*この作品は「妖夢がんばる」→「妖夢奪還大作戦」の完結編です。
そして「ドクダミファンタジア」の設定も多分に出てきます。
実際に今までのものを読んでくださっていた方はそのまま読んでくださって結構なのですが、
「わざわざ前の読む気しねえ」と思いつつも、これは読もうと思ってくださった方の為にあらすじを。
「これから読むぞー」という方や「もう読んだからそんな説明はいらん」と言う方は、
読み飛ばして本編からお読みください。
~今までのあらすじ~
■ドクダミファンタジア
博麗神社が突然ドクダミまみれになってしまった。
ドクダミの臭いに苦しめられる霊夢は、犯人探しを始める。
メディスン・メランコリー、風見幽香、八雲紫……
会うたびに容疑者は霊夢のお払い棒とドクダミ攻撃の餌食になって行った。
そして霊夢が辿り着いた真犯人は、八意永琳。
彼女は弟子である鈴仙を紫にいじめられた恨みから、紫の好きな霊夢にいやがらせをしたのだった。
「月の頭脳」永琳と霊夢が戦うも、ドクダミ漬けになった霊夢は常識破りな強さを誇った。
霊夢は軽々と永琳を撃破し、ドクダミの異変を解決した。
その時の霊夢は「ドクダ巫女」と呼ばれ、今でも恐れられている。
■妖夢がんばる
ある夏の夜の宴会、魔理沙が言い出した「怪談しようぜ」の一言が、妖夢の悲劇の始まり。
怪談を聞いてるうちに怖くなり、トイレに1人で行けなくなってしまった妖夢だが、
誰も助けてはくれない、あまつさえ、魔理沙、幽々子、紫の3人は面白がって妖夢をいじめた。
しかし妖夢の尿意が限界を超えたとき、妖夢は魂魄家の秘められた力に目覚める。
いじめっ子3人を軽々と打ち倒した妖夢は、、さらにいじめっ子3人の自宅のトイレを無残に破壊した。
そして妖夢はそのまま失踪し、白玉楼へは帰ってこなかった。
次に壊されるのは、貴方の家のトイレかもしれない。
妖夢はそれ以来「トイレキラー」と呼ばれ、今でも恐れられている。
■妖夢奪還大作戦
未だ行方の知れない妖夢を探すため、幽々子は魔理沙と紫に協力を願い出た。
途中、幽々子と紫の喧嘩に藍がキレたりといろいろ問題が起きたのだが、
伊吹萃香の協力を得てそれを解決、さらに萃香が言うには、妖夢は紅魔館にいるとのこと。
4人は紅魔館に突入し、妖夢の奪還を試みるのだが……。
妖夢の目的は、何も身を隠すことではなかった。
あの日の宴会で自分を助けようとしなかったレミリア、咲夜への復讐が目的だったのだ。
紅魔館に幽々子が乗り込んで来て騒ぎを起こすことを予測していた妖夢は、
その混乱に乗じて紅魔館全館のトイレの破壊に成功、そしてまた姿をくらませた。
幽々子は妖夢を諦め、代わりに魔理沙を小間使いとして白玉楼へ連れてきた。
呪われた服で魔理沙をコントロールして……。
以下本編です。
(ふ……ちょろいものね)
妖夢はウサギ達と並んで朝食をとっていた。
ここは永遠亭、輝夜と永琳の2人の月の民を筆頭として、無数のウサギ達が住んでいる。
妖夢はここのウサギ達の制服であるワンピースと、ウサギ耳を装着していた。
刀は目立ちすぎるので、誰も使っていない部屋の床下に隠してある。
半霊はスカートの中だ。
永遠亭のウサギ達は、唯一月のウサギである鈴仙を除いてはほとんど体格が小さい。
鈴仙は標準程度だが、それが大きく見えるぐらいに皆背が低かった。
そういう点でも妖夢の体格は好都合で、服、耳、尻尾の3点セットを装着すればバレることはなかった。
(指揮系統も実にいい加減ね)
鈴仙とてゐがツートップとして存在しているだけで、あとは役職らしい役職は無かった。
仕事も良く言えばローテーションでやっているらしく、悪く言えば誰が何をやるかは決まっていない。
その日その日を気ままに、やりたい仕事を適当にやって回っているらしい。
そんな状態だから、ウサギ達はその数の多さも手伝い、全員が顔見知りというわけではないようだ。
リーダー2人もちゃんと把握していない。だから妖夢ウサギが増えても誰も気付いていなかった。
(もう少ししたら白玉楼へ帰ろう……)
復讐に燃えていた妖夢の心は、奇しくも最後のターゲットとして狙いをつけた、
永遠亭のこの穏やかな雰囲気によって和らぎつつあった。
冷静になってみれば幽々子も心配だし、自分の使命を途中で投げてきたのも心残りだ。
(許してもらえるだろうか……)
自分は、怒りに身を任せて好き放題やりすぎたのではないだろうか……そんな気持ちが胸にチクリと刺さる。
元来真面目な方だ、考え込むとどんどん沈む。
「ねぇ、みょん! 今日はニンジン畑の世話しに行きましょう」
「あ……うん」
「どうしたの元気無いよ?」
「そ、そう?」
「しょうがないな、あたしのニンジンもあげるから、元気だしなよ!」
妖夢はウサギ達に「みょん」と呼ばれていた。
永遠亭のウサギは大体が輝夜に「イナバ」と適当な命名をされてしまうので、
仲間内ではさらに愛称を作って呼び合っているらしい。
(ここの者に情が移るなど……もってのほかだ)
仕方なくニンジンを受け取り、かじる。
生ニンジンなんてあまり食べたことはなかったが、永遠亭のニンジンは甘くて、生でも結構美味しい。
「美味しいね、ありがとう」
「ニンジンはパワーの源だもんねー」
「それじゃ行こうか」
「うん行こう!」
「お邪魔するわ」
「うわっ!?」
紫は突然白玉楼を訪れた、丁度目の前に居た魔理沙は箒で屋敷の掃除をしているところだった。
「あら、随分板についたみたいじゃない」
「勘弁してくれ……」
あれ以来小間使いとして幽々子にこき使われている魔理沙だったが、意外と適応していた。
あれほど苦手で嫌いだった掃除も、今は人並みにはできる。
これだけ広い白玉楼だから、人並みでは手に負えなくはあるのだが。
「なんなんだいきなり?」
「妖夢のことについてよ、進展があったので幽々子に報告しようと思ったの」
「幽々子様なら縁側でひなたぼっこしてるんじゃないかな」
「幽々子様」と呼ばないといろいろな嫌がらせを受けるため、魔理沙は自然に様付けで呼ぶようになった。
「貴女も、いつまでもここに居るわけにも行かないでしょう?」
「そうだなぁ」
何が辛いかと言うと、研究できないのが辛かった。
魔理沙は元々集中力のある方なので、雑用にはすぐ慣れたが。
「貴女にも教えておくけど……萃香の報告によると、永遠亭に妖夢がいるみたいなの」
「そりゃまた厄介なところに陣取ったな」
「しかし永遠亭に恨みがあるのかしら?」
「どうだかな、もう誰でも良いのと違うか?」
「いずれにせよ、妖夢はやはりここに居なくてはならないわ」
「まぁ……私はこんな状態だ、あまり手伝えることはないが、頑張ってくれ」
「ええ、魔理沙がこれでは、宴会が少なくてつまらないもの」
紫は軽く手を振ると、幽々子がいるであろう縁側へと歩いていった。
「ふーん、永遠亭にねぇ……」
幽々子の反応は何故か薄い、まるでもう妖夢に興味が無いかのようであった。
「捕まえに行かないの?」
「魔理沙が凄く良いのよ、あの子才能あるわ」
紫が「うわぁ……」という表情で幽々子を見る。
紫はそれほど魔理沙に興味があるわけではないので、とやかく言うつもりはないのだが。
「まだまだ半人前にもなってないから、よく失敗をするのよ……」
そう言って幽々子は邪悪な笑顔を浮かべた。
「まぁ、とにかく私はしばらく魔理沙が良いから、妖夢はほっとけばいいと思うわ」
「わからなくはないけど……あの子じゃなきゃできないこともあるのではないの?」
紫は西行妖に目を向けた。
「別に妖夢の手入れが無いと枯れるってわけではないわよ、あれは」
「うーん……とりあえず、こっちはこっちで動いてみるの、良いわよね?」
「……」
幽々子は何か考え込んでいる。
「そうね……ええ、そうだわ」
「どうしたのよ」
「魔理沙と妖夢が居れば完璧じゃない、そんなことにも気がつかなかったなんて」
「流石は幽々子……欲張りさんね、目からうろこなの」
「紫ほどじゃないわ」
「またまたぁ」
その2人の様子を影から見ていた魔理沙はゾッとした。
まるで金色のお菓子でも出てきそうな雰囲気である。
「うーん、あれはどう見ても……」
鈴仙は思い悩んでいた。
妖夢はバレてないと思っているようだが、鈴仙は妖夢がウサギ達に混ざっているのに気がついていたのだ。
初めのうちは気付いてなかったのは確かなのだが。
当の本人の妖夢は、鈴仙のことなど気にもせずにウサギ達と土いじりをしている。
「でも、だからと言って……どうしたものだろうなぁ」
特に悪事を働くと言うわけでもないのだ、むしろ他のウサギ達より真面目に働いている。
「ウドンゲ、ちょっと来なさい」
「えっ!? あれ? 師匠、珍しいですね外に出るなんて……」
突然後ろから永琳に声をかけられて、鈴仙は酷く驚いた。
しかし永琳の目は鈴仙には向けられておらず、やはり妖夢に向けられている。
「あれはとんでもない危険因子よ、とりあえず、ここじゃまずいから私の部屋に来なさい」
「は、はぁ……?」
永琳に手を引かれ、鈴仙は永琳の部屋へと赴いた。
「何がそんなに危険なんでしょう? 真面目にやっているようですけど……?」
「バカね、単なる家出か何かと思っているの?」
「ち、違うんですか?」
「これを見なさい」
永琳が取り出したものは「文々。新聞~トイレ破壊魔~」という一枚の新聞であった。
そこには、トイレを支える萃香を刀の鞘でタコ殴りにしている妖夢の写真が掲載されている。
「えぇっ!?」
「ヤツは恐らく、永遠亭のトイレにも目をつけたのよ……凄まじい復讐心だわ」
「我々は何もしてないと思うのですが……」
「きっともう何でも良いのよ、ただでさえヤツは冥界に縛り付けられていて、あまり自由が無いわ。
自由に動ける今のうちに、ストレスを発散できるだけしておくつもりなのよ」
もう復讐の範疇ではない、妖夢の怒りは生きとし生けるもの全てに向けられているのだ。
「それを証拠に、ここを見なさいよ」
「ん……?」
なんと人間の里でもトイレが破壊されているらしい、そのことが新聞の一部に書いてあった。
「ハクタクあたりが見たら憤怒しそうですね……」
「そうねぇ……」
「でも師匠……そうだとわかったとして、どうするおつもりですか?」
「簡単なこと、追い出すのよ。そしてブラックリストに追加、二度と永遠亭の敷居はまたがせない」
「そこまでしなくても」と鈴仙は思うのだが、確かにトイレを破壊されてはたまらない。
そして輝夜の部屋にあるトイレも狙われるだろう、そうなれば輝夜も危ない。
「今夜……ヤツが寝入ったところを狙うわ」
「そこまで警戒する必要あるんですか? 妹紅や霊夢じゃあるまいし……」
「この新聞によれば……紅魔館の全員、そして魔理沙、紫、幽々子、萃香、の4人を敵に回しておいて、
完全に出し抜いたらしいわ……」
「え、そ、そんな実力者でしたっけ?」
「だからこそ恐ろしいの……ドクダミのときのこと、忘れていないでしょう?」
「あ、あぁぁぅ……」
永琳は顔面蒼白、鈴仙はそれに付け加え、うつろな目で頭を抱え込んでしまった。
あの「ドクダ巫女」霊夢は恐ろしいという言葉だけで表現しきれるものではない。
月の民が輝夜達を連れ戻しに来ることが、ただの遊びに見えてしまうぐらいの恐ろしさだった。
「そういうことよ……念には念を入れる、良いわね」
「はい……」
噂の霊夢は、日課となったドクダミ刈りをしていた。
「ん~、大分減ったわねー。そろそろお茶とか薬にする分、とっとかないとねー」
永琳の薬によってパワーアップしたドクダミは、通常のドクダミを遥かに上回る臭いを放っていたが、
その臭いもようやく普通に戻り、前は博麗神社の周りを埋め尽くすように生えていたそれも、
今となっては裏庭の一画にわずかに残るばかりであった。
「災い転じて福と成す、か……このぐらいなら結構使い道もあるし、悪くないわ」
抜いたドクダミを袋に詰め、保存するために霊夢は神社の中へと入っていった。
「……行ったわね……」
茂みの中からひょっこり出てくるウサギ耳……妖夢であった。
「鈴仙と永琳が勘付いた……もう遊んでいる時間は無い、霊夢、貴女への復讐もまだなのよ」
あの夜、妖夢を助けようとしなかった霊夢もまた、復讐の対象であった。
「我関せず」というあの態度は、妖夢に深い絶望と怒りを与えていたのだ。
「さて……まずは……」
妖夢はごそごそと懐をあさって1つの薬瓶を取り出すと、それをドクダミに撒いた。
そして少ししてから、残ったドクダミを全て引き抜いて、投げ捨てた。
「よし、次……」
妖夢が博麗神社の中へと忍び足で侵入する。
「んーと、これは干してお茶にする分で……」
ドガァァン!
