あらすじ:吾輩は猫である
吾輩はピンチである。余命はもう無い。
「…引く気は無いのね、フラン?」
「お姉さまこそ…コンティニューできないよ?」
きゃっと みーつ すかーれっと Ⅱ
~きゃっと ふぁいと れでぃーごー!~
右の手に 弾幕を
左手に スペルカード
こめかみに 青筋を
唇に ほほえみを
背に負うは 絶対の死
何故吾輩がこの様な状況…魔力全開殺るき満点の主人、レミリア・スカーレットとその妹君、フランドール嬢の間で板ばさみにされなければならぬのか。
吾輩自身もとんと解らぬ。
事の発端は今を去ること1時間前。
吾輩は主人の寝室で食後の昼寝をして居た。
ベッドメークを終えたばかりの寝台は例えようも無い程にふかふかであり、主の部屋であるが故に吾輩の睡眠を邪魔する輩もおらぬ。
日当たりが悪いのが玉に瑕であるが、絶える事が無い暖炉の炎が部屋に心地よい暖気を巡らせる。
午前の掃除を終えたばかりの寝室、此処は吾輩の密かな昼寝スポットである。
そうして吾輩が惰眠を貪っていると、何やらひそひそと声が聞こえてきた。
(おねーさま、ここにいるの?)
(ええ、あの猫は私のベッドがお気に入りの様だから)
(えーずるーい、私もお姉さまと一緒に寝るー)
ぶはっ
「はぐっ…ふふ、フランは甘えんぼさんね♪是非今からでも!」
(しー!お姉さま声が大きい!)
(はっ、私とした事が…つい…)
途中一人が大きな声を出したので、吾輩は目を覚ましてしまった。
薄目を開けて見てみると、ベッドの下から二対の翼…蝙蝠の羽と宝石の翼が生えて居る。
姿を隠しているつもりなのだろうが間違うことなくレミリア+フランドールのスカーレット姉妹であろう。
(よーし、まだ起きていない様ね。フラン、今のうちに描いてしまいましょう!)
(うん!)
成程、先刻図書館でパチュリー先生に泣きついて居たクレヨン画の件であろう。
(いいことフラン。絵を描くと言う事はただ目の前にある物を書き写すだけでは無いの、二次元たる紙面に三次元たる立体を書き写す。これは言ってみれば世界の再構成・創造であって…)
(いいから早く始めましょ)
(あぁっ、駄目よフラン!心の目を、心眼で見なければ真の絵描きとは!)
吾輩は失笑を禁じ得なかった。
本を借りてから一時間も経っていないというのに、主人は一端の絵画論を展開して居られる。
大方本の都合の良い所だけ斜め読みにして薀蓄を垂れているのに相違無かろう。
吾輩はもう十分に寝た。欠伸がしたくて堪らない。
(おっ絵かきおっ絵かき楽しいな~♪ふん♪ふん♪)
(考えるんじゃ無いの…感じるのよ!)
ぐりぐりぐり
然し折角主人と妹君が熱心に・気分良く筆を執って居るのを動いては気の毒だと思うて、ぢっと辛抱して居つた。
この紅魔館で最も優先すべき事象、それは妹君の御機嫌である。
吾輩とて誇り高き猫族の端くれ。例え主であろうとも媚を売って寵愛を得よう等とは微塵も思わぬ。
だがそれはそれ、これはこれ。何事も命有ってのものだねである。
初めて見る愛くるしい子猫相手に“我が弾幕に斬れぬモノ無し!”的スペルカードを炸裂させてくれた妹君の事。
此処で吾輩が作画の邪魔でもしようものならQED炸裂は必定。
哀れ吾輩は壁の染みに成り果てるであろう。
吾輩は話に聞く「すふぃんくす」の如く微動だにせぬ不動の体制を保って居た。
(ふん♪ふん♪ふん♪)
妹君は非常に御機嫌な様子である。
横目にちらりと見てみたところ、彼女は吾輩の輪郭を書き上げて顔のあたりを色彩って居る。
成程お絵かきが気に入っていると言うだけの事はあり、その造形は確かなものである。
殊に吾輩が密かに自慢に思って居る腰から尻尾にかけてのライン取りなどは見事なものだ。
(う~…考えるな考えるな…感じろ感じろ…心眼心眼心眼心眼…)
一方主人は大変難しい顔をして居られる。こちらの方は…
……
…吾輩は自白する。吾輩は猫として決して上乗の出来では無い。
背といい毛並みといい顔の造作といい敢て他の猫に勝るとは決して思って居らん。
しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人に描き出されつつある様な妙な姿とは、どうしても思われない。
第一色が違う。吾輩は波斯産の猫の如く黄を含める淡灰色も漆の如き斑入りの毛並みを有して居る。
是丈は誰が見て疑うべからざる事実と思う。
然るに今主人の彩色を見ると、黄でもなければ黒でも無い。灰色でもなければ褐色でも無い、さればとて是等を混ぜた色でもない。
只一種の色…赤としか評しようの無い色である。
吾輩は先刻白状した通り、猫として上乗の部類では無い。
他の猫と比べ、三倍の速度で走ったり彗星であったり若さを認めたくない訳では決して無いのである。
その上不思議な事に足が六本もある。否、その下に目らしきものがある所を見ると、あれは耳であろうか。
兎に角その様な具合で何処が頭で何処が尻尾かも判然としない、敢て例えるならば…赤いアメーバとしか評しようの無い絵である。
吾輩は心中密かにいくら心眼でも是では仕様が無いと思った。
然し其の熱心には感服せざるを得ない。
(心眼心眼心眼心眼心眼心眼心眼心眼…)
主人は先刻より今に至るまでじっと吾輩を半眼で睨み付けて居られる。
吾輩は心眼とやらは解せぬが、その様に薄目で見て居るから彼のアメーバの如き図柄になるのでは無かろうか。
(ふん♪ふん♪ふん♪)
妹君の方は吾輩の体の写生が終わった様で背景の部屋まで書き始めて居る様子である。
それを横目で見る主人の頬がひくひくと痙攣を始めて居る。
主人の気持ちも解らぬでも無い。
可愛い妹に絵を教え、妹君の愛情と尊敬を同時に得るという非常に都合の良い絵を思い浮かべていたのであろうが、結果はこれである。
このままでは愛情と尊敬どころか得られるのは軽蔑と憐憫の視線。
プライドの高い(と本人は頑なに信じ込んで居られる)主人には、そのような事態は耐え切れぬであろう。
思えばこの時が吾輩が安穏と場を離れる事が出来た最後の機会であったのだ。
後悔とは破局が訪れた後になって、初めて自覚できる代物である。
ぼき
「あ、折れちゃった」
紅い館の主人の寝室に相応しい深紅の内装を書き写していた妹君の赤クレヨンが折れてしまったのである。
「お姉さま、赤のクレヨン貸して」
妹君もまだこの時点では上機嫌で居られた。
「…駄目よ…フラン…」
我が敬愛すべき主人のこの一言を聞くまでは。
「え?お姉さま、何を言って…」
「貸す事は出来ないわ…」
まだ自分の姉が何を言っているのか理解できない妹君に、真っ黒なオーラを背負って貸さぬと告げる駄目主人。
「でももう少しで描き終わるのに!少しぐらい良いじゃない!減るものじゃなし!!」
いやいや妹君、クレヨンは使えば減る。これがこの世の真実である。
「今あなたに赤を貸すと、私の猫が描けないじゃない。」
だから吾輩は何某専用の毛並みなどしておらぬと言うに。
「それに…初めに言ったでしょう?“猫”を描くって。貴女が今描いているのは猫では無い。それは只の猫の居る風景画。心眼を開かずに描いた絵などもはや絵とは言えないわ。誤った道に進もうとする妹を正すのは、姉としての責務なのよ。そう、これは義務。義務なのョギムギムギムギム… 」
メリーベルか己は。
危険な気配を漂わせ始めた妹君に、何かに魘される様に答える主人。
しかし背景を描いたから猫の絵では無いとは…蛇足の故事も裸足で逃げ出す屁理屈振りである。
どうやら主人は自らのプライドを守る代価に、人として大切な物を売り払う事にした様だ。
悪魔である彼女等に猫が人としての道を説く。この事の無意味さ加減に気付かぬ吾輩では無いのだが…嗚呼頭が痛い。
「…本気…なの?」
何時の間にやら妹君の手には歪な形をした杖が握られて居る。
「ええ、フラン。こんなに部屋が紅いから…」
薄っぺらな胸の前に手を組む主人。双方共に撃鉄を起こし、破滅の幕が今正に上がろうとして居る。
「「たのしいお昼になりそうね」」
吾輩は心中声を大にして叫んだ。たのむから他所でやれ!と…
かくして吾輩は一歳にも満たない生涯の内で、既に何度目かの“極めて深刻な生命の危機”に直面している訳なのである。
もし幻想郷に神が居るのなら神にも祈ろう。
だが神が居たのは既に過去の…旧作の話であるし、居たところで悪魔の館の居候としてはやはり頼るに忍びない。
部屋の空気を紅の妖気で飽和させてにらみ合う紅の姉妹。
このまま二人が戦闘を開始すれば、吾輩を待つ運命は先刻主人が書いていたアメーバもどきである。
それとも運命を操るという主人は、この事あるを予見してあのような絵を描いたのであろうか?
だとしてもそんな最期は御免蒙る。
吾輩の最期は百人の巨乳美人にもみくちゃにされ、乳の谷間で南無阿弥陀佛と唱えながら溺死と決めて居るのだ。
嗚呼、この場を助けてくれるのならば貧乳であろうとも文句は言わぬ。
誰か助k…
はぁはぁはぁ
静まり返った部屋の中、何処からか獣の如き荒い息遣いが聞こえてくる。
ひぃーす…ひぃーす…
否、もはや獣の物とも思えぬ程、奇怪極まりない呼吸音が…
姉妹の視線が部屋の一点、クローゼットに向けられる。
よくよく見ればクローゼットの下側からは夥しい量の血液…恐らくは鼻血であろう…が染み出しており中からは
(はぁハァ、お嬢様のお絵かき手取り足取り腰取りレクチャーでフゥー!!)
