魔理沙の宅急便
第一話・紅魔館にお届け物
昼下がり――を辞書で引いたとしたら、おそらく今のような状況が最適ではないだろうか。そのように思えるほど、実に心地よい午後二時であった。空から差す日の光は、照らされた者の心を和やかにし、空の散歩へと誘ってしまうのである。
博麗霊夢も、やはり午後の誘惑に負けて、神社の掃除をさぼり空中散歩を楽しんでいた。
さすが博麗の巫女といったところか、眠るが如く空を飛ぶ。
ゆんらり、ゆんらり。
ふんわり、ふんわり。
脱力に脱力を重ね、ついつい本当に眠ってしまいそうになる。
変な妖怪が出てきたら面倒だが、何か変わったことは起こらないだろうか。
そんなことを考えながら、霊夢は空を飛ぶ。
とその時、視界の端を一筋の流星が流れていくのが見えた。
いや、流星にしてはずいぶんと黒っぽい。
あぁ、あれは魔理沙だなぁ……と霊夢は気づく。
流星、もとい魔理沙は湖の方向へ飛んでいく。
まさか、彼女がチルノあたりに用事があるはずもない。おそらく、向かっている先は紅魔館ではなかろうかと霊夢は推測する。
お得意の超低速から、少々面倒くさそうに速度を上げる。
水辺で速度を上げると、お腹が冷えるんだよなぁ。
そんなことを考えながら飛んでいると、湖の中心当たりで距離的には魔理沙に追いついた。とはいえ、魔理沙は水面ギリギリを飛んでいるので、霊夢は高度を下げなくてはならなかった。
箒の穂先が、湖をモーゼのように二分している。誇張表現されているが、だいたいそんな風の豪快さがある。
「なーにしてんのよ」
魔理沙の横に並んだ霊夢は、こんにちはの挨拶よりも先に聞いてみた。
前方に集中しきっていた魔理沙は、霊夢の顔を二度見した。
「湖畔に霊夢とは、そっちこそどうした」
「湖畔は湖のほとり。ここは湖畔じゃないの」
水しぶきが素肌に当たり、つめたっ、と声をあげる霊夢。
「散歩の途中に魔理沙を見かけたから、適当についてきたのよ」
「だからといって、背後から突然現れるのはナシだぜ。こっちは仕事中。大事なお荷物をガマガエルの餌にしちまったらどうするんだ」
「仕事中?」
見ると箒の柄の先端に、小包がくくりつけられていた。
大きさは片手でも持ち運べる程度。箒にくくりつけて運ぶような、たいそうな代物には見えなかった。
まぁ、中身はとりあえず考察の外に置いておく。
何より霊夢が気になったのは、魔理沙が『働いている』という事実だった。
「あなたが働いてるなんて、一体全体どうしたっていうの? 働いたら負けだ……って、いつも私に言い聞かせてたじゃない」
「少々、金が入り用になってな。香霖堂で宅配の仕事があるって言うから、ちょいとやらせてもらうことになった」
なるほどな、と霊夢は半分くらい納得する。
「名付けて『魔理沙の宅急便』。どこぞの何かみたいでオツなもんだろ」
「どうだかねぇ」
岸部の方で、誰かの悲鳴。
あー、チルノがお化け蛙に襲われてる。
視線を魔理沙に戻し、
「それで、盗んでばっかのあなたが、お金を貯めて何を買うつもり?」
霊夢が質問すると、魔理沙は妙なタイミングで笑った。
「おいおい、それを聞くのは野暮ってもんだぜ」
「なによー、ずいぶんと秘密主義なのね」
「まぁ、拗ねるなって。しかるべき時が来たら、酒の席ででも教えてやるから」
「つまりは、酒の用意がなければしゃべらないってことか。都合が良すぎ」
まぁ、そこんところは頼むぜ。
だいぶ対岸が近くなってきたので、魔理沙は箒の速度を落とし始める。
それに倣い、霊夢も徐々に速度を落とす。
車は急に止まれない……と、ね。
「それじゃぁ、箱の中身くらいは教えてくれるんでしょうね? 注文主は誰? 紅魔館の面子が相手だと、何がなんだか想像もつかないんだけど」
それを聞くと、魔理沙はずいぶんと困ったような顔をした。