「な、なに!?」
突然の爆音に霊夢が驚く、そしてすぐに立ち上がって、爆音の元へと急いだ。
「と、トイレが!?」
博麗神社のトイレが破壊された。
霊夢はキョロキョロと辺りを見回すが、何も見当たらない。
妖夢の移動力は並ではなかった、飛んだら魔理沙と同等、走れば魔理沙以上。
「だ、誰よーっ!!」
せっかくここしばらく平和だったのに、また火の粉が降りかかったか。
霊夢は、またも戦いの予感を感じた。
「ししょー……来ましたよー……」
鈴仙がこそこそと起きだして永琳の部屋を訪ねる。
もう日付も変わっており、永遠亭は静まり返っていた。
「ししょー……?」
応答が無いので、鈴仙はゆっくり戸を開けて中に入った。
「あ、ししょー……いたんなら言ってくださいよ……」
永琳は椅子に座っていた。
「ぐー」
「め、目開けたまま寝てる!?」
背筋を伸ばして、姿勢良く椅子に座ったまま永琳は寝ていた。
目が開いたままなので、ものすごく気持ち悪い。
「し、ししょおー、起きてくださいよー……」
「はっ……ウドンゲ?」
「妖夢を追い出しに行きますよー」
「そ、そうだったわね……ごめんなさい」
2人は永琳の部屋を出て、こそこそとウサギ達の寝室へ向かった。
ちなみに下っ端ウサギ達は、大部屋に適当に布団を敷いて雑魚寝している。
人数が半端ではないので、1部屋や2部屋では納まらないが。
「ウドンゲ、妖夢がどの部屋で寝ているかはわかる?」
「はい……スパイをつけておきましたから、ばっちりです」
「ふふ、やるようになったわね」
「えへへ……」
ウサギ達だって全員が全員鈍いわけではないのだ、ウドンゲは妖夢に気付いてから数人のスパイをつけていた。
入ってすぐつけたわけではないのが少々不安ではあるが、妖夢の行動におかしな点がなかったからこそ、
どう対処したものか困っていたと言うのもあった。
ただ……気付く前の数日間に何かしていたのではないかという不安はある。
(……ここです……)
鈴仙が永琳に目配せする、永琳は小さく頷いた。
ゆっくりとふすまを開け、中を覗くと……。
「な、なにこれ……」
「……やられた!!」
同室で寝ていたウサギ達は全員タンコブだらけで倒れていた。
そして壁に大きく、
『気付いたときにはもう遅い』
と、挑発的なメッセージが書き残されていた。
一見、妖夢が紛れ込んでいたことに対して気付くのが遅い、と書いてあるように見えるが……。
永琳は、これ見よがしに床に落ちていた1つの薬瓶を拾い上げて震え始めた。
「し、師匠!? どうしたんですか!?」
「あ、あぁ……なんてこと……いつの間にこの薬を……」
「その薬瓶がどうかしたんですか!?」
「これは……あのとき私がドクダミに撒いた……」
ドクダ巫女の胎動が始まる。
永遠亭再びの惨劇。
疑われるのは、永琳を置いて他に居ない。
それは、憎しみが産んだ恐ろしいドクダミ神。
翌日、博麗神社は再びドクダミだらけになっていた。
「なによこれぇぇぇーーーー!!」
妖夢はトイレの破壊に留まらず、ドクダミに永琳の薬を撒き「蓬莱ドクダミもどき」を繁殖させた。
今回の妖夢の永遠亭侵入の目的は初めからここにあった。
紅魔館の時と同じく、漁夫の利を得る作戦である。
紅魔館の時は幽々子を初めとした侵入者の騒動を利用して、電光石火の勢いでトイレを全滅させた。
今度はそう……怒った霊夢を呼び水として、永遠亭のトイレを破壊するつもりなのだ。
「うぁ臭っ!!」
霊夢歩けばドクダミを踏む。
この強烈な臭いは普通のドクダミではない、まさしく永琳の薬を投与したアレだ。
「ウッフ!!」
ドクダミを踏んで悶えれば悶えるほど、次々に踏んでドクダミ臭に包まれる。
見る見るうちに霊夢にドクダミ臭が染み込んでいく、霊夢の服が緑色に変色していく、普通しないけど。
そしてそれとは対照的に霊夢の目は真っ赤に染まっていく……鈴仙に睨まれたわけでもないのに。
ドクダ巫女の胎動が始まる。
「えぇぇぇぇいぃぃぃぃりぃぃぃぃん!!」
ドクダミを次々にむしり取って、懐へと詰め込んでいく、霊夢はさらにドクダミ臭くなっていった。
「一度やられてわからないなら、何度でも退治してやるわ!!」
お払い棒を振りかざすと、霊夢は永遠亭に向かって飛び立った。
「よし……手筈通りね……」
妖夢は物陰に隠れて、霊夢がドクダ巫女へ変貌していく一部始終を見ていた。
しかし妖夢の顔色は青い、怒った霊夢がここまで恐ろしいのは誤算だったのだ。
こんなに恐ろしいものを見たのは初めてだ。
「あのときの私なら……怖くなかったはずなんだけど……」
震えが止まらなかった、怒りが冷めてきた今の妖夢では、あの霊夢には勝てない。
二度目だということもあって、霊夢の怒りは前回をさらに大きく上回っている。
永遠亭でトイレを破壊している最中、あの霊夢に見つかったら……一生消えない心の傷を付けられるだろう。
あれは破壊神だ、目に付いた者全てをドクダミで包み込む破壊神だ。
(思い出せ……あのときの怒りを……)
だがどんなに自己を奮い立たせても怒りは湧き上がらない。
霊夢への恐怖のみが膨らんでいく、脚の震えが止まらない。
(あの時は……そうだ!!)
妖夢は勝手に博麗神社の中に入ると、酒を探し出す。
(あのときの怒り……我慢させられた怒り……)
「がんばり入道ほととぎすっ!!」
気合を入れて、妖夢は一升瓶を一気飲みした。
「う、ぅぁ……ぐー」
酒が一挙に全身に巡り、妖夢は倒れこんで寝息を立て始めた。
トイレキラーの胎動が始まる。
私が幻想郷全ての便所を破壊してやる。
我慢する苦しみを等しく全ての生物へ。
それは、いじめが産んだ悲しい便所妖怪。
『トイレキラーVSドクダ巫女』
幻想郷最大の決戦が始まる。
---どちらが勝っても……永遠亭に未来はない。
「あらどうしたの、大騒ぎね」
「や、八雲紫っ!?」
鈴仙が突如スキマから出てきた紫を見て驚き、耳を手で押さえる。
「別に今回は貴女の耳をどうしようとかではないの、妖夢を探しているのよ」
「妖夢ならもう居ないわよ! あ、貴女達はあっちを防衛しなさい!」
鈴仙は忙しそうに下っ端ウサギ達へ指示を出している。
「何なのほんとに?」
「霊夢が来るのよ!!」
「あら、霊夢が……」
紫が嬉しそうにニヤリと笑う。
「残念ながら……あの霊夢よ、ドクダミの時の」
「なんですって……?」
紫の脳裏に悲しい記憶が蘇る。
気持ち良く寝ているところ、鼻の頭に灼熱のハンペンを乗せて起こされた。
久しぶりに会った霊夢からは変な臭いがした、悲しかった。
すぐ慣れたけど。
「ウドンゲ!! 配置は済んだの!?」
「師匠! 八雲紫が……!」
「な、何をしに来たのよ貴女……」
永琳の目がキリキリと釣り上がる、元はと言えばドクダ巫女を産んだ原因は紫でもある。
「いや、妖夢を引き取りに来ただけなのだけど……」
「大方、妖夢がああなったのにも関わっているんでしょう貴女? 幻想郷一のトラブルメーカーね」
「否定はしないの……その二つ名はいらないけど」
「……まぁここで争っても意味は無いわ」
永琳は怒りを静めるように深呼吸した。
「ついでよ、妖夢はおそらくこの混乱に乗じてトイレの破壊に来る。
私達と目的が一致するのであれば、防衛に協力なさい」
「貴女達も妖夢と戦うのかしら?」
「させておいてなるものですか、霊夢はおそらく陽動だわ、霊夢自身にその気は無いだろうけど。
だからと言って、甘んじてトイレを破壊させるつもりはないもの」
「にしたって、なんで霊夢がまたドクダミ漬けになってしまったの?」
「妖夢があのドクダミを作る薬を博麗神社に撒いたと思われるわ、確認はしてないけど、恐らくそう」
「なるほど、それで霊夢が陽動というわけね……繋がったわ」
「仮に妖夢だけだとしても、これぐらいの警戒態勢は必要だわ」
「賢明ね、良いわ、協力しましょう」
紫が再びスキマを開くと、藍と橙がそこから出てきた。
「恐ろしい戦いになると思うの、協力なさい」
「はっ! 紫様」
「はーい」
「復元はいくらでもしてあげる、藍、橙……命を預けてくれるわね?」
「愚問です紫様、この藍、一命を賭して」
「愚問ですー」
「よろしい」
紫が永琳に向き直る。
「私、あまり貴女のことが好きではないわ」
「私もよ、大嫌い」
「けれど協力するの、今回は」
「……『大』は外してあげるわ、光栄に思いなさい」
「ふふ……」
永遠亭、八雲一家の同盟がここに結ばれた。
「しかし、まだ足りないわ……これでは負ける……一枚噛みたがってる人は、まだいるの」
「どういうこと?」
紫がまたもスキマを開くと、そこからレミリアと咲夜が出てきた。
「逆恨みも良いところだ、魂魄妖夢……許さない、やるわよ、咲夜」
「御意に、お嬢様並びに紅魔館の名に泥を塗ったヤツの行為、捨て置けませんわ」
「我らの協力を拒むなんてことは無いでしょうね」
「まさか……助かるわ」
永遠、八雲、紅魔同盟結成。
鉄壁の布陣でドクダ巫女とトイレキラーを迎え撃つ。
こうしている間にも、霊夢は永遠亭との距離を縮め、妖夢は熟成されていく。
もう時間は無い。
ところ変わって、白玉楼は早めの昼食だった。
「魔理沙、ほら、食べさせなさい」
「は、はい幽々子様……あーん……う、うぅっ、ひっく」
「ああ、良いわ、凄く良い」
お前らも参加しろ。
「竹林にて、てゐ隊長率いる尖兵隊が霊夢と交戦中です!!」
「やられない程度に戦線を下げつつ、消耗させなさい!! ドクダ巫女も人の子よ!!」
「館内に引き込んだら私達が相手をする……!!」
総司令官永琳が的確に指示を出す。その横ではレミリアがいきり立っている。
「それと妖夢の接近は感知できない恐れがあるわ! ウドンゲ、トラップは仕掛けたわね?」
「はい、全トイレの近辺にみっしりと、トイレの護衛隊には位置を把握させました」
「上等よ、よくやったわウドンゲ」
下っ端ウサギが慌てた様子で司令室に駆け込んできた。
「た、大変です!! 妹紅が!!」
「く……なんてタイミングで……ウドンゲ! 止めに……」
「それには及ばないの」
言いかける永琳を紫が制した。
「私達が相手をしてきましょう、貴女達は最後まで動かない方が良いわ」
「……」
「この屋敷を最大限活用できるのは貴女達だけなの……わかっているわね?」
「……ありがとう、それではお願いするわ」
「ふふ、了解よ……永琳総統」
「やめて、そんな呼び方」
紫がスキマを開く。
「行くわよ、藍、橙」
「はっ!」
「はぁい」
3人はスキマの中へと消えた。
竹林の上空で紫と妹紅が対峙している。
「なによ……邪魔するつもり? 神隠しの主犯」
「私は嫌がらせが大好きなのよ、蓬莱の人の形」
妹紅は不穏な空気を感じ取っていた、妙に警備が薄い……というよりも、自分への警戒が甘い。
紫がなんでこんなところにいるのかも疑問だ。
「永遠亭で何が起きている?」
「ちょっとね……貴女以上に厄介なのが2人、侵入しようとしているのよ」
「失礼だな、永遠亭において私より厄介な奴なんてそうそう……」
そこまで言って妹紅がハッとした、途端に表情が曇る。
「……霊夢?」
「はい、中正解」
あの永遠亭襲撃の際、妹紅は霊夢を助ける形で参戦したのを思い出した。
ただならないオーラと臭いを纏っていたあの霊夢ならば、ありえる。
「もう1人とは?」
「妖夢よ」
「ああ、肝試しのときの半死人か……あいつがそんなに危険なの?」
「危険じゃなかったけど、危険になってしまったの」
妹紅は腕組みをして考え込む、とりあえず戦意喪失してしまっているらしい。
「全然わかんない、教えてくれない? 良いよもう、襲撃は今度にするから」
「あらそう? 助かるの。じゃ、お礼に教えてあげる」
紫は事の経緯を妹紅に話し始めた。
「ダメです!! 歯が立ちません! 霊夢、館内に侵入しました!!」
「私達の出番ね……霊夢に恨みは無いから、妖夢が出て来次第そっちに移るけど文句無いわね」
「文句はあるけど、とやかく言ってる状況ではないわね……とりあえずはお願いするわ」
「よし、行くわよ咲夜」
「はい、お嬢様」
レミリアと咲夜が、霊夢の迎撃に飛び出した。
一方……博麗神社では、充電完了した妖夢が目を覚ましていた。
「う、うぅっ……もれそう……喉もカラカラ……」
そうだ、この苦しみだ、この苦しみを味わわせられたのだ。
思わずトイレに駆け込みそうになったが、自分で壊したので使えなかった。
いろんなことに対して怒りが募って行く、妖夢の目つきが変わっていく。
「がんばり入道……ホトトギス!!」
妖夢の頭の中で何かが弾けた。
脳からたくさんの脳内麻薬が出るのを感じる、尿意が消えていく。
「永遠亭のトイレを壊す!!」
チャクラ全開門の妖夢は、普段以上の超高速で永遠亭に向けて飛び立った。
ついに、ドクダ巫女のみならずトイレキラーも永遠亭に攻撃をかける。
「う、な、なによこの臭いは……」
「ドクダミの臭いですね……私は慣れているつもりでしたが……これはすごい」
レミリアと咲夜が鼻をつまみながら永遠亭の廊下を並んで飛んでいる、ドクダ巫女を止めるために。
ドクダミを鼻にくっつけられて気絶したウサギ、服が緑色の液体で染め上げられたウサギ。
ドクダ巫女の恐ろしい所業を感じさせる光景が続く。
「んぅっ!?」
「お嬢様!?」
「何よあんた達……永琳と組んで、私を陥れようとしてるの?」
突然瞬間移動してきた霊夢が、後ろからレミリアを押さえつけ、鼻にドクダミを押し付けていた。
レミリアは苦しそうに脚をバタバタさせている。
「……!?」
「ぶはぁっ!! く、臭いっ!! 私の顔が臭いィィィ!!」
「お嬢様!!」
一瞬時間を止めてレミリアを救出した咲夜だったが、レミリアは残り香で苦しんでいる。
「これは強烈ね……全力でかかりましょうお嬢様、妖夢どころではないわ」
「よ、よくも乙女の顔にドクダミをぉぉっ!!」
激昂したレミリアがスペルカードを取り出し、霊夢に向かって突進していく。
「不夜城レッドォォォ!!」
全身から赤いオーラを放出しつつの体当たり。
しかし霊夢は避けようとすらしなかった。
「ぐぅぅぅぅぅ!! な、何よこれ!? 結界!?」
「ドーさんが私を守ってくれるのよ、どんな弾幕も、どんな光線も私には届かない」
「う……く、臭っ!!」
レミリアが発しているオーラは、霊夢にはかすることも無く空中へ四散していく。
それどころか、近寄れば近寄るほどドクダミの臭いがレミリアにまとわりついた。
「お嬢様!! 近接攻撃はなりません!!」
「もう遅いわよ」
「痛いぃぃぃっ!!」
レミリアの頭頂部へ霊夢のお払い棒が振り下ろされる。
あまりの激痛に、レミリアは頭を押さえてフラフラと咲夜の元へ戻った。
「こ、これを止めなければいけないの? 私達は……」
「咲夜ぁっ!! 何弱気になっているのよ!! 反撃よ!!」
「お、お嬢様……く、臭いッ!!」
「キィィィィ!! 何よ咲夜ぁぁ!!」
「何を遊んでるのよ、そっちがこないならこっちから行くわ!!」
霊夢が懐から、緑色のスペルカードを取り出した。
「二重結界!!」
「お、お嬢様、来ます!! う、臭いっ!!」
「いちいち臭いって言うな!!」
霊夢の投げた札が、結界で歪められ、変化して敵を襲う術なのだが。
「札と一緒に……ど、ドクダミの葉が飛んでくる!!」
「当たったら即死ですお嬢様!! 決死結界は効きませんこれは!!」
「ヒィィィィッ!!」
「くっ!!」
咲夜は不規則に飛んでくるドクダミの葉を避けつつ、スペル発動した。
「プライベートスクウェア!!」
時間を止めてレミリアを抱え、できるだけ遠くへと飛ぶ。
これは敵わない、ドクダミ結界による絶対防御のみならず、あの攻撃はどれも一撃必殺だ。
倒すなんてとんでもない、時間稼ぎすらまともにできそうになかった。
