*何故だかキャラクターが少し壊れています。ご注意ください……
*大空魔術のショートストーリーの後の話です。
~誤算その壱~
一寸先は闇と言ったのは何処の誰であろうか。これほどまでに人生というものを言い表した表現は無いと、私は思う。是非この言葉を作った人と握手をしてみたい。
「へえ、中って意外と広いのね。貨物室っていうぐらいだから、もっとごみごみしていて窮屈な所だと思っていたわ」
人生とは決して平坦なものではないとよく言われている。確かに私の人生も谷有り奈落有りで、学生にしては平凡ではない経験を色々としてきている。むしろ、最近になって断崖絶壁をよじ登るようになった様に感じるのは、私の気のせいだと信じたい。
「ふうん、流石は最新技術ね。いかにもSF映画とかに出てきそうな感じだわ。ついでにエイリアンとか出てきてくれたら、二度美味しいわね。サインくれるかしら?」
人生は何が起きるか分からないから面白いと言う人がいる。起きることが単調で予測できる事ばかりなら、それはきっとつまらない一生で価値が無いものなのだろう。私も不思議な事を追い求めている手前そんな人生は願い下げだが、ものには限度というものがある。って言うか、サインをくれる前に食べられるのがおちだと思う。
「やっぱり貨物室だけあって、味気ないわね。この上がどうなっているか気になるけど、確かめる術は無いし。今度はちゃんとチケット取りましょうね、蓮子?」
人生とはサイコロの目の様なものと例える者がいる。一が出るか六が出るかは振ってみなければ分からず、人生においてもこれから起きることは起きてみなければ分からないという事だ。絶えず常識的な範疇で物事が動けば出る目をある程度予測する事が可能だが、常に人の予想を斜め上に行く奴が混沌とさせているのだろう。私にはよく分かる。
「ねえ蓮子、私の話を聞いているの?」
「聞いているから少し黙って。今人生についての論文を書いてみようと思ったところなんだから。題目はこんなはずじゃあなかった私の人生。主人公は悪友に半ば騙されて宇宙船に忍び込み、不本意ながら密航を企ててしまって人生とはなんだったのかと悩むSF超大作よ」
「……蓮子、それって論文じゃなくて小説よ」
「皮肉を言ったのよ!」
「駄目よ蓮子。そんな大声を出しては人に気づかれるわ」
「叫ばせた張本人が言うな!!」
今人に気づかれると非常に不味い立場に居る事は重々理解しているが、叫ばずにはいられなかった。
「何よ、蓮子だって月に行く事には賛成したじゃない。それともあれは私を弄ぶ為の言葉だったというの。酷い、酷すぎるわ」
体を庇いながら私と距離を取ろうとしながら一人で勝手に盛り上がっているメリーを見て、疲れて言い返す気にもならなくなってしまった。こんな事ならあんな提案一蹴しておけばよかったと今更に思う。
メリーのまるで散歩にでも行くかのように月へ行かないかと聞かれたとき、ついうっかり話しに乗らなければこんな所で頭を抱えなくてもすんだであろう。そうでなければ誰が好き好んで月面ツアーのスペースシャトルに忍び込んだりするものか。
~誤算その弐~
「ねえ、私としては今ならまだ笑い話のネタぐらいで引き返せると思うわ。だからこれは軽い冗談って事で戻る気は無い?」
「もう、蓮子だって月へ行きたかったんじゃないの?」
「私だって月へ行きたかったわよ。メリーが変に自信満々にツアーとは別の方法で月に行かないかって聞いてきたとき、確かに食いついたわ。」
「そうよね、蓮子ったら目を輝かして賛成してきたものね。まるで正月とクリスマスがいっぺんに来たようだったわ。」
「でもね、私としては別世界を経由して直接月にいくものだと思っていたのよ。間違っても結界の切れ目を出たらスペースシャトルの貨物室だとは思ってもいなかったわ。」
出てみてビックリ玉手箱。豪華な月面基地を想像していた私としては、こんな薄暗い空間にでるとは夢にも思っていなかった。しかもそれがスペースシャトルの中と分かった時には、更に驚いてぐうの音も出なかったのは言うまでもあるまい。
「だって、どうせ月に行くならスペースシャトルに乗って行きたいじゃない?遠足はバスに乗るところから始まるって言うくらいだし」
「だっても何も、見つかれば逮捕されるのよ。新聞に目だけ線を引かれて載るのよ。ワイドショーのトップアイドルに上り詰めるのよ。CAIに勧誘されるかもしれないのよ!?」
「良いじゃない、スリルとロマンにあふれる旅になって。船での絶望的な遭難事故における絶体絶命というシチュエーションは純愛物の王道よ」
「嫌よ、まだ捕まりたくないし、やり残した事は沢山あるし、明日には通販で頼んだものが来るし、冷蔵庫の中にはとっておきのお菓子を入れたままだし、この部屋は何か臭うし暗いし!」
何時までもこうしていても埒があかないので、こうなれば何が何でもと思った時だった。突然私達は強い振動に襲われた。
「じ、地震!?大変よ蓮子、日本が沈没を始めたわ!」
「なに馬鹿なこと言っているの。これはシャトルのブースターが点火されたのよ!」
「じゃあ、ついに私達は星になるときが来たのね!」
「縁起でもない事を言わないで、って、うわわわわわわ!?」
突如強烈なGが体にかかり、とてもじゃないが立っていられずに床にへばりつく事になってしまった。しかもそれだけではなくシャトルが少し角度をつけたのか床が傾き、私達は壁まで転がっていった。
「あぐ、あだたたたたたた。メ、メリー、大丈……わわわ、こっち来ないで!!」
「れ、蓮子!そこどいムギュ」
壁に打ち付けられた痛みに泣いている暇もなく、メリーが私の方に転がり込んできた。全身に走る痛みと強力なGで身動きの取れない私は、そのままメリーの下敷きになってしまった。
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐるじい……」
「し、失礼ね。私はそんなに重くないわよ」
何やらメリーが私の上で何かを言っているがメリーと壁に挟まれてだんだん意識が遠のき、聞き取る余裕がまるで無かった。
そして体の感覚が消え、視界が暗転した。
~誤算その参~
