この物語は、作品集26『紅魔館乙女戦争~小悪魔の恐怖体験~』の続編です。
どちらから読んでも、または読まなくても大丈夫なように書いてはいますが、読んでいただくと今回の事件のきっかけがわかるかもしれません。
また、作品集30『レミィとその困った友人』や、同32『ヴワル観光隊』のメイド隊の設定も引き継いでおります。
全人類の…そして乙女達の天敵たる『黒い悪魔』奴らはこの幻想郷にもしっかりしぶとく棲んでいる。
先の戦い(紅魔館乙女戦争)から数日、辛うじてかの『モンスツルム』の恐怖から逃れ得た紅魔館ではあるが、依然として小さな『黒い悪魔』達の物量戦を受け続けていた。
この物語は、一人の完全で瀟洒な乙女と、彼女に従い絶望的な戦闘に身を投じた数多の乙女達の、愛と勇気と豪胆の物語である。
~紅魔館~
「こちらD斑哨戒隊厨房戦線において敵発見!その数8」
「D,F斑の全部隊をまわす!一匹たりとも逃すな!!」
「了解!!」
「こちらC班、哨戒任務中、西三階廊下にて敵見ゆ、これより戦闘に入る」
「了解、健闘を祈る」
「こちらF斑!8匹なんて報告したバカを出せ!!ゆうに5倍はいるわ!!えっ!?きゃー!!!」
「F斑どうした!F斑!!」
「こちらD斑!F斑は敵大部隊の航空攻撃により潰走す!!敵強力、戦線の維持は困難、後退の許可を求む!!」
「こちら司令部、後退は許されない。貴女も私も懲罰室送りだ、戦線を維持せよ!!」
「冗談じゃない!奴らが多すぎて…ひっ!?飛んだっ!!!」
「逃げるなD斑!厨房を守れ!!応答せよ!!!」
「こちらC斑、敵は高速で逃げ出しました。追撃不能」
「くっ…引き続き周囲を警戒せよ!!」
「F班は道に迷っています!!」
「もう放っておきなさい!」
「G斑、(心的)負傷者多数、現在大広間に向け後退中」
「もちこたえよG斑!紅魔館のメイドたる意地を見せよ!!」
「…こちらG斑、通信不調、通信不調、以上」
「G斑ふざけるな応答せよ!!G斑!!!」
さて、ここは紅魔館内におけるとある一室、現在『黒い悪魔掃討作戦』の総司令部になっている。
私たち乙女に対する最大の犯罪者…通称『黒い悪魔』、やつらを撃滅する為に紅魔館の総力をあげて挑んだ今回の作戦…
それなのになんということか…私は眼前の状況を見て唇をかんだ、私が鍛え上げた紅魔館の精鋭、メイド部隊が一方的にやられている。
非常時に備え、本来はほとんどの作戦に投入されないはずの予備部隊まで含めて総動員したこの掃討作戦、紅魔館と私の平穏な生活を取り戻し、そして何よりお嬢様の信頼を取り戻す為の、決して負けられない戦いであるというのに…
しかし、その時目の前のメイドが悲痛な叫び声をあげた。
「駄目ですメイド長!既に全部隊の約三分の一が潰乱、各戦線とも崩壊しています!!」
「何をやっているの!拠点の固守…いえ死守を命じなさい!逃げ出す敗北主義者はみんな懲罰室に送ると伝えなさい!」
私はどうにか支えさせようと督戦する、だけど…
「こちらI班班長ミユキ!四方に敵影のみ!!黒い弾幕が迫っています!!我が方被害甚大、玉砕か後退の命令を下されたい!!」
悲痛な通信が入る、もう限界だった。
「…全部隊に一時後退命令を、会合点は大広間、再編成を行います」
「了解、各部隊とも逐次後退!潰走はするな!規律を守って後退せよ!!」
魔法水晶を通じて各班に指示を出すメイドを見ながら、私は悔しさに身を震わせていた。
作戦開始からわずか3時間で、幻想郷にその名を知られた、我が紅魔館メイド部隊の部隊史に、『第一次黒い悪魔掃討作戦における敗北』という一文が書き入れられることが決まってしまったのだ…
ごく一部の敗北を除けば、ほぼ全ての作戦において勝利をおさめてきた我が紅魔館メイド部隊…それが、名もなき小さな者達にありうべかざる敗北を喫したのだった。
そして、紅魔館の平穏と、お嬢様の信頼を取り戻すせっかくの機会も…失われた。
だけど私は負けられない、完全で瀟洒な従者の名にかけて、私は絶対に奴らを駆逐し、紅魔館の平穏とお嬢様の信頼を取り戻すのだ。
私は、忌まわしきこの事件のきっかけを思い出しながら、奴らへの復仇の念に燃えていた…
~回想~
「はぁ、やはりお嬢様の枕はすてきな香りがいたしますわ」
未熟な癖に作業を手伝いに来ていたメイド達を追い出した私は、そう呟くと愛しきお嬢様の枕にほおずりをする。
まったく、未熟な癖に『私の』お嬢様の部屋に入ろうだなんて百年早いわ。
さて、私が仕えるお嬢様…レミリアお嬢様は恐ろしいほどの可愛さと少々の威厳を兼ね備えた吸血鬼である。
少し我が侭で、かなり寂しがり屋の気はあるのだけど、それもまたお可愛いのだ。
「と、それはともかくベッドメイクをしないと…」
主に対する親愛の情を示していた私は、そのあまりの情の深さに一瞬気をとられた事に気がつき作業を再開した。
私は完全で瀟洒な従者十六夜咲夜、完全で瀟洒なベッドメイクをおこない、お嬢様の笑顔を勝ち取らねばならないのだ。
気を取り直した私は、素早く、そして正確に作業を進める。
真っ白なシーツを敷き、枕カバーを替え、羽毛布団のシートも替えていく。
いつも通りに順調に進む作業…そう、その時までは…
だけど、悲劇はその次の瞬間に起こった。
「っ!?」
布団を持ち上げた瞬間、目前に現れたのは『奴』だ、先の戦いで巨大な『奴』の恐怖にさらされて以来、私は奴に対して苦手意識を持ってしまっていた…
完全で瀟洒であるべき私がなんたるざまなの!でも、理性で感情は抑えきれなかった…
怖い!私のお嬢様の布団によくもっ!黒いの怖い!私だって入りたい!黒光りしているのがいや!!私のお嬢様と同じ所にいるなんて許せない!私と同じ空間にいるのが許せない!!いや!!いやっ!!!
私の頭の中で色々な思考が交錯した。
そして…
「殺人ドール!!!」
時を止めればいいだとか、ここでスペルカード使うなんて論外だとか色々な思考が脳裏をよぎるけど、攻撃衝動が押さえられない。
私の頭にあるのはただ一つ、やられる前に殺ってやる!!
私から放たれる弾幕は、しかし当たらない。素早く動き回り、しかも小さい『奴』は、平然と私の弾幕をすり抜ける。
からかわれているようでますます腹立たしく、そして、さらにいつ私の方に飛んでくるかという恐怖感、どんな敵からも受けたことがないような重圧に、私の弾幕はどんどん命中精度が下がっていく。
私は…ますます焦燥感にかられ、叫びながらただただ弾幕を放ち続けた。
「このっ!!憎い奴め!!」
「不潔な奴めっ!害虫め!!」
「いつもいつも偉そうにっ!あなたなんか私が本気になればあっという間よ!」
「私が慌てる様を見るのがそんなに楽しいの!!」
「いつか思い知らせてあげるから覚悟なさい!!」
「いい加減にっ!死になさいっ!!!」
これで終わりとばかりに私が放ったナイフ、手応えがあった!?
ふぅ、私としたことがこんなに熱くなってしまうなんて大人げなかったわね。メイド長たるしめしがつかないじゃない。
でもまぁあの黒い奴は始末できたわけだし、よしとしましょうか。
あのナイフは当然放棄するとして、死体ごと美鈴あたりに回収させましょう。
そう私が一息ついた瞬間、ふと頭上を見上げると『奴』の姿!?確かに手応えがあったのに…
「不死身なのあなたは!?今度こそこれで…」
そう言いかけた私はふと気づく、あまりの恐怖で意識していなかったけど、近くに誰かの気配がある。
そう『とてもよく知る人の気配』が…
まさか…まさかそんなことはあるはずはない、この完全で瀟洒なメイドたる私が…こんなお約束な展開にはまるはずが…
でも…
万が一ということもあるし…
念のためにちょっとその気配の方向を振り向いてみようかしら?