「逃げたか……まぁいいわ、とりあえずは永琳を探さなければ」
霊夢はスペルカードを懐にしまい込み、勘を頼りに永琳探しを再開した。
司令室。
「ご、ごめんなさい……霊夢を止めることはできなかった……」
「うぅ、臭い、臭い……助けて咲夜……」
「く……まだ10分ぐらいしか経ってないと言うのに……」
咲夜はあの完全なるドクダ巫女に怯えてしまっている、肩が小さく震えていた。
レミリアはもっとひどい、ドクダミ結界に自ら突っ込んでしまい、息も絶え絶えだった。
頭にも大きなタンコブが1つできている。
「ならば、私が霊夢を止めに行くの」
「紫……っ!?」
永琳が絶句する、いきなりスキマから出てきた八雲一家の横に、妹紅がいたからだ。
「な、何をしているのよ紫!! 止めに行ったのではないの!?」
「協力してくれるそうよ、彼女も」
妹紅がすっきりしないといった表情で、頬をかきながら呟く。
「なんかなぁ……輝夜が痛い目に遭うの、嬉しいような気もするんだけど……。
なんか、なんか気分が悪い、私の知らないところでこういうの、不愉快で仕方が無い」
「妹紅……」
「文句は言わせない、邪魔はしないから参加させて」
「……確かに貴女なら……」
また連絡係の下っ端ウサギが司令室へ駆け込んできた。
「妖夢です! 妖夢が現れました!!」
「どこに!?」
「既に館内にいます! トイレも数箇所やられました!!」
「く……つ、ついに両者が揃ってしまったのね……」
「警戒はしていたんですが、どこから現れたのか……トラップも効いていません」
「そいつは私が受け持とうか」
妹紅が顔を上げる。
「八意、なんか注文はある?」
「……敵の敵は味方……」
「ん? 何よ?」
「……ダメだと思ったら、霊夢と妖夢を引き合わせなさい、潰し合いをさせるのよ」
「確かに、それしかないかもしれないわ……」
スキマを開きつつ、紫が賛同する。
「なんだかシャクだな、私達は蚊帳の外ってわけ? まぁいいや……言うとおりにする」
妹紅も鳳凰の翼を広げて、出撃準備が完了した。
「妹紅、引き合わせる場所はここにしましょう」
永琳の指示、それはこの司令室に霊夢と妖夢を誘導すること。
「わかった……できれば自分の手で処理したいけどね」
「欲張らない方が良いの、今回ばかりは」
「あんたからそんな弱気な言葉が聞けるとは思わなかったよ」
「武運を祈るわ」
「あぁ……」
紫は霊夢目指してスキマへ、妹紅は妖夢目指して火の粉を撒き散らし、飛んでいった。
紫はすぐに霊夢を探し当て、その前に立ち塞がっていた。
「紫……あんたも絡んでたわけ?」
「さぁ、どうなのかしら?」
「とにかく、立ち塞がったって事は敵で良いわね?」
「つれないわねぇ」
霊夢はお払い棒を握り締めてズンズンと近づいてくる。
紫の前には、藍と橙がいつでも飛び出せるように四つん這いで身構えていた。
「行くわよ、八雲式三連携」
「はっ!」
「はーい」
紫と藍が同時にスペルカードを抜く。
「式神! 八雲藍! 行きなさい!」
「式神! 橙! 行けっ!!」
「えぇぇーい!!」
「何……?」
藍と橙が同時に回転して弾を撒き散らしながら霊夢へと突っ込んでいく。
「まったく、レミリアと言いあんたと言い……何も分かってないようね」
「そうかしら? 藍、変化よ、ドクダミ結界を突き破る」
「無駄よ!!」
「禅寺に棲む妖蝶!!」
「アルティメットブディストーッ!!」
卍型の光線を身に纏い、紫と藍が霊夢に向かって突進する。
が、もちろん効果は無い……霊夢の身体に届く前に卍は不自然な形に折れ曲がり、一切のダメージを与えられない。
「青鬼赤鬼ーっ!!」
主2人の攻撃も届かないのだ、当然橙のスペルカードも結界に弾き返されて全く効果が無い。
「くさっ! この子くさっ!!」
という弾の断続的な悲鳴が聞こえる気がした。
「この勝負に必要なものはドクダミだけなのよ!!」
「く、くっ!! 結界を操るこの私でさえ突き破れない結界など……!!」
「さぁ覚悟してもらうわ!!」
「なんの!! これを突き破れる!? 四重結界!!」
「ドーさん!! 中和しなさい!!」
「な、なにっ……!?」
四重結界は、霊夢が近づくと溶ける様に穴が開き、結界としての役割を全く果たさなかった。
「ゆ、紫様っ!?」
「邪魔をしないで!!」
紫を守ろうとして走ってきた藍に、札とドクダミの葉の複合攻撃が直撃する。
走ってくるとき以上の勢いで藍は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ぐぅ……紫様……」
「ら、藍様……うっ、くさーい!!」
藍に駆け寄った橙が鼻をつまんで一気に逆方向へ走り出した。
「頼りない式神達ね……平和ボケしてしまったんじゃないの?」
「藍を悪く言わないで……いくら霊夢でも言って良いことと悪いことがあるの」
紫の目に、怒りと闘志が湧き上がった。
「ならば奥義よ!! 弾幕結界!!」
「無駄だって言ってるのよ! 怪我したくなければとっとと消えなさい!! 散ッ!!」
紫のスペルカード発動と同時に霊夢は凄まじい密度の弾幕に包み込まれたが、
またも札とドクダミの複合スペルカードがそれを相殺してしまう。
それだけに留まらず、流れ弾の札とドクダミが紫の身体を傷つけた。
「こんなバカなことが……本気で戦っているのに、この私が……手も足も出ないで負けるというの?」
「あんたのスペルカードなんて、春の異変のときに見切ってるのよ」
「私だって、霊夢のスペルカードなんて知り尽くして……」
決定的な差がついてしまっていた、ドクダミの差はそれだけ大きいのだ。
「紫様ァァァッ!! くぁぁぁぁっ!?」
「藍!?」
藍が霊夢のドクダミ結界の突破を狙い、決死の接近を試みた。
ドクダミ結界に触れた部分の服が、徐々に緑色に変色していく。
「紫様!! ここは私が抑えます!! お逃げください!! 勝利だけが勝利ではないのです!!」
「突破できると思っているの? 私の結界」
「出来るか出来ないかではない!! 突破しなければならんのだ!!」
「藍!! 無茶はやめなさい!!」
「藍様ー!! 無理だよ!! 紫様でさえどうにもならないのに!!」
藍が橙をキッと睨みつける。
「そう簡単に無理だと口にするんじゃない!!」
「ら、藍様……」
「藍……いやっ!! ダメよ無茶をしては!!」
紫の目に涙が滲む。
「紫様!! まだ手はあるのです!! 先ほど司令室で永琳に言われたことを、お忘れなく!!」
歯を食いしばって、藍が徐々にドクダミ結界を突き進んでいく。
その手は、あと数cmで霊夢へと届くところまで迫っていた。
「ラァァァァン!!」
「紫様さえ居れば私は復元していただけます……」
「いや、いやぁぁぁ!! 捨て身なんてダメなの!!」
「紫様はおっしゃいました『命を預けろ』と、そして私も『命を賭ける』と言いました……」
「いや、いやっ、いやよっ!!」
「紫様……1つだけお願いがあります……」
藍も涙ながらに、紫に微笑みかける。
「次に私を復元するときは、笑顔で起こしてください……」
藍が霊夢の肩を掴む。
「そ、そんな!? 私の結界を破ったというの!?」
藍が霊夢を羽交い絞めにする。
「ぐぁぁぁぁっ!! さぁ紫様!! 今のうちに、今のうちに……っ!! そう長くは持ちません!!」
藍はどんどんドクダミ臭くなっていく。
そして結界の中のプレッシャーが想像よりも遥かに凄まじい、藍の全身が軋みをあげた。
「霊夢……!! お前はそこまで冷酷な奴じゃなかっただろう!? 戻って来い!!」
「ぐ、く……な、何だって言うのよ!?」
「これが愛と言うものだ、博麗の巫女よ!! しかと心に焼き付けろ!!」
尻尾を巻きつけて更に霊夢の動きを封じるが、藍はどんどん力が抜けていくのが分かった。
意識も少しずつ薄れていく。
紫は泣きながらも立ち上がり、壁に手をつきながらふらふらと歩き出した。
あの1回の攻撃で満身創痍だ、飛ぶことはおろか、まともに歩くことさえままならない。
「ゆ、紫様……私につかまって……」
「橙……」
「私勇気が無いから、藍様を助けられないけど……役に立ちたいから……」
橙が紫の身体を支えて、さらに2人は司令室に向かって歩き出す。
そう、霊夢に追われることを前提として……。
「鳳翼天翔ーーッッ!!」
「ふっ、これが鳳凰の羽ばたきですって? まるで涼風だわ」
「くそっ!!」
妹紅の繰り出した鳳翼天翔は、妖夢が軽く腕をなぎ払っただけで打ち消されてしまった。
こちらの戦況も思わしくはない。妹紅は既に5回以上リザレクションしていた。
相手が不死身ならばと、妖夢も全く手加減してくれない。
「そろそろはっきりさせる、どちらが本物の復讐鬼か」
「ふざけるな、1000年以上に渡っての私の恨み、お前になどわかるはずはない!!」
既に妹紅はボロボロ、身体そのものに怪我は無いものの、
消耗の大きいスペルを連続して使っているため、その疲労は尋常ではなかった。
「永遠亭ごと木っ端微塵にしてやるよ……!!」
妹紅がスペルカードを取り出す。
「これで最後だ!! 凱風快晴!! フジヤマヴォルケイノ!!」
全身に残る霊力全てを注ぎ込んでのスペル発動……のはずだった。
ポロリ、とスペルカードの上半分が床に落ちる。
後ろでは、パチンと刀を鞘に収める音が聞こえた。
「ぅ……ぶっ……!?」
身体ごとスペルカードをブッタ斬る、妖夢の神速の居合い抜き。
妹紅が腹を押さえて膝を付く。床にはおびただしい鮮血がほとばしった。
「く……そ……」
悔しい、涙が止まらなかった、こんなやつに手も足も出ないとは。
「貴女がどんな恨みを輝夜に抱いてるか知らないけど、おしっこ我慢するより良いはずよ」
妹紅は死ぬほど悔しかった、そんなくだらねえ理由だったのか。
おしっこに比べられるなんて、とんでもない屈辱だ。
だがもう声を発することもできず倒れこむと、妹紅は息絶えた。
「他愛ない……いくら不老不死でも、実力がこの程度では苦しむだけね」
あれだけ殺せばしばらくは起きないだろう、そう思った妖夢は妹紅に背を向け、次のトイレを目指す。
「そうだよ……苦しむから、苦しんで苦しんで強くなる……半死人なんぞにわかるはずもない」
「ちっ、鬱陶しい……もうリザレクションを……!?」
妖夢が振り返るとそこにあったはずの妹紅の死体が無い。しかし声は聞こえる。
「どこだ……!?」
「もう戻り橋にも戻れない」
「なにっ!?」
パゼストバイフェニックス、妖夢の周囲に大量の弾が浮いている、いつ飛んでくるのか。
「そうだ、今度は本当の肝試し、霊夢とあんた、どっちの肝が硬いのかな?」
「くっ!?」
弾が高速で妖夢に迫り来る、逃げ道は狭い、妖夢は一瞬でそこを見切って駆け出す。
「そう、それでいい……」
弾幕の安全地帯をわざと作っての妖夢誘導。
もう妹紅に霊力はほとんど残っていない、司令室まで持つのかどうか……。
「ぅ、うぅっ……藍……藍……」
「紫様……もう少し、もう少しだから……」
もう既に藍は果ててしまっているだろう。
藍の妖力が全く紫に届かなくなったのが、それを確かなものとして感じさせる。
司令室まではあと数十メートルの距離だ……スキマを展開すれば一瞬だが、霊夢を誘導しなくてはいけない。
しかし、ここで追いつかれるとご破算になる可能性もある、もう少し進まなければ。
「追いついたわ、そんな身体で逃げられると思ってるの?」
わずかな希望を打ち砕く、霊夢の出現。
「……紫様……」
「橙、逃げなさい……貴女が誘導するの……私は時間を稼ぐわ……」
「だめだよ……」
橙が紫から離れる。
「紫様に何かあったら、藍様は一生帰ってこないかもしれないから……」
「ちぇ、橙……? まさか貴女まで……」
「短い距離だから……多分私でも大丈夫だから……行って、紫様……」
「ぅ……ぅうぅぅっ……!!」
もうダメだ、止めても行くだろう、この子は。
『藍、貴女の式神は、立派に勇気ある子に育っていたわよ』
そう藍に教えてやりたい、この橙を見せてやりたい。
紫はこの涙を止める術を見つけられなかった。
「うわぁぁぁっ!!」
「何よ、藍や紫でさえああなのに、あんたなんかにどうにかできるわけないでしょ」
後ろでは、橙が戦っている音が聞こえる、悲鳴も聞こえる。
でも紫は振り向かなかった、あと少し行けば……きっと妹紅が妖夢を誘導してるはず。
そう信じるしかない、もう可能性はそれしかない。
「ここがなんだって言うのよ?」
「ここがお前の墓場だよ……はははっ」
妹紅は見事妖夢を司令室に誘導していた、そこは既にもぬけのからだった。
「もう抵抗もできまいが……あまりシャクに触ることを吐くと、斬るわよ」
「お好きにどうぞ、殺しきれないだろうけどね」
壁にもたれかかったまま、妹紅は妖夢を挑発する。
(紫……まだかっ!! いつまで引き止められるかわからないのよ……)
妹紅の願いは通じた……紫が司令室のふすまを開いて転がり込んできたのだ。
「ふぅ……ふぅ……よ、よくやってくれたわ妹紅……」
「あんたもね……」
「な、何? 何なのよ?」
次の瞬間、妹紅の表情が凍りついた。紫の後ろにくたびれた橙を担いだ霊夢が現れたのだ。
「ほら、忘れ物よ!」
「れ、霊夢っ!? ……橙……橙!? いやぁぁぁぁっ!! うっ臭ッ!!」
最強奥義ドクダミ青汁をやられたのだろう。
放り投げられて地面に転がった橙は、緑色に染まって意識を失っていた。
「何なのよここは……ここに逃げ込んだからって……妖夢……?」
「霊夢……」
「そうよ!! 今回の騒動は全て妖夢の仕業!! 博麗神社のトイレを壊したのも!!
再び博麗神社をドクダミだらけにしたのも!! 妖夢の仕業なの!!」
「な……にぃ……?」
霊夢の表情が見る見るうちに変わっていく。
しかしそれを見た妖夢も、別段怯える様子は無い。
「本当なのかしら、妖夢? 返答次第によっては容赦しないけど」
「ふふふ……あははは、なるほど、ここに連れてこられたのはそういう理由だったのね」
「答えなさい」
「紫の言う通りよ、全て私がやった、だから何? 私は貴女を倒して永遠亭のトイレも壊すわ」
「何故こんなことを?」
「説明する必要は無い!!」
妖夢が踏み込んで楼観剣を抜く、その凄まじい踏み込みに、畳が真っ二つに折れてしまった。
「さ、さぁ妹紅……今のうちに逃げるの」
「あ、あぁ……」
2人が交戦を開始すると同時に、紫はスキマに妹紅を押し込んで緊急離脱した。
「くぅっ!? なによこれっ!?」
「ドーさんの力よ」
楼観剣は当然、ドクダミ結界に阻まれた。
それでも恐ろしいのは、その刀身の半分以上がドクダミ結界を貫通しているということである。
妖夢のパワーは決して霊夢に劣ってはいなかった、表面上冷静な霊夢も内心驚いている。
「物言うはドクダミのみ!!」
「ちっ!?」
霊夢は揉んだドクダミを握り締めた拳を妖夢に振り下ろした。
妖夢は腕を振り上げてそれを受け止める。
「甘い、殴打が目的ではないのよ」
「なにっ!?」
霊夢が思い切りドクダミを握りつぶすと、それは一番絞り。
ぽたっ
「ひぎゃーっ!? 臭い臭い!!」
「ドクダミに死角無し!!」
そして拳を開いて、妖夢に向かってドクダミを落とす。
「こんなものぉっ!!」
妖夢は白楼剣も抜いて、そのドクダミを切り払った。
「うぅっ!! 臭!!」
「あんたも見てみる? ドクダミファンタジア」
「変則的な攻撃ばかりを……!!」
「抜いたわね、白楼剣」
二刀流、それは妖夢が本気を出したしるしだ。こうなっては霊夢も笑ってはいられない。
「散ッ!!」
「未来永劫斬!!」
ドクダミも弾幕も切り払い、妖夢はドクダミ結界の破壊を狙う。
しかしその斬撃はドクダミ結界を弱めるだけにしか留まらず、霊夢にはダメージが通らない。
(結界にほころびが……!?)