夢を見ているのだろうか。いつのまにか花が咲き乱れる平原に私は立っていた。辺りを見回しても花しか見当たらず、何だか薄気味が悪い感じだった。
ふと気がつくと目の前に川が流れていた。向こう岸は見えず、水深の深さもよく分からなかった。普段なら絶対にこのような川に入るなど考えもしないが、何かに導かれるように川に足を踏み入れてようとした。
そして、
「蓮子、起きて蓮子」
よく知る声が聞こえてきた。その声に意識を向けた瞬間目の前の光景が消え、次の瞬間には目の前にメリーの顔があった。
「あ、あれ、ここは……?」
「もう、寝ぼすけさんね、蓮子は。あんまり呼んでも起きようとしないから、この間テレビで見た中国に伝わる怪しい武術を試してみようと思ったところなんだから。あれは凄かったわよ、気絶した人を覚醒させるってのをやっていたけど、起きてすぐに部屋の中を血走った目で走り回っていたわ」
どうやら寸前のところで危機を脱したらしい。早起きは三文の徳と言うが、私は今それを身をもって実感した。あああ、早起きって素晴らしい。
「メリー、あれは人に向けては絶対にやらないでくださいって冒頭に注意があったでしょって、わ、わわわ、ち、宙に浮いている!?」
「そう、そうなのよ。遂に私達、宇宙に来たのよ。それを一緒に喜び合おうと思ったのに、蓮子ったらちっとも起きないんだもの」
辺りを見回すと、私達は貨物室の中を漂っていた。私は、もちろんメリーも無重力状態など体験した事が無かったので、この何とも言い表しようの無い浮遊感は格別だった。
「私達、とうとう宇宙に来たんだ。今までもいろんな所に行った事があったけど、遂にここまで来ちゃったんだ。」
「そうね、そうよね。それなのに蓮子はぐっすり眠っていたから、せっかく私が今の感想を千文字以上で表してあげよう思ったのにできなかったじゃないの」
「私が気絶したのは誰のせいよ、誰の。壁に打ちつけられるわ、酷いGに襲われるわ、メリーにタックルくらうわって死ぬかと思ったのよ」
逆に言えばメリーは私というクッションがあったおかげで壁に衝突しなくてもすんで、酷いGにも私ほど苦にならなかったという事だ。
「でもね、蓮子。私としてはもうちょっと蓮子にお肉がついていたら良かったのになって思ったわ。流石に寄せて上げているだけじゃ……」
とりあえずこの色々な意味での無礼者をシバいておこう。
~誤算その四~
「まったく、本当によく予定外の事が起きる一日だわ。メリー、そろそろ見つかる前にここから出ましょう」
「あうあう……私の口が……私の口が……」
メリーが口元を押さえて悶絶しながら宙を漂っていた。先ほど私がメリーの口がどれだけ広がるか限界までチャレンジしてみたときのダメージがまだ残っているようだ。
「ほらほらメリー、いつまでも未練がましく宙に浮いていないで早く結界の裂け目を見つけてよ。ここに長く居れば居るほど見つかる危険が増すんだから。」
「ううう、蓮子がいつのまにかサディストになっているだなんて。私はこんなふうに蓮子を育てた覚えは無いわ」
私もメリーに育てられた覚えは無い。
「でもね、蓮子。このシャトルから出る事なんだけど、今は無理よ。このまま貨物室に潜り込んで月に行くしかないわ」
「ちょっと、それってどういう事よ?」
「結界の切れ目が無いのよ。分かっていると思うけど、その空間に結界の切れ目があるのであってこの貨物室の中に結界の切れ目がある訳じゃないの。だからシャトルが移動したら結界の切れ目がなくなるのは当然の事なの」
「あ、しまった。そうだった。じゃあ私達は月に着くまでもうここから出られないって事になるのね」
当然貨物室という空間には結界の切れ目は存在していない。私達が出てきたのはスペースシャトルの貨物室が有った場所に存在していた結界の切れ目なのだ。結界の切れ目はその場固定のものであり、動くものでもない。
「そうね。でもいいじゃない、どうせ月に着くのが何時時間か十何時間か遅れるだけなんだから。旅はやっぱり優雅な心でしなくてはいけないものよ」
「……メリーのいう優雅な心というものがどういうものなのか、後でゆっくりと問いただすとするわ」
「良いわよ、蓮子の気が済むまで聞かせてあげる。なんだったら夜添い寝のついでに耳元で永遠と聞かせてあげても良いわよ?」
~誤算その伍~
何時頃からだろうか。宇宙に上がった直後は特に気にした事は無かったのだが、あれからしばらくして肌寒さを覚えだした。そしてそれが明確になったのは何時頃だっただろうか。
「ねえ蓮子、何だか寒くない?」
「そ、そうね。なんだか冷蔵庫の中にいる気分だわ」
腕をさすり、寒さに震えながら私もメリーもこの薄暗くて微妙に広くない空間を漂っていた。元々荷物の搬入時以外には貨物室の照明は必要ではないので、電力節約の為に殆どの照明が切られている。その為、唯でさえ寒いのにこの薄暗さは更に寒さを引き立てている。
「ううう、寒い。寒すぎるわ。湯気が上り立つ入れたてのコーヒーが飲みたい……」
「そんな事言わないでよ、メリー。私だって飲みたくなってきたじゃない。あああ、熱いコーヒーにホカホカのお汁粉が食べたいわ」
「微妙に素敵な和と洋のミスマッチね。それよりも、この部屋には暖房が効いていないのかしら?」
「分からないわ。私はスペースシャトルに詳しくないから。でも、飛行機の貨物室は暖房が付いていないって事は聞いたことがあるわ」
「ああ、そう言えばこんなニュースが昔やっていたわね。密航を企てたどこぞの大馬鹿者が飛行機の貨物室に忍び込んだんだけど、高度何千メートルの上空の極寒に耐え切れなくなって凍死したって話。なんだか今の私達の状況と似ているかもしれないわね」
「ち、ちょっと、冗談でもそういう事言わないでよ!?」
最悪の場合、凍死するかもしれない。そう思うと背筋が凍りつくような思いがして、心身ともに寒くなってきた。
「どうしよう、メリー。このままじゃ私達って、メ、メリー?」
「ああ、蓮子の体は温かいわ。何時までもこうしていたいぐらいに」
メリーが私にいきなり抱きついてきたのだ。よほど寒かったのだろう、メリーの体が小刻みに震えているのがよく分かる。そして、メリーの体が冷え切っているのもよく分かった。
「あ、え、えっと、メリー……?」