「咲夜…まさか…あなたにそう思われていたなんて…思っても見なかったわ…でも…悪いけど…私は…あなたのナイフなんかじゃ…死んであげられないのよ…だから…覚…するのは…咲…夜…なた…の…方よ」
「お嬢様ー!?」
そこにいたのは、肩にナイフが刺さったまま、涙目でこちらを見ているのはお嬢様、泣いているのは多分身体の痛さじゃないはず。
いつも通りの強気な言葉遣いだったけど、後半はほとんど聞き取れなかった。
涙目のお嬢様はとても素敵だったけど、今はそんなことを思っている場合ではなかった。
「お嬢様!これは誤解で!!」
私は言いかけたけど、でもお嬢様の部屋は無差別弾幕戦で凄惨な有様、しかもよりにもよってお嬢様の肩には私のナイフが見事に命中していた。
どうやって弁解すれば…
「咲夜…でも…っ!!」
「お嬢様!?」
駆け出すお嬢様、私は慌ててお嬢様の後を追おうとしたのだけど、飛び散った布団の中身に足を取られ、床に倒れ伏した…
「私…としたことがなんたる様なの!」
私は、床に倒れたまま、悔しさのあまり床に手を叩きつけた。
よりにもよって大切なお嬢様の部屋を凄惨なまでの状況にしたあげく、お嬢様にナイフを当てるなんて万死に値する。
この罪の代償に、お嬢様に殺されるのは簡単だ。叶うなら、今自分で自分の身体を引きちぎりたい位だ。
でも、異端者だった私を拾ってくれて、そして懐いて下さったお嬢様にナイフを刺すという罪は、そんなことでは償えない。
私が今なすべきことはただ一つ。
この元凶となった『奴』を滅ぼし、その上でお嬢様の裁きを受けるのだ。
私は、お嬢様の部屋から出ると、隷下の全メイド部隊に直ちに大広間へ結集する事を命じた。
「A斑整列完了!」
「B斑よし!」
「C斑3名未着、他よし」
「D斑…」
私の前へと次々に整列する我がメイド部隊、私はすぐにメイド長の任を解かれるものと思い、そうなれば一人でも奴らを一匹残らず退治するつもりだったのだけど、どうやらお嬢様はそうしなかったようだ。
それどころか、先ほど小悪魔がお嬢様からの手紙を預かってやってきた。
『弁解があるなら聞くわ、悪魔らしくはないけど、私はあなたの裏切りをまだ信じられないのだから。一週間位考える時間を与えるわ。それまではパチェの所にいる』
「…お嬢様の、信頼を取り戻す」
お嬢様の優しさに触れた私は、そう心に誓い、整列したメイド達の前に立った…
~回想終わり~
「それなのに…なんたる様なの!!」
誰もいなくなった司令部で、私は机を叩いた。
数日前にとあるお騒がせコンビにより生起した戦いでは、突如『内部で』発生した巨大ゴキの前に、紅魔館メイド部隊はほとんど組織的な戦闘すら出来ず潰乱、ごく少数の斑単位で戦闘に参加した部隊も、状況を知らないまま巨大ゴキと目を合わせて大半が気絶、その横行を許していたが、今度は奇襲ではないのだ。
しかも、紅魔館のほぼ全力をもってあたったこの戦い、最初は『所詮は虫、三時間もあればにっくきゴキ共は全滅よ』と思っていたのだけど、三時間で撃退されたのはこっちだった。
当初の作戦では、大量のいぶし薬により一気に奴らを全滅させる予定だったのだけど、度重なるいぶし薬の投入により奴らは耐性をを持っていたらしく、慌てて這い出してくるのが関の山だった。
むしろ、その耐性ゴキへのさらなる対抗で、その危険度から紅魔館の地下7階に隔離された我が製薬…というか毒薬製造部門、通称第731実験室の面々により日々強化されていたいぶし薬は味方に襲いかかり、屋敷中央のいぶし薬設置作業で退避が遅れていた二個斑が巻き込まれて全員気絶、挙げ句それでもなお死なずに這い出してきたゴキ共によってあちこちで大混乱が巻き込まれる有様。
ちなみに、私はそんな危険な薬の開発を命じた覚えはないことを明記しておこう。
そして、その後、各班に手分けして連中の撃滅に当たるように命じたものの、いぶし薬しか装備していなかった各班は、大量の黒い悪魔の前に先の大敗を喫してしまった。
おそるべきは黒い悪魔、私たち乙女の天敵、ただの虫とあなどっていたのが失敗だったのかもしれない…
「はぁ、どうしたものかしら?」
私は、ため息をついてあてどなく視線をさまよわせていた。と、その先に見覚えのある顔を発見して視線を固定する。
私の目の前に立つメイド、すらっとした姿に高い鼻が特徴的なのは…
「ドーラ、あなただったの?」
「はい、メイド長。先ほどの作戦について僭越ながら意見具申をしに参りました」
彼女はC斑の班長、ドーラだった。普段から私をよく補佐してくれる彼女は、どうやらいつもと様子が違っている私を見て心配してきてくれたらしい。
まぁ…聞くだけ聞いてみようかしら。
そう思った私は、彼女に向き直り…言った。
「いいわ、言ってみなさい」
「はい、ではメイド長…何故そんなに焦っておいでなのですか?」
「私が焦っているですって?バカね、私は冷静よ」
心中が見透かされている?私は言い返したけど、そんな私の言葉こそが焦っている証拠だというのは、私自身が一番よくわかっていた。
ろくに部隊配置も決めずに作戦を開始し、しかも第一案が失敗した時の事など考えていないずさんな作戦計画を一人で立てて見事に失敗したのだから…
そんな私にドーラは言う。
「いえ、メイド長は焦っておいでです。それこそ奴らと刺し違えることすら躊躇わないような…」
「それは…」
ドーラの真剣な言葉に私は言い返せない、沈黙する私に、ドーラは言葉を重ねた。
「メイド長、私たちはメイド長を心から尊敬して…そして信頼しています。だからメイド長も、どうか私たちを信頼して下さい!お願いします!!何があったのかはわかりません、ですが、どうか私たちに悩みを打ち明けて下さい!!」
普段、規律正しい紅魔館のメイドとして、任務外ではまず声を荒げたことのないドーラの叫びで私は気がついた。
そう、一人の悩みはみんなの悩み、紅魔館の鉄の規律のメイド隊で一番最初に教え込まれるのは…『仲間を信頼すること』そして『仲間を見捨てないこと』だった…
いつしか私はたった一人でお嬢様の世話をしようとして…いや実際ほとんどそうしていた。
だけど、私は自惚れていたのだ。私一人で紅魔館は動かない、部下達がいるからこそ成り立っていたのだと…
紅魔館外の幻想郷に住む人妖は、いつも紅魔館のメイド部隊の強さはその鉄の規律と厳しさにあると言う、だがそれは間違っているのだ。紅魔館のメイド達の強さの秘密、それは…仲間意識。
どんな時にも決して仲間を見捨てない心の絆、どんな時でもきっと仲間が助けてくれるという安心感、一人一人は弱くとも、三人揃えば強くなる、それが増えれば増えるほどますます…
自分の能力に自惚れて、私はそんなことすら忘れていた。
「…ありがとうドーラ、やっと気がついたわ。大広間に皆を集めて」
「メイド長…」
ドーラがそう言った時、扉が軋む音がした…
バキ…ミシミシ…バーン!!
