今回が初投稿になります。お手柔らかにお願いいたします!
諸注意
※二次創作物です。原作は Zun 様です。
※もともとはゲームブックにする予定だったのですが
どうにもこうにも絶え間ない弾幕をシステム化するのが難しく、
ストーリーのアウトラインを考えているうちに短編になりました。
※当方、東方初心者のため、自己中設定が多々あります。
※登場しない人物、またオリジナルキャラが存在します。
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東方創作話『皐月の宵は』
零
(霊夢・・・霊夢・・・)
夢の中で、私を呼ぶ声がする。
目を開けると、私は道端に座り込んでいた。
目の前には細長い道が伸びており、振り返ると異常に背の高い菖蒲でできた袋小路になっている。
角に街灯が忽然と立っていて、その光は今にも消えそうだ。
点滅する明かりは柱に結び付けられている標識のようなものを照らし出し、
「五月夜村」という文字がかろうじて読める。
五月夜村?
私はこの村・さよむらを知っている。
幻想郷から遠く離れた倭国という国にあった村で、今は存在していないはず。
私は空に目をやった。
月は霧と雲と雨にほぼ隠し切られてしまっているが、その姿と位置から、
今が「わらべの日」を少し過ぎた時頃であることがわかる。
ここではじめて自分の存在というものに気が付いた。
姿格好はいつもの巫女装束。見事に着崩れしている。
刻が黄昏を過ぎ、夜の帳が降りかけているところ。
ちょうど向こうから誰かが来たとするならば、視力がよくても判らない頃だ。
小雨がしとしとと降り注いでおり、私の背中まで伸びる黒髪をへばり付かせる。
「っと。」
前にだらりと垂れていた小さな髪束を後ろにやった。
もやもやとした霧が数メートル先の視界を遮っており、
時折その間から暗闇に溶け入る寸前の景色がちらりと姿を覗かせる。
この濃霧では、大空を飛ぶことはレーダーを失った戦闘機のようなものになってしまう。
視界の殆どは私の背と同じ位大きい菖蒲の群れで遮られていた。
この辺り一帯は菖蒲畑なのか。
立ち上がって見渡してみると、ところどころに提灯か行灯のような光がちらほらと見える。
そういえば五月夜村は-------菖蒲で有名だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
これは夢なのだろうか。記憶している内容が夢に出てくるとはいうものの、これは
あまりにもあてつけがましい。
とりあえず私は頬っぺたを何度か平手で打ってみた。
「!!!・・・ぃたー・・・」
かなり痛い。
・・・どうやら現のようだ。
私は倭国での神隠しについて考えをめぐらせる。これは一様に全て八雲紫の行いだとは言い切れな い。
倭国では公的に神隠しの存在が認められ、科学的に研究され、そして恐れられている。
また幻想郷のそれに似た妖怪が出没し、訓練を受けた巫女や神官が駆除作戦を展開してきた。
多くは私が遠出したりする必要にかられることもなく、被害はあれど小さいものだった。
しかし褒められない過去が私にはある。
あるとき、村人から人身の犠牲を要求しだしたと言われる妖怪のことが耳に入った。
八雲がイタズラをやらかしてマヨヒガに空けた穴から、その妖怪が逃げ出したようなのだ。
急遽の要請を受け式神を送ったものの、そいつが類稀なる大失態をやらかし、村は壊滅した。
結果、隣村の神社の大神官がなんとかそいつを封印することに成功し、最後は私自らが出向いたの である。
神社には最強の式神を配置しておき、大変な目にあいながら境界を越えて助け船を出しにゆく。
当然のことながら、その神官を含め、仲間内から大目玉をくらった。
人肉を喰らう仲間くらい、彼女が自分で連れ戻すべきだったのに・・・。
だがその妖怪の事が詳しく思い出せない。ましてその名前も。
考えられるのは、私の失敗を今でも恨むこの村の住人の死霊が、何らかの力で私を呼んだということ 。
するとここは本来の五月夜村ではなく、「彼岸」のそれだということだ。
「あのマヨヒガのおてんば娘の仕業・・・? それとも別の新たな妖怪が・・・?」
それはない。ここのところ、幻想郷に特に目立った前兆のようなものは全くみられなかったからだ。
霧もなく、雷もなかった。いたって平和な春日和だったはず。
幽霊も妖怪も魑魅魍魎一切合財みんな幸せだった。
第一、あの境界いじりの不届き者は先日、弾幕戦による大ゲンカの末に叩きのめしたはず。
いきなりまた妙なことをやらかすとは考えられない。
その幸せに嫉妬した誰かの仕業なのか。
それとも、やはり五月村夜の死霊のなせる業。
あるいはこの村自身が私を呼んだ。
それにしても、記憶が飛んでいる。
幻想郷でよく思い出しては懐かしみ、微笑んでいた楽しい記憶も、途切れ途切れにしか思い出せない 。
私は過去のない人間となったということか。
そんな事を思いめぐらせていると、赤子の鳴き声が聴こえる気がしてくる。
(あやかしの声?)
私は御符を手にした。
1
あたりを観察する。へたりこんでいたところは袋小路だ。
ふと目を横にやると、牛車を待つための屋根のついた小部屋のような休憩所がある。
(あそこで作戦を練るとするかな)
そこは高台になっていた。高いとはいえ、むろん太陽に近づくことなどない。
ここからは先ほどの場所に伸びる道のほかに二つの道があり、三叉路の中心だ。
私ははっとして、口を開いた。
「まさかとは思うけど」
御符を四、五枚程取り出し、目の前の地面に投げかける。
大音響ののち、地面に人が何十人入れるかと思える大きさのクレーターが出来た。
「強行突破はムリ、と。・・・ってことは、出口を探せって意味かしら」
改めてここで身辺を確認しておこう。
休憩所には椅子が四つあり、三辺を硝子の壁が覆っている。私は目を前にやった。
ここでいくら待っても牛車が来ることはないだろう。牛鬼なら来るかもしれないが、
もとの世界で沢山見ており、いくら倒しても力でゴリ押し向かってくる、苦労させられる奴だ。
(ただでさえこんなところにいるのに・・・いやいや、考えちゃダメね。病は気から。
ヤな病がやってくるとも限らない)
さらに向こうの低地には祠のようなものが二つほど見え、緩やかな丘になっている。
反対の方向にも祠と社のようなものが見え、少し目をずらすと、その先には大きめの社があるようだ。
戻っても袋小路があるだけなので、動くならばの二つの道のうちどちらかを選ぶほかない。
少し前に御符でえぐった道の向こうには、祠のようなものも見える。
私はクレーターを飛び越えて左の道を進むことにした。
2
先ほどの場所から見えた祠のようなものは、大きな岩に過ぎなかった。
近くに置いてある行灯がそれを不気味に照らし出している。
今、右と左に分かれる分かれ道、それと背後に伸びる道が交わる三叉路の間にいる。
振り返ると霧がたちちこめていた。視界が悪いというのは気持ちが悪いものだ。
目の前の叉路の先では、時々途切れる霧の間から祠らしき物体が顔を覗かせる。
こう視界が悪くては不便で仕方がない。思い切って左に進むことにした。
進んでゆくと、再び三叉路に出た。左右へ分かれていてどちらも下り坂だ。
見下ろすと二つどちらの先にも祠と思しき建造物が見える。
そこにたどり着くには、背の高い菖蒲で出来た獣道のような道を歩んでゆくしかない。
とりあえず左、左と歩もう。
雨の菖蒲の表面を打つ音。ぱらりぱらり、と、この湿気に似合わぬ乾いた音を作る。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
遠くからでは祠に見えたものが、近くに来てみるとかなり大きな社のような造りの
建築物であることがわかる。鳥居は真っ黒な木で(暗さもあっての色だろうが)出来、
そのすぐ向こうにはこれまた真っ黒な洞窟のような祠がある。
門をくぐって祠に入ってみると、中には大きな岩が据え付けられていた。
その上には巫女装束を着た女性の人形があり、そのすぐ周りをしめ縄が取り囲んでいる。
祠の脇に目をやるとどうやら獣道があるようだが、小さい。そこから入るのは危険だろう。
祠の前には小さな机があり、小冊子がばらまかれている。
いずれにも「五月夜村伝承」との題名がつけられていた。
「ヒントでもあるかな。・・・まさかね」
ページをめくると、このような文面だった。
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・・・にへにえらばれたみこはきまつていたのだけれども、こんかいにかぎってだが
そのまはりをとりまくかぞくのものたちのはんたいにあつた。しんこうぶかいおやは
みこをよろこんでささげるかのごとくことばをつむいではいたがこころのなかではその
あいするむすめがとりさられることにいかりといきどおりとうたがいをいだいていた。
とくにははおやは、にへまつりのまえのよる、このようなことばをのこしている。
「ああかみがみよ、なぜこのようなことがあるのでせうか
あなたたちはあいするものをわたしたちからとりさります
あなたたちはあいするものをわたしたちからうばいます
ああ、わたしがむすめのかわりにささげられるのであれば
わたしはよろこんであなたがたのもとにむかいませう
よろこびのただなかにあるとき あなたがたは
うばい あやめ くらいつくし なきものとします
かなしみのただなかにあるとき あなたがたは
なぐさめにもならないようなよろこびをあたえます・・・
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私はふと、あの大失敗のことを思い出した。
もうちょっと強い式神を送り出していたら。
或いは、私自身がそれより先に出征していたのなら。
あの村も救うことができたかもしれない。
だが私は救助要請を受けたあの時、レミリアの必至の懇願で別の妖怪を退治していた。
しかし村を蹂躙したあの妖怪を、忙しさが故に誰かにまかしておきたいと思ってはいなかったか。
自分の命をすべて呈し、護らなければならないものがあったはず。
たとえそれが幻想郷の外だったとしても。
たとえ一時的に境界を離れなければならなかったとしても。
目を落とし、冊子を元の場所に戻す。
(いつまでも過去を憂うなんて・・・悲劇のヒロインになりたいとでも)
他を当たってみることにしよう。私は先ほどの三叉路に戻ることにした。
3
今度は右に足を進めてゆくと、かなり大きな祠にたどり着いた。数十人は入れるだろう。
道の先が大きく開けており、中央に位置する祠の周りを菖蒲が取り囲んでいる。
祠全体は周りに配置された提灯で少しばかり明るい。
祠の中は柱が立ち並んでいた。他には何も目立った祭壇のようなものは無く、
子供ほどの大きさの狸の像が台に置かれているのみだ。
これは狸のカミを祀ったものなのだろうか? それにしては置かれている場所が低い。
よく見ると、彫られた目が笑っている。
指でそれをなぞる私。どうやらこの置物はソメイヨシノで出来ているようだ。
(アリスの人形にしてはちょっとブサイク・・・)
「タヌキがこんなとこで陽気なものね。素材にあやかって花見でも・・・」
クッ。
「?」
(クッって聞こえた?)
見渡してみる。だが物音は背後からも、天井からも聞こえてこない。
「何かな」
クックッ。
音の出所がわかった。それは目の前の像が発していたのである。私は思わず手を撥ね退けた。
像が瞬きをする。
「!!!」
私は飛びのく。シャーッという声と共に、そいつは鋭い爪のついた手を天にふりかざした。
目は笑ったままだ。
「ようこそ霊夢。ここから出たいんだろう?」
「まぁね。でもそれにはあんたを倒さないとダメって寸法?」
「ありゃ、僕だけを倒せばいいとおもってるんだね」
「黒幕を出しなさいよ」
「あふろで様か。君には倒せない」
あふろで? 聞いたことがあるようだが、思い出せない。
「そもそも何で私がここにいるわけ?」
「死んでもらうためだよ」
狸の目が光った。周囲の空気が狸に吸い込まれてゆく。さっと後ろに飛翔する私。
「偽活『ファングレインフォール』!」
「この狭いとこで!?」
レインフォール。通常の弾幕の飛散ということか。
狸の周りの空間がぐにゃり、ぐにゃりと歪みを生じ出した。スペル発動のための集中によるものだ。
私は、発動したとき移動するための確保できそうな空間を探し、目を上下左右に動かす。
奴が気を集中している間にさっと後ろを睨むが、出口から逃げるには場所が悪すぎる。
乱立している柱を切り倒すにはちょっと時間がかかりそうだし。
目を目の前に戻すと、ちょうど狸が手を振り下ろしたところだった。
数多の爪が雨のように降り注いでくる。
どれも弾道がバラバラだが、その軌跡の間には四、五人ほど入れる空間がある。これはいける!
「所詮は雑魚」
すいすいと柱と弾幕の間を縫い、要所要所に防御の弾丸を配置し、掠りもせず化け狸に向かった。
板一枚の間を開けて私はその眼前で止まる。相当驚いたのか、ぽんぽこ野郎の弾幕が止まった。
裾の間から符を一切れ取り出し、ウインクをする。
化け物の瞳が大きく開かれた。
爆音。
あやかしの狸はうめいており、腹のあたりを痛そうに押さえているが、致命傷ではない。
少しでも、この妖しい世界から脱出するための糸口を得なければ。
「ぐ・・・」
「言ったでしょ、さっさと黒幕を出せって」
「ぼ・・・僕も言っただろ、君には無理だって・・・」
「あんたみたいなのを雇うとは、司令官の力も見上げたものね」
ケンカで負けた子供のように泣き出す狸。
「ひ、ひどいぞ! 僕だってがんばったんだもん! ウワァァン!」
そう負け台詞を吐いたと思ったら、私を避けながら大急ぎで祠を去っていった。
私は肩をすくめる。
「やれやれ」
さて、道を戻って出口のとっかかりを探さないといけない。
「あれ」
妙に気になることがあった。人差し指を頭につける私。
「私の名前って、こんなとこでも有名なのかしら」
4
先ほどの三叉路からさらに戻り、再び三叉路に出た。
こんなとき、携帯羅針盤でもあれば・・・。
いつもなら忘れ物を嘆くはずだが、この状態では忘れ物とは言えない。私のせいじゃないんだ。
今度は右へ右へと進んでゆくことにした。
それにしても。
この視界の悪さ。この霧と雨。幻想郷の霧は危険を意味するが、ここでは何より先に苛立ちが募る。
「あのナマイキなメイドでも片付けられそうにないわね、この天気は」
しばらくすると、また三叉路に出た。
「んもー、三叉路三叉路って鬱陶しいのよ作者ッ!
そんなんじゃ、無限ループになったゲームブックみたいじゃないのよっ!」
・・・と思わず愚痴をこぼす私。だがメタ視点はこれでお終いにすべきだ。
どうせ作者なんて何も聞いていないフリをするんだから・・・。
はぁ。
思わず溜息がもれる。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
しばし歩むと、今度はなんと四叉路に出た。これは酷い。
この世界にひきずりこんだヤツを問い詰めたい。そう、小一時間問い詰めたい。
ま、幻想郷では大団円となって一緒に花見をすることが多かったけど。
ここではそうなるとは限らない。
振り向いて、一応目印になりそうな木を見つけた。
これからしばらく探索を続けたら、今度はあそこに戻ることにしよう。
目の前を確認すると、道は綺麗に右、真ん中、左と伸びている。
ちょうどYの時の上の叉に一本道が加わったような感じだ。
「妙にわかりやすいわね」
それぞれの道はといえば、左から右になるにつれ傾斜が高くなっている。
この暗さと雨、そして霧にはばまれてはっきりとは見えないものの、
どの方角の先にも祠のようなものが見える。
そこにたどり着くには、背の高い菖蒲の間に出来た獣道のような
道を歩んでゆくしかない。
(またタヌキさんのご登場になるのかな?)