「お願いよ、蓮子。もう少しこのままでいさせて。ほら、登山でも遭難した時はこういうふうに身を寄せ合って寒さを凌ぐって聞いたことがあるし」
「も、もう少しって、どれぐらい?」
「そうね、ざっと月に着くぐらいまでかしら。ひょっとして蓮子はこういうの、嫌?」
嫌ではない。こういう非常時にはお互いに助け合うべきだと思うし、実のところ私も限界に達していた。だから嫌ではないが、なんと言うか、こう、非常に落ち着かない。いきなりの事だし、私の心がまえもできていなし……
「い、嫌じゃないわよ。寒いから客室に乗せてくださいって言う訳にもいかないし、べ、別にこれで寒さが凌げるなら良いんじゃないかな……」
「ふふふ、おかしな蓮子。じゃあお言葉に甘えて蓮子にもっとくっ付いちゃうわ」
「ち、ちょっと、そんなに強しないで。苦しいわよって、こ、こら、服の中に手を入れないでよ!」
「冷たいわね、蓮子。指先が冷たくて感覚が無くなりそうなんだから、少しくらい暖めてもいいでしょう?」
「ちょ、駄目、くすぐったいから止めて。お願いだから、駄目。って、こら、へ、変な所触らないで……!」
誤算その六
どうやら貨物室にも最低限の暖房はついていたようだ。外の宇宙空間の温度を考えれば私達が凍死していない事がその証明になるが、必要の無い所に無駄な電力を使う必要がないと考えられているのであろう、本当に最低限の暖房しかついていないので真冬なみに寒い。
結局あれから私達は互いに身を寄せ合って震えていたのだが、どうやらそれも後もう少しの話になりそうだった。
「気が付いている、蓮子?」
「ええ、シャトルが月の重力圏内に入ったわね。少しずつだけど、減速しているにたいだから」
「ようやく私達は月の大地を踏めるのね。長かったわ、身が凍りつきそうなぐらいに」
「メリーが変な事言い出して、スペースシャトルなんかに乗ろうとするからこうなったのよ。月での買い物は全部メリーの奢りで決定ね」
えー、と抗議の声を上げてくるメリーだが、これだけは譲れない。これだけ散々な目に合ったのだからコーヒーの一杯や二杯は奢ってもらわなければ帳尻が合わないというものだ。別に二十杯や三十杯でも私としては全然構わないけど。
「月にシャトルが降り立ったら、荷物の積み下ろしが始まる前にここから出なくちゃね。どう、できそう?」
「大丈夫よ、蓮子。月の結界の切れ目だろうが何だろうが、見つけてみせるわ。今の私は蓮子の体を堪能してパワー全開ってところなんだから」
「こ、こら、何か致命的な誤解を招きそうな事言わないでよ!」
「あらあら、蓮子ったら照れちゃって。でも照れて顔を紅くしている蓮子も可愛くて素敵よ」
とりあえずメリーを黙らせようと思って行動に移ろうとしたとき、減速の影響で天井に張り付いていた私達の足が床に付いた。月面にシャトルが着陸したのだ。私の足に久しぶりの確かな感覚が戻り、地面に足がつく事に感動すら覚えた。
「やっぱり人間は大地から離れて生きていけない生き物なのね。歩ける事がこれほど感動するとは思わなかったわ」
「そうね。どんなに技術が発達しても、結局私達は地上の生き物。どんなに遠い所へ行く事ができるようになっても、どんなに速く動く事ができるようになっても、私達は大地を捨てる事ができない。それは決して変える事のできない律であり、宿命なのよ」
珍しくメリーが真面目な事を言っているが、結局の所そうなのだろう。宇宙は人間にとって余りにも広すぎる存在であり、持て余す存在でしかない。私達人間には一つの惑星の地べたがお似合いだって事なのかもしれない。
「まあ、こんな話は置いといて。向こうに着いたら何を買う?」
「そうね、とりあえず月の石はいらないわね。月面煎餅とか、月面饅頭とか売っていたら買おうかしら。あ、でも、月面基地で円って使えたっけ?」
メリーのふとした疑問に、私は通貨の事を失念していた事に気が付いた。基本的に私達は普通の大学生だから、財布の中には円しか入っていない。そして、更に問題なのはその財布の中身だったりもする。
「ねえ蓮子、両替所ってあると思う?」
「そんな事よりもメリー、あなたの財布の中身ってどうなの?」
「まだ給料日前だから、あまり暖かいとは言えないわね。蓮子の方はどうなの?」
「私も同じ様なものよ。不味いわね、せっかく月まで来たっていうのに……」
しかし、私達はもう一つ忘れていた。月面基地での売り物には多大なる人件費や輸送コスト、その他経費が掛かっている事に。
~誤算その七~
カードをめくる。4。これで私の持ち札である3と5を合わせて12になった。これで9のカードが来れば私の勝ちとなる。
「それにしても、世の中なんか間違っているわよね。私達一般市民ができない事をペットができるなんて。犬や猫に月の大地を踏みしめた事に感動を覚える訳無いのに。むしろ、ペットの方々にとってこんな遠くへ連れてこられて迷惑していると思うわ」
「しょうがないわよ、メリー。お金持ちの人って、何故か愛犬家や愛猫家が多いんだもの。きっと成り上がって行く過程で、散々裏で人様には言えない事してきたから世間からは何だかんだ言っても冷たい目で見られて、結局のところ心を開いてくれるのが自分のペットだけになってしまったのね」
「なんだかひがみっぽく聞こえるけど、お金を儲けようとしたらそうなるわよね。誰かが富めば誰かが貧しくなるしかないんだし。でもペット同伴で月面旅行ってのもすごい話だと思うわ」
メリーがカードをめくる。私もカードをめくり、持ち札を確認した。これで13となり、9以上のカードが来ればゲームオーバーだ。
私達が使っているトランプは宇宙仕様のトランプで、カード一枚一枚にマグネットが内蔵されていて、無重力状態でもバラけないようになっている代物だ。ついでに別売りのマグネット内臓の板をカード置き場に利用すれば、より簡単に遊ぶことができるようになる。
「ちょっとメリー、手荒に扱わないでよ。これトランプのくせに高かったんだからね」
「蓮子は神経質になりすぎよ。確かに高かった事は認めるけど。あーあ、もっと安かったらいろんな物が買えたのになあ。宇宙麻雀とか、宇宙将棋とか、宇宙算盤とか」
