――――雨。
草木を潤わせ、水生生物達も少し活気付く自然現象の一つ。
夏も半ば頃、幻想郷は少し遅い梅雨時に包まれていた。
長い日照りは形を顰め、変わりに鉛色の雲と絶え間ない水玉が住人を迎える。
人間も、動物も、妖精も、幽霊も、妖怪も。
そしてそれは、湖のほとりに建てられた、この紅魔館も例外では無い。
「・・・ふう・・・」
朝、目が覚めてから一息。こうして窓を覗いてはまた一息と。
既に何度も陰欝気に溜息を漏らすのは紅魔館の主である吸血鬼・・・レミリア・スカーレット。
未だ幼さが残る外見からは想像も付かないが、幾人もの部下を従えているカリスマも今は何処へやら。
窓を見上げては、メイド長に出された紅茶を一滴も口にせずに唯々溜息を吐くだけ。
理由は明白だ。
彼女は吸血鬼、であるならば求める物はこんな雨ばかりの空では無い。
煌々と辺りを薄く照らす月夜こそが、吸血鬼には似合いの空だと言えよう。
だというのに、もう何日もそれを見てない。
沢山寝て、食べて、待って待って待ちぼうけ――――なのに待ち人は今日も来たらず。
あの紅白巫女との一悶着があってからというもの、雨を防護する為の霧は出せない。
思うに、随分と難儀な約束をしてしまったものだ。
「――――ふう・・・っ」
溜息を発しても雨は止む訳が無い。
しとしとと硝子を叩く一定のリズムが、窓を伝って耳に流れてくるだけだ。
大して強くも無く、かといって無視出来るほど弱くも無い。
大降りよりも、寧ろこちら方が気が滅入る。
降るならば一気にドザーっと降り切って貰いたい。実に煩わしいにも程がある。
こんな時、咲夜や美鈴ならば(パチュリーはやってる事は年中同じだから除外)編み物なんかで時間を潰しているのだろうけど。
生憎私にはそんな趣味は無かった。
「――――なら、いっその事雨を好きになればいいじゃないですか?」
何時の間に傍に?
残念ながら疑問は無意味に等しい。
咲夜はいつだって私の傍に居るし、どこにだって付き人として居る。
顔を真横に向ければ・・・ほら、見慣れた銀髪とカチューシャが視界に一瞬だけ入り・・・消えた。
突然現れては私に一言告げて、去って行く。
それが咲夜なりの、私への気配りなんだというのが解る。
・・・だが、今の台詞はどうにも戴けない。
冗談ではない。何が悲しくて雨なんかを好めば良いのだ。
服は濡れるし空気はジトジト、おまけに身体が水に浸されればそれだけで全身の力が抜ける。
まるで、城に上がった門番・・・? いや、湖から離れたチルノ・・・? いやいや、木から落ちた・・・何だっけ?
まあ、兎に角そういう感じ。
何処をどう取っても好きになれる要素の欠片も無い。
単なる好き嫌いの問題では無くて、種族としての生理的悪寒なのである。
「・・・ふう・・・っ」
結局、悪足掻きとも言えるこの考えは私にもう一回の溜息を齎しただけであった・・・
「――――で?ここに来るって訳ね?」
揶揄する言葉が聞こえて来た様な気がするけど、きっと私の聞き間違いだろう。
年代物の椅子に座ったまま、“聞こえなーい”とばかりに羽を伸ばす。
ここは、本の森。
右を向いても、本。 左を向いても、本。
上も下も・・・まあよくも集めに集めたり・・・といった所だ。
何処までも知識と古さ・・・無味乾燥な景色が広がるここも、私のお城だなんて俄かに信じ難い。
「レミィは失礼ね。 乾物だって時間をかけて戻せばとても深い味わいなのよ?」
「・・・残念だけどパチェ。 私は新鮮な味わいしか求めていないのよね、だから乾物は論外なの」
「・・・ああ、そうね。 そうだったわ」
百年来の友人は私の顔を見ようともせずに、適当な相槌打ってから手に持つ分厚い辞典をペラペラ捲る。
別段、いつものことなので目くじらを立てたりなんかしない。 嗚呼、私ってなんて心が広いんだろう。
流石に何万、何億という蔵書を誇る図書館というだけのことはある。
周りの壁も湿気や乾燥を防ぐ為に通常よりも分厚く造られているので、ここは年中を通じて一定の温度と室温しか無い。
雨の喧しい音なんて勿論、聞こえてなんか来ない。
・・・でもやっぱり、不満もある。
「でもねー。 蛍の女王でも呼んでパーっとライトアップしてみれば、ここの景観も少しはマシになるんじゃない?・・・あ! それからあの夜雀も招待すればきっと賑やかに――――」
「――――あのねぇ、レミィ。 ここは図書館なのよ? 図書館というのは古今東西、無音で文字を楽しむ慣わしを持つの。侘び寂びって言葉と通ずるかどうかは解らないけどね、そういう雰囲気を壊すような提案には到底賛成出来ないわ」
年下の子供をあやす口調で、一頻り言葉を放ってからやれやれという風に。
「――――吸血鬼というのは、暗くて窓の少ない棺桶が好きというのが相場なんだけどねえ・・・」
「・・・お生憎様。 私は都会派の吸血鬼ですから。 暗い所に引き篭もるのは田舎の吸血鬼なのよ」
エッヘン。と胸を張って自己主張。
・・・ちょっとパチェ、ここ笑う所よ?何よその憐れむような目は?
