*この作品は「妖夢がんばる」の続編的位置付けになっておりますので、
お手数ですがそちらを先に読んでからお読みいただくことをお勧めします。
魔法の森の霧雨邸。
まだ夜も開け切らぬうちに、訪問者があった。
どんどんと乱暴に戸を叩く音が聞こえる。なかなか目を覚まさない魔理沙に苛立ちが募ったのだろうか。
しかし魔理沙は早起きな方である、そう、訪問者が来るのがそれ以上に早すぎたのだ。
「あー? 誰だよ……うるさいぜこんな真夜中に」
パジャマを着たままの魔理沙が箒を担いで玄関へ向かう。
曲者だったら箒でぼこぼこに殴ってやるつもりだ。
スペルカードの1つや2つも飛び出すかもしれない。
「夜騒ぐのは、私と妖怪だけの専売特許だぜ!!」
魔理沙は鍵を外して思い切り乱暴に戸を蹴り開けた。
「ぶぁっ!?」
鈍い音と、確かな手ごたえがあった。
その不届き者は顔を押さえて転げまわっている。
「このっ! このっ!」
「痛い痛い!! 何なのよ!? やめてよぉぉ!!」
「ん……?」
ばしばしと魔理沙が箒で叩いていたその人物は、見覚えのある人物だった。
「夜騒ぐ特許は亡霊にだってあるのよぉぉ、というかもう朝じゃないの……」
「幽々子? ……バカ言うな、まだ夜だぜ。見ろ、星だってあんなに輝いてるんだ」
「それはきっと明けの明星と言うやつよ……」
違う。
「明けの明星の意味わかって言ってるのか? 今はまだバッチリ二度寝の許容時間だ」
「丑三つ時は良い子が起きる時間よ」
「そんな時間に起きるのは一部の老人か生活リズムの狂ったやつだけだ、お前がどっちかは知らないが」
「日が出てから起きるなんて悪い子のすることよ……」
「あーもうなんだ、話が進まない。とりあえず帰れ、私は眠い」
幽々子はいっつもこうだ、なかなか話の核心に迫らないため会話が無駄に長くなる。
「わざわざ冥界から出てきたのに、それはあんまりじゃない」
「しっしっ!」
魔理沙は家に入ってこようとする幽々子の頭を箒でどついて、乱暴に叩き出す。
「妖夢がっ!! 妖夢がっ!!」
「オネショでもしたか? そんなの私の知ったことじゃないぜ!!」
幽々子は戸の隙間に靴を挟んで最後の抵抗を試みたが、あまり硬い靴ではなかったので、
思いっきり挟まれて再びもんどりうった。
魔理沙は容赦なく鍵をかける。
「さて寝るか……せっかく、霊夢の頭にキノコが生える楽しい夢だったのに……」
「続きが見られると良いな」と、かすかに期待しつつベッドに潜り込んで目を閉じた。
ところがなんだか妙だ、温かいベッドのはずが寒い、背筋がゾクゾクする。
なんだか身体が重い。
「な、なんだ……体の動きがに、にぶいぞ」
鈍いのでは無く、動けなかった。
「か、金縛り!?」
「うらめしや~」
うっすら目を開くと、幽々子が魔理沙に覆いかぶさっていた。
「や、やめろ幽々子!!」
「話を聞いてくれないと取り殺すわよ~」
「ひぃぃぃぃ!!」
壁をすり抜けてきたらしい。
最初からそうやれば良いものを、最初わざわざ玄関から普通にやってきたのも妙な話だが、
それは幽々子なりの礼儀だったのかもしれない。
「顔面によだれを垂らすわよ~」
ぺろぺろと唇を舐めたあとに、口をすぼめる幽々子。
「やっ!! やめろおおお!! 聞く! 聞くからあ!!」
「冗談よ、そんな下品な事はしないわ。でも、話を聞くと言ったわね? 聞いてもらうわよ」
「うっぅぅ……お前が言うと冗談に聞こえないんだよ……」
幽々子は既に3cmほど垂れ下がってきているよだれを口の中へ戻し、魔理沙の金縛りを解いた。
「なんなんだよもう……」
2人は食卓で向かい合って座っていた。
魔理沙がいれた茶をさも当たり前のように受け取って啜る幽々子。
流石はお嬢様、不遜である。
「妖夢がどうしたって?」
「ええとね……話すと長くなるのよ」
「うへぇ、早くしてくれよ眠いんだから……」
それを聞いた幽々子はまた口をすぼめてみせる。
「き、聞くっ!! 聞かせてください!!」
「よろしい……ええと……どこまで話したかしら?」
「話すと長くなるというところまでだな」
それはまだ何も話していないのと同義だ。
「そう、話はまだ私が生きていた頃の話までさかのぼるわ……」
「何百年前だよ……」
「……」
「……??」
そこまで言って幽々子の動きが止まった。
思わず魔理沙は眉をしかめる。
「……ああ、違うわ、そもそも生きていた頃の記憶なんて無いし」
「あのさぁ……ちゃんとまとめてから話してくれよ……」
「宴会で怪談して盛り上がったことあったじゃない?」
「ああ、妖夢が怖がってトイレ行けなくなったんだっけ」
「そう、そうなのよ」
1杯目の茶を飲み終えた幽々子が、またも当たり前のように湯飲みを魔理沙に突きつけておかわりを要求する。
「お前に飲ませるお茶はもう無いぜ、話も途中だからさっさと話して帰れ」
「……」
幽々子が口をすぼめる。
「うちのお茶全部飲んでいってくれていいぜ」
魔理沙は泣きそうな顔で幽々子にお茶のおかわりを注いでやった。
「あの宴会の最後で、妖夢の堪忍袋の緒が切れたのは覚えているわよね」
「あ、あぁ……」
トイレを我慢する妖夢を、幽々子、紫、魔理沙の3人で面白がって散々からかったのだ。
それでキレた妖夢は、魂魄家のポテンシャルを最大限に発揮して、3人をいとも簡単に打ち破った。
魔理沙は新調した箒まで真っ二つにされた、良い思い出ではない。
しかも妖夢はその後、見せしめのように魔理沙の家のトイレを滅茶苦茶に破壊していったのだ。
「あれ以来……妖夢が帰ってこないのよ」
「そいつは大げさだな、また私を騙そうとしているだろ?」
「わざわざ冥界から出てきて、こんなへんぴなところに嘘を良いには来ないわ」
「悪かったなへんぴで、これでも居心地良いんだぜ」
「冥界の方がへんぴだろうが」と言ってやりたかったが、よだれを垂らされそうで怖いのでやめた。
「頼りないなどと言い過ぎたかしらね……」
「まぁどうみても溜め込む性格だしなあいつ、ストレスあったんじゃないのか?」
「帰って来てほしいわ……」
寂しそうな顔をする幽々子を見て、魔理沙も気の毒な気持ちになる。
「探して、ちゃんと謝るしかないんじゃないか? いくら相手が従者でもさ」
「妖夢が居なくなってから、家事を全部自分でやってるのよ……めんどくさいの」
そんな理由か、妖夢も浮かばれない。
「そんな理由だったら一生帰ってこないな、もう」
「その減らず口の中に、垂らすわよ」
「きっと帰って来るって! 気にするなよ幽々子!」
また湯飲みが差し出される。
お嬢様というやつは、常に誰かを従わせていないと満足しないようだ。
魔理沙は泣きながら3杯目のお茶を注いでやった。
「それでなんだ、相談しにきただけか?」
そこまで親しいわけでもない魔理沙に、相談だけしにわざわざ冥界から出てくることはあるまい。
友人である紫か、集会所にされている博麗神社の霊夢に真っ先に相談に行くのが自然な流れだ。
「そんな訳ないでしょう、妖夢を探すのを手伝ってもらうのよ、魔理沙には」
「なんで私なんだよ」
「貴女だって妖夢失踪の片棒を担いだじゃないの」
妖夢にトイレを我慢させるよう促したのは確かに魔理沙だった、筋は通っている。
「……嫌だと言ったら?」
「貴女の顔はどんなお味かしら?」
幽々子が舌なめずりをする。よだれだけに飽き足らず、舐め回しでもするつもりなのだろうか。
とにかく、断る理由もそれほどないし、断ったら酷い目に遭うのも理解した。
「わかった、まぁ最近は暇だから別に良いんだが、1つだけ条件がある」
「あら、何よ?」
「朝までは寝かせてくれ、こんなんじゃ眠くてまともに探せないぜ」
「もう朝じゃない」
「ああわかった、じゃあ時刻を指定する、午前7時までだ」
「むぅ……仕方ないわね、居眠り運転は死につながるし……」
幽々子がこんなにあっさり折れるとは意外だったが、睡眠の大切さはわかっているらしい。
今から寝ればあと3時間以上は寝られる。
「それじゃ私は寝るぜ、私が起きてくるまでは間違っても寝室に入るなよ」
「なによ人を変態みたいに」
まだ幽々子が何かをぶつくさとボヤいているが、もう魔理沙は相手にしなかった。
黙って寝室に入り、ベッドに寝転がった。
べちゃっ。
「うぁぁぁぁぁぁっ!?」
顔に何か湿ったものをくっつけられて魔理沙が飛び起きる。
「な、なんだぁっ!?」
「おはよう、お寝坊さんねぇ」
あれほど入るなと言ったのに、幽々子は当たり前のように寝室に入っていた。
手には棒が握られており、その先には紐でこんにゃくがぶら下げられている。
魔理沙が時計に目をやると7時半だった、夜中に1回起きたのが響いて寝坊してしまったようだ。
「わ、悪かったよ、でも普通に起こせよ……」
「お寝坊さんにかける情けなどないのよ」
魔理沙はこんにゃくをくっつけられた場所を手でぬぐう。
しかし妙だった、こんにゃくをくっつけられただけでこんなにヌルヌルするだろうか。
見ると、幽々子の口から少しよだれが垂れている。
「あらいけない……じゅる」
「お、お前っ、もしかしてこんにゃくはフェイク……!?」
「シャンプーの匂いが……じゃないわ、さて? 何のことかしら?」
「うわぁぁぁぁっ!!」
魔理沙はその日、いつも以上に念入りに顔を洗った。
「お前いつからそんな奇人になった? 人の顔は美味いか?」
「何のことかしら~」
2人は今食卓に向かい、朝食をとっている。
もちろん作ったのは魔理沙である。
「なかなか美味しいじゃない、妖夢と良い勝負よ」
「そうかぁ? そんなに熱心に勉強したわけでもないぜ」
「やっぱり人に作ってもらうって良いわぁ~」
そういえば、霊夢が思ったより料理上手だったのが悔しくて、こっそり家で料理の勉強をしたことがあった。
しかし霊夢は努力しない子だったので、あっという間に料理の腕は追いついてしまった。
魔理沙はその辺で飽きて放り出した。つまりそこそこは上手である。
「しかしこの程度で妖夢と同等なのか、あいつ思ったより家事できないんだな」
「だって元々は庭師だしねぇ」
一応、元々は剣術指南役だ。
「あの子は全体的に結構大雑把なところがあるのよ」
「白玉楼が広すぎるから丁寧にやってられないんじゃないのか?」
「それもあるでしょうけど」
魔理沙の作った玉子焼きを嬉しそうに頬張りながら、幽々子が言う。
あれだけ広い庭と屋敷の管理に、幽々子の身の回りの世話まで1人でやるのだから、確かに大変だろう。
「自分の境遇に満足してなかったのかしら、こんなことばかりして終わりたくない、って感じで」
「そりゃ小間使いばっかして死にたくはないよなぁ、剣士としてのプライドもあるだろうし」
「ふーむ……お味噌汁美味しいわ」
「ごちそうさま」
「食べるの早いのね~」
「お前が遅いんだよ」
魔理沙は自分の食器を手早く片付けた。
「んじゃ着替えてくるぜ、まぁゆっくり食べててくれ」
「お待ちなさい」
「ん?」
幽々子は少し考え込んだが、すぐにうんうんと1人で頷くと、自分の手下げ袋からあるものを取り出した。
「今日はこれを着てほしいのよ」
「なんだぁ? ……妖夢の服か? これ」
「そう、背丈も体格も似たようなものだから着られるでしょう?」
「いや、特に断る理由も無いが……何の意味があって?」
「え、ええと……これを着て妖夢の気持ちになったら、探しやすくないかしら?」
「そういうもんかぁ~?」
少し口ごもった幽々子の様子が気になるが、着てみたい気はした。
妖夢だから似合うというのもあるだろうが、こざっぱりとしたデザインでなかなか可愛らしい。
以前宴会のときに、酔っ払って霊夢と服の交換をしてみたこともあった。
しかし魔理沙より霊夢の方がいくらか背が高いので服が大きかった。
そしてそれ以上に、腋に刺さるような紫の視線が嫌ですぐに元に戻した記憶がある。
あの目は餓えた獣の目だった、博麗の巫女じゃないと耐えられないだろう。
「何ぼーっとしているの?」
「あ、ああすまん、ちょっと考え事してた」
「で、着てくれるの?」
「ああ、良いぜ別に」
その瞬間、幽々子がものすごく邪悪なほくそ笑みを浮かべた。
しかしルンルン気分の魔理沙はそれに気付かずに寝室へと小走りしていく。
女の子はいろいろな服を着てみたがるものなのだ。
「ど、どうだ? 似合うかな……?」
「あら良いじゃない魔理沙、可愛いわよ」
「そ、そうか?」
照れた様子でモジモジしながら魔理沙が寝室から出てきた。
きちんと黒いリボンまで頭に結んでいる。
「しかしなんだな、想像はしていたが、随分動きやすいぜこれは」
「でしょうでしょう」
既に幽々子も朝食を終えていたのに気付き、ご機嫌な魔理沙は台所へぱたぱたと走っていった。
「落ち着き無いわね、どうしたの?」
「幽々子様ー、お茶をどうぞー、なんつってな~」
「!?」
いたずらっぽく笑うと、魔理沙は幽々子に茶を手渡した。
「……良い、良いわ魔理沙、すごく良い。妖夢度50%アップだわ」
「はっはっはー、照れるぜ」
