「十六夜咲夜、貴女を副メイド長に任命します。しっかりね。」
その通達を聞いて、誰もが耳を疑った。
十六夜咲夜といえば、この紅魔館唯一の人間である。
その人間が、この紅魔館のメイド隊の実質No2のポジションにまで上り詰めたのだ。
今後まずありえないであろう、大抜擢人事。
しかし、等の本人にはその自覚がなかったようで。
「私が副メイド長?」
周囲のメイドがざわつく中、紅魔館清掃部隊長咲夜はモップ片手にまるで他人事のように呟いた。
「咲夜、凄いじゃない!副メイド長よ副メイド長!あーもう呼び捨てなんてできないわね。
今から練習しておかないと。」
自分のことのようにはしゃぐこの娘は門番隊長、紅美鈴。
現在は同じ隊長という立場のためお互い普通に話しているが、メイド長と副メイド長は各部隊長の上司となる。
そうなると今後は流石に呼び捨てというわけにはいかない。
「ちょっとやめてよ美鈴。貴女に敬語使われるなんて考えたくないわ。大体なんで私が・・・」
「何言ってんの。それじゃ周りに示しがつかないでしょ。そもそもここに来て5年程度で副メイド長になったのなんて
たぶん後にも先にも貴女だけよ。もっと自信持ちなさい。」
もう5年もたったのか。
お嬢様に連れられて紅魔館に来てから。
最初は何もできなくて失敗ばかりだったが、美鈴にはずいぶん助けてもらった。
妖怪しかいない館に放り込まれた人間は、食料でしかない。
それでも今まで生きてこられたのは、美鈴のおかげだ。
最初の頃は彼女でさえ恐ろしかった。
だが、身を守る為の戦い方を教わり、なんとか戦えるようになるまで常に一緒に行動していた。
師であり、親であり、姉と言える存在だと思っている。
だからこそ、そんな彼女から敬語で話しかけられるのはある意味苦痛でしかないのだが。
(せめてプライベートのときくらい、普通に喋ってもらえないかしら)
たぶん、無理だろうな。
彼女はその辺の切り替えが出来ない性格だし。
これはもうこちらが慣れるしかない。
「でも体には気をつけてね。副メイド長ってよくわからないんだけど、しょっちゅう代わってるから。」
「え?何で?」
「や、だからよくわからないって言ったじゃない。」
そんなに大変な仕事なのだろうか?
まあ明日引継ぎがあるし、そこで聞けばいいか。
「さあ~今日は飲むわよ~。ほら咲夜、グラス持って。」
「飲みたいのは貴女でしょ!ああちょっとこぼれるこぼれるってば!」
「じゃあ咲夜の副メイド長昇進を祝って、かんぱ~い!」
(はあ、明日大丈夫かしら)
「簡単に言うと副メイド長の主な仕事は2つ。メイド長の補佐と、妹様付きの従者としての仕事。以上。何か質問は?」
本当に簡単に言ってくれた。
これ引継ぎって言っていいんだろうか。
質問も何も、これじゃさっぱりわからないけど・・・とりあえず。
「・・・二点、よろしいでしょうか。」
「どうぞ。」
「なぜ仕事の引継ぎを前任の副メイド長ではなく、メイド長から受けるのでしょうか?」
「ああ、それは前任がいなくなってしまったから。まあよくあることだから。」
いなくなってしまった、か。なるほど。
紅魔館は多くの人間や妖怪から忌み嫌われ、また恐れられている。
そのため、好き好んで紅魔館に近づいて来る者はいない。
・・・はずなのだが、それが本当なのか疑わしいほど四六時中侵入者が現れる。
大抵は門番隊の手によって排除されるのだが、稀に手強い輩が侵入に成功したりする。
そうなれば内勤メイドが相手をするのだが、美鈴でさえ止められない輩ともなれば、返り討ちに合うメイドも少なくない。
前任の副メイド長もおそらくそれで命を失ったのだろう。
気の毒ではあるが、ここ紅魔館ではそれほど非日常的なことでもない。
自分もそうならないようにしなくては。
さて。
問題はもう一つ。
引継ぎの相手など実はさほどの問題ではないのだが、こっちは最重要事項だ。
「・・・妹様って、誰ですか?」
「・・・は?」
ああ、そういえば。
妹様が最後に地下室から姿を見せたのは確か60年ほど前だったから、それ以降この館に来たメイドは全員知らないのだ。
当然咲夜も知っているはずもない。
私としたことが、うっかりしてたわね。
「妹様とはレミリアお嬢様の実妹、フランドール様のこと。普段は地下室で過ごされているわ。」
地下室?