「それが、全く持って分かってないんだよなぁ、これが」
「どういうこと?」
「香霖堂に品物を取りに行ったら、もう梱包済みでさ。中身を明けてやろうと思ったら、商売なんだから客を優先しろ――だってよ。霖之助の方が、よっぽど商売してねーじゃん」
「魔理沙に一理あり、ね。それで、注文主の方は?」
「レミリア」
「レミリアぁ?」
小さかった紅の館が、徐々にその全貌を表す。全体が赤に染められた館は、遠くからでは輪郭が取りにくく、一体どんな形をしているのかもよく分からない。窓も少ないため、何階建てなのかもいまいち判断できない。
唯一分かっていることと言えば、ぼろっちぃ門に、一人の門番。
なぁに、入ってみれば分かることだ。
「……まさか箱の中身を見ずに帰るつもりじゃないんでしょ?」
霊夢が聞くと、魔理沙は視線を門に定めたまま答えた。
「ったりまえだぜ」
◇ ◆ ◇ ◆
そして二人は案の定、門番に足止めを食らっていた。
紅魔館は、いつも門だけ赤色に塗られていない。なぜかと言えば、その理由は至極簡単。どこぞのナニガシ達が、紅魔館を訪れるたびに吹っ飛ばしているためである。
いつもとは言っても、それは『紅霧の一件』からのこと。紅魔館の住人達は、あの日以来、この器物を頭痛く思っていた。
そんなわけで、門番の中国娘も来客には非道く慎重である。
「怪しい奴は通しません」
頑として門前から退かない美鈴。
紅白と白黒は、いかがしたものかと顔を見合わせる。
「まぁ、アレだぜ。主人が怒って出てこないうちに、私らを通した方が無難だぜ。門番としちゃぁ、VIPの待遇を悪くするのはいかんだろう」
「誰がVIPですかっ! 毎度毎度、紅魔館の門を壊してるのは誰だと思ってるんですかっ!」
魔理沙は隣に立っている霊夢を見る。
「霊夢とか、霊夢とか、霊夢とか」
「なーんで私なのよ」
「おまえ、紅魔郷の主人公が他に何人いると思ってるんだよ」
心外だ、と霊夢は思う。自分が使っている護符は、身を切る鋭さはあっても門をぶちこわすほどの威力はない。だいたい、ホーミング弾でどうやって鋼鉄の門を破壊するというのだろうか。
ごほん、と美鈴は咳払いをする。
自分という存在が薄くなった時の対処法、咳払い。
「とにかく、あなたたち二人は要注意人物なんです。しっかりとした確認がとれるまでは、中に入れることは出来ません」
「こっちは宅配便だぜ。それに、門番はお前一人しかいないのに、どうやって館の主に確認を取りに行くんだ?」
「あ――」
凍り付く門番。
二人はその隙に、門の錠前に手をかける。
その途端、怒鳴り声とともに虹色散弾がほとばしる。
弾幕慣れしている二人は反射的に飛び退き、ちょいとしたヒステリックの門番から距離をとった。
ツッコミ入れるまで時間がかかりすぎだ、と巫女は心の中で批評する。
「あーもうっ、とにかくここは通しません! この前も、その前も、そのまた前も部外者の侵入を許したせいで、現在ただ働き状態なんです! もう、これ以上の侵入者は許しません!」
構えを取り、新しくグラデーションなくさびを五指に挟む。いつもはどこか間の抜けた美鈴の戦闘スタイルであるが、本日はお日柄も良く、いつもとは気合いの入りようが違った。
それを見た魔理沙は、溜息を一つついて、箒にまたがった。
「そっちがその気なら、こっちだって黙っちゃいられないぜ」
にらみ合う両者。
戦闘開始の合図を出してやろうと、霊夢が両手を広げる。
そこで、銀翼一閃。
両者に境界線を引くかの如く、地面にナイフが突き刺さる。
「うちの門番がとんだ失礼を」
「いやいや、いつものことだぜ」
門を飛び越えて現れたのは、紅魔館のメイド長である十六夜咲夜。ナイフを一列に地面へ突き刺す当たり、いやはや、投擲の腕前はさすがといったところ。
