【C&A:この雪はどこをえらぼうにも】
いわく、愛のほとんどは形容しがたい
【現館主の胸懐】
良い子だから、良い子だから。
もう力の残されていない右腕が、それでも強く強く私の頭を掻き抱き、繰り返す。
良い子だから、どうか。
――――――――どうか二度と、目を覚まさないで
[暗転]
実際、パチュリー・ノーレッジの考えは、かなり正解に近かった。
前提が間違っているという、その一点を除けば。
「美鈴はね、記憶がないから揺れたんじゃないの。戻りそうだから揺らいだのよ、パチェ」
それを書き換えるのだと、あの人形遣いは言った。
「ゆっくりと少しずつに【反転】させていくの。最終的には、きっといろんなことを思い出すと思うわ」
「思い出す?」
「何故自分が存在したのか。その真実を隠し、存在の要であった力を奪う。かくて彼女は失ってもいない記憶を思い出せず、現から己を失った。そうして、物語だけが白昼夢となる。あの子は、亡霊のようなもの。生まれる事無く死に損ねた命。それが彼女の正体」
それを反転させると言うことは、在り方が変わるということだ。そう遠くない未来に、彼女は自分が何者であるかを思い出すだろうとアリスは言った。その瞳が暗いから、問い糾してしまいたくなる。何故おまえが、それを知っているのかと。
そんなこと、しないけれど。
「詩的だけれどわかりづらいわね」
「幻想だもの。仕様がないわ」
これが、還ってきたアリスとレミリアが交わした最初の会話だった。
「それで、今日もあなたはパチェのところで作業?」
「自分で蒔いた種といえど辛いわ。収穫は私のものにはならないし」
「パチェのものにもならないわよ。元に戻るだけなんだから」
「そうね。むしろ彼女は被害を受けたのよね。おまけにかりまでつくっちゃったし」
人形遣いは憂鬱そうだった。
正確に言えば、パチュリー・ノーレッジに収穫がないというのは間違いだ。彼女は二百冊ほど本の価値を一時的に失ったが、それを鎖にアリスの自由を拘束できるのだから。
しかし。そこで満足してしまっては駄目だとレミリア・スカーレットは思う。聞けば未だにお茶に誘っては断られているという。小悪魔でなくても見ていられないというものだ。もっとも、最近のレミリアには興味深い【運命】が見えているので、小悪魔のように策を弄するつもりはない。そう遠くない未来に、アリスは素直にお茶を受けるようになるだろう。その際に、もう一悶着ありそうではあるのだが。
「さて。あまりあなたを引き留めると、パチェが怖いわ」
「あなたにも怖いものなんてあるのね」
「パチェはあれで機嫌を損ねると大変なのよ?見た目は大して変わらないけれど、なかなか許してくれないんだから」
それを聞いて、怒らすことだらけのアリスは、嫌そうな顔をした。今後の自分の待遇を思ってだろう、表情が暗い。それは杞憂なのだが、レミリアは黙っていた。もちろん、その方が面白そうだからだ。
部屋を破壊されたことを未だに気にしているわけではない。ないと言ったらない。
それは秋の中頃の会話で、レミリアの予想は当たり、アリスはパチュリーの誘いを受けるようになる。一方、危うく美鈴を殺しかけた咲夜が安定しだしたのもこの頃だった。
雪の降る今は、レミリアはただ廊下を歩いている。館の中を飛ぶのはどうも軽薄でいけないというのが彼女の持論だった。フランにはその辺を、もう少し弁えて欲しいのだが、今のところ現実はそう思い通りにはいかない。
その妹に、会いに行くところだ。
久しぶりに長い話をしよう。夜が明けても自室にいないことに咲夜が気づいたら、きっとそこまで捜しに来てくれるだろうから。そうしたら、美鈴と飲んだ紅茶について訊いてみよう。彼女は答えてくれるだろうか。その時の会話を。あるいは、彼女の方から訊いてくるだろうか。それとも話を持ちかけるのは、あの門番の方だろうか。
遠い遠い昔の夜に、彼女の声が歌い上げたあの音が、今でも耳奥で響いている。
【空】
『少女』が失ったもの。
館、使用人、家族、そうして紅いあの子。
『少女』に残されたもの。
多少の衣服、絵の具、本が二冊、怪しげな小物、そうして綺麗な石が一つ。
だからそれは道標。
『少女』は『から』と名乗り、魔術師を自称した。
今となっては忌むべき職種。
命を危険に晒しながら、それでもその先にはきっと、あの子のいる場所へと通じる道があるはずだと。
頑なに、それだけを信じていたから。
『から』とは師の『そらがき』からとったものだ。
『空描き』の『空』を貰い、自分はあんなに美しくないから、『から』という音にした。
空っぽのカラ。
空ろな自分。
空々しい欺瞞。
それでも、目指したのは楽園だった。
あの子、そうしてもしかしたら、師もいるかもしれない【幻想郷】へ。
だから少なくとも彼女は、決してその日々を後悔などしていない。
後悔は、あの晩だけで充分だったから。
そうしてその手がかりを見つけたその時、彼女は大分年をとっていたけれど。
――――――――幻想郷?