「きゃう!?」
「ふきゃ!?」
「きゅー!!!」
「ハルナ!ヘルミ!!それにペギーにジェーンに…」
どどどっとばかりに部屋になだれ込んできたのは…というより倒れ込んできたのは見覚えのあるメイド達、その後ろにもどどどっと押し寄せるメイド達がいる、まだ顔色が優れないメイドは、私が奥に配置しすぎたせいで、いぶし薬に巻き込まれたM班班長のシャルン、その後ろにはゴキの弾幕に襲われたミユキがいる。
「みんな…」
「「「「「はい!メイド長!!!」」」」」
私のつぶやきに皆の声が返ってくる、私は決意を固め、口を開いた。
「聞いて、私は…」
私は自らが犯した失敗を皆に話す、自分の楽しみの為に他のメイド達を遠ざけた事から、黒い悪魔に恐怖してお嬢様の部屋を滅茶苦茶にした事、しかもお嬢様にナイフを打ち込んでしまった事…もちろん手紙の事も話した。
そして、死を決意して拙速な行動をしてしまったことを…
「だから私はみんなに謝らなければならないの、ごめんなさい。そしてお願いします、もう一度だけ私に力を貸して下さい、この紅魔館を奴らの好きにさせたくはないの」
そう言って私は皆に頭を下げた。部下に…いや、仲間に頭を下げるという当然の行為を私は久しくしていなかった…それなのに…
「メイド長、どうか顔を上げて下さい。私たちは頼まれなくたってやりますよ」
「そうですよ、いつも何度も失敗していた私を助けて下さったご恩は忘れません」
「ヘルミ…ハルナ…」
優しげな言葉に私が顔を上げると、ちょっとだけ太めなヘルミと、ひょろっとしたハルナの凸凹コンビが声を揃える。後ろに立つメイド達も微笑んでいる。
「私は…私は…」
今まで私はなんということをしていたんだろう、仲間であるメイド達を顎で使って…それなのにそんな私に皆はこんな優しげな声をかけてくれる…
「ごめんなさい…本当にごめんなさい…」
再び顔を伏せた私に、優しい声が舞い降りてきた。
「メイド長、メイド長はいつも通りしゃきっと命令して下さい。私たちはそんなメイド長が好きなんですから」
「シャルン…」
まだ煙を吸って完調ではないだろうに、敢然と目の前に立つシャルン、彼女の姿を見て、私は立ち上がる。
「総員対ゴキ戦闘用意!三日後までに各人各部門が協力し、ゴキ退治に有効と思われる道具を製造して集結せよ!集合場所大広間、時刻は1800時!!」
「「「「「おー!!!」」」」」
私の号令にメイド達の返事が返る、もはやメイド達の後ろの方では…
「洗剤が有効と聞くわ、洗剤銃を作れないかしら?」
「銃器部門に頼んでみるわ、あなたは補給部門に行って材料を確保してきて」
「了解」
「外の世界からの輸入品で有効そうなのを複製するわ、試験生産しているのがあるからそっちはすぐに投入よ」
「巨大とりもちで面制圧するのはどうかしら?」
「そんな大量の材料どこに…待って、調理部門の連中なら転用できそうな材料を知っているかも」
「製薬部門総員集合!今夜は徹夜で強力なのを作るわよ!!撒いたら後にはペンペン草一本生えないような奴を」
「おー!!」
急に生気にあふれ出したメイド達がいる、最後のは止めておかないとまずそうだけど。
さっきまで無様な戦いは、多分私の気持ちの不安定が彼女らにうつってしまっていたのだろう。勇気より先に、杜撰な作戦への不安とゴキに対する恐怖が先に来て、あんなみっともない戦いになった。
でも今なら言える、今のみんななら、あの黒い悪魔にだって脅えない、必ずや撃退してくれるはずだ。
私は満足げに微笑むと、勝利への固い決意を胸に、次回の計画を練るべく自室へと向かったのだった…
三日後、1800時
「A班からQ班まで集合よし!」
「よろしい!これより第二次黒い悪魔掃討作戦を開始する、各班は事前の打ち合わせ通り配置につけ!!紅魔館の興廃此の一戦にあり!各員一層奮励努力せよ!!!」
「「「「「おー!!!!!!」」」」」
大広間に歓声が轟く、気分が高揚してきた。仲間と一緒に戦うという気持ち、やはりいいわね。…相手がアレなのがアレだけど。
私は整然と配置についていく皆の姿を見ながら感謝の念で一杯だった。
今回の作戦は、人妖が倒れない程度のいぶし薬で奴らを追い出し、そこを各班が一網打尽にするという計画だ。
人妖が倒れない程度の…とは言っても、苦しいことには変わりない。それでも尚、最も成功の可能性が高い計画を…と、言ってくれた皆には頭が下がる。
私は、皆への感謝の気持ちを胸に司令部へと向かったのだった…
~司令部~
「A班戦闘配置につきました!」
「G班よし」
「H班戦闘可能!!」
「J班配置よし、全員意気軒昂なり!!」
「メイド長!全部隊配置につきました」
司令部要員の声に、私は言った。
「よし、みんないくわよ!作戦開始!!」
「了解!いぶし薬担当各班は直ちに作業を開始せよ」
「A班開始」
「B班開始」
「C班…」
「速い…」
私は呟いた。いつも速やかなる行動を見せる我がメイド部隊だけど、今日はそれに輪をかけて凄まじかった。
みんなが…私の為に必死に動いてくれているのだ。
号令がかかると同時に、次々と作業が開始される。
「メイド長、マスクを」
私がそんな事を考えていた時、側にいたメイドがマスクを差し出してきた。だけど…
「いらないわ」
「え…ですが…」
困惑するメイドに私は言葉を重ねる。
「皆は煙がどんどん上がってくる所で戦っているのよ、一番煙の少ない司令部にいる私がマスクをできるわけないじゃない」
「メイド長…」
そう、しかも元はといえば私の失敗が原因のこの戦闘、司令部で指揮をとるまでは仕方ないにしても、そこからさらに私だけ楽をするのは嫌だった。
この瞬間、全ての司令部要員がマスクを取り去った。今まではよく前線と司令部の意識の乖離が取りざたされていたのが、マスクと一緒にその壁は取り払われたのだ。
「こちらQ班班長シナノ、地点203において敵見ゆ」
先陣をきってQ班のシナノから報告が入った。普段は補給業務にあたっているはずの彼女まで、この苛烈な戦場に身を投じたのね…私は彼女の勇気に感謝した。
「了解、イズミ麾下のO班を送る、それまで接触を保たれたい」
「了解」
シナノからの報告を皮切りに、司令部に次々と報告が入ってくる。
「H班より司令部、三階西廊下にて敵多数接近!これより迎撃開始します!!」
「了解、貴班の武運長久なれ」
「M班のシャルンです!対ゴキ銃の効果絶大、既に多数を撃破しました!」
「I班、我が方優勢、あらかじめ予測した逃走路で、設置型トラップに多数が引っかかっています」
「司令部よりM班及びI班へ、貴班の健闘を讃える、引き続き戦闘にあたられたい」
「「了解!!」
前回の戦いとは全く異なり、面白いように作戦は進展する。
と…
「あ…あれは何かしら?」
私の目にとまったのは、魔法水晶に映る大きな黒い物体、まさかあの巨大ゴキが再び!?
「え…はい、あれは…」
そんな私の不安…だけど、それは杞憂だった。
「我が裁縫部門制作の偽装ゴキ部隊です、どこから見ても本物ですよ。ゴキを油断させて一網打尽です」
「…ま、まぁそうね」
胸を張るメイドに、私はそう答えるしかなかった。確かに外見は不気味な位そっくりだけど大きさが違いすぎるでしょうが!誰も気がつかなかったの?
