「幽々子様、Gとは何でしょうか?」
私の問いに、幽々子様は小首を傾げた。
「G?」
「はい、Gです」
幽々子様、首を傾けたまま、んー、と考えることしばし。
「ごめんなさい、妖夢。何のことを言っているのか、わからないわ。もう少し詳しく言ってちょうだい」
なるほど、さすがの幽々子様とて、これだけの情報ではわからないものらしい。
とすると、Gとは何かの例え、見立てなのかもしれない。
「わかりました、実は……」
私は、順を追って話すことにした。
話は、私、魂魄妖夢が博麗神社を訪ねたところまで遡る。
日頃お世話になっているから博麗神社へお中元を届けるように、と幽々子様がおっしゃったのである。
「幽霊がお中元ってのもどうなのかしら」
用向きを聞いた霊夢は、そう言いながらも少し嬉しそうだった。
ちなみに、品は銘酒一升瓶。西行寺家として恥じない一品である。
「よく冷えてるわね」
「ええ、こちらで包んできたから」
私は、そう言って自分の半霊を廻らせる。
「でも、少し冷えすぎちゃったかも」
「大丈夫でしょ。まあ、せっかくだから上がっていって。そこ、暑いし」
霊夢に招かれて居間に入ると、縁側で魔理沙が寝そべっていた。どうやらすっかり暑さに参っている様子。わずかの影をも求めてごろごろする様は、そこらの猫と大差ない。
と、その目が霊夢の手元をとらえるや、魔理沙は、がばっと起き上がった。
「お、美味そうな酒じゃないか」
「ダメよ、御神前に上げるんだから」
「ちょっとくらい良いじゃないか、けち」
「あーもう、うっとうしいわね」
魔理沙は幾度も酒瓶へ手を伸ばすが、霊夢はそれをひらりひらりと躱して歩く。
二人の姿は、さながら、じゃれあう猫を思わせて、つい口が綻んでしまう。
自分には、こういう事ができる友達がいないから、ちょっとだけ羨ましい。
やがて、霊夢の鉄壁の防衛線に敗退した魔理沙が、私の方へ向き直った。
「よう、久しぶりだな」
「久しぶりって、この間、会ったばかりじゃない」
先日、彼女は冷房代わりに冥界の幽霊を捕まえようとしに来たのである。派手な弾幕戦の末、幽々子様が一言。
「ねえ、あなた。どこの馬の骨ともしれない幽霊に、乙女の生活を始終見られることになってもいいのかしら」
そういう一幕であった。
「うん、あれは失敗だったな」
もっともらしく頷く魔理沙だが、本当に反省しているのか疑わしい。横目で私の半霊を見ているのは、何のため?
「そこで考えたんだがな。乙女同士なら問題ないんじゃないか?」
だから、なぜ私を見る。
「だから、コレ貸してくれ」
「イヤ」
即答。
「いいじゃないか。減るもんじゃなし」
「あなたの『貸してくれ』は信用できない、って図書館の方が言ってたもの」
「夏の間だけでいいんだって。三食昼寝付き」
「私の半霊じゃ、ご飯が食べられないじゃない」
「む、じゃあおやつもつけるぜ」
「だから食べられないんだってば」
「あー二人とも、その辺にしておきなさい」
戻ってきた霊夢の声に振り向くと、手にはお盆に乗った湯呑みと急須。水羊羹付き。
「お礼ってほどじゃないけど、お茶くらい飲んでいって」
たいそう歴史のありそうな色合いの机を囲んで、三人でほっと一息。
互いに無言で、茶の渋みと水羊羹の甘味を愉しむ。
縁側に吊るされた風鈴が、澄んだ音色を奏でて気持ち良い。蝉の鳴き声がやけに近いのは、家の壁にでも止まっているのだろうか。
蝉がひとしきり鳴いて、ぱたと羽音を残して去っていくと、つかの間の静寂が戻った。
