Coolier - 新生・東方創想話

天才バカBOMB

2006/08/21 08:53:59
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とある日の昼下がり。
縁側でお茶を飲んでいた輝夜が唐突にこう言った。

「……私って、どれくらい賢いのかしら?」

隣で怪しい薬草を磨り潰していた永琳が、きょとんとした表情で尋ねる。

「……どれくらいバカなのか、ではないのですか?」
「永琳、あなたって時々さらっと酷いことを言うわね」
「すいません姫、今のはちょっとワザとでした」

ゴリゴリと乳鉢に力を込めながら、しれっと言い放つ永琳。輝夜はやっぱりか、という表情をしながらずず……とお茶を啜った。

「まあ、あなたのノリには慣れているから良いけれど……それで何の話だったかしら。そうそう、私はどれくらい賢いのかという話ね」
「はあ。急にどうなさったのです?」
「最近、こんなものを読んでいるの」

輝夜はよっこらしょ、と立ち上がると書棚から何冊か本を抜き出して戻ってきた。

『老化と脳年齢』
『脳が若返る 手軽にできる思考トレーニング』
『人間はどこまでチンパンジーか?』
『小さいことにくよくよするな!』
『大丈夫、きっとうまくいく!』
『我 無敵 也! 我 最強 也! ―あなたにもできる! 憑鬼の術―』

タイトルを流し見た永琳は、何とも言いがたい表情でポツリとこぼした。

「統一性が取れているのか取れていないのか、微妙なチョイスですね。どうしたんです? 自己啓発本をお読みになるなんて」
「……最近ちょっと、負けが込んでるのよ。先月までは私の連勝ペースだったのに」
「ああ、妹紅とのケンカですか? 良いではないですか、互いに均衡した実力のほうが楽しく長く続けられるというものですよ」
「うーん、そうかしら……あっ、そうそう。このあいだ一戦交えたあとに、お風呂に入りながらちょっとした雑談になったのね」
「……相変わらず、仲が良いのか悪いのか分かりませんねえ。あと、今の台詞は少々誤解を招く恐れがあります。性的な意味で」

『我 無敵 也! 我 最強 也!』のページをぱらぱらと捲りながら、思わず突っ込む永琳。
見開きのページには、「人は案外、思い込みに弱いものです」という著者の言葉が毛筆で書かれている。

「取っ組み合いで勝ち負けがあるのは良いけれど、バカなのはちょっと恥ずかしいよね……って」
「つまり姫と妹紅のどちらがバカか、という話になったわけですね?」
「そうなの。私は妹紅のほうがバカだと思いたいけれど、ああ見えて色々と本を読んでいるらしくて」
「ハクタク先生から借りているのでしょうね」
「それで私のグラスハートが少々揺らいでしまったわけなのよ」
「憑鬼の術は、知能とは無関係だと思いますが……」
「妹紅はどんな本を読んでいるのか上手く聞き出せなかったけど、とりあえず形からと思って。あと、こんなものも作ってみたの」

文机にうんしょ、と手を伸ばし、輝夜は一枚の紙を永琳に差し出した。

「なんです、これは?」



<幻想郷・知能指数分布図>

・神クラス(東方三賢人)
八意永琳、上白沢慧音、パチュリー・ノーレッジ

          ↑
          ↑
          ↑
有象無象の人妖たち(きっと妹紅は私よりバカ)
          ↓
          ↓
          ↓

・最下層
HERE COMES A NEW CHALLENGER!(ててててってっててー♪)



「……姫、あまりに大雑把な上に主観的すぎてこれでは分布図になっていませんよ」
「細かいことは気にしない!」
「はあ……」
「私が思うに三大巨頭はそのメンツで間違いないと思うの。みんなの話題にもしばしば出てくるし」
「はあ……」
「でも、幻想郷最強のバカが誰なのかが分からなくて」

正直、かなりどうでもいい。

「バカを特定することと姫の知能指数との間に、どのような関連性があるのかがいまいち……」
「最底辺が私以外の誰かであれば、安心して妹紅との勝負に専念できると思ったのよ」
「随分と息の長い勝負プランですねえ」
「そこで永琳。あなたが思うに、一番バカそうなのは誰だと思う?」

こんなことを真剣に考えている姫ではないでしょうか、と言ってみようかと思ったが、輝夜は至って真面目なようだ。イジケられても後で困る。
永琳の交流範囲は月の事件をきっかけに大いに広がったが、「誰が賢いか」といった価値観で他者を値踏みしたことは無い。
人は人、自分は自分と思っていたいタチなのだ。
「あはははは。貴方達は愚かねぇ」と誰かさんに言ったような気もするが、あれはその場のノリと勢いが主な成分であった……たぶん。

「私にはちょっと分かりかねますね……そうだ、私よりも外に出ているウドンゲやてゐに尋ねてみてはどうです?」
「なるほど、ではそうしましょう。ちょっと二人を呼んできてちょうだい」






「お呼びでしょうか? 姫、師匠」
「はいはい。なんでしょうー」

そんなこんなで、鈴仙とてゐがやって来た。

「ごめんなさいね、急に呼んだりして。ちょっと二人に聞きたいことがあって」
「はあ、何でしょうか?」

やけに真面目ぶった表情で、輝夜は二人に向けて言い放った。

「あなたたち……幻想郷で一番バカなのは誰だと思う?」

鈴仙とてゐは、きょとんとした表情になって顔を見合わせ……

「バカといえば……あの子しかいないわね」
「やっぱり鈴仙もそう思った?」

二人は異口同音に、とある妖精の名を口にした。






「……だそうですよ、姫。ご安心ください、二人の口から姫の名は出ませんでした」
「身内にバカ扱いされたら、それはそれで悲しい話よね」

どうも状況を掴みかねる、といった表情で鈴仙とてゐは永琳たちのやり取りを聞いている。

「いったい何の話でしょうか? バカを特定することと姫と、何の関係があるんでしょう」
「それはね……」

かくかくしかじか。永琳と輝夜は事のあらましを二人に話して聞かせた。

「……なるほど。そういうことでしたか」
「姫、だいじょーぶですよ。チルノはそりゃあもう、突き抜けたおバカですから」
「てゐの言う通りです。花の異変の時に出会ったんですが、あの子は本物ですよ」