本当、しっかりしているようでどこか抜けているのが私たち紅魔館メイド部隊の難点よね。
呆れる私を後目に、彼女は何かに気がついたかのように指示を飛ばす。
「そうだ、司令部より各班!味方に巧妙な偽装部隊がいるわ、気をつけて!!」
「「「「「了解!」」」」」
こ…巧妙な偽装部隊ね、コメントは差し控えましょうか。それにしても混乱を招きそうな言葉を…
不安に思った私は、魔法水晶の前に立ち、言った。
「巨大ゴキは味方よ、射撃は禁止ね」
「「「「「了解!」」」」」
同士撃ちの危険を避けさせるため、私は指示を出す。と、今度は…
「きゃー!こっち来ないでっ!?」
「お…重すぎて扱えな…」
「きゃ!?」
「な…何をやっているのかしらハルナは…」
ため息をつく私の目の前にある水晶に映し出されているのは、巨大な…巨大すぎるとりもちを持ったハルナ麾下のF班が、とりもちを振り回し…というより、とりもちに振り回されて次々と味方をとりもちに貼り付けていっている光景だった。ちなみに、ゴキはほとんどひっかかっていない…
何かというと失敗続きのハルナ、不思議と重大な作戦の時には活躍する事があるのだけど、どうやら今回は駄目らしい。
何はともあれ、一部の失敗はあるものの作戦は順調に進展していた。この調子ならばまもなくゴキを駆逐できるはずだ。
だけど、その時だった。ゴキ掃討作戦のものとは何か少し異なる爆音と揺れが紅魔館に伝わり、直後に門番隊から呼び出しがかかった。
「こちら正門警衛隊!黒い悪魔です!!魔理沙が…」
「あと一息っていう所で…総員対黒い悪魔装備に換装!迎撃せよ!!迎撃せよ!!!」
もうちょっとで勝てると言うところで来た凶報に、私は唇をかむ。だけど、私の第一任務はお嬢様を守ることだ。
おそらく彼女の目的地であろうヴワル魔法図書館には。パチュリー様と、そしてお嬢様がいらっしゃるのだ。通すわけにはいかなかった。
直ちに私は各班の配置転換を命じる。戦力の大半を専用装備で対ゴキ戦闘に振り向けているせいで、まともな装備の部隊はほとんどないのだ。
ゴキ共を一方的に撃破しつつあった勝利への油断、その一瞬の間隙に、運が悪いことに彼女がつけこんだ…
「いえ、運ではないか…」
誰かが天佑とは本当の天佑と、自らが引き寄せた天佑があるというようなことを言っていた気がする…ならば…
「各員、換装急げ、私も行く!!」
普通に考えるとここからじゃ間に合わないかもしれない、だけど私の『仲間』達ならきっと時間を稼いでくれるはず。
大きい方の黒い悪魔との交戦のの為、能力は無駄遣いできなかった。私は駆けだした。
私は仲間を信じて猛進する。後方からは、必死の速度でついてくる司令部要員がいる。
「え…わっ!?総員武装変更!!」
「黒い悪魔ってゴキでしょう!換装の必要は…」
「おっきい奴よ!」
「だからそれは味方だから射撃は禁止のはず…」
「違う!魔理沙の方よ!!」
ところが、急なことにメイド達は対応しきれない、ましてややこしいことにどちらも『黒い悪魔』と呼ばれているのが混乱に拍車をかけていた。
「換装を…あっ!?」
「ちょろいぜっ!」
しかも、黒い悪魔の高速度は予想以上だった。
各班は無防備な換装中を狙い撃たれ、ある班は破損した洗剤銃の中身で転倒し、またある班は暴発したとりもち弩に貼り付けられ、またある班はゴキの着ぐるみのまま大破炎上した。
「何だ何だ、こんなにメイドがいて歓迎委員もいないなんて手抜きだぜ!」
黒い悪魔は傲然と言って先に進む。
「大広間で敵突破!」
「了解、後方に新たな防衛線を築く」
大広間で奴は突破した、もはや後には引けない、大広間を過ぎれば、後はハルナの率いるF班のみが防衛部隊だ。だが、その最終防衛線の戦力は同士討ちで激減しており、さらに未だ混乱状態にある。
主を守る最後の部隊は、とても頼りなかった。
「…いえ、彼女も大切な『仲間』信じなくてどうするの?」
私は自分に問いかける、いえ、ハルナならきっとやってくれるはずだ。なぜなら彼女も紅魔館のメイドだから…
その時だった。
「F班ハルナより司令部、黒い悪魔捕獲、我が方の負傷者弾幕で一名、事故で一名、同士討ちで一名の計三名のみ!」
「え…」
私はその報告を聞いて驚いた、黒い悪魔って…もちろんあっちよね…
戸惑う私に、ハルナは言葉を重ねた。
「嘘じゃないですよメイド長、霧雨魔理沙を捕獲しました。っていっても、たまたまとりもちを持ってふらついていたところに、勝手に向こうがひっかかっただけなんですけどね」
魔法水晶の中でちろりと舌を出す彼女の表情は、しかしとても充実していた。
「なーんだ、あなたらしいわね」
拍子抜けするような種明かし、だけど私は満足している。だってその『運』を引き寄せたのはあなたと…そしてみんなの心、努力の成果なのだから。
「でも、本当にありがとうハルナ、後で手料理をごちそうしてあげるわ」
「え…本当ですか!?やったー!!」
私の言葉にハルナは喜ぶ、だけど料理ではもっと喜ばせてあげられるものを作ってあげるわ。心づくしの…
そうだ、みんなにもお礼をしないとね。さすがに料理となると全員分は無理かもしれないけど、せめてクッキー位はあげないと…
私はそんな思考の後、言った。
「じゃあ今から行くからね、逃がさないようにね」
「了解!」
「くそーこんなので捕まるなんて…」
さて、ハルナの所に行くと、黒い悪魔はしっかりととりもちにひっつき、悔しそうな声をぶつけてくる。
言ったら既に逃げられていたなんていうお約束なオチはなかった。お約束は一度で十分だわ。
さて、そんな彼女に私は言葉を投げかける。
「さて、どうしてくれようかしらこの黒い悪魔は。他の黒い悪魔と一緒に焼却処分?」
「お…おい待て、ゴキと一緒にするな!?」
とたんに青ざめる黒い悪魔、だから私は言ってやった。
「だって黒くて高速で他人の物を盗んでいくなんて…一緒でしょ?」
「ちがーう!!」
叫ぶ魔理沙、このへんで勘弁してやるか。
「ま、盗んでいったパチュリーの本はひとまず全部返してもらうわ」
「…ちぇっ、仕方ないな。もってけドロボー!」
「泥棒はあなたじゃない、失礼ね」
私たちがそんな会話をしていた時、ふと背後に気配を感じた。
そう、『あの時』と同じよく知った人の気配が…
「お嬢様…?」
そう、振り向くとそこには見慣れた顔がある、七曜の魔女に付き添われた私の大切な主…小さな吸血鬼が…
どんな叱責…いや、いきなりの弾幕すら受け入れる覚悟の私だったけど、かけられたのは意外な言葉だった。
「よくやったじゃない咲夜、こいつを捕まえるなんて」
「え…え…」
あれ?それだけ?前に私がした事は…
「ああ、あの事だけど今回ので帳消しにしてあげるわ。感謝なさい」
「え…え…え…」
わからない、いくらなんでも私がしたことはこんな事で償われるようなことじゃないはずだ。
戸惑う私に、横からパチュリー様が口を出した。
「レミィはね、ワーハクタクの所で歴史を見せてもらっていたのよ。そこに考えがいきつくまで、もう泣くわわめくわ落ち込むわで大変だったんだから」
そう言ってにやけるパチュリー様に、お嬢様が焦って言い出す。
「ちょ…パチェ、嘘はやめ…」
「面白そうだから魔法水晶に全部記録しておいたんだけど…見る?」
「こ…この悪魔ー!!」
「それあなたじゃない」
いつも通りの光景、だけどけじめはけじめ、私はお嬢様に向き直り、言った。
「申し訳ありませんでしたお嬢様、今後は二度とこのような事がないようにいたしますので…」
「いいわ、そんなにしおらしい咲夜なんて咲夜らしくないじゃない、私に敵意を向けていないことがわかったのだからそれでいいわ。ゴキは私だって嫌いだし、そもそもはここのパチェが悪いんだから、ただし…」
そう言ったお嬢様はちょっと悪戯な笑顔を向けた。
「私の枕に勝手にほおずりしないでちょうだいね」
「っ!?」
あっ…あのワーハクタク!何余計な所まで見せているのよっ!!
「あははっ、今回はポーカーフェイスな咲夜の色々な表情が見られてよかったわ」
そんな私にレミリア様が仰り…
「私もレミィの荒れっぷりが見られてよかったわ」
そしてそんなお嬢様にパチュリー様が呟く。
「なっ!またお仕置きよ!!今度はくすぐり地獄十五分じゃすまさないんだからね!三十分よ!!」
「…魔法水晶(ぼそっ)」
「っ!!」
パチュリー様にやりこめられて悔しそうな表情をするお嬢様、いつも通りの光景…ありがとうみんな、私は大切なものを取り返して、そして新たに手に入れたわ。
さぁ、今夜は徹夜でお菓子作りね、完全で瀟洒なお菓子をみんなに作ってあげないと…
私はどんなのを作るか考えながら、じゃれあう二人がいる場所から立ち去ったのだった。
~数日後、ヴワル魔法図書館~
「ねぇ咲夜」
「なんでしょうパチュリー様?」
「こないだの一件から、やたら図書館にゴキが増えたのよ。どうにかならないかしら、うっとうしくて気が散るの」
「え…?先の戦いで奴らは大損害を受けたはずですのに…」
「だってあなたここはやってなかったじゃない」
「あー!!!」
紅魔館内にある魔法図書館…そこに奴らの多くが逃げ込んだのね…ということは…
「紅魔館内にも再び!?」
奴らの生命力と繁殖力を侮ってはならない、奴らは姿は見えないがどこにでもいるのだから…そして我々の隙を探しているのだ。
ほら、もしかするとあなたの足下にも…?