沈黙を破ったのは、やはり魔理沙だった。
「乙女の生活で思い出したんだけどな」
身を乗り出して、私の方を見る。さらっとこぼれた長い金髪は、普段、どういう手入れをしてるのかと思うくらい艶やかだ。
「妖夢って、普段アレはどうしてるんだ?」
「アレ?」
私と霊夢が二人して疑問符。
「アレはアレだよ」
そう言って、魔理沙は悪戯っぽく笑う。
「実は、さっきお前がくるまで、その話を霊夢としてたんだがな」
その言葉で、霊夢があからさまに狼狽した。
「ちょ、ちょっと魔理沙!」
「いいじゃないか、知的好奇心ってヤツだよ。幽霊というか、お前みたいな特殊な存在がどうやってるのかと思ってさ」
何のことか、さっぱりわかりません。
「ごめんなさい、話がさっぱり見えないんだけど」
顔を真っ赤にして魔理沙の肩を揺らす霊夢と、ニヤニヤと笑う魔理沙。
こんな光景は、ちょっと珍しいかもしれない。
「まあ、はっきり言っちまうと、Gだ」
「G?」
はっきり魔理沙に言われてもわからない私。その様子に、焦れたように魔理沙が言葉を繋げる。
「だからなぁ。その、身体の一部を擦ったりすると、あるだろ、いろいろ」
そこで、ごにょごにょと声が小さくなっていく魔理沙。どうして魔理沙もそんなに顔が赤くなってるんだろう。
「えっと、やっぱりわからないんだけど。身体を擦って何かあるの?」
私の言葉に何かを感じたのか。反応したのは、霊夢だった。
「ちょっと来なさい! 魔理沙!!」
「うわ、何だよ! 襟掴むなって、伸びる伸びる!!」
どたばた。
部屋の隅で、私に背を向けてひそひそ話を始める二人。
(……って……じゃないの?)
(ぇ?まさか……んてことは)
(いや、わかんないわよ。だって……とか)
(いや、ありえないって、いくら……でも…………)
なにやら、ひそひそ話が過熱中の二人。
でも、なんとなく自分の無知をバカにされてるようで、ちょっと気分が悪い。
「ねえ、何のことなの。はっきり言ってよ」
つい、言葉に刺が入ってしまう。
あ、いけない、いけない。
常に心は平静であれって教わってるのに。修行が足りないなぁ。
しかし、どうやら私の言葉が何かのきっかけになってしまったらしい。
声をかけた私の方がびくっとするくらい二人は激しく飛び上がった。
振り返るその顔は、まるで珍獣を見るかのような、あるいは天変地異に出くわしたかのような。
そのままで三人静止すること幾ばく。
最初に動いたのは、やっぱり魔理沙だった。
「急用を思い出した。あばよ」
そう言って、部屋から出ようとしたその足を払う霊夢。
顔面から倒れこんだ魔理沙を踏んで、
「私も用事を思い出したわ。あとはよろしくね、魔理沙」
と言う霊夢の足を掴んで引き倒す魔理沙。
倒れざま肘を打ち込む霊夢に、カウンターで膝を繰り出す魔理沙。
超近接格闘戦の始まりだった。
「あ、あの、ええっと二人とも?」
もはや、私の声も届かない様子だった。
霊夢が関節を捕らえ、魔理沙が逃れ、霊夢が追ったところを魔理沙が投げ、三角飛び膝蹴り対ヒップアタックから膠着状態になったところで、魔理沙が霊夢のどてっ腹にマジックミサイルをぶっ放した後は零距離弾幕戦になだれ込んだ。
流れ弾で障子が弾け、畳が焦げ、床が飛び、天井に穴が開く。
えっと、これはいったいどういうことでしょう?
よくわからないけど、なんとなく罪悪感。
Gを知らないということは、これほどまでに罪なのでしょうか?
