*続きです。前の方がまだな方は、先に前を読んでください。
妖夢は座り込んでいた。数々の怖い体験による心労に加え、今さっき全力前回の爆走をしたのだ。まさに妖夢は心身共に疲弊しきっている状態だった。
この妖夢の姿を見て、まだ肝試しを楽しみたいと思うほど幽々子は我が侭ではなかった。むしろ、妖夢には悪い事をしたとも思っていた。せいぜいちょっとしたお遊び程度で、少しくらい妖夢を怖がらせてやろうかなと軽く考えていただけなのに、妖夢をここまで憔悴させてしまったのだ。
だから幽々子も重い腰を上げ、もうそろそろこの場を離脱するべきだと思い始めていた。しかし、その離脱方法に問題があった。
上空に出て一気に飛んで帰る事が一番手っ取り早い。しかし、もしそんな姿を幻想郷の宣伝カー、射命丸 文にでも見つかったらどうなる事か。二倍にも三倍にも話を膨らませて不名誉な烙印を押されるに違いない。それだけは妖夢の名誉の為にも、幽々子自身のあって無い様な威厳(本人はあると思っている)の為にも避けたい事態である。
「そろそろ帰りましょうか、妖夢。」
精根尽き果てて今にも泣き出しそうだった妖夢にとってこの言葉は、まさに救いの言葉だった。ぱっと顔を上げた妖夢の目には別の意味の涙すら浮んでいた。
「ほ、本当ですか、幽々子様……!」
「ええ、そろそろ私も眠くなってきた事だし、帰りましょう。」
のろのろっと立ち上がる妖夢を促し、幽々子は魔法の森の端を目指して歩き出した。結局のところ上空が駄目なら森の中を行くしかなく、幽々子は自分の記憶を頼りに最短で抜け出せられる経路を辿った。
不安な表情でしがみ付いて来る妖夢の頭を撫でながら幽々子が緊張したような悦に入っているような謎の表情をしている時だった。前方で巨大な力を感じ、二人は歩みを止めた。
「な、何なんでしょうこの邪悪な気配は!?」
「さあ、でもこの力は危険なものよ。一体何が起きているのか?」
幽々子は何が起きているのかを確認する事を選んだ。このまま来た道を戻るのも良いが、何が起きているのかを確認してからの方が良いと判断したからだ。
幽々子が走る。それに続いて妖夢も走る。嫌な予感に導かれながら彼女達は走った。そして木々が開けた小さな広場のような場所に到達した。
「な、なななな、何やってるんですか、あの人達は!?」
「さ、さあ。でも唯のどこかの原住民の踊りには見えないわね。地面に描かれている陣にしろ、周りに転がっている怪しげな道具にしろ。」
そこで彼女達が目撃したものは、いかにも怪しげな魔法陣の上で、いかにも怪しげな祭器を持って、いかにも怪しげな身振りをして、いかにも怪しげな言葉を発している、いかにも病弱そうな体を持つパチュリー・ノーレッジと、その付き添いの小悪魔だった。
「どうしますか、幽々子様。なんか滅茶苦茶やばそうな雰囲気ですけど?」
「落ち着きなさい、妖夢。まだここは様子を見るべきよ。儀式の邪魔をして変に集中力を乱す事にでもなったら、それこそ大惨事になるかもしれないわ。」
二人は茂みに身を隠し、彼女達を見張った。そして、何を言っているのかを聞き取ろうと頑張ってみた。
我が名、パチュリー・ノーレッジの名の下に、なんじを召喚する。我が求めるなんじの名は、邪神……げふんげふん
「幽々子様、あの人達はなんか邪神を召喚しようとしていますよ!?神に喧嘩を売ろうとしていますよ!?幻想郷を滅ぼそうとしていますよ!?なんか失敗率が極めて高そうですよ!?」
「妖夢、落ち着いて。神様なんか貧乏神と死神くらしか信じていないけど、落ち着いて。いくら先が短そうな病弱魔女だからといって、幻想郷を滅ぼすような事をする訳無いでしょう。きっと彼女なりになにか考えがあるのよ。」
そこで二人は考えた。パチュリーが考えそうな事を。
肝試しの日が近づく→レミリアに参加するように強く求められたか、小悪魔に強くせがまれたか、魔理沙を巡って人形馬鹿と競い合う事になった→でも色々と面倒臭い→でも仕方が無いから消極的に肝試しの事について調べる→とりあえず皆を脅かせれば良いという簡単な事だけ分かる→スバット簡単に消極的に皆を盛大に脅かすような方法がないか調べる→邪神の召喚を思いつく
「ありえる……パチュリーさんならありえる……」
「あの腐れ短絡思考魔女!もうちょっと深く考えんかい!」
流石の幽々子もこれには怒りを覚えた。消極的に幻想郷を滅ぼされては堪ったものではない。
「幽々子様、どうします?今からでも止めに入りますか?」
「そうね、これは幻想郷の未来を救う聖戦よ!」
二人が茂みから勢い良く出て、パチュリーたちの元へと止めに行こうとした時だった。魔方陣が煌びやかに光だしたのだ。
「しまった、遅かった!?」
「で、でも幽々子様。なんかあの人達が慌てふためいていますよ!?」
妖夢の言う通り、パチュリーと小悪魔は非常に慌てていた。もし成功したのならあのような行動は取らないだろう。ならば慌てふためいているということは、
「召喚の儀式まで消極的にやりすぎて、失敗したのね。それか呪文が喘息で上手に唱えられなかったか。」
「でも、なんか非常にやばそうな感じですよ!?」
「儀式が失敗して、暴走しているのね。ここから逃げるわよ、妖夢!!」
踵を返し、一目散にこの場から離脱を図る幽々子と妖夢。後ろから悲鳴が聞こえようとも、謎の爆音が聞こえようとも、一度も足を止める事無く一心不乱に駆け続けた。
この後の肝試し大会から召喚の儀式が堅く禁じられた事は言うまでもない。
妖夢が疲弊しきって歩いている姿は同情を禁じえないものだった。様々な容赦の無い仕打ちに合い、馬鹿騒ぎにも巻き込まれ、更には幽々子と逸れてしまったのだ。妖夢の心情としては座り込んで思いっきり泣きたいところであった。