私の頬を雨が滴り落ちる。
「右・・・かな」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
こじんまりとした祠が獣道の真ん中に建てられていた。今度は人がようやく入れるような
電話ボックスのような大きさである。
中を覗くと、首をつられた人形が祀られていた。彼は倭国のみくび教という宗教の教祖で、
迫害を受けた後に絞首刑によって殺められたのだ。人形はてるてる坊主のようなつくり。
そこに残酷さがあまり見られないことが、逆に刑罰の残忍さを引き立たせている。
(人柱はどこの世界にでもあるものなのね・・・ここの世界はイっちゃってるけど)
ここで祠の向こうに目をやってみる。
菖蒲畑に隠れてよくわからないが、何やら社のようなものが見え隠れする。
だが先ほどから祠だと思ったものは大きな岩だったり、
逆に岩や祠だと思ったものが祠や社であったりするから目は信用できない。
「あそこはどうかな」
だが祠の左向こうにはさらに何やら建造物が見える。
(近いし、あっちにしよう)
5
近づくと、それは小さめの社のような建物だった。
黒い色の木でできた門をくぐると、奥の方に尾を沢山かかげた狐の石像があるのが見える。
九尾のキツネだろうか。だが、数えてみると尾の数は七しかなかった。
「・・・また同じ展開になるのなら」
御符を取り出し、集中して狐の像に向けて一枚放った。
「そう来るのね」
御符を防いた後、声を発する像。やはりそういうことだったのか。
「ねぇ、あんたなら何か知ってるはずよね」
「え? 何を?」
「とぼけないで。私がここから出る方法よ」
「出たいのなら、出口を探しな」
「出口がわからないから聞いてるんだけど」
「入ってきた理由も知らないの」
「それもわからないから聞いてる」
「わからない人には死んでもらうわ」
見ると石像の表面に亀裂が入り、中から紫色に光る狐が飛び出して叫んだ。
「妖園『タオゼントレイズ』!」
「ドイツ語勉強し直したほうがいいわ、あんた」
口にするや否や、紫の光の筋が数本降り注いだ。1ミリもないような細い糸のような筋である。
私は筋のちょうど間にいる。これが実体となって傷をもたらすまでには時間がかかりそうだ。
私は妖怪から目を離さず、ひとまとめにした御符の束を送り込み続ける。
御符弾という八百万の神の加護を受けた武器に耐えつつも、弾幕を繰り出してくる妖怪。
(ちったぁ根性あるじゃない。防御弾幕も最小限のものしか張ってないみたいだし)
狐に近づくにつれ、その顔が焦りに歪んでいるのがよく見えてきた。
「よっ・・・よう、妖符、ア、『アフロディーテの黄昏』!!」
「おぉっとぉ」
目の前に巨大なハート型の弾丸が現れる。
そのまま突っ込んでしまうところだった。危ないところだ。
重めの御符を落としている間は身動きが取りにくい。
私は重爆をいったん終え、ひとりでに追尾する符を出しつつそれを避ける。
「遅いハートね。そんなんじゃ意中のオスにとどかないわよ」
「う、うっさいわね!」
ちょっとした嫌味に同様したのか、弾幕が一瞬途切れた。
誰でも真剣な時に茶化されるのは嫌いだ。
ここで私は御符を連射に切り替えた。狐もハートを次々と繰り出すが、その遅さは笑える。
一体誰が左、前、右と規則正しく弾丸を撃てと教えたのだろうか。
轟音の中、あやかしの者の宣言が突き抜ける。
「犠矢『デストラクティヴレレヴァンス』!」
だが、その術が発動するにはあまりにも時間がかかりすぎていた。
狐の真前に浮かぶ私。
「スペルを変更するのが早すぎるわよ」
「・・・」
「それよりも、マスタースパークって知ってる?」
「?!」
6
先ほどの木。あったあった。
今しがた起こった事をちょっと復習してみよう。
魔理沙の魔法をまねた御符の投方により、狐は祠の奥に叩きつけられたのである。
(やはり、マーガトロイド嬢の仕業ではなかった)
文字通りその尻尾を掴みつつ、少しではあるが情報を得ることができた。
この世界はあふろでという妖怪によって出来たということ。
それだけだった。
あふろで。聞いたことがあるような、ないような名前である。
そこから先を聞こうとしたものの、「まだ先に敵が待ち受けているわ」だの、
「あなたにはたぬき汁がお似合いよ」だの嫌味の応酬で時間が過ぎ、
ふと私が手をゆるめた瞬間にスルリと逃げていったのだ。
ここは私から率先して問題解決の糸口を得なくてはならない。
とりあえずこれから出てくると思われる妖怪に注意しないと。
(さっきは右、左といったから・・・一番左ね)
獣道をしばらく歩んでゆくと、場所が少し開けた。
円形になっており、中央には拳ほどの大きさのやぐらがくみ上げられている。
やぐらの中にはこれまた小さな蝋燭で火がともされており、あたりを仄かに照らす。
(何か動いてる)
見ると、その周りを小指の先ほどの大きさの人間が歌いながら踊りを舞っていた。
これは「おどりびと」という伝説の妖精だ。魔理沙からその存在は聞いていたが、
実際に見るのはこれが初めてである。人に害を加える種類ではないとのことだが、
私は一応警戒して距離をとり、しゃがみこんで耳をよくすませた。
うたを歌っているようだ。
「はじめのよるは ひとおらず
ふつかめのよる ひとりおり
みっかめのよる ひとりおり
よっかめのよる ふたりいた
いつかめのよる あたまみつ
むいかめのよる ひといつつ
なのかめのよる あたまやつ
さあさあ ひとや ふえなんや
さあさあ ひとや ふえなんや
とおかめのよる ひといくつ
とおかめのよる ひといくつ」
(ほほう、なぞかけね)
ここで、おどりびとの一人が私に気付いた。踊りの輪を抜けてこちらに歩み寄る。
「おじょうさまや、わしらのうたは、なぞなぞなんじゃ。
とおかめのよる ひとのあたまがいくつになったかわかるかのう」
私は右手で頭を掻きながら、
「ンー、わかんないわ。わかったらなにかあるのかしら」
「そうじゃな、わしらがうちにかえれる」
「・・・幻想郷に?」
「そういうことじゃ」
(幻想郷にも、面白いのがいたのね)
「おおしえたいことがあるのじゃが、それにはこのといにこたえてもらわねばならん」
ヒントをもらえるということか。私はもう一度歌を歌ってもらうよう頼んだ。
「ひとおらず・・・ひとりおり・・・ひとりおり・・・」
初日にゼロ、二日目に一、三日目に一、四日目にニ・・・
これではまるで人間界で有名な受験数学ではないか。
ああ、なんていやな世界にきたんだろ。
「あっ」
思わず声を上げた。
そう、魔理沙と会話していたとき、魔法の術式で数列がなんとかという話を
彼女がしていたのを思い出した。なんとか数列って言ってたっけ。
記憶が走馬灯のように目の前をよぎった。
---
『これはフィボナッチ数列って言うんだ。0,1,1,2,3,5,8・・・規則があるだろ?』
『まったく見当がつかないけど。私数字に弱いの知ってての狼藉?』
『あはは。だから、いつまでたっても香霜堂のツケが返せないんだよ』
『それはあんたも同じ』
『まぁいいや。この数列は、前の数字とその数字を足すようにできてる。
最初は0。次は1。足すと?』
『え? あ、1よね』
『そう。それを繰り返すんだ。次はその答えの1と、前の数字の1。答えは2だろ?
その2と、前の数字を足す。すると3になる』
『そーなのか-!』
---
ありがとう、黒いの。
私は繰り返される歌の内容をたどった。
六日目に5、七日目に8。5と8で八日目は13、九日目は8と13で21。
これくらいの計算ならできる。嬉しさに、片方の唇の端を上げる。
「おどりびとさん、その答えは三十四人ね」
すると、踊りを舞っていたおどりびと達の動きが止まった。
何やら大歓声に包まれ、手を叩いて喜ぶ者、飛び上がって叫んでいる者までいる。
少し前に私に語りかけてきたおどりびとが、顔をあげて言った。
嬉しそうに顎髭を撫でながら、
「わしらはあふろでにのろいをかけられ、なぞかけのうたをうたわされつづけておった。
こたえをいえるものがあらわれるときまでな。
・・・もしかしてあなたはれいむさまか」
「そのようね」
「おお、やはりそうであられたか。ほんにありがたや、ありがたや。これで幻想郷に戻れる」
そう、長老と思われるおどりびとが言うと、一人、また一人と仲間が空中に消えていった。
いずれも歓喜の黄色い声をあげながら。
(・・・ちょい待ち、ちょっち聞いておかないと)
「ねぇ、あふろでってどんな奴?」
「おそろしいようかいですじゃ。いちど、むらをひとつかいめつさせたことがあるそうな。
このせかいのでぐちは、かのじょじしんだといってもさしつかえなかりましょう。
れいむさまは、そうじゃな、あとふたり、かのじょのなかまとでおあいになられることじゃろうて。
くれぐれも、くれぐれもおきをつけなされ」
彼の姿が消えてなくなった。櫓はそのままであり、明かりがぼんやりと寂しげである。
あふろで。まだ思い出せない。
「んー・・・私も一緒に幻想郷に戻れたらよかったんだけど」
7
四叉路の中央には木があったはず。
(あったあった・・・その前はなんだっけ。最初は袋小路から三叉路に行ったわよね・・・)
獣道をたどってゆくと、大きな岩の道に出た。その向こうには休憩所が見える。
「あー、よかった」
だがこれでは、振り出しに戻る、である。
「まさかここの総大将、ゲームと同じ様に行く先々に中ボスを配置してるんじゃ・・・」
与えられるヒント。散り散りにされた情報。マニアックな会話の内容。
それら全てがどうもゲーム性を帯びているような気がしてならない。
私も一度シューティングゲームというものをやってみたが、X軸とY軸だけの間の移動であって、
弾幕の避け方は赤子が泣くのと同じくらい簡単だったのだ。何しろ上下軸の移動がない。
だが幻想郷やここでは動き方は三次元、いや四次元であり、時として避けそこねた弾丸は
命にもかかわることがある。
それに。
ゲームのように死んで復活できる、所謂コンティニューが出来ない仕組みになっている感が否めない。
これは妖怪によって造られた場所ではあろうが、まぎれもない現実なのだ。
そう、コンティニューは出来ない。ノーコン、つまりノーコンティニューで行かなければ。
(不死鳥の羽根を煎じた茶があるなら別だろうけど)
ここで再び三叉路に出た。
今度は進路を右へと変更しよう。しらみつぶしに動いてゆけば、いずれ敵の司令塔に当るはず。
進んでゆくと、薄闇に満ちた霧の中から社が見えてきた。かなり大きな造りだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ここには鳥居や門はなく、倭国の社を特徴づける注連飾りや象徴は見当たらない。
境内を進んで宮の中を見てみると、そこは何十、何百畳ともありそうな広さの広間だった。
高さも目を見張るほどで、天井は櫓造りのようになっている。
奥には何やら祠と思われるものがあるようだが、闇に隠れて見えない。
辺りを見回すうち、どこからともなく、涎を垂らした犬が私の周りに浮かびあがった。その数ざっと五十 。
どの犬も目の光りがおかしい。
狂犬か。
私目掛けて何かを吐き出す犬たち。見ると遅い貧弱な弾幕だ。唾のつもりだろうか。
最初の弾丸を斜め上に飛翔して避け、個別に追尾できる御符を出しはじめる。
「ワンコと遊んでる暇はないのよ」
ギャン、ギャンと次々に悲鳴をあげて消えてゆく妖怪の群れ。
私の神社にもたまに犬が遊びにくるので、狂った妖怪といえど殺めるのはちょっと気が引ける。
どんどん増える犬の大群を適当にのしつつ、私は部屋の奥へと注意深く飛び寄っていった。
「霊夢」
前の方から私を呼ぶ声。
三つ首の異様に大きな犬が、巨大な祭壇の中央に鎮座していた。その姿は銀白。
その目は燃えるように私を睨み、白い体からは熱気が煙となってほとばしる。
「わが名はけるべいぬ。我等の女神の命をけがした者はお前か」
その犬・・・いや妖怪は私に向かって猛然と駆けてきた。肉弾戦となるか?
(美鈴戦での経験が活かせるといいけど・・・草薙の剣の御符はどこ?)
探している間も、犬は猪突猛進にこちらに向かってくる。牙を向く化けもの。
私は距離を測り、衝突・裂傷を避けるべく体勢を整える。
ぶつかる直前、左に鋭く傾いた私。だが犬は宙を蹴り、同時にそちらに方向を変えた!
「な・・・」
どぅっ。
猛然とした体当たりを食らわされ、私は出口付近の柱に叩きつけられた。
背骨から尾てい骨まで、しっかりと打撃を受けたのがわかる。
温かさを感じて手を後頭部にやる私。思ったとおりだ、かなりの出血。
弾幕が一段落した。今展開されていると確実に被弾しているだろう。
(っつ・・・読みが浅かったわね)
犬はというと、ぶつかった地点あたりに降り立ち、後ろ足で床を掻いている。
「かける土はないわよ。・・・余裕ね」
力なくへたりこんでいる私はそう言ってやった。
「そう言っていただき光栄だ。私もあふろで様の配下の一人だからな」
私にとどめを刺さんと向かってくるでもなく、会話に興じる余裕を見せる妖怪。
「お風呂だか、アフロだか、なんだかよくわかんないやつでしょ」
「その呼び方! 万死に値する冒瀆」
「冒瀆ってちょっと、私を拉致したのも冒瀆じゃない?」
「問答無用!」
そう言うとけるべいぬは再び突進をはじめた。この小さな場所ではまともに避けられない。
(御符が出てこない)
痛みのせいだ。前を見ると、犬が床を蹴る間間に体が床から離れている。
(隙間・・・!)
私はこちらから犬に向かっていった。驚いたような顔をする真ん中の顔。
ぶつかる直前に私はすべりこみ、その腹にそっと御符を投げ付けた。
通り過ぎたところで右の顔が振り向いて言う、
「なんだこれは」
そのとき御符が力を解放した。天井にまで叩きつけられる地獄の番犬。
「ぐっ・・・おのれ・・・!」
落ちてくると思ったが、その背中に漆黒の羽根が花開いた。
「あんた、空も飛べるんだ」
「お前も同じだろう」
「この部屋、広いからね」
「どこぞの世界の、機械で興じる弾丸遊びと同じだ」
「そうね。でもこれは遊びじゃない」
「遊びでないからこそ、お前を消さなければならん」
「消されるのはわんちゃん、あなたのほうよ。お手してくれるなら別だけど」
「ほざけ。牙砲『プロクシミティスフィア』!」
叫ぶや否や、弾幕が数百という数で私の周囲に現れた。
(あえて私の居た空間で発生させないとは、調子にのってるわ)
動ける空間は、まれに袖下や袴の端が触れてしまう狭さ。だが弾丸ひとつひとつの速度は亀並みだ。
とはいえ、弾の数が次から次へと増えてゆく。動きやすさが阻害されるのは言うまでも無い。
私は念を入れ、自分の不注意による杜撰な動きをさけるため、御符を一つにまとめて送り出す。
同時に護符を展開し、攻撃と防御の均衡をとるようにする。
こうしてあえて力を使うことで、突然のうっかり傾斜やうっかり後退を防ぐのだ。
だがこうしていられるのも今しばらくかもしれない。頭からの血が半襦袢にまで達しているのがわかる。
弾幕と御符があたりを飛び交い、犬の姿すら見えなくなってきた。耳をつんざく発射音の二重奏。
突如として、目の前に光が煌く。瞬間的に並行に並んだ三本の槍となり、こちらの方向を向いている!
(レーザー・・・発動が速いッ!!)
その瞬間、大きな音がして私の周りの弾幕がすべて散った。
「!?」
幻想郷での妖怪などとの戦いにおいて、似た現象がある。ある程度の力をもった敵を相手にした場合 、
その相手が新たな魔法や術を用いるときにはその集中力が切れ、放った弾丸が効力を失う場合があ るのだ。
「私としたことが。幸運な奴め」
「よく言われる。私に倒される犬っころも幸運よ」
「ほほう。ではこれはどうか。牙樂『白銀の舞い』」
巨大な白雪の結晶のようなものが数十個、ふわりとあたりを漂い、私の周りを等間隔に球状に囲む。
それ全体が妖怪を中心として円形に移動しはじめた。
あたりにはさらに弾丸が浮遊しており、これから脱出しても移動は難しい。
「どうするつもり」
結晶が一つ、また一つとはじけとぶ。私は目をしばたかせた。
・・・消えてなくなった結晶から弾丸がこちらに飛んできた!
