Anywhere but here(魔法使いには魔術書を)
どこへゆこうという
あてもありませんでしたし
どこでなにをしようという
つもりもなく
ただ
どこかへゆけば
なにかがあるだろう とおもって
ぼくはいつも
たびをつづけてきたのです
――――――――何故、貴女は拒まないのですか?
――――――――生来、声なき声というのに弱いのよ
――――――――これが失敗すれば、貴女は永く眠りからは覚められないでしょう。それでもですか?
――――――――もう決めたの。心一つで決められないから、私はこれに賭けてみる
――――――――私は、彼女の横にいられるかどうかを
――――――――私には、貴女方はとても仲が良さそうに見受けられました
――――――――ありがとう。でもだからこそ、辛くなる日がきっと来るわ
――――――――こうは言ってはなんですが、貴女は私の心に影響されているのです
――――――――彼女の傍を離れることは、貴女の本意ではありません
――――――――ええでも。全てのものは、きっと何かに影響されて生きているわ
――――――――ですが、それとこれは違います
――――――――ならこうしましょうか。あなたが私を気遣うのも、私の心があなたに影響しているから
――――――――これならお互い様でしょう?
――――――――……空卵を手にしたのが貴女のような方で良かった。でもだからこそ今は後悔しています
――――――――どうして?あなたの願いがやっと叶うこの際に
――――――――ええ、永かったと思います。それでも、それなりに幸福だった気もします
――――――――あの子は、乗り越えてくれるでしょうか?
――――――――それは私にもわからない。でも最善を尽くすと約束するわ。あなたの為にも、私の為にも
――――――――いざとなれば、次の適合者を待つまでです。もう百年は、あの子も何とか持つでしょう
――――――――現身をとることは叶わないでしょうが
――――――――それでは駄目よ。咲夜が泣いてしまうもの
――――――――あの人間ですか
――――――――嫌いなの?可愛い娘の幸せを、彼女が握っているかもしれないのに?
――――――――災いかもしれません。いろいろと複雑です。美鈴を良くも悪くも刺激してくれましたから
――――――――魔術師の分御霊。たった一つの方向にしか、もう進めなくなってしまった欠片の魂
――――――――はい
――――――――肉体を失ってなお求めるものがあなたにはある。叶うなら、私はそれを応援したい
――――――――亡霊には過ぎた言葉です、人形師
――――――――生者の貴女を引き入れたことは、私の、そして貴女のあり方を歪めるでしょう
――――――――何の代償も無しに何かを得ようなんて思っていないわ
――――――――此度の賭けの末、貴女は何を手にするというのです?
――――――――何も掴めはしないわ。けれどこれ以上零れ落とすことを防げる。それで充分
――――――――欲のないことです
――――――――そうでもないわ。ただ、背伸びが好きでないだけ
――――――――賢明と呼ぶには、少しさみしい気もします
――――――――そうね。私は中途半端なのかもしれない
【空卵】
[少し前のこと]
[Side:Alice]
小さい頃から、遠くへ行きたいなと、時々思うことがあった。
その願いは叶い、今アリスは幻想郷にいる。
広い世界を見に行きたいと初めて言ったとき、神であり母である彼女はあまりいい顔をしなかった。姉妹達も、それは同様だった。その為説得には時間を要したものだった。どちらかと言えば、強く反対したのは姉妹達の方だ。あらゆる言葉で言い表してはいたが、彼女達の言い分を一言でまとめれば、アリスの望みは過ぎたものということに集約されていたように思う。私たちは神であり母である彼女の傍にいるべきだと、そう何度も諭された。時には今の生活が不満なのかと問い糾されたこともある。勿論そんなことはないとアリスは答えた。でもそれは、今になってみれば嘘だとわかった。あの頃アリスは、確かに満たされてはいなかった。いつも何かに渇望していた。それが何なのかは今でもわからない。全て与えられていたはずなのに、それでもカラカラと渇いた音をだす心が苦しくて苦しくて、耐えられないような気すらし始めたその頃に、ようやっと沈黙を続けていた神綺がやって来て言った。
――――――――アリスちゃん、どうしても行くの?
