場所は魔法の森のマーガトロイド邸。
通称人形屋敷と言われています。
朝日が昇って部屋のカーテンの隙間から光が差し込みます。
でも人形が日に焼けてしまうので窓の付近には上海ちゃんも蓬莱ちゃんも、その他のお人形も居ません。
普通のお人形は日のあたらない場所に、ガラスケースに入れられて大切に保管されています。
規定の時刻になると、専用のベッドで並んで眠っていた上海ちゃんと蓬莱ちゃんが目を覚まします。
「ンゥ…、ハァ…フ」「ンムゥ…、ファフ…」
二人一緒にむくりと起きて、あくびを一つ。
ふふ、二人とも一緒に目を擦ってますね。
「ホォラィ、オゥハーヨォ」「シャハーイ、オハヨー」
お互いに朝の挨拶を終えると屋敷の唯一の住人であるアリス・マーガトロイドが部屋に入ってくる。
「ァリィス、ォハァヨーゥ」「アリス、オハヨー」
「上海、蓬莱、おはよう。今朝の調子はどうかしら?」
「ンーゥ、ィーイヨォ」「イイヨー」
「ふふ、それじゃあ確認しようか」
「ゥン」「ウン」
そう言うなり、アリスの目の前で上海ちゃんと蓬莱ちゃんがパジャマを脱ぎます。
なんて羨ま……、じゃなかった。二人のメンテナンスでしょうか?
どうやら上海ちゃんと蓬莱ちゃんは下着は下しか着けてないようですね。
ドロワーズだけになった上海ちゃんと蓬莱ちゃんにアリスの手が伸びます。
あぁ、小さな体に触れて……、ひぃ、そんな所にまで……ッ
「クゥスグタァーイ」「クスグッタイー」
無表情ながらもくすぐったそうに二人は笑います。
「じゃあ、コレは?」
なんて酷い!
アリスは上海ちゃんと蓬莱ちゃんのスベスベなお肌を抓りあげてます。
「ィターァイ」「イタイー」
「ん、二人とも正常ね。服を着たらご飯にしましょうか」
「ハーァイ」「ハーイ」
アリスが可愛らしい服を二人に手渡す。
「ヲキィガーェ」「オキガエー」
二人はちゃんと一人で着れるようです。
嬉しそうに袖を通します。
上海ちゃんには紺色のメイド服に真っ白な肩掛け。
長い金髪には大きな赤いリボン。
背中の四枚の羽が可愛らしいですね。
蓬莱ちゃんのシャギーの入った茶髪には白いナイトキャップを。
紅色のドレスの腰には黄色いリボン。
蓬莱ちゃんは羽の代わりに首に真っ黒い首輪。
千切れた鎖がなんとも言えませんね。
……って、あら?
「ンショ、ンショ、ヲキィガェオーワァリ」
「マッテ、シャハーイマエウシロギャクダヨ」
「ゥン?」
あらあら、上海ちゃんは前と後ろを逆にして服を着てしまったようですね。
蓬莱ちゃんに手伝ってもらってもう一度着替え直しです。
ふふ、今度は間違えずに着替えれたようですね。
「オワァータ」「オワター」
さぁ、次はご飯の時間。
二人は早速部屋を出て朝食の準備をするアリスをお手伝いです。
「上海はこのお皿を並べて頂戴。蓬莱はこっちのコップね」
「ゥンー」「ウンー」
上海ちゃんも蓬莱ちゃんも偉いですね。
小さな体でアリスのお手伝いを頑張ってます。
暫くするとテーブルには朝食が並びます。
アリスの前にはトーストとサラダ。
上海ちゃんと蓬莱ちゃんの前には専用のご飯。
色取り取りの弾力のあるカプセルがお皿にいくつか並びます。
「二人共ありがとね、それじゃあ頂きましょうか」
「ィタァダキーマスゥ」「イタダキマース」
ご飯は味覚を備えた二人にとって楽しい一時です。
「コォレカァラーィ」「コッチスッパーイ」
あらあら、どうやら嫌いな味だったようです。
二人とも無表情ながら
「好き嫌いしちゃダメでしょ?」
「ウーゥ」「ウゥー」
不満そうにする二人は少し唸るとちゃんと食べました。
「うん、二人とも偉いわね~」
よしよしと頭を撫でられて二人はとっても嬉しそう。
きっとコレがあるから頑張って食べたのね。
そんな感じで朝食を終えると、二人とも食器を洗います。
二人とも偉いですね。
「さて、二人とも今日は何して過すか決めてあるの?」
「ゥンー、アソォビイクゥノー」「アソビニイクノー」
上海ちゃんと蓬莱ちゃんは遊びに行くみたいですね。
二人はどこに行くのかなー?
§ § §
二人はフワフワと空を飛びながら声を掛けます。
「アソォビニキィータョ」「アソビニキタヨー」
「あ、上海~、蓬莱~こっちこっち~」
少し離れた場所で、ふわっとした肩までの金髪に赤黒いドレスにをまとった少女が手招きしています。
「ミェドゥソンー」「メディスンー」
メディスン。メディスン・メランコリー。
毒で動くお人形の妖怪です。
上海ちゃんと蓬莱ちゃんが遊びに来たのは、彼女が居る場所――鈴蘭が咲き誇る丘でした。
アリスに頼まれて、永遠亭までお使いに行ったのがメディスンと二人の出会いでした。
その日の内に仲良くなって鈴蘭畑を案内されて、今に至ると言う訳です。
でも、鈴蘭畑の毒は動けない人形を動かす程とても強いです。
これは逆に動くものを止めてしまいます。
動くように作られた上海ちゃんと蓬莱ちゃんにとっては一大事です。
人形の部分が動くようになり、内部が動かなくなってしまいます。
でも、メディスンが上手に毒を霧散させてくれるので上海ちゃんも蓬莱ちゃんも大丈夫です。
メディスンの傍らにはさらに小さな人形のメランコリー通称メーさんも居ます。
「メサァーン」「メーサン」
ぶんぶんと手を振ると、小さなメーさんも元気に手を振ります。
彼女はメディスンや上海ちゃん、蓬莱ちゃんよりも体が小さく、
メディスンの様に喋れませんが、体で表現します。
その為、メディスンの真似っこをするのが大好きです。
喋れないけど頑張って表現して相手に伝える。感動的に可愛いですね。
「キョハァナニィスールノォ?」「キョウハナニスルノー?」
「今日はね……、あら? メーさん何かあるの?」
珍しくメーさんが提案するようです。
メーさんは両手で頭を隠すとひょっこりと顔を出します。
永遠に見続けたい動作ですが、数回で他の皆は言いたい事に気がつきます。
「あぁ、隠れん坊ね」
「カァクレボーォ」「カクレンボー」
メーさんはこくこくと嬉しそうに首を上下に振ります。
「でも、メーさん本気で隠れると日が暮れちゃうからね~」
「メサァン、ジョズゥ」「メーサンジョウズー」
確かに、小さなメーさんを見つけるのは難しそうです。
「だから隠れん坊は今度でいいかな?」
メーさんはこくりと頷きます。
少し残念そうです。
「昨日面白いもの見つけたんだ。代わりにそれ見に行かない?」
「ゥン!」「イクー!」
メーさんもこくこくと頷きます。
「っとそうだ……、上海はコレ、蓬莱はコレ、メーさんはコレを付けてみて~」
おや? メディスンが何か取り出して皆に手渡しましたよ。
長いのに、丸いのに、三角に、四角……?
