Coolier - 新生・東方創想話

外法少女蠱る☆りぐるん Episode 0 誕生

2006/08/20 12:23:55
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ある春の夜のこと。
満天の星空の下、いつものように虫達と戯れていたリグルの元に現れた突然の来訪者。

「弾幕(や)らないか?」
「ひえぇ」

一方的な挑戦と対戦結果。
地面に転がったリグルは、余裕の笑みを浮かべる魔理沙を見上げてつぶやく。

「…何が目的なのよ」
「あー、ちょっと頼みがあるんだが」

魔理沙はしゃがみこんでリグルの顔を見つめる。

「頼みがあるなら先に言いなさいよ」
「いや、先にのしとけば有無を言わさず承諾してくれるかと」
「強制じゃん」

相変わらずの強引な理論である。
実際にその理論どおりになっているあたりが情けないのだが。

「…で、わたしに何をさせようっての?」
「おー、それなんだけどな…」

魔理沙は懐から何かを取り出しながら、ニヤリと笑みを浮かべた。






第1章 胎動






まだ太陽が上って間もない朝。
リグルは湖へと足を運んでいた。
紅い館の前に広がる、大きな水源である。

「あれー?リグルじゃん」

湖岸に立つリグルを見つけ、飛んでくる影が一つ。
ご存知氷の小さな妖精、チルノである。

「あ…チルノ…お、おはよ」
「おはよー。どしたの?こんな朝早くから」
「いや、その、アハハ…」

毎日のように一緒に遊んでいる友人を前に、どうもリグルの歯切れが悪い。
これには「おばかさん」として名高い氷精もピンと来たのか、

「…どしたの?なんかあった?」
「いっ!?そ、そんなことないよ…」

慌てて取り繕うリグルだが、明らかに何かを隠している態度である。

「…なんかあったでしょ」
「な、なんにもないわよ」
「ウソ」

チルノの大きな瞳は、リグルの顔を伝う冷や汗を見逃さない。
その瞳を少しきつくして、言った。

「隠し事はやめてよね。あたいら友達でしょ?」
「うーん、友達だからこそ言いづらいというか…」
「何それ」

言いよどむリグル。
詰め寄るチルノ。
2人の間の空気が張り詰めているのは、決してチルノの纏う凍気のせいだけではない。

「ね、ねえチルノ」
「うん?」

先にこの緊張に耐え切れなくなったのはリグルだった。

「あのね…」

リグルは覚悟を決め、ここまでやって来た用件を口にした。






******






「いらっしゃい…なんだ、リグルか」
「なんだとは、ご挨拶ね」

夜。
リグルは夜雀の屋台にやってきていた。

「これでも一応客なんだから」
「はいはい。ま、座ってよ」

店主である夜雀――ミスティアとは顔馴染みである。
屋台に顔を出すのも、これが初めてではなかった。

「そういえばさ、知ってる?」
「…?」

まな板の上の鰻を捌きながら、ミスティアが声をかけた。

「なんか今日、チルノが…」
「っ!?」
「え?どうしたの?」

ミスティアの出したある単語に、リグルは一瞬大きく身を震わせた。
そんな彼女に、ミスティアは怪訝そうな表情を向ける。

「あ、いや…なんでもない。それで、チルノがどうしたの?」
「なんかね、見たこともない妖怪と戦って負けたんだって」
「見たこともない…妖怪…」

チルノは2人の共通の友人であり、他の仲間も交えてよく一緒に遊ぶ仲だ。

「それ…チルノに聞いたの?」
「え?ううん、違うよ。ほら、湖の側の…紅魔館、だっけ?あそこの門番さんに聞いた」
「紅魔館の門番?」
「うん。なんか、チルノとその妖怪が戦うの見てたらしくて…強かったらしいよ、そいつ」
「そ…そう…」

ミステイアが聞いた話では、チルノとその妖怪の戦いは一方的な勝負だったらしい。
チルノの放つ弾幕をことごとくかわし、得体の知れない技で彼女を数10メートルも吹っ飛ばしたという。
墜落して気を失ったチルノを見つけた門番(戦いの一部始終をみていたらしい)がチルノを介抱しているところに、
通りかかったミスティアが話を聞いたということだった。

「…チルノは、無事だったのかな」
「うん?ああ、特に大きな怪我とかもなかったよ。門番さんが家まで送り届けてくれたと思うんだけど…」
「そっか、よかった」

リグルは安堵のため息をついた。

「まあ、チルノも喧嘩っ早いところあるからねー」
「そうね」
「だからってあんな得体の知れない相手に喧嘩売らなくてもいいのにね」
「得体の知れない…」
「そー!!なんかね、門番さんいわく『変な冠をかぶってて、変な武器を持った変な格好の変な妖怪』らしいよ!!」
「…いや、いくらなんでも変すぎない?」

4つは多いでしょ、と呆れながら呟く。

「たぶん、それぐらい変なヤツなのよ!リグルも気をつけたほうがいいよー」
「ふふ、そうね」
リグルがどこか複雑そうな表情をしていたのに、ミスティアは気付かなかった。





どれくらいの時間が経っただろうか。
ミスティアの歌と八目鰻を肴に、リグルはちびちびと酒を呑んでいた。

「…ねえ、リグル」
「何?」
「何かあった?」

ミスティアは歌うのを止め、少し朱に染まったリグルの顔を覗きこんでいた。

「…」
「なんか元気ないなあ、とか、思うんだけど…」

リグルはグラスの中の酒を見つめながら黙り込み、少し笑った。

「今朝ね、同じこと、言われたよ」
「誰に?」
「それは――」

リグルが顔を上げ、ミスティアと視線を合わせた瞬間だった。



『くぉらああああああああああああああッ!!!』



何者かの絶叫が、夜空から降ってきた。
というか「何者か」自身が勢いよく屋台の前に墜落してきた。

「な、何!?」
「今の声は…」

突然の出来事に驚いた二人が、屋台の外に出てみると、そこに立っていたのは――

「見つけたわよリグル!!あたいのスペルカードを返しなさい!!」
「チルノ…?」
「うわ、やっぱり来た」

落下時についたものか、あちこち泥まみれの氷精がリグルを睨みつけていた。






******






「こいつをお前に渡す。3日間徹夜して作った力作だぜ」
「何よこれ」

魔理沙が懐から取り出したのは、四角い紙の束であった。

「スペルカード。白紙の」
「白紙?」
「そ。何にも書いてないだろ?これにはまだ何の呪文も込められてないんだ」

魔理沙が一枚とって見せたそのスペルカードには、確かに何も書かれていない。

「…それをわたしに渡してどうするの?」
「あー、それにはまず、このカードについて説明するぜ」



魔理沙の説明は長ったらしい上に回りくどいので、要約させていただく。
このスペルカードの特性は以下の通り。
①最初は何の呪文(スペル)も込められてはいない、いわゆる「白紙」の状態である。
②ある条件を満たせば、他者のスペルカードの内容を「コピー」することができる。
③コピーした呪文は「弾幕」の他に「能力」としても使用できる。
つまり、このカードは他人の「弾幕」と「○○する程度の能力」を複製し、自分のものとして使用できる道具なのである。
ちなみに②の「ある条件」とは、このカードの持ち主が相手のスペルを破った場合、
もしくは相手が自らこのカードに呪文を込めてくれた場合である。



「…というわけだぜ」
「つまり他人の能力と弾幕をパクるためのカードってこと?」
「端的に言うと、そうだ」
「まあ、あんたらしいというか、なんと言うか…」

リグルは渡されたカードの束を見つめながら呟いた。

「で、お前にやってほしいことなんだが」
「?」
「こいつを使って幻想郷中のスペルカードを集めてきて欲しい!」
「…」
「あ、ついでにこの道具も一緒に渡しとくが、これの使い方はだな…」

どこからか変な道具を取り出すと、自信たっぷりの笑顔で説明し始める魔理沙。
対するリグルは一瞬、言葉を失う。

「…質問」
「何だ?」
「何のためにそんなことするの?」
「愚問だぜ」

魔理沙はグッと親指を立てるとこう言った。



「わたしがパクって使いたいからだ!!」



「…帰る」
「何!?」

リグルは立ち上がると、魔理沙に背を向けて歩き出した。
慌ててその背に追いすがる魔理沙。

「ちょ、待てって!!」
「待たない!!なんでそんな盗作行為に協力しなきゃなんないのよ!!」
「わたしは強くなりたいんだー!!」
「知らん!!つーかそんな姑息な手段で強くなろうとするな!!汚らわしいぞッ!!」

腰にしがみつく魔理沙をズルズルと引きずりながらリグルは歩く。

「うぅ…な、なんだよ負けたくせに!!このゴキブリ少年!!」
「ゴキ…少年…っ!」

背後から聞こえた不名誉な単語に、リグルの触覚がピクリと動く。

「うっお―――っ!!言ってはならんことをー!!」
「り、リグルがキレた!?」
「くっあ―――っ!! ざけんな白黒―――っ!」

魔理沙を投げ飛ばし、リグルは吼えた。

「もうあんたの頼みなんて聞いてやらん!!第2ラウンドだコラー!!」
「何ぃ!?面白い、受けて立つぜー!!」



東の空が白み始める頃。
深い森のある一角に、1人の人間と1匹の妖怪が並んで寝転がっていた。

「へ…へへ…や、やるじゃないか…」
「あんたこそ…」

あの後数回にわたって戦い続けたリグルと魔理沙は、気力も体力も使い果たしていた。
しかし、2人の心は不思議と晴れやかだった。
全力を尽くして戦った相手に対し、ある種の「友情」が芽生えていた。

「強かったんだな…虫って…」
「当たり前よ…なめてると、痛い目見るんだから…」

星達が、朝の光の中へ消えていく。

「なあ、リグル」
「何?」
「おまえのことさ…友達(ダチ)って、思っていいか?」
「えっ…」

リグルは驚いた顔で魔理沙の方を見る。
魔理沙は照れくさそうにそっぽを向いたまま、話し続けた。

「ダメか?」
「…うん、いいよ」

リグルは驚いていた。
自分が、先ほどまで死闘を演じていた相手に対し――こんな優しい声を出せるとは。

「そっか」

魔理沙はゆっくりとリグルに向き直ると、右手を差し出してきた。

「じゃ、これはその証ってことでひとつ」
「…うん」

リグルも差し出された手に自身のそれを重ね、握手をする。

「よし、じゃあ今から私達は友達だぜ」
「うん!」
「困ったことがあったらいつでも言ってくれ」
「うん!」
「ついでにこのカードでスペカを集めてきてくれ」
「うん!」
「約束破ったら幻想郷全域にバ○サン焚くから」
「うん!」
「うし、今日はこの辺で帰るとするか!!」
「うん!」
「またな!!」
「またね!!」

朝日に照らされた森の上、魔理沙は箒に乗って帰っていった。
リグルはその姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。



その場のノリにまかせて大変な仕事を引き受けてしまったことに彼女が気付いたのは、その3日後だった。





******




「リグル!!あたいの『パーフェクトフリーズ』返しなさいよ!!」
「え?え?何?何?」
「返せって…別に取ったわけじゃ…」

怒り心頭でリグルに詰め寄るチルノ、バツの悪そうな顔で後ずさるリグル。
その間で、はてな顔のミスティアが2人の顔を見比べている。

「コピーしただけだから、別にチルノがそのカードを使えなくなるんじゃないし…」
「そういう問題じゃない!!あれはあたいが考えたんだから!!アンディテリーのそーしつよ!!」
「サニーパンチ?」

正しくは「アイデンティティの喪失」であり、サニーパンチは関係ない。

「最初にちゃんと『コピーさせてくれる?』って頼んだじゃない!それを『あたいに勝ったらいいよ!』なんて言うから…」
「あんな卑怯な手段で勝つなんてナシよナシ!!ズルだ!!」
「それも最初に断ったでしょ!『ちょっといつもと違うカッコでやるけど、いい?』って!チルノもそれでいいって!」
「ふざけやがってー!!何よあの青いの!!」
「わたしだって好きであんなカッコしてるんじゃない!!」

2人の話を聞いていたミスティアは、ある結論に行き着いた。

「ねえ、もしかして…」
「?」
「なによ?」
「昼間にチルノと戦った妖怪って…リグルなの?」



ミスティアが間に入ったこと、リグルに戦う意志がなかったこともあり、ひとまずその場は落ち着いた。
屋台の座席にはチルノが加わり、リグルの話に耳を傾けていた。

「…それで、スペカを集めてるってわけ」
「うん。さすがに幻想郷中の虫を人質に取られたら逆らえない…」
「確かに、あの白黒なら冗談抜きでやりかねないね」

しょんぼりとうなだれながらリグルは話す。

「にしても、もう少し穏やかなやり方はないもんかなあ!!あたいは死ぬとこだったんだから!!」
「弾幕ごっこを持ちかけてきたのはチルノだった気がするんだけど」
「う、うるさいわね!!だいたいあの服と変な武器は何なのよ!!あれは危険よ!!」
「ねえ」

グラスに酒を注ぎながら、ミスティアが尋ねた。

「さっきからチルノが言ってる『服と変な武器』って何?門番さんもそんなこと言ってたし…」
「う…それは…」
「リグルったら、戦うときに変なコスチューm…もが」
「やめてー!!」

リグルは慌ててチルノの口をふさぐ。
酒とは違う理由で、顔が真っ赤になっている。

「さっきも言ったけど、好きであんな格好してるんじゃないんだから!!」
「そのわりにはノリノリだった気が」
「魔法なのよ!!あの服にかけられた白黒の魔法のせいなの!!」
「どんな服なんだろ?見てみたいなー」
「ああ、それがさぁ…」
「だから言うなー!!」

