雲ひとつない青空を、目いっぱいに飛ばしまくった。
「うおおおりゃあああーー!!」
大声で叫んで、ついでに魔砲もぶっ放す! 不意に魔力を切って自由落下してみたり、まぁ文字通りの大暴れ。
とりあえずは力尽きるまでウサを晴らして、体力気力魔力思考力を全部一切空っぽにする事にしたのだ。
「はぁーあ……。疲れた……」
何時間くらい飛び回ったか分からん。とりあえず、目論見通りに空っぽになった。空っぽになりすぎて素で飛行できなくなったんでさすがに肝を冷やしまくったが、なんとか不時着できた。今は原っぱで大の字。
やれやれ……。ここまで消耗したのは久しぶりだ。今の状態じゃあ、お寒い氷精や真っ暗能天気妖怪にも遅れを取っちまうな。
うわ、今の私は実はピンチなんだな。霊夢みたいな化け物クラスの術者を相手にして負けても悔しいのに、そんな格下に屈した日には、うっかり首を括りかねん。
あー。そういや、あいつと初めて会った時も、顔を合わせるなり即バトルだったなぁ。まぁいつの話だったか、思い出したくないし思い出すべきでもない、今とは違うお話だが。
それはおいといて、あいつとの初バトルが、私にとって初めての敗北だったか。いやぁ懐かしいなぁ。滅茶苦茶悔しくて、初めて自分が負けず嫌いだって知ったよ。
とんでもなく強かった。あれから強くなろうと色々やってきたが、あいつは軽くその上を行きやがる。いかなる努力を以ってしても、遥か高みでそれを見下す才能。腹立たしいが、清々しくもある。けど悔しいから、やっぱりその上に行こうとする私が、存在していた。
強いよなぁ、うん。妖怪の中でも最高に凶悪とか言われる吸血鬼とか、幻想郷そのものすらぶっ潰せるようなトンデモ隙間妖怪とか、最強の代名詞みたいな鬼とか、そんなんにも勝ってんだよな、あいつ。本当に人間かよ?
「ふぅ……」
そういや、香霖を除いてみんながみんな、霊夢に負けてるのか。
……なんか閃きそうだな。
知人の殆どをぶっ倒してる博麗霊夢。なんともアレな話だが、それがみんなの共通点であり、その事実が、霊夢との関係を作っているんだ。
逆に、完膚なきまでに叩きのめしてみたらどうだろう? たまーにある、気まぐれが故の事故みたいな敗北じゃなくて、本当の本気の勝負で、真の意味で負けたら、あいつはどう思うだろう?
非常に興味がある。本当に追い詰められた博麗霊夢の姿を、私は想像すら出来ないから。
――――負かしてみたい。負けた霊夢を見てみたい……!
弾幕ごっこは遊びではあるが、真剣勝負でもある。その勝負で本気を出させて、それを打ちのめすのだ。レミリアにも紫にも萃香にも出来なかった事を、私がやってみれば……?
「それだ! それしかない!!」
思わず大声を出して飛び起きる。
あいつを倒す。それが出来れば、あいつを真の意味で負かした唯一の存在として、私はあいつの特別になるじゃないか! そうすれば、おのずと答えが見えてくるかもしれない!!
力が湧いてきたぜ! 善は急げ、そうと決まれば早速! …………、どうしよう?
勝とうと思って勝てる相手なら、とっくの昔に屈辱を食わせてるさ。それが出来ないから、私は隠れて血を滲ませてるんじゃないか。
誰かに聞くか? まぁ人に相談するのは悪い手じゃないし、現に香霖に相談して打開策を得た。問題は誰に相談するかだな。
出来れば、霊夢を倒す方法ではなく、私が強くなる方法という線で相談したい。あまりおおっぴらに、打倒霊夢を掲げたくないしな。ま、簡単に強くなる方法を探してるみたいだし、根性なしみたいであまり好ましくないんだが……。
「そういえば……」
幽々子。ありゃなんであんなに強いんだ? 『元人間の亡霊』ってのが、他の三つに比べて非常に弱い印象があるから例に出さなかったが、あいつもかなりの力を持ってる。庭師もだ。
幽霊って強いのか? 私も半分幽霊になったら強くなるだろうか? 真っ平御免だが、話くらい聞く価値はあるかもしれない。
「よっしゃ、目指すは白玉楼だな!」
とりあえず飛ぶだけの魔力を充填した私は、遥か天空の決壊してる結界の向こう側へと向かうことにした。
§
「妖夢。カステ~ラもっと食べなさい」
「ええ、いただきます。幽々子さま」
昼下がり、私は幽々子さまと二人で、食後のお茶を楽しんでいた。
どこから入手したかは不明だが、幽々子さまは嬉しそうに、とっておきのお菓子を私に分けてくれたのだ。
幽々子さまはいつでも機嫌良さげだが、今日は一段と気分が高揚しているようで、自然とフワフワ浮いていた。上機嫌に理由はないだろう。天気が良いから嬉しい。とか、そういう何でもない事を楽しめる人だから。
当然、幽々子さまが楽しそうな日は私も気分が良い。
良い日だ。私はささやかな幸せを噛み締めていた。
どうか、このまま平穏に、今日という日が終わりますように……。
そう願ったコンマ一秒後に、そいつは遥か上空から、流星のようにやってきた。
「たのもーう!!」
すさまじい爆発音と共に、屋敷が揺れる。
私は言うに及ばず、幽々子さまも何事かと庭のほうへ駆け出した。
そしてその光景に、私は絶句する。
土砂の雨を降らせて、白黒の魔法使いが埋まっていたのだから……。
「何してんのよ?」
「埋まってるんだ」
斬ってやろうかと思った。
平穏なんて、所詮儚い夢なんだ……。
§
長い長い石造りの階段と、その上に広がる見渡す限りの広大な日本庭園。冥界の空気は、穢れのない幻想郷のそれと比べても遥かに澄んでいて、景色のすべてが透き通っているように錯覚してしまう。
大小様々な魂魄が、泳ぐようにゆらゆら浮いていて、この場においてそれだけが下の大地と違う世界である事を認識させてくれる。
空気が美味い。……私は箒の上に器用に立ち、馴染んだ空とはまったく異質のそれを見上げた。
何も聞こえない。命を表す音は無く、生亡き音は耳にも残らないが、何処か心地良くて不思議な感じがする。
目を閉じれば一片の光も射し込まず、私の中で『完全な世界』が完成したかのように思えた。
此処は死者の楽園だ。本来、生者の自分が踏み入る事を許されない。『霧雨魔理沙と言う名の私』には永遠に縁のない筈の場所だ。
そんな概念があるかは疑問だが、空を飛び回る魂魄たちは楽しそうだと思った。
或いは、此処こそが、真の意味での、理想郷。
生とは穢れ。それすら存在しないこの冥界は、幻想郷においても尚幻想。理想郷においても尚理想なのかもしれなかった。
こんなこと。前に来たときはどたばたしすぎて、まったく感じ取れなかったけれど……。
此処は、いい場所だな。
……なーんて耽ってみたりしたが、私はそんな感慨に浸るために来たわけでは断じてない。
空気が美味いとか霊魂が楽しそうだとかは二の次で、私は寄り道なしに、白玉楼の大きなお屋敷に、奴らを訪ねてやってきたのさ!
