そこには少女がいた
一人の少女がいた
ある日、彼女は一人の少女に出会った
その日彼女の世界は広がって
彼女の知らなかった色で塗り足されていった
彼女は少女に会いたくなって
勇気を出して少女に幾度となく会いに行ってみた
少女に会いに行くたびに
新しい少女たちとも出会った
そしてまた、彼女の世界は膨張を続け
その度、鮮やかに色付いていった
色を染めることを覚えた
彼女はまるで一輪の花だった
いつしか花弁は紅く染まり
立派な根を地中に伸ばし
雲ひとつ無い天に向かって
高くそびえ立つようになった
けれどもある日
少女がいなくなってしまった
少女に会えなくなってしまった
彼女は泣いた
世界も泣いた
世界が揺れて
世界は暗雲に覆われて
花は枯れてしまった
彼女の世界からありとあらゆる色が褪せていった
それでも世界は廻り続ける
止まることなく
彼女がどうなってしまおうとも
決して止まろうとはしなかった
世界は知っているから
季節が巡れば
世界もまた巡っていくから
そしていつの日か
また光が差し込んでくるから
魂の行方、約束の行方
幻想郷は過去最大規模の雷雨に覆われていた。
荒れ狂う稲妻、矢の如く降り頻る豪雨、大木をも軽々と薙ぎ倒す暴風。
それは正に、地獄と呼べるほど酷い有様で、誰もが畏怖するに違いなかった。
そんな地獄の空を無謀にも飛んでいく影があった。
トレードマークの大鎌を担いで……
始めにその報せを聞いたときは、悪夢でも見てるのかと思った。
きっとまたあの鬼上司が、呪いでもかけているのかと思った。
けれども、
その報せが一体どんなことで、何故自分がこんなふうに固まっているのかも、何もかもがが分からなくなっていった。
その日はなんでもない、ただの平穏な日だった。
絶好のサボり日和でもあった。
けれども、幻想郷は大荒れに荒れた天気。無理してまでサボることはないが、サボらずにいられないのもまた確か。
ただそれだけの、単純な一日。
こんな日に無理して遊びに行ったら、あいつはどんな顔でどんなことを言うのだろう。
『あんた、バカじゃないの?』
すぐに頭に浮かんで、体も心も暖かくなってくる。
不思議だ。けれども、嫌じゃない。
そう考えると、実際にそれを見たくなるのもまた確かなことで。
「フフフ……」
そんなことで楽しくなれる、本当になんでもない一日のはずだった。
そのはずだった……
「…………ぉぉぉぉぉぉぉ」
どこからともなく聴こえてきた……叫び声?
しかし、前を見ても後ろを見ても見えるものは何も無い。
……ならば、上?
「ぉぉぉおおおおおおおっっ!!!」
騒音の発生源は自分の真上から降ってきた。
どう見ても自分の真上……ようするに、災難にあうのは自分に違いない。
突然の事態に上を見上げたまま三歩ほど後ずさる、と
目の前に災厄……もとい、熱血トラブルメイカーの新聞記者が降りてきた。
そのとてつもないスピードに、自分が動かなかったら……そう考えぞっとする。
「たっ、たたたたたたた大変なんですよおおおおおぉぉ!!」
トラブルメイカーはとんでもない災厄を運んできた。
雨にも負けず、風にも負けず……とはよく言ったもので、
山々を削り、河川を氾濫させ、賊のような激しさで自然に、人に牙をむくその様は過酷な試練といっても過言ではない。
酷い有様としか言いようがないが、酷いという言葉でも表せるか分からないほど酷いのだ。
だがしかし、そんなことに気にしている暇はない。
博麗の巫女が床に臥せっているという。
仕事を放り出してきたんだ、映姫さまはまた怒っているに違いない。
また説教地獄を味わうことになるだろう。それからまた、二時間も正座させられるかもしれない。
それでも……
ようやく神社が見えてきた。