先ほどまでの剣呑な雰囲気(まあ、チルノだけだが)はどこへやら、いつものように盛り上がる3人。
人間より遥かに長い年月を生きてきた彼女達も、心と外見はまだ幼さの残る少女のそれである。

「だからケンカしても、すぐに仲直りしちゃうのでした♪」

はいここ、カメラに向かってみすちーがVサインしつつ微笑むイメージで。
背景が黒くなって、みすちーの顔んとこだけ丸く空いてる感じね。
アニメが1話終わるとこ(7時24分くらい)のノリで読んでね。
このお話自体は終わりませんが。



兎に角、幻想郷の虫達を救うため、そして友(?)との誓いのため、リグルのスペルカード集めが始まった。
その友とやらのせいで虫達が危機にさらされているというのが、どうにも腑に落ちなかったが。

『ま、そういうことなら仕方ないわよ』
『わたしのカードもコピーしていいよ~♪』

屋台で彼女の事情を知ったチルノとミスティアも、協力を申し出てくれた。
リグルはそんな友人達の思いに心から感謝した。

「ありがとう…わたし、頑張るよ!」

現在手元にあるカードは3枚。
凍符「パーフェクトフリーズ」。
鷹符「イルスタードダイブ」。
そして、自らのカードをコピーした、灯符「ファイヤフライフェノメノン」。
これから効率よく、そしてできるだけ荒事を避けてスペカを集める方法を考えなければならない。
屋台の3人は、夜が明けるまであーだこーだと話し合った。
三人寄っても文殊の知恵には及ばないが、ない頭をしぼって必死に考えた方法。

「いけるかなぁ」
「いけるでしょ」
「いけるよ!」

東の空に、また太陽が輝く頃。
優しい友人達の視線を受け、リグルは立ち上がって、言った。


「とりあえず疲れたから、帰って寝るわ」


夜雀と氷精がひっくり返ったのは言うまでもない。
夜通し話し合った疲れで、そのまま2人も眠ってしまったが。






第2章 山道 






「あっ、そっち行った!!」
「えっ!?どこどこ!?」

次の日。
人里離れた山奥に、リグルの姿があった。

「う~、猫って素早いな~」
「挟み撃ちにするよ!リグル、回り込んで!!」

ここは山奥に隠された、猫の里。
人の寄り付かない里にできた、たくさんの猫が暮らす集落である。
リグルはそこで、1匹の猫を追い掛け回していた。

「ち、橙、ちょっとタイム、もう走れない…」
「えー!?スタミナ切れんの速いよ!!ちゃんとごはん食べてるー!?」
「ゴメ、ン…」

一緒になって猫を追い回していた妖怪、猫里のボス(自称)である橙が不満げに叫ぶ。
リグルは膝をついて肩で息をしながら、その言葉に答える。

「もー!やっと見つけたのにー!!」

前日の夜から、猫里に暮らす一匹の子猫が行方不明になっていた。
朝になってそのことを知った橙は、ずっとその猫を探していたのである。
そこにやってきたのが、ご存知スペカハンター、リグルであった。
リグルは橙のスペルカードをコピーさせてもらうことの代償として、猫探しを手伝っていたのであった。
ついさっき、いなくなった子猫を見つけ、捕まえようとしていたが…そこで、リグルの体力が限界を迎えてしまった。

「は、はぁ…よしっ!息整った!」
「うし、行くよ!!」

再び、橙とリグルは駆け出す。
――これこそが、二日前の晩、リグル達が屋台で考え付いたスペカ取得法だった。
スペルカードを複製させてもらう代わりに、相手の仕事を手伝ったり、相談に乗ったりする。
いわゆる便利屋稼業である。

(スペカ1枚は報酬としちゃ安いけど…事を荒立てたくないしね)

じゃんけん代わりに弾幕戦が繰り広げられる幻想郷においては、
『あんたのスペカくれよ!』
などと言おうものなら、0.2秒の即返事で、
『力ずくで奪ってみろや!』
となる確率が高い。実際、チルノの時がそうだったのである。
簡単に勝てる相手はそう多くなく、また勝てたとしても――魔理沙に託された「あの力」は危険すぎる。
チルノを気絶させたように、相手に必要以上のダメージを与えてしまう可能性がある。
これらの理由から、まずは相手に対し下手に出る必要があった。
そこで、スペルカードの複製を「お代」とする便利屋として、幻想郷の各地を巡ることになったのである。

「あっ、いた!!」
「こんどこそ捕まえるよー!!」

その便利屋稼業の最初のお客さん、橙とともにリグルは山を駆ける。
再び子猫を視界に捕らえ、2人は挟み撃ちをかける。
子猫はそれに気づき、跳躍して逃れようとするが――。

「てりゃああああ!!」
「それっっ!!」

右からリグル、
左から橙、
左右から子猫に向かってダイブした。

「つ…」
「捕まえたーっ!!」

リグルの手の中には、そこから逃れようともがく子猫。

「やった!」
「もーてこずらせて…って、あれ!?」

猫をダイビングキャッチした体勢のまま、リグルは空中で気づく。
自分達が、いつの間にか山の急斜面を走っていたこと。
そして、その斜面の上で飛び跳ねていたことに。

「うわわわわ!!」
「こっ、転がるうう~!!?」

着地と同時に、リグルと橙、そして子猫はもつれ合って斜面を転がりだした。
里に向かって、上ってきた山道を一直線に転げ落ちる。

「り、リグルー!!猫はっ、猫だけは!!」
「任せろ!!死んでも離さん!!」
「よっしゃあその意気だー!!このまま里まで転がっていくしかない!!」

必死に子猫をかばいながら転がっていく。
でこぼこした山道。
登るにも降りるにも辛いだろう、急な斜面。
そして、容赦なく自分達を振り回す重力と遠心力。
少女2人の身体にかかる負担は予想以上に大きかった。

(うう…このままじゃ、里に着く前に失神しちゃう…)

橙は自身の意識が薄れていくのを感じていた。
回転と落下によって脳を揺さぶられ、橙は既に気を失う寸前。
一緒に転がっているリグルも、子猫を抱えたまま心神喪失状態になりつつある。
その時だった。

『橙…』

橙の脳裏に、聞き覚えのある声が響いた。

『橙…!』
(その声…藍さま!?)
『橙!回転を恐れるな…』
『回転の力は無限だ、橙!!』
(そ…そうか!)
(わかりました、藍さま!!)
(藍さまが教えてくれた回転で…いつものようにやればいいんですね!!)
『橙…おまえはわたしの自慢だ…』
(藍さま、わたし頑張る!!)

1秒にも満たない刹那の時間、橙は己の主であり、師である妖狐と会話した。
それは追い詰められた彼女の精神が作り出した幻だったのかもしれない。
しかしその会話が、途切れそうな彼女の意識を覚醒させた。

「鬼神『飛翔毘沙門天』!!」

斜面を転がる回転をそのまま利用し、橙必殺のスペルカードが発動する。

「いいいいいっけええええ!!!!」

斜面から空中へ、高速で回転する化け猫は勢い良く飛び出す。
その手には、いなくなった子猫を大事に抱えて…。




「…もう、大丈夫だよ…」

空中に停止した橙は、子猫の頭を撫でながら話しかける。
にゃあ、と嬉しそうに鳴き、子猫は橙の胸に顔を埋めた。

「さっきまで逃げてたくせに…」

そう言いながらも、橙は穏やかな表情で子猫を抱きしめる。
そして、遠く離れたマヨヒガの主を想い、空を見上げた。

「藍さま、ありがとう…」




猫里に戻った橙が、ボロクズのようになって倒れているリグルを発見したのは、それから数分後のことであった。







第3章 海中林





静かな夜。
空には厚い雲が立ち込めていた。
星も、月も、地上からは見ることができない。

「ふう…」

しかし、この場所――森の中、リグルが腰掛ける切り株の周り――だけは例外だった。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
闇の中に、いくつもの小さな星が浮かんでいた。
それらは青白く光りながら、少女の周囲を旋回するように飛ぶ。

「ひどい目にあったな…」

地上の星と見紛うそれらは、リグルが呼び出した蛍の群れであった。
1匹がリグルの肩にとまり、ゆっくりと点滅する。

「ん…」

蛍の点滅に気づいたリグルは、肩の上の友にそっと手を差し伸べた。
肩から指先へ、小さな質量が移動していく感触。
そのまま顔の前に指先を持ってくる。

「ほら…顔にもスリ傷ができてる。女の子だよ、わたし?」

そう言って苦笑いする顔には、数枚の絆創膏が貼られていた。
物言わぬ甲虫の複眼に、幾人ものリグルが映る。

「初日からハードすぎるよね」

ため息。
蛍はリグルの指先から再び飛び立ち、彼女の周りを回る。

猫探しの手伝いは、仕事としては成功だった。
リグルはいなくなった子猫を無事捕獲し、橙のスペルカードをコピーさせてもらえたのである。
しかし、その後が悲惨だった。
猫をダイビングキャッチした状態のままリグルと橙は山道を転げ落ちる羽目になった。
しかも橙(と子猫)はちゃっかり空中へ逃れ、残されたリグルだけが里まで転がっていったのである。

「橙はわたしのこと忘れてたっていうし、もう」

里の入り口で倒れていたリグルは、戻ってきた橙によりマヨヒガに運ばれ、手当てを受けた。
顔の絆創膏や、手足の包帯はその際にもらったものである。

『ごめんねリグル!手伝ってくれたのに…』
『橙が迷惑をかけたようだな。これはわたしからのお詫びと思ってくれ』
『うふふ…あなたにこれが使いこなせるかしら…え、魔理沙?』

その場に居合わせた橙の保護者からもカードをコピーさせてもらったことが唯一の救いか。
ついでに昼食までご馳走になったことも考えれば、それほど悪い結末でもなかったのかもしれない。

「ま、1日で3枚…出足は好調、かな」

戦利品を手にとって眺めてみると、少し疲れがやわらいだ気がした。
よいしょ、と声を掛けて切り株から立ち上がる。
飛び回る蛍の群れが、一瞬驚いたように動きを止める。

「わたしは一杯やってから寝ようと思うけど…みんなはどうする?」

青白い光。
明滅。

「そう…じゃ、おやすみ。また明日ね」

蛍の群れはその場から去り、少し闇が濃くなる。
リグルは歩き出す。
行く先は、いつもの屋台だ。

「まあ…」

話の種に、仕事の報酬と生傷を持って。
今日は、誰が来ているかな。

「…頑張ってみようかな」

星の見えない夜。
ぐっすりと眠れそうだった。





リグルの便利屋稼業は、意外にも幻想郷の住人たちにうけがよかった。
スペルカード蒐集も概ね順調である。

『なんでも承ります』

と言う新聞広告(広告料として天狗のネタ探しを手伝った)どおり、リグルは出来る限り全ての要望に答えて来た。
冥界の庭師を手伝って二百由旬の庭を整備した。
三途の川岸で順番待ちをする幽霊を並ばせ、渡し守の仕事を楽にしてやった。
神社の掃除、歴史書の編纂、骨董品屋の店番…と、やれるだけの仕事を手伝ってきた。
宵闇妖怪や鬼のように、食料や酒を持っていくだけでカードをコピーさせてくれる者もいたが。
とにかく、複製スペルカードはリグルの手元に続々と集ってきた。
中には報酬として現金や食物をくれる人や妖怪もおり、リグル自身、この仕事にやりがいを感じるようになっていた。

「ん~、このまま『便利屋少女・お助け☆りぐるん』としてやっていくのもいいかなぁ~」

そんなことを考え始めていたある日のことだった。





「さて、今日も一日頑張りますか!」

朝。
家の玄関口に立って、リグルは背伸びをした。

「いいお天気だね…よし、出ぱぁ~、つ?」

家を出ようとしたところで、何かに気づく。

「…何あれ?」

リグルは空を見上げて首を傾げた。
そこには、雲ひとつない青空に浮かぶ一つの黒点。
それは次第に大きくなり、ある一つの形を…

「っておい!近づいてくる!?」

黒い点はやがて人の形になり、猛スピードでリグルに接近してきた。
というか、突っ込んできた。

「ひええええぇぇぇ!?」



――彗星「ブレイジングスター」――



「いやー、肝心の着陸時にブレーキを掛け忘れるとは」
「わざとでしょあんた絶対…」

未だ土煙の立ち上る中、魔理沙は特に悪びれることもなく笑った。
リグルは半壊した自宅の玄関を見ながら、恨めしげにつぶやく。

「で、何の用かしら?」
「んー?用って…あ!」

魔理沙に向き直るリグル。
対する魔理沙は少し考えると、急に声を大きくした。

「何よ」
「何よじゃない!お前、わたしとの約束忘れたのか!?」
「約束って…」

約束、それはもちろんスペルカード蒐集のことだ。
しかしそれなら忘れるどころか、毎日頑張りに頑張って果たしているはずである。

「失礼ね!カードはちゃんと集めてるわよ!」

ほら見なさい、とこれまで集めたカードを魔理沙に見せる。
既にかなりの枚数がそろっていた。

「おお、プリンセス天狐に坤軸の大鬼、果てはグランギニョルまで…って、グランギニョル!?」
「前にあんたと組んでた人形使いね」
「あいつ、なんでまた貴重なラストワードを…」
「特に何かしたわけじゃないんだけど。あんたがスペカ集めてるって言ったらコレ出してきた」
「いっ!?」

魔理沙の顔が一瞬強張る。

「さすがにわたしも『ここまでしてくれなくていいよ』って言ったんだけどねー」
「そ、そうか…それで、あいつはなんて…」
「そしたら『わたしのものは魔理沙のもの。魔理沙のものは魔理沙のものだから…』って」
「…」

