霧雨魔理沙は悩んでいた。
この日はお昼前から神社へ赴いていたのだが、珍しく仕事でも入ったのか霊夢は不在だった。
昼寝でもしながら戻るのを待とうかとも一瞬考えたが、日も昇りきっていないうちから他人の家で惰眠を貪るというのは果たして人間としてどうなのかと思い直し、賽銭箱に失敗作の丹を投げ入れて神社を跡にした。
ならば紅茶でも頂きながら読書でもするかと紅魔館を訪れたのだが、あろうことか門番との弾幕ごっこに何十戦ぶりかの敗北を喫してしまい、門前にて追い払われるという屈辱を味わいながら引き返す羽目となった。
そういった経緯で現在魔法の森にある自宅にいるわけだが、空白となってしまった本日の午後の予定をいかにして埋めようかと思案を巡らせていたのである。
要するに暇なのだ。
机の前でその身を預けている木製の質素な椅子を後方へ傾けてぎいぎいと揺らす魔理沙。
両手を頭の後ろで組みながらぼんやりと窓の外へ目を向けると、午前中は快晴だったが今は大小の白い雲が混じっており、やや強めの風に乗ってゆっくりと形を変えながら動いているのが見て取れた。
その風は開け放たれた窓から入り込んでは頬を撫でていき、おかげで今は夏の暑い日差しもそこまで気にならない。
退屈ながらも心地よいその空気に、今度こそ本当に昼寝でもしようかという思いに至りかけたその時、魔理沙の瞳に奇妙な形をした雲が映り込んだ。
それは一言で言えばおたまじゃくしのような、二言で言えば饅頭に尾の生えたような形の雲。
風に乗って微妙に形を変えながらふよふよと流れていくその様子に、魔理沙は一人の知人の姿を頭に浮かべた。
冥界の庭師、魂魄妖夢。
『終わらない冬の事件』が起きたあの時、奪われた春を取り返す為に戦った半人半霊の剣士。
事件解決後も何度か顔を合わす機会があり、その度に弾幕や酒で語り合っていたのだが、その少女の傍らには常にあの雲のような姿をした半幽霊がふよふよと漂っていた。
魔理沙は今更ながらに思った。あの半霊は一体何なのかと。
半人半霊という身なのだからあれは間違いなく妖夢の半身なのだろう。頭ではわかっている。
だが人間側の妖夢を見る限りでは半人だと言われても納得がいかない。どう見たって普通の人間だ。
幽霊側を見ても一言に「半分幽霊だ」と言われてもいまいちピンとこない。これはそもそも幽霊というものについてそこまで詳しい知識がある訳ではないから仕方ないのかもしれないが。
半分人間でもう半分がそうでない者の例で言うと、人間好きのワーハクタクの姿が思い浮かぶ。
普段は人間の姿をしているが、満月の晩にハクタクとしての本性を現す。うむ、これならば納得がいく。
人間の姿と獣の姿をその身に混在させる「人間、時々獣」という仕組みは万人が認める半人半獣のシステムだろう。
だが妖夢は違うのだ。
人間側と幽霊側は常に別居しており、一個の存在として成り立っていない。誰が見ても「一人の人間と一人の幽霊」だ。
では仮にあの姿を二分の一足す二分の一で一個の存在と認めるとしよう。
そうなるとお互い何らかのハンデを背負っている事になる筈なのだが、まだよくわからない半霊は置いておくとしても、人間側の妖夢にそこまでただの人間と比べて劣っている部分があるとは思えない。
本人は自分は半人前の未熟者だと謙遜してはいるが、魔理沙から見れば剣の腕は一流、空も飛べるし弾幕も張れると、この時点で既にただの人間を凌駕する程の能力だ。
ならば身体的特徴に於いて何らかのハンデが存在するのだろうか?
パッと思い付くのは寿命。もしこれが普通の人間の半分程度しか生きていられる時間がないとすれば納得のいく線だ。
だがいつか妖夢に聞いた話では、妖夢の先代を務めていた祖父であり、剣術の師匠でもある魂魄妖忌。彼は三百年という長い間庭師を務めていたと言うではないか。これでは半分どころの話ではない。
魔理沙は「むぅ」と唸りつつ自分の思考の至らない点を探す。
幻想郷には様々な妖怪が存在するが、その中でも半人半霊という種族の特異性というものを薄々ながら感じていた。
むしろ「人間と幽霊のハーフです」などという理屈を今の今まで頭で理解していたかのように受け入れていた自分に呆れる程だ。ちょっと考察してみるだけでも謎だらけではないか。
大体にして幽霊といっても何の幽霊だと言うのだ。人間は人間とはっきり明言されているのに幽霊は生前一体どんな姿だったのかもまったくわからない。魔理沙は恐らく幽霊の生前は人間ではないと考えている。そうでないと妖夢の超人的な能力や人間離れした寿命の説明がつかないからだ。
そうなるとやはり鍵を握るのはあの半霊だろう。あれの謎を解く事がこれらの疑問を解明する一番の近道だ。魔理沙はそう確信していた。
自分の中の探究心剥き出しの魔法使いとしての顔がむくむくと姿を現す。
やはり幻想郷は面白い。昼下がりにちょっと雲を眺めていただけでこんな魅力的な研究材料が見つかるのだ。
魔理沙は自分でも気付かないうちに笑っていた。そこには先程まで陽気にあてられてまどろんでいた面影など微塵もない。
こうしてはいられない。
