青空に高く昇った太陽、森の木々の切れ間から木漏れ日が水面に差し込む。
いつも通りの落ち着く景色の中、吾輩はいつも通りのんびりとした時を過ごしていた。
「ふむ…天下泰平にして吾輩の沼もいつも通りか」
吾輩はそう独語する。そんな吾輩に応えるかのように、微風が水面を走っていった…
大ガマが棲むここは、幻想郷のとある沼、今までは平穏無事の代名詞のようなこの沼だったが、この頃何かと騒がしかった。
その原因はとある妖精。そして、今回の物語は、その妖精とその友人、そしてこの沼の主の大ガマのちょっとした物語です…
さて、紹介が遅れたが、吾輩はこの沼の主である大ガマだ。数百年の時をこの沼で過ごし、やがて妖怪となった。
そして、それからはずっとこの沼を守って過ごしている。一歩も沼から出ることなく…
もっとも、守るといってもスペルカードの一枚も持たない吾輩が強力な妖怪達に正面から戦いを挑めるわけはなく、大体は沼の生き物を代表して話し合うか、さもなくばとっとと皆と一緒に隠れるかのどちらかなのだが…
勝てない相手に戦いを挑み、沼の生き物達を危険にさらすなど愚の骨頂なのだ。
それでも、相手が自分でも十分勝てる妖怪や妖精ならば、重い腰を上げて邀撃する。仲間が危険にさらされていたりだの、余程の事がない限りは勝つ見込みのない戦いはしないのだから大体はこれで勝てる。
そして、この沼ではそんな出来事は滅多にない、だから普段は友人と話をしたり、こうやってぼんやり考え事をして今まで過ごしてきたのだ。
失礼、紹介が長くなったな。年をとると無駄に話が長くなって困る。
吾輩が言いたかったのは、そんな吾輩の変化のない日常とこの平和な沼に、つい最近とある波乱要素が紛れ込んできたということなのだ。
沼の蛙たちを凍らせて遊び、吾輩が懲らしめたとある妖精。幾度かの戦いともいえない戦いの末、いつの間にか友人ともいえるようになったその妖精が、その波乱の原因だった。
む?その波乱とやらを知りたいとな。まぁ波乱はいくつもあったのだが、ではつい最近あったその内の一つを話すことにしようか…
~数日前~
「チルノちゃん!玄関に入る前にまず挨拶しなきゃだめだよ!!」
「大ちゃん、そんなの気にしなくてもいいのよ。あたい達は友達なんだから。大ガマっ!遊びにきてやったわよ…ぶっ!?」
「だから人の家に遊びに来るときには、まず挨拶をせいと何度言えばわかるのだ…」
吾輩は、ため息をつきながら、腹の下でもがく妖精に言った。
そう、今吾輩の腹の下でじたばたしているのが、吾輩の生活に良くも悪くも波乱を呼んだ原因、チルノだった。
「く…苦し…友達なんだからいいじゃない!」
「親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのか?」
「知らないわよっ!」
それにしても反省の色が全く見えないな、まぁチルノらしいといえばチルノらしいのだが…と、呆れる吾輩の視界に、もう一人の妖精が入ってきた。
「こんにちわ大ガマさん、今日はいい緑茶が入ったのですけどいかがですか?」
突然吾輩の居室に乱入してきたチルノとは対照的に、礼儀正しく挨拶し、手みやげも欠かさないしっかりものの妖精、彼女がおバカなチルノの後見役を務める大妖精だった。
吾輩も、彼女を向き直り言う。
「ふむ、いただこうかな。こちらもいい饅頭を手に入れたのだ」
「わぁ、お饅頭ですか!大好物なんです!」
吾輩の言葉に、満面の笑みで言う大妖精、チルノもそうだが、感情表現が豊かなのが妖精らしいな。
ん?何か忘れているような…
吾輩がふと引っかかりを覚えた時、腹の下から声がした。
「ちょ…いいかげんどき…きゅー」
「わわわチルノちゃん!?」
「いかん、こやつを忘れておった」
吾輩は、腹の下でのびているチルノに気がつき、急いで移動したのだった。
「あのねー!いきなり乗っかってきた大ガマもだけど、それに気がつかないでのんびり話してる大ちゃんもどうなのよ!」
数分後、どうにか息を吹き返したチルノは、ぶんぶんと腕を振り回して怒っていた。
一方、なぜか吾輩の巻き添えをくってその矛先を向けられている大妖精は、必死にチルノをなだめようとするのだが…。