――――――――勿論、命とあらば此処に居ります
――――――――そうして、許可するまで笑ってくれないのね。そのしゃべり方も、好きではないわ
――――――――『過ぎた願い』でしょうか
―――――――― 一つだけ約束して欲しいの。危ないことだけは、しないで
――――――――心がけます
――――――――それから、あなたに一つ贈り物があるの
――――――――受け取ります
――――――――アリス・マーガトロイド。今日からそう名乗りなさい。口ずさむ度に、帰るところがあることを思い出して
彼女は、アリス・マーガトロイドは、そこで初めて笑顔を浮かべた。
――――――――はい、おかあさん。それから、ありがとう
[接触]
[Side:Alice]
長い夢から覚めたような気がして、アリスは空を仰いだ。眩しい球体の位置は、先ほどからさして変わっていない。ということは、白昼夢に囚われていたのはほんの一瞬だけなのだ。そのことに安堵感と困惑を感じながら、アリスは手元のそれに意識と視線を戻す。初夏の光を受けて、それは鮮やかに輝いていた。鮮烈なのに深い、そして静かな不思議な光。先日、『香霖堂』で一目惚れしたこの模造の石は、アリスのここ最近の買い物の中ではもっとも満足のいく一品だった。彼女には美しい物に目がないところがあった。他には人形と貴重な書物とかにも弱い。
梅雨も終わりといった今日この頃は、晴れ間に除く日差しは力強い。まともには合わしていられないほどだ。そんな日光を反射した卵形のソレに、アリスはもう何日も目を、心を奪われている。確かに美しいとは言え、それは異常なことだった。そのことを頭の端ではわかっている。けれどその輝きを見ていると、頭は考えることを拒絶するように意識が溶け出してしまう。何かの拍子にはっと正気に戻る度に、足下から冷たいものが這い上がってくる気がした。それも、三日前までの話だ。最初は気味が悪いと思っていたが、どうも悪いものではないようだった。例えばアリスが忙しい時には、それは沈黙したように存在感がない。眠たいときもそれは同様で、また空腹を覚えるときもそのガラス玉は遠慮したように気にならないのだ。それどころか実験に失敗し落ち込んだ時は、輝きは囁くように仄かで、眺めていると嫌な気分はすっと波のように引いていってしまう。逆に嬉しいときは同調するように鮮やかに光ってみせる。勿論その全てを気のせいだと言われれば、アリスはそれを否定することは出来ない。けれど、それでもガラス玉はアリスにとって良い方向に働きをかけてくれた。ならば少なくとも、相手を取り殺すようなアイテムでないことだけは確かだろう。
そうして今朝、不意にアリスはそのガラス玉が、何かアリスに伝えないのではないかと感じだしたのだ。もはやガラス玉――アリスは『龍の卵』と名付けた――に意志があることは、アリスにとって自然に受け入れられることとなっていた。これは曰く付きの人形にもあることだが、そうでないつもりで引き取った人形にも、何日か過ごす内にうっすらとした願いのようなものを感じる時がある。その時によく似ていた。その多くが捨てられて哀しいとか、あの子がいなくなってしまったとか、そんなマイナス的で、それでも人形なら抱きそうな願いばかりだ。中には持ち主の想いをかなり多く貰ってしまった者もいて、そういった人形はきちんと扱わなければ、やがて物の怪に近いものに変化することもある。けれど龍の卵は、そういったもよりずっと複雑そうなものを抱えている気がした。
「魔力も感じるしね」
そういったわけで、アリスは数刻前からずっと龍の卵に語りかけていたのだ。耳をすませると訳してもらってもいい。本当は、こういうのは危険だからあまりやってはいけない。下手をすれば意識を乗っ取られることもあるからだ。この語りかけは、いわば精神を無防備に開いた状態だ。もしもこれがやっぱり呪いのマジックアイテムかなんかで、魂を持って行かれたとしても文句は言えない。死人に口なしなんて言うまでもなくだ。