心なしか、やや暗くみえる。実に嫌な感じがする。
体中が雨にさらされて、衣服のまとわりつく感じがたまらなく気持ち悪い。
今までに見たことの無いような激しい雷音が頭の中に響き渡り、ジンジンとして痛い。
突風に社が悲鳴をあげているような音が不吉で、どうしようもなく怖い。
それでも会いに行かずにはいられない。
あたいは地面に降りることなく、そのまま巫女の寝室まで飛び続けた。
寝室の襖を乱暴に押し開けると、そこにいたのは二十を超える人だった。
半分以上は知らない奴らだったが、白黒の魔法使いや時間を操るメイドを始め、ちらほらと顔馴染みのやつもいた。
襖を開けた途端に、そんな人数の頭が一斉にこっちを向いた。
その蠢いた頭と頭の隙間から、苦しそうに喘ぐ巫女の顔が見えた。
思わず駆け寄り、布団からはみ出すように投げ出されていた手を両手でしっかりと握り締めた。
片手でも握りつぶせそうなほど脆く感じた。汗が冷えたのか、以上に冷たかった。
手を握り締めても、ピクンと身体を震わせるだけで、目も開けてくれない。
自分の口がだらしなく開いていくのが分かった。
喉の奥が何かを叫ぼうとしてた。
「……ぅぁぅあ…ぅぅううぅ……」
まともな声ではなかった。産まれたての赤ん坊の声のようだった
泣いているわけでもないのに、嗚咽ばかりが溢れ出て喉が痛くなってくる。
瞼も重くなっていって目も開けられなくなりそうだった。
気付けば握り締めていた手を胸に抱えていた。
断続的にピクンピクンとはねる様子に、どうしようもなく何か叫びたくなって、彼女の名前を口に出してみた。
「………ぅっ!!」
彼女の名前をしっかり呼べただろうか。
彼女にこの声がきちんと届いただろうか。
彼女はこの声に応えてくれるだろうか。
どうしようもない痛みが切なさが、心に杭を打ち込む。
言いようも無い絶望に、心がずたぼろにされていく。
「―――あんた……ぁ…なに泣いてんのよ……」
反射的に顔が、身体が動いた。
頬に涙が伝った感触に、ようやく自分が泣いているのが分かった。
その声にあたいだけじゃなく、周りが、空気が、この幻想郷が動いた。
「………ぃぁ……ああぁうぁあぁああぅぅ……」
周りの口々から名前が叫ばれている。
あたいも呼びたい。今、目の前にいるこの人に聞いてもらいたい。
なのに言葉が出てこない
そのもどかしさと申し訳なさに、心が悲鳴を上げてきた。
心の痛みが胸の奥から響いて苦しい。
このまま死んでしまうのだろうか……そう思った。
そのとき……
――あ……
安らぐ温もりを与えてくれたのは、
あ……温かい――
頭にのせられた大好きな人の掌だった……
「―ひぃ、うぁ……は、ぁぁぁぁぁ……」
あの人が
「ぅひっ、ぅぇ……っぇ…へ……」
二本しかない手を
「…ふ、ふぇひ…っ……」
私のために
「……ぅひぇっ…んん、んぅぅう……」
私だけのために
「ひふぅ…ぅあうぅ……れっ…」
自分の方が苦しいのに
「れ、へっ……んぁ、れえひぃ……」
それでも笑って
「…ぃい…みゅぅ……ひはっ…ぁっ」
微笑みながら
「ふぃ、ふぇい…ぃむ……んぃぅぅ…うぇ……ぇ……」
差し伸べてくれた
「――れいむっっ!!!」
泣き崩れたあたいをずっと慰め続けてくれた。
頭を撫で続けてくれた。
服を涙でびしょ濡れにしたと思えるほど泣いた。
胸に抱え込んだ腕もたくさん濡らした。
外の騒音にも負けない大声で啼いた。
今までに出したことのないような声で啼いた。
ずっとここにいたいと思った。
ずっとこのままでいたいと思った。
ようやく涙も泣き声も枯れてきたところであの人が言った。
「落ち着いた…みたいね。なら、そろそろ……帰りなさい。」
また泣きそうになった。
どうして私はそんなことを言われるのだろうか。