「もう、しょうがないわね・・・」
徐に立ち上がった友人を見て、私は若干目を輝かせつつ。
「え?パチェ、魔法で何とかしてくれるの・・・?」
「――――無理ね」
淡い期待を籠めた私の言葉を・・・魔女は容易く打ち砕いてくれた。
何よぅ、解ってたけど少しは試してみてくれたっていいじゃない。友達なんだからさあ・・・
「友達のよしみで何とかしてあげたいのは山々だけどね。 私の魔法は、この世界を構成している物質から少しずつ力を借りて発動させているの。 温度から火、空気から風、酸素から水・・・といった感じにね。
だから、世の理を無視した・・・例えば自然に流れ落ちる雨粒を打ち消すだなんて、余程の等価が無い限り私には無理。
相当に強力な魔法陣の力を借りて天候を捻じ曲げるというのは、出来ないことも無いけど・・・確実に痛いツケを支払う結果になるわね」
「つまりは?」
「無茶な借金地獄の素、ご利用は計画的にってこと。 ・・・そういうレミィにだって運命操作って素敵な能力があるじゃない?」
「・・・私の運命操作だって、使い過ぎると良くない事が起こるのよ・・・」
パチェから目を逸らしつつポソポソと呟く。
ああ、こうなってみるとつくづく赤い霧の有用性が伺える。・・・ホント、何で負けちゃったんだろうね私。
「解ったわよ・・・大人しく待ってるしか無いってのがよーく解った」
項垂れつつ、正面入り口の扉に手をかけた。
「あら、どこ行くのよレミィ?」
「寝るのよ」
投げやり気味に答える。根本的解決方法が得られないのならいつまでもここに居ても仕方が無い。
「もう?まだ真夜中よ?」
そんなことは百も承知である。
だが、他にやることも無いので、結果的に選択肢が限られただけだ。
・・・その、残った選択肢というのが昼寝ならぬ夜寝というのが何とも言えない侘しさがあるが。
「ふぅ・・・」
最後に、無意識に漏らした溜息が残響し・・・扉が閉まる。
「・・・何が“ふぅ・・・”よ。 態々ここに来てまで物欝気に溜息を残していかないでよね・・・」
図書館の主はぼやきつつも席を立ち、レミリアに続いて扉に手を掛けた。
自他共に認める本の虫が自ら進んでここを出るなど、滅多に無いことであった・・・
「――――家宝は寝て待て。って言うけどねえ・・・」
自室に戻ったレミリアは、着替えもせずにベッドへ潜り込んで二転三転。
無理もない、パチュリーが言った通り時刻は未だ真夜中。夜行性の吸血鬼にとっては最も活動が激しい時間帯なのだ。
否が応でも目が冴えてしまい、とてもじゃないが夜寝という気分にはどうしてもなれない。
・・・それもこれも、みんな雨の所為だ。
大体私は吸血鬼だぞ吸血鬼、無く子も黙る夜の王。
多数の眷属を引き連れ、鉄をも曲げる強力(ごうりき)を持ち、霧や蝙蝠になる変身能力も持つ強大な種族なんだぞ。
それが何故、たかだか大量の水滴如きで臆病にも我が家に引き篭もらなくてはならないのか。
ここ数日までの鬱憤が溜まりに溜まっている為か、一度紐を緩めたら際限が無い。
後から後から沸いてくる愚痴を一頻り反芻していると、どうしてか物凄い倦怠感が襲ってくる。
「・・・ほんと、に・・・もう・・・雨なんて・・・大・・・キラ、イ・・・」
瞼が重く、意識も重い。
――――気づけば、ベッドの中でレミリアは心地良い寝息を立てていた。
それから何時間経ったのか、ごそごそと何かが蠢く音で目が覚める。
枕元にある銀時計を引き寄せて時刻を確認すれば、夜中の2時を回った所だった。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
寝返りをうちつつ身体に掛かったシーツを外して、先程から音を鳴らしていたモノの正体をその目で確認する。
「・・・咲夜?」
正体は泥棒でも、況してや何処の馬の骨とも解らぬ侵入者でも無い。
部屋を照らす明かりを反射するシルバーの髪にちょこんと頭に付けられたカチューシャ。
寝ぼけた眼であっても見紛う筈が無い、自身が最も信頼を寄せている部下。
紅魔館、メイド長――――十六夜 咲夜がその人である。
「・・・あら、すみませんお嬢様。 起こしてしまいましたわね」
主の視線に気づいた咲夜は、動かしていた手を止めてから申し訳無さそうに頭をペコリと下げて再び手を動かす。
「・・・そんな熱心に何してるの?」
疑問符を浮かべるレミリアに対し、咲夜は涼しい表情でガサゴソと寝室の端にある・・・クローゼットの中身を物色している。
時折「これは違いますわね」「・・・これでもないわ」の言葉の度に色々な服が放り投げられてくる。
いつも着ている普段着から白、黒、赤・・・ブラウスやらワンピースやら、いつ頃からそこに入ってたのか記憶が曖昧なモノばかり。
やがて我が意を得たり、という顔で「これですわ!」と手に掴んだ服を高々と掲げる。
それは服というよりも、表面がテカテカと光った・・・布の様な質感を持っていた。
咲夜は丁寧に折り畳まれたソレをレミリアの前まで持って来て、開口一番。
「失礼しますわ」
「・・・???」
先刻からクエスチョンマークが鳴り止まないレミリアを差し置いて、目にも留まらぬ速度でテキパキとレミリアの服の上から黄色い布が被せられる。
例え時を止めなくったってそこは流石にメイド長、見事な手並みとしか表現しようが無い。
これでレミリアは頭から爪先まで完全に黄色い布・・・お古のレインコートで包まれた状態になった。
「ちょっと・・・突然何なの?」
突然部屋に居て、クローゼットを漁った挙句にレインコートなんかを着用させて。このメイド長は一体何がしたいと言うのか?