「ご…ごめんねチルノちゃん、でも気がつかなかったんじゃなくて、チルノちゃんなら大丈夫かなーって思っちゃって…」
「何よそれ?」
「え…だってチルノちゃんってやられ慣れてるし…」
「何よそれっ!それじゃあ私『負け妖精』じゃない」
「だって本当…」
「うきー!!」
しかし、なだめるどころか、チルノの怒りに油というよりも火薬を注いでいる感がある。それにしても大妖精よ、もう少し『嘘をつく』事に慣れたほうがよいと思うのだが…まあいい、そんな子に育ってほしくないしな。
そう思った吾輩は、大妖精へと助け船を出す。
「まぁまぁチルノよ、大妖精は、お主に『どんなに被弾しても倒れない強い子だね』と言いたいのだろう、のう」
そう言って吾輩は大妖精に視線を向ける。
「え…あ、うん。そうそう、私はそう言いたかったんだよ。チルノちゃんって打たれ強い子だなぁって…色んな意味で」
そして、それに答える大妖精、さっきの会話のどこにそんな要素が含まれていたかは不明だが、それでもうまく話を合わせている。最後の一言は、やはり本音が出てしまったようだが…
「え…ま、まぁそれなら仕方ないわね。あたいが最強なのが悪いんだから。あたいはかん…心が広いから許してあげるわ」
そして、そんな大妖精の本音に気づくことなく、胸を反らして言うチルノ、少々将来が心配だ。そして…『寛大』の言葉が出てこなかったのか?
まぁ、何はともあれ吾輩はうまく誤魔化されているチルノへ、話題を完全にそらすべく言った。
「さて、チルノよ。今日は何か用があってきたのかな?」
そんな吾輩に、やはり胸を反らしながらチルノは答える。
「何よっ用がなきゃ来ちゃいけないの?って言いたいところだけど今日は違うわ。あたいたちはね、あんたを有名にしにきてやったのよ!」
そこで倒れんばかりにますます胸を反らし…倒れるチルノ。
彼女の背後では、大妖精が、「ごめんなさい…止めたんです…止めたんですけど…」と呟いていた…
「で、なんでそういう事になったのだ?」
しばらくして、吾輩はまだ十分に熱いお茶を飲みながら言った。
きれいにふかれたちゃぶ台の上には、お茶とお茶請けがきれいに並べられている。無論、用意したのは全て大妖精だ。
そして、そんな吾輩の言葉に何もしなかったチルノは、その分恐縮…することなく元気一杯で答えた。
「だってあんたはまがいなりにもこの『最強氷精』チルノさまの友達よ?あたいほどじゃないにしろもうちょっと有名になってもらわなきゃあたいが困るのよ」
むむ…なんという自信、本当になんと言っていいのやら…だが、呆れる吾輩に気づくことなく、チルノは言葉を続ける。
「だからね、あたいたちはあんたを有名にしてあげるために『幻想郷大ガマ宣伝委員会』を設立することに決めたのよっ!!メンバーは私と大ちゃんね」
そう言って拳をふりあげ立ち上がるチルノと、膝をつく大妖精。そんな二人の表情が対照的だった…
「悪いが別に吾輩は有名になどなりたくないのだが…」
一瞬呆れかえって沈黙した吾輩だが、すぐに言い返す。吾輩はこの平穏な生活が気に入っているのだ。
そんな吾輩が名を知られてよいことなど思い浮かばない。
しかし、吾輩のそんな気持ちを知らないチルノは、全く聞く耳を持たなかった。
「ふふん、自分が弱いからって心配しているのね。でも大丈夫よ、このあたいに任せておけばよわっちいあんただってあたいの半分位には有名になれるわ!!」
大丈夫の後が前半の解決策になっていないぞ…それはまぁいいとしてどうしたらこんなに自信過剰になれるのか、吾輩は非常に疑問だった。
まぁ知名度の方は結構高いだろうがな…『お馬鹿な負け妖精』の名は幻想郷に知れ渡っているわけだし…
ちなみに、大妖精の方は疲れ切った表情で「ごめんなさい…大ガマさんごめんなさい…」と言い続けている。何もお主が謝る必要はなかろうに…
「っていうわけで大ガマ、あたいがあんたの為に色々と考えてきてやったのよ。おとなしく有名になりなさい!」
苦労という名の泥沼に沈んでいく大妖精をよそに、チルノはやる気全開だ。仕方がない…少し付き合ってやるとするか。このまま断ってチルノが暴れ出すと、大妖精がノイローゼになってしまいそうで気の毒だ。
それに、チルノが考えた計画なぞでそうそう吾輩が名を知られるとも思えんしな。
