Childhood's end(全ての言葉はさようなら)
ぱあんという拍子の音。その願いに応え、今の彼女が居る。
第十四部【醒めかけの夢に】
とりとめのない話を、一つしましょうか。
[さよならのうた]
…ああ。とおいむかし、貴女様は大切なものを亡くしたのですね。
柔らかい何かが額に触れる。その感触に、目を開けた。
「…カーサ…?」
「そんな不思議そうな顔なさらないでください。逆に傷ついてしまいます」
彼女は眠りに落ちる前と同様に、美鈴の顔を覗き込んでいた。
「私、どれくらい…」
「ほんの十分程度です。時間は取らせないと、申し上げましたでしょう?」
いつの間に用意したのか、濡らしたタオルを手渡される。ひんやりとしたそれは、とても気持ちよかった。顔をぬぐって返すと、心配そうな眼と合った。
「起きられますか?一応、解毒は飲ませましたが」
「ん、だいじょ…解毒?」
「はい」
彼女は笑んだ。
「飲んだっけ?」
「はい。確かに」
そんな記憶はなかった。浮上するのはこういう場合においての常套手段。いやまさか。あれはやっぱり上手く飲ませられないらしいし。
「その、解毒の薬って、液体状?」
そうでなければさすがに気づくはずと期待を込めて訊いてみたが、彼女の驚いたような顔がそれを肯定してくれた。
「気づいていたんですか?」
「いや全然」
ビンゴなんですか。どんぴしゃなんですか。
「そうですよ。最後の一献は、解毒入りです」
大きくからぶった。アウト、いやむしろセーフなのか。どちらにせよ、ぐったりと、動く気がなくなった。頭を再び枕に乗せると、彼女を見上げる格好になった。
「やはり、お辛いですか?」
「ううん。ちょっと起きがけに疲れただけ。もう大丈夫」
本音を言えば、まだだいぶ痺れのようなものが残っていた。とは言え騒ぎ立てるほどではないしと思って言ったのだが、カーサはそんな美鈴をじっと見て、
「嘘です。美鈴様。私は、貴女様の嘘を見抜けないほど、いい加減な気持ちで補佐していたわけではありません」
強い調子で、そう断じた。
そうして、どこか疲れたように微笑んだ。
「美鈴様。私が貴女様の部下と呼ばれる立場につき、早数十年経ちました。そうして、今のメイド長がこの屋敷に来てからおよそ九年ほど。その九年間が、もっとも貴女様は幸せそうに私には見えました」
そこで一旦言葉を切り、彼女はなにかを押さえるように、どこか押さえたような声で続けた。その間、美鈴は何も言えなかった。
「貴女様が幸せなのは、それは大変に結構なことです。ですが、だからこそ私は不安でならないのです」
彼女は言った。
「美鈴様、人は、儚いのです」
「花ほどではありませんが、私たちにとっては、どちらもそう大差のない生の長さです。美鈴様、貴女様はこの紅魔館の門番です。それは、ただの役職としてではありません。先ほどの夢、今度は覚えていらっしゃいますね?」
逃げることは許さないというように、彼女の視線はひどく深く鋭く、一度合えばもう逸らすことは出来ない気がした。
夢。夢を覚えているかだって?可笑しなことを訊いてくれるものだ。あれは夢なんかではないのに。美鈴はぐちゃぐちゃな頭のまま答えた。
「――――――そんなんじゃ、ないですよ。カーサは思い違いをしている。私はただ、この館のみんなが好きなだけ。ここが私の、死に場所だと決めただけで」
「美鈴様。それは、夢をみる前に出た答えの筈です」
彼女は、仕方がなさそうに溜め息をつくと、立ち上がって包みを持ってきた。それを見て美鈴が思わず顔を顰めたことに気づき、彼女は首を横に振った。
「違います。こっちはただのお水です。少し喉が渇きましたので。美鈴様も、渇きましたでしょう?」
「うん、少し」
それを飲みながら、彼女は先ほどとは違って、呆れともちがうが、どこか責めてる感が拭えない調子で美鈴に問いただした。そのくせ、こっちの気持ちなんてお見通しだとでも言うように、咲夜についてだけを。
「何故ですか?あの方は、メイド長は確かに凄い方です。ですがやはり人間ではありませんか。どんなに大事にしても、すぐに死んでしまう存在。違いますか?」
正直、容赦ないなぁと苦しくなる。
「誰の」
言いながら、自分でも嘘だなと思った。
「誰の時間だって、いつかは終わる。そこに妖怪も人間もない。少なくとも、私はそう思うの」
やれやれというような気配。
「また、嘘をつくのですね」
案の定、すぐに見破られた。
「今日のカーサは意地悪」
「美鈴様が天の邪鬼の所為でしょう。私だって、こんな損な役回りは嫌なのですよ、本当は」
彼女の考えは本当にわからない。おかしい、同じ妖怪の筈なのに。しかし向こうには、美鈴の考えが見抜かれているようで、これでは不公平ではないか。
「結局、そういうところもひっくるめて全部。ずっと…」
彼女は本当の本当に、仕様がないような、綺麗だけれど儚い笑みを一つ浮かべた。
ああまただと美鈴は思った。それは、さみしいほど静かなに澄んだ、冬の朝に酷似している。
「カーサ?」
「だから」
籠もりそうな熱を、なんとかやり過ごしながら、彼女がさみしいほど真摯に言葉を紡ぐから。
「ずっとそんな美鈴様のフォーローに、苦労したものです」
『かなわないのだと、わかっていましたから』
それは、決して音にはならない言葉なのだろう。
けれど、だから。
「ごめんね」
「謝罪はいりませんよ。私の仕事は、貴女様の補佐なのですから」
「でも」
それなら彼女は、どうして泣いているのだろう。
「泣いてなんかいませんよ」
彼女は、確かに笑っていた。けれど、美鈴には。
「私ね。まだやっぱり疲れてるみたい。だから、ちょっと眠っていいかな」
目を閉じる。真っ暗闇なのに、どこか暖かい。
やがて聞こえだしたそれは本当にかすかで。深呼吸と何ら変わらないほど静かで。
耳に聞こえない分、心に大きく響いた。
それから、数分。
満足したらしい彼女は、濡れタオルで顔を拭き、立ち上がった。たぶん言いたいことの半分も言えなかっただろうけど。きっと目の前のこの人は、そのまた半分も理解してないんだろうけど。やはり仕方がないことはこの世に多いのだ。
「カーサ」
「はい」
「明日からも、会えるよね」
門番隊長と、その第一の部下として。
「……」
「カーサ」
「命令、してくれませんか?」
「無理だよ」
何を言っても、それは我が儘になってしまうから。
「命令は、お嬢様の仕事だもの」
「そうですね」
仕方なさそうに、いつものように優秀な補佐は微笑んだ。
「それでは隊長、一足先に私は仕事に戻ります」
「うん」
さようなら。
「また明日」
さようなら。それは、今日という日への弔いの歌。
「おやすみなさい…美鈴様。どうか今度は好い夢を」
さようなら、今日の哀しみに。
さようなら、今日のさみしさに。
「おやすみ」
さようなら、綺麗な心のみた夢よ。また明日会うために。
ここでさよなら、恋心よ。
[悪魔の娘]
お前は人間ではないのだ、悪魔の子どもなのだよ。
彼はだいたい、そんなようなことを言った。
だから私はお前を殺さなければならない。そうでなければ許されないのだ。
彼はだいたい、そんなようなことを言った。
わたしはどうして彼がそんなことを言うのかわからなかった。
どうしていつものように、抱きしめて頭を撫でてくれないのだろうか。
どうして名前も呼んでくれないのだろうか。あんなにも愛おしげに繰り返したのに。
彼はわたしを見ることもない。まるでいないかのように扱い、そうしてついには部屋の一つに閉じこめた。鍵をかけ、彼は言った。
さぁこれで、お前はいなくなった。殺されたのだ。この私に。だから声を出していけないよ。誰にも見つかってはいけないのだ。
真っ暗闇の中、だから私は願った。
ここから出たい。お日様を見たい。もう一度彼に会いたい。そうして名前を呼んで欲しい。頭を撫でて欲しい。いい子だと言って欲しい。お前の母のように、将来はきっと美しい人になると笑って欲しい。
悪魔の子だなんて、そんなさみしいことを言わないで。
わたしは、あなたの娘なのだから。
幾日も幾日もそう願った。
そのうち願いはシンプルになっていった。
ここから出たい。そうすれば、あの人に会えるのだから。
そうして言って欲しい。私は、人間だと。あの人の子どもだと。
もう暫くたつと、願いは恐ろしいものが加わった。
ここから出たい。そうして、あの人に会いに行こう。そうして、わたしは復讐をするのだと。
復讐?復讐って何?
その時、その声は言ったのだ。空気の歪むような音がして。
「それはね、決して許さないことよ」
それから、数日後。
わたしの願いは、果たされたのだった。
[悪魔の誘惑]
「アレは誰?」
『彼女たち』の一人が訊いた。仕方なく、浮いている彼女は答えた。
「誰でもないわ」
アレの名前を、もう誰も呼ばないもの。
二日前の夜。
「いつになく機嫌が悪そうですね、メイド長。今は、休憩中ですか?」
「…小悪魔。ええ、何故か今日はみんなの働きがよくてね」
そりゃそうでしょう。こんな見るからに不機嫌オーラ漂いまくり人が監督してちゃあ、と小悪魔は思った。
「パチュリー様の頼まれごとは終わったの?」
「今許可を貰ってきたところですよ。これで、実験も進みます」
小悪魔はそう言って笑うと、嬉しそうに尻尾をひゅんと揺らして見せた。こちらは上機嫌といった様子だ。
「用事って何だったの?」
そのことに思わず興味を惹かれた。
「魔道具の使用許可ですよ。見たことないですか?西の地下二階の辺りは、いわく付きの品や魔力を込めた貴金属とか、あと魔術にかかせない道具とかが保管されているんです」
「そこは、あまり近づくなと言われてるのよ」
「それはおそらく、人間には影響が強いからでしょう」
「こう見えても、ある程度の耐性は有るつもりだけど?」
にっこりと笑んだ咲夜の腕が、小悪魔の方を掴んだ。それはもう、力強く。
「何か、ロクでもないこと、考えてるでしょう?」
「好奇心が、いつでも人を育てるのよ」
「過ぎれば子猫は死にますよ?」
「残念。私を殺すのは、お嬢様の意志と時だけよ」
やれやれというように小悪魔は溜め息をつき、
「まあ、今度のは危険性が薄いですし、特別ですよ?」
あっさりと折れた。
その扉は、意外なことに鍵で施錠されていた。
「ただの鍵じゃあありませんよ、勿論。パチュリー様のお手製のものですから。この鍵がない限り、扉は封印された状態です。もっとも封印自体はそれほど強固のものではありません。効果はむしろ、無理矢理開けられることによって起きる方にあるんです」
「というと」
「大したことではありませんよ。犯人を逃さないための仕掛けと、開けられたら即座にわかるようにしてあるだけです」
「防犯と言うよりは、不埒な輩を見つける罠みたいなものってことね」
「そのとりです。これで、メイド長にはつうじなくなっちゃいましたね」
「私はお嬢様を裏切るようなことしないわよ」
「知ってますよ。でも、面白い遊び道具を使うくらいはやるでしょう?」
駄目ですよ、魔道具は扱い注意です。小悪魔は悪魔らしく、にぃーと悪戯っぽい笑いを浮かべた。まぁ、全くその通りなのだが。
「さて、せっかくだから詳しい解説をしてもらおうかしら」
「えー。私、パチュリー様に早く持って行かな…まぁ、まだまだ余裕ですよ」
気晴らしは、この後も数分続いた。
突然、小悪魔が慌て出す前までは。
「っと、さすがにそれはやばいです。ああ、メイド長。申し訳ありませんが、その鍵、グロイアさんに返しといてください。それでは」
ばたばたと飛び去る。だから、廊下は走るもとい、高速で飛ぶなというに。いつまでたっても学習しない悪魔だ。とりあえず鍵を施錠し、エプロンのポケットに入れる。
「掃除、再開させようかな」
第十五部【啼き龍】
ぱあんという拍子の音。その願いに応え、今の彼女が居る。
――――――――なにか気になるものでも?