どうして帰らなくてはいけないのだろうか。
どうして微笑みながら、そんな残酷なことをいうのだろうか。
世界が真っ暗になった気がした。
その真っ暗闇の世界にノイズが走る。
「彼女はいま安静にしてなくちゃいけないの。
今夜が峠になる可能性もあるわ。
だから、お願い。ごめんなさい。」
「今、人里を中心に広まっている流行病だそうだ。
先日こちらに下りてきたときにかかったのかもしれない。」
「その辺にしておけよ。お前が苦しいのは分かるが、私たちだって苦しいんだ。
それに誰より、一番苦しんでるのは誰なのか…わかるだろっ……」
分かっている。そんなことは全部、あの天狗から聞いた。
あたいだって分かってはいるんだ。
自分の身体に鞭打って姿勢を正す。
下から見上げる顔が儚すぎて、離れていく温もりが寂しくて瞳の奥が熱くなってくる。
あたいに笑いかけながら、その口が動く。
「あんたには仕事があるでしょ。またあの説教魔に怒られるわよ。」
そんなことはいくらでも耐えられる。
それよりこの場にいられないほうがどれだけつらいか、
お前に会えないほうがどれだけ苦しいか。
どうして……
「それに……見舞いに来てくれたのは嬉しいんだけど、
あんたがいると…気まずい奴もいるのよ……」
どうして笑いながらそんな残酷なことを言うのだろうか。
けれど、あたいは三途の川の川渡し。死神だ。
この場にそんなのがいることで勘違いするやつもいる。
そうでなくとも、不吉でならないはずだ。
あたいはこの場に相応しくない。この場にいてはいけない存在なのだ。
非難の目で見られるよりも、ここにいられないことよりも、
好きな人を救うことができないことに、あたいは悲しくなった。
あたいがいない方がこいつのため…そう心に刻みつけ、あたいは立った。
部屋の入り口に放り出した愛用の大鎌を拾い、これが最期の別れかもしれない。
そう考えて何故か笑いかけたとき、声がかかった。
「あんたは自分のするべきこと、しっかりやりなさいよ……。
あんたがしっかり真面目に働いて一人前の死神になったら、
こっちからあんたに会いに行ってあげる、わよ……」
皆が口を揃えて抗議する。
なかには、「死神!疫病神!!」とあたいを罵倒する奴もいた。
「約束よ……」
掻き消えてしまいそうな声をしっかり受け取ると、あたいは無我夢中で飛び出した。
気が付けば目の前には三途の川が広がっていた。
記憶が飛んでいて覚えていないが、どうやらあたいは無事に帰ってこれたようだ。
いつも腰掛けている小岩に、膝を抱えて座る。
また雨に濡れたせいで、気持ち悪い感触が身体を這いずり回る。
膝小僧から血が流れ出ていた。
よく見ると、肩やわき腹も真っ赤だった。
頭の右側もズキズキしていて、耳に何か張り付いている感じもある。
気のせいか、焦げ臭い気もする。
血の気が引いたためかそこそこ冷静になってこれたようだ。
しばらく目を閉じて、あの約束を思い出す。
「あたいに会いに…来る、か……」
それは元気になって遊びに来るという意味なのだろうか。
それとも、あの場にいた奴らが考えたように……
あいつは、あたいがしっかり働けばまた会えると言った。
あたいが真面目に働けばあいつが遊びに来て、仕事の合間の休憩を二人で過ごすことが出来るのだろうか。
あたいが一人前になったら、あたいを船頭にこの川を渡るのだろうか。
もしあたいがこのままいつもの通りやっていると、
回復してもそうでなくとも、あたいに会うことなく、いつかは発ってしまうのだそうか。
あいつにはその方が幸せなのだろうか。
あれが最期の別れになってしまうのだろうか。
そんなのって有りなのだろうか。
あいつには会いたいと思っていた。
