Coolier - 新生・東方創想話

混沌の幻想郷風弾幕炒め

2006/08/01 07:37:58
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 注:天下無敵のサクセスストーリー




「この前、アリスと話をしていたんだが」
「ん?」
 そういえば、と言った具合に話を切り出すのは、黒と白の色で彩られた衣装が特徴的な少女、霧雨魔理沙。
 そんな彼女の言葉に、興味をそそられたのか、どこか茫漠とした気配を含ませる青年――霖之助が、彼女の方に視線をやる。

















「コンビーフって知ってるか?」



「……コン……何?」
「コンビーフ」
 それは、とある知り合いの魔法使いとの話に出てきた、何のことはない、ただの単語だった。しかし、あの、『私は何でも知ってるわよー、へっへーん』と虚勢を張っている娘が、珍しくいぶかしげに眉をひそめたことから、気になっていたのだ。
「それが何か?」
「ああ、いや……気になっただけなんだが。
 まぁ、いいや。忘れてくれ」
「ふむ……。
 しかし、蒐集家としては、レアなものに関しては、食指が動くようだが」
「……わかるか?」
 照れくさそうに笑いながら、彼女。
 ああ、と青年はうなずき、
「わかった。こちらの方でも調べておこう。何かがわかったら連絡をするから、その時に」
「ああ、そうだな。
 んじゃ、私はこれから、紅魔館で本を借りてくるとするよ」
 その言葉を意訳すると、『相手が大切にしている書物を強奪してくる』となるのだが。
 別段、霖之助は彼女に何も言わず、『行っておいで』と手を振るだけだった。





 霧雨魔理沙は知らない。
 その一言が、この後の幻想郷に、どれほどの恐怖と混乱を巻き起こすか、を。




「へぇ。そうなの」
「ああ、そうなんだ」
 後日。
 霖之助から、『コンビーフについて、耳寄りな情報が入った。疾く来られたし』との手紙が届いたため、魔理沙は、ご近所さんのアリスを誘い、彼の店に向かって飛んでいた。二人して、箒にまたがってのタンデムである。
 なお、時刻は現在、夕方。もう間もなく、夜が来る。
「何か楽しみね」
「そうだなぁ。っていうか、どんなものなのか、興味が湧くぜ」
 二人とも、目をきらきらと輝かせている。やはり、共に、知識欲にかけては人一倍の側面を持つだけはあった。
 幻想郷の片隅に、ひっそりと佇む店の名前は、香霖堂。そこは、とある変わり者の青年が、自己の趣味と実益を両立させる空間でもある。
「おーい、こーりんー。来たぞー」
 ドアをノックする。
 ……返事はない。
「……?」
「留守かしら?」
「いや、人を呼び出しておいて留守ってことはないだろうぜ」
 どうしたんだろう、と二人は首をかしげて、ドアに手を伸ばす。
 静かに。
 何の抵抗もなく、ドアは開いていく。
「何だ? 不用心だ……な……」
 その向こうに広がる、いつもの店の光景に。あり得ない世界が混じっているのを見て、魔理沙は驚愕した。
「魔理沙? どうし……って……!
 きっ……!」
 アリスが、声を詰まらせ、
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
 絹を引き裂くような悲鳴を上げた。
 香霖堂の店内に、人間が倒れている。近寄ってみれば、それは、誰が言うまでもなく、霖之助その人だった。
「……くっ……死んでる……」
「……いや……ちょ……まだ生きて……」
「誰が……誰がこんな事を!」
 呻く霖之助の後頭部踏みつけて彼を黙らせた後、店内に置かれている、色々と目の引くものを、どこから取り出したのか、でっかいザックの中に放り込んでいく魔理沙。
「どこへ隠れた!? 出てこい!」
 などと言いながら、ひょいひょいと品物をザックの中に詰めて、ぎゅっと口をひもで縛る。
「あ……ああ……これは一体……」
「……ああ、ひどいな。後頭部を鈍器で一撃……これは、人間のやる事じゃないぜ……」
 あえて何も言うまい。
 そんな魔理沙の視線が、霖之助の指先に向く。そこには、赤い色のついた染料――恐らくは、血だろう――で、ただ一言、こう書かれていた。