――――――――妖怪は人間を食べると聞いたから
――――――――食べない妖怪もいますよ。私はその代表。いくらお嬢様でも、人食系に面倒は任せませんよ………たぶん
――――――――ねえ
――――――――はい?
――――――――あなたには、私が普通の人間に見えるの?ただの、女の子に見える?
――――――――いいえ
――――――――え
――――――――いいえ。人間の、だけどとびっきり可愛い女の子に見えますよ
懐かしいような幸せな夢をみて、美鈴は目を覚ました。
すぐ近くにある強大な気に、何故か心安らぐものを感じるのは、きっと起きる前から予感していたからだろう。ふぅと大きく息を吐いて、影に呼びかける。
「お嬢様」
「なあに、美鈴」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは、いつになくやわらかに応えた。
「とても懐かしい夢をみました」
まだ半分、夢の中にいるような声。
「そう、奇遇ね。私も夢を『視』たわ」
くすりと美鈴は笑った。
「お嬢様、初めてお会いしたときからまるで変わってませんね」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ」
「そしてこの先も、私たちは変わらないままなんですね」
「…思い出したの?」
「全部、とまではいきませんが」
少しだけ、冷たい何かが胃の中で蠢く気がした。
「それで」
振り払うように、彼女は勢い込んだ。
「あなたは、どうするつもりなの」
十六夜咲夜という名前は、あえて出さずに問う。
「お嬢様はどうして欲しいですか?」
「私はあなたに訊いているの」
どくどくと煩いこの音は、どっちのものだろう。
「どうして、私なんですか?お嬢様は私たちの主じゃないですか」
「いいえ、美鈴。あの子はあなたにしか甘えない。わかっているでしょう?」
運命は、人の心までは縛れない。レミリアはどこか遠い声で言った。栓のない会話だ。
「私は、門番ですから。この館を護るのが仕事です」
「本当に、そう思って言っているの?」
先ほどの夢を、繰り返す。人形遣いの言葉を。魔女の助言を。悪魔の妹のお仕置きを。彼女の涙を。ふっと、慣れない笑みが浮かんだ。こんな顔もするのかと、自分で自分が可笑しかった。なんだ、つまりみんな同じ答えを願っているんだ。
きっと。
「たぶんですけど」
それはこの方も同じで。
「お嬢様の考えと、同じですよ」
孔雀石のような眼が、いつかのように見上げてくる。あの時の彼女は花に埋もれるように寝ころんでいた。瞬きを、忘れたように深い。レミリア・スカーレットは、どうしたらいつものようになれるかなと思案した。いったいどんな顔をしていただろうか。夜の王に相応しい、あの堂々としたいつもの自分は。
「ねえ美鈴」
「何でしょう。レミリア様」
「お願いがあるの」
その言葉に、美鈴は少し意外そうな顔をする。
「命令じゃないんですね」
「ええ、これはお願いよ。紅魔館の『 』であるあなたに。あの子を、護って」
「何からでしょうか?」
「孤独(過去)からよ」
わかっているでしょう?と彼女は精一杯冷たく笑った。それがなかなか魅力的なものだから、まったくと紅魔館の門番隊長である紅美鈴は困ってしまう。そもそもこんなことに悩むなんて、あの術師は思いもしなかったに違いない。美鈴はすぐにはそのことには返事をせず、面白がるように言った。
「お嬢様」
「なによ」
「立派なメイドに、育ったでしょう?」
「今さらそれを訊くの?」
「いいじゃないですか。昔から、ちっとも私のしたこと褒めてくれたことないんですから」
それはあなたが、褒められるようなことをしないから。そう言いかけ、止める。
「褒めにくいようなことしかしないからいけないのよ。咲夜の完璧ぶりを見習いなさい」
その。
事実上の讃辞に、この上なく嬉しそうに屈託無く、きゃらきゃらしゃらしゃらと彼女は笑った。
やがて、彼女は応えた。
「私、今の生活が好きです。だから、いつもよりちょっと頑張ります」
それは、あの少女が求め続けたものからは、幾分離れたところにある想いだったけれど。
「それでいいわ」
紅魔館の館主は言った。
「それがあなたらしい」
その感情が、他の何かの想いに、例えばあの少女が抱き続けたものに劣るとは、とうてい思えなかったから。
「それでいい」
たぶん言おうか言うまいか随分迷ったのだろう。
「私は、結果的にあなたを見捨てることになるかもしれない」
最後に、レミリアはひどく重たそうに口を開いた。
それを、門番は笑うことで軽くした。そして彼女は言ったのだ。
「お嬢様、私はお嬢様の信頼を得て、門の前に立たせてもらっているつもりです」
「もちろんよ」
まるで初めて会った頃のように、軽やかな歌のような声で。
「なら今回も同じですよ」
どこかからっぽで底抜けに軽い、けれど心によく響く、いつかの笑い声のように伸びやかな調子で。
「あなたの信頼に、私は答えます」
不覚にも。その言葉はあの日を彷彿させて。
「――――――――――――――――――――――――うん。お願いする…」
レミリアの心を、風のように撫でていった。
そうして。
レミリアは、大きく手を広げた。
ざぁという音の中で、急速に意識が身体に戻っていくのがわかる。
気がつけば、もう美鈴の声は聞こえなかった。
意識と同じように両手を広げたまま、彼女は驚いたように言った。
「…なんだ。私にもあるのね、涙腺って」
そうして、手に力を込めて。
ぱあんと打ち鳴らすと、その龍は啼いた。
きゃらしゃらと、不思議に澄んだ、鈴のように。
それは、言葉と言うよりは音のようで。
歌というよりは、やわらかな叫びのようだった。
第十六部【黄昏に君を想う】
涙が胸に揺れていたあなただから
何もかも許されるべきだと思ってる
今にもこわれてしまいそうだと
あなたは自分の精神をおそれているが
ただそれだけでなく
見えないのは未来
――未来さえなければ愛してると言えるのに
[Re:ゴーストビート]
裸足の足が踏んだ土の冷たさと
燃えさかる炎の色と激しさと
頬を伝った、その感触と
覚えているのは、それだけで。
愛してくれとは言わないけれど、せめてわたしを見て欲しかった。
抱きしめてとは言わないけれど、せめて名前を呼ばれたかった。
二度と叶わなくなった今でも、ふいに夢に見るから悔しくなる。
もう終わりの頃は、目も合わせてくれなかったあの人が。
最後に言ったその言葉を、思い出せずに目が覚める。
[全ては予定調和であり、そうして、誰も結末を知らない符合]
さっきから、歩く度にそれは布越しに肌へとぶつかってくる。鍵というのはこんなに質量があるものだったろうか。ただポケットに入れてる分にはさほど気にならないが、動くとどうも存在感が強くなっていけない。いったい何がいけないのか、自分でもよくわからないが。
小悪魔がいなくなって一人きりだからか、『彼女たち』はめいめい勝手に喚き散らしている。少々煩い。そのうちの一人がふいに騒ぐのやめて、不思議そうな顔をする。それに呼応するように、他の『彼女たち』も次々と大人しくなった。勿論すべて想像だ。妄想と言ってもいい。どうせ他人には何が起きているのかわかりはしないのだ。私は、狂っているのだから。その『彼女たち』が、不思議そうにソレを指し、訊いた。
――――――――アレは誰?
仕方なく、浮いている彼女は答えた。
――――――――誰でもないわ
アレの名前を、もう誰も呼ばないもの。
その『彼女』は咲夜の真ん中にいた。ちょうど浮いている彼女の真下で、虚ろな目で膝を抱えて何も言葉を発しようとしない。ひょっとしたら、音も聞こえていないのかもしれない。
――――――――アレは誰?
『彼女たち』はもう一度訊いた。
――――――――誰でもないわ
バランスを司る彼女は再びそう答えた。
――――――――アレの名前を、もう誰も知らないもの
どくんと、ひとたび大きくそれは鳴った。何かを思い出しかけ、足がふらつく。壁に身を預け、深く息を吸って吐いた。まだ苦しい。どうも最近、昔のことを思い出しやすくなっている気がする。やたらとあの頃の夢ばかりをみるのもそのせいだろう。それとも、夢の残り香が現に白昼夢を魅せているのか。どちらにせよ、このままではよくない。どうにか。どうにかしよう。どうしたらいいだろうか。声を。とにかく声を。『彼女たち』の声を止めようと思った。それには、どうしたらいいだろう。
思い出すのは、先日のこと。あの静かな雨音の中で、一緒にいたのは。紅茶を飲んだのは。
「美鈴…」
そうだ、彼女のところに行こう。そうしようそれがいい。彼女といればきっと大丈夫だ。すぐにみんな大人しくなるはずだ。大丈夫大丈夫。今日は仕事の進みもよかったし、お嬢様からは昨晩いや、今日の朝方か。大事な用があるから近づくな言われている。たぶん嘘だろうけれど、それが命令なら従うのが従者の務め。もう夜だし、美鈴は自室にいるはず。彼女の部屋ならお茶も淹れられる。そうだ、久々に美鈴に淹れて貰おう。そうだそうしようそれがいい。きっと彼女のことだから私の方がうまいとか言ってやりたがらないだろうけど、一つだけ断らない紅茶を私は知っている。
あの甘い、甘すぎる紅茶を飲みに行こう。
ふっと。彼女のことを考えると、その一瞬だけ身体が軽くなった。いつもの呼吸が戻ってくる。とん、と壁から背を離して、私は真っ直ぐ立った。そうして、彼女の部屋へと歩いていった。
[足音]
首尾を確かめようと、小悪魔は美鈴の部屋に向かっていた。思いがけず自分の主が彼女を追い詰めてしまったこともあり、カーサが用意した案と立て続けでは、さしもの彼女の体力もそうとうなダメージを受けているはずだ。あんな性格でも彼女は門番隊長だし大丈夫だとは思いたいが、どうにもその辺りが心配だった。
「まぁ、今のところ計画は順調ですね」
今夜には綻びの方はなんとかなりそうだし、そうなれば美鈴の状態は安定するはずだ。あとは咲夜の方だが、こっちは長期戦でかかればなんとかなるだろう。何のトラウマかは知らないが、きっと美鈴が何らかの支えになってくれるはず。もともと個々ではそう大した問題ではないのだ。対処法さえ間違えなければいいのだから。たまたま二つがバッティングしたから事態はややこしくなっただけなのだ。それをパチュリーも、レミリアも、何をあんなに深刻そうにしていたのやら。
『偶然ではありません。あまりに出来すぎていますもの』
不意に、カーサの言葉を思い出した。予想以上に協力的だったが、話を持ちかけたときに彼女が言った言葉が、今さらになって妙に気になった。
『きっと偶然ではないのですよ、すべて。美鈴様の綻びも、メイド長の葛藤も、パチュリー様が魔法使いたちに惹かれているのも。全てはどこかで繋がっているのです』
そうして、仕方のないことですからね、仕方がないのですよと、何かを諦めたように笑ったのだ。たぶんあれは、美鈴への想いを吹っ切ろうとしたのだろうけど。
「って。今はそんなことはどうでもいいわけで」
頭を振り、その事を追いやる。彼女には悪いことしたとは思っているけれど。でもこれで、全て元通りになるはずだ。
小悪魔は美鈴の部屋に続く、最後の廊下の角を曲がろうとして――――――――
「あ…」
いてはならない人を、見てしまった。
とっさに、おそらく本能がその場を離れさせる。可能な限り素早く物陰にかくれ、ほとんど無意識にパチュリーの護陣を発動させた。防御性はない。ただ、気配と姿を完全に消してくれる、ワンミニッツの奇跡。
「なんで、よりによって、今」
あの人がここにいるんだ。
「…メ、イド長」
震えそうになるのをなんとか耐える。幸いにして、咲夜の方は小悪魔に気づいていなかった。けれど、咲夜が来た方角には、彼女の部屋があるのだ。そこで今行われていることを、わかっていて見るならともかく、うっかり覗いた人間はどう思うだろう。想像し、背筋が凍り付きそうになる。
たん。
彼女の足音がする。その軽い音に、小悪魔は心臓を踏まれたような気さえした。けれど、だけど、怖いけど、怖くないはずないけど、自分は、くさっても悪魔なのだ。怯えそうな心を押しとどめ、何とか彼女を見た。大丈夫。彼女がこちらに気づくはずがない。だから情報を集めて、考えるんだ。
「うっ」
見た瞬間、口を手で押さえた。歩いてくる咲夜は、恐れていたように返り血を浴びるようなことは、一切した形跡はなかった。メイド服にはまったく乱れがなく、いつものように完全で瀟洒な従者そのものだ。
彼女の、その目を除けば。
「…見たんだ」
カーサの術については、事前に詳しく聞いていた。その結果、美鈴がどのような状態になるかも。それを傍から見れば、どのような行為として映るかは、容易に想像できる。
咲夜の目は、とても正気には見えなかった。
底なしに虚ろで、正面からそれを目の当たりにしたのが運の尽きだ。心臓を鷲掴みにされたようだった。呼吸が乱れる。ぎゅっとこぶしを握りそれに耐える。そうして、必死に頭をまわした。