私は最初に出てきた弾丸にわざと向かってゆき、最後に爆発するであろう結晶をかすめて
その場から脱出した。
再び私を囲む結晶。
(数が・・・増えてる!?)
結晶の弾けるタイミングも間隔が短くなってきている。
「どうかな」
余裕の表情でそう口にする妖怪。
「卑怯ね、囲むなんて」
私は弾丸から逃げ出した後、そう言ってやる。
「どのゲームにも逃げ道はあるものだ」
ふと、囲んでいた結晶が一つ消えた。
爆発したのではなく、逃げ道を用意するかのごとく消えたのである。
今だ。
私は化け犬の目の前にまで突き進んでゆく。
それが甘かった。
あと一歩で御符の重爆撃を叩き込めるという距離のところで、結晶が順に現れ始めたのだ。
後ろにも左右にも退けない。それには敵の弾幕が多すぎる。完全に囲まれた。
だが最後の結晶が現れる直前、私は御符を一枚取り、束に隠して犬の背後に送った。
(バレませんように)
幸い奴は気付いていない。
その隙間に結晶が一つ現れ、私を囲む球を完成させた。
半透明の結晶の壁を隔てて、妖怪と対する私。
「逃げ道はないわね」
「そうだ」
「あなたの逃げ道よ」
「!?」
私は微笑みを浮かべた。結晶から弾丸が放たれたが、私はそれを軽くいなす。
「槍符『ロンギヌス』を仕込んだわ」
結晶がまた一つはじける。けるべいぬの左端の顔がゆっくり後ろを向いた。
「・・・私としたことが」
次の結晶がはじける。それを避けながらお茶目に言う、
「尻尾の蛇、ずっとこっち見てたわよ。あなた顔も三つあるのに」
妖怪の背後で、御符が大きな槍となった。
8
私は再び三叉路に戻り、左に向かう獣道を選ぶ。
先を見ると東西を横切るような林があり、その陰からはちらりちらりと建造物が見える。
が、それも気のせいかもしれない。この天気では。
行灯、そして提灯の明かりもあまり役には立っていないようだ。
菖蒲・・・というよりも、化け物そのものといっていい大きさの植物の壁の間をゆっくり飛ぶ私。
上を飛翔して全体の地形を掴みたいところだが、霧が酷い。
しばらく飛んでいると、どこからともなくシャッ、シャッという音が聞こえてきた。
(なんだろう)
私に、その音が迫ってくる。
(かまいたち!)
防御の御符を出している暇はなかった。
「くっ」
大急ぎで追撃の御符を送り出し、見えない敵の悲鳴を聞いた後、私は地面に落下、倒れこむ。
両腕と足首、そして特に首筋が酷く切られている。
「気味の悪い切れ方ね・・・じき治るだろうけど」
長居は禁物。この獣道にまだ何が潜んでいるかわかったものではない。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
獣道を抜け、林を抜けてゆく私。
しばらくすると、大きな教会のような建築物の玄関らしき場所にたどりついた。
石畳が百メートルはあろうか、はるか向こうのぼんやりと黒光りする建物に続いている。
数メートル感覚で灯篭が立っているが、その光は今にも消えそうだ。
「お迎えが来る感じがするわね」
そうこぼしたその時、文字通り天から何かが降ってきた。
タツノオトシゴの形をしたそれは、地面スレスレのところで止まり、こう言う。
「俺はタツノミコ」
「偉そうな名前じゃない」
「俺の打撃で、あなたは倒れることになる」
「ほう。同じようなセリフをお友達三人からもう聞いてるわよ」
「人柱のくせに、小生意気な口を叩きますね」
「あんたこそ、お腹で子供育てるくせに」
「それは関係ありません」
「去年育てた子供も、どうせろくなやつに育ってないでしょ?」
「それも関係ありません」
「あの建物、えらく豪華ね。ボスがいるの?」
「彼女は人身供養の儀式のため精力を使い果たそうとしておられる。
俺はそれを助けるため」
「ようするに、あふろでさんが、自分が弱いから私を弱めておけと」
「それはタブー」
と、突然雷鳴が響く。あたりの空間が歪み始めた。
はじまる。
「雷龍『フォールンディセンダンツ』」
浮遊し、御符を繰り出す私。
しばらくすると、タツノオトシゴの腹からわらわらと何やら出てきた。
小さなタツノオトシゴの集団である。その数およそ数百。
「趣味悪。自分の子供を武器にするか普通」
子供らがお行儀よく碁盤状に並んだ。顔はすべて真っ直ぐを向いている。
数秒後、金属音と共に碁盤の辺の子らが光の筋を直線に飛ばしてきた。
(外に逃げさせないつもりね・・・縦一列の縦列爆撃か・・・それとも篭目爆撃か・・・)
マシンガンのような音とともに、小さな龍たちの口から弾丸が放たれた。
(直線か。でも油断はできない。顔の向きを変えるか、変えずに弾道を変えるかも)
その間隔は私がかろうじて通り抜けられそうなもの。
先を見渡すと、タツノオトシゴの子孫たちの間には隙間がある。
幸い本体のタツノミコもまだどの術を使おうか考えあぐねているようだ。
この弾丸なら難なく進み、親玉を中心に御符をねじり込むことができるかもしれない。
私は御符を両手の指の間にはさみ、それを投げつつ親を目指し進んでゆく。
すると、突然弾丸の流れが変わった。
左半分の子らが私の右側へ、右半分の子らが左側へそれぞれ顔を向けたのだ。
(やはり、篭目)
「ぉおっと」
あやうく弾丸が重なっている所に身を晒すところだった。危ない危ない。
弾幕の間にとりあえずホバリングする私。
今は籠の中のちょうど中央にいるといったところか。
(でもいつまでもここにいるわけは・・・)
追撃用の御符は今も投げ続けている。問題はここからどう動くかだ。
本体が動いて何か発射してしまうと、それこそ万事休すということになる。
幸いこの妖怪の弾幕は比較的ゆったりとしているが、篭目自体左右に揺れている。
作戦を練っていると、私の前の数体が光を帯び始めた。
「やばい」
(・・・あれ・・・この現象・・・どこかで・・・)
私は思い出した。
このタイミングで全てを思い出すとは。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
あふろでという妖怪と、彼女の従えた四体の妖怪。
四天王と呼ばれる妖怪がいた。そのうちの三人が特徴的な弾幕の使い方をしていたのだ。
まず使い魔を繰り出し、その中の一つの群れを境界拘束の弾丸発射のために使う。
さらに他の使い魔の弾幕で囲み、さらに数体を用いてレーザーを光射させる。
術者である本体の妖怪は高見の見物にしゃれこむという保身欲望満点の方法だ。
遠方の獄境国地方を支配していたその四天王の一人が、タツノミコという妖怪だった。
彼らの暴虐を始末するため私は遠征したのだが、彼だけが最後まで見つからなかったのだ。
まさかこいつがその最後の一人だったとは。
・・・だがこいつは生者の匂いがプンプンする。なぜここにいるのか?
ふと会話を試みたくなった。だが轟音の中なので、ほぼ叫びに近くなるのは致し方ない。
「なぜこんなこと。逆恨み?」
「そう。あふろで様と仲間を殺めたことへの」
「あんたたちが暴れてたからよ」
私の前に位置する小さなタツノオトシゴが、さらに光を増す。
「それには理由があった」
私はまだ目を子供らから離さない。
「どういう理由よ」
光り輝く子供が、一筋の縦方向の光を放出した。そろそろくる。
「あふろで様は俺たちによくしてくださった。だがあなたは彼女を・・・!」
光の筋はこちらにどんどん近づいてゆく。
「よくした? 自分勝手な理由で、人を平気で殺めるような奴が?」
絶え間ない篭目となりつつある弾丸。
その隙間を確認しつつ、光線が実体とならない間に隣の隙間に移動しなければならない。
タイミングが難しそうだ。光の筋の速度に目をとめ、ゆっくり右に移動する。
タツノミコがさらに強く叫んだ。
「あふろで様の為に! 死んでもらう!」
光線が実体を伴い、移動をはじめた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
こいつの崇拝しているあふろで。
人肉も妖怪の肉もどちらも大好きで、
しかも常に食べていなければならない過食ぎみ。紫お嬢よりタチの悪い妖怪。
彼女は不死鳥の羽根を禁術に転用し、全てを破壊しつくそうとした。
そんな奴がこいつの為によくしただって?
私の大好きだったセラフィをふざけながら冥界送りにした、女神きどりの奴が?
それにしてもこのドラゴンもどき。説得は可能だろうか。
私は放っている御符の流れを止めた。防御用の護符も流れが止まる。
御符の射撃音がなくなり若干音の落ち着いた騒音の中、私は声を荒げて伝える。
「あんた、見る限り生きたままここに連れてこられたわね。
言っとくけど、あんた騙されてるわよ」
「う・・・うるさい!」
厳しい調子で答えるタツノミコ。
光の筋は私の目の前数メートルの所で止まり、消滅する。
(危なかった)
と、今までその光を運んできた子供が大音響とともに爆発したのである。
「!?」
その破片はらせん運動をする弾丸となり、こちらに向かってきた。
周りには身動きすらままならない篭目の弾丸。そしてこの新たな動きの魂。
見ていると、それ以外にもうねりをもってこちらに向かってくる小さな弾の群れがあった。
弾丸の一つが私の袖をかすめる。
「あふろでは救いようがなかった。それでもあんたは彼女を選んだのよ」
「・・・」
もう一つの弾丸が私の腰をかすめた。
「あふろでは狂っていた。あんたは利用されてるだけ。
私を殺してもあんたの友達は戻ってこないわ」
「何も・・・言うな! 黙って死ね!」
奴が焦りはじめた。
「あんたは選んだのよ。破壊をもって破壊に報いることを」
腹に鈍い衝撃があった。
弾丸が穴を開けるところだったが、袖からすりぬけていた御符でかろうじて止まっている。
通常なら軽い爆撃を行うために使う御符で、防御には適していない。
だが、これがなければ確実に死んでいた。
護符は弾丸のもつ力に空気を震わせ、ヂヂという電子音を発している。
落雷の如き大音量があたりを包み込み、空気がタツノミコに向かって集約してゆく。
同時に、そのスペル宣言の雄叫び。
「愕刃『オングラウブリッヒ・スヴォルティック」
幾千万はあろうかと思われる腕ほどの長さの剣が、私に向かって降り注いできた。
あれを発動するなら、今しかない。
「いくら説いても、聞いてもらえないようね」
するとタツノミコが叫ぶ。戻れなくなった者の叫びだった。
「だまれ!」
私は腹の寸前で止まっている護符に手をやる。
今まで経験したこともなかった電流の衝撃が体全体を覆った。
だがこれを使わねばなるまい。
「弾丸、使わせてもらうわよ。 麗符『夢限界廊・華』」
9
気が付くと、私は石畳の上でうつ伏せになって倒れていた。
横にはタツノミコの生気の抜けた骸が転がっている。
「倒したのか・・・」
彼女との戦いがこれから待ち受けていることは判るが、少し休憩せねばなるまい。
仰向けになる私。石の埃や血で汚れきっているが、気に留めたくもない。
相変わらず陰鬱な空を眺める。
あふろで。
一度倒したはずの女妖怪が、こんなところで何をやっているのか。
私を呼んで儀式に使う?
復活するためか。それとも儀式はお遊びだけが目的で、私を弄ぶのが本望なのか。
あふろではある日を境に完全に狂った妖怪だ。
改心の余地ゼロ。彼岸に送り届けるべき生き物に成り下がったのである。
だが、妖怪にも良心があるものがいる。幽霊の中にだって。
いかにヒトでない形であるからといって、本当に全く正気を失えるものなのだろうか。
人間だっておかしくなってしまうことがある。
先ほどのタツノミコは一瞬ではあるが動揺を見せていた。
あふろでだって良心の欠片があるのだろうか。
いや、それはない。私の愛する仲間をあんな目にあわした奴になど。
セルフィは私の大切な友達の一人。かわいらしいレプラコーンの女の子で、
とある教会の傍の樹がお気に入りの娘だった。
---
『ねー霊夢たん、またあのゲームさせてよー、とーごーなんとかー。』
『違う違う。とうほうだよ、とうほう』
『それそれー。とーほー。』
『どうせやったってセルフィは、いつも最後のボスでやられるじゃない』
『だって難しいんだもーん。コンティニューしたって無理だよー。』
『難易度は標準だよ? あの様子じゃ、イージーモードにしても無理だと思うけど』
『そんなことないよー。イージーだと、簡単すぎるしー』
『まずは簡単なやつから慣れないとね。それとも・・・プライドが許さない?』
『それを言わないでよー。・・・あ! いいことかんがえたー!』
『なにかな?』
『あのボスの手前でー、霊夢たんにかわってもらったらいいのー!』
『・・・それはだめ』
『ねー、やってもいいかなぁー? とーほー!』
『わかったわかった。今ゲーム持ってくるからね』
『わーい♪』
『セルフィも一回や二回くらい、ノーマルモードでノーコンクリアしなきゃね・・・』
『うんうんっ! セルフィがんばるーっ!』
---
今彼女は、冥界で完全に迷子の状態である。その力では脱出などままならないし、
幽々子に探索を頼んだものの、ずっと住んでいるはずの彼女自身が迷子になりかける始末。
そんな状態に「遊び」と称して追いやった奴など、悔い改めの余地はない。
「改心すれば救われる」とある宗派が説いていることは聞いている。だが、それは気休めなのだ。
私は立ち上がると、倒れこんだ海の幸を横目に見つつ、教会の入り口に向け進んでいった。
10
その教会は、幻想郷にあるそれとあまりにも酷似していた。
天にまで聳えるゴシック調の墨染めの礼拝堂。黒い槍のような塔が天を突き刺す。
その巨大な扉は生半可な御符では開けそうにない。
「あふろでッ!!」
そう叫んでしばらく経つと、その扉がギギギときしみながら内側に開いた。
ゆっくりと歩みを進める私。
床はこれまた黒色の木製で、歩むほどにギシ、ギシと音をたてる。
それにしても巨大な空間だ。
数十メートルはあろうかと思われるほどの天井までの距離。広さはテニスコートがいくつ入るだろうか。
壁に沿って等間隔に配置された柱もまた漆黒であり、そこにランタンが埋め込まれ発光している。
ステンドグラスで採光することはしないのだろうか。いかにも堕ちた女神が好みそうな雰囲気だ。
闇に、死に、絶望に満ち満ちている。幻想郷にあるクリソツの教会だって、ここまで陰鬱ではない。
誰かの声が響き、エコーとなって私の耳に届いた。
その声にはもちろん聞き覚えがある。
「よくきたわね、霊夢」
声をする方向を向く私。
部屋の端の長椅子の中央あたりに座っていたのは、やはり彼女だ。
数年前見たとおり、季節にかかわらず紫色の浴衣を着ている。その容貌は妖艶ですらある。
多くの妖怪や人間が彼女に心を奪われてしまうというのも無理はなかろう。
私は彼女から目を離し、向かいにある教会の象徴に視線を投げかけた。
それは足元にある篝火で幽玄に照らし出されている。
「あんたがここを造ったのね。出してほしい」
「それはできない。私が復活するには、あなたの血が必要なのよ」
「人柱?」
「そう、私。あなたに自分の人柱としての可能性を見出してもらいたかった」
「勝手に贖罪の主人公にしない。自分がなればいいじゃないの」
「復活には犠牲が必要なのよ。巫女であるあなたのね」
改めて彼女に目をやる。
「・・・ここは、彼岸?」
「ちょっと違う。冥界といっても、本来のものを模したものよ。
死の瞬間、私は次元を歪めてここを造り、復讐の機会を待っていた。
ここで生きている人間はあなただけ。呼ぶのに苦労したわ」
「・・・?・・・さっきの龍気取りの奴は?」
「ああ、あれ? 『反生霊』となってもらったの。
あなたに消された以上、黄泉にも幻想郷にも帰れない」
彼女を睨む私。唇を強く噛みこむ。
「彼はあんたを信じてた」
「結構なこと」
「利用するだけ利用して、自分だけ復活しようというわけ」
「そのとおり。悪いかしら?」
「仲間からの信頼を踏みにじった」
あふろでが足を組みなおすのがわかった。
「私は自分に呪いをかけてる。あなたは私を倒さないとここから出られない。
もっとも、私が執り行う儀式に参加してもらうか」
「・・・」
「もしくは、死んでその血を使わせてもらうか・・・この場合、あなたは本当に彼岸行きよ」
「あんたに言われたくない」
「あなたたちが、私とその仲間を殺した」
「あんたらが村人を殺したからよ。因果応報」
するとあふろではニヤリとして、
「そして私はあなたのお友達を『転葬』させた。セルフィちゃんだったっけ?」
「!」
私は歯を食い縛る。女が続けた。
「かわいそうな子だったわね。
幽々子お嬢様でさえ見つけられない、冥界の最果てに飛ばしてあげたわ。
今度はあなたの番」
「死ぬことに」
間。
「死ぬことになるのは、あんたの方よ」
私が言い終わると同時に、あふろでは教会の奥へと飛んで行く。それを見つめる私。
彼女との距離はかなりある。やはりスペルを発動するつもりか。
私は御符を繰り出した。
教会に女神の声が響き渡る。
「供儀『アンティゴニック・オファリング』」
11
忌むべきあやかしのスペル発動がはじまる。私は身構えて浮遊。
妖怪の開かれた腕からは巨大な火の塊が射出され、私と彼女の間で止まった。
(スフィアということは・・・拡散、その後、間を縫う追尾もしくはランダムな弾・・・)
思ったとおり、その塊は数秒後に乾いた音とともに破裂し、無数の赤い弾丸を発射した。
それらは飛び出したそのままの軌道で拡がりゆく。
(きたわね)
私はその間を縫い、敵の方向を目指した。と、周囲の弾丸が飛散をやめて凝固する。
(!?)