そんなことを考えられたのも、それまでだった。
建築物として出てはならない類の音が聞こえてきたところで、
だめだこりゃ。
私は縁側から外へ飛び出した。
「は、はあッ、はぁっ!」
ようやく息をついたのは、魔法の森上空。
夏の昼間に、これだけの距離を全速で駆けるのは、鍛えているとはいえさすがに辛い。
肩で息をしながら、自らの半霊に抱きついて涼を取る。
こういう時、自分の半霊が本当に愛おしい。あー気持ちいい……。
「何してるの、あなた」
「ひゃあっ!」
突然声をかけられて飛び上がった。半霊がのたくって私の腕を逃れる。
いけないいけない。油断してた。これが戦いの場だったら、とっくに死んでる。
気付けば、私の前方に、一人の少女が浮かんでいた。
金髪碧眼に白い肌。お洒落な洋服。まるで西洋人形が命を得ているかのような可憐な容姿。
「あ、アリス、さん」
つい、さん付けで呼んでしまう。
アリス・マーガトロイド。森の魔女。
「なにか凄いスピードで飛んできたから様子見に出てきたんだけど。いったい何なの」
アリスは、腕を組んで訝しげな目つきで私を見ていた。
もしかして、何かの攻撃かと思われたんだろうか。
だとすると、申し訳ない。ここは敵意が無いことを示さねば。
しかし、アリスに睨まれて、言葉に詰まる私。
何があったと問われても、正直、何が起こったのか説明するのが難しい。
対するアリスは、それ以上問うことなく、じっと私の応えを待っている。
この暑さの中、汗一つかかず、蒼穹の中で浮かぶ姿は、まるで一幅の絵のよう。
ああ、綺麗だなぁ。と場違いなことを思うと、なおさら頭から言葉が飛んでいく。
「えっと……」
アリスは、瞬きせずにまっすぐ見つめるだけ。綺麗な碧眼なのだけど、こうして見られる側となると、どうにも居心地が悪い。
困った。なんとか言葉をつむぎ出そうと、頭の中を網ですくった。
「あの、Gって知ってますか?」
うわ、我ながら唐突すぎ。
質問に質問で返すな。言ったあとで気付くがもう遅い。
「G?」
アリスは幸い、そういうことには頓着しない様子だった。組んだ手を顎に置きなおして訊きなおす。
「G、です。あー私もその、どういうことかわからないんです。身体の一部を擦るらしいんですが」
アリスは視線を外して、空を見上げた。
身体の一部を、とオウム返しに呟く。
そのまま沈黙。
微動だにしない。
どうしたのだろう。やっぱり、これだけの話じゃうまく伝わらなかったか。
しかし、自分もこれ以上は知らないのだから、仕方が無い。
妙に硬直した空気の中、互いに動かず。
しかし、私の半霊が沈黙に耐えられずに身を震わせると、やっとアリスが口を開いた。
「なぜ、私に訊くの?」
「……は?」
アリスが、再び視線を私に向ける。
「どうして、そういうことを、私に、訊くの?」
瞳の中に、なにか『怖い』ものが潜んでいた。
今が夏だと言う事を忘れて、背中に冷たい汗が流れた。
あ、とか、いや、とか返事にならない声が漏れる。
まずい。
自分のこういう勘は、嫌なくらいによく当たる。
「私が、そういうことに詳しそうだと思ったの? ああ、きっとそう見えたのね? だから私に訊いたのね? そう、私、器用だしソロが上手そうに見えるのよね。ふふふ、わかってるわ。私だってわかってるのよ。ほら、私って上級コースって感じがするのよね。より繊細な動きを得意とするっていうか、技巧派っていうか。誰に聞いたのかしら、魔理沙やっぱり魔理沙かしら魔理沙よねええ魔理沙きっと魔理沙に違いないわねふふふふふふふふふふふふふふふ」
無呼吸で含み笑いをするとは、さすがは世に聞こえた魔界の住人。
いやいや、落ち着いて感心してる場合じゃないし、私。
……何かまずいこと言ったのかな?
いつの間にか、周囲は人形たちが十重二十重。
可愛い人形に似つかわしくない、やばい得物がごろごろ。
なんだか、皆さん、殺す気満々なんですけど。
アリスさん、アリスさん、これ、弾幕ごっこ、ですよね?