なんだかカラー雛の延長上のような気がするが、きっと気にしたら負けなのだろう。こういうのはその場の雰囲気とノリに身を任せるのが一番だ。そして、私の持ち札が16となった。
「それにしても、残念だったわ。せっかく月の兎さん達に会って兎耳を引っ張ってこようと思っていたのに、結局月の都に行けなかったわ」
「しかたないじゃない、ただの月面と月の都を隔てている結界まで行くのに、一旦は月面基地を出なくちゃいけないんだから。いくらなんでも宇宙服を盗めばばれるわよ」
「まったく、世の中には心が狭い人ばかりで嫌だわ。皆私ぐらい心が広ければいいのに」
何か聴こえた気がするが、とりあえず聴かなかった事にしてカードをめくった。3。これはかなりきわどい賭けになりそうだった。
「まあでも、これもいい記念になったから良しとするわ。蓮子と二人で月まで旅行ができたんですもの。薄暗い密室で蓮子と二人っきりで過ごした事は末代まで語り継がせるわ」
「……私としてはパッと月まで行ってパッと月から帰りたかったのだけどね。そうすれば必要の無い苦労をしなくてもすんだのに」
「なあに、まだ帰り方法をスペ-スシャトルにした事を根に持っているの?駄目よ、蓮子。そんな余裕の無い心を持っていては。そんな事では一生走り続けるだけの歯車という名のお人形さんになってしまうわ」
「メリーがただ単にノンビリマッタリノホホーンとしているだけよ」
「もう、分かっていないわね。旅行っていうのは、その場所へ行く事も楽しまなくては駄目なのよ。何でもかんでもパッと欲しい物を欲しがったり、パッと結論を出したがったりするのは最近の若い者の悪い所だわ」
色々と突っ込みたいところがあるが、とりあえず私はストップする事にした。手持ちの札が19というのはなんとも微妙なところであるが、これ以上カードを引くのはリスクが高すぎる。
「いいじゃない、今回は前回の失敗を生かして動物舎にしたんだから。ここなら客室と変わらず快適に過ごす事ができるわ」
「それはそうなんだけど、吠え出したりしないか心配だわ」
「蓮子は心配性ね。大丈夫よ、無重力状態に酔わないように軽く麻酔で眠らせているみたいだから」
月面基地で手に入れてきたツアー用パンフレットを見ながら、メリーがカードをめくった。そして、またカードをめくり、更にカードをめくった。
「ねえメリー、聞くけど貴方21をとうに超えているでしょう?」
「あら、流石は蓮子。私の事なら何でもお見通しってわけね。怖いわ、私の隅から隅まで知り尽くされているだなんて」
「それだけカードを引けば誰だって分かるわよ!」
「だって、酷いと思わない?たった二枚でもうゲームセットなのよ」
~誤算その八~
色々と慌しかった突発性の旅行を終えてから一夜がたって、私達はいつもの様に大学構内のカフェテラスで午後のコーヒーと洒落込んでいた。
「ふぁ、ああああ。流石に昨日の今日じゃあ眠気が取れないわね。今日の講義はなんかほとんど睡眠時間に割り当てていたし」
「本当ね。講義があれほど煩わしいと思った事は無かったわ。あまりに睡魔との闘いが劣勢になったから、思わず世界なんて滅んでしまえって呪ったくらいだし。私が目を開けながら眠る技を編み出していなかったら、今頃世界はどうなっていたかしら?」
そんな事でお手軽に世界が滅んだら、とっくの昔に世界は数十万回ぐらい滅んでいる。しかし、私もしきりに私の睡眠を妨げてくる嫌な教授に対しては心の中で指を立てていた事は否めない。
「でも、月に行けて本当に良かったわ。無重力も体験できたし、スペースシャトルには乗れたし、蓮子と良い思い出ができたし。心残りとしてはお土産が満足に買えなかったくらいね」
「そうね、帰りに予想外の寄り道までしちゃったものね。月面旅行のついでにアメリカ旅行までできたんだもの。密航の次いで密入国まで体験できたんだから、嬉しくて涙が出そうになるわ」
あれは本当に勘弁して欲しかった。スペースシャトルを例のごとく忍び出ると、そこには自由と正義の核の国が眼前に広がっていた。当然日本に帰ってきていると思い込んできた私達が面食らった事は言うまでもない。
「もう連子ったら。せっかくフリーダムでジャスティスな国を拝見できて、ついでに本場のアメリカンドックを堪能できたんだからいいでしょう?」
「……まあ無事にこうして帰ってこれたんだから良いんだけど。でも次にこういう場合があったら、ちゃんと行き先だけは確認してね。次があればの話だけど」
ずずず、とコーヒーをマッタリと飲む。こうして眠気を抑えながらノンビリとラウンジでコーヒーを飲んでいると、メリーに連れられて大騒ぎをした時間が嘘のようだ。私としては半分は嘘であってほしいが。通帳の中身とか、財布の中身とか、懐具合とか。
「でも、やっぱり宇宙っていいわね」
「そうね、やっぱり宇宙には魅力があるわ。けっして手に入れられないものを求めるのは人類の性ってやつね。」
宇宙は人間の手に余るものでしかない。しかし、だからこそそれを手に入れようとする気持ちは分からないでもない。私だって決して買う事の出来ない値段の物に溜息をつく事だってある。
「宇宙、か。そうだ、ねえ蓮子」
「断る」
何かを思いついたメリーだが、私は瞬時に提案を跳ね除けた。
「えええ、まだ何も言っていないじゃない。最後まで聞くだけ聞いてよ」
「でも断る」
「酷いわ、蓮子。私と貴方の仲じゃない」
「だからこそ断る」
「ちょっとだけ、ちょとだけでも聞いてよ。どうせ減るものじゃないんだし」
「減るから断る」
こうして、私達の押し問答はかれこれ一時間続く事になった。
*大空魔術のショートストーリーの後の話です。
~誤算その壱~
一寸先は闇と言ったのは何処の誰であろうか。これほどまでに人生というものを言い表した表現は無いと、私は思う。是非この言葉を作った人と握手をしてみたい。
「へえ、中って意外と広いのね。貨物室っていうぐらいだから、もっとごみごみしていて窮屈な所だと思っていたわ」
人生とは決して平坦なものではないとよく言われている。確かに私の人生も谷有り奈落有りで、学生にしては平凡ではない経験を色々としてきている。むしろ、最近になって断崖絶壁をよじ登るようになった様に感じるのは、私の気のせいだと信じたい。