(なるほど……わかった、あの結界を突き破る方法)
「次は直撃させる」
「やれるものならやってみなさいよ」
今度は霊夢が劣勢であった、妖夢は素早すぎるのだ。
今までは動く必要無くドクダミ結界が全ての攻撃を完封してくれたが、妖夢はそれを少しずつ破壊している。
妖夢に攻撃は当たらない、結界は壊される、それは霊夢の敗北を意味する。
「わかったわ、結界を突き破る方法が」
「ふん、そんなもの……」
妖夢は、先ほど切り払ったドクダミ弾幕の残骸を拾って、白楼剣にこすりつけ始めた。
(く……まさか……)
霊夢の額に冷や汗が流れる。
「物言うはドクダミのみと、貴女は言った……つまりこういうことだ」
「やれるものならどうぞ」
「そう、ドクダミをもってドクダミを制すればいい!!」
妖夢は白楼剣を投げつけた。
それは一直線に霊夢に向かって飛んでいく。
「二重結界!!」
白楼剣はドクダミ結界は飛び越えたが、今度は普通の結界に阻まれる。
「ふふふ、随分浅知恵じゃないの!?」
「バカめ!! これは布石よ!!」
妖夢は結界に阻まれて空中で静止する白楼剣のつばに向かって、身体をねじって思い切り楼観剣を突き立てた。
ビシッ!
二重結界が突破される。
「刀を連ねて威力とリーチを伸ばすなんて!?」
「もらったぁっ!!」
間一髪、霊夢はその突きを回避した、刀身にかすって斬られた髪の毛がハラハラと舞う。
「ふぅっ! ふぅっ!」
「ちっ、惜しい……!!」
まさに一進一退、凄まじいまでの妖夢の攻撃力に、二重結界は意味を成さなかった。
「で、でもその奇策は一度きり……もう通用しないわ」
「ふん、強がりを言っても無駄よ」
妖夢はニヤリと笑うと、今度は楼観剣にもドクダミを擦り付け始めた。
(く……流石にそこまで鈍感ではないか……)
これは霊夢の結界が全て剥がされたに等しい、全ての攻撃が霊夢への直撃の危険性をはらむ。
ならば霊夢も奇策……一発勝負に賭けるしかない。
「いつまでも防戦に徹してると思わないでよ!!」
霊夢は一枚のスペルカードを取り出した。
「いいだろう!! 受けて立つわ!!」
「集(臭)ッ!!」
大量の札とドクダミが妖夢に降り注ぐ、しかし……。
「無駄よ! 全て見える! ドクダミの力を得た楼観剣と白楼剣で全て叩き落してやるわ!」
妖夢は1つ残らず弾もドクダミも切り払っていった。
「そう……本当に全て叩き落してね」
「なっ!?」
その中に混ざっていたもの……それはドクダミ青汁がなみなみと入った瓶。
気付いたときにはもう遅い、妖夢は自分の目の前でそれを真っ二つに切ってしまった。
ドバーッ
「ひぎゃああああああああ!!」
全身に青汁を浴びて妖夢が地面を転げまわる、ドクダミパワーは飽くまで刀にしか宿っていない。
無防備な妖夢の全身が緑色に染まった。
「てぇいっ!!」
すぐさま霊夢は妖夢に馬乗りになり、お払い棒を構えた。
「これはレミリア達の嘆き!!」
「痛い痛い臭い臭い!!」
連続でお払い棒が振り下ろされる、妖夢の頭はタンコブだらけになった。
「これは紫達の愛!!」
「や、やめてええ!! もう参ったからああ!!」
懐から取り出したドクダミを、よく揉んで妖夢の鼻に乗せる。
十薬「悪臭-手もみドクダミ-」
よく揉んだドクダミを鼻の上に乗せる。
実際ドクダミはかなり臭い、手で揉んで鼻に乗せるなんて外道のやることだ。って慧音が言ってた。
「直は強烈でしょう!?」
「臭いぃぃぃぃっ!!」
「そしてこれは妹紅の悔し涙!!」
「ひゃぁぁぁぁっ!!」
霊夢は両手でドクダミを思い切り握りつぶす。
ぽたっ
毒溜「ドクダミ一番生絞り」
手もみはともかく、ドクダミから汁が出る事はあれど、私の知る限り全て
すごい臭いだ。完全な一番絞りはこうである。なんか生理的に嫌な臭い。
妹紅の涙とドクダミの絞り汁が同義とはとても酷い。
「さぁてこれは、こんなくだらない騒ぎに巻き込まれた私の怒りよ。
経口投与は、ただ身体にかぶるのの何倍もきっついから、覚悟しなさい!!」
「ま、まだ持ってたの!? 何本持ってきたのよぉっ!? ……はがっ!?」
青汁「激臭-グリーンドクダミ-」
ドクダミ茶は作り方を間違えると青汁だ。お茶となるドクダミは青汁にもなる。
製法を間違えると、ドクダミをお茶にするつもりで青汁になるのだ、って慧音が言ってた。
左手で妖夢の口をこじ開けて、そこに青汁を注ぎ込む。
「ごぼぼぼぼばばばぼぼぼ!!」
「ぜーんぶ私の手絞りよ~、心して飲みなさい」
全部注ぎ込まれる前に妖夢の意識は絶えた。
「はぁ……バカバカしい……帰ろ……」
ここに、ドクダ巫女とトイレキラーの戦いは、幕を閉じた……。
「霊夢対妖夢! 決着がつきました!!」
「どうなったの!?」
「霊夢が勝ちました! そしてこれ以上暴れる様子も無く家に帰った模様です!!」
「そう……」
永琳は胸を撫で下ろした、犠牲は大きかったが、最悪の事態は免れたと言える。
新しい司令室は、前の司令室よりも奥の部屋に再設置され、永琳や鈴仙はそこへ移っていたのだ。
部屋の隅では紫が手当てを受け、妹紅が死んだように眠っている。
横たわるレミリアを心配そうに見つめる咲夜もいる。
「妖夢の回収急ぎなさい! そして……永遠亭の為に散った勇者達の回収も……」
紫は泣き止まない、いくら復元できるとはいえ、家族を2名やられてしまったのだ。
(あの八雲紫が……)
「藍……藍ッ……!! 橙……ッ!!」
「紫……」
永琳は紫の側にしゃがみ込み、そっと顔を覗き込んだ。
「よくやってくれたわ……」
「ぅ、うぅ……」
永琳はそっと紫を抱き寄せ、頭を撫でてやった。
「貴女達のおかげで、永遠亭は無事で済ん……臭ッ!!」
ドクダミ弾幕を食らっていた紫は、臭かった。
永琳は思わず突き飛ばしてしまう。
「あ、あの……お風呂使って良いから、臭いを落としてきなさい……」
「ひ、ひどいわぁぁぁっ!! うわぁぁぁん!!」
「だって臭いんだもん」と永琳は思った、自分にも臭いが移ってそうで嫌だった。
数日後。
永遠亭は大分損壊していた、トイレもいくつかやられている。
しかしそこまで致命的ではなく、少しずつ修復されていった。
ドクダミの臭いはすぐには消えなかったが。
「もっとゆっくりしていったら? 姫には秘密にしといてあげるわよ?」
「もう十分だよ……いつまでも施しを受けてられるか」
「そう……今回はありがとう、貴女がいなければああも上手くは行かなかったわ」
「いつまでも無駄話する気は無い、それじゃね、八意」
疲れが癒えた後、そう言って妹紅は帰って行った。
「良かったわね、うちのようにならなくて」
「ええ……貴女達もありがとうね」
「別に、お礼を言われるためにやったわけじゃないから良いわよ、それじゃ」
レミリアは相変わらずの不調だったので、咲夜はレミリアを抱きかかえて紅魔館へと去った。
「良かったわね、式神達が無事で」
「何を言うの、どっちも式神なんか落ちてしまって、今はただの妖怪よ」
「そもそも臭いだけで死ぬわけないわよね」
「……」
それもそうだった。
普通の弾幕も食らっていたので、藍と橙は無傷というわけではなかったが、命に別状は無かったのだ。
とはいえ式神は落ちてしまっているし、意識を取り戻さないのは相変わらずだ。
「それじゃ、妖夢は私が幽々子のところへ送っておくの」
「何から何まで申し訳ないわね、本当に」
「自分でまいた種だもの、たまには責任取るわ」
「ふふっ、珍しい」
「とにかく、式神を憑け直したりとこれから忙しいの、だから失礼するわ」
「お疲れ様」
紫も、スキマに3人を放り込んでその場を去った。
「たまに外に出てみようかしらね、これからは……」
惨劇には違いない。
しかし、彼女達と共に戦った事は、永遠を生きる永琳の消えない記憶となるだろう。
「師匠ーっ! 皆負傷してて人手が足りないから手伝ってくださいよー!」
「はいはい、今行くわ」
鈴仙に呼ばれ、永琳は永遠亭の修復のために駆け出した。
「ん……?」
「藍……」
「紫……様?」
八雲邸では紫の治療を受けた藍が目を覚ましていた。
「藍……ありがとう、貴女は私の自慢の式神だわ……」
「……紫様、笑顔で起こしてくださいと言ったではないですか、そんなに顔をぐしゃぐしゃになさって……」
「藍! 藍ーっ!」
「ゆ、紫様、そんなに慌てなくてもこの藍、どこにも……」
紫が藍の胸に飛び込んで泣きじゃくる。
「クサッ!!」
「クッサ!!」
2人とも顔を見合わせた……2人ともドクダミ臭だった。
「い、いやぁぁぁぁ!! 感動の再会シーンが!?」
「わ、私はドクダミ式神になってしまったのかーーー!?」
悲惨だった、橙を起こしてもきっと同じことになるのだろう。
「お嬢様、紅茶をお持ちしました」
「ね、ねぇ、咲夜……1つ聞きたいのだけど」
紅魔館の面々も日常に戻っているが、レミリアの様子がおかしい。
「この紅茶、血? それとも普通の紅茶?」
「普通の紅茶ですが……?」
「に、匂いがわからない!! これもドクダミの臭いがする!!」
「お嬢様……!?」
「咲夜もドクダミの臭いがするっ!! 咲夜は裏切り者!!」
「な、何がですか!?」
レミリアはあの日のショックで、少し気が触れてしまったらしい。
まぁいずれ治るだろうが、悲惨だった。
「うわぁー、くっさいなーこれ……」
「かなりきついわね……」
白玉楼には少し前に紫が置いていった妖夢……これまた意識を取り戻してない。
そして札やらなんやらで厳重に封印され、縄でぐるぐる巻きにされている。
霊夢のドクダミ攻撃を余すところ無く受けた妖夢は、霊夢級にかぐわしかった。
一応永遠亭で洗浄はされてきたようなのだが、ドクダ巫女のスーパードクダミの臭いはその程度では落ちない。
「ど、どーするんだよ……妖夢戻ってきたじゃないか、私はもう良いだろ?」
「やぁーだぁー、行かないでよ魔理沙ぁー」
「ウゲェー!」
「両手に華が夢だったのよぉ~」
「ま、まぁとりあえずほどいてだ……優しくしてやろう」
「はぁー、魔理沙ったら優しさまで兼ね備えてしまったのね? 思いやりと愛情のインプットも完了?」
「何のこと言ってるかよくわからんが、とりあえずちゃんと対応してやらないと、またグレるぜ?」
それはそうである、こういった打ちひしがれてるときこそ優しくしてやるべきだ。
というか幽々子が魔理沙にくびったけすぎる、不安を禁じ得ない。
「ぅ……ゆゆ……こ様……助け……」
妖夢がうなされている、2人はその寝言を聞いて顔を見合わせた。
「なんだかんだで、幽々子様のこと頼りにしてるんだよ、妖夢は……」
「でもそれって逆じゃないの? 私が妖夢を頼るべきなんじゃ……」
「それもそうなんだが……少し大事にしてやれよ、流石に哀れだぜこれは」
魔理沙は鼻をつまみながら、妖夢を布団に寝かせてやった。
札による封印や縄も全て外してやった上で。
「ふぅ、後は主としての手腕ってやつだな……幽々子」
「はぁー、ほんとに手のかかる子……」
魔理沙が呼び捨てにしたことに対して、もう幽々子は何も言わなかった。
妖夢に呆れているようにも見えて、少し嬉しそうにも見えた。
「それじゃ、私は家に帰るぜ、じゃあな」
「え? ダメよ」
「え??」
「何言ってるのよ、しばらくいなさいよ、妖夢だって大変なんだし」
「えぇ~~……さっき呼び捨てにしたけど何も言わなかったから、てっきり……」
「まぁ!? 呼び捨てにしたの!? 気がつかなかったわ、後で覚悟しておきなさい!!」
「えぇ~~……」
ほんとに気付いてなかっただけらしい。
妖夢が目覚めた後もしばらく魔理沙はそのままだったが、妖夢と共に幽々子を説得してしばらく後に解放された。
妖夢はドクダ巫女戦での敗北のショックでしばらく大人しかった。
しかし調子を取り戻した後もちゃんと白玉楼で働き、幽々子に尽くした。
今までのことについて平謝りしていた妖夢だったが、幽々子は特に咎めることはなかった。
元来が大らかなのと、魔理沙がいたので機嫌が良かったと言うのもあるだろうが、
何かを誤解して妖夢は前以上に幽々子に堅く忠誠を誓ったらしい、報われない子なのは相変わらずだ。
しかし今回一番可哀想なのは、ほかならぬ霊夢である。
「うぅ……せっかく減ってきたのにまたドクダミだらけに……」
霊夢は泣きながら縁側でドクダミ茶を啜っていた。
もう犯人である妖夢はやっつけてしまったわけで、怒りをぶつける対象も無い。
トイレまで壊されてしまったし……。
そこに、白玉楼から解放された魔理沙が遊びに来た。
「よう霊夢!! 遊びに来たぜ……クサッ!!」
やっぱり、すぐ飛び去って行った。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
だが霊夢、忘れてはいけない。
トイレキラーによって危険にさらされていた幻想郷(のトイレ)を救ったのは貴女なのだ。
まさに博麗の巫女に相応しい戦いぶりだったではないか。
「だからって嫌なものはいやぁぁぁぁぁぁ!!」
さいですか。
ちなみに輝夜はずっと部屋で寝てたらしい。
萃香も酒飲んで寝てた。
そして「ドクダミファンタジア」の設定も多分に出てきます。
実際に今までのものを読んでくださっていた方はそのまま読んでくださって結構なのですが、
「わざわざ前の読む気しねえ」と思いつつも、これは読もうと思ってくださった方の為にあらすじを。
「これから読むぞー」という方や「もう読んだからそんな説明はいらん」と言う方は、
読み飛ばして本編からお読みください。
~今までのあらすじ~
■ドクダミファンタジア
博麗神社が突然ドクダミまみれになってしまった。
ドクダミの臭いに苦しめられる霊夢は、犯人探しを始める。
メディスン・メランコリー、風見幽香、八雲紫……
会うたびに容疑者は霊夢のお払い棒とドクダミ攻撃の餌食になって行った。
そして霊夢が辿り着いた真犯人は、八意永琳。
彼女は弟子である鈴仙を紫にいじめられた恨みから、紫の好きな霊夢にいやがらせをしたのだった。
「月の頭脳」永琳と霊夢が戦うも、ドクダミ漬けになった霊夢は常識破りな強さを誇った。
霊夢は軽々と永琳を撃破し、ドクダミの異変を解決した。
その時の霊夢は「ドクダ巫女」と呼ばれ、今でも恐れられている。
■妖夢がんばる
ある夏の夜の宴会、魔理沙が言い出した「怪談しようぜ」の一言が、妖夢の悲劇の始まり。
怪談を聞いてるうちに怖くなり、トイレに1人で行けなくなってしまった妖夢だが、
誰も助けてはくれない、あまつさえ、魔理沙、幽々子、紫の3人は面白がって妖夢をいじめた。
しかし妖夢の尿意が限界を超えたとき、妖夢は魂魄家の秘められた力に目覚める。
いじめっ子3人を軽々と打ち倒した妖夢は、、さらにいじめっ子3人の自宅のトイレを無残に破壊した。
そして妖夢はそのまま失踪し、白玉楼へは帰ってこなかった。
次に壊されるのは、貴方の家のトイレかもしれない。
妖夢はそれ以来「トイレキラー」と呼ばれ、今でも恐れられている。
■妖夢奪還大作戦
未だ行方の知れない妖夢を探すため、幽々子は魔理沙と紫に協力を願い出た。
途中、幽々子と紫の喧嘩に藍がキレたりといろいろ問題が起きたのだが、
伊吹萃香の協力を得てそれを解決、さらに萃香が言うには、妖夢は紅魔館にいるとのこと。
4人は紅魔館に突入し、妖夢の奪還を試みるのだが……。
妖夢の目的は、何も身を隠すことではなかった。