が、咲夜は主の視線など何処吹く風だとばかりに胸を張り、こう答えた。
「何って、お膳立てですよお嬢様」
何を当たり前な事を、等と言いたげな態度で窓まで歩いて行き、鍵と格子を開け放つ。
すると、強風に煽られた雨粒が僅かに入り込んで床を湿らせる。
普通なら、ここで咲夜は濡れた床の処理に時間を割くが今回だけは特別に何もしない。
頭を垂れながら手を窓の外に案内するが如く指し示し、そして。
「私も同行致しますので、今宵は夜の空中散歩と洒落るのも一興ですよ?」
――――主に対して、外出するよう促すのであった。
「・・・何だって外に出なけりゃならないのよ・・・」
今、一人の人間と一匹の吸血鬼が並んで夜空を駆けている。
・・・といっても、いつもの晴れた夜に見せている優雅さは微塵も無い。
当たり前である、降りしきる雨に高所から吹き荒ぶ風がレミリアを右へ左へと激しく揺さぶるのだ。
咲夜はそんな主を気遣って自らを盾にするようにして飛翔、ピッタリと影を重ねる。
だからこそ辛うじてレミリアは位置を保てている。これが何の防壁も無い状態であったのなら、その小さな身体はあっという間に暴風の濁流に飲み込まれてたであろう。
しかしながら、彼女の疑問も最もな事だった。
ビショ濡れになって脱力するのを回避する為に全身をレインコートで防御するのはいいのだが、それでもどうしたって覆えない部分は存在してしまう。
特に顔面は顕著で、今尚横手から吹き付ける雨粒が顔を強力に叩く・・・それだけでもう、泣きたくなる程力が弱まってるというのに。
だのに、どういう理由こんな日に外出なんてしなきゃならないのか咲夜に問うてみた所で、肝心な部分は「もうじき解りますよ」と笑ってはぐらかすのみ。
何も疑わないというのがおかしいのである。
勿論、咲夜の事を疑ってる訳では無い。
信じるか方を取るか逆を取るかと言われれば、間違いなく前者を取るさ。
けど、信じているからこそ計りかねるのだ、咲夜の真意を。
「・・・すみません、お嬢様の気を煩わせてしまったことは謝りますわ。 ・・・ですが、この咲夜めを信じて下さるのでしたら、どうか今しばらく辛抱の程を・・・」
私の思考を読み取られたのか、彼女は気まずそうな笑顔で謝罪してきた。
勝手にこんなもの着せた挙句理由も話さず付いて来い、その癖信じて欲しいだなんて、ずるい口上。
・・・全く、今更言われたって困るのよねこっちは。
・・・でも。
「・・・部下にそうまで言われたら、主である私は信じるしかないでしょうに・・・」
口元に若干の苦笑と諦めの吐息。
――――こうなったら最後まで付き合ってやろうじゃないか、咲夜の言う空中散歩とやらに。
そう、心に決めた・・・時である。
「――――お嬢様、お手を拝借致しますわ」
咲夜の顔色が変わっていた。言われるがままに自分の手を差し出すと彼女は優しく、それでいて力強く包み込んでくれた。
と、同時により一層吹き付ける風・・・いや、暴風と言い換えても良さそうだ。
これに比べたら今までの風なんて、そよ風に等しい。それくらいの力があった。
「少々手荒になるかもしれませんが予めご了承願いますわ、お嬢様」
一気にここを突破する腹積もりなのだろう。
“もう好きにしなさい”というジェスチャーを送ると、咲夜はニッコリ微笑んでから。
現時点で彼女が出せる最高の速度を以って、――――夜空を切り裂く。
私も加勢したいのは山々なのだが、身体が濡れている為に満足に力を引き出せない。
それでも幾許かの力を以って、彼女に応える。
風は私達の行く手を阻むかの如く荒れ狂い、悶え、うねり・・・地に叩き落とそうと躍起になって襲いかかる。
が、がくがくと身体を揺さぶられる境地に遭いながらも、不思議と落ち着いた気分の中に居た。
理由は明白。
咲夜が手を握っていてくれるからだ。
私も現金な物で、ついぞ不快感も露に雨粒の猛攻を受けていたにも関わらず、今はひたすら冷静にこの場を突破する瞬間を待つばかり。
恐怖も無い、不満も無い、不安も無い。
きっと咲夜は暴風に囲みを打ち破って、私を素敵な場所へと案内してくれるだろう。
そのことを思えば、こんな水っころ何とも思わない。幾らでもこの身を打ち据えるがいいさ。
そうして何時間・・・いや、何分・・・ひょっとすれば、数秒にも満たない時間だったかもしれない。
兎角、不意に。
「――――着きましたよ、お嬢様」
咲夜が優しい声をかけてきたものだから、釣られるようにして瞳を開き。