「お、落ち着いてください!」
声を張り上げるが、既に言葉が通じる段階じゃない気がする。
いやいや、諦めるな、魂魄妖夢。
ええっと、ええっと、魔理沙は何って言ってたっけ。
「ち、知的好奇心なんです! アリスさんみたいな特殊な方が、どうやってるのかなって!」
獣の咆哮が轟いた。
閃光が走った。
爆発が起こった。
魔法の森が炎上した。
「……と、いうわけです」
あちこち焦げたり、煤けたりしちゃったが、なんとか無事生還。
いや、冥界に生還って日本語として破綻してる気がするが。
ともあれ、なんとかあの場を脱出した私。幽々子様に仕える従者として、立派に務めを果たした私を見て、我が主が「どうしたの、その格好」とのたまった。そこで、冒頭のような会話となったのである。
さて、そんな私を前に、主は突っ伏して肩を震わせていた。
「ゆ、幽々子様……?」
まさか、笑ってらっしゃるのかしら。そんなに私の格好おかしいかな。
一応、煤で真っ黒だった顔は洗ったし、乱れた髪も整えたし、服は着替えてる暇がなかったから、スカートの裾はびりびりでベストは茶色になってたりしてるが、それでも奇跡の生還を果たした勇者にその仕打ちはご無体な。
とか思っていると、幽々子様が顔を上げた。
そのご尊顔、瞳をうるうる潤わせて、唇をわななかせて、
「う、うわ~~~~~~~~~~~~ん!」
泣き叫んでそのままダッシュ!?
「ちょ、ちょっと、幽々子様!?」
なんと、日頃ゆったりもったりふわふわな幽々子様が、あんなに速く動けるなんて!
不覚。初動の速さには自信があるのに、遅れをとってしまった!
私の脇をすり抜け、そのまま縁側を越えて外へ飛び去る幽々子様。
「うわ~~~~~~~ん! ようむが~~~~~~~! わたしのようむがぁ~~~~~~~~!」
何を錯乱されてるのか、さっぱりわからないが、とにかく追わねば話にならない。
慌てて立ち上がったところで、
「お止しなさい」
と声がかかった。
「ゆ、紫様!」
手には扇子とハイカラ日傘。いつもながら和洋折衷の艶やかなお姿。幽々子様のご友人、八雲紫様。
毎度の如く神出鬼没の方なので今更驚きはしないが、こんな昼間から珍しい。
そう思ってよく見れば、紫様の周りだけはしっかりと夜だった。
……日傘の意味がありません。
紫様は、ぱちんと扇子を閉じて、私へ微笑んだ。
「今は放っておきなさい。幽々子は私がなんとかするから」
この微笑は、紫様の命令のようなものだ。
紫様には何か考えあってのことなのだろう。幽々子様は心配だが、もしかすると、私が近くにいると落ち着きにくい状態なのかもしれない。
「……わかりました。紫様にお任せ致します」
そう、妖夢は良い子ね、と紫様は笑った。正直、そんな風に言われるのは子ども扱いされてるようで嫌いです。
まあ、確かに大人ではないのだけど。
「ところで妖夢、まずは着替えなさいな。あなた、ひどいなりだわ」
「う、すみません……」
自分の頬が赤らむのを感じる。さすがに、この格好でお客人に対するのは失礼かと自分でも思う。
自室にさがる許しを貰って、お辞儀をする。
襖を閉めようとしたところで、紫様が言った。
「妖夢、紅魔館に行きなさい」
……は?