しかし、ここはまだ危険な場所である。何時誰が何処から自分を泣かしに来るか分かったものではない。それに逸れてしまった幽々子と合流をしなくてはいけなく、座り込んでいる暇は無情にも妖夢には無かった。
消耗しきった体に鞭を打ち、萎えて挫けそうになる心を叱咤しながらヨボヨボと歩いているときだった。妖夢の前に兎が現れた。
「貴方は確か、永遠亭の……」
確かに妖夢の前方に見えるのは兎だった。人の形をしているが、あの垂れた耳といい、手に持っている人参といい、人を騙しそうな顔といい、まさに兎であった。
しかし、妖夢が話しかけようとすると兎はついて来いと言わんばかりに手招きをして、森の奥へと消えていった。
妖夢は一瞬迷った。この明らかな誘いに乗るべきか乗らないべきか。だが、他に当ての無い妖夢は誘いに乗ることにした。殆どヤケクソではあったが。
先を行く兎の姿を見失わないように妖夢は走った。あの兎は人に幸運をもたらすという話を信じて、ひたすら走り続けた。走り続けることで、不安に押し潰されそうになっている自分の心を保とうとした。
しかし、走り続けてどれだけ経った頃だろうか。真っ直ぐに走っているはずなのに、真っ直ぐに走れないという得体の知れない感覚に襲われたのだ。そして見る見るうちに兎と距離が離れていき、完全に見失った。
「ど、どこに行ったの……」
一人平衡感覚が狂う世界に取り残された妖夢は、答える者はいないと知りつつも声を口に出してしまった。だが、予想外な事に返事は何処からともなく帰ってきた。
こっちだよ
妖夢は声がすると思わしい方向へと歩みだした。
こっちへおいで
平衡感覚は相変らず狂っており、妖夢はどこをどう歩いているのかサッパリ分からなかった。
そっちじゃないよ、こっちだよ
視界がグニャグニャに曲がり、いつぞや体験した事がある気持ち悪さに襲われて、頭はもうまともに働いていなかった。それでも妖夢は声に導かれて歩き続けた。
こっちこっち そっちは駄目だよ こっちだってば そうそうそのまま こっちだつってんだろうワレ 早くこっちへおいで こっちだよ こっちこっち こっちへおいで
狂気に歪む視界を受けて、まともな思考ができない。それでも妖夢は取り憑かれたように誘われるがまま歩き続けた。そして、立ち止まった。
声が聞こえなくなったのだ。妖夢ただ一人だけが、この狂気に歪む世界に取り残された。
「どこ、どこなの……?」
必死に妖夢は辺りを見回した。しかし、兎の少女を見つけることはできず、今来た道すら思い出すことができでなかった。
クスクス
パニクル妖夢の耳に、笑い声が聞こえた。
クスクス クスクス
その笑い声は妖夢をここまで導いた声だった。
「どうして笑うの……?何故姿を見せてくれないの……?」
しかし、妖夢の問いかけには笑い声しか帰ってこなかった。
クスクス クスクス クスクス
妖夢の心は笑い声と共に、言い表し様の無い不安に駆られた。背筋が徐々にゾッとして来る、そんな感じであった。
クスクス 馬鹿な半霊が引っかかった クスクス クスクス
ここに迷い込んだらもうお終い 貴方は二度と出られない クスクス クスクス
妖夢は何か言い返そうとして口を開いたが、喉から上手く言葉がでない
クスクス 哀れな半霊
クスクス 可哀想な半霊
貴方はここで 朽ち果てる運命
回る視界、死を宣告する言葉。ここが危険な場所だと頭では分かっているのに、妖夢の体はまるで金縛りに掛かった様に動かなかった。
クスクス どうやって貴方を食べようかしら
クスクス どうやって貴方を料理しようかしら
クスクス どうやって貴方を 殺そうかしら
早く逃げなければ。頭ではそう何度でも警鐘を鳴らしているというのに、妖夢の体は微動だにしない。ただ全身が痙攣しているように震えているだけだった。
クスクス そうだ
クスクス クスクス こうやって
クスクス クスクス クスクス 貴方を
動け、動け、動け。あの声が言い終える前に動け。そう念じ続ける妖夢だが、硬直した体はまるで動こうとしない。蛇に睨まれた蛙というのはこの事だろうか。
食べちゃおう
死刑宣告。あれだけ渦巻いていた妖夢の思考が、停止した。
クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス
歯はカチカチなり、膝はガクガク震えていた。呼吸は荒く、それでいて何も考えられなかった。
クスクス クスクス クスクス クスクス
クスクス クスクス クスクス
クスクス クスクス
笑い声が途切れた。後ろから肩に重さを感じ、妖夢は震える身を更に堅くした。
「ぶぁー!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
色んなゲージがMAXを超え、魔理沙や文も真っ青な速さで妖夢は駆け抜けて行った。
「へっへん、一丁上がり♪」
「やったね、てゐ。」
後に残されたのは妖夢の肩を叩いて驚かせた因幡 てゐと、森の中から出てきた鈴仙・優曇華院・イナバであった。
「それにしても凄かったね、妖夢の逃げっぷりは。あれが本当の脱兎のごとくってやつなのかな?」
「ふふん、このてゐ様にかかればちょろいものよ。この調子でガンガン脅かしてやるわ。」
得意げに踏ん反り返るてゐと、妖夢の逃げていった方向を眺める鈴仙。今回の仕業はこの二人の仕事によるものだった。
てゐが獲物を誘い、鈴仙が狂わし、てゐが相手を混乱させて止めを刺す。能力を上手に使った手ごわい仕掛けだった。
「うん?どうやらまたお客さんのようよ。てゐ、頑張ってね。」
「はいはーい。休む暇もないのね。」
「ぶつくさ言わない。狩れる時に狩っておくのよ。」
ぶーぶー文句を言いながらも、獲物を前にした鷹のような表情で次の目標へとてゐは向かっていった。
妖夢は何処をどう走ってきたか、もはや覚えていなかった。ただ体が動き続けられるまで走っていた。