――――眼前に広がる光景に息を呑んだ。
漆黒で出来た巨大なキャンパスに添えられた小さな星々。
それらに囲まれるようにして中央にぽっかりと浮かぶのは・・・有史以来煌々と我が身を照らし続け、私達夜の眷属達を見続けてきた・・・大きな大きな、お月様。
更に、まあるいまあるいそれを取り囲むのは、暗雲に侵食されてない・・・真っ白な雲で出来た、額縁。
星に、雲に・・・月。
――――ここだけが、まるで別世界に出来た絵画のよう。
長い時間姿を拝んで無かったからだろうか、ついついそんなロマンチックな考えが浮かんでしまうが・・・どうしてもこの思考を捨て去りたくは無かった。
「あら、漸く来たのね。 不貞寝お嬢様」
誰?という疑問は口にしない、だってすぐに思いつく。
いきなりこんなご挨拶を口にする知人なんて、私が知っている仲ではたった一人しか居ない。
「・・・あれだけ月が見たい見たいって駄々を捏ねてた癖に、お礼の一つも無いの?」
何故ここに?という疑問は口にしない、だってすぐに思いつく。
こんなタイミング良く、こんな空間を造れる知人なんて、私が知っている仲ではたった一人しか居ないのだから。
「確かに雨雲そのものを打ち消すなんて簡単には出来ないけど・・・影響が少ない程度になら動きを制御することは充分可能なのよね」
なんて、我が友パチュリー・ノーレッジは口に浮かんだ笑みを隠そうともせず、手に持った魔道書をペラペラ捲った。
「・・・だからって、こんな手の込んだ案内なんかしなくったっていいじゃない。 咲夜までパチェの口車に乗るだなんてさ」
言って、衣服に染み込んだ水分を手で搾っているメイド長に目線を向ければ、困ったような笑顔。・・・全く、どいつもこいつも。
解ってる。普段は図書館に篭ってる友人が何の為に喘息を抑えて外に出てきたのか、痛いくらいに理解している。
・・・切欠は、私の自分勝手な我儘。
ちょっとばかし月が見れない程度で散々愚痴を溢し、不満を散らすのを憚らなかった。
だっていうのに、この二人ときたら力を尽くしてくれたんだ。
雲を止め、月を囲ってくれたパチュリーと半ば強引にも、私を外に連れ出してくれた咲夜。
・・・こんな、私なんかの為に。
「・・・馬鹿よ、貴方達」
照れ隠しに、ついつい捻くれた言葉が口をついて出てしまう。
「あら、馬鹿とは随分ね。 これから咲夜が極上の紅茶を用意してくれているのだけれど・・・そういう人には勿体無いわね。 咲夜、カップは二人分だけでいいわよ?」
――――ちょっと待て。
私は尚おちょくりを続けるパチェをふん捕まえようと追い続け・・・結局それは咲夜が3人分のティーカップを用意してくれるまで続いた。
月の下、雲の上に人間が一人と妖怪二匹。
空間に固定されたイスに腰掛け、同じく固定されたテーブルには暖かな紅茶が3つ。
カップを傾けながら、彼女達はもう遅くなった夜のお茶会を楽しむ。
それは、何と言う幻想的な一幕であろうか。
魔法使いが空間を操って作り上げた一枚の風景に溶け込んだ3人の少女。
彼女等は月が見守る最中、思い思いの会話を聞き、話し、御伽の国の夜は耽て行く。
「でもお嬢様、今回の一見は雨が長引いたから味わえたのではありませんか?」
咲夜が端を発し、同意を求めパチュリーに目を向けた。
「・・・まぁ、長い間雨で月を見られなかったから感動も一塩なんじゃない?」
パチュリーも半分は咲夜の意見に賛成の模様で、続いてレミリアを見やる。
が、当の本人は静かな顔で紅茶を啜り・・・こう答えた。
「――――二人とも、その表現はちょっと不適切よ」
どんなにいいシチュエーションだったとしても、雨を好きになることなんてこの先一生無いだろう。
これは紛うこと無い私の確信。前にも言ったが生理的嫌悪なんだから、それは仕方が無い。
“でもね”・・・今日だけ。
今日だけは私に長いこと月を見せるのを拒んだ、気まぐれな雨に感謝しても・・・良いような気がした。
草木を潤わせ、水生生物達も少し活気付く自然現象の一つ。
夏も半ば頃、幻想郷は少し遅い梅雨時に包まれていた。
長い日照りは形を顰め、変わりに鉛色の雲と絶え間ない水玉が住人を迎える。
人間も、動物も、妖精も、幽霊も、妖怪も。
そしてそれは、湖のほとりに建てられた、この紅魔館も例外では無い。
「・・・ふう・・・」
朝、目が覚めてから一息。こうして窓を覗いてはまた一息と。
既に何度も陰欝気に溜息を漏らすのは紅魔館の主である吸血鬼・・・レミリア・スカーレット。