頭を抱える魔理沙。
顔を隠すように下がった帽子の下からは、もう少し遊んでやるか、とか、でも怖いしなあ、といった独り言が聞こえてくる。
ちなみにリグルが複製してきたグランギニョルのカードの裏には、不自然に赤い文字で「一生大事にしてね」と書いてある。
リグルも魔理沙もそれに気づかなかったのは幸いと言えよう。

「とにかく、わたしは約束守ってるわよ」
「ああ…確かにお前はちゃんとカードを集めてくれた。その点には感謝する」
「でしょ?」
「お前の便利屋の評判もなかなかだしな。けど、いや、だからこそ!」

魔理沙はリグルに指を突きつけ、叫んだ。

「だからこそ?」
「わたしが作った『アレ』を使ってないだろうがぁっ!!」

アレ。
リグルと魔理沙がカード集めの約束をした翌日に、白紙のカードと共に託された「ある物」。
それを実際に見たものは当事者2人と、あとほんの僅かの者だけだ。
具体的には、氷精と門番とか。

「あ…アレって…」
「そうだ。アレだ」

忘れていた忌まわしき記憶を思い出したかのように、リグルの顔が曇る。

「わたしは『こいつをうまく使ってカードを集めてくれ』って言ったはずだぜ?」
「そ、それは…」
「でも聞こえてくるのはお前が猫探しをしただの、白玉楼の庭木を手入れしただのとかいう噂ばっか」
「うー。いいじゃないそれで…」
「よくないぜ!せっかく作ったのに、使わなきゃもったいないだろ?」

ここで魔理沙が言う「アレ」、どうやら彼女自身が作ったようである。
そして、リグルがそれを使わなかった理由は何なのだろうか。

「もったいない?…何それ!?あれは使うこと自体、危ないでしょうが!!」
「戦闘用なんだ。危なくて当然」
「開き直るなー!!」

リグルは思い出していた。
初めてスペルカード集めに出た日のこと。

『このっっ…バケモノー!!』

恐怖と焦燥の混じった叫び声を上げる、友の顔。

『いやぁっ…!』

制御しきれない力。
愛する者を傷つけてしまった瞬間。

「…使えないっ!使えないよ!!やっぱりあれは…」
「恐いのか?」
「!」

魔理沙は静かに問いかけた。

「恐いか、『アレ』を使うのが」
「こ、恐いとかじゃなくて…危ないから…実際、チルノに酷いことしちゃったし…」
「恐いんだな」
「…っ」

リグルはうつむき、唇を噛む。
魔理沙の言葉の通りだった。
自分は戦うことを恐れていた。
制御できない未知の力に振り回され、周囲の者を傷つけてしまうこと…そして、それによって自身が傷つくこと。

「びびってるだけじゃ何も変わんないぜ?」
「びびってなんかない!わたしは…」
「いや、びびってるね。いいか?リグル…」

魔理沙はリグルに顔を近づけ、言った。

「使え」
「なんで」
「せっかく作ったんだ、自慢したいだろ」

恐ろしく理不尽なことを、真顔で言う。
対するリグルはため息をついた。

「もう…じゃああんたが使えばいいじゃない!そもそもなんでわたしに頼んだのかの説明も…」
「だめだ。あれはお前じゃなきゃ真の力を発揮できない」
「うう…」

魔理沙はさらに顔を近づけ、ニヤリと笑った。

「やっぱりお前の心には『アレ』に対する恐怖心があるようだな」
「恐怖心…わたしの心に、恐怖心…」
「そこで、だ」

魔理沙のニヤニヤ笑いがさらに強くなる。

「えっ?…ちょ、あんた、何やって…」
「お前の恐怖を克服してやるぜ!」

リグルは魔理沙の肩に担がれていた。
じたばたと手足を動かすも、魔理沙は構わず箒にまたがる。

「わ、わたしには便利屋の仕事がー!!」
「あー、それなら問題なしだ。とっておきの依頼人を見つけといた」
「ホント?じゃなくて!降ろせー!!」
「降ろしたら逃げるだろ。虫取り網は一度かけたら迂闊に開けちゃダメ、てことだ」
「虫取りアミ嫌い!いやあああああ!!!」
「れっつごー♪」

リグルの悲鳴が空に遠ざかり、静寂が訪れた。




魔法の森、霧雨邸。
その一室――具体的には浴室に、2人の姿があった。

「さて、とりあえずわたしの家までやってきたわけだが」
「もう…何よ~」

リグルは魔理沙の肩に担がれたまま、ここまで連れられてきた。
魔理沙の荒い運転により、リグルは少々気分が悪くなっている。

「しかもこのお風呂…なんか臭いよ~?」
「ふふふ…この臭いはな…」

魔理沙は意味ありげな笑みを浮かべながら、浴槽の蓋に手をかけた。
すえたような臭いは、どうやらその密閉された浴槽から漂っているようであった。

「お前の恐怖心を消し去る臭いだ!!」

勢い良く蓋を開け放ち、魔理沙は叫ぶ。
鼻をつく臭いが、一層強くなった。





霧雨邸にて、リグルが浴室へ通されたのとほぼ同時刻。
紅い悪魔の住まう館、紅魔館。

「へぇ…あの蛍妖怪がねぇ」
「あらレミィ、知ってるの?」

館の主たる紅い悪魔、「永遠に紅い幼き月」ことレミリア・スカーレットは、自室で紅茶を飲んでいた。
テーブルを挟んで彼女と向かい合うのは、七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジ。
友人の「寝る前の一杯」に、自分は「目覚めの一杯」ということで付き合っていた。
今は時刻にして午前10時。
吸血鬼のレミリアは普段ならば寝ている時間だが、その日に限り夜更かしならぬ「朝更かし」をして起きていたのだった。

「ええ、あの月の一件のときに、少しだけね…で、そいつがどうしたの?」
「いや…その蛍の便利屋とやらが話題になってるのよ、ほらチラシ」

パチュリーは、数日前の新聞に挟まっていたチラシをレミリアに手渡す。

「何々…あら」
「何か驚くようなことが?」
「漢字が多くて読めないわ」
「…」

コホン、と一つ咳をすると、パチュリーは会話を仕切りなおす。

「とにかく、その蛍の便利屋が今から来るのよ。魔理沙と一緒に」
「図書館の整理でも手伝わせるの?」
「それはいい考えだけどね。今日は違うの」
「じゃあ何を…」
「研究の…そうね、手伝いとでも言っておきましょうか」

そこまで言って、パチュリーは紅茶を一口飲んだ。

「研究ね。そういえば最近、魔理沙がよく図書館に出入りしてたみたいだけど」
「あら、知ってたのね」
「今度は何を調べてるのかしら?」

レミリアは興味深げな目で親友の顔を見つめる。
魔女はその視線を受け止めると、少し間をおいてからつぶやいた。

「…そのうちわかるわよ」
「…そう。楽しみね」

そう言って笑うと、レミリアは小さくあくびをした。
カップに残った紅茶を飲み干し、立ち上がる。

「もう寝るわ」
「そう」
「…もう寝るの」
「ええ」
「……寝るんだけど」
「どうぞ」

パチュリーはカップを置くと、テーブルの上のクッキーに手を伸ばす。
視線は手元のチラシに落としている。

「………さっさとそれ飲んで帰ってよ、パチェ」
「冷たいわね。静かにしてるわよ」
「着替えるの!」
「なんで?」
「寝るからに決まってるでしょうが!!」
「そう」

パチュリーは顔を上げ、またも紅茶を一口。

「じゃ、どうぞ」
「どうぞじゃない!着替えるから出てけって言ってんの!!」

レミリアは少し頬を紅くしてまくしたてる。

「…ああ、そういうことね。全く、レミィも変なところで恥ずかしがりやさんね」
「うるさい!さっさと出る!」
「わかったわ。着替え終わったら呼んでね」
「まだいる気かよ!」
「なんなら途中で呼んでもいいわよ」
「呼ぶか!!」

パチュリーはクッキーの乗った皿と自分のカップを持つと、部屋の入り口へ向かう。

「ああそうだ、レミィ」
「…何よ?」
「お気に入りのスケスケネグリジェは箪笥の上から4番めぇわらばっ!?」

レミリアが投擲したクッションは、見事に魔女の顔面を直撃した。

「すー…レミィの匂い…」
「そのままクッションにスーハーするなッ!!」

結局パチュリーは右手だけでカップと皿を器用に持ち、左手でクッションを顔に押し付けたまま部屋を出た。

「さて、そろそろあの蛍もやってくる頃かしら」

レミリアの部屋の扉にもたれかかり、窓の外を眺める。
雲ひとつない青空。
レミリアほどではないが、日光が苦手な彼女にとってはあまり好ましくない天気である。

「急いでレミィにいたずらしないと」
「せんでいいっ!!」

部屋の主の声から少し遅れて、何かが扉にぶつかる音がした。

「レm…ネグリジェまだー?」
「なんで言い直す必要があんのよ!!ネグリジェ>わたしか!!」
「とんでもない!『レミィ>>>>>>>(越えられないネグリジェ)>>>>>>>>壁』よ」
「意味わかんないし!つーか壁とネグリジェのポジションが明らかに逆だよ!逆!!」
「つまり、レミィの部屋の壁をスケスケにしろと…?」
「何でそうなんのよおおおおおおおお!?」

結局、このようなやりとりがこの後15分ほど続き、レミリアはベッドに入る頃にはすっかり疲れ果てていた。

「ねないでー。レミィねないでー」
「てめぇは永遠に眠れぇぇッ!!つーかいつの間にわたしのベッドにもぐりこんだのー!?」

ベッドに入ってからも疲れる運命だった。






「な…なんなのよ、これ…」
「ふふん」

霧雨邸。
リグルは目の前に広がった光景に言葉を失っていた。
鼻を刺すような臭い。
不気味にうねる緑褐色の水面。

「これがお前の恐怖心を取り去ってくれる」
「い、一体なんなの?」
「もずくだ」
「もずく?」

魔理沙はどこからか箸を取り出すと、浴槽を漂う流動物をつまみ上げた。
そのまま自分の口へ運び、飲み下す。

「うん、うまい」
「…食べ物なの?」
「あたりまえだろ。栄養満点、味も百点満点の魔理沙ちゃんお手製もずくだぜ」
「ふ~ん…」

リグルは不思議そうな顔で水面を見つめる。
そして、

「うっ…やっぱこの臭いキツいよ~」

鼻を摘んで顔を背ける。

「ははは、まあ好みがあるからな」
「む~。で、これで恐怖心がなくなるの?」
「ああ、そうだ。お前はもう躊躇うことなく力を使い、幻想郷に嵐を呼ぶ戦鬼となる」
「それはイヤなんだけど」
「まあまあ、ビビリの汚名をかぶったままってのもイヤだろ?」
「う、まあそれは…確かに」

にやつく魔理沙から視線をそらしつつ、つぶやく。

「それに、おまえの精神が成長すれば『あれ』の力も制御できるかもしれないぜ?」
「あれを制御…」
「そうだ!そうすりゃおまえも1ボスからEXクラスに格上げかも!」
「格上げ…EXボス…わたしが?」
「おう!次回作では自機参戦かも!!」
「自機参戦!?」

リグルの目が驚愕に見開かれる。
これまでGだの男の子だのとさんざんバカにされ(失礼)、虐げられてきた自分が…!
瞬間、リグルの脳裏にいくつもの光景がよぎった。
新作のタイトル画面でポーズを決める自分。
異変に立ち向かい、幻想郷の空をかける自分。
ラスボスをかっこよく倒し、エンディングで倒したボスと仲良くお茶を飲む自分。

「どうだ?」
「わたし…やるよ!」

リグルは拳を握り締め、もずくの漂う水面をにらみつけた。
その目に宿るのは、強い決意。

「もずくを食べて、わたしは強くなる!」
「あ、別に食べなくていいぞ」
「ええええええええええええええええええええええ!?」

勢いよく切った啖呵をさらりと流され、リグルは浴槽に頭から突っ込みそうになる。

「だってこれ食べないと恐怖心が…」
「まあ食べ物なんだけどな。今回はちょっと違う使い方をする」
「え?」
「まずはリグル」

魔理沙はリグルを自分の前に立たせると、その両肩をガシッとつかんだ。
そのまま食い入るようにリグルの目を見つめ、静かに言った。

「脱げ」
「は?」





一方その頃、紅魔館。

「…遅いわね」

パチュリー、待ち人来たらず。

「このままじゃ、わたし…寝ちゃうわよ」

枕に顔を押し付けながら、不機嫌そうにつぶやく。

「ねえパチェ」
「なあに、レミィ?」
「寝るなら自分のベッドで寝ろよおおおおおおお!!」

レミリア、来た人帰らず。







第4章 外法






「よしよし、やっと脱いだか」
「あんたが脱がせたんでしょ…うっうっ、あんな乱暴にしなくていいのに」

浴槽の横には、腰に手を当てて笑う魔理沙。
そして、一糸まとわぬ姿で床にへたり込み、大事な部分を手で隠してしくしく泣いているリグルがいた。
周囲には剥ぎ取られた衣服や持ち物が散らばっている。

「抵抗するからいけないんだぜ」
「普通するでしょ!なんで恐怖心を取り除くのに裸になる必要があるのよ!!」

リグルは思わず立ち上がり、魔理沙に詰め寄る。

「そもそもよく考えたらおかしくない!?『あの力』を使わないのはやっぱりビビッてるからじゃなくて…」
「あ、おい、おまえ」
「危ないものを使わないようにするのは当然でしょ?だいたいカード集めもあんたの口車にまんまと…」
「おい、ちょっと」
「何よ!?ちょっとは虫の話を…」