呼吸が荒い。心臓が今にも爆発しそうだ。手足が千切れそうだ。でも逃げなくては。そう恐怖に煽がれるままに妖夢は走り続けた。
そして遂に止まった。足が縺れる様にして転び、顔面から派手に地面にダイブしたのだ。あまりの激痛に、ようやく妖夢は正気を取り戻した。
限界を超えて走り続けたせいか、体が満足に動かなかった。それでも妖夢は上半身を起こし、周囲を見回した。
木、枝、空を覆いつくす葉っぱ。そこまでは他と何ら変わらない光景だった。しかし、この場には他と違う光景が混じっていた。
藁人形と五寸釘。その余りにも異質な存在は妖夢を震え上がらせるのに十分だった。そして事態の異常さに気がついた妖夢の耳に、音が聞こえてきた。
スコーン スコーン
それは金属質の音で、たまに耳にする音だった。
スコーン スコーン
そう、まるで、五寸釘を打っているような音だ。
スコーン スコーン
誰が、何の為に。そこまで妖夢が分かる訳が無いが、とりあえずここが危険な場所だという事が妖夢には分かった。
スコーン スコーン
妖夢は音がする方を向いてみた。
スコーン スコーン
頭に蝋燭を巻きつけた、釘と木槌を持った、鬼のような形相をした巫女が、藁人形を打ち付けていた。
「うふ、うふふふふふふ。さあ、悔いなさい。懺悔しなさい。」
妖夢は巫女に注意を払いつつ、近くに打ち付けられている藁人形を見た。
「神社にお賽銭を入れなかったことを、その身をもって後悔しなさい!!」
八雲 紫 ×××日、十六夜 咲夜 ×××日、霧雨 魔理沙 ×××××日
そう藁人形には大きく文字が書かれていた。
「ねえ、どう思う?苦しくて、ひもじくて、今にも死にそうだった時にお賽銭箱を開けてみると、一銭も入っていないのよ?」
スコーン スコーン
Ex巫女が誰かと話しかけているようなので、妖夢は視線を少しずらしてみた。そして、木に縛り付けられている魔理沙の姿を確認した。
「泣いたわ。笑ったわ。もう死ぬしかないんだって思ったわ。でもね、あまりにも悔しかったから、死ねなかったわ。」
スコーン スコーン
妖夢は気がついた。Ex巫女が藁人形を打ち付けている場所が、縛り付けられている魔理沙の顔のすぐ横だという事に。
「人間ね、死んで堪るかって思うと意外と死ねないものね。お陰でこうやって皆にお礼ができるんですもの、感謝しなくっちゃいけないわね。」
スコーン スコーン
瞳孔が開き、口から泡を吹いて自身喪失をしている魔理沙を見て、妖夢は何故顔の近くに打ち付けるのかが分かった。
あれは心を打っているのだ。顔や首のすぐ近くで大量の藁人形を打ち付けることで、人の心に釘を打ち込んでいるのだ。この何とも歪な雰囲気、鬼が宿ったとしか言いようの無い巫女、処刑場とも思えるような大量の藁人形が打ち付けられているこの場所がそれを可能にしている。
「ふふふ、うふふふふふふ」
スコーン スコーン
そして妖夢は見た。一つの藁人形を。魂魄 妖夢の名前が書かれた藁人形を。
スコーン スコーン
逃げなくては。この場から可及的速やかに逃げなくては。ここは鬼が住まう所、ただの人や半霊が来ていい場所ではない。
スコーン スコーン
しかし、妖夢の体は思考に反してまともに動かなかった。それもそのはず、先ほど限界を超えて走り続けたのだ。もう動くだけの力が残っているはずが無かった。
スコーン スコーン
それでも妖夢は手や足を動かし続けた。例え這ってでもこの場から離れたかったのだ。否、離れなければならなかった。ここに居れば殺される。その恐怖心が妖夢を突き動かさせた。
スコーン スコーン
だが、気が急くばかりに注意が怠った。丁度手を伸ばした所に、木の枝が落ちていた。
バキ
無情にもよく響く音で割れる枝。この凍りつくような一瞬の後、妖夢は自分のしでかした致命的で取り返しのつかないミスに気がついた。
「あら、妖夢じゃない。そんなところで何をしているの?」
Ex巫女が妖夢の存在に気がつき、妖夢の方へとやってきた。それを見て手足をじたばたさせて何とかEx巫女から逃れようとする妖夢だが、思うように体が動かず、いとも簡単に襟首を捕まれた。
「見ていたのね、それなら話が早いわ。」
「あ、ああ、あああ……」
ズルズルと身近な木に運ばれ、妖夢は木に押付けられた。
スコーン
何とか逃げ出そうと暴れる妖夢に、藁人形が打ち込まれた。五寸釘は妖夢の顔のすぐ横に音を立てて食い込んだが、妖夢にとっては心の中で顔に打ち込まれたのと同じだった。
「ああ、ああああああ……」
「そうね、確か妖夢は×××日間お賽銭を入れていないわね。」
新たな藁人形と釘を用意し、わざと妖夢に見えるように見せる。そして、
急に森の中がまばゆい光が辺りを包み、Ex巫女が目を押さえてもだえ苦しんでいた。
「あああ、目が、目が……!!」
それは太陽の光であった。日が昇り、鬱蒼と生い茂った木々の間からまばゆいばかりの光を降り注いでた。余りに木々が過密状態なので、今まで太陽が昇るまで日の出に気がつかなかったのだ。
今が最初で最後のチャンス。闇に慣れきった目に太陽の光は厳しかったのだろう。Ex巫女が目を押さえて苦しんでいる間に妖夢は必死になって脱出を図った。相変らず体はろくに動かなかったが、それでも手足を力の限り動かし続けた。そして、
「何処、何処へ行ったの!!」
暴風のように辺りに藁人形が滅多打ちされる音を背に、妖夢は己の全てをかけて走り続けた。
妖夢が目を覚ますと、目の前に幽々子の顔があった。
「う、うう、幽々子様……」
「ああ妖夢、気がついたのね。」
妖夢は自分が膝枕をされている状態に気がつき、何とか身を下ろそうとした。しかし、体を動かそうとする前に幽々子に頭を優しく抱かれた。
「幽々子様……?」
「御免なさい、妖夢。私が貴方と逸れたばかりに、貴方をこんな目に合わせてしまって。いえ、私が貴方を連れて肝試しなんかに参加した事そのものが間違いだったわ。本当に御免なさい。」