未だ幼さが残る外見からは想像も付かないが、幾人もの部下を従えているカリスマも今は何処へやら。
窓を見上げては、メイド長に出された紅茶を一滴も口にせずに唯々溜息を吐くだけ。
理由は明白だ。
彼女は吸血鬼、であるならば求める物はこんな雨ばかりの空では無い。
煌々と辺りを薄く照らす月夜こそが、吸血鬼には似合いの空だと言えよう。
だというのに、もう何日もそれを見てない。
沢山寝て、食べて、待って待って待ちぼうけ――――なのに待ち人は今日も来たらず。
あの紅白巫女との一悶着があってからというもの、雨を防護する為の霧は出せない。
思うに、随分と難儀な約束をしてしまったものだ。
「――――ふう・・・っ」
溜息を発しても雨は止む訳が無い。
しとしとと硝子を叩く一定のリズムが、窓を伝って耳に流れてくるだけだ。
大して強くも無く、かといって無視出来るほど弱くも無い。
大降りよりも、寧ろこちら方が気が滅入る。
降るならば一気にドザーっと降り切って貰いたい。実に煩わしいにも程がある。
こんな時、咲夜や美鈴ならば(パチュリーはやってる事は年中同じだから除外)編み物なんかで時間を潰しているのだろうけど。
生憎私にはそんな趣味は無かった。
「――――なら、いっその事雨を好きになればいいじゃないですか?」
何時の間に傍に?
残念ながら疑問は無意味に等しい。
咲夜はいつだって私の傍に居るし、どこにだって付き人として居る。
顔を真横に向ければ・・・ほら、見慣れた銀髪とカチューシャが視界に一瞬だけ入り・・・消えた。
突然現れては私に一言告げて、去って行く。
それが咲夜なりの、私への気配りなんだというのが解る。
・・・だが、今の台詞はどうにも戴けない。
冗談ではない。何が悲しくて雨なんかを好めば良いのだ。
服は濡れるし空気はジトジト、おまけに身体が水に浸されればそれだけで全身の力が抜ける。
まるで、城に上がった門番・・・? いや、湖から離れたチルノ・・・? いやいや、木から落ちた・・・何だっけ?
まあ、兎に角そういう感じ。
何処をどう取っても好きになれる要素の欠片も無い。
単なる好き嫌いの問題では無くて、種族としての生理的悪寒なのである。
「・・・ふう・・・っ」
結局、悪足掻きとも言えるこの考えは私にもう一回の溜息を齎しただけであった・・・
「――――で?ここに来るって訳ね?」
揶揄する言葉が聞こえて来た様な気がするけど、きっと私の聞き間違いだろう。
年代物の椅子に座ったまま、“聞こえなーい”とばかりに羽を伸ばす。
ここは、本の森。
右を向いても、本。 左を向いても、本。
上も下も・・・まあよくも集めに集めたり・・・といった所だ。
何処までも知識と古さ・・・無味乾燥な景色が広がるここも、私のお城だなんて俄かに信じ難い。
「レミィは失礼ね。 乾物だって時間をかけて戻せばとても深い味わいなのよ?」
「・・・残念だけどパチェ。 私は新鮮な味わいしか求めていないのよね、だから乾物は論外なの」
「・・・ああ、そうね。 そうだったわ」
百年来の友人は私の顔を見ようともせずに、適当な相槌打ってから手に持つ分厚い辞典をペラペラ捲る。
別段、いつものことなので目くじらを立てたりなんかしない。 嗚呼、私ってなんて心が広いんだろう。
流石に何万、何億という蔵書を誇る図書館というだけのことはある。
周りの壁も湿気や乾燥を防ぐ為に通常よりも分厚く造られているので、ここは年中を通じて一定の温度と室温しか無い。
雨の喧しい音なんて勿論、聞こえてなんか来ない。
・・・でもやっぱり、不満もある。
「でもねー。 蛍の女王でも呼んでパーっとライトアップしてみれば、ここの景観も少しはマシになるんじゃない?・・・あ! それからあの夜雀も招待すればきっと賑やかに――――」
「――――あのねぇ、レミィ。 ここは図書館なのよ? 図書館というのは古今東西、無音で文字を楽しむ慣わしを持つの。侘び寂びって言葉と通ずるかどうかは解らないけどね、そういう雰囲気を壊すような提案には到底賛成出来ないわ」
年下の子供をあやす口調で、一頻り言葉を放ってからやれやれという風に。
「――――吸血鬼というのは、暗くて窓の少ない棺桶が好きというのが相場なんだけどねえ・・・」
「・・・お生憎様。 私は都会派の吸血鬼ですから。 暗い所に引き篭もるのは田舎の吸血鬼なのよ」
エッヘン。と胸を張って自己主張。
・・・ちょっとパチェ、ここ笑う所よ?何よその憐れむような目は?