「顔舐め……じゃないわ、お茶、ありがたくいただくわね」
「おう、少し休んだらすぐ出るからそのつもりでな」
魔理沙も妖夢服を気に入り、幽々子は妖夢的な魔理沙を気に入り、順風満帆であった。
ただところどころ幽々子の邪心が垣間見えるのが不安である。
2人は並んで飛んでいた、もちろん魔理沙は妖夢服のままである。
「どこに向かってるんだよ幽々子?」
「もう1人いるでしょ……あの日の妖夢いじめの主犯格が」
「あぁ……紫か」
類は友を呼ぶというが、紫の思考の不明さは幽々子に勝るとも劣らない。
「まだ妖夢が怒りっぱなしとは思わないけど、あの日のままだったら2人では無理よ」
「確かになぁ、紫が役に立つかもよくわからんが……」
3人ともこてんぱんにのされたのだ、妖夢1人に。
流石にあの日のテンションをいまだに維持してるとは思えないが、用心するに越したことは無い。
もしかすると妖夢を捕まえる際にまたキレる可能性だってあるのだ。
「ふ~、遠かったわね~」
「途中に随分結界があったな」
「あの程度の結界、紫なら呼吸するのと同じぐらい当たり前に引けるわよ」
「普段の様子からはそんな大物には見えないんだけどな……」
その結界をことごとく突破してきたこの2人も結構すごいのだが。
とにかく、2人は紫の家に到着した。
「それじゃ入りましょうか」
「お、おい、そんな勝手に入って良いのか?」
「別に良いのよ知り合いだし」
魔理沙の制止も聞かずに、幽々子は八雲邸の門を押し開ける。
すると、驚いた様子で藍が飛び出してきた。
「な、なんだっ!? 幽々子様ではありませんか、どうなされたのです!?」
「紫を借りにきたわ~」
「ちょ、ちょっと!! 紫様はお休み中です! おやめください!」
移動にも結構時間がかかったのでそろそろ昼である、紫は寝ている時間だ。
しかしそんなことはお構い無しに幽々子は家の中へと踏み込んだ。
「私もお邪魔するぜー」
「魔理沙? なんだその格好は?」
「なぁに、ちょっとした気分転換だ、気にするな」
「って、お前もそんな当たり前みたいに侵入するなっ!!」
居間に入ると、橙がちゃぶ台の前に座っていた。
ちゃぶ台の上では大きな鍋が湯気を上げている、おでんのようだ。
橙はそれを口に入れてはほふほふしていた。
「ほ、ほふっ、幽々子様だー」
「こんにちは橙、あら美味しそうなおでん、借りるわ」
幽々子は鍋ごとおでんを持ち上げると、奥にある紫の寝室を目指してつかつかと歩いていった。
「おでんー!!」
橙の悲しい叫びが響き渡る。
「橙、堪忍な」
魔理沙は申し訳なさそうに苦笑し、幽々子の後を追う。
「ま、待て!!」
藍はどうして良いものかわからずにおろおろと魔理沙の肩を掴むも、容赦なく振り払われた。
そうこうしている間に、幽々子は紫の部屋に到着してしまった。
布団に包まった紫が気持ち良さそうに寝ている。
「ふふふ、寝る子は育つ……」
後ろでぎゃーぎゃー騒いでいる藍に構わず、幽々子は煮えたぎるおでんの鍋にさいばしを突っ込むと、
灼熱のこんにゃくを取り上げて、紫の鼻の頭に乗せた。
「むにゃむにゃ……藍~、尻尾がふわふわなのー、柔軟剤使ったのかしら……ぅぁっつ!!!」
紫は飛び起きてこんにゃくを振り落とすと、鼻の頭を押さえてじたばたともがいた。
「おはよう、紫」
「う、訴えてやる!!」
安眠妨害された紫が怒り狂って幽々子に飛び掛った。
「い、言わんこっちゃ無い!! 紫様は安眠妨害されると怒るんだ!!」
「いや、普通怒るんじゃないか? あんな起こされ方したら……」
慌てふためく藍と、呆れて眺める魔理沙。
「藍のふわふわ尻尾に巻かれる夢を見ていたのに!! どーしてくれるの!?」
「知らないわよそんなこと!! こまめにセーブしない紫が悪いんでしょ!?」
「続きが見られる保証なんてないの!!」
「本人と暮らしてるんだからいつでも巻いてもらえば良いでしょ!!」
幽々子と紫は派手に取っ組み合いを始めた。
幽々子が上になったり紫が上になったりしながら、殴り合い、転がり、ふすまを突き破る。
「あー……片づけが大変そうだ……」
「同情するぜ……よいしょっと」
涙目の藍の肩に手を置いたあと、魔理沙はおでんの鍋を持ち上げた。
「お腹空いたから一緒に食べさせてもらうぜ、これだけあるんだからいいだろ?」
「あ、ああ……」
それにしても、まるで2人共子供のようにじゃれ合っている。
これこそが、友人同士であるということなのかもしれない。
「おでんー」
「橙はハンペンが好きか、私はやっぱり卵だな」
魔理沙は橙と並んでおでんを突付いていた。
「藍は料理が上手なんだな、ほんとに美味いぜこれ」
「藍様はすごいよー、ほっ、ほふっ」
「猫舌ってほんとなんだなぁ」
和やかであった。
藍は戻ってきていない、あの2人の殴り合いをどうにかして止めようとしているらしい。
弾幕戦まで始まったようで、時折屋敷が大きく揺れた。
「おいおい、家潰れたりしないだろうな?」
「丈夫だから平気だよ、はふはふ」
「お前冷静だなぁ……」
「いい加減にしろぉぉぉぉぉっ!!」
突如、大地を揺るがすような藍の声が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
「ら、藍様が……!!」
それまで落ち着いておでんを食べていた橙が、青ざめて走り出す。
橙の様子の変化に驚いた魔理沙も、急いでその後を追った。
「うぅ……」
「うわ、酷……」
そこに広がるのは地獄絵図。
「いきなり入ってきてなんだ幽々子ぉ!? 紫様も、後片付けする私のことなど考えてくださらないのか!?」
怒りで顔が真っ赤になった藍は……その尻尾で紫の全身を締め上げ、幽々子の首を両手で絞めて吊り上げていた。
「た、助け……ま、まり……さっ!!」
「ちぇ、橙……藍を、説得……うっ!!」
幽々子の顔が紫色に変化し始めている、紫の全身から軋むような妙な音がする。
「ら、藍やりすぎだぜ!! 紫はお前の主だろう!?」
「魔理沙……」
藍の視線がゆらりと魔理沙に移る。
これは、いつぞやの宴会……満月を取り戻したあの日。
満月を見て気分が高揚しているときの藍の目だった、式神ではなく妖怪、猛獣の目。
「はがーッ!!」
「ひっ!? 痛だだだだだだだ!!」
藍は魔理沙の頭を噛んだ。
「ちぇ、ちぇーん!! た、助けっ!! 痛だだだだだ!!」
「ら、藍様ーっ!!」
橙が藍の服を掴み必死に引っ張るが、藍はまったくそれを気にかけない。
「橙!! 偉い奴にだって叱ってやる者は必要なんだ! 黙って見ていなさい!!」
「ひぃぃぃ!!」
「藍様ぁーっ!!」
藍が発言することにより魔理沙は頭噛みから逃げ出したが、すぐに足払いをかけられ、
仰向けに倒れたところ、胸を踏みつけられて動きを封じられた。
「ぐえーっ!? く、くるしっ!!」
「猛省せよ!! 貴女達の更生のため、この八雲藍、鬼となる!!」
「うわーんっ!! 藍様が怖いよーっ!!」
妖夢にしてもそうだったが、普段真面目な奴がキレたときほど恐ろしいものはない。
妖夢も藍も、ストレスを限界まで抱える方なのだろう。
実際ここしばらく、藍には様々な不幸があった。
件の宴会の夜、紫のとばっちりを食い、突然現れた妖夢に気絶するまで刀の鞘で殴られた。
橙までもが巻き込まれたその事件、藍が目を覚ますとトイレが粉々に破壊されていた。
それからの仮設トイレの設置、トイレ復旧作業、紫も橙も手伝ってはくれなかった。
少しずつ積もっていったストレス、悲しみ……それが藍を鬼へと変えた。
「す、すい……か、助け……ブッ!!」
「紫様!! これは藍からの愛の鞭です!! 夢にまで見た私の尻尾の感触はいかがですか!?」
「き、気持ち良……いわ……藍っ!! ゲフッ!!」
「それは良かった!!」
吐血を繰り返しながらも、紫は気持ちよがっていた。
藍も錯乱気味で、妙な笑いを浮かべながらストレスを皆に吐き出している。
「妖夢っ……いじめてごめんなさっ……ヒィッ」
「亡霊でも呼吸ができねば苦しいか!? 奇妙だな!!」
「く、苦し……」
「妖夢はその何倍も苦しんでいるんだ!! 思い知れ!!」
しかし藍は気付いていなかった、紫が呼んだその名。
「ぐっ!?」
突然、藍がチョークスリーパーをかけられる。
首に絡みつく細腕からは想像もできないほどの怪力。
「だ……誰だ!?」
「中間管理職って大変よね、上は認めてくれる、下には慕われている。
それに喜びを感じてるようで、本人はただ思い込みしてるだけ、周りは利用してるだけ。
でもそうやってないと不安なのよね、自分というものがいつまでも掴めないから。
そうやって相対的に自己を認識することしかできない、一見ストレスに慣れてるようで、
一度崩れるとこれほど脆い性格も無いのよ。惨めね」
「そ、その手厳しい言葉責め……そうか……わかった」
幽々子を締め上げる腕の力が萎えていく、紫を締め上げる尻尾が緩んでいく。
魔理沙を踏みつける脚に力が入らない。
「看破されて解放される悲しみもある、あんたは少し働きすぎだよ、可哀想に」
「う……ぐ……」
藍は声を発しようとするが、首を絞める腕の力が強すぎて声が出なかった。
「おやすみ、良い夢見られると良いね」
「……」
脳に流れる血を止められ続けて、ついに藍が卒倒する。
背中に張り付いてチョークをかけていたその少女は、ひらりと飛び降りると、藍の身体を受け止めた。
そしてゆっくりと紫の布団に寝かせる。
「す、萃香、来てくれたの……ゲファ!!」
「来たんじゃないの、元々ここにいたのよ」
「そ、そうだったわね……覗き魔だものね……ガフッ!!」
紫の吐血がいちいちうるさかった、わざとらしい。
そう、そこに佇むのは伊吹萃香、鬼である。
「す、萃香……? なるほど……そういや紫の知り合いだったか」
胸を押さえながら魔理沙が立ち上がる。
「すひゅーすひゅー、ああ、空気が美味しいわ~」
危うく妖夢に会う前に全滅するところだったが、萃香の出現でなんとかそれは免れたのだった。
「なんなの魔理沙? その格好は」
「あぁ、妖夢の気持ちになるんだそうだ」
「よくわからないけれど、霊夢と服を交換することはもうないの?」
「無いな、少なくともお前の前では」
「そう、残念ね……」
居間のちゃぶ台を魔理沙、幽々子、紫、萃香、の4人で囲んで話し合っている。
「それで何の用なの? まったく、酷い目に遭ったわ」
「幽々子、説明してやれ……と思ったがお前は適任じゃないな、私から話すぜ」
幽々子に任せたら、また話がそれて長くなるだろう。
ということで魔理沙は妖夢が失踪したこと、そして妖夢を探すために、
あの日の妖夢イジメに関わった者を集めていることを説明した。
「なるほどねぇ……うちも藍が居なくなったら大変だからその辛さはよくわかるわ」
「大変なのよ~」
「自業自得じゃない、哀れね、藍も妖夢も」
「まぁそう言うな、こいつらはそういう生き方しかできないんだ」
萃香から2人を弁護するようで、魔理沙もさらっと酷いことを言う。
「ならば尚更、萃香が来てくれたのは好都合ね、わかるんでしょう? 妖夢の居場所」
「わかるよ」
「流石ね、覗きとストーキングに関しては私も萃香には敵わないの」
「角で刺すよ?」
「プフッ! 照れちゃって!!」
紫は軽い調子で言っているが萃香の目は結構マジっぽかった。
「わ、わかるのなら教えて頂戴!!」
「ん~、どうしようかな~」
「しぶるなよ……この2人も怒ると結構鬱陶しいぞ」
「怖い」ではなくて「鬱陶しい」なのが怖い。
「それはよく知ってる、ね、紫、あんまりジロジロ見ないで」
「萃香ったら、久しぶりに会ったのにつれないの」
紫がちらちらと萃香の腋に目をやってるのはしっかりとバレていた。
「隙だらけなのよその腋、良いものあげましょうか?」
「付け腋毛とか言ったら本当に角を刺すから」
「……チッ!!」
「ねえったら! 妖夢はどこなのよ!?」
「あーもう収集がつかんぜ!! とりあえず紫と私は黙る! それでいいな!」
魔理沙がぐしゃぐしゃと頭をかきむしる、確かにこれではまとまらない。
「妖夢は紅魔館でメイドやってたよ」
「な、なんですって!?」
「しばらくは人間の里とかうろうろしてたけど、半霊ついてるしね、生活しづらいんでしょ。
最初はスカートの中に半霊隠してうまくやってたみたいだけど、お金も無いだろうし」
「だからってなんで紅魔館なのよ……」
「あそこのメイドなんてほとんど妖怪だしねぇ、とりあえず衣食住には困らないって事で、
今は十六夜咲夜にくっついて、メイド長補佐まで登りつめたみたい」
「あの子そんなに器用じゃないわ」
「剣の腕を買われたのよ、侵入者の排除が主な任務みたいだし。あとは白玉楼のときと同じで庭師やってる」
「うぅ……」
幽々子が頭を抱え込んで呻く。
「しかし不思議ね……ようやく幽々子の束縛から解放されたのに、敢えて今度はレミリアの手下になったの?」
紫が口を挟んだ。
「単純に従者が多いから、それだけストレスも少ないんじゃないの?