動きすぎたか。左の袖下が弾丸に振れ、布に黒い穴が空いた。大丈夫、腕は無事。
弾丸は徐々に動きをはじめ、先ほどまで火の玉があった場所を中心に地球儀の如く回転しはじめる。
この遅さと狭さなら、ヘタに動けない。私は防御の符を配置し、追尾の御符を多めに投げ始めた。
しばらくあふろでの唸り声が続いたかと思うと、今度は私の周り数メートルの弾丸が固まる。
(単発のくせに、えらく凝ってるわね)
そう思ったときである。弾丸が私の方にせばまってきたのだ。
「まずい」
単純移動を繰り返すだけだとたかをくくっていた。それが間違いだ。
通常の弾幕ならば、ある程度の動きがあれど、それらを動く壁ととらえることで移動が容易になる。
が、壁が自由自在に可変するとなる話は別だ。
頬に弾丸が通り過ぎた微風を感じながら、私はなんとかその間から抜けだすことに成功した。
「よし」
取り囲むことに失敗した弾丸はあさっての方向に流れていったが、今度はまた別の群れが
私の周りで固まった。
(凝固、追尾か・・・)
御符を送り続けながら、動く壁の間を縫う。すると、あふろでの方向に光るものが幾つかあった。
シュゥと音を出しつつ、綺麗な弧を描きこちらに向かってくる。
(あの光は・・・追尾型!)
とっさに護りの符を目の前に張る。
(間に合わない!)
吹き飛ばされ、柱に全身を打ちつける私。だがここで気を失っては全てが無に帰してしまう。
あふろでが腕を振り上げた。さらなるスペル発動なのだろうが、弾幕の消滅はない。
彼女もまた本気なのだ。
菖蒲ラヴァーの目の前に巨大な棺がいくつかほど出現した。
この現象は生前の彼女と合間見えた時にも見ている。
「葬贖『ラメンティング・アイリス・レデンプション』」というものだ。
その時は宣言・発動の少し後に霊符をたたき込み決着となっただけなので、
これから弾幕がどの様な動きをとるかは私にもわからない。
棺がゆったりと始動した。
(文字通り棺桶か)
力を振り絞り、再び浮遊する。棺がこちらに向かってきた。
どうやらこの棺はいったん目標を定めると、あとは真っ直ぐにしか進めないらしい。
さっとそれに目をやる。菖蒲の茎で覆われているようだ。中に蠢くは闇そのものか。
あふろでは球状に動く弾幕をさらに貼り、棺の間にさらに障害を作った。
しかしその動きが異様に遅い。その間を縫いながら、
(いやに遅いわね。何を考えてるの)
思った矢先である。彼女が手をふりかざすと、数え切れない程の十字架が現れた。
長い柄をこちらに向けるように動き、止まった。ダーツのつもりか。
それに注意を払っていると、球となって動いていた弾幕が一挙にその進行方向を変えた。
(まずい)
十字架が一つ、そして一つと、疾風の如き速さで私めがけて飛んでくる。
さらに、彼女の周囲に新たな棺が出現した。
(!)
死をもたらす棺桶、気まぐれな弾丸の地球儀、それに十字架状の弾丸。避けきれるか。
と、私のすぐ上を十字架が猛スピードで通り過ぎていった。
それを避けた所の別の十字架に防御の護符を貼ったが、十字架と見えるのは十字の短剣のようだ。
(咲夜の真似事っ!?)
十字の形というのも気に障る。この妖怪がセルフィを殺すのに使ったものと同じ。
(棺に動く丸いの。それに追尾・・・幽々子の使ったような、あのストーカーじゃないのが幸いか)
ここで私は左手で、御符を鳥の形に折り始める。右手は御符の送り出し役だ。
(うまくいくか)
四方八方を取り囲む弾丸の群れを避けながらのこの作業は、常に危険がつきものだ。
できるだけ左手を経験という流れにまかせ、右手で射撃しつつ移動に集中する。
最後に羽根の部分を折りあげたところだった。私の腹に何やら衝撃。
送っていた御符の流れも止まる。
「?」
あたりを飛び交う弾丸や棺が一瞬フリーズしたように思えた。
気のせいである。
私の腹部に、短剣が深深と突き刺さっていたのだ。
(ぬかった・・・)
痛みは感じなかった。痛みなど感じている余裕はないのである。
私は柄に手をかけ、一気に引き抜いた。
ほとばしる血流。あふろでの黄色い声が耳をつんざく。
「あはは、お気に入りの武器はどう?」
私は叫び返す。
「卑怯な真似を」
「戦いに卑怯なんてない」
「じゃあこれも卑怯かしら」
爆音。
彼女の後ろにあったオルガンが爆発したのである。
しばらく立って、苦悶の悪態があがった。
刹那、彼女の送り出す弾幕の間に大きな隙間が出来、私はその間を通り少しずつ前進しながら言った 。
「私が送った追尾の御符、全部命中してなかったのはどうしてだと思う?」
「騎士道に反する」
「あなたもね」
紫色の服をまとったあやかしがスゥと息を吸い込むと同時に、周囲の弾丸が音を立てて弾け、消滅した。
先程の爆発で力を消耗したか。
口が開かれ、新たなスペルの宣言がなされる。私は若干後退し、様子を伺う。
「蘇死『菖蒲のよみがへり ~アケロンへの言伝~』!」
菖蒲の花が彼女の周りに出現した。
大きさは頭ほどだろうか、数個ずつならび、間隔をあけて波のように迫ってくる。
これならば避けられないことはないだろうが・・・
(どうせ目くらましの弾幕張っておいて、追尾型のを送るのね。ありがち)
横に移動、縦に移動。これを繰り返してゆくうち、鈍い重低音が聴こえ始めた。
(やはり)
目の前の方向から、人一人飲み込むほどの大きさの弾丸が放たれた。
その周囲はエネルギーを吸収しているだけで害はないが、その黒い核に触れると即死する。
それが数個つらなって私の方向を狙ってきた。
(完全に追尾しないとはいえ、面倒ね)
御符を連射しつつ移動する私。だがその移動の速度が速すぎた。
(ちっ)
菖蒲の花輪型の弾丸をかすめたのだ。
ふくらはぎあたりに激痛が走りはじめた。恐らく出血しているだろう。
歩く必要がないとはいえ、この痛さでは浮遊していられるのも奇跡的といえる。
あふろでの声が轟いた。
「知恵・・・これが私の花の花言葉」
御符を投げながら大声で叫んでやる。
「花? あんたの地獄への餞にするわ」
短剣が刺さっていたところが、ズキン、ズキンと痛みはじめた。
頭も朦朧としかけている。これ以上血を失うのは危険かもしれない。
「女神・アイリスは死者を冥界に連れてゆくのが役目。
大丈夫、お友達はハデスにもいるわ。セルフィちゃんの目の上にはコインを置いたから」
「!!!!!!!」
私は御符を一気に束ね、それを投げつけた。
何度も、何度も。
あふろでの方も防御しつつ弾丸を送り出すことをやめようとはしない。
弾丸の間からちらりと見えるその顔は、困憊しているようでもある。
妖怪が叫んだ。
「霊夢、私を殺しても彼女は戻らない」
幾度となく体を弾丸がかすめ、また切っていった。だがどうでもよかった。
「・・・お前を殺す」
「やってみろ! 偽愛『モルテス・アポクリファス』」
私と彼女との距離は、数秒走れば互いにぶつかりそうな距離だった。
だが女神気取りのあやかしの体が宣言とともに発光し、その姿が変わり始めた!
おぞましい、全てを飲み込まんとする母なる魔物の姿に。その手には紫に光る剣。
(妖夢とのやりあいで剣には慣れてるけど・・・)
薄い紫色の光がその体全身から放たれており、教会堂のなかを照らしだした。
私はさっと後ろを確認し、飛びのいた。
「霊夢! 巫女稼業もここまで!」
叫ぶなり、弾幕が一挙に展開。私はさらに斜め後ろに飛びのく。危うい所だった。
三日月状の弾丸が目の前を通過したのだ。見ていると回転をはじめ、あたりを飛び交いだす。
(不規則ね・・・これは危ない)
同時に拳程度の紫の弾幕が降り注ぐ。これには規則があるようだった。
(なんとかよけれるけど・・・奴が見えない)
紫の弾幕を壁と見立て、その間をすり抜けるようにしてあふろでに御符を送り込む。
だがこの距離では届くものすべてが、防御弾幕によって防がれてしまっている。
できるだけ距離をせばめなければ。私は急ぎ、教会堂の床あたりを目指した。
シュヴァッという音が耳をつんざく。すぐ後ろを三日月の弾が通り抜けていったのだ。
それは右斜め前の方向に飛んで行き、黒一色のステンドグラスを割った。
(気付かなかった!)
目を前に戻す。すぐそこにあふろでが剣を構えていた。
(!)
一閃が振り下ろされる。
「っ!!」
瞬間的に後ろに反り返る。咽元を切っ先が横切り、ギンという鈍い金属音とともに床が割れた。
私が距離をとるのを見ると、妖怪は先ほどまで弾幕を出していた場所にまで飛び去る。
再び、弾幕の嵐。
三日月のカッターと紫のやつに加え、煙があたりにたちこめた。
(これは)
煙の中から弾幕を出現させる術法である。
煙をさければよいものの、そこから放射される弾丸は、飛ぶ方向によっては時として致命傷となる。
自ずから敵を追尾する御符を送り出すものの、こう見えなくては力ある一撃が加えられない。
「くそっ・・・見えない・・・」
紫の弾丸は壁として認識できる。三日月もランダムに飛翔しているようだが、パターンがありそうだ。
(これなら避けられる?)
だが煙の出方がまったく予測できない。二種類の弾丸を避けたその先に出現することもあろう。
(やばいわ・・・)
あふろでが見えないどころか、弾丸があたりの空気に密集し、空間そのものが弾幕といった様相であ る。
(次に開くのは・・・あっち)
隙間を縫い、その空いた場所に移動した。
「ちっ」
(腹の出血が止まらない・・・)
右手でおなかを押さえる。だが、どうやら問題は別のところにもあるらしい。
短剣は背中にまで達していたようだ。左手を後ろに回す私。
両手がふさがるが、なんとか出血を止めなければ。
この弾幕では奴もこちらが見えていないはず。
私は襟をぎゅっと締めた。腹部に開いてしまった穴もかなり傷む。
両手ふさがりで、しかもこの弾幕の多さ。
(痛)
何かがおかしい。完全に見切った筈の弾幕の抜け間、そして居場所の確保できる場所が
確実に狭くなってゆく。
私は両手を背中の前後に押さえたまま、左後ろのわずかな間になんとか潜り込む。
ここで、いつまでもつだろうか。次はどこにいくべきか。
両手、特に右手がとても温かい。血の温かさだ。そして弾の間隔は徐々に狭まってゆく。
「あれを使うには御符と力が足りない」
すでにこれまで何度か、決め手となるスペルを使ってしまっている。
(痛い痛い痛い・・・!)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
痛みに気をとられる。それは致死の失態。
後ろから首筋に剣が当てられていた。切っ先は顎の下で鈍く光る。
(いつの間に)
冥界で鋳造された鉄の冷たさとともに、背筋が凍りつくのを感じた。
「痛みで御符すら出せないとは。これで終わりだな、霊・・・」
顔を右に振り返る私。眼はあふろでを凝視している。
首筋に食い込んだ刃を、じわりと鮮血が伝った。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
あふろでの顔は驚愕に顔がひきつっている。その二つの眼に見入る私。
その中に、半透明の桜吹雪の幻に包まれはじめた私の体が映っていた。
「お前の・・・その弾幕はっ・・・!!!」
剣を動かそうともせず呟く妖女。
私の口が開かれた。
「・・・・・・神槌」
腹を押さえていた手をゆったりと開く私。
親指と人差し指の間には、桜色の御符の端が握られていた。
「夢幻桜樹陣」
11
私は博麗神社の寝室で目を覚ました。差し込んでくる夕陽が眩しい。
魔理沙と咲夜が覗き込んでいる。
「んー・・・」
「お寝坊さん、やっと目覚めたか。あの教会でひっくり帰ってるのをチルノが見つけたぞ」
「! あそこにいたのか・・・じゃああいつは・・・つっ」
「無理すんなよ。まだ傷が癒えてない。・・・あいつって、霊夢以外誰もいなかったぞ?」
「戦ったのに・・・」
「荒れてる雰囲気もなかった」
「おかしいな・・・私は五月村ってとこに神隠しにあって・・・」
顔を見合わせる二人。
「じゃあ、本当にそうなったのかもな。
お前が消えてから、しばらくあそこ近辺で妙な物音したってレミリアが言ってた。
でも五月村はここにはないぞ」
「またあのユーレイあたりが妖しい桜、満開にさせようとしてたんじゃないわよね・・・」
すると咲夜が言った。
「それはないわ。彼女は夜行パーティで忙しかったみたいだもの。
でも、霊夢が見つかるちょっと前、家の庭のウラソメイヨシノが突然開花して、すぐ散ったそうよ」
「彼女のお友達の夜行性娘は?」
「それもない。あなたがいなくなる前から、いつものようにグースカ昼寝してたわ」
「寝てる間はあいつも人を満足に隠せないしな」
「そか・・・兎に角・・・大変だったのよ・・・」
私は安堵の眠りに落ちてゆく。薄れゆく意識の中、セルフィの笑顔を見た気がした。
あの子は今のままじゃひとりでこちら遊びにこれない。今度探しに行ってみようかしら。
そこでの花見も兼ねて。
END
諸注意
※二次創作物です。原作は Zun 様です。
※もともとはゲームブックにする予定だったのですが
どうにもこうにも絶え間ない弾幕をシステム化するのが難しく、
ストーリーのアウトラインを考えているうちに短編になりました。
※当方、東方初心者のため、自己中設定が多々あります。
※登場しない人物、またオリジナルキャラが存在します。
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東方創作話『皐月の宵は』
零
(霊夢・・・霊夢・・・)
夢の中で、私を呼ぶ声がする。
目を開けると、私は道端に座り込んでいた。
目の前には細長い道が伸びており、振り返ると異常に背の高い菖蒲でできた袋小路になっている。
角に街灯が忽然と立っていて、その光は今にも消えそうだ。
点滅する明かりは柱に結び付けられている標識のようなものを照らし出し、
「五月夜村」という文字がかろうじて読める。
五月夜村?