少々失礼なことを考えた吾輩は、チルノの方を向き直り、言った。
「よかろう、まぁほどほどに頼むぞ」
「そうこなくっちゃ!」
「大ガマさん!?」
元気に喜ぶチルノと、驚いたようにこちらを向く大妖精。
吾輩は、そんな大妖精に視線を送る。
「(大丈夫、そんな大事にはならんさ…多分)」
「(大ガマさんはチルノちゃんのバカさ加減を甘く見ているんですよ!今度は一体何をしでかすか…うう、また傷が増えそうだなぁ)」
「(まさかこんな事で弾幕合戦になるとも思えん、大丈夫だろう)」
「(だってチルノちゃんですよ!あのチルノちゃんですよ!!ああ、痛いのやだよ~)」
「(う…うむむ)」
以上、アイコンタクトによる会話を終えた吾輩は、ふと思った。
大妖精よ…手遅れだったか…
そしてもう一つ…やはりちとはやまったかなと後悔していたのだった。
翌日
「大ガマっ来てやったわばっ!?」
「む…ぐっ!?」
「チルノちゃん!?」
朝、吾輩が大あくびをしている最中、チルノが飛び込んできた…吾輩の口の中に…
だから人の家に入るときには挨拶ぐらいせいと言うたのに…
「いきなり来客を食べるなんてどういう了見よ大ガマっ!」
しばらくして、チルノは例によって腕をぶんぶん振り回しながら吾輩に怒りをぶつける。逆恨みもよいところだ。
そう思った吾輩はすぐに言い返した。
「やれやれ、お主が吾輩の口の中に飛び込んできたのだろう。それにすぐに吐きだしてやったではないか」
「壁に吐きつけるなんて何考えてるのよ!おかげで全身打撲しちゃったじゃない!」
「ふむ、お主にしては難しい言葉を覚えてきたではないか。それに元の方向に吐き出すと大妖精を直撃しそうだったものでな、被害者は少ない方がよかろう」
吾輩はそう言って大妖精の方を振り向く、それにしても朝から疲れ切った表情をしているのはなぜか…?
何はともあれ、吾輩の言葉はチルノの数少ない長所である『友達想い』な点をうまくついたようだ。見る間にチルノはおとなしくなっていく。
「大ちゃんに…む、むう…仕方ないわね。あたいはか…か…寒帯だから許してあげるわ」
うむむ…確かに熱帯の氷精なぞは見たくもないが…寛大と言いたかったのだろうな。
吾輩がそう考えていたとき、おずおずと大妖精がつっこみを入れる。
「チ…チルノちゃん、寒帯じゃなくて寛大だよ…」
「え…あ、似たようなものよ!それより大ガマ、早速宣伝活動開始よ!!ひとまずこれをつけなさい」
都合の悪いことはあっさり誤魔化し、何やら背中のリュックから垂れ幕を取り出すチルノ。まぁ喧嘩(?)の事も忘れているのだからいいのだが…
何はともあれ、チルノが自信たっぷりに取り出した垂れ幕…少々濡れていたが…にはこう書いてあった。
『バリバリ最強チルノの次にナンバーワン!!正義の味方大ガマをよろしくっ!!!』
「…」
いかん、めまいがしてきた…大妖精が疲れ切った表情をしているのはこのせいか。それにしても一体どこからつっこめばいいのやら…
吾輩はそう思いつつ大妖精の方に視線を送る。
「(いくらなんでもこれはなんとかならんかったのか?これでは吾輩はバカではないか…)」
「(うう…ごめんなさい、止めたんです…止めたんですけどチルノちゃん「私に任せておけば大丈夫よっ」って言って全然言うこと聞いてくれなかったんですよ…)」
「(うむむ…いや、なにもお主を責めている訳ではないのだ。そもそも宣伝を許可したのは吾輩だった。無茶を言ってすまない…)」
「(いえ…私こそチルノちゃんを止められなくてごめんなさい…)」
以上、アイコンタクト終了。そして吾輩はチルノを振り向いて言った。
「問題点は多々あるように思うが、ひとまずこれをどうするつもりなのだ?」
「ふふん、これをあんたがくくりつけて幻想郷の空を飛び回るのよ。もちろんこの宣伝文句を連呼しながら。そうすれば…」
吾輩の問いに、自信満々に答えるチルノだが、吾輩はそんなチルノに致命的な欠点を告げた。
「吾輩は飛べないのだが…」
「あ…」
たちまち絶句するチルノ、そんなことにも気がつかなかったのか…
しかし空を飛べる大ガマというのはあまり見たくはない。飛べないガマはただのガマだ、それなら飛べるガマは一体なんなのだろう…?