けれども、こんな風に会うことになるとは思ってなかった。
あいつの顔を見たくてたまらなかった。
けれども、あんな苦しそうな顔を見たいだなんて思ってなかった。
あいつの透き通るような声を聞きたかった。
けれども、あんなことを言われるなんて思ってなかった。
あいつと目一杯触れ合いたかった。
けれども、けれども……
本当にこんな最期でいいのだろうか。
もう二度と会えないかもしれないのに、
果たせない約束を最後にしてさよならで、もう本当に会えなくなってしまうのだろうか。
そう考えるとまた泣きそうになってきた。
あれだけ泣いたというのに、あたいはまた泣くのだろうか。
我ながら変な奴だと思う。
けれど、ここにいるのはあたい一人……
だから
もう堪える必要はなかった。
「……小町…?」
突然、背後からいつもあたいを呼ぶ声。
けれど、いつもと調子の違う声。
きっとあたいに説教と罰を与えに来たのだろう。
けれど、あたいの様子が変に思えたんだろう。
いつもの凛とした響きはなく、どこか幼い声で、別人かと一瞬思いかけた。
こんなところを二番目に見られたくない人だったが、もう心の堰を開けてしまった。
もう涙は止まってくれない。
振り返ると、よほどあたいが酷いことになっていたのか、とても驚いた顔の映姫さまがいた。
「ぁぁぅ……えぇぎざばぁ……」
身体がなかなかいうことを聞いてくれなくて、でもなんとか近づきたくて、手を伸ばした。
例え、手を伸ばした先に待っているのが説教地獄であっても、今は誰かといたかった。
誰かの温かさが欲しかった。
不思議と恥じらいはなかった。心の底からそう思えた。
「ちょ、ちょっとっ!小町っ!!」
さすがにあの映姫さまも異常事態だと気づいて、駆け寄ってきた。
腰ほどの高さしかない小岩から転げ落ちる寸前に、映姫さまに抱きとめられた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あたいは雨でびしょ濡れになった身体のまま映姫さまに抱きついたが、映姫さまは何も言わずに頭と背中を擦ってくれた。
あいつとは違うのにどこか似ていて、それが嬉しくて。悲しくて。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいぃぃ!!」
何に謝ろうとか、許されたいとかそんなのではなかった。
ただ、出てきた言葉がこれだったのだ。
自分の中の何かがこう叫ばせた。
自分の中で、これを見つけた。
だけど、この言葉でよかったのかもしれない。
この言葉じゃなくちゃ駄目だったのかもしれない。
この言葉が相応しいというわけではないが、今はこれが一番言いたかった。
そういえば、こんな風に泣き叫んだのはこれが初めてだったかもしれない。
最後にそう考えて、意識を手放した。
ふと、慣れない刺激に目を開けると、そこは朝靄に包まれていた。
流石のあたいもこれには驚いた。
しかも、いつも椅子代わりに使っている小岩の上で眠っていたらしい。
こうまで生活が乱れるとは、過酷な労働にストレスでも溜まってきたのだろうか。
「おっ?なんでこの服ところどころ破れてるんだ?しかもこっち穴開いてるし。」
最近寝相悪くなったかな?
これもきっとストレスだな。あとで映姫さまに休暇でも貰うことにしよう。
「それにしても昨日、一体何があったんだ?」
昨日、昨日と頭を働かせても何も出てこない。
確かにここ最近は何も事件はなくて、平凡な日々が続いて気がする。
ただ、服がボロボロになったまま屋外で寝ていたというのはただ事じゃないんじゃないだろうか。
そう考えたがやっぱり何も浮かんでこないので、映姫さまに休暇貰うついでに聞いてみることにした。
「ん~…どこか頭でも打ったか?