『コンビーフ』


 ――と。

「……一体、何だ……どうなっているんだ」
 霖之助の死体(仮)を遺したまま、香霖堂を後にした二人は、再び、箒にまたがり、幻想郷の空を飛んでいた。
「一体……誰が……彼を……」
「……ああ。あんな事が出来る奴は……人間じゃないぜ」
「わ、私じゃないわよ!?」
 一応、カテゴリでくくると人間ではない彼女が、魔理沙の後ろで声を上げる。
 静かに、魔理沙は首を縦に振ると、
「……ともかく。香霖が私たちに遺したメッセージ――そう、『コンビーフ』に全ての謎が隠されていると言っても過言じゃなさそうだぜ……」
「……何なのかしら、コンビーフって……」
 知ってる? と、自分の回りを飛び回る人形達に語りかけるのだが、そのどれもが、首を左右に振った。
 しばらくの間、意味もなく、空を飛び回る。やがてそのうちに、魔理沙が、名案を思いついた、とばかりに手を打った。
「霊夢の所に行こう」
「どうして?」
「あいつなら、私たちの知らないことでも知っていそうだ。それに、何だかんだで、こういう時には一番頼りになる奴だぜ」
「……そうなの」
 笑顔で語る魔理沙に、少しだけ、アリスは、複雑な表情を見せる。素直に霊夢を信頼し、頼る魔理沙のその姿に、わずかな怒りと、そして小さな嫉妬を覚えたのだろう。しかし、自分としても、彼女のその意見に反論するつもりはないし、それに、色々と言いたいこともある。
 だから、何も言わずに黙っていた。彼女の背中に身を預けて、肯定の意思を示す。
 箒の先端が、幻想郷の中で、最も人のいないと言っても過言ではない空間、博麗神社を目指して飛ぶ。魔理沙の飛行速度は速い。その右に並ぶものは、ほとんどいないほどに。だから、すぐさま、目当ての空間は見えてくる。
「おーい、霊夢ー!」
 空の上から、神社の主人の名前を呼ぶ。運良く、彼女は、境内の掃除をしていた。人なんて誰も来ないのに、まめな性格だ、と苦笑してから、
「よう」
 着地し、片手を上げて挨拶をする。
 霊夢はちらりと魔理沙を見るだけで、『お参りならお賽銭』とお賽銭箱を指さすだけだった。
「いや、今日は……っていうか、今日も違うんだ」
「何よ。お酒を持ってきたなら、今夜、相手してあげるけど?」
「……驚かずに聞いてくれ、霊夢」
「どうしたの? 改まって」
「香霖が……殺された」
「なっ……!?」
 驚くなと言われて、驚かずにいられるものか。
 霊夢は声を上げ、握っていた竹箒を、思わず手から離してしまった。かたん、という乾いた音がして、箒が境内に転がる。
「そんな……誰に……!?」
「いや、それがわからないんだ。 
 だが、香霖は、ダイイングメッセージを遺してくれた。それが……」
「コンビーフ、よ」
 アリスがその続きを口にする。
 霊夢は、一瞬、息を飲んだ。彼女の喉が、ごくりと鳴るのを、二人は見つめる。
「……そう。ついに……彼も……」
「どういう事だ!?」
「知っているの!? 霊夢!」
「……そう……そうね。隠し通しておくことも、もういい加減、無意味なのね……」
 彼女は、空白の空間に視線をやりつつ、それを彷徨わせる。
 世界に忘我の色が彷徨い、同時に、鮮烈な色をもって、霊夢の瞳にそれを映し出す。彼女は小さく、口を開いた。
「いいわ、魔理沙、アリス。あなた達に教えてあげる。
 彼は……霖之助さんは、知ってしまったのよ」
「……何を」
 戦慄の表情を顔に張り付け、魔理沙が問いかける。
「彼が知ってしまったのは、コンビーフの謎。それは、この幻想郷において……」
 刹那。
「何っ!?」
 轟音と共に境内が弾け飛んだ。
 とっさに、魔理沙は真横に飛んでいた。一体、何が起きたのか。意識の認識が追いつく前に、声が響き渡る。
「霊夢。それは、契約違反よ」
 響き渡るのは、女の声。
 もうもうたる砂塵の向こうに現れるのは、人形の笑みを顔に張り付かせ、大きな傘を手に持つ女――八雲紫の姿。
「……紫……だと……」
「……何の用? 紫?」
「あなたも知っているでしょう? それは、決して触れてはならない、禁忌であると。禁足地に足を踏み入れたものには、すべからく、神罰が下る。彼は罪を犯した。だから、罰せられた」
「まさか、お前が香霖を!?」
「あら、私は何もしてませんわ。その程度のことで、私の手を血で汚すなど」
 ふふっ、と笑う。
 その笑みには、冷徹な空気が漂っていた。命を刈り取られ、深淵の、冷たい炎に閉ざされてしまうかのような恐怖が背筋を這い上がり、怖いもの知らずの魔理沙ですら、震え上がる。
「魔理沙さん、それに、アリスさん。知らなくていいことは、世の中に星の数ほどあるわ。何も知らない、何も見なかった、それでよろしいじゃありませんか」
「……そういうわけにはいかないぜ」
 立ち上がる魔理沙。
 目に、ぽっと点った炎は、その腕を高く伸ばし、彼女の力と変わる。右手を後ろに引き、左手を前に構え、
「私は、バカになりたくないんでね」
「……そう。愚かね。
 いいわ。あなたも罪を裁かれなさい。この私、八雲紫という絶対的な恐怖を前に、己の罪業をかみしめなさい」
 彼女の指先が、魔理沙を向く。
 放たれる、色とりどりの閃光と弾丸が、魔理沙に迫る。その刹那、彼女は横に飛んで反撃を放つべく、意識を集中させた。しかし、撃ち出された攻撃は、その途中で角度を変え、回避行動中の魔理沙に向かって突き進む。
 バカな。魔理沙は戦慄した。
 まずい、よけられない。このままでは直撃は間違いない。取るべき手段は限られている。
「この程度……!」
 食らいながら、なおも反撃を打ち込む。
 こういう時、相手は自分に絶対の優越感を持っている。そこにつけいる隙があるのだ。攻撃を一度受けてしまいさえすれば、紫も、わずかではあるが、己の気配を弱めるだろう。そこに、全身全霊をもって、必殺の一撃を叩き込む。
 問題は、あの攻撃を受けて耐えきれるかどうかなのだが――。
「構うものか!」
 彼女は歯を食いしばり、覚悟を決める。
 その時、轟音と共に弾ける光。だが、それは、魔理沙のわずか手前の空間を切り裂くだけだった。
「……何のつもりかしら?」
 それを行ったのは、霊夢。
 先の紫の不意打ちからアリスを守っていた彼女は、頃合いを見て反撃に転じたらしかった。魔理沙に向かっていた攻撃を撃墜すると、祓え串をひゅっと振りかざし、
「悪いのだけど、魔理沙は私の友人よ。その友人を傷つけようとするものは、相手が誰であれ、許さない」
「……愚か。本当に愚かね、霊夢。
 コンビーフの謎を知ったものは、滅するのみ。それが、あなた達、博麗の巫女に与えられた使命の一つでしょうに」
「ええ……そうよ。あれは、知られてはならないもの。幻想郷の歴史の闇にうずめ、ゆっくりと風化させていくべきもの。それを掘り起こしたものには、神罰を下す。それが私たちの、役目」
「……まさか」
 アリスが戦慄し、声を上げる。
「……そうよ、魔理沙、アリス。私が霖之助さんを殺したの」
 彼女は、自嘲の笑みを浮かべる。
 しかし、ふっと、その笑みの空気を変えて、
「でも……私には、友達は殺せない」
「……霖之助さんは友達じゃないの?」
「うん」
 速攻で返事をする辺り、色々報われないものがありそうだが、それはともあれ。
「それに、思ったのよ。私」
「何を?」
「世の中には、歴史の中で風化していく事実であっても、砂となって残る微細な存在もあるんだ、って。決して忘れることなど、出来はしないのよ。
 ならば、その真実を後世に伝え、私たちが背負った罪を、少しでも償っていくべき……。それって間違いかな?」
「……あなたは、もっと賢いと思っていたわ」
「あなたみたいに、永い刻の中を生きてきたために、頭をバカにしたわけじゃない」
「そう」
 紫の視線が、霊夢へと向く。
「なら、この幻想郷に生きるもの全てに、叡智を授けてごらんなさい」
「あなたをやった後、そうさせてもらうわ。
 私は、あなたほど急ぎすぎもしなければ、全ての命に絶望もしていない」
 ざっ、と足を開く。
 それで、霊夢が戦闘態勢に移行したのを察したのだろう。紫も、気配を変える。目の前の相手が、どれほど油断ならない相手であるか、知っているのだ。だからこそ、全力をもって迎え撃つ。それが、彼女なりの、信じてきた『友人』への、せめてもの手向けでもあった。
「博麗霊夢。あなたは生きていてはいけない人間のようね。それを理解させてもらったわ」
「あなたが、全てに戦争を招いた」
 二人が激突する。
 弾ける光と、破壊の渦に。
「アリス、こっちだ!」
 すぐさま、魔理沙は箒に飛び乗り、アリスの手を引いて、空へと舞い上がった。
「霊夢ーっ!」
「このままでは、もはや、幻想郷はもたないところにまで来ている! それがわかるのよ、紫!」
「何を、バカな……!」
「魔理沙、行きなさい! そして、知るのよ! 歴史の闇に隠されてきた、真実を!
 コンビーフの謎を!」
「くっ……! 行かせる……!」
「甘い!」
 吹き荒れる戦いの中に、魔理沙達に入っていくことは出来なかった。
 境内を中心として荒れ狂う戦は、まさに、戦士達の魂の輝き。もはや、そこに手を出すことは出来ない。ただ、見守ることしか。そして、勝者が語り継ぐ歴史を知ることしか。
「……魔理沙」
「アリス……行くぞ」
「でも……!」
「霊夢が、私たちのために、己の命をかけたんだ! それに応えるのが、本当の友人ってやつだぜ!」
 目に涙を浮かべ、叫ぶ魔理沙に。
 アリスは何も言えなくなり、涙を振り払うようにして、大きく首を縦に振った。
 二人を乗せた箒が、幻想郷の空の彼方へと消えていく。
「……そうよ、魔理沙。あなた達には、まだ、帰るところがある」
「霊夢、そこまでして、何を守るというの!?」
「あなたには……わからない……。いいえ、あなたにだってわかっていたはずよ! 紫……こんな風になって終わっちゃうなんて……悲しいわね」
 彼女の瞳が、切ない色を映し出す。紫は、その視線を受けながらも、あえて、言った。
「この幻想郷で、コンビーフの謎を探ろうとするものは、幻想郷に寄生するノミに等しい。だから、この私、八雲紫が粛清するのよ。霊夢」
「それはあなたのエゴよ、紫」
 二人の距離が、詰まっていく。
「そんな世界だからこそ、世界に、コンビーフの謎を見せつけなければならないのよ!」
「……どこまでも平行線なのね」
「そうよ。さあ、かかってきなさい、八雲紫! 
 楽園の素敵な巫女は、伊達じゃない!」
「ふふっ……。まだよ、まだ終わらないわ!」
 両者が振りかざす、鋭い一撃が。境内全てを埋め尽くし――。


