【この雪はどこをえらぼうにも】
あんまりどこもまっしろなのだ
【終わるために始めよう】
こんな願いを残して逝く私を、どうか許して欲しい。
――――――――あれは?
――――――――だから星よ
――――――――ほし、なんでたくさん?
――――――――それぞれ別な名前も持っているの
――――――――でも、つきはひとつ
――――――――太陽もそうよ
――――――――たいようは、しらない
――――――――まぁ、今は夜だもの
――――――――よる?
――――――――世界が暗いこと。もう、本当に何も知らないのね。話せばわかるのに
――――――――えらいのと、わるいのは、はんぶん?
――――――――えーと、良いところと悪いところがあるってこと?
――――――――たぶんそれ
――――――――世界なんて知らない方がいいかも。困らなきゃいいのよ。困ってる?
――――――――いたかったりは、しない
――――――――お腹は?
――――――――すいた、とおもう
――――――――うん。じゃあ何か食べましょうか
――――――――あなたが、いいなら、いい
――――――――ああ、そういうところは変わらないのね
――――――――なにが?
――――――――返事が良いって事。さて、それじゃあ…
『少女』が言ったことまでが事象であり、目に見えるところまでが世界。
だから朝になれば『それ』は朝を知るだろう。
『少女』が話しかけるまでは、言葉すらなかった、『それ』。
『それ』がなんなのかは、未だに誰もわからない。
何故なら音は龍が描かれなくても聞こえたし、龍は眼が無くても意志を持っていた。
だから『それ』が何なのかはわからない。
ただ『それ』は綺麗な声を持っていた。
長い手足と、緑色の眼を。
そうして『それ』はもう忘れてしまった。
どれほどあの龍が、その手を足を眼を声を欲したのか。何のために欲したのか。
今となってはもう誰も知らない。
ただ一人、その夢の欠片を受け継いだ、あの人形師以外は。
【吹雪の日に】
良い香りがする、とフランドール・スカーレットは思った。
出来れば中に入っていきたいとも思っている。多分、フランが来たとなれば、アリスは快く、かはどうかはわからないが、きっとパイをわけてくれるだろう。が、フランだってそこまで野暮ではない。
それに、多分アリスは泊まっていくことになるだろう。姉が言っていたのだ、間違いない。第一、すでに第三厨房の方では、それを考慮しての夕食の準備が整いつつある。『本の復元からいきなりお泊まりを誘うのは難しいから、料理とかして試食して、そのまま夕食になだれ込んでしまえ計画(by小悪魔)』は順調だ。計画と言うほど大したことはしていないが、天は魔女の味方だった。最初穏やかな顔をしていた空も、あれよあれよという間に悪化の一途。現在外はだいぶ吹雪いていて、帰るのはなかなか厳しいだろう。初雪の癖に、今年の冬将軍はなかなか気合いが入っている。
「あれ?吹雪いている?」
なんだろう、とフランは考え込んだ。なにか引っかかりを覚える。そう、吹雪いているのは好都合のはずなのに、なにかまずい気もするような……
「あ、咲夜だ」
そうそう。確か咲夜は今買い出しに、もといナイフの調達に出かけているのではなかっただろうか。吹雪ごときやられる彼女ではないが、さっきまでちらついていた雪がここまで激しくなると予測していたとは考えにくい。今頃困っているのではないだろうか。
「どうしようかな、お姉様に言った方がいいのかな」
でもまだ寝てるだろうなぁ。
レミリアはフランより昼に起きるのが得意ではない。ずっと地下室にいたフランは、起きたいときに起きて寝たいときに寝ていたから、その気になれば結構昼間でも起きていられる。レミリアの言葉を借りるなら、吸血鬼の眠りを妨げるとは大罪らしい。誰が裁くのかは知らないけれど、フランだって出来れば姉の怒りは買いたくない。
「そうだ、小悪魔に話してみよう」
パチュリーはアリスといるから、小悪魔はフリーのはずだ。仮にも小悪魔が、まさか人間より寒さに弱いと言うことはないだろう。メイドがうるさく言わなければ、自分で迎えに行っても良いのだが、むしろフランは出かけたかったが、そうはいかないのが身の上だ。
「そうと決まれば」
さっそく行こう。
せっかく客を招いた晩餐だ。夕食に、彼女の品がないのはさみしい。
さぁーと音もなく、フランはそこから離れた。
【回顧録Ⅰ】
空に眞赤(まっか)な雲のいろ
玻璃(はり)に眞赤(まっか)な酒のいろ
なんでこの身が悲しかろ
空に眞赤(まっか)な雲のいろ
「やっぱり妖怪化してるね。この子を描いたとき、顔料に私の血を混ぜたから」