考えろ考えろ。今の情報でわかったことはなんだ。そうだ、もっとも大切なことがわかっている。あの部屋の二人はおそらく無事だと言うこと。メイド長一人が歩いているのだ。来たことすら気づいていない可能性がある。では何故メイド長は何もしなかったのだ。見たその瞬間に、何のリアクションも起こさなかったのは何故だ。今の彼女の状態を見れば、ショックを受けていないはずないのだ。リアクション?ひょっとして思わず彼女は時を止めたのではないだろうか。そうして止まった世界の中で、彼女が見たのはおそらく彼女にとって直視出来ないものだったに違いない。しかしそれは誤解だ。最初からいればそれは明らかで、始終やましいことなど何一つないのである。けれど彼女はそれがわからない。彼女以外の全てが止まった世界で、そのことを彼女に教えてくれる者は誰もいないのだ。
そうして。そうして彼女は、彼女の瞳は。
『偶然ではありません。あまりに出来すぎていますもの』
カーサの言葉が甦った。
『時間がないのよ』
パチュリーの焦った声が甦った。
『そんな単純じゃない』
レミリアの苛立つような顔が甦った。
…ああ。
ぱちんと。魔法が消える。咲夜の姿は、もうどこにもない。
「本当だ」
思い通りには、いかないものだ。
頭の中では咲夜の呟いていた言葉が繰り返している。あれが彼女の心そのものなら、まだ打つ手はあるはずだ。小悪魔は、震える手足で図書館に向かった。今できる、自分の最善を信じて。
第十七部【過去】
[ゴーストビートⅣ]
久々に出た扉の外は、月明かりに満ちていた。
ああ、とても静かだとわたしは思った。
もうどこに何があるのか忘れているんじゃないかと心配したけれど、わたしはちゃんと覚えていた。あっちリビングで、こっちが玄関、そっちは書斎という具合に。もちろん、彼が眠っているだろう寝室も。
廊下をゆっくりと歩いていく。早く彼に会いたかった。
だけど気づかれてもいけないから、そうっとそうっと歩いてゆくのだ。
歩きながらわたしは楽しくなってきた。
久々に見る彼は、いったいわたしを見てどんな顔をするだろう。
あの部屋には生活に困らないための全てがあったけど、それ以外の全てが無かった。
そんな部屋に私を閉じこめた彼。わたしの、父親だったはずの男。
『絶対に許さないことよ』彼女の言葉が甦る。
わたしの願いを三つ叶えてくれると言った彼女。一つはもうさっき使ってしまった。あの部屋から出ることだ。彼女は今このときも、わたしを見ているのだろうか。うまくわたしが彼を『 』せたら、残り二つも叶えてくれると言った彼女は。
どんなにゆっくりでも、歩いていれば必ずたどり着く。
わたしの記憶よりも、扉は小さくなっていた。
それを、やはりそうっと開ける。
わたしは、部屋に踏み入れた。
「みつけた」
眠る彼は、無防備そのものだった。
[覚醒]
『彼女たち』が喚いている。今までで一番激しく。すぐ傍には美鈴がいるのに、どうしてだろう。どうしてだろう。何故ここに、彼女以外がいるのだろう。思い出すのは雨の日。あの日、人形遣いに話しかけられる前のこと。何を考えていたっけ。思い出せ、思い出すな。さあ思い出せ。まだあれから二日しか経っていないのだ。『先ほど門前で美鈴が言った言葉を、頭の中で何度も何度も反復していた。何も疑問に思わない顔。何も不安のない目。いつも通りの声で、日常のように会話をする彼女。全てが咲夜の心と噛み合わない。そのことが、咲夜の中の一人を打ちのめしている。半年くらい前からうすうすと感じていたが、もう認めるしかない。以前よりずっと、美鈴と咲夜の時間感覚がずれている。二人のどちらかの感覚が狂っているという意味ではない。一時間がどれくらいなのかは、美鈴も咲夜も同じくらいの正確さで、きちんと身体のリズムで計って行動出来る。そうではなく問題は、その一時間を短く感じるのか長く感じるのか、その差が半年くらい前からどんどん開いていく一方なのだ。咲夜は何も変わっていない。変化したのは美鈴の方だ。以前なら、まだ咲夜が今より小さかった頃の彼女なら、三日間会わなくて平気なはずがなかった。数時間おきに咲夜の動向を気にしていたし、朝夕の挨拶も必ずしていた。もっと咲夜が大きくなって、仕事が忙しくて偶にしか会えなくなった頃は、会う度に咲夜の体調を気にしていた。咲夜にとっても、それが普通で日常で当たり前だった。同じ感覚で生きていたはずなのだ。いったい何が起きているのか。その答えの半分はすでに咲夜の手にはあった。かつて咲夜は、ちょうどその反対の現象を、つまり元は違った感覚が、だんだん同じになってゆく過程を目のあたりにしていた。それは、咲夜がこの屋敷に来た頃から、二人が同じ部屋に居住し、同じものを食べ、同じように一日を過ごすようになってからの日々のことで。つまり原因は生活の乖離なのだろう。でも、それなら何故今頃になって?メイド長になったあの日から、部屋が別々になったあの時から、もう数年経っているというのに、何故今頃?ようやっと咲夜のいない生活に慣れたというならば、逆に半年で今の状態は速すぎる。だから、つまり、それ以外に何か、もっと決定的な要素が別に―――』もっと決定的な要素が別に?例えばそれはとてもつまらない回答例。ただ純粋に、彼女の関心が私から消え失せたから、とか?なんてくだらないなんだろう。なんてありえそうな話だろう。彼女は何度も言っていたではないか。人間の考えていることなどまるでわからないと。まるで、まるでだ。そうして私も思ったではないか。彼女の気持ちがわからないと。でもそれは。それは違う。全然意味が違う筈だ。どうしてどうして?どうして私が人間じゃいけないの?あの人は悪魔の娘だから私を遠ざけたのに。違う違う。私は人間だ。人間じゃいけないの?人間じゃないからいけないの。なんだろう。わからない。ただ気持ちが悪い気持ちが悪い。ぐっと何かが身体の奥で暴れている。気持ち悪い。頭も割れそうに痛い。痛い痛い痛い痛いいたい痛いイタイ痛いイタイ。駄目だ。何かが迫り上がってくる。血が逆流したかのように、心臓もむちゃくちゃにうるさい。うるさい煩いうるさいって言ってるじゃない!少し黙れ。じゃないとアレが起きるじゃない。アレ?アレって何?『彼女たち』が叫いて訊く。アレって何?アレって何?五月蠅い。アレはアレだろう。だから煩いってば、黙って、アレのことを思い出させないで。ねえだから、アレって何、アレって何。黙れ黙れ、知ってるくせに。知ってるくせに!お前たちみんな、本当は知ってるくせに!知らないよ。嘘だ!知らないってば。嘘だぁ!知らないはずがない。どうして?どうしてって、それは。
それは?
「だから」
アレを、思い出させないで。
――――――――眠る彼は、無防備そのものだった
わたしは彼に近づいた。そうっとそうっと。
それで?あなたは何をしたの?
「何もしてないわ。何も」
――――――――ねえ
『彼女たち』は顔を見合わせ、一斉に叫んだ。
「アレは、誰?」
ゆっくりと、【彼女】は顔をあげた。
一人だけ、名前の違う【彼女】が。
空気の軋むような音に、『力』の限界を知った。
『彼女たち』が叫く。
「出なきゃ」
ここから、逃げなければ。
ぎゅっと手を握ると、何か固い感触がした。
[暗転]
冷たい夜に月を見上げた。
なんだか長い眠りから覚めた気分で。
どうしてなのかわからない。
だけど、なにかがぽっかり足らなかった。
――――――――目が覚めたら
不意に思い出した声。
――――――――目が覚めたら、一番最初に出会うものについて行くといいわ
だからわたしは待っていた。
空を見上げて待っていた。
そうして、その晩、運命に出会った。
悪魔であり吸血鬼である彼女は言った。
「私のところへ来る?人間の娘」
「人間?あなたにはわたしが人間に見えるの?」
悪魔であり吸血鬼である彼女は答えた。
「それ以外の、何にみえるのさ」
わたしは嬉しくなった。けれど彼女だけでは不安だから、もう一度違う誰かにも訊いてみることにした。
「あなたには、私が普通の人間に見えるの?ただの、女の子に見える?」
門番であり、よく笑う彼女は答えた。
「いいえ。人間の、だけどとびっきり可愛い女の子に見えますよ」
そうして、わたしの最後の願いが叶ったのだった。
月の綺麗な夜だった。星の輝く夜だった。
飲んだ紅茶はあたたかくて甘くて、それが嬉しくてたまらない私は、かなしみ以外の涙を、その夜、初めて流したのだった。
第十八部【さよならゴースト】
夢をみた。そんな何気ない毎日が、呆れるほどに好きだった。
[そしてそうして]
小悪魔は己の主人が外れるのを見届けると、ふっと力が抜けるのを感じた。
「行ったのか?」
「魔理沙さん…」
普通の魔法使いは、珍しく決まり悪そうに立っていた。
「待つなんて私の性には合わないけどな、今回はしかたないだろ。パチュリーに譲ってやるさ」
そうして、お茶も出さないのかこの図書館は、と笑った。
「メイド長、どうでしたか」
「別に。いつもどおりだったぜ」
「だから怖いんじゃないですか」
「確かにな。本当にいいのか?縛り付けて記憶でもとばしちまったほうがいいんじゃないか?」
「それも、考えたんですけどね」
レミリア様が、それは駄目だって。
「そうかい」
「メイド長が動くのは夜」
「どうしてそう思う?」
「一つは、メイド長が自分でそう言ったからです。今日は満月じゃないとか、夜でなければいけないとか。あと、何か手足を縛るとか、普通のじゃ駄目って。薬が必要かもとか」
「その場でとっちめた方がよさそうだな」
その言葉を聞けたのは幸いだった。何故なら彼女は、やがて小悪魔の望む答えにたどり着くはずだからだ。確認もしてきた。彼女の手には、まだあれが残っている。
「二つめは、レミリア様がそれを肯定したからです。七割の運命が、メイド長は夜になるまであの部屋を訪れないと示しました」
「で、三つ目だ。実際、今のあいつは何ともなさそうに仕事している。っというか、本当に今夜、何かするのか?」
「します」
あの目が、そう言っていた。
「そうかい」
魔理沙は溜め息を吐いて、
「まぁそれなら、私たちのすべきことはもう何もないな。小悪魔、お代わりくれ」
その言葉で、これまでの会話を終わらせた。小悪魔はそのオーダーに、営業スマイルを浮かべて拒否をする。
「嫌です。だいたいですね、私は徹夜で眠いんです。前々から言ってやろうと言ってやろうと思っていたから今言います。魔理沙さん、魔理沙さんは遠慮がなさ過ぎます。少しはアリスさんを見習ってください。そんなんだからパチュリー様からこの前のような目に遭うんです。って、魔理沙さん?聴いてますか?」
[狂瀾]
嬉しいことが一つ増える度に、哀しい気持ちも一つ増えてゆくの。
再びふわふわと意識が浮遊している。
さっきから何人ものメイドに話しかけられては、『彼女』は勝手に返していく。夜になるまであの子は寝ている。主不在のこの身体は、まるで亡霊のようだ。水の中を歩くみたいに、全てが遠い。けれどもう少しで日も暮れる。そうしてあの子は目覚めるだろう。
『彼女』は仕事を終わらせる。いつものように完璧に。そうして気持ちを落ち着けたなら、鍵を持って地下に行こう。そうしてその後、美鈴のいる、あの部屋へ行くのだ。
階段を下りてゆく。堕ちてゆく。
扉の前に立ち、辺りを見回す。誰もいないことを確かめ、私は扉の穴に鍵を入れる。ぐっと押し込むように回すと、ごとん、という錠の外れる音がした。それは、どうにも重たい音。とても大切なものを、手放してしまった音だった。
[ゴーストビートⅣ+α]
久々に出た扉の外は、月明かりに満ちていた。
ああ、とても静かだとわたしは思った。
もうどこに何があるのか忘れているんじゃないかと心配したけれど、わたしはちゃんと覚えていた。あっちリビングで、こっちが玄関、そっちが書斎という具合に。もちろん、彼が眠っているだろう寝室も。
廊下をゆっくりと歩いていく。早く彼に会いたかった。
だけど気づかれてもいけないから、そうっとそうっと歩いてゆくのだ。
歩きながらわたしは楽しくなってきた。
久々に見る彼は、いったいわたしを見てどんな顔をするだろう。
あの部屋には生活に困らないための全てがあったけど、それ以外の全てが無かった。
そんな部屋に私を閉じこめた彼。わたしの、父親だったはずの男。
『絶対に許さないことよ』彼女の言葉が甦る。
わたしの願いを三つ叶えてくれると言った彼女。一つはもうさっき使ってしまった。あの部屋から出ることだ。彼女は今このときも、わたしを見ているのだろうか。うまくわたしが彼を『 』せたら、残り二つも叶えてくれると言った彼女は。
どんなにゆっくりでも、歩いていれば必ずたどり着く。
わたしの記憶よりも、扉は小さくなっていた。
それを、やはりそうっと開ける。
わたしは、部屋に踏み入れた。
「みつけた」
眠る彼は、無防備そのものだった。
だからわたしは、眠る彼に近づいた。
そうしてそうして。
そうして目覚めた彼は言った。
――――――――待っていたよ
――――――――まって、いたの?