などと煩悩垂れ流しの妄言が聞こえてくる。
大方下着でも盗もうとしていたのか、絵描きに四苦八苦して居る主人を愛でている内に妄想が暴走してしまったのであろう。
吾輩は貧乳を好かぬ、この紅魔館の貧乳メイド長の如き偽乳ならばなお更の事である。
だが、この時ばかりは完全で瀟洒な貧乳・十六夜咲夜に百万の感謝を。
有難う十六夜咲夜、そしてさようなら十六夜咲夜。来世こそは巨乳神の加護あらんことを。
禁忌「カゴメカゴメ」
神槍「スピア・ザ・グングニル」
囲んで墜とす最凶コンボ。哀れクローゼットは大脱出マジックの箱と化した。
メイド長の生死は不明であるが、種無しマジックが特技の彼女のことである。
心配するだけ無駄。それ以外の感慨など持てぬ。
炸裂音と絶叫が響き渡る部屋を抜け出し。
吾輩は両足を前へ存分のして、首を低く押し出しくわぁと大きく欠伸をした。
こうなってしまった以上、もう大人しくしている理由もなかろう。
どうせ主人の甘い目論見は打ち壊れたのであるから、中庭にでも行って昼寝をしようとのそのそ這い出した。
すると主人が失望と怒りを掻き混ぜたような声で
「この変態共!」
と怒鳴り散らす声が聞こえた。
この主人は人を罵る時は必ず「変態」というのが癖である。
確かにこの紅魔館、吾輩以外何れも劣らぬ変態ぞろいであるからして、他に悪口の言い様を知らぬのは無理も無いが、今まで辛抱して居た我輩に感謝の一言も無いのはどうかと思う。
それももう少しばかり大きい胸をしているのならいざ知らず、妹君にも劣る洗濯板の分際でこの言い様は酷い。
元来貧乳というものは自己の力量を弁える事無く、己の分際を過信して居る。
もう少し大きい乳が出てきて苛めてやらなくては、この先どこまで増長するか分からない。
まぁ気長に巨乳の時節を待つがよかろう。
●
吾輩も此位なら我慢もするが、吾輩は貧乳の不徳について是よりも数倍悲しむべき事実を目撃して居る。
吾輩の館の正面には、中々立派な作りの門がある。
さっぱりとした心持ち好く日の当たる所だ。
うちの貧乳メイドが怒りくるっておちおち昼寝の出来ない時や、妹君が退屈そうに館内を歩き回って居られる時などは、吾輩はいつでも此処へ出てごろごろとしているのが例である。
主人の寝室を辞去した吾輩は、メイド長用にとってあった昼食(本日の献立はコンビーフと胡瓜のサンドイッチであった)を失敬した後、昼寝場所を求めて館内を散策して居た。
門柱の根元を嗅ぎまわりながら正面までくると、大きな胸が前後不覚に揺れて居る。
彼女は吾輩の近付くのも一向心付かざる如く、又心付くも無頓着なるが如く、大きな鼾をして悠々と眠って居る。
館の門の守り手たるものが斯う迄平気に睡られるものかと、吾輩は密かにその大胆なる度胸と胸囲に驚かざるを得なかった。
もっとも館内からは未だに爆音と絶叫が辺り一面に響き渡って居る。
よほどの阿呆か度胸のある者でなければ近付こうとは思わぬであろう。
さて彼女は大陸系の服装を纏った赤髪碧眼の華人である。
僅かに午を過ぎたる太陽は、透明なる光線を彼女の胸の上に投げかけて、きらきらと光る胸の谷間のボタンと紅色の髪より目に見えぬ炎でも燃え出づるように思われた。
彼女は巨乳中の巨乳とも云うべき程の偉大なる胸囲を有して居る。
彼のメイドの倍、否三倍程もあるのではなかろうか。
吾輩は嘆賞の念と好奇の心に前後を忘れて彼女の前に佇立して余念もなく眺めていると、静かなる小春の風が、塀の上に張り出した立ち木の枝を軽く誘ってばらばらと茂みの中に落ちた。
龍王はくわっと其の目をまん丸に開いた。
吾輩は猫で有るが故に物覚えは良くない。
だが、彼女の瞳の色はいまでも記憶して居る。
その目は人間の珍重する碧玉というものよりも遥かに美しく輝いて居た。
彼女はびくりと体を動かし
「はい!寝てません!咲夜さん、寝てませんよ!本当です!」
と言った。
彼女は暫く慌てふためいて居たが彼女が畏怖する所の上司であるメイド長が近くに居らぬ事を認識すると、大きな胸をふにゃりと撫で下ろした。
撫で下ろした所で彼女を見上げて居る我輩と視線が合う。
そこで彼女はこれまたふにゃりとした笑顔を浮かべ
「猫さんこんにちは。今日もいい天気ですね」
と挨拶をしてきた。吾輩もなぁと一声鳴いて頭を彼女の足に擦り付け挨拶とした。
すりすり
「あはは、くすぐったいですよー。」
●
この門番嬢、名を紅美鈴と云う…そうなのだが、本人以外が其の名を呼ぶ所を吾輩は一度たりとも見かけた事が無い。
「中国」もしくは「門番長」とだけ呼ばれて居る。
吾輩も最初に彼女が名乗った時はきちんとした名前で呼んだのであるが、それ以降は専ら「中国君」で通している。
中国君はこの近辺では知る人ぞ知る剛の者である。
然し余りに自然かつ呑気な態度故に、一見しただけではそうは見えぬ…そうだ。
しかし吾輩程の眼力の持ち主ともなれば、彼女が盆暗などでは無い事などすぐに判る。
彼女の胸を見よ!これ程までに偉大な胸の持ち主が只者などである筈が無い。
然るにこれ程までの偉人が何故に斯様な貧乳共にあごで扱使われているのか。
吾輩などは常々疑問に思っているのだが、中国君自身が全く気にしていない様子なので余り差し出がましい事はせぬようにして居る。
しかし、彼女の胸を一日に一度は見ない事には三度の飯が美味しく食えぬ。
先程述懐した感想は祝詞の様なものだ。あの胸を拝まずに何を拝む?
常々賽銭が来ない来ないと嘆いている件の貧乳貧乏巫女などは、中国君をこそ御神体に据えるべきなのである。さすれば吾輩の様な正しい審美眼を持った輩は波を成して神社に押し寄せるであろうに。
「猫さーん、おーい。生きてますかー」
…っは!吾輩とした事が、我を忘れていた様だ。
猫をして此処まで惑わす魔性の乳。
魔乳
そんな言葉が吾輩の脳裏をよぎった。
彼女なら連合の艦長服もさぞかし似合うことであろう。
ところで連合とは何であろうか。さっぱり理解できぬ。
「猫さーん!?しっかりして下さい!猫さーん!」
さて、吾輩は先程から中国君の胸に抱きかかえられて居るのだが、何故か意識が朦朧としてきた。あそこに見えるのは川であろうか、これまた赤い髪をした神の如き乳が吾輩を招いている様な…
『ん、渡し舟なら休憩中だよ』
「……さん、目を開けてください猫さん!」
…は、吾輩は一体何を!
「良かった~、私が強く抱きすぎたせいで死んじゃったかと思いましたよ~」
成程、吾輩は乳の谷間に埋もれて窒息していたらしい。
吾輩理想の死に方ではあるが、今は未だ死すべき時では無い。
この世の全ての乳を我が肉球に納めるその日まで、死ぬ訳にはいかぬのだ。
●
吾輩が中国君の帽子の上で性欲を持て余して居ると、視界になにやら妙なモノが入ってきた。
ふよふよと宙に浮かぶ黒い玉。吾輩が見たのはそんな感じのモノである。
玉はあっちにふらふらこっちにふらふらと酩酊したような軌道をとって吾輩達の方向=紅魔館正門の方向へと漂ってくる。
吾輩が毛を逆立てて身構えて居ると、中国君が吾輩の背をぽんぽんと叩いて言った。
「怯えなくても大丈夫ですよ。危なく無いから近くに行って見てきたらどうですか?」
この中国君、呑気そうにしては居てもこういった事に対する判断を誤った事は無い。
吾輩も昨今ではその様な資質こそ門番に必要とされる物なのだと理解して居る。
吾輩は中国君に頭から下ろしてもらい、問題の黒い玉の近くまで注意深く這って行った。
そろそろと近付くと、中から何やらひそひそ声が聞こえてくる。
『ねぇねぇチルノちゃん…もう止めようよ~。こんな事してもたぶん駄目だと思うよ?』
『ふふん、甘いわね大ちゃん。今度こそ大丈夫に決まってるわ!ルーミアに作ってもらったこの暗黒結界の中で、あたい達を見つける事なんて絶対できっこない!やっぱりあたいってば最強ね!』
『…それってただ単にルーミアちゃんに頼ってるだけで、チルノちゃんが強いって事にはならないと思うんだけど…』
『そーなのだー』
『考えたのはあたいだってば!やっぱりあたいってば大天才!』
『そーかなー、私達も前が見えないから危ないような…』
前言撤回、ひそひそと話そうとしているのは一人だけで後の二人、特に「チルノ」と呼ばれている方の声はまるで戦場で名乗りを挙げる武者の如き大音声である。
成程これが危険なものであろう筈が無い。
中国君の方に振り返って見ると、なにやら見ていろと言わんばかりに唇に指を当てて居る。
しぱっ!
次の瞬間中国君の足が閃光の様な速度で動き、足元にあった小石三つばかりを宙に蹴り上げる。それに向かって中国君は右手の指三本を構え…
びびびしっ!
『ひでぶっ!』
『わはっ!?』
『きゃっ!?』
一呼吸の間に三つの石を弾き飛ばした。
どたん べしゃ
『フギャ!』
『ふわっ!?』
『きゃあ!』
びくっ!
しゅたたたっ!
「うわたたっ、爪立てないで!」
耳を澄ましていた所に急に叫び声が聞こえたものであるから、吾輩は吃驚してしまい思わず中国君の胸に駆け上がってしまった。
黒い球…闇の中からはなにやらもみ合う様な音が聞こえてくる。
どうやら中国君が弾いた石に当たって、互いに縺れ合う様に転んでしまった様だ。
「まったく…毎度毎度懲りないわね⑨、少しは学習したらどうなの?」
中国君は吾輩を抱き下ろしながら苦笑交じりに声をかける。
すると、闇の中から先程チルノと呼ばれていた少女の怒声が響いてきた。
『う、うるさぁーーい!⑨って言うなぁ!中国の分際で!!』
ぴき
中国君、顔は笑顔のままだが額にはくっきりと青筋が浮かんで居る。
「…すこしお灸が足りなかった様ね」
しぱっ
びびびびしっ!
『あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!!』
再び煌く中国君の指弾×4、今度はチルノという少女にだけ命中している様子である。
全く相手の姿が見えないと云うのにこの精度。全く持って大した腕前だと言えよう。
『あがががッ…ッ痛ぅ~~~~!』
『チ、チルノちゃん!大丈夫!?』
「⑨~気が済んだでしょ?その程度の目晦ましで私を出し抜ける訳無いって…ちょっと考えたら分かりそうなもんでしょうに」
吾輩の目から見ても、この二人の実力差は歴然として居る。
本来であれば「勝負」どころか「戦闘」にもならぬのだろう。
故にこれは「遊び」である。
子猫と母猫のじゃれ合いと同じ言わば「喧嘩ごっこ」
弾幕ごっことはまた一風違った真剣勝負。
勝負とは言っても勝ち負けなどは問題では無い。
子供は大人に真剣に勝負を挑み、大人は子供に遊んでいる事を気付かせぬ様にこちらも真剣に相手をする。
そうやって子猫は少しずつ喧嘩のやり方や、やってはいけない事。
力加減などを勉強していくものなのだ。
『うるさいうるさいうるさーいっ!!こうなったら背氷の陣よ!あと⑨って言うな!』
尤も子猫の時分には、相手が遊んでくれている事など気が付かぬ物なのだが。
「そりゃ私の台詞だってば、それに背水…まあ良いわ、来なさい⑨!」
『うがー!また言った!ルーミア、行くよ!』
『わはー♪“闇符「ダークサイドオブムーン」”♪』
「うわっぷ!?なんじゃこりゃあ!?」
“闇符”の宣告と同時に、今まで球形を保っていた闇が蛇の様に中国君に飛び掛る。
「あだ、あだだだだだだっ!!か、齧るんじゃなーい!」
『がじがじがじ、かゆうま~中華出汁~♪』
闇の中、中国君の頭に齧り付く金髪の少女が幽かに見える。
恐らく彼女がこの闇を操っている妖怪、ルーミアなのだろう。
ではチルノは何処に?吾輩の頭上に影が走った。
「ルーミア!そのまま抑えてて!てやっ!!」
吾輩の直上、太陽の中に小さな人影があった。
背中には青く透き通る氷の翅、空よりも碧い髪の周囲には微細な氷の結晶がキラキラと輝いて居る。
氷の妖精に相応しい神秘的な外見、だがその顔に浮かぶのはお転婆な悪戯娘の笑みだ。
「とった!食らえ新技“凍符『マイナスK』”!!」
彼女の周囲に漂っていた氷の粒が渦を成して収束する。
青白い輝きを放つ氷の大結晶。それは信じ難い程の冷気を内封した結界だ。
その余波で吾輩の髭にまで霜が降る程の冷気、あれの直撃を食らえば如何な中国君とてただでは済むまい。
『けふぅ、ごちそうさま~♪』
「げ、やば!」
ルーミアが弾幕を残して暗闇に離脱する。中国君には回避できるだけの余地が無い。
大ちゃん…大柄な妖精は遠くから心配そうにこちらをみている。
「とどめぇっ!」
チルノの手から大結晶が放たれる。冷気の結界から解き放たれた大結晶は…
「えっ?」
温度差に耐え切れずに爆散した。
「わは!?」
「チルノちゃん駄目ぇー!」
「……っ!?いけないっ!!」
爆散した氷の結晶は、打ち出された勢いそのままに氷の散弾として扇状に降り注ぐ。
吾輩が立ち竦んでいる場所、そこは正に拡散弾の有効範囲内だった。
それは実に奇妙な気分であった。
これは死ぬなと実感した瞬間、時間の流れが非常に遅く感じ周りの光景がいやにはっきりと目に映って居る。
ルーミア…闇の中から顔を出して、真っ赤な瞳と口を大きくあけた驚いた表情を見せて居る。彼女の顔をはっきり見るのは初めてだ。
大妖精…散弾を食い止めようと必死に魔力を集めている。だが間に合わぬだろう。