そういえば厳重な封印が施された扉があった。
この館で唯一開けたことがない扉だが、たぶんあそこが地下室の入り口なのだろう。
倉庫か何かだと思っていたのだが、生活している者がいたとは。
しかし、なぜ地下室で?
吸血鬼なのだから日が当たらない部屋での生活というのは理解できるが、それではあの封印の説明がつかない。
あの封印は外から施されていたはず。
ということは、あの封印は『中から出てこられないようにするため』のものではないのか。
「とりあえず貴女の方の引継ぎもあるでしょうから、副メイド長としての仕事は3日後からお願いするわ。
そのときに封印錠の鍵も渡すわね。」
引継ぎから3日後。
いつもより少し早い時間に目覚めた。
隣では美鈴が酒瓶を抱き枕がわりにして眠っている。
以前から良く部屋に遊びに来ていたが、昇進が決まってから毎日連続酒瓶持ち込んで宴会騒ぎ。
本人曰く、
「祝い事はいつやってもいいの。」
らしい。
気持ちはありがたいし、ちゃんと片付けもしてくれるけど、服に匂いが付くからほどほどにして欲しい。
今日は副メイド長としての記念すべき初仕事の日なんだし。
とりあえずまだ眠っている美鈴を起こさないようにして、シャワーを浴びる。
匂いが付かないようにと別にケースに入れておいたメイド服を取り出し、着替える。
準備は整った。
「美鈴、そろそろ起きて。貴女ももうすぐ交代の時間でしょ。」
「・・・ほえ?」
「しゃきっとしなさい。もう起きる時間よ。」
「・・・ふわああああ。あー良く寝た。ご飯は?」
「まだよ。ほら起きなさいってば。一緒に行きましょう。」
少し早めに朝食をとり、美鈴と玄関で別れた。
彼女にはこれから門番の仕事が、私には副メイド長としての仕事が待っている。
まずはフランドール様に紅茶をお持ちしなくては。
それからお部屋の掃除とお召し物の洗濯。
おやつの用意もしなくてはいけないわね。
フランドール様は甘いもの苦手じゃないかしら?
でもその前に、メイド長のところに鍵取りに行かなくちゃ。
「それじゃこれ。これが最初の封印錠の鍵。これがその次の。これがさらにその次。それから・・・」
気がつけばメイド長から10個も鍵を渡された。
何これ?
なんでこんなに鍵がいるわけ?
「ああそれから、貴女スペルカード使えるわよね?」
「は?あ、はい。」
「なら持って行きなさい。念のため。」
何の冗談ですか?
10個もの封印錠を開けて、ようやくフランドール様の部屋までたどり着いた。
ここまでして地下室から出られないようにされているフランドール様とは、一体どういう方なのか。
(噂は本当なのかしら)
副メイド長の通達を受けてから、やけにフランドール様の噂話が耳に入ってくるようになった。
それもあまりよろしくない噂ばかり。曰く、
『妹様のもとに行ったメイドの7割は戻ってこない。戻ってきた3割も大抵狂ってしまう。』
『妹様は地下室に住んでいるのではなく、閉じ込められている。』
『妹様に触れられると命を落とす。』
『紅魔館における不人気職第一位は副メイド長で鉄板。』
最後のは何だ一体。
本人目の前にして言うかそれを。
そもそも噂など尾ひれがつくものだ。
だから必要以上に気にすることは無い。
そう思いたいのだが、メイド長の言葉が嫌でも思い出される。
『それは前任がいなくなってしまったから。』
いなくなった=死亡したという解釈は間違っていないだろう。
だが、賊に殺されたことと、従うべき主に殺されたのでは意味が違う。
メイド長に
『念のためにスペルカード持って行きなさい。』
と言われたときは何の冗談だろうと思ったが、ひょっとして本当に命を落とす危険があるのだろうか。
(まさか・・・ね)
会えばわかる。これでも人を見る目は確かなつもりだ。
扉の前で深呼吸してから、声をかけた。
「フランドール様、おはようございます。紅茶をお持ちしました。」
少し間をおいて、返事が返ってきた。
「・・・開いてるよ~。勝手に入って。」
そういえば今日からだっけ。
新しいメイドが来るのって。
前のメイドは脆かったけど、今度のは大丈夫だろうか。
「失礼します。」
扉を開けて入ってきたメイドを見てみる。
・・・う~ん。なんか普通。
特別凄い力を持っているようには見えない。
とはいえ、私直属の従者に選ばれるくらいなのだから、それなりに力はあるのかしら。
「ねえ、貴女名前は?」
「十六夜咲夜と申します。今日から「ああ、もういいわ。」」
あれ?