傾けていた椅子を元に戻すと目の前の机の引き出しから羊皮紙を数枚取り出し、羽ペンの先にインクを浸す。
そして一枚目の羊皮紙にペンを走らせてこう書くのだ。
『研究レポート 第△○号
<半人半霊という名の種族の概要及び考察> 』
魔理沙はさて、と一息ついてからまずは自分の知り得る限りの半霊についての情報を箇条書きにしていった。
1,第三者が見る事、触る事ができる。
2,喋ることはできない。
3,弾幕を撃てる。
4,人間と比べ、体温は常に低い。
5,姿形を変化させる事ができる。
こんなところか。順を追って解説していこう。
1についてはあくまで魔理沙の視点での話だ。何の力も持たない人間にも見たり触れたりする事ができるかはまだわからない。もしかしたら妖夢の意思によって変化させる事もできるのかもしれない。
2についても同様で、魔理沙が今までに半霊が喋るところを見たことがないというだけの話であり、本当はできるのかもしれない。しかしあの見た目の何処から声を出すのかを考えるとやはり喋る事は不可能のように思える。
3は間違いなく事実だ。実際に魔理沙は自分の目でそれを何度も見てきている。これは恐らく妖夢個人の力量に依るところが多分に含まれているとは思うが、それでも人間側の努力によって幽霊側からも弾を撃たせる事ができるという点は見逃せない。
4はこの半霊に限った話ではなく、魔理沙が冥界で見てきた他の幽霊達と何ら変わらない特徴である。人間側の妖夢が一般的な人間とほとんど同じ特徴を持っているのと同じで、やはり半霊の方もそこまで一般的な幽霊と大差がある訳ではないのだろう。
因みに触り心地はもちもちしていた。
5は非常に興味深い特徴であると言える。魔理沙も一度しか見たことはないのだが、妖夢の持つスペルの中に半霊を自分の姿に変えて人間側とまったく同じ行動を取らせるというものがあったのだ。あの時は大層驚愕したのを覚えている。
冥界で見てきた幽霊達が生前と同じ姿をしているところは記憶にない。それができるということは即ちその時点で既に「例外」となる筈だ。妖夢の主である西行寺幽々子や自身の師である魅魔が好例だろう。この二名がそれぞれ「亡霊」と「悪霊」というカテゴライズをされている事からも、生前の姿をした霊体というのはそれだけで特別な存在であることが窺える。そこに「半霊」も含まれるのではないかというわけだ。
魔理沙はそこまで書いてペンを置いた。
現時点でわかるのはここまで。あとは直接本人に訊くしかない。
いそいそと帽子を被り、戸口に立て掛けてある箒を手に取る。自分でも気分が高揚しているのがわかる。どこぞの烏天狗も取材に赴く際はこのような気分なのだろうかと想像し、ちょっとしたシンパシーを感じた。
無造作に積み上げられたマジックアイテムの山を崩さぬよう慎重に、それでもどこか軽やかなステップで玄関を出た魔理沙は、決して掃除道具として使われる事のない愛用の箒に乗って、一路冥界を目指して飛び立っていくのであった。
――幽明結界。
顕界と冥界の境に存在し、「こちら側」と「あちら側」双方の世界からの干渉を阻む鉄壁の門。
魔理沙はあの事件当時からこの結界が解かれたのを一度たりとも見た事はない。解く必要がないからである。
結界破りの術を持たない魔理沙では本来この門を潜る事は不可能なのだが、何故か結界の規模そのものに致命的な欠陥を抱えており、上を飛び越えるだけで往来が可能というとんでもなくお粗末な代物なのだ。
一体何の為に存在しているのかとその意義を問いたくなるが、製作者があのスキマ妖怪である事を知れば行き着く結論は「考えるだけ無駄」の一言に尽きる。
そんな結界は今日も来訪者に頭上を跨れて尚沈黙を保ったまま、静かに侵入者を阻み続けていた。
冥界へと足を踏み入れた瞬間、夏の暑さは一変して常に変わらぬ独特の冷気となった。研究の事を抜きに考えてもこの季節にこの場所を訪れる意義はあると感じさせる瞬間だ。やはり夏は冥界に限る。
身を包む冷気の心地よさを堪能しつつ、魔理沙は更に速度を上げる。目指すは亡霊の姫の住処、白玉楼。
殺風景な冥界の上空から見下ろすと、一際目立つその屋敷は間もなく魔理沙の視界に入ってきた。
そこから更に目を凝らし、目当ての人物を探し始める。この時間ならば恐らく妖夢は庭いじりか掃除でもしている筈だ。別に妖夢の生活パターンを把握している訳ではなかったが、妖夢が屋敷の中で何もせずにじっとしているというイメージはちょっと思い浮かばない。
その時、屋敷を囲む壁から伸びる石階段の最上段に見覚えのある人影を魔理沙の瞳は捉えた。
銀髪のおかっぱ頭に黒いリボン。緑色のベストにお揃いのスカートで箒を両手にいつもの半霊を従わせて階段を掃くその姿は、紛れもなく魂魄妖夢その人であった。
ご期待に添えて掃除の真っ最中であった妖夢へ向かって魔理沙は降下を開始した。途中、気配を察知したのか妖夢は箒を動かしていた手を休めて魔理沙の方へ振り向く。その様子を見た魔理沙は眼下の知人に向けて片手を上げて見せながら着陸態勢に入った。
「よ、元気か?」
「また結界を飛び越えて来たのね。今日は何の用?」
