「ボクはマスタースパーク~♪ お兄ちゃんはダブルスパーク~♪ お父さんはファイナルスパーク~♪」
魔理沙が風呂で頭を洗っている。
しっとりしてウェーブのかかった金髪は魔理沙の自慢だった。
その洗い方には余念が無い。
「おじいちゃんはファイナルマスタースパー……痛ぁっ!!」
突然頭頂部に激痛が走る。
「な、なんだぁ!?」
痛みのある部分を手で探ってみると、妙な感触があった。
できものでもできたのかと思ったが、その大きさはできもののそれではない。
しかし何かがぽっこりと出っ張っている。
「なんだこれは!?」
鏡で見てみると、そこには小さなキノコが生えていた。
「私の頭にキノコが!!」
魔法の森のキノコ達の怨念であろうか。
まさにキノコ、と言った形状のキノコが頭頂部から生えている。
良い気分で頭を洗っていたら、勢い良く引っ掻いてしまったらしい。
「ど、どういうことだ……」
鏡を見ながらそのキノコを突付く。
頭にしっかりと根を張っているのか、抜けるような気配は全く無い。
急いで風呂を済まし、ベッドの上に座ると、手鏡を持って改めて観察する。
魔理沙は頭に生えたキノコを見て『冬虫夏草』というものを思い出した。
土の中で生活しているイモムシなどに寄生し、その養分を吸って育つ植物のことだ。
それはとても貴重なもので、漢方薬にもなったりするらしいが……虫は死ぬ。
「こ、このまま私は養分を吸われて死ぬのか!?」
それは大変なことである、魔理沙は焦ってそのキノコを掴み、引き抜こうとした。
「痛だだだだだだ!!」
抜けないどころかものすごく痛い。
「ひいい、たまらんぜこれは」
涙目でキノコを撫でる。
「お、おぉ?」
キノコを撫でていると妙な安心感があった。
このキノコには感情でも備わっているのだろうか。
「参ったな……明日いろいろと調べてみるか……」
様々な不安があるので、魔理沙は頭のキノコを撫でて安心しながら眠った。
翌朝、歯を磨こうと鏡を見てみる。
「で、でっかくなってないか?」
見間違いではない、昨日は2cmほどの大きさだったのが、倍ぐらいになっていた。
訝しがりながらキノコを撫でる。
「ぁー」
安心した。
朝食をとりながら、これからどうするかを考える。
とりあえずこのキノコについて何もわからないので、知ってそうな奴を訪ねることにした。
(パチュリーか、永琳か、慧音ってとこかなぁ)
しかしパチュリーはあまり協力的にはなってくれないだろう。
パチュリーは魔理沙が本を借りに行っても、挨拶もせずに本を読んでいることが多い。
もしくは体調が悪くて寝ていたりする。
話しかけても「ふーん」や「あ、そう」と言った気の無い返事が返ってくるだけだ。
本を持っていかれることに対して、激しい抵抗をしなくなったのがせめてもの救いだ。
永琳はどうか。
確かに恐ろしい知識量を誇る、付け加えて製薬技術も頼りになりそうだ。
だがいかんせん胡散臭い、頼られたのを良いことに頭のキノコを好き勝手いじりそうだ。
ただでさえ天才なんて何を考えてるのかわからない上に、宇宙人なので妙な感性を持っている。
本当に切羽詰ったら助けてくれるだろうが、真っ先に頼ろうとは思えない。
「慧音が妥当なところか……」
人間に対して好意的なので、魔理沙にも親切に接してくれるだろう。
そして「知識と歴史の半獣」だ、まさかこのキノコについてだけわからないということはあるまい。
早速出かける準備をする、キノコは帽子で隠れた。
家を出て、箒をまたごうとしたそのとき、
「そういや慧音ってどこに住んでるんだ……?」
会えるか不安になったので、帽子を脱いでまたキノコを撫でた。
「ま、適当に探してみるか、ぁー」
ちょっとだけキノコが気に入りつつあった。
「うーん、多分この辺だとは思うんだがなぁ」
魔理沙が今飛んでいるのは、妹紅の家の界隈である。
(ん……待てよ?)
良いことを閃いた。
慧音は妹紅を守りに来るので、妹紅を襲うふりをしてこの辺で暴れれば出てくるかもしれない。
魔理沙は懐をごそごそと漁ると、ありったけのスペルカードを取り出した。
「ミルキーウェーイ!!」
「妹紅はどこだーっ!!」
「スターダストレヴァリエーッ!!」
「出て来い! 出て来い妹紅っ! やっつけてやるぜー!!」
「ノンディレクショナルレーザーッ!!」
魔理沙は箒で疾走しながら竹林を爆撃して回った。
ものすごい騒音、ものすごい発光、これだけやってれば慧音も出てくるだろう。
「何してんだコラァー!!」
「お、きたきた……ひぃぃぃぃ!!」
それは慧音ではなかった。
「本人出てきたぁーッ!!」
「何をぶつくさとわけわからないことを言ってる!!」
当然である、妹紅の家の側なのだから。魔理沙はそこまで頭が回ってなかった。
妹紅は寝巻きを着ている、気持ち良く寝てるところを起こされたのか、相当不機嫌そうだ。
「朝っぱらからうるさいんだよ!!」
「ち、違うぜ、誤解だ、これはっ……!!」
涙ながらに逃げ回る魔理沙、朝っぱらから1人で肝試しなんて嫌である。
自分は慧音に会いたいだけなのに、なんで妹紅に襲われないといけないのか。
そう思う魔理沙だったが、完全に自業自得なので救いようが無い。
(な、なにが飛んでくるっ!? 鳳翼天翔!? ウー!? フジヤマ!?)
「なんて逃げ足の速い奴!! でも逃がさない!!」
魔理沙も流石の速度で、妹紅は徐々に距離を離されてしまったが、1枚のスペルカードを取り出した。
「あれ……妹紅がいな……い!? あれ? あっれぇー? 私にこんな翼生えてたっけー!?」
魔理沙の背から鳳凰の翼が生えていた。
それだけじゃなく、嫌に周囲が熱い。
「そっかー! パゼストバイフェニックスかー! ぎゃーっ!!」
いきなりのことで、自分の周囲から降り注ぐ弾幕を避けきれずに魔理沙は墜落した。
頭がぼーっとする、全身が痛い。
魔理沙は少しずつ意識を取り戻す。
「ったくなんでこんなやつ介抱するのよ」
「お前はやりすぎなんだ妹紅……輝夜相手じゃないんだから手加減してやれ」
ぼんやりとした視界に、慧音と妹紅の顔が映った。
実は慧音もあの場所に向かっている最中だった。
ただ、慧音だってあそこの周辺に住んでいるわけではないので、すぐには行けなかったのだ。
満月の夜なら感覚が研ぎ澄まされているし、飛行速度も遥かに上がるので、すぐ行けるのだが。
「くそう、油断したぜ……」
「起きるなりなによ『妹紅やっつけてやる』とか叫んでたじゃないかお前、不意打ちはそっちでしょうに」
「お前が出てくるのは計算外だったんだよ、本命は慧音だ」
「なんだ、私に何か用なのか?」
「あー、ここはどこだ……お前さんの家か?」
「そうだ、妹紅の家には薬が無いから手当てができない」
これはもちろん、不老不死である妹紅に薬など不要だからである。
「そうそう、用ってのはこいつについて知らないかなと思って……」
「ん?」
少し恥ずかしがりながら魔理沙が帽子を脱ぐ様子を見て、思わず妹紅と慧音が目を見張る。
「ブフッ!? アーハハハハハハ!!」
「クッ……!!」
「な、なんだよ笑うなよ!!」
涙を流しながら大声で笑う妹紅と、顔を背けて下唇を噛む慧音。
「人が真剣に悩んでるのに笑うな!!」
「あ、あっ!! 頭にキノコッ!! クッ……ク……アーッハッハ!!」
「フッ……ブフッ……!!」
「うわぁぁぁん!!」
悔しいのでキノコを撫でた、とても落ち着いた。
「笑ってないでなんとかしてくれよぉ!!」
「す、すまん……あまりに似合ってるものでつい……」
「似合ってるのか!?」
それはそれでショックだった。
ある程度2人が落ち着いてから真面目な話に移行する。
妹紅は相変わらず魔理沙の頭をちらっと見ては笑いをこらえていた。
「いや、知識としては知っていたが、現物を見るのは初めてだな」
「知っているのか慧音!!」
「ああ、それは『ヒトクイダケ』というキノコだな」
「ひ、ヒトクイ!?」
そのまんまなネーミングに魔理沙が驚く。
「その名の通りだよ、人間に寄生して養分を吸い取るキノコだ」
「やっぱりそういうキノコなのか……」
「そうだな、ずっと生やしていると死ぬぞ」
「い、いやだ……どうすれば助かるんだよ」
「うーん……無理に抜こうとするとそれはそれで死ぬらしいしなぁ」
慧音は腕を組んで眉をしかめる。
「助かった前例が無いか、少し考えてみる」
あーでもないこーでもないと唸る慧音を見て不安になった魔理沙は、またキノコを撫でた、落ち着いた。
「ぁー」
「ま、待て!! 撫でちゃダメだ!!」
「へ?」
「撫でると成長するんだそれは! 死期を早めるぞ!!」
「な、なんて都合の良いキノコなんだ!!」
魔理沙はがっくりとうなだれる。
「撫でると気持ち良くなるのは、それを利用して成長を早めようとする性質があるかららしい」
「それで養分が吸い取られて死ぬのか……残酷だぜ」
「いや、死因は養分を吸われることじゃない」
「……どういうことだ?」
慧音は少し言いづらそうに口ごもってから、
「キノコが大きく、重くなりすぎて首の骨が折れるらしい」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
しかしここに来て魔理沙は1つ疑問を感じた。
「そういえば……なんで今になっていきなり生えてきたんだ? このキノコ」
「そのキノコには二段階あるらしい」
魔理沙はニヤニヤしながら見ている妹紅にイラつきつつも、気をそらして慧音の話に集中する。
「一段階目は普通に地面に生えているらしい、そしてとても醜悪な外見のようだ」
「ふむふむ」
「興味を持って引き抜いたが最後……奇声を上げて胞子をバラまくらしい」
「ふむふむ」
「心当たりはあるか?」
「あるぜ」
結構前の話だったが、変なキノコを抜いたら「うんっ!!」という奇声を発したので驚いたことがあった。
魔理沙はビックリして投げ捨ててきてしまったのだが。
「それからしばらくの潜伏期間を経て、胞子を浴びた人間の頭からそのように生えてくるわけだ」
「これが第二段階なのか……」
「お前なんでそんなキノコ抜くかなー、バカだろ?」
「うるさいな!!」
妹紅に挑発されて思わず頭のキノコを撫でてしまう。
「ほらまた!! 撫でるなと言ってるだろう!!」
「し、しまった!! ついクセで!!」
「撫で続けて大きくなったキノコに首を折られて死んだ人間は、その後も養分を吸い取られ続ける」
「あ、ああ……」
「そしてキノコは、養分を吸い取るだけ吸い取ったら、また胞子をバラまいて、それが第一段階になる」
「おっそろしいキノコだな……」
魔理沙はニヤける妹紅に目をやった。
「こいつに生えたらどうなるんだろうな」
「やめてよ薄気味悪い」
「それもそうだな……まぁ、復活を繰り返す内に抜け落ちるんじゃないか?」
「慧音まで変なこと言わないでよ」
「よしよし、もし手立てが無かったらお前の家の側で死んでやるぜ」
「やめてよ!!」
「ん?」と魔理沙はまた疑問を抱く。
「待てよ、養分吸収自体が致命的じゃないなら、キノコが大きくなりすぎても、
横になってれば死なないんじゃないか?」