『戦いは終わらず…』
どちらから読んでも、または読まなくても大丈夫なように書いてはいますが、読んでいただくと今回の事件のきっかけがわかるかもしれません。
また、作品集30『レミィとその困った友人』や、同32『ヴワル観光隊』のメイド隊の設定も引き継いでおります。
全人類の…そして乙女達の天敵たる『黒い悪魔』奴らはこの幻想郷にもしっかりしぶとく棲んでいる。
先の戦い(紅魔館乙女戦争)から数日、辛うじてかの『モンスツルム』の恐怖から逃れ得た紅魔館ではあるが、依然として小さな『黒い悪魔』達の物量戦を受け続けていた。
この物語は、一人の完全で瀟洒な乙女と、彼女に従い絶望的な戦闘に身を投じた数多の乙女達の、愛と勇気と豪胆の物語である。
~紅魔館~
「こちらD斑哨戒隊厨房戦線において敵発見!その数8」
「D,F斑の全部隊をまわす!一匹たりとも逃すな!!」
「了解!!」
「こちらC班、哨戒任務中、西三階廊下にて敵見ゆ、これより戦闘に入る」
「了解、健闘を祈る」
「こちらF斑!8匹なんて報告したバカを出せ!!ゆうに5倍はいるわ!!えっ!?きゃー!!!」
「F斑どうした!F斑!!」
「こちらD斑!F斑は敵大部隊の航空攻撃により潰走す!!敵強力、戦線の維持は困難、後退の許可を求む!!」
「こちら司令部、後退は許されない。貴女も私も懲罰室送りだ、戦線を維持せよ!!」
「冗談じゃない!奴らが多すぎて…ひっ!?飛んだっ!!!」
「逃げるなD斑!厨房を守れ!!応答せよ!!!」
「こちらC斑、敵は高速で逃げ出しました。追撃不能」
「くっ…引き続き周囲を警戒せよ!!」
「F班は道に迷っています!!」
「もう放っておきなさい!」
「G斑、(心的)負傷者多数、現在大広間に向け後退中」
「もちこたえよG斑!紅魔館のメイドたる意地を見せよ!!」
「…こちらG斑、通信不調、通信不調、以上」
「G斑ふざけるな応答せよ!!G斑!!!」
さて、ここは紅魔館内におけるとある一室、現在『黒い悪魔掃討作戦』の総司令部になっている。
私たち乙女に対する最大の犯罪者…通称『黒い悪魔』、やつらを撃滅する為に紅魔館の総力をあげて挑んだ今回の作戦…
それなのになんということか…私は眼前の状況を見て唇をかんだ、私が鍛え上げた紅魔館の精鋭、メイド部隊が一方的にやられている。
非常時に備え、本来はほとんどの作戦に投入されないはずの予備部隊まで含めて総動員したこの掃討作戦、紅魔館と私の平穏な生活を取り戻し、そして何よりお嬢様の信頼を取り戻す為の、決して負けられない戦いであるというのに…
しかし、その時目の前のメイドが悲痛な叫び声をあげた。
「駄目ですメイド長!既に全部隊の約三分の一が潰乱、各戦線とも崩壊しています!!」
「何をやっているの!拠点の固守…いえ死守を命じなさい!逃げ出す敗北主義者はみんな懲罰室に送ると伝えなさい!」
私はどうにか支えさせようと督戦する、だけど…
「こちらI班班長ミユキ!四方に敵影のみ!!黒い弾幕が迫っています!!我が方被害甚大、玉砕か後退の命令を下されたい!!」
悲痛な通信が入る、もう限界だった。
「…全部隊に一時後退命令を、会合点は大広間、再編成を行います」
「了解、各部隊とも逐次後退!潰走はするな!規律を守って後退せよ!!」
魔法水晶を通じて各班に指示を出すメイドを見ながら、私は悔しさに身を震わせていた。
作戦開始からわずか3時間で、幻想郷にその名を知られた、我が紅魔館メイド部隊の部隊史に、『第一次黒い悪魔掃討作戦における敗北』という一文が書き入れられることが決まってしまったのだ…
ごく一部の敗北を除けば、ほぼ全ての作戦において勝利をおさめてきた我が紅魔館メイド部隊…それが、名もなき小さな者達にありうべかざる敗北を喫したのだった。
そして、紅魔館の平穏と、お嬢様の信頼を取り戻すせっかくの機会も…失われた。
だけど私は負けられない、完全で瀟洒な従者の名にかけて、私は絶対に奴らを駆逐し、紅魔館の平穏とお嬢様の信頼を取り戻すのだ。
私は、忌まわしきこの事件のきっかけを思い出しながら、奴らへの復仇の念に燃えていた…
~回想~
「はぁ、やはりお嬢様の枕はすてきな香りがいたしますわ」
未熟な癖に作業を手伝いに来ていたメイド達を追い出した私は、そう呟くと愛しきお嬢様の枕にほおずりをする。
まったく、未熟な癖に『私の』お嬢様の部屋に入ろうだなんて百年早いわ。
さて、私が仕えるお嬢様…レミリアお嬢様は恐ろしいほどの可愛さと少々の威厳を兼ね備えた吸血鬼である。
少し我が侭で、かなり寂しがり屋の気はあるのだけど、それもまたお可愛いのだ。
「と、それはともかくベッドメイクをしないと…」
主に対する親愛の情を示していた私は、そのあまりの情の深さに一瞬気をとられた事に気がつき作業を再開した。
私は完全で瀟洒な従者十六夜咲夜、完全で瀟洒なベッドメイクをおこない、お嬢様の笑顔を勝ち取らねばならないのだ。
気を取り直した私は、素早く、そして正確に作業を進める。
真っ白なシーツを敷き、枕カバーを替え、羽毛布団のシートも替えていく。
いつも通りに順調に進む作業…そう、その時までは…
だけど、悲劇はその次の瞬間に起こった。
「っ!?」
布団を持ち上げた瞬間、目前に現れたのは『奴』だ、先の戦いで巨大な『奴』の恐怖にさらされて以来、私は奴に対して苦手意識を持ってしまっていた…
完全で瀟洒であるべき私がなんたるざまなの!でも、理性で感情は抑えきれなかった…
怖い!私のお嬢様の布団によくもっ!黒いの怖い!私だって入りたい!黒光りしているのがいや!!私のお嬢様と同じ所にいるなんて許せない!私と同じ空間にいるのが許せない!!いや!!いやっ!!!
私の頭の中で色々な思考が交錯した。
そして…
「殺人ドール!!!」
時を止めればいいだとか、ここでスペルカード使うなんて論外だとか色々な思考が脳裏をよぎるけど、攻撃衝動が押さえられない。
私の頭にあるのはただ一つ、やられる前に殺ってやる!!
私から放たれる弾幕は、しかし当たらない。素早く動き回り、しかも小さい『奴』は、平然と私の弾幕をすり抜ける。
からかわれているようでますます腹立たしく、そして、さらにいつ私の方に飛んでくるかという恐怖感、どんな敵からも受けたことがないような重圧に、私の弾幕はどんどん命中精度が下がっていく。
私は…ますます焦燥感にかられ、叫びながらただただ弾幕を放ち続けた。
「このっ!!憎い奴め!!」
「不潔な奴めっ!害虫め!!」
「いつもいつも偉そうにっ!あなたなんか私が本気になればあっという間よ!」
「私が慌てる様を見るのがそんなに楽しいの!!」
「いつか思い知らせてあげるから覚悟なさい!!」
「いい加減にっ!死になさいっ!!!」
これで終わりとばかりに私が放ったナイフ、手応えがあった!?
ふぅ、私としたことがこんなに熱くなってしまうなんて大人げなかったわね。メイド長たるしめしがつかないじゃない。
でもまぁあの黒い奴は始末できたわけだし、よしとしましょうか。
あのナイフは当然放棄するとして、死体ごと美鈴あたりに回収させましょう。
そう私が一息ついた瞬間、ふと頭上を見上げると『奴』の姿!?確かに手応えがあったのに…
「不死身なのあなたは!?今度こそこれで…」
そう言いかけた私はふと気づく、あまりの恐怖で意識していなかったけど、近くに誰かの気配がある。
そう『とてもよく知る人の気配』が…
まさか…まさかそんなことはあるはずはない、この完全で瀟洒なメイドたる私が…こんなお約束な展開にはまるはずが…
でも…
万が一ということもあるし…
念のためにちょっとその気配の方向を振り向いてみようかしら?