「たのもーう!!」
重低音と共に地面が揺れる。
張り切りすぎたぜ。地面が抉れて、土が文字通り土砂降りだ。腰が半分埋まってしまった。
程なくして、バタバタとあわただしい足音が聞こえた。実に面倒なく、目的の連中と会えたわけだ。
「何してんのよ?」
「埋まってるんだ」
あ、妖夢の顔が怖い。冗談の通じない奴だな。
「よっこらしょっと」
話が進まないし、埋まってる趣味はないので這い上がる。
「これはまた、珍しいお客さんねー」
「だろう? 今なら希少価値抜群だぜ」
「それは、その内なくなっちゃうって事かしら? それは少し残念ね」
「んー。面白い本とかがたくさんあれば、頻繁に押し入るかもだぜ」
「それなら無問題ね。白玉楼の蔵書は半端じゃないわよ? 冥界にしかない本もたくさんあるわ」
「じゃ、これから常連だな」
「冥界はいつでもウェルカムよー」
「死んでから来い」
「冷たいな、妖夢は」
さて、とりあえず茶を一杯もらうとしよう。さっき香霖堂で飲んだばかりだが、こういう屋敷に来たら、熱いお茶を飲まないと気分が乗らないんだ。
「コラ、勝手に上がるな! 庭を戻してけ!!」
「庭の掃除は妖夢の仕事よ?」
「だな」
「幽々子さま、それは酷すぎます……」
幽々子と仲良く居間へ。妖夢も渋々ついて来た。幽々子が歓迎したのだから、妖夢には文句を言える権限がなくなったのだ。そのまま、当たり前のような流れでお茶と茶菓子をご馳走してもらった。妖夢が非常に不愉快そうだったが、ほっとこう。
「今日のお菓子はカステ~ラよー」
「緑茶と言ったら饅頭か煎餅だろ?」
「羊羹もアリだと思う」
「ああ、それも良いな」
なんて文句みたいに言っても、美味しくいただくわけだが。
「で、本当にどういう用件で来たのよ?」
リスのように頬を膨らませながらモグモグする幽々子を見物していると、痺れを切らしたように妖夢が切り出してきた。
「私は割と、暇つぶしに色んなところに行くけどな」
「じゃ、庭のアレ始末してってよ、暇つぶしに」
「冗談だ、用件はちゃんとある」
危うく妖夢の仕事を手伝わされる所だったぜ。妖夢は冗談に本気で返すから、基本的には楽しいが時折怖くて油断ならない。
「実はかくかくしかじか……」
「まじめに話せ」
「むっ。軽いジョークじゃないか」
「古いわねぇ」
「仕方ないな。長くなるから面倒なんだが……」
そう前置きすると、妖夢はうんざりしたようなため息を吐きつつも、真剣な眼差しで聞く体勢を整えた。幽々子は、モグモグしていた。
「実はな……。今、手っ取り早く強くなる方法を探している」
「はぁ?」
「なんか、ないかな?」
失礼な事に、妖夢が心底呆れ返っていた。何が癪に障るかって、幽々子ですらポカンとしていた事だ。そんなに頭の悪い発言だったか、今の?
「それだけ?」
「おう」
「帰れ」
「酷いぜ」
「長くもないしねぇ」
幽々子はやんわりと笑って、再びカステ~ラをモグモグし始めた。妖夢は……呆れるを通り越して、訝しんでいるようにも見える。
一応は真剣な問いなので、妖夢は一応は真剣に考えてくれたようだ。
「強くなるのに近道がない事なんて、魔理沙が一番よく分かってると思うんだけど。何でそんな事を聞くんだ?」
考えてたのはそっちか。
なんでって、『霊夢を倒して特別になりたいからだ』なんて、言えるか?
「禁則事項です。お答えする事が出来ません」
事務的な口調で質問を却下した。
「……。じゃあ、なんで突然、強くなりたいなんて思ったんだ?」
「禁則事項です」
「なんで私たちを訪ねてきたの?」
「禁則事項です」
「手っ取り早く強くなれたとして、その力を何に使うつもり?」
「禁則事項です」
「っ! 何なんだ、その禁則事項って!?」
「禁則事項です」
「斬る」
「待て待て待て! 軽いジョークだって言ってるだろーが!!」
刀に手をかける妖夢を慌てて制止する。
いかん。気をつけてるつもりなのに、無意識に冗談を言ってしまうぜ……。
「ホントになんのつもりよ、それ」
「紫が持ってきた外界の文献に書いてあったんだ。答え難い質問をされた時に使うと効果的らしい」
本当は人差し指を口元に当てて、ウィンクしながらがやるのが最良らしいが。
「紫さま……」
いや、そんな頭抱えんでもいいじゃないか。紫の行動が突拍子もなくて理解不能なのは今に始まった事じゃないし。
「冗談は此処までにしといて……」
「自分で始めといて……」
さすがに、これ以上話が進まないのは私も疲れる。本題に入るとしよう。
「強くなりたい理由は聞かないでくれ。ここに来たのはな、幽々子が意外に強かったのを思い出したからでさ」
「あら、意外というのは失礼ね」
珍しく不機嫌そうな声を出す幽々子。とは言っても、頬をパンパンにして租借しながら気分を悪くされても、これっぽっちも罪悪感が沸かない。食べかすついてるし。
「いや、お前って元々人間だろ? それなのにレミリア並みに強いしさ。幽霊になるとそんなに強くなるのかなーって」
「魔理沙も幽霊になる?」
「それは遠慮するぜ。肝心なのは、幽霊になると強くなると仮定して、その要因をなんとか利用して、生きたまま強くなれないかって事なんだが」
「無理ねー」
即答された。というかこいつ、咀嚼運動してるクセに、まったく淀みなく喋ってやがる……!?
「私は元は人間だけど、今は『元人間』の幽霊でしかないの。人間だった事なんて関係ないわ。私の事は『元人間』ではなくて、始めから『亡霊』と言う種族であると考えた方が良いわね」
「そっか。死んだら不思議パワーが身につくわけじゃないんだな」
「なんなら試してみる?」
「遠慮するぜ」
まぁ根本的に、人間だからって吸血鬼未満であるというのは、必ずしも絶対の法則ではないわけで。そもそも霊夢が吸血鬼以上だしな。
お門違いだったわけだ。まぁ、ハナから有効な当てがあるわけじゃないから、別にハズレでもなんでもないからいいか。
「強くなると言ったらアレよ」
モグモグを再開した幽々子が、ピーンと人差し指を伸ばす。
「必殺技」
私と妖夢は、一瞬目を丸くしてしまった。
「紫が持ってきた外界の文献に、人間は必殺技を身に付けて強敵を打ち倒すものだって例が沢山あったわ」
「ほほーう……」
必殺技、ねぇ。良い響きだが、簡単に身に付けられるものじゃないよなぁ。
「ああ、そういえば……」
妖夢は突然立ち上がり、箪笥のそばに置いてある葛篭を漁り始めた。
あった。と呟き、妖夢は一枚の紙切れを持って戻ってきた。
「紫さまに聞いた話なんだけど、外界にはどうやら沢山の必殺技が存在するみたい」
紫は一体何をやってんだ?
妖夢が紙切れを渡してくれる。私は二つ折りのそれを広げ、目を通した。
「htt(自主規制)ki.k(自主規制)e.com/? なんだコレ、暗号か?」
「紫さまは、『ありとあらゆる必殺技が乗ってるホームページのアドレスよ』って言ってたけど」
「ほーむぺーじ? あどれす?」
眉間にしわを寄せながら聞き返すと、妖夢も腕を組んで唸り始めた。よく分かってないんだな。
「確か、こんぴゅーたーがどうとか……」
「コンピューター? 外界の式神の事か?」
ちょっと前、香霖の奴が興味を示していたのを思い出す。やたら熱心に考察していたな。
「式神? じゃあこれは、その式神を動かす為の駆動式なのかな?」
「じゃあこの暗号は外界特有の方程式か。この式でコンピューターを起動させると、外界に伝わるあらゆる必殺技を披露してくれたりするのか?」
「へぇー」
私たちは二人で関心してしまった。うーん、前に香霖が話していた時は微塵も興味沸かなかったのに、少し見てみたくなってきたぜ、コンピューター。
「外界って凄いんだな!」
「私、ちょっぴり外界を見直したよ」
あんまり良いイメージがなかった外界の株が急上昇だ。
「とは言え、役に立たんぜ」
「あくまで外界の式神だからね」
「つかえねーな、コンピューター」
外界、あっという間にイメージダウン。
「しかし必殺技か。方向性は良いな」
ひとつ強力な新スペルを用意しておけば、霊夢もビックリしてコロッと落ちるかもしれないしな。
問題は、それをどこでどうやって覚えるかが問題だが……。
「必殺技を身に付けると言えば」
ビシッ! と人差し指を伸ばす幽々子。
だからなんで口に物が入ったままそんなに流暢に喋れるんだ、このオバケは?