ひょっとして気に入られていないのだろうか?
名前名乗っただけでもういいって、まだ挨拶してないのに。
でも。
(か、かわいい~)
主に対する感想ではないような気もするが、第一印象は正にそれだった。
見た目には10歳前後。
吸血鬼の特徴と言える背中の羽は、お嬢様のそれとは違い宝石のようなものがついている。
それがぱたぱた動く姿がなんとも言えず愛らしい。
っと、見とれている場合ではない。
まずは仕事だ仕事。
「ではフランドール様、紅茶をお入れしますね。」
「それは後でいいから、ちょっとじっとしてて。」
そう言うと、私の周りをぐるぐる回りながらじっくり見られる。
そういえばお嬢様やパチュリー様や美鈴にも、初めて会ったときこんな風に見られたわね。
・・・ぅう、やっぱり慣れない。
う~~~ん。
とりあえず一通りじっくり眺めてみたけど、やっぱり変わった感じはない。
いたって普通の、只のメイドにしか見えない。
まあ妖怪にしてはずいぶん綺麗だけど。
(でも何か違う感じがしたのよね~。なんだろ?)
最後に地下を出てから60年ほどたってるはず。
全員の顔を覚えているわけじゃないけど、このメイドは以前はいなかったはずだ。
なら、今日初めて顔を会わせるはずなんだけど。
(ま、いっか。それより・・・)
このメイドは知らないだろうが、私の従者になるのなら一つ条件がある。
私の姉は夜の王。
運命を操る力を持った、夜の支配者。
私はその妹。
あらゆるものを破壊する力を持つ、破壊の化身。
運命と破壊を司る最強の吸血鬼姉妹には、仕える従者もまた強くなくてはならない。
そして、それを図る術はこの幻想卿においては一つしかない。
「ねえ、弾幕ごっこしよ。」
え?いきなり?
記念すべき副メイド長としての初仕事の日に、なんで仕える主と弾幕ごっこしなきゃいけないのだ。
ただでさえ気に入られていないようで少し凹んでいるのに、追い討ちをかけられた気分だ。
断ろうにも既にやる気満々だし。
逃げようにも、もう弾幕ごっこ用の結界張られてるし!
「あの・・・弾幕ごっこなら後でいくらでもお付き合いしますから、まず紅茶をお飲みになりませんか?」
「だからそれは後でいいってば。ね~早く~。」
ダメだこりゃ。
別に弾幕ごっこくらいならいつでも付き合うのだが、今日はこれからまだ仕事があるのだ。
というよりも、これが今日の最初の仕事なのだ。
いきなり体力と精神力を使い果たすわけにはいかない。
目を輝かせているフランドール様には悪いが、さっさと被弾して終わらせよう。
「そうそう、ハンデ代わりに私の能力教えてあげるね。私の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』
わかると思うけど、直撃受けたら死ぬから。」
私の思考を読まれたッ!?
じゃなくって、それは反則でしょうフランドール様。
ごっこなのに死ぬって。
まいった。これでは適当に被弾するなんてできない。
直撃=死なんて理不尽すぎる。
美鈴の言葉が思い出される。
『副メイド長ってしょっちゅう代わってるから。』
答えはこういうことか。
確かにこれなら不人気職不動の1位は当然だ。
仕方ない。
覚悟を決めよう。
心の中でスケジュール表を書き換える。
(今日の仕事。弾幕ごっこを終わらせて、紅茶を飲んでもらう。後は残りの体力次第。)
こうして、十六夜咲夜の生死をかけた初仕事が始まった。
-後編に続く-
余裕で分かるだろw
振り回される感があると思いました。