「立ち話も何だ。とりあえず奥でお茶でもどうだ?」
「それは私の台詞でしょう」
「そうか。じゃあ有難く頂くぜ」
出会って早々に魔理沙のペースである。突然の来訪者に始めは怪訝そうな顔をしていた妖夢もやれやれと言いたげな表情で小さく溜息をつき、結局屋敷へと通す事になるのであった。根が真面目過ぎる妖夢は何時まで経っても魔理沙の搦め手をかわせる日が来る事はないだろう。
こうして箒を片手にした二名の少女は白玉楼の奥へと並んで歩いて行くのだった。
「それで、結局用件は何なの?」
居間へ魔理沙を通し、そのままお茶を淹れてきた妖夢は卓袱台の前に座る魔理沙の前にそれを置いて尋ねた。妖夢はお盆を抱えたまま魔理沙の斜め前方に位置を取る形で座る。
「ああ、今日の私は考古学者ではなく魔法使いとして来たんだ」
「私は考古学者としての魔理沙は知らないけど」
ずず、と湯飲みを傾けながら答える魔理沙の返答に妖夢は苦笑いを浮かべるしかない。魔理沙の言う考古学者とは即ち泥棒の事なのだが、勿論この場でそれを明かすような真似はしなかった。
「要は私の今後の糧になるかもしれない研究の為だな」
「へえ」
珍しく真面目そうな顔で真面目そうな事を言う魔理沙を見て、妖夢は意外に思いながらも素直に感嘆の声を上げた。
「で、何を研究するの?」
「ああ、お前だ」
「は?」
妖夢は思わず間抜けな返事をしてしまった。無理もない。見知った顔とはいえ、突然魔法使いの研究材料として指名なんてされたら妖夢でなくとも驚くのは当然である。
その時妖夢の脳裏に暗い密室で拷問台に磔にされた自分に、何故か白衣を着た魔理沙が怪しげな器具を持って迫ってくるという荒唐無稽な映像が浮かぶのだが、それはまぁ置いておく。
「正確にはそっちの半霊について色々と聞きたいんだが」
「私の半霊?」
「ああ。まぁ確かに今回の研究対象は『半人半霊について』なんだが、何だかんだで人間側のお前とはそこそこの付き合いもある。だがそっちの半霊については私の幽霊に対する知識不足も相まってほとんど何も知らないんでな。それで、良かったら教えてもらえないかと思ってここまで来たんだ」
なるほど、と妖夢は頷く。とりあえず言いたい事は理解できたし、理由もそれなりに納得できるものではある。
しかしここで安易に承諾してよいものかと妖夢は腕組みをしながら思案を始める。まずは自分が魔女の研究対象となっている事への戸惑いが第一にあったが、それ以前に妖夢自身が半霊の仕組みのようなものについて完全に把握しているわけではないという問題があった。
何せ生まれた時から常に一緒にいるというだけであって、物心ついた頃には自分の肉親は剣術の師匠であった祖父の妖忌しかおらず、その妖忌も半霊の事については全てを語る前に姿を消してしまっていたのである。
魔理沙がどういった経緯でこの研究をしようとしているかは妖夢の与り知るところではなかったが、魔法使いとしての本分に真摯な姿勢で取り組む知人に自分の中途半端な知識を迂闊に披露するのは失礼にあたるのではないか。
妖夢はそんな事を考えながら返答に困っていた。
その様子を見ている魔理沙は妖夢の心情を察してか、それ以上返答を促すような事はせずに時々湯飲みに口を付けながら待つことにした。
開け放たれた障子から縁側を見ると、時々入り込んでくる風によって涼しげな音色を奏でる風鈴がその身を揺らせているのが目に映った。同時に聞こえてくるみーんという鳴き声に、冥界にも蝉がいるのか、それとも蝉の幽霊かなどという思いに更けながら顕界とあまり変わらぬ冥界の夏の風景をその身に感じていた。
そうして何度目かの蝉の鳴き声が聞こえたその時、第三者の登場によってその沈黙は破られた。
「あら妖夢、お客様かしら」
そう言ってひょっこりと顔を出したのはウェーブの掛かった桃色の髪をして、ところどころフリルをあしらった和服とも洋服とも取れる青色の着物に身を包んだ一人の亡霊。
妖夢の主にして白玉楼当主、西行寺幽々子であった。
今ここにその姿を現す瞬間まで全く気配を感じさせず、足音のひとつすら立てずに登場するその様は狙ってやっているのか素なのか定かではないが、どちらにしろ心臓に悪い。
そんな主人の唐突な出現によって妖夢の思考は中断され、はっと顔を上げる。魔理沙の視線も今は幽々子に集中していた。
「幽々子様、今までどちらに?」
「ん?ちょっと、ね。それよりもそこの魔法使いさん」
「お邪魔してるぜ」
「白玉楼へようこそ。泥棒以外なら歓迎致しますわ」
幽々子は魔理沙を見る目を細め、口の端を釣り上げてまるで威嚇でもするように笑ってみせる。その表情を見て誰が普通の笑顔だと思うだろうか。力のない者ならばそのまま死出の旅へと誘われてしまいそうな程に発せられる空気は冷たく、そしてその冷気は体温どころか血液の温度まで下がりそうな薄ら寒さだった。
白玉楼の、そして西行寺の当主として威厳と風格を漂わせるその姿に妖夢は一種の恐怖と同時に感動を覚えるのだがそれも束の間。
「……幽々子様、まずは口の周りの餡を拭いてからにしませんか?」
色々と台無しになる一言であった。