虫の話を、という言い回しは変だが、「人の話を聞け」的なものだと思っていただきたい。

「見えてるぞ」
「何が!?」
「何ってその…色々と」

魔理沙は(自分が裸に剥いたにもかかわらず)目をそらしながら、リグルの首から下を指差す。
リグルはその指差す先、つまり自分の身体を見て、

「きゃああああっ!?」

生まれたままの自分の姿を一切隠さず、魔理沙と正面から向き合っていたことに気づく。
赤面したリグルは再び座り込み、恨めしげに魔理沙を見つめる。

「う~~~~~~」
「そんな上目遣いでにらむなって。萌えるじゃないか」
「萌えるなぁ~!」

さらに顔を赤くするリグルを見下ろし、魔理沙は自分も少しだけ頬を染める。

「ま、そんなどうでもいいことはさておき」
「どうでもよくない!」
「今からお前には、このもずく風呂につかってもらう」

真顔でとんでもないことを言う普通の魔法使い。
リグルはそんな彼女が何を言っているかわからず、呆然とする。
聴覚がとらえた言葉を脳内で何度も反復し、その意味するところをようやく理解し――そして。

「…は?」
「今からお前には、このもずく風呂につかってもらう」
「いや、2回言わなくていい…あんた、自分で何言ってるかわかってる?」
「もちろん」

魔理沙は浴槽に満たされたもずく酢を眺めながら言った。

「こいつには、あらゆる生物の恐怖心を取り除く効果がある」
「聞いたことがないです」
「世の中にはお前の知らないことがいっぱいあるんだ。まあ騙されたと思って…」
「やるかっ!」

思い切り拒否する。

「そういうと思ったぜ…だが、ここはわたしも譲れないんでな」

魔理沙の目が妖しく光る。
それに気づいたリグルは、服を着ていないことも忘れて逃げ出したくなる衝動に駆られる。
しかし、時既に遅し。

「よっと」
「ちょ、ま、また!?」

気がつけばリグルは魔理沙に抱きかかえられていた。
いわゆる「お姫さまだっこ」の体勢なのだが、その状態から魔理沙はリグルに微笑む。

「おまえ、軽いなあ。ちゃんと飯食ってるか?」
「余計なお世話よ!降ろしなさい!!」
「そうか!よし、降ろす!ただし浴槽の中に」
「ひえぇ!?」

そんな会話のうちに、リグルの身体は既に浴槽の上に。

「では今から手を離します」
「いやああああ!?」
「ウソだよ」
「えっ?」
「ちゃんと優しく降ろしてやるから」
「実質変わんねええええええ!!!」
「ほらほら、あんまり喚くと口の中にお酢が入るぞ~。いや、それもいいか。うふ、うふ、うふふふふ」

かくして、リグルの身体はもずく酢渦巻く浴槽の中に横たえられた。

「うええ…ぬるぬるするよぅ…」
「はっはっは、そりゃもずく酢だからな」
「笑うなぁ…」

リグルは浴槽の中から恨めしげに魔理沙をにらむ。
無理矢理にでも浴槽から出るのは、魔理沙が自分に向けてミニ八卦炉を向けているので不可能。

「おい、もっと頭までつからなきゃダメだろ?」
「息できない!」
「あ、そうか。じゃあえっと…おお、これだこれだ」

魔理沙はポケットから、直径3cm程のパイプを取りだす。
おそらくそれで息をしろということだろうが、リグルにしてみればたまったものではない。

(忍者じゃないんだから…そもそも頭まで入ったら、全身がまんべんなくお酢臭くなるじゃない!!)

こうしている間にも、ヌルヌルしたもずくがリグルの身体中を撫で回している。
強烈な酢の臭いとあいまって、この感触が非常に気持ち悪い。
じっとしているだけで思わず叫びだしたくなるほどの不快感。
かといって、動けば動くほどもずくの藻体が手足に絡みついていく。

「うぅ…気持ち悪いよぉ…早く出たうぶぅっ!?」
「よし、このパイプで水中でも息できるからな」

リグルは太くて硬いパイプを無理矢理口に突っ込まれる。

「むーっ!むーっ!」
「そいじゃ、思い切って行ってみよう!!」

魔理沙はリグルの頭を抑えると、一気に浴槽に沈めた。
当然リグルはじたばたするが、魔理沙の腕力は意外に強く、浴槽から顔を上げることすらできない。
口に突っ込まれたパイプによって息はできるが、だからといってこの状態に耐えられるはずもなかった。
身体をよじって魔理沙の手から逃れ、水面下(酢面下?)から顔を上げる。

「いいかげんにしろーっ!!」
「お、出てきた」
「出てきたじゃない!こんなもんの中に頭までつかれるわけないでしょうが!!」

浴槽の中から大声を出すリグル。
既に頭までもずく酢まみれ。

「いや、そこを乗り越えてこそ…」
「乗り越えないっ!!何なのよコレ!!鼻にツーンと来るしヌルヌルするし目に入ったら痛いし…」
「もずく酢だから」
「もずく酢だからじゃないっ!!そもそもどう考えたってこんな使い方、は、おか、しぃ…」
「リグル?」
「うう…おかしい、そう、おかしいじゃない…なんでわたしがこんなこと…ひっく」

ツッコミ疲れと、もずく酢の不快感と、そしてこんな状況に自分がいることに対する理不尽さが限界を超え、
とうとうリグルは泣き出してしまった。

「ぐすっ…もう、やだぁ…こんなの、酷いよぅ…」
「…」

魔理沙は、肩を震わせながらごしごしと目をこするリグルを見ていた。
全身をヌルヌルした液体に覆われ、涙目で自分をにらみつける少女の姿。

(わたしは…)

魔理沙は先ほどまで感じていた高揚感が、急速にしぼんでいくのを感じた。

(わたしは何をやってるんだ!リグルに…友達に対してなんてことを…)

リグルは怒るでも、暴れるでもなく、ただひたすら泣きながら魔理沙を見つめていた。
時折溢れてくる涙を拭くように目をこすり、唇を噛みしめる。

(リグル…こんなひどい姿にしちまって…こんな…)

高揚が消え、代わりに魔理沙の胸中を別の感情が支配していく。
もずく酢にまみれた一糸まとわぬ姿の少女がその目に涙を溜め、上目遣いでこっちを見ている。
そのあまりにも哀れな姿に、魔理沙は、

「リグル」
「何よ、この…ばかぁ…ぐすっ」
「その…な」
「…」

自分のしてしまったこと、それがどんなことかという事実を強く心に刻み、

「あの…」
「なんなのよ…」

友である少女の目を見つめ、





「わたしも入っていいか?」





しかし道を踏み外した。

「え?」
「いやその、なんていうか、お前がそんなヌルヌルにまみれて、その上いじめて光線出まくりの目で見つめるから…」
「え?え?ちょっと、なにこの展開!?」
「しかも全裸で…なあ、わたしのこと誘ってるのか?誘ってるんだろ?」
「全裸にしたのはあんただろう!って、何であんたまで服を脱ぎ始めるのよー!?」
「もう、身体が酢臭くなったっていい…一時の快楽に、身を委ねたい…」

魔理沙の心を支配する感情。
それは劣情。
酢漬けリグル(+Mっ気オーラ)の放つ不思議なエロスが、魔理沙の心の中のスイッチを押したのだ。

「いいだろリグル…わたしたちはセ…友達だ」
「『セ…』の後に何を言おうとした!何を言い直した!?」
「表じゃ言えない…」

リグルと同じ、生まれたままの姿になった魔理沙はもやがかかったような目で浴槽に近づいてくる。

「もう辛抱たまらん…」
「ひえぇ!この展開自体が表の限界に挑戦するちょっとした冒険な気がするんですけどねぇ!?」
「リグル、わたしは冒険が好きだ」

魔理沙の手が浴槽の縁にかかる。

「逃げない!負けない!泣かない!…いや、これは逃げるべきだー!?」
「…アタック!」

ちょっとどころではない冒険が起きている浴場に、魔理沙チーフの号令が響いた。
なお、ここから先の展開は創想話的にハザードレベルが高すぎるので、断腸の思いで省略させていただく。
例によって、省略された文章を読むにはワッフルワッフルと書き込んだところで何も起こらない。







[慧音先生の一口メモ]

やあみんな、このお話を読んでくれてありがとう。
知識と歴史の半獣こと、上白沢慧音だ。
上に書いてある通り、この章ではある部分の文章が省略されている。
本来なら削られた部分の補完はみんなの想像にお任せするところだが…。
今回は色々とギリギリなのでわたしが補完するぞ。
この後、魔理沙とリグルが浴槽で何をしたか、みんなも気になると思う。
正解は「2人でもずく酢を全部食べた」だ。
やはり食べ物を粗末にしちゃいけないな。
魔理沙が服を脱いだのは、あまりにも多量のもずく酢がこぼれて、服が汚れないようにしたためだ。
ともあれ、あのもずく酢は2人で仲良く、すべて平らげてしまったんだ。
もずく酢は食物繊維・鉄分・カロチンなどを豊富に含んでいて、非常に身体にいいんだ。
それに、とってもおいしい!美容と健康のために、先生もよく食べているぞ。
え、何?
さすがにその解釈は無理がある?
というかつまらない?
ううううるさい!2人はもずく酢を食べたんだ!それだけだ!
他に何もしていない!!
あの後2人で身体をよく洗って、浴槽の掃除をしたんだ!そうだそうに決まってる!えっちなのはいけないと思います!
こら誰だ!
「でもりぐるんと魔理沙の浸かったもずく酢なら食べたいかも」とか言ってるのは!
変態だ…ここに変態がいる…!
とりあえず今のやつはあとで職員室に来るように!って嬉しそうにするな!!
とにかくそういうことだ!
作者が劣情とかエロスとか言ってるが気にするな!
ち、ちなみにもずく酢で恐怖心が取り去られるというのはガセだ。よい子は真似しないように。

『けーねー?もずく酢できたよー。食べよー』

妹紅?
おおそうか、もう昼食の時間か。

『はいこれ。皆のぶんもあるからねー』

うん、おいしそうだ。
料理がうまくなったじゃないか、妹紅。

『あっ!』

ああ!?
妹紅がお盆にもずく酢の皿をのせたまま転倒!
た、倒れた妹紅が頭からもずく酢をかぶって…動くな妹紅!今とってやる!
こらお前達!近づくな!
妹紅の味が染み込んだもずく酢は渡さん!先生が全部食べる!!
ああああああもずく酢おいしいよもずく酢(妹紅風味)。
ハァハァこのもずく酢のヌルヌルは…もこたんのヌルヌルに等しい…っ!
ああ…もこたんのヌルヌルが…わたしの食道を経て…今、胃腸の中へ…っ!!
だ、だめぇぇぇ!なんだかわからないけど熱い!!
生えちゃう!生えちゃう!先生おっきいの生えちゃうのぉぉっ!!

『け、慧音が昼間なのにEX化したー!?』

フウゥ…ハアァ…生えちゃった…おっきい角。
もずく酢…恐るべし!だが今はその力が愛しい!!

『慧音、ちょ、落ち着いて…』

もこたん…残ったもずく酢も…ぜぇ~んぶとってあげるねっ♪
なめるように!ぬアアアめるよォオオオオにィィィィ!!
ていうかまあ、なめるんだけどね。



[慧音先生の一口メモ]

出演 上白沢慧音
    藤原妹紅

監督 上白沢慧音
脚本 上白沢慧音
演出 上白沢慧音


*先生のコメント*


構想十年と銘うってはじまった、この「慧音先生の一口メモ」だったのだが、
どうも先生の思い入れとは裏はらに、周囲の状況がそれを許さず、
ついには未完のまま中断せざるをえないことになってしまった。
しかし、生徒の熱い支持が得られるならすぐにでも続編をかきたいと思っている。
この「慧音先生の一口メモ」が自分にとって、最後までかきつくしたい作品であることは、
いつまでも変わらないのだから・・・・。


「まだ終わりじゃない。わたしはようやく登りはじめたばかりだからな…このはてしなく遠い、もずく坂をよ!!」



慧音先生の一口メモ 未完






第5章 晴々愉快




 
森の中を2人の少女が行く。
前方を歩くのは、黒いマントを羽織った触覚少女。
怒ったようなすねたような、とにかく機嫌の悪さを全面に押し出した表情をしている。
その少し後ろをついていくのは、白黒の魔女。
こちらは困ったような顔で、先を行く少女の顔を恐る恐るうかがっている。

「リグル」
「…」

白黒魔女――魔理沙が声を掛けるも、触覚少女、リグルは振り向くことさえない。
明らかに意図的な虫、ではなく無視。

「リーグルー」
「…」

またしても反応なし。

「リ・グ・ル!」
「…」

反応なし。
構うことなく、リグルは歩を進める。

「なあ、まだ怒ってるのかー?」

リグルの背後から、困り果てた魔理沙の声。
今度は、ぴたりと足を止める。
そのままゆっくりと魔理沙の方を振り向き、

「当たり前だろうがこのドアホー!!」
「へぶうっ!?」

リグル必殺の飛び蹴りが魔理沙の顔面にクリーンヒットした。
助走無しでもこのスピードと破壊力、初見殺しの異名は伊達ではない。

「いたた…おい、乙女の顔に蹴りを入れるとはひどいぜ」
「ひどいのはあんたでしょうが!もうこの先二度ともずくを食べらんなくなったじゃない!」

リグルの不機嫌の原因は、当然のことだが先ほどのもずく風呂である。
ぬるぬるした澱みの中に全裸でつっこまれた挙句、その中で魔理沙に無理矢理(検閲削除)されたのだから。
これでもずくがトラウマにならないほうが異常である。
そもそも蛍がもずく食うかよとかいうツッコミはこの際無しで。