あの日の宴会で自分を助けようとしなかったレミリア、咲夜への復讐が目的だったのだ。
紅魔館に幽々子が乗り込んで来て騒ぎを起こすことを予測していた妖夢は、
その混乱に乗じて紅魔館全館のトイレの破壊に成功、そしてまた姿をくらませた。
幽々子は妖夢を諦め、代わりに魔理沙を小間使いとして白玉楼へ連れてきた。
呪われた服で魔理沙をコントロールして……。
以下本編です。
(ふ……ちょろいものね)
妖夢はウサギ達と並んで朝食をとっていた。
ここは永遠亭、輝夜と永琳の2人の月の民を筆頭として、無数のウサギ達が住んでいる。
妖夢はここのウサギ達の制服であるワンピースと、ウサギ耳を装着していた。
刀は目立ちすぎるので、誰も使っていない部屋の床下に隠してある。
半霊はスカートの中だ。
永遠亭のウサギ達は、唯一月のウサギである鈴仙を除いてはほとんど体格が小さい。
鈴仙は標準程度だが、それが大きく見えるぐらいに皆背が低かった。
そういう点でも妖夢の体格は好都合で、服、耳、尻尾の3点セットを装着すればバレることはなかった。
(指揮系統も実にいい加減ね)
鈴仙とてゐがツートップとして存在しているだけで、あとは役職らしい役職は無かった。
仕事も良く言えばローテーションでやっているらしく、悪く言えば誰が何をやるかは決まっていない。
その日その日を気ままに、やりたい仕事を適当にやって回っているらしい。
そんな状態だから、ウサギ達はその数の多さも手伝い、全員が顔見知りというわけではないようだ。
リーダー2人もちゃんと把握していない。だから妖夢ウサギが増えても誰も気付いていなかった。
(もう少ししたら白玉楼へ帰ろう……)
復讐に燃えていた妖夢の心は、奇しくも最後のターゲットとして狙いをつけた、
永遠亭のこの穏やかな雰囲気によって和らぎつつあった。
冷静になってみれば幽々子も心配だし、自分の使命を途中で投げてきたのも心残りだ。
(許してもらえるだろうか……)
自分は、怒りに身を任せて好き放題やりすぎたのではないだろうか……そんな気持ちが胸にチクリと刺さる。
元来真面目な方だ、考え込むとどんどん沈む。
「ねぇ、みょん! 今日はニンジン畑の世話しに行きましょう」
「あ……うん」
「どうしたの元気無いよ?」
「そ、そう?」
「しょうがないな、あたしのニンジンもあげるから、元気だしなよ!」
妖夢はウサギ達に「みょん」と呼ばれていた。
永遠亭のウサギは大体が輝夜に「イナバ」と適当な命名をされてしまうので、
仲間内ではさらに愛称を作って呼び合っているらしい。
(ここの者に情が移るなど……もってのほかだ)
仕方なくニンジンを受け取り、かじる。
生ニンジンなんてあまり食べたことはなかったが、永遠亭のニンジンは甘くて、生でも結構美味しい。
「美味しいね、ありがとう」
「ニンジンはパワーの源だもんねー」
「それじゃ行こうか」
「うん行こう!」
「お邪魔するわ」
「うわっ!?」
紫は突然白玉楼を訪れた、丁度目の前に居た魔理沙は箒で屋敷の掃除をしているところだった。
「あら、随分板についたみたいじゃない」
「勘弁してくれ……」
あれ以来小間使いとして幽々子にこき使われている魔理沙だったが、意外と適応していた。
あれほど苦手で嫌いだった掃除も、今は人並みにはできる。
これだけ広い白玉楼だから、人並みでは手に負えなくはあるのだが。
「なんなんだいきなり?」
「妖夢のことについてよ、進展があったので幽々子に報告しようと思ったの」
「幽々子様なら縁側でひなたぼっこしてるんじゃないかな」
「幽々子様」と呼ばないといろいろな嫌がらせを受けるため、魔理沙は自然に様付けで呼ぶようになった。
「貴女も、いつまでもここに居るわけにも行かないでしょう?」
「そうだなぁ」
何が辛いかと言うと、研究できないのが辛かった。
魔理沙は元々集中力のある方なので、雑用にはすぐ慣れたが。
「貴女にも教えておくけど……萃香の報告によると、永遠亭に妖夢がいるみたいなの」
「そりゃまた厄介なところに陣取ったな」
「しかし永遠亭に恨みがあるのかしら?」
「どうだかな、もう誰でも良いのと違うか?」
「いずれにせよ、妖夢はやはりここに居なくてはならないわ」
「まぁ……私はこんな状態だ、あまり手伝えることはないが、頑張ってくれ」
「ええ、魔理沙がこれでは、宴会が少なくてつまらないもの」
紫は軽く手を振ると、幽々子がいるであろう縁側へと歩いていった。
「ふーん、永遠亭にねぇ……」
幽々子の反応は何故か薄い、まるでもう妖夢に興味が無いかのようであった。
「捕まえに行かないの?」
「魔理沙が凄く良いのよ、あの子才能あるわ」
紫が「うわぁ……」という表情で幽々子を見る。
紫はそれほど魔理沙に興味があるわけではないので、とやかく言うつもりはないのだが。
「まだまだ半人前にもなってないから、よく失敗をするのよ……」
そう言って幽々子は邪悪な笑顔を浮かべた。
「まぁ、とにかく私はしばらく魔理沙が良いから、妖夢はほっとけばいいと思うわ」
「わからなくはないけど……あの子じゃなきゃできないこともあるのではないの?」
紫は西行妖に目を向けた。
「別に妖夢の手入れが無いと枯れるってわけではないわよ、あれは」
「うーん……とりあえず、こっちはこっちで動いてみるの、良いわよね?」
「……」
幽々子は何か考え込んでいる。
「そうね……ええ、そうだわ」
「どうしたのよ」
「魔理沙と妖夢が居れば完璧じゃない、そんなことにも気がつかなかったなんて」
「流石は幽々子……欲張りさんね、目からうろこなの」
「紫ほどじゃないわ」
「またまたぁ」
その2人の様子を影から見ていた魔理沙はゾッとした。
まるで金色のお菓子でも出てきそうな雰囲気である。
「うーん、あれはどう見ても……」
鈴仙は思い悩んでいた。
妖夢はバレてないと思っているようだが、鈴仙は妖夢がウサギ達に混ざっているのに気がついていたのだ。
初めのうちは気付いてなかったのは確かなのだが。
当の本人の妖夢は、鈴仙のことなど気にもせずにウサギ達と土いじりをしている。
「でも、だからと言って……どうしたものだろうなぁ」
特に悪事を働くと言うわけでもないのだ、むしろ他のウサギ達より真面目に働いている。
「ウドンゲ、ちょっと来なさい」
「えっ!? あれ? 師匠、珍しいですね外に出るなんて……」
突然後ろから永琳に声をかけられて、鈴仙は酷く驚いた。
しかし永琳の目は鈴仙には向けられておらず、やはり妖夢に向けられている。
「あれはとんでもない危険因子よ、とりあえず、ここじゃまずいから私の部屋に来なさい」
「は、はぁ……?」
永琳に手を引かれ、鈴仙は永琳の部屋へと赴いた。
「何がそんなに危険なんでしょう? 真面目にやっているようですけど……?」
「バカね、単なる家出か何かと思っているの?」
「ち、違うんですか?」
「これを見なさい」
永琳が取り出したものは「文々。新聞~トイレ破壊魔~」という一枚の新聞であった。
そこには、トイレを支える萃香を刀の鞘でタコ殴りにしている妖夢の写真が掲載されている。
「えぇっ!?」
「ヤツは恐らく、永遠亭のトイレにも目をつけたのよ……凄まじい復讐心だわ」
「我々は何もしてないと思うのですが……」
「きっともう何でも良いのよ、ただでさえヤツは冥界に縛り付けられていて、あまり自由が無いわ。
自由に動ける今のうちに、ストレスを発散できるだけしておくつもりなのよ」
もう復讐の範疇ではない、妖夢の怒りは生きとし生けるもの全てに向けられているのだ。
「それを証拠に、ここを見なさいよ」
「ん……?」
なんと人間の里でもトイレが破壊されているらしい、そのことが新聞の一部に書いてあった。
「ハクタクあたりが見たら憤怒しそうですね……」
「そうねぇ……」
「でも師匠……そうだとわかったとして、どうするおつもりですか?」
「簡単なこと、追い出すのよ。そしてブラックリストに追加、二度と永遠亭の敷居はまたがせない」
「そこまでしなくても」と鈴仙は思うのだが、確かにトイレを破壊されてはたまらない。
そして輝夜の部屋にあるトイレも狙われるだろう、そうなれば輝夜も危ない。
「今夜……ヤツが寝入ったところを狙うわ」
「そこまで警戒する必要あるんですか? 妹紅や霊夢じゃあるまいし……」
「この新聞によれば……紅魔館の全員、そして魔理沙、紫、幽々子、萃香、の4人を敵に回しておいて、
完全に出し抜いたらしいわ……」
「え、そ、そんな実力者でしたっけ?」
「だからこそ恐ろしいの……ドクダミのときのこと、忘れていないでしょう?」
「あ、あぁぁぅ……」
永琳は顔面蒼白、鈴仙はそれに付け加え、うつろな目で頭を抱え込んでしまった。
あの「ドクダ巫女」霊夢は恐ろしいという言葉だけで表現しきれるものではない。
月の民が輝夜達を連れ戻しに来ることが、ただの遊びに見えてしまうぐらいの恐ろしさだった。
「そういうことよ……念には念を入れる、良いわね」
「はい……」
噂の霊夢は、日課となったドクダミ刈りをしていた。
「ん~、大分減ったわねー。そろそろお茶とか薬にする分、とっとかないとねー」
永琳の薬によってパワーアップしたドクダミは、通常のドクダミを遥かに上回る臭いを放っていたが、
その臭いもようやく普通に戻り、前は博麗神社の周りを埋め尽くすように生えていたそれも、
今となっては裏庭の一画にわずかに残るばかりであった。
「災い転じて福と成す、か……このぐらいなら結構使い道もあるし、悪くないわ」
抜いたドクダミを袋に詰め、保存するために霊夢は神社の中へと入っていった。
「……行ったわね……」
茂みの中からひょっこり出てくるウサギ耳……妖夢であった。
「鈴仙と永琳が勘付いた……もう遊んでいる時間は無い、霊夢、貴女への復讐もまだなのよ」
あの夜、妖夢を助けようとしなかった霊夢もまた、復讐の対象であった。
「我関せず」というあの態度は、妖夢に深い絶望と怒りを与えていたのだ。
「さて……まずは……」
妖夢はごそごそと懐をあさって1つの薬瓶を取り出すと、それをドクダミに撒いた。
そして少ししてから、残ったドクダミを全て引き抜いて、投げ捨てた。
「よし、次……」
妖夢が博麗神社の中へと忍び足で侵入する。
「んーと、これは干してお茶にする分で……」
ドガァァン!
「な、なに!?」
突然の爆音に霊夢が驚く、そしてすぐに立ち上がって、爆音の元へと急いだ。
「と、トイレが!?」
博麗神社のトイレが破壊された。
霊夢はキョロキョロと辺りを見回すが、何も見当たらない。
妖夢の移動力は並ではなかった、飛んだら魔理沙と同等、走れば魔理沙以上。
「だ、誰よーっ!!」
せっかくここしばらく平和だったのに、また火の粉が降りかかったか。
霊夢は、またも戦いの予感を感じた。
「ししょー……来ましたよー……」
鈴仙がこそこそと起きだして永琳の部屋を訪ねる。
もう日付も変わっており、永遠亭は静まり返っていた。
「ししょー……?」
応答が無いので、鈴仙はゆっくり戸を開けて中に入った。
「あ、ししょー……いたんなら言ってくださいよ……」
永琳は椅子に座っていた。
「ぐー」
「め、目開けたまま寝てる!?」
背筋を伸ばして、姿勢良く椅子に座ったまま永琳は寝ていた。
目が開いたままなので、ものすごく気持ち悪い。
「し、ししょおー、起きてくださいよー……」
「はっ……ウドンゲ?」
「妖夢を追い出しに行きますよー」
「そ、そうだったわね……ごめんなさい」
2人は永琳の部屋を出て、こそこそとウサギ達の寝室へ向かった。
ちなみに下っ端ウサギ達は、大部屋に適当に布団を敷いて雑魚寝している。
人数が半端ではないので、1部屋や2部屋では納まらないが。
「ウドンゲ、妖夢がどの部屋で寝ているかはわかる?」
「はい……スパイをつけておきましたから、ばっちりです」
「ふふ、やるようになったわね」
「えへへ……」
ウサギ達だって全員が全員鈍いわけではないのだ、ウドンゲは妖夢に気付いてから数人のスパイをつけていた。
入ってすぐつけたわけではないのが少々不安ではあるが、妖夢の行動におかしな点がなかったからこそ、
どう対処したものか困っていたと言うのもあった。
ただ……気付く前の数日間に何かしていたのではないかという不安はある。
(……ここです……)
鈴仙が永琳に目配せする、永琳は小さく頷いた。
ゆっくりとふすまを開け、中を覗くと……。
「な、なにこれ……」
「……やられた!!」
同室で寝ていたウサギ達は全員タンコブだらけで倒れていた。
そして壁に大きく、
『気付いたときにはもう遅い』
と、挑発的なメッセージが書き残されていた。
一見、妖夢が紛れ込んでいたことに対して気付くのが遅い、と書いてあるように見えるが……。
永琳は、これ見よがしに床に落ちていた1つの薬瓶を拾い上げて震え始めた。
「し、師匠!? どうしたんですか!?」
「あ、あぁ……なんてこと……いつの間にこの薬を……」
「その薬瓶がどうかしたんですか!?」
「これは……あのとき私がドクダミに撒いた……」
ドクダ巫女の胎動が始まる。
永遠亭再びの惨劇。
疑われるのは、永琳を置いて他に居ない。
それは、憎しみが産んだ恐ろしいドクダミ神。
翌日、博麗神社は再びドクダミだらけになっていた。
「なによこれぇぇぇーーーー!!」
妖夢はトイレの破壊に留まらず、ドクダミに永琳の薬を撒き「蓬莱ドクダミもどき」を繁殖させた。
今回の妖夢の永遠亭侵入の目的は初めからここにあった。
紅魔館の時と同じく、漁夫の利を得る作戦である。
紅魔館の時は幽々子を初めとした侵入者の騒動を利用して、電光石火の勢いでトイレを全滅させた。
今度はそう……怒った霊夢を呼び水として、永遠亭のトイレを破壊するつもりなのだ。
「うぁ臭っ!!」
霊夢歩けばドクダミを踏む。
この強烈な臭いは普通のドクダミではない、まさしく永琳の薬を投与したアレだ。
「ウッフ!!」
ドクダミを踏んで悶えれば悶えるほど、次々に踏んでドクダミ臭に包まれる。
見る見るうちに霊夢にドクダミ臭が染み込んでいく、霊夢の服が緑色に変色していく、普通しないけど。
そしてそれとは対照的に霊夢の目は真っ赤に染まっていく……鈴仙に睨まれたわけでもないのに。
ドクダ巫女の胎動が始まる。
「えぇぇぇぇいぃぃぃぃりぃぃぃぃん!!」
ドクダミを次々にむしり取って、懐へと詰め込んでいく、霊夢はさらにドクダミ臭くなっていった。
「一度やられてわからないなら、何度でも退治してやるわ!!」
お払い棒を振りかざすと、霊夢は永遠亭に向かって飛び立った。
「よし……手筈通りね……」
妖夢は物陰に隠れて、霊夢がドクダ巫女へ変貌していく一部始終を見ていた。
しかし妖夢の顔色は青い、怒った霊夢がここまで恐ろしいのは誤算だったのだ。
こんなに恐ろしいものを見たのは初めてだ。
「あのときの私なら……怖くなかったはずなんだけど……」
震えが止まらなかった、怒りが冷めてきた今の妖夢では、あの霊夢には勝てない。
二度目だということもあって、霊夢の怒りは前回をさらに大きく上回っている。
永遠亭でトイレを破壊している最中、あの霊夢に見つかったら……一生消えない心の傷を付けられるだろう。
あれは破壊神だ、目に付いた者全てをドクダミで包み込む破壊神だ。
(思い出せ……あのときの怒りを……)
だがどんなに自己を奮い立たせても怒りは湧き上がらない。
霊夢への恐怖のみが膨らんでいく、脚の震えが止まらない。
(あの時は……そうだ!!)