私はこの村・さよむらを知っている。
幻想郷から遠く離れた倭国という国にあった村で、今は存在していないはず。
私は空に目をやった。
月は霧と雲と雨にほぼ隠し切られてしまっているが、その姿と位置から、
今が「わらべの日」を少し過ぎた時頃であることがわかる。
ここではじめて自分の存在というものに気が付いた。
姿格好はいつもの巫女装束。見事に着崩れしている。
刻が黄昏を過ぎ、夜の帳が降りかけているところ。
ちょうど向こうから誰かが来たとするならば、視力がよくても判らない頃だ。
小雨がしとしとと降り注いでおり、私の背中まで伸びる黒髪をへばり付かせる。
「っと。」
前にだらりと垂れていた小さな髪束を後ろにやった。
もやもやとした霧が数メートル先の視界を遮っており、
時折その間から暗闇に溶け入る寸前の景色がちらりと姿を覗かせる。
この濃霧では、大空を飛ぶことはレーダーを失った戦闘機のようなものになってしまう。
視界の殆どは私の背と同じ位大きい菖蒲の群れで遮られていた。
この辺り一帯は菖蒲畑なのか。
立ち上がって見渡してみると、ところどころに提灯か行灯のような光がちらほらと見える。
そういえば五月夜村は-------菖蒲で有名だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
これは夢なのだろうか。記憶している内容が夢に出てくるとはいうものの、これは
あまりにもあてつけがましい。
とりあえず私は頬っぺたを何度か平手で打ってみた。
「!!!・・・ぃたー・・・」
かなり痛い。
・・・どうやら現のようだ。
私は倭国での神隠しについて考えをめぐらせる。これは一様に全て八雲紫の行いだとは言い切れな い。
倭国では公的に神隠しの存在が認められ、科学的に研究され、そして恐れられている。
また幻想郷のそれに似た妖怪が出没し、訓練を受けた巫女や神官が駆除作戦を展開してきた。
多くは私が遠出したりする必要にかられることもなく、被害はあれど小さいものだった。
しかし褒められない過去が私にはある。
あるとき、村人から人身の犠牲を要求しだしたと言われる妖怪のことが耳に入った。
八雲がイタズラをやらかしてマヨヒガに空けた穴から、その妖怪が逃げ出したようなのだ。
急遽の要請を受け式神を送ったものの、そいつが類稀なる大失態をやらかし、村は壊滅した。
結果、隣村の神社の大神官がなんとかそいつを封印することに成功し、最後は私自らが出向いたの である。
神社には最強の式神を配置しておき、大変な目にあいながら境界を越えて助け船を出しにゆく。
当然のことながら、その神官を含め、仲間内から大目玉をくらった。
人肉を喰らう仲間くらい、彼女が自分で連れ戻すべきだったのに・・・。
だがその妖怪の事が詳しく思い出せない。ましてその名前も。
考えられるのは、私の失敗を今でも恨むこの村の住人の死霊が、何らかの力で私を呼んだということ 。
するとここは本来の五月夜村ではなく、「彼岸」のそれだということだ。
「あのマヨヒガのおてんば娘の仕業・・・? それとも別の新たな妖怪が・・・?」
それはない。ここのところ、幻想郷に特に目立った前兆のようなものは全くみられなかったからだ。
霧もなく、雷もなかった。いたって平和な春日和だったはず。
幽霊も妖怪も魑魅魍魎一切合財みんな幸せだった。
第一、あの境界いじりの不届き者は先日、弾幕戦による大ゲンカの末に叩きのめしたはず。
いきなりまた妙なことをやらかすとは考えられない。
その幸せに嫉妬した誰かの仕業なのか。
それとも、やはり五月村夜の死霊のなせる業。
あるいはこの村自身が私を呼んだ。
それにしても、記憶が飛んでいる。
幻想郷でよく思い出しては懐かしみ、微笑んでいた楽しい記憶も、途切れ途切れにしか思い出せない 。
私は過去のない人間となったということか。
そんな事を思いめぐらせていると、赤子の鳴き声が聴こえる気がしてくる。
(あやかしの声?)
私は御符を手にした。
1
あたりを観察する。へたりこんでいたところは袋小路だ。
ふと目を横にやると、牛車を待つための屋根のついた小部屋のような休憩所がある。
(あそこで作戦を練るとするかな)
そこは高台になっていた。高いとはいえ、むろん太陽に近づくことなどない。
ここからは先ほどの場所に伸びる道のほかに二つの道があり、三叉路の中心だ。
私ははっとして、口を開いた。
「まさかとは思うけど」
御符を四、五枚程取り出し、目の前の地面に投げかける。
大音響ののち、地面に人が何十人入れるかと思える大きさのクレーターが出来た。
「強行突破はムリ、と。・・・ってことは、出口を探せって意味かしら」
改めてここで身辺を確認しておこう。
休憩所には椅子が四つあり、三辺を硝子の壁が覆っている。私は目を前にやった。
ここでいくら待っても牛車が来ることはないだろう。牛鬼なら来るかもしれないが、
もとの世界で沢山見ており、いくら倒しても力でゴリ押し向かってくる、苦労させられる奴だ。
(ただでさえこんなところにいるのに・・・いやいや、考えちゃダメね。病は気から。
ヤな病がやってくるとも限らない)
さらに向こうの低地には祠のようなものが二つほど見え、緩やかな丘になっている。
反対の方向にも祠と社のようなものが見え、少し目をずらすと、その先には大きめの社があるようだ。
戻っても袋小路があるだけなので、動くならばの二つの道のうちどちらかを選ぶほかない。
少し前に御符でえぐった道の向こうには、祠のようなものも見える。
私はクレーターを飛び越えて左の道を進むことにした。
2
先ほどの場所から見えた祠のようなものは、大きな岩に過ぎなかった。
近くに置いてある行灯がそれを不気味に照らし出している。
今、右と左に分かれる分かれ道、それと背後に伸びる道が交わる三叉路の間にいる。
振り返ると霧がたちちこめていた。視界が悪いというのは気持ちが悪いものだ。
目の前の叉路の先では、時々途切れる霧の間から祠らしき物体が顔を覗かせる。
こう視界が悪くては不便で仕方がない。思い切って左に進むことにした。
進んでゆくと、再び三叉路に出た。左右へ分かれていてどちらも下り坂だ。
見下ろすと二つどちらの先にも祠と思しき建造物が見える。
そこにたどり着くには、背の高い菖蒲で出来た獣道のような道を歩んでゆくしかない。
とりあえず左、左と歩もう。
雨の菖蒲の表面を打つ音。ぱらりぱらり、と、この湿気に似合わぬ乾いた音を作る。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
遠くからでは祠に見えたものが、近くに来てみるとかなり大きな社のような造りの
建築物であることがわかる。鳥居は真っ黒な木で(暗さもあっての色だろうが)出来、
そのすぐ向こうにはこれまた真っ黒な洞窟のような祠がある。
門をくぐって祠に入ってみると、中には大きな岩が据え付けられていた。
その上には巫女装束を着た女性の人形があり、そのすぐ周りをしめ縄が取り囲んでいる。
祠の脇に目をやるとどうやら獣道があるようだが、小さい。そこから入るのは危険だろう。
祠の前には小さな机があり、小冊子がばらまかれている。
いずれにも「五月夜村伝承」との題名がつけられていた。
「ヒントでもあるかな。・・・まさかね」
ページをめくると、このような文面だった。
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・・・にへにえらばれたみこはきまつていたのだけれども、こんかいにかぎってだが
そのまはりをとりまくかぞくのものたちのはんたいにあつた。しんこうぶかいおやは
みこをよろこんでささげるかのごとくことばをつむいではいたがこころのなかではその
あいするむすめがとりさられることにいかりといきどおりとうたがいをいだいていた。
とくにははおやは、にへまつりのまえのよる、このようなことばをのこしている。
「ああかみがみよ、なぜこのようなことがあるのでせうか
あなたたちはあいするものをわたしたちからとりさります
あなたたちはあいするものをわたしたちからうばいます
ああ、わたしがむすめのかわりにささげられるのであれば
わたしはよろこんであなたがたのもとにむかいませう
よろこびのただなかにあるとき あなたがたは
うばい あやめ くらいつくし なきものとします
かなしみのただなかにあるとき あなたがたは
なぐさめにもならないようなよろこびをあたえます・・・
-----------------------------------------------------------------------
私はふと、あの大失敗のことを思い出した。
もうちょっと強い式神を送り出していたら。
或いは、私自身がそれより先に出征していたのなら。
あの村も救うことができたかもしれない。
だが私は救助要請を受けたあの時、レミリアの必至の懇願で別の妖怪を退治していた。
しかし村を蹂躙したあの妖怪を、忙しさが故に誰かにまかしておきたいと思ってはいなかったか。
自分の命をすべて呈し、護らなければならないものがあったはず。
たとえそれが幻想郷の外だったとしても。
たとえ一時的に境界を離れなければならなかったとしても。
目を落とし、冊子を元の場所に戻す。
(いつまでも過去を憂うなんて・・・悲劇のヒロインになりたいとでも)
他を当たってみることにしよう。私は先ほどの三叉路に戻ることにした。
3
今度は右に足を進めてゆくと、かなり大きな祠にたどり着いた。数十人は入れるだろう。
道の先が大きく開けており、中央に位置する祠の周りを菖蒲が取り囲んでいる。
祠全体は周りに配置された提灯で少しばかり明るい。
祠の中は柱が立ち並んでいた。他には何も目立った祭壇のようなものは無く、
子供ほどの大きさの狸の像が台に置かれているのみだ。
これは狸のカミを祀ったものなのだろうか? それにしては置かれている場所が低い。
よく見ると、彫られた目が笑っている。
指でそれをなぞる私。どうやらこの置物はソメイヨシノで出来ているようだ。
(アリスの人形にしてはちょっとブサイク・・・)
「タヌキがこんなとこで陽気なものね。素材にあやかって花見でも・・・」
クッ。
「?」
(クッって聞こえた?)
見渡してみる。だが物音は背後からも、天井からも聞こえてこない。
「何かな」
クックッ。
音の出所がわかった。それは目の前の像が発していたのである。私は思わず手を撥ね退けた。
像が瞬きをする。
「!!!」
私は飛びのく。シャーッという声と共に、そいつは鋭い爪のついた手を天にふりかざした。
目は笑ったままだ。
「ようこそ霊夢。ここから出たいんだろう?」
「まぁね。でもそれにはあんたを倒さないとダメって寸法?」
「ありゃ、僕だけを倒せばいいとおもってるんだね」
「黒幕を出しなさいよ」
「あふろで様か。君には倒せない」
あふろで? 聞いたことがあるようだが、思い出せない。
「そもそも何で私がここにいるわけ?」
「死んでもらうためだよ」
狸の目が光った。周囲の空気が狸に吸い込まれてゆく。さっと後ろに飛翔する私。
「偽活『ファングレインフォール』!」
「この狭いとこで!?」
レインフォール。通常の弾幕の飛散ということか。
狸の周りの空間がぐにゃり、ぐにゃりと歪みを生じ出した。スペル発動のための集中によるものだ。
私は、発動したとき移動するための確保できそうな空間を探し、目を上下左右に動かす。
奴が気を集中している間にさっと後ろを睨むが、出口から逃げるには場所が悪すぎる。
乱立している柱を切り倒すにはちょっと時間がかかりそうだし。
目を目の前に戻すと、ちょうど狸が手を振り下ろしたところだった。
数多の爪が雨のように降り注いでくる。
どれも弾道がバラバラだが、その軌跡の間には四、五人ほど入れる空間がある。これはいける!
「所詮は雑魚」
すいすいと柱と弾幕の間を縫い、要所要所に防御の弾丸を配置し、掠りもせず化け狸に向かった。
板一枚の間を開けて私はその眼前で止まる。相当驚いたのか、ぽんぽこ野郎の弾幕が止まった。
裾の間から符を一切れ取り出し、ウインクをする。
化け物の瞳が大きく開かれた。
爆音。
あやかしの狸はうめいており、腹のあたりを痛そうに押さえているが、致命傷ではない。
少しでも、この妖しい世界から脱出するための糸口を得なければ。
「ぐ・・・」
「言ったでしょ、さっさと黒幕を出せって」
「ぼ・・・僕も言っただろ、君には無理だって・・・」
「あんたみたいなのを雇うとは、司令官の力も見上げたものね」
ケンカで負けた子供のように泣き出す狸。
「ひ、ひどいぞ! 僕だってがんばったんだもん! ウワァァン!」
そう負け台詞を吐いたと思ったら、私を避けながら大急ぎで祠を去っていった。
私は肩をすくめる。
「やれやれ」
さて、道を戻って出口のとっかかりを探さないといけない。
「あれ」
妙に気になることがあった。人差し指を頭につける私。
「私の名前って、こんなとこでも有名なのかしら」
4
先ほどの三叉路からさらに戻り、再び三叉路に出た。
こんなとき、携帯羅針盤でもあれば・・・。
いつもなら忘れ物を嘆くはずだが、この状態では忘れ物とは言えない。私のせいじゃないんだ。
今度は右へ右へと進んでゆくことにした。
それにしても。
この視界の悪さ。この霧と雨。幻想郷の霧は危険を意味するが、ここでは何より先に苛立ちが募る。
「あのナマイキなメイドでも片付けられそうにないわね、この天気は」
しばらくすると、また三叉路に出た。
「んもー、三叉路三叉路って鬱陶しいのよ作者ッ!
そんなんじゃ、無限ループになったゲームブックみたいじゃないのよっ!」
・・・と思わず愚痴をこぼす私。だがメタ視点はこれでお終いにすべきだ。
どうせ作者なんて何も聞いていないフリをするんだから・・・。
はぁ。
思わず溜息がもれる。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
しばし歩むと、今度はなんと四叉路に出た。これは酷い。
この世界にひきずりこんだヤツを問い詰めたい。そう、小一時間問い詰めたい。
ま、幻想郷では大団円となって一緒に花見をすることが多かったけど。
ここではそうなるとは限らない。
振り向いて、一応目印になりそうな木を見つけた。
これからしばらく探索を続けたら、今度はあそこに戻ることにしよう。
目の前を確認すると、道は綺麗に右、真ん中、左と伸びている。
ちょうどYの時の上の叉に一本道が加わったような感じだ。
「妙にわかりやすいわね」
それぞれの道はといえば、左から右になるにつれ傾斜が高くなっている。
この暗さと雨、そして霧にはばまれてはっきりとは見えないものの、
どの方角の先にも祠のようなものが見える。
そこにたどり着くには、背の高い菖蒲の間に出来た獣道のような
道を歩んでゆくしかない。
(またタヌキさんのご登場になるのかな?)