「もう、しょうがないわね・・・」
徐に立ち上がった友人を見て、私は若干目を輝かせつつ。
「え?パチェ、魔法で何とかしてくれるの・・・?」
「――――無理ね」
淡い期待を籠めた私の言葉を・・・魔女は容易く打ち砕いてくれた。
何よぅ、解ってたけど少しは試してみてくれたっていいじゃない。友達なんだからさあ・・・
「友達のよしみで何とかしてあげたいのは山々だけどね。 私の魔法は、この世界を構成している物質から少しずつ力を借りて発動させているの。 温度から火、空気から風、酸素から水・・・といった感じにね。
だから、世の理を無視した・・・例えば自然に流れ落ちる雨粒を打ち消すだなんて、余程の等価が無い限り私には無理。
相当に強力な魔法陣の力を借りて天候を捻じ曲げるというのは、出来ないことも無いけど・・・確実に痛いツケを支払う結果になるわね」
「つまりは?」
「無茶な借金地獄の素、ご利用は計画的にってこと。 ・・・そういうレミィにだって運命操作って素敵な能力があるじゃない?」
「・・・私の運命操作だって、使い過ぎると良くない事が起こるのよ・・・」
パチェから目を逸らしつつポソポソと呟く。
ああ、こうなってみるとつくづく赤い霧の有用性が伺える。・・・ホント、何で負けちゃったんだろうね私。
「解ったわよ・・・大人しく待ってるしか無いってのがよーく解った」
項垂れつつ、正面入り口の扉に手をかけた。
「あら、どこ行くのよレミィ?」
「寝るのよ」
投げやり気味に答える。根本的解決方法が得られないのならいつまでもここに居ても仕方が無い。
「もう?まだ真夜中よ?」
そんなことは百も承知である。
だが、他にやることも無いので、結果的に選択肢が限られただけだ。
・・・その、残った選択肢というのが昼寝ならぬ夜寝というのが何とも言えない侘しさがあるが。
「ふぅ・・・」
最後に、無意識に漏らした溜息が残響し・・・扉が閉まる。
「・・・何が“ふぅ・・・”よ。 態々ここに来てまで物欝気に溜息を残していかないでよね・・・」
図書館の主はぼやきつつも席を立ち、レミリアに続いて扉に手を掛けた。
自他共に認める本の虫が自ら進んでここを出るなど、滅多に無いことであった・・・
「――――家宝は寝て待て。って言うけどねえ・・・」
自室に戻ったレミリアは、着替えもせずにベッドへ潜り込んで二転三転。
無理もない、パチュリーが言った通り時刻は未だ真夜中。夜行性の吸血鬼にとっては最も活動が激しい時間帯なのだ。
否が応でも目が冴えてしまい、とてもじゃないが夜寝という気分にはどうしてもなれない。
・・・それもこれも、みんな雨の所為だ。
大体私は吸血鬼だぞ吸血鬼、無く子も黙る夜の王。
多数の眷属を引き連れ、鉄をも曲げる強力(ごうりき)を持ち、霧や蝙蝠になる変身能力も持つ強大な種族なんだぞ。
それが何故、たかだか大量の水滴如きで臆病にも我が家に引き篭もらなくてはならないのか。
ここ数日までの鬱憤が溜まりに溜まっている為か、一度紐を緩めたら際限が無い。
後から後から沸いてくる愚痴を一頻り反芻していると、どうしてか物凄い倦怠感が襲ってくる。
「・・・ほんと、に・・・もう・・・雨なんて・・・大・・・キラ、イ・・・」
瞼が重く、意識も重い。
――――気づけば、ベッドの中でレミリアは心地良い寝息を立てていた。
それから何時間経ったのか、ごそごそと何かが蠢く音で目が覚める。
枕元にある銀時計を引き寄せて時刻を確認すれば、夜中の2時を回った所だった。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
寝返りをうちつつ身体に掛かったシーツを外して、先程から音を鳴らしていたモノの正体をその目で確認する。
「・・・咲夜?」
正体は泥棒でも、況してや何処の馬の骨とも解らぬ侵入者でも無い。
部屋を照らす明かりを反射するシルバーの髪にちょこんと頭に付けられたカチューシャ。
寝ぼけた眼であっても見紛う筈が無い、自身が最も信頼を寄せている部下。
紅魔館、メイド長――――十六夜 咲夜がその人である。
「・・・あら、すみませんお嬢様。 起こしてしまいましたわね」
主の視線に気づいた咲夜は、動かしていた手を止めてから申し訳無さそうに頭をペコリと下げて再び手を動かす。
「・・・そんな熱心に何してるの?」
疑問符を浮かべるレミリアに対し、咲夜は涼しい表情でガサゴソと寝室の端にある・・・クローゼットの中身を物色している。
時折「これは違いますわね」「・・・これでもないわ」の言葉の度に色々な服が放り投げられてくる。
いつも着ている普段着から白、黒、赤・・・ブラウスやらワンピースやら、いつ頃からそこに入ってたのか記憶が曖昧なモノばかり。
やがて我が意を得たり、という顔で「これですわ!」と手に掴んだ服を高々と掲げる。
それは服というよりも、表面がテカテカと光った・・・布の様な質感を持っていた。
咲夜は丁寧に折り畳まれたソレをレミリアの前まで持って来て、開口一番。
「失礼しますわ」
「・・・???」
先刻からクエスチョンマークが鳴り止まないレミリアを差し置いて、目にも留まらぬ速度でテキパキとレミリアの服の上から黄色い布が被せられる。
例え時を止めなくったってそこは流石にメイド長、見事な手並みとしか表現しようが無い。
これでレミリアは頭から爪先まで完全に黄色い布・・・お古のレインコートで包まれた状態になった。
「ちょっと・・・突然何なの?」
突然部屋に居て、クローゼットを漁った挙句にレインコートなんかを着用させて。このメイド長は一体何がしたいと言うのか?