「咲夜…まさか…あなたにそう思われていたなんて…思っても見なかったわ…でも…悪いけど…私は…あなたのナイフなんかじゃ…死んであげられないのよ…だから…覚…するのは…咲…夜…なた…の…方よ」
「お嬢様ー!?」
そこにいたのは、肩にナイフが刺さったまま、涙目でこちらを見ているのはお嬢様、泣いているのは多分身体の痛さじゃないはず。
いつも通りの強気な言葉遣いだったけど、後半はほとんど聞き取れなかった。
涙目のお嬢様はとても素敵だったけど、今はそんなことを思っている場合ではなかった。
「お嬢様!これは誤解で!!」
私は言いかけたけど、でもお嬢様の部屋は無差別弾幕戦で凄惨な有様、しかもよりにもよってお嬢様の肩には私のナイフが見事に命中していた。
どうやって弁解すれば…
「咲夜…でも…っ!!」
「お嬢様!?」
駆け出すお嬢様、私は慌ててお嬢様の後を追おうとしたのだけど、飛び散った布団の中身に足を取られ、床に倒れ伏した…
「私…としたことがなんたる様なの!」
私は、床に倒れたまま、悔しさのあまり床に手を叩きつけた。
よりにもよって大切なお嬢様の部屋を凄惨なまでの状況にしたあげく、お嬢様にナイフを当てるなんて万死に値する。
この罪の代償に、お嬢様に殺されるのは簡単だ。叶うなら、今自分で自分の身体を引きちぎりたい位だ。
でも、異端者だった私を拾ってくれて、そして懐いて下さったお嬢様にナイフを刺すという罪は、そんなことでは償えない。
私が今なすべきことはただ一つ。
この元凶となった『奴』を滅ぼし、その上でお嬢様の裁きを受けるのだ。
私は、お嬢様の部屋から出ると、隷下の全メイド部隊に直ちに大広間へ結集する事を命じた。
「A斑整列完了!」
「B斑よし!」
「C斑3名未着、他よし」
「D斑…」
私の前へと次々に整列する我がメイド部隊、私はすぐにメイド長の任を解かれるものと思い、そうなれば一人でも奴らを一匹残らず退治するつもりだったのだけど、どうやらお嬢様はそうしなかったようだ。
それどころか、先ほど小悪魔がお嬢様からの手紙を預かってやってきた。
『弁解があるなら聞くわ、悪魔らしくはないけど、私はあなたの裏切りをまだ信じられないのだから。一週間位考える時間を与えるわ。それまではパチェの所にいる』
「…お嬢様の、信頼を取り戻す」
お嬢様の優しさに触れた私は、そう心に誓い、整列したメイド達の前に立った…
~回想終わり~
「それなのに…なんたる様なの!!」
誰もいなくなった司令部で、私は机を叩いた。
数日前にとあるお騒がせコンビにより生起した戦いでは、突如『内部で』発生した巨大ゴキの前に、紅魔館メイド部隊はほとんど組織的な戦闘すら出来ず潰乱、ごく少数の斑単位で戦闘に参加した部隊も、状況を知らないまま巨大ゴキと目を合わせて大半が気絶、その横行を許していたが、今度は奇襲ではないのだ。
しかも、紅魔館のほぼ全力をもってあたったこの戦い、最初は『所詮は虫、三時間もあればにっくきゴキ共は全滅よ』と思っていたのだけど、三時間で撃退されたのはこっちだった。
当初の作戦では、大量のいぶし薬により一気に奴らを全滅させる予定だったのだけど、度重なるいぶし薬の投入により奴らは耐性をを持っていたらしく、慌てて這い出してくるのが関の山だった。
むしろ、その耐性ゴキへのさらなる対抗で、その危険度から紅魔館の地下7階に隔離された我が製薬…というか毒薬製造部門、通称第731実験室の面々により日々強化されていたいぶし薬は味方に襲いかかり、屋敷中央のいぶし薬設置作業で退避が遅れていた二個斑が巻き込まれて全員気絶、挙げ句それでもなお死なずに這い出してきたゴキ共によってあちこちで大混乱が巻き込まれる有様。
ちなみに、私はそんな危険な薬の開発を命じた覚えはないことを明記しておこう。
そして、その後、各班に手分けして連中の撃滅に当たるように命じたものの、いぶし薬しか装備していなかった各班は、大量の黒い悪魔の前に先の大敗を喫してしまった。
おそるべきは黒い悪魔、私たち乙女の天敵、ただの虫とあなどっていたのが失敗だったのかもしれない…
「はぁ、どうしたものかしら?」
私は、ため息をついてあてどなく視線をさまよわせていた。と、その先に見覚えのある顔を発見して視線を固定する。
私の目の前に立つメイド、すらっとした姿に高い鼻が特徴的なのは…
「ドーラ、あなただったの?」
「はい、メイド長。先ほどの作戦について僭越ながら意見具申をしに参りました」
彼女はC斑の班長、ドーラだった。普段から私をよく補佐してくれる彼女は、どうやらいつもと様子が違っている私を見て心配してきてくれたらしい。
まぁ…聞くだけ聞いてみようかしら。
そう思った私は、彼女に向き直り…言った。
「いいわ、言ってみなさい」
「はい、ではメイド長…何故そんなに焦っておいでなのですか?」
「私が焦っているですって?バカね、私は冷静よ」
心中が見透かされている?私は言い返したけど、そんな私の言葉こそが焦っている証拠だというのは、私自身が一番よくわかっていた。
ろくに部隊配置も決めずに作戦を開始し、しかも第一案が失敗した時の事など考えていないずさんな作戦計画を一人で立てて見事に失敗したのだから…
そんな私にドーラは言う。
「いえ、メイド長は焦っておいでです。それこそ奴らと刺し違えることすら躊躇わないような…」
「それは…」
ドーラの真剣な言葉に私は言い返せない、沈黙する私に、ドーラは言葉を重ねた。
「メイド長、私たちはメイド長を心から尊敬して…そして信頼しています。だからメイド長も、どうか私たちを信頼して下さい!お願いします!!何があったのかはわかりません、ですが、どうか私たちに悩みを打ち明けて下さい!!」
普段、規律正しい紅魔館のメイドとして、任務外ではまず声を荒げたことのないドーラの叫びで私は気がついた。
そう、一人の悩みはみんなの悩み、紅魔館の鉄の規律のメイド隊で一番最初に教え込まれるのは…『仲間を信頼すること』そして『仲間を見捨てないこと』だった…
いつしか私はたった一人でお嬢様の世話をしようとして…いや実際ほとんどそうしていた。
だけど、私は自惚れていたのだ。私一人で紅魔館は動かない、部下達がいるからこそ成り立っていたのだと…
紅魔館外の幻想郷に住む人妖は、いつも紅魔館のメイド部隊の強さはその鉄の規律と厳しさにあると言う、だがそれは間違っているのだ。紅魔館のメイド達の強さの秘密、それは…仲間意識。
どんな時にも決して仲間を見捨てない心の絆、どんな時でもきっと仲間が助けてくれるという安心感、一人一人は弱くとも、三人揃えば強くなる、それが増えれば増えるほどますます…
自分の能力に自惚れて、私はそんなことすら忘れていた。
「…ありがとうドーラ、やっと気がついたわ。大広間に皆を集めて」
「メイド長…」
ドーラがそう言った時、扉が軋む音がした…
バキ…ミシミシ…バーン!!