「だろうな」
変なところで詰めの甘いキノコである。
「で、でもそれもやだなぁ……」
キノコが大きくなりすぎて寝たきり、という状況も相当に悲惨なものがある。
魔理沙がキノコなのか、キノコが魔理沙なのかわからなくなりそうだ。
「とりあえず方法は探ってみる」
「おう、頼む」
「こらっ!!」
自然にキノコに手を伸ばした魔理沙が、またも慧音に怒られる。
「キノコ撫では今後一切禁止だ!!」
「う、うぅ……」
「帽子をかぶっていろ、そうすれば撫でられないだろう」
「それもそうだな……」
「しっかし気持ち悪いねお前、キノコ撫でが趣味なんて」
「ほんと腹立つなこいつ」と魔理沙は思った。
横では再び脳内検索に入った慧音が腕組みをしてうんうん唸っている。
「撫でてやろうか~? キノコ」
「触るな! 私の神聖なキノコに!!」
慧音がカッと目を見開く。
「うるさいぞお前ら! 集中できないから静かにしないか!」
「だ、だって妹紅がー!!」
「お前がこれ見よがしに変なキノコ生やしてるからじゃないの!!」
「うぁぁぁぁん!!」
魔理沙は妹紅に組み伏せられて泣き叫ぶ。
仲が悪いように見えて実は結構良いコンビかもしれない。
妹紅は魔理沙をくすぐりながらも、時折すごい手の動きでキノコを狙っていた。
「妹紅! ふざけるのはいい加減にしないか! 魔理沙にとっては死活問題なんだぞ!!」
「わ、悪かったよ、そんなに怒らないでよ慧音……」
「うっ、うぅっ……」
うつ伏せになって子供のように泣く魔理沙。
しかし考えてみれば確かに深刻な状況である。命に関わっているのは間違いないのだ。
妹紅は生死とは無縁な身上ゆえ、ふざけすぎてしまったことを反省した。
「ご、ごめん魔理沙、悪ノリしすぎたよ」
「うぅぅ……」
妹紅は倒れている魔理沙を抱き起こし、頭を撫でてよしよししてやる。
「だから撫でたらダメだってー!!」
「ッ!?」
どうしようもなかった。
その後慧音は、自分だけでは力不足だと感じたのか、永遠亭に行くと言い出した。
もちろん、永遠亭に近寄っただけで総攻撃される妹紅はお留守番である。
また、魔理沙も自然に頭に手が行ってしまうので、縄で縛られてお留守番となった。
流石に縛られた状態では箒に乗って飛ぶこともままならない。
「も、もこー……」
「なによ?」
慧音の家の中は、まるで妹紅が魔理沙を誘拐したかのような不気味な光景だった。
ぐるぐる巻きにされた魔理沙が、イモムシのように地面でのたうちながら妹紅に話しかける。
「き、キノコを撫でさせてくれぇ……」
「ダメよ、死にたいの?」
「撫でないと今すぐ死ぬー……」
なんとキノコ撫では中毒性があるらしい、魔理沙は目がうつろで、嫌にやつれていた。
「ん? 待てよ、随分顔色が悪いねお前……」
「お腹空いたー」
妹紅が魔理沙の帽子に目をやると、不自然に膨らんでることに気が付いた。
「まさか……!!」
「あー?」
「な、なんてこと!?」
帽子を剥ぎ取ると、既にキノコは魔理沙の顔より少し小さい程度の大きさまで成長していた。
お腹が空いたというのは養分を吸い取られてしまったからだ、やつれているのもそうだろう。
「今何か食べるものを持ってくる、少し待ってて」
「撫でさせろー……」
妹紅が台所へ駆け込んで調理を始めた。
ザクザク、シャリシャリ、という音が断続的に聞こえてくる。
妹紅は急いで調理を済ませた。
「よし! 栄養満点の料理だ! これを……ってこらー!! 何してる!!」
「ぁー」
帽子を剥ぎ取ったままだったのが仇となった。
魔理沙は縛られたまま器用に壁際まで移動し、壁にキノコをこすり付けて恍惚としていた。
「お、恐ろしいキノコだ!!」
「ダメー! もっとこすりつけるのー!!」
暴れる魔理沙を引きずって部屋の中央のちゃぶ台まで連れてくる。
「やーだー! もっとこすりつけるのー!!」
「正気になれ魔理沙ァァ!!」
妹紅が魔理沙に往復ビンタを始める、揺れる頭、揺れるキノコ。
「はっ!? も、妹紅……私は一体……」
「良かった、正気に戻ったか……」
「い、痛……」
往復ビンタが強すぎたのか、魔理沙の口から血が垂れていた。
「ご、ごめん、そんな目で見ないでよ……」
「うぅぅ……」
「ほら、お腹空いたんでしょう? 料理を作ってきたよ」
「え……?」
それはぶつ切りにされた野菜が大皿に乗ってるだけのものだった。
そりゃ時間がかかるはずもない。
「料理っていうかこれ食材そのままじゃ……」
「何言ってるのよ、間違いなくサラダじゃないの」
妹紅は料理が下手だった。
「お前さんはなんで1000年以上も生きてて料理すらできないんだ?」
「そ、そう言われてもなぁ……昔は従者が作ってくれたし」
「いや、そうじゃなくて、独り暮らしも長いんじゃないのか?」
「腹に溜まれば良いわよ、もう」
そんなだから上手にならないんだろう。
「まぁいいか……新鮮な野菜なら生で食えなくはないし……」
「そうそう、素材の味を生かしたんだってば」
「料理できないやつの言い訳」使用頻度NO1。
とはいえ確かに、なまじ調理された方が酷いものが出てきそうである。
「それよりほら、縛られてて食えないんだよ……」
「よ、よし、特別に食べさせてあげるよ」
頭からキノコの生えたイモムシ状態の魔理沙が、口から血を垂らしながら……
ただぶつ切りにされた生野菜を、妹紅に「あーん」される。
とても恐ろしい光景だった。
魔理沙がガリガリと生ニンジンを噛み砕く音が、不気味に響き渡る。
一方慧音は永遠亭へと急いでいた。その横には十六夜咲夜が並んで飛んでいる。
慧音は永遠亭に行く前に紅魔館へと寄ったのだ、理由は単純、用心棒の獲得である。
紅魔館なら特に永遠亭と確執もないので、中立勢力としての架け橋的役割もあった。
妹紅ほどではないものの、慧音も敵対勢力と見なされ永遠亭の連中からはあまり良い顔をされていない。
従者からはそれほど警戒されないが、妹紅を守るため竹林で何度も直接対決した輝夜にはかなり敵視されている。
妖夢あたりもありだが、冥界へ行くのが大変だし何より妖夢が行方不明らしい。
そんな諸々の理由から、慧音は紅魔館を訪ねるに至った。
「しかし貴女のところの門番はあれでいいのか?」
「もう良いのよ、割り切ってるわ」
門番、紅美鈴は慧音に事情を説明されて、良いように丸め込まれた。
そして、
「咲夜さん!! 魔理沙を助けてあげてください!!」
と涙ながらに、直接咲夜の説得に当たったのだ。
その性格には好感が持てるが、門番に適任であるとは言いがたい。
「ついてきてもらってなんだが……仕事は大丈夫なのか?」
「常に余裕を持って仕事をする、それがミスをしないための秘訣よ」
「なるほど、重い言葉だ」
「他のメイドへの指示もちゃんと出してきたわ、お嬢様もお休み中だし、しばらくは大丈夫よ」
「すまない、感謝する」
「状況が状況だしね」
やはり咲夜を選んだのは正解だった、話がとてもよくわかる。
もしかすると魔理沙自身よりも今回の事件を深刻に捉えているのではあるまいか。
咲夜にしてみれば、魔理沙は滅茶苦茶な奴だが、偏見を持たずに咲夜を真っ直ぐ見てくれる友人だ。
幻想郷の外に居た頃の周りの人間より、ずっと信頼に値するし、好きだった。
「見えてきた、永遠亭だ」
「気を引き締めないとね、まずは私が行くわ」
「そうしてもらえると助かる」
慧音は隠れて待機し、咲夜が永遠亭の正門側に降り立つ。
「何の用だ!?」
「別に争いに来たわけではないわ、八意永琳に用があるのよ」
やはり門番達は即座に攻撃に移ることはなかった。
咲夜は両手を上げて敵意が無いことを示す。
咲夜の言葉を聞いて、門番達はこそこそと話すと、
「わかった……少し待っていろ」
そう言って数人の門番が屋敷の中へと入っていった。
「しかしすごいわね、まるで要塞だわ」
咲夜の言葉に門番達は何も応えない。
永遠亭の連中には宴会で何度か会った事があるが、咲夜が直接ここを訪れたのは初めてだった。
満月の異変は、霊夢達が解決してしまったからである。
「あれ……貴女紅魔館の……」
「十六夜咲夜よ、鈴仙さん」
昼食中だったのだろうか、鈴仙は口の周りに米粒がついていた。
「門番達がえらく焦ってやってきたものだから、何かと思ったわよ」
「まぁ見慣れてないでしょうから仕方ないわ。それより、永琳に用があるのよ」
「もー、まるで便利屋ねぇ、うちの師匠は……」
苦笑する鈴仙に咲夜が歩み寄る。
「な、なに?」
「だらしないわよ、ほら」
「え、ちょっ……」
咲夜は鈴仙の口の周りについた米粒を指ですくい取ると、それを鈴仙の口の中へ優しく押し込んだ。
あまりに突然の出来事に鈴仙はキョトンとしてしまったが、その直後に真っ赤になって俯いてしまった。
「食べ物を粗末にしてはいけないわ」
「あ、ありがとう……そ、それじゃ師匠のところに案内するわね」
「ちょっと待って」
恥ずかしがって、いそいそと屋敷の中に入ろうとする鈴仙を呼び止め、咲夜は指をパチンと鳴らす。
すると茂みの中から慧音が出てきた。
「彼女も一緒だけれど、問題無いわね?」
「あ、あー……うーん……まぁ姫に見つからなければ問題は無いわ」
「暴れたりはしない、安心してくれ」
輝夜はほとんど部屋にこもって1人で何かしているので大丈夫だろう。
「師匠ー! お客さんですよー!」
鈴仙が永琳の部屋の戸を叩く。
(な、なんて長い廊下なのよ……なんだか負けた気分だわ)
(ここは住居というより要塞なんだ……妹紅がしょっちゅう襲撃するせいで……)
紅魔館も咲夜が空間をいじっているためかなり広いのだが、永遠亭はそれをさらに上回った。
居住性の高い紅魔館に比べ、誰も使ってない無駄な部屋があったり、通路がやたら入り組んでいたりと、
それは明らかに侵入者からの防衛を考慮した構造だった。
(この子見た目によらずすごいのね、あの道を迷わずに案内できるなんて)
(そうだな……)
そんなことはない、鈴仙も実は何度も道を間違えていたのだが、運良く辿り着いただけだった。
だから2人は余計に道が長いと感じたのだが、鈴仙もその辺は慣れている。
まったく焦る様子も無く当たり前のように道を間違えれば、そうは見えないのだ。
何もてゐだけがサギ師ではなかった、鈴仙もなかなかの食わせ者である。
長い年月をかけて、道案内に関してだけは素晴らしい騙し技術を手に入れていたのだ。
そんなものを磨くなら道を覚えろと言いたいが。
鈴仙の声を聞いて「ズズズ……」と言った感じで、戸の隙間から永琳が顔を出した。
それはかなり不気味な動きだった。まるで妖怪だ。
「誰が来たの? 霊夢だったらすぐに射殺しなさい。そしてウドンゲ、連れてきた貴女を許さない」
「ち、違います師匠、霊夢なら門前払いですよ。十六夜咲夜と上白沢慧音です」
霊夢は酷い言われようだった、過去に何かやらかしたらしい。
さらに「ズズズ……」と顔を出すと、永琳は来訪者の顔を確認した。
「確かに……良いわ、入りなさい」
「それじゃ2人とも、失礼のないようにね」
「ああ」
「わかっているわ」
永琳の部屋は整頓こそされているものの非常に物が多かった。