地面に刺さったナイフ達を呼び戻し(実にエコ)、それからメイド長は門番に眼光を叩きつけた。
「レミリア様宛の小包が届いたら、受け取っておくようにと言ったでしょうが」
「ひゃぃぃ……き、聞いてないですよぉ……」
「これ以上、失態を犯した場合は、新聞紙の上で寝るようになるから覚悟すること」
「あ、あんまりですーっ!」
膝をつき、この世の終わりかという風にうなだれる美鈴。
同情してやりたい霊夢であったが、しかし昨今の賽銭具合を考えると、まぁいいか……という気分になった。
一通り門番を叱りつけた咲夜は、魔理沙から小包を受け取る。
「時間帯指定のことを考えれば、四時間前に出直しなってところなんだけど」
「朝は苦手なんでな。吸血鬼にとっちゃぁ、荷物が朝に届こうが昼に届こうが、そんなに関係ないだろ?」
「まぁいいわ。はい、判子」
「サンキュ」
小包を持って、使用人専用のドアから咲夜はすたすたと紅魔館に戻っていく。
なるほど、門の脇にそんな便利なドアがついていたのか。いつもここから入れば、門をぶち破る必要なんてないのだなぁ。ちょっとした時代劇だ。
霊夢はそんなことを考えながら、ドアノブに手をかける。
横目で魔理沙と美鈴を見てみると、二人は懲りずに対峙していた。
「ほらほら、用事が済んだなら、とっとと帰って下さいよ!」
「おっと、そうは行かないぜ。せっかくここまで来たんだ。事の真相と、茶の一杯ぐらいはご馳走してもらわないとな」
◇ ◆ ◇ ◆
勝手知ったる人の家。
使用人の入り口から敷地内へ、数少ない開いている窓から紅魔館内部へ侵入した霊夢は、薄暗い中をティールームに向かって歩いていた。
腹時計は午後三時を指している。行けば、ちょうど紅茶と茶菓子が用意されていることだろう。
ノックとか特になし。ティールームのドアを開けると、やっぱり来たか、という表情でレミリアと咲夜、それからパチュリーが席に着いていた。
「いつもの通り、勘を頼りに真相を暴きに来たわよ」
「まったくもって暇なものだねぇ、霊夢も」
と笑うは館の主、レミリア。
彼女の目の前には、例の小包が置かれている。
紅茶を用意するために席を立つ咲夜。
それと入れ替わりに、霊夢は空いている席に着く。
「通販を勧めたのは私なんだけど、失敗だったようね」
第三者を気取っていた魔女が本を閉じる。
運ばれた紅茶に、霊夢は口をつける。
「なに、パチュリーは通販なんてするんだ」
「図書館というものは、本を『貯蔵している』だけではなく、本を新しく『貯蔵する』のも機能の一つ。さすがに大図書館とはいえども、世の中の森羅万象を知っているわけではないの」
「ふーん、それで通販ねえ」
席についた一同、館の外から爆発音が聞こえて振り返る。
「レーザー砲と散弾銃、どっちが勝つかしら?」
館の主人はまたもや笑う。否、嗤うと形容すべきか。
「レーザー砲に一票」
と手を挙げる霊夢。
そして場が静まる。
「レーザー砲一票、棄権三票。この投票は無効ね」
くすくす嗤うレミリア。
自分の部下のことを考えると溜息が出る咲夜。
そして再び本に没頭し始めたパチュリー。
霊夢は茶菓子に手を伸ばす。クッキーだ。咲夜の手作りだろうか。
「それで、その小包の中身は何? わざわざ通販で頼んだって事は、本来なら咲夜にだって中身を知られたくないものなんでしょ?」
同じくレミリアはクッキーを口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼している間が、霊夢には煩わしく感じられる。
「これ、見てよ」
「ん、なにこれ?」
レミリアから一枚の紙切れを手渡される。
見てみると、香霖堂の通販案内だった。
「注文主のプライバシーは守ります。……えーと、伝票に商品名は記載されませんので、運び屋にも中身が知られることはありません」