チルノ…真っ青な顔をして呆然として居る、まさか氷が爆散するとは考えてもみなかった様子だ。
そして、中国君は…
…此処まで考えた所で、吾輩の視界が氷の弾幕に蔽いつくされた。
吾輩は此処で死ぬのであろうか……
…いくら待っても最後の衝撃が伝わってこない。如何に死ぬのは一瞬とても最後の瞬間ぐらいは痛みを感じても良さそうなものなのだが…
…吾輩は恐る恐る目を開けた。
「………っ!」
最初に吾輩の視界に飛び込んできたのは七色の光。
「……っくぅぅ!」
そして、その極彩色の渦で氷の弾幕を食い止めている中国…否、紅美鈴の後ろ姿であった。
「「「めーりん!」」さん!?」
“気を扱う程度の能力”
彼女は左手に気を集中させ襲い来る凍気を凌いで居る。
だが、絶対零度にも匹敵する超低温の凍気は彩気の渦を瞬く間に侵し、美鈴の腕をも凍結させていく。
ぱきぱきと音をたてて凍っていく彼女の左腕。
妖怪と雖も痛くない訳はなかろうに彼女は微動だにせず、瞳を閉じ構えた右腕に気を集中圧縮させて居る。
「……“極光”…」
ぱきーんと透き通った音を立て、左腕の肘から先が砕け散る
彼女はくわっと目を見開き
「『華厳明星』!!!!」
右腕より打ち出された極彩の気塊が凍気を飲み込み
「破!」
その全てを消し去った
●
誰も彼もが呆然と佇んで居た。
悪戯好きの氷精も
心配性の妖精も
無邪気な暗闇も
そして吾輩も
誰も言葉を発しようとはしない
発した瞬間、何かが壊れてしまうのが分かっていたからだ
「あ、あ、あたい…そんなつもりじゃ…」
沈黙を破ったのは氷精だった
その顔に張り付いているのは恐怖か後悔か
今にも泣き出しそうな顔でブルブルと震えて居る
「あたい、あたいは、あんたなら怪我なんかしないって…あたいは!!」
「チルノ」
小さな体がびくりと揺れる
呼びかけた人影は隻腕
何時の間にか、美鈴はチルノのすぐ傍に立っていた
向かい合う二人、その顔に浮かぶのはどんな表情であるのか…吾輩からは見えぬ。
「………なさい」
チルノの足元に透明な氷の結晶がぽたりと落ちる
「…めんなさい…」
それは氷精の涙石
「ごめんなさい…ごめんなさい!」
大粒の涙をぽろぽろと零し、泣きじゃくりながら謝るチルノに…
ぽん
「ん、よく言えました♪」
美鈴はにっこりと笑って彼女の頭に手を置いた
「自分が“やってはいけない事”をしてしまったって自覚はあるみたいね。きちんと反省できてるなら、今回はもういいわ」
「めーりん…でも、でも腕が!?」
「ああ、これ?じゃあちょっとした手品を見せてあげる」
彼女はメイド長宜しくのタネ無しマジックよーと呟きながら、胸元から取り出したスカーフを砕けた左腕にふわりと被せた。
「タネも仕掛けも御座いません…1・2・3!」
次の瞬間スカーフの下から元通りの美しい腕が、にょきりと生えてきた。
「へ?」
「わは~」
「うわぁ」
三者三様に驚く少女達。
無論吾輩とて吃驚して居る。
常日頃から貧乳メイド長に剣山の如き針鼠にされても、一日も経てば復活する驚異的な生命力を持って居ると知ってはいたが、粉砕された腕を一瞬で再生するとは…目の前で見た事とはいえ我輩自身の眼球を疑ってしまうような光景である。
チルノなどは金魚の様に口をぱくぱくさせて居る。
「な、な、な」
「な?」
「何よそれー!そんなの反則じゃない!」
地団太を踏んで悔しがるチルノ。
先程までの殊勝な雰囲気など、もはや跡形も無い。
「”気を扱う”っていうのは伊達じゃなくてね、地に足をつけてれば地脈から無尽蔵に力を吸い出せるのよ。ま、だから弾幕ごっこはあんまり得意じゃ無いんだけど…このお屋敷で門番を張ろうっていうなら、このぐらいの芸は無いとね。黒白の魔砲、咲夜さんのお仕置き、パチュリー様の実験台、お嬢様相手の組手、妹様の遊び相手、どれをとっても生き残れないわよ…とほほ」
凄まじい能力の割りに地味に報われない活用先、吾輩聞いていて思わず涙がほろりと出てきてしまった。
見れば大妖精もハンカチを目元に当てて居る。
「そんなのあたいが知るわけ無い!心配して損しちゃったじゃないこの中国…っ!あだだだだだ!!」
チルノの頭を撫でていた中国君の手が、ぎりぎりと音をたてて頭に食い込んで居る。
「あ~、まだ反省が足りない⑨な頭はこれかな~?再生できるって言っても、痛いものは痛いし体力気力だって結構使うんだ か ら ね !」
「だからね!」の部分で一句毎に力を込めているらしく、チルノの手足がばたばたと動く。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!ま、⑨って言うな~!このこの!」
腕を振り回して抵抗するチルノだが、リーチの差はなんともし難い。
「はっはっは、あんたのリーチで届くわけないじゃない。どこまでも⑨ね~♪」
「むきー!だったらこうするまでよ!」
「あ、馬鹿急にそんな事したら…」
足を大きく振り上げるチルノ。
さて、吾輩が先程から拝見している限りではチルノ嬢に格闘技の嗜みは無い。
そんな彼女が先刻の攻撃で凍りついた足場の上でハイキックなどしようものなら…
つるん
「ひゃ!?」
「わお」
「ああっ!」
チルノ嬢…いや、⑨の体はきれいに半円を描いて…
どご
「へぐぅ」
芸術的なポーズで地面に後頭部を強打したのである…
「あちゃ~…だから言わんこっちゃ無い」
「ち、チルノちゃん!大丈夫!?」
「大丈夫なのか~?」
大丈夫であるものか、⑨はものの見事に目を回して居る。
吾輩が顔をなめてみたのだが、気が付きそうな様子は全くない。
中国君も気まずそうである。
「え~と…とりあえずあんたら、この馬鹿が気が付く迄私の部屋でお茶でも飲んでく?」
とりあえず気をつかってみる事にした様だ。
つくづく便利な能力である。
●
中国君の部屋は、正門のすぐ裏にある門番隊詰所に隣接した小屋である。
吾輩の額よりかは随分広いのだが、門番長という彼女の肩書きを考えれば随分と粗末な部屋であると吾輩は思う。
だが六畳一間の小さな部屋はよく整理されていて、狭さを感じさせない。
部屋の片隅に据え付けられた薪ストーブの上では、薬缶がちんちんと湯気を立てて居る。
壁側にある藁マットの寝台の上には、後頭部に大きな瘤をつくった⑨がうつ伏せに寝かせてある。
吾輩は⑨の顔を覗き込みながら寝台の端に寝転がっていた。
「氷精の体の事はよくわからないけど…とりあえず頭を冷やしておけば大丈夫でしょう」
「はい、それでいいと思います」
中国君が冷水で絞った手ぬぐいを瘤にのせると、幾分⑨の表情が楽そうになった。
「さて、お茶にしましょうか。え~と、大妖精だっけ。あんたは熱いお茶で大丈夫?」
成程、これが⑨であれば冷茶でなければならぬ所だ。
「あ、はい大丈夫ですお気遣い無く。…本当に何から何までご迷惑をおかけしてすみません。」
この大妖精、妖精にしては驚くほど礼儀正しく腰が低い。恐らく結構な歳月を経た力ある妖精なのだろう。
中国君の方が恐縮したように手をぱたぱたと振って居る。
「いーのいーの。そっちがそんなんじゃ、こんな襤褸家に通したあたしの立場が無いってもんよ。ルーミア、あんたは?」
外では闇を纏っていたせいで姿が見えなかったルーミアだが、部屋に入ると同時に闇は彼女の中に吸い込まれていった。
いまはうっすらと彼女の周囲に漂う程度である。
中国君に聞かれたルーミアは少し考え込んでいたが、ぱっと明るい顔をして…
「ん~~…減らないお肉~♪」
がぶ
中国君の左手に齧り付いた。
「あだだだだだっ!?これは食べ物じゃ無い!!」
必死の形相でルーミアを引き剥がす中国君。
いくら再生できると言っても、自分の体を食べられて良いというものではないから至極当然な反応と言えよう。
「え~、そーなのかー?」
「そーなのよ!…まったく、これでも食べてて」
彼女が差し出したのはコッペパンである。しかし吾輩の認識が正しければあれはたしか…
「わーい、コッペパン~うまうま」
「とほほ、今日の昼食が…」
…後で鼠でも差し入れた方が良いであろうか?
「さて、大妖精さん。さっきから何か話したい事があるようだけど?」
全員にお茶と食べ物が行渡り(吾輩はミルクをご馳走になった)、一息ついたところで中国君がこう切り出した。
「………」
成程大妖精は先刻からじっと手のひらの上の湯呑みを見詰めて居られる。
「私にできる事なんてたかが知れているけど…できる事なら力になるよ?」
大妖精はまだ躊躇いながらも口を開いた。
「…こんなお願いをするなんて筋違いだって云う事は十分わかっているんですけど……チルノちゃんのお友達になってあげて欲しいんです」
中国君は続きを促す。
「ご存知の通り、チルノちゃんは妖精の中では桁外れに強い力を持っています。普通の妖精はチルノちゃんみたいに幻想郷の他の妖怪と渡り合う様な力は持っていません」
妖精族、それは幻想に住まう者達の中で最も力弱い種族だ。
自然の力の流れから生まれ出る彼女等は、川の流れに浮かぶ泡沫の様な存在。
その多くは自身に帯びた僅かな魔力を振るう事しかできない。
だが、何事にも例外というものは存在する。
吾輩達の目の前に居る大妖精も、その例外の一つ。
「…あなたはチルノの友達じゃないの?」
「いいえ!私にとってもチルノちゃんは大切なお友達です!でも…」
でも?
「でも、最近チルノちゃんの様子がおかしいんです。少し前にあった花の異変、あの時以来チルノちゃんは自分の力を…その、まるで怖がっている様に見えるんです」
成程。先程の勝負の時、吾輩が見た表情もその様であったと記憶して居る。
「私達妖精は、陽の気から生まれた種族です。物事について深く悩んだり苦しんだりする事はありません。でも現実にチルノちゃんは苦しんでいる…今、チルノちゃんの存在はとても不安定な状況にあります。もしまたさっきみたいな事があれば…最悪の事態も考えられます」
最悪の事態…それは妖精族にとっての死、消滅という事か。
此処で中国君が口を挟んだ。
「まって、悩みや苦しみがあんた達にとって毒だっていう話はわかった。でもそれだと今のあんたも結構やばい状態なんじゃないの?」
吾輩の目にも大妖精は悩み苦しんでいる様に見える。
「こう見えても現界して200年ぐらい経っていますから。私の存在は既に安定しています」
そういって彼女はくすりと苦い笑みを浮かべた。
成程、それは歳月を重ねたものだけができる表情である。
「ですが、チルノちゃんはまだ見た目通りの時間しか過ごしていないんです。それなのにその力は既に私を大きく上回っています…チルノちゃんの存在は、まだとても不安定なのに…」
彼女はぎゅっと手を握り締める。己の無力を嘆くかの様に。
「いまチルノちゃんに必要なのは、正しい力の使い方を教えてくれる相手なんです!でもその為には私じゃ力が足りない…」
「ルーミアやリグル達とも仲が良かった筈だけど…あの子達じゃあ駄目なの?」
ルーミアの方に目をやると、腹が満ちて眠くなったのか彼女は既に卓に突っ伏して居た。
チルノが卓越した力を持っているとは言っても、それは妖精という種族の中に限った事。
幻想郷というマクロな視点で見れば、チルノの力などたかが知れている。
「確かにルーミアちゃんやリグルちゃんは、チルノちゃんと同等の力を持っています。でも、その力は自分の存在にきちんと適応した力なんです。彼女達は生まれながらにその力を使いこなす事ができます。でもそれだから「使い方」を教える事はできないんです。」
一息おいて彼女は続ける。
「私が知る限り、最も力を「扱う」事に特化した能力を持っているのが美鈴さん、あなたなんです。だから…」
「だから教師代わりの“友達”になって欲しい…と?」
「はい、ご迷惑とは思いますが…」
大妖精はじっと俯いている
「迷惑な話ね…とても」
中国君は難しい顔で答えた。
「私にはこの館、紅魔館の門番という仕事がある。チルノと遊ぶって事は、その仕事を放棄する事になるのよ」
「そう、ですね。我侭を言ってしまってすみませんでした…」
力なく答える大妖精。
その様子を片目でみながら中国君はこう続けた。
「でもね、傍若無人に正門を突破しようとする侵入者の相手をするのは門番の仕事。その侵入者達が何を目的としていようが、それは門番の関知する所では無いわ」
まったく、この館の住人はどこまでも素直では無い。
遊んで欲しければ、今日の様に勝手に攻めてこい。中国君はそう言っているのだから。
泣き笑いの表情を見せる大妖精。
それに…と中国君は続ける。
「私だって休憩時間が無い訳じゃ無い。その時間内なら私が誰と話そうと、お茶を飲もうと、咲夜さんだって文句は言えないわよ」
「はい…ありがとうございます…」
中国君はふにゃりと微笑んで、大妖精を優しく抱きしめた。
「それにね、頼まれなくても私はあなた達の友達のつもりよ」
…吾輩は今猛烈に感動して居る。
思えば生まれてこの方、やれ餓巫女だ、やれ変態貧乳メイドだのと非常識極まりない人間の暗黒面ばかりを見て育ってきてしまった。
吾輩は生まれて初めてこの様な美しい、正しい意味での愛情を見る事ができたのだ。
嗚呼世界はなんと美しいものか。
あの眩いばかりの旭日も吾輩達を祝福しているかの様ではないかっ!!