――――――――そうだよ。幻想さ。失くなってしまったのなら、そっちにあるよ。随分と大きな落とし物だけど
――――――――実在しないってこと?素敵だね
――――――――どこがさ?
――――――――だって、ネーバーランドってことでしょう?
あの子がいるには、ぴったりな場所だと、心の底から思ったのだった。
【彼女が彼女を避けたわけ】
随分と派手にやってくれたものだ。
それが、紫が抱いた最初の感想だった。今までにも似たようなことはあったが、これは派手過ぎる。結界が大分揺らいでしまったではないか。
「この分じゃ、関係無いものも引き入れちゃったかしら」
本当に、誰だか知らないが、派手に大穴を開けてくれたものだ。
そもそも、こんな大穴を開けられるなら、修復ぐらい出来そうなものだが。しかし、こうして【こっち】の現場に来て納得した。パワーはある癖に、技術は三流以下だ。外ではもうかなり魔術が廃れたとはわかってはいたが、これは酷すぎる。全く素人の腕と言っていい。
当代の巫女はまだ年若いし、というか半月前にやっと就いたばかりだ。いきなりこれでは少々荷が重いだろう。まして、歴代の中でもそう力のある方ではなさそうだった。
仕方がない。就任祝いということで、今回だけはこちらで片づけてしまおう。犯人は幻想郷のどこかにいるはずだ。せっかく来たのだから殺しはしないが、こんな力の持ち主だし、ルールを早いところわからせる必要がある。
据えるお灸は、そうとうきついものにしなければならないだろう。
「とはいえ、この力の無駄遣い。生きていればいいけど」
最悪、自らの力で命を落としている可能性もあるのだ。紫は幻想郷の無数の隙間に身を投げる。久々に、いい暇つぶしが出来そうだった。
【そう、後悔なんて、していない】
――――――――ようやっと見つけた。約束を果たしに来たよ
その館を見た時、彼女は泣き笑いに顔を歪めた。
ずっと探し求めていたものが、そこにはあった。
全ては、もう終わってしまった記憶だけれど。
アリス・マーガトロイドは知っている。
彼女だけは、それを引き継いでいくだろう。
それが『 』の望みなのだから。
[暗転]
「この子、人間ですね」
「そうよ、食べちゃだめよ?」
「食べませんよ」
「ああ。食べない妖怪だったの」
「食べたことがないから、食べられないかどうかもわかりませんけどね」
紅い妖怪は、紅と呼ばれる主人を見ずに、ただひたすらにその眠る子どもを見ていた。あんまり熱心に見入っているから、食べようとしているのかと思ったのだが、どうやらそれは見当違いだったようだ。
「食べないならなに?そんなに珍しいわけでもないでしょうに」
「子どもは珍しいです。お嬢様、子どもは食しませんよね」
「なにもわざわざ小さい身体からって、どうしてそこで私の方を見るのかしら。なにか言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「…この子、お嬢様より小さいですね」
「見たところやっと片手卒業ってところかしら」
「う~ん。痩せてますし、ひょっとすると発育が遅れているかもしれません」
「真っ白よね。里の人間しては小綺麗すぎるし。ひょっとすると【外】か、あるいは…まあ何にせよ、食べる心配がないなら丁度良いわ。あなた、面倒をみて」
紅い妖怪は、その言葉にきょとんという顔をした。その動作が、彼女こそ幼い。
「立派なメイドに。ううん。その子はいつか、この館を代表する顔の一つになる。今に、メイド長と呼ばれるようになるわ」
「メイド長?」
「メイドを束ねる、いわば使用人のトップね。今までそれに当たるのはいなかったけれど、彼女ならなれる気がするわ。ああ、あなたはまた別口よ。だいたい、あなたは私以外の言うこと、実は適当に聞き流しているし」
「そ、そんなことないですよ?」
「どうだか。逆らわないけれど、何気に我が儘じゃない?」
紅い妖怪は慌て出す。わかっている。彼女はあまり考えない。あまりに悪意がないから、周りも気づかないほどだ。けれど、彼女の主である少女は意地悪く笑って指摘してやる。
「花畑とか。私が指示した以外のものが随分とあるでしょう」
「でもですね、それは一応、お嬢様の為のものから離れたところにありますし」