――――――――いつかこんな夜が来ると思っていた。思いの外、早かったが
――――――――そう。ならあなたはどうするの?
――――――――どうもしないよ。お前の気の済むようにするがいい
――――――――どうして?
――――――――これは罰だからだ
――――――――ばつ?ばつってなに?
――――――――決して、許されないことだよ
そうして彼は言葉通り、わたしの手を受け入れた。彼の首はわたしの手には大きすぎて、締めても締めても、彼の命を奪うことは出来なかった。
やがて彼はいつかのように、困ったように私に言った。
――――――――お聞き、幼き子よ。お前の手は、まだ人の命を奪うには小さすぎるようだ。その肩では、死を背負うことも出
来ないだろう。だから、お前は今からこれを持ってここから出るんだ
――――――――これはなに?
――――――――ナイフだよ。とても美しいナイフだ。お前によく似ているだろう。お前はきっと、こんな生き方をするだろう。
それは決して楽な生き方ではないけれど。とても美しい生きた方だ
――――――――うつくしい?これがうつくしいの、おとうさん?
――――――――ああ、とても美しいよ。お前の母親のように、我が娘よ。
それが、彼の言った最期の言葉だった。
わたしはすぐに走り出した。そうせねばならないことがわかっていた。わたしが部屋から出たことに気づいた使用人が、家に火を付けたから。
わたしは最初の望み通り部屋から出て彼に会い、そうしてずっと欲しかった言葉を貰った。
そうして、今度は彼の言葉を受けて、その家からも飛び出したのだ。
それは、目に痛いほど満月の綺麗な、冷たい冷たい冬の夜だった。
第十九部【Childhood's end】
あなたより先に死ねるのは、私にとって一つの幸せだと思います。
[カウントダウン]
もうどれくらい、この行為は続けられているのだろう。
あとどれくらい、この行為は続けられていくのだろう。
すでに限界が近いことはわかっている。生命力には自信があったが、物事には限度というものがある。
あと五分もあれば、自分は永遠にこの世とおさらばだ。
ぐっと、首に張り付いた指の力がまた強まった。
皮肉にも、飛びかけていた意識がその衝撃で少し戻ってくる。無駄だと思いつつも、身体は最後の悪あがきをなかなか諦めきれないらしかった。
なけなしの何か―――――生命と呼ばれるものだったかもしれない――――――を振り絞り、私は目の前の親しく愛しい存在に声を漏らす。
――――――――もう止めましょう。
けれどそれは音にはならなかった。
――――――――こんなことをしても、しなくても、私は。
だからせめて眼で伝えようと視線を合わす。
そのどちらも、届かなかったけれど。
精一杯だった。そこで力が尽きてしまう。
再び、意識が霞みに飲み込まれてゆく。衝撃に耐えるならともかく、酸素を断たれるのはやはり堪えた。お嬢様なら平気なんだろうなと、こんな状況なのに主君のことを考えた。
あるいは、こんな状況だからだろうか。
己だけの身でなくなって久しいが、どうも自分の忠義心は間違っているかもしれないと時々思う。仕えている以上、この命はその主のもののはずなのに、ろくな抵抗もしないで手放しかけている。そのことに罪悪感が無いわけではない。自由がきくなら謝罪の一つはしたいところだ。
逆に言えば、それは謝罪一つで済ませるつもり程度にしか気にしていないということだったが。
もっとも、こんなぎりぎりまで無抵抗なのは、相手が彼女だからなのだが。
眠っていたところを襲撃され、薬をうたれ、魔法強化されているらしい縄に四肢の自由を奪われようと言葉以外の抵抗をしないのは、そこに彼女の苦しみがある気がしたからだ。
今も容赦なく力が込められている指先から、何か黒いものが流れ込んでくるのわかる。それがなんなのかまでは判然としない。
ただ、憎しみと呼ぶには、それはどこか身を切るような切なさがあった。その切っ先のような鋭い何かが、反撃という選択肢を私から奪っている。目の前が暗いのは、もはや宵闇だけの所為ではないというのに。
――――――――それでも。
――――――――たぶん。
信じている。
こんな状況でもまだ信じている。
いつもそうやって彼女と向き合ってきたから。
いつものようにそうやってしか彼女と向き合えない。
思えばお互い、本当に不器用に生きてきた。
生暖かいそれが、頬に当たる。降るように、次から次へと。それは止まらなかった。何粒かは口に入り、舌先をかすかにしびれさせる。
「どうして」
ぽたぽたと、それは頬を叩く。
「どうしてあなたも、抵抗しないの?」
止まることなど、知らないように。
ああ、彼女が泣いている。何とかしてそれを、今度こそは。
――――――――止めなければ
朦朧とした意識の中で、私は彼女の肩を抱こうと、拘束されている手を伸ばした。
[どちらにせよ、それは夢のような]
「十二時」
小悪魔は言った。
「魔法が解ける時間です」
「そいつは違うぜ」
普通の魔法使いは言った。
「新たな魔法にかかる瞬間だ」
どちらにせよ、それは夢のような――――――――――――――――
[それは約束された歌]
思い出という過去の時間すら、止めてしまえればいいのに。いつまでも鮮やかなその中で、彼女も一緒に封印してしまえれば、私たちはずっと一緒にいられるのに。
ぱちんと。まるでシャボン玉がはじけるように。
縄の抵抗を受けるはずだった手は、あっさりと彼女の肩に届いた。届けばなんでもいいので、美鈴は彼女を抱き寄せた。ぐらりと、力のない人形のように、彼女は倒れ込んでくる。
同時に、首への圧迫も消えた。
酸素が、戻ってくる。
それから。
「やっ…と、届い…た」
ようやっと、彼女が。
「さ、くや…さん。どうし、て…泣いているんで、すか?」
声が、掠れる。自慢の回復力もさすがに追いつかないのか、意識はまだ白く濁っている。それでも声をかける。声を、言葉を絞る。だって、どうしてそうしないでいられるのか。
彼女は、泣いているのだから。
彼女は答えない。腕の中で泣きじゃくるその様子は、出会ったばかりの彼女を彷彿させた。
出会ったその夜に泣き出した彼女。どうしていつも泣かせてしまうのだろう。いつもいつでも、笑っていて欲しいのに。どうしていいかわからないから、美鈴はおそるおそる彼女の背に手をまわした。そうして、何かひどく壊れやすいものに触れるように、そうっと抱きしめた。
「大丈夫ですよ」
大丈夫。何がそんなにも彼女を苦しませているのかわからないけれど。でも大丈夫の筈だ。
彼女たちは言ったのだ。美鈴さえ逃げなければいいと。そうして、それを私たちも信じていると。なにしろ知識の魔女と聡明な人形遣いと慧眼の吸血鬼と運命を司る悪魔のお墨付きなのだ。これでうまく転ばなければ、それこそ腑に落ちない。
だから美鈴は何度もそう繰り返した。こつんと額を合わして、祈るように繰り返した。そこから、言葉以外のいろいろなものが、伝わればいいと願いながら。
冷たい夜に月を見上げた。
なんだか長い眠りから覚めた気分で。
どうしてなのかわからない。
だけど、なにかがぽっかり足らなかった。
だからわたしは待っていた。
空を見上げて待っていた。
「あなたには、私が普通の人間に見えるの?ただの、女の子に見える?」
門番であり、よく笑う彼女は答えた。
「いいえ。人間の、だけどとびっきり可愛い女の子に見えますよ」
そうして彼女は彼女こそが、子どものように笑ってみせた。
きゃらしゃらきゃらしゃらと。
不思議に澄んだ、鈴のように。
それは、声と言うよりは音のようで。
歌というよりは、やわらかな叫びのようだった。
月の綺麗な夜だった。星の輝く夜だった。
飲んだ紅茶はあたたかくて甘くて、それが嬉しくてたまらない私は、かなしみ以外の涙を、その夜、いつまでもいつまでも流したのだった。
ぱあんという拍子の音。その願いに応え、今の彼女が居る。
第十四部【醒めかけの夢に】
とりとめのない話を、一つしましょうか。
[さよならのうた]
…ああ。とおいむかし、貴女様は大切なものを亡くしたのですね。
柔らかい何かが額に触れる。その感触に、目を開けた。
「…カーサ…?」
「そんな不思議そうな顔なさらないでください。逆に傷ついてしまいます」
彼女は眠りに落ちる前と同様に、美鈴の顔を覗き込んでいた。
「私、どれくらい…」
「ほんの十分程度です。時間は取らせないと、申し上げましたでしょう?」
いつの間に用意したのか、濡らしたタオルを手渡される。ひんやりとしたそれは、とても気持ちよかった。顔をぬぐって返すと、心配そうな眼と合った。
「起きられますか?一応、解毒は飲ませましたが」
「ん、だいじょ…解毒?」
「はい」
彼女は笑んだ。
「飲んだっけ?」
「はい。確かに」
そんな記憶はなかった。浮上するのはこういう場合においての常套手段。いやまさか。あれはやっぱり上手く飲ませられないらしいし。
「その、解毒の薬って、液体状?」
そうでなければさすがに気づくはずと期待を込めて訊いてみたが、彼女の驚いたような顔がそれを肯定してくれた。
「気づいていたんですか?」
「いや全然」
ビンゴなんですか。どんぴしゃなんですか。
「そうですよ。最後の一献は、解毒入りです」
大きくからぶった。アウト、いやむしろセーフなのか。どちらにせよ、ぐったりと、動く気がなくなった。頭を再び枕に乗せると、彼女を見上げる格好になった。
「やはり、お辛いですか?」
「ううん。ちょっと起きがけに疲れただけ。もう大丈夫」
本音を言えば、まだだいぶ痺れのようなものが残っていた。とは言え騒ぎ立てるほどではないしと思って言ったのだが、カーサはそんな美鈴をじっと見て、
「嘘です。美鈴様。私は、貴女様の嘘を見抜けないほど、いい加減な気持ちで補佐していたわけではありません」
強い調子で、そう断じた。
そうして、どこか疲れたように微笑んだ。