がっくりと肩を落として項垂れる妖夢。そして横でうんうんと頷く魔理沙。
場を占めていた緊張感という名の重い空気がガラガラと音を立てて崩れていった。
「あらいけない」
そう言って幽々子は着物の袖で口元を隠したかと思うと、次の瞬間にはまるで手品のように全ての餡は綺麗さっぱり消えてなくなっていた。そして同時にその顔にパッと花が咲いたような笑顔が浮かぶ。先程とはまるっきり正反対な屈託のない子供のような笑みであった。
(……舐めた。今絶対舐めた。しかもあの一瞬で見事に全部跡形もなく。そんな「ああ美味しかったー」と言わんばかりの笑顔まで浮かべて……顔見知りとはいえ客の前だというのにこの御方は……)
主人とは対照的にどんどん苦悩の渦へと飲み込まれていく妖夢は卓袱台に両肘を付いて頭を抱えてしまっていた。そして横からは恐らく腹を抱えているであろう魔理沙の必死に声を殺した笑い声が届いてきた為そのまま意識を手放したくなる衝動に駆られたが、まったく空気を読まない幽々子の「妖夢、私にもお茶」の一言で無理矢理現実への帰還を余儀なくされるのであった。
「ええと、それでどういう話だったかしら?」
幽々子は魔理沙の対面に座り、妖夢の淹れてきたお茶を一啜りしてから尋ねた。魔理沙も二杯目のお茶にちびちび口を付けている。
「ええ、魔理沙の研究の為に私の知り得る限りの半霊についての情報を教えるかどうかという話です。ただ、私の持っている知識も完全ではないのでどうしたものかと悩んでいたところなのですが。ここは折角ですから幽々子様のご意見も窺っておこうかと思うのですが、如何でしょうか?」
「別にいいんじゃない?」
「え、そんなあっさり!?」
掻い摘んで話の内容を説明し、その上で自分の心情を踏まえて主の意見を参考にしてみようと思っていた妖夢に幽々子はこれっぽっちも考える様子もなく即答した。これでは真剣に悩んでいた妖夢の方が莫迦みたいである。
「妖夢、自分の事を完全に把握している者なんて人妖問わず滅多にいるものではないわ。私だって未だに自分のわからない部分があるのよ。胃袋の限界とか」
「は、はぁ……なるほど」
「だったらあとは妖夢自身が決める事ではないかしら」
幽々子の発言に何か不穏なものが混じっているような気もしたがそれはとりあえず置いておくとして、確かに自分自身を完全に把握するという事は並大抵の事ではないというのは理解できた。それならばここで何も教えずに無碍に追い返す方がよほど失礼な事だろう。妖夢はそう考えた。
「話は決まったか?」
「……うん。魔理沙の期待に全て応えてあげられるかはわからないけど、私に可能な範囲であれば協力するわ」
「よろしく頼むぜ」
魔理沙はそう言って白い歯を見せてニカッと笑いながら右手を差し出した。妖夢はどこか照れ臭そうにしながらも差し出された手を握り返す。幽々子はそんな二人の様子を娘を見守る母親のような優しい眼差しで眺めるのだった。
その後、魔理沙が質問して妖夢がそれに答えるというやり取りを繰り返しながら研究は順調に進む。
用があって人里に降りる際に騒ぎにならないように半霊を見えなくする事や、喋る事ができないのはそもそも半霊が「喋る」という行為を理解していない事、同時に半霊にも意思は存在するが普段は人間側の意識とリンクしている為に基本的には勝手に行動するような真似はしない事、弾幕を撃てるのはやはり妖夢の修練の賜物であった事などなど。
それらが妖夢の口から語られる度に魔理沙はなるほど、と頷くのであった。
「半霊の姿を人間側とまったく同じにできるってのはどうなんだ?あれもやっぱり修行の成果ってやつか?」
「『幽明の苦輪』の事ね。確かにその通りだけど、あれは私のような半人半霊にしかできないと思うわ」
「お、やっぱりそうだったか。肉体を持たない霊体が生前……って言い方はちょいとアレだが、そういう姿に変化するっていうのは特別な事なんだろ?」
「うん、魔理沙の言い方は的を射てると思う。半霊とは生まれながらに死んでいる存在、つまり人間側が半分死んだ状態で生まれてきたっていうことだから」
「なるほどな。わかりやすく言えばその半霊は0歳のお前の幽霊って事か」
「そういう事になるわ。幽々子様のように亡霊になって生前の姿に変化をする場合、普通は生前の最も力の強い時の姿を取るの。でも人間側の私は今もこうして成長を続けているから、半霊の変化する姿もその都度変わる。成長は半霊の姿が変化している間も止まる事はないから、幽明の苦輪を維持するのはすごく大変なのよ。まぁ、それは私が未熟者っていう事なんだけど」
「自分が成長をしている間は未熟者、か。ちょっと考えさせられる台詞だぜ」
「おじい……お師匠様の受け売りだけどね」
感慨深そうに目を閉じて腕組みをする魔理沙とそれを見て苦笑する妖夢。
魔理沙はここまでの質問でおぼろげながらも半人半霊という種族の全容を垣間見た気がしていた。「半霊とは生まれながらに死んでいる存在」という妖夢の言葉を頭の中で反復し、今も成長を続ける人間側と生まれた瞬間に成長を放棄する事になった幽霊側。確かにこれは一個の存在として成り立つわけがないと理解するのであった。