ん?
旭日?
『さて、あなた達。覚悟は良いかしら?』
『待って!落ち着いてパチェ!そう、心眼よ!心眼を開いて!そうすればきっとお互いに分かり合える筈よ!』
『そうよ!お姉さまの言う通りよ!考えるんじゃないの、みんな壊しちゃえばいいのよ!』
『はぁはぁ…恐怖に怯えるお嬢様…素敵ですわ~~~!!』
『こぉんの変態共がぁ!だからお前はアホなのだ!今はそれどころじゃ無いってのに!』
『いいのよレミィ、今更謝った所で私が許す筈も無いもの』
『ぱ、ぱちぇ~~~?』
『さようなら、レミィ。愛していたわ』
“日&月符「ロイヤルダイヤモンドリング」”
直後、館から吹き飛ばされてきた黒焦げ馬鹿三人の直撃を受け、門番長小屋は倒壊した。
●
はて、此処は何処であろうか。
吾輩は何時の間にやら見覚えのある河原を歩いていた。
河原には彼岸花が咲き乱れ、そのなか程にどこかで見た様な乳が立っている。
『おや、またあんたかい?よっぽど此処が気に入ったと見えるねぇ』
いやいや、吾輩が気に入っているのは此処ではなく貴女なのだよ。
『まあいいさ。見たところ完全に死んでしまっている訳でも無さそうだし…いっしょに昼寝でもどうだい?』
無論!お供いたす所存で御座る!是非ともその偉大な胸の中でぇぇぇぇ…あれ?
何故だ、何故に吾輩は前に進めぬのだ!?
『随分と…愉快なお友達が居るようねぇ…小町』
『え、え、えーきさま…いつからそちらに?』
何時の間にやら吾輩は小柄な少女に首の後ろで吊り下げられて居た。
『“おや、またあんたかい?”からです。まったく…いつまでたっても魂が渡ってこないから様子を見に来てみれば…何をしていたのか…聞いてもよいでしょうか…ねぇ小町?』
『あわわわわわ、すいませんすいません!ちょと休んでいただけなんです!』
嘘をつけ、吾輩がずいぶん前に来た時にも休憩中だったではないか。
『ふむ、まだそんな言い訳をするのですか…そういういけない舌にはお仕置きが必要だと思うのですが…なにか異議はありますか?』
『い、異議あ『却下します』ぅあ~~~』
自分から訊ねておいてこの仕打ち、この貧乳少女が目の前の神乳に対してどれ程の怒りを抱えているのか…それだけでも判ろうと…ん?何故この貧乳少女は吾輩を睨み付けて居るのであろう?我輩この極貧乳少女とは初見の筈なのだが…
『ふむふむ、あなたは他にどの様な事を考えているのですか?』
どの様なと言われても…先刻抱かれた時に触った胸がかつて無い程真っ平らで悲しくなったとか、貧乳の分際で巨乳を虐げるのはどうかと思うとか…
『ほうほう』
幻想郷においては態度の大きさと胸の大きさは反比例するのかも…
『なるほどなるほど』
…あの…一つ質問しても宜しいでしょうか?
『はい、なんでしょう?』
ひょっとして…吾輩の考えている事が…理解デキルノデショウカ?
『ええ、私は閻魔ですから♪』
え、閻魔様?
『はい、自己紹介が遅れました。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。幻想郷全ての魂の裁きを司る者です。ですから、如何にあなたの力“邪念を気付かれない程度の能力”といえども、私の前では無力なのです。御理解いただけましたか?』
いえすまむ
『結構。あなたはまだ死んでいない様ですからまだ私の裁きを受ける事はできません…で す が … 』
が?
『あなたが常日頃から抱えている煩悩の数々、能力を悪用しての不埒三昧、まして先刻の私に対する暴言の数々!!このままでは私はあなたを無間地獄に落とさなければなりません。そうならないように!』
に!?
『今ここでたっっっっっぷりと説教をして、その性癖。矯正してあげましょう!!!』
私刑執行!?
『いいえ、これは私怨などではありませんとも、別に極貧乳だとか悲しくなったとか虐待がどうとか反比例がこうだとか、そのような事は一切関係ありません!ありませんったらありません!!ええ!ありませんとも!!!』
嗚呼、吾輩の命運は今まさに此処で尽きようとしているのか?
『大丈夫です、殺しはしません』
説教じゃないのデスカ?
『実力行使も説教のうちです。これも私からの愛だと思って真摯に受け止めなさい!
いいですか!?あなたは少しばかり乳々と胸の大きさに拘りすぎる!それというのも!!!
セッキョー タノシイョ セッキョー
其の後、反魂の術で迎えにきてくれたこぁ女史が平謝りに謝ってくれるまでの二時間もの間、吾輩は弾幕混じりの説教を食らい続けたのであった。
●
文々。新聞 第●○△号
『紅魔館倒壊!?』 一面
『紅魔館に新住人!?』 二面
『フランドール・スカーレット嬢、クレヨン画個展開催』 三面
△月×日午後三時頃、湖の畔に立っている紅魔館で突然大爆発がおこった。
爆発は極めて強力な魔法によるものとみられ、紅魔館一階ロビー、正門横の門番(種族不詳・紅美鈴さん)宅が全壊・重軽傷者三妖+一人+一匹を出す惨事となった。
爆発の起きた当日は、午前中から小規模な炸裂音や絶叫が辺りに響き渡っており、本誌記者も早い段階から現場で取材を行っていた。
それによると、午前中から紅魔館の主人であるレミリア・スカーレットさん(吸血鬼)とその妹、フランドールスカーレットさん(吸血鬼)が姉妹喧嘩を繰り広げていたとの事。本来二人を止めるべき立場にあるメイド長。十六夜咲夜(人間)がこれに加担した為に被害が拡大。ついに図書館にまで甚大な被害を与えた為、図書館長パチュリー・ノーレッジ(魔女)が激怒。実験呪文で三人を纏めて吹き飛ばした、というのが今回の事件の真相である。
大爆発を起こした犯人であるパチュリー氏は「ついかっとなってやった、いまは反省している」とのコメントを発表しているが、そもそもの原因であるスカーレット姉妹の喧嘩の理由などはいまだに不明のままであり、今後の調査が………
「ちょっと、新聞の上に載らないで頂戴」
吾輩が新聞の上で丸くなりながら紙面を読んでいると、主人が吾輩を摘まみ上げてしまった。
まだ記事の途中なのだから邪魔をしないで欲しいものなのだが…
「フランの記事が読めないじゃ無いの…へー、なかなか上手く描けているじゃない。あの烏もすてたものじゃないわね」
「どうせだったらあなたの絵も記事にしてもらえばよかったのに、“この猫が本来あるべきだった運命”って事でごまかしたんでしょう?」
無礼な主人をフォローするように、パチュリー先生が吾輩を優しく抱き上げてくれた。
「うるさい、余計なお世話よ。まったく…今回はパチェのせいで酷い目にあったわ」
主人はずいぶんと御機嫌斜めである。今回の件で妹には嫌われるわ、絵の腕前が世間様にばれるわ、友人には爆殺されかけるわでは機嫌の善かろう筈も無いのだが…
「私のせい?」
「ええ、パチェが紹介してくれた本の通りに描いてみたのに…全然効果が無いんだもの」
「それはちがうわレミィ、ちゃんと本を最後まで読まないあなたが悪いのよ…ほら、最後のページ。ここにちゃんと“…ってけーねが言ってた”って書いてあるじゃ無い」
「なんですと!?じゃあなんでこんな本を!?」
「読んでる途中って言ったでしょう。それに最後まで人の説明を聞かなかったのは誰?」
「あぅあぅ」
「他になにか?」
「ねぇパチェ…」
「なぁにレミィ」
「愛してるわ」
「ええ、私もよ」
主人はふらふらと書斎を出て行った。
あの様子だと、また三日程自室に閉じこもるのだろう。
吾輩はパチュリー先生の胸の感触を楽しみながらくしんと一つくしゃみをした。
其の後、氷精チルノはしばしば紅魔館正門に遊びにくるようになった。
中国君の休み時間には、彼女の部屋でお茶をご馳走になっている様だ。
先日は強襲してきた黒白鼠に二人まとめて黒こげにされていた様だが、すぐに復活しぎゃんぎゃんと騒いでいた。
これは黒白の手加減具合を褒めるべき所なのだろうか?
吾輩が見ている紙面の片隅には『お手柄少女隊、紅魔館被災地で救助活動』の文字と共に、チルノ、大妖精、ルーミア、中国君の四人が笑っている写真が載っている。
皆とてもよい笑顔をしている、と吾輩猫ながら感心してしまった。
赤松の間に二三段の紅を綴った紅葉は昔の夢の如く散ってつくばひに近く代わる代わる花弁をこぼした紅白の山茶花も残り無く落ち尽くした。
南側の散歩道に冬の日脚が早く傾いて木枯の吹かない日は殆んど稀になってからも、吾輩の日常はなんら変わる事が無い。
主人は毎日神社へ行く。帰ると部屋に立て篭もる。友人が来ると愛が痛いと言う。クレヨン画は話も出ない。
チルノ達は益々元気盛んに正門に通い、中国君とお茶を飲んで時々吾輩を尻尾でぶら下げる。
パチュリー先生は相変わらず朝に弱く、こぁ女史も優しい淑女のままだ。
吾輩は御馳走も食わないから別段太りもしないが、時々ルーミア嬢に追いかけられる。
妹君は益々絵が達者になる。貧乳メイドは未だに嫌いである。
名前はまだつけてくれないが、欲をいっても際限が無いから生涯この館で無名の猫でおわるつもりだ。
(終)
吾輩はピンチである。余命はもう無い。
「…引く気は無いのね、フラン?」
「お姉さまこそ…コンティニューできないよ?」
きゃっと みーつ すかーれっと Ⅱ
~きゃっと ふぁいと れでぃーごー!~
右の手に 弾幕を
左手に スペルカード
こめかみに 青筋を
唇に ほほえみを
背に負うは 絶対の死
何故吾輩がこの様な状況…魔力全開殺るき満点の主人、レミリア・スカーレットとその妹君、フランドール嬢の間で板ばさみにされなければならぬのか。
吾輩自身もとんと解らぬ。
事の発端は今を去ること1時間前。
吾輩は主人の寝室で食後の昼寝をして居た。
ベッドメークを終えたばかりの寝台は例えようも無い程にふかふかであり、主の部屋であるが故に吾輩の睡眠を邪魔する輩もおらぬ。
日当たりが悪いのが玉に瑕であるが、絶える事が無い暖炉の炎が部屋に心地よい暖気を巡らせる。
午前の掃除を終えたばかりの寝室、此処は吾輩の密かな昼寝スポットである。
そうして吾輩が惰眠を貪っていると、何やらひそひそと声が聞こえてきた。
(おねーさま、ここにいるの?)