上司である咲夜が優秀すぎるのもあって、白玉楼のときより大分楽にやってるよ」
「う~ん……何か他に狙いがある気がするの」
「そこまでは知らないけど……まぁこうやって幽々子が出張ってくるのを見越して、
わざと紅魔館のような城に陣取ったっていうのはあるかもね」
「違うのよ、もっと他の何かが……」
珍しく、紫が真面目な顔をして考え込んでいた。
何か引っかかるものがあるらしい。
「とにかく、紅魔館に突入して無理矢理にでも連れ戻すしかないな。
しかし、まともに正面から行ったらきっと総攻撃を受けるな」
「なんでそう決め付けるの?」
「忘れてるようだが、あの日レミリアもいじめたんだぜ、私達は。
それぞれがバラバラに行くならともかく、まとまって行ったら絶対に警戒される」
そう、途中一旦仲間になって一緒に妖夢やら咲夜やらをいじめていたレミリアだったが、
レミリア自身も尿意をもよおすや否や、途端に見捨てられ、いじめられたのである。
「もう夕方だ、レミリアが起きだすと厄介だから、ほら紫、スキマを開いてくれよ」
「紅魔館内直通で良いのかしら」
「そうだな、入ったら分散して速攻で妖夢探しだ、見つけ次第合図代わりにでかい弾幕でも広げようか」
「妖夢……」
「そんないい加減な作戦でいいの~? あと、私も付いて行かなきゃダメ?」
「来てくれよ、鬼が堂々と人攫いできるんだぜ? 良い話だろう」
「なんか誤解されてる気がする……」
紫はスキマの準備を始める。
「いいか!! 脱落者は助けてやれない!! 各自自分の命はしっかり守れ!!」
「死んでるから大丈夫!!」
「妖夢を見つけたら合図すれば良いのね」
「そうだ、4人で捕縛して無理矢理連れ帰ってから説き伏せる、それでいいな幽々子?」
「いいわ~」
「さぁスキマの準備ができました、どうぞお入りなさい。スキマの向こうは紅魔館よ」
一同は黙って顔を合わせ、頷く。
スキマをくぐれば紅魔館、そこは戦場だ。
「よっしゃーっ!」
魔理沙がスキマに飛び込む。
「妖夢……帰ってきなさい!」
続いて幽々子が飛び込む。
「あーもー、なんでこうなっちゃったのかなぁ」
しぶしぶと萃香もそれに続く。
「大波乱の予感がするの」
最後に紫が飛び込み、スキマを閉じた。
「侵入者だー!!」
紅魔館のメイドが叫ぶ。
最初に飛び込んだ魔理沙はいきなり発見された。
「お、おい! いきなり見つかったぜ!! 皆急いで散れーっ!!」
箒にまたがり、魔理沙は一気に離脱した。
「ほんと、すごい従者の数ねぇ~」
幽々子は壁をすり抜けて妖夢探しに移った。
「いくよー、百鬼夜行だー」
腰につけていた酒入りのひょうたんを思い切りあおって、萃香が霧散する。
「さて、私は1階から調べるとしましょうか」
紫は別段慌てた様子も無く、ふわふわと飛び立った。
「咲夜さん、侵入者です」
「報告なさい」
咲夜に話しかけるそのメイドは、二振りの刀を背負っている……妖夢だった。
「霧雨魔理沙、西行寺幽々子、八雲紫、伊吹萃香の4名のようで、突如館内に出現したそうです」
「な、なんてラインナップよ……紫のスキマね……お嬢様の周辺には最大限の警護を、門番隊は待機」
「はい、そのように伝えてきます」
「妖夢、おそらく目的は貴女よ」
「……でしょうね」
「まだ、帰る気にはならない?」
「……」
妖夢は踵を返して、咲夜の元を去ろうとしたが、ふと立ち止まった。
「まだ帰れない理由があるんです」
「……何かしら?」
「貴女達に……お礼できていませんから」
「妖夢……」
あの宴会から数日後、妖夢はやつれた様子で紅魔館へ来た。
咲夜を初めとしたたくさんのメイドの世話を受けた、レミリアは面白がって妖夢を受け入れた。
「ついに、この日が来てしまいました」
「そうね……」
「では……!」
咲夜も一生懸命働く妖夢には好感を抱いていた、いなくなると思うと寂しい。
だが咲夜は気付いていなかった、妖夢の顔はけして寂しげな表情ではない。
「ついに……この日が来たのよ、そう」
不敵な笑みを浮かべ、妖夢は駆け出す。
「妖夢ーっ!! どこだーっ!? でてこーい!!」
弾幕を撒き散らして警備のメイドを蹴散らしつつ、魔理沙が箒で疾走する。
「お、おのれーっ!! 止まれー!!」
「ちっ! しつこい奴らだぜ!」
「止まれ」
「!?」
メイド達の中から飛び出した小さい影。
「よ、妖夢っ!?」
「な、なに私の服着てるのよ魔理沙!!」
「知るか!! 文句なら幽々子に言え!!」
魔理沙と妖夢はほぼ同速で、並んで飛びながら会話を交わす。
「よ、よぉーし!! 皆!! 妖夢はここだぜ!! マスタースパー……」
「させるかぁ!!」
合図代わりに撃とうとして取り出した、マスタースパークのスペルカードが真っ二つにされる。
「なっ!?」
「なるほど、他の3人が来ると厄介ね……ならば今は貴様の相手はしない」
「くっ! 待てー!!」
再び妖夢がメイド達の中に潜り込むと、その小さな体格からあっという間に見えなくなってしまった。
「しばらく暴れてもらわなくてはいけないのよ……」
ニヤリと笑うと、妖夢は残像を残して駆けていった。
「何かしらこの部屋……随分念入りに結界が引いてあったようだけれど」
紫は紅魔館の地下らしきところへ来ていた。
長い廊下、何重もの結界、その先にぽつんと1つ扉があった。
「ここに妖夢を隠しているの?」
紫は遠慮なくその扉を開けた。
「誰?」
「ん?」
無闇に広いその部屋の奥まったところに、少女が1人ぽつんと座っていた。
「人間? いや、違う、妖怪ね」
「なんなのこの子……」
少女は立ち上がり、ゆっくりと紫に歩み寄る。
紫が床に目をやると、無残に引きちぎられたぬいぐるみがたくさん転がっていた。
「メイドの格好をしてないのは、おもちゃだって、随分前にお姉様が言ってた」
「ああ……霊夢から聞いたことがあるわ、フランドール・スカーレットね、貴女」
「そうよ、遊んでくれるんでしょ? メイドの格好をしてないし」
「生憎と今は忙しいの」
薄ら笑いを浮かべて迫ってくるフランドールの歩調が徐々に速くなる。
だが紫も負けてはいない、フランドールを見下して微笑んでいる。
「んもう……仕方ないから少し遊んであげるわ、何がしたいの?」
「弾幕ごっこ」
「あらそう……私の弾幕は『ごっこ』どころでは済まないから覚悟することね」
フランドールはそう簡単に逃がしてはくれないだろう。
そう感じた紫は、いくつかのスペルカードを取り出した。
叩きのめしてから、ゆっくりと妖夢を探すしかない。
「誰よ……あそこに勝手に入ったのは……バカ」
魔法図書館でパチュリーが呟き、魔法の詠唱を開始する。
途端に紅魔館は大雨に包まれた。
「止まりなさい、幽々子」
「あら? あ、咲夜じゃないの~」
「妖夢を取り返しに来たんでしょう? わかっているわ」
「どうかしらね~?」
幽々子は壁をすり抜け続けて、警備の薄くなったところを中心に捜索していた。
そんな幽々子の考えなどお見通しと言わんばかりに、咲夜が現れたのだ。
「はぐらかそうとしたって無駄よ、取り戻そうとするのも無駄」
「そう思うのは何故?」
「放っておいても妖夢は自分で白玉楼に帰るわよ、こういうことをするから妖夢が嫌がるのだと、
何故主である貴女がわかってあげられないのかしら」
「主なんて、身勝手なぐらいで丁度良いのよ」
「妖夢には私からも言っておくから、仲間を呼んでさっさと帰りなさい。
誰かが妹様まで解放してしまったみたい、それだけで大変なのよ」
そういって咲夜は窓の外を見た。大雨が降っている。
「嫌よ、妖夢は今日私が連れ帰る」
「無駄な争いはしたくないのよ、わかってはもらえないのかしら?」
「わからないわ、身勝手な主だから」
「そう、残念」
咲夜が数本のナイフを取り出し、幽々子が扇を構える。
「咲夜ぁ~、トイレー」
「お、お嬢様!?」
「あら、レミリア」
剣呑な空気を打ち破る、突然のレミリア出現。
レミリアは眠い目をこすりながら咲夜のスカートの裾を引っ張っていた。
「どうなさいましたか? いつもなら御一人でトイレに行かれるではないですか」
「そうなんだけど……どこのトイレも壊れているのよ。無事なところ、無い?」
「トイレが壊れてる? トイレだけがですか?」
「お待ちなさい、咲夜、レミリア」
幽々子が青ざめた顔で2人に話しかける、扇はもう懐へ仕舞われていた。
「よ、妖夢だわ!! 妖夢がやっているのよ!!」
「へ?」
「え?」
「あの子、まだあの日のままなのだわ!! 紅魔館のトイレが全て破壊される前に止めなさい!!」
「はぁ……?」
寝ぼけているのもあってか、相変わらず不思議そうな顔をしているレミリアだったが、
咲夜はあの日の事と、妖夢の言葉を思い出して凍りついた。
『貴女達に……お礼できていませんから』
「……そ、そういうことだったのね!?」
「な、何よ咲夜……それよりトイレ……もうもれそうよ」
あの日咲夜とレミリアは、直接的に妖夢いじめに関わっていないように見えるが……
途中で脱落したことで、妖夢を矢面に立たせる結果になったのだ。
妖夢にしてみれば、途中で脱落したこともだが、助けてほしくて仕方なかっただろう。
その上咲夜は妖夢を見捨てて1人でトイレに行こうともしたのだ。
それについての復讐も考慮する妖夢だったが、紅魔館の戦力を考えるとスムーズに行きそうにない。
そこで、1人のメイドとして侵入することから始めた。
いずれ居場所を嗅ぎつけた幽々子が、幾人かの仲間を引き連れて紅魔館で暴れるだろう。
その混乱に乗じてトイレを破壊する……それが妖夢の目的だったのだ。
「素直な子だからと思って信用しすぎた……!! 幽々子、協力するわ!! 妖夢を捕まえる!!」
「ありがたいわ、居場所の見当はつく?」
「いや、わからない……けれど、そう『トイレあるところに妖夢あり』よ、トイレを片っ端から当たる」
「さ、咲夜~、もれちゃう~」
「お嬢様、我慢なさってください、お嬢様も一緒に無事なトイレを探すのです」
「うぅぅ……」
「トイレが全て破壊されるという意味、おわかりですね?」
「わかってるわよ……」
外でしようにも大雨で出られない、家の中のトイレは全て破壊される、それらが指し示すこと。
それはそれは、プライドの高いレミリア様には耐えられない屈辱である。
想像してはいけない。
そしてレミリアが大きく息を吸い込む。
「幽々子、耳を塞ぎなさい」
「??」
咲夜がレミリアの様子を見て耳を塞ぐ、幽々子もそれに従って耳を塞いだ。
「紅魔館全人員に告げる!! 今いる4名の侵入者には手を出すな!! 敵はメイド長補佐、魂魄妖夢のみ!!