妖夢は勝手に博麗神社の中に入ると、酒を探し出す。
(あのときの怒り……我慢させられた怒り……)
「がんばり入道ほととぎすっ!!」
気合を入れて、妖夢は一升瓶を一気飲みした。
「う、ぅぁ……ぐー」
酒が一挙に全身に巡り、妖夢は倒れこんで寝息を立て始めた。
トイレキラーの胎動が始まる。
私が幻想郷全ての便所を破壊してやる。
我慢する苦しみを等しく全ての生物へ。
それは、いじめが産んだ悲しい便所妖怪。
『トイレキラーVSドクダ巫女』
幻想郷最大の決戦が始まる。
---どちらが勝っても……永遠亭に未来はない。
「あらどうしたの、大騒ぎね」
「や、八雲紫っ!?」
鈴仙が突如スキマから出てきた紫を見て驚き、耳を手で押さえる。
「別に今回は貴女の耳をどうしようとかではないの、妖夢を探しているのよ」
「妖夢ならもう居ないわよ! あ、貴女達はあっちを防衛しなさい!」
鈴仙は忙しそうに下っ端ウサギ達へ指示を出している。
「何なのほんとに?」
「霊夢が来るのよ!!」
「あら、霊夢が……」
紫が嬉しそうにニヤリと笑う。
「残念ながら……あの霊夢よ、ドクダミの時の」
「なんですって……?」
紫の脳裏に悲しい記憶が蘇る。
気持ち良く寝ているところ、鼻の頭に灼熱のハンペンを乗せて起こされた。
久しぶりに会った霊夢からは変な臭いがした、悲しかった。
すぐ慣れたけど。
「ウドンゲ!! 配置は済んだの!?」
「師匠! 八雲紫が……!」
「な、何をしに来たのよ貴女……」
永琳の目がキリキリと釣り上がる、元はと言えばドクダ巫女を産んだ原因は紫でもある。
「いや、妖夢を引き取りに来ただけなのだけど……」
「大方、妖夢がああなったのにも関わっているんでしょう貴女? 幻想郷一のトラブルメーカーね」
「否定はしないの……その二つ名はいらないけど」
「……まぁここで争っても意味は無いわ」
永琳は怒りを静めるように深呼吸した。
「ついでよ、妖夢はおそらくこの混乱に乗じてトイレの破壊に来る。
私達と目的が一致するのであれば、防衛に協力なさい」
「貴女達も妖夢と戦うのかしら?」
「させておいてなるものですか、霊夢はおそらく陽動だわ、霊夢自身にその気は無いだろうけど。
だからと言って、甘んじてトイレを破壊させるつもりはないもの」
「にしたって、なんで霊夢がまたドクダミ漬けになってしまったの?」
「妖夢があのドクダミを作る薬を博麗神社に撒いたと思われるわ、確認はしてないけど、恐らくそう」
「なるほど、それで霊夢が陽動というわけね……繋がったわ」
「仮に妖夢だけだとしても、これぐらいの警戒態勢は必要だわ」
「賢明ね、良いわ、協力しましょう」
紫が再びスキマを開くと、藍と橙がそこから出てきた。
「恐ろしい戦いになると思うの、協力なさい」
「はっ! 紫様」
「はーい」
「復元はいくらでもしてあげる、藍、橙……命を預けてくれるわね?」
「愚問です紫様、この藍、一命を賭して」
「愚問ですー」
「よろしい」
紫が永琳に向き直る。
「私、あまり貴女のことが好きではないわ」
「私もよ、大嫌い」
「けれど協力するの、今回は」
「……『大』は外してあげるわ、光栄に思いなさい」
「ふふ……」
永遠亭、八雲一家の同盟がここに結ばれた。
「しかし、まだ足りないわ……これでは負ける……一枚噛みたがってる人は、まだいるの」
「どういうこと?」
紫がまたもスキマを開くと、そこからレミリアと咲夜が出てきた。
「逆恨みも良いところだ、魂魄妖夢……許さない、やるわよ、咲夜」
「御意に、お嬢様並びに紅魔館の名に泥を塗ったヤツの行為、捨て置けませんわ」
「我らの協力を拒むなんてことは無いでしょうね」
「まさか……助かるわ」
永遠、八雲、紅魔同盟結成。
鉄壁の布陣でドクダ巫女とトイレキラーを迎え撃つ。
こうしている間にも、霊夢は永遠亭との距離を縮め、妖夢は熟成されていく。
もう時間は無い。
ところ変わって、白玉楼は早めの昼食だった。
「魔理沙、ほら、食べさせなさい」
「は、はい幽々子様……あーん……う、うぅっ、ひっく」
「ああ、良いわ、凄く良い」
お前らも参加しろ。
「竹林にて、てゐ隊長率いる尖兵隊が霊夢と交戦中です!!」
「やられない程度に戦線を下げつつ、消耗させなさい!! ドクダ巫女も人の子よ!!」
「館内に引き込んだら私達が相手をする……!!」
総司令官永琳が的確に指示を出す。その横ではレミリアがいきり立っている。
「それと妖夢の接近は感知できない恐れがあるわ! ウドンゲ、トラップは仕掛けたわね?」
「はい、全トイレの近辺にみっしりと、トイレの護衛隊には位置を把握させました」
「上等よ、よくやったわウドンゲ」
下っ端ウサギが慌てた様子で司令室に駆け込んできた。
「た、大変です!! 妹紅が!!」
「く……なんてタイミングで……ウドンゲ! 止めに……」
「それには及ばないの」
言いかける永琳を紫が制した。
「私達が相手をしてきましょう、貴女達は最後まで動かない方が良いわ」
「……」
「この屋敷を最大限活用できるのは貴女達だけなの……わかっているわね?」
「……ありがとう、それではお願いするわ」
「ふふ、了解よ……永琳総統」
「やめて、そんな呼び方」
紫がスキマを開く。
「行くわよ、藍、橙」
「はっ!」
「はぁい」
3人はスキマの中へと消えた。
竹林の上空で紫と妹紅が対峙している。
「なによ……邪魔するつもり? 神隠しの主犯」
「私は嫌がらせが大好きなのよ、蓬莱の人の形」
妹紅は不穏な空気を感じ取っていた、妙に警備が薄い……というよりも、自分への警戒が甘い。
紫がなんでこんなところにいるのかも疑問だ。
「永遠亭で何が起きている?」
「ちょっとね……貴女以上に厄介なのが2人、侵入しようとしているのよ」
「失礼だな、永遠亭において私より厄介な奴なんてそうそう……」
そこまで言って妹紅がハッとした、途端に表情が曇る。
「……霊夢?」
「はい、中正解」
あの永遠亭襲撃の際、妹紅は霊夢を助ける形で参戦したのを思い出した。
ただならないオーラと臭いを纏っていたあの霊夢ならば、ありえる。
「もう1人とは?」
「妖夢よ」
「ああ、肝試しのときの半死人か……あいつがそんなに危険なの?」
「危険じゃなかったけど、危険になってしまったの」
妹紅は腕組みをして考え込む、とりあえず戦意喪失してしまっているらしい。
「全然わかんない、教えてくれない? 良いよもう、襲撃は今度にするから」
「あらそう? 助かるの。じゃ、お礼に教えてあげる」
紫は事の経緯を妹紅に話し始めた。
「ダメです!! 歯が立ちません! 霊夢、館内に侵入しました!!」
「私達の出番ね……霊夢に恨みは無いから、妖夢が出て来次第そっちに移るけど文句無いわね」
「文句はあるけど、とやかく言ってる状況ではないわね……とりあえずはお願いするわ」
「よし、行くわよ咲夜」
「はい、お嬢様」
レミリアと咲夜が、霊夢の迎撃に飛び出した。
一方……博麗神社では、充電完了した妖夢が目を覚ましていた。
「う、うぅっ……もれそう……喉もカラカラ……」
そうだ、この苦しみだ、この苦しみを味わわせられたのだ。
思わずトイレに駆け込みそうになったが、自分で壊したので使えなかった。
いろんなことに対して怒りが募って行く、妖夢の目つきが変わっていく。
「がんばり入道……ホトトギス!!」
妖夢の頭の中で何かが弾けた。
脳からたくさんの脳内麻薬が出るのを感じる、尿意が消えていく。
「永遠亭のトイレを壊す!!」
チャクラ全開門の妖夢は、普段以上の超高速で永遠亭に向けて飛び立った。
ついに、ドクダ巫女のみならずトイレキラーも永遠亭に攻撃をかける。
「う、な、なによこの臭いは……」
「ドクダミの臭いですね……私は慣れているつもりでしたが……これはすごい」
レミリアと咲夜が鼻をつまみながら永遠亭の廊下を並んで飛んでいる、ドクダ巫女を止めるために。
ドクダミを鼻にくっつけられて気絶したウサギ、服が緑色の液体で染め上げられたウサギ。
ドクダ巫女の恐ろしい所業を感じさせる光景が続く。
「んぅっ!?」
「お嬢様!?」
「何よあんた達……永琳と組んで、私を陥れようとしてるの?」
突然瞬間移動してきた霊夢が、後ろからレミリアを押さえつけ、鼻にドクダミを押し付けていた。
レミリアは苦しそうに脚をバタバタさせている。
「……!?」
「ぶはぁっ!! く、臭いっ!! 私の顔が臭いィィィ!!」
「お嬢様!!」
一瞬時間を止めてレミリアを救出した咲夜だったが、レミリアは残り香で苦しんでいる。
「これは強烈ね……全力でかかりましょうお嬢様、妖夢どころではないわ」
「よ、よくも乙女の顔にドクダミをぉぉっ!!」
激昂したレミリアがスペルカードを取り出し、霊夢に向かって突進していく。
「不夜城レッドォォォ!!」
全身から赤いオーラを放出しつつの体当たり。
しかし霊夢は避けようとすらしなかった。
「ぐぅぅぅぅぅ!! な、何よこれ!? 結界!?」
「ドーさんが私を守ってくれるのよ、どんな弾幕も、どんな光線も私には届かない」
「う……く、臭っ!!」
レミリアが発しているオーラは、霊夢にはかすることも無く空中へ四散していく。
それどころか、近寄れば近寄るほどドクダミの臭いがレミリアにまとわりついた。
「お嬢様!! 近接攻撃はなりません!!」
「もう遅いわよ」
「痛いぃぃぃっ!!」
レミリアの頭頂部へ霊夢のお払い棒が振り下ろされる。
あまりの激痛に、レミリアは頭を押さえてフラフラと咲夜の元へ戻った。
「こ、これを止めなければいけないの? 私達は……」
「咲夜ぁっ!! 何弱気になっているのよ!! 反撃よ!!」
「お、お嬢様……く、臭いッ!!」
「キィィィィ!! 何よ咲夜ぁぁ!!」
「何を遊んでるのよ、そっちがこないならこっちから行くわ!!」
霊夢が懐から、緑色のスペルカードを取り出した。
「二重結界!!」
「お、お嬢様、来ます!! う、臭いっ!!」
「いちいち臭いって言うな!!」
霊夢の投げた札が、結界で歪められ、変化して敵を襲う術なのだが。
「札と一緒に……ど、ドクダミの葉が飛んでくる!!」
「当たったら即死ですお嬢様!! 決死結界は効きませんこれは!!」
「ヒィィィィッ!!」
「くっ!!」
咲夜は不規則に飛んでくるドクダミの葉を避けつつ、スペル発動した。
「プライベートスクウェア!!」
時間を止めてレミリアを抱え、できるだけ遠くへと飛ぶ。
これは敵わない、ドクダミ結界による絶対防御のみならず、あの攻撃はどれも一撃必殺だ。
倒すなんてとんでもない、時間稼ぎすらまともにできそうになかった。
「逃げたか……まぁいいわ、とりあえずは永琳を探さなければ」
霊夢はスペルカードを懐にしまい込み、勘を頼りに永琳探しを再開した。
司令室。
「ご、ごめんなさい……霊夢を止めることはできなかった……」
「うぅ、臭い、臭い……助けて咲夜……」
「く……まだ10分ぐらいしか経ってないと言うのに……」
咲夜はあの完全なるドクダ巫女に怯えてしまっている、肩が小さく震えていた。
レミリアはもっとひどい、ドクダミ結界に自ら突っ込んでしまい、息も絶え絶えだった。
頭にも大きなタンコブが1つできている。
「ならば、私が霊夢を止めに行くの」
「紫……っ!?」
永琳が絶句する、いきなりスキマから出てきた八雲一家の横に、妹紅がいたからだ。
「な、何をしているのよ紫!! 止めに行ったのではないの!?」
「協力してくれるそうよ、彼女も」
妹紅がすっきりしないといった表情で、頬をかきながら呟く。
「なんかなぁ……輝夜が痛い目に遭うの、嬉しいような気もするんだけど……。
なんか、なんか気分が悪い、私の知らないところでこういうの、不愉快で仕方が無い」
「妹紅……」
「文句は言わせない、邪魔はしないから参加させて」
「……確かに貴女なら……」
また連絡係の下っ端ウサギが司令室へ駆け込んできた。
「妖夢です! 妖夢が現れました!!」
「どこに!?」
「既に館内にいます! トイレも数箇所やられました!!」
「く……つ、ついに両者が揃ってしまったのね……」
「警戒はしていたんですが、どこから現れたのか……トラップも効いていません」
「そいつは私が受け持とうか」
妹紅が顔を上げる。
「八意、なんか注文はある?」
「……敵の敵は味方……」
「ん? 何よ?」
「……ダメだと思ったら、霊夢と妖夢を引き合わせなさい、潰し合いをさせるのよ」
「確かに、それしかないかもしれないわ……」
スキマを開きつつ、紫が賛同する。
「なんだかシャクだな、私達は蚊帳の外ってわけ? まぁいいや……言うとおりにする」
妹紅も鳳凰の翼を広げて、出撃準備が完了した。
「妹紅、引き合わせる場所はここにしましょう」
永琳の指示、それはこの司令室に霊夢と妖夢を誘導すること。
「わかった……できれば自分の手で処理したいけどね」
「欲張らない方が良いの、今回ばかりは」
「あんたからそんな弱気な言葉が聞けるとは思わなかったよ」
「武運を祈るわ」
「あぁ……」
紫は霊夢目指してスキマへ、妹紅は妖夢目指して火の粉を撒き散らし、飛んでいった。
紫はすぐに霊夢を探し当て、その前に立ち塞がっていた。
「紫……あんたも絡んでたわけ?」
「さぁ、どうなのかしら?」
「とにかく、立ち塞がったって事は敵で良いわね?」
「つれないわねぇ」
霊夢はお払い棒を握り締めてズンズンと近づいてくる。
紫の前には、藍と橙がいつでも飛び出せるように四つん這いで身構えていた。
「行くわよ、八雲式三連携」
「はっ!」
「はーい」
紫と藍が同時にスペルカードを抜く。
「式神! 八雲藍! 行きなさい!」
「式神! 橙! 行けっ!!」
「えぇぇーい!!」
「何……?」
藍と橙が同時に回転して弾を撒き散らしながら霊夢へと突っ込んでいく。
