Coolier - 新生・東方創想話

話せば判る 殴れば通じる(後)

2006/08/01 22:35:22
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※この作品は『話せば判る 殴れば通じる』の後編となります。
 前編を未読の場合は、先にそちらをお読み下さい。


   ◆  ◆  ◆


 紅魔館内にしつらえられた、無駄じゃないと思うくらいに広い一室。
 でもその広さは無駄ではなく、むしろまだ足りないような気がしてしまう。
 室内にはメイド服が、もといメイドが充満していた。
 そこかしこで談笑する声もあり、一心不乱に食事をする者もあり。
 日が沈んだ今、私は美鈴と一緒に紅魔館の食堂にいるのであった。
 当然私達も食事をしているんだけど、
「やっぱり中華料理なんだ……」
「はひ? 何か言いました?」
 いや何も、と私は美鈴に手を振った。
 あまりにも予想通りなので、それが普通なのか、狙っているのか、判断できない。
 機を見て咲夜の奴にでも聞いてやろう。
 ちなみに私は和定食を頂いているけれど、
「何で和・洋・中って三種類あるの? 一種類にすれば時間と手間が大分違うでしょ」
「そういう余裕ってのが、貴族にとって重要らしいです。お嬢様が言うには」
「貴族としての余裕ねえ……」
 判るような、判らないような。
「それと、あまり大きな声では言えないんですが……」
「ん?」
「紅魔館って、基本的にお給金が無いんですよ」
「……マジで?」
 今日わずかに見ただけでも、外勤も内勤も決して楽とは言えそうに無かったのに。
「マジです。メイドはみんな妖怪ですし、お金を使う機会が無いですからね」
「でも慧音は、里に買い物に来ることがあるって言ってたけど」
「お金の管理は咲夜さんがやってまして、その都度担当に渡しています。
食事の話に戻しますが、やっぱりそこを充実させると不満があまり出てこないんですよ。
ここにいれば、わりと充実した衣食住が保証されますからね。衣はメイド服限定ですが」
「なるほどねえ。数百人からの妖怪の共同生活を円滑にするための工夫ってわけだ」
 輝夜のとこも似たような苦労をしているのかな。今度会った時に聞くだけ聞いてみようか。


 しばらくしてふと横を見ると、今度は美鈴の方が私を見ていた。
「どうかした?」
「いえ、左手なのに全然不便そうに見えないので……」
 その言葉に、思わず苦笑してしまう。
「暇潰しになることなら何でもやったから。両利きになったのが何百年前か、もう忘れちゃったよ」
 そうでしたか、と美鈴は言って、また食事に集中し始めた。
 あー良かったバレてない。
 実は修行中に蹴られた左手首も痛むんだけど、そう思わせないことに成功したらしい。
「妹紅さん」
「ん、何?」
「食事終わったら、一緒に医務室行きましょう。湿布、隊の詰め所にある分じゃ足りなくなっちゃいそうですし」
 おもっきしバレてた。
「判ってるならそうと言ってよ……」
「妹紅さんの怪我は、私が妹紅さんの次によく判ってるんですよ? 怪我させちゃったの私ですし」
 ごもっともです。参りました。


   ◆  ◆  ◆


 メイド服を脱いだ私に、美鈴が手際良く湿布を貼ってくれている。
 修行で打たれたところは言うに及ばず、半日で棒になった脚の方もベタベタと。
 組み手の前に決めた“罰ゲーム”は、私が攻撃を失敗するごとに紅魔館の外周を走るというものだった。
 思い出すと、今でも嫌な汗が出る。


 ――妹紅さん、ランニングのコツって知ってますか?
 ――ペースを保って走り続ける、とか?
 ――それもある意味正しいんですが、紅魔館では違います。紅魔館式ランニングのコツは、“イカレ”です。
 ―― ……はぁ?
 ――イは急げ、カは加速、レは連続ダッシュ。略してイカレです。
 ―― …………
 ――判りましたか? 判りましたね? サボったら一周追加しますから。――それではスタート!!


 紅魔館は根っから体育会系だった。この情報、ブン屋にいくらで売れるだろう?
 もっとも、門番隊に限った話かもしれないので、あまり価値が無い情報かも。
 そんな私の思いを知ってか知らずか、湿布貼り続行中の美鈴が話しかけてきた。
「あのー、不死でも筋肉痛になるんですか?」
「動けないような筋肉痛にはならないけど、疲れは残るんだよね。どういう原理か知らないけど」
 多分、蓬莱人の体の仕組みなんて知ってるのは、あの八意永琳だけだろうな。
「自分の体がどういうものか判らないのって、怖くありません?」
「妖怪にしたって、頑丈だーとか怪力だーってのはあるけど、それがどうしてかは説明できないでしょ?
それと同じことだよ。私は人間だけど」
「そうですか。……はい、終わりました」
「ありがと」
 湿布の心地良い冷たさを感じつつ、私は服を着直した。
 半日で少しは慣れたメイド服を着ていて、ふと思い立って聞いてみる。
「あのさぁ、もしかして寝る時もメイド服?」
「それはですね、お嬢様の意向でメイド服か裸ワイシャツか全裸の三択です」
「……やっぱり変態だねあのチビ」
「いやいや嘘ですから」
 ひでぇ。純情な乙女を騙しやがった。
「そんな変な顔しないで下さいよ。咲夜さんにパジャマか何か貰ってきます」
「いや、私の服返してくれれば良いんだけど」
 基本的に着たきり雀だし。言わないけど。
「あ、あれ洗濯に回ってるから無理です」
「…………」
 紅魔館=アウェー。
 そんな感じの言葉が頭の中を回っている。
「良いじゃないですか、昼の時に汚れちゃいましたし」
「そりゃまあ、そうだけど」
 少なくとも美鈴は善意でやってくれてるのだろうし、どうしても怒れない。
 でもあのチビは、きっと面白がるためにやってるんだろうなー……。
 そう考えると、アレと輝夜は同類なのかもしれない。なんて楽しくない話だろう。

 悲しい想像にふける私を、美鈴の声が引き戻してくれた。
「それじゃ、さっき案内した詰め所の空き部屋に行ってて下さい。後から服届けますね」
「ああ、どうもありがとう。……ところでさ」
「はい?」
「その、門番隊の隊長ってわりに、細かい世話までやってもらっちゃって悪いなあ、って」
 言うと、美鈴はにこりと笑って、
「私が好きでやってることですから。お嬢様の許しも得てますし、問題ありませんよ」
「そっか、うん、ありがとう……」
 今日あったばかりの私の世話をこれほど焼いてくれるのは、性格によるものが大きいのかもしれない。
 元が世話好きなんだったら、美鈴がメイド長やっても良さそうなものなのになあ。


   ◆  ◆  ◆



 明けて翌日。ほどよく雲が漂う晴天の日。



 朝食後、少し休んでから修行再会という運びになった。
 昨日と同じように、紅魔館の門の外で私と美鈴は向き合っている。

 合図も無く、美鈴が踏み込んできて左ロー。私は下がって避けた。
 フリッカー気味のジャブが下がる私を追ってくる。私は右腕をかばいながら全部避ける。
 続いての右フックも避けると、――左ミドルが来た!
 私はタックルのように体を沈める。下がって避けずに、前に出て右肩で止める。
 重い衝撃を右肩に受けて、止めた。けれど、痛めた右肘にも衝撃が響く。でも無視。
 私は沈めた体を前に伸ばすようにして、腰を捻って左拳を振る!
 今なら蹴り途中で足が止まった美鈴の、

「――ボディがガラ空きっ!」
 

 バンッ!