受け取った物を掲げる上海ちゃんと蓬莱ちゃんとメーさん。
「ミィミー!」「ミミー!」
なんと! 動物の耳です。
上海ちゃんには猫耳、蓬莱ちゃんには犬耳、メーさんには兎耳ですッ!
「うん、永琳と咲夜が言ったとおりみんな似合ってるわ」
そう褒めるメディスンも狸耳をつけています。
みんなステキに可愛らしいですね。
「それじゃあ見に行こうよ」
「ゥン!」「イコー!」
メーさんは兎耳をピコピコと動かして返事をします。
先頭をゆっくりと飛ぶ狸耳メディスンの頭の上で兎耳メーさんは耳を動かして遊んでいます。
「ふふ、メーさん気に入った?」
こくこく、ピコピコ。
「良かったね~」
猫耳上海ちゃんと犬耳蓬莱ちゃんはじゃれ合いながらその後についてゆきます。
「ホォラィ、ミィミタレェテル」「シャハーイノミミハタッテルネ」
猫耳は三角形で立ってますが、犬耳は四角形で垂れています。
お互いの耳の形状が気になるようです。
「ゥァ!?」「アゥッ」
耳を触り合いながら、飛んでいるとメディスンとぶつかってしまいます。
「ついたよ~」
4人の目の前には大きな木があります。
鈴蘭の毒の届かない、小高い丘にその木は立っていました。
「コォレ?」「オモシロイ?」
「んっとね、あの枝の所見て」
「シィロィネ」「シロイノアルー」
おや? なにやら白いものが枝と幹の間にありますね。
「あの白いのをね……」
メディスンはふわりと飛び上がると、白いものをポフポフと叩きます。
「ワァ!」「ワァ!」
ぽこんッ、と毛玉が一匹出てきました。
暫くふよふよと漂った後、また白い中に戻っていきます。
どうやら毛玉の巣のようです。
これは大発見です!
毛玉が巣を作るなんて今まで誰も知らない事を、この子達は偶然発見したようです。
でも、彼女達にとっては単なる珍しい物でしかないようです。
様子を見ていた、上海ちゃんも、蓬莱ちゃんも、メーさんも、この白い物に興味を持ったようです。
「シャハーィモ、ヤテェィーイ?」「ホラーイモ、ヤリタイー」
メーさんも小さな手を何度も振り下ろしています。
「ふふ、もちろんよー、みんなもやってみて!」
四人は面白がって白い物を叩きます。
ポフポフ、ポフン、ポフン
「モォフモォフシーティル」「モフモフー」
ポフポフ、ポフン、ポフン
叩かれるたびに、ポコン、ポコン、と毛玉が現れては引っ込みます。
みんなで夢中になって叩いていると、白い塊が一斉に弾けます。
「ワァ!」「ウワァ!」
「きゃぁッ」
白い塊が消え、突然大量の毛玉が現れました。
どうやら白い塊は沢山の毛玉が集合して作っていたようです。
「あは……、はは……、ちょっとヤバイかな?」
「ヤァーバィネ」「ヤバイネー」
メーさんも慌ててコクコクと首を縦に振ります。
4人が後ずさると、毛玉達は一斉に襲い掛かってきます。
「きゃぁ――ッ、逃げろー!」
「キャーッ!」「キャーッ!」
大量の毛玉達が弾を放つ中、4人は全力で鈴蘭畑へと逃げてゆくのでした。
§ § §
鈴蘭畑まで逃げると毛玉の大群は毒を嫌がって帰っていきました。
ハァハァと荒い息を整えながら、4人はペタリとしゃがみ込みます。
「ふぅ、ふぅ、……あー、つかれた~」
メディスンはパタリと大の字になって倒れます。
それを見て、上海ちゃんと蓬莱ちゃん、メーさんが真似をして後ろに倒れます。
パタリ、パタリ、パタリ。
みんな倒れて川の字になってます。
「ツゥーカレェタネェ」「ツカレタネー」
「あんなに沢山の毛玉に追いかけられるなんて思わなかったわ……」
メーさんがメディスンの呟きにコクコクと頷き同意します。
「ビクゥリシィータネ」「ビックリダタネー」
頭につけた耳をピコピコと動かしながら、上海ちゃんと蓬莱ちゃんも同意します。
「でも、面白かったよね!」
「ゥン!」「オモシロカター!」
メーさんも興奮気味に頷きます。
どうやらみんな懲りていないようです。
「でも、服がボロボロになっちゃったね……」
よく見ればメーさん以外の三人は所々服が破れています。
逃げてる最中に直撃はしなかったものの、毛玉たちの放った大量の弾に被弾した為です。
メーさんはメディスンに抱えられていたので被弾せずに済んだみたいですね。
「うーん、今日は徹夜で裁縫しなくちゃ……」
起き上がって服のあちこちを確認するメディスンを、上海ちゃんはじっと見つめています。
どうしたのでしょうか?
「……」
「シャハーイ、ドシタノ?」
「ホォラィモォ、ヤァブレーテゥルネ」
上海ちゃんが蓬莱ちゃんの服をクィクィと引っ張ります。
「シャハーイモ、ヤブレテルヨ」
こくりと上海ちゃんは頷きます。
「……ン」「……ン」
二人して頷き合うと、上海ちゃんはメディスンに向き直ります。
「メェディスゥン、ォウチィイコォ」
「え? お家って……、上海ちゃん達の?」
二人はコクコクと頷きます。
どうやらメディスンを家に招待するつもりのようですね。
「えーっと……、その……」
おやおや?