「甘いものが食べたいとメイド達を困らせていたのは?仕事中に居眠りをしているのは?その服装だって、決まり通りの格好をしなさいと私に何度言わせるつもり?」
あうあうと、何か弁解の言葉を言おうとして、結局言葉が見つからないように口だけを動かす。あと一押しで泣きそうだった。
「まあいいわ。その子をちゃんと育てられたら許してあげる。出来るわね?」
コクコクと、彼女は急いで頭を振る。
「いいわ。起きたら紅茶を淹れてあげて。部屋は今日からあなたと一緒。服を用意して、お湯を使わせてあげなさい。一つ一つゆっくりと教えていくこと。そうそう。パチェが言うには、その子、ちょっと面白い力があるわ」
それから、とても大切なことを言い忘れていたというように。
「名前はもう決めてあるのよ。その子の名前は十六夜咲夜。どう?なかなか良い名前でしょ?」
[暗転]
遅いよ、と『そらがき』は言った。待ちくたびれたと。
騙し騙し生きてきたけれど、もう限界だった。
けれどそれは、『から』にも言えたことだ。
「こうなってくると、キミに薬学を教えておかなかったのが悔やまれる」
「そうですね。そうすれば、先生くらいまでは保ったでしょう」
それが再会の数十年分の会話だった。
「キミは、ただあの子を追っかけてきたわけじゃないんだろう?」
もはや『そらがき』の身体では、まともに動けるのは口と耳と脳だけだった。それでも全てを見透かしたように、優しげに問う。
『から』は、ただ笑っただけだった。
それが、答えだった。
「そうそうあの子ね、キミのこと――――――――」
たぶんわからないよと、軽い調子で。
明日は晴れるね、と言うように。
「覚悟は、してました」
微笑み返してくれた眼は、いつかのように優しいものだった。
【彼女が選ばれたわけ】
アリス・マーガトロイドが【鍵】に選ばれたのは、全くの偶然だが、事態の転がりはむしろ必然だった。最低条件は人間ではないことだが、魔力に存在を強く依りながらも、人に近い存在というのが望ましい素体だった。
加えて魔術あるいは魔法に精通しており、多くの人語を解せる知能と、高い集中力。何より器用さと。アリスの全ては、まさしく『 』が求めていたものだった。
そうして極めつけは、絆されやすいところがあること。
何故なら【鍵】は、【犠牲】と言い換えてもいいぐらいなのだから。
[暗転]
「私は、今日死ぬよ」
それは、それなりに唐突な言葉で。
それなりに予定調和の言葉だった。
「最後まで、手のかかる弟子ですいません」
「まったくだよ。出来の悪い弟子だった」
くすりと、力なく笑う。
「それで、あの子は?」
「今は、湖の方で遊んでいます」
わざととぼける。もう二人ともいい年なのに、一人なんか死に際の淵にいてこれだ。
「次はキミだよ。置いていくの?」
でも最後だから、『そらがき』も今日は許してくれない。
「本当は、ずっと連れて行くつもりでした」
「へえ」
「あの子が私から、最初に離れた時から、此処に辿り着くまでも、ずっとそのつもりで、でも」
「うん」
「あの子はまだ、『生きて』いませんから」
「…そっか」
「はい」
「まったく、不出来な弟子だよ」
「すいません」
「あの子、泣くかな?」
「いいえ」
声は、妙にきっぱりしたものだった。
「泣かせません」
「やっぱり、酷い弟子だな」
「返す言葉ありませんね」
「なら、キミと私のあの世は違うね。これで本当にさよならだ」
『から』が何をするつもりなのか、全て見透かした『そらがき』は、最後に笑って言った。
「キミの夢に付き合わされるその人が、たまらなく気の毒で愛おしいね」
それが、お別れの言葉だった。
笑顔だったから、彼女は後悔をしていないのだとわかった。
はしゃぐような足音が聞こえる。いつもは捕らえられないそれだが、今日は隠せないらしい。水浴びは楽しめたようだ。最近、暑くなってきた。
足音が、部屋に入ってくる。
「先生が、死にました」
声をかけようとしたのだろう。そんな気配があった。それを遮るような形で、『から』は続ける。
「もう会えない、ということです。お話も出来ませんし、遊ぶことも出来ません」
そんなことは言われなくてもわかっているだろう。それでも問わずにはいられない。
哀しいですか?