思えばその時点で、アリスは王手をかけられた状態だった。チェスでならチェック。ビンゴや麻雀ならリーチと宣言されたようなものだ。張り巡らされた蜘蛛の糸の縦糸に、あるいは薄い氷の上に立った彼女は危ういバランスを保ちながらも、崩壊をすぐ後ろに感じていたのである。
日が沈むまでアリスは粘ったが、効果はなかった。集中で疲れ切った彼女は、ゆったりとした歩調で帰路へとついていた。何もかもが影と茜色に沈んだ中、アリスはあえて飛ばずに歩行する。歩くのは好きだった。飛ぶのとはまた違った世界がある。人が滅多に寄り付かない森は、草花や木々といった植物の王国だった。魔理沙が好んで使うキノコもあれば、アリスが焼き菓子に練り込む木の実も採れた。陽当たりが悪いことだけが欠点だが、魔法使いは薄暗い森に住むと相場が決まっている。洗濯物が渇きにくいという点さえ目くじらをたてなければ、今の暮らしはなかなか快適と言えた。
その鬱蒼とした草の中に、ふと見慣れないものをアリスは見つけた。膝丈ほどの石で、その形から見るに、人の手が入っているだろう。自然にはないなめらかな曲線を描いている。
「唐草模様?」
和の空気を感じないが、描かれた文様はそう表すのがもっとも適したものだった。とはいえ、唐草模様のルーツはこの極東の島国からシルクロードを逆に辿り、遠くの果てのまた遠く、メソポタミアあるいはエジプトに行き着くという。日本でこそ親しみ安さのある図柄だが、もとは繁栄を意味することもある縁起の良いものだ。獅子舞に唐草が使われるのもそういった理由からだという。その分布範囲の広さから、各地の古くからある宗教観念に取り込まれた唐草は、象徴する意味も多種多様。場所によっては『誕生と死』転じて『再生』や『永遠性』を表すこともあれば、植物がモチーフなこともあって『豊饒』を意味することもある。一口に唐草と言っても歴史の長さと文化の違いもあり、本当に同じ祖を持つ図なのかと首を捻るほど個性が生まれた図柄でもある。基本的には蔓の図をさすが、場所によってはうねる蔓の渦に数種の花や動物、人までも取り込まれたものもある。植物に対する意識の違いも出ているのだろう。何にせよ、その概念はたった一つと言われている。すなわち、それは連続していることだ、と。
そのことをアリス・マーガトロイドが知っていたかは定かではないが、とにかく彼女はその石に、石塔に惹かれるものを感じ取った。彼女は何の構いもなく、蔓が生み出す曲線の中心、世界を抱き込む渦へと手を伸ばした。
彼女に抵抗の時間は与えられなかった。与えられたとしても、それにどれほどの意味があっただろうか。進化を遂げた先にある生物とは違い、幸か不幸か、魔界人の身体は無駄なく優秀だった。たった一人の理想故に、『アリス・マーガトロイド』は優秀だった。
優秀な、入れ物だったのだ。
【そして魔女は予感する】
[Side:Patchouli]
人手が足りないかもしれない。美鈴に加え、アリス・マーガトロイドに起きた事態を知った今、私は焦り隠せなくなった。この二つが関係が有るにせよ無いにせよ、厄介なことはこの上ない。こんな時に限って親友は何故か捕まらないし、魔理沙は館での行動は制限されてしまうため、別行動を足らざるを得なかった。そのことは思った以上にマイナスだった。もっとも魔理沙にしてみれば相談に来たはずが、よりやっかいな状況を突きつけられたのだ。私ばかりが不平を言うわけにもいかない。それに、悪いことばかりではないのだ。