メディスンは嬉しそうな表情をしたり、困ったような表情をしたりと忙しそうです。
どうしたのでしょうか……
メーさんも心配そうにメディスンを見ます。
「今は……服が、ボロボロだから……」
どうやらお友達の家に遊びに行けることが嬉しかったけど、ボロボロな格好で遊びに行くのは気が引けるようです。
でも、上海ちゃんも蓬莱ちゃんも、メディスンの手を引きます。
「ダァカーラダヨォ」「ダカラダヨー」
「え、え? ちょ、ちょっとぉ」
腕を引っ張ったまま、二人がふわりと空中に浮きます。
幾ら自分より小さいといっても、せいぜい一回り程です。
二人に引っ張られてはメディスンも引きずられて浮いてしまいます。
「イーコォ」「イコー」
あらあら、上海ちゃんも蓬莱ちゃんも結構強引だったんですね。
「あーん、もう判ったわよ。 二人のお家に行くから、手を離してー」
どうやらメディスンは観念したようです。
その表情はとても嬉しそうです。
メーさんはそんなメディスンの頭に乗って、皆でマーガトロイド邸に向かいます。
§ § §
鈴蘭畑を飛び立った四人は、湖を越えて、魔法の森へ進みます。
「うぅ、なんか暗くてジメっとした森ね……」
メディスンが呟くとおり、魔法の森は昼でも暗くて茸が良く育つジメジメとした森です。
そんな森をズンズンと奥深くに進みます。
「二人はこんなに遠くに住んでるんだね……」
メディスンは驚いていました。
彼女の行動範囲は鈴蘭畑から永遠亭が基本です。
最近は個人的に招待されて紅魔館まで遠出しましたが、湖を渡った事はコレが初めてでした。
「モスゥグダァヨ」「モースグダヨー」
「う、うん……」
メディスンはぎゅっと拳を握り締めます。
どうやらメディスンは緊張しているようです。
永遠亭の住人達みたいに仲良くできるか気にしているようです。
「ミェテーキィタヨー」「ミエテキタヨー」
庭先に降り立つと、帰ってきたのが判っていたのか扉が開きます。
メディスンの表情が緊張のためか硬くなります。
肩に掛かる位の金髪に赤いカチューシャの少女――アリスが人形を抱いて現れます。
「二人ともお帰りなさ……、あら、可愛らしい動物さんね」
上海ちゃん達が頭につけた耳の事を言っているのでしょう。
上海ちゃんと蓬莱ちゃんは嬉しそうに耳をピコピコと動かします。
「ふふ……、上海、蓬莱、その子達は?」
「ツゥレティキータァノ」「ツレテキタノー」
「珍しいわねぇ」
アリスはメディスンに向き直ります。
「ぁぅ……」
メディスンは緊張してしまい、口をパクパクしますが、
アリスの抱いている人形を目にすると、だんだんと落ち着いて硬さが消えます。
「は……、初めまして……、私はメディスン。こっちはメランコリーよ」
メディスンが挨拶すると、頭の上のメーさんもペコリとお辞儀をします。
「初めまして、私はアリスよ。 あなたは上海と蓬莱の……」
「ヲトォモダチィ」「オトモダチー」
と上海ちゃんと蓬莱ちゃんが諸手を挙げます。
それを見てアリスはクスリと微笑みます。
「みたいね、さ、上がって頂戴。上海、蓬莱のお友達なら歓迎するわ」
§ § §
部屋に通されると、上海ちゃんと蓬莱ちゃんは着替えに席を外します。
部屋を眺めて、メディスンは声を漏らします。
「わぁ……」
所狭しと飾ってある人形の数に驚いていました。
「ふふ、どうかしら、私の可愛い人形達は?」
「すごーい……」
普段なら、ガラスケースに入ってる時点で「人形虐待だー!」と怒り出す所ですが、今日は違っていました。
メディスンは飾ってある人形に触れると、目を瞑ります。
「……この子も、あの子も……みんな喜んでる……」
同じ人形同士、心が理解できるってことなのでしょうか?
メディスンはとても嬉しそうにアリスの向いに座ります。
「アリスは人形が好きなのね」
椅子に座っていたアリスは、抱いていた人形の髪を櫛で梳きながら答えます。
「えぇ、大好きよ」
人形の髪を梳くアリスの手元にメーさんがひょっこりと現れます。
「あら、あなたもして欲しいのかしら?」
コクコクと嬉しそうにメーさんが頷きます。
「じゃあ後ろをを向いて……」
抱いていた人形をテーブルに座らせると、メーさんの髪を手にとって梳き始めます。
暫くして、扉が開き、着替え終わった上海ちゃんと蓬莱ちゃんが紅茶を持って入ってきます。
「タダマー」「タダイマー」
「おかえり、あら二人とも偉いわね、お客様のおもてなしかしら?」
「エヘェー」「オモテナシー」
二人は紅茶を淹れるとアリスの袖を引きます。
「アリィスゥ」「アリスー」
「ん、どうしたの?」
上海ちゃんと蓬莱ちゃんはアリスにお願いをします。
「ァリィス、ミェドゥソンノ、フゥクナォシィテアゲェテー」「ナオシテアゲテー」
「ぇ、い、いいよぉ……」
「そうねぇ……、二人はちゃんとお客様をおもてなしできたし……えぇ、いいわよ」
「ヤタァ!」「ヤッター!」
上海ちゃんと蓬莱ちゃんは抱き合って喜びの声をあげます。
「ぇ、ぁ……、ありがと……」
「上海と蓬莱はメーさんと一緒にメディスンの服を準備してあげて」
「アィー」「ウンー」
「うんと可愛い服を沢山選んできてね~」
上海ちゃんと蓬莱ちゃんがメーさんを連れて部屋を出て行きます。
「ふふ、そういう訳だから、さっそく服を脱いでくれるかしら?」
―――ッ!!!
「ぅ……」
「あら……、自分一人じゃ脱げないの?」
恥ずかしくて脱げない事を看破したアリスは軽く挑発してみます。
「そ、そんなこと無いッ」
メディスンは多少ムキになると、恥ずかしそうにしたままボタンを外します。
服を脱ぐメディスンを眺めながら、アリスは目を細めて小さく呟きます。
「髪も、目も、肌も綺麗ね……」
「え、そ、そうかなぁ?」
褒められたメディスンは少しテレながらキャミソールとドロワーズだけになります。
そのテレてる様子が、もう今すぐ抱きしめたい位可愛らしいですね!