 響いたのは、私の拳が美鈴の手のひらに止められた音だった。
「……惜しい、良い動きでした。水月じゃなくて軸足、膝や腿とかなら入ってましたよ」
 私の拳が解放された。美鈴がゆっくり下がる。
「だって、みぞおちじゃないと入っても反撃喰らうでしょ。
右手が使えれば関節取りにいくけど、現状打撃しかできないじゃん」
「そうですねぇ。私もそのあたり考慮して防御したから、ちょっと反則かもしれません」
 って、あの一瞬でそこまで考えたのか……。
 いやいや、それより今重要なのは、
「なら罰ゲームはっ」
「当然、やりますよ?」
 笑顔で言ってくる美鈴。“隊長”よりも“鬼軍曹”の方が合ってるんじゃないだろうか。
「うぁーあしがいたいよぉー」
「なに情けないこと言ってるんですか。ほら、早く立って――――ッ!?」

 いきなり美鈴が首を振って、湖の方の空に顔を向けた。
 私も同じ方を向くと、メイドが高速で飛んでくるのが見えた。


「――隊長っ、見張りより緊急連絡! 『M・K』襲撃ですっ!!」


 美鈴の顔がキッと険しくなった。飛んでくるメイドに向けて、
「緊急警戒態勢! あなたは非番の子達に連絡をお願い!」
「了解ッ! 非番の連中集めたらすぐに向かいます!」
 メイドは止まるどころかスピードも落とさず、館の方に突っ込んでいった。
「……妹紅さん」
「ん?」
 メイドの方を見ていた私に、声がかけられた。
「修行は中断です。詰め所に戻って待機していて下さい」
「ちょっと待って。よく判らないけど、“襲撃”なんでしょ?
私も手伝う。弾幕ごっこならそこらのメイドよりよっぽど役に立つから」
「ダメです! その、『M・K』というのは、……『ものごっつい毛玉』の略なんです!
慣れていない人がその姿を見たら、まともに勝負ができません!
これは私達の仕事です。すぐ戻りますから、待っていて下さい」
 何がどうものごっついのか問い詰めたかったけれど、私を見る美鈴の目は真剣そのもので、とても聞けそうに無い。
「……判ったよ。言う通りにする」
 言うと、美鈴は明らかにほっとした表情を浮かべた。
「戻ったら、なるべく詰め所から出ないで下さいね。それじゃ」
 言うやいなや、美鈴はきびすを返して飛び出していった。

 ――ま、もちろん追っかけるんだけどね。


   ◆  ◆  ◆


 美鈴やメイドの焦り様からして、さっきの美鈴は一直線に目標に飛んだはずだ。
 もし見当違いでも、大人しく紅魔館に戻れば済む話。
 そんなわけで、私は雲に届きそうな高空を飛行していた。
 美鈴の姿もメイドの姿も見えないが、……なんでか誰かの視線というか、違和感がある気がする。
 ま、きっと気のせいだろう。ものごっつい毛玉の視線じゃなきゃどうでもいいや。


 三分くらい全力で飛んで、弾幕ごっこの光や音が届いてくるようになった。
 そこらの妖怪よりは強そうなメイド部隊をを相手にまだ弾幕ごっこが続いてるなんて、一体どんな毛玉だろう?
 目を凝らしてみると、豆粒ほどの大きさの赤髪が見えた。きっと美鈴だ。
 私は美鈴の上へ回り込むように、高度を維持して移動する。
 さて、美鈴のお相手は……


 箒に乗った
 黒い帽子に白と黒の服を着た
 金髪の、おそらく少女


「――って、霧雨魔理沙じゃん!!」
 美鈴が向かい合う相手は毛玉でも妖怪でもなく、肝試しで知り合った人間の一人、霧雨魔理沙だった。
 ……あぁ、だからM・Kかぁ。それならそうと言えば良いのに、何で誤魔化したんだろう?

「っと」

 美鈴がこっちを向くそぶりを見せたので、慌てて手近な雲に引っ込む。
 まあ、戦闘中に目をそらす危険は熟知しているだろうから、私の思い過ごしかもしれない。
 今現在戦闘空間にいるのは、美鈴と魔理沙の二人だけ。他のメイドは全員落とされたらしい。
 視線を二人に戻すと、美鈴が動きを見せた。


 ―― 虹符『彩虹の風鈴』 ――


 スペル発動を宣言した美鈴の周囲、上下左右に前後を含めた全方向に虹色の弾幕が張られる。
 さらに美鈴は、弾をばら撒きながら魔理沙に向かって突撃を始めた。
 きっと魔理沙には、弾幕でできた大玉が転がってくるように見えているはずだ。
 先には行かせない。近寄れば落とす。そういう気迫が美鈴から感じられる。
 この調子なら、私が出なくても大丈夫かな?
 さて魔理沙はどうするのかと思えば、彼女は唯一自由に動ける後ろへと後退を――

「――違うッ!」

 あれは弾幕全体を“自分の射界”に入れるための予備動作。
 そう、あの満月の夜に何度も見せられた彼女の必殺技が、来る。

「間に合えよ……!」

 私はスペルの準備をしつつ、高度を下げる。
 魔理沙もまた、後ろに下がりながら構えを整えている。

 魔理沙の方が、早かった。



 ―― 恋符『マスタースパーク』 ――



「――間に合えええぇぇぇッ!!!!!」



 ―― 不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』 ――



   ◆  ◆  ◆


「来ないようにと、言ったはずですが」
 わずかに服を焦がした美鈴が、私のことを睨んでいる。そんなに睨むなよぉ。

「マスタースパークを減衰させるメイドなんていたのかと思ったら、まさかお前さんとはな。
しかしその格好、紅魔館に就職でもしたのか?」
 魔理沙の方は、全然驚いていないっぽい。ニヤニヤ笑いを浮かべながら私のことを見ている。うざっ。