私たちの中でもっとも小回りが利く、つまり機動性が高い小悪魔。私では悪目立ちしてしまう場にも、紅魔館のゴシップコレクターこと酔狂なる噂好きなら、まるで違和感なくとけ込んでしまう。掃除の合間に井戸端会議を始めたメイド達の中に、するっと入り込んでは情報を巻き上げ、フェイクを掴ませ煽動する様は、ある種の感動すら覚えた。この際だから認めるが、あと数年努力しても、私にはあんな真似は出来ないだろう。司書の仕事には全く発揮するチャンスが無いだろうが、それでも特技は特技に違いない。私は相談して良かったと、久々に味方がいることの有り難さを実感したものだ。
次に機動性は悪いが重要な役に就いてくれたカーサ。美鈴のフォーローは彼女に依存していると言っても過言ではない。門番隊を抑えてくれているのも彼女だ。それに彼女の能力は、多少荒療治になってしまうが、綻びを結び直す際にもう一役買ってくれる可能性が高い。連体を取るのは難しい魔理沙だって、遺跡の方を調査できるのは彼女だけだ。そういった意味ではそれぞれ代わりの効かない重要な役割を受け持っている。勿論、私だって伊達に百年魔女をやっているわけではない。持てる知識をフル活動し、幻想郷でも最速に真実に辿り着く自信がある。無くてもやってみせる。
そう。
手札は少ないが、その内は決して悪くないのだ。あとは運命の援護射撃と、それから…
「やっぱり、メイド長の協力は欲しいところですよね」
小悪魔のストレートな物言いに、その場の全てが同意を示した。
「とはいえ、これ以上話してよいものなのでしょうか」
ことは美鈴の存在に関わっている。カーサが慎重になるのもわかることだった。
「いや、あいつならむしろ知っておいた方がいいんじゃないか?聞けば中国とは浅くない仲なんだろ?」
部外者故に柵の無い魔法使いは、気軽な調子で士気を保とうとする。
「だからこそ心配という点もあるのよ。本人は否定するだろうけど、咲夜にとって美鈴は安息地。不穏な影があってはならない場所なのよ」
「へえ?」
魔理沙は、多分先日の会話を思い出したのだろう。小さい咲夜を美鈴がどれほど必死に面倒みたのか、そんな思い出話をしたのはつい先日だ。
――――――――あれはまだ、咲夜がメイド長ではなく、メイド見習いからようやく卒業した頃だったかしら
そう切り出したにはレミィだった。
――――――――あの頃の咲夜は中国にべったりで、かまってくれない時は、腹いせにナイフを投げつけていたものよ
続けたのは私だ。
――――――――嫌な甘え方だな
魔理沙そう相づちを打ったんだった。
――――――――そうね。中国じゃなきゃ死んでたわね
軽い相づちに、私も茶化したように返した。
――――――――そんなある日、咲夜はスペルカードを使えるようになったの
思えば、レミィは笑っていなかった気がする。いや、笑ってはいた。ただそれは、微苦笑と言われる類の笑みだったのだ。
――――――――その時の美鈴のはしゃぎようといったらなかったわ。一週間仕事にならないくらい浮かれていた
けれど私はそれに気づかず、やはり何でもない調子で。
――――――――それでね、我が事のように喜ぶ中国に、当時十三歳だった咲夜は言ったのよ
今でこそ鮮やかに思い出せる。珍しく誇らしげな様子を隠せない当時の彼女は、おそらく言葉では言い表せないほどある種の反応を美鈴に期待していたはずだ。だからその言葉は、本当は私が軽々しく口にすべきではなかったのだ。けれどつい先日の、それでもアリス・マーガトロイドを意識すらしていなかった私は、笑い話の範疇にそれを舌に乗せ、音にした。
――――――――『いつか、美鈴よりも強くなって、わたしが美鈴を護ってあげる』って
聞いた瞬間に魔理沙はうわぁという顔をした。無理もない反応だったと思う。他ならぬ私がそれを引き出したのだ。今になって、咲夜の心中を思って胸が疼いた。
――――――――メイド長にもそんな時代が…
その頃の咲夜とあまり交流の無かった小悪魔は、その光景を見ていなかったのだろう。しみじみと頷いたのが印象的だった。
――――――――あったのよ。短かったけど
そう、本当にあっという間だった。
――――――――それで、中国はなんて返したんだ?