幽々子に優しく抱かれている妖夢は、自分が意識を失っていた事に気がついた。
「幽々子様、私は寝ていたのですか?」
「そうよ、妖夢。貴方は力尽きて倒れていたの。可哀想に、よっぽど怖い者に追われたのね。」
幽々子が優しく妖夢の頭を撫でた。優しく、何度も何度も。
「肝試しは……終わったんですか?」
「ええ、終わったわ。元々お日様が昇るまでのイベントだったから。」
妖夢は再び目が重くなってきたのを感じた。幽々子にこうやって抱かれて、頭を撫でられる事が無性に心地よいと感じたからだ。
「さあ、もう一眠りしなさい。そして起きたら御飯にしましょう。」
幽々子に促され、妖夢は眠る為に目を閉じた。
「さあ、お休み。」
温かい気持ちに包まれて、妖夢は再び眠りに落ちた。
~射命丸 文の肝試し体験レポート~
橙&チルノ:
お遊戯レベルです。流石はお子様達といったところですか。でも非常に癒されます。ある意味危険な組み合わせなのかも。
危険度(怖さ加減):☆☆☆☆☆ (でもある意味★★★★★なのかも)
撃墜数(泣いた人の数):☆☆☆☆☆
小野塚 小町:
意味不明です。鎌を持って暴れるのは止めてください。聞いた話によると、よく三途の川を渡りに来る某知識人に知恵を拝借した結果がアレだとか。まあ、某知識人が肝試しの事をよく分かっていなかったんですけどね。いい笑い者です。ご愁傷様。
危険度:★★★☆☆
撃墜数:★☆☆☆☆ (子供以外泣いていない)
森近 霖之助&アリス・マーガトロイド:
新手の嫌がらせです。あんな風に一誠に人形が笑い出したら、誰だって泣きます。むしろ暗闇の中で店主に危険を感じました。それにしても、香霖さんに大切な人形を貸すだなんて、一体アリスさんに何があったんでしょうね?
危険度:★★★★★
撃墜数:★★★★☆ (人形に耐性があるのが数人、そもそも人形な奴が一名)
レミリア・スカーレット&十六夜 咲夜&紅 美鈴:
卑怯です。能力の乱用です。マジ泣きそうになりました。訴えていいですか?ああ、駄目ですか、そうですか。
危険度:★★★★★★
撃墜数:★★★★★★
ルーミア:
誰ですか、彼女にいらん知識を植え付けたのは。お陰で泣きそうになったじゃないですか。正直に名乗り出なさい。今なら五割増しで済ませますから。
危険度:★★★★★★★★★
撃墜数:★★★★★★★★★★
パチュリー・ノーレッジ&小悪魔:
馬鹿です。正真正銘の馬鹿です。色々と勘違いも甚だしいです。あの後悪い子認定を受けて、ナマハゲさんにこってり絞られたそうです。でもそれだけじゃ不安なのでナマハゲさんの上司カモーン。
危険度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ (世界の危機だ。来たれ勇者よ!)
撃墜数:☆☆☆☆☆
鈴仙・優曇華院・イナバ&因幡 てゐ:
生意気です。兎の分際でこの私を泣かすとは、生意気です。どこの王宮戦士と井戸の底ですか。彼女達も能力乱用で卑怯です。裁判長、訴えていいですか?やっぱり駄目ですか、そうですか。
危険度:★★★★★★
撃墜数:★★★★★★
博麗 霊夢:
隊長、無理です。Ex化しているので、とても危険です。いや、マジ危険です。十回泣いても足りないくらい危険です。肝試しを利用して、ちゃっかし日頃の恨みを晴らしています。あれから毎日お賽銭を納めに行っています。でも、一人だけこの魔人から逃げ延びた強者がいるみたいです。
危険度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
撃墜数:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
霧雨 魔理沙:
様々なところで色々と肝試しを堪能していたようですけど、Ex巫女に捕まって殉職。あれから三日間は言動や態度がおかしかったです。
ルナサ・プリズムリバー&メルラン・プリズムリバー&リリカ・プリズムリバー:
闇に紛れて背筋が凍りつくような音楽を流そうと画策したも、所詮は騒霊三姉妹。騒音を奏でて雰囲気ぶち壊し。
危険度:☆☆☆☆☆
撃墜数:☆☆☆☆☆
八雲 藍:
例のアレは皆の恐怖。ふと振り向くとこの式が立っているんですから、危険もなんも。でも、閻魔様にお説教されてあえなく退場。
危険度:★★★★☆
撃墜数:★★☆☆☆ (いや、今更出し)
リグル・ナイトバグ:
殉職。Ex巫女の第一犠牲者。
ミスティア・ローレライ:
屋体経営があったので参加せず。でも、疲れ切った体と心には貴方の歌と串揚げが染み込みました。え、なんですかそのツケの請求書っぽいものは。やだな、そんな背筋が凍りつくようなもの見せないでくださいよ……
上白沢 慧音&藤原 妹紅
何かをしようとしていたらしいけど、いきなり天敵と出会って場外乱闘突入。迷惑だからあっちでやれ。
八意 永琳&蓬莱山 輝夜
月の肝試しの恐ろしさを見せてやると公言していたくせに、天敵と場外乱闘突入。どうでもいいけど、月の肝試しというのが少し気になるところです。
メディスン・メランコリー:
いきなり毒を流すのは止めれ
危険度:★★★★☆
撃墜数:☆☆☆☆☆
四季映姫・ヤマザナドゥ:
みんなのアイドル。誰もが一度は脅かそうと画策した。お陰で私もいい写真を取れました。皆、ありがとう!
八雲 紫&風見 幽香
最凶最悪のコンビ。深弾幕スパークなんて名前をつけちゃって、人類抹殺を図っています。肝試しを勘違いするのも甚だしいです。深弾幕結界で相手を閉じ込めておいて、もう片方が止めを刺します。普通に死ねます。阿鼻叫喚もいいところです。ああ、生きているって素晴らしい。っていうか、何で私生きているんだろう?