「きゃう!?」
「ふきゃ!?」
「きゅー!!!」
「ハルナ!ヘルミ!!それにペギーにジェーンに…」
どどどっとばかりに部屋になだれ込んできたのは…というより倒れ込んできたのは見覚えのあるメイド達、その後ろにもどどどっと押し寄せるメイド達がいる、まだ顔色が優れないメイドは、私が奥に配置しすぎたせいで、いぶし薬に巻き込まれたM班班長のシャルン、その後ろにはゴキの弾幕に襲われたミユキがいる。
「みんな…」
「「「「「はい!メイド長!!!」」」」」
私のつぶやきに皆の声が返ってくる、私は決意を固め、口を開いた。
「聞いて、私は…」
私は自らが犯した失敗を皆に話す、自分の楽しみの為に他のメイド達を遠ざけた事から、黒い悪魔に恐怖してお嬢様の部屋を滅茶苦茶にした事、しかもお嬢様にナイフを打ち込んでしまった事…もちろん手紙の事も話した。
そして、死を決意して拙速な行動をしてしまったことを…
「だから私はみんなに謝らなければならないの、ごめんなさい。そしてお願いします、もう一度だけ私に力を貸して下さい、この紅魔館を奴らの好きにさせたくはないの」
そう言って私は皆に頭を下げた。部下に…いや、仲間に頭を下げるという当然の行為を私は久しくしていなかった…それなのに…
「メイド長、どうか顔を上げて下さい。私たちは頼まれなくたってやりますよ」
「そうですよ、いつも何度も失敗していた私を助けて下さったご恩は忘れません」
「ヘルミ…ハルナ…」
優しげな言葉に私が顔を上げると、ちょっとだけ太めなヘルミと、ひょろっとしたハルナの凸凹コンビが声を揃える。後ろに立つメイド達も微笑んでいる。
「私は…私は…」
今まで私はなんということをしていたんだろう、仲間であるメイド達を顎で使って…それなのにそんな私に皆はこんな優しげな声をかけてくれる…
「ごめんなさい…本当にごめんなさい…」
再び顔を伏せた私に、優しい声が舞い降りてきた。
「メイド長、メイド長はいつも通りしゃきっと命令して下さい。私たちはそんなメイド長が好きなんですから」
「シャルン…」
まだ煙を吸って完調ではないだろうに、敢然と目の前に立つシャルン、彼女の姿を見て、私は立ち上がる。
「総員対ゴキ戦闘用意!三日後までに各人各部門が協力し、ゴキ退治に有効と思われる道具を製造して集結せよ!集合場所大広間、時刻は1800時!!」
「「「「「おー!!!」」」」」
私の号令にメイド達の返事が返る、もはやメイド達の後ろの方では…
「洗剤が有効と聞くわ、洗剤銃を作れないかしら?」
「銃器部門に頼んでみるわ、あなたは補給部門に行って材料を確保してきて」
「了解」
「外の世界からの輸入品で有効そうなのを複製するわ、試験生産しているのがあるからそっちはすぐに投入よ」
「巨大とりもちで面制圧するのはどうかしら?」
「そんな大量の材料どこに…待って、調理部門の連中なら転用できそうな材料を知っているかも」
「製薬部門総員集合!今夜は徹夜で強力なのを作るわよ!!撒いたら後にはペンペン草一本生えないような奴を」
「おー!!」
急に生気にあふれ出したメイド達がいる、最後のは止めておかないとまずそうだけど。
さっきまで無様な戦いは、多分私の気持ちの不安定が彼女らにうつってしまっていたのだろう。勇気より先に、杜撰な作戦への不安とゴキに対する恐怖が先に来て、あんなみっともない戦いになった。
でも今なら言える、今のみんななら、あの黒い悪魔にだって脅えない、必ずや撃退してくれるはずだ。
私は満足げに微笑むと、勝利への固い決意を胸に、次回の計画を練るべく自室へと向かったのだった…
三日後、1800時
「A班からQ班まで集合よし!」
「よろしい!これより第二次黒い悪魔掃討作戦を開始する、各班は事前の打ち合わせ通り配置につけ!!紅魔館の興廃此の一戦にあり!各員一層奮励努力せよ!!!」
「「「「「おー!!!!!!」」」」」
大広間に歓声が轟く、気分が高揚してきた。仲間と一緒に戦うという気持ち、やはりいいわね。…相手がアレなのがアレだけど。
私は整然と配置についていく皆の姿を見ながら感謝の念で一杯だった。
今回の作戦は、人妖が倒れない程度のいぶし薬で奴らを追い出し、そこを各班が一網打尽にするという計画だ。
人妖が倒れない程度の…とは言っても、苦しいことには変わりない。それでも尚、最も成功の可能性が高い計画を…と、言ってくれた皆には頭が下がる。
私は、皆への感謝の気持ちを胸に司令部へと向かったのだった…
~司令部~
「A班戦闘配置につきました!」
「G班よし」
「H班戦闘可能!!」
「J班配置よし、全員意気軒昂なり!!」
「メイド長!全部隊配置につきました」
司令部要員の声に、私は言った。
「よし、みんないくわよ!作戦開始!!」
「了解!いぶし薬担当各班は直ちに作業を開始せよ」
「A班開始」
「B班開始」
「C班…」
「速い…」
私は呟いた。いつも速やかなる行動を見せる我がメイド部隊だけど、今日はそれに輪をかけて凄まじかった。
みんなが…私の為に必死に動いてくれているのだ。
号令がかかると同時に、次々と作業が開始される。
「メイド長、マスクを」
私がそんな事を考えていた時、側にいたメイドがマスクを差し出してきた。だけど…
「いらないわ」
「え…ですが…」
困惑するメイドに私は言葉を重ねる。
「皆は煙がどんどん上がってくる所で戦っているのよ、一番煙の少ない司令部にいる私がマスクをできるわけないじゃない」
「メイド長…」
そう、しかも元はといえば私の失敗が原因のこの戦闘、司令部で指揮をとるまでは仕方ないにしても、そこからさらに私だけ楽をするのは嫌だった。
この瞬間、全ての司令部要員がマスクを取り去った。今まではよく前線と司令部の意識の乖離が取りざたされていたのが、マスクと一緒にその壁は取り払われたのだ。
「こちらQ班班長シナノ、地点203において敵見ゆ」
先陣をきってQ班のシナノから報告が入った。普段は補給業務にあたっているはずの彼女まで、この苛烈な戦場に身を投じたのね…私は彼女の勇気に感謝した。
「了解、イズミ麾下のO班を送る、それまで接触を保たれたい」
「了解」
シナノからの報告を皮切りに、司令部に次々と報告が入ってくる。
「H班より司令部、三階西廊下にて敵多数接近!これより迎撃開始します!!」
「了解、貴班の武運長久なれ」
「M班のシャルンです!対ゴキ銃の効果絶大、既に多数を撃破しました!」
「I班、我が方優勢、あらかじめ予測した逃走路で、設置型トラップに多数が引っかかっています」
「司令部よりM班及びI班へ、貴班の健闘を讃える、引き続き戦闘にあたられたい」
「「了解!!」
前回の戦いとは全く異なり、面白いように作戦は進展する。
と…
「あ…あれは何かしら?」
私の目にとまったのは、魔法水晶に映る大きな黒い物体、まさかあの巨大ゴキが再び!?
「え…はい、あれは…」
そんな私の不安…だけど、それは杞憂だった。
「我が裁縫部門制作の偽装ゴキ部隊です、どこから見ても本物ですよ。ゴキを油断させて一網打尽です」
「…ま、まぁそうね」
胸を張るメイドに、私はそう答えるしかなかった。確かに外見は不気味な位そっくりだけど大きさが違いすぎるでしょうが!誰も気がつかなかったの?
本当、しっかりしているようでどこか抜けているのが私たち紅魔館メイド部隊の難点よね。
呆れる私を後目に、彼女は何かに気がついたかのように指示を飛ばす。
「そうだ、司令部より各班!味方に巧妙な偽装部隊がいるわ、気をつけて!!」
「「「「「了解!」」」」」
こ…巧妙な偽装部隊ね、コメントは差し控えましょうか。それにしても混乱を招きそうな言葉を…
不安に思った私は、魔法水晶の前に立ち、言った。
「巨大ゴキは味方よ、射撃は禁止ね」
「「「「「了解!」」」」」
同士撃ちの危険を避けさせるため、私は指示を出す。と、今度は…
「きゃー!こっち来ないでっ!?」
「お…重すぎて扱えな…」
「きゃ!?」
「な…何をやっているのかしらハルナは…」
ため息をつく私の目の前にある水晶に映し出されているのは、巨大な…巨大すぎるとりもちを持ったハルナ麾下のF班が、とりもちを振り回し…というより、とりもちに振り回されて次々と味方をとりもちに貼り付けていっている光景だった。ちなみに、ゴキはほとんどひっかかっていない…
何かというと失敗続きのハルナ、不思議と重大な作戦の時には活躍する事があるのだけど、どうやら今回は駄目らしい。
何はともあれ、一部の失敗はあるものの作戦は順調に進展していた。この調子ならばまもなくゴキを駆逐できるはずだ。
だけど、その時だった。ゴキ掃討作戦のものとは何か少し異なる爆音と揺れが紅魔館に伝わり、直後に門番隊から呼び出しがかかった。
「こちら正門警衛隊!黒い悪魔です!!魔理沙が…」
「あと一息っていう所で…総員対黒い悪魔装備に換装!迎撃せよ!!迎撃せよ!!!」