私の顔は、大層間抜けに見えていたに違いない。
そんな私の様子を見て、くすくす笑いながら紫様が続けた。
「あなたの疑問には、悪魔の主従が答えてくれるでしょう」
「それで、わざわざ冥界からこんな遠くまで来たの?」
その少女は、呆れたように天を仰いだ。
幽霊よりも白い肌と、紅玉の煌きを持つ瞳。背中の蝙蝠の羽は人外の証。
泣く子も黙る紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
「そんな苦労をしてまで悪魔の知恵を借りたいだなんてね。どれほど欲張りな望みか、聞かせてもらおうじゃないの」
湖のほとりにある紅魔館に着いたのは、もうとっぷりと日も暮れた後だった。
正直、門前払いを覚悟していたのだが、存外あっさりと当主様とのお目通りがかなった。どうやら、当主様は私の用件に興味を持たれたご様子である。
案内のメイドさんについて、長い廊下を抜け、階段の上り下りを繰り返して、既に帰り道がわからなくなった頃、広い部屋に通された。
そこで私を待っていたのは、レミリア・スカーレットと、その懐刀、十六夜咲夜。
レミリアはかなり興味津々で、私の話を待っていた。そんなに期待されると、話しづらいんだけどなぁ。
慣れない洋風の椅子に、半霊を抱えて腰掛ける。
「私も、実は何がどうなってるのかよくわからないので、順を追ってお話し致します」
そして、私は、だいたい幽々子様に話した内容と同じことを、悪魔の主従二人に伝えた。
最初は楽しそうに聞いていたレミリアだが、話が進むにつれて、視線が泳いだり、手をもじもじしたり、心なしか頬が赤く染まっていたりした。
話し終えた頃には、口をへの字に曲げて、己の従者とアイコンタクト中だった。
(ちょっと、どうすんのよ咲夜!)
(どうとおっしゃられても、面会を決めたのはお嬢様ですから)
(こんな話だとは聞いてなかったわ!)
(申し訳ございません。さすがに私もこういう事態は想定していなかったので)
主従互いの視線が、何かを戦っていることを示していた。
凄い。
アイコンタクトの内容はわからないけれど、言葉を使わずにこれほど意思疎通できるなんて、と、私は素直に感心してしまった。
幽々子様と私も、いつかはこんな関係になれるのかなぁ。
激しいアイコンタクトの応酬は、やがてジェスチャー合戦になり、最後には、当主様がぷいっと横を向いて終わった。
なんとなくだが、諦めきった咲夜の表情から察するに、
(咲夜がなんとかなさい!)
ということなのだろうか。
「わかりました。では、あなた、ちょっとそこに立ちなさい」
咲夜が手振りで示して言った。何故なのかはわからないけど、ここは質問した身なので、素直に従う。
咲夜は、つかつかと私の方へ歩み寄る。一度ならず戦った相手だが、やはり身のこなしに隙が無い。訓練された美しく高貴な獣という感じ。認めたくないけど、とっても格好良い。
ふん。私だって成長すれば、きっとこれくらい格好良くなるもん。
そんな雑念の隙を突かれたのか、咲夜は突然抱きついてきた!
「ふぎゃ!」
「暴れないで、じっとしてなさい。すぐ終わるから」
すぐ終わるって、何が?
あ、なんか良い匂い。香水かな。うっすらとだけど、甘くて素敵な……、
って、ちょっと! どこ、どこ触って!!
あ、待って! ちょっと待ってってば!
そこダメ! ダメだって! あ! あ!
痛、イタタタ!
痛いってば! ちょっと! 離して! 離してッ!!!
咲夜を振りほどいて壁まで飛び退った。
自分の目に涙がたまってるのがわかる。精一杯の抗議の意思を込めて、狼藉をはたらいたメイドを睨んだ。
「痛かった? ごめんなさいね。あなたの大事なところがわからないと、ケガさせちゃうかもしれないから」
そう言いながら、まるで悪びれた様子のない悪魔の犬。
うう、やっぱり悪魔の甘言になど乗るべきじゃなかった!
「でも、だいたいわかったわ。これからが本番よ。そこで動かず、じっとしてなさい」
咲夜の手には、いつの間にか一本のナイフ。
途端、
空気が、変わった!
咲夜がナイフを構える。
その半眼には、感情が微塵も見られない。
まるで、私を見ながら。
私という存在に、生命を認めないかのように。
そのナイフで、
私の心臓を……!