話の内容は、魔理沙の好奇心を刺激したのだろうか。身を乗り出すように魔理沙は先を促す。それを諌めるように、小さな手が伸びた。
――――――――美鈴には悪気は無かったのよ?
レミィがそう断ったのは正解だったと思う。
――――――――『ありがとうございます。でも、咲夜さんの力はお嬢様のために遣ってくださいね』
そう、欠片の偽りもなく無邪気な顔で、彼女は返したのだった。
あれから数年。あの時の咲夜の目を、私は今、初めて思い出した。
そうして私の認識は、やっと――――――――
「パチュリー?やっぱ三日連続は辛いか?」
魔理沙の声に、私は我に返った。見ると、小悪魔もカーサも、心配そうに私を見ている。いや、小悪魔に至っては今すぐにでも薬を取りに、あるいは就寝の準備に飛び立ちかねない様子だった。
「ちょっと考え事を…大丈夫、何でもないわ」
感情が顔に出ない方でよかった。そうでなければ、私のそれは歪んでいたことだろう。哀しみとも悔しさとも違う、もちろん失望とも呼べないそれは、あの頃の咲夜の中でどれほど激しく軋み、狂い、渦巻いていたのだろう。それを思うと、遣り切れなさに息が詰まった。深く深く。見えないところで彼女は。
「何でもないわ。ただ咲夜に話すのは、少し慎重になった方がいいかもしれない」
そうだ何でもない。私は何でもないはずだ。咲夜が抱いただろう嵐の何分の一かを、それも長くは続かない突風などに、私が苦しいなどと言っていいはずがない。たとえ今この瞬間に、私の認識がやっとあの時の咲夜に追いついたとして、それが何だと言うのだ。きっと咲夜は、もっと他にもあんな目を、あの遣り切れない何かに顔を歪めたに違いない。そのことに今気づいたからといって、今の私が苦しんでも意味はないのだ。
私は指を内に折り、ぎゅっと握り込んだ。話を再開させる三人に相づちを打ちながら、私は誰にでもなく自分自身に誓いを立てた。この苦みを覚えていよう。口に広がる苦味を。胸を軋ませる痛みを。いま追体験したそれが、やがて自分のものになるだろうその時まで。私は魔理沙を見た。予感は確実さを増している。私は、私たちはきっと近いうちに傷つけ合う、そんな気がした。そうして、こんな気持ちを知るくらいならと、後悔をするに違いないのだ。
【BGN】
『ラブラドライトあるいはラブラドール』
和名:曹灰長石
スペクトル(虹色)の光を出すことから別名『スペクトロライト』とも呼ばれている。
長石の一種。
石によって放つ色合いは異なるが、主にブルー、グリーン、ゴールド、オレンジ、レッドなどがあげられる。
中にはその全てを持つものも存在する。
水と日光、衝撃に弱いのが難点。
【甘くない紅茶】
[Side:Patchouli]
半年ほど前、私は美鈴と話をした。
なんの用事で行ったか忘れたが、私は食堂で一人紅茶を啜る美鈴を発見し、せっかくなので訊いてみたのだ。この頃の私は、人形遣いについてあまりに無知だった。だから気軽に訊けたのだ。題して、寿命のまるで違う妖怪と人間について。咲夜の教育に就いていた頃、彼女が何を考えていたのか興味を持ったのだ。そう、あの頃は本当に軽く口に出来た。思えば、美鈴と話す時はいつでも、私は彼女の答えにまるで期待をしていなかった気がする。
美鈴は少し考えた後、すっと飲んでいた紅茶を差し出した。飲めと言うことだろうか。悩む私に気づいていないのか、彼女はぽつりぽつりと言葉を吐きだし始めた。
――――――――これですね、凄く甘いんですよ。もう、紅茶風味の砂糖ミルクジュースってくらいに
面食らった私は、「それで」とだけ訊いた。
――――――――もとはと言えば、これは咲夜さんの好きな飲み方だったんですよ。でも、咲夜さんはこれはもう飲まないっ
て言うんです
要領を得ない私は、「それで」とだけ訊いた。
――――――――あっという間なんだなぁって思ったんです。それから、私は違うなって
――――――――それだけ?