2人は身体をぶつけてそれらを崩さないように慎重に中に入っていく。
「それで、何の用かしら?」
「じゃ、私は黙っているわね、慧音よろしく」
「わかった」
慧音は少し考えてから口を開いた。
「ヒトクイダケというキノコをご存知か?」
「ああ、あの頭に生えるやつね」
「そうか、なら話が早い」
「そりゃねぇ……姫の頭に生えたことがあったし」
「ブフッ!?」
それを聞いて思わず吹き出す慧音。
さっき知識の検索をしていたときも、それには気が付かなかった。
「そ、そのときはどうしたんだ?」
「駆除しようと思ったんだけれどね、姫が『可愛いでしょう?』と言うから、そのままにしていたわ」
「それで……輝夜はどうなった?」
「何回も死んだわ」
なんて無責任な従者だろう。
輝夜が不老不死でなければ急いで対処したのだろうが、不老不死だからってほったらかしすぎである。
「でも何度か死んだり生き返ったりしてる内に抜け落ちたのよね」
「つまり何も対応策は練らなかったと……?」
「そうよ、何度か死んでからも姫は『ああ、妹紅! このキノコは妹紅ね!?』と言って大喜びだったわ。
邪魔するわけにもいかないでしょう?」
従者が従者なら主も主である、輝夜も生死に対する認識が希薄なようだ。
そして、自分の命を危機にさらすという共通点だけで、キノコを妹紅呼ばわりするとはなんということか。
「う、ううむ……話がそれてしまったんだが」
「そうね、ヒトクイダケがどうかしたのかしら?」
「霧雨魔理沙の頭に生えてしまってな……助けてやらねばいけない」
「何度か死んでる内に抜けるから平気よ」
「お前達と一緒にするな! あいつは普通の人間だぞ!」
「うーん、じゃあ姫を連れてきて、蓬莱の薬でも作ってあげましょうか?」
「あんな物騒な物をそう簡単に作ろうとするんじゃない!!」
「冗談よ冗談、私だってあれはもう作りたくないわ」
慧音が真剣に話しているのに、のらりくらりと話をそらす永琳のせいでまともな会話になっていない。
咲夜はそんな慧音を見て、心底哀れだと思った。
「とにかく……お願いだ、あれをどうにかしないと魔理沙が死んでしまう」
「そうねえ……姫のときに何もサンプルを残してないから、今すぐ特効薬を作れと言われても難しいわ。
とりあえず実際見せてもらいましょうか、そのキノコ」
さっきまでいい加減だったくせに急に真面目になって、慧音は酷く狼狽した。
「……すまんな、苦労をかける」
「良いわよ面白そうだし」
それを見て、腕組みをして壁に寄りかかっていた咲夜が姿勢を正す。
「話は済んだようね、なら行きましょうか」
「咲夜もすまないな」
「もう、いちいち謝らなくても良いわよ、無理矢理連れてこられたわけではないし」
永琳がいろいろと医療器具を準備するのを待ってから、3人は永遠亭を出た。
来るときよりも遥かに早く出口についたので、
「ああ、あのウサギ、平気な顔して道間違えてたんだな」
と2人は思った。
「慧音、助けて……」
妹紅は今にも泣き出しそうな表情で魔理沙を眺めていた。
魔理沙のキノコはあの後もさらに成長を続け、既に頭より大きくなっている。
「も、もこー……」
「ど、どうしたの魔理沙!?」
当の魔理沙も、キノコを思うように撫でられない苦しさから憔悴しきっていた。
「ま、前にな……丹を作ったんだ……」
「うん、うん」
魔理沙の目は焦点が合っていなかった。その言葉も、とりとめのないことを呟くばかり。
「ところがでっかすぎてな……飲み込めなかったんだ……要改良……」
「そうか、そうか……」
妹紅は泣きそうになるのを堪えながら、必死に笑顔を作って魔理沙の頬を撫でてやる。
一見深刻な状況のように見えるが、ただキノコ撫での禁断症状が出て、
魔理沙はちょっとおかしくなっちゃってるだけである。まだ命に別状は無い。
「も、もこー……」
「どうした、どうしたの魔理沙……」
「私が死んだら……私の家の中の物を1つ好きに持って行って……ガクッ!!」
「魔理沙……!? 魔理沙ーーーッッ!!」
予期せぬ死、妹紅は魔理沙の頭を抱きしめて泣き喚いた。
「うぁー……キノコ重いぜ……」
別に死んでなかった、キノコが重くて首が疲れただけだった。
そもそも、わざわざ死ぬときに「ガクッ!!」なんて言う奴はいない。
「しかしそれだけキノコが重くなってきてるのは深刻ね……」
「そうだな……慧音が早く戻ってきてくれることを願うぜ」
妹紅も嘘泣きだった。
この2人、まだ随分余裕があるようだ。
それからしばらく後、家の戸が開かれる。
「戻ったぞ、魔理沙は無事か?」
「慧音っ!」
気を失ってぐったりとする魔理沙を妹紅が見守っていた。
「まさか……もうそんな深刻な状態なのか!?」
「あ、いや、頭撫でたがるから殴って気絶させた」
「そ、そうか……なら安心だ」
「お邪魔するわ」
「私も」
慧音に続いて入ってきた永琳と妹紅の目が合い、辺りに緊張が立ち込める。
「予想はしていたが……よくもまぁノコノコと顔を出せたものね、八意」
「あら、なによ……お邪魔なら帰らせてもらうけど?」
「や、やめろお前達、それどころじゃないだろう!」
慧音が一番恐れていた事態だった。
妹紅が永遠亭を襲撃したとき、それを阻止するのは大抵が永琳である。
部下のウサギ達では話にならない、鈴仙やてゐも含めてだ。
妹紅の襲撃を感知すると、輝夜は喜び勇んで部屋から出てくるのだが、
それまでに永琳と戦って決着がついていることも多い。
妹紅も感じていた、永琳は輝夜よりも遥かに強い。こいつを倒せずして輝夜には辿り着けない、と。
今までの勝率は永琳がいくらか上回る、輝夜の乱入で永琳が引っ込むケースもあるが。
つまり、妹紅にとって永琳は輝夜と並ぶ宿敵であった。
「ストップ、そこまでよ」
次の瞬間、今にも飛び掛りそうな妹紅を包み込むようにナイフの壁が作り出されていた、咲夜の仕業である。
「今は貴女達の宿命などどうでも良いのよ、そんなものは野良犬にでも食べさせてしまいなさい」
「なんだと……?」
妹紅の霊力が飛躍的に上昇していく。
「魔理沙を救うのよ、私達は」
「……」
「それすらも解さないと言うなら、時間を止めたまま貴女を幻想郷の境まで連れて行ってあげるわ」
「わかった……今一時は忘れる」
「よろしい……物分りの良い人、好きよ」
咲夜がひとつ指を鳴らすと、妹紅を取り巻いていたナイフは瞬時に全て消えた。
妹紅とて、魔理沙のことは心配だった。
「ちっ、食えない奴ね」
「蓬莱人の生き胆よりは美味しいと思うけれど?」
「ふん」
やはり咲夜を連れてきて正解だった、慧音は力が抜けてへたり込んでしまった。
なんとも頼りになる、荒事から何から、これほど頼もしいとは。
「さて、診ても良いかしら?」
「ああ、頼む」
永琳が魔理沙に近づくと、その気配に気付いて魔理沙が目を覚ました。
「おはよう」
からかうように声を掛ける永琳を見て、魔理沙は酷く怯えた様子で、
「キャトルミューティレーション!?」
永琳が宇宙人だからってあんまりだ。魔理沙はまた殴られて気絶した。
あと、それを言うならアブダクションである。
「なるほどねぇ……」
少しキノコを削っては、妙な薬品と混ぜてみたり。
少しキノコを削っては、顕微鏡で覗いてみたり。
永琳は手際よくキノコを調査していった。
「どうだ? このキノコの弱点らしきものはわかったのか?」
「そうねえ……これといった特効薬の開発はすぐにはできそうにないけれど……」
「そうか……」
「除去自体はそれほど大変ではなさそうだわ」
「本当か!? 良かった!」
慧音の表情がパッと明るくなる。
思えば、普段ほとんど接点も無い魔理沙にここまで肩入れできるというのもすごい。
まるで自分のことであるかのように喜ぶその様は、彼女が心から人間を愛していることを感じさせる。
「ただ1つ問題が……」
「え?」
再び慧音の表情が曇ってしまう。
「既にこれだけの大きさなのよ……除去したら……」
「したら……?」
慧音のみならず、周囲に居る全員が息を飲む。
今や魔理沙のキノコは頭どころか、上半身と同じぐらいのサイズまで成長していた。
「ハゲができるわ」
慧音が腕組みをする、妹紅が頭を抱える、咲夜が眉間に指を当てる。
「まぁ……八意家秘伝の育毛剤、それをさらに八意家一の天才である私が改良した……
艶乱巣『育毛-モサモサG-』を使えば問題ないでしょう」
「そ、そうか! それは良かった!」
慧音は喜んでいたが、妹紅と咲夜は胡散臭いとしか思わなかった。
さらに咲夜は思った、こいつはあの薄暗い部屋に篭って育毛剤なんて作っていたのか。
そして月に住んでいた八意家の男達はそんなにも薄毛に悩まされていたのか。
それにしても「モサモサG」とは、なんとも禍々しい名前である。
程なくして魔理沙のキノコ除去手術は開始された。
永琳がペン型の道具に魔力を込めると、その先から細いレーザーが出て、キノコを焼き切った。
そしてさらに、再び生えてこないよう念入りにその細胞を焼き殺していった。
魔理沙の頭皮には一切傷つけることなく。
実に見事な手腕である、周りに居る全員が目を見張ってそれを眺めていた。
綺麗にされている慧音の家だったが、それでも手術室としては不衛生極まりない。
それに大した器材も永琳は持ってきていなかったし、麻酔もしていない。
その全ての条件を無視して進められていく永琳の手術は、芸術とも言うべき見事なものだった。
「す、すごいな……」
「か、かっこいいじゃないか八意……」
「私も簡単な手当てならできるけれど……流石に本職はすごいわね」
「うふふ、ありがとう」
あっという間にキノコは切り離され、解体され、薬漬けにされて永琳のカバンに入れられた。
周りの者達は「良いものを見せてもらった」という満足感でほくほくしていた。
「さて……」
しかし、ハゲるのだけは流石のゴッドハンド永琳先生にもどうしようもなかった。
魔理沙の頭頂部は見るも無残にハゲている。
「じゃ、モサモサGは置いていくから、この子が目を覚ましたら渡してやって頂戴」
「わかった」
「あと一応、今日持ち帰ったサンプルを元にワクチンを作ってみるから、できたら届けると伝えて」
「ええ」
「貴女達にもちゃんとワクチンをあげるからね。私が来ても迎撃しないでよ、妹紅」
「わかったよ、あ、ありがとう……」
「ふふ、素直にしてれば可愛いじゃないの」
永琳が妹紅の頭を撫でる。
「なっ!? 調子に乗るなっ!!」
やはり妹紅は永琳が苦手だった。
「それでは帰って早速作業に取り掛かるわ、お疲れ様」
「私は何もしてないな……感謝する、永琳」
「良いものを見せてもらったわ、今日は」
「ちっ……しばらくは永遠亭襲撃はしないでおいてあげるよ」
最後にうっすらと微笑むと、永琳は帰路についた。
「咲夜、今日は貴女にも本当に助けられた、感謝している」
「あらそう? お邪魔でなかったら良かったのだけど」
「そんなことはない、貴女がいなければここまでスムーズに事が運ばなかった」
慧音は咲夜にうやうやしくお辞儀をした。
「やめてよ、そんなにかしこまられたらやりにくいわ。それよりお腹が空いたでしょう?
