Coolier - 新生・東方創想話

星の叫びが響く夜

2006/08/23 10:15:05
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 真夜中に従者を呼び出した紅い館の主人は、自室のテーブルの席を従者に勧めるのだった。
「悪いわね、こんな夜更けに」
「……いえ」
 わざわざ主みずから引いてくださった椅子に腰掛ける娘は平静を装っていたが、緊張を隠しきれてはいなかった。
 普段なら一日の業務を終え、メイド長である彼女も自室で安らぐか或いは眠りにつく時間である。
 そんな頃合に彼女は主たる見た目幼い少女に呼び出されていた。
 もっともこの館の主にしてみれば本来夜こそが己の時間であり、夜中に呼び出されることは決して少なくない。
 時期と気分によって昼夜どちらが主な活動時間にするかは変るものの、基本的に24時間仕事中であるとの覚悟はしている。
 それでも今夜のような、まるでお客様をもてなすかのような態度をとられるのは初めてのことであり、意図がつかめない。
 いや、心の奥底では解っていたのだが、認めたくは無かっただけなのかもしれない。
「いつも美味しいお茶を入れてくれるからさ、たまには私がご馳走してあげようかしらん? って思ったのよ」
 言いつつ暖めてあったポットに茶葉を入れ、下から蝋燭の火によって保温されていた小さなケトルからお湯を注いだ。
「本当は沸かしたてがいいらしいのだけど、まあ我慢して頂戴。この部屋は台所から離れてるのが難点だね」
 ひっくり返した砂時計が落ちきるのを見計らって、茶漉しで二つのカップに濃さを揃えながら交互に注ぎ込む。
 最後の一滴までしっかり抽出し、先ほどから一言も発しないメイド長の前に差し出した。
「さ、どうぞ召し上がれ」
 自身も向かい側に腰をおろし、自分の入れた紅茶の評価を心待ちにする。
 はあ、と気の無いメイド長。
 目の前に差し出されたカップを見下ろし、なぜか手を伸ばそうとはしない。
 なにか躊躇しているようなメイド長に、幼い主は先に自らカップを手にした。
「ふむ。まあ、初めてにしては上出来じゃないかしら?」
「……」
 さすがに全く手をつけない訳にもいかなくなった。
 恐々手を伸ばし、カップを手にする。
 白磁のカップに注がれたあまりにも紅い液体を見ると、どうもあまり良いイメージは湧かない。
 淹れる現場を目にしているのだから、それは紛れも無く紅茶だとわかっているのだが。
 主がこうやって飲む物が半分以上の割合で紅茶ではない紅い液体だという事を知っている彼女は、どうしてもそれを思い浮かべてしまう。
 まさかそんなことはありえない、と自分に言い聞かせ口をつけ--
「けれど、どうも一味足りないのよねー」
 ピクリ。
 何気なくこぼれた主人の言葉に彼女の手が、いや、全身が硬直した。
      
「やっぱりアレかしらね。貴女みたく雑巾の絞り汁を入れるべきかしら?」

 動揺を、完全に押し殺すのは無理だった。
 紅茶が波打つ。受け皿に戻したカップが、カチャカチャ音を立てた。指が解けない……。
「あら? どうしたの震えちゃって。風邪でもひいたの?」
「い、いえ、ちょっと手が……」
 平静を装おうとするが、波打つ紅茶へ視線を落とし言葉が詰まっていては説得力がない。
「精のつく物でもたべれば? 料理の隠し味に摩り下ろしたニンニクを入れると苦手な人も気がつかないみたいよ」
「……」
 震えは止まるどころか徐々に大きくなる。
 ついにカップからは紅茶がこぼれ、レースのテーブル掛けに紅い染みを作った。
 伏せたままの顔は一体どんなひどい表情になっているだろうか。
「あとは睡眠ね。そうそう、知ってる? 人間って面白いことを考えるのよね」
「さ、先ほどから何を……」
「枕の下に想い人の写真を入れておくと、その人の夢が見られるんですって。笑っちゃうわ! じゃあ枕の下の十字架は一体どんな夢を見せてくれるのさ!」
「--!」
 跳ね上げた眼前に、視界いっぱいの吸血鬼の笑顔。
 口を大きく吊り上げ、それでも目元がまるで笑っていない、狂気の具現。
 その酷薄な笑みに背筋が凍った。
 行儀悪くテーブルに乗っかったお嬢様は、獲物を嬲るかのように囁いた。
「気づかないとでも思った?」
「あ……ぅあ……」
 鼻先の恐怖に、言葉すら失う。
 震えは既に全身を駆け回り、かみ合わない歯がガチガチ音を立てるのがまるで遠くのことのようだった。
「少しは見所があると思って取り立ててやったのに、ずいぶんな仕打ちをしてくれるのねえ? 何が不満なのかしらあ」
 ガチガチ
 怯える体は安定していた椅子からも転げ落ちた。
 それは半ばわざと。
 紅い悪魔に背を向けたその格好は、傍から見れば情けなく這って逃げようとしているように見える。
 だが、それでいい。
 あのまま射すくめられていては反撃できなかったのだから。
 主を殺す。
 それは以前から決意していたこと。
 しかしそれはまだ先のことのはずだった。
 もっと時間をかけて徐々に徐々に弱らせてから。
 そうすればいくら夜の帝王たる吸血鬼とて手の届かない存在ではない。
 が、それはもろくも崩れ去った。
 少々やり方が露骨だったようだ。恨みは思っていたよりも大きかったのだろうか。
 もう後が無い。ならば、今この場で始末するしかないのだ。
 気づかれないように彼女は右手を胸元へ忍ばせ--

 ざしゅ

 背中から、ナイフを握った手ごと心臓を貫かれた。
「~~~~っ!!」
 ごふっ。
 駆け抜けた灼熱感に口から血反吐が溢れた。
 自分を貫いたモノを信じられない思いで眺める。
 こんな、なんで、こんな物が私から生えている?
「殺しはしないつもりだったんだけど」
 ぐり。
 悪魔が手にした緋色の槍を捻ると、何も感じられないほどの激痛に少女の目が見開かれ、口からは音にもならない叫びが響いた。
「この期に及んで、私に歯向かおうなんてね」
 ぐい。
 娘の体だった欠片を絡ませ引き抜かれた槍は、紅を通り越して黒く染まっていた。
「残念だわ。ホントに、残念」
 その言葉はもう娘には届いていない。
 メイド長の地位にあった娘にあるのは、己が招いた結末への恨みのみ。

 畜生。畜生、畜生畜生ちくしょうちくしょうチクショウちくしょ-- 

「ああそれと。十字架は別に何とも無いんだよね、私。それくらい調べときな」

 血に染まりし槍が娘の頭めがけて--







「--!!」
 跳ね起きた咲夜は、動悸がする胸を押さえ荒い息を吐いた。
 はあ、はあ、はあ、はあ。
 無意識のうちに頭を探った手のひらには、確かに自分の感触。
 さらっとした髪の毛にはべっとりとした物は全くついていない。
 呼吸が落ち着いてき、ようやく今のがなんなのか理解できる余裕が戻ってきた。
「夢……。なんて……」
 疲れた声で呟いた。
「馬鹿じゃないのかしら。お嬢様に逆らうなんて」
 あのお嬢様とまともにやりあってただで済むものか。
 まったく、くだらない夢だ。
 枕元の時計を見やるとまだ午前四時。起きるにはまだまだ早い。 
 再び床についた咲夜は直ぐに眠りに落ちた。






