今日はいつもより遅くに起きた。
それというのも、フランお嬢様に花札を渡した『紅白』のせいだ。
これほどまでフランお嬢様が花札にハマるだろうとは思ってもみなかった。
今もたぶんフランお嬢様のお部屋では美鈴がフランお嬢様と徹夜明けの死に体で『こいこい』をしているであろう。
私とパチェリーお嬢様は先に抜けさせてもらった。
私は「レミリアお嬢様のお世話」という理由があったが、パチェリー様は徹夜をできるほど体力があるとは思えない。
その辺は理解しているのかフランお嬢様もそんなに強く引きとめはしてくれなかったのが幸いである。
もともと『こいこい』は2人でするのが一般的らしいので美鈴には泣いてもらおう。
まあ、実際わたしたちが部屋を出るとき、すっごい泣きそうな顔をしていたが……。
メイドたる者、寝坊は厳禁であるがまだレミリアお嬢様が起きられる時間まで少しあるのでなんとかボーダーラインだろう。
フランお嬢様とパチェリー様、ついでに美鈴にもあとで栄養のつくような料理でも持っていこう。
そのときにでも美鈴を助け出してあげればいいか。
そうだ、今日は7色の蒐集家も来るんだっけか。
そんなことを考えながらレミリアお嬢様を起こすため、レミリアお嬢様の寝室に歩を進めた。
===============
――トントン
「失礼します」
軽快なノックのあとに私はレミリアお嬢様の寝室に入る。
すると珍しいことにレミリアお嬢様はすでに起きて、着替えまで済ませてしまっていた。
「咲夜」
レミリアお嬢様は窓の外を眺めながら私を呼ぶ。
「はい、なんでしょうか?」
「今日は天気もいいし、霊夢のところに行くわ」
外は曇り。
でも、ヴァンパイアのレミリアお嬢様にとって雨の日も晴れの日も外に出ることは難しい。
だからこそ、焼けつく日ざしもなく、水の流れることのない曇りこそ彼女にとって『天気が良い』のである。
「それじゃ、朝食のご用意をいたしますので食後に出かけましょうか」
「いいえ、今すぐ行くわ」
駄々をこねられた。
曇り、といことは雨が降るのとの紙一重といった状態なのかもしれないから、機会を逃すのがもったいないのは分かるが……。
「ではお弁当を作りますのでむこうで食べましょう。それまでお待ちください」
「うん、それならいい」
納得してもらえたようだ。
「では、すぐに支度します」
思い立ったら吉日、だ。
……思い立ったのはレミリアお嬢様だけど。
早速厨房に向かいつつ、『時』を止める。
そのときすでに、自分の頭から意識を朦朧をさせながら札を打つ美鈴の存在は消えていた。
===============
支度も終わってさあ出発、というときに来客と玄関前で鉢合わせた。
「来たわよ」
ぶっきらぼうに一言簡潔に挨拶をするのは7色の蒐集家、アリス・マーガトロイドである。
実はある情報をギブ&テイクで教えたことがあり、それに関係することで訪ねてきたのだ。
レミリアお嬢様を待たせるのも悪いが一応、取引である。
レミリアお嬢様から少々の時間をいただいて、さっとあらましをアリスに説明する。
すると、アリスは「わかったわ」の一言だけ残して、根掘り葉掘り質問せずにあっさりと森に向かっていった。
アリスは私が焦っていることを読んだのだろう。
彼女は無愛想ではあるが相手を思いやれる心を持っている。
しかし、悲しいかなそのことを本人は自覚していないみたいだ。
まぁそれが彼女の良いところなのであろう、と私は思う。
アリスが去るとレミリアお嬢様が訊ねてきた。
「ねえ、あなた。あの森に入ったの?」
「はい、そうですがなにか?」
「あの森は人の感覚を狂わす森だから、人間が入ると道に迷うことがあるのよ」
「そうだったんですか」
なるほど、合点がいった。
実は、すでに何度かあの森で迷ってしまったことがあったのである。
「よく無事だったわね」
「私は『時』を操れますから」
森に入る前に戻ればいいわけだ。
「それにしてもあの子は大丈夫なのかしら」
「アレは妖怪ですから、迷うことはないですよ」
「………妖怪でも稀に迷うこともあるのよ」
===============
そのあと、なんの問題もなく博霊神社についた。
ちなみに問題とは雨のことである。
……で、
「霊夢、また来たわ」
「茶はださんから自力で淹れろ」
などとひと悶着あったがつい先ほどの話。
今ではレミリアお嬢様は霊夢と無心に将棋を打ちあっている。