 とっさに放った火の鳥二つは、マスタースパークの中央に突撃して、あっさり果てた。
 その代わりに、美鈴を灼くはずだった砲撃は火の鳥を消滅させるのにかなりの威力を費やしたらしい。
 無傷とはとても言えないけれど、直撃と比べればかなりの軽傷になったはずだ。
 一応は、私の狙い通りの結果になった。
 美鈴にガン睨みされちゃうのは計算外だったけど。
「普通、助けに来たら感謝されるもんだよなあ……」
 ついぼやくけれど、約束を破ったという負い目は確かにある。
 それを返上するには、目の前の襲撃者とやらをぶちのめすのみ。
 私は魔理沙の方に体を向ける。
「あのさぁ、私は就職したわけじゃないよ。期間限定の弟子入りってやつ」
「弟子入り? メイド仕事の修行か?」
「ちがわいっ。……ま、勝手に邪推しな。大人しく落とされて、湖の水で頭を冷やすが良いさ」

 門番隊にああまで警戒されているということは、きっとこいつが来るのは二度目三度目では無いのだろう。
 ということは、美鈴含む門番隊はその都度負けていることになる。じゃないと魔理沙の余裕が説明できない。
 私の方も、一対二とはいえ一度は苦杯を舐めている。が、勝てないほどの実力差があるわけではない。
 今の攻防を顧みても、私と美鈴が手を組めば、勝機は充分以上にある。
「……センセ、私が先に仕掛けるよ。まだスペル二つは残ってるから」
 魔理沙に聞かれないように、私は小声で話しかける。
「アイツ得意の弾幕戦になる前に、こっちで相殺しながら接近戦に持ち込んじゃえば――」

「妹紅さんっ」

 はい? と言う間も与えられず。
 私は美鈴に羽交い締めにされていた。

「ちょっ、何してんの!?」
「何でっ、どーしてっ、約束破って来たんですかぁっ!!」
 美鈴は私の左腕を押さえ、右腕は放置で胴に右手を回している。
 馬鹿力のおかげで、振りほどこうにも全然無理!
「助けに来るのに理由が必要!? だいたい、私がいなけりゃ直撃もらってたじゃん!!」
「それはそれ! これはこれっ!」
 くあー全然動けねぇ!! 一体何考えてんだ!?
 左手で通常弾打ち込むことは可能だけど、魔理沙と一対一になったら元の木阿弥だし、
 って、そういや魔理沙は――

「お取り込み中悪いんだが、マスタースパークの再充填はとっくに完了済みでな。
まあともかくだ、」

 身動き取れぬ私達の前に、箒で浮かぶ白黒一匹。
 そいつは手に持っている何かをこっちに向けて、


「――仲間割れは、良くないぜ?」


 ほがらかに笑いながら、二発目をぶっ放しやがった。



   ◆  ◆  ◆



 水面に横たわるように浮いている私と美鈴。
 美鈴は服も体も焦げているけど、私はわりと軽傷だ。
 何故かというと、砲撃の瞬間美鈴が私と位置を入れ換えて、盾になってくれたから。
 慌てて紅魔館まで運ぼうとする私を、美鈴は止めた。
 後発のメイド隊が、落とされた人員の回収に来るから、それを待ってくれ、と。
 そういうわけで、私と美鈴はただ湖に浮いている。


「さっきのアレ、どうしてあんなことしたの?」
 私は聞いてみる。
「……リザレクション禁止なのに、余計な怪我負わせられないじゃないですか。
私は妖怪だから、耐久力も素の回復力も人間とはダンチですよ」
 私をかばった理由としては、まあ納得できるものだ。けど、

「それさあ、“わざと”マスタースパーク喰らった理由になってない」

 少しだけ黙ってから、美鈴は言った。
「……霧雨魔理沙の襲撃は、ただの弾幕ごっこにすぎない。それが理由です」
 まだ納得できる説明じゃない。私は、自分の考えの確認も兼ねて聞いてみる。

「弾幕ごっこだから、体術まで使って本気で落とす必要は無い?」

 天上を、雲がゆっくりと流れていくのが見える。
 美鈴がどんな顔をしているのか、私には判らない。
「パチュリー様、――お嬢様のご友人で、うちに居候している魔法使いが以前言ったんです。
『あのマスタースパークは、彼女の努力の結晶の一つだ』って。
だから、逃げちゃいけないんですよ。真っ向から立ち向かわないといけない」
「でもあの極太ビーム、真っ向からじゃ避け様が無いじゃん。
タイマンじゃ明らかに力負けしているのに、どうしてあいつの土俵で勝負するの?」
「弾幕ごっこだから、ですよ」
「堂々巡りじゃん……」



 私が黙り込んでしばらくすると、今度は美鈴が話しかけてきた。
「――それでは、簡単に納得できる理由を教えましょう」
「そんなのあるなら先に言ってよ」
「まあまあ。その代わり、さっきの言葉をちゃんと考えて下さい」
「……りょーかい」
 適当に答えたけれども、美鈴は怒らなかった。
「魔理沙って、さっき言ったパチュリー様の友人なんですよ。
しかも、妹紅さんがまだ会っていないお嬢様の妹君、フランドール様の友人でもあります」
「…………それってさあ、弾幕ごっこなんかしないで普通に通せば良いんじゃないの?」
「私、門番ですから。向こうもやる気満々だし」
 ぱしゃり、と水音がした。
 顔を少し横に向けると、美鈴がこっちを見ていた。


「ちょっと飛躍した質問ですけど、なんで妹紅さんは輝夜さんと殺し合うんですか?」


 魔理沙の扱いの話から大分飛躍した気がする。
 つっても、答えないで黙る理由は特に無い。
「……まあ、理由は色々だよ。一言じゃ言えない。あいつには幾つも恨みがあるから」
「でも、どっちも死なないんでしょう? 殺し合いが無駄な行為とは思わないんですか?」
「そりゃあ、そういう考えに至ることもあったさ。でも結局やめられないで、ずっと続いてる。
やめたら、それは私が輝夜を許すってことになっちゃうと思うから……」
「不健全の極みですね」

 美鈴は、あのにへらっとした笑顔じゃなくて、冷たい、張りつめた顔をしている。
 いきなり何を言うのかと思ったけど、美鈴はまだ話を続けていた。
「弾幕ごっこは、殺し合いに代わるものであり、命を取り合う事無く勝負を行うためのルール。
言ってしまえば、囲碁や将棋のようなゲームと同じです」
「実際に痛みを伴っているのに?」
「では、どれほどに真剣な勝負であっても、囲碁や将棋は弾幕ごっこに劣るのですか?」
「それは――」
 私は一瞬口ごもって、でも答えた。
「……優劣をつけるべきことじゃあない、って言いたいの?」
「そうです。あらゆる勝負事は、基本的に同質です。喧嘩であれ、弾幕ごっこであれ、囲碁や将棋であれ。
質を分ける要素があるとすれば、その勝負に賭ける意気でしょう。
極論すれば、“命を賭けるか、賭けないか”ということ。
だから私は、あなた達の殺し合いを不健全だと感じるんです」

 私は水面を離れ、浮かび上がって美鈴を見た。
「質問どころか内容まで飛躍してるんじゃない? 私と輝夜の殺し合いに、部外者が口を挟まないでよ」
 美鈴は、さっきから表情を変えていない。
 私を睨むように見つめて、口を動かす。