二人の口ぶりから、かなりのバカっぷりが予想できる。

「そこまで言われるほどのバカとは、いったいどれほどのものかしら。ちょっと見てみたいわね」
「姫、よほど安心したいのですね……」
「そのチルノって子、どこにいるか分かるかしら?」
「ひょっとして姫、ここへお呼びになるので?」
「最底辺を知っておくことで、安心して土台を固められるはずよ。さあ、チルノとやらをここへー(ぱんぱん)」

自分の知能指数などに関して、やたらと長生きしてきたわりに輝夜はひどくチキンであった。総じて自分に自信が持てないタイプ、とも言える。

「なんか妙なことになってるね、鈴仙」
「そうね……あの子と永遠亭って、普通に考えたら全く結びつかないよね」
「でも、どうやらここへチルノを呼ぶ流れみたいだよ」
「うーん、どうなるんだろ……」

そして鈴仙たちの予想通り、輝夜から直々に「チルノをここへ拉致してくること」というミッションが与えられた。






さて、鈴仙とてゐが永遠亭を出てからしばらくして。

「はーい、ただいま戻りましたー」
「へー、ここがあんたたちの家? 大きさはいっちょまえね、誉めてあげるわ! あたいの湖ほどじゃないけどね!」
「チルノ、あの湖は個人の住居じゃないよ……」

玄関から賑やかな声が聞こえてきた。
盆栽をいじっていた永琳が出迎えに向かうと、てゐと鈴仙に挟まれるようにしてチルノが立っていた。
どことなく捕獲された宇宙人の写真を連想させる人物配置である。

「いらっしゃい。初めまして、私は八意永琳よ。うちの姫があなたとお話がしたいそうだから、会ってもらえるかしら?」
「あんたがドクターえーりん? あたいに目をつけるとはなかなかね。会ってやっても良いわよ!」
「こらこら。くれぐれも皆に失礼のないようにね」
「鈴仙、コイツは言って聞くようなタマじゃないと思うんだけどなあ……今すでに問題発言したし」

(……何なのかしら、この内側から湧き出るような根拠の無い自信は……)
永琳、チルノの言動に早くもびっくり。

てゐ達に案内されて、チルノは輝夜が待つ客間へと歩いていった。
珍しい来客に、周りのイナバたちも興味津々といった様子である。

「ふう、あの子は礼儀とかを一切気にしないようなので困っちゃいます」

チルノの背中を見ながら一息ついた鈴仙。どこか心配そうである。

「思ったより早かったわね。なんて声をかけたの?」
「よく姿を見かけるという湖の近くで会ったので、うちに遊びに来ない? 美味しいお菓子があるよ……と、てゐと一緒に声をかけたところ」
「ええ」

随分とステレオタイプな手法である。

「次の瞬間には、私達の前を飛んでいたんです」
「……誘拐しやすい典型的なタイプね」
「私も正直言って驚きました。もう引っかかる、引っかからない云々の話ではないですからね……」
「想像以上の人材かもしれないわ。じゃあ、私達も行ってみましょうか」

こうして、永遠亭を舞台にした最低レベルの頭脳戦の準備が整ったのである。






「さて、姫。噂のチルノがこうして来てくれたわけですが……どうします?」
「そうね。とりあえず実力を測るという意味合いで、いくつか質問をしてみましょう」

『脳が若返る 手軽にできる思考トレーニング』を手に取っていた鈴仙は、とあるページに目を止めた。

「師匠、これなんてどうでしょう。簡単な計算問題です」
「えーっと、どれどれ……なるほど。これはボケ防止に良いというやつよね」

チルノ、早くもボケ扱い。

「はい、じゃあこれに答えを書いてね。じっくり考えてよー」
「さっさと問題を出すことね。あたいの実力を見せてあげるわ!」

てゐが鉛筆と紙を手渡し、頭脳試験開始と相成った。



<Question1(『脳が若返る 手軽にできる思考トレーニング』27pより)>

100から7を引き続けてください。



――――チルノ硬直。
自身にパーフェクトフリーズをかけたかのような有様である。



<Answer/チルノの脳みそ>

えーっと、100……100から7を……あれ?
100は1と0と0でできてるわけで……7なんかどこにも無いじゃないの。
100は1と0と0で、えーっと、部品が3つあるから、100は3ってことになるわね。
あたいったら頭いい!

……あれ、ちょっと待って。
そういうふうに相手を納得させて丸め込むひっかけ問題かもしれないわ。
冷静になるのよチルノ!
100から7をひきつづける。
ひきつづける……そうか! 100から7をひきつづける→100を先頭ととらえて、7をひっぱり続けろってことにちがいないわ!

つまり答えはコレよ。あたいったら最強ね!



チルノはしばらく硬直していたが、突如水を得た魚のように鉛筆を走らせ始めた。

「あれ、急に書き始めましたね」
「うーん、どんな答えなのかしら」

チルノを生暖かく見守る永遠亭首脳陣。

「……よし、できた! 答えはコレよ!」

ずいっと解答用紙を突き出すチルノ。

「はい、じゃあ答え合わせをするから見せてね」

解答用紙を受け取った鈴仙は書かれた答えに目をやり――――

「……えっ、何コレ?」
「どうしたの、ウドンゲ?」
「答えが解読できないんです」
「字が汚いってことかしら?」
「いえ、どう表現したものか……これを見てください」