しかもレミリアお嬢様が優勢である。
これでもレミリアお嬢様が将棋を覚えたのはつい最近のことなのだ。
まったく、従者として鼻が高いことこのうえない。
その間、自分が何をしているかというと……、
「庭の清掃、終わりましたよ」
遊びに付き合ってもらっている霊夢の代わりに日課の仕事をこなしていたわけである。
「悪いわね、メイド長」
「いえいえ。この程度、紅魔館に比べたら易いものよ」
縁側に戻ってきた自分に、霊夢は煎じた茶を差し出す。
戻ってくる気配を察して先に茶を淹れて少し冷ましておいた奴だ。
相手ののどが渇いているであろうことを見越しての配慮である。
「ありがと」
ん…、と将棋盤から視線を逸らさずそっけなく答える霊夢。
(本当、不吉なのが言ってたように似ているわねぇ)
紅魔館前のことを思い出し、しみじみとそう思う。
(でも仲が良いってのは聞かないのよね。此処にはちょくちょく来てるけど、アレを此処で見たことは無いし)
霊夢の横顔を見る。
もう詰みかけていてあまりいい手がないのか、少し難しい顔をしている。
(ま、近親憎悪というやつなのかもねぇ)
レミリアお嬢様がニヤニヤと笑って霊夢の顔を眺めている。
「もう手は無いわよ。諦めなさい、霊夢」
「いや、まだ……」
「いいじゃない、少しぐらい血を吸われるぐらい」
「アンタ、前に一回だけ血を吸ったことあったでしょう。あのとき、ものすごく痛かったんだからね」
「アレは噛みが甘かったのよ。頚動脈にちゃんと狙いを定めて、アナタが抵抗しなければ痛くないわよ」
「そんなことしたら私が死ぬわ」
まったくもって平穏である。
===============
日も暮れ始めているとき、ふいに視界に不吉なのが横切った。
あまりに不吉なのでナイフでも投げてやりたくなったが、魔理沙の剣幕を感じて腕を停めた。
「おい、咲夜。パチュリーに聞いたが、アリスが森に入っていったって本当か?」
「ええ、それがどうしたの?」
「いや、もう夕方になるのに戻ってきていないのでちょっと心配になってな」
「アレはアレで強いから大丈夫なんじゃないの?」
「まあ、そうなんだが…。私もあの森で迷いかけたことがあったからな」
背後で霊夢が立ち上がり、将棋の駒を直し始める。
「ふう、あんたが迷うくらいなら少し心配ね。ちょっと様子でも見に行きましょうか」
溜め息をついてはいるが、あからさまに勝負を放棄できることにほくそえんでいるのがわかる。
「なら、わたしも霊夢についていくわ」
レミリアお嬢様は捕まえかけた魚を逃すまいと喰らいつく。
(よし、ぐっじょぶです! レミリアお嬢様)
心の中で応援する、がしかし。
「それは無理そうだぜ」
不吉なのがそう言う。
……ぽつ…ぽつ
雨が降り始めていた。
これではレミリアお嬢様は神社から外には出れない。
「ごめんね、レミリア。帰ったらまた続きをするから、ちょっと待っててね」
霊夢はそう言うと錫杖と勾玉を持った格好……いつぞやの濃霧の紅魔館で対峙したときの姿で外に出た。
「雨がこのまま降り続いたら泊まっていってもいいからね」
そう言い残し、魔理沙とともに空へと飛んでいってしまった。
「うー、仕方がないわね。でも退屈ぅー」
結局、レミリアお嬢様は霊夢が豆粒になるまでその後姿を眺めたままだった。
===============
さて、私とレミリアお嬢様だけが神社に取り残される形になってしまったわけである。
シチュエーションとしては最高だがこの状況はちょっと問題だ。
理由……レミリアお嬢様、不機嫌。
ここは私の出番である。
(なんとかしてレミリアお嬢様の気を紛らわさなければ)
そう思って周囲を眺めると、目に入るのが将棋盤と駒。
ちゃっかり者の霊夢はすでに駒を並べ直している。
先ほどの勝負を『無かった』ことにしようとする魂胆が丸見えである。
(……これ、か)
「ではレミリアお嬢様。私が『はさみ将棋』というゲームをお教えいたしましょう」
そう言って『歩』を並べ始める私。
予想通り、レミリアお嬢様は興味深々で自分の行動と将棋盤を凝視している。
さあ、霊夢が戻ってくるまではこの愛しの御主人様との時間を楽しもう。
時間は止めればいくらでもあるのだから。
...........NORMAL ENDING No.2
それというのも、フランお嬢様に花札を渡した『紅白』のせいだ。
これほどまでフランお嬢様が花札にハマるだろうとは思ってもみなかった。