私の頬を雨が滴り落ちる。
「右・・・かな」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
こじんまりとした祠が獣道の真ん中に建てられていた。今度は人がようやく入れるような
電話ボックスのような大きさである。
中を覗くと、首をつられた人形が祀られていた。彼は倭国のみくび教という宗教の教祖で、
迫害を受けた後に絞首刑によって殺められたのだ。人形はてるてる坊主のようなつくり。
そこに残酷さがあまり見られないことが、逆に刑罰の残忍さを引き立たせている。
(人柱はどこの世界にでもあるものなのね・・・ここの世界はイっちゃってるけど)
ここで祠の向こうに目をやってみる。
菖蒲畑に隠れてよくわからないが、何やら社のようなものが見え隠れする。
だが先ほどから祠だと思ったものは大きな岩だったり、
逆に岩や祠だと思ったものが祠や社であったりするから目は信用できない。
「あそこはどうかな」
だが祠の左向こうにはさらに何やら建造物が見える。
(近いし、あっちにしよう)
5
近づくと、それは小さめの社のような建物だった。
黒い色の木でできた門をくぐると、奥の方に尾を沢山かかげた狐の石像があるのが見える。
九尾のキツネだろうか。だが、数えてみると尾の数は七しかなかった。
「・・・また同じ展開になるのなら」
御符を取り出し、集中して狐の像に向けて一枚放った。
「そう来るのね」
御符を防いた後、声を発する像。やはりそういうことだったのか。
「ねぇ、あんたなら何か知ってるはずよね」
「え? 何を?」
「とぼけないで。私がここから出る方法よ」
「出たいのなら、出口を探しな」
「出口がわからないから聞いてるんだけど」
「入ってきた理由も知らないの」
「それもわからないから聞いてる」
「わからない人には死んでもらうわ」
見ると石像の表面に亀裂が入り、中から紫色に光る狐が飛び出して叫んだ。
「妖園『タオゼントレイズ』!」
「ドイツ語勉強し直したほうがいいわ、あんた」
口にするや否や、紫の光の筋が数本降り注いだ。1ミリもないような細い糸のような筋である。
私は筋のちょうど間にいる。これが実体となって傷をもたらすまでには時間がかかりそうだ。
私は妖怪から目を離さず、ひとまとめにした御符の束を送り込み続ける。
御符弾という八百万の神の加護を受けた武器に耐えつつも、弾幕を繰り出してくる妖怪。
(ちったぁ根性あるじゃない。防御弾幕も最小限のものしか張ってないみたいだし)
狐に近づくにつれ、その顔が焦りに歪んでいるのがよく見えてきた。
「よっ・・・よう、妖符、ア、『アフロディーテの黄昏』!!」
「おぉっとぉ」
目の前に巨大なハート型の弾丸が現れる。
そのまま突っ込んでしまうところだった。危ないところだ。
重めの御符を落としている間は身動きが取りにくい。
私は重爆をいったん終え、ひとりでに追尾する符を出しつつそれを避ける。
「遅いハートね。そんなんじゃ意中のオスにとどかないわよ」
「う、うっさいわね!」
ちょっとした嫌味に同様したのか、弾幕が一瞬途切れた。
誰でも真剣な時に茶化されるのは嫌いだ。
ここで私は御符を連射に切り替えた。狐もハートを次々と繰り出すが、その遅さは笑える。
一体誰が左、前、右と規則正しく弾丸を撃てと教えたのだろうか。
轟音の中、あやかしの者の宣言が突き抜ける。
「犠矢『デストラクティヴレレヴァンス』!」
だが、その術が発動するにはあまりにも時間がかかりすぎていた。
狐の真前に浮かぶ私。
「スペルを変更するのが早すぎるわよ」
「・・・」
「それよりも、マスタースパークって知ってる?」
「?!」
6
先ほどの木。あったあった。
今しがた起こった事をちょっと復習してみよう。
魔理沙の魔法をまねた御符の投方により、狐は祠の奥に叩きつけられたのである。
(やはり、マーガトロイド嬢の仕業ではなかった)
文字通りその尻尾を掴みつつ、少しではあるが情報を得ることができた。
この世界はあふろでという妖怪によって出来たということ。
それだけだった。
あふろで。聞いたことがあるような、ないような名前である。
そこから先を聞こうとしたものの、「まだ先に敵が待ち受けているわ」だの、
「あなたにはたぬき汁がお似合いよ」だの嫌味の応酬で時間が過ぎ、
ふと私が手をゆるめた瞬間にスルリと逃げていったのだ。
ここは私から率先して問題解決の糸口を得なくてはならない。
とりあえずこれから出てくると思われる妖怪に注意しないと。
(さっきは右、左といったから・・・一番左ね)
獣道をしばらく歩んでゆくと、場所が少し開けた。
円形になっており、中央には拳ほどの大きさのやぐらがくみ上げられている。
やぐらの中にはこれまた小さな蝋燭で火がともされており、あたりを仄かに照らす。
(何か動いてる)
見ると、その周りを小指の先ほどの大きさの人間が歌いながら踊りを舞っていた。
これは「おどりびと」という伝説の妖精だ。魔理沙からその存在は聞いていたが、
実際に見るのはこれが初めてである。人に害を加える種類ではないとのことだが、
私は一応警戒して距離をとり、しゃがみこんで耳をよくすませた。
うたを歌っているようだ。
「はじめのよるは ひとおらず
ふつかめのよる ひとりおり
みっかめのよる ひとりおり
よっかめのよる ふたりいた
いつかめのよる あたまみつ
むいかめのよる ひといつつ
なのかめのよる あたまやつ
さあさあ ひとや ふえなんや
さあさあ ひとや ふえなんや
とおかめのよる ひといくつ
とおかめのよる ひといくつ」
(ほほう、なぞかけね)
ここで、おどりびとの一人が私に気付いた。踊りの輪を抜けてこちらに歩み寄る。
「おじょうさまや、わしらのうたは、なぞなぞなんじゃ。
とおかめのよる ひとのあたまがいくつになったかわかるかのう」
私は右手で頭を掻きながら、
「ンー、わかんないわ。わかったらなにかあるのかしら」
「そうじゃな、わしらがうちにかえれる」
「・・・幻想郷に?」
「そういうことじゃ」
(幻想郷にも、面白いのがいたのね)
「おおしえたいことがあるのじゃが、それにはこのといにこたえてもらわねばならん」
ヒントをもらえるということか。私はもう一度歌を歌ってもらうよう頼んだ。
「ひとおらず・・・ひとりおり・・・ひとりおり・・・」
初日にゼロ、二日目に一、三日目に一、四日目にニ・・・
これではまるで人間界で有名な受験数学ではないか。
ああ、なんていやな世界にきたんだろ。
「あっ」
思わず声を上げた。
そう、魔理沙と会話していたとき、魔法の術式で数列がなんとかという話を
彼女がしていたのを思い出した。なんとか数列って言ってたっけ。
記憶が走馬灯のように目の前をよぎった。
---
『これはフィボナッチ数列って言うんだ。0,1,1,2,3,5,8・・・規則があるだろ?』
『まったく見当がつかないけど。私数字に弱いの知ってての狼藉?』
『あはは。だから、いつまでたっても香霜堂のツケが返せないんだよ』
『それはあんたも同じ』
『まぁいいや。この数列は、前の数字とその数字を足すようにできてる。
最初は0。次は1。足すと?』
『え? あ、1よね』
『そう。それを繰り返すんだ。次はその答えの1と、前の数字の1。答えは2だろ?
その2と、前の数字を足す。すると3になる』
『そーなのか-!』
---
ありがとう、黒いの。
私は繰り返される歌の内容をたどった。
六日目に5、七日目に8。5と8で八日目は13、九日目は8と13で21。
これくらいの計算ならできる。嬉しさに、片方の唇の端を上げる。
「おどりびとさん、その答えは三十四人ね」
すると、踊りを舞っていたおどりびと達の動きが止まった。
何やら大歓声に包まれ、手を叩いて喜ぶ者、飛び上がって叫んでいる者までいる。
少し前に私に語りかけてきたおどりびとが、顔をあげて言った。
嬉しそうに顎髭を撫でながら、
「わしらはあふろでにのろいをかけられ、なぞかけのうたをうたわされつづけておった。
こたえをいえるものがあらわれるときまでな。
・・・もしかしてあなたはれいむさまか」
「そのようね」
「おお、やはりそうであられたか。ほんにありがたや、ありがたや。これで幻想郷に戻れる」
そう、長老と思われるおどりびとが言うと、一人、また一人と仲間が空中に消えていった。
いずれも歓喜の黄色い声をあげながら。
(・・・ちょい待ち、ちょっち聞いておかないと)
「ねぇ、あふろでってどんな奴?」
「おそろしいようかいですじゃ。いちど、むらをひとつかいめつさせたことがあるそうな。
このせかいのでぐちは、かのじょじしんだといってもさしつかえなかりましょう。
れいむさまは、そうじゃな、あとふたり、かのじょのなかまとでおあいになられることじゃろうて。
くれぐれも、くれぐれもおきをつけなされ」
彼の姿が消えてなくなった。櫓はそのままであり、明かりがぼんやりと寂しげである。
あふろで。まだ思い出せない。
「んー・・・私も一緒に幻想郷に戻れたらよかったんだけど」
7
四叉路の中央には木があったはず。
(あったあった・・・その前はなんだっけ。最初は袋小路から三叉路に行ったわよね・・・)
獣道をたどってゆくと、大きな岩の道に出た。その向こうには休憩所が見える。
「あー、よかった」
だがこれでは、振り出しに戻る、である。
「まさかここの総大将、ゲームと同じ様に行く先々に中ボスを配置してるんじゃ・・・」
与えられるヒント。散り散りにされた情報。マニアックな会話の内容。
それら全てがどうもゲーム性を帯びているような気がしてならない。
私も一度シューティングゲームというものをやってみたが、X軸とY軸だけの間の移動であって、
弾幕の避け方は赤子が泣くのと同じくらい簡単だったのだ。何しろ上下軸の移動がない。
だが幻想郷やここでは動き方は三次元、いや四次元であり、時として避けそこねた弾丸は
命にもかかわることがある。
それに。
ゲームのように死んで復活できる、所謂コンティニューが出来ない仕組みになっている感が否めない。
これは妖怪によって造られた場所ではあろうが、まぎれもない現実なのだ。
そう、コンティニューは出来ない。ノーコン、つまりノーコンティニューで行かなければ。
(不死鳥の羽根を煎じた茶があるなら別だろうけど)
ここで再び三叉路に出た。
今度は進路を右へと変更しよう。しらみつぶしに動いてゆけば、いずれ敵の司令塔に当るはず。
進んでゆくと、薄闇に満ちた霧の中から社が見えてきた。かなり大きな造りだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ここには鳥居や門はなく、倭国の社を特徴づける注連飾りや象徴は見当たらない。
境内を進んで宮の中を見てみると、そこは何十、何百畳ともありそうな広さの広間だった。
高さも目を見張るほどで、天井は櫓造りのようになっている。
奥には何やら祠と思われるものがあるようだが、闇に隠れて見えない。
辺りを見回すうち、どこからともなく、涎を垂らした犬が私の周りに浮かびあがった。その数ざっと五十 。
どの犬も目の光りがおかしい。
狂犬か。
私目掛けて何かを吐き出す犬たち。見ると遅い貧弱な弾幕だ。唾のつもりだろうか。
最初の弾丸を斜め上に飛翔して避け、個別に追尾できる御符を出しはじめる。
「ワンコと遊んでる暇はないのよ」
ギャン、ギャンと次々に悲鳴をあげて消えてゆく妖怪の群れ。
私の神社にもたまに犬が遊びにくるので、狂った妖怪といえど殺めるのはちょっと気が引ける。
どんどん増える犬の大群を適当にのしつつ、私は部屋の奥へと注意深く飛び寄っていった。
「霊夢」
前の方から私を呼ぶ声。
三つ首の異様に大きな犬が、巨大な祭壇の中央に鎮座していた。その姿は銀白。
その目は燃えるように私を睨み、白い体からは熱気が煙となってほとばしる。
「わが名はけるべいぬ。我等の女神の命をけがした者はお前か」
その犬・・・いや妖怪は私に向かって猛然と駆けてきた。肉弾戦となるか?
(美鈴戦での経験が活かせるといいけど・・・草薙の剣の御符はどこ?)
探している間も、犬は猪突猛進にこちらに向かってくる。牙を向く化けもの。
私は距離を測り、衝突・裂傷を避けるべく体勢を整える。
ぶつかる直前、左に鋭く傾いた私。だが犬は宙を蹴り、同時にそちらに方向を変えた!
「な・・・」
どぅっ。
猛然とした体当たりを食らわされ、私は出口付近の柱に叩きつけられた。
背骨から尾てい骨まで、しっかりと打撃を受けたのがわかる。
温かさを感じて手を後頭部にやる私。思ったとおりだ、かなりの出血。
弾幕が一段落した。今展開されていると確実に被弾しているだろう。
(っつ・・・読みが浅かったわね)
犬はというと、ぶつかった地点あたりに降り立ち、後ろ足で床を掻いている。
「かける土はないわよ。・・・余裕ね」
力なくへたりこんでいる私はそう言ってやった。
「そう言っていただき光栄だ。私もあふろで様の配下の一人だからな」
私にとどめを刺さんと向かってくるでもなく、会話に興じる余裕を見せる妖怪。
「お風呂だか、アフロだか、なんだかよくわかんないやつでしょ」
「その呼び方! 万死に値する冒瀆」
「冒瀆ってちょっと、私を拉致したのも冒瀆じゃない?」
「問答無用!」
そう言うとけるべいぬは再び突進をはじめた。この小さな場所ではまともに避けられない。
(御符が出てこない)
痛みのせいだ。前を見ると、犬が床を蹴る間間に体が床から離れている。
(隙間・・・!)
私はこちらから犬に向かっていった。驚いたような顔をする真ん中の顔。
ぶつかる直前に私はすべりこみ、その腹にそっと御符を投げ付けた。
通り過ぎたところで右の顔が振り向いて言う、
「なんだこれは」
そのとき御符が力を解放した。天井にまで叩きつけられる地獄の番犬。
「ぐっ・・・おのれ・・・!」
落ちてくると思ったが、その背中に漆黒の羽根が花開いた。
「あんた、空も飛べるんだ」
「お前も同じだろう」
「この部屋、広いからね」
「どこぞの世界の、機械で興じる弾丸遊びと同じだ」
「そうね。でもこれは遊びじゃない」
「遊びでないからこそ、お前を消さなければならん」
「消されるのはわんちゃん、あなたのほうよ。お手してくれるなら別だけど」
「ほざけ。牙砲『プロクシミティスフィア』!」
叫ぶや否や、弾幕が数百という数で私の周囲に現れた。
(あえて私の居た空間で発生させないとは、調子にのってるわ)
動ける空間は、まれに袖下や袴の端が触れてしまう狭さ。だが弾丸ひとつひとつの速度は亀並みだ。
とはいえ、弾の数が次から次へと増えてゆく。動きやすさが阻害されるのは言うまでも無い。
私は念を入れ、自分の不注意による杜撰な動きをさけるため、御符を一つにまとめて送り出す。
同時に護符を展開し、攻撃と防御の均衡をとるようにする。
こうしてあえて力を使うことで、突然のうっかり傾斜やうっかり後退を防ぐのだ。
だがこうしていられるのも今しばらくかもしれない。頭からの血が半襦袢にまで達しているのがわかる。
弾幕と御符があたりを飛び交い、犬の姿すら見えなくなってきた。耳をつんざく発射音の二重奏。
突如として、目の前に光が煌く。瞬間的に並行に並んだ三本の槍となり、こちらの方向を向いている!
(レーザー・・・発動が速いッ!!)
その瞬間、大きな音がして私の周りの弾幕がすべて散った。
「!?」
幻想郷での妖怪などとの戦いにおいて、似た現象がある。ある程度の力をもった敵を相手にした場合 、
その相手が新たな魔法や術を用いるときにはその集中力が切れ、放った弾丸が効力を失う場合があ るのだ。
「私としたことが。幸運な奴め」
「よく言われる。私に倒される犬っころも幸運よ」
「ほほう。ではこれはどうか。牙樂『白銀の舞い』」
巨大な白雪の結晶のようなものが数十個、ふわりとあたりを漂い、私の周りを等間隔に球状に囲む。
それ全体が妖怪を中心として円形に移動しはじめた。
あたりにはさらに弾丸が浮遊しており、これから脱出しても移動は難しい。
「どうするつもり」
結晶が一つ、また一つとはじけとぶ。私は目をしばたかせた。
・・・消えてなくなった結晶から弾丸がこちらに飛んできた!