反射的に背の楼観剣に背を伸ばそうとして、
「動かないで!」
咲夜の叱責が飛ぶ。
「大丈夫。ケガさせたりしないから。私を信じなさい」
悪魔の従者を信じなさいとは、なんとも滑稽な話。
そんな与太は斬って捨てればいい。
いつも、そうしているのに。
なぜか、今は動くことがかなわなかった。
「そう、良い子ね。そのままおとなしくしてなさい」
咲夜から殺気は感じられない。
悪魔の従者は信じられないけど。
大丈夫、自分の鍛え上げられた感覚は、自分の勘は、信用できる!
咲夜がナイフを投げた。
まるで、踊るように軽やかな動きだった。
投擲されたナイフが、まるで何かのレールに乗っているかのように、
綺麗な線を描いて、
私の身体を、かすめた。
じりっ
あれ?
何か、今、変な音が……。
「気付いたかしら」
咲夜が、微笑んだ。
「それが、Gよ」
咲夜が語る内容は、私の想像を遥かに超えるものだった。
G。正確には、Graze(グレイズ)という。
この幻想郷には、何か、とても大きな仕組みというか、理(ことわり)があるらしい。
その一つが、グレイズ。
よくはわからないが、とにかく身体のギリギリで弾や武器が擦れると、先ほどのような音がする。先刻、私に抱きついた咲夜は、私のそのギリギリがどの辺りなのかを調べていたらしい。(咲夜はそれを『当たり判定』と呼んでいた)
グレイズした結果、何が変わるのか。諸説あるがはっきりしない。しかし、咲夜の見解では、おそらくグレイズというのは当人の『見切り』の力量を表すものだ、という。
なるほど、多少なりとも剣の道を歩む私にとっては、大変わかりやすい話である。
私は、戦闘においては、踏み込みや足捌きに自信がある。だが、その分、どうも大きく躱すきらいがあって、それまであまりグレイズを経験しなかったらしい。
してみると、確かに私以外の者は、それほど大きく動かない。咲夜の話では、霊夢は必要最小限しか動かないので、『当たり判定』が小さいのだという。
聞けば聞くほど、己の未熟さを痛感する話だった。
顔から火が出る思いで、自分のこれまでを反省する。
帰ったら、一から修行しなおしだ。
「あ、でも」
ふと気付いたことがあった。
「どうして、みんな、その話になると、おかしくなっちゃうんですか?」
そう、これは不思議だ。
この、Gの話になると、みんな途端に態度がおかしくなった。
話を聞けば、それほど悪いことでは無いように思うのだが。
私の問いに、これまでそっぽを向いて無言だったレミリアが口を開いた。
「この事はね、幻想郷のトップシークレットの一つなのよ」
レミリアは、私と視線を合わせないまま、話を続ける。
「グレイズが出来る者は、幻想郷でもそんなに多くはない。出来ない者の方が、圧倒的に多い。つまりは、それだけ次元の高い話なんだよ。
だって、グレイズが出来ると、戦いで圧倒的に有利なんだからね。出来る者は、みな秘密にしている。その話をするのは幻想郷にとってタブーなのさ。
あんたみたいにその意味を問うと、影響が大きすぎるのよ。その行動は、幻想郷に危機を招くわ。
今回は、しょうがなく私が力を貸してあげたけどね。本当は、こういうことはあんたの主が教えるべきことでしょう」
わかったら、少しは自重しなさい、とレミリアは結んだ。
な、なるほど。
無知が原因とはいえ、私はどうやらとんでもないことをしてしまったらしい。
みんなに謝って回らなくちゃ。
「わかったら、とっとと帰りなさいよ。あんたがいると冷えすぎて血が不味くなるわ」
しっしっ、とレミリアが手を払う。
もう、十分以上にためになる話を聞かせてもらった。
二人に感謝して深くお辞儀する。
部屋を出る際、主従が再びアイコンタクトをしていた。
(なんとか乗り切ったわね。よくやったわ、咲夜)
(ありがとうございます、お嬢様)
(あいつに突然抱きついた時は、思わずコウモリになっちゃうとこだったわ)
(どうしてそこでボムバリアなんですか)
(それくらい破壊力があったのよ)
(……お嬢様もして欲しかったんですか?)