霊夢は通販案内をくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱にぽいと投げ捨てた。
「あんなの、魔理沙が運んでる時点で、あってないようなものじゃない」
「少しはマシな奴が運んでくると思ったのよ」
「例えば誰?」
「誰って聞かれると困るわね。これだから、紅魔館は常に人材不足なのよ。ねぇ、咲夜」
突然話題を振られた咲夜は、紅茶を飲んでいる最中にいきなり咳き込んだ。
ゲホ、ゲホッ。
「……そんなことを言われてもですね、お嬢様、金銭的にこれ以上は雇えませんよ」
「お金くらい、パチュがどうにかしてくれるでしょ?」
ちらりとレミリアを見て、パチュリーはすぐさま本に視線を戻す。
「私は魔法使いであって、錬金術師ではないの」
「それじゃぁ、咲夜。あの無能な門番を、いい加減、解雇したらどうなの?」
「そんな適当でたいそうな注文をつけないで下さいよ。美鈴は美鈴なりに、結構頑張ってる――はずです」
「あら、そう……」
おぉ、それなりに良い先輩に恵まれているじゃないか美鈴、などと感心する霊夢。しかし、話題がどんどんずれていることに気づき、素早く話を元に戻す。
「とにかく、私としては小包の中身を見てみたいんだけど」
だだっ子を眺めるかのように、レミリアはふんと鼻で笑う。
「本当は自分の部屋でこっそりと使うつもりだったんだけどね」
レミリアは咲夜の前に小包を押し出す。
腰からナイフを抜いて、咲夜は丁寧に小包を開封した。敷き詰められた古新聞を取り払い、中から品物を引っ張り出す。
小包の中身は、プラスチック製の小瓶だった(プラスチックで瓶とはまたおかしいか)。ラベルには、異国の言葉がずらずらと印刷されている。
「何これ、字が読めないんだけど」
と霊夢が言うと、またわずかに目線を上げたパチュリーが、ぼそりと呟いた。
「日焼け止めクリーム」
さて、レミリアは日焼け止めクリームなる品を手元に引き寄せると、さっそくキャップを取り外し、使ってみることにした。手のひらに落ちる乳白色の液体を、その細くて白い腕の上で引き延ばしていく。
「私って、ほら、昼間に外出する時は、いつも咲夜に日傘を差させてたでしょう。そうでもなくちゃ、気分が悪くて太陽の下には出られないからねぇ」
「あぁ、なるほど」
「日焼け止めクリームを使えば、太陽の下でも平気でいられるのだろうけど、吸血鬼がこんなものに頼るのって格好悪いでしょ? だから知られたくなかったわけ」
レミリアは手を拭いて、日焼け止めクリームのキャップを閉じると、席を立った。
「どこかに出かけるつもり?」
と霊夢が聞くと、レミリアは立った席にまた座った。
「そういえば、出かける先がないわねぇ」
「夜の宴会ぐらいにしか出かけないあなたが、一体どこに出かけるつもりなの?」
それもそうね……、と深く席に腰掛け直す。
「それでも、堂々と朝帰りくらいは出来るわね。咲夜、紅茶のお代わりを頂戴」
クッキーに手を伸ばそうとしていた咲夜は、主の命に従って席を立つ。
「かしこまりました」
「あ、私のもお願いね」
「はいはい」
咲夜がティーポットの中身を確認していると、突然、ティールームのドアが蹴り開けられた。
紅魔館の門を吹き飛ばす奴が少なければ、ドアを蹴り開ける奴はなお少ない。一同、そろいもそろって『やれやれ』という顔を当人に向けた。
数発被弾したようで、魔理沙のスカートやらブラウスやらに切れ込みが入っている。しかし、そんな事を気にすることなく、魔理沙は空いている席についた。
「それで、小包の中身は何だったんだ?」
紅茶を待たずして茶菓子をいただく魔理沙に、霊夢とレミリアが声を合わせて答えた。
「「別に、たいしたものじゃないわよ」」