「何だよう。せっかくおまえの恐怖心を取り除いてやったのに」
「正気か貴様!新たなる恐怖をわたしの心に植えつけたの間違いだろうが!!」
「『わたしはもずくが怖い。でも、もずくとして生きていきたい』と…?」
「後半なんだそれ!どうやったらそんな結論に行き着くの!?」

リグルは心の底から疲れを感じていた。
そもそもなぜこの人間のパクリカード集めに付き合わなければいけないのか。
今となってはその理由を思い出せない、というか思い出したくない。
それでも便利屋の仕事にやりがいを感じるようになってきた今、自分自身でもカード集めが楽しく感じ始めていたが…、

「まあ、これでお前も『アレ』を迷うことなく使えるってもんだ」

その矢先にこれである。
どうも魔理沙は、カードと一緒にリグルに託した「あの道具」をリグルに使わせたいようなのである。
実際にそれを使用し、その危険性をよく知っているリグルは、もう使う気はさらさらないのだが。

「使わない。あれは危ないって言ってるでしょうが!」
「それは違うぜ、リグル!」

魔理沙はここに来て、急に真面目な顔になる。

「危ないかどうかは、使用者自身によって決まるんだよ!」
「どういうことよ?」
「使い道を誤るなってことだ…使用者の心もち一つで、アトミックバズーカにも、ツインサテライトキャノンにもなり得る…!」
「どっちも危険極まりないだろうがっ!!」

このようなやり取りを繰り返しながら、2人は歩く。
もう自分はこの白黒から逃げられないのだろうか。
そんな恐ろしい考えが頭をよぎり、リグルは魔理沙にこわごわ尋ねる。

「…ねえ、カードってあと何枚集めればいいの?」
「そうだな、文花帖でいうと作者が飛び重ね鱗とるのに費やした写真の枚数くらいかな」

リグルは泡を吹いて倒れた。
ちなみに具体的な枚数については、作者のシューターとしてのなけなしのプライドを守るために割愛させていただく。
薄れ行く意識の中、リグルは思った。

(ああ…自分の弱さが憎い!公式でもこの白黒と最低でもステージ3つ分の実力差がある自分の弱さが!)

意識が途切れる瞬間、リグルは魔理沙の声を聞いた。

「うわっ、コイツ酢臭っ」

殺意が沸いた。






その頃の紅魔館。

「そろそろ来る頃かしら。確か魔理沙が連れて来るって言ってたわね…」

パチュリーはベッドから這い出し、軽く服装を整える。
そしてベッドで寝息を立てる親友に目をやる。

「レミィ…待っててね。もうすぐあなたへの、最高の贈り物が完成するわ…」

そのままレミリアの寝顔に顔を近づけ、その青白い頬に唇を、

「パチュリー様」
「あぁ!?邪魔すんなこのダラズ、一体どこのドイツだフランスだこらぁ!?(あら、わたしに何か御用かしら?)」

うっかり本音と建前が見事に逆転した状態で、パチュリーは振り返る。

「わたしのお嬢様の寝顔にキスしようとはいい度胸だなもやし女。(お茶が入りました。いかがですか?)」
「人間ごときがレミィを『わたしの』呼ばわりとはな…その口、縫い付けるぞ(咲夜…ええ、いただくわ)」

いつの間にかそこにいたメイド長。
こちらもうっかり本音と建前が逆転している。
というかよくそれで会話できるなお前ら。

「今度似たような真似しくさったらもやし炒めにするぞてめぇ(仲がよろしいのは結構ですが…少々お戯れが過ぎますよ)」
「ケケケ、そん時ゃおまえの胸パッドが皿代わりだ(あら、ばれてたの?レミィの寝顔がかわいかったものだから、つい」

表情と心の中はにこやかに会話しながら、2人は部屋を出た。

「ゲキョキョキョキョ(ホホホホホホ)」
「ぶべべべべべべ(うふふふふふ)」

楽しそうな2つの笑い声は、ゆっくりと遠ざかっていった。





リグルの意識は、闇の中を漂っていた。
疲れきった精神は、何も考えずに漆黒の闇に身を委ねる。
と、闇の中に微かな音が響く。
羽音。
虫が羽ばたくときに立てる、独特の効果音。

(…誰?)

リグルの意識が、ゆっくりと覚醒する。
それは闇の中、精神の内側での目覚め。つまりは夢。

(…誰なの?)

羽音は次第に大きくなる。
近づいている。

(…)

やがて、闇の中にその音の源が姿を現す。
羽根を必死に動かして空中のある一点、リグルの眼前に留まる。

(…変だな。甲虫は空中で止まれないんだけど)

そんなことを考えながらも、目の前の相手に話しかける。
それは一匹の虫。
蛍やカブトムシと同じ、硬い殻をもつ甲虫の仲間。
しかし、リグルが幻想郷で見てきたどんな虫とも違う、初めて見る外観。

(…君は誰?)

話しかける。
しかし相手は答えない。

(…どこから来たの?)

やはり答えない。
代わりに、リグルの周囲を飛び回る。
お世辞にも優雅とは言えない、騒がしい羽音。

(…変なの)

その甲虫は、大きな身体をしていた。
どことなくカブトムシに似ていたが、リグルが知るそれより遥かに大きい。
長く逞しい角と相まって、非常に「ごつい」印象を与える。

(…)

しかし、それが不恰好に飛び回る様にはどこか愛嬌があった。
何かを伝えるかのように、必死でリグルの周囲を飛び回る。

(…かわいいね、君)

リグルがくすりと笑う。
その様を見てか、急にその虫は飛ぶ方向を変える。
どこかへ行くかのように、リグルから遠ざかる。

(あっ、どこ行くの?)

何故かリグルには、その虫を追いかけなければと思った。
意識の海の中、手を伸ばす。
その手が甲虫の背中に触れようとして、





「あれ?」

目が覚めた。
そこに闇はなく、午後の日差しが降り注いでいる。

「ここは…」

魔法の森を抜けた辺りにある、大きな沼。
リグルはその畔に寝転がっていた。
確か森を歩いている途中に、意識が遠のいたところまでは覚えている。
その後、変な虫に出会って、その虫を追いかけようとして――いや、あれは…夢か。
頭の下には魔理沙のものらしき荷物が置いてある。
おそらく枕代わりに魔理沙が置いたのだろう。

「で、その魔理沙はどこに…」
「おぉーい!リグル~!!」

少し離れた場所から声が響いた。
声のする方へ視線を向けると、そこには驚くべき光景があった。

「助けてくれ~!」
「えっ!リグル!?あっ、リグルだ!ちょっとこれ何とかしてよ~」

沼の岸近い水面、助けを求める魔理沙と、

「…チルノ?」

湖の氷精、おてんば恋娘ことチルノがいた。
そしておそらくこの沼の「主」であろう大蝦蟇の姿があった。

「放せっ、この野郎!」
「うう~、ぬるぬる気持ち悪い~」

魔理沙は大蝦蟇の前足(なぜか二本の後ろ足で立っている)に掴まれている。
一方チルノは大蝦蟇の長い舌でからめ取られてもがいていた。
抵抗しようにも両手小足を拘束されているため、スペルカードを使うこともできない。

「何…やってんの…?」

先ほどまで気絶していたリグルには、この状況がいまいち飲み込めない。
誰であれ、突然こんな光景を見たら呆然とするだろうが。
その時、リグルの足元に何かが忍び寄る。

「ん?」

何か小さなものが足首に触れる感触に気づき、リグルは視線を落とす。

「ああっ!き、君は!!」
「?」
「?」

魔理沙とチルノが首を傾げる。
そんなことも気にせず、リグルはその場にしゃがみこんだ。

「リグル親衛隊・四天王の一人にして『アクアビクス蟷螂拳』の開祖、ミズカマキリの水嶋君じゃない!」
「みずかまきりの…?」
「みずしま…?」

よく見ると、リグルは地面に立つ小さな虫と会話していた。
それはカマキリのようでカマキリでない、水中での生活に特化した身体を持つ昆虫。
おそらくこの沼に棲んでいるのだろう。
その虫が、必死に前足を動かしてリグルに何かを訴えかける。

「…うん、うん…」
「ああ、そうだね」
「なるほど…そういうことか…」

端から見ればリグルの一人芝居のようにも見える会話が進んでいく。
魔理沙とチルノ、そしてなぜか大蝦蟇も呆然とその光景を見つめる。

「…そっか、わかった」

リグルは最後に強くうなずくと、立ち上がる。

「そこの大蝦蟇!
チルノがここの小さな蛙を凍らせて遊んでるのに怒ってチルノを注意して、しかしチルノが聞く耳持たないから
少々手荒な手段も止むを得ないと判断してチルノをはたいたら逆切れして反撃してきたので、つい自分もむき
になってチルノと壮絶なガチンコバトルを繰り広げた挙句、ついにその身体を舌によって捕獲したといところに
魔理沙が通りかかって、そこでチルノが『助けてー!』って叫ぶもんだから魔理沙が『やれやれ…やんちゃな
妖精を見殺しには…できねーぜ!』とか言いつつ大蝦蟇に戦いを挑んだら魔理沙もあっさり返り討ちにされて
捕まっちゃって、でも一度に2人も捕まえてもその後どうしようか困るなあなんて考えていたところに目を覚まし
たわたしがその異様な光景に気づいて『うわ、また来た』とか若干ウザくなってきてる感じをかもし出している
というところまで聞いたわ!」

「「必要以上に詳細だー!!(ゲコー!!)」」

思わず魔理沙とチルノ、そして大蝦蟇がツッコミを入れる。
あのミズカマキリとの短時間の会話で、リグルはここまで事細かに状況を知ったのである。

「ふっ…水嶋君は円周率を5689桁まで覚えるほどの記憶力の持ち主!文武両道な四天王のまとめ役なのよ!」

この記録は幻想郷第1位、ちなみに2位は八雲藍の3457桁である。
水嶋君はチルノと魔理沙が大蝦蟇に捕まるまでの一部始終を詳細に記憶していたのだった。

「そ…そんなにすごいの、ミズカマキリって…」
「軽く妖怪の域に突入してないか、その虫…つーか親衛隊って何だ、四天王って何だ…」
「ゲロ…」

驚く三者。
日本語を理解する辺り、大蝦蟇も妖怪化しているかもしれない。
舌も不自然に長いし。
当の水嶋君は、リグルの肩に乗って「てへへ」と言わんばかりに頭を掻いている。

「とにかく話は聞いたわ!その2人を離しなさい!」
「ゲロ!?ゲロゲーロ!!ゲロロ!!」
「どうしてよ!あなたは人間を食べて生きているわけではないでしょう?」

激しく言葉を交わすリグルと大蝦蟇を見て、魔理沙が疑問符を浮かべる。

「お前…蛙とも話せたのか?」

幻想郷の虫のボスであるリグルが、虫の言葉を理解するのは当然だ。
しかし蛙の言葉までも理解するとは思いがたい。

「話せないわ…しかし、こんな時にも水嶋君!」

リグルは親指で、肩の上の盟友を指す。
呼ばれた水嶋君も、「みずしマーックス!」と言わんばかりに鎌をクロスさせる。

「水嶋君は蛙語検定1級、通訳としても大活躍!『昆虫界のC-3PO』の異名をとる…」
「わかった、それはもういいから!」

魔理沙は熱く語るリグルをなだめ、話の続きを促す。

「で、そこの蛙はなんて言ってるんだ?」
「魔理沙たちを逃がすわけには行かないって…」
「なんでよ!」

チルノがジタバタしながら声を上げた。
代わりにリグルが大蝦蟇との会話を続ける。

「ねえ、どうして魔理沙とチルノを放してくれないの!?」
「ゲロロッ…ゲロゲロゲロロロゲロロゲコ、ゲロロゲゲゲロロゲロゲロ…ゲロゲロ……!」
「な、なんだって!?」

同時通訳の水嶋君から教えられた大蝦蟇の言葉を、リグルは伝える。

「『制裁っ…蛙をいじめる妖精と、それに加担する人間…制裁……!』だって」
「何その100億はくだらぬ預金持ってそうな大蝦蟇…つーか制裁!?」
「うん…蛙をいじめた落とし前をつけてもらうって…」
「何されるのあたい達ー!?」
「ゲ?ゲコゲコ…ゲロロロ!!」

大蝦蟇の語気の強さから、怒りが感じて取れる。
魔理沙は恐る恐るリグルに尋ねる。

「…何をするって?」
「『表じゃ言えないようなこと』だって」
「またか」
「あんたが言うな…っと、そんなこと言ってる場合じゃなくて!」

リグルは大蝦蟇の顔を見上げながら、懸命に話しかける。

「確かに蛙をいじめたチルノが悪い!でもお願い、今回は見逃してあげて!!」
「ゲロッ!?ゲロロゲロッ!ゲコッ!!」
「わたしからも注意しておくから!もうチルノに蛙をいじめないようにさせるから!」
「えー」
「えーじゃないっ!元はといえばあんたが悪いんだからね!」

この場に至ってもいまいち危機感のないチルノをにらみつける。

「ねえ大蝦蟇さん!だからその手と舌を放して!」
「ゲロッ!」

強い声で、リグルの言葉を切って捨てる大蝦蟇。
蛙の言葉がわからないチルノと魔理沙にも、その明確な拒絶の意思が伝わった。
交渉の決裂。

「くっ…どうしてもダメなら…こっちもそれなりの手段があるよ!」

リグルはポケットからスペルカードを取り出し、身構えた。
確かに、チルノに非がある。
当たり前のことだが、蛙は凍らされたら死んでしまう。
遊び半分で自分より弱い生き物の命を弄ぶなんて、絶対やってはいけないことだ。
虫たちの長であるリグルには、それが痛いほどよくわかる。