 すやすや眠る咲夜を見下ろし、『それ』は内心舌打ちをしたい気分だった。
 実際に舌打ちをしなかった理由はただ一つ。そんなものとうの昔になくなったからだ。
 『それ』は体と言えるものを失っていた。
 ただレミリア・スカーレットへの恨みがあるのみだった。
 単なる逆恨みでしかないことに、『それ』は気づかない。
 亡霊となった『それ』にとっては怨恨のみが己をこの世へ繋ぎ止めておく楔であり、存在理由であるからだ。
 しかし、今の自分にレミリアをどうこうできるほどの力が無いことは痛いほど自覚していた。
 だからこそ咲夜の体を乗っ取ろうとしたのだが、失敗した。
 これはすこし予想外だった。
 現在紅魔館に居る連中のなかでレミリアとやりあえる者といえば、まず妹のフランドール・スカーレット。
 そしてこちらはやり方次第だろうが、パチュリー・ノーレッジと十六夜 咲夜。
 その中から咲夜を選んだ理由は、他の二人には手が出せそうに無いからだった。
 フランドールが隔離されている地下室は物理的・霊的に並大抵の力では突破は不可能だし、パチュリーは魔女。精神支配への耐性は半端ではない。
 となると、後は人間の咲夜なのだが……。
 問題は取っ掛かりとなる負い目やコンプレックスが皆無だったということだ。
 もっと深層意識まで潜り込めれば、あるいは……とも思うが、なかなか手ごわい。
 伊達にあの悪魔のメイドをやっているわけではないようだ。
 だが、『それ』もこの程度で諦めるつもりはさらさら無い。
 今が駄目なら時間をかけて隙を窺うだけだ。
 ともあれ、今晩はこれ以上の行動は止めておいたほうが無難だろう。
 霊力とて無限ではない。それで無くとも失敗した乗っ取りのせいで大分消耗しているのだ。
 『それ』は屋敷を離れ、湖の底へと身を潜めた……。





 
 あれから数日。今日も今日とて咲夜は忙しく働いている。
 上空からぼうっと見下ろす『それ』は、少々退屈してきていた。
 今のこの状態でも多少の干渉はできるのだが、下手に何かしてレミリアに感づかれては元も子もない。
 何らかの工作活動を行うにしても実体が欲しいところではあるが、手ごろな体が無い。
 一度はメイドに取り付いてみようかとも考えたが、どのメイドも仕事で手一杯の状態だ。
 取り付くのは容易だろうが、一メイド風情が仕事をほっぽりだして勝手な真似をしていれば怪しまれるのは必至だ。
 それでは意味が無い。
 比較的自由に動き回れそうなのはやはりメイド長である咲夜のみである。
 ほとんどパチュリー専属である小悪魔もある意味では融通が利きそうではあるが、その替わりパチュリーと接触せざるを得ない機会が多くなりすぎる。
 杞憂かもしれないが、精神支配を見破られる恐れがある行為は避けたい。
 となるといよいよ咲夜狙いになるのだが……。
 そのとき、正門の方が明るくなった。

 --ああ、そういえばこいつも居たな。

 今の今まで綺麗に存在を忘れていた。
 『それ』は正門の方へと注意を向けた。






「華符「芳華絢爛」!」
 広がる華を思わせる光弾が湖上で咲き乱れた。
 湖から紅い館へと悪戯をしに来た妖精達はその華の前にすごすごと退散するしかなかった。
「もう来ちゃ駄目ですよー」
 襲撃者達--と云うほどののモノでもなかったが--を追い払った赤い髪の少女、紅 美鈴はうーん、と背伸びをした。
「って何度言っても、時々来るのよねあの子達。よっぽど暇みたいねえ」
 美鈴は紅い館の門番を任されている。今のように館への進入を企む者を、文字通り門前払いにするのが彼女の役目。
 最近は紅白な奴を止められなかったり白黒な奴に好き勝手に入られてるが、それはそいつらが規格外なだけであって彼女が弱いわけではない。
 はずである。
 もともと彼女は広範囲の気配を察知することができ、さらに多数の敵を一度に相手にすることが得意なのである。
 だからこそ通常は何人ものメイドが立つ門番も、彼女の場合は一人でこなせるのだ。
「まあ妖精なんてそんなもんよね。妖精まで忙しいようじゃ幻想郷も末か」
 たいした相手ではないとはいえ、戦いの余韻で少し興奮している彼女は最も得意とする『気』を用いた拳法の型を演じて体を動かしていた。
 妖弾を用いた戦いとは裏腹に、彼女は武術にも長けていた。
 一対一の白兵戦においては幻想郷でも結構なもの、という自負もある。
 もっとも、その器用貧乏さが災いして一対一の『弾幕ごっこ』において実力が発揮しきれないという悩みも持っていた。
 妖弾がばらけてしまうためどうしても一人を狙い撃ち、という事が難しい。
 かといって『弾幕ごっこ』を挑まれたのに本気で殴りかかるのもなんとも大人気ない。
 ジレンマである。
 そういったストレスを演舞で晴らしていたのであった。
 と、その時。
「隙あーり!!」
 背後の木陰から何者かが飛び出してきた。
 先ほどの悪戯妖精の一人がこっそり潜んでいたのだろう。
 美鈴はもう敵は居ないとばかり思っていたので確かに油断していた。
 そもそも派手さを好む妖精が隠れて闇討ちなんて真似を企むとは完全に思考の外だった。
 チャンスといえばチャンスだ。
 普通なら。
「ええ!?」 
 声に驚き反射的に振り向いた彼女は、同時に”気”を込めた掌底も繰り出してしまった。
 型を演じていて準備万全だったそれはカウンター気味に青い妖精の腹にめり込む!

 めきゃ

「あ」
 鳴ってはいけない音がした。
「い、良い右、もってんじゃん……」
 掌底を受けた青い妖精は膝からガクリと崩れ落ちた。
 ついうっかり、綺麗に決めてしまった。
「え、そ、だ、だって急にでてくるから!」
 白目を剥いて沈んでいる妖精はいかにも危なげにビクッビクッと痙攣していた。
 気のせいか口から魂が抜け出ようとしているようにも思える。無論気のせいだが。
 見えない目で空を見上げ、妖精は何もない空間へをのばした。
「レティ……先に逝ってる……から」
 ぱたり。
 力が抜けた。それっきりピクリとも動かない。
「や……」
 頭を抱える美鈴。
「殺っちゃったーー!」 
 悲痛な叫びが湖に響き渡った。






 ふむ。
 その光景を眺めながら『それ』は美鈴に興味を抱いていた。
 うっかり存在を忘れてしまう程度の認識だったが、いやはやどうして。
 あの動き、なかなかのものだ。
 或いは、レミリアにも届く……?
 それは期待しすぎかもしれないが、都合のいい立場にあるのは確かだ。
 門番は交代制なのだ。
 二十四時間見張りは要るが、無論つきっきりなんてことは無理。
 だから四班二交代制を取っている。もっとも美鈴は一人で一班なのだが。
 それはつまり他のメイド達に比べて使える時間が多いことを表している。
 加えて、あの美鈴の力。意外と掘り出し物かもしれない。あれを踏み台にすれば咲夜へと手が届く。
 『それ』は美鈴へと標的を定めた。