鈴仙が永琳たちに差し出した解答用紙には、こう書かれていた。



(゚∀゚)100→→→7> ひだりへ すすむ

100があたま 7はしっぽ ひっぱりつづける 100=3というのは ひっかけ

あたいったら さいきょうね!     さるの



ちるの、と書きたかったのだろうか。名前まで書き間違えているところが涙を誘う。
「野比のび犬」クラスのイージーミスであった。

「!?!?!?」
永琳硬直。

「……………………」
輝夜沈黙。

「日本語でおk」
てゐ驚愕。

「えっ? えっ? 何かの暗号?」
鈴仙困惑。

「で、どうなの? 正解? 不正解?」
そして、空気を微塵も読まないチルノ。ノー・エアリード。

「えーっと、正解と言うか不正解というか……一応、答えはこうなるんだけど」
永琳が答えのページを開いてチルノに見せる。

100-7=93
93-7=86
86-7=79
79-7=72……

「なによこれ。これは問題がよくないわね! 質問の意味がちゅ、ちゅーしょーてきすぎてよく分かんないわよ!」
チルノ逆ギレ。

「………………」
「ど、どうしたんです姫」
「よかった……」
「えっ、何がです?」
「たった今、私は少なくとも最底辺ではないことが実証されたわ」
「まあ、確かにそうかも知れませんが……どうやらこの子の頭は知能指数以前の問題のようですよ。ここら辺で止めておいても良いのでは?」

確かに永琳の言う通りである。チルノと比べたなら、この世に存在する知的生命体の九割以上が「かしこい」にランクインするであろう。

「いやいや永琳。なんだか面白そうだし、もう少しチルノの知能指数について検討しましょうよ」
「うーん、姫がそう仰るなら……」
「さあ、どんどん問題を解きましょうねチルノ。頑張った分、たくさんご褒美をあげるわよ」

この子はどこまでバカなのだろうか。
そんな好奇心が輝夜の中で頭をもたげていた。

一問目で止めておけば良かったのだが……この瞬間、輝夜は地獄の釜の蓋を開けてしまったのである。



「じゃあ、次はこれなんてどうかしら」
「姫、これもチルノには難しいのでは……」
「まあ、ものは試しよ」

<Question2(『脳が若返る 手軽にできる思考トレーニング』28pより)>

底辺8㎝、高さ9㎝の三角形の面積を求めてください。



――――チルノは鋭い表情で、鉛筆を手に取った。



<Answer/チルノの脳みそ>

8センチ、9センチ……三角形……また問題が悪いわね。ちゅ、ちゅーしょーてきってヤツよ!
8、9、3……8、9、3……や、く、ざ? どうも違うっぽいわね。
こんな問題ごときであたいの器は測れないわ!

意味がよくわかんないから、えーっと。

まずは下手に出て、相手の様子を探る。あたいったら最強ね!



チルノはしばらく硬直していたが、再び鉛筆を走らせ始めた。

「あれ、また急に書き始めましたね」
「うーん、今度はどんな答えなのかしら」

チルノをゆるーく見守る永遠亭首脳陣。

「……よし、できた! まずはコレよ!」

ずいっと解答用紙を突き出すチルノ。まずは、という台詞が少々ひっかかる。

「はいはい、それじゃあチェックするから……ら、らぁ!?」
「ど、どうしたのウドンゲ?」

愕然とした表情で、鈴仙は永琳たちに解答用紙を見せる。そこにはこう書かれていた。



こたえてやってもいいけど、しつもんのいみが よくわからない     ちろの



また微妙に名前を書き間違えているが、これは素でやっているのだろうか。
気遣いをキチガイと読んでしまうくらいに迂闊な行為であった。

「な、な、な……」
永琳愕然。

「こ、これは!」
輝夜動揺。

「ツッコミ待ち? ねえこれツッコミ待ち?」
てゐ狼狽。

「言ってることはバカ丸出しなのに、なぜこんなに偉そうなのかしら……」
鈴仙当惑。

「さあ、早く問題の意味を教えるのよ!」
そして、またも空気を読まないチルノ。

「えーっと、まず三角形というのがどんなものか知ってるかしら?」
「もちろんよ! レティに聞いたことあるわ。サイン・コカイン・タンジェント」

のけぞる永琳。白石さん、いったい何を教えているんだ。

「少しズレているうえに、とても危険なものが混ざっているわね……」
「ダメー! ゼッタイ!」

薬剤師の卵として、鈴仙にとっては聞き捨てならない単語が含まれていた。ジャンキーの芽は早急に摘まねばならない。

「姫、やはり難しすぎたようです。もう良いのでは……これ以上はチルノが気の毒ですよ」
「そうです姫、もう分かったじゃないですか。このバカさ加減は圧倒的ですよ!」
「うーん、どうしようかしらね……」

これ以上チルノを追い詰めたくない。見ていると泣けてくる。
情け心から輝夜に知能テストの中止を提案する永琳とてゐだったが……。

「――――ちょっと待ちなさいよ」

いきなり会話にチルノが割って入ってきた。
まずい、少々「バカ」と言いすぎたか!

「え、ええっと何かしら?」
「……呼び出してテストを受けさせておいて、途中でやめさせる……これが示すものはひとつ!」
「?」
「あんたたち、最初からあたいにご褒美を渡すつもりがなかったんでしょ!」

――――そっちか。

どうやらチルノにとっては、自分がバカバカと言われることよりも報酬のお菓子が貰えないことのほうが許しがたい展開らしい。
それとも究極的なバカゆえに、自分が相当に愚弄されている現状に気付いていないのだろうか。

「え、ええっと……別にあなたに意地悪しようとしてるわけじゃないのよ。ただちょっと、問題が難しかったかなーって」

すかさず鈴仙がフォローに入る。だが視線で永琳に語りかけていた。
(さて、どうしましょうか師匠)

「ではこれを解いてみて」

鈴仙のアイコンタクトを受けた永琳はさらさらと手元にあったメモに鉛筆を走らせ、即席で問題を書き込んでチルノに渡した。

「おー、やってやろーじゃないの!」



<Extra Question(八意永琳のその場しのぎ)>

これなんですか → ξ・∀・)



――――チルノの瞳が、奇妙な輝きを放った――――

幻想郷の因果律の歯車が、静かに回り始めた。











チルノは今までとはどこか違った雰囲気を醸し出しながら、永琳の即席問題と向き合っている。
それをやや遠巻きに眺めながら、輝夜たちはひそひそ話を始めていた。

「ま、まさかあれほどとは……イナバ、あなたも恐ろしい人材と知り合いだったのね」
「姫、十分にお分かりになったでしょう? あの子は普通のバカじゃないんです。まあ正直なところ、ここまで凄いとは私も思っていなかったんですが」