(おしまい)
第一話・紅魔館にお届け物
昼下がり――を辞書で引いたとしたら、おそらく今のような状況が最適ではないだろうか。そのように思えるほど、実に心地よい午後二時であった。空から差す日の光は、照らされた者の心を和やかにし、空の散歩へと誘ってしまうのである。
博麗霊夢も、やはり午後の誘惑に負けて、神社の掃除をさぼり空中散歩を楽しんでいた。
さすが博麗の巫女といったところか、眠るが如く空を飛ぶ。
ゆんらり、ゆんらり。
ふんわり、ふんわり。
脱力に脱力を重ね、ついつい本当に眠ってしまいそうになる。
変な妖怪が出てきたら面倒だが、何か変わったことは起こらないだろうか。
そんなことを考えながら、霊夢は空を飛ぶ。
とその時、視界の端を一筋の流星が流れていくのが見えた。
いや、流星にしてはずいぶんと黒っぽい。
あぁ、あれは魔理沙だなぁ……と霊夢は気づく。
流星、もとい魔理沙は湖の方向へ飛んでいく。
まさか、彼女がチルノあたりに用事があるはずもない。おそらく、向かっている先は紅魔館ではなかろうかと霊夢は推測する。
お得意の超低速から、少々面倒くさそうに速度を上げる。
水辺で速度を上げると、お腹が冷えるんだよなぁ。
そんなことを考えながら飛んでいると、湖の中心当たりで距離的には魔理沙に追いついた。とはいえ、魔理沙は水面ギリギリを飛んでいるので、霊夢は高度を下げなくてはならなかった。
箒の穂先が、湖をモーゼのように二分している。誇張表現されているが、だいたいそんな風の豪快さがある。
「なーにしてんのよ」
魔理沙の横に並んだ霊夢は、こんにちはの挨拶よりも先に聞いてみた。
前方に集中しきっていた魔理沙は、霊夢の顔を二度見した。
「湖畔に霊夢とは、そっちこそどうした」
「湖畔は湖のほとり。ここは湖畔じゃないの」
水しぶきが素肌に当たり、つめたっ、と声をあげる霊夢。
「散歩の途中に魔理沙を見かけたから、適当についてきたのよ」
「だからといって、背後から突然現れるのはナシだぜ。こっちは仕事中。大事なお荷物をガマガエルの餌にしちまったらどうするんだ」
「仕事中?」
見ると箒の柄の先端に、小包がくくりつけられていた。
大きさは片手でも持ち運べる程度。箒にくくりつけて運ぶような、たいそうな代物には見えなかった。
まぁ、中身はとりあえず考察の外に置いておく。
何より霊夢が気になったのは、魔理沙が『働いている』という事実だった。
「あなたが働いてるなんて、一体全体どうしたっていうの? 働いたら負けだ……って、いつも私に言い聞かせてたじゃない」
「少々、金が入り用になってな。香霖堂で宅配の仕事があるって言うから、ちょいとやらせてもらうことになった」
なるほどな、と霊夢は半分くらい納得する。
「名付けて『魔理沙の宅急便』。どこぞの何かみたいでオツなもんだろ」
「どうだかねぇ」
岸部の方で、誰かの悲鳴。
あー、チルノがお化け蛙に襲われてる。
視線を魔理沙に戻し、
「それで、盗んでばっかのあなたが、お金を貯めて何を買うつもり?」
霊夢が質問すると、魔理沙は妙なタイミングで笑った。
「おいおい、それを聞くのは野暮ってもんだぜ」
「なによー、ずいぶんと秘密主義なのね」
「まぁ、拗ねるなって。しかるべき時が来たら、酒の席ででも教えてやるから」
「つまりは、酒の用意がなければしゃべらないってことか。都合が良すぎ」
まぁ、そこんところは頼むぜ。
だいぶ対岸が近くなってきたので、魔理沙は箒の速度を落とし始める。
それに倣い、霊夢も徐々に速度を落とす。
車は急に止まれない……と、ね。
「それじゃぁ、箱の中身くらいは教えてくれるんでしょうね? 注文主は誰? 紅魔館の面子が相手だと、何がなんだか想像もつかないんだけど」
それを聞くと、魔理沙はずいぶんと困ったような顔をした。