「美鈴様。私が貴女様の部下と呼ばれる立場につき、早数十年経ちました。そうして、今のメイド長がこの屋敷に来てからおよそ九年ほど。その九年間が、もっとも貴女様は幸せそうに私には見えました」
そこで一旦言葉を切り、彼女はなにかを押さえるように、どこか押さえたような声で続けた。その間、美鈴は何も言えなかった。
「貴女様が幸せなのは、それは大変に結構なことです。ですが、だからこそ私は不安でならないのです」
彼女は言った。
「美鈴様、人は、儚いのです」
「花ほどではありませんが、私たちにとっては、どちらもそう大差のない生の長さです。美鈴様、貴女様はこの紅魔館の門番です。それは、ただの役職としてではありません。先ほどの夢、今度は覚えていらっしゃいますね?」
逃げることは許さないというように、彼女の視線はひどく深く鋭く、一度合えばもう逸らすことは出来ない気がした。
夢。夢を覚えているかだって?可笑しなことを訊いてくれるものだ。あれは夢なんかではないのに。美鈴はぐちゃぐちゃな頭のまま答えた。
「――――――そんなんじゃ、ないですよ。カーサは思い違いをしている。私はただ、この館のみんなが好きなだけ。ここが私の、死に場所だと決めただけで」
「美鈴様。それは、夢をみる前に出た答えの筈です」
彼女は、仕方がなさそうに溜め息をつくと、立ち上がって包みを持ってきた。それを見て美鈴が思わず顔を顰めたことに気づき、彼女は首を横に振った。
「違います。こっちはただのお水です。少し喉が渇きましたので。美鈴様も、渇きましたでしょう?」
「うん、少し」
それを飲みながら、彼女は先ほどとは違って、呆れともちがうが、どこか責めてる感が拭えない調子で美鈴に問いただした。そのくせ、こっちの気持ちなんてお見通しだとでも言うように、咲夜についてだけを。
「何故ですか?あの方は、メイド長は確かに凄い方です。ですがやはり人間ではありませんか。どんなに大事にしても、すぐに死んでしまう存在。違いますか?」
正直、容赦ないなぁと苦しくなる。
「誰の」
言いながら、自分でも嘘だなと思った。
「誰の時間だって、いつかは終わる。そこに妖怪も人間もない。少なくとも、私はそう思うの」
やれやれというような気配。
「また、嘘をつくのですね」
案の定、すぐに見破られた。
「今日のカーサは意地悪」
「美鈴様が天の邪鬼の所為でしょう。私だって、こんな損な役回りは嫌なのですよ、本当は」
彼女の考えは本当にわからない。おかしい、同じ妖怪の筈なのに。しかし向こうには、美鈴の考えが見抜かれているようで、これでは不公平ではないか。
「結局、そういうところもひっくるめて全部。ずっと…」
彼女は本当の本当に、仕様がないような、綺麗だけれど儚い笑みを一つ浮かべた。
ああまただと美鈴は思った。それは、さみしいほど静かなに澄んだ、冬の朝に酷似している。
「カーサ?」
「だから」
籠もりそうな熱を、なんとかやり過ごしながら、彼女がさみしいほど真摯に言葉を紡ぐから。
「ずっとそんな美鈴様のフォーローに、苦労したものです」
『かなわないのだと、わかっていましたから』
それは、決して音にはならない言葉なのだろう。
けれど、だから。
「ごめんね」
「謝罪はいりませんよ。私の仕事は、貴女様の補佐なのですから」
「でも」
それなら彼女は、どうして泣いているのだろう。
「泣いてなんかいませんよ」
彼女は、確かに笑っていた。けれど、美鈴には。
「私ね。まだやっぱり疲れてるみたい。だから、ちょっと眠っていいかな」
目を閉じる。真っ暗闇なのに、どこか暖かい。
やがて聞こえだしたそれは本当にかすかで。深呼吸と何ら変わらないほど静かで。
耳に聞こえない分、心に大きく響いた。
それから、数分。
満足したらしい彼女は、濡れタオルで顔を拭き、立ち上がった。たぶん言いたいことの半分も言えなかっただろうけど。きっと目の前のこの人は、そのまた半分も理解してないんだろうけど。やはり仕方がないことはこの世に多いのだ。
「カーサ」
「はい」
「明日からも、会えるよね」
門番隊長と、その第一の部下として。
「……」
「カーサ」
「命令、してくれませんか?」
「無理だよ」
何を言っても、それは我が儘になってしまうから。
「命令は、お嬢様の仕事だもの」
「そうですね」
仕方なさそうに、いつものように優秀な補佐は微笑んだ。
「それでは隊長、一足先に私は仕事に戻ります」
「うん」
さようなら。
「また明日」
さようなら。それは、今日という日への弔いの歌。
「おやすみなさい…美鈴様。どうか今度は好い夢を」
さようなら、今日の哀しみに。
さようなら、今日のさみしさに。
「おやすみ」
さようなら、綺麗な心のみた夢よ。また明日会うために。
ここでさよなら、恋心よ。
[悪魔の娘]
お前は人間ではないのだ、悪魔の子どもなのだよ。
彼はだいたい、そんなようなことを言った。
だから私はお前を殺さなければならない。そうでなければ許されないのだ。
彼はだいたい、そんなようなことを言った。
わたしはどうして彼がそんなことを言うのかわからなかった。
どうしていつものように、抱きしめて頭を撫でてくれないのだろうか。
どうして名前も呼んでくれないのだろうか。あんなにも愛おしげに繰り返したのに。
彼はわたしを見ることもない。まるでいないかのように扱い、そうしてついには部屋の一つに閉じこめた。鍵をかけ、彼は言った。
さぁこれで、お前はいなくなった。殺されたのだ。この私に。だから声を出していけないよ。誰にも見つかってはいけないのだ。
真っ暗闇の中、だから私は願った。
ここから出たい。お日様を見たい。もう一度彼に会いたい。そうして名前を呼んで欲しい。頭を撫でて欲しい。いい子だと言って欲しい。お前の母のように、将来はきっと美しい人になると笑って欲しい。
悪魔の子だなんて、そんなさみしいことを言わないで。
わたしは、あなたの娘なのだから。
幾日も幾日もそう願った。
そのうち願いはシンプルになっていった。
ここから出たい。そうすれば、あの人に会えるのだから。
そうして言って欲しい。私は、人間だと。あの人の子どもだと。
もう暫くたつと、願いは恐ろしいものが加わった。
ここから出たい。そうして、あの人に会いに行こう。そうして、わたしは復讐をするのだと。
復讐?復讐って何?
その時、その声は言ったのだ。空気の歪むような音がして。
「それはね、決して許さないことよ」
それから、数日後。
わたしの願いは、果たされたのだった。
[悪魔の誘惑]
「アレは誰?」
『彼女たち』の一人が訊いた。仕方なく、浮いている彼女は答えた。
「誰でもないわ」
アレの名前を、もう誰も呼ばないもの。
二日前の夜。
「いつになく機嫌が悪そうですね、メイド長。今は、休憩中ですか?」
「…小悪魔。ええ、何故か今日はみんなの働きがよくてね」
そりゃそうでしょう。こんな見るからに不機嫌オーラ漂いまくり人が監督してちゃあ、と小悪魔は思った。
「パチュリー様の頼まれごとは終わったの?」
「今許可を貰ってきたところですよ。これで、実験も進みます」
小悪魔はそう言って笑うと、嬉しそうに尻尾をひゅんと揺らして見せた。こちらは上機嫌といった様子だ。
「用事って何だったの?」
そのことに思わず興味を惹かれた。
「魔道具の使用許可ですよ。見たことないですか?西の地下二階の辺りは、いわく付きの品や魔力を込めた貴金属とか、あと魔術にかかせない道具とかが保管されているんです」
「そこは、あまり近づくなと言われてるのよ」
「それはおそらく、人間には影響が強いからでしょう」
「こう見えても、ある程度の耐性は有るつもりだけど?」
にっこりと笑んだ咲夜の腕が、小悪魔の方を掴んだ。それはもう、力強く。
「何か、ロクでもないこと、考えてるでしょう?」
「好奇心が、いつでも人を育てるのよ」
「過ぎれば子猫は死にますよ?」
「残念。私を殺すのは、お嬢様の意志と時だけよ」
やれやれというように小悪魔は溜め息をつき、
「まあ、今度のは危険性が薄いですし、特別ですよ?」
あっさりと折れた。
その扉は、意外なことに鍵で施錠されていた。
「ただの鍵じゃあありませんよ、勿論。パチュリー様のお手製のものですから。この鍵がない限り、扉は封印された状態です。もっとも封印自体はそれほど強固のものではありません。効果はむしろ、無理矢理開けられることによって起きる方にあるんです」
「というと」
「大したことではありませんよ。犯人を逃さないための仕掛けと、開けられたら即座にわかるようにしてあるだけです」
「防犯と言うよりは、不埒な輩を見つける罠みたいなものってことね」
「そのとりです。これで、メイド長にはつうじなくなっちゃいましたね」
「私はお嬢様を裏切るようなことしないわよ」
「知ってますよ。でも、面白い遊び道具を使うくらいはやるでしょう?」
駄目ですよ、魔道具は扱い注意です。小悪魔は悪魔らしく、にぃーと悪戯っぽい笑いを浮かべた。まぁ、全くその通りなのだが。
「さて、せっかくだから詳しい解説をしてもらおうかしら」
「えー。私、パチュリー様に早く持って行かな…まぁ、まだまだ余裕ですよ」
気晴らしは、この後も数分続いた。
突然、小悪魔が慌て出す前までは。
「っと、さすがにそれはやばいです。ああ、メイド長。申し訳ありませんが、その鍵、グロイアさんに返しといてください。それでは」
ばたばたと飛び去る。だから、廊下は走るもとい、高速で飛ぶなというに。いつまでたっても学習しない悪魔だ。とりあえず鍵を施錠し、エプロンのポケットに入れる。
「掃除、再開させようかな」
第十五部【啼き龍】
ぱあんという拍子の音。その願いに応え、今の彼女が居る。
――――――――なにか気になるものでも?
――――――――妖怪は人間を食べると聞いたから
――――――――食べない妖怪もいますよ。私はその代表。いくらお嬢様でも、人食系に面倒は任せませんよ………たぶん
――――――――ねえ
――――――――はい?
――――――――あなたには、私が普通の人間に見えるの?ただの、女の子に見える?