 直後、博麗神社に、真っ白な光の珠が生み出され。ゆっくりと、消えていった。



「……次はどこへ向かうの?」
「そうだな……。幻想郷の知識人と言えば、慧音と……それから、よけいなことまで知ってる天才様にお知恵をお貸し願おうか」
 空の彼方で、博麗の巫女という、強い女の壮絶な最期を見届けた二人は、そのまま、幻想郷の片隅にある竹林へと向かっていた。
 闇がひたりと満たす、うっそうと茂った森の中。その世界は、博麗神社で過ごした時間がプラスされ、夜の色に塗りつぶされた中にあっても、なお、闇が濃い。
 そして、今日は折しも、満月の夜。
「いた」
 何度も、ここを訪れている魔理沙は、知り合いの顔を、すぐさま見つけ出す。
 箒を巧みに操り、竹林の中へと舞い降りた彼女を見て、そこにいた人物が、首をかしげた。
「あら、魔理沙さん」
 月の頭脳とまで呼ばれる天才、八意永琳と、
「どうかしたのか?」
 この幻想郷において、全ての歴史を識るもの、上白沢慧音である。
 彼女たちの問いかけにも、魔理沙はもちろんとして、アリスも無言だった。重苦しい気配を漂わせる二人に、ただならないものを感じたのか、永琳が口を開く。
「……どうしたの?」
「永琳……あんたに聞きたいことがある。慧音でもいい」
「どうしたんだ? そんなに神妙になって」
「……私たちに教えてくれ。コンビーフとは……何なんだ……」
 その一言に。
「……魔理沙さん」
「本当に……それを知りたいのか?」
 二人のまとう気配が変わった。
「知っているんだな!?」
「……ええ。でも……」
 永琳の視線は、揺れる。本当に喋ってもいいものかどうか。それを迷っているようだった。
 だが、意を決したのか、そうね、とうなずくと。
「ここでは、ちょっと。永遠亭の方に来てくれるかしら?」
「……ああ」
「……辛いことがあったのね」
「友達が……」
「……魔理沙。いいのよ。忘れるな、とは言わない。でも、思い出さないで」
 そっと、震える魔理沙の背中を抱きしめるアリス。
 永琳は、その一言で全てを察したのか、大きくうなずいた。そうして、歩き出そうとする。下生えの草をかき分け、進んでいく彼女。
 しかし。
「……っ!?」
 その瞬間、永琳は息を飲んだ。
「不意打ちは趣味ではないが……すまないな、永琳どの」
 背後から放たれた一発が、永琳の胸を貫通していた。
 自分に穿たれた致命傷を、信じられない、と言った眼差しで見つめていた永琳は、やがて、声を発する間もなく、地面へと倒れていく。
「あなたは不老不死だ。放っておいても大丈夫だろう」
 だが。
「お前達は、死ねばそれまでだ」
 慧音が、二人を振り返る。
「……どういう事だ、慧音」
「慧音……さん?」
「ふふっ……当然のことだよ。霧雨魔理沙。それに、アリス・マーガトロイド」
 彼女の瞳が、獰猛に輝く。獲物を前にした獣の、歓喜の色を浮かべながら。
「コンビーフの謎は、守られなくてはならない。誰にも知られてはならない」
「お前も、紫と同じか……!」
「くっくっく……。すまないな、二人とも。
 だが、お前達が悪いんだ。知ってはならない禁忌に足を踏み込めば、どうなるか。その身で知ってもらおうか!」
 永琳に不意打ちの一撃を食らわせた慧音が二人に襲いかかる。
 かつて、一戦交えたことがある相手とはいえ、油断できる相手ではない。その緻密でいて、それでいて芸術的な攻撃は、破壊力は当然として、圧倒的な精度でもって致命傷を与えてくる。一撃を受ければ、それでおしまいなのだから。
「くそっ! どうなっているんだ!」
「何なのよ! どうしちゃったの!? みんな!」
「知ってはいけないんだ! 知られてはいけないんだよ!
 コンビーフは、この幻想郷において、絶対のタブー!」
「だからって、誰かを殺してまで、その秘密を守ろうとするのか!」
「無論!
 たとえ、お前達が相手でも、私は決して容赦はしない。それが、上白沢慧音として、この幻想郷の歴史を守ってきた獣に出来る、ただ一つの正義なのだから!」
「……ちぃっ」
 撃ち出される攻撃が、次々に大地に炸裂し、世界をえぐっていく。
「アリス、このバカの目を覚まさせるには、きついお灸を据える必要がありそうだぜ! 手伝え!」
「……ええ!」
「お前達とは、いい友人でいたかったよ」
 どこか寂しそうに。
 そして、どこか辛そうに。
 だが、その空気を漂わせていたのも一瞬のこと。静謐な殺気を張り付かせ、慧音が二人に襲いかかってきた。