各人、最寄のトイレの防衛に当たれ!! 壊されているものは無視していい!!」
耳をつんざくレミリアの大声。
窓ガラスがいくつも割れ、紅魔館が振動した。
「うっ!?」
「ど、どうなさいましたお嬢様!?」
「お、お腹に力入れすぎて、あの、ちょっと……」
咲夜はそれ以上訊かなかった。
「のん気なものね、今更気付いても遅い……これで復讐は完了よ!!」
妖夢は、そこまで長い間紅魔館にいたわけではなかったが、トイレの場所は全て把握していた。
妖夢が最後の便器に向けて楼観剣を振り下ろし、いくつもの弾を撃ち放った。
「だめっ!!」
「!?」
そこに突如割って入った萃香が、便器の盾となり弾の直撃を受ける。
萃香は吹き飛ばされて便器にぶつかる。便器にはヒビが入った。
「ぐ、ぅぅ……あんた、何をしているかわかってる?」
「復讐よ、邪魔をしないで」
「……紅魔館のメイド達から受けた恩義を忘れたの?」
「恩義も何もあるものか、最初から私の心の中には復讐の2文字しかないわ」
弾をモロに食らった萃香は苦しそうだが、必死に口を開いて妖夢を説得しようとする。
「この便器だって……」
「普通の便器だわ」
「違う……」
妖夢の言うとおり、普通の便器である。
結構離れていてもわかるぐらい萃香は酒臭かった。
酔っ払って変なテンションになっているようだ。
「どいて、邪魔をするというなら受けて立つ」
「ダメ……私が動いたら、この便器は崩れてしまう……」
萃香は、その背中で便器を支えていた。
「これは壊しちゃならない! これは人類全部の宝だって、あんただって知っているだろ!」
「なんだそれ」と妖夢は思った。
萃香が何を思ってそこまで必死にこの便器を守ろうとするのか理解に苦しむ。
酔っ払いすぎである、萃香の吐き出す息がいちいち酒臭くて妖夢は気分が悪くなった。
しかもなんだか萃香はニヤニヤしている、苦しいんじゃなかったのか。
「こんな便器が人類の宝なものか!!」
「せ、台詞が違っ……!?」
まだわけのわからないことを言い続けている萃香の頭を、妖夢が楼観剣の鞘でボコボコと殴る。
気を失った萃香が倒れこむと、便器も一緒に崩れた。
「さて、もう紅魔館にも用は無い……」
妖夢は最後に便器の崩壊を確認し、またも残像を残しながら疾走していった。
「に、西館のトイレ!! 全滅です!!」
「東館もです!!」
「脱出する妖夢を捕捉しようとした門番隊、突破されました! 全滅です!!」
「魔法図書館で倒れているパチュリー様を発見しました! 魔法図書館のトイレも全滅です!!」
次々と伝えられるメイド達の報告を聞いて咲夜は呆然とする。
「完全に出し抜かれたわ……私としたことが……」
「さ、咲夜っ! も、もうっ! もれっ!!」
「妖夢は!? 妖夢はぁぁぁ!?」
膝をつき、虚空を見つめる咲夜。
極限の尿意で身体をくねらすレミリア。
妖夢にまた逃げられて錯乱する幽々子。
まさに完全敗北であった。
紅魔館の面々だけではない、魔理沙、幽々子、紫、萃香の4人にとってもである。
紅魔館のトイレは全て破壊され、妖夢にはまんまと逃げ切られた。
「おいっ! どうしたんだよ! 妖夢は!?」
「……逃げたわ……紅魔館のトイレを全て破壊して……」
駆けつけた魔理沙は何が何だかわからなかった。
あれ以降妖夢の姿はまったく見つからなかったし、もう逃げてしまったらしい。
「伊吹萃香とやらが妖夢と交戦し、敗北したようです! トイレで倒れていました」
「……そう……」
1人のメイドがずるずると萃香を引っ張ってくる、萃香の頭はタンコブだらけであった。
「負けたのか……? 私達は」
「負けよ、これ以上無いぐらいにね……こうなるなら、貴女達に大人しく妖夢を引き渡せばよかったわ」
「さ、咲夜……」
妖夢は実に真面目にやっていたのだ。
咲夜はそんな妖夢を買っていたし、部下としてとても可愛がっていた。
それだけに、裏切られたことがショックだったのだろう。
もちろん、敗北自体もショックではあろうが。
「……はっ!?」
「ど、どうした咲夜?」
心配そうに声をかける魔理沙には目もくれず、咲夜は突然駆け出した。
「妹様は!?」
「さ、咲夜……フランなら大丈夫でしょ……わ、私もう、もれ……」
泣きそうな表情のレミリアが、助けを求めるように咲夜を追って行った。
それと入れ替わるように、紫が飛んでくる。
「あれ? 紫……随分ぼろぼろだな」
「ええ……少しね、久々に良い運動をしたの」
ふわふわと飛んできた紫の服はぼろぼろになっていたが、表情は明るい。
何かを成し遂げたような、達成感いっぱいの顔をしていた。
「残念ながら妖夢には逃げられたぜ」
「そう、じゃあ早く帰りましょう。私達は飽くまで侵入者、ここに長居するのは良くないと思うの」
「そうだな……丁度全員揃ったし、スキマを頼むぜ」
「お任せあれ~」
幽々子はさっきから無言で何か考え事をしていた、次の作戦でも練っているのだろうか。
萃香は相変わらずのびている、酒の臭いをプンプン撒き散らしながら。
「では帰りましょう……とりあえずは白玉楼につなげたわ」
「おう、わかった、ほら幽々子行くぞ」
「……ええ」
魔理沙は萃香を背負ってスキマへと飛び込んだ。
続いて幽々子と紫もスキマへと飛び込む。
「はぁ~、骨折り損のくたびれ儲けだったなぁ……」
「妖夢はあの日のままだったのね」
「みたいだなぁ」
魔理沙と紫が会話を交わす。
「それじゃ私もそろそろ失礼するわ、藍のことが心配なの」
「ああ、優しくしてやれよ」
「そうね、逃げられたくはないもの、まぁ式神だからいつでも呼び戻せるけどね、うちは」
そう言って紫は萃香を担ぎ上げると、スキマを開いた。
「それでは、また」
「おう、お疲れ」
そして白玉楼には魔理沙と幽々子の2人だけが取り残された。
「幽々子、元気出せよ……」
「ふふふ……」
「な、なんだ幽々子、おかしくなったか? 元々か?」
それまでうつむいていた幽々子が、突如顔を上げて不気味な笑いを浮かべている。
「ふふふふ、あーはっはっはっは!」
「な、なんだよ薄気味悪い……」
「妖夢……私が貴女の手のひらの上で踊っていたと思っているなら大間違いよ……」
幽々子が魔理沙の腕を掴む。
「なんなんだよさっきから! わけがわからんぜ!?」
腕を掴む幽々子の力、そして幽々子の不気味な挙動に魔理沙は怯えていた。
「私は保険をかけていたのよ! そう、魔理沙……今日から貴女が妖夢です!」
「!?」
幽々子のおかしな発言に身の危険を感じた魔理沙は、必死に幽々子の手を振り解こうとするが、
その力が想像以上に強く、まったくびくともしない。
「ふ……まぁ、捕まえておく必要も無いのだけどね」
「な、なんだぁぁ!?」
幽々子が手を離したというのに、魔理沙の身体が思うように動かない。
「その服には、呪いをかけておいたの~」
「な、なんだとーっ!?」
「脱げるものなら脱いでみなさい、無理だから」
「く、くそっ!? 身体に張り付いて……!!」
まるで魔理沙の身体と一体化してしまったかのように、妖夢の服は脱げなくなっていた。
幽々子は、最初魔理沙の家でいろいろと魔理沙の良さを知ったので「これもあり」という感じで、
魔理沙にツバをつけていたのだ、顔を舐めたことではなく。
特に、妖夢の服に着替えた直後に茶を運んできた魔理沙は、大いに幽々子の心を揺さぶった。
「さぁ! 私を『幽々子様』と、猫なで声で呼んで!! さぁ! さぁ! さぁ!!」
「い、いやだーっ!!」
「呼ばないと顔面によだれを垂らすわよ~」
「ひぃぃぃぃっ!! ゆ、幽々子様お許しをー!!」
「もっと、もっとよ!! もっと鼻にかかった甘ったるい声で!!」
「うわぁぁぁぁん!!」
白玉楼に魔理沙の絶叫が幾度と無く響き渡った。
一方、フランドールの部屋に到着した咲夜とレミリアは、変わり果てたフランドールの姿に驚いていた。
あの滅茶苦茶な破壊力を持ったフランドールが、服もぼろきれにされ、ぐったりと仰向けに倒れている。
ちゃんと生きてはいるらしく、胸が小さく上下していた。
「い、妹様……!? うっ!? これは……」
「フラン……!?」
大の字に倒れたフランドールの腋に輝く金色の毛。
「いやぁぁぁぁぁっ!? 少し見ない間にフランが大人にぃぃぃぃ!!」
それは紫が勝利の印にと刻み付けていったもの……。
日々拾い集めた藍の体毛を加工して作った、金色の付け腋毛であった。
紫の達成感いっぱいの顔は、これが理由だった。
「はい、藍、あーん」
「お、おやめください……自分で食べますから……」
藍はキレたときの記憶が無いそうだ。
それゆえに、いきなりまとわりついてくるようになった紫が不気味で仕方なかった。
それに反比例して橙が少しそっけなくなったのも気になる、一体何があったのか。
「んがごーっ!」
「ああうるさい、無粋な子鬼ね」
紫は横で大いびきをかいて寝ている萃香を鬱陶しそうに蹴飛ばしたが、起きなかった。
普段は真面目なくせに、酒に酔うとトコトン癖が悪い。
そんなことつゆも知らず、萃香はごろんと寝返りを打ってまた大いびきをかいた。
「んごがーっ!」
結局妖夢はまた行方不明になってしまった。
そして魔理沙も行方不明になってしまった。
藍を見る橙の目が怯えを含んだものになってしまった。
フランドールが少し大人になってしまった。
レミリアは、やってしまった。
ただ幽々子と紫のみが、満足げであった。
もしかすると、次に妖夢にされるのは貴女かもしれない。
お手数ですがそちらを先に読んでからお読みいただくことをお勧めします。
魔法の森の霧雨邸。
まだ夜も開け切らぬうちに、訪問者があった。
どんどんと乱暴に戸を叩く音が聞こえる。なかなか目を覚まさない魔理沙に苛立ちが募ったのだろうか。
しかし魔理沙は早起きな方である、そう、訪問者が来るのがそれ以上に早すぎたのだ。
「あー? 誰だよ……うるさいぜこんな真夜中に」
パジャマを着たままの魔理沙が箒を担いで玄関へ向かう。
曲者だったら箒でぼこぼこに殴ってやるつもりだ。
スペルカードの1つや2つも飛び出すかもしれない。
「夜騒ぐのは、私と妖怪だけの専売特許だぜ!!」
魔理沙は鍵を外して思い切り乱暴に戸を蹴り開けた。
「ぶぁっ!?」
鈍い音と、確かな手ごたえがあった。
その不届き者は顔を押さえて転げまわっている。
「このっ! このっ!」
「痛い痛い!! 何なのよ!? やめてよぉぉ!!」
「ん……?」
ばしばしと魔理沙が箒で叩いていたその人物は、見覚えのある人物だった。
「夜騒ぐ特許は亡霊にだってあるのよぉぉ、というかもう朝じゃないの……」
「幽々子? ……バカ言うな、まだ夜だぜ。見ろ、星だってあんなに輝いてるんだ」
「それはきっと明けの明星と言うやつよ……」
違う。
「明けの明星の意味わかって言ってるのか? 今はまだバッチリ二度寝の許容時間だ」
「丑三つ時は良い子が起きる時間よ」
「そんな時間に起きるのは一部の老人か生活リズムの狂ったやつだけだ、お前がどっちかは知らないが」
「日が出てから起きるなんて悪い子のすることよ……」
「あーもうなんだ、話が進まない。とりあえず帰れ、私は眠い」
幽々子はいっつもこうだ、なかなか話の核心に迫らないため会話が無駄に長くなる。
「わざわざ冥界から出てきたのに、それはあんまりじゃない」
「しっしっ!」
魔理沙は家に入ってこようとする幽々子の頭を箒でどついて、乱暴に叩き出す。
「妖夢がっ!! 妖夢がっ!!」
「オネショでもしたか? そんなの私の知ったことじゃないぜ!!」
幽々子は戸の隙間に靴を挟んで最後の抵抗を試みたが、あまり硬い靴ではなかったので、
思いっきり挟まれて再びもんどりうった。
魔理沙は容赦なく鍵をかける。
「さて寝るか……せっかく、霊夢の頭にキノコが生える楽しい夢だったのに……」