今もたぶんフランお嬢様のお部屋では美鈴がフランお嬢様と徹夜明けの死に体で『こいこい』をしているであろう。
私とパチェリーお嬢様は先に抜けさせてもらった。
私は「レミリアお嬢様のお世話」という理由があったが、パチェリー様は徹夜をできるほど体力があるとは思えない。
その辺は理解しているのかフランお嬢様もそんなに強く引きとめはしてくれなかったのが幸いである。
もともと『こいこい』は2人でするのが一般的らしいので美鈴には泣いてもらおう。
まあ、実際わたしたちが部屋を出るとき、すっごい泣きそうな顔をしていたが……。
メイドたる者、寝坊は厳禁であるがまだレミリアお嬢様が起きられる時間まで少しあるのでなんとかボーダーラインだろう。
フランお嬢様とパチェリー様、ついでに美鈴にもあとで栄養のつくような料理でも持っていこう。
そのときにでも美鈴を助け出してあげればいいか。
そうだ、今日は7色の蒐集家も来るんだっけか。
そんなことを考えながらレミリアお嬢様を起こすため、レミリアお嬢様の寝室に歩を進めた。
===============
――トントン
「失礼します」
軽快なノックのあとに私はレミリアお嬢様の寝室に入る。
すると珍しいことにレミリアお嬢様はすでに起きて、着替えまで済ませてしまっていた。
「咲夜」
レミリアお嬢様は窓の外を眺めながら私を呼ぶ。
「はい、なんでしょうか?」
「今日は天気もいいし、霊夢のところに行くわ」
外は曇り。
でも、ヴァンパイアのレミリアお嬢様にとって雨の日も晴れの日も外に出ることは難しい。
だからこそ、焼けつく日ざしもなく、水の流れることのない曇りこそ彼女にとって『天気が良い』のである。
「それじゃ、朝食のご用意をいたしますので食後に出かけましょうか」
「いいえ、今すぐ行くわ」
駄々をこねられた。
曇り、といことは雨が降るのとの紙一重といった状態なのかもしれないから、機会を逃すのがもったいないのは分かるが……。
「ではお弁当を作りますのでむこうで食べましょう。それまでお待ちください」
「うん、それならいい」
納得してもらえたようだ。
「では、すぐに支度します」
思い立ったら吉日、だ。
……思い立ったのはレミリアお嬢様だけど。
早速厨房に向かいつつ、『時』を止める。
そのときすでに、自分の頭から意識を朦朧をさせながら札を打つ美鈴の存在は消えていた。
===============
支度も終わってさあ出発、というときに来客と玄関前で鉢合わせた。
「来たわよ」
ぶっきらぼうに一言簡潔に挨拶をするのは7色の蒐集家、アリス・マーガトロイドである。
実はある情報をギブ&テイクで教えたことがあり、それに関係することで訪ねてきたのだ。
レミリアお嬢様を待たせるのも悪いが一応、取引である。
レミリアお嬢様から少々の時間をいただいて、さっとあらましをアリスに説明する。
すると、アリスは「わかったわ」の一言だけ残して、根掘り葉掘り質問せずにあっさりと森に向かっていった。
アリスは私が焦っていることを読んだのだろう。
彼女は無愛想ではあるが相手を思いやれる心を持っている。
しかし、悲しいかなそのことを本人は自覚していないみたいだ。
まぁそれが彼女の良いところなのであろう、と私は思う。
アリスが去るとレミリアお嬢様が訊ねてきた。
「ねえ、あなた。あの森に入ったの?」
「はい、そうですがなにか?」
「あの森は人の感覚を狂わす森だから、人間が入ると道に迷うことがあるのよ」
「そうだったんですか」
なるほど、合点がいった。
実は、すでに何度かあの森で迷ってしまったことがあったのである。
「よく無事だったわね」
「私は『時』を操れますから」
森に入る前に戻ればいいわけだ。
「それにしてもあの子は大丈夫なのかしら」
「アレは妖怪ですから、迷うことはないですよ」
「………妖怪でも稀に迷うこともあるのよ」
===============
そのあと、なんの問題もなく博霊神社についた。
ちなみに問題とは雨のことである。
……で、
「霊夢、また来たわ」
「茶はださんから自力で淹れろ」
などとひと悶着あったがつい先ほどの話。
今ではレミリアお嬢様は霊夢と無心に将棋を打ちあっている。
しかもレミリアお嬢様が優勢である。
これでもレミリアお嬢様が将棋を覚えたのはつい最近のことなのだ。
まったく、従者として鼻が高いことこのうえない。