(ここから少々、描写加速)

 どかーん!「くっ! こんな攻撃、慧音の攻撃じゃない!?」ずががーん!「きゃあっ!」どすっ!「アリス、しっかりしろ!」ばりばりばり!「コンビーフ故に人は苦しまねばならない! コンビーフ故に、人は悲しまねばならないのだ!」ぽきーん!「何ぃっ!?」ぼうぼうぼう。「ならば……ならば、コンビーフなど、いらぬ!」しょぎょーん!「修羅と化したか、慧音!」ざぎょーん!「こんなの……こんなの、慧音さんじゃない! お願い、元に戻って!」めちょっ!「くっ……ば、バカな!? こんな……この、上白沢慧音が……!」ぞりんっ!「慧音……お前のことは、忘れない!」ずがしゃーん!「くっ……こ、この、上白沢慧音が……!」ばぐっ!「だが、ここで負けるにはいかない! 引かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ!!」がりがりがり!「慧音さん……!」ひょいーん!「受けろ、これが、この世で最後のcaved!!!!だぁーっ!」「甘いぜ、慧音ーっ!!」

(ここから描写正常)

 放たれる、魔理沙のマスタースパークが、慧音を直撃した。
 閃光の奔流に飲み込まれた彼女は、ぐらりと、その場へと倒れていく。どさっ、と。柔らかい音が大地に響いた。
「くっ……コンビーフ……コンビーフは……!」
 だが、まだ、慧音の闘志は萎えていない。なおも立ち向かってこようとしている。
 とどめを刺さなくてはならない。だが、この二人に、それが出来るだろうか。
「……魔理沙」
「……慧音。私は……」
 魔理沙は静かに拳を握りしめ、それを振り上げる。
 それを振り下ろそうとした、その時。
「慧音ーっ!」
「師匠ーっ!」
 空の彼方から響く声。
 視線をそちらにやれば、妹紅と鈴仙が、顔色を変えてこちらに向かってくるところだった。鈴仙は倒れたままの永琳に駆け寄り、顔を引きつらせる。そして、妹紅は……、
「慧音、慧音! しっかりして!」
「……妹紅……か」
「どうして……こんな……!」
「……仕方なかったんだ。私は……守らなくてはいけない……。コンビーフの……歴史を……」
「ああ……慧音……」
 妹紅は慧音を抱きしめ、涙を落とした。
 そんな彼女の頬を伝う雫を、そっと、慧音は指先でぬぐい取り、微笑む。そこには、先ほどまで、悪鬼のごとき形相で魔理沙達を消そうとした慧音の姿はない。どこまでも優しく、誠実な、一人の女の姿があった。
「……妹紅。それに……魔理沙どの……アリスどの……。あなた達に会えたことは……そして、あなた達と過ごした時間は……楽しかった……」
「いや……慧音……死なないで……」
「……魔理沙どの。
 こんな事をした私が言うのも何だが……どうしても、コンビーフの謎を知りたくば……あなた達が知る、知識ある人を訪ねれば……いい……。だが……忘れるな……コンビーフは……人を……狂わせる……」
「……ああ」
「覚えておくわ……慧音さん……」
「ふふっ……そうか……。もしかしたら……あなた達なら……たどり着けるかも……しれないな……。
 コンビーフの……真実……に……。
 ……我が生涯に一片の悔いなし……!」
 まるで、スローモーションの映画のように。
 慧音の手が力無く落ちて、その瞳が閉じられた。妹紅が絶叫する。竹林に、悲しい、女の叫びが響き渡る。
「……慧音……さん……」
「……慧音……。お前も……お前も……役目に殉じたのか……」
 涙を流しながら。
 それでも、膝を折ることを許されない、二人の少女は。
「……行こう、アリス」
「……」
「私たちは……知らなきゃいけないんだ。ここまで人を狂わせる、コンビーフの真実を」
「……ええ」
「妹紅……すまない。慧音……ごめん」
 妹紅は、何も答えてこなかった。
 だが、彼女に魔理沙達の罪を追求するつもりはないらしい。静かに首を左右に振り、言う。「私は、こんな友人が持てて、幸せだった」と。
 瞳を閉じ、自らの役目に殉じた、一人の戦士を前に。ただ、その戦士と共に立ち続けてきた少女は、悲しみを誇りへと変えて、魔理沙たちを見送る。
「……頑張ってこい」
「……ああ」
「それじゃあ……私たちは、これで」
「ウドンゲも、達者でな」
 永琳の方も、ケガが治ってきたらしい。わずかに身じろぎをする彼女を抱きしめながら、鈴仙がうなずいた。
 魔理沙は悟る。
 もう、自分たちは、ここに帰ってこられないのではないか、と。だからこそ、友人として、共に思い出を作ったもの達の顔を記憶の中にしっかりととどめると、箒にまたがり、アリスと共に竹林を去った。
 去り際に。
 こちらを見送る輝夜の姿が見えたような……そんな気がした。