せっかくだから最後に一仕事、腕を揮わせていただきたいのですけれど」
「そ、そんな何から何まで申し訳ない……仕事の方は大丈夫なのか?」
「良いわよ、お嬢様も暇を持て余してらっしゃるから。良い土産話になったし、お許ししてくださるわよ」
「そ、そうか……」
「んじゃメイド長とやらのお手並み拝見させてもらおうかな~」
「妹紅……現金だなぁ」
「なによー、私だって魔理沙見張るの大変だったんだから、少しはねぎらってよね」
「……それもそうだな、妹紅も今日は付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして、っと」
妹紅は勝手に一升瓶を手に取ると、それを持って居間へと戻った。
「ごちそうができるまで飲ませてもら……」
危なく一升瓶を落とすところだった。
既にちゃぶ台の上に大量の料理が並んでいたのだ。
「どうぞ召し上がれ」
そこには姿勢良く正座する咲夜の姿があった。
「ま、まったく食えない奴ね……」
「あら、食えない奴でも料理には自信あるわよ。食べてごらんなさい?」
「い、いただきます……」
一口入れた時点で妹紅はその美味さに狂喜乱舞した。
慧音も頬を押さえて舌鼓を打った。
友人の為に1日頑張った少女達の、小さな宴会であった。
当の本人である魔理沙は相変わらず気絶しっぱなしだったが。
魔理沙が起きたとき、床には酔っ払って雑魚寝する妹紅。
そして部屋には良い匂いが立ち込め、ちゃぶ台の上には汚れた皿だけ。
酔っ払ってふらふらしている慧音に声をかけると、
「お前ー、永琳がキノコ取ってハゲたからこれつけろー」
と言って「モサモサG」と殴り書きしてある、いかがわしい薬品を渡された。
頭を触ってみたら、キノコどころかいろいろスッキリしてしまっていた。
魔理沙は泣きながら帽子でそれを隠し、全速力で家に帰って、さらに枕を濡らした。
もう仕方が無いのでモサモサGを頭に塗ろうと思い、指ですくってハゲ部分に塗ってから寝た。
翌日には既に、短いながら髪の毛が生え揃っており、とても驚いた。
でも、モサモサGをすくった指までモサモサになっていて、もっと驚いた。
「まさにモサモサ……」
ともあれ、魔理沙のキノコ騒動は一段落した。
数日後、永琳が魔理沙の家を訪ねてきた。
「経過は良好ね……もう二度と生えてくることはないはずよ」
「そうかい、それはよかった」
魔理沙に出された紅茶を飲みつつ、永琳は魔理沙の頭頂部を掻き分けて診察する。
「じゃ、このワクチンを渡しておくわね」
「キノコにワクチンか……できるのかそんなの」
「月の頭脳に不可能は無くてよ、口から飲んで問題無いわ」
「まぁいいや……ありがとう……ん? 2本も必要なのか?」
「いえ、もう1人魔法の森に住んでる子がいたじゃない、確か」
「ああ、アリスの分か」
確かに、同じ魔法の森に住んでいるアリスも同様の危険を被る可能性はあった。
永琳の話によると、ヒトクイダケは魔法の森が主な生息地らしい。
「まだ何箇所か回らないといけないのよ、渡しておいてもらおうと思って」
「わかった、頼まれるぜ」
「宜しくね」
「おう、ありがとう」
永琳を見送ると、魔理沙は早速出かける準備に取り掛かる。
「あいつの家に行くのも久しぶりだな、どうしてるだろ」
久しぶりに魔道書でもかっぱらってやろうなどと思いつつ、魔理沙はアリスの家に向かった。
「おーいアリスー! いるかー! いるんだろー!」
返事が無い、アリスはあまり出かけることが無いので、家に行けばほぼ確実にいるのだが。
ドンドンと強かに叩き続けていると、戸が開いてしまった。
「なんだ鍵かけてないのか、無用心だな。入るぜ」
どうせまだ寝ているんだろうと考えて、魔理沙は無遠慮にアリスの家の中に踏み込んだ。
「アリース?」
どうも家の様子が変だ、妙に散らかっている。
人形が痛むから、という理由でいつも綺麗に片付けてあるのだが。
不信に思いつつも、魔理沙はアリスの寝室へと向かった。
「アリ……うわぁぁぁぁぁ!?」
「まり……助け……」
そこには、本体であるアリスよりも遥かに大きくなったキノコの重さで、身動きの取れないアリスがいた。
それは一室を埋め尽くすほどの体積で、アリスは寝室からはみ出して床にぐったりと横たわっている。
「お前もやっちゃったのかー!!」
「う、うぅ……」
いつもは魔法の森のキノコなど無視するアリスも、流石にあのキノコの誘惑に負けてしまったらしい。
そしてアリスは苦しみながらキノコを撫でた。
「な、撫でるなー! でっかくなるぞー!!」
「ぁー」
アリスの側には介護を勤める人形が複数飛び回っていた。
人形に世話をさせて、かろうじて生きながらえていたのだろう。
(ああ、アリス……そうだなお前友達少ないもんな……私がもっと心配してやってれば……)
そう考えると、魔理沙は涙が止まらなかった。
魔理沙がすぐに永琳を呼びに行ったおかげで、なんとかアリスは一命を取り留めた。
しかし魔理沙のときよりも遥かに巨大化していたキノコは、アリスの頭に大きすぎるハゲを作った。
魔理沙は3cmほどの円形ハゲだったが、その倍はハゲた。再びモサモサGの出番である。
「元気になったら1回うちに来い」
と魔理沙は言ったのだが、アリスはなかなかやってこなかった。
(あいつデリケートだもんな……傷付いちゃったのかな……)
魔理沙は心配でしょうがなかった。
だが事実は違う。
アリスはモサモサGの威力を侮って、それを頭の上で直接逆さにして振るった。
すると見事に内蓋が吹き飛び、アリスは頭どころか全身にモサモサGをかぶってしまったのだ。
モサモサGの威力は凄まじく、アリスの全身は原型を留めぬほどにモサモサになってしまった。
誰かに見られたら「金色のイエティがアリスの家に!!」という状況を生みかねなかった。
それゆえ、モサモサGの効力が落ち着くまで、しばらく無駄毛との戦いの日々が続いたのである。
命の恩人でもある魔理沙との約束はちゃんと守るつもりだった。
しかし家を出られなかったのである、モサモサになりすぎて。
魔理沙の心配をよそに、しばらくしてからアリスは何食わぬ顔で霧雨邸を訪れた。
だが、どうしてなかなか来なかったのか魔理沙がいくら問いただしても、アリスは答えなかった。
アリスの家に、非常に美しい金髪の人形が増えたそうだ。リサイクル魂である。
どの人形にどこの毛を使ったのかはアリスにしかわからない。
そして、その髪は伸び続けているらしい。呪われた人形の館、マーガトロイド邸。
しかしやっぱりどこの毛かは不明だ。
そこは不思毛の国。
魔理沙が風呂で頭を洗っている。
しっとりしてウェーブのかかった金髪は魔理沙の自慢だった。
その洗い方には余念が無い。
「おじいちゃんはファイナルマスタースパー……痛ぁっ!!」
突然頭頂部に激痛が走る。
「な、なんだぁ!?」
痛みのある部分を手で探ってみると、妙な感触があった。
できものでもできたのかと思ったが、その大きさはできもののそれではない。
しかし何かがぽっこりと出っ張っている。
「なんだこれは!?」
鏡で見てみると、そこには小さなキノコが生えていた。
「私の頭にキノコが!!」
魔法の森のキノコ達の怨念であろうか。
まさにキノコ、と言った形状のキノコが頭頂部から生えている。
良い気分で頭を洗っていたら、勢い良く引っ掻いてしまったらしい。
「ど、どういうことだ……」
鏡を見ながらそのキノコを突付く。
頭にしっかりと根を張っているのか、抜けるような気配は全く無い。
急いで風呂を済まし、ベッドの上に座ると、手鏡を持って改めて観察する。
魔理沙は頭に生えたキノコを見て『冬虫夏草』というものを思い出した。
土の中で生活しているイモムシなどに寄生し、その養分を吸って育つ植物のことだ。
それはとても貴重なもので、漢方薬にもなったりするらしいが……虫は死ぬ。
「こ、このまま私は養分を吸われて死ぬのか!?」
それは大変なことである、魔理沙は焦ってそのキノコを掴み、引き抜こうとした。
「痛だだだだだだ!!」
抜けないどころかものすごく痛い。
「ひいい、たまらんぜこれは」
涙目でキノコを撫でる。
「お、おぉ?」
キノコを撫でていると妙な安心感があった。
このキノコには感情でも備わっているのだろうか。
「参ったな……明日いろいろと調べてみるか……」
様々な不安があるので、魔理沙は頭のキノコを撫でて安心しながら眠った。
翌朝、歯を磨こうと鏡を見てみる。
「で、でっかくなってないか?」
見間違いではない、昨日は2cmほどの大きさだったのが、倍ぐらいになっていた。
訝しがりながらキノコを撫でる。
「ぁー」
安心した。
朝食をとりながら、これからどうするかを考える。
とりあえずこのキノコについて何もわからないので、知ってそうな奴を訪ねることにした。
(パチュリーか、永琳か、慧音ってとこかなぁ)
しかしパチュリーはあまり協力的にはなってくれないだろう。
パチュリーは魔理沙が本を借りに行っても、挨拶もせずに本を読んでいることが多い。
もしくは体調が悪くて寝ていたりする。
話しかけても「ふーん」や「あ、そう」と言った気の無い返事が返ってくるだけだ。
本を持っていかれることに対して、激しい抵抗をしなくなったのがせめてもの救いだ。
永琳はどうか。
確かに恐ろしい知識量を誇る、付け加えて製薬技術も頼りになりそうだ。
だがいかんせん胡散臭い、頼られたのを良いことに頭のキノコを好き勝手いじりそうだ。
ただでさえ天才なんて何を考えてるのかわからない上に、宇宙人なので妙な感性を持っている。
本当に切羽詰ったら助けてくれるだろうが、真っ先に頼ろうとは思えない。
「慧音が妥当なところか……」
人間に対して好意的なので、魔理沙にも親切に接してくれるだろう。
そして「知識と歴史の半獣」だ、まさかこのキノコについてだけわからないということはあるまい。
早速出かける準備をする、キノコは帽子で隠れた。
家を出て、箒をまたごうとしたそのとき、
「そういや慧音ってどこに住んでるんだ……?」
会えるか不安になったので、帽子を脱いでまたキノコを撫でた。
「ま、適当に探してみるか、ぁー」
ちょっとだけキノコが気に入りつつあった。
「うーん、多分この辺だとは思うんだがなぁ」
魔理沙が今飛んでいるのは、妹紅の家の界隈である。
(ん……待てよ?)