「師匠よ」
「永琳?」
「違うわ、必殺技を教えてくれる先生よ」
「人に習うのか。あんまり好きじゃないな」
借りを作ってる気がするんだよな。魔法の勉強も弾幕の修行も、一人でやるのが習慣になってるし。
「なりふり構わないのなら、誰か心当たりを訪ねればいい。構うのなら、なんとか一人で模索するべきだと思うけど」
「割と構ってられないな」
別に次の宴会がタイムリミットなわけじゃないけれど、なんとなく逸るんだ。一刻も早く、霊夢を負け犬にしてやりたい……!
「よし、その線で行こう」
手っ取り早く強くなる方法として、誰かのスペルを伝授してもらうと言う解答を得たわけだ。
なんだ、来た甲斐があったじゃないか。
「問題は誰に教えを乞うかだけど」
「魔理沙といえば、魔法使い。魔法使いの師匠といえば魔法使いよ」
パチュリーかアリスか。どっちかといわれれば、ドールマスターのアリスよりもスペルマスターのパチュリーの方が方向性としては合ってる。
ふぅむ。間違いなく嫌がられるな。どうやって師事を仰いだものか。
「ま、すべては行ってみて、だな」
結論に至れば即行動が信念だ。私はお茶を一気に飲み干すと、勢いよく立ち上がった。
「もう行くのか?」
「ああ、世話になったな」
「お役に立てたのなら幸いね」
「また来るぜ、本を借りにな」
「死後の世界はいつでも貴方を待ってるわ♪」
「それは遠慮するぜ」
そして私は旅立った。死者が舞い踊る天の国から、地獄の化身が棲まう紅い館へと。
「あ、庭の穴……!」
「庭掃除は妖夢の仕事ねー」
「そ、そんな……」
まさか私が出て行ったあとのこのやり取りが、次の来訪時に妖夢に全力で斬りかかられる伏線になってるなんて、この時の私には夢にも思わなかった。ま、それはまた別の話。
§
人里からは遠く遠く離れた、多くの妖精が住まう幻想の湖。
その広大な水面の上に、ポツンと存在する島。割と広いが、その湖に於いてはあまり存在感のない島に、あまり大きくない館が一軒。勿論、一世帯の家としては充分すぎるほど大きいのだが。
その名は紅魔館。文字通り、紅い色をした飲血の悪魔が棲む異界である。
いつかの妖霧が取り巻いていなくとも、その館は、あるだけで人を凍え死なせる程に冷たい妖気を発していた。
その異界で、人間という存在は捕食されるだけの哀れな弱者でしかない。館の主は言うに及ばず、その従者も同居人も門番も、すべての存在にとって、人間はただの餌だった。
ただ一人の例外は、人としての魂の在り方を忘れた従者の長。
しかしここ最近は、更に二人の例外が現れた。
一人は、魂すらも重力から解放された奔放な巫女。
そしてもう一人が、汎用突貫型恋色魔法少女と呼ばれるこの私、霧雨魔理沙である!
「たのもーう!!」
館はおろか島全体を揺るがすほどの衝撃と爆音を以ってして、私はピンポイントで目的の人物(人間じゃないが)がいるであろう魔法図書館へとDIVE TO SCARLET。
「な、何事ですかー!?」
間髪入れず、可愛らしくも慌しい声が近づいてきた。
赤い髪で悪魔の翼を生やした女の子が、私の傍まで寄ってきたのだ。
「ま、魔理沙さん!?」
「よ、こぁ。こんちー」
「こ、こんにちは。って、なんですかこの状況は! なんて事するんですかぁ!?」
私の周囲の惨状を見て涙目になる小悪魔。まぁ壁も床も大穴が開いてるからな。管理人のパシリの身としては、泣きたくなるのも無理からぬ事よ。
「おや、これはまた酷い有様だな……」
別方向から、もうひとつ声が聞こえた。
「よ、こぁ姉。こんちー」
「ああ、こんにちは魔理沙さん」
小悪魔と同じ風貌。ただ髪が長いか短いかの違いしかないもう一人。こっちもパチュリーの使い魔的存在だ。私は割と落ち着きがなく泣き虫なショートカットの方をこぁ、常に冷静沈着なロングヘアーの方をこぁ姉と呼んでいる。
「姉さまぁ、魔理沙さんがぁ……」
「見れば分かるからいちいち泣かない。しかし、此処は咲夜様の能力で空間が捻じ曲がっているのに、それを力ずくでぶち壊して突貫してくるとは。相変わらずのバカ出力ですね」
「いやぁ、照れるぜ」
「皮肉七割ですが」
あー、相変わらず客に対して失礼な奴だ。まぁ主人が主人だからな。
「で、何をしてるんです?」
「床に埋まってるぜ」
「それは埋まってるって言わないんじゃ……」
それもそうだ。
私だってこんな趣味はないので、さっさと床から脱出して宙を浮く。室内だって言うのに、相変わらずトンデモない広さだ。言うまでもなく、これはメイド長が空間を弄っているからである。
「まぁいつもの事ですから、この破壊活動の件に対する責任追及は後回しにしましょう。で、また本を盗みに来たんですか?」
「失礼な。借りてるだけだ。私が死ぬまでな」
何百回も言ってる気がするぜ。
二人の小悪魔は、各々に疲れたような態度を取る。まぁ気にしないでおこう。
「今日はパチュリーに用事があって来たんだ」
「主に?」
「パチュリー様は、今熱心にクロスワードやってますよ」
何やってんだあいつは……?
「こちらです」
こぁについて、広大な図書館を飛ぶ。あー、今日は本を漁るのが目的じゃないと言うのに、目移りしちまうぜ。
「パチュリーさまー」
「……なに?」
パチュリーは、彼女が使うにしては大きくて立派な、しかしこの図書館の中ではあまりにもちっぽけに見える机の上で、こっちに視線もくれずに本とにらめっこしていた。
「よー、来たぜー」
「……」
挨拶すると、チラリと一瞥だけ寄越す。
「おい、あんまりにもあんまりじゃないか、その態度は?」
いつもはもっとこう、歓迎はしてくれる。主に弾幕による攻撃とかで。が、ほとんど無視というのは珍しいというか。
「なんの用事で来たのです、魔理沙さん?」
見かねたのか、こぁ姉が助け舟を出してくれる。まぁあっちにしても話が進まないのは困るんだろう。
「実はな、パチュリーに弾幕の師匠になってほしくて参上したんだ!」
「はぁ?」
こぁは元より、こぁ姉も大口を開けて呆然とした。まぁ、気持ちは分かるぜ?
「突拍子もないのは百も承知だがな。とある事情で、あと三日以内に新しい必殺技を身に付けなきゃいけないんだ!!」
さっきも言ったが、次の宴会がタイムリミットってわけでもなんでもないがな。それはやはり言わないでおく。
「本当に貴方は唐突だ……」
「毎日フラフラしてるように見えるだろうが、これでも一日二十四時間生きてるんだ。おまえらの知らないところで色々あるのさ、私もな」
「ふむ……」
まぁそれはともかく。さっきから会話してるのはこぁ姉だけで、こぁは色々リアクションを取るだけ、パチュリーにいたってはまだ無視である。
「おいパチュリー、話を聞けよ」
「はいはい聞いているわよ、それは美味しそうね」
「相槌が話題に掠りもしてねぇよ! クロスワードやってないで話を聞け!」
耳元で叫ぶと、パチュリーはようやくこちらの方に視線を移した。
「魔理沙、ひとつだけ質問に答えて」
きわめて真剣で、私は思わず気圧された。
「な、なんだ?」
「縦の問題。真夏の夜の夢に出てくる登場人物、オ○○ンって、オッサンで良いの?」
「クロスワード止めろっつってんだろうが!」
「常識で考えてオッサンはありえませんよパチュリーさま!」
「オベロンですね……」
マジに殴ってやろうかと思った瞬間だった。
「パチュリー様、このままでは話が進みません。魔理沙さんが暴れる前にお話を聞いてあげてくださいー!」
泣き声をあげながら、何処か引っかかる言い方をしてパチュリーを説得してくれるこぁ。
「仕方ないわね……。で、必殺技?」
「おう! 手っ取り早くパワーアップしたいんだ!」
グッと拳を握ってやる気をアピールすると、その想いとは裏腹に嘆息が返ってきた。
「色々とツッコミどころ満載だけど、なぜ私のところに?」
「お前魔女じゃないか。私は魔法使いだ」
「……そう」
額を押さえて、何か考え事をするパチュリー。
「貴方、確か知り合いに悪霊みたいなのがいたんじゃなかったかしら? その人に頼んでみたら?」
「悪霊? 心当たりがないぜ?」
「いたでしょ? 魅魔とか言う名前の」
「みま……? はて、何を言ってるのかね君は?」
「貴方が何を言ってるの?」
「知らないって言ってんだよ! 空気読めよ!!」
「なんでキレられなきゃいけないのよ……」
今までにない深いため息を吐くパチュリー。
「まぁ考えないこともないけれど、報酬は?」
「借りてた本を返すぜ。明日にでも」
「……本来は私の物なんだから、それを返すのを報酬とされるのもアレだけど……。本当に、明日返してくれるの?」
「ああ、嘘は言わない。今はそれくらい厳しい状況なんだ」
そう、私は嘘は言わない。此処から持っていった大量の本は、明日ちゃんと持ってくる。
まぁ直後に同じ本を借りていくわけだが、嘘にはなるまい。
「ま、良いわ。……それにしても、必殺技、ねぇ……」
「要するに新しいスペルだな。おまえの得意の魔法の駆動式を伝授してはくれまいか?」
「無理ね」
即答された!
