋愛成就もうちの御利益の一つだしね!」
「そう言ってくれるとありがたいわ」
「……で、食べていい? 冷めちゃったら美味しくないし……」
「冷めても美味しい、がコンセプトよ。
だが、しかし。熱々のうちに食べればさらにうまい」
「いただきまーす!」
博麗霊夢、籠絡完了。
これで彼女が途中で裏切ったり敵に回ったりすることはないだろう。義理と人情、そして適当な報酬。これが加わった物事を捨てるほど、霊夢は人間が出来ていないわけではないのだから。
今、レミリア達は最強の味方を手に入れたのだ。
――そして。
「ふっふっふ……スクープの予感ですよ……」
幻想郷の生きる迷惑がここに一つ。
天狗の耳は天狗耳。どこでどんなに声を潜めたひそひそ話がなされていようとも、それがネタとして使えるのならば必ず拾い上げる。
そんなはた迷惑なスキルを活用しまくる天狗の記者が、ここに一人。
「あの十六夜咲夜さんと紅美鈴さんの初デート……! これはフィルムに収めないわけには参りませんね……」
くっくっく、と邪悪に笑う彼女。
すでに彼女の脳内には、それをネタとして取り扱った新聞の見出しが出来ていた。
『紅魔館純愛カップル お忍びデート』
――センスの欠片もない見出しだが、これでも彼女の精一杯なのである。
「たとえどんな邪魔が入ろうとも、この射命丸文の邪魔が出来るとは思わない方がいいですよ……くっくっく……」
「その話、詳しく聞かせてもらおうかしら」
そして、幻想郷の生きる災厄が降臨する。
唐突に現れた不気味な、空間の亀裂。そこから現れたのは、文に負けないくらいの怪しい笑顔を浮かべる、幻想郷最強の要注意人物。見つけたら巫女に通報しろ。無理だったら弾幕ぶちこめ。それを標語として受け取っている八雲紫である。
「ええ、この手の話……必ずや、紫さんが現れると思っていましたよ」
「あら、私はデバガメではないわ」
「でも、やっていることは変わりませんね」
「それなら、あなたもそうね」
「私の場合は、崇高なる記者精神に基づいた取材ですから」
ものは何でもそうだが、とにかく言いようである。
つくづく、それを思わせられる一言を臆面もなく放った文は、手にしたペンをぐるりと回し、びしぃっ、とメモ帳にそれを書き記す。
『必ずや、素晴らしき記事を!』
誓いの言葉みたいなものだろうか。
「いいですか、紫さん。今回の一件、恐らく、想像以上の難易度を誇る戦いになると思われます」
「恐らくは、ね。
霊夢が敵に回るだけではなく、恐らくは、あのレミリアも……」
「さらには紅魔館全てを相手取らなくてはなりません」
「大丈夫よ。うちには藍がいる」
「んなもの手伝いません」
「………………」
わざわざ律儀に、開いたままの隙間の向こうから藍の声。憮然としていた。まぁ、当然だろうが。
彼女もまた、幻想郷に、本当に数少ない常識人なのだから。
「……えーっと」
「じゃあ、幽々子さんなんてどうでしょう。彼女の神出鬼没さと実力は我々の力になります」
「それがねぇ」
「……どうしたんですか?」
「妖夢が夏風邪引いて寝込んでるらしいの」
「あちゃー……」
「その流れで、幽々子は今、永遠亭にかかりっきり」
「と言うことは、我々は孤立無援と言うことですね」
絶対的に言葉の使い方を間違っているのだが、こやつらに、その辺りについて修正しよう、や、そもそもそう言う考えを改めよう、などという殊勝な事は思いつかないだろう。絶対に。
「ええ、その通り」
――ほらビンゴ。
「やはり、我々でやるしかないようですね」
「ええ……だけど……」
「――その勝負、私も混ぜてもらうぜ」
夕刻の空に、その服の色は映える。
「おや、魔理沙………………さん?」
「何で疑問形なんだよ!」
「いえ、何というか……」
全身真っ黒焦げの物体がふわふわ飛んでいる。金髪部分と、すすけた色を携えるその顔と、あと声くらいしか判別要素がないのだから。
「パチュリーとアリスにひどい目に遭わされたぜ……」
「……まぁ、ご愁傷様です」