「続きが見られると良いな」と、かすかに期待しつつベッドに潜り込んで目を閉じた。
ところがなんだか妙だ、温かいベッドのはずが寒い、背筋がゾクゾクする。
なんだか身体が重い。
「な、なんだ……体の動きがに、にぶいぞ」
鈍いのでは無く、動けなかった。
「か、金縛り!?」
「うらめしや~」
うっすら目を開くと、幽々子が魔理沙に覆いかぶさっていた。
「や、やめろ幽々子!!」
「話を聞いてくれないと取り殺すわよ~」
「ひぃぃぃぃ!!」
壁をすり抜けてきたらしい。
最初からそうやれば良いものを、最初わざわざ玄関から普通にやってきたのも妙な話だが、
それは幽々子なりの礼儀だったのかもしれない。
「顔面によだれを垂らすわよ~」
ぺろぺろと唇を舐めたあとに、口をすぼめる幽々子。
「やっ!! やめろおおお!! 聞く! 聞くからあ!!」
「冗談よ、そんな下品な事はしないわ。でも、話を聞くと言ったわね? 聞いてもらうわよ」
「うっぅぅ……お前が言うと冗談に聞こえないんだよ……」
幽々子は既に3cmほど垂れ下がってきているよだれを口の中へ戻し、魔理沙の金縛りを解いた。
「なんなんだよもう……」
2人は食卓で向かい合って座っていた。
魔理沙がいれた茶をさも当たり前のように受け取って啜る幽々子。
流石はお嬢様、不遜である。
「妖夢がどうしたって?」
「ええとね……話すと長くなるのよ」
「うへぇ、早くしてくれよ眠いんだから……」
それを聞いた幽々子はまた口をすぼめてみせる。
「き、聞くっ!! 聞かせてください!!」
「よろしい……ええと……どこまで話したかしら?」
「話すと長くなるというところまでだな」
それはまだ何も話していないのと同義だ。
「そう、話はまだ私が生きていた頃の話までさかのぼるわ……」
「何百年前だよ……」
「……」
「……??」
そこまで言って幽々子の動きが止まった。
思わず魔理沙は眉をしかめる。
「……ああ、違うわ、そもそも生きていた頃の記憶なんて無いし」
「あのさぁ……ちゃんとまとめてから話してくれよ……」
「宴会で怪談して盛り上がったことあったじゃない?」
「ああ、妖夢が怖がってトイレ行けなくなったんだっけ」
「そう、そうなのよ」
1杯目の茶を飲み終えた幽々子が、またも当たり前のように湯飲みを魔理沙に突きつけておかわりを要求する。
「お前に飲ませるお茶はもう無いぜ、話も途中だからさっさと話して帰れ」
「……」
幽々子が口をすぼめる。
「うちのお茶全部飲んでいってくれていいぜ」
魔理沙は泣きそうな顔で幽々子にお茶のおかわりを注いでやった。
「あの宴会の最後で、妖夢の堪忍袋の緒が切れたのは覚えているわよね」
「あ、あぁ……」
トイレを我慢する妖夢を、幽々子、紫、魔理沙の3人で面白がって散々からかったのだ。
それでキレた妖夢は、魂魄家のポテンシャルを最大限に発揮して、3人をいとも簡単に打ち破った。
魔理沙は新調した箒まで真っ二つにされた、良い思い出ではない。
しかも妖夢はその後、見せしめのように魔理沙の家のトイレを滅茶苦茶に破壊していったのだ。
「あれ以来……妖夢が帰ってこないのよ」
「そいつは大げさだな、また私を騙そうとしているだろ?」
「わざわざ冥界から出てきて、こんなへんぴなところに嘘を良いには来ないわ」
「悪かったなへんぴで、これでも居心地良いんだぜ」
「冥界の方がへんぴだろうが」と言ってやりたかったが、よだれを垂らされそうで怖いのでやめた。
「頼りないなどと言い過ぎたかしらね……」
「まぁどうみても溜め込む性格だしなあいつ、ストレスあったんじゃないのか?」
「帰って来てほしいわ……」
寂しそうな顔をする幽々子を見て、魔理沙も気の毒な気持ちになる。
「探して、ちゃんと謝るしかないんじゃないか? いくら相手が従者でもさ」
「妖夢が居なくなってから、家事を全部自分でやってるのよ……めんどくさいの」
そんな理由か、妖夢も浮かばれない。
「そんな理由だったら一生帰ってこないな、もう」
「その減らず口の中に、垂らすわよ」
「きっと帰って来るって! 気にするなよ幽々子!」
また湯飲みが差し出される。
お嬢様というやつは、常に誰かを従わせていないと満足しないようだ。
魔理沙は泣きながら3杯目のお茶を注いでやった。
「それでなんだ、相談しにきただけか?」
そこまで親しいわけでもない魔理沙に、相談だけしにわざわざ冥界から出てくることはあるまい。
友人である紫か、集会所にされている博麗神社の霊夢に真っ先に相談に行くのが自然な流れだ。
「そんな訳ないでしょう、妖夢を探すのを手伝ってもらうのよ、魔理沙には」
「なんで私なんだよ」
「貴女だって妖夢失踪の片棒を担いだじゃないの」
妖夢にトイレを我慢させるよう促したのは確かに魔理沙だった、筋は通っている。
「……嫌だと言ったら?」
「貴女の顔はどんなお味かしら?」
幽々子が舌なめずりをする。よだれだけに飽き足らず、舐め回しでもするつもりなのだろうか。
とにかく、断る理由もそれほどないし、断ったら酷い目に遭うのも理解した。
「わかった、まぁ最近は暇だから別に良いんだが、1つだけ条件がある」
「あら、何よ?」
「朝までは寝かせてくれ、こんなんじゃ眠くてまともに探せないぜ」
「もう朝じゃない」
「ああわかった、じゃあ時刻を指定する、午前7時までだ」
「むぅ……仕方ないわね、居眠り運転は死につながるし……」
幽々子がこんなにあっさり折れるとは意外だったが、睡眠の大切さはわかっているらしい。
今から寝ればあと3時間以上は寝られる。
「それじゃ私は寝るぜ、私が起きてくるまでは間違っても寝室に入るなよ」
「なによ人を変態みたいに」
まだ幽々子が何かをぶつくさとボヤいているが、もう魔理沙は相手にしなかった。
黙って寝室に入り、ベッドに寝転がった。
べちゃっ。
「うぁぁぁぁぁぁっ!?」
顔に何か湿ったものをくっつけられて魔理沙が飛び起きる。
「な、なんだぁっ!?」
「おはよう、お寝坊さんねぇ」
あれほど入るなと言ったのに、幽々子は当たり前のように寝室に入っていた。
手には棒が握られており、その先には紐でこんにゃくがぶら下げられている。
魔理沙が時計に目をやると7時半だった、夜中に1回起きたのが響いて寝坊してしまったようだ。
「わ、悪かったよ、でも普通に起こせよ……」
「お寝坊さんにかける情けなどないのよ」
魔理沙はこんにゃくをくっつけられた場所を手でぬぐう。
しかし妙だった、こんにゃくをくっつけられただけでこんなにヌルヌルするだろうか。
見ると、幽々子の口から少しよだれが垂れている。
「あらいけない……じゅる」
「お、お前っ、もしかしてこんにゃくはフェイク……!?」
「シャンプーの匂いが……じゃないわ、さて? 何のことかしら?」
「うわぁぁぁぁっ!!」
魔理沙はその日、いつも以上に念入りに顔を洗った。
「お前いつからそんな奇人になった? 人の顔は美味いか?」
「何のことかしら~」
2人は今食卓に向かい、朝食をとっている。
もちろん作ったのは魔理沙である。
「なかなか美味しいじゃない、妖夢と良い勝負よ」
「そうかぁ? そんなに熱心に勉強したわけでもないぜ」
「やっぱり人に作ってもらうって良いわぁ~」
そういえば、霊夢が思ったより料理上手だったのが悔しくて、こっそり家で料理の勉強をしたことがあった。
しかし霊夢は努力しない子だったので、あっという間に料理の腕は追いついてしまった。
魔理沙はその辺で飽きて放り出した。つまりそこそこは上手である。
「しかしこの程度で妖夢と同等なのか、あいつ思ったより家事できないんだな」
「だって元々は庭師だしねぇ」
一応、元々は剣術指南役だ。
「あの子は全体的に結構大雑把なところがあるのよ」
「白玉楼が広すぎるから丁寧にやってられないんじゃないのか?」
「それもあるでしょうけど」
魔理沙の作った玉子焼きを嬉しそうに頬張りながら、幽々子が言う。
あれだけ広い庭と屋敷の管理に、幽々子の身の回りの世話まで1人でやるのだから、確かに大変だろう。
「自分の境遇に満足してなかったのかしら、こんなことばかりして終わりたくない、って感じで」
「そりゃ小間使いばっかして死にたくはないよなぁ、剣士としてのプライドもあるだろうし」
「ふーむ……お味噌汁美味しいわ」
「ごちそうさま」
「食べるの早いのね~」
「お前が遅いんだよ」
魔理沙は自分の食器を手早く片付けた。
「んじゃ着替えてくるぜ、まぁゆっくり食べててくれ」
「お待ちなさい」
「ん?」
幽々子は少し考え込んだが、すぐにうんうんと1人で頷くと、自分の手下げ袋からあるものを取り出した。
「今日はこれを着てほしいのよ」
「なんだぁ? ……妖夢の服か? これ」
「そう、背丈も体格も似たようなものだから着られるでしょう?」
「いや、特に断る理由も無いが……何の意味があって?」
「え、ええと……これを着て妖夢の気持ちになったら、探しやすくないかしら?」
「そういうもんかぁ~?」
少し口ごもった幽々子の様子が気になるが、着てみたい気はした。
妖夢だから似合うというのもあるだろうが、こざっぱりとしたデザインでなかなか可愛らしい。
以前宴会のときに、酔っ払って霊夢と服の交換をしてみたこともあった。
しかし魔理沙より霊夢の方がいくらか背が高いので服が大きかった。
そしてそれ以上に、腋に刺さるような紫の視線が嫌ですぐに元に戻した記憶がある。
あの目は餓えた獣の目だった、博麗の巫女じゃないと耐えられないだろう。
「何ぼーっとしているの?」
「あ、ああすまん、ちょっと考え事してた」
「で、着てくれるの?」
「ああ、良いぜ別に」
その瞬間、幽々子がものすごく邪悪なほくそ笑みを浮かべた。
しかしルンルン気分の魔理沙はそれに気付かずに寝室へと小走りしていく。
女の子はいろいろな服を着てみたがるものなのだ。
「ど、どうだ? 似合うかな……?」
「あら良いじゃない魔理沙、可愛いわよ」
「そ、そうか?」
照れた様子でモジモジしながら魔理沙が寝室から出てきた。
きちんと黒いリボンまで頭に結んでいる。
「しかしなんだな、想像はしていたが、随分動きやすいぜこれは」
「でしょうでしょう」
既に幽々子も朝食を終えていたのに気付き、ご機嫌な魔理沙は台所へぱたぱたと走っていった。
「落ち着き無いわね、どうしたの?」
「幽々子様ー、お茶をどうぞー、なんつってな~」
「!?」
いたずらっぽく笑うと、魔理沙は幽々子に茶を手渡した。
「……良い、良いわ魔理沙、すごく良い。妖夢度50%アップだわ」
「はっはっはー、照れるぜ」
「顔舐め……じゃないわ、お茶、ありがたくいただくわね」
「おう、少し休んだらすぐ出るからそのつもりでな」
魔理沙も妖夢服を気に入り、幽々子は妖夢的な魔理沙を気に入り、順風満帆であった。
ただところどころ幽々子の邪心が垣間見えるのが不安である。
2人は並んで飛んでいた、もちろん魔理沙は妖夢服のままである。
「どこに向かってるんだよ幽々子?」
「もう1人いるでしょ……あの日の妖夢いじめの主犯格が」
「あぁ……紫か」
類は友を呼ぶというが、紫の思考の不明さは幽々子に勝るとも劣らない。
「まだ妖夢が怒りっぱなしとは思わないけど、あの日のままだったら2人では無理よ」
「確かになぁ、紫が役に立つかもよくわからんが……」
3人ともこてんぱんにのされたのだ、妖夢1人に。
流石にあの日のテンションをいまだに維持してるとは思えないが、用心するに越したことは無い。
もしかすると妖夢を捕まえる際にまたキレる可能性だってあるのだ。
「ふ~、遠かったわね~」
「途中に随分結界があったな」
「あの程度の結界、紫なら呼吸するのと同じぐらい当たり前に引けるわよ」
「普段の様子からはそんな大物には見えないんだけどな……」