もうちょっとで勝てると言うところで来た凶報に、私は唇をかむ。だけど、私の第一任務はお嬢様を守ることだ。
おそらく彼女の目的地であろうヴワル魔法図書館には。パチュリー様と、そしてお嬢様がいらっしゃるのだ。通すわけにはいかなかった。
直ちに私は各班の配置転換を命じる。戦力の大半を専用装備で対ゴキ戦闘に振り向けているせいで、まともな装備の部隊はほとんどないのだ。
ゴキ共を一方的に撃破しつつあった勝利への油断、その一瞬の間隙に、運が悪いことに彼女がつけこんだ…
「いえ、運ではないか…」
誰かが天佑とは本当の天佑と、自らが引き寄せた天佑があるというようなことを言っていた気がする…ならば…
「各員、換装急げ、私も行く!!」
普通に考えるとここからじゃ間に合わないかもしれない、だけど私の『仲間』達ならきっと時間を稼いでくれるはず。
大きい方の黒い悪魔との交戦のの為、能力は無駄遣いできなかった。私は駆けだした。
私は仲間を信じて猛進する。後方からは、必死の速度でついてくる司令部要員がいる。
「え…わっ!?総員武装変更!!」
「黒い悪魔ってゴキでしょう!換装の必要は…」
「おっきい奴よ!」
「だからそれは味方だから射撃は禁止のはず…」
「違う!魔理沙の方よ!!」
ところが、急なことにメイド達は対応しきれない、ましてややこしいことにどちらも『黒い悪魔』と呼ばれているのが混乱に拍車をかけていた。
「換装を…あっ!?」
「ちょろいぜっ!」
しかも、黒い悪魔の高速度は予想以上だった。
各班は無防備な換装中を狙い撃たれ、ある班は破損した洗剤銃の中身で転倒し、またある班は暴発したとりもち弩に貼り付けられ、またある班はゴキの着ぐるみのまま大破炎上した。
「何だ何だ、こんなにメイドがいて歓迎委員もいないなんて手抜きだぜ!」
黒い悪魔は傲然と言って先に進む。
「大広間で敵突破!」
「了解、後方に新たな防衛線を築く」
大広間で奴は突破した、もはや後には引けない、大広間を過ぎれば、後はハルナの率いるF班のみが防衛部隊だ。だが、その最終防衛線の戦力は同士討ちで激減しており、さらに未だ混乱状態にある。
主を守る最後の部隊は、とても頼りなかった。
「…いえ、彼女も大切な『仲間』信じなくてどうするの?」
私は自分に問いかける、いえ、ハルナならきっとやってくれるはずだ。なぜなら彼女も紅魔館のメイドだから…
その時だった。
「F班ハルナより司令部、黒い悪魔捕獲、我が方の負傷者弾幕で一名、事故で一名、同士討ちで一名の計三名のみ!」
「え…」
私はその報告を聞いて驚いた、黒い悪魔って…もちろんあっちよね…
戸惑う私に、ハルナは言葉を重ねた。
「嘘じゃないですよメイド長、霧雨魔理沙を捕獲しました。っていっても、たまたまとりもちを持ってふらついていたところに、勝手に向こうがひっかかっただけなんですけどね」
魔法水晶の中でちろりと舌を出す彼女の表情は、しかしとても充実していた。
「なーんだ、あなたらしいわね」
拍子抜けするような種明かし、だけど私は満足している。だってその『運』を引き寄せたのはあなたと…そしてみんなの心、努力の成果なのだから。
「でも、本当にありがとうハルナ、後で手料理をごちそうしてあげるわ」
「え…本当ですか!?やったー!!」
私の言葉にハルナは喜ぶ、だけど料理ではもっと喜ばせてあげられるものを作ってあげるわ。心づくしの…
そうだ、みんなにもお礼をしないとね。さすがに料理となると全員分は無理かもしれないけど、せめてクッキー位はあげないと…
私はそんな思考の後、言った。
「じゃあ今から行くからね、逃がさないようにね」
「了解!」
「くそーこんなので捕まるなんて…」
さて、ハルナの所に行くと、黒い悪魔はしっかりととりもちにひっつき、悔しそうな声をぶつけてくる。
言ったら既に逃げられていたなんていうお約束なオチはなかった。お約束は一度で十分だわ。
さて、そんな彼女に私は言葉を投げかける。
「さて、どうしてくれようかしらこの黒い悪魔は。他の黒い悪魔と一緒に焼却処分?」
「お…おい待て、ゴキと一緒にするな!?」
とたんに青ざめる黒い悪魔、だから私は言ってやった。
「だって黒くて高速で他人の物を盗んでいくなんて…一緒でしょ?」
「ちがーう!!」
叫ぶ魔理沙、このへんで勘弁してやるか。
「ま、盗んでいったパチュリーの本はひとまず全部返してもらうわ」
「…ちぇっ、仕方ないな。もってけドロボー!」
「泥棒はあなたじゃない、失礼ね」
私たちがそんな会話をしていた時、ふと背後に気配を感じた。
そう、『あの時』と同じよく知った人の気配が…
「お嬢様…?」
そう、振り向くとそこには見慣れた顔がある、七曜の魔女に付き添われた私の大切な主…小さな吸血鬼が…
どんな叱責…いや、いきなりの弾幕すら受け入れる覚悟の私だったけど、かけられたのは意外な言葉だった。
「よくやったじゃない咲夜、こいつを捕まえるなんて」
「え…え…」
あれ?それだけ?前に私がした事は…
「ああ、あの事だけど今回ので帳消しにしてあげるわ。感謝なさい」
「え…え…え…」
わからない、いくらなんでも私がしたことはこんな事で償われるようなことじゃないはずだ。
戸惑う私に、横からパチュリー様が口を出した。
「レミィはね、ワーハクタクの所で歴史を見せてもらっていたのよ。そこに考えがいきつくまで、もう泣くわわめくわ落ち込むわで大変だったんだから」
そう言ってにやけるパチュリー様に、お嬢様が焦って言い出す。
「ちょ…パチェ、嘘はやめ…」
「面白そうだから魔法水晶に全部記録しておいたんだけど…見る?」
「こ…この悪魔ー!!」
「それあなたじゃない」
いつも通りの光景、だけどけじめはけじめ、私はお嬢様に向き直り、言った。
「申し訳ありませんでしたお嬢様、今後は二度とこのような事がないようにいたしますので…」
「いいわ、そんなにしおらしい咲夜なんて咲夜らしくないじゃない、私に敵意を向けていないことがわかったのだからそれでいいわ。ゴキは私だって嫌いだし、そもそもはここのパチェが悪いんだから、ただし…」
そう言ったお嬢様はちょっと悪戯な笑顔を向けた。
「私の枕に勝手にほおずりしないでちょうだいね」
「っ!?」
あっ…あのワーハクタク!何余計な所まで見せているのよっ!!
「あははっ、今回はポーカーフェイスな咲夜の色々な表情が見られてよかったわ」
そんな私にレミリア様が仰り…
「私もレミィの荒れっぷりが見られてよかったわ」
そしてそんなお嬢様にパチュリー様が呟く。
「なっ!またお仕置きよ!!今度はくすぐり地獄十五分じゃすまさないんだからね!三十分よ!!」
「…魔法水晶(ぼそっ)」
「っ!!」
パチュリー様にやりこめられて悔しそうな表情をするお嬢様、いつも通りの光景…ありがとうみんな、私は大切なものを取り返して、そして新たに手に入れたわ。
さぁ、今夜は徹夜でお菓子作りね、完全で瀟洒なお菓子をみんなに作ってあげないと…
私はどんなのを作るか考えながら、じゃれあう二人がいる場所から立ち去ったのだった。
~数日後、ヴワル魔法図書館~
「ねぇ咲夜」
「なんでしょうパチュリー様?」
「こないだの一件から、やたら図書館にゴキが増えたのよ。どうにかならないかしら、うっとうしくて気が散るの」
「え…?先の戦いで奴らは大損害を受けたはずですのに…」
「だってあなたここはやってなかったじゃない」
「あー!!!」
紅魔館内にある魔法図書館…そこに奴らの多くが逃げ込んだのね…ということは…
「紅魔館内にも再び!?」
奴らの生命力と繁殖力を侮ってはならない、奴らは姿は見えないがどこにでもいるのだから…そして我々の隙を探しているのだ。
ほら、もしかするとあなたの足下にも…?
『戦いは終わらず…』
スペックの低いPCの方には少し辛いのではないのでしょうか…?
そして、二人目の名前が無い程度の能力様と、三人目の名前が無い程度の能力様、ご指摘ありがとうございました。改行部分について見直し、訂正いたしました。
>名前が無い程度の能力様
>黒い悪魔だけは相手にしたくないもんだ
同感です。どんな人間でもあいつにはかなわないような…
>SETH様
>泣くわわめくわ落ち込むわなお嬢さまのかわいさは異常
心よりの賛意を、それにしても、私は威厳あるレミリアを書いた記憶がないような気がします…
過去に私の任務先で事・・・・・
最終兵器として「バルサ○」を使った結果・・・
翌朝には・・・・・・・・・
50を超える撃沈報告が上がった・・・・
入った瞬間声が出なかったとか・・・・
効果覿面、一度は使ってみますか??「バルサ○」??
ね、メイド長??
お返事遅れて申し訳ありませんorzご感想(?)ありがとうございますww
>>50を超える撃沈報告が上がった・・・・
それは大戦果ですねww
いえ、しかし…確かに見たくないです…(死屍累々!?)