「まぁ、そういうわけでだ。
こいつは、私にとっても意趣返しだ。絶対にあいつらからかってやる」
「やるなと言われると燃えるわよね」
「わかってるじゃないか、紫」
さすがは幻想郷の困ったちゃん。そう言うところは、色々と共通しているらしい。
共通している段階で、こいつら色々とダメ人間なのだが、恐らく、それについて当人達が気づくことは一生あり得ないだろう。
「……さて、魔理沙さん? を得て、我々の実力は上がりました」
「疑問形やめろ」
「そうね。魔理沙? がいれば、当社比、100%増しの実力が加わったと言えるわ」
「お前も疑問形やめろ」
「これから作戦会議にしましょう。今度の敵は強大です」
真っ向からぶつかれば、間違いなく、戦いは厳しいものになる。搦め手を用意しなければ。
力ずくでぶつかり、そして同時に伏兵を用意し、さらには背後を攻める。動と静、柔と剛を同時に使う戦い方が必要になるのだ。
「頑張りましょう」
「ええ。そして――」
「私たちの目的達成のために」
互いに手を重ね合い、ここに、『幻想郷はた迷惑三銃士』が結成された。
元々の三銃士が草葉の陰で泣くどころか丑の刻参りしそうな顔ぶれだが、一応、これでレミリア達にとっても脅威となる勢力が誕生したわけである。
この戦い、両者にとって、恐らくは死力を尽くした激突となるだろう。
「頑張ろうぜ、文、そして紫」
「ええ、やりましょう。紫さん。魔理沙? さん」
「当然よ、私たちは一心同体なのだからね。文、そして魔理沙?」
「だから疑問形やめろって言ってんだろしまいには泣くぞちくしょう」
「着ていく服は……これ……かな? それともこっち……?」
そんな、様々な思惑が絡む中心にいる人物にとって、その日の夜は平穏なものだった。
姿見に自分を映しながらの一人ファッションショー。女の子が必ずやることである。
「……清楚なワンピース……って、私に似合うかしら?」
彼女、十六夜咲夜は、普段の自分の印象とは、極めて正反対を突き抜ける衣装を前に首をかしげていた。
美しい空色のワンピースを胸に当て、すぅっ、と息を吸う。
「……よし!」
これで行くことに決めたらしい。
さらには、肩掛けのハンドバックや、もうそろそろ秋も本番とは言え、外を歩くのだから日焼け対策としてつば広の帽子をかぶり、歩きづらいが、何となく以前から『履いてみたいな』と思っていたハイヒールを身につけ、装備完了。
「うん……完璧」
つくづく、女の子である。
やはり、世の中、普段はそうと見えない人間ほど、実は一番そうであるという法律は正しいものであるようだった。
かくて、十六夜咲夜は用意を完了し、気合いを入れる。
「明日は早起きして、お昼のお弁当を作って……晩ご飯とかどうしようかしら……。
ああ、でも、出かけるって理由があるのよね……どこ行こう……」
しかし、彼女が眠ることが出来るのは、まだまだ先になりそうだった。
今度はベッドの上に腰掛けてスケジュール帳を広げる。一分の隙もなく、完璧に。それこそが、完全で瀟洒たる自らの役目であると。
ちょっと方向性は違うのだが、なるべく間違ってない方向へと自分を持って行くよう、努力する彼女の姿は、まさに一人の『女の子』だったという。
かくして。
乙女の純愛と、幻想郷最大の騒動を同時に顕現させる一日がやってくる――。
デートの主役達より、その裏で活躍する人々の方が大変そうですなぁ…。
>黄金桃を食べても寿命は延びません。
…一匹様一個限りしか入手できないアレとは別物なのですな。
後編、楽しみにしてます。
後編、楽しみにしてます。
萌えた
点数は完結してから。
100万エソで買収される霊夢に噴いて、デバ亀トリオに笑い、乙女イド長に萌やし尽くされたwww
色んな恋話を読んで見たいです。
紅魔館メイド部隊が大好きになりますた。
諸所に盛り込まれた要素にも、笑わせていただきまたっ。
後半が楽しみでなりません。
とりあえずはた迷惑三銃士と雑魚メイドたち自重しろwww
これから読む後半が凄い楽しみです。