一瞬、吾輩は沼の水面を滑走して今まさに離水せんとする自分の姿を思い浮かべ、思わず身震いしたのだった…見たくない。
「…仕方ないわね、完全だと思ったあたいの計画にもちょっとしたミスがあったみたいね。だけどそれもあたいの計画のうちよ!大ちゃん、大ガマの代わりに行ってきて」
「え…わ、私っ!?」
突然話をふられて慌てる大妖精、その気持ちはよくわかった。そしてチルノよ…言っていることが色々と無茶苦茶だぞ?
「いいでしょ、あたいと大ガマの為なんだから!まさか友達の頼みを断るなんて言わないよね?」
そんな吾輩の気持ちを知ってか知らずか、大妖精にずずいと迫るチルノ。あ、大妖精が思わず後ずさっている…
そしてチルノよ…それじゃあ脅迫だ。吾輩はそう言いたかったが、ますます泥沼にはまりそうだったのでやめたのだった。すまない大妖精…
「うう…もうお嫁に行けないよ~」
しばらくして、吾輩とチルノはそう言って飛び立つ大妖精の姿を見送っていたのだった…
だが安心しろ大妖精よ、お主ほどの器量と、何よりその性格があればお婿さん候補など掃いて捨てるほどいようぞ。
そして…
「うん、これであたいの計画は完全ね。やっぱりあたいってば最強ね!」
満足げに大妖精を見送るチルノ、こやつにはいつまで経っても恋人などできそうにないな…
吾輩はそう思いながらチルノの方を見ていたのだった…
~数日後~
「大ガマっまた来てやって…熱つつつっ!?」
「チルノちゃん大丈夫!?」
がらがっしゃーんと音がして、我が家に突入してきたチルノが、吾輩の朝食(みそ汁)へと突っ込んでいった。
やれやれ、朝食は諦めるとするか。
「なんであんな所にみそ汁があるのよっ!」
例によって腕をぶんまわし叫ぶチルノに吾輩は言った。
「ちゃぶ台の上にみそ汁があるのは至極普通と思うが?」
「む…」
さすがに今日は自分の発言に無茶が過ぎたと気がついたか…よろしい。ちょっとは成長しているようだな。
吾輩がそう思ったその時、チルノが言った。
「ま…まぁそういうことにしておいてやるわ。今日はもっと重要な用件があってきたんだから、こんなさ…さ…サイなことにかまってはいられないのよ」
前言撤回、反省したのではなく、単に言い返せなかっただけか。そして、吾輩は些細と言おうとして、なぜか外の世界に住むという動物の名が出てきたチルノにため息をついたのだった。そして…
「チルノちゃん…『さ』が一つ抜けてるよ…些細だよ?」
いつもにまして疲れ切っている大妖精だが、それでもつっこむべき所にはつっこんでいた。さすがだな。
一方チルノの方は…
「え…あ、ちょっと省略しただけよ省略、知っていたのよ!なんてったって天才なんだから!でも天才じゃない大ちゃんにはちょっとわかりにくかったかもしれないわね。その点には謝るわ」
吾輩は、頭の中で『天才』の字を『天災』に置き換えながら思った。大妖精にとって、チルノの起こす行動はもはや『天災』に近いのだろうと…
「というわけでね、私のあの計画は、知名度向上にしっかり成果はおさめているのだけどちょっと物足りないのよ」
そう言うチルノを見ながら、吾輩は大妖精に視線を送った…
「(本当なのか?知名度が上がったというのは…?)」
「(はい、本当です…幻想郷中に『可哀想なコ大妖精』っていう名が広まっちゃいましたよ…ふふふ…妖精仲間なんてみんな遠巻きにして憐れみの視線を向けてくるんですよ。本当、私ってばもう有名人です…)」