「そうなると、残るのは、紅魔館か西行寺か」
「幽々子のところがいいんじゃないかしら。彼女は、何と言っても亡霊だから。きっと、幻想郷の歴史には、慧音さん並に詳しいわ」
「そうだな」
 アリスの助言に従い、箒の先を、冥界へと向ける。
 空の彼方、どこまでも続く黄泉路を抜けたその先に、冥界はある。広大な世界。真っ平らに続く地平線は、世界の広さのみではなく、存在の空白さを示しているようでもあった。広い広い世界を飛び続け、やってくるのは、冥界の姫、西行寺幽々子の屋敷である。
 だが、ここでもまた、異変は起きていた。
 舞い降りた世界は、いつもと違う。具体的に言うと、幽々子のおつき剣士である庭師が笑顔を見せてこなかった。
 それどころか。
「……これは……!」
「あら」
 屋敷の縁側に腰掛け、優雅にお茶をすする幽々子の横に。
「……妖夢……ちゃん……」
 体中を傷だらけにして、命があるのかないのか、それすら判然としない妖夢の姿がある。
「いらっしゃい、二人とも。お茶のご用意がしてあります。いかがかしら?」
「……まさか、幽々子……」
 幽々子は婉然と笑うと、すっと立ち上がった。
「この冥界において、生者のある世界は、まさに掌の上の事象。どこにいても、どんな風にしていても、手に取るようにわかってしまう」
 くすくすと、彼女は笑う。
 こんな笑い方を、幽々子はしていただろうか。こんなに冷たい笑い方が出来る女だっただろうか。
「妖夢ったら、私の言いつけを破って、あなた達にコンビーフのことを知らせようとするのですもの。だから、ちょっとしつけてあげただけ。
 ケガはしているけれど、いずれも致命傷ではないわ」
 能面のように冷たい笑みの中に、感情が宿る。それは、暗い気色。目の前にあるもの全てを破壊する、ただそれだけの意思を持って宿る、命なき微笑み。
「知ってはいけないのよ。コンビーフは」
「そこまで禁忌だというのか」
「そう。
 この彼岸の世界においても、触れてはいけないものはあるの。その中の一つが、コンビーフ。あなた達は知ってはいけないものに触れようとしている。だから、止めなくてはいけない」
 それが私たちの役目だから、と。
 これまでに、何度も魔理沙達の前に立ちはだかってきたもの達と同じように、殺気を浮かばせた。
「ここで引き返しなさい。何も知らなかったことにして。そうすれば、これまでの関係を維持できるわ。また一緒に、ご飯も食べられる」
 だけど、と。
「それでも、なお、私に立ち向かうのであれば、二度と美味しい食事は出来なくなる」
「……ふっ、悪いな。
 私たちは、私たちの友人に約束したんだ。必ず知ってみせる、と」
「そうよ。たとえ、コンビーフというものが、この幻想郷を滅ぼす災いであったとしても、私たちは知らなくちゃいけない」
「……ふふっ。その程度ですめばよかったのだけど、ね」
 二人が一瞬、眉をひそめる。
「それは……?」
「さあ、お話はおしまい。始めましょうか?
 死出の旅路につくとは言わなさそうね。ここはすでに、黄泉平坂の先にある、金色の世界。黄泉の姫であり、二度とは戻れぬ門を見張るものとして。
 ここで終えてもらいます」
 幽々子が飛ぶ。元が幽霊だけに、重さを感じさせない、ゆったりとした動きだった。しかし、それ故に、不気味。それ故に、速い。
「魔理沙!」
「くそっ!」
 振り下ろされるいくつもの、死を司る虫の攻撃を、魔理沙は間一髪でよける。
「あら……よけられましたね? よけなければ、よかったものを」
「……ふん。あいにくと、痛いのは嫌いでね」
「大丈夫。痛くはありません。
 ただ、痛いと感じる前に、死ぬだけのこと」
 振り返りざまに、幽々子の掌から無数の蝶が飛んだ。ばらまかれる、おびただしい数の鬼車を前に、魔理沙の顔も引きつる。だが、そこは百戦錬磨の猛者。手にした箒で空間を薙ぎ払い、その鬼の群れを叩き落としていく。
「……ちっ」
「幽々子ーっ!」
「裁くのは、他の誰でもなく。冥界の姫である、この、西行寺幽々子です!」
 両者の間に飛び交う攻撃の嵐に。
 アリスは、チャンスをうかがっていた。
 あまりにも攻撃が激しすぎる。あそこに飛び込めば、あっという間に巻き添えを食ってしまう。だからといって、両者の動きは目にもとまらない。下手な援護射撃も出来ない。だから、チャンスを見るしかない。一瞬の、見逃してはならない、絶対の瞬間を。
「なぜ、そこまで、コンビーフを守ろうとする!? そんなもの、一体、何になるっていうんだ!」
「あなた達のような知りたがりにはわからないでしょう。誰にも聞かせてはならない、誰にも知らせてはならない、誰にも見せてはならない、絶対の混沌があると言うことを!」
「そんなもの、私たちには関係ない! 人の命をかけてまで、何を守るっていうんだ!」
「お黙りなさい!」
 弾ける爆音が、魔理沙を弾き飛ばした。
 いくつもの蝶が、幽々子の回りを優雅にひらひらと回っている。あまりにも不気味で、あまりにも美しく。戦いのための死に化粧には、ぴったりと言えた。
「私たちが守ろうとしているものは、絶対の真理。コンビーフとは、それほど、重要なもの。知る権利を持たないものは知ってはいけないこと。この幻想郷を構成するために、理解しなくてはいけない!」
「西行寺幽々子、お前は間違っている!」
 魔理沙は、ふらつきながら、立ち上がる。
「なぜなら、私たちも含めた資格なきものも、幻想郷を構築する存在の一部! それを抜きにして、幻想郷の秩序維持など、愚の骨頂!」
「あなた達に……あなた達に、何がわかるというのですか……!
 先祖代々、闇に身を染めてまで、この秘密を守り通してきた私たちの苦労を、悲しみを、絶望を! あなた達は……!」
「――見切った!」
 確かにその瞬間、幽々子に隙が生まれた。
 絶対の王者として君臨するものに生まれた、確実な動揺。魔理沙によって指摘された、己が持つ、不変の『もの』についた綻びに。
 アリスは、それを見逃さなかった。
「魔理沙ーっ!」
 言葉と同時、幽々子の周囲を、青白い光が覆う。
「これは……!」
「アーティフルサクリファイス……。やるじゃないか、アリス」
 その名前の中にある、『サクリファイス』とは。
 すなわち、生け贄。
「しまっ……!」
「素数を数える暇なんて与えないぜ! 吹っ飛べ、西行寺!」
「そんなバカな……! この、西行寺幽々子が……! 冥界の姫がぁーっ!」
 振りかざす魔理沙の掌から、彼女の奥義、マスタースパークが放たれる。
 驚愕の色を顔に張り付かせ、自分に迫り来る力の化身を、ただ、無力に見つめ続ける幽々子。
 だが、それは、ほんの一瞬。まさに、刹那すら遠く及ばない狭間の中で。
「ふっ……ふふ……」
 幽々子は、確かに。
「……幽々子……あんたは強かった……。どうして私に勝てないのか、わかるだろう?」
 ――笑っていた。
 光の中にかき消える幽々子の姿。
「……たった一つのシンプルな答えだ。お前は、私を怒らせた」
 冥界の姫を飲み込み、荒れ狂う光の渦は、そのまま、冥界を縦に貫き、消えていく。
 あとに残るのは、無惨にも荒れ果てた、美しかった西行寺の庭と屋敷と。そして、主人を失い、静寂に揺れる、命の世界だけだった。