その結界をことごとく突破してきたこの2人も結構すごいのだが。
とにかく、2人は紫の家に到着した。
「それじゃ入りましょうか」
「お、おい、そんな勝手に入って良いのか?」
「別に良いのよ知り合いだし」
魔理沙の制止も聞かずに、幽々子は八雲邸の門を押し開ける。
すると、驚いた様子で藍が飛び出してきた。
「な、なんだっ!? 幽々子様ではありませんか、どうなされたのです!?」
「紫を借りにきたわ~」
「ちょ、ちょっと!! 紫様はお休み中です! おやめください!」
移動にも結構時間がかかったのでそろそろ昼である、紫は寝ている時間だ。
しかしそんなことはお構い無しに幽々子は家の中へと踏み込んだ。
「私もお邪魔するぜー」
「魔理沙? なんだその格好は?」
「なぁに、ちょっとした気分転換だ、気にするな」
「って、お前もそんな当たり前みたいに侵入するなっ!!」
居間に入ると、橙がちゃぶ台の前に座っていた。
ちゃぶ台の上では大きな鍋が湯気を上げている、おでんのようだ。
橙はそれを口に入れてはほふほふしていた。
「ほ、ほふっ、幽々子様だー」
「こんにちは橙、あら美味しそうなおでん、借りるわ」
幽々子は鍋ごとおでんを持ち上げると、奥にある紫の寝室を目指してつかつかと歩いていった。
「おでんー!!」
橙の悲しい叫びが響き渡る。
「橙、堪忍な」
魔理沙は申し訳なさそうに苦笑し、幽々子の後を追う。
「ま、待て!!」
藍はどうして良いものかわからずにおろおろと魔理沙の肩を掴むも、容赦なく振り払われた。
そうこうしている間に、幽々子は紫の部屋に到着してしまった。
布団に包まった紫が気持ち良さそうに寝ている。
「ふふふ、寝る子は育つ……」
後ろでぎゃーぎゃー騒いでいる藍に構わず、幽々子は煮えたぎるおでんの鍋にさいばしを突っ込むと、
灼熱のこんにゃくを取り上げて、紫の鼻の頭に乗せた。
「むにゃむにゃ……藍~、尻尾がふわふわなのー、柔軟剤使ったのかしら……ぅぁっつ!!!」
紫は飛び起きてこんにゃくを振り落とすと、鼻の頭を押さえてじたばたともがいた。
「おはよう、紫」
「う、訴えてやる!!」
安眠妨害された紫が怒り狂って幽々子に飛び掛った。
「い、言わんこっちゃ無い!! 紫様は安眠妨害されると怒るんだ!!」
「いや、普通怒るんじゃないか? あんな起こされ方したら……」
慌てふためく藍と、呆れて眺める魔理沙。
「藍のふわふわ尻尾に巻かれる夢を見ていたのに!! どーしてくれるの!?」
「知らないわよそんなこと!! こまめにセーブしない紫が悪いんでしょ!?」
「続きが見られる保証なんてないの!!」
「本人と暮らしてるんだからいつでも巻いてもらえば良いでしょ!!」
幽々子と紫は派手に取っ組み合いを始めた。
幽々子が上になったり紫が上になったりしながら、殴り合い、転がり、ふすまを突き破る。
「あー……片づけが大変そうだ……」
「同情するぜ……よいしょっと」
涙目の藍の肩に手を置いたあと、魔理沙はおでんの鍋を持ち上げた。
「お腹空いたから一緒に食べさせてもらうぜ、これだけあるんだからいいだろ?」
「あ、ああ……」
それにしても、まるで2人共子供のようにじゃれ合っている。
これこそが、友人同士であるということなのかもしれない。
「おでんー」
「橙はハンペンが好きか、私はやっぱり卵だな」
魔理沙は橙と並んでおでんを突付いていた。
「藍は料理が上手なんだな、ほんとに美味いぜこれ」
「藍様はすごいよー、ほっ、ほふっ」
「猫舌ってほんとなんだなぁ」
和やかであった。
藍は戻ってきていない、あの2人の殴り合いをどうにかして止めようとしているらしい。
弾幕戦まで始まったようで、時折屋敷が大きく揺れた。
「おいおい、家潰れたりしないだろうな?」
「丈夫だから平気だよ、はふはふ」
「お前冷静だなぁ……」
「いい加減にしろぉぉぉぉぉっ!!」
突如、大地を揺るがすような藍の声が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
「ら、藍様が……!!」
それまで落ち着いておでんを食べていた橙が、青ざめて走り出す。
橙の様子の変化に驚いた魔理沙も、急いでその後を追った。
「うぅ……」
「うわ、酷……」
そこに広がるのは地獄絵図。
「いきなり入ってきてなんだ幽々子ぉ!? 紫様も、後片付けする私のことなど考えてくださらないのか!?」
怒りで顔が真っ赤になった藍は……その尻尾で紫の全身を締め上げ、幽々子の首を両手で絞めて吊り上げていた。
「た、助け……ま、まり……さっ!!」
「ちぇ、橙……藍を、説得……うっ!!」
幽々子の顔が紫色に変化し始めている、紫の全身から軋むような妙な音がする。
「ら、藍やりすぎだぜ!! 紫はお前の主だろう!?」
「魔理沙……」
藍の視線がゆらりと魔理沙に移る。
これは、いつぞやの宴会……満月を取り戻したあの日。
満月を見て気分が高揚しているときの藍の目だった、式神ではなく妖怪、猛獣の目。
「はがーッ!!」
「ひっ!? 痛だだだだだだだ!!」
藍は魔理沙の頭を噛んだ。
「ちぇ、ちぇーん!! た、助けっ!! 痛だだだだだ!!」
「ら、藍様ーっ!!」
橙が藍の服を掴み必死に引っ張るが、藍はまったくそれを気にかけない。
「橙!! 偉い奴にだって叱ってやる者は必要なんだ! 黙って見ていなさい!!」
「ひぃぃぃ!!」
「藍様ぁーっ!!」
藍が発言することにより魔理沙は頭噛みから逃げ出したが、すぐに足払いをかけられ、
仰向けに倒れたところ、胸を踏みつけられて動きを封じられた。
「ぐえーっ!? く、くるしっ!!」
「猛省せよ!! 貴女達の更生のため、この八雲藍、鬼となる!!」
「うわーんっ!! 藍様が怖いよーっ!!」
妖夢にしてもそうだったが、普段真面目な奴がキレたときほど恐ろしいものはない。
妖夢も藍も、ストレスを限界まで抱える方なのだろう。
実際ここしばらく、藍には様々な不幸があった。
件の宴会の夜、紫のとばっちりを食い、突然現れた妖夢に気絶するまで刀の鞘で殴られた。
橙までもが巻き込まれたその事件、藍が目を覚ますとトイレが粉々に破壊されていた。
それからの仮設トイレの設置、トイレ復旧作業、紫も橙も手伝ってはくれなかった。
少しずつ積もっていったストレス、悲しみ……それが藍を鬼へと変えた。
「す、すい……か、助け……ブッ!!」
「紫様!! これは藍からの愛の鞭です!! 夢にまで見た私の尻尾の感触はいかがですか!?」
「き、気持ち良……いわ……藍っ!! ゲフッ!!」
「それは良かった!!」
吐血を繰り返しながらも、紫は気持ちよがっていた。
藍も錯乱気味で、妙な笑いを浮かべながらストレスを皆に吐き出している。
「妖夢っ……いじめてごめんなさっ……ヒィッ」
「亡霊でも呼吸ができねば苦しいか!? 奇妙だな!!」
「く、苦し……」
「妖夢はその何倍も苦しんでいるんだ!! 思い知れ!!」
しかし藍は気付いていなかった、紫が呼んだその名。
「ぐっ!?」
突然、藍がチョークスリーパーをかけられる。
首に絡みつく細腕からは想像もできないほどの怪力。
「だ……誰だ!?」
「中間管理職って大変よね、上は認めてくれる、下には慕われている。
それに喜びを感じてるようで、本人はただ思い込みしてるだけ、周りは利用してるだけ。
でもそうやってないと不安なのよね、自分というものがいつまでも掴めないから。
そうやって相対的に自己を認識することしかできない、一見ストレスに慣れてるようで、
一度崩れるとこれほど脆い性格も無いのよ。惨めね」
「そ、その手厳しい言葉責め……そうか……わかった」
幽々子を締め上げる腕の力が萎えていく、紫を締め上げる尻尾が緩んでいく。
魔理沙を踏みつける脚に力が入らない。
「看破されて解放される悲しみもある、あんたは少し働きすぎだよ、可哀想に」
「う……ぐ……」
藍は声を発しようとするが、首を絞める腕の力が強すぎて声が出なかった。
「おやすみ、良い夢見られると良いね」
「……」
脳に流れる血を止められ続けて、ついに藍が卒倒する。
背中に張り付いてチョークをかけていたその少女は、ひらりと飛び降りると、藍の身体を受け止めた。
そしてゆっくりと紫の布団に寝かせる。
「す、萃香、来てくれたの……ゲファ!!」
「来たんじゃないの、元々ここにいたのよ」
「そ、そうだったわね……覗き魔だものね……ガフッ!!」
紫の吐血がいちいちうるさかった、わざとらしい。
そう、そこに佇むのは伊吹萃香、鬼である。
「す、萃香……? なるほど……そういや紫の知り合いだったか」
胸を押さえながら魔理沙が立ち上がる。
「すひゅーすひゅー、ああ、空気が美味しいわ~」
危うく妖夢に会う前に全滅するところだったが、萃香の出現でなんとかそれは免れたのだった。
「なんなの魔理沙? その格好は」
「あぁ、妖夢の気持ちになるんだそうだ」
「よくわからないけれど、霊夢と服を交換することはもうないの?」
「無いな、少なくともお前の前では」
「そう、残念ね……」
居間のちゃぶ台を魔理沙、幽々子、紫、萃香、の4人で囲んで話し合っている。
「それで何の用なの? まったく、酷い目に遭ったわ」
「幽々子、説明してやれ……と思ったがお前は適任じゃないな、私から話すぜ」
幽々子に任せたら、また話がそれて長くなるだろう。
ということで魔理沙は妖夢が失踪したこと、そして妖夢を探すために、
あの日の妖夢イジメに関わった者を集めていることを説明した。
「なるほどねぇ……うちも藍が居なくなったら大変だからその辛さはよくわかるわ」
「大変なのよ~」
「自業自得じゃない、哀れね、藍も妖夢も」
「まぁそう言うな、こいつらはそういう生き方しかできないんだ」
萃香から2人を弁護するようで、魔理沙もさらっと酷いことを言う。
「ならば尚更、萃香が来てくれたのは好都合ね、わかるんでしょう? 妖夢の居場所」
「わかるよ」
「流石ね、覗きとストーキングに関しては私も萃香には敵わないの」
「角で刺すよ?」
「プフッ! 照れちゃって!!」
紫は軽い調子で言っているが萃香の目は結構マジっぽかった。
「わ、わかるのなら教えて頂戴!!」
「ん~、どうしようかな~」
「しぶるなよ……この2人も怒ると結構鬱陶しいぞ」
「怖い」ではなくて「鬱陶しい」なのが怖い。
「それはよく知ってる、ね、紫、あんまりジロジロ見ないで」
「萃香ったら、久しぶりに会ったのにつれないの」
紫がちらちらと萃香の腋に目をやってるのはしっかりとバレていた。
「隙だらけなのよその腋、良いものあげましょうか?」
「付け腋毛とか言ったら本当に角を刺すから」
「……チッ!!」
「ねえったら! 妖夢はどこなのよ!?」
「あーもう収集がつかんぜ!! とりあえず紫と私は黙る! それでいいな!」
魔理沙がぐしゃぐしゃと頭をかきむしる、確かにこれではまとまらない。
「妖夢は紅魔館でメイドやってたよ」
「な、なんですって!?」
「しばらくは人間の里とかうろうろしてたけど、半霊ついてるしね、生活しづらいんでしょ。
最初はスカートの中に半霊隠してうまくやってたみたいだけど、お金も無いだろうし」
「だからってなんで紅魔館なのよ……」
「あそこのメイドなんてほとんど妖怪だしねぇ、とりあえず衣食住には困らないって事で、
今は十六夜咲夜にくっついて、メイド長補佐まで登りつめたみたい」
「あの子そんなに器用じゃないわ」
「剣の腕を買われたのよ、侵入者の排除が主な任務みたいだし。あとは白玉楼のときと同じで庭師やってる」
「うぅ……」
幽々子が頭を抱え込んで呻く。
「しかし不思議ね……ようやく幽々子の束縛から解放されたのに、敢えて今度はレミリアの手下になったの?」
紫が口を挟んだ。
「単純に従者が多いから、それだけストレスも少ないんじゃないの?