鈴仙の耳も、心なしか普段よりしおれているように見える。
別次元のバカに対する畏怖の表れだろうか。

「どうしましょうか。適当にご褒美を渡して言いくるめましょうか?」
「確かオリジナルブランド計画で作ったお饅頭が、まだ沢山ありますよ」
「あら、そんなにあったかしら。この前、白玉楼におすそ分けしたけれど」
「じゃあ、一応持ってきておきましょうか。ちょっと失礼ー」

てゐは饅頭調達を理由に、一時離脱した。異様な空気になりつつあるこの部屋に居たくなかっただけなのかも知れないが……。

「白玉楼といえば、何がどうなったのか発狂した妖夢が殴り込みをかけてきましたね……」
「あれは怖かったわね。永琳なんて胸を揉みしだかれてたじゃない……なかなかに春な眺めだったわ」
「師匠の胸を揉みながら殺す! 殺す! と口走って……今でもまだ夢に出てきますよ」
「姫、ウドンゲ。あの時の話は早く忘れましょう」

先日起きたとある事件の余波は、永遠亭にも浅くない爪痕を残していた。どちらかと言えば性的な意味で。

それはさておき会話の合間にそれとなく様子を窺ってみたところ、チルノはせっせと鉛筆を動かし続けている。
三人は今までと一味違った様子のチルノを見て、今度はどのようなトンデモ解答が飛び出すやらと心配になった。

「……なんか、妙に書いてる時間が長くないですか?」
「急に真面目に取り組み始めたようにも見えるわね。永琳、どんな問題を出したの?」
「いえ、まあ……幻想郷の一般常識みたいなものですよ」
「しかしあの子、今までよく生きてこられたわね。感心しちゃうわ」
「彼女の脳内で独自の知識体系が構築されているのかも知れませんね。私達とは異なる価値・論理基準で世界を見ているのかも……“チル脳”とでも言うべきでしょうか」

バカ相手についつい真面目に考えてしまう永琳も、違った意味でビョーキと言うべきだろう。

「……しかし長いですね。絵でも描いてたりして」
「確かにちょっと長いわね……問題文はたったの一行なのに。そこまで深く考えるようなものだったかしら?」
「あっ、見て二人とも。手が止まったわ」

輝夜の言葉通り、今まで休み無く動かされていたチルノの手がピタリと止まった。
しばらく自分の書いた解答を吟味するかのように文面に目を走らせたあと、ついにチルノは解答用紙を永琳に差し出してきた。

「今度はいったい何が……」

受け取る手にも力がこもる。

「師匠、どんな解答ですか?」
「また“質問の意味が分からない”なんてオチじゃないわよね?」
「……………………」
「師匠?」
「どうしたの、永琳?」

「な、なにコレ」

そう呟くのが精一杯だった。目の前にあるものが信じられない。

――永琳が手にした解答用紙は、裏面に至るまでびっしりと書き込まれた文字で埋め尽くされていたのである。



<Answer>

ξ・∀・):超地球的存在の概念的一形態。現時点では「めるぽ」という名称が一般的に用いられている。発音は(mel^pow)とするのが普通。
    「める」は古代幻想バビロニア語でヴァイオリンとキーボードとトランペット、「ぽ」とはそれらの霊的統合と合一を表す。つまり音楽的神格である。
     この単語の起源は紀元前にまで遡り、古くは悟りを開くため断食、瞑想などの荒行を行っていた修験者たちの幻覚の中に現れたと伝えられている。

    この記号を偶像として崇める宗派「ソウルゴーハッピー」なるものが存在したと言われているが、現在ではそれらに関する資料の大半が
    ふらわー戦車などによる焼き討ちのために失われており、明確な史実を掴むことは困難とされている。
    研究者たちの間では何らかの宗教的弾圧があったものと推測されており、今もなお隠された真実を追う者は少なくない。

    幻想暦446年、逃げた牛を追いかけて山奥へと分け入った農家の青年が朽ち果てた寺院の地下から七色に輝く古文書を発見した。
    これが世に言うプリズムリバーの黙示録である。
    この古文書の解読には多くの年月が費やされたが、複雑怪奇な古代文字で記されたその内容は驚くほどにシンプルなものであった。
    要約すると「ゾウさんが好きです。でもキリンさんはもっと好きです」となる。
    一見したところ意味不明なこの文章は、研究者たちによれば「ソウルゴーハッピー」の極意であるという。
    一部の信徒の末裔にはその真意が伝えられているとも言われるが、末裔たちはこの極意に関して、堅く口を噤んだまま何も語ろうとしない。
    ただ一部明かされた教義によると、信徒たちの間では「めるぽ」と挨拶されたものは「ガッ!」と返すのが慣わしであったという。
    「めるぽ」の意味は前述の通りだが、「ガッ!」には古代幻想バビロニア語で「汝らと音の調べに祝福あれ」という意味合いが含まれていたとされる。
    また、「めるぽ」と発言してから24時間以内に「ガッ!」と返されなかったものは神(真なる音の導き手)なる称号を与えられたとの伝承もある。

    近年、この不思議な伝承にまつわる画期的な発見があったことは記憶に新しい。
    古びた洋館の地下祭壇から奇妙なレリーフが発見されたのだが、そこにはξ・∀・)の刻印とともに、トランペットを携えた三角帽子の少女の姿が
    彫り込まれていた。このデザインから判断するに……(後が長いので以下略)by Cirno」



「な、ななななななななんなな」
「え、ちょっ……え!?」
「医者ー! 医者を呼んでちょうだーい!」

文章が急にマトモっぽくなった!
何故か専門書っぽい単語まで入っている!
そして何より、漢字が多用されている!
これは明らかに尋常ではない。

三者三様に動揺。
しかしチルノは至って普段通りであった。

「さあ、次の問題をさっさと出すことね! やればやっただけご褒美くれるんでしょ? あたいの実力を見せ付けてやるわ!」
「ちょっ、ちょっと待ってチルノ。これあなたが書いたの?」