「……すまなかった、妖夢」
「いえ……いいんです」
 幽々子との激闘が終わり、妖夢を介抱した二人は、目を覚ました彼女に、静かに頭を垂れていた。
 妖夢は、何も語らず、と言った具合に首を左右に振ると、
「……幽々子様は、己のお役目に殉じられました。
 でも、あの方のことですから。すぐにまた、ひょっこり帰ってきて『お腹が空いたわぁ』って言ってくれますから」
 それは、自分に言い聞かせるようでもあった。
 悲しみに負けないように。
 希望を捨てないように。
「……妖夢。ここまで来たら、私たちは、何が何でも知らなくちゃいけない。
 コンビーフの謎を……知っているものの事を、教えてくれ」
「ここまで来たら、あとは紅魔館しかなさそうよ。魔理沙」
「……そうか」
「私も、それくらいしか考えつきません。幽々子様なら、もっといいアドバイスが出来たのでしょうけど」
 そう、彼女はささやくように言って。
「私は、コンビーフが何であるのか、知りません。ただ、何となくの想像はつきますけど……憶測でものを口にするわけにもいきませんから。
 確かめてきてください、魔理沙さん、アリスさん。コンビーフの謎を。
 私は、ここでお二人をお待ちしています」
「ああ」
「幻想郷を狂わせるコンビーフが何者なのか、必ず確かめてくる」
「……お願いします。
 幽々子様、私……頑張りますね」
 そう、つぶやいた妖夢の頬に。
 一筋の涙が流れたのを、魔理沙も、アリスも、見逃さなかった。


 結局、最後はここに来ることになるのか。
 魔理沙は箒にまたがったまま、つぶやいた。
 広大な湖の中にある、赤い屋敷。紅魔館。幻想郷の、全ての知識が集積していると言っても過言ではない、ヴワル図書館。そこに、辿り着かなくてはならなかったのだ、と。
 それを思うと、ため息が出てくる。
「……魔理沙」
「大丈夫だ」
 ここに来るまでに、数多くの友を失った。
 全ては、コンビーフのために。
 そう――この、平和な幻想郷を狂わせるものの真実に辿り着くまでの道程に過ぎない、空虚なガラス細工に、それらは過ぎなかったわけだ。去りゆく友の笑顔が、友情が、魔理沙に力を与えてくれる。それを信じて、彼女は、目の前に広がる赤い屋敷を見据える。
「……静かね」
「……静かだな」
 紅魔館への道のりを飛びながら、二人はつぶやく。
 アポイントを取っていなければ、そろそろ、紅魔館が誇る防衛部隊が迎撃に出てくるはずなのだが、今日は至って静かなものである。
 二人は、気を抜かず、広大な屋敷の前に舞い降りる。運のいいことに。もしくは、運の悪いことに。門の鉄扉は開いていた。
 音を立てず、二人はそれをくぐり、
「っ!」
 ぎりぎりのところで、放たれた攻撃を回避する。
「ついに来てしまったようね」
 ちりん、ちりん、という音を立てて、床の上に落ちる刃物の持ち主、十六夜咲夜と。
「……最悪です」
 撃ち出された光の弾丸の射手、紅美鈴。
 彼女たちが、紅魔館の扉をくぐった、そこで待ちかまえていたのだ。
「何だ……中国と咲夜か」
「もう、呼び方についてはとやかく言いません。お帰り下さい、魔理沙さん、アリスさん」
「これ以上、先に進むというのなら、私たちが相手になる」
「……その様子から行くと、パチュリーも、どうやら無事じゃなさそうだな」
「なぜ、そうまでして、コンビーフを知りたがるのかしら」
 わからないわ、と咲夜が首を左右に振る。
「多くのものを失ってまで。ただ一つのことを追求するのが人間でしょうが」
 美鈴も、いつもとは全く違う気迫を漂わせながら、足を開く。
 身構える二人。
 一触即発の空気が漂う。
「どうぞお引き取り下さいな」
「そういうわけにはいかないぜ。ここまで来て、はいそうですか、なんて言ったら、私たちは、あいつらに顔向けが出来ないからな」
「そうです。私たちは、何としても、コンビーフを知らなくてはいけない」
「知って、どうするの?」
「それが幻想郷にとって害悪となるのなら、この命をもって、排除します」
「ふふっ……愚かなこと」
 咲夜は、そう言って、静かに笑った。
「コンビーフは、あなた達が考えているほど、生やさしいものではないわ。あれに触れたものは、あれを知ったものは、皆、狂乱し、もがき苦しんだ末に……」
「……お願いです、魔理沙さん、アリスさん。私は、あなた達と戦いたくありません。もう、こんな悲しい戦いは終わりにしましょう。
 いいじゃないですか、コンビーフの謎なんて、知らなくたって。そうしたら、みんな、また、笑顔で……」
「バカなこと言うな」
 美鈴の言葉を、魔理沙は一喝して、遮った。
「ここまで、みんなを狂わせたんだ。コンビーフってのがどんなものなのか、私たちには知る権利がある。みんなのために……!」
 彼女らしくもない、がらにもない言葉だったが、気迫だけはあった。美鈴がわずかに、足を引く。
 それに代わり、咲夜が前に歩み出る。
「ならば」
「これ以上、交渉の余地はなしだぜ?」
 にやりと笑い、魔理沙が戦闘体勢を取った。
 だが、その時、アリスが前に出る。
「……アリス?」
「彼女たち二人を相手にしたら、さすがに、魔理沙も辛いでしょ? ここは私が引き受けるわ、魔理沙」
「なっ……!?」
「必ず、コンビーフの真実を手に入れてきてね」
「面白いわね。あなた一人で、私たちにかなうとでも?」
 ナイフをちらつかせ、咲夜がアリスを恫喝する。
 だが、アリスも、無数の人形を従え、不敵に笑った。
「そっちこそ。質より量、と言う言葉、知らないわけでもないでしょうに」
「……言ってくれるわね」
「ええ」
 どちらも、一歩も引かない。
 両者は互いに距離をつめ、視線を絡めていく。
「コンビーフのことを知らなければ」
「お互い、いい友人でいられたでしょうね」
「でも、あなたはコンビーフの謎に手を出してしまった」
「だから」
『もはや、後戻りは出来ない』
 アリスと咲夜の声が重なり。
「美鈴!」
 美鈴が前に出て、アリスに襲いかかる。それを、彼女は人形達に任せ、背後から仕掛けてくる咲夜に備えた。
「魔理沙、行って! 行くのよ!」
「だ、だけど……!」
「いいから、行けっ! 早く!
 あなたが手に入れるのよ、コンビーフの謎を! そして、この幻想郷に……!」
「おしゃべりはそこまでになさい!」
「魔理沙……生きて帰れたら、また、お茶会しようね」
「アリス……!」
 アリスの放つ、無数の閃光が。
 紅魔館のホールを砕き、崩し、ガレキへと変えていく。
 ――魔理沙は、走った。崩れ落ちるガレキを回避し、一目散に、奥へと。
「……さようなら、魔理沙」
「死ぬつもりで、挑んでくるとはね」
「見上げた心意気です」
「さあ、立場は逆転したわ」
 崩れたガレキを背後にして、アリスは言う。先の攻撃で、彼女は、咲夜たちと体勢を入れ替えたのだ。
「ここから先へは、一歩も通さない。たとえ時を止めようが、必ず追いすがってみせる。
 魔理沙がコンビーフの謎を手にするその瞬間まで、私は倒れないと知りなさい!」
「今夜は、ティーが飲めそうにないわね」
「そうですね、咲夜さん」
「付き合ってもらうわ。ア・リ・スちゃん」
「さあ、来なさい!
 世のため人のため、魔理沙のため! コンビーフの謎を追究する、アリス・マーガトロイド! この人形操師の力、恐れぬのなら、かかってきなさいっ!」