「あなた達の殺し合いは、殺し合いという名のゲームです。
不老不死の性質ゆえに成立してしまった特異なゲーム。でも、ゲームということに変わりは無い。
私と魔理沙が行う弾幕ごっこと、全く同質のことなんです」


 背に、私自身が生み出した熱を感じる。
 一瞬で沸点に達した私の怒りが、鳳凰という姿でもって顕現している。
 言ってることはもっともだろうさ。その程度の考え、思い至ったことはある。
 でも、
「私と輝夜の戦いを、侮辱しようっての……?」
 今すぐブチ殺してやろうかと思う私の姿を見ても、美鈴は体勢を整えもせずに水面をただよっている。
「私の言葉が侮辱なら、妹紅さんの言葉だって侮辱でしょう。私の“務め”に対する侮辱に他ならない。
それより、そのわだかまりを捨てないことには輝夜さんと何度やっても勝てないと思いますよ」
 弾幕ごっこなら判りませんけどね、と美鈴は付け足した。
「……知ったこっちゃあ無いよ。あんたに、私の生き様を評する権利があるのかい?」
「同じ言葉、そっくりそのままお返しします」
「キリないな」
「ですね」

 スペルカードの準備として、私は数メートルを下がった。
 この至近距離でヴォルケイノかましてやれば、避けきれずにあっさり死んじゃうかな?
 いや、マスタースパーク直撃でこの怪我だから、当たったって死ぬことは無いか。
 まあどっちでも良い。とにかく、今は一発カマさないと気が晴れない。
 美鈴は、動かない。まるで昨日の組み手の時のようだ。
 昨日と違うのは、彼女が自分から口を開いたことか。
「私を撃ったら後悔しますよ。紅魔館を敵に回すんですか?」
「小物みたいなこと言わないでよ。私は一人で永遠亭を相手にして生きてきたんだよ?」
「そうですか。でも、慧音さんのことはどうするんですか?」
「ッ……」
 撃つのを、躊躇ってしまった。
「あ、やっぱり止まりますか。人間らしいところ、あるじゃないですか」
「まだ皮肉を言うつもり? 私が攻撃できないって、本気で思ってるの?」
「んー、……もうどうでも良いじゃないですか。ほら、時間切れです」


「――――隊長ー! 美鈴隊長ーッ!!」


 声の方を見てみれば、数人のメイドがこちらに飛んでくるところだった。
 今から美鈴を攻撃すれば、すぐに追っ手が掛かるだろう。
 確かに、時間切れだ……。
「……お前に手を出すのはやめとくけど、もう先生なんて呼べないね。
館に戻ったら私の服取り返して、そしたら修行なんか終わりだ。帰らせてもらう」
 言うと、美鈴はにっこり笑って、
「でも、初めてウチに来たんでしょう? 人里や竹林までの道判ります?」
「…………」



 結局、魔理沙に撃墜されていたメイドの回収を手伝って、また紅魔館に戻った。
 つっても、戻ったところで修行を再開できるはずがない。
 美鈴は怪我をしているし、私の方も精神状態が最悪だ。
 私は詰め所の部屋に戻って、服も脱がずにベッドに倒れこんだ。



   ◆  ◆  ◆



 浅いまどろみに身をゆだねていた私は、ドアが開けられる音で目が覚めた。
 窓からは月明かりが差し込んでいる。すっかり眠りこけていたみたいだ。
 ドアの方に顔を向けると、……美鈴が立っていた。
「何しに来たのさ」 私は言う。
「食事、昼も夜も抜くつもりですか? 一緒に行きましょう」
「やだ。誰がアンタなんかと飯食うか」
 そっぽ向いて布団をかぶり直す。
 ……ドアが閉まる音。でも、美鈴は出て行ってない。
 数歩分の足音の後、ベッドがわずかにきしんだ。美鈴が座っている。
「誤解されたまま帰すのは良くないですから、ちょっとの間話を聞いて下さいね」
 美鈴を押しのけて出て行くこともできるけど、逃げたと思われたらシャクだから動かないことにした。
 美鈴が話し出す。
「湖で話したことですけど、あれって私の考えは半分もないんですよ。
あとの半分以上は誰の考えだか、判ります?」
 知るか。説教の内容がどうあれ、私にとって不適切なんだから聞き流すまでだ。
 私が黙っていると、美鈴が続きを始めた。


「実は、あれってほとんど慧音さんの言葉なんですよ」


 少しは冷えたはずの頭に、また火が点けられてしまった。
「テメエの説教の言い訳のために慧音の名前出したんなら、本気で怒るよ?」
 布団をかぶったまま言ってやる。
「もう怒ってるじゃないですか」
「じゃあ燃やす」
「やめて下さい。咲夜さんに叱られちゃいます」
 おちゃらけた口ぶりだけど、わざわざ体を起こしてまで殴る気は起きない。
 だから私が黙ると、美鈴も黙ってしまった。
 数秒経って、やっと美鈴が話し出す。
「慧音さんって、そこかしこで妹紅さんのこと話してるんですよ。知ってました?」
 ……初耳だぞそれ。
「慧音さんが自分から話すわけないし、竹林に引き篭もってるあなたが知らないのも道理ですけど」
 その通りだけど、なんかムカつく。
「で、先日、……と言っても一ヶ月近く前かな? 一緒にお茶してたら、慧音さんいきなり言ったんですよ。
『死にもしないのに殺し合うなど、不健全だとは思わないか』って。
それでまあ、ぶちぶち愚痴言ってくるんで、私も言ったんです。慧音さんが直接言えばいいのにって。
そしたら何て言ったと思います?」
 美鈴が、くくっと声を漏らした。笑いをこらえたんだか、それとも苦笑したんだか。
「『私がこんなこと言ったら、妹紅に嫌われるかもしれないじゃないか』ですよ?
どんだけベタ惚れしてるんですかって言ってやろうかと思いましたよ。
んで、数日前に手紙が届きました。
妹紅が輝夜との素手の戦いで勝てないのは、殺すことを意識するあまり単調な戦い方になっているからだ。
そのことを遠回しに教えてやってはくれないか。そういう内容です」

 慧音が私と輝夜の戦いの歴史を視ていることは、いつものことだから構いやしない。
 けど、評するような目で見られていたのかと思うと、……気分はあまり良くない。

「怒ったらダメです」 私の心中を見透かすように美鈴が言った。
「慧音さんが妹紅さんのことをとても心配しているってことなんですから。それってすごく幸せなことですよ?」
 まあ、確かにそれはその通りだけど……。
 話を戻しますが、と美鈴が言った。
「私も最初の内は遠回しに伝えようと思ってたんですけどね。
妹紅さんと話して判っちゃったんですよ。遠回しだと伝わらないし、直接に言うとブチ切れるって。
でまあ、良いタイミングで魔理沙が来て、やっぱり着いてきましたから、
手紙の内容と以前の愚痴を混ぜて、私なりにアレンジして直接言ってやったわけです」