書き込まれた文字で遠目に見ると黒っぽくさえ見える解答用紙を手に、永琳が尋ねた。

「あったりまえじゃないの。どこにもカンニングできるような本とかは無いわよ? あたいったら最強ねっ!」
「何故、先日の幻想歴史学会で発表されたような最新学説をあなたが知っているの!?」
「難しいことはよく分かんないけど、頭の中にこの文章が流れ込んできたのよ」
「そんな……こんな、こんなことって……」

動揺した永琳はチルノが座っている文机の周囲をくるくる回ってトリックが無いか調べたが、どこからもカンニングペーパーは出てこなかった。
そもそも、チルノがそんな器用な真似を出来るとも考えにくい。

取り付かれたようにチルノの周りを調べまわる永琳を見つめながら、輝夜と鈴仙はごくりと唾を飲んだ。

「姫、今のはいったい何でしょうか」
「し、信じられないわ……あの永琳が動揺しているなんて」
「アレ、本当にチルノが書いたんでしょうか?」
「漢字が沢山書いてあったじゃない。ついさっきまで自分の名前まで書けなかったような子が、あんな……これはきっと何かあるわ!」
「もしやアレですか、ダニエル・キイスですか!?」

すぅ……と息を吸い込むと、輝夜は。



「そこにいるのね妹紅! いたいけな妖精を使って私達の動揺を誘うとは、卑劣極まるその行為。お天道様が許しても、満月が許さないわよ!」



「……姫、何かあるとすぐに妹紅さんのせいにしますよね」
「そ、そそそんなことないわよ。出てきなさい妹紅! 月に代わっておしおきよ!」
「……姫、まずは落ち着きましょう。冷静になって考えてみて下さい。妹紅さんだって、四六時中うちに張り付いてるほど暇なわけないじゃないですか」

今度はチルノの文机を引っくり返して分解し始めた永琳を横目に見つつ、輝夜を諭す鈴仙だったが……



「呼んだ?」



唐突に妹紅参上。

「え」
「あ」
「……ん? どうしたの変な顔して。ああそうそう、あんたこないだウチに来たとき、これ忘れてったでしょ。そんじゃ」

輝夜にポンと何かを手渡すと、妹紅はさっさと部屋から出ていく。

「あ、いや妹紅、チルノに妙なことを、えーと吹き込んで……その……あの……めるぽ?」
「邪魔したわね」

ぴしゃっ!

襖が閉じ、妹紅退場。

「なんです姫、忘れ物って……」

輝夜の手をふと見ると、『小さいことにくよくよするな! 増補改訂・文庫版』が握られていた。
すうっと輝夜の顔から血の気が引いてゆく。

「……姫?」

無言でパラパラとページを捲ると、色とりどりの付箋が挟まれているのが見て取れた。

“明日のために その1 完璧はつまらない”
“明日のために その2 今、この瞬間を生きる”
“自己を省みる 大抵は相手のほうが正しい”

所々に赤線も引かれている。

「…………見られた」
「……姫?」
「…………妹紅に……自己啓発……見られた……」
「姫、どうしたんです?」
「きっと今頃、私のこと笑ってるに違いないわ……」

捲られたページの隙間から、何かがパラリと落ちた。

「ん? 姫、何か落ちましたよ」

拾い上げた鈴仙が、メモのような紙片を輝夜に手渡す。そこにはこう書かれていた。

――この本、結構ためになったよ by 妹紅――

「ううううううううううほえげぷぺぷちゃべ」
「ひ、姫ーっ!!」

青白い顔で奇声を発すると、輝夜は襖を突き破ってどこかへ飛び出していった。

「妹紅さんのことになると、どうも見境がなくなると言うか……ところで師匠」

永琳は血走った瞳で文机を分解する、組み立てるを繰り返していた。横ではチルノが退屈そうな表情で雪の結晶をくるくる回している。

「師匠っ! 正気に戻ってください!」
「ぽっぽっぽ……めるぽっぽ……へにょりレーザーそらいくぞー♪ ……はっ、私はなにを!?」
「師匠は悪い夢を見ていたのです。さあ、チルノにご褒美のお饅頭を渡してサクッと終わらせましょう」
「そういえば、てゐは?」
「……そう言えば、先ほど出て行ったきり戻ってきませんねえ」
「面倒臭がって逃げたんじゃない?」
「まったく、あの子は仕方ないなあ。ちょっと見てきます。ついでにお饅頭も取ってきますよ」
「わかった、お願いね」












「てゐー、また面倒臭がって逃げたでしょ。お饅頭取りに行くのを口実にして……って、あれれ?」

うず高く積まれた満月饅頭の箱の中、何故かてゐは俯いて座り込んでいた。

「……てゐ? 寝てるの?」
「…………………………」
「てゐ?」
「あたいの名前は……因幡チルノ……いやいや、蓬莱山てゐ? いや、八意妹紅だったっけ」
「誰? その新キャラクター」
「私は、私の名前は……因幡てゐ、ゐ、ゐってれぼ!」

明らかに様子がおかしい。

「ちょ、ちょっとちょっとどうしたの!?」
「だだ大丈夫よれれれ鈴仙んんん。私は至って正気、き、き、きひゃあ!」
「急にどうしたの。変なものでも食べた?」
「わ、わからないの。急に思考が……まともに保てなくなって……!」
「じゃあ今から質問をするわ。できるだけ答えるよう努力してみて」
「う、うン」
「まず自分の名前を言ってみて」
「い、い、いなば亭」
「ニュアンスが妙だけどまあ良いかな。じゃあ、進化論を唱えたのは誰でしょう?」
「ち、ちゃ、ちゃあ……いやいや、まるこぽおろ!」
「途中まで合ってたのに。ま、まるこぽおろ?」

ふいに、てゐの瞳に知性の輝きが戻った。

「そうよてゐ、頑張って! バカに詐欺師は出来ないでしょう。あなたはもともと賢いのよ! なにがなんだか分からないけど頑張って!」
「まるこぽおろと卵ボーロは似ている!」