「まったく、レミリアと言いあんたと言い……何も分かってないようね」
「そうかしら? 藍、変化よ、ドクダミ結界を突き破る」
「無駄よ!!」
「禅寺に棲む妖蝶!!」
「アルティメットブディストーッ!!」
卍型の光線を身に纏い、紫と藍が霊夢に向かって突進する。
が、もちろん効果は無い……霊夢の身体に届く前に卍は不自然な形に折れ曲がり、一切のダメージを与えられない。
「青鬼赤鬼ーっ!!」
主2人の攻撃も届かないのだ、当然橙のスペルカードも結界に弾き返されて全く効果が無い。
「くさっ! この子くさっ!!」
という弾の断続的な悲鳴が聞こえる気がした。
「この勝負に必要なものはドクダミだけなのよ!!」
「く、くっ!! 結界を操るこの私でさえ突き破れない結界など……!!」
「さぁ覚悟してもらうわ!!」
「なんの!! これを突き破れる!? 四重結界!!」
「ドーさん!! 中和しなさい!!」
「な、なにっ……!?」
四重結界は、霊夢が近づくと溶ける様に穴が開き、結界としての役割を全く果たさなかった。
「ゆ、紫様っ!?」
「邪魔をしないで!!」
紫を守ろうとして走ってきた藍に、札とドクダミの葉の複合攻撃が直撃する。
走ってくるとき以上の勢いで藍は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ぐぅ……紫様……」
「ら、藍様……うっ、くさーい!!」
藍に駆け寄った橙が鼻をつまんで一気に逆方向へ走り出した。
「頼りない式神達ね……平和ボケしてしまったんじゃないの?」
「藍を悪く言わないで……いくら霊夢でも言って良いことと悪いことがあるの」
紫の目に、怒りと闘志が湧き上がった。
「ならば奥義よ!! 弾幕結界!!」
「無駄だって言ってるのよ! 怪我したくなければとっとと消えなさい!! 散ッ!!」
紫のスペルカード発動と同時に霊夢は凄まじい密度の弾幕に包み込まれたが、
またも札とドクダミの複合スペルカードがそれを相殺してしまう。
それだけに留まらず、流れ弾の札とドクダミが紫の身体を傷つけた。
「こんなバカなことが……本気で戦っているのに、この私が……手も足も出ないで負けるというの?」
「あんたのスペルカードなんて、春の異変のときに見切ってるのよ」
「私だって、霊夢のスペルカードなんて知り尽くして……」
決定的な差がついてしまっていた、ドクダミの差はそれだけ大きいのだ。
「紫様ァァァッ!! くぁぁぁぁっ!?」
「藍!?」
藍が霊夢のドクダミ結界の突破を狙い、決死の接近を試みた。
ドクダミ結界に触れた部分の服が、徐々に緑色に変色していく。
「紫様!! ここは私が抑えます!! お逃げください!! 勝利だけが勝利ではないのです!!」
「突破できると思っているの? 私の結界」
「出来るか出来ないかではない!! 突破しなければならんのだ!!」
「藍!! 無茶はやめなさい!!」
「藍様ー!! 無理だよ!! 紫様でさえどうにもならないのに!!」
藍が橙をキッと睨みつける。
「そう簡単に無理だと口にするんじゃない!!」
「ら、藍様……」
「藍……いやっ!! ダメよ無茶をしては!!」
紫の目に涙が滲む。
「紫様!! まだ手はあるのです!! 先ほど司令室で永琳に言われたことを、お忘れなく!!」
歯を食いしばって、藍が徐々にドクダミ結界を突き進んでいく。
その手は、あと数cmで霊夢へと届くところまで迫っていた。
「ラァァァァン!!」
「紫様さえ居れば私は復元していただけます……」
「いや、いやぁぁぁ!! 捨て身なんてダメなの!!」
「紫様はおっしゃいました『命を預けろ』と、そして私も『命を賭ける』と言いました……」
「いや、いやっ、いやよっ!!」
「紫様……1つだけお願いがあります……」
藍も涙ながらに、紫に微笑みかける。
「次に私を復元するときは、笑顔で起こしてください……」
藍が霊夢の肩を掴む。
「そ、そんな!? 私の結界を破ったというの!?」
藍が霊夢を羽交い絞めにする。
「ぐぁぁぁぁっ!! さぁ紫様!! 今のうちに、今のうちに……っ!! そう長くは持ちません!!」
藍はどんどんドクダミ臭くなっていく。
そして結界の中のプレッシャーが想像よりも遥かに凄まじい、藍の全身が軋みをあげた。
「霊夢……!! お前はそこまで冷酷な奴じゃなかっただろう!? 戻って来い!!」
「ぐ、く……な、何だって言うのよ!?」
「これが愛と言うものだ、博麗の巫女よ!! しかと心に焼き付けろ!!」
尻尾を巻きつけて更に霊夢の動きを封じるが、藍はどんどん力が抜けていくのが分かった。
意識も少しずつ薄れていく。
紫は泣きながらも立ち上がり、壁に手をつきながらふらふらと歩き出した。
あの1回の攻撃で満身創痍だ、飛ぶことはおろか、まともに歩くことさえままならない。
「ゆ、紫様……私につかまって……」
「橙……」
「私勇気が無いから、藍様を助けられないけど……役に立ちたいから……」
橙が紫の身体を支えて、さらに2人は司令室に向かって歩き出す。
そう、霊夢に追われることを前提として……。
「鳳翼天翔ーーッッ!!」
「ふっ、これが鳳凰の羽ばたきですって? まるで涼風だわ」
「くそっ!!」
妹紅の繰り出した鳳翼天翔は、妖夢が軽く腕をなぎ払っただけで打ち消されてしまった。
こちらの戦況も思わしくはない。妹紅は既に5回以上リザレクションしていた。
相手が不死身ならばと、妖夢も全く手加減してくれない。
「そろそろはっきりさせる、どちらが本物の復讐鬼か」
「ふざけるな、1000年以上に渡っての私の恨み、お前になどわかるはずはない!!」
既に妹紅はボロボロ、身体そのものに怪我は無いものの、
消耗の大きいスペルを連続して使っているため、その疲労は尋常ではなかった。
「永遠亭ごと木っ端微塵にしてやるよ……!!」
妹紅がスペルカードを取り出す。
「これで最後だ!! 凱風快晴!! フジヤマヴォルケイノ!!」
全身に残る霊力全てを注ぎ込んでのスペル発動……のはずだった。
ポロリ、とスペルカードの上半分が床に落ちる。
後ろでは、パチンと刀を鞘に収める音が聞こえた。
「ぅ……ぶっ……!?」
身体ごとスペルカードをブッタ斬る、妖夢の神速の居合い抜き。
妹紅が腹を押さえて膝を付く。床にはおびただしい鮮血がほとばしった。
「く……そ……」
悔しい、涙が止まらなかった、こんなやつに手も足も出ないとは。
「貴女がどんな恨みを輝夜に抱いてるか知らないけど、おしっこ我慢するより良いはずよ」
妹紅は死ぬほど悔しかった、そんなくだらねえ理由だったのか。
おしっこに比べられるなんて、とんでもない屈辱だ。
だがもう声を発することもできず倒れこむと、妹紅は息絶えた。
「他愛ない……いくら不老不死でも、実力がこの程度では苦しむだけね」
あれだけ殺せばしばらくは起きないだろう、そう思った妖夢は妹紅に背を向け、次のトイレを目指す。
「そうだよ……苦しむから、苦しんで苦しんで強くなる……半死人なんぞにわかるはずもない」
「ちっ、鬱陶しい……もうリザレクションを……!?」
妖夢が振り返るとそこにあったはずの妹紅の死体が無い。しかし声は聞こえる。
「どこだ……!?」
「もう戻り橋にも戻れない」
「なにっ!?」
パゼストバイフェニックス、妖夢の周囲に大量の弾が浮いている、いつ飛んでくるのか。
「そうだ、今度は本当の肝試し、霊夢とあんた、どっちの肝が硬いのかな?」
「くっ!?」
弾が高速で妖夢に迫り来る、逃げ道は狭い、妖夢は一瞬でそこを見切って駆け出す。
「そう、それでいい……」
弾幕の安全地帯をわざと作っての妖夢誘導。
もう妹紅に霊力はほとんど残っていない、司令室まで持つのかどうか……。
「ぅ、うぅっ……藍……藍……」
「紫様……もう少し、もう少しだから……」
もう既に藍は果ててしまっているだろう。
藍の妖力が全く紫に届かなくなったのが、それを確かなものとして感じさせる。
司令室まではあと数十メートルの距離だ……スキマを展開すれば一瞬だが、霊夢を誘導しなくてはいけない。
しかし、ここで追いつかれるとご破算になる可能性もある、もう少し進まなければ。
「追いついたわ、そんな身体で逃げられると思ってるの?」
わずかな希望を打ち砕く、霊夢の出現。
「……紫様……」
「橙、逃げなさい……貴女が誘導するの……私は時間を稼ぐわ……」
「だめだよ……」
橙が紫から離れる。
「紫様に何かあったら、藍様は一生帰ってこないかもしれないから……」
「ちぇ、橙……? まさか貴女まで……」
「短い距離だから……多分私でも大丈夫だから……行って、紫様……」
「ぅ……ぅうぅぅっ……!!」
もうダメだ、止めても行くだろう、この子は。
『藍、貴女の式神は、立派に勇気ある子に育っていたわよ』
そう藍に教えてやりたい、この橙を見せてやりたい。
紫はこの涙を止める術を見つけられなかった。
「うわぁぁぁっ!!」
「何よ、藍や紫でさえああなのに、あんたなんかにどうにかできるわけないでしょ」
後ろでは、橙が戦っている音が聞こえる、悲鳴も聞こえる。
でも紫は振り向かなかった、あと少し行けば……きっと妹紅が妖夢を誘導してるはず。
そう信じるしかない、もう可能性はそれしかない。
「ここがなんだって言うのよ?」
「ここがお前の墓場だよ……はははっ」
妹紅は見事妖夢を司令室に誘導していた、そこは既にもぬけのからだった。
「もう抵抗もできまいが……あまりシャクに触ることを吐くと、斬るわよ」
「お好きにどうぞ、殺しきれないだろうけどね」
壁にもたれかかったまま、妹紅は妖夢を挑発する。
(紫……まだかっ!! いつまで引き止められるかわからないのよ……)
妹紅の願いは通じた……紫が司令室のふすまを開いて転がり込んできたのだ。
「ふぅ……ふぅ……よ、よくやってくれたわ妹紅……」
「あんたもね……」
「な、何? 何なのよ?」
次の瞬間、妹紅の表情が凍りついた。紫の後ろにくたびれた橙を担いだ霊夢が現れたのだ。
「ほら、忘れ物よ!」
「れ、霊夢っ!? ……橙……橙!? いやぁぁぁぁっ!! うっ臭ッ!!」
最強奥義ドクダミ青汁をやられたのだろう。
放り投げられて地面に転がった橙は、緑色に染まって意識を失っていた。
「何なのよここは……ここに逃げ込んだからって……妖夢……?」
「霊夢……」
「そうよ!! 今回の騒動は全て妖夢の仕業!! 博麗神社のトイレを壊したのも!!
再び博麗神社をドクダミだらけにしたのも!! 妖夢の仕業なの!!」
「な……にぃ……?」
霊夢の表情が見る見るうちに変わっていく。
しかしそれを見た妖夢も、別段怯える様子は無い。
「本当なのかしら、妖夢? 返答次第によっては容赦しないけど」
「ふふふ……あははは、なるほど、ここに連れてこられたのはそういう理由だったのね」
「答えなさい」
「紫の言う通りよ、全て私がやった、だから何? 私は貴女を倒して永遠亭のトイレも壊すわ」
「何故こんなことを?」
「説明する必要は無い!!」
妖夢が踏み込んで楼観剣を抜く、その凄まじい踏み込みに、畳が真っ二つに折れてしまった。
「さ、さぁ妹紅……今のうちに逃げるの」
「あ、あぁ……」
2人が交戦を開始すると同時に、紫はスキマに妹紅を押し込んで緊急離脱した。
「くぅっ!? なによこれっ!?」
「ドーさんの力よ」
楼観剣は当然、ドクダミ結界に阻まれた。
それでも恐ろしいのは、その刀身の半分以上がドクダミ結界を貫通しているということである。
妖夢のパワーは決して霊夢に劣ってはいなかった、表面上冷静な霊夢も内心驚いている。
「物言うはドクダミのみ!!」
「ちっ!?」
霊夢は揉んだドクダミを握り締めた拳を妖夢に振り下ろした。
妖夢は腕を振り上げてそれを受け止める。
「甘い、殴打が目的ではないのよ」
「なにっ!?」
霊夢が思い切りドクダミを握りつぶすと、それは一番絞り。
ぽたっ
「ひぎゃーっ!? 臭い臭い!!」
「ドクダミに死角無し!!」
そして拳を開いて、妖夢に向かってドクダミを落とす。
「こんなものぉっ!!」
妖夢は白楼剣も抜いて、そのドクダミを切り払った。
「うぅっ!! 臭!!」
「あんたも見てみる? ドクダミファンタジア」
「変則的な攻撃ばかりを……!!」
「抜いたわね、白楼剣」
二刀流、それは妖夢が本気を出したしるしだ。こうなっては霊夢も笑ってはいられない。
「散ッ!!」
「未来永劫斬!!」
ドクダミも弾幕も切り払い、妖夢はドクダミ結界の破壊を狙う。
しかしその斬撃はドクダミ結界を弱めるだけにしか留まらず、霊夢にはダメージが通らない。
(結界にほころびが……!?)
(なるほど……わかった、あの結界を突き破る方法)
「次は直撃させる」
「やれるものならやってみなさいよ」
今度は霊夢が劣勢であった、妖夢は素早すぎるのだ。
今までは動く必要無くドクダミ結界が全ての攻撃を完封してくれたが、妖夢はそれを少しずつ破壊している。
妖夢に攻撃は当たらない、結界は壊される、それは霊夢の敗北を意味する。
「わかったわ、結界を突き破る方法が」
「ふん、そんなもの……」
妖夢は、先ほど切り払ったドクダミ弾幕の残骸を拾って、白楼剣にこすりつけ始めた。
(く……まさか……)
霊夢の額に冷や汗が流れる。
「物言うはドクダミのみと、貴女は言った……つまりこういうことだ」
「やれるものならどうぞ」
「そう、ドクダミをもってドクダミを制すればいい!!」
妖夢は白楼剣を投げつけた。
それは一直線に霊夢に向かって飛んでいく。
「二重結界!!」
白楼剣はドクダミ結界は飛び越えたが、今度は普通の結界に阻まれる。
「ふふふ、随分浅知恵じゃないの!?」
「バカめ!! これは布石よ!!」
妖夢は結界に阻まれて空中で静止する白楼剣のつばに向かって、身体をねじって思い切り楼観剣を突き立てた。
ビシッ!