が、咲夜は主の視線など何処吹く風だとばかりに胸を張り、こう答えた。
「何って、お膳立てですよお嬢様」
何を当たり前な事を、等と言いたげな態度で窓まで歩いて行き、鍵と格子を開け放つ。
すると、強風に煽られた雨粒が僅かに入り込んで床を湿らせる。
普通なら、ここで咲夜は濡れた床の処理に時間を割くが今回だけは特別に何もしない。
頭を垂れながら手を窓の外に案内するが如く指し示し、そして。
「私も同行致しますので、今宵は夜の空中散歩と洒落るのも一興ですよ?」
――――主に対して、外出するよう促すのであった。
「・・・何だって外に出なけりゃならないのよ・・・」
今、一人の人間と一匹の吸血鬼が並んで夜空を駆けている。
・・・といっても、いつもの晴れた夜に見せている優雅さは微塵も無い。
当たり前である、降りしきる雨に高所から吹き荒ぶ風がレミリアを右へ左へと激しく揺さぶるのだ。
咲夜はそんな主を気遣って自らを盾にするようにして飛翔、ピッタリと影を重ねる。
だからこそ辛うじてレミリアは位置を保てている。これが何の防壁も無い状態であったのなら、その小さな身体はあっという間に暴風の濁流に飲み込まれてたであろう。
しかしながら、彼女の疑問も最もな事だった。
ビショ濡れになって脱力するのを回避する為に全身をレインコートで防御するのはいいのだが、それでもどうしたって覆えない部分は存在してしまう。
特に顔面は顕著で、今尚横手から吹き付ける雨粒が顔を強力に叩く・・・それだけでもう、泣きたくなる程力が弱まってるというのに。
だのに、どういう理由こんな日に外出なんてしなきゃならないのか咲夜に問うてみた所で、肝心な部分は「もうじき解りますよ」と笑ってはぐらかすのみ。
何も疑わないというのがおかしいのである。
勿論、咲夜の事を疑ってる訳では無い。
信じるか方を取るか逆を取るかと言われれば、間違いなく前者を取るさ。
けど、信じているからこそ計りかねるのだ、咲夜の真意を。
「・・・すみません、お嬢様の気を煩わせてしまったことは謝りますわ。 ・・・ですが、この咲夜めを信じて下さるのでしたら、どうか今しばらく辛抱の程を・・・」
私の思考を読み取られたのか、彼女は気まずそうな笑顔で謝罪してきた。
勝手にこんなもの着せた挙句理由も話さず付いて来い、その癖信じて欲しいだなんて、ずるい口上。
・・・全く、今更言われたって困るのよねこっちは。
・・・でも。
「・・・部下にそうまで言われたら、主である私は信じるしかないでしょうに・・・」
口元に若干の苦笑と諦めの吐息。
――――こうなったら最後まで付き合ってやろうじゃないか、咲夜の言う空中散歩とやらに。
そう、心に決めた・・・時である。
「――――お嬢様、お手を拝借致しますわ」
咲夜の顔色が変わっていた。言われるがままに自分の手を差し出すと彼女は優しく、それでいて力強く包み込んでくれた。
と、同時により一層吹き付ける風・・・いや、暴風と言い換えても良さそうだ。
これに比べたら今までの風なんて、そよ風に等しい。それくらいの力があった。
「少々手荒になるかもしれませんが予めご了承願いますわ、お嬢様」
一気にここを突破する腹積もりなのだろう。
“もう好きにしなさい”というジェスチャーを送ると、咲夜はニッコリ微笑んでから。
現時点で彼女が出せる最高の速度を以って、――――夜空を切り裂く。
私も加勢したいのは山々なのだが、身体が濡れている為に満足に力を引き出せない。
それでも幾許かの力を以って、彼女に応える。
風は私達の行く手を阻むかの如く荒れ狂い、悶え、うねり・・・地に叩き落とそうと躍起になって襲いかかる。
が、がくがくと身体を揺さぶられる境地に遭いながらも、不思議と落ち着いた気分の中に居た。
理由は明白。
咲夜が手を握っていてくれるからだ。
私も現金な物で、ついぞ不快感も露に雨粒の猛攻を受けていたにも関わらず、今はひたすら冷静にこの場を突破する瞬間を待つばかり。
恐怖も無い、不満も無い、不安も無い。
きっと咲夜は暴風に囲みを打ち破って、私を素敵な場所へと案内してくれるだろう。
そのことを思えば、こんな水っころ何とも思わない。幾らでもこの身を打ち据えるがいいさ。
そうして何時間・・・いや、何分・・・ひょっとすれば、数秒にも満たない時間だったかもしれない。
兎角、不意に。
「――――着きましたよ、お嬢様」