『そらがき』は、面白がるように笑った。でも心の中では、ちょっとやばいかなぁと思っていた。誰が見ていなくても余裕がる。そういうところが『そらがき』にはあった。
「どうしようかな。妖怪化って言っても漠然とした意志があるだけだし。悪意は感じないし、せっかく生まれたのに…ねぇ?」
応えを期待するわけじゃないけれど、龍に話しかける。
「ふうん。面白い存在だなぁ。何重にも意味づけされて生まれたんだね、キミは」
だからその正体は、音でもなければ龍でもない。
用意されたのはシチュエーション。
不思議な音が返る天井と、そこに描かれた龍。龍には役が与えられ、名を与えられ、一人の愛が与えられた。そうして、魔術師の血が、それを呪にさせたわけだ。
そうだから、『それ』は意志と言うよりは…
「願い、だね。キミはきっと、いつか私を恨むようになるよ」
まるでそれが楽しみでもあるというように、魔術師は笑う。
「生きるって楽じゃないのさ。でもキミ、どうぞ私の代わりに頼むよ」
見えない何かをなぞるように、彼女は空に指を走らせる。
それは絵を描くようでもあり。
指揮者がタクトを振るうに似た動き。
「あの子は、きっと勘違いしているからね。実力は本物なのに、だからもし…」
あの子の力が、あの子に災いを呼び寄せたなら。
その時は…
「それじゃあね、…館の守護龍。多分私の訪問はこれが最後だから。次があるとしたら、お互い幻想だね」
かちりと。何かが噛み合う音がして、それは終了した。
たった一人の弟子のために、その魔術師は、呪いにも似た祝福を、その館に捧げていった。
『それ』が生まれるより、数年前の春だった。
【小悪魔は居眠りする】
失敗した。
「パチュリー様でもあんな起こし方しませんよ」
破壊された椅子を横目に、小悪魔は嫌な汗を拭った。
「まぁそんなことはどうだっていいとして」
「…そう、ですね…」
いろいろ言いたいことがないわけでもないが、そこはぐっと飲み込んだ。
「咲夜がね、帰ってこないの」
「へ?…ああ、なるほど。吹雪ですか」
「うん。だから、小悪魔迎えに行って」
にっこりと、実に良い笑顔で頼まれる。が、小悪魔の表情は浮かないものだった。
「もしかしてダメなの?」
「はぁ行くにはかまわないんですが、ミイラ取りがミイラになりますよ」
「えー」
小悪魔は小悪魔なのに?
「パチュリー様から離れる過ぎると活動出来なくなっちゃうんですよ。勿論、前もってそれなりの準備をしておけば、簡単に回避できますけど」
「準備?」
「『行ってきます』と私が言って、『行ってらっしゃい』とパチュリー様が返してくれれば問題なしです」
「それだけ?」
「それだけです」
変なのーとフランは笑う。
「決まり事はそういうものですよ」
小悪魔はしたり顔で締めくくった。
「でも困ったね」
やっぱりこそっり抜け出しちゃおうかなと思いつつ。
「うーん。咲夜の威厳のために避けていた選択肢だけど、メイドの誰か、を向かわせようかな。門番でも良いけど」
でも清掃班と料理班は完全シフトで動いているし、融通のきく警備隊は生真面目な奴ばかりだからあんま話したくないな、とフランは考えた。
「心配しなくても、メイド長なら大丈夫ですよ。出て行ったのは昼間なんですよね?」
「うん」
「じゃあ、もうきっと動いてますよ。そろそろ交代の時間ですし」
「?」
そう言って、くすくすと小悪魔は笑った。
ひゅんと尻尾が空を切る。
「買ったばかりのナイフも、さっそく活躍するかもしれませんね」
【うすあかくいっさう陰惨な雲から】
しゃくさくと、雪の音を聞いて歩く。それ以上に、頬を撫でる風はざらついた手のようにピリピリと痛い。こんな視界の悪い日は、飛ぶのはなるたけ避けた方が良い。
――――――――気をつけて
ずっと耳の奥で誰かが囁いている。
なんとなくアリスに声に似ているけれど、彼女よりずっと暖かみのある優しい声だと思った。アリスが冷たいというわけではなく、声の持つそれが、長く深い生き方をした者だけが得る、裏打ちされた力強い優しさのようで、アリスがその域に行き着くには、まだまだ時間と経験が必要そうだった。
もっともアリスがそんな風に成長するかどうかはわからないと美鈴は思う。なんとなく、彼女はずっと高み目指す気がする。他者を勘定に入れた何かの頂点というわけではなく、ひたすら己自身の高みを。きっとどこまでも行くのではないかと、なんとなく美鈴は予感した。
――――――――穏やかさは素敵だけれど、揺れる心はその一瞬が美しい
声がまた囁いた。どこかずれた言葉だから、ああこれはただの記憶だと思い出した。
――――――――気をつけて。キミはあまり館から離れられないからね
「えーと」
咲夜さんは、どのへんだろう?