「さて。説明してもらえるかしら。なぜ勝手に持ち場を離れたりしたの?」 
 その日の夜、美鈴は咲夜に呼び出されていた。昼間の一件に関してだ。
 あの後かなり危ない様子のチルノを医者、に見せても妖精は専門外だろうからパチュリーのところに運び込んで手当てしていたのだった。
 パチュリーも専門外なのは確かだが、それでも知識の片隅にはあるかもしれないと期待してのことだ。
 なんだかんだで回復したチルノはふらふら飛んで行ったものの、その間門を不在にしていたことが咲夜に露見した。
 咲夜の問いに美鈴はしどろもどろになる。
「それは、その、あの……あの子の看病……です」
 消え入りそうな答えに、咲夜は大きなため息。
「あのねえ。倒した侵入者なんて放っておけばいいの。自業自得なんだから」
「いえ、でも別にあの子もそんな悪さをしようとしてたわけじゃ……」
「理由はどうであれ、館に攻めてきた時点で同情の余地なんて無いわ。それを何? 門番の仕事をほっぽりだして看病? なにを考えてるの!」
「ご、ごめんなさい!」
「謝ってすむ問題じゃないでしょう。約五時間に渡って門には誰もついていなかったのよ
 それこそ、もし誰か侵入しようとしてたらどうするつもり? あなた、責任取れるの?」
「……ぐす」
「なに? 泣いて済まそうって言う訳?」
「……そんなつもりじゃ……ないです……」
「あなたは門番なのよ。何よりも侵入者の排除を優先させなくてはならない。それは解るわね?」
「……はい」
「なら、どうするべきだったか。よく考えなさい」
「……はい」
「解ったならもういいわ。次からは気をつけなさい」
「はい」
「あなた、確か明日からお休みだったわね。しっかり休んで、また仕事に励むように。いいわね?」
「はい。すみませんでした」
「よろしい。さ、もう戻っていいわよ」
「失礼しました……」
 肩を落としてすごすご部屋から出て行く美鈴を見送り、咲夜はやれやれと一息ついた。
「悪い娘じゃなないし、真面目なんだけど……」
 すこし生真面目すぎるか。
 ちょっと前までは巫女を獲って食おうとまでしたのだが。
 もっとも食欲旺盛なのもそれはそれで困りものだけど。
「ま、反省できないほど馬鹿じゃないでしょ」
 咲夜にしてみれば数ある部下の失敗その一で、繰り返さなければそれ以上どうこう言うつもりも無い。
 それですむ話だった。
 が、もう一人の当事者にとっては、重い出来事だったのである。
 機会を窺う『それ』にとっても。






「また魔理沙の侵入を許したわね」
 す、すみません~。
「謝ってすむ問題じゃないわ。パチュリー様はまた魔道書を持っていかれたとご立腹なのよ」
 ごめんなさい……。
「あなた、どうせ自分の本じゃないからって手を抜いてるんじゃない?」
 そ、そんなことありません!
 一生懸命戦いました!
「全力でやって負けたわけ? じゃあ絶対に魔理沙に勝てない門番なんて要らないわね」
 え、いや、それは……。
「まったく……。なんでお嬢様もあなたみたいな役立たずを--」

 --咲夜さんだって負けたじゃないですか。

「なんですって?」
 え?
「なにそれ。自分の失敗を私に押し付けようって言うつもり!?」
 いやあのその何を……。
「言い訳無用! 見損なったわ」
 違います!
 誤解ですよ!  
「二度と私の前に顔を見せないで」
 違うんです咲夜さん!
 待ってください!
「うるさい」
 ……ううう……あんまりだあ~。

 --ホント、ひどい女。

 けど……負けたのは私だし……。

 --そもそも私一人だけで守りきれるわけ無いじゃない。

 でもそれがお仕事だから……。

 --本当にそれで納得してる?

 え……。

 --無茶な事を押し付けられてるとは思わない?

 それは……。

 --あの女は自分でも出来ないことを私にやらせて、自分は完璧を装ってるのさ。

 まさか。咲夜さんに限ってそんなこと……。

 --断言できる?

 ……。

 --素直になろうよ。見返してやりたいって思ってるでしょ?

 ……私は
    --あの糞女に
       咲夜さんに……
              --勝ちたいんだろ?
                 勝ちたい。






 うっすらと目を開ける。
 閉じたカーテンから透ける月明かりで薄暗い天井へ、仰向けのまま右手を伸ばす。
「……ふ」
 拳を握る感触を確かめ、『美鈴』はほくそ笑んだ。






「ああもう! 運んでも運んでも減りやしない!」
 朝の廊下に咲夜の悲鳴が響いた。
 両手には籠に山盛りになった洗濯物を抱え、洗い場へと運んでる最中だった。
 紅魔館ではレミリアはじめ人外の者とメイド達あわせて割と洒落にならない人数が生活している。
 その全員分の洗濯物といえば膨大な量だ。
 今も洗い場では十数人のメイド達が必至に荒い桶と格闘している。
 たまたま手隙だった咲夜も洗物の回収に当たっていたのだが、どういうわけだかワゴンが見当たらないため両手に持てる分しか運べず効率が悪い。
 普段ならそろそろ終わりが見えてもいいはずなのだが。
 ベッドメイクを行っている区画へ足を向けると、交換済みのシーツとピローケースが山積みになっていた。 
「ここだけで何往復しなくちゃならないのよ」
 ぼやきながら運んで戻ってきて運んで戻ってきて……。
 何往復目かのとき、背後から呼びかけられた。
「手伝いましょうか?」
 ああ! 誰かは知らないけれどいいタイミングよ! と振り返った咲夜は、しかし意外そうな顔をした。
 そこに立っていたのは赤い長髪に緑の服を着た少女。
「美鈴、あなた今日はお休みでしょ?」
「そうですけど、する事も無いし咲夜さんのお手伝いでもしようかな~って思って」
 にこやか~に申し出る『美鈴』に咲夜はやれやれと苦笑いを浮かべた。
「媚売っても何も出ないわよ」
「ひどいですよそれ~。普段迷惑かけてる咲夜さんに少しでも恩返しようとしただけなのに。ぐすん」
「はいはい。手伝うなら手伝って頂戴よ」
 そっけない態度の割に満更でもなさそうに作業に戻る咲夜の後に続く『美鈴』の顔にある微笑に、小さな棘が混じったことに咲夜が気づけるわけも無い。
 単純に作業効率が倍になったおかげで白い山は見る見るうちに縮んで行った。
 そして、何度目かの往路で。
 『美鈴』は籠を抱えたまま上半身を捻ると、鋭く踏み込み返す動作で咲夜の首筋へ肘鉄を打ち込んだ!
「あら、カバーが」

 スカ!

 たまたま零れ落ちたピローケースを拾おうと脇に屈んだ咲夜の横を勢いよく『美鈴』がすっぽ抜けた。
「あきゃ!」
 いきなり洗濯物を撒き散らし盛大にスッ転んだ少女に咲夜は胡乱なものを見る目で、
「……なにしてるの?」
「いや、いきなり止まるから……」
「気をつけなさいよ。怪我でもしたら大変なんだから」
「すみません~」
 照れ笑いを浮かべる『美鈴』の手を引っ張って起こしてやった。
「さ、早く終わらせましょ。まだまだ仕事はいくらでもあるのよ」
 散らばったシーツを集めてやり、何事も無かったかのように運搬に戻る咲夜の背後で『美鈴』は口惜しげに顔をしかめていた。
 
 --まあいい。まだまだチャンスはある。

 暗い眼で咲夜の背中を見つめた。






 が、なかなかそう思い通りには行かなかったのである。
 廊下の掃き掃除の最中に仕掛けてみたところ、なぜか目測を大幅に見誤って大きく空振り。何度か試したものの全部失敗した。
 次に向かった風呂場掃除の最中に仕掛けてみたところ、何事も無いかのように落ちていた石鹸を踏んでしまい頭を打った。
 その後も完璧なタイミングの奇襲が、なぜか咲夜の位置を勘違いしていたかのように空振ってばかり。
 それもそのはず、『それ』は咲夜の能力に全く気が付いて居なかったのだ。
 傍から観察してただけでは気付きようが無いので、無理も無いが。
 最初の一発目は本当に偶然だったのだが、あれを回避した事で咲夜は『美鈴』の様子がどこかおかしい事に気が付いていた。
 気のせいかとも思いはしたが、念のため警戒していたところ、間違いなく自分を狙ってきた。
 力ずくで昏倒させ強引に体を乗っ取ろうと言う腹、などと知る由も無く、昨日叱りつけた事へのささやかな仕返しなのだろうと軽い失望を持って無視した。
 放って置けばいずれ諦めてその行いの虚しさに気が付くだろう。そう思っていた。
 しかし、まるで思い通りに行かず歯がゆい思いをさせられていた『それ』は咲夜へ対する悪意を募らせていった。
 何時しかレミリアへの恨みは、方向性を見誤っていた。