上司である咲夜が優秀すぎるのもあって、白玉楼のときより大分楽にやってるよ」
「う~ん……何か他に狙いがある気がするの」
「そこまでは知らないけど……まぁこうやって幽々子が出張ってくるのを見越して、
わざと紅魔館のような城に陣取ったっていうのはあるかもね」
「違うのよ、もっと他の何かが……」
珍しく、紫が真面目な顔をして考え込んでいた。
何か引っかかるものがあるらしい。
「とにかく、紅魔館に突入して無理矢理にでも連れ戻すしかないな。
しかし、まともに正面から行ったらきっと総攻撃を受けるな」
「なんでそう決め付けるの?」
「忘れてるようだが、あの日レミリアもいじめたんだぜ、私達は。
それぞれがバラバラに行くならともかく、まとまって行ったら絶対に警戒される」
そう、途中一旦仲間になって一緒に妖夢やら咲夜やらをいじめていたレミリアだったが、
レミリア自身も尿意をもよおすや否や、途端に見捨てられ、いじめられたのである。
「もう夕方だ、レミリアが起きだすと厄介だから、ほら紫、スキマを開いてくれよ」
「紅魔館内直通で良いのかしら」
「そうだな、入ったら分散して速攻で妖夢探しだ、見つけ次第合図代わりにでかい弾幕でも広げようか」
「妖夢……」
「そんないい加減な作戦でいいの~? あと、私も付いて行かなきゃダメ?」
「来てくれよ、鬼が堂々と人攫いできるんだぜ? 良い話だろう」
「なんか誤解されてる気がする……」
紫はスキマの準備を始める。
「いいか!! 脱落者は助けてやれない!! 各自自分の命はしっかり守れ!!」
「死んでるから大丈夫!!」
「妖夢を見つけたら合図すれば良いのね」
「そうだ、4人で捕縛して無理矢理連れ帰ってから説き伏せる、それでいいな幽々子?」
「いいわ~」
「さぁスキマの準備ができました、どうぞお入りなさい。スキマの向こうは紅魔館よ」
一同は黙って顔を合わせ、頷く。
スキマをくぐれば紅魔館、そこは戦場だ。
「よっしゃーっ!」
魔理沙がスキマに飛び込む。
「妖夢……帰ってきなさい!」
続いて幽々子が飛び込む。
「あーもー、なんでこうなっちゃったのかなぁ」
しぶしぶと萃香もそれに続く。
「大波乱の予感がするの」
最後に紫が飛び込み、スキマを閉じた。
「侵入者だー!!」
紅魔館のメイドが叫ぶ。
最初に飛び込んだ魔理沙はいきなり発見された。
「お、おい! いきなり見つかったぜ!! 皆急いで散れーっ!!」
箒にまたがり、魔理沙は一気に離脱した。
「ほんと、すごい従者の数ねぇ~」
幽々子は壁をすり抜けて妖夢探しに移った。
「いくよー、百鬼夜行だー」
腰につけていた酒入りのひょうたんを思い切りあおって、萃香が霧散する。
「さて、私は1階から調べるとしましょうか」
紫は別段慌てた様子も無く、ふわふわと飛び立った。
「咲夜さん、侵入者です」
「報告なさい」
咲夜に話しかけるそのメイドは、二振りの刀を背負っている……妖夢だった。
「霧雨魔理沙、西行寺幽々子、八雲紫、伊吹萃香の4名のようで、突如館内に出現したそうです」
「な、なんてラインナップよ……紫のスキマね……お嬢様の周辺には最大限の警護を、門番隊は待機」
「はい、そのように伝えてきます」
「妖夢、おそらく目的は貴女よ」
「……でしょうね」
「まだ、帰る気にはならない?」
「……」
妖夢は踵を返して、咲夜の元を去ろうとしたが、ふと立ち止まった。
「まだ帰れない理由があるんです」
「……何かしら?」
「貴女達に……お礼できていませんから」
「妖夢……」
あの宴会から数日後、妖夢はやつれた様子で紅魔館へ来た。
咲夜を初めとしたたくさんのメイドの世話を受けた、レミリアは面白がって妖夢を受け入れた。
「ついに、この日が来てしまいました」
「そうね……」
「では……!」
咲夜も一生懸命働く妖夢には好感を抱いていた、いなくなると思うと寂しい。
だが咲夜は気付いていなかった、妖夢の顔はけして寂しげな表情ではない。
「ついに……この日が来たのよ、そう」
不敵な笑みを浮かべ、妖夢は駆け出す。
「妖夢ーっ!! どこだーっ!? でてこーい!!」
弾幕を撒き散らして警備のメイドを蹴散らしつつ、魔理沙が箒で疾走する。
「お、おのれーっ!! 止まれー!!」
「ちっ! しつこい奴らだぜ!」
「止まれ」
「!?」
メイド達の中から飛び出した小さい影。
「よ、妖夢っ!?」
「な、なに私の服着てるのよ魔理沙!!」
「知るか!! 文句なら幽々子に言え!!」
魔理沙と妖夢はほぼ同速で、並んで飛びながら会話を交わす。
「よ、よぉーし!! 皆!! 妖夢はここだぜ!! マスタースパー……」
「させるかぁ!!」
合図代わりに撃とうとして取り出した、マスタースパークのスペルカードが真っ二つにされる。
「なっ!?」
「なるほど、他の3人が来ると厄介ね……ならば今は貴様の相手はしない」
「くっ! 待てー!!」
再び妖夢がメイド達の中に潜り込むと、その小さな体格からあっという間に見えなくなってしまった。
「しばらく暴れてもらわなくてはいけないのよ……」
ニヤリと笑うと、妖夢は残像を残して駆けていった。
「何かしらこの部屋……随分念入りに結界が引いてあったようだけれど」
紫は紅魔館の地下らしきところへ来ていた。
長い廊下、何重もの結界、その先にぽつんと1つ扉があった。
「ここに妖夢を隠しているの?」
紫は遠慮なくその扉を開けた。
「誰?」
「ん?」
無闇に広いその部屋の奥まったところに、少女が1人ぽつんと座っていた。
「人間? いや、違う、妖怪ね」
「なんなのこの子……」
少女は立ち上がり、ゆっくりと紫に歩み寄る。
紫が床に目をやると、無残に引きちぎられたぬいぐるみがたくさん転がっていた。
「メイドの格好をしてないのは、おもちゃだって、随分前にお姉様が言ってた」
「ああ……霊夢から聞いたことがあるわ、フランドール・スカーレットね、貴女」
「そうよ、遊んでくれるんでしょ? メイドの格好をしてないし」
「生憎と今は忙しいの」
薄ら笑いを浮かべて迫ってくるフランドールの歩調が徐々に速くなる。
だが紫も負けてはいない、フランドールを見下して微笑んでいる。
「んもう……仕方ないから少し遊んであげるわ、何がしたいの?」
「弾幕ごっこ」
「あらそう……私の弾幕は『ごっこ』どころでは済まないから覚悟することね」
フランドールはそう簡単に逃がしてはくれないだろう。
そう感じた紫は、いくつかのスペルカードを取り出した。
叩きのめしてから、ゆっくりと妖夢を探すしかない。
「誰よ……あそこに勝手に入ったのは……バカ」
魔法図書館でパチュリーが呟き、魔法の詠唱を開始する。
途端に紅魔館は大雨に包まれた。
「止まりなさい、幽々子」
「あら? あ、咲夜じゃないの~」
「妖夢を取り返しに来たんでしょう? わかっているわ」
「どうかしらね~?」
幽々子は壁をすり抜け続けて、警備の薄くなったところを中心に捜索していた。
そんな幽々子の考えなどお見通しと言わんばかりに、咲夜が現れたのだ。
「はぐらかそうとしたって無駄よ、取り戻そうとするのも無駄」
「そう思うのは何故?」
「放っておいても妖夢は自分で白玉楼に帰るわよ、こういうことをするから妖夢が嫌がるのだと、
何故主である貴女がわかってあげられないのかしら」
「主なんて、身勝手なぐらいで丁度良いのよ」
「妖夢には私からも言っておくから、仲間を呼んでさっさと帰りなさい。
誰かが妹様まで解放してしまったみたい、それだけで大変なのよ」
そういって咲夜は窓の外を見た。大雨が降っている。
「嫌よ、妖夢は今日私が連れ帰る」
「無駄な争いはしたくないのよ、わかってはもらえないのかしら?」
「わからないわ、身勝手な主だから」
「そう、残念」
咲夜が数本のナイフを取り出し、幽々子が扇を構える。
「咲夜ぁ~、トイレー」
「お、お嬢様!?」
「あら、レミリア」
剣呑な空気を打ち破る、突然のレミリア出現。
レミリアは眠い目をこすりながら咲夜のスカートの裾を引っ張っていた。
「どうなさいましたか? いつもなら御一人でトイレに行かれるではないですか」
「そうなんだけど……どこのトイレも壊れているのよ。無事なところ、無い?」
「トイレが壊れてる? トイレだけがですか?」
「お待ちなさい、咲夜、レミリア」
幽々子が青ざめた顔で2人に話しかける、扇はもう懐へ仕舞われていた。
「よ、妖夢だわ!! 妖夢がやっているのよ!!」
「へ?」
「え?」
「あの子、まだあの日のままなのだわ!! 紅魔館のトイレが全て破壊される前に止めなさい!!」
「はぁ……?」
寝ぼけているのもあってか、相変わらず不思議そうな顔をしているレミリアだったが、
咲夜はあの日の事と、妖夢の言葉を思い出して凍りついた。
『貴女達に……お礼できていませんから』
「……そ、そういうことだったのね!?」
「な、何よ咲夜……それよりトイレ……もうもれそうよ」
あの日咲夜とレミリアは、直接的に妖夢いじめに関わっていないように見えるが……
途中で脱落したことで、妖夢を矢面に立たせる結果になったのだ。
妖夢にしてみれば、途中で脱落したこともだが、助けてほしくて仕方なかっただろう。
その上咲夜は妖夢を見捨てて1人でトイレに行こうともしたのだ。
それについての復讐も考慮する妖夢だったが、紅魔館の戦力を考えるとスムーズに行きそうにない。
そこで、1人のメイドとして侵入することから始めた。
いずれ居場所を嗅ぎつけた幽々子が、幾人かの仲間を引き連れて紅魔館で暴れるだろう。
その混乱に乗じてトイレを破壊する……それが妖夢の目的だったのだ。
「素直な子だからと思って信用しすぎた……!! 幽々子、協力するわ!! 妖夢を捕まえる!!」
「ありがたいわ、居場所の見当はつく?」
「いや、わからない……けれど、そう『トイレあるところに妖夢あり』よ、トイレを片っ端から当たる」
「さ、咲夜~、もれちゃう~」
「お嬢様、我慢なさってください、お嬢様も一緒に無事なトイレを探すのです」
「うぅぅ……」
「トイレが全て破壊されるという意味、おわかりですね?」
「わかってるわよ……」
外でしようにも大雨で出られない、家の中のトイレは全て破壊される、それらが指し示すこと。
それはそれは、プライドの高いレミリア様には耐えられない屈辱である。
想像してはいけない。
そしてレミリアが大きく息を吸い込む。
「幽々子、耳を塞ぎなさい」
「??」
咲夜がレミリアの様子を見て耳を塞ぐ、幽々子もそれに従って耳を塞いだ。
「紅魔館全人員に告げる!! 今いる4名の侵入者には手を出すな!! 敵はメイド長補佐、魂魄妖夢のみ!!