「私のスペルは五行や惑星を模したもの。万物を操作する特殊で複雑なものだもの。よほど器用な魔女でも一朝一夕で使えるものじゃないんだから、人間の魔法使いじゃ規格外。それに、貴方にそんな器用さはないでしょう?」
「うっ」
口惜しいがその通りだ。私は正直言って、不器用な部類に入る魔法使いだろう。パチュリーの多種多様な弾幕には遠く及ばないのは自覚している。アレはまがりなりにも永い年月を生きたパチュリーだけの妙技だから。
が、だからこそ師事に値するのではないだろうかと私は思うのさ。今までたくさんの相手と弾幕ごっこを繰り広げたが、パチュリーほど豊富なパターンを持った奴はいない。
「残念ね、貴方にスペルの伝授は無理そうよ」
「待て待て、やってみなくちゃわからんぜ」
「そうは言ってもね……」
「試すくらいは良いだろう?」
諦める訳にはいかないからな。理屈じゃ無理っぽい事くらい、私だって自覚しているものの、無理を通すくらいの無茶をしなきゃ、短期間であいつに勝てるとは思えない。
パチュリーは少し唸ってから、一枚のカードを取り出した。
「……じゃあ、これを発動してみなさい」
それを受け取って、私は思わず顔を顰めた。……なんだか、内容が凄く重いな、コレ。
「日符か。試すならもっと小技にした方がいい気がするが……」
「あら、新必殺技を欲しがってるのに、そんなおとなしい札で満足するの? それとも、貴女には少しハードルが高すぎるかしら?」
「(ムカッ)あー? 上等だ。見事発動して、この札借りてくぜ」
私は一度こいつに勝った経歴があるんだ。パチュリーに使えて私に使えないなんて道理はないさ。
私は精神を集中させながら、魔力を札へと注入する。
「いざ! 日輪の力を借りて、今、必殺の! ロイヤルフレアァアー!!」
ポフン。
「……」
「可愛い必殺技ね」
「今のは練習だ」
初めて使う上に他人のスペルカードだ。最初から上手く行くはずはないさ。
「次はコレで行ってみたら?」
「サイレントセレナか……。月といえば星。星、宇宙、ロマン、夢、風香る、魔理沙」
「何言ってるの?」
「とにかくやってみるか。行くぜ、うおりゃああぁ!!」
シャララン♪
「さっきよりはマシな効果音ね」
「五十歩百歩だぜ……」
駄目だ。使いこなす以前に発動すら出来ない。
「仕方ないわね。元々規格が違うもの」
分かってたとばかりに肩を竦めるパチュリー。くそぅ、情けない。まさか此処まで技量に差があるとは思わなかったぜ……。
「これはやはり、私のスペルを取得するよりも、貴女が体得しているスペルを強化、改良する方向で考えたほうが無難みたいね」
「うー、私の完全新技が……」
ガッカリだが仕方ない。今の感じじゃ、数日中どころか一生かかっても難しそうだ。それくらいの手ごたえを感じ取った。
パチュリーは、早々に次の手を考え始める。
まぁ良いか。私の決め技はあくまで魔砲だ。私の中の最強になる新技は必要ないしな。
「貴方は星を模した爆弾と、高圧収束の光線が得意よね?」
「爆弾とは酷い言い草だな」
「人の弾幕に触れて爆発するような魔弾なんて、爆弾で充分よ」
抗議に対して、こっちが不満だといわんばかりに睨まれる。
まぁ威力を褒められていると考えるべきか?
「私の基本はその二つだな」
というか、殆どそれしかないのだが。
「じゃあ、どちらかといえば光線系の技を伝授した方がいいかしら? カードじゃないけれど、私の魔法には光線系の技もあるし……」
「あー。あの問答無用で周囲をなぎ払う全方位レーザーだな」
「問答無用さに関しては貴方に負ける」
私の台詞を軽く流すパチュリーとは裏腹に、私はとてもとても気まずい気分になっていた。
冥界の春騒ぎの時に、アレを模した恋符を既に実践した事がある。……無断で真似たなんて、とても言えないが。
「あれを基準にして貴方なりにアレンジすれば、貴方なりの必殺技が完成するはずよ」
あー、心が痛いぜ。
まぁアレだ。本家に習って、改めて私なりのパワーアップをさせれば、まぁ必殺技と呼べなくもないかもしれない。
「じゃ、頑張ってね」
「えっ!? 教えてくれないのか!?」
「私は道を提示した。貴方の魔法を改良するのだから、貴方が一人で頑張れば良い」
うわ、想定外だぜ。バトル物にありがちな汗臭い修行とか期待してたのに!
「その魔法教えてくれないと、私も次の段階に進めないぜ?」
「貴方が私の魔法を模した事くらい、咲夜から聞いています」
あのメイド長め、余計な事をくっちゃべりおって!
おのれ、次の宴会では真っ先に酔い潰れさせて、恥ずかしいシーンを心に保管してやる!
「はぁ……。仕方ない、私一人でやるよ」
まぁ気楽といえば気楽か。
「そうね。一人で出来る事を人に頼って、借りを作るのは貴方らしくないわ」
「あー? 本は返すって言ってるだろ?」
「いらないわ。どうせ返した瞬間借りるって言って持っていくんでしょ?」
何もかもお見通しでしたか。
「お見それしました」
「貴方も、もっと魔法使いとして切磋琢磨しなさい」
最後の最後で、本当にこの女は私の師匠になれる奴なんだなと納得した。
§
博麗神社で行う宴会は明日。霊夢は一人、のんびりとお茶の時間を楽しんでいた。
(こんな静かな時間が、ずっと続けば良いのに……)
心からそう思っていた。訪問者は誰一人としていなく、萃香も何処かをブラついている。
が、明日は宴会。
まぁ騒ぐなら好きにすればいい。自分の家の境内が宴会場でなければ、自分も心から楽しみに出来ただろうにと、少し残念に思う。
だが、宴会前は随分と気楽なものだ。食器と焚き火用の薪さえ用意しておけば、食料も酒も他の連中が持ってくるのだから。ただで呑み食いし放題なのは非常に大歓迎。それがなかったら、全員力ずくで叩き出しているだろう。
「れーいーむーー!!」
騒がしいのは突然やってきた。
縁側に座る霊夢の目の前に、スタッと着地するのは魔理沙であった。
「勢いよく地面に突っ込むと思ったか? 甘いな、三度はやらんぜ」
「何言ってんの?」
「来たぜ、霊夢」
「早すぎよ」
いくら幹事とは言え、こんなに早く家に来てどうするか。
「いや、ちょっとお前に用事があってさ」
「なによ、改まって?」
やけに真剣な表情に、霊夢は怪訝な顔をする。
「いや、日頃から世話になってるお前に、ちっとプレゼントをしようかと思って」
「はぁ?」
ますます訳が分からない。先日後片付けを手伝ってくれた事といい、魔理沙の言動が、少し変に思える。
魔理沙は、ニヤリと笑ってこう言った。
「おまえに、敗北をプレゼントしよう!」
「超いらねー」
「うおおおりゃあああーー!!」
大声で叫んで、ついでに魔砲もぶっ放す! 不意に魔力を切って自由落下してみたり、まぁ文字通りの大暴れ。
とりあえずは力尽きるまでウサを晴らして、体力気力魔力思考力を全部一切空っぽにする事にしたのだ。
「はぁーあ……。疲れた……」
何時間くらい飛び回ったか分からん。とりあえず、目論見通りに空っぽになった。空っぽになりすぎて素で飛行できなくなったんでさすがに肝を冷やしまくったが、なんとか不時着できた。今は原っぱで大の字。
やれやれ……。ここまで消耗したのは久しぶりだ。今の状態じゃあ、お寒い氷精や真っ暗能天気妖怪にも遅れを取っちまうな。
うわ、今の私は実はピンチなんだな。霊夢みたいな化け物クラスの術者を相手にして負けても悔しいのに、そんな格下に屈した日には、うっかり首を括りかねん。
あー。そういや、あいつと初めて会った時も、顔を合わせるなり即バトルだったなぁ。まぁいつの話だったか、思い出したくないし思い出すべきでもない、今とは違うお話だが。
それはおいといて、あいつとの初バトルが、私にとって初めての敗北だったか。いやぁ懐かしいなぁ。滅茶苦茶悔しくて、初めて自分が負けず嫌いだって知ったよ。
とんでもなく強かった。あれから強くなろうと色々やってきたが、あいつは軽くその上を行きやがる。いかなる努力を以ってしても、遥か高みでそれを見下す才能。腹立たしいが、清々しくもある。けど悔しいから、やっぱりその上に行こうとする私が、存在していた。
強いよなぁ、うん。妖怪の中でも最高に凶悪とか言われる吸血鬼とか、幻想郷そのものすらぶっ潰せるようなトンデモ隙間妖怪とか、最強の代名詞みたいな鬼とか、そんなんにも勝ってんだよな、あいつ。本当に人間かよ?