 夕餉の匂いが広がる厨房に『美鈴』は居た。
 釜の周りには誰も居ない。
 鍋の番を頼まれた『美鈴』を残し、他の作業を行うために生まれた間隙。じっと待っていたチャンスだ。
 いま見ている鍋のスープはメイド達用の夕食。つまりは咲夜も口にするものだ。
 『美鈴』は懐から小さい茶色の瓶を取り出した。
 中身は薬品庫から持ち出してきた劇薬。
 これを混ぜたスープを飲めば、最低でも腹痛で動けなくなるだろう。そこを狙えば楽勝だ。
 蓋を開け、瓶を傾けると中身がそれにあわせて口に近づいていき--
「そこまでよ」
「っ!?」
 鋭い制止に、瓶を傾ける手が止まった。
 声の主は、いつの間にそこに立っていたのか、咲夜だった。
「さ、咲夜さん……? どうしたんですか?」
 『美鈴』の問いに答えず、咲夜はゆっくりと歩み寄ってきた。
「あの、えと、咲夜さん?」
「私への嫌がらせまでなら、まあ、それであなたの気が晴れると言うのならばと見逃してきたけど」
 足を止め、鋭い眼差しで『美鈴』を射抜いた。
「食事に毒を混ぜようなんて。下手をすれば死人が出るわ」
「なに言ってるんですか。これはただの隠し味の……」
「じゃあ飲んでみなさいよ、今ここで」
 ぎり。『美鈴』の奥歯が鳴る。
 チクショウ。
「さあ。馬鹿なことはやめてそれを--」
「うるさい」
 言うなり『美鈴』は瓶を鍋の中に放り込んだ。
 見る見るうちにスープと毒は混ざり合い、もはや切り離すことは不可能になった。
「……なんて事。あなた、正気?」
「は。毒が入ってるってわかってるんですよ。ならこうすれば--」
 取っ手へ手をかけ、
「いいだろうがっ!」
 煮えたぎる鍋を咲夜へと投げつけた!
 咲夜がどうなったかを見届けず、『美鈴』は裏口に続く戸口へと駆け出していた。
 こうなってはもはやここに留まるのは危険すぎる。
 遅かれ早かれ自分のことが露見するだろう。そうなれば機会は永遠に失われる。
 とにかく紅魔館を脱して--
「!?」
 戸口をくぐりぬけた先は裏口ではなく、なぜか大図書館だった。
 事態が飲み込めず後ろを振り向けど、そこに自分がくぐったはずの戸口は見当たらず、無限に本棚が広がるばかりだった。
 おかしい。間違ってもこんな所へでるはずがない。
 混乱する『美鈴』。そのとき図書館に声が響いた。
「残念だけど、逃しはしないわ」
 反響を繰り返しこもっていたが、それは間違いなく咲夜の声だった。
 発生源を探してあたりを見回すがどこにも姿は見えない。
 ふと、背筋に悪寒を感じた。
 反射的に前に飛び出した背後を銀閃が切り裂いた。
「っ!」
 振り向くがその先には誰もいない。整然と並ぶ本棚が続くだけだ。
 そして、再び悪寒。
 身を屈め振り向きざま、ナイフによる斬撃を空振った咲夜へ足払いをお見舞いする。
 咲夜はその場で跳躍し、懐から左手の五指に挟みナイフを引き出しそのまま至近距離から叩きつけるように投げ放つ。
 気を込めた左手でそれを払い、絡め獲った一本を逆に投げ返した! 
 しかし、空中で逃げ場の無いはずの咲夜の姿が霞んだかと思えば、次の瞬間には横手から蹴りが飛んできた。
 腕でそれをブロックし、その反動を受けて飛びのく『美鈴』。
 ずざざと滑りながら着地する隙へとナイフの滝が押し寄せてきた!
 避けられる体勢にない『美鈴』は両腕をクロスし『気』でもってその怒涛の流れを防ぐ!
 ナイフと『気』の障壁がぶつかり合い激しい火花と唸りを上げる!
 
 ガガガガガガガガガガガガガガガ!
 
 ナイフを弾くたびにガードの上から『気』が削り取られる。
 歯を食いしばり踏ん張るが、剣圧に少しずつ後ろへ押し下げられる。
 その背がついに本棚へとぶつかった。

 ガガガガガガガガガガガガガガガ!
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 ミシミシ背中に食い込む本棚と白銀の滝に『美鈴』は釘付けになった。
 『気』の限界が近い……!
 その時、不意にナイフがやんだ。
 その事を理解する一瞬、目の前に出現した咲夜の回し蹴りがもろに頭に入った。
 吹っ飛ばされ、それでもどうにか受身を取り反撃の構えを取る『美鈴』だったが、再び咲夜はその姿を眩ましていた。 
「あなたと真正面から遣り合う程自惚れてないわ」
 また声が響く。無限とも思える図書館の広がりに反射する声は何処から発しているのかまったく掴めない。
 そういうことか。
 『美鈴』はようやく咲夜の意図を理解した。
 どういう手品を使ったのかは知らないが、ここへ誘い込んだのは気の遠くなる広さと冗談のような数の書架で自分の姿を隠し、一方的な戦いをするためか。
 遮蔽物には事欠かないし、日も差さぬ図書館は常に薄暗く身を潜めるには格好の場所だ。
 『美鈴』が気を読む事に優れてなければ最初の攻撃でかたがついていただろう。 
 が、そのチャンスは逸した。奇襲に二度目はあってはいけないのだ。
 『美鈴』は跳躍し、背後の本棚の頭へ回し蹴りを打ち込んだ!
 
 ゴ……ゴゴ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

 その一撃は本の満載された棚すらなぎ倒し、その後ろの本棚を、さらにその奥の本棚を連鎖的に倒していく。
 倒壊が倒壊を呼び、埃を巻き上げ地響きを起した。
 そのある意味壮観な光景の裏で『美鈴』はかすかな動揺を逃しはしなかった。
 次第に扇状となり波及する将棋倒しの反対側へと『美鈴』は本棚を蹴って飛び上がった。
 慌てて避難してきたためだろう、息を切らして本棚の影に隠れていた咲夜へ踊りかかる!
「くっ!」
 飛び退いた咲夜の居た跡を『美鈴』の拳が打ち抜いた。
 即座に床を陥没させた拳を引き抜き、咲夜の放つナイフを鋭く跳ね上がり紙一重の回避をしながら接近し、身を捻り踵落としを叩き込む。
「逃さない? それはこっちのセリフ!」
 前に飛び出しそれを避けた咲夜の背に、着地と同時に蹴り上げるように車輪状の気弾を放った。
 振り向き妖力を纏わせたナイフで相殺するも、眼前に『美鈴』が迫っていた。
「何処へ隠れようが必ず仕留めてあげます、よっ!」
 間合いを一足で詰め、その勢いに載せて左の拳を振るう。
 ギリギリのところで左へ避けた咲夜が振るうナイフを左肘で持ち手を打ち、鋭く回転し右の裏拳を叩き込む!
 しかし手ごたえはなかった。
 そのかわり、少し離れたところに気配が生まれた。
 そちらへ振り向けば、何時の間にかそこへ移動した咲夜が両の手にそれぞれ四本ずつのナイフを持ち、それを投げ放つところだった。
「ちぃっ!」
 後退しながら片手の四本を投げもう片手は次弾の準備、と交互に間断なく銀の閃光を放つ咲夜へと『美鈴』は床を蹴った。
 目の前に迫った最初の一群を右手で払い、左手には『気』を溜め込む。
 二群三郡と叩き落し、四群目が届くに先んじて左手から『気』を咲夜へ向けて放った!