――――――――言葉に出来るのは、それだけです
――――――――出来ないのは?
――――――――考えるのが嫌になるから、走りたくなりますね。わぁ――って。走りますか?
――――――――遠慮しておくわ
記憶を確かめる。私は困ってしまう。確か彼女は、このあと笑った筈だから。
――――――――ああ、この紅茶とは、きっと今日がさよならなんだ
それは、独り言だったから、私は聞いていないふりをすべきだったのかもしれない。
それでも私の耳に届いてしまった。
そのことを、今の私は思い出してしまった。
【黄昏アダージョⅡ】
[Side:Marisa]
彼女は、影絵のように魔理沙を振り返った。
そして問う。
「魔理沙は?」
「え?」
「魔理沙はどっからが自分なのかとか、考えたこと、ある?」
問いかける声は妙に色が抜け落ちた、虚ろなほど透明なものだった。
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
「…それは、どういう意味だ?」
「そのままよ。例えば、そうね」
彼女は何でもない風に、あっさりと魔理沙との距離を縮めて見せた。その勢いで魔理沙の髪を一房掬い、微笑んだ。
「これは、魔理沙よね」
「ああ」
「じゃあ、これは?」
今度は、自分の髪を摘む。
「アリスだ」
「そうね。じゃあちょっとだけこれを」
ちょきんと。いつの間に手にしていたのか、銀色に光るハサミで、彼女は自分の髪を、僅かとはいえ切ってしまった。
「はい。じゃあこれは?」
切り取った髪を指し、アリスは問いかける。ほんの数秒前まで、アリスの身体を構築していたそれ。魔理沙はそこでようやく、アリスが言わんとすることを悟った。
「ねえ魔理沙。私はどうしてもわからないの。夜に眠り、朝起きて、その世界がどうして昨日までと同じ世界だと言えるの?一秒前の私と今の私が、どうして同じだと言えるのかしら?ううん。別にどこにも行かなくてもいいの。私は此処にいるんだもの。それは間違いないわ。ただ魔理沙に訊きたかったの。ねえ魔理沙。私は、どこからが私なの?」
彼女が歌うように言うものだから、思わず魔理沙は訊いてしまった。
「それで。お前は…アリス、なんだよ、な?」
彼女は笑った。
「当たり前でしょ。それ以外の何に見えるの?」
魔理沙は、今ならわかる気がする。あの時、心は怯えていた。だから気づかなかった。気づけなかった。アリスは結局、魔理沙が一番訊きたかった答えをはぐらかしたことに。
魔理沙は気づけなかった。アリス・マーガトロイドが、その時泣き出しそうだったことに。
数日後、魔理沙はこの時の会話を何度も思いだし、その度に後悔をすることになる。何故ならこの時、アリスは決定的なことを、魔理沙に黙って決めてしまったのだから。
↓
彼女には美しい物に目がないところがあった
かな?
がんばってください! wktk
幸せは君の手の中だw
さあ、動けない大図書館どうでる?次回が楽しみ~
僅かひと時何もかも失う。
ところで「叶う本を」とずれた文字を下手に深読みしてしまってもいいでしょうか?
まあ美鈴さんの方は前作でこの後しばらくのことはわかるのですが…。
誤字報告
×伝えない→○伝えたい