良いことを閃いた。
慧音は妹紅を守りに来るので、妹紅を襲うふりをしてこの辺で暴れれば出てくるかもしれない。
魔理沙は懐をごそごそと漁ると、ありったけのスペルカードを取り出した。
「ミルキーウェーイ!!」
「妹紅はどこだーっ!!」
「スターダストレヴァリエーッ!!」
「出て来い! 出て来い妹紅っ! やっつけてやるぜー!!」
「ノンディレクショナルレーザーッ!!」
魔理沙は箒で疾走しながら竹林を爆撃して回った。
ものすごい騒音、ものすごい発光、これだけやってれば慧音も出てくるだろう。
「何してんだコラァー!!」
「お、きたきた……ひぃぃぃぃ!!」
それは慧音ではなかった。
「本人出てきたぁーッ!!」
「何をぶつくさとわけわからないことを言ってる!!」
当然である、妹紅の家の側なのだから。魔理沙はそこまで頭が回ってなかった。
妹紅は寝巻きを着ている、気持ち良く寝てるところを起こされたのか、相当不機嫌そうだ。
「朝っぱらからうるさいんだよ!!」
「ち、違うぜ、誤解だ、これはっ……!!」
涙ながらに逃げ回る魔理沙、朝っぱらから1人で肝試しなんて嫌である。
自分は慧音に会いたいだけなのに、なんで妹紅に襲われないといけないのか。
そう思う魔理沙だったが、完全に自業自得なので救いようが無い。
(な、なにが飛んでくるっ!? 鳳翼天翔!? ウー!? フジヤマ!?)
「なんて逃げ足の速い奴!! でも逃がさない!!」
魔理沙も流石の速度で、妹紅は徐々に距離を離されてしまったが、1枚のスペルカードを取り出した。
「あれ……妹紅がいな……い!? あれ? あっれぇー? 私にこんな翼生えてたっけー!?」
魔理沙の背から鳳凰の翼が生えていた。
それだけじゃなく、嫌に周囲が熱い。
「そっかー! パゼストバイフェニックスかー! ぎゃーっ!!」
いきなりのことで、自分の周囲から降り注ぐ弾幕を避けきれずに魔理沙は墜落した。
頭がぼーっとする、全身が痛い。
魔理沙は少しずつ意識を取り戻す。
「ったくなんでこんなやつ介抱するのよ」
「お前はやりすぎなんだ妹紅……輝夜相手じゃないんだから手加減してやれ」
ぼんやりとした視界に、慧音と妹紅の顔が映った。
実は慧音もあの場所に向かっている最中だった。
ただ、慧音だってあそこの周辺に住んでいるわけではないので、すぐには行けなかったのだ。
満月の夜なら感覚が研ぎ澄まされているし、飛行速度も遥かに上がるので、すぐ行けるのだが。
「くそう、油断したぜ……」
「起きるなりなによ『妹紅やっつけてやる』とか叫んでたじゃないかお前、不意打ちはそっちでしょうに」
「お前が出てくるのは計算外だったんだよ、本命は慧音だ」
「なんだ、私に何か用なのか?」
「あー、ここはどこだ……お前さんの家か?」
「そうだ、妹紅の家には薬が無いから手当てができない」
これはもちろん、不老不死である妹紅に薬など不要だからである。
「そうそう、用ってのはこいつについて知らないかなと思って……」
「ん?」
少し恥ずかしがりながら魔理沙が帽子を脱ぐ様子を見て、思わず妹紅と慧音が目を見張る。
「ブフッ!? アーハハハハハハ!!」
「クッ……!!」
「な、なんだよ笑うなよ!!」
涙を流しながら大声で笑う妹紅と、顔を背けて下唇を噛む慧音。
「人が真剣に悩んでるのに笑うな!!」
「あ、あっ!! 頭にキノコッ!! クッ……ク……アーッハッハ!!」
「フッ……ブフッ……!!」
「うわぁぁぁん!!」
悔しいのでキノコを撫でた、とても落ち着いた。
「笑ってないでなんとかしてくれよぉ!!」
「す、すまん……あまりに似合ってるものでつい……」
「似合ってるのか!?」
それはそれでショックだった。
ある程度2人が落ち着いてから真面目な話に移行する。
妹紅は相変わらず魔理沙の頭をちらっと見ては笑いをこらえていた。
「いや、知識としては知っていたが、現物を見るのは初めてだな」
「知っているのか慧音!!」
「ああ、それは『ヒトクイダケ』というキノコだな」
「ひ、ヒトクイ!?」
そのまんまなネーミングに魔理沙が驚く。
「その名の通りだよ、人間に寄生して養分を吸い取るキノコだ」
「やっぱりそういうキノコなのか……」
「そうだな、ずっと生やしていると死ぬぞ」
「い、いやだ……どうすれば助かるんだよ」
「うーん……無理に抜こうとするとそれはそれで死ぬらしいしなぁ」
慧音は腕を組んで眉をしかめる。
「助かった前例が無いか、少し考えてみる」
あーでもないこーでもないと唸る慧音を見て不安になった魔理沙は、またキノコを撫でた、落ち着いた。
「ぁー」
「ま、待て!! 撫でちゃダメだ!!」
「へ?」
「撫でると成長するんだそれは! 死期を早めるぞ!!」
「な、なんて都合の良いキノコなんだ!!」
魔理沙はがっくりとうなだれる。
「撫でると気持ち良くなるのは、それを利用して成長を早めようとする性質があるかららしい」
「それで養分が吸い取られて死ぬのか……残酷だぜ」
「いや、死因は養分を吸われることじゃない」
「……どういうことだ?」
慧音は少し言いづらそうに口ごもってから、
「キノコが大きく、重くなりすぎて首の骨が折れるらしい」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
しかしここに来て魔理沙は1つ疑問を感じた。
「そういえば……なんで今になっていきなり生えてきたんだ? このキノコ」
「そのキノコには二段階あるらしい」
魔理沙はニヤニヤしながら見ている妹紅にイラつきつつも、気をそらして慧音の話に集中する。
「一段階目は普通に地面に生えているらしい、そしてとても醜悪な外見のようだ」
「ふむふむ」
「興味を持って引き抜いたが最後……奇声を上げて胞子をバラまくらしい」
「ふむふむ」
「心当たりはあるか?」
「あるぜ」
結構前の話だったが、変なキノコを抜いたら「うんっ!!」という奇声を発したので驚いたことがあった。
魔理沙はビックリして投げ捨ててきてしまったのだが。
「それからしばらくの潜伏期間を経て、胞子を浴びた人間の頭からそのように生えてくるわけだ」
「これが第二段階なのか……」
「お前なんでそんなキノコ抜くかなー、バカだろ?」
「うるさいな!!」
妹紅に挑発されて思わず頭のキノコを撫でてしまう。
「ほらまた!! 撫でるなと言ってるだろう!!」
「し、しまった!! ついクセで!!」
「撫で続けて大きくなったキノコに首を折られて死んだ人間は、その後も養分を吸い取られ続ける」
「あ、ああ……」
「そしてキノコは、養分を吸い取るだけ吸い取ったら、また胞子をバラまいて、それが第一段階になる」
「おっそろしいキノコだな……」
魔理沙はニヤける妹紅に目をやった。
「こいつに生えたらどうなるんだろうな」
「やめてよ薄気味悪い」
「それもそうだな……まぁ、復活を繰り返す内に抜け落ちるんじゃないか?」
「慧音まで変なこと言わないでよ」
「よしよし、もし手立てが無かったらお前の家の側で死んでやるぜ」
「やめてよ!!」
「ん?」と魔理沙はまた疑問を抱く。
「待てよ、養分吸収自体が致命的じゃないなら、キノコが大きくなりすぎても、
横になってれば死なないんじゃないか?」
「だろうな」
変なところで詰めの甘いキノコである。
「で、でもそれもやだなぁ……」
キノコが大きくなりすぎて寝たきり、という状況も相当に悲惨なものがある。
魔理沙がキノコなのか、キノコが魔理沙なのかわからなくなりそうだ。
「とりあえず方法は探ってみる」
「おう、頼む」
「こらっ!!」
自然にキノコに手を伸ばした魔理沙が、またも慧音に怒られる。
「キノコ撫では今後一切禁止だ!!」
「う、うぅ……」
「帽子をかぶっていろ、そうすれば撫でられないだろう」
「それもそうだな……」
「しっかし気持ち悪いねお前、キノコ撫でが趣味なんて」
「ほんと腹立つなこいつ」と魔理沙は思った。
横では再び脳内検索に入った慧音が腕組みをしてうんうん唸っている。
「撫でてやろうか~? キノコ」
「触るな! 私の神聖なキノコに!!」
慧音がカッと目を見開く。
「うるさいぞお前ら! 集中できないから静かにしないか!」
「だ、だって妹紅がー!!」
「お前がこれ見よがしに変なキノコ生やしてるからじゃないの!!」
「うぁぁぁぁん!!」
魔理沙は妹紅に組み伏せられて泣き叫ぶ。
仲が悪いように見えて実は結構良いコンビかもしれない。
妹紅は魔理沙をくすぐりながらも、時折すごい手の動きでキノコを狙っていた。
「妹紅! ふざけるのはいい加減にしないか! 魔理沙にとっては死活問題なんだぞ!!」
「わ、悪かったよ、そんなに怒らないでよ慧音……」
「うっ、うぅっ……」
うつ伏せになって子供のように泣く魔理沙。
しかし考えてみれば確かに深刻な状況である。命に関わっているのは間違いないのだ。
妹紅は生死とは無縁な身上ゆえ、ふざけすぎてしまったことを反省した。
「ご、ごめん魔理沙、悪ノリしすぎたよ」
「うぅぅ……」
妹紅は倒れている魔理沙を抱き起こし、頭を撫でてよしよししてやる。
「だから撫でたらダメだってー!!」
「ッ!?」
どうしようもなかった。
その後慧音は、自分だけでは力不足だと感じたのか、永遠亭に行くと言い出した。
もちろん、永遠亭に近寄っただけで総攻撃される妹紅はお留守番である。
また、魔理沙も自然に頭に手が行ってしまうので、縄で縛られてお留守番となった。
流石に縛られた状態では箒に乗って飛ぶこともままならない。
「も、もこー……」
「なによ?」
慧音の家の中は、まるで妹紅が魔理沙を誘拐したかのような不気味な光景だった。
ぐるぐる巻きにされた魔理沙が、イモムシのように地面でのたうちながら妹紅に話しかける。
「き、キノコを撫でさせてくれぇ……」
「ダメよ、死にたいの?」