(な……! なにを言ってるの! そんなわけ……ってちょっと咲夜! やめ! それストップ、ストップ! あ、こら、時間止めてグレイズは反則……ッッッ!…………)
部屋の外に出て、再びメイドさんに先導される。
すっかり遅くなってしまった。幽々子様はどうされているだろうか。
「ただいま戻りました」
白玉楼に戻った私は、幽々子様のもとへ参上した。
綺麗な姿勢で座した幽々子様には、先刻の取り乱した様子は無かった。穏やかに笑いながら、「おかえり、妖夢」と返す。
ああ、よかった。いつもの幽々子様だ。どうやら、紫様のおかげらしい。姿がお見えでないところを見ると、もう帰られたのだろう。今度お会いしたら、お礼を言っておかねば。
「妖夢、さっきはみっともないところを見せちゃったわね」
そう言って、恥ずかしそうに頬を袂で隠す幽々子様。
「いえ、私が未熟でした。知らぬこととはいえ、幽々子様にもみんなにご迷惑をおかけして……」
私の言葉に、幽々子様はゆるゆると首を振る。
「違うわ、妖夢。これは、あなたにきちんと教えなかった、主たる私の責任。むしろ、あなたに無用な恥をかかせてしまって、申し訳ないことをしたわ。妖夢には何の非もないのよ。だから、本当に、ごめんなさい」
「そ、そんな!」
深々と頭を下げる主の姿に、私は慌てた。
「お、おやめください、そんな、私、謝られることなんて!お、お顔を上げてください!」
わたわたと手を振るが、幽々子様は頭を垂れたまま。
困った。
日頃、いろいろと無理難題を命ぜられているが、こういう場合はどうしたものか。
困惑を持て余し、我が半霊とともに、おろおろしながら言葉を紡ぐ。
「幽々子様が気に病むことはございません。私が至らなかったせいなのです。それに、Gについては紅魔館で教えていただきましたし」
「…………紅魔館に?」
幽々子様、顔を伏せたままで呟くように。
ぞわっと鳥肌が立った。
明らかに、気温が下がっていた。
もともと、顕界に比べれば幾分涼しい冥界だが、今は、明らかに、寒い。
冷気が。
冷気?
「妖夢、いったい、何を、教わってきたの?」
ちょっと待って、プレイバック。
「あの、だから、Gについて、ですが」
応えながら、自身の勘が囁いている。
自分のこういう勘は、嫌なくらいによく当たる。
「そう、Gについて、教わってきたのね……」
うふふふふふ、と乾いた笑いを響かせながら、音もなく立ち上がる幽々子様。
その様に、喉元まで出かかった悲鳴を、ぐびりと飲み込む。
「いけないわ、妖夢。何を教わってきたのか知らないけど、それはきっと正しいやり方じゃないわ。あんな悪魔の言葉に耳を傾けては駄目よ、妖夢」
一言、一言。
呟きながら、するすると近づいてくる幽々子様。
自然、ずりずりと後ろにさがる私。
ゆ、幽々子様、落ち着きましょう。
私、もう一生、Gなんか口にしません!
今日この時から、Gのことなんか、すっぱり忘れます!
だから、
だから、
ゆ、ゆるしてくださぁい~!!
「まあ、怖がらなくてもいいのよ、妖夢。優しくするから、安心なさい」
いつの間にか、私の半霊が、むんずと幽々子様に捕らえられていた。
もがく半霊を片手で押さえ込みながら、嫣然として半霊に指を滑らせる。
「幽霊には幽霊のやり方があるのよ。私がきちんと教えてあげる」
あ、ちょっと、ゆ、ゆ、ゆゆ幽々子様!
待って、それ、待って!!
あれ? 半霊に当たり判定が?
あ、あれ? それ、それおかしいですよ!?