(ええ、あの猫は私のベッドがお気に入りの様だから)
(えーずるーい、私もお姉さまと一緒に寝るー)
ぶはっ
「はぐっ…ふふ、フランは甘えんぼさんね♪是非今からでも!」
(しー!お姉さま声が大きい!)
(はっ、私とした事が…つい…)
途中一人が大きな声を出したので、吾輩は目を覚ましてしまった。
薄目を開けて見てみると、ベッドの下から二対の翼…蝙蝠の羽と宝石の翼が生えて居る。
姿を隠しているつもりなのだろうが間違うことなくレミリア+フランドールのスカーレット姉妹であろう。
(よーし、まだ起きていない様ね。フラン、今のうちに描いてしまいましょう!)
(うん!)
成程、先刻図書館でパチュリー先生に泣きついて居たクレヨン画の件であろう。
(いいことフラン。絵を描くと言う事はただ目の前にある物を書き写すだけでは無いの、二次元たる紙面に三次元たる立体を書き写す。これは言ってみれば世界の再構成・創造であって…)
(いいから早く始めましょ)
(あぁっ、駄目よフラン!心の目を、心眼で見なければ真の絵描きとは!)
吾輩は失笑を禁じ得なかった。
本を借りてから一時間も経っていないというのに、主人は一端の絵画論を展開して居られる。
大方本の都合の良い所だけ斜め読みにして薀蓄を垂れているのに相違無かろう。
吾輩はもう十分に寝た。欠伸がしたくて堪らない。
(おっ絵かきおっ絵かき楽しいな~♪ふん♪ふん♪)
(考えるんじゃ無いの…感じるのよ!)
ぐりぐりぐり
然し折角主人と妹君が熱心に・気分良く筆を執って居るのを動いては気の毒だと思うて、ぢっと辛抱して居つた。
この紅魔館で最も優先すべき事象、それは妹君の御機嫌である。
吾輩とて誇り高き猫族の端くれ。例え主であろうとも媚を売って寵愛を得よう等とは微塵も思わぬ。
だがそれはそれ、これはこれ。何事も命有ってのものだねである。
初めて見る愛くるしい子猫相手に“我が弾幕に斬れぬモノ無し!”的スペルカードを炸裂させてくれた妹君の事。
此処で吾輩が作画の邪魔でもしようものならQED炸裂は必定。
哀れ吾輩は壁の染みに成り果てるであろう。
吾輩は話に聞く「すふぃんくす」の如く微動だにせぬ不動の体制を保って居た。
(ふん♪ふん♪ふん♪)
妹君は非常に御機嫌な様子である。
横目にちらりと見てみたところ、彼女は吾輩の輪郭を書き上げて顔のあたりを色彩って居る。
成程お絵かきが気に入っていると言うだけの事はあり、その造形は確かなものである。
殊に吾輩が密かに自慢に思って居る腰から尻尾にかけてのライン取りなどは見事なものだ。
(う~…考えるな考えるな…感じろ感じろ…心眼心眼心眼心眼…)
一方主人は大変難しい顔をして居られる。こちらの方は…
……
…吾輩は自白する。吾輩は猫として決して上乗の出来では無い。
背といい毛並みといい顔の造作といい敢て他の猫に勝るとは決して思って居らん。
しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人に描き出されつつある様な妙な姿とは、どうしても思われない。
第一色が違う。吾輩は波斯産の猫の如く黄を含める淡灰色も漆の如き斑入りの毛並みを有して居る。
是丈は誰が見て疑うべからざる事実と思う。
然るに今主人の彩色を見ると、黄でもなければ黒でも無い。灰色でもなければ褐色でも無い、さればとて是等を混ぜた色でもない。
只一種の色…赤としか評しようの無い色である。
吾輩は先刻白状した通り、猫として上乗の部類では無い。
他の猫と比べ、三倍の速度で走ったり彗星であったり若さを認めたくない訳では決して無いのである。
その上不思議な事に足が六本もある。否、その下に目らしきものがある所を見ると、あれは耳であろうか。
兎に角その様な具合で何処が頭で何処が尻尾かも判然としない、敢て例えるならば…赤いアメーバとしか評しようの無い絵である。
吾輩は心中密かにいくら心眼でも是では仕様が無いと思った。
然し其の熱心には感服せざるを得ない。
(心眼心眼心眼心眼心眼心眼心眼心眼…)
主人は先刻より今に至るまでじっと吾輩を半眼で睨み付けて居られる。
吾輩は心眼とやらは解せぬが、その様に薄目で見て居るから彼のアメーバの如き図柄になるのでは無かろうか。
(ふん♪ふん♪ふん♪)
妹君の方は吾輩の体の写生が終わった様で背景の部屋まで書き始めて居る様子である。
それを横目で見る主人の頬がひくひくと痙攣を始めて居る。
主人の気持ちも解らぬでも無い。
可愛い妹に絵を教え、妹君の愛情と尊敬を同時に得るという非常に都合の良い絵を思い浮かべていたのであろうが、結果はこれである。
このままでは愛情と尊敬どころか得られるのは軽蔑と憐憫の視線。
プライドの高い(と本人は頑なに信じ込んで居られる)主人には、そのような事態は耐え切れぬであろう。
思えばこの時が吾輩が安穏と場を離れる事が出来た最後の機会であったのだ。
後悔とは破局が訪れた後になって、初めて自覚できる代物である。
ぼき
「あ、折れちゃった」
紅い館の主人の寝室に相応しい深紅の内装を書き写していた妹君の赤クレヨンが折れてしまったのである。
「お姉さま、赤のクレヨン貸して」
妹君もまだこの時点では上機嫌で居られた。
「…駄目よ…フラン…」
我が敬愛すべき主人のこの一言を聞くまでは。
「え?お姉さま、何を言って…」
「貸す事は出来ないわ…」
まだ自分の姉が何を言っているのか理解できない妹君に、真っ黒なオーラを背負って貸さぬと告げる駄目主人。
「でももう少しで描き終わるのに!少しぐらい良いじゃない!減るものじゃなし!!」
いやいや妹君、クレヨンは使えば減る。これがこの世の真実である。
「今あなたに赤を貸すと、私の猫が描けないじゃない。」
だから吾輩は何某専用の毛並みなどしておらぬと言うに。
「それに…初めに言ったでしょう?“猫”を描くって。貴女が今描いているのは猫では無い。それは只の猫の居る風景画。心眼を開かずに描いた絵などもはや絵とは言えないわ。誤った道に進もうとする妹を正すのは、姉としての責務なのよ。そう、これは義務。義務なのョギムギムギムギム… 」
メリーベルか己は。
危険な気配を漂わせ始めた妹君に、何かに魘される様に答える主人。
しかし背景を描いたから猫の絵では無いとは…蛇足の故事も裸足で逃げ出す屁理屈振りである。
どうやら主人は自らのプライドを守る代価に、人として大切な物を売り払う事にした様だ。
悪魔である彼女等に猫が人としての道を説く。この事の無意味さ加減に気付かぬ吾輩では無いのだが…嗚呼頭が痛い。
「…本気…なの?」
何時の間にやら妹君の手には歪な形をした杖が握られて居る。
「ええ、フラン。こんなに部屋が紅いから…」
薄っぺらな胸の前に手を組む主人。双方共に撃鉄を起こし、破滅の幕が今正に上がろうとして居る。
「「たのしいお昼になりそうね」」
吾輩は心中声を大にして叫んだ。たのむから他所でやれ!と…
かくして吾輩は一歳にも満たない生涯の内で、既に何度目かの“極めて深刻な生命の危機”に直面している訳なのである。
もし幻想郷に神が居るのなら神にも祈ろう。
だが神が居たのは既に過去の…旧作の話であるし、居たところで悪魔の館の居候としてはやはり頼るに忍びない。
部屋の空気を紅の妖気で飽和させてにらみ合う紅の姉妹。
このまま二人が戦闘を開始すれば、吾輩を待つ運命は先刻主人が書いていたアメーバもどきである。
それとも運命を操るという主人は、この事あるを予見してあのような絵を描いたのであろうか?
だとしてもそんな最期は御免蒙る。
吾輩の最期は百人の巨乳美人にもみくちゃにされ、乳の谷間で南無阿弥陀佛と唱えながら溺死と決めて居るのだ。
嗚呼、この場を助けてくれるのならば貧乳であろうとも文句は言わぬ。
誰か助k…
はぁはぁはぁ
静まり返った部屋の中、何処からか獣の如き荒い息遣いが聞こえてくる。
ひぃーす…ひぃーす…
否、もはや獣の物とも思えぬ程、奇怪極まりない呼吸音が…
姉妹の視線が部屋の一点、クローゼットに向けられる。
よくよく見ればクローゼットの下側からは夥しい量の血液…恐らくは鼻血であろう…が染み出しており中からは
(はぁハァ、お嬢様のお絵かき手取り足取り腰取りレクチャーでフゥー!!)