「撫でないと今すぐ死ぬー……」
なんとキノコ撫では中毒性があるらしい、魔理沙は目がうつろで、嫌にやつれていた。
「ん? 待てよ、随分顔色が悪いねお前……」
「お腹空いたー」
妹紅が魔理沙の帽子に目をやると、不自然に膨らんでることに気が付いた。
「まさか……!!」
「あー?」
「な、なんてこと!?」
帽子を剥ぎ取ると、既にキノコは魔理沙の顔より少し小さい程度の大きさまで成長していた。
お腹が空いたというのは養分を吸い取られてしまったからだ、やつれているのもそうだろう。
「今何か食べるものを持ってくる、少し待ってて」
「撫でさせろー……」
妹紅が台所へ駆け込んで調理を始めた。
ザクザク、シャリシャリ、という音が断続的に聞こえてくる。
妹紅は急いで調理を済ませた。
「よし! 栄養満点の料理だ! これを……ってこらー!! 何してる!!」
「ぁー」
帽子を剥ぎ取ったままだったのが仇となった。
魔理沙は縛られたまま器用に壁際まで移動し、壁にキノコをこすり付けて恍惚としていた。
「お、恐ろしいキノコだ!!」
「ダメー! もっとこすりつけるのー!!」
暴れる魔理沙を引きずって部屋の中央のちゃぶ台まで連れてくる。
「やーだー! もっとこすりつけるのー!!」
「正気になれ魔理沙ァァ!!」
妹紅が魔理沙に往復ビンタを始める、揺れる頭、揺れるキノコ。
「はっ!? も、妹紅……私は一体……」
「良かった、正気に戻ったか……」
「い、痛……」
往復ビンタが強すぎたのか、魔理沙の口から血が垂れていた。
「ご、ごめん、そんな目で見ないでよ……」
「うぅぅ……」
「ほら、お腹空いたんでしょう? 料理を作ってきたよ」
「え……?」
それはぶつ切りにされた野菜が大皿に乗ってるだけのものだった。
そりゃ時間がかかるはずもない。
「料理っていうかこれ食材そのままじゃ……」
「何言ってるのよ、間違いなくサラダじゃないの」
妹紅は料理が下手だった。
「お前さんはなんで1000年以上も生きてて料理すらできないんだ?」
「そ、そう言われてもなぁ……昔は従者が作ってくれたし」
「いや、そうじゃなくて、独り暮らしも長いんじゃないのか?」
「腹に溜まれば良いわよ、もう」
そんなだから上手にならないんだろう。
「まぁいいか……新鮮な野菜なら生で食えなくはないし……」
「そうそう、素材の味を生かしたんだってば」
「料理できないやつの言い訳」使用頻度NO1。
とはいえ確かに、なまじ調理された方が酷いものが出てきそうである。
「それよりほら、縛られてて食えないんだよ……」
「よ、よし、特別に食べさせてあげるよ」
頭からキノコの生えたイモムシ状態の魔理沙が、口から血を垂らしながら……
ただぶつ切りにされた生野菜を、妹紅に「あーん」される。
とても恐ろしい光景だった。
魔理沙がガリガリと生ニンジンを噛み砕く音が、不気味に響き渡る。
一方慧音は永遠亭へと急いでいた。その横には十六夜咲夜が並んで飛んでいる。
慧音は永遠亭に行く前に紅魔館へと寄ったのだ、理由は単純、用心棒の獲得である。
紅魔館なら特に永遠亭と確執もないので、中立勢力としての架け橋的役割もあった。
妹紅ほどではないものの、慧音も敵対勢力と見なされ永遠亭の連中からはあまり良い顔をされていない。
従者からはそれほど警戒されないが、妹紅を守るため竹林で何度も直接対決した輝夜にはかなり敵視されている。
妖夢あたりもありだが、冥界へ行くのが大変だし何より妖夢が行方不明らしい。
そんな諸々の理由から、慧音は紅魔館を訪ねるに至った。
「しかし貴女のところの門番はあれでいいのか?」
「もう良いのよ、割り切ってるわ」
門番、紅美鈴は慧音に事情を説明されて、良いように丸め込まれた。
そして、
「咲夜さん!! 魔理沙を助けてあげてください!!」
と涙ながらに、直接咲夜の説得に当たったのだ。
その性格には好感が持てるが、門番に適任であるとは言いがたい。
「ついてきてもらってなんだが……仕事は大丈夫なのか?」
「常に余裕を持って仕事をする、それがミスをしないための秘訣よ」
「なるほど、重い言葉だ」
「他のメイドへの指示もちゃんと出してきたわ、お嬢様もお休み中だし、しばらくは大丈夫よ」
「すまない、感謝する」
「状況が状況だしね」
やはり咲夜を選んだのは正解だった、話がとてもよくわかる。
もしかすると魔理沙自身よりも今回の事件を深刻に捉えているのではあるまいか。
咲夜にしてみれば、魔理沙は滅茶苦茶な奴だが、偏見を持たずに咲夜を真っ直ぐ見てくれる友人だ。
幻想郷の外に居た頃の周りの人間より、ずっと信頼に値するし、好きだった。
「見えてきた、永遠亭だ」
「気を引き締めないとね、まずは私が行くわ」
「そうしてもらえると助かる」
慧音は隠れて待機し、咲夜が永遠亭の正門側に降り立つ。
「何の用だ!?」
「別に争いに来たわけではないわ、八意永琳に用があるのよ」
やはり門番達は即座に攻撃に移ることはなかった。
咲夜は両手を上げて敵意が無いことを示す。
咲夜の言葉を聞いて、門番達はこそこそと話すと、
「わかった……少し待っていろ」
そう言って数人の門番が屋敷の中へと入っていった。
「しかしすごいわね、まるで要塞だわ」
咲夜の言葉に門番達は何も応えない。
永遠亭の連中には宴会で何度か会った事があるが、咲夜が直接ここを訪れたのは初めてだった。
満月の異変は、霊夢達が解決してしまったからである。
「あれ……貴女紅魔館の……」
「十六夜咲夜よ、鈴仙さん」
昼食中だったのだろうか、鈴仙は口の周りに米粒がついていた。
「門番達がえらく焦ってやってきたものだから、何かと思ったわよ」
「まぁ見慣れてないでしょうから仕方ないわ。それより、永琳に用があるのよ」
「もー、まるで便利屋ねぇ、うちの師匠は……」
苦笑する鈴仙に咲夜が歩み寄る。
「な、なに?」
「だらしないわよ、ほら」
「え、ちょっ……」
咲夜は鈴仙の口の周りについた米粒を指ですくい取ると、それを鈴仙の口の中へ優しく押し込んだ。
あまりに突然の出来事に鈴仙はキョトンとしてしまったが、その直後に真っ赤になって俯いてしまった。
「食べ物を粗末にしてはいけないわ」
「あ、ありがとう……そ、それじゃ師匠のところに案内するわね」
「ちょっと待って」
恥ずかしがって、いそいそと屋敷の中に入ろうとする鈴仙を呼び止め、咲夜は指をパチンと鳴らす。
すると茂みの中から慧音が出てきた。
「彼女も一緒だけれど、問題無いわね?」
「あ、あー……うーん……まぁ姫に見つからなければ問題は無いわ」
「暴れたりはしない、安心してくれ」
輝夜はほとんど部屋にこもって1人で何かしているので大丈夫だろう。
「師匠ー! お客さんですよー!」
鈴仙が永琳の部屋の戸を叩く。
(な、なんて長い廊下なのよ……なんだか負けた気分だわ)
(ここは住居というより要塞なんだ……妹紅がしょっちゅう襲撃するせいで……)
紅魔館も咲夜が空間をいじっているためかなり広いのだが、永遠亭はそれをさらに上回った。
居住性の高い紅魔館に比べ、誰も使ってない無駄な部屋があったり、通路がやたら入り組んでいたりと、
それは明らかに侵入者からの防衛を考慮した構造だった。
(この子見た目によらずすごいのね、あの道を迷わずに案内できるなんて)
(そうだな……)
そんなことはない、鈴仙も実は何度も道を間違えていたのだが、運良く辿り着いただけだった。
だから2人は余計に道が長いと感じたのだが、鈴仙もその辺は慣れている。
まったく焦る様子も無く当たり前のように道を間違えれば、そうは見えないのだ。
何もてゐだけがサギ師ではなかった、鈴仙もなかなかの食わせ者である。
長い年月をかけて、道案内に関してだけは素晴らしい騙し技術を手に入れていたのだ。
そんなものを磨くなら道を覚えろと言いたいが。
鈴仙の声を聞いて「ズズズ……」と言った感じで、戸の隙間から永琳が顔を出した。
それはかなり不気味な動きだった。まるで妖怪だ。
「誰が来たの? 霊夢だったらすぐに射殺しなさい。そしてウドンゲ、連れてきた貴女を許さない」
「ち、違います師匠、霊夢なら門前払いですよ。十六夜咲夜と上白沢慧音です」
霊夢は酷い言われようだった、過去に何かやらかしたらしい。
さらに「ズズズ……」と顔を出すと、永琳は来訪者の顔を確認した。
「確かに……良いわ、入りなさい」
「それじゃ2人とも、失礼のないようにね」
「ああ」
「わかっているわ」
永琳の部屋は整頓こそされているものの非常に物が多かった。
2人は身体をぶつけてそれらを崩さないように慎重に中に入っていく。
「それで、何の用かしら?」
「じゃ、私は黙っているわね、慧音よろしく」
「わかった」
慧音は少し考えてから口を開いた。
「ヒトクイダケというキノコをご存知か?」
「ああ、あの頭に生えるやつね」
「そうか、なら話が早い」
「そりゃねぇ……姫の頭に生えたことがあったし」
「ブフッ!?」
それを聞いて思わず吹き出す慧音。
さっき知識の検索をしていたときも、それには気が付かなかった。
「そ、そのときはどうしたんだ?」
「駆除しようと思ったんだけれどね、姫が『可愛いでしょう?』と言うから、そのままにしていたわ」
「それで……輝夜はどうなった?」
「何回も死んだわ」
なんて無責任な従者だろう。
輝夜が不老不死でなければ急いで対処したのだろうが、不老不死だからってほったらかしすぎである。
「でも何度か死んだり生き返ったりしてる内に抜け落ちたのよね」
「つまり何も対応策は練らなかったと……?」
「そうよ、何度か死んでからも姫は『ああ、妹紅! このキノコは妹紅ね!?』と言って大喜びだったわ。
邪魔するわけにもいかないでしょう?」
従者が従者なら主も主である、輝夜も生死に対する認識が希薄なようだ。