……やはり駄目だった。てゐは言葉の迷宮に迷い込んでしまった。

「てゐ、ちょっと今のギャグはいただけないわ」
「ギャグじゃないわよ。あたいったら最強ね! ……あれ?」
「……てゐ、今なんて言った?」
「わ、私は別に変なこと……あ、あ、あたいったら最強ね!」
「!?」
「あたいったら最強ね!」

鈴仙は目を見開いた。






虚ろな瞳のてゐを右手に、満月饅頭の箱を左手に。
鈴仙は永琳たちのいる客間へと急いだ。

「師匠大変です!」
「ウドンゲ大変よ!」

「「…………あれ?」」

「師匠どうなさったんです?」
「ウドンゲこそどうしたの?」
「ど、どうぞ」
「いやいや、ウドンゲ先にどうぞ」
「てゐの様子がおかしいんです。どうやら演技ではなさそうなんですが……」
「こっちも姫が戻って来たんだけど、様子が変なのよ。知能指数の著しい低下が見られるわ。自分の名前が分からないって言うの」
「あ、こっちもです。自分の名前が分からなくなっていました」

永琳の傍らには輝夜が座っているが、どうにも様子がおかしい。

「あと、もしかして……」
「何かしら?」
「あたいったら最強ね、と口走りませんでしたか?」
「!!」
「やはりそうなんですね。一体何が起きているんでしょう……」

「お取り込み中悪いけど、ご褒美はもらえるのかしら?」

チルノの意識はあくまでご褒美にのみ向けられていた。はっきり言って、場の空気は饅頭どころではない。チルノ自重しろ。

「ご褒美はちゃんとあげるわよ。でもその前に質問を一つ良いかしら。姫とてゐに、何かした?」
「え、何のこと?」
「……やはりそうよね。あなたが二人に何かしたところで、得られるものがあるとも思えないし」
「二人がそう易々と後れを取るとも思えませんね」

「さっさとお饅頭渡して、お帰り願いましょうか」
「そうねえ……なんだかますますおかしな展開になりそうな気もするし……」

結局、永琳たちはチルノに満月饅頭を三箱手渡し、丁重にお帰り頂くことにした。
何か釈然としないものが胸のうちに残ったが、まあそういう事もあるだろう。今の流れで、深く考えたら負けだ……きっと。
去り際にチルノが残した一言が、嫌が応にも二人の不安を掻き立てた。

「軽くテストに答えただけでお饅頭をゲット。あたいったら最強ね!」






「……で、どうしましょうか」
「どうすれば治るのかしら。こんな症例、今まで見たことがないわ」

「あたいったら最強ね!」

「……姫が“あたい”って言うの、凄まじく似合いませんね」
「確かに……。あっ、そうだわ。私の部屋に分厚い医学辞典があったはずよ。ちょっと探してくるわ、こんな症例が載っているかどうか分からないけど」
「私もご一緒しましょうか?」
「いえ、ウドンゲは二人の様子を見ていてちょうだい。何をするか分かったものじゃないわ」
「うーん、そうですね……分かりました」

永琳は自室のどこかにあるはずの『幻想医学大辞典(仮)』を探しに行った。

「しかしどうしよう……こんな事になるなんて」
「あたいったら最強ね!」
「困ったなあ」

手持ち無沙汰になった鈴仙は、落ちていた鉛筆を拾い上げるとクルクルと回し始めた。

「だいたい姫は自分に自信がなさすぎです。妹紅さんとどっちがバカかなんて、二人だけで考えてればいいのに」

単に巻き込まれただけの鈴仙、まあ愚痴の一つも言いたくなるというものだ。

「てゐまでおかしくなっ「あたいったら最強ね!」ちゃうし、本当に勘弁してほしいなあ……」

虚ろな瞳の輝夜が、独り言に割り込んできた。

「姫、お願いですから正気に戻っ「あたいったら最強ね!」てください。てゐもしっかりしてよ「あたいったら最強ね!」ね……って姫、わざとやってませんか?」

計算しつくしたかのようなタイミングで台詞に割り込んでくる輝夜。
一方てゐは、何故か立ったり座ったりを繰り返しながら服を脱いでいる。諸般の事情で詳しい描写は省かせて頂きたい。

「ちょっと姫、いくら心を病んだ身とは言えお戯れが「あたいったら最強ね!」過ぎますよ。私だってい「あたいったら、たら、たらったらったー♪」ろいろと大変
 なんです……ってちったあ黙ってらんねーのかテメーは!! 今は私が喋ってんだよ。な?」

ついカッとなった鈴仙は、サイコミサイルもかくやという勢いで手にしていた鉛筆を輝夜に投げつけた。
――――ぐさっ!!






「鈴仙、いま戻ったわ……って、どうなさったんです姫! てゐもどうして全裸に!?」

『幻想医学大辞典(仮)』を携えて戻って来た永琳が見たものは――――鉛筆を額から生やして仰向けに転がっている輝夜と、全裸で座禅を組んでいるてゐの姿だった。
動揺しながらも「ペタンコのてゐなんか見ても仕方が無い。どうせなら姫が全裸だったら面白かったのになあ」と思ったのは秘密だ。
実を言うと輝夜とてゐのボディラインにさほど差は無いのだが、ここでそれを詳しく描写すると様々な不都合が生じるため割愛させて頂く。

「師匠! 大変なんです。突然興奮状態に陥った姫が、自分の手で鉛筆を頭に! 止めようとしたんですが、凄い勢いで暴れて」
「なんてこと……すぐに抜きましょう!」

全裸のてゐを完全に放置すると、永琳と鈴仙は二人がかりで輝夜を押さえつけて鉛筆に手をかけた。

「くぬぬ……かなり深く刺さってるわね。よいしょっ、と……姫、あと少しですよ!(*注:麻酔は一切使用しておりません)」
「あああ……きも、きき、きもちいいよおー……あたいったら、ら、らあべ!!」
「姫! ああ、なんてこと……(*注:やったのはコイツです)」
「よし、この感覚ならあと1㎝くらいかしら。姫、一息に行きますよ!」
「やあ! 私の名前は蓬莱山・優曇華院・チルノ。みんな、私と一緒に冒険をちにゃ!」