などと煩悩垂れ流しの妄言が聞こえてくる。
大方下着でも盗もうとしていたのか、絵描きに四苦八苦して居る主人を愛でている内に妄想が暴走してしまったのであろう。
吾輩は貧乳を好かぬ、この紅魔館の貧乳メイド長の如き偽乳ならばなお更の事である。
だが、この時ばかりは完全で瀟洒な貧乳・十六夜咲夜に百万の感謝を。
有難う十六夜咲夜、そしてさようなら十六夜咲夜。来世こそは巨乳神の加護あらんことを。
禁忌「カゴメカゴメ」
神槍「スピア・ザ・グングニル」
囲んで墜とす最凶コンボ。哀れクローゼットは大脱出マジックの箱と化した。
メイド長の生死は不明であるが、種無しマジックが特技の彼女のことである。
心配するだけ無駄。それ以外の感慨など持てぬ。
炸裂音と絶叫が響き渡る部屋を抜け出し。
吾輩は両足を前へ存分のして、首を低く押し出しくわぁと大きく欠伸をした。
こうなってしまった以上、もう大人しくしている理由もなかろう。
どうせ主人の甘い目論見は打ち壊れたのであるから、中庭にでも行って昼寝をしようとのそのそ這い出した。
すると主人が失望と怒りを掻き混ぜたような声で
「この変態共!」
と怒鳴り散らす声が聞こえた。
この主人は人を罵る時は必ず「変態」というのが癖である。
確かにこの紅魔館、吾輩以外何れも劣らぬ変態ぞろいであるからして、他に悪口の言い様を知らぬのは無理も無いが、今まで辛抱して居た我輩に感謝の一言も無いのはどうかと思う。
それももう少しばかり大きい胸をしているのならいざ知らず、妹君にも劣る洗濯板の分際でこの言い様は酷い。
元来貧乳というものは自己の力量を弁える事無く、己の分際を過信して居る。
もう少し大きい乳が出てきて苛めてやらなくては、この先どこまで増長するか分からない。
まぁ気長に巨乳の時節を待つがよかろう。
●
吾輩も此位なら我慢もするが、吾輩は貧乳の不徳について是よりも数倍悲しむべき事実を目撃して居る。
吾輩の館の正面には、中々立派な作りの門がある。
さっぱりとした心持ち好く日の当たる所だ。
うちの貧乳メイドが怒りくるっておちおち昼寝の出来ない時や、妹君が退屈そうに館内を歩き回って居られる時などは、吾輩はいつでも此処へ出てごろごろとしているのが例である。
主人の寝室を辞去した吾輩は、メイド長用にとってあった昼食(本日の献立はコンビーフと胡瓜のサンドイッチであった)を失敬した後、昼寝場所を求めて館内を散策して居た。
門柱の根元を嗅ぎまわりながら正面までくると、大きな胸が前後不覚に揺れて居る。
彼女は吾輩の近付くのも一向心付かざる如く、又心付くも無頓着なるが如く、大きな鼾をして悠々と眠って居る。
館の門の守り手たるものが斯う迄平気に睡られるものかと、吾輩は密かにその大胆なる度胸と胸囲に驚かざるを得なかった。
もっとも館内からは未だに爆音と絶叫が辺り一面に響き渡って居る。
よほどの阿呆か度胸のある者でなければ近付こうとは思わぬであろう。
さて彼女は大陸系の服装を纏った赤髪碧眼の華人である。
僅かに午を過ぎたる太陽は、透明なる光線を彼女の胸の上に投げかけて、きらきらと光る胸の谷間のボタンと紅色の髪より目に見えぬ炎でも燃え出づるように思われた。
彼女は巨乳中の巨乳とも云うべき程の偉大なる胸囲を有して居る。
彼のメイドの倍、否三倍程もあるのではなかろうか。
吾輩は嘆賞の念と好奇の心に前後を忘れて彼女の前に佇立して余念もなく眺めていると、静かなる小春の風が、塀の上に張り出した立ち木の枝を軽く誘ってばらばらと茂みの中に落ちた。
龍王はくわっと其の目をまん丸に開いた。
吾輩は猫で有るが故に物覚えは良くない。
だが、彼女の瞳の色はいまでも記憶して居る。
その目は人間の珍重する碧玉というものよりも遥かに美しく輝いて居た。
彼女はびくりと体を動かし
「はい!寝てません!咲夜さん、寝てませんよ!本当です!」
と言った。
彼女は暫く慌てふためいて居たが彼女が畏怖する所の上司であるメイド長が近くに居らぬ事を認識すると、大きな胸をふにゃりと撫で下ろした。
撫で下ろした所で彼女を見上げて居る我輩と視線が合う。
そこで彼女はこれまたふにゃりとした笑顔を浮かべ
「猫さんこんにちは。今日もいい天気ですね」
と挨拶をしてきた。吾輩もなぁと一声鳴いて頭を彼女の足に擦り付け挨拶とした。
すりすり
「あはは、くすぐったいですよー。」
●
この門番嬢、名を紅美鈴と云う…そうなのだが、本人以外が其の名を呼ぶ所を吾輩は一度たりとも見かけた事が無い。
「中国」もしくは「門番長」とだけ呼ばれて居る。
吾輩も最初に彼女が名乗った時はきちんとした名前で呼んだのであるが、それ以降は専ら「中国君」で通している。
中国君はこの近辺では知る人ぞ知る剛の者である。
然し余りに自然かつ呑気な態度故に、一見しただけではそうは見えぬ…そうだ。
しかし吾輩程の眼力の持ち主ともなれば、彼女が盆暗などでは無い事などすぐに判る。
彼女の胸を見よ!これ程までに偉大な胸の持ち主が只者などである筈が無い。
然るにこれ程までの偉人が何故に斯様な貧乳共にあごで扱使われているのか。
吾輩などは常々疑問に思っているのだが、中国君自身が全く気にしていない様子なので余り差し出がましい事はせぬようにして居る。
しかし、彼女の胸を一日に一度は見ない事には三度の飯が美味しく食えぬ。
先程述懐した感想は祝詞の様なものだ。あの胸を拝まずに何を拝む?
常々賽銭が来ない来ないと嘆いている件の貧乳貧乏巫女などは、中国君をこそ御神体に据えるべきなのである。さすれば吾輩の様な正しい審美眼を持った輩は波を成して神社に押し寄せるであろうに。
「猫さーん、おーい。生きてますかー」
…っは!吾輩とした事が、我を忘れていた様だ。
猫をして此処まで惑わす魔性の乳。
魔乳
そんな言葉が吾輩の脳裏をよぎった。
彼女なら連合の艦長服もさぞかし似合うことであろう。
ところで連合とは何であろうか。さっぱり理解できぬ。
「猫さーん!?しっかりして下さい!猫さーん!」
さて、吾輩は先程から中国君の胸に抱きかかえられて居るのだが、何故か意識が朦朧としてきた。あそこに見えるのは川であろうか、これまた赤い髪をした神の如き乳が吾輩を招いている様な…
『ん、渡し舟なら休憩中だよ』
「……さん、目を開けてください猫さん!」
…は、吾輩は一体何を!
「良かった~、私が強く抱きすぎたせいで死んじゃったかと思いましたよ~」
成程、吾輩は乳の谷間に埋もれて窒息していたらしい。
吾輩理想の死に方ではあるが、今は未だ死すべき時では無い。
この世の全ての乳を我が肉球に納めるその日まで、死ぬ訳にはいかぬのだ。
●
吾輩が中国君の帽子の上で性欲を持て余して居ると、視界になにやら妙なモノが入ってきた。
ふよふよと宙に浮かぶ黒い玉。吾輩が見たのはそんな感じのモノである。
玉はあっちにふらふらこっちにふらふらと酩酊したような軌道をとって吾輩達の方向=紅魔館正門の方向へと漂ってくる。
吾輩が毛を逆立てて身構えて居ると、中国君が吾輩の背をぽんぽんと叩いて言った。
「怯えなくても大丈夫ですよ。危なく無いから近くに行って見てきたらどうですか?」
この中国君、呑気そうにしては居てもこういった事に対する判断を誤った事は無い。
吾輩も昨今ではその様な資質こそ門番に必要とされる物なのだと理解して居る。
吾輩は中国君に頭から下ろしてもらい、問題の黒い玉の近くまで注意深く這って行った。
そろそろと近付くと、中から何やらひそひそ声が聞こえてくる。
『ねぇねぇチルノちゃん…もう止めようよ~。こんな事してもたぶん駄目だと思うよ?』
『ふふん、甘いわね大ちゃん。今度こそ大丈夫に決まってるわ!ルーミアに作ってもらったこの暗黒結界の中で、あたい達を見つける事なんて絶対できっこない!やっぱりあたいってば最強ね!』
『…それってただ単にルーミアちゃんに頼ってるだけで、チルノちゃんが強いって事にはならないと思うんだけど…』
『そーなのだー』
『考えたのはあたいだってば!やっぱりあたいってば大天才!』
『そーかなー、私達も前が見えないから危ないような…』
前言撤回、ひそひそと話そうとしているのは一人だけで後の二人、特に「チルノ」と呼ばれている方の声はまるで戦場で名乗りを挙げる武者の如き大音声である。
成程これが危険なものであろう筈が無い。
中国君の方に振り返って見ると、なにやら見ていろと言わんばかりに唇に指を当てて居る。
しぱっ!
次の瞬間中国君の足が閃光の様な速度で動き、足元にあった小石三つばかりを宙に蹴り上げる。それに向かって中国君は右手の指三本を構え…
びびびしっ!
『ひでぶっ!』
『わはっ!?』
『きゃっ!?』
一呼吸の間に三つの石を弾き飛ばした。
どたん べしゃ
『フギャ!』
『ふわっ!?』
『きゃあ!』
びくっ!
しゅたたたっ!
「うわたたっ、爪立てないで!」
耳を澄ましていた所に急に叫び声が聞こえたものであるから、吾輩は吃驚してしまい思わず中国君の胸に駆け上がってしまった。
黒い球…闇の中からはなにやらもみ合う様な音が聞こえてくる。
どうやら中国君が弾いた石に当たって、互いに縺れ合う様に転んでしまった様だ。
「まったく…毎度毎度懲りないわね⑨、少しは学習したらどうなの?」
中国君は吾輩を抱き下ろしながら苦笑交じりに声をかける。
すると、闇の中から先程チルノと呼ばれていた少女の怒声が響いてきた。
『う、うるさぁーーい!⑨って言うなぁ!中国の分際で!!』
ぴき
中国君、顔は笑顔のままだが額にはくっきりと青筋が浮かんで居る。
「…すこしお灸が足りなかった様ね」
しぱっ
びびびびしっ!
『あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!!』
再び煌く中国君の指弾×4、今度はチルノという少女にだけ命中している様子である。
全く相手の姿が見えないと云うのにこの精度。全く持って大した腕前だと言えよう。
『あがががッ…ッ痛ぅ~~~~!』
『チ、チルノちゃん!大丈夫!?』
「⑨~気が済んだでしょ?その程度の目晦ましで私を出し抜ける訳無いって…ちょっと考えたら分かりそうなもんでしょうに」
吾輩の目から見ても、この二人の実力差は歴然として居る。
本来であれば「勝負」どころか「戦闘」にもならぬのだろう。
故にこれは「遊び」である。
子猫と母猫のじゃれ合いと同じ言わば「喧嘩ごっこ」
弾幕ごっことはまた一風違った真剣勝負。
勝負とは言っても勝ち負けなどは問題では無い。
子供は大人に真剣に勝負を挑み、大人は子供に遊んでいる事を気付かせぬ様にこちらも真剣に相手をする。
そうやって子猫は少しずつ喧嘩のやり方や、やってはいけない事。
力加減などを勉強していくものなのだ。
『うるさいうるさいうるさーいっ!!こうなったら背氷の陣よ!あと⑨って言うな!』
尤も子猫の時分には、相手が遊んでくれている事など気が付かぬ物なのだが。
「そりゃ私の台詞だってば、それに背水…まあ良いわ、来なさい⑨!」
『うがー!また言った!ルーミア、行くよ!』
『わはー♪“闇符「ダークサイドオブムーン」”♪』
「うわっぷ!?なんじゃこりゃあ!?」
“闇符”の宣告と同時に、今まで球形を保っていた闇が蛇の様に中国君に飛び掛る。
「あだ、あだだだだだだっ!!か、齧るんじゃなーい!」
『がじがじがじ、かゆうま~中華出汁~♪』
闇の中、中国君の頭に齧り付く金髪の少女が幽かに見える。
恐らく彼女がこの闇を操っている妖怪、ルーミアなのだろう。
ではチルノは何処に?吾輩の頭上に影が走った。
「ルーミア!そのまま抑えてて!てやっ!!」
吾輩の直上、太陽の中に小さな人影があった。
背中には青く透き通る氷の翅、空よりも碧い髪の周囲には微細な氷の結晶がキラキラと輝いて居る。
氷の妖精に相応しい神秘的な外見、だがその顔に浮かぶのはお転婆な悪戯娘の笑みだ。
「とった!食らえ新技“凍符『マイナスK』”!!」
彼女の周囲に漂っていた氷の粒が渦を成して収束する。
青白い輝きを放つ氷の大結晶。それは信じ難い程の冷気を内封した結界だ。
その余波で吾輩の髭にまで霜が降る程の冷気、あれの直撃を食らえば如何な中国君とてただでは済むまい。
『けふぅ、ごちそうさま~♪』
「げ、やば!」
ルーミアが弾幕を残して暗闇に離脱する。中国君には回避できるだけの余地が無い。
大ちゃん…大柄な妖精は遠くから心配そうにこちらをみている。
「とどめぇっ!」
チルノの手から大結晶が放たれる。冷気の結界から解き放たれた大結晶は…
「えっ?」
温度差に耐え切れずに爆散した。
「わは!?」
「チルノちゃん駄目ぇー!」
「……っ!?いけないっ!!」
爆散した氷の結晶は、打ち出された勢いそのままに氷の散弾として扇状に降り注ぐ。
吾輩が立ち竦んでいる場所、そこは正に拡散弾の有効範囲内だった。
それは実に奇妙な気分であった。
これは死ぬなと実感した瞬間、時間の流れが非常に遅く感じ周りの光景がいやにはっきりと目に映って居る。
ルーミア…闇の中から顔を出して、真っ赤な瞳と口を大きくあけた驚いた表情を見せて居る。彼女の顔をはっきり見るのは初めてだ。
大妖精…散弾を食い止めようと必死に魔力を集めている。だが間に合わぬだろう。