「ふうん、流石は最新技術ね。いかにもSF映画とかに出てきそうな感じだわ。ついでにエイリアンとか出てきてくれたら、二度美味しいわね。サインくれるかしら?」
人生は何が起きるか分からないから面白いと言う人がいる。起きることが単調で予測できる事ばかりなら、それはきっとつまらない一生で価値が無いものなのだろう。私も不思議な事を追い求めている手前そんな人生は願い下げだが、ものには限度というものがある。って言うか、サインをくれる前に食べられるのがおちだと思う。
「やっぱり貨物室だけあって、味気ないわね。この上がどうなっているか気になるけど、確かめる術は無いし。今度はちゃんとチケット取りましょうね、蓮子?」
人生とはサイコロの目の様なものと例える者がいる。一が出るか六が出るかは振ってみなければ分からず、人生においてもこれから起きることは起きてみなければ分からないという事だ。絶えず常識的な範疇で物事が動けば出る目をある程度予測する事が可能だが、常に人の予想を斜め上に行く奴が混沌とさせているのだろう。私にはよく分かる。
「ねえ蓮子、私の話を聞いているの?」
「聞いているから少し黙って。今人生についての論文を書いてみようと思ったところなんだから。題目はこんなはずじゃあなかった私の人生。主人公は悪友に半ば騙されて宇宙船に忍び込み、不本意ながら密航を企ててしまって人生とはなんだったのかと悩むSF超大作よ」
「……蓮子、それって論文じゃなくて小説よ」
「皮肉を言ったのよ!」
「駄目よ蓮子。そんな大声を出しては人に気づかれるわ」
「叫ばせた張本人が言うな!!」
今人に気づかれると非常に不味い立場に居る事は重々理解しているが、叫ばずにはいられなかった。
「何よ、蓮子だって月に行く事には賛成したじゃない。それともあれは私を弄ぶ為の言葉だったというの。酷い、酷すぎるわ」
体を庇いながら私と距離を取ろうとしながら一人で勝手に盛り上がっているメリーを見て、疲れて言い返す気にもならなくなってしまった。こんな事ならあんな提案一蹴しておけばよかったと今更に思う。
メリーのまるで散歩にでも行くかのように月へ行かないかと聞かれたとき、ついうっかり話しに乗らなければこんな所で頭を抱えなくてもすんだであろう。そうでなければ誰が好き好んで月面ツアーのスペースシャトルに忍び込んだりするものか。
~誤算その弐~
「ねえ、私としては今ならまだ笑い話のネタぐらいで引き返せると思うわ。だからこれは軽い冗談って事で戻る気は無い?」
「もう、蓮子だって月へ行きたかったんじゃないの?」
「私だって月へ行きたかったわよ。メリーが変に自信満々にツアーとは別の方法で月に行かないかって聞いてきたとき、確かに食いついたわ。」
「そうよね、蓮子ったら目を輝かして賛成してきたものね。まるで正月とクリスマスがいっぺんに来たようだったわ。」
「でもね、私としては別世界を経由して直接月にいくものだと思っていたのよ。間違っても結界の切れ目を出たらスペースシャトルの貨物室だとは思ってもいなかったわ。」
出てみてビックリ玉手箱。豪華な月面基地を想像していた私としては、こんな薄暗い空間にでるとは夢にも思っていなかった。しかもそれがスペースシャトルの中と分かった時には、更に驚いてぐうの音も出なかったのは言うまでもあるまい。
「だって、どうせ月に行くならスペースシャトルに乗って行きたいじゃない?遠足はバスに乗るところから始まるって言うくらいだし」
「だっても何も、見つかれば逮捕されるのよ。新聞に目だけ線を引かれて載るのよ。ワイドショーのトップアイドルに上り詰めるのよ。CAIに勧誘されるかもしれないのよ!?」
「良いじゃない、スリルとロマンにあふれる旅になって。船での絶望的な遭難事故における絶体絶命というシチュエーションは純愛物の王道よ」
「嫌よ、まだ捕まりたくないし、やり残した事は沢山あるし、明日には通販で頼んだものが来るし、冷蔵庫の中にはとっておきのお菓子を入れたままだし、この部屋は何か臭うし暗いし!」
何時までもこうしていても埒があかないので、こうなれば何が何でもと思った時だった。突然私達は強い振動に襲われた。
「じ、地震!?大変よ蓮子、日本が沈没を始めたわ!」
「なに馬鹿なこと言っているの。これはシャトルのブースターが点火されたのよ!」
「じゃあ、ついに私達は星になるときが来たのね!」
「縁起でもない事を言わないで、って、うわわわわわわ!?」
突如強烈なGが体にかかり、とてもじゃないが立っていられずに床にへばりつく事になってしまった。しかもそれだけではなくシャトルが少し角度をつけたのか床が傾き、私達は壁まで転がっていった。
「あぐ、あだたたたたたた。メ、メリー、大丈……わわわ、こっち来ないで!!」
「れ、蓮子!そこどいムギュ」
壁に打ち付けられた痛みに泣いている暇もなく、メリーが私の方に転がり込んできた。全身に走る痛みと強力なGで身動きの取れない私は、そのままメリーの下敷きになってしまった。
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐるじい……」
「し、失礼ね。私はそんなに重くないわよ」
何やらメリーが私の上で何かを言っているがメリーと壁に挟まれてだんだん意識が遠のき、聞き取る余裕がまるで無かった。
そして体の感覚が消え、視界が暗転した。
~誤算その参~
夢を見ているのだろうか。いつのまにか花が咲き乱れる平原に私は立っていた。辺りを見回しても花しか見当たらず、何だか薄気味が悪い感じだった。
ふと気がつくと目の前に川が流れていた。向こう岸は見えず、水深の深さもよく分からなかった。普段なら絶対にこのような川に入るなど考えもしないが、何かに導かれるように川に足を踏み入れてようとした。
そして、
「蓮子、起きて蓮子」
よく知る声が聞こえてきた。その声に意識を向けた瞬間目の前の光景が消え、次の瞬間には目の前にメリーの顔があった。
「あ、あれ、ここは……?」
「もう、寝ぼすけさんね、蓮子は。あんまり呼んでも起きようとしないから、この間テレビで見た中国に伝わる怪しい武術を試してみようと思ったところなんだから。あれは凄かったわよ、気絶した人を覚醒させるってのをやっていたけど、起きてすぐに部屋の中を血走った目で走り回っていたわ」
