Coolier - 新生・東方創想話

足跡

2006/09/29 09:37:18
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 ただ、どこまでも続く大地があった。
 遠い夕日に、揺れる薄が黄金色に輝いている。
 その袂には色を落とした芝草が広がり、露出した岩肌が斑に見えて。
 ただ、どこまでも続く大地があった。

 丘の上からその様子を眺める、少女は一人。
 遠く、遠く、彼方の地平を映す蒼い瞳は何を思っているのか。
 風に舞い上げられた長い髪を押さえる事もなく。
 夕日色に染まった蒼銀の髪。ちょこんと結われた天へと撥ねる一房も、薄と同じように揺れていた。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 長い永い、道のりを、時間を、一人歩いて、止まって、また歩いて。
 ようやく辿り着いた無限の大地。
 鳥の声も無い、虫の声も無い。聞こえてくるのはただ一つ、風に揺られる薄の囁き。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去も、ない。
 気付いた時には、少女は一人だった。
 気付いた時には、少女は歩いていた。
 ただ、目指して。

 何を目指していたのか、少女は知らない。
 辿り着いたこの場所に何があるのか、少女は知らない。

 ここは目的地なのだろうか?
 ここは通過点なのだろうか?

 彼方の地平を映す瞳は揺らがず。
 自然と、小さく声が漏れた。
 それはまるで他人の声のようで。
 少女はそれが自分の口から発せられたものだと、気付かなかった。
 いや、もしかしたら気付けなかったのかもしれない。
 少女はその時、初めて声を出したのだ。
 少女に一つ、過去が出来た。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去は、ある。

 少女は歩いた。
 丘を降り、斑に広がる岩肌の間を抜けて、色の落ちた芝草を踏みしめて、少女は歩いた。
 夕日はまだ、薄を黄金色に染めている。
 少女の髪を、染めている。

 あの地平に辿り着けば、旅の終わりは見えるのだろうか。
 あの地平には、もっとたくさんの過去があるのだろうか。

 風が吹いている。
 鳥の声も無い。
 虫の声も無い。
 薄はまだ、囁いている。

 その囁きに、少女は声を乗せた。
 覚えたばかりの、声を乗せた。
 声はやがて言葉になり、言葉はやがて歌になった。
 世界に、歌が生まれた。
 少女に一つ、過去が出来た。

 少女は歩いた。
 少女は歌った。

 沈む事のない夕日の中を、少女は歩く。
 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去は、ある。

 ある時、少女は立ち止まった。
 立ち止まって、振り返った。
 自分の過去はどんなものだろうと、振り返った。

 そこには、斑に広がる岩肌があった。
 色の落ちた芝草が広がっていた。
 黄金色に輝く薄が揺れていた。
 少女の歌は、見えなかった。
 あの時、地平を眺めた丘は、見えなかった。
 少女の歩いてきた道は、見えなかった。

 ただ、どこまでも続く大地があった。

 ただ、どこまでも続く大地があった。

 彼方の地平を映す瞳は揺らがず。
 一筋、零れた涙が頬を伝った。
 落ちた涙は、土に消えた。
 頬の跡は、乾いて消えた。

 少女に過去は、出来なかった。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去は、ない。
 鳥の声も無い。虫の声も無い。無限の大地を、歩いて、歩いて、歩いた。
 夕日は沈まない。
 聞こえてくるのは薄の囁き。
 その囁きに、少女はまた一筋、涙を零した。
 落ちた涙は、土に消えた。
 頬の跡は、乾いて消えた。
 少女に過去は、ない。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去は、ない。

 どれだけ歩いただろうか。
 どこまで歩いただろうか。

 少女は丘の上に立っていた。
 風に舞い上げられた長い髪を押さえる事もなく。
 夕日色に染まった蒼銀の髪。ちょこんと結われた天へと撥ねる一房も、薄と同じように揺れていた。

 その時初めて、少女は自分の立つ大地を見た。
 真っ赤な服を、着ていた。
 白い、手足があった。
 その小さな手に、少女は何かを握っていた。
 それは、もっと小さな、小さな手だった。
 少女はその小さな手の伸びる方へと視線を向けた。
 そこには、少女よりももっと小さな、少女の姿があった。
 金色の短い髪を風に揺らす、小さな少女だった。

 あ……と、声が漏れた。
 小さな少女が、繋いでいない方の手を伸ばしている。
 少女は、小さな少女と同じ高さにまで屈んだ。
 すると、小さな少女は手を伸ばして、少女の頬に触れた。

「また、泣いてる」

 小さな少女が、喋った。

「歌って」

 零れた涙の跡を拭いながら、小さな少女は言った。

 少女は立ち上がって、振り返った。

 そこには、斑に広がる岩肌があった。
 色の落ちた芝草が広がっていた。
 黄金色に輝く薄が揺れていた。
 少女の歌は、見えなかった。
 少女の涙は、見えなかった。
 あの時、地平を眺めた丘は、見えなかった。
 少女の歩いてきた道は、見えなかった。

 でも、と少女は手を繋いだままの小さな少女を見た。

 消えた涙を、この小さな少女は知っている。
 消えた歌を、この小さな少女は知っている。

 少女の過去は、そこにあった。

 少女は旅人。
 道連れは一人。
 過去を連れて、沈む事のない夕日の中を、ただ歩く。

 少女が歩けば、小さな少女がそれを見ている。
 少女が歩けば、そこに新たな世界が生まれる。

 少女は旅人。
 過去を連れて、沈む事のない夕日の中を、ただ歩く。

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