 轟!
 
 ナイフを弾き散らし気弾は咲夜を襲う!
 しかし、やはりその先に獲物の姿は無い。先ほどまでは確実に咲夜がいた空間を気弾は虚しく通り過ぎ傍の書架を収められた本ごと破砕した。
 そして上に殺気が生まれた。
 見上げる『美鈴』の目に、なにやら札を手にする咲夜が映る。
「メイド秘技「操りドール」!」
 その叫びの意味するところは『美鈴』にはわからなかった。
 だが、咲夜が途方も無い数のナイフを放出したことから技の名前か何かなのだろうと推察は出来た。
 ……それにしてもメイド秘技? とセンスを疑う暇も無い。
「こんな豆鉄砲、いくらあっても!」
 数撃てば当たると言うものではない。
 ナイフの軌道は所詮直線。射線上から逸れ、自分へ当たるものだけ落とせばそれで済む。
 何より一箇所にまとまりすぎている。焦ってしくじったか?
 『美鈴』は大きくそれを回避し、咲夜へ飛び掛ろうとする。
 が。
 突然、ナイフが無秩序にその矛先を変じた。
「なん!?」
 予期せぬ襲撃に動揺した『美鈴』は慌てて周囲のナイフを叩き落とす。
 一度ではすまない。脇を通り過ぎたはずのナイフすら、気づけば自分へ向かってくるのだ。
 それを捌ききる前に咲夜は第二波を放った。動揺を引きずったままの『美鈴』は必死にナイフを捌く。
 が、それが油断を生んだ。
 背後にほとんど密着するほどに咲夜が接近してる事に気がついたときには、もう遅かった。
 右手を捻り上げられ、首筋にはナイフが当てられた。
「チェックメイト。終わりよ」
 そのまま床へ押し付けられ、馬乗りになられて身動きを封じられた。
「くそ……!」
「大したこと無かったわね」
 涼しい声で言うが、実際は冷や汗ものだ。
 空間を弄って図書館に呼び込んだまでは良かったが、その後がいけない。 
 時間を止められる事が咲夜最大の武器だが、それは同時に弱点でもあった。
 時間の止まった敵を傷つけることは不可能なのだ。
 だから最低限でも命中の瞬間は時の制御を止める必要がある。
 死角に回り込み全力で気配を消すので、まず必殺の攻撃なのであるが『美鈴』はその微塵の気配すらも察知し、回避してしまう。
 気を抜けば正直どうなっていたかはわからなかった。
 操りドールは賭けだったが……それが感じていた違和感を決定付けた。
「あなた、本当に美鈴? あの子なら今のだって知ってるはずよ」
「……」
 悔しげに歯を食いしばり、『美鈴』は黙して語らない。
「あっそう。まあいいわ。あなたの処遇はお嬢様に--」
「なんじゃこりゃあ! げほ! これはどういう事なの!?」
 響いた悲鳴に、ようやく咲夜はここの主の事に気が回った。
 悲鳴の主は病的に白い肌を薄紫の服で包んでいるパチュリー・ノーレッジだった。
 いくら読書に集中していても、さすがにこの騒ぎに気づかないはずが無い。むしろ遅かったくらいだ。
「げほ! おまえらか!? おまえらの仕業なのかあ!? げほげほ!」
 心なしか語気が荒いところを見ると、どうやらご立腹らしい。
 当然ではある。
 なにしろ大図書館の膨大な書架の四分の一近くは転倒・倒壊し、他の棚の本も破壊されていたり焦げていたりナイフが刺さっていたり。
 さらには積もりに積もっていた埃が盛大に舞い上がっているものだから、喘息持ちのパチュリーにとっては地獄と化していた。
「パチュリー様。お体に障りますので、とりあえず……」
「黙げほれ! あんた私に何げほげほ恨みがあってこんな真似しやがげほげほげほげほげほ!」
「……落ち着きませんか?」 
「OK。落ち着いたわ」
「早いですわ」 
 ポケットから取り出したハンカチで鼻と口を埃から守り、パチュリーは図書館を荒らした犯人を問い詰めた。
「なんでわざわざここで暴れるの」
「すみません。ここが一番やりやすいと思ったので……」
「せめて事前に一言言ってほしいわよ」
「そうも言ってはいられなかったものでして」
「けどねえ。そもそもなんで美鈴を……」
 と、そこへけたたましい集団がぞろぞろ乱入してきた。
「ご無事ですかパチュリー様!? 賊はいずこに!?」
「あれー咲夜さんがいますー。さっすがー早いですねー」
「なんで美鈴さんが取り押さえられてるのさ?」
 薙刀を手にし額には白い鉢巻まで締めた小悪魔が率いるメイド達だった。
 全員思い思いの武器で武装している。紅魔館のメイド達の中でも特に武術や魔法の心得のある者達で結成された武装メイド集団だ。
 騒ぎを聞きつけすわ何事かと駆けつけてきたのだろう。
「遅いわよあなた達」
 呆れ顔で咲夜がぼやいた。
 もっとも、下手に戦闘中に乱入されても厄介だからこの大図書館の奥深くで戦っていたというのもある。
 別に彼女達の実力を侮るわけではないが、こと美鈴相手には数がいてもあまり意味は無いのだ。
 複数の敵と戦うのも美鈴にとっては得意な分野なのだから。  
 下手をすれば包囲したところをスペルカードでまとめて吹き飛ばされる。
 それを避けるために一対一に持ち込んだほうが確実だった。 
 ……そうは思いつつも、異変に駆けつけるのが遅いと言うのはそれはそれで困りものでもある。
 そのあたりは追々対策を検討する必要があるだろう。
 とにかく今は『美鈴』を拘束するのが先決だ。
「話は後。誰かロープか何か持ってないかしら?」
「あ、あたし持ってます」
 この時、咲夜は信じられないミスを犯してしまった。
 メイドの一人から捕縛用のロープを受け取る時にナイフを当てていた手を離してしまったのだ。
 激闘の疲れで知らず知らずのうちに思考が鈍ってしまっていたのだろう。
 そしてその隙を見逃す『美鈴』ではなかった。
 左腕だけで強引に仰向けになるように起き上がり、姿勢を崩した咲夜から右腕をもぎ取りそのまま咲夜を蹴り飛ばした。
「しま……っ」
 とっさの事に対応できずによろめく咲夜を尻目に『美鈴』は跳躍し、無防備に突っ立っていたパチュリーへと襲い掛かった!
「え? きゃ……!」
 目を丸くするパチュリー胸元へ腕を打ち当て本棚に叩きつけると、突然の激痛に息の詰まったパチュリーの背後へ回り腕を回し首を締め上げた!
「パチュリー様!」
「動くな!」
 薙刀を構える小悪魔を一喝し『美鈴』はパチュリーの首を締める手をより強めた。
 気道を圧迫され呼吸を塞がれたパチュリーが『美鈴』の腕へ爪を抉り立てるが、それで腕を外すわけが無い。
 いまは『美鈴』にとっても後の無い背水の陣なのだ。
 レミリアの前に引きずり出されたら、どうなるかはわかりきっている。
 咲夜は歯噛みした。
 ちょっとした失敗が、この様だ。
 時間を止めて助けにいこうも、本棚を背にしているせいで完全な死角には回りこめないし、ああもがっちり組み付かれては止まった時間の中で解くのも不可能だ。
 だからこそ先の戦いでも極力接触する事を避けてきたのだ。
 それを、ここにきて。
 一方、にらみを聞かせる『美鈴』の腕の中で、パチュリーがか細い声をひねり出した。 
「……美鈴……なんで……」
「だから言ったんですよノーレッジ様。引き篭もってばかりいないで体を動かせってね」
 囁くその言葉にパチュリーははっとした。
 美鈴は『ノーレッジ様』等とは呼ばないし、なによりその言葉。昔、言われたことがあった。
「……! あんた、ひょっとしてしょう」
「黙れ」
「ぐう……」
 首を締める力を強められ、パチュリーはいよいよ声も出せなくなった。 
「お前ら全員、武器を捨てな」
 『美鈴』の要求に、全員が動揺する。
 無論パチュリーを見殺しにするわけには行かない。
 かと言って明らかに普段と違う、危険人物と化した『美鈴』を前に丸腰になるのも……。
 躊躇う小悪魔たちを前に『美鈴』はさらに腕に力をこめた。
 気道どころか血管すらも締め上げられパチュリーの顔が真っ赤に染まる。
 酸素を求め金魚のようにぱくぱく動く口からは泡を吹いていた。
 目から力が無くなり瞳孔が開き始め、パチュリーの口から不吉な音が漏れる。