「(む…むう、ひとまず落ち着け、目が怖いぞ?)」
「(でも…でもここ二三日なんて周囲の視線が怖くて家に帰れないんですよっ!もうお嫁に行けないどころかまともに外も歩けませんよ~)」
以上、アイコンタクト終了。本当に哀れな…
そして、そんな大妖精の様子を意に介する事なく、チルノは自信たっぷりに言った。
「で、あたいはその原因を考えたんだけど『いんぱくと』に欠けたのね。そこであたいが考えた第二弾はこれよっ!!」
ばーんと効果音(声)付きで出された一枚の看板、それに書いてあったのは…
『よろず困りごと承って候、どんな難題もたちどころに解決。大ガマ相談所。依頼は沼の畔の大ガマポストまで』
い…いかん、衝撃のあまり心臓が止まりそうだ…
しかし、吾輩が幽明の境をさまよっている間にも、チルノは言葉を続ける。
「つまりね、幻想郷中の困りごとを大ガマが解決してみんなの支持を集めようっていう作戦なの。やっぱりあたいってば天才ね」
自信満々に言い放ったチルノ、だが、吾輩はその計画の致命的な欠点をついた。
「しかし…吾輩は沼以外ではほとんど動けんぞ?特に陸上…それも水分が無いところでは全く動けん」
そう、水中以外で吾輩はまともに動けない。遠出するなど無謀だった。
たちまちチルノが動揺する…
「え…ちょ…どうしよう。あたいもう大ガマの名前で依頼集めちゃったよ…ポストにも一杯…これでできなかったら大ガマの名前は…」
「悪い方に有名になるな」
勝手に名前を使うなと思いつつ、吾輩はチルノに言った。ちなみに、チルノがリュックの中から取りだしてきたのは大量の紙の山、一体どれほど集めてきたのやら…
「どど…どうしよう?」
その紙の山を前にさまようチルノの視線…そして…
「大ちゃん!大ガマの危機よ、手伝ってくれるよね!ね!!」
やはりこうなったか、チルノの視線は哀れな獲物を捕らえ、離さない。やれやれ、原因はお主だろうに…このままでは大妖精は苦労死…もとい過労死してしまうぞ?
そして、哀れな獲物…大妖精は、こう答えざるを得なかった…
「う…うん、でも半分はチルノちゃんお願いね?」
後半はせめてもの切ない抵抗なのだろうか…?そんな大妖精の姿を見ながら、再び自信を取り戻したチルノは胸を張る。
「へっへー、任せなさい!半分なんてあたいがちょちょいのちょいで何とかしてあげるわ。いえ、三分の二はあたいがなんとかしておくから、大ちゃんは残り三分の一でいいわ」
「チルノちゃん…ありがとう…」
チルノの言葉に、そう言って目を潤ませる大妖精。だが気づいているのか?この元凶がチルノであることに…この程度の事は感謝すべきことではないと思うのだが…
そして…
「じゃああたいがこっちをやっておくから大ちゃんはそっちをお願いね。あたいの方が量が多いから先行ってるね。あ、依頼を解決した時には『大ガマ相談所』の名前を忘れないようにね」
予告通り三分の二程度の紙を抱え、チルノは飛び立つ。
「お互い頑張ろうねっ!」
「うん!」
手を振る大妖精に手を振りかえし、チルノは飛び立っていった。
そして、ちらりとチルノが手に持つ紙を見ると、書いてあるのは…
『畑仕事を手伝ってほしい、里の人手が足りないのだ』
『屋台が忙しいの、人手が欲しいな』
『幽々子様の為の食事材料の確保を手伝って欲しいのです。正直最近手に余るようになってきてしまって…』
『楽器の手入れを手伝って』