「そういえば自律人形なんて随分久しぶりよね……」
脱いだ服を受け取りながら、アリスはとんでもないことを口にします。
「うふふ、イロイロ調べちゃおうかしら?」
「え、えぇッ?」
真っ赤になって驚くメディスンの頬に触れると、頬から顎へアリスの指が艶めかしく這います。
二人っきりなのをイイコトに、まさかこのままメディスンを押し倒して、嫌がる中無理やり……
あぁ、でも怯えたまま言いなりになるのもそれはそれで……
でもこの場合、優しく教えてあげるのが今後の事を考えると……
アリスはなんてけしからん娘なんでしょうか……ッ
「ふふ、冗談よ、じょうだ……」
アリスは視線を一点に固定したまま、硬直します。
目線の先には、不自然な赤い雫。
魔法使いの明晰な頭脳は瞬時に状況を分析、把握します。
メディスンを守るように抱き寄せると、赤い雫の方向を指差します。
「そこッ、隠れてないで出てきなさいッ!」
暫くの沈黙の後、アリスの目の前に突如現れる八意 永琳と十六夜 咲夜。
二人とも美人ですが、鼻血で全て台無しです。
「……バレてしまってh「ごめんなさいね……」
というセリフと共に、扉がガチャリと開きます。
指差した方とは真逆、アリスの背後の扉が。
「「「えぇえええッ!?」」」
三人が同時に驚きます。
しかも現れたのは、アリスの故郷である魔界の全ての母である魔界神・神綺とそのメイド夢子です。
「あ、アリスちゃんの事が気になって見に着ただけなのよ?」
まるで息子のイケナイモノを見てしまった母親のような喋り方です。
魔界の神としての威厳なんて微塵もありません。
「けっして、部屋からいやらしい声が聞えてきたから聞き耳を立ててたって訳じゃ……」
ガックリと項垂れたアリスは情けない声で怒ります。
「あーーーッ、いいからもう帰ってよぉ恥ずかしい……、夢子さんもちゃんと神綺様を見ててよね!」
「あぁん、夢子ちゃぁん、アリスちゃんがね、反抗期なのぉ」
メイドに泣きつく魔界の神。
もう、本当に神様なのかも妖しいですね。
「あぁ、可哀想な神綺様……」
泣きつかれた夢子は片手で神綺をぎゅっと抱きしめ、空いた手で頭を撫でながら諭します。
「でもこれ以上ここに居てはアリスちゃんに嫌われてしまいますよ、さぁ帰りましょう」
まともな事を言ってはいますが、このメイドも鼻から赤い液体を流しています。
……なんだか幻想郷の従者は全て変態なんじゃないかと少し疑ってしまいますね。
「うん……、それじゃあね、アリスちゃん」
丁寧に扉を閉めて、魔界の主従は帰っていきました。
「……こほん」
突然の出来事に場が凍りついたままでしたが、アリスは咳払いを一つして何事も無かったかのように振舞います。
「さ、出てきなさい、そこに居るんでしょ?」
「……そこからやり直すの?」
冷静な永琳の突っ込みが入ります。
でも鼻血が全てをぶち壊しています。
「……で、なんであなた達が私の家にいるのかしら? 方法は?」
「簡単な事よ。パチュリー様に作ってもらった隠身符で認識されないようにしていただけですもの」
瀟洒に答える咲夜も、鼻血で全てが台無しです。
「そんな事までして……、あなた達の目的は何かしら?」
こめかみに浮かんだ青筋がアリスの心境を物語っています。
「愚問ね。 お人形さん達のあんなシーンやこんなシーンをこの記録装置に動画として残すためよ!」
プチン、と何かの切れる音。
自慢するかのように永琳が突き出した、片手に収まる程のその装置を、アリスは叩き落します。
「あーーーーーーーッ」
ガシャンと音がするほど、記録装置は床に勢い良くたたきつけられます。
二人は慌てて床にしゃがみ込むと、装置を拾い上げます。
「な、何てことするのよ!」
二人がしゃがみ込んだ隙に、アリスはメディスンを背後に移します。
「大事なデータがトんだらあなたに責任がとれるの?」
涙目で見上げて、キッと睨み付ける二人の顔に、アリスはアイアンクローをお見舞いします。
もちろんメディスンには見えない角度で。
「ヒギィ」「アグッ」
人形を操り続けて鍛えられたアリスの指と握力は正に凶器。
二人の頭蓋骨に穴を空ける勢いです。
二人が奇妙な声で呻きますが、無理もありません。
「な、なんの音?」
覗きこもうとするメディスンに、アリスは首だけで後ろに振り向いて答えます。
「……二人とも少し熱がある見たいなの」
「そ、そうなんだ……」
「さぁ、奥の部屋でお休みしましょうねぇ?」
なぜか疑問文で二人に問いかけます。
二人の顔を掴むアリスの指にギリギリと力が込められます。
「い、痛い、地味に痛いッ」
「メディ、助けてメディッ」
二人の言葉を無視して、アリスは二人を掴んだまま扉へと近寄ります。
ギィ、と古めかしい音を発てて扉が独りでに開き、アリスは優しく呟きます。
「大丈夫よ、すぐに痛くなくなるから……」
メディスンが見たら気絶しそうな笑みを二人に向けます。
「ひぃぃいッ」
「いやぁあッ」
ギィ……
古めかしい音を発てて、扉が閉まります。
「「たすけ……」」
バタン。
扉が閉まると、丁度入れ替わるように、上海、蓬莱、メランコリーが部屋に戻ってきます。
「タァーダマ」「タダイマー」
みんな両手いっぱいに洋服を持っています。
「アルェー? ァリスゥハ?」「アリスハー?」
「え、えっとぉ、咲夜と永琳を掴んで隣の部屋に……」
そういって奥の扉を指差します。
「……」「……」
なぜか沈黙する二人。
二人は頷き合うとメディスンに向き直ります。
「ソカァ」「ソッカ-」
先ほどの沈黙が非常に気になります。
「だ、大丈夫なの?」
「ダァジョーブ」「ダイジョーブ」
二人の様子がいつもどおりなので、メディスンは幾分安心しました。
きっとあの部屋で二人はアリスに看病されてるのでしょう。
「えっと……、それじゃあ、私はどうしよう?」
家主が居なくなってしまい、服の修繕も終わっていません。
下着姿のままで待つのは流石に恥ずかしいです。
そこに、上海ちゃん、蓬莱ちゃんは声を揃えて言います。
「ヲキィガェエ!」「オキガエー!」
メーさんもコクコクと首を縦に振ります。
きっとアリスも修繕が終わるまでは着せ替えて遊ぶつもりだったのでしょう。
その為に沢山の服を持ってくるように指示したと彼女達は推測します。
「……うん!」
元気良く頷くと、メディスンは三人の持ってきた服を選び始めます。
メーさんが服を探し始めます。
服の山にもぐりこむと、一着選んでメディスンに見せます。
「フリルが沢山で可愛いね~」
コクコク。
「ミェデスゥン、コレドォーウ?」
上海ちゃんが引っ張り出したのは花と蝶の描かれた和服です。
「コッチモカワイイヨー」
蓬莱ちゃんは大人びたチャイナ服を引っ張り出します。
「わぁ、どれもステキッ、私もみんなの選んであげるね」
和気藹々と着せ替え遊ぶ人形達ですが、その隣の部屋から声が漏れ聞えます。
「閻魔様の説教でも罰でも受けて見せるけど、姫に言うのだけは勘弁して下さいアリスさん」
「アリスさん、お嬢様にだけは言わないで頂戴。後生だからッ」
……
アリスが看病している筈なので、きっと病名の事でしょう。
アリスが部屋から出てくるまで、四人は楽しく着せ替えあって遊ぶのでした。
おしまい。
通称人形屋敷と言われています。
朝日が昇って部屋のカーテンの隙間から光が差し込みます。
でも人形が日に焼けてしまうので窓の付近には上海ちゃんも蓬莱ちゃんも、その他のお人形も居ません。
普通のお人形は日のあたらない場所に、ガラスケースに入れられて大切に保管されています。
規定の時刻になると、専用のベッドで並んで眠っていた上海ちゃんと蓬莱ちゃんが目を覚まします。
「ンゥ…、ハァ…フ」「ンムゥ…、ファフ…」
二人一緒にむくりと起きて、あくびを一つ。
ふふ、二人とも一緒に目を擦ってますね。
「ホォラィ、オゥハーヨォ」「シャハーイ、オハヨー」
お互いに朝の挨拶を終えると屋敷の唯一の住人であるアリス・マーガトロイドが部屋に入ってくる。
「ァリィス、ォハァヨーゥ」「アリス、オハヨー」
「上海、蓬莱、おはよう。今朝の調子はどうかしら?」
「ンーゥ、ィーイヨォ」「イイヨー」
「ふふ、それじゃあ確認しようか」
「ゥン」「ウン」
そう言うなり、アリスの目の前で上海ちゃんと蓬莱ちゃんがパジャマを脱ぎます。
なんて羨ま……、じゃなかった。二人のメンテナンスでしょうか?