――――――――いいえ
――――――――え
――――――――いいえ。人間の、だけどとびっきり可愛い女の子に見えますよ
懐かしいような幸せな夢をみて、美鈴は目を覚ました。
すぐ近くにある強大な気に、何故か心安らぐものを感じるのは、きっと起きる前から予感していたからだろう。ふぅと大きく息を吐いて、影に呼びかける。
「お嬢様」
「なあに、美鈴」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは、いつになくやわらかに応えた。
「とても懐かしい夢をみました」
まだ半分、夢の中にいるような声。
「そう、奇遇ね。私も夢を『視』たわ」
くすりと美鈴は笑った。
「お嬢様、初めてお会いしたときからまるで変わってませんね」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ」
「そしてこの先も、私たちは変わらないままなんですね」
「…思い出したの?」
「全部、とまではいきませんが」
少しだけ、冷たい何かが胃の中で蠢く気がした。
「それで」
振り払うように、彼女は勢い込んだ。
「あなたは、どうするつもりなの」
十六夜咲夜という名前は、あえて出さずに問う。
「お嬢様はどうして欲しいですか?」
「私はあなたに訊いているの」
どくどくと煩いこの音は、どっちのものだろう。
「どうして、私なんですか?お嬢様は私たちの主じゃないですか」
「いいえ、美鈴。あの子はあなたにしか甘えない。わかっているでしょう?」
運命は、人の心までは縛れない。レミリアはどこか遠い声で言った。栓のない会話だ。
「私は、門番ですから。この館を護るのが仕事です」
「本当に、そう思って言っているの?」
先ほどの夢を、繰り返す。人形遣いの言葉を。魔女の助言を。悪魔の妹のお仕置きを。彼女の涙を。ふっと、慣れない笑みが浮かんだ。こんな顔もするのかと、自分で自分が可笑しかった。なんだ、つまりみんな同じ答えを願っているんだ。
きっと。
「たぶんですけど」
それはこの方も同じで。
「お嬢様の考えと、同じですよ」
孔雀石のような眼が、いつかのように見上げてくる。あの時の彼女は花に埋もれるように寝ころんでいた。瞬きを、忘れたように深い。レミリア・スカーレットは、どうしたらいつものようになれるかなと思案した。いったいどんな顔をしていただろうか。夜の王に相応しい、あの堂々としたいつもの自分は。
「ねえ美鈴」
「何でしょう。レミリア様」
「お願いがあるの」
その言葉に、美鈴は少し意外そうな顔をする。
「命令じゃないんですね」
「ええ、これはお願いよ。紅魔館の『 』であるあなたに。あの子を、護って」
「何からでしょうか?」
「孤独(過去)からよ」
わかっているでしょう?と彼女は精一杯冷たく笑った。それがなかなか魅力的なものだから、まったくと紅魔館の門番隊長である紅美鈴は困ってしまう。そもそもこんなことに悩むなんて、あの術師は思いもしなかったに違いない。美鈴はすぐにはそのことには返事をせず、面白がるように言った。
「お嬢様」
「なによ」
「立派なメイドに、育ったでしょう?」
「今さらそれを訊くの?」
「いいじゃないですか。昔から、ちっとも私のしたこと褒めてくれたことないんですから」
それはあなたが、褒められるようなことをしないから。そう言いかけ、止める。
「褒めにくいようなことしかしないからいけないのよ。咲夜の完璧ぶりを見習いなさい」
その。
事実上の讃辞に、この上なく嬉しそうに屈託無く、きゃらきゃらしゃらしゃらと彼女は笑った。
やがて、彼女は応えた。
「私、今の生活が好きです。だから、いつもよりちょっと頑張ります」
それは、あの少女が求め続けたものからは、幾分離れたところにある想いだったけれど。
「それでいいわ」
紅魔館の館主は言った。
「それがあなたらしい」
その感情が、他の何かの想いに、例えばあの少女が抱き続けたものに劣るとは、とうてい思えなかったから。
「それでいい」
たぶん言おうか言うまいか随分迷ったのだろう。
「私は、結果的にあなたを見捨てることになるかもしれない」
最後に、レミリアはひどく重たそうに口を開いた。
それを、門番は笑うことで軽くした。そして彼女は言ったのだ。
「お嬢様、私はお嬢様の信頼を得て、門の前に立たせてもらっているつもりです」
「もちろんよ」
まるで初めて会った頃のように、軽やかな歌のような声で。
「なら今回も同じですよ」
どこかからっぽで底抜けに軽い、けれど心によく響く、いつかの笑い声のように伸びやかな調子で。
「あなたの信頼に、私は答えます」
不覚にも。その言葉はあの日を彷彿させて。
「――――――――――――――――――――――――うん。お願いする…」
レミリアの心を、風のように撫でていった。
そうして。
レミリアは、大きく手を広げた。
ざぁという音の中で、急速に意識が身体に戻っていくのがわかる。
気がつけば、もう美鈴の声は聞こえなかった。
意識と同じように両手を広げたまま、彼女は驚いたように言った。
「…なんだ。私にもあるのね、涙腺って」
そうして、手に力を込めて。
ぱあんと打ち鳴らすと、その龍は啼いた。
きゃらしゃらと、不思議に澄んだ、鈴のように。
それは、言葉と言うよりは音のようで。
歌というよりは、やわらかな叫びのようだった。
第十六部【黄昏に君を想う】
涙が胸に揺れていたあなただから
何もかも許されるべきだと思ってる
今にもこわれてしまいそうだと
あなたは自分の精神をおそれているが
ただそれだけでなく
見えないのは未来
――未来さえなければ愛してると言えるのに
[Re:ゴーストビート]
裸足の足が踏んだ土の冷たさと
燃えさかる炎の色と激しさと
頬を伝った、その感触と
覚えているのは、それだけで。
愛してくれとは言わないけれど、せめてわたしを見て欲しかった。
抱きしめてとは言わないけれど、せめて名前を呼ばれたかった。
二度と叶わなくなった今でも、ふいに夢に見るから悔しくなる。
もう終わりの頃は、目も合わせてくれなかったあの人が。
最後に言ったその言葉を、思い出せずに目が覚める。
[全ては予定調和であり、そうして、誰も結末を知らない符合]
さっきから、歩く度にそれは布越しに肌へとぶつかってくる。鍵というのはこんなに質量があるものだったろうか。ただポケットに入れてる分にはさほど気にならないが、動くとどうも存在感が強くなっていけない。いったい何がいけないのか、自分でもよくわからないが。
小悪魔がいなくなって一人きりだからか、『彼女たち』はめいめい勝手に喚き散らしている。少々煩い。そのうちの一人がふいに騒ぐのやめて、不思議そうな顔をする。それに呼応するように、他の『彼女たち』も次々と大人しくなった。勿論すべて想像だ。妄想と言ってもいい。どうせ他人には何が起きているのかわかりはしないのだ。私は、狂っているのだから。その『彼女たち』が、不思議そうにソレを指し、訊いた。
――――――――アレは誰?
仕方なく、浮いている彼女は答えた。
――――――――誰でもないわ
アレの名前を、もう誰も呼ばないもの。
その『彼女』は咲夜の真ん中にいた。ちょうど浮いている彼女の真下で、虚ろな目で膝を抱えて何も言葉を発しようとしない。ひょっとしたら、音も聞こえていないのかもしれない。
――――――――アレは誰?
『彼女たち』はもう一度訊いた。
――――――――誰でもないわ
バランスを司る彼女は再びそう答えた。
――――――――アレの名前を、もう誰も知らないもの
どくんと、ひとたび大きくそれは鳴った。何かを思い出しかけ、足がふらつく。壁に身を預け、深く息を吸って吐いた。まだ苦しい。どうも最近、昔のことを思い出しやすくなっている気がする。やたらとあの頃の夢ばかりをみるのもそのせいだろう。それとも、夢の残り香が現に白昼夢を魅せているのか。どちらにせよ、このままではよくない。どうにか。どうにかしよう。どうしたらいいだろうか。声を。とにかく声を。『彼女たち』の声を止めようと思った。それには、どうしたらいいだろう。
思い出すのは、先日のこと。あの静かな雨音の中で、一緒にいたのは。紅茶を飲んだのは。
「美鈴…」
そうだ、彼女のところに行こう。そうしようそれがいい。彼女といればきっと大丈夫だ。すぐにみんな大人しくなるはずだ。大丈夫大丈夫。今日は仕事の進みもよかったし、お嬢様からは昨晩いや、今日の朝方か。大事な用があるから近づくな言われている。たぶん嘘だろうけれど、それが命令なら従うのが従者の務め。もう夜だし、美鈴は自室にいるはず。彼女の部屋ならお茶も淹れられる。そうだ、久々に美鈴に淹れて貰おう。そうだそうしようそれがいい。きっと彼女のことだから私の方がうまいとか言ってやりたがらないだろうけど、一つだけ断らない紅茶を私は知っている。
あの甘い、甘すぎる紅茶を飲みに行こう。
ふっと。彼女のことを考えると、その一瞬だけ身体が軽くなった。いつもの呼吸が戻ってくる。とん、と壁から背を離して、私は真っ直ぐ立った。そうして、彼女の部屋へと歩いていった。
[足音]
首尾を確かめようと、小悪魔は美鈴の部屋に向かっていた。思いがけず自分の主が彼女を追い詰めてしまったこともあり、カーサが用意した案と立て続けでは、さしもの彼女の体力もそうとうなダメージを受けているはずだ。あんな性格でも彼女は門番隊長だし大丈夫だとは思いたいが、どうにもその辺りが心配だった。
「まぁ、今のところ計画は順調ですね」
今夜には綻びの方はなんとかなりそうだし、そうなれば美鈴の状態は安定するはずだ。あとは咲夜の方だが、こっちは長期戦でかかればなんとかなるだろう。何のトラウマかは知らないが、きっと美鈴が何らかの支えになってくれるはず。もともと個々ではそう大した問題ではないのだ。対処法さえ間違えなければいいのだから。たまたま二つがバッティングしたから事態はややこしくなっただけなのだ。それをパチュリーも、レミリアも、何をあんなに深刻そうにしていたのやら。
『偶然ではありません。あまりに出来すぎていますもの』
不意に、カーサの言葉を思い出した。予想以上に協力的だったが、話を持ちかけたときに彼女が言った言葉が、今さらになって妙に気になった。
『きっと偶然ではないのですよ、すべて。美鈴様の綻びも、メイド長の葛藤も、パチュリー様が魔法使いたちに惹かれているのも。全てはどこかで繋がっているのです』
そうして、仕方のないことですからね、仕方がないのですよと、何かを諦めたように笑ったのだ。たぶんあれは、美鈴への想いを吹っ切ろうとしたのだろうけど。
「って。今はそんなことはどうでもいいわけで」
頭を振り、その事を追いやる。彼女には悪いことしたとは思っているけれど。でもこれで、全て元通りになるはずだ。
小悪魔は美鈴の部屋に続く、最後の廊下の角を曲がろうとして――――――――
「あ…」
いてはならない人を、見てしまった。
とっさに、おそらく本能がその場を離れさせる。可能な限り素早く物陰にかくれ、ほとんど無意識にパチュリーの護陣を発動させた。防御性はない。ただ、気配と姿を完全に消してくれる、ワンミニッツの奇跡。
「なんで、よりによって、今」
あの人がここにいるんだ。
「…メ、イド長」
震えそうになるのをなんとか耐える。幸いにして、咲夜の方は小悪魔に気づいていなかった。けれど、咲夜が来た方角には、彼女の部屋があるのだ。そこで今行われていることを、わかっていて見るならともかく、うっかり覗いた人間はどう思うだろう。想像し、背筋が凍り付きそうになる。
たん。
彼女の足音がする。その軽い音に、小悪魔は心臓を踏まれたような気さえした。けれど、だけど、怖いけど、怖くないはずないけど、自分は、くさっても悪魔なのだ。怯えそうな心を押しとどめ、何とか彼女を見た。大丈夫。彼女がこちらに気づくはずがない。だから情報を集めて、考えるんだ。
「うっ」
見た瞬間、口を手で押さえた。歩いてくる咲夜は、恐れていたように返り血を浴びるようなことは、一切した形跡はなかった。メイド服にはまったく乱れがなく、いつものように完全で瀟洒な従者そのものだ。
彼女の、その目を除けば。
「…見たんだ」
カーサの術については、事前に詳しく聞いていた。その結果、美鈴がどのような状態になるかも。それを傍から見れば、どのような行為として映るかは、容易に想像できる。
咲夜の目は、とても正気には見えなかった。
底なしに虚ろで、正面からそれを目の当たりにしたのが運の尽きだ。心臓を鷲掴みにされたようだった。呼吸が乱れる。ぎゅっとこぶしを握りそれに耐える。そうして、必死に頭をまわした。