危険度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
撃墜数:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
妖夢は座り込んでいた。数々の怖い体験による心労に加え、今さっき全力前回の爆走をしたのだ。まさに妖夢は心身共に疲弊しきっている状態だった。
この妖夢の姿を見て、まだ肝試しを楽しみたいと思うほど幽々子は我が侭ではなかった。むしろ、妖夢には悪い事をしたとも思っていた。せいぜいちょっとしたお遊び程度で、少しくらい妖夢を怖がらせてやろうかなと軽く考えていただけなのに、妖夢をここまで憔悴させてしまったのだ。
だから幽々子も重い腰を上げ、もうそろそろこの場を離脱するべきだと思い始めていた。しかし、その離脱方法に問題があった。
上空に出て一気に飛んで帰る事が一番手っ取り早い。しかし、もしそんな姿を幻想郷の宣伝カー、射命丸 文にでも見つかったらどうなる事か。二倍にも三倍にも話を膨らませて不名誉な烙印を押されるに違いない。それだけは妖夢の名誉の為にも、幽々子自身のあって無い様な威厳(本人はあると思っている)の為にも避けたい事態である。
「そろそろ帰りましょうか、妖夢。」
精根尽き果てて今にも泣き出しそうだった妖夢にとってこの言葉は、まさに救いの言葉だった。ぱっと顔を上げた妖夢の目には別の意味の涙すら浮んでいた。
「ほ、本当ですか、幽々子様……!」
「ええ、そろそろ私も眠くなってきた事だし、帰りましょう。」
のろのろっと立ち上がる妖夢を促し、幽々子は魔法の森の端を目指して歩き出した。結局のところ上空が駄目なら森の中を行くしかなく、幽々子は自分の記憶を頼りに最短で抜け出せられる経路を辿った。
不安な表情でしがみ付いて来る妖夢の頭を撫でながら幽々子が緊張したような悦に入っているような謎の表情をしている時だった。前方で巨大な力を感じ、二人は歩みを止めた。
「な、何なんでしょうこの邪悪な気配は!?」
「さあ、でもこの力は危険なものよ。一体何が起きているのか?」
幽々子は何が起きているのかを確認する事を選んだ。このまま来た道を戻るのも良いが、何が起きているのかを確認してからの方が良いと判断したからだ。
幽々子が走る。それに続いて妖夢も走る。嫌な予感に導かれながら彼女達は走った。そして木々が開けた小さな広場のような場所に到達した。
「な、なななな、何やってるんですか、あの人達は!?」
「さ、さあ。でも唯のどこかの原住民の踊りには見えないわね。地面に描かれている陣にしろ、周りに転がっている怪しげな道具にしろ。」
そこで彼女達が目撃したものは、いかにも怪しげな魔法陣の上で、いかにも怪しげな祭器を持って、いかにも怪しげな身振りをして、いかにも怪しげな言葉を発している、いかにも病弱そうな体を持つパチュリー・ノーレッジと、その付き添いの小悪魔だった。
「どうしますか、幽々子様。なんか滅茶苦茶やばそうな雰囲気ですけど?」
「落ち着きなさい、妖夢。まだここは様子を見るべきよ。儀式の邪魔をして変に集中力を乱す事にでもなったら、それこそ大惨事になるかもしれないわ。」
二人は茂みに身を隠し、彼女達を見張った。そして、何を言っているのかを聞き取ろうと頑張ってみた。
我が名、パチュリー・ノーレッジの名の下に、なんじを召喚する。我が求めるなんじの名は、邪神……げふんげふん
「幽々子様、あの人達はなんか邪神を召喚しようとしていますよ!?神に喧嘩を売ろうとしていますよ!?幻想郷を滅ぼそうとしていますよ!?なんか失敗率が極めて高そうですよ!?」
「妖夢、落ち着いて。神様なんか貧乏神と死神くらしか信じていないけど、落ち着いて。いくら先が短そうな病弱魔女だからといって、幻想郷を滅ぼすような事をする訳無いでしょう。きっと彼女なりになにか考えがあるのよ。」
そこで二人は考えた。パチュリーが考えそうな事を。
肝試しの日が近づく→レミリアに参加するように強く求められたか、小悪魔に強くせがまれたか、魔理沙を巡って人形馬鹿と競い合う事になった→でも色々と面倒臭い→でも仕方が無いから消極的に肝試しの事について調べる→とりあえず皆を脅かせれば良いという簡単な事だけ分かる→スバット簡単に消極的に皆を盛大に脅かすような方法がないか調べる→邪神の召喚を思いつく
「ありえる……パチュリーさんならありえる……」
「あの腐れ短絡思考魔女!もうちょっと深く考えんかい!」
流石の幽々子もこれには怒りを覚えた。消極的に幻想郷を滅ぼされては堪ったものではない。
「幽々子様、どうします?今からでも止めに入りますか?」
「そうね、これは幻想郷の未来を救う聖戦よ!」
二人が茂みから勢い良く出て、パチュリーたちの元へと止めに行こうとした時だった。魔方陣が煌びやかに光だしたのだ。
「しまった、遅かった!?」
「で、でも幽々子様。なんかあの人達が慌てふためいていますよ!?」
妖夢の言う通り、パチュリーと小悪魔は非常に慌てていた。もし成功したのならあのような行動は取らないだろう。ならば慌てふためいているということは、
「召喚の儀式まで消極的にやりすぎて、失敗したのね。それか呪文が喘息で上手に唱えられなかったか。」
「でも、なんか非常にやばそうな感じですよ!?」
「儀式が失敗して、暴走しているのね。ここから逃げるわよ、妖夢!!」
踵を返し、一目散にこの場から離脱を図る幽々子と妖夢。後ろから悲鳴が聞こえようとも、謎の爆音が聞こえようとも、一度も足を止める事無く一心不乱に駆け続けた。
この後の肝試し大会から召喚の儀式が堅く禁じられた事は言うまでもない。
妖夢が疲弊しきって歩いている姿は同情を禁じえないものだった。様々な容赦の無い仕打ちに合い、馬鹿騒ぎにも巻き込まれ、更には幽々子と逸れてしまったのだ。妖夢の心情としては座り込んで思いっきり泣きたいところであった。