(でも…)

目の前で友達が酷い目に合わされそうになっているのを、放ってはおけない。
とりあえず2人を解放してもらった上で、話を聞いてもらう。

「行くよ!灯符『ファイヤフライフェノメノン』!!」

高らかに宣言したリグルの周囲に、無数の蛍が集ってくる。

「みんなよろしく!…あんまり怪我させない程度にね」

リグルの言葉と同時に、集った蛍たちの体が光を帯びる。
蛍が自然に放つそれより遥かに強い光。
リグルによって付与される魔力の光は、小さな甲虫の体を強力な魔弾へと変える。

「行っけーっ!!」

主の号令に合わせ、弾となった蛍たちが一斉に飛び立つ。
真昼の花火のように広がる、魔性の蛍灯。
一旦放射状に放たれた蛍弾は軌道を変化させ、様々な方向から大蝦蟇に襲い掛かる。

「避けられるかしらっ!?」

自身も蛍の妖怪であるリグルの、自慢のスペルカードである。
しかし、

「ゲロッ!」

大蝦蟇の号令が響くと、沼の中から何匹もの蝦蟇(普通サイズ)が現れた。
それらは飛んできた蛍弾に次々と飛び掛り――食べた。

「ええええっ!?」

次々に水中から飛び出す蝦蟇の群れは、リグルの操る蛍を一匹残らず食べてしまった。
魔力で強化された蛍を簡単に飲み込んでしまうあたり、これらの蝦蟇も何か特殊な力を持っているのかもしれない。

「そんな…みんなが…」

部下の蛍を失ったショックで、言葉を失うリグル。
その間に、大蝦蟇がすぐ近くまで来ていることも知らずに。

「ゲココッ!」
「えっ…きゃ!」

大蝦蟇の右前足が、リグルの身体を薙ぎ払う。
リグルの華奢な身体が吹き飛ばされ、近くの木に背中から激突した。

「リグル!」
「リグル!」

魔理沙とチルノの絶叫が響く。
木の幹に叩き付けられたリグルは、かろうじて意識を保っていた。

「か…は…」

ぶつかった際の衝撃で、一時的に呼吸が困難になっている。
苦痛に顔を歪めるリグルを、大蝦蟇が見下ろす。

「ゲロッ…ゲロロゲロ…」
「…っ、はぁ、はぁっ…そ、そんなこと…」
『邪魔をするなら、お前も敵とみなす。容赦はしない』、大蝦蟇の言い分はそんなところだ。

なんとか呼吸を整えたリグルだが、背中を強く打った際の痛みが残っている。
すぐには動けず、木の幹に手をついて立ち上がった。

「お願い…魔理沙とチルノを、放して…」

痛みをこらえて訴えるも、大蝦蟇は非情な決断を下す。




ここで流れをぶった切って俺様の登場!
リグル・ナイトバグ親衛隊四天王が一人、ミズカマキリの水嶋だ!よろしくな!
知っての通り、俺には蛙の言葉がわかる。
当然、たった今リアルタイムでリグルの姐さんをピンチに陥れている大蝦蟇の言葉もわかるわけだが…。
で、ここから先は俺が大蝦蟇の言葉を通訳してお届けするぜ!
具体的に言うとだな。
さっきまで「ゲロゲーロ」だった大蝦蟇や他の蛙の台詞が日本語に訳された状態で書かれるってわけだ。
いちいち訳して姐さんに言ってもらうのも面倒だし、文章全体がややこしくなるからな!
つーかあんまりゲロゲロ言ってる小説ってのもどうかと思うしな。
このままだと「創想話史上最も多く『ゲロ』という二文字が登場するお話」の汚名を被りかねない。
ま、そういうわけで、ここからは水嶋変換による大蝦蟇の台詞をご堪能あれ!




その口から出た言葉は、恐るべきものだった。

「駄目だ…この娘達には、殺された蛙達の代わりになってもらう…」
「何ですって!?」

想像を絶する「制裁」の内容。
たしかに「表じゃ言えない」ようなとんでもない行為である。

「妖精と人間が蛙になんてなれるわけ…」
「なれるとも」

大蝦蟇は自身ありげに言った。

「常に蛙と同じポーズで生活し、蛙と同様の食事や会話を行えば、いつしか心も身体も蛙と化す」
「なっ…心も身体も!?」

リグルの脳裏に、名状しがたく冒涜的な映像が浮かんだ。
しゃがみこみ、両手のひらを地面につけたチルノと魔理沙。
蛙のポーズ。
なぜかその首には首輪がはめられており、そこから伸びた鎖を大蝦蟇が持っている。
そして、2人を取り囲む無数の蛙の、なめ回すような視線…。

(はうあっ!!)

思いの外エロスに満ち溢れたその光景に、思わず赤面するリグル。
これはまずい。
友人2人を、こんな「それなんてエロゲ?」な目にあわせるわけにはいかない。

「やめて!それだけは許してあげて!」

大蝦蟇の言葉がわからず、首を傾げる魔理沙とチルノ。
今この2人が自分たちの置かれている状況を知ったら、まずパニックに陥るのは間違いない。

「では誰が、いなくなった蛙達の代わりをするというのだ」
「それは…」
「この妖精のせいで、この沼の蛙の数は減っている。新しい卵の数もまた…」

悔しそうな、大蝦蟇の表情。
なんということだ。チルノにはあとできつく言っておこう、リグルはそう思った。

「よってこの2人には、蛙たちの母親として卵を産んでもらう」
「な、なんだってー!」

蛙の卵を産むってことは、つまり…。

(こ、交尾、するって、こと…?)

リグルの脳裏に再び名状しがたく冒涜的な光景が浮かぶ。
大勢の蛙に組み敷かれ、服を剥ぎ取られるチルノと魔理沙。そして…。

(姐さん!それ以上は18禁ゾーン突入の危機!)
(はっ!水嶋君!?そうね、わたしとしたことが思わず妄想が暴走するとこだったわ!)

必死でそのハザードレベル100オーバーの妄想を打ち消し、リグルは叫ぶ。

「駄目よ!そもそも蛙と人間で子どもができるわけ無いでしょうが!」
「できるさ。妖怪化した我らには、他の種と交配するなど造作も無いことだ」
「お、おいリグル!なんか話が不穏な方向に行ってないか?」
「あ、あたい卵産んじゃうの?」

大蝦蟇の言葉がわからない2人も、リグルの言葉からその意図を察し始めている。

「本来なら万死に値する罪をそれだけで許してやるというのだ。この娘達はな…」
「お願い、許してあげて!」
「そ、そうだ!なんかよくわからないけどわたしからも頼む!」
「あ、あたいももう蛙をいじめたりしないから!」

チルノと魔理沙も必死で助けを請う。
しかし大蝦蟇は意にも介さず怒鳴り散らす!

「ならばいなくなった蛙たちを返せ!カ・エ・ル!カ・エ・ル!」

周囲の蝦蟇も一緒になって声を上げる。

「カ・エ・ル!」
「カ・エ・ル!」

もちろんリグル以外の(実際は水嶋君以外の)耳にはゲロゲロ言っているようにしか聞こえないが。
蛙達は本気だ。リグルの内心に焦りが募る。

(まずい…このまま2人が蛙にされちゃったら…)





名状しがたき冒涜的な妄想、3たび。

『カ・エ・ル!』
『カ・エ・ル!』

強制的にカエルポーズをさせられるチルノと魔理沙。
その周囲から雨のように降り注ぐカエルコールの嵐。

『カ・エ・ル!』
『カ・エ・ル!』

いつしか2人は、カエルコールを聞くだけで条件反射的にカエルポーズをしてしまうように。
その噂が幻想郷中に伝わり、人間や妖怪までもが2人にカエルコールを…。

『カ・エ・ル!』
『カ・エ・ル!』

そして魔理沙とチルノは「『カ・エ・ル!』と言うだけでM字開脚する女」として話題に…!




(それで…なんか巨大掲示板で大騒ぎになったりして…)





スレッド一覧@幻想郷ちゃんねる…()内の数字はレス数

1: 魅魔さまの一日【15】 (753)  2:チ ル ノ (9) 3: マヨヒガVIPPERちょっと来い (622) 
4: 「カ・エ・ル!カ・エ・ル!」のガイドライン 14 (880)  5: ピギィ総合スレッド (286) 6: チルノ
って最強じゃね? (9)  7: 【アッー!】HKTKのガイドライン 一条戻りば4 (428)  8: 霧雨
魔理沙はヤリ○ン 濃い16魔法汁 (134)  9: ↑と↓のスレタイを合体させてみようぜ!! (674)
10: おてんば恋娘をオリコン1位にしようぜ!(9)  11: もしも八雲藍が常に全裸だったら (30
9) 12: 「れみりあうー」で1000目指すスレ (425)  13: チルノのかわいさは異常 (9)  14:
【ずっと友達】幽香と友達になるスレ【いない】(592)  15: IDにchirnoが出たら最強 その
7(9)  16: こんな十六夜咲夜は嫌だ パッド19枚目 (652) 



(スレッドが14個も立っちゃうようなすごいネタにされちゃったりして…)



ちなみに当然の話だが、幻想郷にはパソコンもなければネット環境も無い。
この巨大掲示板「幻想郷ちゃんねる」は、人里の外れに立ててある木製の掲示板である。
これに大きな紙を張って、通りかかった人間が勝手に書き込んだり読んだりするのだ。

「だ…だめだ!」

実に4度にわたる妄想の海への航海から帰還したリグル。

「2人を蛙なんかにさせやしない!わたしが助ける!」
「ふん、虫ごときが何を言う。貴様の弾幕攻撃は我らには効かぬぞ」
「ぐっ…」

大蝦蟇の言うとおりだ。
虫を操るリグルの弾幕は、虫を捕食する蝦蟇相手には効果が薄い。
おまけに相手は妖怪化している。
相性から考えて、最悪の相手と言っても良かった。

「この場で喰われたいか、蛍の妖怪よ。それとも蛙になるか?」

未だに魔理沙とチルノは大蝦蟇に捕らわれたまま。
リグル自身にも、先ほどの激突のダメージが残っている。

(まずいな…これ…)

多勢に無勢、気づけば無数の蝦蟇に周囲を取り囲まれている。
窮地であった。

「リ…リグル!」

絶望しかけたリグルの耳に届く、友の声。

「リグル!やっつけてよ、こいつら!」

大蝦蟇の舌に捕らえられたチルノの声だった。
チルノは必死に、大声で喚きたてる。

「あの時みたいにさ!バーッとやっちゃえばいいじゃない!」

あの時…?
あの時っていつだ?

「この間みたいに!『変身』してさぁ!リグル!!」
「へん…しん…?」

そうだ。
あれがあった。
魔理沙から託された「あの力」。
一度だけ、チルノの前で一度だけ振るった「あの力」だ。

(でもあれは…危ない…)

かつて、チルノを傷つけてしまったことが思い出される。
もし今力を振るえば、蛙たちを必要以上に傷つけ、余計に恨みを買う可能性もある。

「リグル」

魔理沙が語りかけた。
チルノとは対照的に、落ち着いた、諭すような声。

「大丈夫だよ、リグル」

リグルは、大蝦蟇の前足に捕まれたままの魔理沙を見上げた。
魔理沙はこの窮地にあっても、いつも通りの笑顔をしていた。

「お前は力に振り回されたりしない。自身を持て」
「魔理沙…」
「そんな顔すんなって。もずくのパワーを信じろ!」

魔理沙は明るく、そして強い口調でリグルを励ます。
最後の一言がめがっさ余計だなあとか思いながらも、リグルは奮い立った。

「わ、わたし、やってみる!」
「ああ。それにお前は便利屋さんだろ?目の前で困ってるわたしらを放っとくはずないよな!」
「…うん!必ず助けるよ!」

そしてリグルは大蝦蟇を指差し、叫んだ。

「大蝦蟇さん!2人を返してもらうよ!!」
「ふん、貴様の力では無理だ!」

大蝦蟇は言うと、魔理沙とチルノを放り投げる。
空中に浮いた2人を、すぐさま別の蝦蟇(これも人間大の妖怪蛙)がキャッチする。

「うおっ!放せ!」
「あー!変なとこ触るなー!」

それまで身体の下半分が水に浸かっていた大蝦蟇が、ゆっくりと陸地にあがる。

「口で言ってわからないならば、身体でわからせるしかないな」
「…っ!」

その巨体が発する威圧感に、リグルは一歩後ずさる。
だが、そこまでだ。
それ以上は退かない。逃げない。
大切な2人の友達を、必ず助けると決めたから。

「わからせるのはわたしの方!今度はホントに…痛い目見るよ!」

リグルはポケットから「それ」を取り出す。
あの日、魔理沙から託されたもの。
それは大きなベルト、そのバックルの部分だけ。
一目でそれとはわからないほど作りがごつく、機械じみた装飾が施されている。

「そうだリグル…今がそのベルトの使い時!」

リグルはバックルを腰の前に持ってくると、一枚のカードを取り出す。
それは表面だけがスペルカードとは違う、特殊な絵が描かれたもの。

(あっ…)

描かれていたのは、異国の甲虫。
夢の中で出会ったものと同じ姿だった。

(そっか…君だったんだ…)

この虫が自分を目覚めさせ、友の窮地に意識を覚醒させた。
リグルの心から、完全に迷いが消えた。
力は自分の味方だ。
もう、望まない形で誰かを傷つけることは無い。確信があった。

「行くよ!」

リグルはカードをバックルの側面、ちょうどカード一枚分が入る幅の溝に差し込む。
バックル前面の四角い窓から、セットされたカードが見えていた。
と、その反対側の溝からベルトの帯が伸び、リグルの腰を回ってバックルにつながる。
ちょうど、リグルの腰に大きなベルトが巻かれた形になった。

(カード?)