 ヒュー……ヒュー・……

 塞がれた気道が立てるその音は、確実にパチュリーの限界が近いことを告げていた。
「早くしな! 息くらいは出来るようにしてやるよ!」
 駄目だ。本当にパチュリーが殺されてしまう。
 全員が手にしていた武器を放り出した。
 ただ一人、咲夜を除いて。
「どうした! こいつの命が惜しくは無いのか!?」
「無駄な事は止めなさい」
「無駄? どこが?」
「人質なんてとっても、意味が無いわ」
「へえ。じゃあこのままこの紫もやしの首をへし折ってみようか?」
「やってみなさいよ。そうなったら、一体どうやって自分の身を守るのかしら?」
「どうしようもないだろうね。もう一度あんたとやっても、また負けるだろうし」
 意外と、その返事はさっぱりしたものだった。
「けどね、このままあの女の前に引き釣り出されても同じ事。ならば少しでもあいつの大切なものを奪ってやる!」
「……狂ってるわね」
「……狂わしたのはあの女だ。あの悪魔が……!」
 『美鈴』の目に激しい憎悪の炎が燃え上がる。
 あの女、レミリアと『美鈴』の間に何があったのか。
 咲夜には知る術は無い。
 ふん、と『美鈴』はそんな咲夜の説得を一蹴し、事の成り行きを見守る事しか出来ない観客へ、
「おい。そこの小悪魔」
「え。わ、私?」
「そう、お前」
 突然矢面に立たされ慌てる小悪魔に『美鈴』は傍に投げ出された短刀を顎で指し、

「それでその女の胸を刺すんだ」

 そう、命じた。
「………………」
 重い沈黙が場に落ちた。
「で……できないわそんなこと!」
「あっそう。ならこいつの首を折るだけだね。もっとも、そんな事しなくてもそろそろ危ないみたいだけど?」
 『美鈴』の腕の中でパチュリーは虫の息……も出来ないほどに追い詰められていた。
 すでに意識は朦朧とし、このやり取りすら耳に届いていない。
 猶予は無い。咲夜は決断した。
「……やりなさい」
「咲夜さん!」
「いいから」
「けど! そんな!」
「……パチュリー様は開放しなさいよ」
「ええもちろん。あんたもあの女にとって大事みたいだからね」
 その証明、と言わんばかりに『美鈴』は腕を僅かに緩めた。
 咲夜は小悪魔へ頷いた。
 小悪魔が躊躇い、動揺しながら短刀を手に取る。
 その切っ先が、咲夜へ向けられた。
(なにか、考えがあるんですよね? そうですよね咲夜さん……)
 そう信じるしかない。
 一歩踏み出した足がとても重い。
「さあ、早くしなよ。時間稼ぎするようなら……わかってるよね」
 震える切っ先が、一歩、また一歩と咲夜へ迫る。
 あと一歩。
 ついに切っ先が咲夜に触れた。
 このまま押し込めば、咲夜の心臓に短刀が……。
(勝った……! あいつがもっとも信頼する女を葬れた!)
 レミリアには届かなかったが、ただの一亡霊の復讐としては十分な戦果であろう。
 逆に考えてみれば、直接レミリアを亡き者にするよりもこうやって精神に傷を負わせた方が苦しみは深い。
 結果オーライだ。
『美鈴』の唇が勝利に歪んだ。

 --違う

「な……に……?」
 突如『美鈴』が苦悶を浮かべた。

 --私が欲しいのは、こんな勝利じゃない

「ぐぅっ」
 何をいまさら、この大事な時に……!

 --出て行け! あんたなんかに咲夜さんを殺されてたまるか!
 
 頭を押さえ脂汗を流し始めた『美鈴』の異変に全員があっけに取られていた。
 パチュリーの拘束も緩んでいる。
 逸速く我に返った咲夜がそれに気がつき、行動を起こそうとしたその時、『美鈴』の叫びが響いた。

「うああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 拘束していた腕も放し天を仰ぎ叫ぶ『美鈴』から靄のような何かが湧き上がった。
 『それ』はまるで苦悶にのたうつ女の顔のようになったかと思いきや、唐突に消え去った。
 後に残った美鈴は糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ち、開放されたパチュリーが激しく咳き込む音だけが図書館に響き渡った。
「なに……いまの……」
 誰かの漏らした呟きに、答えられる者は居なかった。
「……パチュリー様を。念のため美鈴も拘束して」
 咲夜の呟きに小悪魔達が弾かれるように動き出した。
 小悪魔と数人のメイドはパチュリーを美鈴の傍から運び出し介抱する。まだ呼吸は落ち着いていないが、大事には至らないだろう。
 問題は、もう一方。
 咲夜と残りのメイド達で美鈴を取り囲み、今度こそ捕縛しようとしたその時。
「咲夜さん……」
 美鈴がゆらりと立ち上がった。異様な雰囲気にメイド達の足が止まる。
 伏せられた顔に何が浮かんでいるのかは見て取れない。
「覚えてますか? 最初にお嬢様から紹介された時の事」
 突然なにを言い出すんだ……?
 メイド達に疑問符が浮かんだ。美鈴の言葉が何を指すのか。
 それを理解したのは咲夜だけだった。
「ええ。新入りの、それも人間のくせにメイド長なんて要職を任された私をあなたが疎ましく思って……」
「違う!」
 鋭く否定する美鈴。
「前のメイド長だった人間が何をしでかしたか知っていたから、私は……!」
「……妙な事をしないように脅しておこうとして、逆に返り討ちになった?」
「そうです。けど、咲夜さんの事を見ていたらそれが杞憂だったって事は直ぐにわかりました」
「光栄ね。それで? なんでこんな事を」
「……言い訳はしません。それでも……」
 理由はどうあれ、付け入る隙を与えたのは自分。それを誰かのせいにするつもりは無い。
 だが、一度火のついた心はそう簡単には静まりはしない。
 職場の上司として信頼している。
 その戦闘能力には憧れすら覚える。
 人間的にもとても素敵な人。
 自分にとって咲夜は尊敬する人物であり、超えたいと願う目標。
「それでも私はあなたに勝ちたい!」
 あの日からずっと考えつづけていた対咲夜用の戦法。
 いまこそそれをぶつける時!
 美鈴は伏せていた顔を上げ、正面から咲夜へ挑んだ。
「勝負だ! 十六夜 咲夜っ!」
 懐からスペルカードを取り出し咲夜へ叩きつけるように宣言する。