しかし、ここはまだ危険な場所である。何時誰が何処から自分を泣かしに来るか分かったものではない。それに逸れてしまった幽々子と合流をしなくてはいけなく、座り込んでいる暇は無情にも妖夢には無かった。
消耗しきった体に鞭を打ち、萎えて挫けそうになる心を叱咤しながらヨボヨボと歩いているときだった。妖夢の前に兎が現れた。
「貴方は確か、永遠亭の……」
確かに妖夢の前方に見えるのは兎だった。人の形をしているが、あの垂れた耳といい、手に持っている人参といい、人を騙しそうな顔といい、まさに兎であった。
しかし、妖夢が話しかけようとすると兎はついて来いと言わんばかりに手招きをして、森の奥へと消えていった。
妖夢は一瞬迷った。この明らかな誘いに乗るべきか乗らないべきか。だが、他に当ての無い妖夢は誘いに乗ることにした。殆どヤケクソではあったが。
先を行く兎の姿を見失わないように妖夢は走った。あの兎は人に幸運をもたらすという話を信じて、ひたすら走り続けた。走り続けることで、不安に押し潰されそうになっている自分の心を保とうとした。
しかし、走り続けてどれだけ経った頃だろうか。真っ直ぐに走っているはずなのに、真っ直ぐに走れないという得体の知れない感覚に襲われたのだ。そして見る見るうちに兎と距離が離れていき、完全に見失った。
「ど、どこに行ったの……」
一人平衡感覚が狂う世界に取り残された妖夢は、答える者はいないと知りつつも声を口に出してしまった。だが、予想外な事に返事は何処からともなく帰ってきた。
こっちだよ
妖夢は声がすると思わしい方向へと歩みだした。
こっちへおいで
平衡感覚は相変らず狂っており、妖夢はどこをどう歩いているのかサッパリ分からなかった。
そっちじゃないよ、こっちだよ
視界がグニャグニャに曲がり、いつぞや体験した事がある気持ち悪さに襲われて、頭はもうまともに働いていなかった。それでも妖夢は声に導かれて歩き続けた。
こっちこっち そっちは駄目だよ こっちだってば そうそうそのまま こっちだつってんだろうワレ 早くこっちへおいで こっちだよ こっちこっち こっちへおいで
狂気に歪む視界を受けて、まともな思考ができない。それでも妖夢は取り憑かれたように誘われるがまま歩き続けた。そして、立ち止まった。
声が聞こえなくなったのだ。妖夢ただ一人だけが、この狂気に歪む世界に取り残された。
「どこ、どこなの……?」
必死に妖夢は辺りを見回した。しかし、兎の少女を見つけることはできず、今来た道すら思い出すことができでなかった。
クスクス
パニクル妖夢の耳に、笑い声が聞こえた。
クスクス クスクス
その笑い声は妖夢をここまで導いた声だった。
「どうして笑うの……?何故姿を見せてくれないの……?」
しかし、妖夢の問いかけには笑い声しか帰ってこなかった。
クスクス クスクス クスクス
妖夢の心は笑い声と共に、言い表し様の無い不安に駆られた。背筋が徐々にゾッとして来る、そんな感じであった。
クスクス 馬鹿な半霊が引っかかった クスクス クスクス
ここに迷い込んだらもうお終い 貴方は二度と出られない クスクス クスクス
妖夢は何か言い返そうとして口を開いたが、喉から上手く言葉がでない
クスクス 哀れな半霊
クスクス 可哀想な半霊
貴方はここで 朽ち果てる運命
回る視界、死を宣告する言葉。ここが危険な場所だと頭では分かっているのに、妖夢の体はまるで金縛りに掛かった様に動かなかった。
クスクス どうやって貴方を食べようかしら
クスクス どうやって貴方を料理しようかしら
クスクス どうやって貴方を 殺そうかしら
早く逃げなければ。頭ではそう何度でも警鐘を鳴らしているというのに、妖夢の体は微動だにしない。ただ全身が痙攣しているように震えているだけだった。
クスクス そうだ
クスクス クスクス こうやって
クスクス クスクス クスクス 貴方を
動け、動け、動け。あの声が言い終える前に動け。そう念じ続ける妖夢だが、硬直した体はまるで動こうとしない。蛇に睨まれた蛙というのはこの事だろうか。
食べちゃおう
死刑宣告。あれだけ渦巻いていた妖夢の思考が、停止した。
クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス クスクス
歯はカチカチなり、膝はガクガク震えていた。呼吸は荒く、それでいて何も考えられなかった。
クスクス クスクス クスクス クスクス
クスクス クスクス クスクス
クスクス クスクス
笑い声が途切れた。後ろから肩に重さを感じ、妖夢は震える身を更に堅くした。
「ぶぁー!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
色んなゲージがMAXを超え、魔理沙や文も真っ青な速さで妖夢は駆け抜けて行った。
「へっへん、一丁上がり♪」
「やったね、てゐ。」
後に残されたのは妖夢の肩を叩いて驚かせた因幡 てゐと、森の中から出てきた鈴仙・優曇華院・イナバであった。
「それにしても凄かったね、妖夢の逃げっぷりは。あれが本当の脱兎のごとくってやつなのかな?」
「ふふん、このてゐ様にかかればちょろいものよ。この調子でガンガン脅かしてやるわ。」
得意げに踏ん反り返るてゐと、妖夢の逃げていった方向を眺める鈴仙。今回の仕業はこの二人の仕事によるものだった。
てゐが獲物を誘い、鈴仙が狂わし、てゐが相手を混乱させて止めを刺す。能力を上手に使った手ごわい仕掛けだった。
「うん?どうやらまたお客さんのようよ。てゐ、頑張ってね。」
「はいはーい。休む暇もないのね。」
「ぶつくさ言わない。狩れる時に狩っておくのよ。」
ぶーぶー文句を言いながらも、獲物を前にした鷹のような表情で次の目標へとてゐは向かっていった。
妖夢は何処をどう走ってきたか、もはや覚えていなかった。ただ体が動き続けられるまで走っていた。
呼吸が荒い。心臓が今にも爆発しそうだ。手足が千切れそうだ。でも逃げなくては。そう恐怖に煽がれるままに妖夢は走り続けた。