 考え込まされる内容ではあった。
 慧音が私のことを案じているのは伝わるし、美鈴もよく言ったものだとは思う。
 けれど、問題点が一つ。
「あのさあ。今話した内容で、私が慧音のこと嫌いになるとは思わないわけ?」
 美鈴は、うーんと少し考え込んで、
「だって私だけ汚れ役なのイヤじゃないですか。
それに、湖で慧音さんの名前出した時の反応見て、これなら言っても怒らないかなって」
「…………」
 どれだけ良い人であっても、やっぱり悪魔の館の住人だよ……。



 美鈴の話を反芻する内、私はあることに思い至った。
「昨日の中庭でさ」
「はい?」
「目突きを防がれたのは何故か、って宿題出してたよね」
 そうでしたね、と美鈴が言った。

「あれって、私が狙えるようにわざと隙を作ったの?
言葉で煽って、技で煽って、ガードを緩くして目を突ける状態にした。
そうして、私が殺そうとすることにこだわっているのを、……確認しようとした?」

 ぱちぱちぱち、と一人だけの拍手が部屋に響いた。
「正解です。これで昨日の勝負は妹紅さんの勝ちですよ」
「嬉しかないよ。誘導されてたってだけじゃん」
「まあまあ。それが判れば、絶対輝夜さんに勝てます」
 美鈴は、言いながら私の頭を撫でやがった。
 私は左手でうざったい手をどかしてやる。
「もう、邪険にしなくたっていいじゃないですかぁ」
「それより、なんで私が勝つって断言できるのよ」
 言うと、美鈴は大人しく手を引いて、
「輝夜さんに殺気が足りないって、自分で気づいていたそうじゃないですか。
それはきっと輝夜さんが、殺そうとしていたんじゃなくて、勝とうとしていたからでしょうね。
今ならこの言葉の意味、何となく判るんじゃないですか?」
 ……まあ、何となくは判らないでも無い。
 私は返事をしなかったけど、美鈴は続けた。

「『敵を知り己れを知らば、百戦して危うからず』。
妹紅さんは、殺気の質の違いを見抜くほど輝夜さんのことを理解しています。
そして今、何故素手では勝てないのかという理由の一端を知りました。
これだけ条件が整っていて負けるはずがありません」

 判るような判らないような、どうも乗せられているだけのような……。
 首を動かして美鈴を見ると、彼女も私のことを見ていた。
「ご飯、食べにいきません? 私お腹ペコペコなんです」
 美鈴の笑顔を見ていると、なんでか乗せられても良いような気分になってしまう。
 ……って、美鈴って実はかなり危険なんじゃないの?
「ほら、早く行きましょう!」
「ぅわっ」
 布団を剥がれたと思ったら、抵抗する間もなく美鈴に抱きかかえられてしまった。
 俗にお姫様だっことか呼ばれるアレだ。
「降ろしてよ! 自分で歩けるからっ!」
「良いじゃないですか。みんなきっと驚きますよー」
「私は明日帰るけど、アンタが困るんじゃないの!?」
「別に? これでも門番隊隊長ですしぃ」
「それ関係あるのかよっ!?」



 私がいくら怒鳴ってわめいても、美鈴は降ろしてくれなかった。
 食堂に入った瞬間、百近い視線が集中するのを感じて、トラウマになりそうなほど恥ずかしかった。
 なんか殺気めいたのが混じってたし……。



   ◆  ◆  ◆



 明けて翌日。薄曇の過ごしやすい陽気の日。



 昨日と同じように門前で組み手をやっていると、見張りのメイドと一緒に慧音が飛んできた。
 異常なのは、慧音が自分の倍はありそうな大風呂敷を背負って、両手にも一抱えはありそうな包みを持っていることだ。
「慧音、何それ……」
 聞くと、慧音は笑って、
「お前のことだから随分迷惑をかけたろうと思ってな。
礼と詫びを兼ねて、米と野菜を持って来たんだ。メイド長にお取次ぎ願えるかな?」
「私が案内します。あなたは持ち場に戻って」
 美鈴が言い、メイドが湖の方に戻って行った。
 私がそれを見ていると、美鈴が今度はこっちに声をかけてきた。
「妹紅さんも、ここを去る前にお嬢様達に挨拶しないといけませんからね。着いてきて下さい」
 ああそっか、アレとアレにまた会わなきゃいけないのか……。
「おい妹紅、そんな嫌そうな顔をするな。ちゃんと世話になった礼を言うんだぞ」
 三日ぶりの慧音だってのに、いきなり説教されてしまう。
 これさえなければ良いのになあ……。
「ほら妹紅、行くぞ!」
「はいよー……」



「お嬢様、メイド長、三日間お世話になりました」
 そう言って頭を下げる私。
 こいつらの世話になった実感は全く無いけど、これで最後と思えば我慢できないほどではない。
 既にメイド服からいつもの服に着替えているんだけど、それでもきちんと挨拶してやった。
 当のお嬢様は、あまりご機嫌とは言えない顔をおなさっておられてやがる。
「妹にも会わせたかったんだけどなぁ。美鈴がダメって言うんだもの」
「へぇ。名前だけは聞いていたけど、どんな子?」
「箱入り娘でね、友人もあまりいなくて。
『ありとあらゆるものを壊す程度の能力』の持ち主だから、あなたとは相性が良いと思うんだけど」
 げっ、なんだその物騒な能力。
 勘弁してよと言う前に、レミリアが言葉を続けていた。


「もしかしたら、永遠の不死まで壊してしまうかもよ? 今からでも会ってみる?」


 自分の体が緊張したのが判る。
 頭の中身がぐらぐら揺れて、指先が少しだけ震えた。
「おい、妹紅っ」
 慧音が私の肩を押さえながら、声を掛けてくる。
 その感触に、私はいくらか自分を取り戻す。
 レミリアから目をそらすと、その後ろの美鈴と目が合った。
 美鈴は、……別に心配そうでもない、例の微笑みを浮かべていた。

 ――けっ。

 心の中で舌打ちして、私は一回だけ深呼吸した。バレないように小さくだけど。
 そしてレミリアの目を見据えて、口を動かす。
「そんな重要なこと、もっと早く言ってくれれば良いのにさ」
「私があなたに気を遣ってやる理由が無いわ」
 ごもっともだね。ま、それにしたって、

「――私はまだ生き足りないから、遠慮しとくよ。輝夜との決着もついてないからね」

「永遠の泥仕合のくせして、何言ってんだか」
「“それはそれ”さ。無粋なことを言うんじゃないよ、チビ吸血鬼」
 言うと、レミリアは露骨に顔をしかめて、
「その服、やっぱり紅魔館にそぐわないわね。とっとと帰んなモンペ女」
 瞬間的に左で殴ったら、チビのくせにクロスカウンターしやがった。
 すわ戦闘開始かと思ったら、私は慧音に、レミリアは美鈴に押さえられてしまった。