『ここの所の猛暑で万年雪の中の我が家が危ない、溶けないようにしてほしい』
まぁ大変だが平和な依頼ばかり、危険な依頼があるのではないかと少々心配だったのだが、これなら大丈夫だろう。特に最後の依頼などチルノにぴったりだろう…
そう思いながら吾輩は大妖精の方を向いた。
「大妖精よ、お主も大変よの」
吾輩の言葉に大妖精は笑って言う。
「慣れていますから」
そして、少し表情を暗くしてから言葉を続けた。
「でも…大ガマさんは…ご迷惑ではないでしょうか?」
そんな大妖精に吾輩は答える。
「ふむ、迷惑といえば迷惑だが…心地よい迷惑とでもいおうか、こんなふうに迷惑をかけてくれるような者がいるのも、案外楽しいと思えるようになってきたのだ」
そう、今まで吾輩はこの沼以外ではほとんど友人もなく過ごしてきた。そんな中でこういった波乱を巻き起こすような者がいるという経験、それもまたいいものであると最近思いだしたのだ。
何も波乱のない平穏無事な世界、確かにそれが一番だが、たまには適度な刺激もあったほうが楽しかった。
まぁ、適度の限度を越えているような気はしないでもなかったが…
そんな吾輩に、大妖精は再び表情を緩め、言った。
「よかった…チルノちゃんって本当はいい子なんです。あのですね、今回の一件も妖精仲間から「あんなぱっとしない奴とつるんで何が楽しいの?」って言われて、『大切な友達をばかにされた』って怒ったのがきっかけだったんです。そんなに言うならあたいが大ガマを有名にしてやるんだからって…」
しみじみと言う大妖精に、吾輩は驚く。そうか…単なる気まぐれと思っていたのだが、そんなきっかけがあったとはな…
吾輩はチルノの事を少々見損なっていたのかもしれないな…
しみじみと考えを巡らす吾輩を見て、大妖精は屈託のない笑顔でこう言った。
「だから私も頑張ります、私も大ガマさんの事好きですからっ!!」
大妖精はそう言って外に向かう。友人を想う心か…この二人…なかなか見上げたものではないか。
と、ふと大妖精の持つ紙に目がいった…
『遊び相手が欲しい、出来れば壊れないのが』
『賽銭…ご飯…おかず…』
『実験材料…もとい新薬の臨床試験を受けてくれる人希望』
『魔理沙に盗られた本を取り返して』
『友達が欲しい』
「大妖精よ!待…行ってしまったか…」
慌てて呼び止めようとした吾輩だったが、時既に遅く、大妖精は空へと舞い上がっていった…
何か最後の以外は見るからに危険そうだ。最後のは一見無邪気な願いなように見えて、凄まじい怨念を感じた…
頼む、大妖精よ、どうか無事に帰ってきてくれ…
吾輩は、空へと消えていく大妖精の姿を見ながら、その行く末を案じたのだった…
十日後
「大ガマっおっはよ…べ!?」
「やれやれ…」
吾輩は、眼前を高速で通過して壁へと突入自爆を果たしたチルノを見ながら食事を続ける。さすがにそろそろこやつの行動パターンも読めてきたのだ。
突入経路からちゃぶ台その他はどけていた。
その結果、チルノは壁に頭をめり込ませてじたばたしていたわけだが…
そして、吾輩の心配は壁に張り付く…というかめり込んでいるチルノではない、いつもならそんなチルノに『大丈夫?』と声をかける少女の存在だ。
心配げにチルノが飛び込んできた方を見ていた吾輩の視界に、ゆっくりと人影が映り込んできた…
「チ…ルノちゃん…大…丈夫?」
ゆらゆらと入ってくる少女、大妖精を見て吾輩は思う。いや、大丈夫かどうか心配なのはお主の方だぞ?