「それが、全く持って分かってないんだよなぁ、これが」
「どういうこと?」
「香霖堂に品物を取りに行ったら、もう梱包済みでさ。中身を明けてやろうと思ったら、商売なんだから客を優先しろ――だってよ。霖之助の方が、よっぽど商売してねーじゃん」
「魔理沙に一理あり、ね。それで、注文主の方は?」
「レミリア」
「レミリアぁ?」
小さかった紅の館が、徐々にその全貌を表す。全体が赤に染められた館は、遠くからでは輪郭が取りにくく、一体どんな形をしているのかもよく分からない。窓も少ないため、何階建てなのかもいまいち判断できない。
唯一分かっていることと言えば、ぼろっちぃ門に、一人の門番。
なぁに、入ってみれば分かることだ。
「……まさか箱の中身を見ずに帰るつもりじゃないんでしょ?」
霊夢が聞くと、魔理沙は視線を門に定めたまま答えた。
「ったりまえだぜ」
◇ ◆ ◇ ◆
そして二人は案の定、門番に足止めを食らっていた。
紅魔館は、いつも門だけ赤色に塗られていない。なぜかと言えば、その理由は至極簡単。どこぞのナニガシ達が、紅魔館を訪れるたびに吹っ飛ばしているためである。
いつもとは言っても、それは『紅霧の一件』からのこと。紅魔館の住人達は、あの日以来、この器物を頭痛く思っていた。
そんなわけで、門番の中国娘も来客には非道く慎重である。
「怪しい奴は通しません」
頑として門前から退かない美鈴。
紅白と白黒は、いかがしたものかと顔を見合わせる。
「まぁ、アレだぜ。主人が怒って出てこないうちに、私らを通した方が無難だぜ。門番としちゃぁ、VIPの待遇を悪くするのはいかんだろう」
「誰がVIPですかっ! 毎度毎度、紅魔館の門を壊してるのは誰だと思ってるんですかっ!」
魔理沙は隣に立っている霊夢を見る。
「霊夢とか、霊夢とか、霊夢とか」
「なーんで私なのよ」
「おまえ、紅魔郷の主人公が他に何人いると思ってるんだよ」
心外だ、と霊夢は思う。自分が使っている護符は、身を切る鋭さはあっても門をぶちこわすほどの威力はない。だいたい、ホーミング弾でどうやって鋼鉄の門を破壊するというのだろうか。
ごほん、と美鈴は咳払いをする。
自分という存在が薄くなった時の対処法、咳払い。
「とにかく、あなたたち二人は要注意人物なんです。しっかりとした確認がとれるまでは、中に入れることは出来ません」
「こっちは宅配便だぜ。それに、門番はお前一人しかいないのに、どうやって館の主に確認を取りに行くんだ?」
「あ――」
凍り付く門番。
二人はその隙に、門の錠前に手をかける。
その途端、怒鳴り声とともに虹色散弾がほとばしる。
弾幕慣れしている二人は反射的に飛び退き、ちょいとしたヒステリックの門番から距離をとった。
ツッコミ入れるまで時間がかかりすぎだ、と巫女は心の中で批評する。
「あーもうっ、とにかくここは通しません! この前も、その前も、そのまた前も部外者の侵入を許したせいで、現在ただ働き状態なんです! もう、これ以上の侵入者は許しません!」
構えを取り、新しくグラデーションなくさびを五指に挟む。いつもはどこか間の抜けた美鈴の戦闘スタイルであるが、本日はお日柄も良く、いつもとは気合いの入りようが違った。
それを見た魔理沙は、溜息を一つついて、箒にまたがった。
「そっちがその気なら、こっちだって黙っちゃいられないぜ」
にらみ合う両者。
戦闘開始の合図を出してやろうと、霊夢が両手を広げる。
そこで、銀翼一閃。
両者に境界線を引くかの如く、地面にナイフが突き刺さる。
「うちの門番がとんだ失礼を」
「いやいや、いつものことだぜ」
門を飛び越えて現れたのは、紅魔館のメイド長である十六夜咲夜。ナイフを一列に地面へ突き刺す当たり、いやはや、投擲の腕前はさすがといったところ。