「彩符「彩雨」!」 

 美鈴から色鮮やかな光のつぶてが図書館中に放出された!
 眩い閃光、そして色とりどりの光がまるで雨のように図書館を満たす。
 とっさに両手を構えガードする咲夜とメイド達達だったが、予想された衝撃は何時までたってもやってこなかった。 
 目晦ましに使ったのか……?
 咲夜が腕のスキマから美鈴を見やった時、そこには予想に反して美鈴の姿があった。
 ただし、十数人の美鈴の姿が。
 メイドの一人が驚愕の悲鳴をあげた。
「美鈴さんが増えた!?」
 通路はもちろん、書架の上、空中、いたるところに腕を組んだ美鈴が仁王立ちしていた。
 降りしきる彩雨の中、その姿は霞んではいるものの、どれも同じように見える。
 どころか、それらは一斉に同じ構えを取り、咲夜目掛けて飛び掛ってきた!
「どーいう仕組みなんでしょーね?」
「えほ、光の粒子を操って自分の像を映し出しているのね。……えふ」
 やや落ち着いてきたパチュリーがメイドの疑問に答えた。
 スペルカードの効力を攻撃ではなく、目眩ましに用いたのだ。
 それは咲夜にとっても承知のうえだった。
 虚像に攻撃力は無いし本物が居るとも思わないが、居ないとも限らない。
 虚像にまぎれて攻撃されるのはいささか厄介だ。
 影がないとかそういう事は当てにならない。
 図書館中に広がる彩雨はあらゆる方向から光を放ち、咲夜達の影すら打ち消してしまっている。
 それではどうすればいいか。
 簡単である。
「全部撃ち落すだけ……よ!」
 懐から引き抜いたナイフを美鈴達へと投げはなった。
 それらは正確に美鈴達の額を打ち抜き貫通した!
 全て虚像。それは予想済み。確実に「万が一」を潰す事だけが肝心だった。
 そして背後に現れた気配を見逃したりはしなかった。
(甘いのよ……美鈴!)
 たしかに咲夜としては万全を期すために虚像を撃ち落す必要があった。
 その間に攻撃を仕掛けられればそれは完全な隙。美鈴もそれを狙っていたに違いない。
 しかし最後の詰めを誤った。気配を最後の最後で隠し切れなかった。
 勝ちを確信した故の焦りがそうさせたのだろう。
 咲夜は気配へ振り向くと、迷わず所持するナイフの全てを叩き込んだ!
 怒涛のナイフが迫り来る美鈴を迎撃する!

 が。

 美鈴はナイフに触れた途端、ゆらりと消えた。
「!?」
 咲夜の思考が一瞬止まった。
 いまのは避けられたとかそういったものではなかった。
 幻影。
 そんな筈は無い。確実に『美鈴の気配』があった。 
 しかしナイフが突き抜けた以上、実体が無いのは事実。
 ならば本体はどこに……?
「……!」
 ハッとした咲夜が振り向いた足元、そこにはしゃがみ込むように構える美鈴の姿があった。
 気配は無い。
 が、本物……!
 
 ヴァ!! 
 
 唸りをあげ伸び上がる拳が耳元を掠めた。
 次の瞬間、咲夜は反射的に手を出して打撃を逸らしたことが致命的な失敗だったと思い知らされる。

 ミシ……!

 右肘に走る激痛によって。



 


 勝った。
 美鈴は勝利を確信した。
 彩符「彩雨」による目眩ましは当然見破られる。それは承知の上。
 問題はその後。
 当然咲夜は背後に現れた気配に気付く。
 そしてそれを迎撃するだろう。全力で。
 なにしろ最初と違い『気配』があるのだから。
 気を操る能力を全力で活用し虚像に自分の気配を重ね仮初の『美鈴』を作り出し、自分は極限まで存在を薄め死角へ回り込む。
 咲夜がその事に気付いたときには既に遅い。
 辛うじて軌道を逸らしたつもりだろうが、まさにそれこそこちらの思う壺。
 その手を絡め取り関節を極めてやった。
 確かな手応え。ひびくらいは入っただろう。
 もう少し力をこめれば完全に関節を破壊する。そしてその先も。
 
 --けれど。

 首筋に鋭く鈍い衝撃。
 時間を止めて抜け出した咲夜による手刀だと薄れ行く意識の中で悟る。

 --あは。やっぱりずるいですよ、それ……

 だが、気を失い床に倒れた美鈴の顔には満足の笑みが浮かんでいたのだった。 





 
 (クソ! 上手くいくと思ったのに、まさか門番ごときが!)
 咲夜と美鈴の決着がついた頃、図書館を脱し月明かりの屋根へと逃れた『それ』は今までに無いほどの怒りを覚えていた。
 美鈴に追い出された『それ』は霊力のほとんどを使い果たし、存在するのがやっとという状態であった。
 これでは当分こちらに干渉することも難しい。
 ともかく急いでここから離れなくては……。
「下衆な臭いがすると思ったら……やっぱりあんただったのね」
 !
 突然の声に気をやれば、そこには紅い影。
 紅魔館の主、レミリア・スカーレットが満月を背負って立っていた。
「大人しく冥界あたりで燻っていればよかったのにねえ」
 ちらりと天窓から図書館の様子を覗く。
 書架の多くは倒れ破壊された本も少なくない。
 一言で言って大惨事だ。
 なにより、友人をはじめ従者達への人的被害が許しがたい。
「こうまでされるとちょっと見逃しようがないな」

 --レミリアぁっ!!

「消えな」
 ぶわっと膨らんだレミリアのスカートから蝙蝠の群れが溢れ出した。
 レミリアの使い魔であり分身ともいえる蝙蝠が『それ』を覆い包む。
 霊魂どころか存在そのものが食い潰される痛みに『それ』が悲鳴をあげた。

 --GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!
 
 運命を抉り取られる絶叫は星空を揺るがし、幻想郷中へと響き渡った。
 蝙蝠達は『それ』の今を、過去を、未来を奪い取り、その存在を否定していく。
 記憶を、思い出を食われ、レミリアに拾われた経緯も、レミリアを憎んだ訳も『それ』は失った。
 最後に残ったのは亡霊となってまで晴らしたかった純粋なるレミリアへの憎しみ。
 何もわからなくなった『それ』はただひたすら呪詛のごとくレミリアの名を繰り返した。

 --レミリアレミリアレミリアれみりあれみりあれみりあれみ

 ぱたりとそれが止んだ。
 蝙蝠が再びレミリアのスカートに潜り込むと、後には何も残っては居なかった。
 レミリアを憎み、紅魔館を引っ掻き回した亡霊の、実に、実にあっけない最後だった。
「私を裏切った報いだよ」
 くるりと背を向け歩き去るレミリア。
 パチュリーは本当に無事なのか、咲夜の腕は大丈夫なのか。
 肉体と精神を酷使された美鈴の容態は?
 図書館の復興に掛かる費用と時間と労力は?
 この件の後始末を考えると、少々頭が痛い。
 それもこれもあいつのせいだ。
 一度だけ足を止め、『それ』がいた空間を振り返った。
 もはや何も存在しない空間の先には、『それ』の代わりのように瞬く星空が広がっていた。
「馬鹿」
 その瞳には限りない侮蔑と、ほんの微かな哀しみが浮かんでいた。