そして遂に止まった。足が縺れる様にして転び、顔面から派手に地面にダイブしたのだ。あまりの激痛に、ようやく妖夢は正気を取り戻した。
限界を超えて走り続けたせいか、体が満足に動かなかった。それでも妖夢は上半身を起こし、周囲を見回した。
木、枝、空を覆いつくす葉っぱ。そこまでは他と何ら変わらない光景だった。しかし、この場には他と違う光景が混じっていた。
藁人形と五寸釘。その余りにも異質な存在は妖夢を震え上がらせるのに十分だった。そして事態の異常さに気がついた妖夢の耳に、音が聞こえてきた。
スコーン スコーン
それは金属質の音で、たまに耳にする音だった。
スコーン スコーン
そう、まるで、五寸釘を打っているような音だ。
スコーン スコーン
誰が、何の為に。そこまで妖夢が分かる訳が無いが、とりあえずここが危険な場所だという事が妖夢には分かった。
スコーン スコーン
妖夢は音がする方を向いてみた。
スコーン スコーン
頭に蝋燭を巻きつけた、釘と木槌を持った、鬼のような形相をした巫女が、藁人形を打ち付けていた。
「うふ、うふふふふふふ。さあ、悔いなさい。懺悔しなさい。」
妖夢は巫女に注意を払いつつ、近くに打ち付けられている藁人形を見た。
「神社にお賽銭を入れなかったことを、その身をもって後悔しなさい!!」
八雲 紫 ×××日、十六夜 咲夜 ×××日、霧雨 魔理沙 ×××××日
そう藁人形には大きく文字が書かれていた。
「ねえ、どう思う?苦しくて、ひもじくて、今にも死にそうだった時にお賽銭箱を開けてみると、一銭も入っていないのよ?」
スコーン スコーン
Ex巫女が誰かと話しかけているようなので、妖夢は視線を少しずらしてみた。そして、木に縛り付けられている魔理沙の姿を確認した。
「泣いたわ。笑ったわ。もう死ぬしかないんだって思ったわ。でもね、あまりにも悔しかったから、死ねなかったわ。」
スコーン スコーン
妖夢は気がついた。Ex巫女が藁人形を打ち付けている場所が、縛り付けられている魔理沙の顔のすぐ横だという事に。
「人間ね、死んで堪るかって思うと意外と死ねないものね。お陰でこうやって皆にお礼ができるんですもの、感謝しなくっちゃいけないわね。」
スコーン スコーン
瞳孔が開き、口から泡を吹いて自身喪失をしている魔理沙を見て、妖夢は何故顔の近くに打ち付けるのかが分かった。
あれは心を打っているのだ。顔や首のすぐ近くで大量の藁人形を打ち付けることで、人の心に釘を打ち込んでいるのだ。この何とも歪な雰囲気、鬼が宿ったとしか言いようの無い巫女、処刑場とも思えるような大量の藁人形が打ち付けられているこの場所がそれを可能にしている。
「ふふふ、うふふふふふふ」
スコーン スコーン
そして妖夢は見た。一つの藁人形を。魂魄 妖夢の名前が書かれた藁人形を。
スコーン スコーン
逃げなくては。この場から可及的速やかに逃げなくては。ここは鬼が住まう所、ただの人や半霊が来ていい場所ではない。
スコーン スコーン
しかし、妖夢の体は思考に反してまともに動かなかった。それもそのはず、先ほど限界を超えて走り続けたのだ。もう動くだけの力が残っているはずが無かった。
スコーン スコーン
それでも妖夢は手や足を動かし続けた。例え這ってでもこの場から離れたかったのだ。否、離れなければならなかった。ここに居れば殺される。その恐怖心が妖夢を突き動かさせた。
スコーン スコーン
だが、気が急くばかりに注意が怠った。丁度手を伸ばした所に、木の枝が落ちていた。
バキ
無情にもよく響く音で割れる枝。この凍りつくような一瞬の後、妖夢は自分のしでかした致命的で取り返しのつかないミスに気がついた。
「あら、妖夢じゃない。そんなところで何をしているの?」
Ex巫女が妖夢の存在に気がつき、妖夢の方へとやってきた。それを見て手足をじたばたさせて何とかEx巫女から逃れようとする妖夢だが、思うように体が動かず、いとも簡単に襟首を捕まれた。
「見ていたのね、それなら話が早いわ。」
「あ、ああ、あああ……」
ズルズルと身近な木に運ばれ、妖夢は木に押付けられた。
スコーン
何とか逃げ出そうと暴れる妖夢に、藁人形が打ち込まれた。五寸釘は妖夢の顔のすぐ横に音を立てて食い込んだが、妖夢にとっては心の中で顔に打ち込まれたのと同じだった。
「ああ、ああああああ……」
「そうね、確か妖夢は×××日間お賽銭を入れていないわね。」
新たな藁人形と釘を用意し、わざと妖夢に見えるように見せる。そして、
急に森の中がまばゆい光が辺りを包み、Ex巫女が目を押さえてもだえ苦しんでいた。
「あああ、目が、目が……!!」
それは太陽の光であった。日が昇り、鬱蒼と生い茂った木々の間からまばゆいばかりの光を降り注いでた。余りに木々が過密状態なので、今まで太陽が昇るまで日の出に気がつかなかったのだ。
今が最初で最後のチャンス。闇に慣れきった目に太陽の光は厳しかったのだろう。Ex巫女が目を押さえて苦しんでいる間に妖夢は必死になって脱出を図った。相変らず体はろくに動かなかったが、それでも手足を力の限り動かし続けた。そして、
「何処、何処へ行ったの!!」
暴風のように辺りに藁人形が滅多打ちされる音を背に、妖夢は己の全てをかけて走り続けた。
妖夢が目を覚ますと、目の前に幽々子の顔があった。
「う、うう、幽々子様……」
「ああ妖夢、気がついたのね。」
妖夢は自分が膝枕をされている状態に気がつき、何とか身を下ろそうとした。しかし、体を動かそうとする前に幽々子に頭を優しく抱かれた。
「幽々子様……?」
「御免なさい、妖夢。私が貴方と逸れたばかりに、貴方をこんな目に合わせてしまって。いえ、私が貴方を連れて肝試しなんかに参加した事そのものが間違いだったわ。本当に御免なさい。」
幽々子に優しく抱かれている妖夢は、自分が意識を失っていた事に気がついた。
「幽々子様、私は寝ていたのですか?」
「そうよ、妖夢。貴方は力尽きて倒れていたの。可哀想に、よっぽど怖い者に追われたのね。」