咲夜が優しい声をかけてきたものだから、釣られるようにして瞳を開き。
――――眼前に広がる光景に息を呑んだ。
漆黒で出来た巨大なキャンパスに添えられた小さな星々。
それらに囲まれるようにして中央にぽっかりと浮かぶのは・・・有史以来煌々と我が身を照らし続け、私達夜の眷属達を見続けてきた・・・大きな大きな、お月様。
更に、まあるいまあるいそれを取り囲むのは、暗雲に侵食されてない・・・真っ白な雲で出来た、額縁。
星に、雲に・・・月。
――――ここだけが、まるで別世界に出来た絵画のよう。
長い時間姿を拝んで無かったからだろうか、ついついそんなロマンチックな考えが浮かんでしまうが・・・どうしてもこの思考を捨て去りたくは無かった。
「あら、漸く来たのね。 不貞寝お嬢様」
誰?という疑問は口にしない、だってすぐに思いつく。
いきなりこんなご挨拶を口にする知人なんて、私が知っている仲ではたった一人しか居ない。
「・・・あれだけ月が見たい見たいって駄々を捏ねてた癖に、お礼の一つも無いの?」
何故ここに?という疑問は口にしない、だってすぐに思いつく。
こんなタイミング良く、こんな空間を造れる知人なんて、私が知っている仲ではたった一人しか居ないのだから。
「確かに雨雲そのものを打ち消すなんて簡単には出来ないけど・・・影響が少ない程度になら動きを制御することは充分可能なのよね」
なんて、我が友パチュリー・ノーレッジは口に浮かんだ笑みを隠そうともせず、手に持った魔道書をペラペラ捲った。
「・・・だからって、こんな手の込んだ案内なんかしなくったっていいじゃない。 咲夜までパチェの口車に乗るだなんてさ」
言って、衣服に染み込んだ水分を手で搾っているメイド長に目線を向ければ、困ったような笑顔。・・・全く、どいつもこいつも。
解ってる。普段は図書館に篭ってる友人が何の為に喘息を抑えて外に出てきたのか、痛いくらいに理解している。
・・・切欠は、私の自分勝手な我儘。
ちょっとばかし月が見れない程度で散々愚痴を溢し、不満を散らすのを憚らなかった。
だっていうのに、この二人ときたら力を尽くしてくれたんだ。
雲を止め、月を囲ってくれたパチュリーと半ば強引にも、私を外に連れ出してくれた咲夜。
・・・こんな、私なんかの為に。
「・・・馬鹿よ、貴方達」
照れ隠しに、ついつい捻くれた言葉が口をついて出てしまう。
「あら、馬鹿とは随分ね。 これから咲夜が極上の紅茶を用意してくれているのだけれど・・・そういう人には勿体無いわね。 咲夜、カップは二人分だけでいいわよ?」
――――ちょっと待て。
私は尚おちょくりを続けるパチェをふん捕まえようと追い続け・・・結局それは咲夜が3人分のティーカップを用意してくれるまで続いた。
月の下、雲の上に人間が一人と妖怪二匹。
空間に固定されたイスに腰掛け、同じく固定されたテーブルには暖かな紅茶が3つ。
カップを傾けながら、彼女達はもう遅くなった夜のお茶会を楽しむ。
それは、何と言う幻想的な一幕であろうか。
魔法使いが空間を操って作り上げた一枚の風景に溶け込んだ3人の少女。
彼女等は月が見守る最中、思い思いの会話を聞き、話し、御伽の国の夜は耽て行く。
「でもお嬢様、今回の一見は雨が長引いたから味わえたのではありませんか?」
咲夜が端を発し、同意を求めパチュリーに目を向けた。
「・・・まぁ、長い間雨で月を見られなかったから感動も一塩なんじゃない?」
パチュリーも半分は咲夜の意見に賛成の模様で、続いてレミリアを見やる。
が、当の本人は静かな顔で紅茶を啜り・・・こう答えた。
「――――二人とも、その表現はちょっと不適切よ」
どんなにいいシチュエーションだったとしても、雨を好きになることなんてこの先一生無いだろう。
これは紛うこと無い私の確信。前にも言ったが生理的嫌悪なんだから、それは仕方が無い。
“でもね”・・・今日だけ。
今日だけは私に長いこと月を見せるのを拒んだ、気まぐれな雨に感謝しても・・・良いような気がした。
フランドールが余りに不憫だ…
フランさまー!!!!!!
それと「家宝は寝て待て」は「果報は寝て待て」の方が正しいと思われます
・・・って、チルノ&大妖精ー!?w
>最初咲夜さんがまた下着のぶっsy(夜霧の幻影殺人鬼
私もあの一文を見た瞬間はそうに違いないと確信しておりましt(ソウルスカルプチュア