一方の妖夢は身内である幽々子以外とこのような話をするのは初めてであり、真剣な眼差しで自分の話を聞いてくれる魔理沙に気分を良くしていた。自分語りなんて柄じゃないし、語れる程成熟しているわけでもないと自覚していたのだが、今日この話を魔理沙とできて良かったと何故か素直に思った。
そして質問が一段落したと見て、今度は妖夢の方から口を開いた。
「ねぇ、魔理沙」
「ん?」
「あの……例の事件の時、私が春度を奪ったのを覚えてるわよね?」
「ああ」
「実はあの時、この半霊を使って春度を集めてたのよ」
「ほう、そいつは初耳だぜ。どうやったんだ?」
「実際に見せた方が早いわ。着いて来て」
「お、おう」
珍しく積極的な妖夢に魔理沙は若干の戸惑いを覚えつつ後を追いかける。妖夢は縁側から庭へ出て辺りをきょろきょろと見回すと、やがて目当てのものが見つかったらしくそこへ向かって歩き出した。そして立ち止まって魔理沙を手招きする。
妖夢の立ち止まった場所にあったのは一輪の向日葵の花。冥界で向日葵が果たして育つのかという疑問が湧いたが、こうして目の前にあるのでとりあえず現実として受け止めておく魔理沙であった。
「今からこの向日葵から夏度を奪ってみせるわ」
「夏度、ねぇ」
自信ありげな妖夢の言葉に魔理沙は苦笑いしつつも興味津々といった様子で成り行きを見守る。
そこへ今まで妖夢の周りを漂っていた半霊が向日葵の花弁へと近付いて行き、まるで匂いでも嗅いでいるかのようにしばらくそのままだったかと思うと、向日葵はしおしおと萎んで枯れてしまったのである。夏を奪われた向日葵の哀れな姿であった。
「蛭みたいだな」
「嫌な言い方しないでよ。……じゃあ、戻すわね」
そう言うと妖夢は半霊の尻尾をむんずと掴んで枯れた向日葵の上にぶら下げるように持ち上げ、そのまま半霊の頭をぽんぽんと叩き始めた。するとそこから何やら黒い豆粒のようなものが零れ落ちてきて向日葵に降り注いでいき、その瞬間に向日葵は先程の逆回しの映像のようにむくむくと元の姿へと戻っていったのである。さすがにこれには魔理沙も開いた口が塞がらない。
「どう?」
「うん、まぁ理屈とか仕組みはこの際どうでもいいとして凄いってのは伝わってきたぜ。それにしても……」
「?」
「……夏度って西瓜の種だったのか」
「……うん、それは私も初めて知ったわ」
軽くショッキングな事実を目の当たりにした二人は微妙な表情でお互いを見合わせる。そして未だ尻尾を掴まれたままの半霊は「終わったなら放して」とでも言いたげにじたばたともがいていた。
その後、縁側に腰を下ろした二人は先程と同じく質疑応答を繰り返している。妖夢もとっくに自分の事を話す事に対して抵抗がなくなっており、笑顔で交わされるお互いの談笑は既に「知人」というより仲の良い「友人」のそれであった。
魔法使いと剣士という全く別の道を歩む二人だったが、だからこそ互いの持つ情報は知らない事ばかりで、何を聞いても新鮮な驚きと感動がそこにあった。
「そういえば妖夢。半霊の意識は人間側のお前とリンクしてるって言ってたが、それって半霊がどこに居ても人間側の意思で自由に操れるものなのか?」
「うーん……どうかな。基本的に常に私の目の届く所に置いておくようにしてるからね。半霊にも意思はあるからもし私の管理下から外れた時に側にいないと何をするかわからないのよ」
「実際どれくらいの距離までならコントロールできるんだ?」
「それは本人の腕次第ってところね。今の私の限界がどれくらいかはわからないけど、とりあえず視界内に居る限りは大丈夫よ」
「なるほどな」
魔理沙はそうして今日何度目かわからない程になるほどと頷き、これだけの情報が揃えば良いレポートが書けるという確信を持っていた。
妖夢もそんな魔理沙を見て、役に立てた事を嬉しく思いながら満足そうな笑みを浮かべる。
しかし同時に二人は感じていた。質問したい事もなくなってしまい、楽しい時間の終わりが近付いているという事を。
魔理沙はこの後今日の出来事をまとめなければならないし、妖夢もここまで自分の仕事を後回しにしてきたのだ。幽々子はきっと気にするなと言うだろう。しかし妖夢がそれを受け入れるような性格ではない事は周知の事実である。
お祭りの灯がひとつ、またひとつと消えていくような物悲しい空気になりかけていたその時、
「よし、妖夢。最後にひとつ実験をしようぜ」
「え?」
魔理沙がすっくと立ち上がってそう言った。その瞳は「まだお祭りは終わりじゃないぜ」と雄弁に語っている。
「というわけで幽々子、ちょっと妖夢を借りていくぜ」
「わ、ちょ、魔理沙っ。自分で飛べるから……!」
「晩御飯までには帰って来てね~」
魔理沙に手を引かれて無理矢理地面から引っぺがされる妖夢を見ながら幽々子は暢気な声で見送るのであった。
無論、その晩御飯を作るのは妖夢である事は言うまでもない。
幽明結界を飛び越えて顕界へと降りてきた少女二名は、魔理沙を先頭に妖夢が後を追う形で上空を飛び続けていた。魔理沙が目的地を明かさないので妖夢は着いて行くしかないわけなのだが。