チルノ…真っ青な顔をして呆然として居る、まさか氷が爆散するとは考えてもみなかった様子だ。
そして、中国君は…
…此処まで考えた所で、吾輩の視界が氷の弾幕に蔽いつくされた。
吾輩は此処で死ぬのであろうか……
…いくら待っても最後の衝撃が伝わってこない。如何に死ぬのは一瞬とても最後の瞬間ぐらいは痛みを感じても良さそうなものなのだが…
…吾輩は恐る恐る目を開けた。
「………っ!」
最初に吾輩の視界に飛び込んできたのは七色の光。
「……っくぅぅ!」
そして、その極彩色の渦で氷の弾幕を食い止めている中国…否、紅美鈴の後ろ姿であった。
「「「めーりん!」」さん!?」
“気を扱う程度の能力”
彼女は左手に気を集中させ襲い来る凍気を凌いで居る。
だが、絶対零度にも匹敵する超低温の凍気は彩気の渦を瞬く間に侵し、美鈴の腕をも凍結させていく。
ぱきぱきと音をたてて凍っていく彼女の左腕。
妖怪と雖も痛くない訳はなかろうに彼女は微動だにせず、瞳を閉じ構えた右腕に気を集中圧縮させて居る。
「……“極光”…」
ぱきーんと透き通った音を立て、左腕の肘から先が砕け散る
彼女はくわっと目を見開き
「『華厳明星』!!!!」
右腕より打ち出された極彩の気塊が凍気を飲み込み
「破!」
その全てを消し去った
●
誰も彼もが呆然と佇んで居た。
悪戯好きの氷精も
心配性の妖精も
無邪気な暗闇も
そして吾輩も
誰も言葉を発しようとはしない
発した瞬間、何かが壊れてしまうのが分かっていたからだ
「あ、あ、あたい…そんなつもりじゃ…」
沈黙を破ったのは氷精だった
その顔に張り付いているのは恐怖か後悔か
今にも泣き出しそうな顔でブルブルと震えて居る
「あたい、あたいは、あんたなら怪我なんかしないって…あたいは!!」
「チルノ」
小さな体がびくりと揺れる
呼びかけた人影は隻腕
何時の間にか、美鈴はチルノのすぐ傍に立っていた
向かい合う二人、その顔に浮かぶのはどんな表情であるのか…吾輩からは見えぬ。
「………なさい」
チルノの足元に透明な氷の結晶がぽたりと落ちる
「…めんなさい…」
それは氷精の涙石
「ごめんなさい…ごめんなさい!」
大粒の涙をぽろぽろと零し、泣きじゃくりながら謝るチルノに…
ぽん
「ん、よく言えました♪」
美鈴はにっこりと笑って彼女の頭に手を置いた
「自分が“やってはいけない事”をしてしまったって自覚はあるみたいね。きちんと反省できてるなら、今回はもういいわ」
「めーりん…でも、でも腕が!?」
「ああ、これ?じゃあちょっとした手品を見せてあげる」
彼女はメイド長宜しくのタネ無しマジックよーと呟きながら、胸元から取り出したスカーフを砕けた左腕にふわりと被せた。
「タネも仕掛けも御座いません…1・2・3!」
次の瞬間スカーフの下から元通りの美しい腕が、にょきりと生えてきた。
「へ?」
「わは~」
「うわぁ」
三者三様に驚く少女達。
無論吾輩とて吃驚して居る。
常日頃から貧乳メイド長に剣山の如き針鼠にされても、一日も経てば復活する驚異的な生命力を持って居ると知ってはいたが、粉砕された腕を一瞬で再生するとは…目の前で見た事とはいえ我輩自身の眼球を疑ってしまうような光景である。
チルノなどは金魚の様に口をぱくぱくさせて居る。
「な、な、な」
「な?」
「何よそれー!そんなの反則じゃない!」
地団太を踏んで悔しがるチルノ。
先程までの殊勝な雰囲気など、もはや跡形も無い。
「”気を扱う”っていうのは伊達じゃなくてね、地に足をつけてれば地脈から無尽蔵に力を吸い出せるのよ。ま、だから弾幕ごっこはあんまり得意じゃ無いんだけど…このお屋敷で門番を張ろうっていうなら、このぐらいの芸は無いとね。黒白の魔砲、咲夜さんのお仕置き、パチュリー様の実験台、お嬢様相手の組手、妹様の遊び相手、どれをとっても生き残れないわよ…とほほ」
凄まじい能力の割りに地味に報われない活用先、吾輩聞いていて思わず涙がほろりと出てきてしまった。
見れば大妖精もハンカチを目元に当てて居る。
「そんなのあたいが知るわけ無い!心配して損しちゃったじゃないこの中国…っ!あだだだだだ!!」
チルノの頭を撫でていた中国君の手が、ぎりぎりと音をたてて頭に食い込んで居る。
「あ~、まだ反省が足りない⑨な頭はこれかな~?再生できるって言っても、痛いものは痛いし体力気力だって結構使うんだ か ら ね !」
「だからね!」の部分で一句毎に力を込めているらしく、チルノの手足がばたばたと動く。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!ま、⑨って言うな~!このこの!」
腕を振り回して抵抗するチルノだが、リーチの差はなんともし難い。
「はっはっは、あんたのリーチで届くわけないじゃない。どこまでも⑨ね~♪」
「むきー!だったらこうするまでよ!」
「あ、馬鹿急にそんな事したら…」
足を大きく振り上げるチルノ。
さて、吾輩が先程から拝見している限りではチルノ嬢に格闘技の嗜みは無い。
そんな彼女が先刻の攻撃で凍りついた足場の上でハイキックなどしようものなら…
つるん
「ひゃ!?」
「わお」
「ああっ!」
チルノ嬢…いや、⑨の体はきれいに半円を描いて…
どご
「へぐぅ」
芸術的なポーズで地面に後頭部を強打したのである…
「あちゃ~…だから言わんこっちゃ無い」
「ち、チルノちゃん!大丈夫!?」
「大丈夫なのか~?」
大丈夫であるものか、⑨はものの見事に目を回して居る。
吾輩が顔をなめてみたのだが、気が付きそうな様子は全くない。
中国君も気まずそうである。
「え~と…とりあえずあんたら、この馬鹿が気が付く迄私の部屋でお茶でも飲んでく?」
とりあえず気をつかってみる事にした様だ。
つくづく便利な能力である。
●
中国君の部屋は、正門のすぐ裏にある門番隊詰所に隣接した小屋である。
吾輩の額よりかは随分広いのだが、門番長という彼女の肩書きを考えれば随分と粗末な部屋であると吾輩は思う。
だが六畳一間の小さな部屋はよく整理されていて、狭さを感じさせない。
部屋の片隅に据え付けられた薪ストーブの上では、薬缶がちんちんと湯気を立てて居る。
壁側にある藁マットの寝台の上には、後頭部に大きな瘤をつくった⑨がうつ伏せに寝かせてある。
吾輩は⑨の顔を覗き込みながら寝台の端に寝転がっていた。
「氷精の体の事はよくわからないけど…とりあえず頭を冷やしておけば大丈夫でしょう」
「はい、それでいいと思います」
中国君が冷水で絞った手ぬぐいを瘤にのせると、幾分⑨の表情が楽そうになった。
「さて、お茶にしましょうか。え~と、大妖精だっけ。あんたは熱いお茶で大丈夫?」
成程、これが⑨であれば冷茶でなければならぬ所だ。
「あ、はい大丈夫ですお気遣い無く。…本当に何から何までご迷惑をおかけしてすみません。」
この大妖精、妖精にしては驚くほど礼儀正しく腰が低い。恐らく結構な歳月を経た力ある妖精なのだろう。
中国君の方が恐縮したように手をぱたぱたと振って居る。
「いーのいーの。そっちがそんなんじゃ、こんな襤褸家に通したあたしの立場が無いってもんよ。ルーミア、あんたは?」
外では闇を纏っていたせいで姿が見えなかったルーミアだが、部屋に入ると同時に闇は彼女の中に吸い込まれていった。
いまはうっすらと彼女の周囲に漂う程度である。
中国君に聞かれたルーミアは少し考え込んでいたが、ぱっと明るい顔をして…
「ん~~…減らないお肉~♪」
がぶ
中国君の左手に齧り付いた。
「あだだだだだっ!?これは食べ物じゃ無い!!」
必死の形相でルーミアを引き剥がす中国君。
いくら再生できると言っても、自分の体を食べられて良いというものではないから至極当然な反応と言えよう。
「え~、そーなのかー?」
「そーなのよ!…まったく、これでも食べてて」
彼女が差し出したのはコッペパンである。しかし吾輩の認識が正しければあれはたしか…
「わーい、コッペパン~うまうま」
「とほほ、今日の昼食が…」
…後で鼠でも差し入れた方が良いであろうか?
「さて、大妖精さん。さっきから何か話したい事があるようだけど?」
全員にお茶と食べ物が行渡り(吾輩はミルクをご馳走になった)、一息ついたところで中国君がこう切り出した。
「………」
成程大妖精は先刻からじっと手のひらの上の湯呑みを見詰めて居られる。
「私にできる事なんてたかが知れているけど…できる事なら力になるよ?」
大妖精はまだ躊躇いながらも口を開いた。
「…こんなお願いをするなんて筋違いだって云う事は十分わかっているんですけど……チルノちゃんのお友達になってあげて欲しいんです」
中国君は続きを促す。
「ご存知の通り、チルノちゃんは妖精の中では桁外れに強い力を持っています。普通の妖精はチルノちゃんみたいに幻想郷の他の妖怪と渡り合う様な力は持っていません」
妖精族、それは幻想に住まう者達の中で最も力弱い種族だ。
自然の力の流れから生まれ出る彼女等は、川の流れに浮かぶ泡沫の様な存在。
その多くは自身に帯びた僅かな魔力を振るう事しかできない。
だが、何事にも例外というものは存在する。
吾輩達の目の前に居る大妖精も、その例外の一つ。
「…あなたはチルノの友達じゃないの?」
「いいえ!私にとってもチルノちゃんは大切なお友達です!でも…」
でも?
「でも、最近チルノちゃんの様子がおかしいんです。少し前にあった花の異変、あの時以来チルノちゃんは自分の力を…その、まるで怖がっている様に見えるんです」
成程。先程の勝負の時、吾輩が見た表情もその様であったと記憶して居る。
「私達妖精は、陽の気から生まれた種族です。物事について深く悩んだり苦しんだりする事はありません。でも現実にチルノちゃんは苦しんでいる…今、チルノちゃんの存在はとても不安定な状況にあります。もしまたさっきみたいな事があれば…最悪の事態も考えられます」
最悪の事態…それは妖精族にとっての死、消滅という事か。
此処で中国君が口を挟んだ。
「まって、悩みや苦しみがあんた達にとって毒だっていう話はわかった。でもそれだと今のあんたも結構やばい状態なんじゃないの?」
吾輩の目にも大妖精は悩み苦しんでいる様に見える。
「こう見えても現界して200年ぐらい経っていますから。私の存在は既に安定しています」
そういって彼女はくすりと苦い笑みを浮かべた。
成程、それは歳月を重ねたものだけができる表情である。
「ですが、チルノちゃんはまだ見た目通りの時間しか過ごしていないんです。それなのにその力は既に私を大きく上回っています…チルノちゃんの存在は、まだとても不安定なのに…」
彼女はぎゅっと手を握り締める。己の無力を嘆くかの様に。
「いまチルノちゃんに必要なのは、正しい力の使い方を教えてくれる相手なんです!でもその為には私じゃ力が足りない…」
「ルーミアやリグル達とも仲が良かった筈だけど…あの子達じゃあ駄目なの?」
ルーミアの方に目をやると、腹が満ちて眠くなったのか彼女は既に卓に突っ伏して居た。
チルノが卓越した力を持っているとは言っても、それは妖精という種族の中に限った事。
幻想郷というマクロな視点で見れば、チルノの力などたかが知れている。
「確かにルーミアちゃんやリグルちゃんは、チルノちゃんと同等の力を持っています。でも、その力は自分の存在にきちんと適応した力なんです。彼女達は生まれながらにその力を使いこなす事ができます。でもそれだから「使い方」を教える事はできないんです。」
一息おいて彼女は続ける。
「私が知る限り、最も力を「扱う」事に特化した能力を持っているのが美鈴さん、あなたなんです。だから…」
「だから教師代わりの“友達”になって欲しい…と?」
「はい、ご迷惑とは思いますが…」
大妖精はじっと俯いている
「迷惑な話ね…とても」
中国君は難しい顔で答えた。
「私にはこの館、紅魔館の門番という仕事がある。チルノと遊ぶって事は、その仕事を放棄する事になるのよ」
「そう、ですね。我侭を言ってしまってすみませんでした…」
力なく答える大妖精。
その様子を片目でみながら中国君はこう続けた。
「でもね、傍若無人に正門を突破しようとする侵入者の相手をするのは門番の仕事。その侵入者達が何を目的としていようが、それは門番の関知する所では無いわ」
まったく、この館の住人はどこまでも素直では無い。
遊んで欲しければ、今日の様に勝手に攻めてこい。中国君はそう言っているのだから。
泣き笑いの表情を見せる大妖精。
それに…と中国君は続ける。
「私だって休憩時間が無い訳じゃ無い。その時間内なら私が誰と話そうと、お茶を飲もうと、咲夜さんだって文句は言えないわよ」
「はい…ありがとうございます…」
中国君はふにゃりと微笑んで、大妖精を優しく抱きしめた。
「それにね、頼まれなくても私はあなた達の友達のつもりよ」
…吾輩は今猛烈に感動して居る。
思えば生まれてこの方、やれ餓巫女だ、やれ変態貧乳メイドだのと非常識極まりない人間の暗黒面ばかりを見て育ってきてしまった。
吾輩は生まれて初めてこの様な美しい、正しい意味での愛情を見る事ができたのだ。
嗚呼世界はなんと美しいものか。
あの眩いばかりの旭日も吾輩達を祝福しているかの様ではないかっ!!