「くそっ……くそっ……くそっ……!」
 背後から響く爆音も、やがて聞こえなくなる。
 魔理沙は、にじむ涙を抑えきれなかった。
 本当に、これでよかったのか、と。コンビーフなんて、どうでもいい。そんなことを知ろうと思わなければ、皆、笑顔で過ごせていたのに。
 何で、こんな事になってしまったんだ。どうして、みんな、狂ってしまったんだ。
「全ては……コンビーフ……!」
 憎むべきは。そして、知らなくてはいけないものは、ただ一つ。
 彼女の視線の先に、ヴワル図書館への入口が現れる。彼女はそれに箒をぶち当てて、開いた。
 開かれた室内は、広大な本の海が広がっている。魔理沙はその中を、いつも向かっているように、パチュリーの元へ向かい、飛んだ。
「パチュリー!」
「……遅かったのね、魔理沙」
 そこに、彼女がいた。そばには司書の小悪魔も控えている。
 ゆったりと、パチュリーは立ち上がり、手にしていた、分厚い本を、彼女へと渡す。
「……これが……」
「あなた達が探していたものよ。私も、魔女と呼ばれた身分。それくらいのことは、すぐにわかる」
「……よし」
 魔理沙は、手にした本のページを開こうと手を伸ばす。
 しかし、そんな彼女の手を、パチュリーが押さえた。
「……本当にいいのね?」
「……」
「それを知れば、後戻りは出来ない」
「もう、ここまで来たんだ。後戻りなんて考えちゃいないぜ。
 それに、アリスに約束したからな。あいつとお茶会するには、コンビーフの謎を手に入れる必要があるんだ。パチュリー、その時は、お前も一緒にどうだ?」
「……ふふっ。そうね。
 もっと早くにその言葉が聞けていたら、私も……」
「……パチュリー!?」
 ぐらり、とよろめいた彼女が。
 どさりと床の上に倒れた。
「おい……!?」
 視線を上げた先には小悪魔もいない。先ほどまで、確かにそこにいたのに。
 まさか、あれは、パチュリーの作り上げた幻影だったのだろうか。自分を安心させるために、最後の力を振り絞って。
 魔理沙は、唇をかみしめた。
「ええい、悪魔だろうが蛇だろうが、かかってこい!」
 そうして、一気に、勢いをつけて本を開く。
 もう、自分しかいない。コンビーフの謎を知ることが出来るのは。
 本は開かれた。魔理沙の瞳が、そのページを進んでいく。
「……バカな……。これが……」
 やがて、開かれた口から出た言葉は、ただ、驚愕の色に塗られていた。
「これが……」
「そう。それが、コンビーフの真実よ」
「誰だ!?」
 どこからか響く、涼やかな音色に振り仰げば。
 悠然と立ちつくす、レミリアと、フランドールの、吸血鬼姉妹の姿。
「……お前達……」
「残念ね、本当に。パチュリーも、あなたに入れ込んで、コンビーフの謎を調べたりしなければ」
「お前が……お前が、パチュリーを……!」
「ふふっ。だったら、どうしたというのかしら?
 ここに来るまでに、多くの屍を踏み越えてきたのでしょう? 全ては、コンビーフの謎を知るために。知らなくてもいいことなのに、ね?」
「……ああ、そうだ。こんな事、知らなくてもよかったぜ……」
 だが、と。
 ぎろりと彼女はレミリアをにらむ。
「お前は、許さない」
「あら」
 レミリアの口の端が、楽しそうに歪む。
「何を許さないというのかしら。分不相応な身の上が、知らなくてもいいことに手を伸ばしたがためにこうなったのよ?」
「……そうかもしれないな。
 でも、違う……。コンビーフの真実は……! これは……誰もが知るべきだった……!」
「ふぅん……」
「そんなことのために、大勢の仲間が狂っていった……! 全ては……こんなものがあったから!」
 振り上げた本を床に叩きつけ。
 魔理沙は、叫んだ。
「レミリア、お前はパチュリーをこんな風にした……。その報いは受けてもらうぜ!」
「面白いわね。ねぇ? フラン」
「魔理沙……こんな事になっちゃって、すごく残念だけど。
 でも、お姉さまには逆らえないの」
「あなたは、わたし達を相手に、戦えるというのかしら?」
 ばさりと、吸血鬼の翼が広がる。
 蝙蝠の形をした、漆黒の翼が翻り、邪悪な気配をまき散らす。
「戦ってみせる……。勝ってみせる……! コンビーフの真実を、伝えていくものとして!」
「はっ! 愚かね!
 さあ、フラン。彼女と遊んであげましょう。共に、コンビーフを知るものとして」
「魔理沙、一杯、遊ぼうね」
「さあ、かかってこい! レミリア! フランドール! 私は負けないぜ!
 お前達によって隠された、コンビーフの歴史を白日の下にさらし! 狂っていったもの達に報いるために!」
「ほざきなさい! 人間!」