眼下に広がる景色は時には人里、時には湖、時には竹林へとその姿を変えていく。それに伴い辺りからはだんだんと人間はおろか妖怪の気配まで希薄になってきていた。
さすがに妖夢も不安になって魔理沙に尋ねる。
「一体何処まで行くつもりなの?」
「もう少しだよ。……お、見えてきたぜ」
やっと目的地に辿り着いたのか、魔理沙が徐々に高度を下げていったので妖夢もそれに合わせて地上へと降りて行く。
そうして二人が降り立った場所、それはおよそ生物というものの存在が感じられない寂しい草原だった。何故寂しいと感じるかはわからない。周りの木々は青々としているのに、太陽の光は変わらずに降り注いでいるのに、何故かそこにいるだけで自分の生命力を吸い取られそうな錯覚を覚えるのだ。
そしてそんな草原を横切るように流れる大河にはそこだけ靄が掛かっていて全く向こう岸が見えない。一度足を踏み入れたら二度と戻って来られない。何の根拠もなくそんな事を思わせる程に異様な存在感のある川だった。よく見るとその川岸には小さな桟橋がぽつんとひとつ、そしてそこに縄で括り付けられたこれまた小さな木舟が一隻、川の流れでゆらゆらと揺れていた。
魔理沙は辺りをきょろきょろと見回し、一本の大きな木を見つけるとその木陰へと一目散に走って行って何かから隠れるように身を屈める。妖夢はそれを見て訝しげな表情を浮かべながらもその後へ着いて同じように身を屈めた。
「ねえ魔理沙、此処ってもしかして……」
「ん、ああ、ちょっと待っててくれ。……多分この辺にいる筈なんだが…………お、いたいた」
魔理沙の視線が捉えたのは桟橋の近くで豪快に大の字で寝そべっている一人の少女。赤い髪を左右に小さく束ね、和洋折衷な着物に身を包み、傍らにはどこをどうすればあんな歪な形になるのかという大きな鎌。
「自称」三途の川の一級案内人こと死神の小野塚小町は今日も全力でサボっていた。生ある者が足を運ぶ事はないこの無縁塚の草原で、である。
『咲き乱れる花の事件』の時、この草原は一面を彼岸花で覆われていた。それは外の世界から大量に流れ込んできた霊が行き場をなくして取り憑いた仮初めの身体であったのだが、事件解決後の現在は花達も正常に戻っており、無縁塚に溢れていた霊達もすっかりなりを潜めていた。
あの時でさえ碌に働きもしなかった小町がこの状況で熱心に舟を漕いでいる姿はとても想像できない。従ってこうして惰眠を貪っている姿こそがある意味正常とさえ思えた。
「小町さん、相変わらずだなぁ……って魔理沙、何してるの?」
「ああ、今からあの死神とこの半霊を引き合わせてみようと思ってな」
妖夢が魔理沙へ視線を戻すといつの間にかその手には半霊が抱きかかえられていた。その表情は完全に悪巧みをする悪戯っ子のそれである。
「まさか実験ってそんな事の為に態々此処まで……」
「おう、死神ってやつが半霊に対してどんな反応するか気になって仕方なくてな」
「そんな事言ったって、私は小町さんとは面識もあるからすぐにバレると思うわよ?」
「それは人間側のお前も一緒に居ればそうかもしれないが、まぁ物は試しだぜ」
そう言って魔理沙はキシシと笑いながら半霊を小町に向けて解き放った。この時点で妖夢は半霊を呼び戻そうと思えばできたのだが、自身にも僅かの好奇心があった為に半分呆れながら成り行きに任せる事にしたのである。
……妖夢は後にそれを盛大に後悔する羽目になるのだが。
やがて小町の元へ辿り着いた半霊はしばらく周りをふよふよと漂っていたかと思うと、微動だにしない小町の顔の上にぺちょ、とその身を降ろしたのである。突然呼吸ができなくなった衝撃にさすがの小町も目を覚まし、すごい勢いで上半身を起こすのであった。
「ぶはっ、な、何だ!?……あれ、お客さんかい?」
半分寝惚けている小町の視界にふよふよと漂う半霊の姿が映る。もしもこれが寝起きでなく正常な思考を保った状態であったならば、この後の悲劇は起きなかったかもしれない。
「や、ごめんごめん、随分待たせちゃったね。じゃあ早速で悪いけど渡し賃を頂くよ」
そう言って小町は半霊に掌を差し出す。
その様子を木陰で窺う少女二人は半霊の事に全く気付く様子のない小町に若干の焦りを感じていた。
「ま、魔理沙。あれどう見ても気付いてないんじゃない……?」
「むぅ。でも金払えって言ってるみたいだし、さすがにそろそろ気付くんじゃないか?」
しかしそんな魔理沙の期待はあっさり裏切られる事になる。なんと半霊はどこから取り出したのか何枚もの銅銭をじゃらじゃらと小町の掌に渡していたのである。この光景には魔理沙も妖夢も唖然とするしかない。
「おお、結構持ってるじゃないか。お前さん生前は周りから好かれてたんだね。……よし、確かに御代は受け取ったよ。さ、乗った乗った」
久々の上客だと言わんばかりの上機嫌でいそいそと船出の準備を始める小町と何も知らずに乗船する半霊。上客どころか珍客もいいところなのだがそれでも小町は気付かない。
「ちょ、ちょっと魔理沙!どうするのよあれ!ていうか何でお金持ってるの!?」