ん?
旭日?
『さて、あなた達。覚悟は良いかしら?』
『待って!落ち着いてパチェ!そう、心眼よ!心眼を開いて!そうすればきっとお互いに分かり合える筈よ!』
『そうよ!お姉さまの言う通りよ!考えるんじゃないの、みんな壊しちゃえばいいのよ!』
『はぁはぁ…恐怖に怯えるお嬢様…素敵ですわ~~~!!』
『こぉんの変態共がぁ!だからお前はアホなのだ!今はそれどころじゃ無いってのに!』
『いいのよレミィ、今更謝った所で私が許す筈も無いもの』
『ぱ、ぱちぇ~~~?』
『さようなら、レミィ。愛していたわ』
“日&月符「ロイヤルダイヤモンドリング」”
直後、館から吹き飛ばされてきた黒焦げ馬鹿三人の直撃を受け、門番長小屋は倒壊した。
●
はて、此処は何処であろうか。
吾輩は何時の間にやら見覚えのある河原を歩いていた。
河原には彼岸花が咲き乱れ、そのなか程にどこかで見た様な乳が立っている。
『おや、またあんたかい?よっぽど此処が気に入ったと見えるねぇ』
いやいや、吾輩が気に入っているのは此処ではなく貴女なのだよ。
『まあいいさ。見たところ完全に死んでしまっている訳でも無さそうだし…いっしょに昼寝でもどうだい?』
無論!お供いたす所存で御座る!是非ともその偉大な胸の中でぇぇぇぇ…あれ?
何故だ、何故に吾輩は前に進めぬのだ!?
『随分と…愉快なお友達が居るようねぇ…小町』
『え、え、えーきさま…いつからそちらに?』
何時の間にやら吾輩は小柄な少女に首の後ろで吊り下げられて居た。
『“おや、またあんたかい?”からです。まったく…いつまでたっても魂が渡ってこないから様子を見に来てみれば…何をしていたのか…聞いてもよいでしょうか…ねぇ小町?』
『あわわわわわ、すいませんすいません!ちょと休んでいただけなんです!』
嘘をつけ、吾輩がずいぶん前に来た時にも休憩中だったではないか。
『ふむ、まだそんな言い訳をするのですか…そういういけない舌にはお仕置きが必要だと思うのですが…なにか異議はありますか?』
『い、異議あ『却下します』ぅあ~~~』
自分から訊ねておいてこの仕打ち、この貧乳少女が目の前の神乳に対してどれ程の怒りを抱えているのか…それだけでも判ろうと…ん?何故この貧乳少女は吾輩を睨み付けて居るのであろう?我輩この極貧乳少女とは初見の筈なのだが…
『ふむふむ、あなたは他にどの様な事を考えているのですか?』
どの様なと言われても…先刻抱かれた時に触った胸がかつて無い程真っ平らで悲しくなったとか、貧乳の分際で巨乳を虐げるのはどうかと思うとか…
『ほうほう』
幻想郷においては態度の大きさと胸の大きさは反比例するのかも…
『なるほどなるほど』
…あの…一つ質問しても宜しいでしょうか?
『はい、なんでしょう?』
ひょっとして…吾輩の考えている事が…理解デキルノデショウカ?
『ええ、私は閻魔ですから♪』
え、閻魔様?
『はい、自己紹介が遅れました。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。幻想郷全ての魂の裁きを司る者です。ですから、如何にあなたの力“邪念を気付かれない程度の能力”といえども、私の前では無力なのです。御理解いただけましたか?』
いえすまむ
『結構。あなたはまだ死んでいない様ですからまだ私の裁きを受ける事はできません…で す が … 』
が?
『あなたが常日頃から抱えている煩悩の数々、能力を悪用しての不埒三昧、まして先刻の私に対する暴言の数々!!このままでは私はあなたを無間地獄に落とさなければなりません。そうならないように!』
に!?
『今ここでたっっっっっぷりと説教をして、その性癖。矯正してあげましょう!!!』
私刑執行!?
『いいえ、これは私怨などではありませんとも、別に極貧乳だとか悲しくなったとか虐待がどうとか反比例がこうだとか、そのような事は一切関係ありません!ありませんったらありません!!ええ!ありませんとも!!!』
嗚呼、吾輩の命運は今まさに此処で尽きようとしているのか?
『大丈夫です、殺しはしません』
説教じゃないのデスカ?
『実力行使も説教のうちです。これも私からの愛だと思って真摯に受け止めなさい!
いいですか!?あなたは少しばかり乳々と胸の大きさに拘りすぎる!それというのも!!!
セッキョー タノシイョ セッキョー
其の後、反魂の術で迎えにきてくれたこぁ女史が平謝りに謝ってくれるまでの二時間もの間、吾輩は弾幕混じりの説教を食らい続けたのであった。
●
文々。新聞 第●○△号
『紅魔館倒壊!?』 一面
『紅魔館に新住人!?』 二面
『フランドール・スカーレット嬢、クレヨン画個展開催』 三面
△月×日午後三時頃、湖の畔に立っている紅魔館で突然大爆発がおこった。
爆発は極めて強力な魔法によるものとみられ、紅魔館一階ロビー、正門横の門番(種族不詳・紅美鈴さん)宅が全壊・重軽傷者三妖+一人+一匹を出す惨事となった。
爆発の起きた当日は、午前中から小規模な炸裂音や絶叫が辺りに響き渡っており、本誌記者も早い段階から現場で取材を行っていた。
それによると、午前中から紅魔館の主人であるレミリア・スカーレットさん(吸血鬼)とその妹、フランドールスカーレットさん(吸血鬼)が姉妹喧嘩を繰り広げていたとの事。本来二人を止めるべき立場にあるメイド長。十六夜咲夜(人間)がこれに加担した為に被害が拡大。ついに図書館にまで甚大な被害を与えた為、図書館長パチュリー・ノーレッジ(魔女)が激怒。実験呪文で三人を纏めて吹き飛ばした、というのが今回の事件の真相である。
大爆発を起こした犯人であるパチュリー氏は「ついかっとなってやった、いまは反省している」とのコメントを発表しているが、そもそもの原因であるスカーレット姉妹の喧嘩の理由などはいまだに不明のままであり、今後の調査が………
「ちょっと、新聞の上に載らないで頂戴」
吾輩が新聞の上で丸くなりながら紙面を読んでいると、主人が吾輩を摘まみ上げてしまった。
まだ記事の途中なのだから邪魔をしないで欲しいものなのだが…
「フランの記事が読めないじゃ無いの…へー、なかなか上手く描けているじゃない。あの烏もすてたものじゃないわね」
「どうせだったらあなたの絵も記事にしてもらえばよかったのに、“この猫が本来あるべきだった運命”って事でごまかしたんでしょう?」
無礼な主人をフォローするように、パチュリー先生が吾輩を優しく抱き上げてくれた。
「うるさい、余計なお世話よ。まったく…今回はパチェのせいで酷い目にあったわ」
主人はずいぶんと御機嫌斜めである。今回の件で妹には嫌われるわ、絵の腕前が世間様にばれるわ、友人には爆殺されかけるわでは機嫌の善かろう筈も無いのだが…
「私のせい?」
「ええ、パチェが紹介してくれた本の通りに描いてみたのに…全然効果が無いんだもの」
「それはちがうわレミィ、ちゃんと本を最後まで読まないあなたが悪いのよ…ほら、最後のページ。ここにちゃんと“…ってけーねが言ってた”って書いてあるじゃ無い」
「なんですと!?じゃあなんでこんな本を!?」
「読んでる途中って言ったでしょう。それに最後まで人の説明を聞かなかったのは誰?」
「あぅあぅ」
「他になにか?」
「ねぇパチェ…」
「なぁにレミィ」
「愛してるわ」
「ええ、私もよ」
主人はふらふらと書斎を出て行った。
あの様子だと、また三日程自室に閉じこもるのだろう。
吾輩はパチュリー先生の胸の感触を楽しみながらくしんと一つくしゃみをした。
其の後、氷精チルノはしばしば紅魔館正門に遊びにくるようになった。
中国君の休み時間には、彼女の部屋でお茶をご馳走になっている様だ。
先日は強襲してきた黒白鼠に二人まとめて黒こげにされていた様だが、すぐに復活しぎゃんぎゃんと騒いでいた。
これは黒白の手加減具合を褒めるべき所なのだろうか?
吾輩が見ている紙面の片隅には『お手柄少女隊、紅魔館被災地で救助活動』の文字と共に、チルノ、大妖精、ルーミア、中国君の四人が笑っている写真が載っている。
皆とてもよい笑顔をしている、と吾輩猫ながら感心してしまった。
赤松の間に二三段の紅を綴った紅葉は昔の夢の如く散ってつくばひに近く代わる代わる花弁をこぼした紅白の山茶花も残り無く落ち尽くした。
南側の散歩道に冬の日脚が早く傾いて木枯の吹かない日は殆んど稀になってからも、吾輩の日常はなんら変わる事が無い。
主人は毎日神社へ行く。帰ると部屋に立て篭もる。友人が来ると愛が痛いと言う。クレヨン画は話も出ない。
チルノ達は益々元気盛んに正門に通い、中国君とお茶を飲んで時々吾輩を尻尾でぶら下げる。
パチュリー先生は相変わらず朝に弱く、こぁ女史も優しい淑女のままだ。
吾輩は御馳走も食わないから別段太りもしないが、時々ルーミア嬢に追いかけられる。
妹君は益々絵が達者になる。貧乳メイドは未だに嫌いである。
名前はまだつけてくれないが、欲をいっても際限が無いから生涯この館で無名の猫でおわるつもりだ。
(終)
チルノとの遣り取りから見るに、美鈴には教師的な素質があるっぽいなあとか思ったり。
兎に角、面白かったです(礼
>上乗の出来 上乗の部類
上々?
>この事あるを
この事があるのを?
>そんな最後は御免蒙る
直後の「最期」と統一した方がいいのでは
あと唐突な∀ツッコミ噴いたw
何はともあれ、素晴らしい作品でした。ありがとうございます。
山田大人気ないよ山田。
何気に創想話の他の作家さんネタが多く混じってた気が(笑)。
噴いたw
これって、リグル=四季の作品のでしたよね?
超マテやこの拝乳主義猫w どう見てもお前さん同類だからww
ちなみに魔乳の方は多分『連邦』じゃなくて『連合』です。細かいことだけど重要だってけーねが言ってました。
まあそれはさておき、どこまでもダメすぎるレミリアとか職権乱用全開で私刑かます山田とかあらゆる意味で素敵な美鈴とか、相変わらず笑いの尽きない素晴らしい作品でした。ご馳走様です。
願わくば、このにゃんこと紅魔館の面々にまた会えることを祈りつつ・・・
・・・ところで猫さんや、白玉楼にも神のごとき乳がおるそうですよ? あ、それに冬になると現れる太まs・・・イ、イエ、フユガ ダイスキナ ステキナ オネエサマモ キット ネコサンノ オキニメスカト・・・(この先は紅く滲んでいて読めない・・・)
ちょwww
はっ?!俺は何を?