 レミリアあんど咲夜とは館の中で別れたけれど、美鈴は見送ると言って着いてきてくれた。
 慧音は美鈴と話しているけど、私は会話に加わるでもなく飛んでいる。
 迷惑をかけて申し訳無い。いやいや、私も楽しかったですから。
 二人とも、勝手なことばかり言ってるなぁ……。
 
 紅魔館が見えなくなるあたりまで飛んだ時、そろそろ戻りますと美鈴は言った。
 美鈴は私を見て、

「輝夜さんとの勝負、頑張って下さいね」

 言いながら、左手を差し出した。
 私も左手を出して、彼女の手を握る。

「またいつか、遊びに行っても良いかな?」
「ええ、歓迎します。いつでも遊びに来て下さい」
「……ありがとう」


 別れの挨拶としては、平凡だけど上等な方じゃないかな。
 でも、本当にありがとう、美鈴先生。


   ◆  ◆  ◆



 飛び続けること数時間。
 里に着いたところで慧音と別れて、私は一人で帰宅した。
「――ん?」
 玄関の隙間に、なんだか紙が挟まっている。
 抜き取って見ると、紙には字が書いてあった。

『×月□日、いつもの時間にいつもの場所で 輝夜』

 指定の日時は明日だった。
 決戦に向けて、気合を入れ直さないといけないな……。
 



   ◆  ◆  ◆



 雲一つ無い夜空は、星と月が良く見える。
 竹林の中にある私と輝夜だけの闘技場は、当然だけど照明も何も存在しない。
 それでも今日みたいに雲が無ければ、月の光だけでも明るすぎるくらいに感じる。
 月明かりが竹に遮られることも無いそこは、やっぱり暗いながらも明るかった。
 既に輝夜が立っているそこに、私はゆっくりと降り立つ。
「遅かったわね」 輝夜が言う。
「慧音が言ってた宮本武蔵ってのにあやかってみた」 私も言う。
 輝夜はふふりと少し笑って、
「珍しいじゃない、あなたがゲンを担ぐなんて」
「過去の武人の真似でもすれば、少しは勝率が上がるかなってね」
「あら、非現実的だこと」
「私達の存在自体、非現実的じゃないか」
「でも、私達は実際に存在しているわよ」
「それもそうだ」
 そこまで話すと、また輝夜が笑った。
「今日の妹紅は随分おしゃべりね。この間まではすぐに始めていたのに」
「心境の変化ってやつさ。今日は私の勝ちで決まりだ」
 言いつつ、私はゆっくりと歩き出す。輝夜との距離を、少しずつ詰めるために。
「あらあら、そんな大口を叩いて良いのかしら。
私、永琳に五連勝記念祝賀会の準備をさせているの。無駄にできないわ」
 輝夜もゆっくりと一歩を踏み出した。
 お互いの距離が、少しずつ詰まっていく。

「お前が負けたら、私の祝賀会に変更したらどうだ?」
「ふふっ、それも良いかしら。メインディッシュはハクタクビビンバ?」
「兎のソテーなんかがお勧めだ。月と地上の兎の共演ってな」

 軽口を叩きあいながら、私達は近づいていく。
 が、もう少しで互いの間合いというところで、私達は止まってしまった。
 足が止まったわけじゃない。だけど、前に進むのが止まっている。
 向かい合いながら、地面に円を描くように横に動く。
 互いの距離は縮まらず、かといって離れもしない。
 そんな状態が、一分ほど続いた。
「意外ね」 輝夜が口を開く。
「この間までは真っ直ぐに突っ込んできてたのに、いつからそんなびびり屋さんになったの?」
「これも、勝つための布石だよ」
 輝夜が笑う。
「言ったら駄目じゃない。どじな妹紅ね」
 私も笑う。
「このくらい教えてやらなきゃ、対等な勝負にならないじゃないか」
 益体も無い会話を続けながら、私と輝夜は回り続ける。


   ◆  ◆  ◆


 何がきっかけで状況が動いたのか、全く判らない。
 私が足を一センチ前に出したからかもしれないし、輝夜が一センチ後ろに下がったからかもしれない。
 決定的な変化というものは、無かったはずだ。
 ただ、“何か”のきっかけがあったその瞬間。
 私と輝夜は共に前に出て、互いの顔面に拳を振っていた。

 私も輝夜も右腕を振っている。
 私の方は、良い速さで右拳を飛ばせた。美鈴にやられた後遺症もなく、当然ながら絶好調。
 左腕は顔に張りつけている。――その腕に、輝夜の拳が当たった。
 私の拳は輝夜の顔に入った。でも浅い。
 輝夜が思い切って踏み込んできたのに対して、私はガードを固めて踏み込みきっていない。
 ははっ。これじゃ、いつもと逆じゃないか。

「ふっ――」

 短く息を吐いて、私は体を沈めて前に飛び出す。
 踏み込まないで体勢が整っているから、すぐにタックルに移ることができた。
 輝夜の膝が飛んできた。相変わらず強烈だけど、目にも鼻にも当たっていない。
 膝が引く前に左腕を回して抱え、逆の右腕はめいっぱい伸ばす。――着物を掴んだ!
 あ、美鈴と初めてやった時と似た状況だ。
 でも今度は持ち上げない。私はただ前に向けて走る。

「ったく、このッ!!」

 輝夜の罵声。――背中に肘が落ちたけど、体重が乗っていないから全然痛くない。
 私は輝夜の右脚を抱えて、頭と右腕で輝夜を押し出すように走る。
 このまま地面か竹にぶつけてやるっ!

「バカ妹紅! 結局猪突猛進かっ!!」

 またしても輝夜の罵声。
 また肘が落とされるかと思ったら、頭を輝夜に抱えられた。
 輝夜の自由な左足が、私の右足を蹴りやがった。
 当然ながら、輝夜は宙に浮いていて、走る私のバランスは完全に崩れている。
 したら、私も輝夜も転ぶしか――



 「どん」だか「ごん」だか判らないけど、鈍い音がした。
 頭がくらくらして、視界がブレている。
 DDT――輝夜が横抱えにした私の頭を、地面に叩きつけやがった。
 でも私も輝夜の体を叩きつけたから、相討ちのはずだ。
 その証拠にほら、私の頭を掴む輝夜の右手が緩んでいる。
 甘いよ輝夜。私は、お前の右脚をしっかり抱えている。
 体を起こす。もっと早く動きたいのに、ゆっくりとしか動けない。
 でも輝夜も同じらしい。私の頭をあっさり放しちゃってる。
 私は体を後ろに倒しながら、輝夜の膝から足先へと腕をずらす。
 このまま倒れこんでアキレス腱を固めてやれば、まず片足を潰せる。