気を探っているのだが、どうもうまくいかない。
「おかしいなぁ。いつもこんなことないのに」
いや。
こんなことが、前にもあった気がした。
【無邪気なキミは】
『それ』は笑った。言葉も増えて、『それ』は『少女』から言葉を覚えるようだから、滅多なことは言えなかった。そもそも、『それ』の見た目は子どもではないから、あまり幼い話し方をされても調子が狂う。
自分は光りにならなければならない。その光りが届くところまでが『それ』の世界であり、『少女』の言葉が法であるのだから。
『それ』は何だか先生に似ているところもあった。安請け合いするところや、笑い方なんかが特に。幼い頃に戻ったみたいで嬉しくなる。でもだからこそ『少女』は『それ』の前では精一杯素敵な大人であろうと思った。幼いあの頃は、したくても出来なかったことだから。丁寧な言葉遣を心がけて、優しく何でも知っているという風に。『それ』はそんな『少女』の一挙一動をじっと見つめた。言葉を漏らさず拾うように聞き取った。だからすぐにいろんな事が真似できるようになった。『少女』は嬉しくなって、もっといろいろなことを教えようと、自分自身も学ぶようになった。
魔術師が来なくなって閉ざされてしまった夢が、今またその続きをみている気がした。
そんな日が、ずっと続けばいいと思っていた。
「もう待てないんだ、わかっているだろう?」
館主は言った。いつまで挙式を先延ばすつもりなのかと。
「あと少し、もうあと少しでいんです」
もう少しだけ、あの子との時間を邪魔されたくない。婿をこの館に入れれば、もう一緒にいらればくなることはわかっていた。それどころか、『それ』の存在は誰にも知られるわけにはいかないのだ。
「そう言ってもうどれほど経ったと思っている?お前はこの館を継ぐただ一人の人間だというのに、そんなんでどうするのだ。いいか、次の満月の日までにやりたいことは全て終えておけ」
扉の閉まる音が、嫌に大きく聞こえた。
服の裾を引かれる。
「あ……」
「痛い?」
あの子がいた。隠れていろと言った言葉を気にしているのだろう。もう出てきて良かったのかわからないから、遠慮がちに『少女』の顔を伺っている。
「いいえ。痛くないですよ」
「じゃあ、苦しい方、ですか?あ、怖い?」
えーと他には他には、と。マイナス感情を表す言葉を探す『それ』を見ていると、少し気が楽になってきた。
「大丈夫です。何も心配することはありませんよ」
「それは本当ですか?」
「私はあなたに嘘をついたことありません。そうでしょう?」
『少女』がそういうと、なるほどと『それ』は頷いた。
「それじゃあ今日は…」
『少女』が笑いかけると、『それ』はもうなんの心配もなくなったというように、嬉しそうに言葉に耳を傾けた。
空に眞赤(まっか)な雲のいろ
玻璃(はり)に眞赤(まっか)な酒のいろ
なんでこの身が悲しかろ
空に眞赤(まっか)な雲のいろ
【Der Blätterteig】
「小麦粉で喘息を起こす人なんて初めて見た」
「私も初めて起こしたわ、小麦粉で」
そういうわけで、アリスが作っていた。いったい何をしに来たのか、もはやわからない。
「こうなってくると、何か別のものを考えた方がいいわね。小麦粉を使わないような」
「そんなお菓子があるの?」
「そうね。いっそのこと和菓子とか」
小麦粉を吸ってしまわないように、会話をするには少し不自然な距離。もちろん魔法を使って微調整すれば、もっと近づくことはできる。でもそれはしない。何故と聞かれれば、たぶんのこの距離の方が、二人には自然な気がするから、というのがパチュリーの応えになるだろう。もっとも、素直にそう言うかどうかは別問題だが。
「あ、そうだ。パチュリー、あなた絵は得意?字でもいいけど」
「絵はそうでもない、と思う。字はそれなりじゃないかしら」
「習字の経験は?」
「習字?それはないわね」
未だに、彼女に名前を呼ばれるとどきりとする。馬鹿みたいだ。
「ベッコウ飴って知ってる?砂糖を水に溶かすんだけど…」