「ふぅ……」
そういや、香霖を除いてみんながみんな、霊夢に負けてるのか。
……なんか閃きそうだな。
知人の殆どをぶっ倒してる博麗霊夢。なんともアレな話だが、それがみんなの共通点であり、その事実が、霊夢との関係を作っているんだ。
逆に、完膚なきまでに叩きのめしてみたらどうだろう? たまーにある、気まぐれが故の事故みたいな敗北じゃなくて、本当の本気の勝負で、真の意味で負けたら、あいつはどう思うだろう?
非常に興味がある。本当に追い詰められた博麗霊夢の姿を、私は想像すら出来ないから。
――――負かしてみたい。負けた霊夢を見てみたい……!
弾幕ごっこは遊びではあるが、真剣勝負でもある。その勝負で本気を出させて、それを打ちのめすのだ。レミリアにも紫にも萃香にも出来なかった事を、私がやってみれば……?
「それだ! それしかない!!」
思わず大声を出して飛び起きる。
あいつを倒す。それが出来れば、あいつを真の意味で負かした唯一の存在として、私はあいつの特別になるじゃないか! そうすれば、おのずと答えが見えてくるかもしれない!!
力が湧いてきたぜ! 善は急げ、そうと決まれば早速! …………、どうしよう?
勝とうと思って勝てる相手なら、とっくの昔に屈辱を食わせてるさ。それが出来ないから、私は隠れて血を滲ませてるんじゃないか。
誰かに聞くか? まぁ人に相談するのは悪い手じゃないし、現に香霖に相談して打開策を得た。問題は誰に相談するかだな。
出来れば、霊夢を倒す方法ではなく、私が強くなる方法という線で相談したい。あまりおおっぴらに、打倒霊夢を掲げたくないしな。ま、簡単に強くなる方法を探してるみたいだし、根性なしみたいであまり好ましくないんだが……。
「そういえば……」
幽々子。ありゃなんであんなに強いんだ? 『元人間の亡霊』ってのが、他の三つに比べて非常に弱い印象があるから例に出さなかったが、あいつもかなりの力を持ってる。庭師もだ。
幽霊って強いのか? 私も半分幽霊になったら強くなるだろうか? 真っ平御免だが、話くらい聞く価値はあるかもしれない。
「よっしゃ、目指すは白玉楼だな!」
とりあえず飛ぶだけの魔力を充填した私は、遥か天空の決壊してる結界の向こう側へと向かうことにした。
§
「妖夢。カステ~ラもっと食べなさい」
「ええ、いただきます。幽々子さま」
昼下がり、私は幽々子さまと二人で、食後のお茶を楽しんでいた。
どこから入手したかは不明だが、幽々子さまは嬉しそうに、とっておきのお菓子を私に分けてくれたのだ。
幽々子さまはいつでも機嫌良さげだが、今日は一段と気分が高揚しているようで、自然とフワフワ浮いていた。上機嫌に理由はないだろう。天気が良いから嬉しい。とか、そういう何でもない事を楽しめる人だから。
当然、幽々子さまが楽しそうな日は私も気分が良い。
良い日だ。私はささやかな幸せを噛み締めていた。
どうか、このまま平穏に、今日という日が終わりますように……。
そう願ったコンマ一秒後に、そいつは遥か上空から、流星のようにやってきた。
「たのもーう!!」
すさまじい爆発音と共に、屋敷が揺れる。
私は言うに及ばず、幽々子さまも何事かと庭のほうへ駆け出した。
そしてその光景に、私は絶句する。
土砂の雨を降らせて、白黒の魔法使いが埋まっていたのだから……。
「何してんのよ?」
「埋まってるんだ」
斬ってやろうかと思った。
平穏なんて、所詮儚い夢なんだ……。
§
長い長い石造りの階段と、その上に広がる見渡す限りの広大な日本庭園。冥界の空気は、穢れのない幻想郷のそれと比べても遥かに澄んでいて、景色のすべてが透き通っているように錯覚してしまう。
大小様々な魂魄が、泳ぐようにゆらゆら浮いていて、この場においてそれだけが下の大地と違う世界である事を認識させてくれる。
空気が美味い。……私は箒の上に器用に立ち、馴染んだ空とはまったく異質のそれを見上げた。
何も聞こえない。命を表す音は無く、生亡き音は耳にも残らないが、何処か心地良くて不思議な感じがする。
目を閉じれば一片の光も射し込まず、私の中で『完全な世界』が完成したかのように思えた。
此処は死者の楽園だ。本来、生者の自分が踏み入る事を許されない。『霧雨魔理沙と言う名の私』には永遠に縁のない筈の場所だ。
そんな概念があるかは疑問だが、空を飛び回る魂魄たちは楽しそうだと思った。
或いは、此処こそが、真の意味での、理想郷。
生とは穢れ。それすら存在しないこの冥界は、幻想郷においても尚幻想。理想郷においても尚理想なのかもしれなかった。
こんなこと。前に来たときはどたばたしすぎて、まったく感じ取れなかったけれど……。
此処は、いい場所だな。
……なーんて耽ってみたりしたが、私はそんな感慨に浸るために来たわけでは断じてない。
空気が美味いとか霊魂が楽しそうだとかは二の次で、私は寄り道なしに、白玉楼の大きなお屋敷に、奴らを訪ねてやってきたのさ!