二重結界が突破される。
「刀を連ねて威力とリーチを伸ばすなんて!?」
「もらったぁっ!!」
間一髪、霊夢はその突きを回避した、刀身にかすって斬られた髪の毛がハラハラと舞う。
「ふぅっ! ふぅっ!」
「ちっ、惜しい……!!」
まさに一進一退、凄まじいまでの妖夢の攻撃力に、二重結界は意味を成さなかった。
「で、でもその奇策は一度きり……もう通用しないわ」
「ふん、強がりを言っても無駄よ」
妖夢はニヤリと笑うと、今度は楼観剣にもドクダミを擦り付け始めた。
(く……流石にそこまで鈍感ではないか……)
これは霊夢の結界が全て剥がされたに等しい、全ての攻撃が霊夢への直撃の危険性をはらむ。
ならば霊夢も奇策……一発勝負に賭けるしかない。
「いつまでも防戦に徹してると思わないでよ!!」
霊夢は一枚のスペルカードを取り出した。
「いいだろう!! 受けて立つわ!!」
「集(臭)ッ!!」
大量の札とドクダミが妖夢に降り注ぐ、しかし……。
「無駄よ! 全て見える! ドクダミの力を得た楼観剣と白楼剣で全て叩き落してやるわ!」
妖夢は1つ残らず弾もドクダミも切り払っていった。
「そう……本当に全て叩き落してね」
「なっ!?」
その中に混ざっていたもの……それはドクダミ青汁がなみなみと入った瓶。
気付いたときにはもう遅い、妖夢は自分の目の前でそれを真っ二つに切ってしまった。
ドバーッ
「ひぎゃああああああああ!!」
全身に青汁を浴びて妖夢が地面を転げまわる、ドクダミパワーは飽くまで刀にしか宿っていない。
無防備な妖夢の全身が緑色に染まった。
「てぇいっ!!」
すぐさま霊夢は妖夢に馬乗りになり、お払い棒を構えた。
「これはレミリア達の嘆き!!」
「痛い痛い臭い臭い!!」
連続でお払い棒が振り下ろされる、妖夢の頭はタンコブだらけになった。
「これは紫達の愛!!」
「や、やめてええ!! もう参ったからああ!!」
懐から取り出したドクダミを、よく揉んで妖夢の鼻に乗せる。
十薬「悪臭-手もみドクダミ-」
よく揉んだドクダミを鼻の上に乗せる。
実際ドクダミはかなり臭い、手で揉んで鼻に乗せるなんて外道のやることだ。って慧音が言ってた。
「直は強烈でしょう!?」
「臭いぃぃぃぃっ!!」
「そしてこれは妹紅の悔し涙!!」
「ひゃぁぁぁぁっ!!」
霊夢は両手でドクダミを思い切り握りつぶす。
ぽたっ
毒溜「ドクダミ一番生絞り」
手もみはともかく、ドクダミから汁が出る事はあれど、私の知る限り全て
すごい臭いだ。完全な一番絞りはこうである。なんか生理的に嫌な臭い。
妹紅の涙とドクダミの絞り汁が同義とはとても酷い。
「さぁてこれは、こんなくだらない騒ぎに巻き込まれた私の怒りよ。
経口投与は、ただ身体にかぶるのの何倍もきっついから、覚悟しなさい!!」
「ま、まだ持ってたの!? 何本持ってきたのよぉっ!? ……はがっ!?」
青汁「激臭-グリーンドクダミ-」
ドクダミ茶は作り方を間違えると青汁だ。お茶となるドクダミは青汁にもなる。
製法を間違えると、ドクダミをお茶にするつもりで青汁になるのだ、って慧音が言ってた。
左手で妖夢の口をこじ開けて、そこに青汁を注ぎ込む。
「ごぼぼぼぼばばばぼぼぼ!!」
「ぜーんぶ私の手絞りよ~、心して飲みなさい」
全部注ぎ込まれる前に妖夢の意識は絶えた。
「はぁ……バカバカしい……帰ろ……」
ここに、ドクダ巫女とトイレキラーの戦いは、幕を閉じた……。
「霊夢対妖夢! 決着がつきました!!」
「どうなったの!?」
「霊夢が勝ちました! そしてこれ以上暴れる様子も無く家に帰った模様です!!」
「そう……」
永琳は胸を撫で下ろした、犠牲は大きかったが、最悪の事態は免れたと言える。
新しい司令室は、前の司令室よりも奥の部屋に再設置され、永琳や鈴仙はそこへ移っていたのだ。
部屋の隅では紫が手当てを受け、妹紅が死んだように眠っている。
横たわるレミリアを心配そうに見つめる咲夜もいる。
「妖夢の回収急ぎなさい! そして……永遠亭の為に散った勇者達の回収も……」
紫は泣き止まない、いくら復元できるとはいえ、家族を2名やられてしまったのだ。
(あの八雲紫が……)
「藍……藍ッ……!! 橙……ッ!!」
「紫……」
永琳は紫の側にしゃがみ込み、そっと顔を覗き込んだ。
「よくやってくれたわ……」
「ぅ、うぅ……」
永琳はそっと紫を抱き寄せ、頭を撫でてやった。
「貴女達のおかげで、永遠亭は無事で済ん……臭ッ!!」
ドクダミ弾幕を食らっていた紫は、臭かった。
永琳は思わず突き飛ばしてしまう。
「あ、あの……お風呂使って良いから、臭いを落としてきなさい……」
「ひ、ひどいわぁぁぁっ!! うわぁぁぁん!!」
「だって臭いんだもん」と永琳は思った、自分にも臭いが移ってそうで嫌だった。
数日後。
永遠亭は大分損壊していた、トイレもいくつかやられている。
しかしそこまで致命的ではなく、少しずつ修復されていった。
ドクダミの臭いはすぐには消えなかったが。
「もっとゆっくりしていったら? 姫には秘密にしといてあげるわよ?」
「もう十分だよ……いつまでも施しを受けてられるか」
「そう……今回はありがとう、貴女がいなければああも上手くは行かなかったわ」
「いつまでも無駄話する気は無い、それじゃね、八意」
疲れが癒えた後、そう言って妹紅は帰って行った。
「良かったわね、うちのようにならなくて」
「ええ……貴女達もありがとうね」
「別に、お礼を言われるためにやったわけじゃないから良いわよ、それじゃ」
レミリアは相変わらずの不調だったので、咲夜はレミリアを抱きかかえて紅魔館へと去った。
「良かったわね、式神達が無事で」
「何を言うの、どっちも式神なんか落ちてしまって、今はただの妖怪よ」
「そもそも臭いだけで死ぬわけないわよね」
「……」
それもそうだった。
普通の弾幕も食らっていたので、藍と橙は無傷というわけではなかったが、命に別状は無かったのだ。
とはいえ式神は落ちてしまっているし、意識を取り戻さないのは相変わらずだ。
「それじゃ、妖夢は私が幽々子のところへ送っておくの」
「何から何まで申し訳ないわね、本当に」
「自分でまいた種だもの、たまには責任取るわ」
「ふふっ、珍しい」
「とにかく、式神を憑け直したりとこれから忙しいの、だから失礼するわ」
「お疲れ様」
紫も、スキマに3人を放り込んでその場を去った。
「たまに外に出てみようかしらね、これからは……」
惨劇には違いない。
しかし、彼女達と共に戦った事は、永遠を生きる永琳の消えない記憶となるだろう。
「師匠ーっ! 皆負傷してて人手が足りないから手伝ってくださいよー!」
「はいはい、今行くわ」
鈴仙に呼ばれ、永琳は永遠亭の修復のために駆け出した。
「ん……?」
「藍……」
「紫……様?」
八雲邸では紫の治療を受けた藍が目を覚ましていた。
「藍……ありがとう、貴女は私の自慢の式神だわ……」
「……紫様、笑顔で起こしてくださいと言ったではないですか、そんなに顔をぐしゃぐしゃになさって……」
「藍! 藍ーっ!」
「ゆ、紫様、そんなに慌てなくてもこの藍、どこにも……」
紫が藍の胸に飛び込んで泣きじゃくる。
「クサッ!!」
「クッサ!!」
2人とも顔を見合わせた……2人ともドクダミ臭だった。
「い、いやぁぁぁぁ!! 感動の再会シーンが!?」
「わ、私はドクダミ式神になってしまったのかーーー!?」
悲惨だった、橙を起こしてもきっと同じことになるのだろう。
「お嬢様、紅茶をお持ちしました」
「ね、ねぇ、咲夜……1つ聞きたいのだけど」
紅魔館の面々も日常に戻っているが、レミリアの様子がおかしい。
「この紅茶、血? それとも普通の紅茶?」
「普通の紅茶ですが……?」
「に、匂いがわからない!! これもドクダミの臭いがする!!」
「お嬢様……!?」
「咲夜もドクダミの臭いがするっ!! 咲夜は裏切り者!!」
「な、何がですか!?」
レミリアはあの日のショックで、少し気が触れてしまったらしい。
まぁいずれ治るだろうが、悲惨だった。
「うわぁー、くっさいなーこれ……」
「かなりきついわね……」
白玉楼には少し前に紫が置いていった妖夢……これまた意識を取り戻してない。
そして札やらなんやらで厳重に封印され、縄でぐるぐる巻きにされている。
霊夢のドクダミ攻撃を余すところ無く受けた妖夢は、霊夢級にかぐわしかった。
一応永遠亭で洗浄はされてきたようなのだが、ドクダ巫女のスーパードクダミの臭いはその程度では落ちない。
「ど、どーするんだよ……妖夢戻ってきたじゃないか、私はもう良いだろ?」
「やぁーだぁー、行かないでよ魔理沙ぁー」
「ウゲェー!」
「両手に華が夢だったのよぉ~」
「ま、まぁとりあえずほどいてだ……優しくしてやろう」
「はぁー、魔理沙ったら優しさまで兼ね備えてしまったのね? 思いやりと愛情のインプットも完了?」
「何のこと言ってるかよくわからんが、とりあえずちゃんと対応してやらないと、またグレるぜ?」
それはそうである、こういった打ちひしがれてるときこそ優しくしてやるべきだ。
というか幽々子が魔理沙にくびったけすぎる、不安を禁じ得ない。
「ぅ……ゆゆ……こ様……助け……」
妖夢がうなされている、2人はその寝言を聞いて顔を見合わせた。
「なんだかんだで、幽々子様のこと頼りにしてるんだよ、妖夢は……」
「でもそれって逆じゃないの? 私が妖夢を頼るべきなんじゃ……」
「それもそうなんだが……少し大事にしてやれよ、流石に哀れだぜこれは」
魔理沙は鼻をつまみながら、妖夢を布団に寝かせてやった。
札による封印や縄も全て外してやった上で。
「ふぅ、後は主としての手腕ってやつだな……幽々子」
「はぁー、ほんとに手のかかる子……」
魔理沙が呼び捨てにしたことに対して、もう幽々子は何も言わなかった。
妖夢に呆れているようにも見えて、少し嬉しそうにも見えた。
「それじゃ、私は家に帰るぜ、じゃあな」
「え? ダメよ」
「え??」
「何言ってるのよ、しばらくいなさいよ、妖夢だって大変なんだし」
「えぇ~~……さっき呼び捨てにしたけど何も言わなかったから、てっきり……」
「まぁ!? 呼び捨てにしたの!? 気がつかなかったわ、後で覚悟しておきなさい!!」
「えぇ~~……」
ほんとに気付いてなかっただけらしい。
妖夢が目覚めた後もしばらく魔理沙はそのままだったが、妖夢と共に幽々子を説得してしばらく後に解放された。
妖夢はドクダ巫女戦での敗北のショックでしばらく大人しかった。
しかし調子を取り戻した後もちゃんと白玉楼で働き、幽々子に尽くした。
今までのことについて平謝りしていた妖夢だったが、幽々子は特に咎めることはなかった。
元来が大らかなのと、魔理沙がいたので機嫌が良かったと言うのもあるだろうが、
何かを誤解して妖夢は前以上に幽々子に堅く忠誠を誓ったらしい、報われない子なのは相変わらずだ。
しかし今回一番可哀想なのは、ほかならぬ霊夢である。
「うぅ……せっかく減ってきたのにまたドクダミだらけに……」
霊夢は泣きながら縁側でドクダミ茶を啜っていた。
もう犯人である妖夢はやっつけてしまったわけで、怒りをぶつける対象も無い。
トイレまで壊されてしまったし……。
そこに、白玉楼から解放された魔理沙が遊びに来た。
「よう霊夢!! 遊びに来たぜ……クサッ!!」
やっぱり、すぐ飛び去って行った。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
だが霊夢、忘れてはいけない。
トイレキラーによって危険にさらされていた幻想郷(のトイレ)を救ったのは貴女なのだ。
まさに博麗の巫女に相応しい戦いぶりだったではないか。
「だからって嫌なものはいやぁぁぁぁぁぁ!!」
さいですか。
ちなみに輝夜はずっと部屋で寝てたらしい。
萃香も酒飲んで寝てた。
ドクダ巫女最強!
シリアスの中に散りばめられてる笑いがいい
だが、忘れてはいけない…これが最後のドクダ巫女だとは思えない!
幻想郷に壊れネタがある限り!VENIさんが筆を折らぬ限り!ドクダ巫女は何度でも復活するのだから!!・・・・つーか復活希望。
これを読んでるとミーもエキサイトしたくなっちゃうよー
シリアスとギャグのバランスが大変良かったです。
やっぱドーさんの差は大きいなあ
カリスマが感じられないのわ主と一緒なのか
しかし、またドクダミは人々が忘れたときに現れる。
われわれはドクダミを忘れるわけにはいかないのだ。
場面を先へ先へと進めるための文章ばかりで、一つ一つの場面に厚みが欠けてしまっています。『ドクダミ~』や『妖夢がんばる』、『月見酒』、その他諸々の作品にあった“一つ一つのネタを膨らませる文章”が、今作では単にネタを消化するだけの文章に成り下がっている気がするのです。
そういう文章のSSが悪いとは限りません。ですが、決して良いとも思えません。もっと面白い文章が書けるのだから、もっと一文一文を練って、面白い作品にしてほしかったと思います。作中の要素の多さからして長すぎる作品になるかも知れませんが、私は、そういう作品が読みたかった。
VENIさんに勝手に期待して、勝手に失望して、失礼な話だと思います。それでも書き込まずにはいられませんでした。次回以降の作品に期待します。
点数は匿名で入れてしまったので、フリーレスで。
倫理をかなぐりすてたトイレキラーの暴れっぷりも破れっぷりも痛快でした。
しかしあれだ。紅魔組とことんいいとこないのなw
そう、それがドクダ巫女&トイレキラー!
誉めてくださっている読者様も居るので、あまり細かくは言えませんが……
「い、今に見てろぉっ!!」
って感じで(なんだそれ
あえて厳しいコメントをいただけたこと、心から感謝しております。
…これで、幻想郷の妖怪に太刀打ちするには、武器に『ドクダミを刷り込む』か『ドクダミ液』を使えばいいんだな…っとw
ところで妖夢の我慢してた尿はどうなっt(ry
かくして最強の座はドクダ巫女の手に…ってクッサ!!
ただ、ドクダ巫女の凄まじさに比べて妖夢がびみょんに情けなかった気が僅かに(汗
兎に角、完結おめでとうございます(礼
>がんばり入道ほととぎすっ
便秘対策ですか。尻を撫でられないように
特に藍様がかっこよかった。
しかし、次に合う時にはそれすら克服していることでしょう。
されど、永琳の薬=ドクダ巫女も増強していることでしょう。
パワーアップした二人は、そして幻想郷は・・・
というわけで、次回妄想タイトル
次回「トイレ滅亡の日」
「素晴らしきドクダミ世界~もう戻れない~」
「ドクダ巫女andトイレキラー~古き衣を脱ぎ捨て新世界へ~」
長くなってすみません
あんなドタバタがあったのに
平然と寝ていたとは・・・
ある意味偉大だ・・・(汗
そして臭い!!
さんざん暴れておいて乱入者と決着ついたらあっさり帰っていくあたりがますますそれっぽい
当分はドクダミ見るたびにニヤニヤしそうです