そして、自分の命を危機にさらすという共通点だけで、キノコを妹紅呼ばわりするとはなんということか。
「う、ううむ……話がそれてしまったんだが」
「そうね、ヒトクイダケがどうかしたのかしら?」
「霧雨魔理沙の頭に生えてしまってな……助けてやらねばいけない」
「何度か死んでる内に抜けるから平気よ」
「お前達と一緒にするな! あいつは普通の人間だぞ!」
「うーん、じゃあ姫を連れてきて、蓬莱の薬でも作ってあげましょうか?」
「あんな物騒な物をそう簡単に作ろうとするんじゃない!!」
「冗談よ冗談、私だってあれはもう作りたくないわ」
慧音が真剣に話しているのに、のらりくらりと話をそらす永琳のせいでまともな会話になっていない。
咲夜はそんな慧音を見て、心底哀れだと思った。
「とにかく……お願いだ、あれをどうにかしないと魔理沙が死んでしまう」
「そうねえ……姫のときに何もサンプルを残してないから、今すぐ特効薬を作れと言われても難しいわ。
とりあえず実際見せてもらいましょうか、そのキノコ」
さっきまでいい加減だったくせに急に真面目になって、慧音は酷く狼狽した。
「……すまんな、苦労をかける」
「良いわよ面白そうだし」
それを見て、腕組みをして壁に寄りかかっていた咲夜が姿勢を正す。
「話は済んだようね、なら行きましょうか」
「咲夜もすまないな」
「もう、いちいち謝らなくても良いわよ、無理矢理連れてこられたわけではないし」
永琳がいろいろと医療器具を準備するのを待ってから、3人は永遠亭を出た。
来るときよりも遥かに早く出口についたので、
「ああ、あのウサギ、平気な顔して道間違えてたんだな」
と2人は思った。
「慧音、助けて……」
妹紅は今にも泣き出しそうな表情で魔理沙を眺めていた。
魔理沙のキノコはあの後もさらに成長を続け、既に頭より大きくなっている。
「も、もこー……」
「ど、どうしたの魔理沙!?」
当の魔理沙も、キノコを思うように撫でられない苦しさから憔悴しきっていた。
「ま、前にな……丹を作ったんだ……」
「うん、うん」
魔理沙の目は焦点が合っていなかった。その言葉も、とりとめのないことを呟くばかり。
「ところがでっかすぎてな……飲み込めなかったんだ……要改良……」
「そうか、そうか……」
妹紅は泣きそうになるのを堪えながら、必死に笑顔を作って魔理沙の頬を撫でてやる。
一見深刻な状況のように見えるが、ただキノコ撫での禁断症状が出て、
魔理沙はちょっとおかしくなっちゃってるだけである。まだ命に別状は無い。
「も、もこー……」
「どうした、どうしたの魔理沙……」
「私が死んだら……私の家の中の物を1つ好きに持って行って……ガクッ!!」
「魔理沙……!? 魔理沙ーーーッッ!!」
予期せぬ死、妹紅は魔理沙の頭を抱きしめて泣き喚いた。
「うぁー……キノコ重いぜ……」
別に死んでなかった、キノコが重くて首が疲れただけだった。
そもそも、わざわざ死ぬときに「ガクッ!!」なんて言う奴はいない。
「しかしそれだけキノコが重くなってきてるのは深刻ね……」
「そうだな……慧音が早く戻ってきてくれることを願うぜ」
妹紅も嘘泣きだった。
この2人、まだ随分余裕があるようだ。
それからしばらく後、家の戸が開かれる。
「戻ったぞ、魔理沙は無事か?」
「慧音っ!」
気を失ってぐったりとする魔理沙を妹紅が見守っていた。
「まさか……もうそんな深刻な状態なのか!?」
「あ、いや、頭撫でたがるから殴って気絶させた」
「そ、そうか……なら安心だ」
「お邪魔するわ」
「私も」
慧音に続いて入ってきた永琳と妹紅の目が合い、辺りに緊張が立ち込める。
「予想はしていたが……よくもまぁノコノコと顔を出せたものね、八意」
「あら、なによ……お邪魔なら帰らせてもらうけど?」
「や、やめろお前達、それどころじゃないだろう!」
慧音が一番恐れていた事態だった。
妹紅が永遠亭を襲撃したとき、それを阻止するのは大抵が永琳である。
部下のウサギ達では話にならない、鈴仙やてゐも含めてだ。
妹紅の襲撃を感知すると、輝夜は喜び勇んで部屋から出てくるのだが、
それまでに永琳と戦って決着がついていることも多い。
妹紅も感じていた、永琳は輝夜よりも遥かに強い。こいつを倒せずして輝夜には辿り着けない、と。
今までの勝率は永琳がいくらか上回る、輝夜の乱入で永琳が引っ込むケースもあるが。
つまり、妹紅にとって永琳は輝夜と並ぶ宿敵であった。
「ストップ、そこまでよ」
次の瞬間、今にも飛び掛りそうな妹紅を包み込むようにナイフの壁が作り出されていた、咲夜の仕業である。
「今は貴女達の宿命などどうでも良いのよ、そんなものは野良犬にでも食べさせてしまいなさい」
「なんだと……?」
妹紅の霊力が飛躍的に上昇していく。
「魔理沙を救うのよ、私達は」
「……」
「それすらも解さないと言うなら、時間を止めたまま貴女を幻想郷の境まで連れて行ってあげるわ」
「わかった……今一時は忘れる」
「よろしい……物分りの良い人、好きよ」
咲夜がひとつ指を鳴らすと、妹紅を取り巻いていたナイフは瞬時に全て消えた。
妹紅とて、魔理沙のことは心配だった。
「ちっ、食えない奴ね」
「蓬莱人の生き胆よりは美味しいと思うけれど?」
「ふん」
やはり咲夜を連れてきて正解だった、慧音は力が抜けてへたり込んでしまった。
なんとも頼りになる、荒事から何から、これほど頼もしいとは。
「さて、診ても良いかしら?」
「ああ、頼む」
永琳が魔理沙に近づくと、その気配に気付いて魔理沙が目を覚ました。
「おはよう」
からかうように声を掛ける永琳を見て、魔理沙は酷く怯えた様子で、
「キャトルミューティレーション!?」
永琳が宇宙人だからってあんまりだ。魔理沙はまた殴られて気絶した。
あと、それを言うならアブダクションである。
「なるほどねぇ……」
少しキノコを削っては、妙な薬品と混ぜてみたり。
少しキノコを削っては、顕微鏡で覗いてみたり。
永琳は手際よくキノコを調査していった。
「どうだ? このキノコの弱点らしきものはわかったのか?」
「そうねえ……これといった特効薬の開発はすぐにはできそうにないけれど……」
「そうか……」
「除去自体はそれほど大変ではなさそうだわ」
「本当か!? 良かった!」
慧音の表情がパッと明るくなる。
思えば、普段ほとんど接点も無い魔理沙にここまで肩入れできるというのもすごい。
まるで自分のことであるかのように喜ぶその様は、彼女が心から人間を愛していることを感じさせる。
「ただ1つ問題が……」
「え?」
再び慧音の表情が曇ってしまう。
「既にこれだけの大きさなのよ……除去したら……」
「したら……?」
慧音のみならず、周囲に居る全員が息を飲む。
今や魔理沙のキノコは頭どころか、上半身と同じぐらいのサイズまで成長していた。
「ハゲができるわ」
慧音が腕組みをする、妹紅が頭を抱える、咲夜が眉間に指を当てる。
「まぁ……八意家秘伝の育毛剤、それをさらに八意家一の天才である私が改良した……
艶乱巣『育毛-モサモサG-』を使えば問題ないでしょう」
「そ、そうか! それは良かった!」
慧音は喜んでいたが、妹紅と咲夜は胡散臭いとしか思わなかった。
さらに咲夜は思った、こいつはあの薄暗い部屋に篭って育毛剤なんて作っていたのか。
そして月に住んでいた八意家の男達はそんなにも薄毛に悩まされていたのか。
それにしても「モサモサG」とは、なんとも禍々しい名前である。
程なくして魔理沙のキノコ除去手術は開始された。
永琳がペン型の道具に魔力を込めると、その先から細いレーザーが出て、キノコを焼き切った。
そしてさらに、再び生えてこないよう念入りにその細胞を焼き殺していった。
魔理沙の頭皮には一切傷つけることなく。
実に見事な手腕である、周りに居る全員が目を見張ってそれを眺めていた。
綺麗にされている慧音の家だったが、それでも手術室としては不衛生極まりない。
それに大した器材も永琳は持ってきていなかったし、麻酔もしていない。
その全ての条件を無視して進められていく永琳の手術は、芸術とも言うべき見事なものだった。
「す、すごいな……」
「か、かっこいいじゃないか八意……」
「私も簡単な手当てならできるけれど……流石に本職はすごいわね」
「うふふ、ありがとう」
あっという間にキノコは切り離され、解体され、薬漬けにされて永琳のカバンに入れられた。
周りの者達は「良いものを見せてもらった」という満足感でほくほくしていた。
「さて……」
しかし、ハゲるのだけは流石のゴッドハンド永琳先生にもどうしようもなかった。
魔理沙の頭頂部は見るも無残にハゲている。
「じゃ、モサモサGは置いていくから、この子が目を覚ましたら渡してやって頂戴」
「わかった」
「あと一応、今日持ち帰ったサンプルを元にワクチンを作ってみるから、できたら届けると伝えて」
「ええ」
「貴女達にもちゃんとワクチンをあげるからね。私が来ても迎撃しないでよ、妹紅」
「わかったよ、あ、ありがとう……」
「ふふ、素直にしてれば可愛いじゃないの」
永琳が妹紅の頭を撫でる。
「なっ!? 調子に乗るなっ!!」
やはり妹紅は永琳が苦手だった。
「それでは帰って早速作業に取り掛かるわ、お疲れ様」
「私は何もしてないな……感謝する、永琳」
「良いものを見せてもらったわ、今日は」
「ちっ……しばらくは永遠亭襲撃はしないでおいてあげるよ」
最後にうっすらと微笑むと、永琳は帰路についた。
「咲夜、今日は貴女にも本当に助けられた、感謝している」
「あらそう? お邪魔でなかったら良かったのだけど」
「そんなことはない、貴女がいなければここまでスムーズに事が運ばなかった」
慧音は咲夜にうやうやしくお辞儀をした。
「やめてよ、そんなにかしこまられたらやりにくいわ。それよりお腹が空いたでしょう?