どうやら上海ちゃんと蓬莱ちゃんは下着は下しか着けてないようですね。
ドロワーズだけになった上海ちゃんと蓬莱ちゃんにアリスの手が伸びます。
あぁ、小さな体に触れて……、ひぃ、そんな所にまで……ッ
「クゥスグタァーイ」「クスグッタイー」
無表情ながらもくすぐったそうに二人は笑います。
「じゃあ、コレは?」
なんて酷い!
アリスは上海ちゃんと蓬莱ちゃんのスベスベなお肌を抓りあげてます。
「ィターァイ」「イタイー」
「ん、二人とも正常ね。服を着たらご飯にしましょうか」
「ハーァイ」「ハーイ」
アリスが可愛らしい服を二人に手渡す。
「ヲキィガーェ」「オキガエー」
二人はちゃんと一人で着れるようです。
嬉しそうに袖を通します。
上海ちゃんには紺色のメイド服に真っ白な肩掛け。
長い金髪には大きな赤いリボン。
背中の四枚の羽が可愛らしいですね。
蓬莱ちゃんのシャギーの入った茶髪には白いナイトキャップを。
紅色のドレスの腰には黄色いリボン。
蓬莱ちゃんは羽の代わりに首に真っ黒い首輪。
千切れた鎖がなんとも言えませんね。
……って、あら?
「ンショ、ンショ、ヲキィガェオーワァリ」
「マッテ、シャハーイマエウシロギャクダヨ」
「ゥン?」
あらあら、上海ちゃんは前と後ろを逆にして服を着てしまったようですね。
蓬莱ちゃんに手伝ってもらってもう一度着替え直しです。
ふふ、今度は間違えずに着替えれたようですね。
「オワァータ」「オワター」
さぁ、次はご飯の時間。
二人は早速部屋を出て朝食の準備をするアリスをお手伝いです。
「上海はこのお皿を並べて頂戴。蓬莱はこっちのコップね」
「ゥンー」「ウンー」
上海ちゃんも蓬莱ちゃんも偉いですね。
小さな体でアリスのお手伝いを頑張ってます。
暫くするとテーブルには朝食が並びます。
アリスの前にはトーストとサラダ。
上海ちゃんと蓬莱ちゃんの前には専用のご飯。
色取り取りの弾力のあるカプセルがお皿にいくつか並びます。
「二人共ありがとね、それじゃあ頂きましょうか」
「ィタァダキーマスゥ」「イタダキマース」
ご飯は味覚を備えた二人にとって楽しい一時です。
「コォレカァラーィ」「コッチスッパーイ」
あらあら、どうやら嫌いな味だったようです。
二人とも無表情ながら
「好き嫌いしちゃダメでしょ?」
「ウーゥ」「ウゥー」
不満そうにする二人は少し唸るとちゃんと食べました。
「うん、二人とも偉いわね~」
よしよしと頭を撫でられて二人はとっても嬉しそう。
きっとコレがあるから頑張って食べたのね。
そんな感じで朝食を終えると、二人とも食器を洗います。
二人とも偉いですね。
「さて、二人とも今日は何して過すか決めてあるの?」
「ゥンー、アソォビイクゥノー」「アソビニイクノー」
上海ちゃんと蓬莱ちゃんは遊びに行くみたいですね。
二人はどこに行くのかなー?
§ § §
二人はフワフワと空を飛びながら声を掛けます。
「アソォビニキィータョ」「アソビニキタヨー」
「あ、上海~、蓬莱~こっちこっち~」
少し離れた場所で、ふわっとした肩までの金髪に赤黒いドレスにをまとった少女が手招きしています。
「ミェドゥソンー」「メディスンー」
メディスン。メディスン・メランコリー。
毒で動くお人形の妖怪です。
上海ちゃんと蓬莱ちゃんが遊びに来たのは、彼女が居る場所――鈴蘭が咲き誇る丘でした。
アリスに頼まれて、永遠亭までお使いに行ったのがメディスンと二人の出会いでした。
その日の内に仲良くなって鈴蘭畑を案内されて、今に至ると言う訳です。
でも、鈴蘭畑の毒は動けない人形を動かす程とても強いです。
これは逆に動くものを止めてしまいます。
動くように作られた上海ちゃんと蓬莱ちゃんにとっては一大事です。
人形の部分が動くようになり、内部が動かなくなってしまいます。
でも、メディスンが上手に毒を霧散させてくれるので上海ちゃんも蓬莱ちゃんも大丈夫です。
メディスンの傍らにはさらに小さな人形のメランコリー通称メーさんも居ます。
「メサァーン」「メーサン」
ぶんぶんと手を振ると、小さなメーさんも元気に手を振ります。
彼女はメディスンや上海ちゃん、蓬莱ちゃんよりも体が小さく、
メディスンの様に喋れませんが、体で表現します。
その為、メディスンの真似っこをするのが大好きです。
喋れないけど頑張って表現して相手に伝える。感動的に可愛いですね。
「キョハァナニィスールノォ?」「キョウハナニスルノー?」
「今日はね……、あら? メーさん何かあるの?」
珍しくメーさんが提案するようです。
メーさんは両手で頭を隠すとひょっこりと顔を出します。
永遠に見続けたい動作ですが、数回で他の皆は言いたい事に気がつきます。
「あぁ、隠れん坊ね」
「カァクレボーォ」「カクレンボー」
メーさんはこくこくと嬉しそうに首を上下に振ります。
「でも、メーさん本気で隠れると日が暮れちゃうからね~」
「メサァン、ジョズゥ」「メーサンジョウズー」
確かに、小さなメーさんを見つけるのは難しそうです。
「だから隠れん坊は今度でいいかな?」
メーさんはこくりと頷きます。
少し残念そうです。
「昨日面白いもの見つけたんだ。代わりにそれ見に行かない?」
「ゥン!」「イクー!」
メーさんもこくこくと頷きます。
「っとそうだ……、上海はコレ、蓬莱はコレ、メーさんはコレを付けてみて~」
おや? メディスンが何か取り出して皆に手渡しましたよ。
長いのに、丸いのに、三角に、四角……?