 そして、戦いは始まる。
 コンビーフの真実。
 それを知ってしまったものは、その歴史を隠して行かなくてはならない。それが、この幻想郷の為なのだ。
 だが、あえて、それに立ち向かったものの名前が、歴史に刻まれる。
 その名は、霧雨魔理沙。
 幾多の仲間の屍を乗り越え、コンビーフが抱える真実に辿り着いた、まさに、真実の探求者は。
 永く続いた、この、悲しい戦いの歴史に終止符を打つために、その持てる力全てをかけて、叫ぶ。

「この命、全てを燃やし尽くしてでも!
 いけぇぇぇぇっ! ファイナルマスタァァァァスパァァァァァクッ!!」




 解き放たれる閃光が。
 閉ざされていた歴史を、解放する――。


 ――コンビーフの、新たな歴史の、幕開けだった――









 完!
霊:「ちょっとちょっと。みんな死んじゃったわよこれどーなんの」
魔:「ああ、大丈夫だ。次回から普通に始まるから」
霊:「あ、なるほど。考えてみれば最初からそういう風に言ってたもんね」
魔:「そういうことだな」
二人:『あっはっはっはっは』


魔:「というわけで」
霊:「次回以降もよろしくお願いね」
魔:「霧雨魔理沙と」
霊:「博麗霊夢の」
二人:『次回予告コーナーでしたー』
   (BGM:あれ)


魔:「ちなみにこの後、『私たちは追いかけ始めたんだ。この長いコンビーフの謎を――。  未完!』という終わり方もあったんだぜ?」
霊:「いやそれもどうなのよ?」

8月1日:一部誤字編集
haruka
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コメント



0.4130簡易評価
3.100クロス削除
逆襲のシャアやらGガンダムやらJOJOやら・・・
いろいろとご馳走様でした。

後一言
謎解明されてませんから、全然明かされてませんからッ。
5.70廿四削除
もう何もかんも分からんです、はい。(褒め言葉のつもり
8.60翔菜削除
だが人はこれを打ち切りと呼ぶ。

しかし時たま何事もなかったかのように第二部g(ry
9.90東京狼削除
…90年代の日本では犬のガム・石灰・カンテン・ヒジキで出来た「空けるカロリーよりも栄養価の低い」のコンビーフを食料援助として製sdvちゃうぃおふぉえ何jsdcをhdbcすdckるhc!?

こんびーふはこんびーふですなぞなんかありません
13.100ゆな削除
コンビーフという言葉を見るたびに必死で笑いを堪える。
しかも、謎がまったく明らかになっていない。
…GJ

あと「ぞりんっ」が異様につぼにはまりました
17.無評価油揚げ削除
コンビーフコンビーフコンビーフ………。
むやみやたらと食べたくなりました。
18.90油揚げ削除
すいません、点数を忘れておりました。
19.100これは良い作品ですね削除
サクセスストーリーはどこ行った!?w
26.80名前が無い程度の能力削除
アリスがやたらと毒舌なピンクの人形を持っていそうですね
28.100名前が無い程度の能力削除
まさに毎日がアドベンチャー
33.90名前が無い程度の能力削除
>ざぎょーん!
ってなにさ?
謎解明されてないし
描写加速中適当すぎだし

っていうかあー・・・なんだ・・・突込みにきりが無い
36.60名前が無い程度の能力削除
わけが分からん
でも、ジョジョとか世紀末覇者とかのネタで笑わせていただきましたので、
素直に面白かったと言いますw
38.80名前が無い程度の能力削除
コンビーフとはいったい…… うごごご!!
40.70名前が無い程度の能力削除
コンビーフとは月兎の瞳をも超える狂気の塊・・・
幻想郷がここまで狂ってしまうとは・・・
43.80名前が無い程度の能力削除
戦闘前のセリフが格好良いのに・・・格好良いのに・・・ッ!(涙
45.100名前が無い程度の能力削除
ここまで真面目でシリアスな話の元凶がコンビーフか・・・。
コンビーフ恐るべし。
46.80名前が無い程度の能力削除
近所のスーパーで缶詰100均セールやってたんで、ちょっくら逝ってきます。
51.100煌庫削除
たかがコンビーフ、されどコンビーフ・・・この幻想郷においてその存在はどんな扱いか・・・・・・嗚呼、コンビーフ怖いよ
61.100名前が無い程度の能力削除
くそっ、一体どんな謎が!?
67.80ぐい井戸・御簾田削除
コンビーフはコンビーフであってコンビーフでしかない。
なんてトートロジーでごまかす気はない。
69.30名前が無い程度の能力削除
つまらなくはなくむしろネタの練り具合はよく出来てるんだけど、
やっぱり投げっぱなしジャーマン決めるにしてもオチを用意して欲しかった気ガス。
79.100宵闇削除
尺くーん
大変大変!尺が余っちゃったの!
(中略)実はコンビーフは   また来週ー!
ってあのアニメかー
次回と言わずBパートからでも平気で復活しそうですが
これはオチはつかない、否、付けてはならんわけですな、オチがついたらアニメ版○Aじゃない!!
しかしG○Ⅱはなんであんなにだm…いえこっちの話ですハイ
間違えてたらスマソ
87.80名前が無い程度の能力削除
あんたいったいなんなんだよーー!!!
92.100T・C削除
あたたかい・・・なぜか安心する・・・
しかし!!そんなコンビーフが幻想郷をだめにするんだ!
いいね・・・こゆの結構好きだな・・・・
94.100読者S削除
一切の妥協がなく描かれるという事がいかに素晴らしいか教えてもらいました。
どいつもこいつも馬鹿すぎる…
101.100名前が無い程度の能力削除
畜生!コンビーフが憎い・・・!
102.70mikumo削除
マクガフィン……恐るべし、最後まで見抜けませんでした
面白かったです
106.70名前が無い程度の能力削除
なんという不思議ワールドw
最近お摘みで食べるとしてもコンビーフじゃなくてニューコンミートだなあ・・・
107.80名前が無い程度の能力削除
俺の知ってるコンビーフとこの中で出てくるコンビーフはきっと別物w
112.90時空や空間を翔る程度の能力削除
オルゴット・・・もとい、G☆Aを思い出した・・・
117.80名前が無い程度の能力削除
コンビーフ……一体何物なんだ……
ネタがチャンポンで美味しゅうございました。ごった煮だったけどな!