その間、自分が何をしているかというと……、
「庭の清掃、終わりましたよ」
遊びに付き合ってもらっている霊夢の代わりに日課の仕事をこなしていたわけである。
「悪いわね、メイド長」
「いえいえ。この程度、紅魔館に比べたら易いものよ」
縁側に戻ってきた自分に、霊夢は煎じた茶を差し出す。
戻ってくる気配を察して先に茶を淹れて少し冷ましておいた奴だ。
相手ののどが渇いているであろうことを見越しての配慮である。
「ありがと」
ん…、と将棋盤から視線を逸らさずそっけなく答える霊夢。
(本当、不吉なのが言ってたように似ているわねぇ)
紅魔館前のことを思い出し、しみじみとそう思う。
(でも仲が良いってのは聞かないのよね。此処にはちょくちょく来てるけど、アレを此処で見たことは無いし)
霊夢の横顔を見る。
もう詰みかけていてあまりいい手がないのか、少し難しい顔をしている。
(ま、近親憎悪というやつなのかもねぇ)
レミリアお嬢様がニヤニヤと笑って霊夢の顔を眺めている。
「もう手は無いわよ。諦めなさい、霊夢」
「いや、まだ……」
「いいじゃない、少しぐらい血を吸われるぐらい」
「アンタ、前に一回だけ血を吸ったことあったでしょう。あのとき、ものすごく痛かったんだからね」
「アレは噛みが甘かったのよ。頚動脈にちゃんと狙いを定めて、アナタが抵抗しなければ痛くないわよ」
「そんなことしたら私が死ぬわ」
まったくもって平穏である。
===============
日も暮れ始めているとき、ふいに視界に不吉なのが横切った。
あまりに不吉なのでナイフでも投げてやりたくなったが、魔理沙の剣幕を感じて腕を停めた。
「おい、咲夜。パチュリーに聞いたが、アリスが森に入っていったって本当か?」
「ええ、それがどうしたの?」
「いや、もう夕方になるのに戻ってきていないのでちょっと心配になってな」
「アレはアレで強いから大丈夫なんじゃないの?」
「まあ、そうなんだが…。私もあの森で迷いかけたことがあったからな」
背後で霊夢が立ち上がり、将棋の駒を直し始める。
「ふう、あんたが迷うくらいなら少し心配ね。ちょっと様子でも見に行きましょうか」
溜め息をついてはいるが、あからさまに勝負を放棄できることにほくそえんでいるのがわかる。
「なら、わたしも霊夢についていくわ」
レミリアお嬢様は捕まえかけた魚を逃すまいと喰らいつく。
(よし、ぐっじょぶです! レミリアお嬢様)
心の中で応援する、がしかし。
「それは無理そうだぜ」
不吉なのがそう言う。
……ぽつ…ぽつ
雨が降り始めていた。
これではレミリアお嬢様は神社から外には出れない。
「ごめんね、レミリア。帰ったらまた続きをするから、ちょっと待っててね」
霊夢はそう言うと錫杖と勾玉を持った格好……いつぞやの濃霧の紅魔館で対峙したときの姿で外に出た。
「雨がこのまま降り続いたら泊まっていってもいいからね」
そう言い残し、魔理沙とともに空へと飛んでいってしまった。
「うー、仕方がないわね。でも退屈ぅー」
結局、レミリアお嬢様は霊夢が豆粒になるまでその後姿を眺めたままだった。
===============
さて、私とレミリアお嬢様だけが神社に取り残される形になってしまったわけである。
シチュエーションとしては最高だがこの状況はちょっと問題だ。
理由……レミリアお嬢様、不機嫌。
ここは私の出番である。
(なんとかしてレミリアお嬢様の気を紛らわさなければ)
そう思って周囲を眺めると、目に入るのが将棋盤と駒。
ちゃっかり者の霊夢はすでに駒を並べ直している。
先ほどの勝負を『無かった』ことにしようとする魂胆が丸見えである。
(……これ、か)
「ではレミリアお嬢様。私が『はさみ将棋』というゲームをお教えいたしましょう」
そう言って『歩』を並べ始める私。
予想通り、レミリアお嬢様は興味深々で自分の行動と将棋盤を凝視している。
さあ、霊夢が戻ってくるまではこの愛しの御主人様との時間を楽しもう。
時間は止めればいくらでもあるのだから。
...........NORMAL ENDING No.2
ほのぼのとしていていいですね。
あと、ぐっじょぶではなくナイスなのでは?
アップも無ければダウンも無いいわゆるふつーの日常でおもしろかったです。
ところで
『私とパチェリーお嬢様は先に抜けさせてもらった』
は
『私とパチュリー様、お嬢様~』が正しいかと思われます。