苦しいですか?
辛いですか?
淋しいですか?
そのどれにも、きっと是と返すだろう『それ』に、それでも答えを待たず、『から』は言う。
「でも、泣いてはいけません」
残酷な言葉だった。普通に考えたら、こんなことを言う権利など、どこにもない。けれど、『それ』は『から』の、『少女』の願いの形だから。
嘘のように涙はひいて、求められるままに、『それ』は笑んだ。
花を植えなければならないと思ったのは、この時だった。
独りぼっちで残される『それ』が、せめてこれ以上は、淋しくないように。
一面、ここを花畑に。
決して流れない彼女の涙を受け止めるには、それくらいのものが必要だと思った。
【八雲紫は知っている】
結界に大穴を開けてくれた犯人を見つけるのは、実のところ二日とかからなかった。
ただそれが予想外に高齢で、しかも人間で、おまけに幻想郷に知り合いがいたから、少しだけ様子を見ていることにした。
一日観察して、出た結論は放っておくというものだった。呆れるほど脅威にはならない。紫にとってではなく、この幻想郷全てのものにとってだ。正直拍子抜けだが、すぐに興味が失せた。これなら博麗の巫女をからかう方が数倍は面白い。
ただ。
あの紅い妖怪は、嬉しそうにその老婆と話をしている。
何度か見かけた時より、ずっと幸福そうだった。
きゃらきゃらしゃらしゃらと、不思議に澄んだ、甘えるような笑い声をたてて。
巫女は明日にして、今日は久々に式の相手をしてあげよう。
隙間に入る前に、そんなことを考えた。
【おやすみなさいと謡って笑った】
血を吐くようになったのは、秋の終わりだった。
「ここまできて、間に合いませんか」
やはり人生はうまくいかない。
ふっと渇いた笑みが浮かぶ。
そこは、館から少し離れた位置にある洞窟だった。本当はもう少し館に近い方が望ましかったのだが、最寄りではここが一番仕掛けに適しているのだから仕方のない。
紅い妖怪の存在理由は、『少女』の為に生きること。
しかし『それ』の存在が依っているのは形式だ。
音、絵、心、眼。
これら全てが『それ』の存在を支えている。
つまりこのままでは、『少女』が死ねば、『それ』の存在理由が失われてしまうということ。かといって、『少女』が死ぬことは避けられない。
たった一つ、存在理由を「隠す」以外は。
あの子の眼を奪おう。思い出し方を。声を。
いつかあの子と共にいられるほど、永い命の到来を願って。
そうして。
終わるその日は、雪の降りつもる日だった。
せっかく植えた花全てが、白に隠れてしまう季節。
だからこそ花を見たいと、『少女』は我が儘を言って――――――――
さようならは、心の中だけで言うことにした。
あの子は花を探しているのだろうか。
真っ白な、あの世界で。
すでに生まれてしまったあなたを、どうこうする資格なんて、本当は私にはない。
それでもせめて、あなたの始まりになった一人だから。
出来ることを全て、やり尽くしてしまおうと思う。
だから、おやすみ。
こんな思いは、今日という日に置き去りにしてしまって。
次に目が覚めたら、ちゃんと笑えるように。
一生分の涙を、ここで使い切ってしまおう。
だから、おやすみ。
あなたがいつも、そう歌ってくれたように。
今度は私が、あなたにさよならを言うから。
また明日って言えないことだけが、どうしようもなく哀しいけれど。
だから、おやすみ。
優しい闇に包まれて、二度とその目が光を取り戻さなかったとしても。
あなたがここにいることを、私たちがここにいたことを、どうかどうか忘れないでと。
それだけを最後に、願わせて欲しい。
さようなら、優しいだけの、でも声の綺麗な龍よ。
どうか忘れないで、でも思い出さないで。
深い深い、二度と覚めることのない夢へ。
おやすみ、おやすみ、おやすみなさい。
かちりと何かが噛み合う音がして、術は仮初めに完了した。
『少女』の死をもって、動き出す。
『それ』は花を探していた。真っ白な世界の中を、あるのはずのない、『少女』の我が儘を。見つけるまで帰れない気持ちと、少しでも長く『少女』といたい気持ちに揺れながら、『それ』は花を探してか、それとも戻ろうとしたのか、館を振り返った。