「たのもーう!!」
重低音と共に地面が揺れる。
張り切りすぎたぜ。地面が抉れて、土が文字通り土砂降りだ。腰が半分埋まってしまった。
程なくして、バタバタとあわただしい足音が聞こえた。実に面倒なく、目的の連中と会えたわけだ。
「何してんのよ?」
「埋まってるんだ」
あ、妖夢の顔が怖い。冗談の通じない奴だな。
「よっこらしょっと」
話が進まないし、埋まってる趣味はないので這い上がる。
「これはまた、珍しいお客さんねー」
「だろう? 今なら希少価値抜群だぜ」
「それは、その内なくなっちゃうって事かしら? それは少し残念ね」
「んー。面白い本とかがたくさんあれば、頻繁に押し入るかもだぜ」
「それなら無問題ね。白玉楼の蔵書は半端じゃないわよ? 冥界にしかない本もたくさんあるわ」
「じゃ、これから常連だな」
「冥界はいつでもウェルカムよー」
「死んでから来い」
「冷たいな、妖夢は」
さて、とりあえず茶を一杯もらうとしよう。さっき香霖堂で飲んだばかりだが、こういう屋敷に来たら、熱いお茶を飲まないと気分が乗らないんだ。
「コラ、勝手に上がるな! 庭を戻してけ!!」
「庭の掃除は妖夢の仕事よ?」
「だな」
「幽々子さま、それは酷すぎます……」
幽々子と仲良く居間へ。妖夢も渋々ついて来た。幽々子が歓迎したのだから、妖夢には文句を言える権限がなくなったのだ。そのまま、当たり前のような流れでお茶と茶菓子をご馳走してもらった。妖夢が非常に不愉快そうだったが、ほっとこう。
「今日のお菓子はカステ~ラよー」
「緑茶と言ったら饅頭か煎餅だろ?」
「羊羹もアリだと思う」
「ああ、それも良いな」
なんて文句みたいに言っても、美味しくいただくわけだが。
「で、本当にどういう用件で来たのよ?」
リスのように頬を膨らませながらモグモグする幽々子を見物していると、痺れを切らしたように妖夢が切り出してきた。
「私は割と、暇つぶしに色んなところに行くけどな」
「じゃ、庭のアレ始末してってよ、暇つぶしに」
「冗談だ、用件はちゃんとある」
危うく妖夢の仕事を手伝わされる所だったぜ。妖夢は冗談に本気で返すから、基本的には楽しいが時折怖くて油断ならない。
「実はかくかくしかじか……」
「まじめに話せ」
「むっ。軽いジョークじゃないか」
「古いわねぇ」
「仕方ないな。長くなるから面倒なんだが……」
そう前置きすると、妖夢はうんざりしたようなため息を吐きつつも、真剣な眼差しで聞く体勢を整えた。幽々子は、モグモグしていた。
「実はな……。今、手っ取り早く強くなる方法を探している」
「はぁ?」
「なんか、ないかな?」
失礼な事に、妖夢が心底呆れ返っていた。何が癪に障るかって、幽々子ですらポカンとしていた事だ。そんなに頭の悪い発言だったか、今の?
「それだけ?」
「おう」
「帰れ」
「酷いぜ」
「長くもないしねぇ」
幽々子はやんわりと笑って、再びカステ~ラをモグモグし始めた。妖夢は……呆れるを通り越して、訝しんでいるようにも見える。
一応は真剣な問いなので、妖夢は一応は真剣に考えてくれたようだ。
「強くなるのに近道がない事なんて、魔理沙が一番よく分かってると思うんだけど。何でそんな事を聞くんだ?」
考えてたのはそっちか。
なんでって、『霊夢を倒して特別になりたいからだ』なんて、言えるか?
「禁則事項です。お答えする事が出来ません」
事務的な口調で質問を却下した。
「……。じゃあ、なんで突然、強くなりたいなんて思ったんだ?」
「禁則事項です」
「なんで私たちを訪ねてきたの?」
「禁則事項です」
「手っ取り早く強くなれたとして、その力を何に使うつもり?」
「禁則事項です」
「っ! 何なんだ、その禁則事項って!?」
「禁則事項です」
「斬る」
「待て待て待て! 軽いジョークだって言ってるだろーが!!」
刀に手をかける妖夢を慌てて制止する。
いかん。気をつけてるつもりなのに、無意識に冗談を言ってしまうぜ……。
「ホントになんのつもりよ、それ」
「紫が持ってきた外界の文献に書いてあったんだ。答え難い質問をされた時に使うと効果的らしい」
本当は人差し指を口元に当てて、ウィンクしながらがやるのが最良らしいが。
「紫さま……」
いや、そんな頭抱えんでもいいじゃないか。紫の行動が突拍子もなくて理解不能なのは今に始まった事じゃないし。
「冗談は此処までにしといて……」
「自分で始めといて……」
さすがに、これ以上話が進まないのは私も疲れる。本題に入るとしよう。
「強くなりたい理由は聞かないでくれ。ここに来たのはな、幽々子が意外に強かったのを思い出したからでさ」
「あら、意外というのは失礼ね」
珍しく不機嫌そうな声を出す幽々子。とは言っても、頬をパンパンにして租借しながら気分を悪くされても、これっぽっちも罪悪感が沸かない。食べかすついてるし。
「いや、お前って元々人間だろ? それなのにレミリア並みに強いしさ。幽霊になるとそんなに強くなるのかなーって」
「魔理沙も幽霊になる?」
「それは遠慮するぜ。肝心なのは、幽霊になると強くなると仮定して、その要因をなんとか利用して、生きたまま強くなれないかって事なんだが」
「無理ねー」
即答された。というかこいつ、咀嚼運動してるクセに、まったく淀みなく喋ってやがる……!?
「私は元は人間だけど、今は『元人間』の幽霊でしかないの。人間だった事なんて関係ないわ。私の事は『元人間』ではなくて、始めから『亡霊』と言う種族であると考えた方が良いわね」
「そっか。死んだら不思議パワーが身につくわけじゃないんだな」
「なんなら試してみる?」
「遠慮するぜ」
まぁ根本的に、人間だからって吸血鬼未満であるというのは、必ずしも絶対の法則ではないわけで。そもそも霊夢が吸血鬼以上だしな。
お門違いだったわけだ。まぁ、ハナから有効な当てがあるわけじゃないから、別にハズレでもなんでもないからいいか。
「強くなると言ったらアレよ」
モグモグを再開した幽々子が、ピーンと人差し指を伸ばす。
「必殺技」
私と妖夢は、一瞬目を丸くしてしまった。
「紫が持ってきた外界の文献に、人間は必殺技を身に付けて強敵を打ち倒すものだって例が沢山あったわ」
「ほほーう……」
必殺技、ねぇ。良い響きだが、簡単に身に付けられるものじゃないよなぁ。
「ああ、そういえば……」
妖夢は突然立ち上がり、箪笥のそばに置いてある葛篭を漁り始めた。
あった。と呟き、妖夢は一枚の紙切れを持って戻ってきた。
「紫さまに聞いた話なんだけど、外界にはどうやら沢山の必殺技が存在するみたい」
紫は一体何をやってんだ?
妖夢が紙切れを渡してくれる。私は二つ折りのそれを広げ、目を通した。
「htt(自主規制)ki.k(自主規制)e.com/? なんだコレ、暗号か?」
「紫さまは、『ありとあらゆる必殺技が乗ってるホームページのアドレスよ』って言ってたけど」
「ほーむぺーじ? あどれす?」
眉間にしわを寄せながら聞き返すと、妖夢も腕を組んで唸り始めた。よく分かってないんだな。
「確か、こんぴゅーたーがどうとか……」
「コンピューター? 外界の式神の事か?」
ちょっと前、香霖の奴が興味を示していたのを思い出す。やたら熱心に考察していたな。
「式神? じゃあこれは、その式神を動かす為の駆動式なのかな?」
「じゃあこの暗号は外界特有の方程式か。この式でコンピューターを起動させると、外界に伝わるあらゆる必殺技を披露してくれたりするのか?」
「へぇー」
私たちは二人で関心してしまった。うーん、前に香霖が話していた時は微塵も興味沸かなかったのに、少し見てみたくなってきたぜ、コンピューター。
「外界って凄いんだな!」
「私、ちょっぴり外界を見直したよ」
あんまり良いイメージがなかった外界の株が急上昇だ。
「とは言え、役に立たんぜ」
「あくまで外界の式神だからね」
「つかえねーな、コンピューター」
外界、あっという間にイメージダウン。
「しかし必殺技か。方向性は良いな」
ひとつ強力な新スペルを用意しておけば、霊夢もビックリしてコロッと落ちるかもしれないしな。
問題は、それをどこでどうやって覚えるかが問題だが……。
「必殺技を身に付けると言えば」
ビシッ! と人差し指を伸ばす幽々子。
だからなんで口に物が入ったままそんなに流暢に喋れるんだ、このオバケは?
「師匠よ」
「永琳?」
「違うわ、必殺技を教えてくれる先生よ」
「人に習うのか。あんまり好きじゃないな」
借りを作ってる気がするんだよな。魔法の勉強も弾幕の修行も、一人でやるのが習慣になってるし。
「なりふり構わないのなら、誰か心当たりを訪ねればいい。構うのなら、なんとか一人で模索するべきだと思うけど」
「割と構ってられないな」
別に次の宴会がタイムリミットなわけじゃないけれど、なんとなく逸るんだ。一刻も早く、霊夢を負け犬にしてやりたい……!