私は最初に出てきた弾丸にわざと向かってゆき、最後に爆発するであろう結晶をかすめて
その場から脱出した。
再び私を囲む結晶。
(数が・・・増えてる!?)
結晶の弾けるタイミングも間隔が短くなってきている。
「どうかな」
余裕の表情でそう口にする妖怪。
「卑怯ね、囲むなんて」
私は弾丸から逃げ出した後、そう言ってやる。
「どのゲームにも逃げ道はあるものだ」
ふと、囲んでいた結晶が一つ消えた。
爆発したのではなく、逃げ道を用意するかのごとく消えたのである。
今だ。
私は化け犬の目の前にまで突き進んでゆく。
それが甘かった。
あと一歩で御符の重爆撃を叩き込めるという距離のところで、結晶が順に現れ始めたのだ。
後ろにも左右にも退けない。それには敵の弾幕が多すぎる。完全に囲まれた。
だが最後の結晶が現れる直前、私は御符を一枚取り、束に隠して犬の背後に送った。
(バレませんように)
幸い奴は気付いていない。
その隙間に結晶が一つ現れ、私を囲む球を完成させた。
半透明の結晶の壁を隔てて、妖怪と対する私。
「逃げ道はないわね」
「そうだ」
「あなたの逃げ道よ」
「!?」
私は微笑みを浮かべた。結晶から弾丸が放たれたが、私はそれを軽くいなす。
「槍符『ロンギヌス』を仕込んだわ」
結晶がまた一つはじける。けるべいぬの左端の顔がゆっくり後ろを向いた。
「・・・私としたことが」
次の結晶がはじける。それを避けながらお茶目に言う、
「尻尾の蛇、ずっとこっち見てたわよ。あなた顔も三つあるのに」
妖怪の背後で、御符が大きな槍となった。
8
私は再び三叉路に戻り、左に向かう獣道を選ぶ。
先を見ると東西を横切るような林があり、その陰からはちらりちらりと建造物が見える。
が、それも気のせいかもしれない。この天気では。
行灯、そして提灯の明かりもあまり役には立っていないようだ。
菖蒲・・・というよりも、化け物そのものといっていい大きさの植物の壁の間をゆっくり飛ぶ私。
上を飛翔して全体の地形を掴みたいところだが、霧が酷い。
しばらく飛んでいると、どこからともなくシャッ、シャッという音が聞こえてきた。
(なんだろう)
私に、その音が迫ってくる。
(かまいたち!)
防御の御符を出している暇はなかった。
「くっ」
大急ぎで追撃の御符を送り出し、見えない敵の悲鳴を聞いた後、私は地面に落下、倒れこむ。
両腕と足首、そして特に首筋が酷く切られている。
「気味の悪い切れ方ね・・・じき治るだろうけど」
長居は禁物。この獣道にまだ何が潜んでいるかわかったものではない。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
獣道を抜け、林を抜けてゆく私。
しばらくすると、大きな教会のような建築物の玄関らしき場所にたどりついた。
石畳が百メートルはあろうか、はるか向こうのぼんやりと黒光りする建物に続いている。
数メートル感覚で灯篭が立っているが、その光は今にも消えそうだ。
「お迎えが来る感じがするわね」
そうこぼしたその時、文字通り天から何かが降ってきた。
タツノオトシゴの形をしたそれは、地面スレスレのところで止まり、こう言う。
「俺はタツノミコ」
「偉そうな名前じゃない」
「俺の打撃で、あなたは倒れることになる」
「ほう。同じようなセリフをお友達三人からもう聞いてるわよ」
「人柱のくせに、小生意気な口を叩きますね」
「あんたこそ、お腹で子供育てるくせに」
「それは関係ありません」
「去年育てた子供も、どうせろくなやつに育ってないでしょ?」
「それも関係ありません」
「あの建物、えらく豪華ね。ボスがいるの?」
「彼女は人身供養の儀式のため精力を使い果たそうとしておられる。
俺はそれを助けるため」
「ようするに、あふろでさんが、自分が弱いから私を弱めておけと」
「それはタブー」
と、突然雷鳴が響く。あたりの空間が歪み始めた。
はじまる。
「雷龍『フォールンディセンダンツ』」
浮遊し、御符を繰り出す私。
しばらくすると、タツノオトシゴの腹からわらわらと何やら出てきた。
小さなタツノオトシゴの集団である。その数およそ数百。
「趣味悪。自分の子供を武器にするか普通」
子供らがお行儀よく碁盤状に並んだ。顔はすべて真っ直ぐを向いている。
数秒後、金属音と共に碁盤の辺の子らが光の筋を直線に飛ばしてきた。
(外に逃げさせないつもりね・・・縦一列の縦列爆撃か・・・それとも篭目爆撃か・・・)
マシンガンのような音とともに、小さな龍たちの口から弾丸が放たれた。
(直線か。でも油断はできない。顔の向きを変えるか、変えずに弾道を変えるかも)
その間隔は私がかろうじて通り抜けられそうなもの。
先を見渡すと、タツノオトシゴの子孫たちの間には隙間がある。
幸い本体のタツノミコもまだどの術を使おうか考えあぐねているようだ。
この弾丸なら難なく進み、親玉を中心に御符をねじり込むことができるかもしれない。
私は御符を両手の指の間にはさみ、それを投げつつ親を目指し進んでゆく。
すると、突然弾丸の流れが変わった。
左半分の子らが私の右側へ、右半分の子らが左側へそれぞれ顔を向けたのだ。
(やはり、篭目)
「ぉおっと」
あやうく弾丸が重なっている所に身を晒すところだった。危ない危ない。
弾幕の間にとりあえずホバリングする私。
今は籠の中のちょうど中央にいるといったところか。
(でもいつまでもここにいるわけは・・・)
追撃用の御符は今も投げ続けている。問題はここからどう動くかだ。
本体が動いて何か発射してしまうと、それこそ万事休すということになる。
幸いこの妖怪の弾幕は比較的ゆったりとしているが、篭目自体左右に揺れている。
作戦を練っていると、私の前の数体が光を帯び始めた。
「やばい」
(・・・あれ・・・この現象・・・どこかで・・・)
私は思い出した。
このタイミングで全てを思い出すとは。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
あふろでという妖怪と、彼女の従えた四体の妖怪。
四天王と呼ばれる妖怪がいた。そのうちの三人が特徴的な弾幕の使い方をしていたのだ。
まず使い魔を繰り出し、その中の一つの群れを境界拘束の弾丸発射のために使う。
さらに他の使い魔の弾幕で囲み、さらに数体を用いてレーザーを光射させる。
術者である本体の妖怪は高見の見物にしゃれこむという保身欲望満点の方法だ。
遠方の獄境国地方を支配していたその四天王の一人が、タツノミコという妖怪だった。
彼らの暴虐を始末するため私は遠征したのだが、彼だけが最後まで見つからなかったのだ。
まさかこいつがその最後の一人だったとは。
・・・だがこいつは生者の匂いがプンプンする。なぜここにいるのか?
ふと会話を試みたくなった。だが轟音の中なので、ほぼ叫びに近くなるのは致し方ない。
「なぜこんなこと。逆恨み?」
「そう。あふろで様と仲間を殺めたことへの」
「あんたたちが暴れてたからよ」
私の前に位置する小さなタツノオトシゴが、さらに光を増す。
「それには理由があった」
私はまだ目を子供らから離さない。
「どういう理由よ」
光り輝く子供が、一筋の縦方向の光を放出した。そろそろくる。
「あふろで様は俺たちによくしてくださった。だがあなたは彼女を・・・!」
光の筋はこちらにどんどん近づいてゆく。
「よくした? 自分勝手な理由で、人を平気で殺めるような奴が?」
絶え間ない篭目となりつつある弾丸。
その隙間を確認しつつ、光線が実体とならない間に隣の隙間に移動しなければならない。
タイミングが難しそうだ。光の筋の速度に目をとめ、ゆっくり右に移動する。
タツノミコがさらに強く叫んだ。
「あふろで様の為に! 死んでもらう!」
光線が実体を伴い、移動をはじめた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
こいつの崇拝しているあふろで。
人肉も妖怪の肉もどちらも大好きで、
しかも常に食べていなければならない過食ぎみ。紫お嬢よりタチの悪い妖怪。
彼女は不死鳥の羽根を禁術に転用し、全てを破壊しつくそうとした。
そんな奴がこいつの為によくしただって?
私の大好きだったセラフィをふざけながら冥界送りにした、女神きどりの奴が?
それにしてもこのドラゴンもどき。説得は可能だろうか。
私は放っている御符の流れを止めた。防御用の護符も流れが止まる。
御符の射撃音がなくなり若干音の落ち着いた騒音の中、私は声を荒げて伝える。
「あんた、見る限り生きたままここに連れてこられたわね。
言っとくけど、あんた騙されてるわよ」
「う・・・うるさい!」
厳しい調子で答えるタツノミコ。
光の筋は私の目の前数メートルの所で止まり、消滅する。
(危なかった)
と、今までその光を運んできた子供が大音響とともに爆発したのである。
「!?」
その破片はらせん運動をする弾丸となり、こちらに向かってきた。
周りには身動きすらままならない篭目の弾丸。そしてこの新たな動きの魂。
見ていると、それ以外にもうねりをもってこちらに向かってくる小さな弾の群れがあった。
弾丸の一つが私の袖をかすめる。
「あふろでは救いようがなかった。それでもあんたは彼女を選んだのよ」
「・・・」
もう一つの弾丸が私の腰をかすめた。
「あふろでは狂っていた。あんたは利用されてるだけ。
私を殺してもあんたの友達は戻ってこないわ」
「何も・・・言うな! 黙って死ね!」
奴が焦りはじめた。
「あんたは選んだのよ。破壊をもって破壊に報いることを」
腹に鈍い衝撃があった。
弾丸が穴を開けるところだったが、袖からすりぬけていた御符でかろうじて止まっている。
通常なら軽い爆撃を行うために使う御符で、防御には適していない。
だが、これがなければ確実に死んでいた。
護符は弾丸のもつ力に空気を震わせ、ヂヂという電子音を発している。
落雷の如き大音量があたりを包み込み、空気がタツノミコに向かって集約してゆく。
同時に、そのスペル宣言の雄叫び。
「愕刃『オングラウブリッヒ・スヴォルティック」
幾千万はあろうかと思われる腕ほどの長さの剣が、私に向かって降り注いできた。
あれを発動するなら、今しかない。
「いくら説いても、聞いてもらえないようね」
するとタツノミコが叫ぶ。戻れなくなった者の叫びだった。
「だまれ!」
私は腹の寸前で止まっている護符に手をやる。
今まで経験したこともなかった電流の衝撃が体全体を覆った。
だがこれを使わねばなるまい。
「弾丸、使わせてもらうわよ。 麗符『夢限界廊・華』」
9
気が付くと、私は石畳の上でうつ伏せになって倒れていた。
横にはタツノミコの生気の抜けた骸が転がっている。
「倒したのか・・・」
彼女との戦いがこれから待ち受けていることは判るが、少し休憩せねばなるまい。
仰向けになる私。石の埃や血で汚れきっているが、気に留めたくもない。
相変わらず陰鬱な空を眺める。
あふろで。
一度倒したはずの女妖怪が、こんなところで何をやっているのか。
私を呼んで儀式に使う?
復活するためか。それとも儀式はお遊びだけが目的で、私を弄ぶのが本望なのか。
あふろではある日を境に完全に狂った妖怪だ。
改心の余地ゼロ。彼岸に送り届けるべき生き物に成り下がったのである。
だが、妖怪にも良心があるものがいる。幽霊の中にだって。
いかにヒトでない形であるからといって、本当に全く正気を失えるものなのだろうか。
人間だっておかしくなってしまうことがある。
先ほどのタツノミコは一瞬ではあるが動揺を見せていた。
あふろでだって良心の欠片があるのだろうか。
いや、それはない。私の愛する仲間をあんな目にあわした奴になど。
セルフィは私の大切な友達の一人。かわいらしいレプラコーンの女の子で、
とある教会の傍の樹がお気に入りの娘だった。
---
『ねー霊夢たん、またあのゲームさせてよー、とーごーなんとかー。』
『違う違う。とうほうだよ、とうほう』
『それそれー。とーほー。』
『どうせやったってセルフィは、いつも最後のボスでやられるじゃない』
『だって難しいんだもーん。コンティニューしたって無理だよー。』
『難易度は標準だよ? あの様子じゃ、イージーモードにしても無理だと思うけど』
『そんなことないよー。イージーだと、簡単すぎるしー』
『まずは簡単なやつから慣れないとね。それとも・・・プライドが許さない?』
『それを言わないでよー。・・・あ! いいことかんがえたー!』
『なにかな?』
『あのボスの手前でー、霊夢たんにかわってもらったらいいのー!』
『・・・それはだめ』
『ねー、やってもいいかなぁー? とーほー!』
『わかったわかった。今ゲーム持ってくるからね』
『わーい♪』
『セルフィも一回や二回くらい、ノーマルモードでノーコンクリアしなきゃね・・・』
『うんうんっ! セルフィがんばるーっ!』
---
今彼女は、冥界で完全に迷子の状態である。その力では脱出などままならないし、
幽々子に探索を頼んだものの、ずっと住んでいるはずの彼女自身が迷子になりかける始末。
そんな状態に「遊び」と称して追いやった奴など、悔い改めの余地はない。
「改心すれば救われる」とある宗派が説いていることは聞いている。だが、それは気休めなのだ。
私は立ち上がると、倒れこんだ海の幸を横目に見つつ、教会の入り口に向け進んでいった。
10
その教会は、幻想郷にあるそれとあまりにも酷似していた。
天にまで聳えるゴシック調の墨染めの礼拝堂。黒い槍のような塔が天を突き刺す。
その巨大な扉は生半可な御符では開けそうにない。
「あふろでッ!!」
そう叫んでしばらく経つと、その扉がギギギときしみながら内側に開いた。
ゆっくりと歩みを進める私。
床はこれまた黒色の木製で、歩むほどにギシ、ギシと音をたてる。
それにしても巨大な空間だ。
数十メートルはあろうかと思われるほどの天井までの距離。広さはテニスコートがいくつ入るだろうか。
壁に沿って等間隔に配置された柱もまた漆黒であり、そこにランタンが埋め込まれ発光している。
ステンドグラスで採光することはしないのだろうか。いかにも堕ちた女神が好みそうな雰囲気だ。
闇に、死に、絶望に満ち満ちている。幻想郷にあるクリソツの教会だって、ここまで陰鬱ではない。
誰かの声が響き、エコーとなって私の耳に届いた。
その声にはもちろん聞き覚えがある。
「よくきたわね、霊夢」
声をする方向を向く私。
部屋の端の長椅子の中央あたりに座っていたのは、やはり彼女だ。
数年前見たとおり、季節にかかわらず紫色の浴衣を着ている。その容貌は妖艶ですらある。
多くの妖怪や人間が彼女に心を奪われてしまうというのも無理はなかろう。
私は彼女から目を離し、向かいにある教会の象徴に視線を投げかけた。
それは足元にある篝火で幽玄に照らし出されている。
「あんたがここを造ったのね。出してほしい」
「それはできない。私が復活するには、あなたの血が必要なのよ」
「人柱?」
「そう、私。あなたに自分の人柱としての可能性を見出してもらいたかった」
「勝手に贖罪の主人公にしない。自分がなればいいじゃないの」
「復活には犠牲が必要なのよ。巫女であるあなたのね」
改めて彼女に目をやる。
「・・・ここは、彼岸?」
「ちょっと違う。冥界といっても、本来のものを模したものよ。
死の瞬間、私は次元を歪めてここを造り、復讐の機会を待っていた。
ここで生きている人間はあなただけ。呼ぶのに苦労したわ」
「・・・?・・・さっきの龍気取りの奴は?」
「ああ、あれ? 『反生霊』となってもらったの。
あなたに消された以上、黄泉にも幻想郷にも帰れない」
彼女を睨む私。唇を強く噛みこむ。
「彼はあんたを信じてた」
「結構なこと」
「利用するだけ利用して、自分だけ復活しようというわけ」
「そのとおり。悪いかしら?」
「仲間からの信頼を踏みにじった」
あふろでが足を組みなおすのがわかった。
「私は自分に呪いをかけてる。あなたは私を倒さないとここから出られない。
もっとも、私が執り行う儀式に参加してもらうか」
「・・・」
「もしくは、死んでその血を使わせてもらうか・・・この場合、あなたは本当に彼岸行きよ」
「あんたに言われたくない」
「あなたたちが、私とその仲間を殺した」
「あんたらが村人を殺したからよ。因果応報」
するとあふろではニヤリとして、
「そして私はあなたのお友達を『転葬』させた。セルフィちゃんだったっけ?」
「!」
私は歯を食い縛る。女が続けた。
「かわいそうな子だったわね。
幽々子お嬢様でさえ見つけられない、冥界の最果てに飛ばしてあげたわ。
今度はあなたの番」
「死ぬことに」
間。
「死ぬことになるのは、あんたの方よ」
私が言い終わると同時に、あふろでは教会の奥へと飛んで行く。それを見つめる私。
彼女との距離はかなりある。やはりスペルを発動するつもりか。
私は御符を繰り出した。
教会に女神の声が響き渡る。
「供儀『アンティゴニック・オファリング』」
11
忌むべきあやかしのスペル発動がはじまる。私は身構えて浮遊。
妖怪の開かれた腕からは巨大な火の塊が射出され、私と彼女の間で止まった。
(スフィアということは・・・拡散、その後、間を縫う追尾もしくはランダムな弾・・・)
思ったとおり、その塊は数秒後に乾いた音とともに破裂し、無数の赤い弾丸を発射した。
それらは飛び出したそのままの軌道で拡がりゆく。
(きたわね)
私はその間を縫い、敵の方向を目指した。と、周囲の弾丸が飛散をやめて凝固する。
(!?)