けれど、視線の先には何もない。
花も館も、一つの影さえ。
この雪はどこをえらぼうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
もう、帰り道すらわからない。
それが、『それ』の最後の記憶。
その光景を焼き付けて、『それ』の両目は奪われる。
長い、永い眠りの始まりだった。
断片を、拾い上げる。
例えば、『から』がどこから出た血で、あの陣を描いていったのかとか。
例えば、二つの扉の緑玉には、一体何の力が込められているのかとか。それが、何を模したものなのかとか。
例えば、唐草とは時に蛇と龍を象徴し、死と生を、始まりと終わりと意味するとか。
例えば、空卵が孵れば、隠されたものが姿を現すとか。
例えば、歪められた魂は、永遠に彷徨うことになるとか。
例えば、紅き月がその館を訪れた夜に、紅き妖怪が、何故ああも嬉しそうに笑ったのかとか。
例えば、何故扉の向こうは、あんなにも白い闇がどこまでも続いているのかとか。
例えば、最後の瞬間に、彼女たちは何を考えていたのかとか。
そういった欠片を、アリス・マーガトロイドは繋ぎ合わせる。
それはとても長い記憶で、けれど一瞬の夢だから。
青白い光りが指先から体中を通ったのも一瞬で。
ばんっと、力強く。
倒れかけた身体を、彼女は壁に手を叩きつけるようについてやり過ごした。
「お願いがあるわ。パチュリー・ノーレッジ」
繋ぎ合わさった欠片が、全身から零れてしまいそうだ。
これは歓喜なのだろうか。
あるいは憐憫だろうか。
本気を込めて、彼女の名を呼ぶ。
「レミリア・スカーレットに会わせて。今すぐに」
紅魔館の現館主に。
今のあの子を縛れる、唯一の存在に。
何故なら夢見る龍が従うのは、紅魔館の館主だけ。
「知ったからには、私は伝えなければならない」
それは、誰の言葉だったのだろうか。
――――――――私の夢に付き合わされるだろう、貴女
いつか少女が夢見たものは、孤独な誰かを、幸せにする魔法。
――――――――その夢の続きを、貴女は繋げてくれますか?
――――――――笑うしかなかったあの子ように。私も、夢をみる事しか出来ないのです
――――――――子どもの我が儘だと、笑いますか?
「いいえ」
――――――――この館を、頼むね
――――――――いつか絶対に
――――――――カエって来るから
一番最後のその記憶は、とてもあたたかで。
同じくらい、哀しさに濡れていたから。
だからアリス・マーガトロイドはその声に、応えないわけにはいかなかったのだ。
【始まりの数だけ終わりがある】
一度は眠りについたものの、やはり彼女のことが気になった。
私は目を覚ますと、すぐに図書館の、あの一角に向かう。
案の定、彼女は本を胸に掻き抱くようにして、座ったまま眠っていた。
ふっと、呆れているのに愛しくなって笑った。
私も本を愛しているけれど、それは知識を愛しているからだ。
けれど目の前のこの少女は、ひょっとしたら書いた誰かを愛せるのかもしれない。
その可能性を思うだけで、その誰かに嫉妬した。
例えば、今も彼女に抱き込まれている一冊なんか特に気に入らない。
本は好きだ。だからこそ、そのまま静かに書かれた知識だけを謡っていればいい。私はそれを愛そう。その歌を。綴った書体を。伝える紙を。
「けれど、彼女は駄目よ」
本は所有されるものであって、何かを所有することは許されない。
私は彼女に近づき、髪を梳いて、頬に触れた。
「…冷たい。やっぱり、弾幕以外のあなたは、少し引き際が悪いわ」
眠る彼女を見るのは、これで何度目だろうか。何故かいつも、その寝顔は安らかではない。
「そこは寒い?アリス、そうやって貴女は、挫けそうなときほど凍えようとするのね」
彼女は起きそうになかった。たぶん深い眠りなのだろう。だからこの声も、きっと届かない。まったく無防備で困ってしまう。信用してくれているのだろうが、これはこれで複雑だ。もっとも、別に彼女は悪くないのだが。