まるで死線をさまよったかのような…いや、実際にさまよったのだろう…表情で歩いてくる大妖精、羽根はぼろぼろで服もまるでぼろ切れのよう、ついでに当人までぼろぼろだった。
吾輩はそんな彼女に視線を送った…
「(何があったのだ?)」
「(うう…最初の依頼では悪魔の妹の『遊び』という名の弾幕ごっこに付き合わされて全身ずたぼろに、二人目の巫女の所では行くなり『妖精って食べられるの?』っていきなり襲いかかられてますますぼろぼろ、羽根が一枚食べられました。三人目の薬師の所では妙な薬を飲まされて三途の河の畔まで行ってしまって…船頭さんが寝ていなきゃ今頃は渡っちゃってますよ。四人目の依頼は、私の姿を見た魔理沙さんが憐れんで本を返してくれたのはいいんですが、図書館にそれを届けに行った時に対侵入者用トラップにひっかかって吹き飛ばされ、五人目の人形遣いさんの所では五日間耐久おしゃべりに付き合わされて心も身体もずたぼろに…)」
「(よく…生きて帰ってきてくれたな)」
「(本当に、自分でも今生きているのが不思議ですよ…)」
以上、アイコンタクト終了。吾輩はそんな状況で尚もその『元凶』を心配する大妖精に感動しながら、彼女に座布団とお茶をを勧めたのだった…
「で、成果はどうなのだ?」
しばらくして、吾輩はどうにかこうにか壁から抜け出したチルノに言った。
「あーもうっ!二人でお茶なんか飲んでいる暇があったら助けなさいよね!!…ま、何はともあれ作戦は成功よ。幻想郷で大ガマ相談所の名を知らない奴はいないわ。さすがあたいのたてた作戦ね!あたい自ら頑張った甲斐があったってもんよ」
そう言って胸を張るチルノ、だが多分頑張ったのはこっちの座布団で、やっと生気を回復しつつある大妖精だと思うぞ。
だが、そんな吾輩の気持ちを知ってか知らずか、チルノは元気一杯で立ち上がり、唐突にこう言った。
「ここに幻想郷大ガマ宣伝委員会の目標達成を宣言するわっ!へっへー、やっぱりあたいってば天才ね!!」
そんなチルノの言葉に、座布団の上でくて~っとしていた大妖精が、がばっと起きあがり、チルノに駆け寄る。
「本当!本当に終わったの!!これでゆっくり休めるの!?」
どこにこんな力が残っていたのか…がくがくとチルノを揺さぶる大妖精、一方、チルノはそんな大妖精に言う。
「本当本当!これで目標達成よ!明日は祝勝会よ!!」
「や…やった…やりきったのね私…きゅー」
そう言うなりチルノにもたれかかり夢の世界へと旅立つ大妖精…
「だ…大ちゃん!?」
そんな大妖精を見て慌てるチルノに、吾輩は言った。
「まぁゆっくり休ませてやろう。疲れているのだろうしな」
そう、あれだけの事をやれば疲れているに決まっている。
吾輩は、何かを成し遂げたような笑顔で眠る大妖精を見ながら、心の中で礼を言った。吾輩が望んだ事ではないにしろ、吾輩の為に文字通り身を削って尽くしてくれたのだ。
そして、ふと気づくと、チルノも大妖精にもたれかかるようにしてすうすうと寝息をたてている。
お互いにもたれかかって、微妙なバランスの上で眠る二人の妖精…二人の関係をそのままようなその光景に、吾輩は思わず微笑んだ。
「吾輩が望んだ事ではないが…だがありがとう二人とも…」
何の対価も求めず、これほど純粋に友人に尽くしてくれる人妖が、今まで吾輩のまわりにいただろうか?
吾輩は、純粋な笑顔で眠る二人を布団に移しながらそんな事を考えていたのだった…
吾輩は、長い話を終えて目の前の少女に向き直る。いつだったか吾輩とチルノとが初めて会ったときに取材に来た新聞記者だ。あの時はろくに自己紹介もできなかったのだが…なぜか今日再び吾輩の話が聞きたいとやってきたのだ。
初めて彼女に会ったのはたかが数ヶ月前だが、それでもずいぶん昔に感じるのは気のせいか?