ベルトの帯は数枚のカードが繋がってできていた。
それが繋がった瞬間、金属製の太いベルトへ変化する。何かの魔法だろう。
リグルは右手を差し出し、叫んだ。

「変身!」
『Turn up』

バックルから声が響き、甲虫の描かれたカードが裏返る。
代わりに、バックルの窓には紋章の記された金属板が現れる。

「な、なんだあれは!えーいひるむな!者どもかかれ!」
「ラジャー!!」

大蝦蟇の命令に従い、蛙たちが一斉にリグルに飛びかかる。
その瞬間。

「ゲ!?」
「ロ!?」

飛びかかった蛙達は、強い力を持った何かによって吹き飛ばされた。

「何だ!?何が起こった!?」

うろたえる大蝦蟇。
蛙達が吹き飛ばされたその場に、青白い光が浮かんでいた。
それは魔法陣。
直径1mほどの魔法陣が、リグルの前に浮かんでいたのだ。
青白く光るそれは、透明な壁に描かれたように、その面を見せている。
中心には、あの謎のカードに書かれていたのと同じ甲虫の絵。
バックルの紋章から発生したこの魔法陣が、蛙たちを吹き飛ばしたのである。

「へっ、ヒロインの変身中に攻撃は御法度だぜ」
「すごいすごい!あれ何!?ねえ魔理沙!!」
「あー黙って見てろ。ここからいいところだぜ…つーかお前一度見てるんじゃないのか?」

チルノと魔理沙が見守る中、リグルは魔法陣に向かって走り出す。

「うええええええぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」

叫び声が尾を引き、魔法陣に吸い込まれていく。
リグルと魔法陣の距離は次第に近くなり、ついにはその青白い光の中に飛び込んだ。
その瞬間、魔法陣が強い光を放つ。

「うおっ、まぶしっ」

その光を直視した大蝦蟇は思わず目を覆う。
次に目を開けた瞬間、驚くべき光景がその目に飛び込んできた。



「…ふう。変身完了、っと」

魔法陣をくぐり抜けたリグルは、そのまま砂埃を上げて立ち止まる。
その外観は、魔法陣をくぐる前後で大きく変わっていた。
いつもの、Yシャツにズボンという簡素な服装はどこかへ消えてしまっている。
代わりに、幻想郷でもここまではないだろうという派手なワンピースが彼女の身体を包んでいる。
吸い込まれるような青と、眩いばかりの銀色を基調にした生地。
ところどころにあしらわれたフリルとリボン。
やたらと短い裾。
頭には、中世ヨーロッパの王女がかぶるような冠(ティアラ)が乗っている。
まさに、絵に描いたような魔法少女コスチュームであった。

「おおー!リグルかっこいいー!!」
「つーか、なんであの変身で魔女っ子ルックになるのかが一番不思議だな…」

リグルは大蝦蟇へ向かって一歩、進み出る。
そして天を指差し、叫んだ。

「一つ!人が踏んでも気づかれず!」

天を指す指が、一本から二本になる。

「二つ!風呂場で溺れ死ぬ!」
「三つ!ミミズもひからびる!」

(((なんか鬱な名乗り口上キター!!)))

魔理沙とチルノと大蝦蟇、胸の中で重なるツッコミ。
虫たちの悲哀や苦労が心に響き、思わず涙ぐむ三者であった。
リグルの名乗り口上は続く。

「一寸の虫にも五分の魂!ウスマエグロハネナガウンカに代わって悪を断つ!」
「ウスマ…何?」
「さあ」

リグルはビシッ!とポーズを決める。
なぜかY字バランス。
節足動物のわりに身体は柔らかいようである。


「外法少女蠱(まじこ)る☆リグルん、光に誘われただいま参上!」


ちなみにこの名乗り口上、リグルの意思で出ているものではない。
冗談半分で魔理沙がコスチュームにかけた魔法により、強制的に言わされているのだ。
なぜそんな魔法をかけたかと言うと、魔理沙曰く

『いや、なんか変身だしさ、こう…ねぇ?』

だそうだ。
また、当然のことだが、今のリグルはワンピース姿。
Y字バランスを取った際に、そのスカート部分が大きくめくれていた。
人間大の蝦蟇に取り押さえられたままの魔理沙が、そのことにいち早く気づく。

「…リグル」
「魔理沙!今助けるよ!」
「いや、そうじゃなくて…見えてるぞ」

最初、リグルは魔理沙が何を言っているのかわからなかった。
が、すぐに気づき、慌ててスカートをおさえる。

「ひゃああああっ!」

顔を真っ赤にして必死でスカートの中身を隠すリグルの姿はヤヴァイくらい可愛かったと、歴史家は語る。
しかしその歴史家の話をし始めると、また物語が嫌な方向に脱線するのでやめておく。
とにかく、仕切り直しである。

「お、大蝦蟇さん!今度こそチルノと魔理沙を返してもらうからね!」
「(おふぁんつ…)ふん、服が変わったからなんだというのだ。返り討ちにしてくれる」

大蝦蟇が手(前足)を叩くと、吹き飛ばされた蛙達が再び動き出す。
またもリグルを取り囲む大勢の蝦蟇(人間大)。

「やれい!」

その声を合図に、一斉にリグルに飛びかかる。
しかしリグルは逃げずに、その拳を固めた。

「もらったぁー!」

一匹の蝦蟇が、リグルの頭上から攻撃を加えようとする。
しかしその瞬間、

「ゲボフォッ!?」

頭上から攻撃した蝦蟇は弾き飛ばされ、そのまま沼に落ちた。
かなりの距離を、飛んだ。
リグルが上方に向けて放った拳が、蝦蟇の顎をアッパー気味に打ち抜いたのである。

「なっ…」

たった一発のパンチだが、その凄まじい威力に蝦蟇たちが怯む。
しかしそれも一瞬のこと、すぐにリグルに向かって突っ込んでいった。

「敵は一匹だ!数で押せばすぐに音を上げる!」
「恐れるな!当たらなければどうということはない!」
「うおおおおお!」

リグルの姿が見えなくなるほど大勢の蝦蟇が一斉に飛びかかる。

「リグル!」

チルノが絶叫する。
先ほどのパンチの威力を持ってしても、この数を一度に相手しきれるかどうか。
が、それも杞憂に終わる。

「蠱る☆百壱烈拳!」

視界を埋め尽くす蝦蟇に対し、それを遥かに超える拳を繰り出した。
実に一秒間に101発という恐るべきスピードで放たれるパンチが、襲い来る蝦蟇を次々に殴り飛ばす。
先ほどのように、飛ばされた蝦蟇が沼の中へ落ちていく。

「何だとっ!?」

高みの見物を決め込んでいた大蝦蟇も、さすがにこれにはうろたえる。
そうしている間に、リグルに襲いかかったすべての蝦蟇が沼の中に消えていった。
雑魚を一掃したことを確認すると、リグルは大蝦蟇に視線を移す。

「これでも服が変わっただけに見える?」
「むう…」

変身によってリグルが装着したコスチュームには、いくつかの特殊な魔法が掛けられている。
そのうちの一つに、装着者の身体能力を大幅に増大させるものがある。
一秒間に101発というでたらめなパンチが打てるのも、コスチュームにかかった魔法のお陰である。

「これ以上手荒な真似はしたくないの。2人を放して」
「ふん、手下の蝦蟇どもを倒した程度でいい気になるな…このわしが直々に血祭りにあげてくれる!」

大蝦蟇がのそり、と動く。
妖怪化したその肉体は、2本足での直立を可能としていた。

(だめか…ならやるしかない!)

先手必勝、リグルは地面を蹴る。
ここに来るまでの道中で魔理沙に喰らわせたのと同じ、飛び蹴りの動作だ。

「蠱(まじこ)る☆リグルキーック!」

しかし威力は変身前の数百倍。
もし永夜抄一面で喰らえば、一発で残機を全て持っていかれるだろう。
リグルは大蝦蟇の鳩尾(などというものがあるかどうか微妙だが)に、猛スピードで飛び込んだ。
そのまま全体重を乗せた蹴りを大蝦蟇に叩き込む!

「ふん!」

しかし大蝦蟇のぬめりを帯びた腹は、リグルの蹴りをいとも簡単に弾き返す。
ぼん、という音とともに弾き飛ばされたリグルは、なんとか着地するも驚きを隠せない。

「うそ…蠱(まじこ)る☆リグルキックが効かない…!」
「ククク…わしに打撃攻撃は効かぬ」
「何ですって!?」

大蝦蟇は前足(もう手だよね。手でいいか?いいよね)で腹を叩く。
太鼓のような、ゴム鞠のような、そんな音が響いた。

「この弾力に飛んだ腹は全ての衝撃を吸収するのだ…いかに強い貴様の攻撃とて同じこと」
「ぐっ…」
「わしは今まであらゆる拳法をこの身体で殺してきたのだ~!」




魔理沙とチルノは、2人の戦いを離れた場所で見つめていた。
無論蝦蟇によって身体を拘束されたままだが。

「…ねえ、魔理沙」
「何だ?」
「あたい、思うんだけどね」

珍しく、思案顔のチルノが言った。

「もうあれ、魔法少女の戦い方じゃないよね」
「ん…まあな」
「大蝦蟇も完全に格闘漫画ノリだよね」
「具体的にいうと世紀末救世主伝説のノリだな」

魔理沙は少し呆れた様子でチルノの問いに答える。
その言葉に、2人を捕まえている蝦蟇もうんうんとうなずいている。

「…いいのかな?」
「んー、まあほら、あれだ」
「?」
「『外』法少女だから。魔法少女って名乗ってないところがミソ」
「…逃げ道?」

2人はリグルに視線を移す。
ああ…腰に巻かれたベルトが魔女っ子ルックと不釣合いだ…。
そんなことを思った。





「死ねぇ~い!」

大蝦蟇の太い腕がリグルを薙ぎ払う。
先ほども喰らった攻撃、しかし今はコスチュームが与えるパワーがある。
リグルはガードを固め、足を踏ん張る。

「耐える…っ!」

しかしその努力も空しく、リグルは大蝦蟇の腕力に吹き飛ばされる。
地面を何度も転がり、またも木に激突する。

「いたっ…」

ダメージは少ない。
コスチュームにかかった魔法には、リグルの肉体の耐久力を上げるものもある。
しかし痛いものは痛いのである。
リグルの瞳に涙が滲んだ。

「ふふふ、どうだ蛍の娘よ?所詮虫は蛙の餌食となる運命なのだ~!!」
「そんなことっ!」

なんとか立ち上がるが、思わず痛みに顔を歪める。
リグルは頭の中で現在の状況を整理。
大蝦蟇にはこちらの攻撃が効かず、さらにパワー負けしている。

(変身しても勝てないのか…っ!?)

絶対的に不利な状態。
とどめを刺そうと、大蝦蟇はゆっくり近づいてくる。




「リグル!カードを使うんだ!!」

魔理沙が叫んだ。

「カード…?」

リグルは疑問符を浮かべる。
カードならさっき灯符が破られたばかりではないか。
その他の自分のスペルカードも、相手が虫を捕食する蛙では分が悪い。

「そうだ!お前が集めたカード…みんなのカードの力を借りるんだ!」
「みんなの…」

そこでリグルは気づいた。
自分が助けてきた人妖たちのスペルカード。
それは今も、ポケットの中で眠っている。

「で、でも!他の誰かのカードなんて使えない…」
「バカヤロウ!そのための変身だろうが!」
「!」

リグルの脳裏に、あの始まりの日のことが甦る。



『このカードは、それだけでは効果を発揮しない』
『そうなの?』
『ああ。これだけだと他人のスペルカードと変わらないからな。そこでこれだ』

魔理沙は取り出した道具――変身ベルトのバックルを見せる。

『こいつで変身すると、コピーカードの力を自在に使えるようになるのさ』
『そうなの?』
『ああ。今はわからないが、変身コスチュームについてる剣をだな…』





(そうだ…剣…!)

変身したリグルのベルトには、一本の剣が装備されている。
腰の鞘から剣を引き抜くと、大蝦蟇に向けて構える。

「おお?剣か。しかし、そんなものはわが肉体に効かんぞ」

大蝦蟇は刃物を見ても全く動じない。
しかしリグル自身も、そのまま斬りつけるつもりはなかった。





『柄についてる溝にカードを通すとな、カードに込められた魔法や能力を引き出せる』
『?????』
『あー…まあとにかくカードを通しゃいい。それで必殺技が出るってこと』





(相手は打撃が通用しない大蝦蟇…効きそうなカードは…)

リグルは集めたカードの中から効果がありそうなものを選ぶ。
直接に大きな効果が期待できそうなものは…。

(あれ?)

見慣れないカードが混ざっていた。
そのスペルカードは「マスタースパーク」、魔理沙のカードだった。

(魔理沙…)

いつの間にか紛れ込んでいたそれを見て、リグルはあるアイデアが閃く。

(これとこれを合わせて…っ、これだ!)