どうやら寸前のところで危機を脱したらしい。早起きは三文の徳と言うが、私は今それを身をもって実感した。あああ、早起きって素晴らしい。
「メリー、あれは人に向けては絶対にやらないでくださいって冒頭に注意があったでしょって、わ、わわわ、ち、宙に浮いている!?」
「そう、そうなのよ。遂に私達、宇宙に来たのよ。それを一緒に喜び合おうと思ったのに、蓮子ったらちっとも起きないんだもの」
辺りを見回すと、私達は貨物室の中を漂っていた。私は、もちろんメリーも無重力状態など体験した事が無かったので、この何とも言い表しようの無い浮遊感は格別だった。
「私達、とうとう宇宙に来たんだ。今までもいろんな所に行った事があったけど、遂にここまで来ちゃったんだ。」
「そうね、そうよね。それなのに蓮子はぐっすり眠っていたから、せっかく私が今の感想を千文字以上で表してあげよう思ったのにできなかったじゃないの」
「私が気絶したのは誰のせいよ、誰の。壁に打ちつけられるわ、酷いGに襲われるわ、メリーにタックルくらうわって死ぬかと思ったのよ」
逆に言えばメリーは私というクッションがあったおかげで壁に衝突しなくてもすんで、酷いGにも私ほど苦にならなかったという事だ。
「でもね、蓮子。私としてはもうちょっと蓮子にお肉がついていたら良かったのになって思ったわ。流石に寄せて上げているだけじゃ……」
とりあえずこの色々な意味での無礼者をシバいておこう。
~誤算その四~
「まったく、本当によく予定外の事が起きる一日だわ。メリー、そろそろ見つかる前にここから出ましょう」
「あうあう……私の口が……私の口が……」
メリーが口元を押さえて悶絶しながら宙を漂っていた。先ほど私がメリーの口がどれだけ広がるか限界までチャレンジしてみたときのダメージがまだ残っているようだ。
「ほらほらメリー、いつまでも未練がましく宙に浮いていないで早く結界の裂け目を見つけてよ。ここに長く居れば居るほど見つかる危険が増すんだから。」
「ううう、蓮子がいつのまにかサディストになっているだなんて。私はこんなふうに蓮子を育てた覚えは無いわ」
私もメリーに育てられた覚えは無い。
「でもね、蓮子。このシャトルから出る事なんだけど、今は無理よ。このまま貨物室に潜り込んで月に行くしかないわ」
「ちょっと、それってどういう事よ?」
「結界の切れ目が無いのよ。分かっていると思うけど、その空間に結界の切れ目があるのであってこの貨物室の中に結界の切れ目がある訳じゃないの。だからシャトルが移動したら結界の切れ目がなくなるのは当然の事なの」
「あ、しまった。そうだった。じゃあ私達は月に着くまでもうここから出られないって事になるのね」
当然貨物室という空間には結界の切れ目は存在していない。私達が出てきたのはスペースシャトルの貨物室が有った場所に存在していた結界の切れ目なのだ。結界の切れ目はその場固定のものであり、動くものでもない。
「そうね。でもいいじゃない、どうせ月に着くのが何時時間か十何時間か遅れるだけなんだから。旅はやっぱり優雅な心でしなくてはいけないものよ」
「……メリーのいう優雅な心というものがどういうものなのか、後でゆっくりと問いただすとするわ」
「良いわよ、蓮子の気が済むまで聞かせてあげる。なんだったら夜添い寝のついでに耳元で永遠と聞かせてあげても良いわよ?」
~誤算その伍~
何時頃からだろうか。宇宙に上がった直後は特に気にした事は無かったのだが、あれからしばらくして肌寒さを覚えだした。そしてそれが明確になったのは何時頃だっただろうか。
「ねえ蓮子、何だか寒くない?」
「そ、そうね。なんだか冷蔵庫の中にいる気分だわ」
腕をさすり、寒さに震えながら私もメリーもこの薄暗くて微妙に広くない空間を漂っていた。元々荷物の搬入時以外には貨物室の照明は必要ではないので、電力節約の為に殆どの照明が切られている。その為、唯でさえ寒いのにこの薄暗さは更に寒さを引き立てている。
「ううう、寒い。寒すぎるわ。湯気が上り立つ入れたてのコーヒーが飲みたい……」
「そんな事言わないでよ、メリー。私だって飲みたくなってきたじゃない。あああ、熱いコーヒーにホカホカのお汁粉が食べたいわ」
「微妙に素敵な和と洋のミスマッチね。それよりも、この部屋には暖房が効いていないのかしら?」
「分からないわ。私はスペースシャトルに詳しくないから。でも、飛行機の貨物室は暖房が付いていないって事は聞いたことがあるわ」
「ああ、そう言えばこんなニュースが昔やっていたわね。密航を企てたどこぞの大馬鹿者が飛行機の貨物室に忍び込んだんだけど、高度何千メートルの上空の極寒に耐え切れなくなって凍死したって話。なんだか今の私達の状況と似ているかもしれないわね」
「ち、ちょっと、冗談でもそういう事言わないでよ!?」
最悪の場合、凍死するかもしれない。そう思うと背筋が凍りつくような思いがして、心身ともに寒くなってきた。
「どうしよう、メリー。このままじゃ私達って、メ、メリー?」
「ああ、蓮子の体は温かいわ。何時までもこうしていたいぐらいに」
メリーが私にいきなり抱きついてきたのだ。よほど寒かったのだろう、メリーの体が小刻みに震えているのがよく分かる。そして、メリーの体が冷え切っているのもよく分かった。
「あ、え、えっと、メリー……?」
「お願いよ、蓮子。もう少しこのままでいさせて。ほら、登山でも遭難した時はこういうふうに身を寄せ合って寒さを凌ぐって聞いたことがあるし」
「も、もう少しって、どれぐらい?」
「そうね、ざっと月に着くぐらいまでかしら。ひょっとして蓮子はこういうの、嫌?」
嫌ではない。こういう非常時にはお互いに助け合うべきだと思うし、実のところ私も限界に達していた。だから嫌ではないが、なんと言うか、こう、非常に落ち着かない。いきなりの事だし、私の心がまえもできていなし……
「い、嫌じゃないわよ。寒いから客室に乗せてくださいって言う訳にもいかないし、べ、別にこれで寒さが凌げるなら良いんじゃないかな……」
「ふふふ、おかしな蓮子。じゃあお言葉に甘えて蓮子にもっとくっ付いちゃうわ」