「よし、その線で行こう」
手っ取り早く強くなる方法として、誰かのスペルを伝授してもらうと言う解答を得たわけだ。
なんだ、来た甲斐があったじゃないか。
「問題は誰に教えを乞うかだけど」
「魔理沙といえば、魔法使い。魔法使いの師匠といえば魔法使いよ」
パチュリーかアリスか。どっちかといわれれば、ドールマスターのアリスよりもスペルマスターのパチュリーの方が方向性としては合ってる。
ふぅむ。間違いなく嫌がられるな。どうやって師事を仰いだものか。
「ま、すべては行ってみて、だな」
結論に至れば即行動が信念だ。私はお茶を一気に飲み干すと、勢いよく立ち上がった。
「もう行くのか?」
「ああ、世話になったな」
「お役に立てたのなら幸いね」
「また来るぜ、本を借りにな」
「死後の世界はいつでも貴方を待ってるわ♪」
「それは遠慮するぜ」
そして私は旅立った。死者が舞い踊る天の国から、地獄の化身が棲まう紅い館へと。
「あ、庭の穴……!」
「庭掃除は妖夢の仕事ねー」
「そ、そんな……」
まさか私が出て行ったあとのこのやり取りが、次の来訪時に妖夢に全力で斬りかかられる伏線になってるなんて、この時の私には夢にも思わなかった。ま、それはまた別の話。
§
人里からは遠く遠く離れた、多くの妖精が住まう幻想の湖。
その広大な水面の上に、ポツンと存在する島。割と広いが、その湖に於いてはあまり存在感のない島に、あまり大きくない館が一軒。勿論、一世帯の家としては充分すぎるほど大きいのだが。
その名は紅魔館。文字通り、紅い色をした飲血の悪魔が棲む異界である。
いつかの妖霧が取り巻いていなくとも、その館は、あるだけで人を凍え死なせる程に冷たい妖気を発していた。
その異界で、人間という存在は捕食されるだけの哀れな弱者でしかない。館の主は言うに及ばず、その従者も同居人も門番も、すべての存在にとって、人間はただの餌だった。
ただ一人の例外は、人としての魂の在り方を忘れた従者の長。
しかしここ最近は、更に二人の例外が現れた。
一人は、魂すらも重力から解放された奔放な巫女。
そしてもう一人が、汎用突貫型恋色魔法少女と呼ばれるこの私、霧雨魔理沙である!
「たのもーう!!」
館はおろか島全体を揺るがすほどの衝撃と爆音を以ってして、私はピンポイントで目的の人物(人間じゃないが)がいるであろう魔法図書館へとDIVE TO SCARLET。
「な、何事ですかー!?」
間髪入れず、可愛らしくも慌しい声が近づいてきた。
赤い髪で悪魔の翼を生やした女の子が、私の傍まで寄ってきたのだ。
「ま、魔理沙さん!?」
「よ、こぁ。こんちー」
「こ、こんにちは。って、なんですかこの状況は! なんて事するんですかぁ!?」
私の周囲の惨状を見て涙目になる小悪魔。まぁ壁も床も大穴が開いてるからな。管理人のパシリの身としては、泣きたくなるのも無理からぬ事よ。
「おや、これはまた酷い有様だな……」
別方向から、もうひとつ声が聞こえた。
「よ、こぁ姉。こんちー」
「ああ、こんにちは魔理沙さん」
小悪魔と同じ風貌。ただ髪が長いか短いかの違いしかないもう一人。こっちもパチュリーの使い魔的存在だ。私は割と落ち着きがなく泣き虫なショートカットの方をこぁ、常に冷静沈着なロングヘアーの方をこぁ姉と呼んでいる。
「姉さまぁ、魔理沙さんがぁ……」
「見れば分かるからいちいち泣かない。しかし、此処は咲夜様の能力で空間が捻じ曲がっているのに、それを力ずくでぶち壊して突貫してくるとは。相変わらずのバカ出力ですね」
「いやぁ、照れるぜ」
「皮肉七割ですが」
あー、相変わらず客に対して失礼な奴だ。まぁ主人が主人だからな。
「で、何をしてるんです?」
「床に埋まってるぜ」
「それは埋まってるって言わないんじゃ……」
それもそうだ。
私だってこんな趣味はないので、さっさと床から脱出して宙を浮く。室内だって言うのに、相変わらずトンデモない広さだ。言うまでもなく、これはメイド長が空間を弄っているからである。
「まぁいつもの事ですから、この破壊活動の件に対する責任追及は後回しにしましょう。で、また本を盗みに来たんですか?」
「失礼な。借りてるだけだ。私が死ぬまでな」
何百回も言ってる気がするぜ。
二人の小悪魔は、各々に疲れたような態度を取る。まぁ気にしないでおこう。
「今日はパチュリーに用事があって来たんだ」
「主に?」
「パチュリー様は、今熱心にクロスワードやってますよ」
何やってんだあいつは……?
「こちらです」
こぁについて、広大な図書館を飛ぶ。あー、今日は本を漁るのが目的じゃないと言うのに、目移りしちまうぜ。
「パチュリーさまー」
「……なに?」
パチュリーは、彼女が使うにしては大きくて立派な、しかしこの図書館の中ではあまりにもちっぽけに見える机の上で、こっちに視線もくれずに本とにらめっこしていた。
「よー、来たぜー」
「……」
挨拶すると、チラリと一瞥だけ寄越す。
「おい、あんまりにもあんまりじゃないか、その態度は?」
いつもはもっとこう、歓迎はしてくれる。主に弾幕による攻撃とかで。が、ほとんど無視というのは珍しいというか。
「なんの用事で来たのです、魔理沙さん?」
見かねたのか、こぁ姉が助け舟を出してくれる。まぁあっちにしても話が進まないのは困るんだろう。
「実はな、パチュリーに弾幕の師匠になってほしくて参上したんだ!」
「はぁ?」
こぁは元より、こぁ姉も大口を開けて呆然とした。まぁ、気持ちは分かるぜ?
「突拍子もないのは百も承知だがな。とある事情で、あと三日以内に新しい必殺技を身に付けなきゃいけないんだ!!」
さっきも言ったが、次の宴会がタイムリミットってわけでもなんでもないがな。それはやはり言わないでおく。
「本当に貴方は唐突だ……」
「毎日フラフラしてるように見えるだろうが、これでも一日二十四時間生きてるんだ。おまえらの知らないところで色々あるのさ、私もな」
「ふむ……」
まぁそれはともかく。さっきから会話してるのはこぁ姉だけで、こぁは色々リアクションを取るだけ、パチュリーにいたってはまだ無視である。
「おいパチュリー、話を聞けよ」
「はいはい聞いているわよ、それは美味しそうね」
「相槌が話題に掠りもしてねぇよ! クロスワードやってないで話を聞け!」
耳元で叫ぶと、パチュリーはようやくこちらの方に視線を移した。
「魔理沙、ひとつだけ質問に答えて」
きわめて真剣で、私は思わず気圧された。
「な、なんだ?」
「縦の問題。真夏の夜の夢に出てくる登場人物、オ○○ンって、オッサンで良いの?」
「クロスワード止めろっつってんだろうが!」
「常識で考えてオッサンはありえませんよパチュリーさま!」
「オベロンですね……」
マジに殴ってやろうかと思った瞬間だった。
「パチュリー様、このままでは話が進みません。魔理沙さんが暴れる前にお話を聞いてあげてくださいー!」
泣き声をあげながら、何処か引っかかる言い方をしてパチュリーを説得してくれるこぁ。
「仕方ないわね……。で、必殺技?」
「おう! 手っ取り早くパワーアップしたいんだ!」
グッと拳を握ってやる気をアピールすると、その想いとは裏腹に嘆息が返ってきた。
「色々とツッコミどころ満載だけど、なぜ私のところに?」
「お前魔女じゃないか。私は魔法使いだ」
「……そう」
額を押さえて、何か考え事をするパチュリー。
「貴方、確か知り合いに悪霊みたいなのがいたんじゃなかったかしら? その人に頼んでみたら?」
「悪霊? 心当たりがないぜ?」
「いたでしょ? 魅魔とか言う名前の」
「みま……? はて、何を言ってるのかね君は?」
「貴方が何を言ってるの?」
「知らないって言ってんだよ! 空気読めよ!!」
「なんでキレられなきゃいけないのよ……」
今までにない深いため息を吐くパチュリー。
「まぁ考えないこともないけれど、報酬は?」
「借りてた本を返すぜ。明日にでも」
「……本来は私の物なんだから、それを返すのを報酬とされるのもアレだけど……。本当に、明日返してくれるの?」
「ああ、嘘は言わない。今はそれくらい厳しい状況なんだ」
そう、私は嘘は言わない。此処から持っていった大量の本は、明日ちゃんと持ってくる。
まぁ直後に同じ本を借りていくわけだが、嘘にはなるまい。
「ま、良いわ。……それにしても、必殺技、ねぇ……」
「要するに新しいスペルだな。おまえの得意の魔法の駆動式を伝授してはくれまいか?」
「無理ね」
即答された!