「なるほど読めたぜ。どうも三途の渡し賃てのは生前の行いがもろに反映されるみたいだな。つまり妖夢の徳の半分はあの半霊にも適応されるってわけだ。半分でもかなりの金額があったみたいだし、お前って実は凄い徳の高い奴なんだな」
「えっ……う、そ、そうなのかな……?」
この期に及んで冷静に解説する魔理沙と徳の高さを指摘されて照れ始める妖夢。どっちもそんな場合ではない。
そうこうしているうちに遂に小町と半霊を乗せた舟は三途の向こう岸へ向けて漕ぎ出されてしまっていた。そしてその姿は瞬く間に靄の向こうへと消えてしまったのである。
頬を染めてもじもじしていた妖夢もハッと我に返り慌てて半霊を呼び戻そうと意識を集中するが既に後の祭り。通常空間とは切り離された三途の川を渡り始めた半霊にその思いが届く事はなかった。
呆然と靄の向こうを見送る二人。
「……行っちまったな」
「うわーーーー!私の半霊がーーーーーー!」
「お、落ち着け妖夢。落ち着いて素数を数えるんだ」
「落ち着いてる場合じゃないでしょ魔理沙!どうするのよあれ!」
「だ、大丈夫だって。いくらあいつでも最後まで気付かずに彼岸まで運ぶなんて事はない……と思う」
「最後まで気付かなかったらどうするの!?どうなっちゃうの!?」
「……半分だけ成仏しても残り半分って平気なのかな」
「ちょっとおーーーーーー!」
取り乱す妖夢とそれを宥める魔理沙。しかし妖夢は一向に落ち着く気配を見せず魔理沙の肩を掴んでがくんがくんと揺すっている。終いには取っ組み合いになってごろごろと転がり始めた。完全に子供の喧嘩である。実際子供ではあるがそこには普段の弾幕戦の面影はまるでない。
「痛っ、お、おい待てっ、髪を引っ張るな!」
「うわーーん魔理沙の馬鹿ーー!私はお前が泣くまで殴るのをやめない!」
「泣いてるのはお前だろうが……って痛ぁ!……さすがにこれはまず――ん?」
妖夢にマウントを取られながらも必死に抵抗を続ける魔理沙の瞳は川の向こうから近付いてくる影を捉えた。言うまでもなく小町の舟が戻ってきたのである。
「妖夢、見ろ!あの死神ちゃんと戻って来たぞ!だから落ち着――ぶべっ」
「ボラボラボラボラボラボラボラボ――え?」
感情の赴くままに魔理沙をタコ殴りにしていた妖夢もその言葉を聞いて我に返る。そして顔を上げると確かにそこには小町がこちらに向かって舟を漕いでいる様子がうっすらと窺えた。
「よ、よかった……あ!でもまさかもう彼岸に送った後って事かも……!」
「いや、大丈夫だ。ちゃんと半霊も一緒にいるようだぜ」
二人は半霊の無事を確認するとほっと胸を撫で下ろした。よかった、小町はちゃんと気付いてくれた。サボタージュの泰斗であることは否定のしようがないが、それでも一級案内人の名に偽りなし。二人はそう思った。
しかし、小町の舟が近付いてくるにつれて徐々に様子がおかしい事に二人は同時に気付いた。
先頭には確かに舟を漕いでいる小町の姿があるのだが、小町の頭の上にもうひとつ頭が生えている。しかしそれはよく見ると頭ではなく巨大なタンコブであった。そして小町の瞳からはまさしく滝のような涙がとめどなく流れ落ちていたのである。
半霊はそんな小町を見かねてか、見事に膨らんだコブの上にその身を乗せて冷却治療をしていた。
二人は同時にごくりと息を呑んだ。もうこの時点で既に二人共わかっていたのだ。あのボンクラ巨乳死神の奴、とうとう最後まで気付かずに彼岸まで送り届けやがったのだと。そして満面の笑顔で「お客さん連れてきましたよー」とか言って自分の上司にあの半霊を見せたのだと。
尚もゆっくりと近付いてくる船影。その最後尾にその人物は立っていた。片手に卒塔婆を携えたまま腕を組み、悪鬼羅刹の如く憤怒に満ちた表情で飢えた獣のような眼光を放っている楽園の最高裁判長、四季映姫・ヤマザナドゥである。
その姿は最早少女と呼べるものではない。地獄の鬼だって裸足で逃げて行くに違いない。閻魔なのだから当然だと言われればそれまでだが。
魔理沙と妖夢は戦慄した。見てはいけないものを見てしまった。先程の木陰から様子を見ていた二人は怒れる閻魔を視界に捉えた瞬間に同時に頭を引っ込めてだらだらと顔中に冷や汗を流していた。
少女達は願う。どうか見つかりませんようにと。無駄だとわかっているのに。
少女達は願う。このまま時間よ過ぎ去ってくださいと。何の意味もないとわかっているのに。
そしてそれはやっぱり無駄で無意味な願いであったのだ。
二人の身を辛うじて隠していた一本の木に、閻魔の投げた卒塔婆が刺さった時、二人はそれを悟ったのである。