「甘いわよ」

 輝夜が体を起こそうとする。
 でも、顔を蹴ってやれば――避けられた!?
 輝夜が体を傾けて、左手を伸ばした。
 私の右手を掴んで、違う手じゃなくて指っ
 
 ぺきっ


 小指を折られた。
 反射的に手を引いてしまった一瞬で、輝夜は私の拘束から抜け出して、立ち上がった。
 下がりながら立ち上がる私を、蹴るでもなく見送った。
 私は、輝夜を睨みつけて言う。
「……甘いのはお前の方だろ。指一本折ったくらいで満足か?」
「先日の右目の借りを返しただけ。これからが本番よ」
 余裕の笑みを浮かべながら、輝夜は言った。

 右手が熱い。焼きごてを押しつけられているみたいだ。
 甲の側へと折れ曲がった右小指を、掴んで手のひらへと曲げてやる。
 骨折の痛みは途切れない。そこだけ自分のものではないような感触がする。
 無理矢理曲げた小指に合わせるように、他の指も曲げて、親指で握り込む。
 拳を作った。
 私の歯を食いしばって拳を握る姿を、輝夜は笑いながら見ていた。

「妹紅、指がとっても痛いでしょう? その痛みを私にやり返してちょうだい。
私の指も折って、あばらも折って、膝や肘も折ってしまって!
眼球をえぐって、耳や鼻の穴にその白い指を突っ込んで! 喉をその手で締め上げて!!
何をやっても良いから! 私の体を自由に壊して良いから!!
そして、同じことを私もあなたにやってあげる! 一緒に体を重ね合わせて、一緒に体を壊しあうの!!
こんなこと永琳にだって許さないのよ!? さあ早く! 早く!! 早くっ!!」

 呆れてしまう言い草だ。あと何千年付き合っても、到底こいつを理解できそうに無い。
「抜かせドマゾが。一週間足らずお預けになっただけでサカってんじゃねえよ」
 言いつつ私は考える。
 今までにない輝夜の興奮の原因は、きっと二つ。
 一つは、言った通りのお預け状態。
 もう一つは、私の動きが過去四戦と違うから、……なんてのはうぬぼれすぎか?
「サカってなんかいないわよ。妹紅が期待以上に動いてくれたから、興奮しちゃっただけだもの」
 予想は当たってたけど、全然嬉しくなかった。

 まあ良いや。私は今から、あいつが言葉を失うくらいに動いてやろう。
 ぐうの音どころか断末魔の悲鳴すら上げられぬような、そういう戦いにしてやるよ。
 でも殺しはしないぞ輝夜。最終的に、私が勝つ。ただそれだけだ。
 その結果としてお前を殺すかもしれない。でも、私の目的はそれじゃあないんだ。
 ……美鈴に教えを受けて正解だったよ。
 こんなに清々しい殺し合いは、一体何年、何十年ぶりだ?
 なあ、輝夜――


 私は、両の拳を握って顔の前に掲げた。

「続けようぜ輝夜。お前の望みどおりにってのだけは、どうにもシャクだけどな」
「ならば妹紅も望むようになさいな。それも私の願いの内だけどね」

 短いやりとりが終わって、私と輝夜はまた動き出した。


   ◆  ◆  ◆


 素手の戦いがこんなに面白いと思ったのは初めてだ。
 素手同士だと、体のどこかが相手に当たっただけじゃあ、何も起きない。
 力を込めたり、速度をつけたりして、初めて破壊が生まれる。
 その不自由さを、以前の私はまだるっこしいと思っていた。
 全ての弾に必殺の威力と意志がある弾幕とは、全然違う。
 どうせ最終的に殺すなら、弾幕ごっこの方が直接的で早いから良いじゃないか。
 そう考えていた。

 でも違った。
 不自由ゆえの面白さというのが、確かに存在している。

 弾幕は、相手の動きを制限しつつ、弾を当てるというルールだ。
 私と輝夜は幾通りもの弾幕を作り出して、互いに競い合ってきた。
 その最終的な目的は、あくまで弾を当てることだ。
 弾を当てて、相手を殺すことだ。

 素手というのは、そうではない。当てただけでは終わらない。
 当てて、相手のどこかを壊しても、それで終わるとは限らない。
 現に今、私は右手の小指が折れて、肋骨もいくらか折れている。さっき踏みつけられた左足の甲も痛む。
 輝夜の方も、肋骨にいいのが何発か入っているはずだし、左脚にはローキックを二十発以上入れてやった。

 でも、戦いは終わっていない。私達はまだ動き続けている。
 弾幕ごっこのような、リザレクションの繰り返しで続く戦いじゃない。
 私達は、死なないままに戦っている。
 なんて珍しいことなんだろう。そして、なんて人間らしいことなんだろう!
 これほど新鮮な気分を味わうのは、いつ以来になるかな。
 もしかすると、輝夜はこういうことがやりたくて、私に素手でと言ったのかもしれない。
 だとしたら過去四回、悪いことをしたと思う。これに限っては謝ってやっても良い。
 私は、弾幕ごっこと同じようにただ輝夜を殺そうとしていた。でも輝夜はそうしなかった。
 今だって、私の指を折ってまで煽っておきながら、目も耳も狙ってこないし、指も折りにこない。
 私がそうしないからだと思いたい。
 リザレクションなんて無粋なものを挟まない戦いがしたいからだよな、輝夜?
 そうであってほしいと、私は思う。



 互いに離れて、ほんのわずかの小休止となる。
 深呼吸しながら、体の異常をチェックして、また構え直す。それだけだ。
 輝夜と目が合った。まだやりたいよと、そう言っている目だ。
 私もそうだよ、輝夜。

「続けようか」
「ええ、続けましょう」


   ◆  ◆  ◆


 輝夜がときおり顔のガードを無くすのには、とっくに気づいていた。
 顔のガードと言うよりも、目のガードだ。
 輝夜は、目を突けるだけのスキがある、というガードを見せてくる。私を誘っているに違いない。
 とっくに気づいていたけれど、私は気づかないふりをしていた。
 私が気づいたと輝夜に気づかれたなら、私は輝夜の目を突かないといけないからだ。
 何故そうしないといけないのか。それは、私と輝夜は今、殺し合っているからだ。
 絶対に目を突けるタイミングで目を突かないのは、殺す気が無いってことになっちまう。
 それはダメだ。
 今がどれだけ楽しくても、私の根っこの部分は輝夜を許さない。許すことなんてできやしない。
 殺せる時に殺さないってのは、その根っこの部分に逆らうことなんだ。
 だから私は、輝夜の誘いにずっと気づかないふりをしている。
 気づかないことで、楽しい今と、根っこの部分がかち合わないように誤魔化している。
 ……こういうの、自己矛盾って言うんだっけ? 慧音が言ってた気がする。


 輝夜は、今は蹴りで私を遠ざけている。
 左脚がもうボロボロのはずなのに、その蹴りにはよどみがない。
 私も答えるように足を振る。左の甲が痛いけど、我慢我慢。

 きっと、この牽制の蹴り合いはどこかで終わって、輝夜が距離を詰めてくる。
 その時輝夜が誘ってきたら、私はどうすればいいんだろう?
 体中がきしんで、悲鳴を上げている。リザレクションをしない戦いは、体にすごい負担がかかる。
 輝夜の体もぼろぼろだし、次は上手い誘いをかけられないのかもしれない。
 でも、その誘いが上手くても下手でも、私は気づかないふりをしないといけない。
 ぼろぼろで、疲れきった藤原妹紅は、そんな演技ができるのか?