 翌日の昼下がり。 
 レミリアの部屋でレミリアとパチュリー、咲夜の三人は紅茶を飲んでいた。
 幸いパチュリーは大事無く、咲夜の腕も当分安静にしてれば元通りに治るとのこと。
 もっともメイド服を着てはいるものの三角巾で右腕を吊るす状態なので仕事は出来ず、しばらくは監督専門になるのだが。実質休業である。
「響夜 星叫(きょうや しょうきょう)?」
「そ。あなたの前任者、って事になるわね」
 紅茶をすすりながら事も無げに話すのは昨日の一件を引き起こした犯人の事だった。
「初めの頃はまじめに働いてたんだけどねえ。何時の頃からかネジが一本外れちゃったみたいで」
「挙動不審になった挙句にレミィに嫌がらせし始めたのよね」
「いやー今思い出してもせこかったな、あれ」
「たまーに致命的なのもあったようだけどね」
「本人はいたって真面目だったみたいなのよね。そのうち私を殺そうとしてきたから殺したけど」
 なるほど。咲夜は二人の言葉に納得した。
 あの夢は星叫とやらの最後だったのか。体を乗っ取ろうとしたときに記憶が流れ込んできた、というところだろう。
 おかしくなった理由と言うのにもおおよその見当はついた。
 レミリアとフランドールの二人は吸血鬼。レミリアは小食だしフランドールにいたってはまともに人間から血を吸った事すらないが、血が必要という事に変わりは無い。
 レミリアは自分を恐れる人間からしか血を吸わないし、時にはメイド達からの『提供』だけでは足りない事もある。
 そうとなればどうやってでも『調達』するしかない。
 そしてその後始末。そんなことが続けば心の弱い人間はたまらない。
 結局、一度は忠誠を誓ったレミリアという悪魔を亡き者にする事で心の安定を取り戻そうとしたのだろうが……そういう発想自体が既に間違っている事には最後まで気付けなかったようだ。
 最初に思ったとおり、実にくだらない最後だ。
 と、カップが空になった。レミリアの後ろに控えるメイドにカップを掲げ、
「御代わりお願いできる?」
「はい! いまお持ちします!」
 元気よく答えるのは紅毛のメイド。頬っぺたにはばんそう膏を張り、腕やら足やらに包帯が巻かれたそのメイドは紅 美鈴だった。
 やすやすと星叫に体を乗っ取られたことに対する罰代わりに、咲夜の代理を兼ねて当分メイドの仕事もこなすよう命じられた。
 もっとも、その仕事の大半は図書館の復興作業に追われることになるのだろうが。
 ちなみに咲夜との私闘は、咲夜の口添えもありお咎めなしとなっていた。
「私もね」
「はい!」
 ポットを載せたワゴンを押して駆け出した。
 目指すはキッチン。火にかけられた熱湯が待っているはずだ。
 意気揚揚と出て行く美鈴を見送りながらレミリアは感嘆した。
「元気だねえ」
「やる気があるのはいい事ですわ」
「それにしても星叫のバカも美鈴に目をつけたとこだけは誉めていいかもね」
「そうねえ。やり方さえ間違えなければあなたも危なかったんじゃない?」
 からかうようなパチュリーの言葉をレミリアはふふん、と軽く笑い流した。
 咲夜も苦笑いを浮かべた。
 まったくパチュリー様は突拍子も無い事を仰る。
 自分にすら勝てない娘がレミリア様に敵うわけ無いだろうに。
「ま、それでも私の敵ではありませんでしたけど」
 余裕のその言葉にレミリアとパチュリーは顔を見合わせたかと思うと、同時に

「「はっ」」

 と吐き捨てた。
「……え?」
 完全に予想外の反応を返され戸惑う咲夜。
 二人は呆れ返りやってられねーとばかりに手足を投げ出した。
「やれやれだあね。調子乗りすぎだっつーの」
「まったくよね。見損なったわー」
「なあに? ちょっと瀟洒だからっていい気になりすぎ? みたいな?」
「あれだけ私の書斎破壊しといていい気なもんねえ」
「……酷い言われようですわね」
 言いたい放題言われさすがにむっとする。なにかそこまで馬鹿にされるような事言ったか?
「お言葉ですけどね、勝ったのは私ですよ。それは多少苦戦したかも--」
「最後の肘関節。どうやって切り抜けたのさ?」
「どうって……時を止めて抜け出して」
「ひびが入るくらい完璧に極められたのに?」
「あ……」
 レミリアの指摘に咲夜はようやくその事に気が付いた。
 パチュリーが捕らわれた時もそうだったが、がっちり組み付かれてしまうと止まった時の中では解きようが無い。
 にもかかわらず咲夜はするりと抜け出す事が出来た。
 それはなぜか。
 美鈴がわざと緩めたからに他ならなかった。
「けどなんでまた、自分の勝ちを逃す真似を」
 自分に勝つことが彼女の望みではなかったのか。だからこそ星叫の支配から逃れたにもかかわらず勝負を挑んできたというのに。
 そんな咲夜の疑問にあっさりとレミリアは答えた。
「完全で瀟洒なメイド長殿が部下達の目の前で門番ごときに負けちゃ示しがつかないからでしょ」
「……」
「本人が勝利と納得できればそれ以上余計な波風立てたくない、とそういう事」
 確かに彼女が小悪魔やメイド達から慕われているのは万能な仕事振りに加え、恐ろしく腕が立つからという事も大きい。
 比喩抜きで彼女は完璧な女性と捕らえられている面がある。
 たとえ武術の達人とは言え、部下の一人に負けるようなことがあればその評価に大きく傷がつく。
 それは紅魔館の住人すべてにとって、あまり喜ばしい事ではない。
 美鈴はその事を踏まえ、あえて表向きの勝利を手放したのだ。
 つまりは、気を使われたのか。
「まあ二度目があるとも思えない勝ち方だったけど」
「一度で十分よ。あのまま続けてれば咲夜を完全に壊す事だって出来たんだからね」
「……」
 知らなかったのは自分だけ、か。面白くない。
 むくれる咲夜を悪魔達がにやにや眺めていると、
「お待たせしましたー! いま直ぐ淹れますから!」
 再びワゴンを押して美鈴が戻ってきた。
 三人の前からカップを回収し、ポットに新しい茶葉を入れようとして。
 肘がワゴンにぶつかり、その上に乗っていたもくもくと湯気を吐き出すケトルが転倒した。
「うわっちゃーーー!!!」
 がちゃあん!
「ああ! カップがあ!」 
 こぼれた熱湯の蒸気を浴び驚いた弾みに今度は手にしたカップを落として割ってしまった。
「すみませんすみません!」
 謝り倒し破片を拾うのが先か床に広がったお湯を拭うのが先かで右往左往する美鈴。
「こ……こんなのに気を使われたのか……」
 割と本気で頭を抱える咲夜に、悪魔と魔女はとうとう腹を抱えて笑いだすのだった。



 
  

   了
暑いせいでいつも以上に思考がお粗末で困ります。

こんにちは。keiです。
最後までお読みいただき、感謝です。

今回はガチな美鈴が書きたいという欲求に素直に従ったお話です。
作者は初めて触れた東方作品の上海紅茶館に惚れ込んで以来美鈴ファンだったりします。
最強はチルノなので二番目なのですが。
少しでも熱い何かを感じてもらえたら幸いかと思います。



本気の美鈴は強いですよ?



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今後ともよろしくです。
kei
http://www.geocities.jp/underflow_web/index.html
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コメント



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8.60名前が無い程度の能力削除
前任者にわざわざ名前つける必要はなかったと思う。
オリキャラとしての背景も薄っぺらいし、タイトルに無理矢理あわせてとってつけた感じがひしひし。
17.80名前が無い程度の能力削除
お許しくださいレミリア様~
18.70名前が無い程度の能力削除
この名前でこの嫌がらせ、名は体を表すってことでピッタリな名前だと思いました。
32.100名前が無い程度の能力削除
裏切り者で星叫って……
まさか、デストロンの航空参謀!?