考えろ考えろ。今の情報でわかったことはなんだ。そうだ、もっとも大切なことがわかっている。あの部屋の二人はおそらく無事だと言うこと。メイド長一人が歩いているのだ。来たことすら気づいていない可能性がある。では何故メイド長は何もしなかったのだ。見たその瞬間に、何のリアクションも起こさなかったのは何故だ。今の彼女の状態を見れば、ショックを受けていないはずないのだ。リアクション?ひょっとして思わず彼女は時を止めたのではないだろうか。そうして止まった世界の中で、彼女が見たのはおそらく彼女にとって直視出来ないものだったに違いない。しかしそれは誤解だ。最初からいればそれは明らかで、始終やましいことなど何一つないのである。けれど彼女はそれがわからない。彼女以外の全てが止まった世界で、そのことを彼女に教えてくれる者は誰もいないのだ。
そうして。そうして彼女は、彼女の瞳は。
『偶然ではありません。あまりに出来すぎていますもの』
カーサの言葉が甦った。
『時間がないのよ』
パチュリーの焦った声が甦った。
『そんな単純じゃない』
レミリアの苛立つような顔が甦った。
…ああ。
ぱちんと。魔法が消える。咲夜の姿は、もうどこにもない。
「本当だ」
思い通りには、いかないものだ。
頭の中では咲夜の呟いていた言葉が繰り返している。あれが彼女の心そのものなら、まだ打つ手はあるはずだ。小悪魔は、震える手足で図書館に向かった。今できる、自分の最善を信じて。
第十七部【過去】
[ゴーストビートⅣ]
久々に出た扉の外は、月明かりに満ちていた。
ああ、とても静かだとわたしは思った。
もうどこに何があるのか忘れているんじゃないかと心配したけれど、わたしはちゃんと覚えていた。あっちリビングで、こっちが玄関、そっちは書斎という具合に。もちろん、彼が眠っているだろう寝室も。
廊下をゆっくりと歩いていく。早く彼に会いたかった。
だけど気づかれてもいけないから、そうっとそうっと歩いてゆくのだ。
歩きながらわたしは楽しくなってきた。
久々に見る彼は、いったいわたしを見てどんな顔をするだろう。
あの部屋には生活に困らないための全てがあったけど、それ以外の全てが無かった。
そんな部屋に私を閉じこめた彼。わたしの、父親だったはずの男。
『絶対に許さないことよ』彼女の言葉が甦る。
わたしの願いを三つ叶えてくれると言った彼女。一つはもうさっき使ってしまった。あの部屋から出ることだ。彼女は今このときも、わたしを見ているのだろうか。うまくわたしが彼を『 』せたら、残り二つも叶えてくれると言った彼女は。
どんなにゆっくりでも、歩いていれば必ずたどり着く。
わたしの記憶よりも、扉は小さくなっていた。
それを、やはりそうっと開ける。
わたしは、部屋に踏み入れた。
「みつけた」
眠る彼は、無防備そのものだった。
[覚醒]
『彼女たち』が喚いている。今までで一番激しく。すぐ傍には美鈴がいるのに、どうしてだろう。どうしてだろう。何故ここに、彼女以外がいるのだろう。思い出すのは雨の日。あの日、人形遣いに話しかけられる前のこと。何を考えていたっけ。思い出せ、思い出すな。さあ思い出せ。まだあれから二日しか経っていないのだ。『先ほど門前で美鈴が言った言葉を、頭の中で何度も何度も反復していた。何も疑問に思わない顔。何も不安のない目。いつも通りの声で、日常のように会話をする彼女。全てが咲夜の心と噛み合わない。そのことが、咲夜の中の一人を打ちのめしている。半年くらい前からうすうすと感じていたが、もう認めるしかない。以前よりずっと、美鈴と咲夜の時間感覚がずれている。二人のどちらかの感覚が狂っているという意味ではない。一時間がどれくらいなのかは、美鈴も咲夜も同じくらいの正確さで、きちんと身体のリズムで計って行動出来る。そうではなく問題は、その一時間を短く感じるのか長く感じるのか、その差が半年くらい前からどんどん開いていく一方なのだ。咲夜は何も変わっていない。変化したのは美鈴の方だ。以前なら、まだ咲夜が今より小さかった頃の彼女なら、三日間会わなくて平気なはずがなかった。数時間おきに咲夜の動向を気にしていたし、朝夕の挨拶も必ずしていた。もっと咲夜が大きくなって、仕事が忙しくて偶にしか会えなくなった頃は、会う度に咲夜の体調を気にしていた。咲夜にとっても、それが普通で日常で当たり前だった。同じ感覚で生きていたはずなのだ。いったい何が起きているのか。その答えの半分はすでに咲夜の手にはあった。かつて咲夜は、ちょうどその反対の現象を、つまり元は違った感覚が、だんだん同じになってゆく過程を目のあたりにしていた。それは、咲夜がこの屋敷に来た頃から、二人が同じ部屋に居住し、同じものを食べ、同じように一日を過ごすようになってからの日々のことで。つまり原因は生活の乖離なのだろう。でも、それなら何故今頃になって?メイド長になったあの日から、部屋が別々になったあの時から、もう数年経っているというのに、何故今頃?ようやっと咲夜のいない生活に慣れたというならば、逆に半年で今の状態は速すぎる。だから、つまり、それ以外に何か、もっと決定的な要素が別に―――』もっと決定的な要素が別に?例えばそれはとてもつまらない回答例。ただ純粋に、彼女の関心が私から消え失せたから、とか?なんてくだらないなんだろう。なんてありえそうな話だろう。彼女は何度も言っていたではないか。人間の考えていることなどまるでわからないと。まるで、まるでだ。そうして私も思ったではないか。彼女の気持ちがわからないと。でもそれは。それは違う。全然意味が違う筈だ。どうしてどうして?どうして私が人間じゃいけないの?あの人は悪魔の娘だから私を遠ざけたのに。違う違う。私は人間だ。人間じゃいけないの?人間じゃないからいけないの。なんだろう。わからない。ただ気持ちが悪い気持ちが悪い。ぐっと何かが身体の奥で暴れている。気持ち悪い。頭も割れそうに痛い。痛い痛い痛い痛いいたい痛いイタイ痛いイタイ。駄目だ。何かが迫り上がってくる。血が逆流したかのように、心臓もむちゃくちゃにうるさい。うるさい煩いうるさいって言ってるじゃない!少し黙れ。じゃないとアレが起きるじゃない。アレ?アレって何?『彼女たち』が叫いて訊く。アレって何?アレって何?五月蠅い。アレはアレだろう。だから煩いってば、黙って、アレのことを思い出させないで。ねえだから、アレって何、アレって何。黙れ黙れ、知ってるくせに。知ってるくせに!お前たちみんな、本当は知ってるくせに!知らないよ。嘘だ!知らないってば。嘘だぁ!知らないはずがない。どうして?どうしてって、それは。
それは?
「だから」
アレを、思い出させないで。
――――――――眠る彼は、無防備そのものだった
わたしは彼に近づいた。そうっとそうっと。
それで?あなたは何をしたの?
「何もしてないわ。何も」
――――――――ねえ
『彼女たち』は顔を見合わせ、一斉に叫んだ。
「アレは、誰?」
ゆっくりと、【彼女】は顔をあげた。
一人だけ、名前の違う【彼女】が。
空気の軋むような音に、『力』の限界を知った。
『彼女たち』が叫く。
「出なきゃ」
ここから、逃げなければ。
ぎゅっと手を握ると、何か固い感触がした。
[暗転]
冷たい夜に月を見上げた。
なんだか長い眠りから覚めた気分で。
どうしてなのかわからない。
だけど、なにかがぽっかり足らなかった。
――――――――目が覚めたら
不意に思い出した声。
――――――――目が覚めたら、一番最初に出会うものについて行くといいわ
だからわたしは待っていた。
空を見上げて待っていた。
そうして、その晩、運命に出会った。
悪魔であり吸血鬼である彼女は言った。
「私のところへ来る?人間の娘」
「人間?あなたにはわたしが人間に見えるの?」
悪魔であり吸血鬼である彼女は答えた。
「それ以外の、何にみえるのさ」
わたしは嬉しくなった。けれど彼女だけでは不安だから、もう一度違う誰かにも訊いてみることにした。
「あなたには、私が普通の人間に見えるの?ただの、女の子に見える?」
門番であり、よく笑う彼女は答えた。
「いいえ。人間の、だけどとびっきり可愛い女の子に見えますよ」
そうして、わたしの最後の願いが叶ったのだった。
月の綺麗な夜だった。星の輝く夜だった。
飲んだ紅茶はあたたかくて甘くて、それが嬉しくてたまらない私は、かなしみ以外の涙を、その夜、初めて流したのだった。
第十八部【さよならゴースト】
夢をみた。そんな何気ない毎日が、呆れるほどに好きだった。
[そしてそうして]
小悪魔は己の主人が外れるのを見届けると、ふっと力が抜けるのを感じた。
「行ったのか?」
「魔理沙さん…」
普通の魔法使いは、珍しく決まり悪そうに立っていた。
「待つなんて私の性には合わないけどな、今回はしかたないだろ。パチュリーに譲ってやるさ」
そうして、お茶も出さないのかこの図書館は、と笑った。
「メイド長、どうでしたか」
「別に。いつもどおりだったぜ」
「だから怖いんじゃないですか」
「確かにな。本当にいいのか?縛り付けて記憶でもとばしちまったほうがいいんじゃないか?」
「それも、考えたんですけどね」
レミリア様が、それは駄目だって。
「そうかい」
「メイド長が動くのは夜」
「どうしてそう思う?」
「一つは、メイド長が自分でそう言ったからです。今日は満月じゃないとか、夜でなければいけないとか。あと、何か手足を縛るとか、普通のじゃ駄目って。薬が必要かもとか」
「その場でとっちめた方がよさそうだな」
その言葉を聞けたのは幸いだった。何故なら彼女は、やがて小悪魔の望む答えにたどり着くはずだからだ。確認もしてきた。彼女の手には、まだあれが残っている。
「二つめは、レミリア様がそれを肯定したからです。七割の運命が、メイド長は夜になるまであの部屋を訪れないと示しました」
「で、三つ目だ。実際、今のあいつは何ともなさそうに仕事している。っというか、本当に今夜、何かするのか?」
「します」
あの目が、そう言っていた。
「そうかい」
魔理沙は溜め息を吐いて、
「まぁそれなら、私たちのすべきことはもう何もないな。小悪魔、お代わりくれ」
その言葉で、これまでの会話を終わらせた。小悪魔はそのオーダーに、営業スマイルを浮かべて拒否をする。
「嫌です。だいたいですね、私は徹夜で眠いんです。前々から言ってやろうと言ってやろうと思っていたから今言います。魔理沙さん、魔理沙さんは遠慮がなさ過ぎます。少しはアリスさんを見習ってください。そんなんだからパチュリー様からこの前のような目に遭うんです。って、魔理沙さん?聴いてますか?」
[狂瀾]
嬉しいことが一つ増える度に、哀しい気持ちも一つ増えてゆくの。
再びふわふわと意識が浮遊している。
さっきから何人ものメイドに話しかけられては、『彼女』は勝手に返していく。夜になるまであの子は寝ている。主不在のこの身体は、まるで亡霊のようだ。水の中を歩くみたいに、全てが遠い。けれどもう少しで日も暮れる。そうしてあの子は目覚めるだろう。
『彼女』は仕事を終わらせる。いつものように完璧に。そうして気持ちを落ち着けたなら、鍵を持って地下に行こう。そうしてその後、美鈴のいる、あの部屋へ行くのだ。
階段を下りてゆく。堕ちてゆく。
扉の前に立ち、辺りを見回す。誰もいないことを確かめ、私は扉の穴に鍵を入れる。ぐっと押し込むように回すと、ごとん、という錠の外れる音がした。それは、どうにも重たい音。とても大切なものを、手放してしまった音だった。
[ゴーストビートⅣ+α]
久々に出た扉の外は、月明かりに満ちていた。
ああ、とても静かだとわたしは思った。
もうどこに何があるのか忘れているんじゃないかと心配したけれど、わたしはちゃんと覚えていた。あっちリビングで、こっちが玄関、そっちが書斎という具合に。もちろん、彼が眠っているだろう寝室も。
廊下をゆっくりと歩いていく。早く彼に会いたかった。
だけど気づかれてもいけないから、そうっとそうっと歩いてゆくのだ。
歩きながらわたしは楽しくなってきた。
久々に見る彼は、いったいわたしを見てどんな顔をするだろう。
あの部屋には生活に困らないための全てがあったけど、それ以外の全てが無かった。
そんな部屋に私を閉じこめた彼。わたしの、父親だったはずの男。
『絶対に許さないことよ』彼女の言葉が甦る。
わたしの願いを三つ叶えてくれると言った彼女。一つはもうさっき使ってしまった。あの部屋から出ることだ。彼女は今このときも、わたしを見ているのだろうか。うまくわたしが彼を『 』せたら、残り二つも叶えてくれると言った彼女は。
どんなにゆっくりでも、歩いていれば必ずたどり着く。
わたしの記憶よりも、扉は小さくなっていた。
それを、やはりそうっと開ける。
わたしは、部屋に踏み入れた。
「みつけた」
眠る彼は、無防備そのものだった。
だからわたしは、眠る彼に近づいた。
そうしてそうして。
そうして目覚めた彼は言った。
――――――――待っていたよ
――――――――まって、いたの?
――――――――いつかこんな夜が来ると思っていた。思いの外、早かったが
――――――――そう。ならあなたはどうするの?
――――――――どうもしないよ。お前の気の済むようにするがいい
――――――――どうして?
――――――――これは罰だからだ
――――――――ばつ?ばつってなに?