すぽっ。

「やった!」
「良かったですね、姫。もう大丈夫ですよ」

輝夜の額から引き抜かれた鉛筆には、得体の知れない紫色の液体がこびり付いて泡立っている。非常に生々しい。
鉛筆を遠くまで転がすと、永琳は頭に風穴を開けたままの輝夜を抱きしめる。
そんな感動的なシーンの傍らでは、存在を忘れ去られた全裸のてゐが『我 無敵 也! 我 最強 也!』を読み耽っていた。

「師匠、また暴れたら大変ですから……不本意ですが、手足を拘束しておいたほうがよろしいのではないでしょうか」
「……そうね。これも姫の安全のためだし仕方ないわ」

数分後。

永遠亭の客間は、全裸で読書する兎と亀甲縛りをかけられた姫君が転がされている異界と化していた。
魔理沙の部屋をも凌駕する、それはまさしくピュア・カオス。

「……さて、では治療法を考えましょう」
「しかし、こんな症例は初めてなんですよね。手立てはあるのでしょうか」
「この本は殆どの幻想疾病を網羅しているから、何らかの手がかりはあると思うの。久しぶりに引っ張り出して来たけどね」

『幻想医学大辞典(仮)』の目次を眺める二人。

「今の二人の状態は、カテゴリーとしてはどうなんでしょうか。精神病とか?」
「あるいは突発性記憶障害あたりかしら。えーっと、どれどれ……」

<第8章 アタマのビョーキ>

「……分厚いわりに随分と投げやりな感じですね」
「それがこの本の味なのよ」

・巨乳願望執着症
・虚乳
・魔術書窃盗癖
・虚言症

「……なんだかピンポイントな病気ばかり載ってませんか?」
「ちょっと作為的なものを感じるわね」

・バカ

「こ、これはミもフタもない!」
「念のため見てみましょうか」

<バカ:Brain Anti Knowledge Apocalypse……B.A.K.A>

正式名称:頭脳知識否定黙示録。思考回路が崩壊する突発性記憶障害及び精神的疾病の総称。
     正式名称の文字数が微妙に多く、呼ぶ際に面倒なことから、⑨という略称が用いられることも多い(漢字で九文字のため)。
     単純にバカと表現することも多いが、筆者としては⑨をお勧めしたい。
     
     発症の原因として最も有力視されているのが、知能指数が著しく低い一部の妖精との接触である。
     妖精の特殊な思考パルスが体外へと漏れ出し、その波動を受けた人妖の思考能力が大幅に低下すると推測されている。
     妖精の知能指数が低ければ低いほどにパルスの影響は強く、周囲にいた人妖に順次影響が現れる。
     影響を受けやすい体質、受けにくい体質がそれぞれあるようだが、詳細については今後の研究の発展を待ちたい。
     体質のこともあり、発症には個人差があるようだ。

     なお、思考回路崩壊状態に陥った患者に対する効果的な治療法は今のところ発見されていない。
     出来る事といえば、時間が経つのを静かに待って思考回路が回復するまで安静にすることくらいであろう。
     
                                     ……みたいなことを、風呂に入ってる間に思いついた。



「ちょっと師匠、何なんですかこの本。本当に頼りになるんですか? 思いつきで医学を語るなんて」
「ガマンしてウドンゲ、これはそういう本なのよ。幻想医学だから……でもほら、書いてある内容はなんとなくそれっぽいじゃない」
「まあ、確かにそうですけど……では、どうするんです?」
「この記述を信じるなら、放っておけば治るということになるわね」
「放っておけば治るなんて……天才薬剤師の台詞とは思えません」
「私にだって……わからないことぐらい……ある……」
「ここへ来てキバヤシですか!」
「まあ正直に言うと」
「はあ」

ふっと艶っぽい笑みを浮かべ、永琳は本音を口にした。

「何だか面倒臭くなってきちゃった」

まさに外道!

「私も巻き込まれたようなものだし……姫も自分にもっと自信を持って欲しいわよね。十分に博識だと思うのだけれど……」
「師匠もそう思われますか。まあ好事家ですし、色々とヘンな知識も身についていることでしょう」
「丸投げするのもなんだし、精神安定剤くらいは投与しておきましょうか。また暴れて頭に鉛筆でも刺したら大変だわ」
「そっ、そうですね。ではヤゴコロ221号でよろしいですね?」
「そうね。うーん……てゐは暴れてはいないけど、挙動がやけに尖ってるわね。ややきつめの222号にしておきましょう」






「師匠、ヤゴコロ221号、222号を持ってきました」
「はいはい。じゃあさっさと投与しましょう」

「あ、YO! あたいったら、たらった、YO! 最狂ね! HEY-YO! べいべべいべべいべ……」
「はいはーい、姫ー怖くないですよー。一瞬だけチクッとしますが、すぐに気持ちよくなりますからねー。
 はい、落ち着いて。ああダメです、玉の枝を鼻の穴に突っ込まない。はい行きますよー、ぷすっ!」
「あわびゅっ」

輝夜は玉の枝を鼻の穴に突き刺したまま激しく痙攣すると、そのまま動かなくなった。

「よし。次はてゐね」
「師匠、まずいです。てゐが憑鬼の術を実践したようです! うわっ気持ちわる! 小さいのにムキムキですよ!」
「心配無用よウドンゲ。このまま投与を決行するわ」

「あたい、最強、なり! あたい、無敵、なり!」
「はいはい、てゐ落ち着くー。はーい、フロントダブル・バイセップスをしなーい。サイドチェストもやめなさーい。
 えっ、これ? 薬なんかじゃないわ、皮下に直接注射するタイプのプロテインよ。さあ行くわよ……ぷすっ!」
「まびゅ!」

てゐもまた奇妙な痙攣を起こしたまま崩れ落ち、そのまま動かなくなった。あと少し投与が遅れていたら、メンズビームを撃っていたかも知れない。

「ふぅー、やれやれ……まあ、これで一件落着ね」
「流石です師匠。マッスルてゐにも全く臆することなくヤクを打つ……薬剤師の鑑です」
「うふふ、見直してくれたかしら? あたいったら最強ね!」