 やっぱり輝夜が仕掛けてきた。
 前蹴りの足を一歩目にして踏み込んできた。私が美鈴に一度仕掛けたのと同じだ。
 私のやったのと違うのは、顔のガードが少しだけ空いていること。

『――――』

 あっ、目が合った。
 私も輝夜も気づいてしまった。
 今私が左手を伸ばせば、輝夜の目に確実に届く。
 輝夜が突っ込んでくる動きを止めないから、私は反撃しなくちゃいけない。
 私の左手が勝手に伸びていく。
 今の状況で一番早くて一番確実な対応を、私の体が勝手に行っている。
 輝夜が笑った。やっと気づいてくれたのね、とでも言いたげに。
 輝夜の攻撃が届くよりも、私の指が届く方が早い――

































 眼球を潰す慣れた感触が来ない。
 私は、指の腹でそっと輝夜の目を押していた。
 輝夜が怯んでいる。目が、口が、顔全体が言っている。
 なんで潰さないのって、絶叫を上げている。

 私はその返答として、全力の右拳をみぞおちに向けて振った。
 ぶ厚い着物が存在しないかのように、私の拳は輝夜の腹に食い込んだ。
 小指が千切れたように痛む。でも、殴った感触が確かに伝わってくる。
 輝夜の顔が、驚愕と苦悶に満ち溢れている。
 私は、がら空きになった輝夜の顎を狙って、左肘を振り抜いた。






























   ◆  ◆  ◆


 輝夜は今、地面に横たわったまま目を閉じている。完全にオネンネ状態だ。
 ブザマに倒れたところを寝かせ直してやったから、貸し一つ&からかうネタにもなる。やったね。
 次に会う時、『なんで殺さなかったのよ!?』とでも言ってくるかもしれない。
 そしたら、『せいぜい考えて、悩むこったな』って言ってやろう。

「お前のせいで、私は紅魔館くんだりまで出向いて、腕折られて、説教されてきたんだ。
その苦労の何分の一でもいいから味わいやがれっ」

 戦う前から考えてたことを言ってやったら、ちょっと気が晴れた。



 殺さないということは、リザレクションできないということで、すぐには意識が戻らないということでもある。
 つまり、起こしも殺しもしなければ、輝夜は当分このままだ。
 ま、夜が明ける前には永遠亭の誰かが迎えに来るか。きっと驚くだろうなぁ。

 私は地を蹴って飛び上がり、竹林の上へと抜けた。
 星も月もだいぶ移動していたけれど、その美しさは戦う前よりも増しているような気がした。



   ◆  ◆  ◆



 ×月□日 快晴

蓬莱山輝夜 ●-○ 藤原妹紅
(1時間16分25秒 ボディブロー→エルボー(KO))


 
すっげぇ楽しく書けました。特に妹紅対輝夜戦。
ですが、前編を投稿してから、書き上げるまでに二度ほど泣くことになりました。

一度目は、妹紅や美鈴でググっていたら天馬流星氏のサイトでものごっつい二人のSSを見つけてしまった時です。そのものごっつさに押されつつも、「方向性違うから大丈夫だよ!」と誤魔化して書き続けました。
二度目はVENI氏の『月見酒』を読んでしまった時です。まさか自分がネタ被りを味わう日が来るとは想像していませんでした。完璧な不意討ちです。面白いし……。

ともあれ、自分なりの妹紅ラブを文章化することが今回の執筆理由でした。それを達成できたので、まずは満足です。

読んでくれた皆様、ありがとうございました。
らくがん屋
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コメント



0.4050簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
すっげぇ楽しく読めました。
10.100煌庫削除
まさか貴方も読者とは・・・・ナイス、イカレ!つまり紅魔館の門番たちはイカレてやがりますね!?
16.100東京狼削除
幻想郷のヒエラルキーの中心にはめーりんが居ると思うんだ
17.80名前が無い程度の能力削除
まてイカレw
メイド隊まではイカレていないと信じたい・・・
18.100名前が無い程度の能力削除
某特課の合宿ランニング吹いたwww
20.100名前が無い程度の能力削除
なるほど、清々しいな
23.100名前が無い程度の能力削除
イエス、ティーチャー!
25.100VENI削除
目潰しされて耳に指突っ込まれて首絞められた気分ですねw
お互い様かもしれませんがw

確かに途中ちょっと似てるところありますが、大丈夫だと思います。
いや私が言うのも失礼かも知れませんが、一応、泣かせてしまったようなので……
私にはできないことが盛り込まれてると思います。てんこ盛りに。

いろいろと感想書きたいですが、長くなりすぎそうですので、
それらが全て肯定的であることは、点数に込めて送ろうと思います。
28.100名前が無い程度の能力削除
なんだろ、私の中ではあんまりもんぺのキャラ固まってないんだけど、コレに固まりそうな薬缶。
33.90名前が無い程度の能力削除
これは良い美鈴だ。
34.90宵闇削除
そうか!紅魔館はユカイキカイ島に建っていたんだよ!!
な、なんだってーー!?
37.90油揚げ削除
面白かったです。お見事。
44.無評価名前が無い程度のなにか削除
ランニングのコツはイカレ
……UCATの瀬戸内海合宿!?
45.80名前が無い程度のなにか削除
そして点数入れ忘れた馬鹿一名
46.無評価名前が無い程度の能力削除
妹紅がふっきれて輝夜とのステゴロタイマンを楽しむ様にあの小説に通じるものを感じました。清清しい感じが。
49.100名前が無い程度の能力削除
さーいたーさーいーたー。チューリ――清々しく面白かったですよ!どうしてくれる!
52.90名前が無い程度の能力削除
最後の決闘のシーン、二人が板垣絵に脳内変換されました
54.70名前が無い程度の能力削除
紅魔組のキャラ立ち、特に美鈴が良かったです。
(……最後、気絶した輝夜のデコに「TERUYO」と書いて去っていくという台無しアナザールートが脳裏に)
61.80imuzeN削除
前半、「何故負けるのか」で飛場チックな答を連想しましたが、そうではなく。
永く生きていても、同じ事を続けていると次第に見えなくなる事もあるもんだ。
紅い館の門番は、存外優秀かも。
あと輝夜、はしゃぎすぎw 
65.70変身D削除
美鈴が良いキャラしてますね~、これは好きだ。
あと、後半の輝夜のサカリっぷり(違)がツボでした(w