「あ、れ?パチュリー様?」
振り返ると、毛布とお盆を持った小悪魔がいた。
「それ、アリスに?」
「はい。でも、寝てしまったようですね」
起こしましょうか、と小悪魔は訊く。
「このままでは風邪をひきます」
「そうね」
ちょっとだけ考えて、面白いことを思いついた。
「いいえ、やっぱり起こさないように、私の部屋に運んで」
小悪魔は、少し驚いたように眼を開けた。
「実はレミィともやったことがないのよ、寝床を分け合うって」
「貴族的じゃないから、ですか?」
「そう。貴族的じゃないから」
いかにもレミリア・スカーレットらしかった。
「でもいいんですか?」
「大丈夫よ。寝相に関しては、魔理沙が前に保証してくれたわ」
魔理沙が、というところだけ、声が少し低くなった。
「いや、そういう問題ではなく、アリスさん怒るんじゃ…」
それはそれで面白いではないかと魔女が言って。
仕方がない方だと小悪魔は溜め息をついた。
少し物語りの時間が分かりづらいのは気に掛りましたが、
切なく温かい話をありがとうございました。
パチェ×アリは最高だと思うんだ。うん。
大変楽しませていただきました
とても素敵な物語をありがとうございました
次のアリパチェも楽しみに待ってます
かなり近いものがありそうだなぁと前作を読みながら思ったりしていました。
そして今作。この悲しい物語を知った上で、再び前作を読み返すのが
きっといいんでしょうね。
アリスの心情を追っていくついでに著者様の描かれるアリスで自分の
脳内設定も上書きしていこうと思いますw
100点を入れたくて、コメントのようなものを無理やり作ってしまいましたw
でも書いてることは本当です。素敵な物語、ありがとうございました。
なれないことすると良くないですねorz
パチェアリは最高ですね
>笑うしかなかったあの子ように
>呆れているの愛しくなって
>永遠去ろうとしている
マリ→アリ←パチェ=破壊力
みんな幸せになって欲しいと思わされるお話ですね
なんて緻密な構成立て。感服です。
美鈴がこの先自分の存在理由を取り戻した時どうなるのか、
秋の話共々楽しみに。
それにしても、美鈴の株が連日ストップ高なのはどうしたことか……。
これはよいパチェアリ!1
みんなみんな、やさしいなぁ……
お嬢様と永く共にあれますように
どうもややこしい表現になってしまったようなので再度書き込みをば
なんだか最後の方を観てたら『彼女』がレミリアの前世っぽく感じてしまい
更に本文でもそのあたりに触れていなかったので個人的な妄想のようになってあのような曖昧な文になってしまいました。
多分間違っているので余り気にしないで貰えると幸いです。
紛らわしい文を失礼しました
アリスとパチュリーの関係が実にもどかしくて良いです。
みたいな設定の話を創想話でも結構見かけたような気がするんですが、
彼女は本質的にひとりでなんでもこなすタイプだと思うんですよ。普段
絶対そんな風には見せなくても。
氏の書かれるアリスは根性の据わり具合がとても好き。
あんまりどこもあたたかなのだ
うはあ・・のめりこみました。
最近は何かと暇と言う暇がないため書く暇と読む暇がないのですがまぁこの作品と言うかシリーズは落ち着かせてくれます。
元々は咲×美の話だったのに何時しかアリパチェになっている。しかも不思議とすんなり入るときたから新手の洗脳かと思いますよ。まぁ元からアリパチェは好きなんですが。
このシリーズを読むとアリスもパチュリーもツンツンっぽく、いまいち素直になれないと言った風に思うんですが…よもや意図的に?
最後に一言。
空は青から始まり、紅に染め、藍により眠る。
寂しくはない。みんな一緒。
練りこまれた背景の中もそうですが、登場人物の動き、心理にムラがなく、自然にのめり込んでいきました。材料集めと調理法にこだわるとここまで行けるんだな、というのを実感させられました。
現在進行中のお話の方も楽しみにしてます。
どうせ眠ってしまうなら、咲夜さんと美鈴がこの後どうなるかを夢に見れたらと切に願うのです…。