幽々子が優しく妖夢の頭を撫でた。優しく、何度も何度も。
「肝試しは……終わったんですか?」
「ええ、終わったわ。元々お日様が昇るまでのイベントだったから。」
妖夢は再び目が重くなってきたのを感じた。幽々子にこうやって抱かれて、頭を撫でられる事が無性に心地よいと感じたからだ。
「さあ、もう一眠りしなさい。そして起きたら御飯にしましょう。」
幽々子に促され、妖夢は眠る為に目を閉じた。
「さあ、お休み。」
温かい気持ちに包まれて、妖夢は再び眠りに落ちた。
~射命丸 文の肝試し体験レポート~
橙&チルノ:
お遊戯レベルです。流石はお子様達といったところですか。でも非常に癒されます。ある意味危険な組み合わせなのかも。
危険度(怖さ加減):☆☆☆☆☆ (でもある意味★★★★★なのかも)
撃墜数(泣いた人の数):☆☆☆☆☆
小野塚 小町:
意味不明です。鎌を持って暴れるのは止めてください。聞いた話によると、よく三途の川を渡りに来る某知識人に知恵を拝借した結果がアレだとか。まあ、某知識人が肝試しの事をよく分かっていなかったんですけどね。いい笑い者です。ご愁傷様。
危険度:★★★☆☆
撃墜数:★☆☆☆☆ (子供以外泣いていない)
森近 霖之助&アリス・マーガトロイド:
新手の嫌がらせです。あんな風に一誠に人形が笑い出したら、誰だって泣きます。むしろ暗闇の中で店主に危険を感じました。それにしても、香霖さんに大切な人形を貸すだなんて、一体アリスさんに何があったんでしょうね?
危険度:★★★★★
撃墜数:★★★★☆ (人形に耐性があるのが数人、そもそも人形な奴が一名)
レミリア・スカーレット&十六夜 咲夜&紅 美鈴:
卑怯です。能力の乱用です。マジ泣きそうになりました。訴えていいですか?ああ、駄目ですか、そうですか。
危険度:★★★★★★
撃墜数:★★★★★★
ルーミア:
誰ですか、彼女にいらん知識を植え付けたのは。お陰で泣きそうになったじゃないですか。正直に名乗り出なさい。今なら五割増しで済ませますから。
危険度:★★★★★★★★★
撃墜数:★★★★★★★★★★
パチュリー・ノーレッジ&小悪魔:
馬鹿です。正真正銘の馬鹿です。色々と勘違いも甚だしいです。あの後悪い子認定を受けて、ナマハゲさんにこってり絞られたそうです。でもそれだけじゃ不安なのでナマハゲさんの上司カモーン。
危険度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ (世界の危機だ。来たれ勇者よ!)
撃墜数:☆☆☆☆☆
鈴仙・優曇華院・イナバ&因幡 てゐ:
生意気です。兎の分際でこの私を泣かすとは、生意気です。どこの王宮戦士と井戸の底ですか。彼女達も能力乱用で卑怯です。裁判長、訴えていいですか?やっぱり駄目ですか、そうですか。
危険度:★★★★★★
撃墜数:★★★★★★
博麗 霊夢:
隊長、無理です。Ex化しているので、とても危険です。いや、マジ危険です。十回泣いても足りないくらい危険です。肝試しを利用して、ちゃっかし日頃の恨みを晴らしています。あれから毎日お賽銭を納めに行っています。でも、一人だけこの魔人から逃げ延びた強者がいるみたいです。
危険度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
撃墜数:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
霧雨 魔理沙:
様々なところで色々と肝試しを堪能していたようですけど、Ex巫女に捕まって殉職。あれから三日間は言動や態度がおかしかったです。
ルナサ・プリズムリバー&メルラン・プリズムリバー&リリカ・プリズムリバー:
闇に紛れて背筋が凍りつくような音楽を流そうと画策したも、所詮は騒霊三姉妹。騒音を奏でて雰囲気ぶち壊し。
危険度:☆☆☆☆☆
撃墜数:☆☆☆☆☆
八雲 藍:
例のアレは皆の恐怖。ふと振り向くとこの式が立っているんですから、危険もなんも。でも、閻魔様にお説教されてあえなく退場。
危険度:★★★★☆
撃墜数:★★☆☆☆ (いや、今更出し)
リグル・ナイトバグ:
殉職。Ex巫女の第一犠牲者。
ミスティア・ローレライ:
屋体経営があったので参加せず。でも、疲れ切った体と心には貴方の歌と串揚げが染み込みました。え、なんですかそのツケの請求書っぽいものは。やだな、そんな背筋が凍りつくようなもの見せないでくださいよ……
上白沢 慧音&藤原 妹紅
何かをしようとしていたらしいけど、いきなり天敵と出会って場外乱闘突入。迷惑だからあっちでやれ。
八意 永琳&蓬莱山 輝夜
月の肝試しの恐ろしさを見せてやると公言していたくせに、天敵と場外乱闘突入。どうでもいいけど、月の肝試しというのが少し気になるところです。
メディスン・メランコリー:
いきなり毒を流すのは止めれ
危険度:★★★★☆
撃墜数:☆☆☆☆☆
四季映姫・ヤマザナドゥ:
みんなのアイドル。誰もが一度は脅かそうと画策した。お陰で私もいい写真を取れました。皆、ありがとう!
八雲 紫&風見 幽香
最凶最悪のコンビ。深弾幕スパークなんて名前をつけちゃって、人類抹殺を図っています。肝試しを勘違いするのも甚だしいです。深弾幕結界で相手を閉じ込めておいて、もう片方が止めを刺します。普通に死ねます。阿鼻叫喚もいいところです。ああ、生きているって素晴らしい。っていうか、何で私生きているんだろう?
危険度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
撃墜数:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
みすちーは密かに鳥目効果で肝試しに貢献していたりしたかも。
霊夢さん恨みで水増ししてませんかっ!
EX霊夢は、もう………………でぇたぁぁぁぁぁあああぁぁぁあ!!!!!
27年以上かいw