受け取った物を掲げる上海ちゃんと蓬莱ちゃんとメーさん。
「ミィミー!」「ミミー!」
なんと! 動物の耳です。
上海ちゃんには猫耳、蓬莱ちゃんには犬耳、メーさんには兎耳ですッ!
「うん、永琳と咲夜が言ったとおりみんな似合ってるわ」
そう褒めるメディスンも狸耳をつけています。
みんなステキに可愛らしいですね。
「それじゃあ見に行こうよ」
「ゥン!」「イコー!」
メーさんは兎耳をピコピコと動かして返事をします。
先頭をゆっくりと飛ぶ狸耳メディスンの頭の上で兎耳メーさんは耳を動かして遊んでいます。
「ふふ、メーさん気に入った?」
こくこく、ピコピコ。
「良かったね~」
猫耳上海ちゃんと犬耳蓬莱ちゃんはじゃれ合いながらその後についてゆきます。
「ホォラィ、ミィミタレェテル」「シャハーイノミミハタッテルネ」
猫耳は三角形で立ってますが、犬耳は四角形で垂れています。
お互いの耳の形状が気になるようです。
「ゥァ!?」「アゥッ」
耳を触り合いながら、飛んでいるとメディスンとぶつかってしまいます。
「ついたよ~」
4人の目の前には大きな木があります。
鈴蘭の毒の届かない、小高い丘にその木は立っていました。
「コォレ?」「オモシロイ?」
「んっとね、あの枝の所見て」
「シィロィネ」「シロイノアルー」
おや? なにやら白いものが枝と幹の間にありますね。
「あの白いのをね……」
メディスンはふわりと飛び上がると、白いものをポフポフと叩きます。
「ワァ!」「ワァ!」
ぽこんッ、と毛玉が一匹出てきました。
暫くふよふよと漂った後、また白い中に戻っていきます。
どうやら毛玉の巣のようです。
これは大発見です!
毛玉が巣を作るなんて今まで誰も知らない事を、この子達は偶然発見したようです。
でも、彼女達にとっては単なる珍しい物でしかないようです。
様子を見ていた、上海ちゃんも、蓬莱ちゃんも、メーさんも、この白い物に興味を持ったようです。
「シャハーィモ、ヤテェィーイ?」「ホラーイモ、ヤリタイー」
メーさんも小さな手を何度も振り下ろしています。
「ふふ、もちろんよー、みんなもやってみて!」
四人は面白がって白い物を叩きます。
ポフポフ、ポフン、ポフン
「モォフモォフシーティル」「モフモフー」
ポフポフ、ポフン、ポフン
叩かれるたびに、ポコン、ポコン、と毛玉が現れては引っ込みます。
みんなで夢中になって叩いていると、白い塊が一斉に弾けます。
「ワァ!」「ウワァ!」
「きゃぁッ」
白い塊が消え、突然大量の毛玉が現れました。
どうやら白い塊は沢山の毛玉が集合して作っていたようです。
「あは……、はは……、ちょっとヤバイかな?」
「ヤァーバィネ」「ヤバイネー」
メーさんも慌ててコクコクと首を縦に振ります。
4人が後ずさると、毛玉達は一斉に襲い掛かってきます。
「きゃぁ――ッ、逃げろー!」
「キャーッ!」「キャーッ!」
大量の毛玉達が弾を放つ中、4人は全力で鈴蘭畑へと逃げてゆくのでした。
§ § §
鈴蘭畑まで逃げると毛玉の大群は毒を嫌がって帰っていきました。
ハァハァと荒い息を整えながら、4人はペタリとしゃがみ込みます。
「ふぅ、ふぅ、……あー、つかれた~」
メディスンはパタリと大の字になって倒れます。
それを見て、上海ちゃんと蓬莱ちゃん、メーさんが真似をして後ろに倒れます。
パタリ、パタリ、パタリ。
みんな倒れて川の字になってます。
「ツゥーカレェタネェ」「ツカレタネー」
「あんなに沢山の毛玉に追いかけられるなんて思わなかったわ……」
メーさんがメディスンの呟きにコクコクと頷き同意します。
「ビクゥリシィータネ」「ビックリダタネー」
頭につけた耳をピコピコと動かしながら、上海ちゃんと蓬莱ちゃんも同意します。
「でも、面白かったよね!」
「ゥン!」「オモシロカター!」
メーさんも興奮気味に頷きます。
どうやらみんな懲りていないようです。
「でも、服がボロボロになっちゃったね……」
よく見ればメーさん以外の三人は所々服が破れています。
逃げてる最中に直撃はしなかったものの、毛玉たちの放った大量の弾に被弾した為です。
メーさんはメディスンに抱えられていたので被弾せずに済んだみたいですね。
「うーん、今日は徹夜で裁縫しなくちゃ……」
起き上がって服のあちこちを確認するメディスンを、上海ちゃんはじっと見つめています。
どうしたのでしょうか?
「……」
「シャハーイ、ドシタノ?」
「ホォラィモォ、ヤァブレーテゥルネ」
上海ちゃんが蓬莱ちゃんの服をクィクィと引っ張ります。
「シャハーイモ、ヤブレテルヨ」
こくりと上海ちゃんは頷きます。
「……ン」「……ン」
二人して頷き合うと、上海ちゃんはメディスンに向き直ります。
「メェディスゥン、ォウチィイコォ」
「え? お家って……、上海ちゃん達の?」
二人はコクコクと頷きます。
どうやらメディスンを家に招待するつもりのようですね。
「えーっと……、その……」
おやおや?