地面に刺さったナイフ達を呼び戻し(実にエコ)、それからメイド長は門番に眼光を叩きつけた。
「レミリア様宛の小包が届いたら、受け取っておくようにと言ったでしょうが」
「ひゃぃぃ……き、聞いてないですよぉ……」
「これ以上、失態を犯した場合は、新聞紙の上で寝るようになるから覚悟すること」
「あ、あんまりですーっ!」
膝をつき、この世の終わりかという風にうなだれる美鈴。
同情してやりたい霊夢であったが、しかし昨今の賽銭具合を考えると、まぁいいか……という気分になった。
一通り門番を叱りつけた咲夜は、魔理沙から小包を受け取る。
「時間帯指定のことを考えれば、四時間前に出直しなってところなんだけど」
「朝は苦手なんでな。吸血鬼にとっちゃぁ、荷物が朝に届こうが昼に届こうが、そんなに関係ないだろ?」
「まぁいいわ。はい、判子」
「サンキュ」
小包を持って、使用人専用のドアから咲夜はすたすたと紅魔館に戻っていく。
なるほど、門の脇にそんな便利なドアがついていたのか。いつもここから入れば、門をぶち破る必要なんてないのだなぁ。ちょっとした時代劇だ。
霊夢はそんなことを考えながら、ドアノブに手をかける。
横目で魔理沙と美鈴を見てみると、二人は懲りずに対峙していた。
「ほらほら、用事が済んだなら、とっとと帰って下さいよ!」
「おっと、そうは行かないぜ。せっかくここまで来たんだ。事の真相と、茶の一杯ぐらいはご馳走してもらわないとな」
◇ ◆ ◇ ◆
勝手知ったる人の家。
使用人の入り口から敷地内へ、数少ない開いている窓から紅魔館内部へ侵入した霊夢は、薄暗い中をティールームに向かって歩いていた。
腹時計は午後三時を指している。行けば、ちょうど紅茶と茶菓子が用意されていることだろう。
ノックとか特になし。ティールームのドアを開けると、やっぱり来たか、という表情でレミリアと咲夜、それからパチュリーが席に着いていた。
「いつもの通り、勘を頼りに真相を暴きに来たわよ」
「まったくもって暇なものだねぇ、霊夢も」
と笑うは館の主、レミリア。
彼女の目の前には、例の小包が置かれている。
紅茶を用意するために席を立つ咲夜。
それと入れ替わりに、霊夢は空いている席に着く。
「通販を勧めたのは私なんだけど、失敗だったようね」
第三者を気取っていた魔女が本を閉じる。
運ばれた紅茶に、霊夢は口をつける。
「なに、パチュリーは通販なんてするんだ」
「図書館というものは、本を『貯蔵している』だけではなく、本を新しく『貯蔵する』のも機能の一つ。さすがに大図書館とはいえども、世の中の森羅万象を知っているわけではないの」
「ふーん、それで通販ねえ」
席についた一同、館の外から爆発音が聞こえて振り返る。
「レーザー砲と散弾銃、どっちが勝つかしら?」
館の主人はまたもや笑う。否、嗤うと形容すべきか。
「レーザー砲に一票」
と手を挙げる霊夢。
そして場が静まる。
「レーザー砲一票、棄権三票。この投票は無効ね」
くすくす嗤うレミリア。
自分の部下のことを考えると溜息が出る咲夜。
そして再び本に没頭し始めたパチュリー。
霊夢は茶菓子に手を伸ばす。クッキーだ。咲夜の手作りだろうか。
「それで、その小包の中身は何? わざわざ通販で頼んだって事は、本来なら咲夜にだって中身を知られたくないものなんでしょ?」
同じくレミリアはクッキーを口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼している間が、霊夢には煩わしく感じられる。
「これ、見てよ」
「ん、なにこれ?」
レミリアから一枚の紙切れを手渡される。
見てみると、香霖堂の通販案内だった。
「注文主のプライバシーは守ります。……えーと、伝票に商品名は記載されませんので、運び屋にも中身が知られることはありません」