「ち、ちょっと、そんなに強しないで。苦しいわよって、こ、こら、服の中に手を入れないでよ!」
「冷たいわね、蓮子。指先が冷たくて感覚が無くなりそうなんだから、少しくらい暖めてもいいでしょう?」
「ちょ、駄目、くすぐったいから止めて。お願いだから、駄目。って、こら、へ、変な所触らないで……!」
誤算その六
どうやら貨物室にも最低限の暖房はついていたようだ。外の宇宙空間の温度を考えれば私達が凍死していない事がその証明になるが、必要の無い所に無駄な電力を使う必要がないと考えられているのであろう、本当に最低限の暖房しかついていないので真冬なみに寒い。
結局あれから私達は互いに身を寄せ合って震えていたのだが、どうやらそれも後もう少しの話になりそうだった。
「気が付いている、蓮子?」
「ええ、シャトルが月の重力圏内に入ったわね。少しずつだけど、減速しているにたいだから」
「ようやく私達は月の大地を踏めるのね。長かったわ、身が凍りつきそうなぐらいに」
「メリーが変な事言い出して、スペースシャトルなんかに乗ろうとするからこうなったのよ。月での買い物は全部メリーの奢りで決定ね」
えー、と抗議の声を上げてくるメリーだが、これだけは譲れない。これだけ散々な目に合ったのだからコーヒーの一杯や二杯は奢ってもらわなければ帳尻が合わないというものだ。別に二十杯や三十杯でも私としては全然構わないけど。
「月にシャトルが降り立ったら、荷物の積み下ろしが始まる前にここから出なくちゃね。どう、できそう?」
「大丈夫よ、蓮子。月の結界の切れ目だろうが何だろうが、見つけてみせるわ。今の私は蓮子の体を堪能してパワー全開ってところなんだから」
「こ、こら、何か致命的な誤解を招きそうな事言わないでよ!」
「あらあら、蓮子ったら照れちゃって。でも照れて顔を紅くしている蓮子も可愛くて素敵よ」
とりあえずメリーを黙らせようと思って行動に移ろうとしたとき、減速の影響で天井に張り付いていた私達の足が床に付いた。月面にシャトルが着陸したのだ。私の足に久しぶりの確かな感覚が戻り、地面に足がつく事に感動すら覚えた。
「やっぱり人間は大地から離れて生きていけない生き物なのね。歩ける事がこれほど感動するとは思わなかったわ」
「そうね。どんなに技術が発達しても、結局私達は地上の生き物。どんなに遠い所へ行く事ができるようになっても、どんなに速く動く事ができるようになっても、私達は大地を捨てる事ができない。それは決して変える事のできない律であり、宿命なのよ」
珍しくメリーが真面目な事を言っているが、結局の所そうなのだろう。宇宙は人間にとって余りにも広すぎる存在であり、持て余す存在でしかない。私達人間には一つの惑星の地べたがお似合いだって事なのかもしれない。
「まあ、こんな話は置いといて。向こうに着いたら何を買う?」
「そうね、とりあえず月の石はいらないわね。月面煎餅とか、月面饅頭とか売っていたら買おうかしら。あ、でも、月面基地で円って使えたっけ?」
メリーのふとした疑問に、私は通貨の事を失念していた事に気が付いた。基本的に私達は普通の大学生だから、財布の中には円しか入っていない。そして、更に問題なのはその財布の中身だったりもする。
「ねえ蓮子、両替所ってあると思う?」
「そんな事よりもメリー、あなたの財布の中身ってどうなの?」
「まだ給料日前だから、あまり暖かいとは言えないわね。蓮子の方はどうなの?」
「私も同じ様なものよ。不味いわね、せっかく月まで来たっていうのに……」
しかし、私達はもう一つ忘れていた。月面基地での売り物には多大なる人件費や輸送コスト、その他経費が掛かっている事に。
~誤算その七~
カードをめくる。4。これで私の持ち札である3と5を合わせて12になった。これで9のカードが来れば私の勝ちとなる。
「それにしても、世の中なんか間違っているわよね。私達一般市民ができない事をペットができるなんて。犬や猫に月の大地を踏みしめた事に感動を覚える訳無いのに。むしろ、ペットの方々にとってこんな遠くへ連れてこられて迷惑していると思うわ」
「しょうがないわよ、メリー。お金持ちの人って、何故か愛犬家や愛猫家が多いんだもの。きっと成り上がって行く過程で、散々裏で人様には言えない事してきたから世間からは何だかんだ言っても冷たい目で見られて、結局のところ心を開いてくれるのが自分のペットだけになってしまったのね」
「なんだかひがみっぽく聞こえるけど、お金を儲けようとしたらそうなるわよね。誰かが富めば誰かが貧しくなるしかないんだし。でもペット同伴で月面旅行ってのもすごい話だと思うわ」
メリーがカードをめくる。私もカードをめくり、持ち札を確認した。これで13となり、9以上のカードが来ればゲームオーバーだ。
私達が使っているトランプは宇宙仕様のトランプで、カード一枚一枚にマグネットが内蔵されていて、無重力状態でもバラけないようになっている代物だ。ついでに別売りのマグネット内臓の板をカード置き場に利用すれば、より簡単に遊ぶことができるようになる。
「ちょっとメリー、手荒に扱わないでよ。これトランプのくせに高かったんだからね」
「蓮子は神経質になりすぎよ。確かに高かった事は認めるけど。あーあ、もっと安かったらいろんな物が買えたのになあ。宇宙麻雀とか、宇宙将棋とか、宇宙算盤とか」
なんだかカラー雛の延長上のような気がするが、きっと気にしたら負けなのだろう。こういうのはその場の雰囲気とノリに身を任せるのが一番だ。そして、私の持ち札が16となった。
「それにしても、残念だったわ。せっかく月の兎さん達に会って兎耳を引っ張ってこようと思っていたのに、結局月の都に行けなかったわ」
「しかたないじゃない、ただの月面と月の都を隔てている結界まで行くのに、一旦は月面基地を出なくちゃいけないんだから。いくらなんでも宇宙服を盗めばばれるわよ」
「まったく、世の中には心が狭い人ばかりで嫌だわ。皆私ぐらい心が広ければいいのに」
何か聴こえた気がするが、とりあえず聴かなかった事にしてカードをめくった。3。これはかなりきわどい賭けになりそうだった。