いや、だから、あ、ちょ、めり込みすぎ、めり込みすぎ!
ゆ、幽々子様ァ――――――――――――――――!!!
ぴちゅーん
色々とやらかしおって!
(あれ、Gってカスったりコスったりすると気持ち良いのか?表面脂ぎってるんだぜ?蟲なんだぜ?むしろ気持ち悪いんじゃねーの?)
と、別のGを想像してしまった自分は色々な意味で駄目駄目でした。
徴兵を招いたアレじゃないのか
だからこの点数を進呈しますよ。
あーあーあー黒いのを想像したとたんに魔理沙が出てきたからどうしようかと思ったさ。
GJ
イヤ勿論分かっていましたよ?
えぇ、良い子の創想話ですもんね・・・
黒いヤツとか重力とかと勘違いしてました。
見事に騙されたのでこの点数です。
Gがこんなに凄いなんてッ!
さっきまでのもどかしさに乾杯!
グレイズとは勘違いしてしまったでな。こう、なんか、Gってどうよ?
ゴッキー? グラビトン?
G変換してもgだしグレイズはぐれいずだし、びちゅーんは日チューン
何を漢字変換すればいいのでしょう?
なるほどー。
俺は汚れちまったんだなorz
( Д )
そ う い う 意 味 か ! !
゚ ゚
ああ、うん、そうだよねぇ…
それはそうと咲夜さんナイス切り返し、瀟洒なメイドは伊達じゃない
動揺して2ミスしてしまったではないかw
アリス(´・ω・`)カワイソス
でも笑ってしまったから私の負けですw
まあ「してもらう」っていうより(略
漢字変換の意味がわかっ
これはとてもよいねちょですね(*゚A゚)
おそらく既出のネタかと思っていたのですが、意外と楽しんでいただけたようで何よりです。
ネタがわからなかった方もおられるようですね。
一応、最大のヒントは魔理沙の台詞ですが、できればそのままピュアな貴方でいてほしい(;´~`)
次回作はまたちょっと方向変えます。ではでは。
あ、そりゃアリスは怒るしレミリアは赤面ですわなあ……
兎に角、笑わせて頂きました(礼
魔理沙と霊夢の会話だ!!
黒い悪魔の話かと思っていたんですがw
未だにわからんです…。
!
タイトル見たとき、「Gとはゴキブリで、リグルの話に違いない!」とか思ったなんて!
ならないのでは…まぁどちらにしてもwktkな展開ですが!
頬を赤らめて手をもじもじさせるレミリアを幻視して悶えたのは
オレだけではないはずだ!!
話すにはそれなりの訳が…
ハハハハーミゴトニダマサレマシタヨー
だが そ れ が い い。
最初の幽々子との会話で「まさかねぇ? いやまさかまさかw」と思い、魔理沙と霊夢のシーンで確信し、アリスで激烈吹いて、紅魔館で腸捻転を起こしました。
どうやってオチを付けるのか……スクロールバーを下に下げたくなる衝動を抑えるのに必死でしたぜw
いや、よかったですw
なんて上手い使い方なんだ「G」
GJ!
以前自分も友との会話中で「G」と発言したら勘違いされたことありました。
言葉って面白いなぁw
それにしてもゆかりん、そこで紅い主従にバトン渡すとはw
魔理沙てめえ何聞いてやがるw
素直な感想『騙されて悔い無し』
って思ってたのに思いっきり斜め上を抜けられましたw
それにしても、
G?じぃ・・・?爺・・・・自(ピチューン
笑った、、笑ったwww
妖夢かわいいよ妖夢
魔理沙とアリスが可愛らしかった。
あと、上手くごまかす咲夜さんがとっても瀟洒。
妖夢は無垢なままでいておくれ
コメ読むまで分からなかった
こ れ は ひ ど い
恐るべし
このそそわは見事にピンク色ですね。
G…なんてeroさなんだ!
あと魔理沙さんero過ぎですwww
読中→サザンのあれ
読後→コメ見て(゚д゚)
ものすごく楽しめました。