霊夢は通販案内をくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱にぽいと投げ捨てた。
「あんなの、魔理沙が運んでる時点で、あってないようなものじゃない」
「少しはマシな奴が運んでくると思ったのよ」
「例えば誰?」
「誰って聞かれると困るわね。これだから、紅魔館は常に人材不足なのよ。ねぇ、咲夜」
突然話題を振られた咲夜は、紅茶を飲んでいる最中にいきなり咳き込んだ。
ゲホ、ゲホッ。
「……そんなことを言われてもですね、お嬢様、金銭的にこれ以上は雇えませんよ」
「お金くらい、パチュがどうにかしてくれるでしょ?」
ちらりとレミリアを見て、パチュリーはすぐさま本に視線を戻す。
「私は魔法使いであって、錬金術師ではないの」
「それじゃぁ、咲夜。あの無能な門番を、いい加減、解雇したらどうなの?」
「そんな適当でたいそうな注文をつけないで下さいよ。美鈴は美鈴なりに、結構頑張ってる――はずです」
「あら、そう……」
おぉ、それなりに良い先輩に恵まれているじゃないか美鈴、などと感心する霊夢。しかし、話題がどんどんずれていることに気づき、素早く話を元に戻す。
「とにかく、私としては小包の中身を見てみたいんだけど」
だだっ子を眺めるかのように、レミリアはふんと鼻で笑う。
「本当は自分の部屋でこっそりと使うつもりだったんだけどね」
レミリアは咲夜の前に小包を押し出す。
腰からナイフを抜いて、咲夜は丁寧に小包を開封した。敷き詰められた古新聞を取り払い、中から品物を引っ張り出す。
小包の中身は、プラスチック製の小瓶だった(プラスチックで瓶とはまたおかしいか)。ラベルには、異国の言葉がずらずらと印刷されている。
「何これ、字が読めないんだけど」
と霊夢が言うと、またわずかに目線を上げたパチュリーが、ぼそりと呟いた。
「日焼け止めクリーム」
さて、レミリアは日焼け止めクリームなる品を手元に引き寄せると、さっそくキャップを取り外し、使ってみることにした。手のひらに落ちる乳白色の液体を、その細くて白い腕の上で引き延ばしていく。
「私って、ほら、昼間に外出する時は、いつも咲夜に日傘を差させてたでしょう。そうでもなくちゃ、気分が悪くて太陽の下には出られないからねぇ」
「あぁ、なるほど」
「日焼け止めクリームを使えば、太陽の下でも平気でいられるのだろうけど、吸血鬼がこんなものに頼るのって格好悪いでしょ? だから知られたくなかったわけ」
レミリアは手を拭いて、日焼け止めクリームのキャップを閉じると、席を立った。
「どこかに出かけるつもり?」
と霊夢が聞くと、レミリアは立った席にまた座った。
「そういえば、出かける先がないわねぇ」
「夜の宴会ぐらいにしか出かけないあなたが、一体どこに出かけるつもりなの?」
それもそうね……、と深く席に腰掛け直す。
「それでも、堂々と朝帰りくらいは出来るわね。咲夜、紅茶のお代わりを頂戴」
クッキーに手を伸ばそうとしていた咲夜は、主の命に従って席を立つ。
「かしこまりました」
「あ、私のもお願いね」
「はいはい」
咲夜がティーポットの中身を確認していると、突然、ティールームのドアが蹴り開けられた。
紅魔館の門を吹き飛ばす奴が少なければ、ドアを蹴り開ける奴はなお少ない。一同、そろいもそろって『やれやれ』という顔を当人に向けた。
数発被弾したようで、魔理沙のスカートやらブラウスやらに切れ込みが入っている。しかし、そんな事を気にすることなく、魔理沙は空いている席についた。
「それで、小包の中身は何だったんだ?」
紅茶を待たずして茶菓子をいただく魔理沙に、霊夢とレミリアが声を合わせて答えた。
「「別に、たいしたものじゃないわよ」」
(おしまい)