「まあでも、これもいい記念になったから良しとするわ。蓮子と二人で月まで旅行ができたんですもの。薄暗い密室で蓮子と二人っきりで過ごした事は末代まで語り継がせるわ」
「……私としてはパッと月まで行ってパッと月から帰りたかったのだけどね。そうすれば必要の無い苦労をしなくてもすんだのに」
「なあに、まだ帰り方法をスペ-スシャトルにした事を根に持っているの?駄目よ、蓮子。そんな余裕の無い心を持っていては。そんな事では一生走り続けるだけの歯車という名のお人形さんになってしまうわ」
「メリーがただ単にノンビリマッタリノホホーンとしているだけよ」
「もう、分かっていないわね。旅行っていうのは、その場所へ行く事も楽しまなくては駄目なのよ。何でもかんでもパッと欲しい物を欲しがったり、パッと結論を出したがったりするのは最近の若い者の悪い所だわ」
色々と突っ込みたいところがあるが、とりあえず私はストップする事にした。手持ちの札が19というのはなんとも微妙なところであるが、これ以上カードを引くのはリスクが高すぎる。
「いいじゃない、今回は前回の失敗を生かして動物舎にしたんだから。ここなら客室と変わらず快適に過ごす事ができるわ」
「それはそうなんだけど、吠え出したりしないか心配だわ」
「蓮子は心配性ね。大丈夫よ、無重力状態に酔わないように軽く麻酔で眠らせているみたいだから」
月面基地で手に入れてきたツアー用パンフレットを見ながら、メリーがカードをめくった。そして、またカードをめくり、更にカードをめくった。
「ねえメリー、聞くけど貴方21をとうに超えているでしょう?」
「あら、流石は蓮子。私の事なら何でもお見通しってわけね。怖いわ、私の隅から隅まで知り尽くされているだなんて」
「それだけカードを引けば誰だって分かるわよ!」
「だって、酷いと思わない?たった二枚でもうゲームセットなのよ」
~誤算その八~
色々と慌しかった突発性の旅行を終えてから一夜がたって、私達はいつもの様に大学構内のカフェテラスで午後のコーヒーと洒落込んでいた。
「ふぁ、ああああ。流石に昨日の今日じゃあ眠気が取れないわね。今日の講義はなんかほとんど睡眠時間に割り当てていたし」
「本当ね。講義があれほど煩わしいと思った事は無かったわ。あまりに睡魔との闘いが劣勢になったから、思わず世界なんて滅んでしまえって呪ったくらいだし。私が目を開けながら眠る技を編み出していなかったら、今頃世界はどうなっていたかしら?」
そんな事でお手軽に世界が滅んだら、とっくの昔に世界は数十万回ぐらい滅んでいる。しかし、私もしきりに私の睡眠を妨げてくる嫌な教授に対しては心の中で指を立てていた事は否めない。
「でも、月に行けて本当に良かったわ。無重力も体験できたし、スペースシャトルには乗れたし、蓮子と良い思い出ができたし。心残りとしてはお土産が満足に買えなかったくらいね」
「そうね、帰りに予想外の寄り道までしちゃったものね。月面旅行のついでにアメリカ旅行までできたんだもの。密航の次いで密入国まで体験できたんだから、嬉しくて涙が出そうになるわ」
あれは本当に勘弁して欲しかった。スペースシャトルを例のごとく忍び出ると、そこには自由と正義の核の国が眼前に広がっていた。当然日本に帰ってきていると思い込んできた私達が面食らった事は言うまでもない。
「もう連子ったら。せっかくフリーダムでジャスティスな国を拝見できて、ついでに本場のアメリカンドックを堪能できたんだからいいでしょう?」
「……まあ無事にこうして帰ってこれたんだから良いんだけど。でも次にこういう場合があったら、ちゃんと行き先だけは確認してね。次があればの話だけど」
ずずず、とコーヒーをマッタリと飲む。こうして眠気を抑えながらノンビリとラウンジでコーヒーを飲んでいると、メリーに連れられて大騒ぎをした時間が嘘のようだ。私としては半分は嘘であってほしいが。通帳の中身とか、財布の中身とか、懐具合とか。
「でも、やっぱり宇宙っていいわね」
「そうね、やっぱり宇宙には魅力があるわ。けっして手に入れられないものを求めるのは人類の性ってやつね。」
宇宙は人間の手に余るものでしかない。しかし、だからこそそれを手に入れようとする気持ちは分からないでもない。私だって決して買う事の出来ない値段の物に溜息をつく事だってある。
「宇宙、か。そうだ、ねえ蓮子」
「断る」
何かを思いついたメリーだが、私は瞬時に提案を跳ね除けた。
「えええ、まだ何も言っていないじゃない。最後まで聞くだけ聞いてよ」
「でも断る」
「酷いわ、蓮子。私と貴方の仲じゃない」
「だからこそ断る」
「ちょっとだけ、ちょとだけでも聞いてよ。どうせ減るものじゃないんだし」
「減るから断る」
こうして、私達の押し問答はかれこれ一時間続く事になった。
六文得してるよ蓮子w
それはさておきメリー自由自在過ぎるwww
昨日大空魔術買ってきたばかりの私にはタイムリーで楽しめました
なんかこう、ずれてるようなずれてないような言葉の掛け合いが
>シャトルのブースーター ブースターですね
>>名前が無い程度の能力さん
>2枚でゲームセット
つまりメリーは最初の2枚でブラックジャックが完成していたんだ…ってちょwメリーwww
ということ。
貨物室の『床』と点火してから角度をつけた点から見るに、SSTOの類ですな。
シャトルと言うよりプレーン。
便乗してマメ知識。
1、宇宙空間は真空(正確にはほぼ同然)なので、熱を伝える物があまりというか殆ど無い。
太陽などから熱を受けたりすれば温まるが、放射冷却しないので、内部の大気を完全に循環させている場合は、熱が逃げるのは非常にゆっくりになる。
どこぞの月面探査船13号はフィルターの性能に限界があり排気していたため、熱が逃げる(新たに供給された酸素含有気体は若干冷えている)。
よって飛行機の減圧その他による冷却とは、実は少々勝手が異なる。
2、最低限、天地上下を認識させるだけの上下がないと、人間の自律神経その他にかなりの負荷が蓄積し、健康を害するらしい。
蓮子とメリーの会話は、その意味でも的を『射て』いる。
以上。
プランクより頭良いと自負する蓮子とBJを持ちかける時点で、遊んでるだけなのは明白。
それでなお運だけで勝つとは流石メリー。