いや、彼女と会ったのがずいぶん前に感じられるのは、多分彼女…いや、チルノと会ってからの日々があまりに波乱にとんでいたからだろう。
少なくとも、トラブルの数はチルノと出会う前の数百年よりも、会った後の数ヶ月の方が上回った。だが、そのトラブルも今思えばそれなりに楽しい出来事だったのかもしれない、そして…二人のかけがえのない友も得ることが出来たのだから。
満足げな表情をした吾輩を見て、少女…文と言ったか…は、手に持っていたメモに話の要点を書きまとめたらしく、やがて顔を上げて言った。
「いやーなるほど、それで最近やたらとこの二人が騒がしかったわけなのですね、納得がいきました。これだけでも十分今日取材に伺った目的は達成です。しかも、これで特集を組めば結構受けがよさそうですね…できればまた後ほどお話を伺いたいのですがいかがでしょうか?」
「ふむ、かまわんよ。いつでも来なさい。吾輩はいつでもこの沼にいる」
意気込む彼女に吾輩は答えた。どうせこの沼から動くことはないのだ、彼女に話すくらいどうということはなかった。
「ありがとうございます!よーし、燃えてきた、あとはこの話のうらをとることね…まずは紅魔館からか…あ、ご協力ありがとうございました、また後ほど」
なにやらやる気をかき立てられたらしい記者は、一陣の風となって上空へと消え去った。
そこで吾輩はふと気づく、わざわざあんなことをせずとも、最初から彼女に頼めばよかったのでは…と。
いや、それを考えるのはよそう。二人が頑張ったその意味は、その結果ではなく過程にあったのだ。そうなのだ。
吾輩は、無理矢理自分を納得させると、二人が眠る我が家へと戻っていったのだった…
ちなみに、これは余談であるが、かの記者の書いた特集記事『大妖精奮闘記』はかなりの好評となり、その目的であった吾輩の知名度向上を達成すると同時に、大妖精の人気と知名度を一気に上昇させた。
そして、これを聞きつけたチルノが「なんであたいより二人が有名なのよ!ここに『幻想郷最強大天才チルノ様宣伝委員会』の設立を宣言するわ!」と、『幻想郷最凶大天災チルノ様宣伝委員会本部』と書いた看板を吾輩の家に立てかけようとして、吾輩の口から打ち出されることになったのだったが…それはまぁ普段通りのとるにたらない出来事であった。
というわけで、今日も吾輩の沼は平穏無事である。
『おしまい』
残念、それは某年増(スキマ
ガマ+大妖精という新しい境地。…あれ、違う?
とても良いガマ大でした。…あれ?
それはそうと大妖精が依頼こなしていくのを事細かにリアルタイムで描写したら凄く面白そうで勿体ない(ネタがいいので)と思いました。ガマ一人称だから仕方ないですがw
>名前が無い程度の能力様
>ガマ+大妖精という新しい境地
ああ…私の頭に思い浮かんで一瞬で消えた(無理矢理消した)ネタを…続きは是非貴方の頭の中でww
>二人目の名前が無い程度の能力様
>大妖精が依頼こなしていくのを事細かにリアルタイムで描写したら凄く面白そうで勿体ない(ネタがいいので)と思いました。
ご助言ありがとうございます。外伝で書こうかなとか思ったり思わなかったり、しかし、先のヴワル観光隊の外伝を書いていたら、文体がまるっきり本編と別物になって途中で頓挫していたりする私なので、書くと断言は出来ないのです…orz
>三人目の名前が無い程度の能力様
>大ガマ×大妖精ナイスでした
そう言っていただけて幸いです。でもチルノがまた嫉妬(?)しそうですね。
あと、大ガマが何となく二人を見守る父親っぽく見えたり。良いですね。
そして…………アリスお前はOTZ
ガマかわいいよかわいいよガマ
アリス・・・・・(´・ω・`)
>変身D様
>大ガマが何となく二人を見守る父親っぽく見えたり
はい、お察しの通り、大ガマは二人のおじいさん、あるいはお父さん的な感じで描いています。
ちなみに、大妖精はお姉さん的立場といったところでしょうか。
>四人目の名前が無い程度の能力様
>なんだか俺もガマが好きになってきました(*´∀`)
この言葉を聞けて狂喜乱舞いたしました。ありがとうございます。これからも大ガマ達を書いていきたいと思っています、どうかよろしくお願いします。
>SETH様
大妖精…これからも被害担当な気がします…でも、それでもチルノを見放さない優しさが彼女にはあると思うのです。
ご感想ありがとうございます!大妖精は根性あると思いますよ、だってあんなチルノを見捨ててな…(パーフェクトフリーズ)