メディスンは嬉しそうな表情をしたり、困ったような表情をしたりと忙しそうです。
どうしたのでしょうか……
メーさんも心配そうにメディスンを見ます。
「今は……服が、ボロボロだから……」
どうやらお友達の家に遊びに行けることが嬉しかったけど、ボロボロな格好で遊びに行くのは気が引けるようです。
でも、上海ちゃんも蓬莱ちゃんも、メディスンの手を引きます。
「ダァカーラダヨォ」「ダカラダヨー」
「え、え? ちょ、ちょっとぉ」
腕を引っ張ったまま、二人がふわりと空中に浮きます。
幾ら自分より小さいといっても、せいぜい一回り程です。
二人に引っ張られてはメディスンも引きずられて浮いてしまいます。
「イーコォ」「イコー」
あらあら、上海ちゃんも蓬莱ちゃんも結構強引だったんですね。
「あーん、もう判ったわよ。 二人のお家に行くから、手を離してー」
どうやらメディスンは観念したようです。
その表情はとても嬉しそうです。
メーさんはそんなメディスンの頭に乗って、皆でマーガトロイド邸に向かいます。
§ § §
鈴蘭畑を飛び立った四人は、湖を越えて、魔法の森へ進みます。
「うぅ、なんか暗くてジメっとした森ね……」
メディスンが呟くとおり、魔法の森は昼でも暗くて茸が良く育つジメジメとした森です。
そんな森をズンズンと奥深くに進みます。
「二人はこんなに遠くに住んでるんだね……」
メディスンは驚いていました。
彼女の行動範囲は鈴蘭畑から永遠亭が基本です。
最近は個人的に招待されて紅魔館まで遠出しましたが、湖を渡った事はコレが初めてでした。
「モスゥグダァヨ」「モースグダヨー」
「う、うん……」
メディスンはぎゅっと拳を握り締めます。
どうやらメディスンは緊張しているようです。
永遠亭の住人達みたいに仲良くできるか気にしているようです。
「ミェテーキィタヨー」「ミエテキタヨー」
庭先に降り立つと、帰ってきたのが判っていたのか扉が開きます。
メディスンの表情が緊張のためか硬くなります。
肩に掛かる位の金髪に赤いカチューシャの少女――アリスが人形を抱いて現れます。
「二人ともお帰りなさ……、あら、可愛らしい動物さんね」
上海ちゃん達が頭につけた耳の事を言っているのでしょう。
上海ちゃんと蓬莱ちゃんは嬉しそうに耳をピコピコと動かします。
「ふふ……、上海、蓬莱、その子達は?」
「ツゥレティキータァノ」「ツレテキタノー」
「珍しいわねぇ」
アリスはメディスンに向き直ります。
「ぁぅ……」
メディスンは緊張してしまい、口をパクパクしますが、
アリスの抱いている人形を目にすると、だんだんと落ち着いて硬さが消えます。
「は……、初めまして……、私はメディスン。こっちはメランコリーよ」
メディスンが挨拶すると、頭の上のメーさんもペコリとお辞儀をします。
「初めまして、私はアリスよ。 あなたは上海と蓬莱の……」
「ヲトォモダチィ」「オトモダチー」
と上海ちゃんと蓬莱ちゃんが諸手を挙げます。
それを見てアリスはクスリと微笑みます。
「みたいね、さ、上がって頂戴。上海、蓬莱のお友達なら歓迎するわ」
§ § §
部屋に通されると、上海ちゃんと蓬莱ちゃんは着替えに席を外します。
部屋を眺めて、メディスンは声を漏らします。
「わぁ……」
所狭しと飾ってある人形の数に驚いていました。
「ふふ、どうかしら、私の可愛い人形達は?」
「すごーい……」
普段なら、ガラスケースに入ってる時点で「人形虐待だー!」と怒り出す所ですが、今日は違っていました。
メディスンは飾ってある人形に触れると、目を瞑ります。
「……この子も、あの子も……みんな喜んでる……」
同じ人形同士、心が理解できるってことなのでしょうか?
メディスンはとても嬉しそうにアリスの向いに座ります。
「アリスは人形が好きなのね」
椅子に座っていたアリスは、抱いていた人形の髪を櫛で梳きながら答えます。
「えぇ、大好きよ」
人形の髪を梳くアリスの手元にメーさんがひょっこりと現れます。
「あら、あなたもして欲しいのかしら?」
コクコクと嬉しそうにメーさんが頷きます。
「じゃあ後ろをを向いて……」
抱いていた人形をテーブルに座らせると、メーさんの髪を手にとって梳き始めます。
暫くして、扉が開き、着替え終わった上海ちゃんと蓬莱ちゃんが紅茶を持って入ってきます。
「タダマー」「タダイマー」
「おかえり、あら二人とも偉いわね、お客様のおもてなしかしら?」
「エヘェー」「オモテナシー」
二人は紅茶を淹れるとアリスの袖を引きます。
「アリィスゥ」「アリスー」
「ん、どうしたの?」
上海ちゃんと蓬莱ちゃんはアリスにお願いをします。
「ァリィス、ミェドゥソンノ、フゥクナォシィテアゲェテー」「ナオシテアゲテー」
「ぇ、い、いいよぉ……」
「そうねぇ……、二人はちゃんとお客様をおもてなしできたし……えぇ、いいわよ」
「ヤタァ!」「ヤッター!」
上海ちゃんと蓬莱ちゃんは抱き合って喜びの声をあげます。
「ぇ、ぁ……、ありがと……」
「上海と蓬莱はメーさんと一緒にメディスンの服を準備してあげて」
「アィー」「ウンー」
「うんと可愛い服を沢山選んできてね~」
上海ちゃんと蓬莱ちゃんがメーさんを連れて部屋を出て行きます。
「ふふ、そういう訳だから、さっそく服を脱いでくれるかしら?」
―――ッ!!!
「ぅ……」
「あら……、自分一人じゃ脱げないの?」
恥ずかしくて脱げない事を看破したアリスは軽く挑発してみます。
「そ、そんなこと無いッ」
メディスンは多少ムキになると、恥ずかしそうにしたままボタンを外します。
服を脱ぐメディスンを眺めながら、アリスは目を細めて小さく呟きます。
「髪も、目も、肌も綺麗ね……」
「え、そ、そうかなぁ?」
褒められたメディスンは少しテレながらキャミソールとドロワーズだけになります。
そのテレてる様子が、もう今すぐ抱きしめたい位可愛らしいですね!