「…………師匠、いま何と仰いました?」



「えっ、私は別に……」
「いえ、確かに仰いましたよ。“あたいったら最強ね”と……」
「………………」
「師匠、今のうちに精神安定剤を!」
「無駄よ、ウドンゲ。私の体には薬や毒の類は一切効かない……」
「あっ、そう言えば」
「ウドンゲ……⑨は想像以上に恐ろしいものかも知れないわ。出来るだけここから遠くへ逃げなさい。一日くらい経てば、きっと思考回路は回復すると思うから」
「師匠っ!」
「泣きそうな顔しないの。あなたは⑨のパルスに曝されてなお、理性を保ち続けている……自信を持ちなさい。さあ!」
「必ず……必ず戻ります。だから……師匠たちもご無事でっ!」

必要以上に感動的なやり取りをする二人。
このシーンを冷静に見ると「私はイカレポンチになっちまうからお前はどっか行け」ということなのだが、そんな目で見ると興醒めもいいところだ。
鈴仙は唇を噛み締めながら踵を返すと、文字通り脱兎の如く部屋から飛び出した。

部屋には……鼻の穴に玉の枝を突っ込み、額から紫の汁を溢れさせている輝夜、ムキムキ全裸で転がっているてゐ、そして諦念の笑みを浮かべて立ち尽くす永琳が残った。

「チルノ……私はあなたに謝らなくてはいけないわ。わた……あたいは侮っていた……⑨の力を……」

てゐが思い出したように一回、激しく痙攣した。

「行くところまで行けば、バカも大きな力になる……知の道を極めることだけが、全てじゃないのね」

輝夜の鼻から玉の枝が抜け落ち、乾いた音を立てる。

「静かだわ……今となっては、何もかもが懐かしああばあばばあたいったら最強ね! あっはははははははははははははははは!! いやっほーう!!」

一粒の涙が、永琳の頬を伝い落ちた。






鈴仙は部屋から飛び出し、永遠亭の廊下を駆ける。
訝しげな表情で何事か、と尋ねてくる他のイナバたち。

だが今は全ての質問に答えている余裕は無い。早く遠くに行かなければ。

「ごめん! ごめんね! 帰ってきたら話すから……それから、あたいが今出てきた部屋には近寄っちゃだめよ!」

…………えっ?



「あ……あた……い?」




ああ。

姫、師匠、てゐ……

私もどうやら、ダメみたいです。

チルノ……

なぜ…………!!

あたいったら最強ね!






<Last Question>

この後に予想される展開を選んでください。

①ウサミミな鈴仙は突如起死回生のアイデアをひらめく。
②師匠が正気に戻って助けてくれる。
③全員錯乱。現実は非情である。



<Answer>

解答用紙には解答が書き込まれた形跡があるが、文字が滲んでおり読み取れない。


“Brain Shaker” is ⑨.E.D.
しかばね
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コメント



0.4700簡易評価
8.70どっかの牛っぽいの削除
なんか感染系ストーリー
と言うよりパルスで感染というよりチルノが吸収、な感じが
16.60名前が無い程度の能力削除
これはまたひどいww
18.70名前が無い程度の能力削除
チルノにこの能力があったら、レイセンやみすちーが要らない子に……
27.60名前が無い程度の能力削除
恐ろしい子…
29.無評価hima削除
チルノはなぜ答えれたんだろ?
あと「プリズムリバーの黙示録」ワロタw
33.70変身D削除
もはやチルノは歩くバイオハザードですかい(www
取りあえず選択肢は三番でお願いしまs(外道
39.70名前が無い程度の能力削除
実に面白い!
40.60名前が無い程度の能力削除
辻斬り妖夢永遠亭でそんな羨ましい事してたのかw
41.80deso削除
中盤からのいかれっぷりが良いですw
これも一つのチルノ最強伝説!
43.80名前が無い程度の能力削除
大 撃 沈 !
46.80名前が無い程度の能力削除
おいおい、最初に"ホラー注意"が抜けてるぜw
49.60名前が無い程度の能力削除
あれだ、サイレントチル(ズッズッズッ
50.80ちょこ削除
どうせ、隠し選択肢で⑨があるんでしょ?w
⑨で「全員全裸で大暴走」でおn…(スペルカード4連射 ご想像におまかせします
53.80名前が無い程度の能力削除
北斗の死にセリフがオンザパレードで素薔薇し杉ます。www
63.80削除
⑨(以下、文章が途切れており読めない)
66.80名前が無い程度の能力削除
ゴーストサムライの伏線が!
とにかく最高w
68.100名前が無い程度の能力削除
⑨!
77.無評価しかばね削除
約二ヶ月ぶりにお邪魔致しました。拙作をお読み下さった方、コメント・ポイントを入れて下さった全ての方に心よりお礼申し上げます。

前作が舞台のコロコロ変わるアッパー系のバカ話だとすると、今作は一所に留まるダウナー系のバカ話ということになるでしょうか。
書いている内に当初の予定とはやや異なる方向に動いていきましたが、今になって永琳師匠にネギを振り回させなかったことを非常に悔いています(ぉ
♪やっつぁっつぁっぱり……
少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。

では、またお目にかかれることを祈って。有難うございました。⑨!
79.90SETH削除
て てんさいだああw
82.80ぐい井戸・御簾田削除
実はけっこう怖いな、この話w
89.80A削除
これはひどい証明終了www
チルノ、天災になってしまいましたな。
101.100無を有に変える程度の能力削除
怖ろしきは無知・・・・・
まさかその言葉を体現されるものができるとは。
あたいはどうすr・・・・あぁ、どうやら私もBAKAになってしまったようです
皆さん、決してわたいにちかy
113.80名前が無い程度の能力削除
これはひどい
115.80名前が無い程度の能力削除
おいwww
120.100名前が無い程度の能力削除
鈴仙・ポルナレフドンゲイン・イナバ

選択肢は3でwww 
126.80名前が無い程度の能力削除
思いついたのかよw