リグルは近づいてくる大蝦蟇に視線を戻す。
瞬時に間合いをはかり、後方に跳んで距離をとる。

「どうした、降参か?」
「別に…ちょうどいい距離をとっただけよ!」

リグルは2枚のカードを取り出し、順番に剣の柄の溝に通していく。

『Slash』

一枚目は、白玉楼の庭師のものを複製した「人鬼『未来永劫斬』」。
カードの力を引き出す剣、「醒剣・蠱(まじこ)る☆ラウザー」から、カードの効果を教える声が響く。

『Thunder』

二枚目、魔理沙が知らぬうちに入れてくれていた「恋符『マスタースパーク』」。






「え!マスタースパークって雷属性だったの?」
「う~ん」

魔理沙自身、そんな属性があったとは知らなかったようだ。

「聞いたことがあるな。マスタースパークと電気の関係」
「何それ?」
「空気中の静電気にミニ八卦炉のパワーをぶつけることでプラズマスパイラルを…」
「あ、あたいそういう難しい話はちょっと…」
「気にするな、わたしもわからん」

ちなみにこの話は非公式なので、神主に「マスタースパークは変電所で完成したんですか?」とか聞かないように。






二枚のカードの力をミックスさせ、ラウザーが新たな技の名前を告げる。

『LIGHTNING SLASH』

拡大されたカードの映像が空中に浮かび、それがリグルの身体に吸い込まれる。
友に託されたカードの力を身体と刃に宿し、リグルは走り出した。

「行くよっ!」
「ふん、剣など効かぬと言っただろうがぁ!」

大蝦蟇はリグルの攻撃を正面から受け止めるべく、足を踏ん張る。

「喰らえっ!蠱(まじこ)る☆ライトニングスラッシュ!!」

飛び込んだ勢いもそのままに、リグルはラウザーの刃を大蝦蟇の腹に叩きつける。
大蝦蟇の柔らかく、ぬめった身体はほとんど切れることは無い。
しかし、その体質ゆえに、この技の影響をもろに受けることになった。

「ぬおおおおおおおお!?」

即ち、電撃。
マスタースパークのカードから引き出された「Thunder(雷)」の力による攻撃である。
ラウザーの刃から大蝦蟇の身体に直接叩き込まれた電撃は、大蝦蟇の体表の水分を伝わって全身に回った。

「はっ…作戦成功、避けないと思ったよ」

その結果、大蝦蟇は全身まんべんなく感電することになった。
自分の肉体に絶対の自信を持つ大蝦蟇の心理を見事についた作戦の勝利である。

「ぐぅっ…このわしが、こんな虫けらごときに…」

電撃に気づかずに攻撃を真正面から受けたことを悔やみながら、大蝦蟇は倒れた。
妖怪として数百年生きた強靭な肉体は死ぬことは無いだろうが、しばらくは動けないはずだ。

「族長(オサ)ー!!」
「族長(オサ)ー!!」

司令塔である大蝦蟇が倒れたことにより、蛙たちはパニックに陥る。
その隙に、魔理沙とチルノは自力で拘束を振りほどく。

「リグル!」
「魔理沙!チルノ!」

自由になった2人を確認し、リグルは笑顔を見せる。
3人の少女はようやく合流し、窮地を脱した安堵を味わった。

「よくやったな、お前のお陰で助かったぜ」
「うん!リグルありがとー!!」
「え…や、や、そんな、2人が色々応援してくれたからだよ!」

リグルは頬を染めて照れる。
そう、この勝利は自分だけのものじゃない。
魔理沙とチルノがいてくれたから、自分はあの強大な大蝦蟇に勝つことができたのだ。

「そうだよ…2人がいたから…ん?」
「どうした?」

そこでリグルの思考は、ある事実に至る。

「そうだよ!そもそも2人が大蝦蟇さんに喧嘩売ったから、こんなことになったんじゃない!」
「あー…あはは、まあ…」
「それはそれ、これはこれ、でしょ?」

笑って誤魔化す魔理沙と、開き直るチルノ。
リグルは今度は頬を膨らませる。

「もー!何だかんだでわたしが一番痛い目見てるし!」
「いやいやリグル、感謝してるぜ」
「そうだ、氷漬けの蛙あげるよ!」

その一言で、リグルの堪忍袋の緒が切れる。

「チ・ル・ノ~!!」
「は、はいっ!」
「もう蛙を凍らせていじめるのはやめなさ~い!!」
「えー!?」
「えーじゃない!今度こんなことになっても助けないからねっ!」

リグルは変身を解くのも忘れたまま、チルノを叱る。
いまいち反省の色が無いチルノの頭を、魔理沙が後ろから小突く。

「ほらほら、ここは素直に言うこと聞こうぜ」
「でもな~」
「むー、口で言ってわからないなら身体でわからせてやるー!!」
「うぎゃー!!」

蠱(まじこ)る☆リグルキックで空高く飛んでいくチルノ。
その様子を見ながら、魔理沙がやれやれと肩をすくめる。
それはいつも通りの、幻想郷の少女達の姿だった。





******





大蝦蟇の棲む沼。
今は少女達も去り、水面が夕日を映している。

「よぉ」

なんとか痺れが取れ、動けるようになった大蝦蟇に話しかける声が一つ。

「…貴様か」
「貴様じゃねえ。水嶋だよ。ミ・ズ・シ・マ」

大蝦蟇は水面に顔を出して、痺れが完全に引くのを待っていた。
その水面に現れたのは、ミズカマキリの水嶋君である。

「酷くやられたもんだな。そこらの水棲妖怪の元締めともあろうもんが」
「ふん、少し油断した程度のこと…それに」

大蝦蟇は遠くを見つめる様な目で言った。

「不思議と、悔しさの類は湧き上がって来ぬ…」
「…」
「あの蛍娘、帰り際に何と言ったと思う?」

風が吹いた。
水面がゆれ、夕日の輪郭が歪む。

「『ごめんなさい。お大事にね』だと…自分の友人をさらおうとした敵に対してな」
「ハハハ、姐さんらしい」
「おまけに、あの妖精に『もう蛙をいじめるな』などと釘を刺して行きおった…わけがわからんな」

蛙は虫にとって天敵でしかないのにな、と付け加える。

「…わかるからな」
「ぬ?」
「姐さんにはわかるんだよ、『虐げられた生物』の気持ちってやつが」

水嶋君の口調は、先ほどよりいくらか重いように聞こえた。
大蝦蟇はしばし沈黙し、そして、

「…フ、フフ、フハハハハハ!面白い、そいつは面白いな!」
「あー?」
「気に入ったぞ、あの蛍娘。なかなかどうして、できた奴ではないか」

言いながら、大蝦蟇は笑い続ける。
水嶋君はその様子を見て、小さく溜め息をついた。

「やれやれ、天敵まで惚れさせちまうたぁ、姐さんも罪な女だね」

気がつけば、沼に移る水面も暗くなりはじめている。
夜が降りてくる、その前兆であった。

「…さて、俺も行くかね」

水嶋君は羽根を広げ、空を見上げた。
その背に向かって、大蝦蟇が楽しげに声をかけた。

「おい、水嶋とやら」
「あー?」
「貴様、カマキリなどと名乗っておるが、実はカメムs」
「うるせー!!それを言うなー!!」





******






夜。
夜雀の屋台に、少女達の姿があった。

「ハハハ!やっぱりわたしのもずくが効いてたろ!」
「逆効果よ!ただトラウマ増やしただけ!」
「もずくって何よ?」

カウンターの席に腰掛けて酒を飲む、リグル、チルノ、魔理沙。
外見年齢的に(魔理沙は実年齢的にも)酒はまずくないかというツッコミはなしで。
何、ここは幻想郷ですからね。

「あーそれはだな…」
「言うなー!!」

そんな3人のやりとりに、ミスティアも参加する。

「でも、リグルが魔法少女になっちゃうなんてねー」
「ちっちっ、甘いぜ店主。『外法少女』だぜ」
「やめてよ恥ずかしい…」

既に何本もの酒瓶が開けられ、カウンターの上に転がっている。

「いいじゃん。これから幻想郷で一大ムーブメントになっちゃうかもだぜ?」
「何よそれー!!」
「そりゃお前、まずはアニメ化してだな…」
「アニメ化!?」
「あー!!じゃあわたし主題歌やるー!!」

こんなくだらない会話を肴に、騒がしい夜は更けていく。
春の幻想郷、いつも通りの朧月夜。





















その頃、紅い悪魔が住まう館、紅魔館。

「パチュリー様」
「何かしら?」
「…随分遅いですね、お客」

咲夜はパチュリーのカップに24杯目の紅茶を注ぎながら言った。

「今日はもう来ないかも」
「…お怒りにならないのですね」
「魔理沙だし」

諦観に似た表情で、紅茶をすする。

「そうですか…では、わたしはここで失礼いたします」
「何処へ?」
「もう夜ですわ。お嬢さまを起こしに」

咲夜は椅子から立ち上がり、扉の法へ向かう。
パチュリーはその背中に声をかける。

「待てコラ貴様(あ、咲夜、待って)」

また本音と建前が逆転してしまう。
パチェたんうっかり。

「ああ!?ンだよテメェ邪魔すんな(はい?)」

こちらも本音と建前が逆転。
さっきゅんうっかり。

「レミィの寝起き姿に発情して盛ってんじゃねーぞ!(あの子、寝起きが悪いから気をつけてね)」
「ハッ!ひがみか?悪いがこいつはメイド長特権でねぇ(うふふ、心得てますわ)」
「ギイィィィィィ!!(ふふふふふ)」
「キシャアァァ!!(ほほほほほ)」

だからお前ら、なんでそれで会話が成り立つんだよ。



外法少女蠱る☆りぐるん!

【次回予告】

魔理沙がリグルに与えた力!
それは何処から来たものなのか?

パチュリー「よろしくね、蛍さん」

敵か味方か、紫もやし!
そして現れる第2、第3の魔法少女!

?「そのベルトを返してもらうわ!」
?「そーなのかー」

リグルを襲う戦いの嵐!
そして裏切りの波!

魔理沙「裏切ったのか、パチュリー!」
パチュリー「全てはレミィのため」

やっぱり敵じゃん紫もやし!
暗躍する永遠亭!
1000年前の戦いとは一体何か?

てゐ「姫様、働いてよーっ!!!」

謎が謎を呼び、伏線が伏線を呼ぶ第1章!
果たして作者は全ての伏線を回収できるのか!?


『戦わなければ生き残れない!』


外法少女蠱る☆りぐるん 

この番組は、文々。新聞、夜雀の屋台の提供でお送りいたしました!

霊夢「わたしは人間を守るために戦う!…と思ったが気が変わった!皆殺しだぁ~ケヒヒヒヒ!」
ぐい井戸・御簾田
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コメント



0.3290簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
これはよいオンドゥルですねwwwwwwwwwwww
っていうかもずくがこんなにエロいとは思わなんだ
9.100アティラリ削除
>【ずっと友達】幽香と友達になるスレ【いない】
アリ友スレみたいなカオスなのだろうか。
頑張れリグル。幻想郷の未来は君にかかっている……多分。
13.100孔明削除
リグルに萌えた(;´д`)
14.100CODEX削除
悶死に値するよ…
え?どういう意味かって?
…萌ってことさ。
18.50変身D削除
もう何処から突っ込んで良いんだか判らないくらい噴き出しまくりました(w
お気に入りは咲夜さんとパチェの反転会話と巨大掲示板ですね。
次回も(あるの?)期待してます(礼
25.100名前が無い程度の能力削除
ネタが多すぎてマジで突っ込みどころがw
咲夜とパチェイイ!!
27.70偽皇帝削除
なんか危ないと思うのは自分だけ?面白かったからいいけど。
咲夜とパチュリーがすごいなぁこれ。
29.100黄昏削除
珍しい作品だ、ヒット?
31.90名前が無い程度の能力削除
ちょwwwトンベリ霊夢wwwwwww
次回も期待してまーす
33.100名前が無い程度の能力削除
あえて言おう

ワ ッ フ ル ワ ッ フ ル
36.100名前が無い程度の能力削除
劇場版公開はいつですか?
40.90削除
突っ込みどころが多いぜ…
41.100猫井削除
最初カ○゛ト○゛クターが出てきたかと思っちゃったYOw
それはさておきよいリグル。次はベルトの開発元(魔理沙邸?)壊滅だね!(違
44.30名前が無い程度の能力削除
…何かここまで来るとグダグダな感
48.無評価ここだけ流行性感冒削除
もずくってあれか。瀟洒じゃないヘタレさくやのアレ。
とりあえず。
いまさらながらリグルに目覚めた!
49.100ここだけ流行性感冒削除
だからなんで入れ忘れるんだいいかげんにしろ俺はぁ!
52.100名前が無い程度の能力削除
これはひど…

いいぞーもっとやれー
54.100削除
柔破斬じゃないのかー
あと大蝦蟇さんは「血は生命なり!」とか言っちゃうんですか?
57.100卯介削除
何故今ブレイド。だがそれがいい。
もずく酢解説の慧音先生に惚れました。
63.100削除
もしかしなくても
蠱る☆りぐるんスレの仮面ライダー状態から生まれましたか
しかし爆笑。
しかしワッフルワッフル。続 き を
65.90大根大蛇削除
リグル可愛いよ! 大蝦蟇と水嶋カッコイイよ!?
古の車田漫画から最新のGUN道まで、パロネタの数と種類が並じゃない上にそれが一々ツボにはまって大笑いww次回が楽しみです!
リグルは最終的にコーカサスの力を手に入れ、最強黄金の外法少女となるのでしょうか?……或いはおヒゲ。
71.90名前が無い程度の能力削除
 いつもながら氏のぶっとんだ話が大好きです。紅魔館の二人の会話もさることながら、結構格好良く書かれていた大蝦蟇に、大蝦蟇好きの私は大満足でした。
 次回に『大』期待しております。
72.70ハッピー削除
レミリア、来た人帰らず。で噴出した。
74.80名前が無い程度の能力削除
>もずく、アタック
散りばめられたスーパーヒーロータイムにワロタ
80.100名前が無い程度の能力削除
弓爪・掀迎・歟洶酋ー!