「私のスペルは五行や惑星を模したもの。万物を操作する特殊で複雑なものだもの。よほど器用な魔女でも一朝一夕で使えるものじゃないんだから、人間の魔法使いじゃ規格外。それに、貴方にそんな器用さはないでしょう?」
「うっ」
口惜しいがその通りだ。私は正直言って、不器用な部類に入る魔法使いだろう。パチュリーの多種多様な弾幕には遠く及ばないのは自覚している。アレはまがりなりにも永い年月を生きたパチュリーだけの妙技だから。
が、だからこそ師事に値するのではないだろうかと私は思うのさ。今までたくさんの相手と弾幕ごっこを繰り広げたが、パチュリーほど豊富なパターンを持った奴はいない。
「残念ね、貴方にスペルの伝授は無理そうよ」
「待て待て、やってみなくちゃわからんぜ」
「そうは言ってもね……」
「試すくらいは良いだろう?」
諦める訳にはいかないからな。理屈じゃ無理っぽい事くらい、私だって自覚しているものの、無理を通すくらいの無茶をしなきゃ、短期間であいつに勝てるとは思えない。
パチュリーは少し唸ってから、一枚のカードを取り出した。
「……じゃあ、これを発動してみなさい」
それを受け取って、私は思わず顔を顰めた。……なんだか、内容が凄く重いな、コレ。
「日符か。試すならもっと小技にした方がいい気がするが……」
「あら、新必殺技を欲しがってるのに、そんなおとなしい札で満足するの? それとも、貴女には少しハードルが高すぎるかしら?」
「(ムカッ)あー? 上等だ。見事発動して、この札借りてくぜ」
私は一度こいつに勝った経歴があるんだ。パチュリーに使えて私に使えないなんて道理はないさ。
私は精神を集中させながら、魔力を札へと注入する。
「いざ! 日輪の力を借りて、今、必殺の! ロイヤルフレアァアー!!」
ポフン。
「……」
「可愛い必殺技ね」
「今のは練習だ」
初めて使う上に他人のスペルカードだ。最初から上手く行くはずはないさ。
「次はコレで行ってみたら?」
「サイレントセレナか……。月といえば星。星、宇宙、ロマン、夢、風香る、魔理沙」
「何言ってるの?」
「とにかくやってみるか。行くぜ、うおりゃああぁ!!」
シャララン♪
「さっきよりはマシな効果音ね」
「五十歩百歩だぜ……」
駄目だ。使いこなす以前に発動すら出来ない。
「仕方ないわね。元々規格が違うもの」
分かってたとばかりに肩を竦めるパチュリー。くそぅ、情けない。まさか此処まで技量に差があるとは思わなかったぜ……。
「これはやはり、私のスペルを取得するよりも、貴女が体得しているスペルを強化、改良する方向で考えたほうが無難みたいね」
「うー、私の完全新技が……」
ガッカリだが仕方ない。今の感じじゃ、数日中どころか一生かかっても難しそうだ。それくらいの手ごたえを感じ取った。
パチュリーは、早々に次の手を考え始める。
まぁ良いか。私の決め技はあくまで魔砲だ。私の中の最強になる新技は必要ないしな。
「貴方は星を模した爆弾と、高圧収束の光線が得意よね?」
「爆弾とは酷い言い草だな」
「人の弾幕に触れて爆発するような魔弾なんて、爆弾で充分よ」
抗議に対して、こっちが不満だといわんばかりに睨まれる。
まぁ威力を褒められていると考えるべきか?
「私の基本はその二つだな」
というか、殆どそれしかないのだが。
「じゃあ、どちらかといえば光線系の技を伝授した方がいいかしら? カードじゃないけれど、私の魔法には光線系の技もあるし……」
「あー。あの問答無用で周囲をなぎ払う全方位レーザーだな」
「問答無用さに関しては貴方に負ける」
私の台詞を軽く流すパチュリーとは裏腹に、私はとてもとても気まずい気分になっていた。
冥界の春騒ぎの時に、アレを模した恋符を既に実践した事がある。……無断で真似たなんて、とても言えないが。
「あれを基準にして貴方なりにアレンジすれば、貴方なりの必殺技が完成するはずよ」
あー、心が痛いぜ。
まぁアレだ。本家に習って、改めて私なりのパワーアップをさせれば、まぁ必殺技と呼べなくもないかもしれない。
「じゃ、頑張ってね」
「えっ!? 教えてくれないのか!?」
「私は道を提示した。貴方の魔法を改良するのだから、貴方が一人で頑張れば良い」
うわ、想定外だぜ。バトル物にありがちな汗臭い修行とか期待してたのに!
「その魔法教えてくれないと、私も次の段階に進めないぜ?」
「貴方が私の魔法を模した事くらい、咲夜から聞いています」
あのメイド長め、余計な事をくっちゃべりおって!
おのれ、次の宴会では真っ先に酔い潰れさせて、恥ずかしいシーンを心に保管してやる!
「はぁ……。仕方ない、私一人でやるよ」
まぁ気楽といえば気楽か。
「そうね。一人で出来る事を人に頼って、借りを作るのは貴方らしくないわ」
「あー? 本は返すって言ってるだろ?」
「いらないわ。どうせ返した瞬間借りるって言って持っていくんでしょ?」
何もかもお見通しでしたか。
「お見それしました」
「貴方も、もっと魔法使いとして切磋琢磨しなさい」
最後の最後で、本当にこの女は私の師匠になれる奴なんだなと納得した。
§
博麗神社で行う宴会は明日。霊夢は一人、のんびりとお茶の時間を楽しんでいた。
(こんな静かな時間が、ずっと続けば良いのに……)
心からそう思っていた。訪問者は誰一人としていなく、萃香も何処かをブラついている。
が、明日は宴会。
まぁ騒ぐなら好きにすればいい。自分の家の境内が宴会場でなければ、自分も心から楽しみに出来ただろうにと、少し残念に思う。
だが、宴会前は随分と気楽なものだ。食器と焚き火用の薪さえ用意しておけば、食料も酒も他の連中が持ってくるのだから。ただで呑み食いし放題なのは非常に大歓迎。それがなかったら、全員力ずくで叩き出しているだろう。
「れーいーむーー!!」
騒がしいのは突然やってきた。
縁側に座る霊夢の目の前に、スタッと着地するのは魔理沙であった。
「勢いよく地面に突っ込むと思ったか? 甘いな、三度はやらんぜ」
「何言ってんの?」
「来たぜ、霊夢」
「早すぎよ」
いくら幹事とは言え、こんなに早く家に来てどうするか。
「いや、ちょっとお前に用事があってさ」
「なによ、改まって?」
やけに真剣な表情に、霊夢は怪訝な顔をする。
「いや、日頃から世話になってるお前に、ちっとプレゼントをしようかと思って」
「はぁ?」
ますます訳が分からない。先日後片付けを手伝ってくれた事といい、魔理沙の言動が、少し変に思える。
魔理沙は、ニヤリと笑ってこう言った。
「おまえに、敗北をプレゼントしよう!」
「超いらねー」
あわあわこぁとクールこぁ姉・・・GJ!
こぁとここぁ見たいに2人いてもおかしくないはず!