動きすぎたか。左の袖下が弾丸に振れ、布に黒い穴が空いた。大丈夫、腕は無事。
弾丸は徐々に動きをはじめ、先ほどまで火の玉があった場所を中心に地球儀の如く回転しはじめる。
この遅さと狭さなら、ヘタに動けない。私は防御の符を配置し、追尾の御符を多めに投げ始めた。
しばらくあふろでの唸り声が続いたかと思うと、今度は私の周り数メートルの弾丸が固まる。
(単発のくせに、えらく凝ってるわね)
そう思ったときである。弾丸が私の方にせばまってきたのだ。
「まずい」
単純移動を繰り返すだけだとたかをくくっていた。それが間違いだ。
通常の弾幕ならば、ある程度の動きがあれど、それらを動く壁ととらえることで移動が容易になる。
が、壁が自由自在に可変するとなる話は別だ。
頬に弾丸が通り過ぎた微風を感じながら、私はなんとかその間から抜けだすことに成功した。
「よし」
取り囲むことに失敗した弾丸はあさっての方向に流れていったが、今度はまた別の群れが
私の周りで固まった。
(凝固、追尾か・・・)
御符を送り続けながら、動く壁の間を縫う。すると、あふろでの方向に光るものが幾つかあった。
シュゥと音を出しつつ、綺麗な弧を描きこちらに向かってくる。
(あの光は・・・追尾型!)
とっさに護りの符を目の前に張る。
(間に合わない!)
吹き飛ばされ、柱に全身を打ちつける私。だがここで気を失っては全てが無に帰してしまう。
あふろでが腕を振り上げた。さらなるスペル発動なのだろうが、弾幕の消滅はない。
彼女もまた本気なのだ。
菖蒲ラヴァーの目の前に巨大な棺がいくつかほど出現した。
この現象は生前の彼女と合間見えた時にも見ている。
「葬贖『ラメンティング・アイリス・レデンプション』」というものだ。
その時は宣言・発動の少し後に霊符をたたき込み決着となっただけなので、
これから弾幕がどの様な動きをとるかは私にもわからない。
棺がゆったりと始動した。
(文字通り棺桶か)
力を振り絞り、再び浮遊する。棺がこちらに向かってきた。
どうやらこの棺はいったん目標を定めると、あとは真っ直ぐにしか進めないらしい。
さっとそれに目をやる。菖蒲の茎で覆われているようだ。中に蠢くは闇そのものか。
あふろでは球状に動く弾幕をさらに貼り、棺の間にさらに障害を作った。
しかしその動きが異様に遅い。その間を縫いながら、
(いやに遅いわね。何を考えてるの)
思った矢先である。彼女が手をふりかざすと、数え切れない程の十字架が現れた。
長い柄をこちらに向けるように動き、止まった。ダーツのつもりか。
それに注意を払っていると、球となって動いていた弾幕が一挙にその進行方向を変えた。
(まずい)
十字架が一つ、そして一つと、疾風の如き速さで私めがけて飛んでくる。
さらに、彼女の周囲に新たな棺が出現した。
(!)
死をもたらす棺桶、気まぐれな弾丸の地球儀、それに十字架状の弾丸。避けきれるか。
と、私のすぐ上を十字架が猛スピードで通り過ぎていった。
それを避けた所の別の十字架に防御の護符を貼ったが、十字架と見えるのは十字の短剣のようだ。
(咲夜の真似事っ!?)
十字の形というのも気に障る。この妖怪がセルフィを殺すのに使ったものと同じ。
(棺に動く丸いの。それに追尾・・・幽々子の使ったような、あのストーカーじゃないのが幸いか)
ここで私は左手で、御符を鳥の形に折り始める。右手は御符の送り出し役だ。
(うまくいくか)
四方八方を取り囲む弾丸の群れを避けながらのこの作業は、常に危険がつきものだ。
できるだけ左手を経験という流れにまかせ、右手で射撃しつつ移動に集中する。
最後に羽根の部分を折りあげたところだった。私の腹に何やら衝撃。
送っていた御符の流れも止まる。
「?」
あたりを飛び交う弾丸や棺が一瞬フリーズしたように思えた。
気のせいである。
私の腹部に、短剣が深深と突き刺さっていたのだ。
(ぬかった・・・)
痛みは感じなかった。痛みなど感じている余裕はないのである。
私は柄に手をかけ、一気に引き抜いた。
ほとばしる血流。あふろでの黄色い声が耳をつんざく。
「あはは、お気に入りの武器はどう?」
私は叫び返す。
「卑怯な真似を」
「戦いに卑怯なんてない」
「じゃあこれも卑怯かしら」
爆音。
彼女の後ろにあったオルガンが爆発したのである。
しばらく立って、苦悶の悪態があがった。
刹那、彼女の送り出す弾幕の間に大きな隙間が出来、私はその間を通り少しずつ前進しながら言った 。
「私が送った追尾の御符、全部命中してなかったのはどうしてだと思う?」
「騎士道に反する」
「あなたもね」
紫色の服をまとったあやかしがスゥと息を吸い込むと同時に、周囲の弾丸が音を立てて弾け、消滅した。
先程の爆発で力を消耗したか。
口が開かれ、新たなスペルの宣言がなされる。私は若干後退し、様子を伺う。
「蘇死『菖蒲のよみがへり ~アケロンへの言伝~』!」
菖蒲の花が彼女の周りに出現した。
大きさは頭ほどだろうか、数個ずつならび、間隔をあけて波のように迫ってくる。
これならば避けられないことはないだろうが・・・
(どうせ目くらましの弾幕張っておいて、追尾型のを送るのね。ありがち)
横に移動、縦に移動。これを繰り返してゆくうち、鈍い重低音が聴こえ始めた。
(やはり)
目の前の方向から、人一人飲み込むほどの大きさの弾丸が放たれた。
その周囲はエネルギーを吸収しているだけで害はないが、その黒い核に触れると即死する。
それが数個つらなって私の方向を狙ってきた。
(完全に追尾しないとはいえ、面倒ね)
御符を連射しつつ移動する私。だがその移動の速度が速すぎた。
(ちっ)
菖蒲の花輪型の弾丸をかすめたのだ。
ふくらはぎあたりに激痛が走りはじめた。恐らく出血しているだろう。
歩く必要がないとはいえ、この痛さでは浮遊していられるのも奇跡的といえる。
あふろでの声が轟いた。
「知恵・・・これが私の花の花言葉」
御符を投げながら大声で叫んでやる。
「花? あんたの地獄への餞にするわ」
短剣が刺さっていたところが、ズキン、ズキンと痛みはじめた。
頭も朦朧としかけている。これ以上血を失うのは危険かもしれない。
「女神・アイリスは死者を冥界に連れてゆくのが役目。
大丈夫、お友達はハデスにもいるわ。セルフィちゃんの目の上にはコインを置いたから」
「!!!!!!!」
私は御符を一気に束ね、それを投げつけた。
何度も、何度も。
あふろでの方も防御しつつ弾丸を送り出すことをやめようとはしない。
弾丸の間からちらりと見えるその顔は、困憊しているようでもある。
妖怪が叫んだ。
「霊夢、私を殺しても彼女は戻らない」
幾度となく体を弾丸がかすめ、また切っていった。だがどうでもよかった。
「・・・お前を殺す」
「やってみろ! 偽愛『モルテス・アポクリファス』」
私と彼女との距離は、数秒走れば互いにぶつかりそうな距離だった。
だが女神気取りのあやかしの体が宣言とともに発光し、その姿が変わり始めた!
おぞましい、全てを飲み込まんとする母なる魔物の姿に。その手には紫に光る剣。
(妖夢とのやりあいで剣には慣れてるけど・・・)
薄い紫色の光がその体全身から放たれており、教会堂のなかを照らしだした。
私はさっと後ろを確認し、飛びのいた。
「霊夢! 巫女稼業もここまで!」
叫ぶなり、弾幕が一挙に展開。私はさらに斜め後ろに飛びのく。危うい所だった。
三日月状の弾丸が目の前を通過したのだ。見ていると回転をはじめ、あたりを飛び交いだす。
(不規則ね・・・これは危ない)
同時に拳程度の紫の弾幕が降り注ぐ。これには規則があるようだった。
(なんとかよけれるけど・・・奴が見えない)
紫の弾幕を壁と見立て、その間をすり抜けるようにしてあふろでに御符を送り込む。
だがこの距離では届くものすべてが、防御弾幕によって防がれてしまっている。
できるだけ距離をせばめなければ。私は急ぎ、教会堂の床あたりを目指した。
シュヴァッという音が耳をつんざく。すぐ後ろを三日月の弾が通り抜けていったのだ。
それは右斜め前の方向に飛んで行き、黒一色のステンドグラスを割った。
(気付かなかった!)
目を前に戻す。すぐそこにあふろでが剣を構えていた。
(!)
一閃が振り下ろされる。
「っ!!」
瞬間的に後ろに反り返る。咽元を切っ先が横切り、ギンという鈍い金属音とともに床が割れた。
私が距離をとるのを見ると、妖怪は先ほどまで弾幕を出していた場所にまで飛び去る。
再び、弾幕の嵐。
三日月のカッターと紫のやつに加え、煙があたりにたちこめた。
(これは)
煙の中から弾幕を出現させる術法である。
煙をさければよいものの、そこから放射される弾丸は、飛ぶ方向によっては時として致命傷となる。
自ずから敵を追尾する御符を送り出すものの、こう見えなくては力ある一撃が加えられない。
「くそっ・・・見えない・・・」
紫の弾丸は壁として認識できる。三日月もランダムに飛翔しているようだが、パターンがありそうだ。
(これなら避けられる?)
だが煙の出方がまったく予測できない。二種類の弾丸を避けたその先に出現することもあろう。
(やばいわ・・・)
あふろでが見えないどころか、弾丸があたりの空気に密集し、空間そのものが弾幕といった様相であ る。
(次に開くのは・・・あっち)
隙間を縫い、その空いた場所に移動した。
「ちっ」
(腹の出血が止まらない・・・)
右手でおなかを押さえる。だが、どうやら問題は別のところにもあるらしい。
短剣は背中にまで達していたようだ。左手を後ろに回す私。
両手がふさがるが、なんとか出血を止めなければ。
この弾幕では奴もこちらが見えていないはず。
私は襟をぎゅっと締めた。腹部に開いてしまった穴もかなり傷む。
両手ふさがりで、しかもこの弾幕の多さ。
(痛)
何かがおかしい。完全に見切った筈の弾幕の抜け間、そして居場所の確保できる場所が
確実に狭くなってゆく。
私は両手を背中の前後に押さえたまま、左後ろのわずかな間になんとか潜り込む。
ここで、いつまでもつだろうか。次はどこにいくべきか。
両手、特に右手がとても温かい。血の温かさだ。そして弾の間隔は徐々に狭まってゆく。
「あれを使うには御符と力が足りない」
すでにこれまで何度か、決め手となるスペルを使ってしまっている。
(痛い痛い痛い・・・!)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
痛みに気をとられる。それは致死の失態。
後ろから首筋に剣が当てられていた。切っ先は顎の下で鈍く光る。
(いつの間に)
冥界で鋳造された鉄の冷たさとともに、背筋が凍りつくのを感じた。
「痛みで御符すら出せないとは。これで終わりだな、霊・・・」
顔を右に振り返る私。眼はあふろでを凝視している。
首筋に食い込んだ刃を、じわりと鮮血が伝った。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
あふろでの顔は驚愕に顔がひきつっている。その二つの眼に見入る私。
その中に、半透明の桜吹雪の幻に包まれはじめた私の体が映っていた。
「お前の・・・その弾幕はっ・・・!!!」
剣を動かそうともせず呟く妖女。
私の口が開かれた。
「・・・・・・神槌」
腹を押さえていた手をゆったりと開く私。
親指と人差し指の間には、桜色の御符の端が握られていた。
「夢幻桜樹陣」
11
私は博麗神社の寝室で目を覚ました。差し込んでくる夕陽が眩しい。
魔理沙と咲夜が覗き込んでいる。
「んー・・・」
「お寝坊さん、やっと目覚めたか。あの教会でひっくり帰ってるのをチルノが見つけたぞ」
「! あそこにいたのか・・・じゃああいつは・・・つっ」
「無理すんなよ。まだ傷が癒えてない。・・・あいつって、霊夢以外誰もいなかったぞ?」
「戦ったのに・・・」
「荒れてる雰囲気もなかった」
「おかしいな・・・私は五月村ってとこに神隠しにあって・・・」
顔を見合わせる二人。
「じゃあ、本当にそうなったのかもな。
お前が消えてから、しばらくあそこ近辺で妙な物音したってレミリアが言ってた。
でも五月村はここにはないぞ」
「またあのユーレイあたりが妖しい桜、満開にさせようとしてたんじゃないわよね・・・」
すると咲夜が言った。
「それはないわ。彼女は夜行パーティで忙しかったみたいだもの。
でも、霊夢が見つかるちょっと前、家の庭のウラソメイヨシノが突然開花して、すぐ散ったそうよ」
「彼女のお友達の夜行性娘は?」
「それもない。あなたがいなくなる前から、いつものようにグースカ昼寝してたわ」
「寝てる間はあいつも人を満足に隠せないしな」
「そか・・・兎に角・・・大変だったのよ・・・」
私は安堵の眠りに落ちてゆく。薄れゆく意識の中、セルフィの笑顔を見た気がした。
あの子は今のままじゃひとりでこちら遊びにこれない。今度探しに行ってみようかしら。
そこでの花見も兼ねて。
END