各人、最寄のトイレの防衛に当たれ!! 壊されているものは無視していい!!」
耳をつんざくレミリアの大声。
窓ガラスがいくつも割れ、紅魔館が振動した。
「うっ!?」
「ど、どうなさいましたお嬢様!?」
「お、お腹に力入れすぎて、あの、ちょっと……」
咲夜はそれ以上訊かなかった。
「のん気なものね、今更気付いても遅い……これで復讐は完了よ!!」
妖夢は、そこまで長い間紅魔館にいたわけではなかったが、トイレの場所は全て把握していた。
妖夢が最後の便器に向けて楼観剣を振り下ろし、いくつもの弾を撃ち放った。
「だめっ!!」
「!?」
そこに突如割って入った萃香が、便器の盾となり弾の直撃を受ける。
萃香は吹き飛ばされて便器にぶつかる。便器にはヒビが入った。
「ぐ、ぅぅ……あんた、何をしているかわかってる?」
「復讐よ、邪魔をしないで」
「……紅魔館のメイド達から受けた恩義を忘れたの?」
「恩義も何もあるものか、最初から私の心の中には復讐の2文字しかないわ」
弾をモロに食らった萃香は苦しそうだが、必死に口を開いて妖夢を説得しようとする。
「この便器だって……」
「普通の便器だわ」
「違う……」
妖夢の言うとおり、普通の便器である。
結構離れていてもわかるぐらい萃香は酒臭かった。
酔っ払って変なテンションになっているようだ。
「どいて、邪魔をするというなら受けて立つ」
「ダメ……私が動いたら、この便器は崩れてしまう……」
萃香は、その背中で便器を支えていた。
「これは壊しちゃならない! これは人類全部の宝だって、あんただって知っているだろ!」
「なんだそれ」と妖夢は思った。
萃香が何を思ってそこまで必死にこの便器を守ろうとするのか理解に苦しむ。
酔っ払いすぎである、萃香の吐き出す息がいちいち酒臭くて妖夢は気分が悪くなった。
しかもなんだか萃香はニヤニヤしている、苦しいんじゃなかったのか。
「こんな便器が人類の宝なものか!!」
「せ、台詞が違っ……!?」
まだわけのわからないことを言い続けている萃香の頭を、妖夢が楼観剣の鞘でボコボコと殴る。
気を失った萃香が倒れこむと、便器も一緒に崩れた。
「さて、もう紅魔館にも用は無い……」
妖夢は最後に便器の崩壊を確認し、またも残像を残しながら疾走していった。
「に、西館のトイレ!! 全滅です!!」
「東館もです!!」
「脱出する妖夢を捕捉しようとした門番隊、突破されました! 全滅です!!」
「魔法図書館で倒れているパチュリー様を発見しました! 魔法図書館のトイレも全滅です!!」
次々と伝えられるメイド達の報告を聞いて咲夜は呆然とする。
「完全に出し抜かれたわ……私としたことが……」
「さ、咲夜っ! も、もうっ! もれっ!!」
「妖夢は!? 妖夢はぁぁぁ!?」
膝をつき、虚空を見つめる咲夜。
極限の尿意で身体をくねらすレミリア。
妖夢にまた逃げられて錯乱する幽々子。
まさに完全敗北であった。
紅魔館の面々だけではない、魔理沙、幽々子、紫、萃香の4人にとってもである。
紅魔館のトイレは全て破壊され、妖夢にはまんまと逃げ切られた。
「おいっ! どうしたんだよ! 妖夢は!?」
「……逃げたわ……紅魔館のトイレを全て破壊して……」
駆けつけた魔理沙は何が何だかわからなかった。
あれ以降妖夢の姿はまったく見つからなかったし、もう逃げてしまったらしい。
「伊吹萃香とやらが妖夢と交戦し、敗北したようです! トイレで倒れていました」
「……そう……」
1人のメイドがずるずると萃香を引っ張ってくる、萃香の頭はタンコブだらけであった。
「負けたのか……? 私達は」
「負けよ、これ以上無いぐらいにね……こうなるなら、貴女達に大人しく妖夢を引き渡せばよかったわ」
「さ、咲夜……」
妖夢は実に真面目にやっていたのだ。
咲夜はそんな妖夢を買っていたし、部下としてとても可愛がっていた。
それだけに、裏切られたことがショックだったのだろう。
もちろん、敗北自体もショックではあろうが。
「……はっ!?」
「ど、どうした咲夜?」
心配そうに声をかける魔理沙には目もくれず、咲夜は突然駆け出した。
「妹様は!?」
「さ、咲夜……フランなら大丈夫でしょ……わ、私もう、もれ……」
泣きそうな表情のレミリアが、助けを求めるように咲夜を追って行った。
それと入れ替わるように、紫が飛んでくる。
「あれ? 紫……随分ぼろぼろだな」
「ええ……少しね、久々に良い運動をしたの」
ふわふわと飛んできた紫の服はぼろぼろになっていたが、表情は明るい。
何かを成し遂げたような、達成感いっぱいの顔をしていた。
「残念ながら妖夢には逃げられたぜ」
「そう、じゃあ早く帰りましょう。私達は飽くまで侵入者、ここに長居するのは良くないと思うの」
「そうだな……丁度全員揃ったし、スキマを頼むぜ」
「お任せあれ~」
幽々子はさっきから無言で何か考え事をしていた、次の作戦でも練っているのだろうか。
萃香は相変わらずのびている、酒の臭いをプンプン撒き散らしながら。
「では帰りましょう……とりあえずは白玉楼につなげたわ」
「おう、わかった、ほら幽々子行くぞ」
「……ええ」
魔理沙は萃香を背負ってスキマへと飛び込んだ。
続いて幽々子と紫もスキマへと飛び込む。
「はぁ~、骨折り損のくたびれ儲けだったなぁ……」
「妖夢はあの日のままだったのね」
「みたいだなぁ」
魔理沙と紫が会話を交わす。
「それじゃ私もそろそろ失礼するわ、藍のことが心配なの」
「ああ、優しくしてやれよ」
「そうね、逃げられたくはないもの、まぁ式神だからいつでも呼び戻せるけどね、うちは」
そう言って紫は萃香を担ぎ上げると、スキマを開いた。
「それでは、また」
「おう、お疲れ」
そして白玉楼には魔理沙と幽々子の2人だけが取り残された。
「幽々子、元気出せよ……」
「ふふふ……」
「な、なんだ幽々子、おかしくなったか? 元々か?」
それまでうつむいていた幽々子が、突如顔を上げて不気味な笑いを浮かべている。
「ふふふふ、あーはっはっはっは!」
「な、なんだよ薄気味悪い……」
「妖夢……私が貴女の手のひらの上で踊っていたと思っているなら大間違いよ……」
幽々子が魔理沙の腕を掴む。
「なんなんだよさっきから! わけがわからんぜ!?」
腕を掴む幽々子の力、そして幽々子の不気味な挙動に魔理沙は怯えていた。
「私は保険をかけていたのよ! そう、魔理沙……今日から貴女が妖夢です!」
「!?」
幽々子のおかしな発言に身の危険を感じた魔理沙は、必死に幽々子の手を振り解こうとするが、
その力が想像以上に強く、まったくびくともしない。
「ふ……まぁ、捕まえておく必要も無いのだけどね」
「な、なんだぁぁ!?」
幽々子が手を離したというのに、魔理沙の身体が思うように動かない。
「その服には、呪いをかけておいたの~」
「な、なんだとーっ!?」
「脱げるものなら脱いでみなさい、無理だから」
「く、くそっ!? 身体に張り付いて……!!」
まるで魔理沙の身体と一体化してしまったかのように、妖夢の服は脱げなくなっていた。
幽々子は、最初魔理沙の家でいろいろと魔理沙の良さを知ったので「これもあり」という感じで、
魔理沙にツバをつけていたのだ、顔を舐めたことではなく。
特に、妖夢の服に着替えた直後に茶を運んできた魔理沙は、大いに幽々子の心を揺さぶった。
「さぁ! 私を『幽々子様』と、猫なで声で呼んで!! さぁ! さぁ! さぁ!!」
「い、いやだーっ!!」
「呼ばないと顔面によだれを垂らすわよ~」
「ひぃぃぃぃっ!! ゆ、幽々子様お許しをー!!」
「もっと、もっとよ!! もっと鼻にかかった甘ったるい声で!!」
「うわぁぁぁぁん!!」
白玉楼に魔理沙の絶叫が幾度と無く響き渡った。
一方、フランドールの部屋に到着した咲夜とレミリアは、変わり果てたフランドールの姿に驚いていた。
あの滅茶苦茶な破壊力を持ったフランドールが、服もぼろきれにされ、ぐったりと仰向けに倒れている。
ちゃんと生きてはいるらしく、胸が小さく上下していた。
「い、妹様……!? うっ!? これは……」
「フラン……!?」
大の字に倒れたフランドールの腋に輝く金色の毛。
「いやぁぁぁぁぁっ!? 少し見ない間にフランが大人にぃぃぃぃ!!」
それは紫が勝利の印にと刻み付けていったもの……。
日々拾い集めた藍の体毛を加工して作った、金色の付け腋毛であった。
紫の達成感いっぱいの顔は、これが理由だった。
「はい、藍、あーん」
「お、おやめください……自分で食べますから……」
藍はキレたときの記憶が無いそうだ。
それゆえに、いきなりまとわりついてくるようになった紫が不気味で仕方なかった。
それに反比例して橙が少しそっけなくなったのも気になる、一体何があったのか。
「んがごーっ!」
「ああうるさい、無粋な子鬼ね」
紫は横で大いびきをかいて寝ている萃香を鬱陶しそうに蹴飛ばしたが、起きなかった。
普段は真面目なくせに、酒に酔うとトコトン癖が悪い。
そんなことつゆも知らず、萃香はごろんと寝返りを打ってまた大いびきをかいた。
「んごがーっ!」
結局妖夢はまた行方不明になってしまった。
そして魔理沙も行方不明になってしまった。
藍を見る橙の目が怯えを含んだものになってしまった。
フランドールが少し大人になってしまった。
レミリアは、やってしまった。
ただ幽々子と紫のみが、満足げであった。
もしかすると、次に妖夢にされるのは貴女かもしれない。
「褒めてやる!そうやって便器を支えるとは、感動的な姿だ!
体はそのままで気絶してもらう!!」
ってな感じのリアクションを期待してたんだろうな。
>「トイレキラー妖夢VSドクダ巫女霊夢」
期待してます。
私は本来壊れギャグはあまり好かんのですが
この作品はなんだか読んでてスカッとしました。
これから貴方の他の作品も読んでみます。
大変おもしろうございました
「う、訴えてやる!!」の流れはダチョウ倶楽部?www
すごく期待
次回のドクダミvs厠壊のイロモノ対決も楽しみにしてます(礼
あと、何気にVENIさんの魔理沙って弄られ属性強いですね(w
レミリア様ーっ!
話が纏まらなくなるんで気をつけてください。
あと、メイドやりながら咲夜お姉様とかいってる妖夢が幻視えました。
GJでしたー
ドクダ巫女といい、アンタ、笑いのツボを心得ているよ!
>トイレキラー妖夢VSドクダ巫女霊夢
すごいカオスな予感にwktkが止まらないのですがwww
それ以外は悪くはないと思いますよ。
ネタのインパクトが強すぎて笑ってもーた。