――――――――決して、許されないことだよ
そうして彼は言葉通り、わたしの手を受け入れた。彼の首はわたしの手には大きすぎて、締めても締めても、彼の命を奪うことは出来なかった。
やがて彼はいつかのように、困ったように私に言った。
――――――――お聞き、幼き子よ。お前の手は、まだ人の命を奪うには小さすぎるようだ。その肩では、死を背負うことも出
来ないだろう。だから、お前は今からこれを持ってここから出るんだ
――――――――これはなに?
――――――――ナイフだよ。とても美しいナイフだ。お前によく似ているだろう。お前はきっと、こんな生き方をするだろう。
それは決して楽な生き方ではないけれど。とても美しい生きた方だ
――――――――うつくしい?これがうつくしいの、おとうさん?
――――――――ああ、とても美しいよ。お前の母親のように、我が娘よ。
それが、彼の言った最期の言葉だった。
わたしはすぐに走り出した。そうせねばならないことがわかっていた。わたしが部屋から出たことに気づいた使用人が、家に火を付けたから。
わたしは最初の望み通り部屋から出て彼に会い、そうしてずっと欲しかった言葉を貰った。
そうして、今度は彼の言葉を受けて、その家からも飛び出したのだ。
それは、目に痛いほど満月の綺麗な、冷たい冷たい冬の夜だった。
第十九部【Childhood's end】
あなたより先に死ねるのは、私にとって一つの幸せだと思います。
[カウントダウン]
もうどれくらい、この行為は続けられているのだろう。
あとどれくらい、この行為は続けられていくのだろう。
すでに限界が近いことはわかっている。生命力には自信があったが、物事には限度というものがある。
あと五分もあれば、自分は永遠にこの世とおさらばだ。
ぐっと、首に張り付いた指の力がまた強まった。
皮肉にも、飛びかけていた意識がその衝撃で少し戻ってくる。無駄だと思いつつも、身体は最後の悪あがきをなかなか諦めきれないらしかった。
なけなしの何か―――――生命と呼ばれるものだったかもしれない――――――を振り絞り、私は目の前の親しく愛しい存在に声を漏らす。
――――――――もう止めましょう。
けれどそれは音にはならなかった。
――――――――こんなことをしても、しなくても、私は。
だからせめて眼で伝えようと視線を合わす。
そのどちらも、届かなかったけれど。
精一杯だった。そこで力が尽きてしまう。
再び、意識が霞みに飲み込まれてゆく。衝撃に耐えるならともかく、酸素を断たれるのはやはり堪えた。お嬢様なら平気なんだろうなと、こんな状況なのに主君のことを考えた。
あるいは、こんな状況だからだろうか。
己だけの身でなくなって久しいが、どうも自分の忠義心は間違っているかもしれないと時々思う。仕えている以上、この命はその主のもののはずなのに、ろくな抵抗もしないで手放しかけている。そのことに罪悪感が無いわけではない。自由がきくなら謝罪の一つはしたいところだ。
逆に言えば、それは謝罪一つで済ませるつもり程度にしか気にしていないということだったが。
もっとも、こんなぎりぎりまで無抵抗なのは、相手が彼女だからなのだが。
眠っていたところを襲撃され、薬をうたれ、魔法強化されているらしい縄に四肢の自由を奪われようと言葉以外の抵抗をしないのは、そこに彼女の苦しみがある気がしたからだ。
今も容赦なく力が込められている指先から、何か黒いものが流れ込んでくるのわかる。それがなんなのかまでは判然としない。
ただ、憎しみと呼ぶには、それはどこか身を切るような切なさがあった。その切っ先のような鋭い何かが、反撃という選択肢を私から奪っている。目の前が暗いのは、もはや宵闇だけの所為ではないというのに。
――――――――それでも。
――――――――たぶん。
信じている。
こんな状況でもまだ信じている。
いつもそうやって彼女と向き合ってきたから。
いつものようにそうやってしか彼女と向き合えない。
思えばお互い、本当に不器用に生きてきた。
生暖かいそれが、頬に当たる。降るように、次から次へと。それは止まらなかった。何粒かは口に入り、舌先をかすかにしびれさせる。
「どうして」
ぽたぽたと、それは頬を叩く。
「どうしてあなたも、抵抗しないの?」
止まることなど、知らないように。
ああ、彼女が泣いている。何とかしてそれを、今度こそは。
――――――――止めなければ
朦朧とした意識の中で、私は彼女の肩を抱こうと、拘束されている手を伸ばした。
[どちらにせよ、それは夢のような]
「十二時」
小悪魔は言った。
「魔法が解ける時間です」
「そいつは違うぜ」
普通の魔法使いは言った。
「新たな魔法にかかる瞬間だ」
どちらにせよ、それは夢のような――――――――――――――――
[それは約束された歌]
思い出という過去の時間すら、止めてしまえればいいのに。いつまでも鮮やかなその中で、彼女も一緒に封印してしまえれば、私たちはずっと一緒にいられるのに。
ぱちんと。まるでシャボン玉がはじけるように。
縄の抵抗を受けるはずだった手は、あっさりと彼女の肩に届いた。届けばなんでもいいので、美鈴は彼女を抱き寄せた。ぐらりと、力のない人形のように、彼女は倒れ込んでくる。
同時に、首への圧迫も消えた。
酸素が、戻ってくる。
それから。
「やっ…と、届い…た」
ようやっと、彼女が。
「さ、くや…さん。どうし、て…泣いているんで、すか?」
声が、掠れる。自慢の回復力もさすがに追いつかないのか、意識はまだ白く濁っている。それでも声をかける。声を、言葉を絞る。だって、どうしてそうしないでいられるのか。
彼女は、泣いているのだから。
彼女は答えない。腕の中で泣きじゃくるその様子は、出会ったばかりの彼女を彷彿させた。
出会ったその夜に泣き出した彼女。どうしていつも泣かせてしまうのだろう。いつもいつでも、笑っていて欲しいのに。どうしていいかわからないから、美鈴はおそるおそる彼女の背に手をまわした。そうして、何かひどく壊れやすいものに触れるように、そうっと抱きしめた。
「大丈夫ですよ」
大丈夫。何がそんなにも彼女を苦しませているのかわからないけれど。でも大丈夫の筈だ。
彼女たちは言ったのだ。美鈴さえ逃げなければいいと。そうして、それを私たちも信じていると。なにしろ知識の魔女と聡明な人形遣いと慧眼の吸血鬼と運命を司る悪魔のお墨付きなのだ。これでうまく転ばなければ、それこそ腑に落ちない。
だから美鈴は何度もそう繰り返した。こつんと額を合わして、祈るように繰り返した。そこから、言葉以外のいろいろなものが、伝わればいいと願いながら。
冷たい夜に月を見上げた。
なんだか長い眠りから覚めた気分で。
どうしてなのかわからない。
だけど、なにかがぽっかり足らなかった。
だからわたしは待っていた。
空を見上げて待っていた。
「あなたには、私が普通の人間に見えるの?ただの、女の子に見える?」
門番であり、よく笑う彼女は答えた。
「いいえ。人間の、だけどとびっきり可愛い女の子に見えますよ」
そうして彼女は彼女こそが、子どものように笑ってみせた。
きゃらしゃらきゃらしゃらと。
不思議に澄んだ、鈴のように。
それは、声と言うよりは音のようで。
歌というよりは、やわらかな叫びのようだった。
月の綺麗な夜だった。星の輝く夜だった。
飲んだ紅茶はあたたかくて甘くて、それが嬉しくてたまらない私は、かなしみ以外の涙を、その夜、いつまでもいつまでも流したのだった。
何処で書いたものなんですか?
まるで気の回らない恋人にやきもきするように、毎日毎日ページを開いては一喜一憂。
今日エンドマークのついた作品を見つけて、最初に感じたのは少しの寂しさ。
最後に感じたのは、口惜しいほどに陳腐なこの一言―
この作品を描いていただき、ありがとうございました。
これでしばらくは安眠できそうです(笑)
きっと魔法使いたちの物語は次。
ともあれ、これで少なくとも3名、宴会に参加できなくなる事態は避けられた、の?
全てが終わった後、皆が皆笑顔で酒を酌み交わせれたらいいなと思う。
ハッピーエンドは陳腐でチープかもしれないけど、そうでない結末なんかだぁれも望んじゃいないんだから。
あとこぁはもう少し人の心の機微を学ぶといいと思う。そんなだからまだ小悪魔なんだ。
切々と紡がれる想いの話。寂しさも悲しさも。嬉しさも快さも。
全てに、ありがとうございました。
魔法使い達の話も気になるところですが、今は余韻に浸っていたいと思います。
そして、ありがとうございました。
思えば
『いつか、美鈴よりも強くなって、わたしが美鈴を護ってあげる』
――――――――ありがとうございます。でも、咲夜さんの力はお嬢様のために遣ってくださいね。
このやり取りから、私の中でこの物語が始まりました。
そして今この結末に至るまでの過程。
もどかしくも暖かい二人のすれ違いがたまらなく怖く、また楽しみでした。
素敵な幻想を見せてくれた作者様に、改めて感謝を……
得点入れ忘れたのは在るけど名前忘れたのって初めてかおいorz
是非別角度からのお嬢様たちのお話も。
それが私の幸せ。
そしてようやく彼女は少女を抱きしめる。
次回作を楽しみにしています。良いもの読ませてもらいました。
こぁがこぁじゃなくて『小悪魔』だった!
切なくて暖かい物語
次回はかっこいいアリスがみれたらいいなあ
それが幸せ。
長くあれど綺麗にまとまったお話は見事の一言。
お疲れ様でした。
次回作を座して待つ。あと、お疲れ様です。
これ以外の点数をつける気になれなかった。
冷たく切ない、だけど静かで優しい物語でした。
ありがとうございました。
自分に持ち得ないモノがある文章に惹かれる癖があるのですが、今回はそれが少しばかり強く出ています。100点じゃ足りないくらい。あと50点くらい足したい。
情報の羅列から、読み進めるうちに断片が出来、その断片が組み合わさって終結に向かう様が、最上の文章となったのかなあと思います。とてもとても面白かったです。
これでハッピーエンドじゃなかったら私はあと半年は憂鬱にさいなまれたことでしょう
あんたは最高だ!
お見事の一言に尽きます。
この、蜘蛛糸のようで、綿飴のような、触れれば崩れ落ちてしまう気がする作品を、自分は崩さずに読み終えられたのか……読み終わった後でも不安です。だが、これだけは理解できた。
おもしろい。
之で美鈴が死んでいたら、きっとラストは狂ったエンドだ
I like happy end!人は其れを何と言おうと、何と詰ろうと
私は心残りの無い、最後は幸せな話が好きだ、例え其れが計算されたモノでも
何で人間は、計算された幸せを享受出来ないのか?何故人間は?
言い方を変えて、必死に考え編み出した幸せと言えば享受するのに
人間は面白い、見ていても面白い、話しても面白い
些細な事でもトラウマに成ったり、大きな事でも成らなかったり
何で人間は、敢えて悪い方を取ったりするのかな?
人間は、生来精神が弱いものなのだろうか?
其れは、生まれて初めて選んだ思考方法によって、変わるそう思う
だから、人間関係に完全は無くて
それ故に計算しないほうが、上手く行く時もあるのか?
やれやれ、疑問は尽きません
登場キャラクターに無駄が無く、セリフ一つ一つに繋りが有り、
脇役というのが皆無なのではないかと思えます。
楽しませて頂きました。
まるで最高のお風呂に浸かっているよう。とてもではないけれど、しばらく上がれそうもありません。
え?次のお風呂もあるんですか?
そりゃ楽しみだなぁ。
でも、もうしばらく浸からせてもらってからにします・・・・
ありがとう御座いました。
が、物語を理解出来ていないまま読み終えてしまって絶望しました。
今日の夕、時間的に余裕をもって全てもう一度読ませて頂きました。
昨日は変な先入観やら固定観念にやられてたみたいで、今は初コメントを捧げさせて頂いている次第です。
よかったです。
ありがとうございました。
折角なので追加で。
自作以降も読みます。
でも今は暫し余韻を。
きっと、自分もハッピーエンドが好きなんだと思います。
時計を見たら、もう一時間。
瞬く間に過ぎた彼女たちの暖かい時間が、心を軽くしてくれました。
素敵な物語と有意義な時間を、ありがとうございました。