「そういえば自律人形なんて随分久しぶりよね……」
脱いだ服を受け取りながら、アリスはとんでもないことを口にします。
「うふふ、イロイロ調べちゃおうかしら?」
「え、えぇッ?」
真っ赤になって驚くメディスンの頬に触れると、頬から顎へアリスの指が艶めかしく這います。
二人っきりなのをイイコトに、まさかこのままメディスンを押し倒して、嫌がる中無理やり……
あぁ、でも怯えたまま言いなりになるのもそれはそれで……
でもこの場合、優しく教えてあげるのが今後の事を考えると……
アリスはなんてけしからん娘なんでしょうか……ッ
「ふふ、冗談よ、じょうだ……」
アリスは視線を一点に固定したまま、硬直します。
目線の先には、不自然な赤い雫。
魔法使いの明晰な頭脳は瞬時に状況を分析、把握します。
メディスンを守るように抱き寄せると、赤い雫の方向を指差します。
「そこッ、隠れてないで出てきなさいッ!」
暫くの沈黙の後、アリスの目の前に突如現れる八意 永琳と十六夜 咲夜。
二人とも美人ですが、鼻血で全て台無しです。
「……バレてしまってh「ごめんなさいね……」
というセリフと共に、扉がガチャリと開きます。
指差した方とは真逆、アリスの背後の扉が。
「「「えぇえええッ!?」」」
三人が同時に驚きます。
しかも現れたのは、アリスの故郷である魔界の全ての母である魔界神・神綺とそのメイド夢子です。
「あ、アリスちゃんの事が気になって見に着ただけなのよ?」
まるで息子のイケナイモノを見てしまった母親のような喋り方です。
魔界の神としての威厳なんて微塵もありません。
「けっして、部屋からいやらしい声が聞えてきたから聞き耳を立ててたって訳じゃ……」
ガックリと項垂れたアリスは情けない声で怒ります。
「あーーーッ、いいからもう帰ってよぉ恥ずかしい……、夢子さんもちゃんと神綺様を見ててよね!」
「あぁん、夢子ちゃぁん、アリスちゃんがね、反抗期なのぉ」
メイドに泣きつく魔界の神。
もう、本当に神様なのかも妖しいですね。
「あぁ、可哀想な神綺様……」
泣きつかれた夢子は片手で神綺をぎゅっと抱きしめ、空いた手で頭を撫でながら諭します。
「でもこれ以上ここに居てはアリスちゃんに嫌われてしまいますよ、さぁ帰りましょう」
まともな事を言ってはいますが、このメイドも鼻から赤い液体を流しています。
……なんだか幻想郷の従者は全て変態なんじゃないかと少し疑ってしまいますね。
「うん……、それじゃあね、アリスちゃん」
丁寧に扉を閉めて、魔界の主従は帰っていきました。
「……こほん」
突然の出来事に場が凍りついたままでしたが、アリスは咳払いを一つして何事も無かったかのように振舞います。
「さ、出てきなさい、そこに居るんでしょ?」
「……そこからやり直すの?」
冷静な永琳の突っ込みが入ります。
でも鼻血が全てをぶち壊しています。
「……で、なんであなた達が私の家にいるのかしら? 方法は?」
「簡単な事よ。パチュリー様に作ってもらった隠身符で認識されないようにしていただけですもの」
瀟洒に答える咲夜も、鼻血で全てが台無しです。
「そんな事までして……、あなた達の目的は何かしら?」
こめかみに浮かんだ青筋がアリスの心境を物語っています。
「愚問ね。 お人形さん達のあんなシーンやこんなシーンをこの記録装置に動画として残すためよ!」
プチン、と何かの切れる音。
自慢するかのように永琳が突き出した、片手に収まる程のその装置を、アリスは叩き落します。
「あーーーーーーーッ」
ガシャンと音がするほど、記録装置は床に勢い良くたたきつけられます。
二人は慌てて床にしゃがみ込むと、装置を拾い上げます。
「な、何てことするのよ!」
二人がしゃがみ込んだ隙に、アリスはメディスンを背後に移します。
「大事なデータがトんだらあなたに責任がとれるの?」
涙目で見上げて、キッと睨み付ける二人の顔に、アリスはアイアンクローをお見舞いします。
もちろんメディスンには見えない角度で。
「ヒギィ」「アグッ」
人形を操り続けて鍛えられたアリスの指と握力は正に凶器。
二人の頭蓋骨に穴を空ける勢いです。
二人が奇妙な声で呻きますが、無理もありません。
「な、なんの音?」
覗きこもうとするメディスンに、アリスは首だけで後ろに振り向いて答えます。
「……二人とも少し熱がある見たいなの」
「そ、そうなんだ……」
「さぁ、奥の部屋でお休みしましょうねぇ?」
なぜか疑問文で二人に問いかけます。
二人の顔を掴むアリスの指にギリギリと力が込められます。
「い、痛い、地味に痛いッ」
「メディ、助けてメディッ」
二人の言葉を無視して、アリスは二人を掴んだまま扉へと近寄ります。
ギィ、と古めかしい音を発てて扉が独りでに開き、アリスは優しく呟きます。
「大丈夫よ、すぐに痛くなくなるから……」
メディスンが見たら気絶しそうな笑みを二人に向けます。
「ひぃぃいッ」
「いやぁあッ」
ギィ……
古めかしい音を発てて、扉が閉まります。
「「たすけ……」」
バタン。
扉が閉まると、丁度入れ替わるように、上海、蓬莱、メランコリーが部屋に戻ってきます。
「タァーダマ」「タダイマー」
みんな両手いっぱいに洋服を持っています。
「アルェー? ァリスゥハ?」「アリスハー?」
「え、えっとぉ、咲夜と永琳を掴んで隣の部屋に……」
そういって奥の扉を指差します。
「……」「……」
なぜか沈黙する二人。
二人は頷き合うとメディスンに向き直ります。
「ソカァ」「ソッカ-」
先ほどの沈黙が非常に気になります。
「だ、大丈夫なの?」
「ダァジョーブ」「ダイジョーブ」
二人の様子がいつもどおりなので、メディスンは幾分安心しました。
きっとあの部屋で二人はアリスに看病されてるのでしょう。
「えっと……、それじゃあ、私はどうしよう?」
家主が居なくなってしまい、服の修繕も終わっていません。
下着姿のままで待つのは流石に恥ずかしいです。
そこに、上海ちゃん、蓬莱ちゃんは声を揃えて言います。
「ヲキィガェエ!」「オキガエー!」
メーさんもコクコクと首を縦に振ります。
きっとアリスも修繕が終わるまでは着せ替えて遊ぶつもりだったのでしょう。
その為に沢山の服を持ってくるように指示したと彼女達は推測します。
「……うん!」
元気良く頷くと、メディスンは三人の持ってきた服を選び始めます。
メーさんが服を探し始めます。
服の山にもぐりこむと、一着選んでメディスンに見せます。
「フリルが沢山で可愛いね~」
コクコク。
「ミェデスゥン、コレドォーウ?」
上海ちゃんが引っ張り出したのは花と蝶の描かれた和服です。
「コッチモカワイイヨー」
蓬莱ちゃんは大人びたチャイナ服を引っ張り出します。
「わぁ、どれもステキッ、私もみんなの選んであげるね」
和気藹々と着せ替え遊ぶ人形達ですが、その隣の部屋から声が漏れ聞えます。
「閻魔様の説教でも罰でも受けて見せるけど、姫に言うのだけは勘弁して下さいアリスさん」
「アリスさん、お嬢様にだけは言わないで頂戴。後生だからッ」
……
アリスが看病している筈なので、きっと病名の事でしょう。
アリスが部屋から出てくるまで、四人は楽しく着せ替えあって遊ぶのでした。
おしまい。
アリス強っ。
冥界組だけ変態かどうかは逆ということで…どっすか?
待って、エリーさんは変態じゃな……いや、やっぱり怪し(大鎌
上海、訛っとるがなwww