言いながらも彼女の手はちゃんと動いている。実は料理をしているところを見たことはあまりない。身の回りのことは小悪魔に任せっきりで、その為に使うはずの時間も、ずっと本を読むことにあててきた。彼女の作業には無駄がない。なるほど、なんとなく規律のある動きだと思った。調理班のメイドもこんな作業を毎日こなしているのだろうか。どことなく実験に似ていなくもない。
あれ、作業が止まった。
「どうしたの?」
「生地を寝かせるのよ。この場合は休ませるって言うべきだけど」
「擬人法?」
「そ。これと似たような事をあと何度か繰り返すの」
「面倒ね」
パチュリーが一言の元で切り伏せると、アリスは珍しく、パチュリーに対しては珍しく、諭すような口調で言った。
「だから、作る過程も楽しむのよ」
「私には向かないみたいね」
「そうね」
笑った。
外は吹雪いている。
パイは完成にはほど遠い。
偶然とはいえ、アリスが泊まることは確定したようなものだった。
【蒼鉛いろの暗い雲から】
なんとなく予感があって、でもすごく驚いた。
「なにやってるの?美鈴」
「なにって…」
疲れたような顔をしている。
「散歩?」
「そういうことにしてもいいですけど」
「よくないわよ、馬鹿ね」
まったく、その辺が疎くて困る。
「…すごく元気そうですね」
「冬将軍ごときに負けるわけにはいかないわ」
「でも寒いですよね?」
まさか要らないなんて言いませんよね?不安そうに厚手の外套を広げる。
「そういうことにしておきましょうか」
「そういうことにしておいてください」
情けないような顔で笑われては、素直に甘えることも出来ないことをわかっているんだろうか。理解した上でやっているんだとしたら、手持ちのナイフを全部投げてるかもしれない。
「美鈴」
「はい?」
何故か、考えていたことと、まったく別の言葉が飛び出た。
「生きている間にね、あとたった一言だけしか話せないとしたら、誰に何を言う?」
「――――――――また、咲夜さんにしては、無益な質問ですね」
「たまにはいいでしょ?」
今、美鈴は答えるまでの間に、いろいろ考えていた。
「と、言いましても。状況によると思いますよ」
「それもそうね」
それに触れていいのかどうかを、咲夜は考える。否、と脳は告げた。はぐらかすような会話に乗れと、勘も言っている。じゃあ、感情は?
「美鈴」
「はい?」
「約束」
「え?」
「契約違反、しているでしょ」
「まだ自分でもよくわからないんですよ。だから」
「さっき買ったナイフね、とてもよく切れるの。あなた、試したい?」
世界が白くなる。風が、雪で視界を覆うように。信じられない。昨日までは雪の気配すらしなかったのに。
「咲夜さん」
「なあに」
「今日、アリスさんが泊まるらしいんですよ」
「じゃあ、早く帰らないといけないのね」
「一つだけ、我が儘言っても、いいですか?」
「出来ることなら」
「帰ったら、甘い紅茶を淹れさせてください」
【さよならのうた】
溺れるように眠りについて、夢から覚める夢をみる。
ここではないどこか。
誰でもない私。
夢のような記憶。
それは始まりにして終わりの歌。
血の匂い。
誰かの悲鳴。
とても大切な何かをなくした記憶。
もう誰も語れなくなってしまった物語。
血のにおい。血の匂い。
とても大切な何かをなくした記憶。
『 』
あれは、誰の言葉だったのか。
とおいむかし、あなたさまはたいせつなものをなくしたのですね。
これは、誰の言葉なのだろう。
【回顧録Ⅱ】
空に眞赤(まっか)な雲のいろ
玻璃(はり)に眞赤(まっか)な酒のいろ
なんでこの身が悲しかろ
空に眞赤(まっか)な雲のいろ
魔術師は言った。
ようこそ幻想郷へ。
待っていた。
けれど出来れば、来ることがないようにとも願っていた。
悟った声が、紅いそれに優しく笑いかける。
「あの子は、キミの手をとらなかったんだね」
魔理沙も頑張れ、パチュリー(というより小悪魔)に負けるな
楽しみな作品があるっていうのはいいことです。
>やっぱりこそっり抜け出しちゃおうかなと思いつつ。
3話目に急いで飛ばなきゃ!