せっかくだから最後に一仕事、腕を揮わせていただきたいのですけれど」
「そ、そんな何から何まで申し訳ない……仕事の方は大丈夫なのか?」
「良いわよ、お嬢様も暇を持て余してらっしゃるから。良い土産話になったし、お許ししてくださるわよ」
「そ、そうか……」
「んじゃメイド長とやらのお手並み拝見させてもらおうかな~」
「妹紅……現金だなぁ」
「なによー、私だって魔理沙見張るの大変だったんだから、少しはねぎらってよね」
「……それもそうだな、妹紅も今日は付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして、っと」
妹紅は勝手に一升瓶を手に取ると、それを持って居間へと戻った。
「ごちそうができるまで飲ませてもら……」
危なく一升瓶を落とすところだった。
既にちゃぶ台の上に大量の料理が並んでいたのだ。
「どうぞ召し上がれ」
そこには姿勢良く正座する咲夜の姿があった。
「ま、まったく食えない奴ね……」
「あら、食えない奴でも料理には自信あるわよ。食べてごらんなさい?」
「い、いただきます……」
一口入れた時点で妹紅はその美味さに狂喜乱舞した。
慧音も頬を押さえて舌鼓を打った。
友人の為に1日頑張った少女達の、小さな宴会であった。
当の本人である魔理沙は相変わらず気絶しっぱなしだったが。
魔理沙が起きたとき、床には酔っ払って雑魚寝する妹紅。
そして部屋には良い匂いが立ち込め、ちゃぶ台の上には汚れた皿だけ。
酔っ払ってふらふらしている慧音に声をかけると、
「お前ー、永琳がキノコ取ってハゲたからこれつけろー」
と言って「モサモサG」と殴り書きしてある、いかがわしい薬品を渡された。
頭を触ってみたら、キノコどころかいろいろスッキリしてしまっていた。
魔理沙は泣きながら帽子でそれを隠し、全速力で家に帰って、さらに枕を濡らした。
もう仕方が無いのでモサモサGを頭に塗ろうと思い、指ですくってハゲ部分に塗ってから寝た。
翌日には既に、短いながら髪の毛が生え揃っており、とても驚いた。
でも、モサモサGをすくった指までモサモサになっていて、もっと驚いた。
「まさにモサモサ……」
ともあれ、魔理沙のキノコ騒動は一段落した。
数日後、永琳が魔理沙の家を訪ねてきた。
「経過は良好ね……もう二度と生えてくることはないはずよ」
「そうかい、それはよかった」
魔理沙に出された紅茶を飲みつつ、永琳は魔理沙の頭頂部を掻き分けて診察する。
「じゃ、このワクチンを渡しておくわね」
「キノコにワクチンか……できるのかそんなの」
「月の頭脳に不可能は無くてよ、口から飲んで問題無いわ」
「まぁいいや……ありがとう……ん? 2本も必要なのか?」
「いえ、もう1人魔法の森に住んでる子がいたじゃない、確か」
「ああ、アリスの分か」
確かに、同じ魔法の森に住んでいるアリスも同様の危険を被る可能性はあった。
永琳の話によると、ヒトクイダケは魔法の森が主な生息地らしい。
「まだ何箇所か回らないといけないのよ、渡しておいてもらおうと思って」
「わかった、頼まれるぜ」
「宜しくね」
「おう、ありがとう」
永琳を見送ると、魔理沙は早速出かける準備に取り掛かる。
「あいつの家に行くのも久しぶりだな、どうしてるだろ」
久しぶりに魔道書でもかっぱらってやろうなどと思いつつ、魔理沙はアリスの家に向かった。
「おーいアリスー! いるかー! いるんだろー!」
返事が無い、アリスはあまり出かけることが無いので、家に行けばほぼ確実にいるのだが。
ドンドンと強かに叩き続けていると、戸が開いてしまった。
「なんだ鍵かけてないのか、無用心だな。入るぜ」
どうせまだ寝ているんだろうと考えて、魔理沙は無遠慮にアリスの家の中に踏み込んだ。
「アリース?」
どうも家の様子が変だ、妙に散らかっている。
人形が痛むから、という理由でいつも綺麗に片付けてあるのだが。
不信に思いつつも、魔理沙はアリスの寝室へと向かった。
「アリ……うわぁぁぁぁぁ!?」
「まり……助け……」
そこには、本体であるアリスよりも遥かに大きくなったキノコの重さで、身動きの取れないアリスがいた。
それは一室を埋め尽くすほどの体積で、アリスは寝室からはみ出して床にぐったりと横たわっている。
「お前もやっちゃったのかー!!」
「う、うぅ……」
いつもは魔法の森のキノコなど無視するアリスも、流石にあのキノコの誘惑に負けてしまったらしい。
そしてアリスは苦しみながらキノコを撫でた。
「な、撫でるなー! でっかくなるぞー!!」
「ぁー」
アリスの側には介護を勤める人形が複数飛び回っていた。
人形に世話をさせて、かろうじて生きながらえていたのだろう。
(ああ、アリス……そうだなお前友達少ないもんな……私がもっと心配してやってれば……)
そう考えると、魔理沙は涙が止まらなかった。
魔理沙がすぐに永琳を呼びに行ったおかげで、なんとかアリスは一命を取り留めた。
しかし魔理沙のときよりも遥かに巨大化していたキノコは、アリスの頭に大きすぎるハゲを作った。
魔理沙は3cmほどの円形ハゲだったが、その倍はハゲた。再びモサモサGの出番である。
「元気になったら1回うちに来い」
と魔理沙は言ったのだが、アリスはなかなかやってこなかった。
(あいつデリケートだもんな……傷付いちゃったのかな……)
魔理沙は心配でしょうがなかった。
だが事実は違う。
アリスはモサモサGの威力を侮って、それを頭の上で直接逆さにして振るった。
すると見事に内蓋が吹き飛び、アリスは頭どころか全身にモサモサGをかぶってしまったのだ。
モサモサGの威力は凄まじく、アリスの全身は原型を留めぬほどにモサモサになってしまった。
誰かに見られたら「金色のイエティがアリスの家に!!」という状況を生みかねなかった。
それゆえ、モサモサGの効力が落ち着くまで、しばらく無駄毛との戦いの日々が続いたのである。
命の恩人でもある魔理沙との約束はちゃんと守るつもりだった。
しかし家を出られなかったのである、モサモサになりすぎて。
魔理沙の心配をよそに、しばらくしてからアリスは何食わぬ顔で霧雨邸を訪れた。
だが、どうしてなかなか来なかったのか魔理沙がいくら問いただしても、アリスは答えなかった。
アリスの家に、非常に美しい金髪の人形が増えたそうだ。リサイクル魂である。
どの人形にどこの毛を使ったのかはアリスにしかわからない。
そして、その髪は伸び続けているらしい。呪われた人形の館、マーガトロイド邸。
しかしやっぱりどこの毛かは不明だ。
そこは不思毛の国。
魔理沙とアリスに泣いた
妖夢のその後がすごく気になります
妖夢は今一体何をしているのだろう……。
アリス、毛羽毛現モードの時にトイレ破壊魔が来なくてよかったね。
ずらりと並んだ人形が怖くて入れなかっただけかも知れないけど。
前作のきのこがあんなおっかない代物だったとはビックリ!
次は誰が犠牲になるんだろう?
>「やーだー! もっとこすりつけるのー!!」
ダダこねる魔理沙に萌えた。
それと前作からこの作品の伏線を張ってたとしたらこれの倍の点数をつけたいです。
>結構前の話だったが、変なキノコを抜いたら「うんっ!!」という奇声を発したので驚いたことがあった。
ここで大爆笑www
あのきのこかよwwwwww
引き出しに溜め込んであるのか愉快不思議脳内なのか…
どっちにしろ続けて頑張ってほしいモンです
いや、早いよなぁどう考えても……楽しくてつい……
毎度コメントありがとうございます。
実はコメントの中から面白いと思ったものを、それ以降の作品に
生かさせてもらったりしているので、本当にありがたいのですよ(礼
気になったコメントへいくつか。
>頭の中
それほど考えてないですね……どのキャラ出すか先に考えることが多いです。
で、設定とかいろいろ見て、ネタにしていくという感じで。
あとは書きながら随時思いついたネタ入れたりとか。
なのでストックってあまり無いです、愉快不思議脳内なんですかね?w
>妖夢
なんとかしてやらないといけないですね……(涙
いつの間にか白玉楼に帰ってきてるってのもそれはそれで面白いですが……(おい
>咲夜さん
壊されてる咲夜さんも結構多いですからねぇ、私としてはそういうのも
別に嫌いではないので抵抗は無いのですが。
深い理由は無く、3作目で作ったイメージをそのまま使ってる感じですね。
東方原作だともうちょっと物腰が柔らかいとは思うんですが。
かっこよさを表現していけたらなーと思います。
金髪の毛羽毛現? 赤髪のキャラがやったらム○ク?
ファー様顔の魔理沙想像して吹いた。
妖夢は未だにトイレハンターやってるんですか……イトアワレ(殺
だが、GJ。
泣いた、魔理沙とアリスの頭部に泣いた!
前作とつながってるらしいのでそっちも読んできます
あのキノコなのかー
「な、撫でるなー! でっかくなるぞー!!」←コレなんかエロくね?くね?(駄
キノコの話だとわかってるんだが、いやキノコの話だからこそなんかさ?(下品
そしてまさかまだトイレ壊してまわってたとはwwww
わかる人いたのか……恐るべし……w
イメージはそんな感じでしたよw
>前作とつながっている
いろいろ絡んでしまっているんですよね、お手数かけます;;
>エロくね?
確信犯です(おい
何処の毛だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
>「そうか、そうか……」
>妹紅は泣きそうになるのを堪えながら、必死に笑顔を作って魔理沙の頬を撫でてやる。
この辺のしみじみとしたやりとりが何故かツボwwww
キノコの子もこう元気なもこう・・・
あれ?もこう?
色々とど真ん中ストレートですが、それを面白おかしく調理できる作者様の手腕に脱帽。