「そこの二名。それで隠れているつもりですか?出てきなさい。いいから出てきなさいそこに座りなさい。小町、何処へ行くつもりですか貴方もですそう三人並んで正座です口答えは許しません。貴方達は自分のした事がどれ程の事か判っているのですか判っていませんよね判ってないから私が此処にいるんですよねまず霧雨魔理沙貴方は自分の罪を認めますかほう認めると申したかどうやら二枚目の舌は抜けたようですね良い事ですだがしかし正直に言えば何をしてもいいわけはないでしょう貴方のした事は霊に対する侮辱死神に対する侮辱そして私に対する侮辱です好奇心で済まされる問題ではありませんよそして魂魄妖夢貴方には私の説教は伝わっていなかったようですね悲しい事ですあの時私が言った事を覚えていますかいますよね私は言いましたよね冥界の者として分別のある行動を取れと言いましたよね確かに言いましたよねそれが何ですかこの体たらくは自身の半霊を私の元へ届けるなど言語道断笑止千万ヘソでお茶が蒸発しそうですよ魔理沙に唆されたと申したか言い訳は聞きません貴方にはいくらでも止める機会があった筈ですよそして小町貴方の目は節穴ですかその目は何の為に付いているのですか名前と寿命を調べる為ですか幽霊と半霊の区別もできないような目はいらないですよねいりませんよね貴方はその半霊を運んでくるまで何をしていたのですか昼寝をしていたと申したかいい度胸です神も閻魔も恐れぬ不届き千万です私は悲しいです貴方は何時になったら真面目に仕事をしてくれるのかと私も常に気に病んでいます知っていますか知っていますね知っている上で昼寝をしているのですねこれは私に対する反逆ですね謀反ですねこらこら霧雨魔理沙何処へ行こうと言うのですか話は終わっていませんよそうですね貴方達には少しお灸を据える必要がありそうですね裁いておく必要がありますねそうしないと貴方達は死後確実に地獄逝きですからねこれも仕方ない事です私の愛の鞭なのですよさあ三人共準備はいいですか覚悟はできましたかふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
審判『浄頗梨審判 -お前等まとめて全員-』
――無縁塚に、少女三名の絶叫が木霊した。
◆◇◆
『――以上が本日新たに判明した半人半霊という名の種族についての全てである。
半霊とは即ち生まれながらに死んでいる存在であり、生まれながらに成長を放棄した存在であった事からも判るように、半人半霊にとってのハンデキャップの大部分は半霊が占めているものであるという事が窺われた。
しかしこれは人間側の努力によって如何様にも克服できるものである事も同時に証明されている。そしてその努力次第では短所すらも長所へと昇華できる可能性も秘めていると言えるであろう。
この話は半人半霊だけでなく、我々人間にも当て嵌まると思う。人間誰しもが少なからず欠点を抱えているものである。しかしそれを短所のまま放置するのではなく、弛まぬ努力によって長所へと変えていく事こそが人間という少ない生を受けた身にできる美徳と言えるのではないだろうか。「全身全霊」という言葉はまさにその生き様に与えられる最上級の賛辞であると、私は思う。
幻想暦××××年×月×日 霧雨 魔理沙』
夜も更けた霧雨邸。
明かりのない部屋の様子は主人が寝ている証であった。
夏の魔法の森は蒸し暑く、部屋の窓は開け放たれたままだがそこに押し入る存在などはいない。時々吹いてくる風が主人の安眠を優しく守り、机に置かれた紙束のインクを静かに乾かしていくだけだ。
魔理沙はレポートを書き終えた直後、心地良い疲労感に包まれながらベッドへと飛び込んで今は静かに寝息を立てている。その表情は一仕事終えた達成感に満ち溢れていた。
正直妖夢には悪い事をしたと思っている。今度酒でも持って行ってお詫びと、またあの楽しい話の続きをしよう。幽々子にも何か土産を持って行こうかな。
あの死神も気の毒ではあったが、自業自得だと思ったのでチャラにする事にした。
閻魔だけは絶対に怒らせてはいけない。私は学習した。
魔理沙は夢の中で今日という一日を振り返っていた。続けていつものようにこう思うのだ。
「明日は何をしようかな」
( 了 )
これのせいで前半-中盤のほのぼのした雰囲気が良い意味で一瞬で崩壊しました(w
あと、真面目に研究してる魔理沙が新鮮でしたね。
真面目な考察の中に散りばめられる笑いとほのぼの感が非常にベネ。
テンポもよくすらすらと読んで行けました。
あそこまで長い台詞をたったの一息でw
そこにシビれる!あこがれるゥ!
気付かない小町に笑いました。
面白い物をありがとう
・・・そして小町の大ボケっぷりに大爆笑w 何やってんですかこのサボタージュ泰斗わ・・・w
・・・ところでこのぽよぽよ、みょんにかわいーんですがお持ち帰りしていーですか?(マテ
……霊夢は幽明結界をあっさり壊せたんじゃなかったですか?
しかし妖夢よ、君は全然半霊を制御できておらんではないかw
そしてタイトル見て、『ハムスターの研究レポート』しか思いだせない僕がいる。
冬度は雪の結晶とかですかね。
秋度? しいたけとかで良いんじゃね?(ぉ
ご指摘ありがとうございました。
同時にたくさんのコメント頂き、驚愕と共に大変感謝しております。
今後の励みにして次回以降も頑張りたいと思います。
小町の仕事っぷり最高
これはうまい!
そして半霊かわいいよ半霊
1章と5章のネタが使われてますね~。
あのネタは大好きですw
そして某銘菓のまんじゅうと大福に勘違いしたどこぞの亡霊が食すに違いない
着眼点がいいね