まさかボケてきたなんてことはないだろう…ないよな……」
想像してちょっと身震いしていたところで夜明けが来たらしい。
紫がかった空に強い光が差し込み、靄を晴らしていった。
屋外で寝てた割にはいつもよりすっきりしていて、目覚めもいい。
やっぱり昨日なにかあったんだろうか?
軽く伸びをし、身体を動かしていると、
晴れていった靄の中、道の先から影が近づいてくるのが見えた。
こんな時間に客とは珍しいと思った。
しかしそれよりも、破れた服のまま仕事をするなんて恥ずかしいし、また説教部屋行きになるかもしれない。
まずはこの状況を正常に修正することにした。
着替えに対して時間はかからないし、
客には悪いが、その旨を伝えて、着替えを待っててもらうことにしよう。
「あたいはただの死神だ。そうただの死神…堂々としてればいいんだ。
決して恥ずかしくない、恥ずかしくない、恥ずかしくない……」
そんな風に自己暗示をしながら客の方へ歩き出した。
(恥ずかしくない、恥ずかしくない…
このままあの客に近づいていって、何事も起こってないように接するんだ……)
心の中で何度も念じているうちに自分が自分でないような気がしてきて、
だんだんと気分が楽になってきた。
そのままなんとか平常心を保ちながら客に近づいていって
あたいは笑っていた。
「そこのあんた、ちょいとお待ちな!」
あたいは近づきながら、その客に声をかけた。
「何かしら、私はこれから行くところがあるんだけど。」
客は女性だった。
さほど背丈はないが、きりっとした目つきをしていて、
堂々とした風格を持っていた
「ほぉ…あんた、ここに何しに来たんだい?」
ここにくる時点でおおよそ目的は分かっていたが、聞いてみた。
「ちょっとばかり、説教をもらいにね。」
客は、あの説教魔と愚痴をこぼしていた。
やはり、あの方のもとへ。ということは……
「というと……あの川を越えるつもり…なんだな?」
あたいは後ろを振り返り、先ほどまで自分がいた、その先を指差した。
まだ微かに残る靄の中、ただ真っ白に彩られた川がそこにあった。
言うまでもなく……三途の川だ。
「ええ、そうよ。だから今から、川を渡らせてくれる死神を探さなくちゃいけないの。」
その死神なら目の前にいるというのに。
頭が悪いのか、はたまた目が悪いのか……
「そう…か……。
なら、あたいに任せてみないかい?」
「私は仕事熱心で、はしたない格好をしない死神がいいわ。」
即答で返された。
どうやら、この客は頭のいい客のようだった。
はしたないと言われて改めて自分を見てみると、
なんとも言いがたい格好に押さえ込んでいた恥ずかしさが蘇ってくる。
「いや、その…これはたまたまで……」
「あと、ハンサムで優しくてお金持ちで頼りがいのある男性の死神がいいわ。」
やはりこの客は馬鹿のようだ。
けれど、不意に笑いが込み上げてきそうになった。
「…そんな奴はいないよ……」
「これくらいのハードルならありえなくないと思うけど?」
堪えていたものがついに溢れ出した。
何気ない会話にあたいは、腹を抱えて笑い声をあげた。
「……変わらないな……」
その言葉で客の雰囲気が変わった気がした。
いや、確かに変わったのだ。
楽しくて
優しくて
温かくて
懐かしい、あの雰囲気に。
「知り合いがよく言ってたのよ、『自分貫いていたいだろ』ってね。」
あたいも聞いたことのある台詞だった。
頭の中にそのイメージが生み出されてくる。
「面白い奴もいたもんだな。」
「ただ黒いだけよ。」
やっぱりこいつはあいつだ。
面倒くさがりでいつも嫌そうな態度をとっているのに、
本当は面倒見がよくて、頼りがいがあって…
「来て……くれたんだな……」
「こんな姿になっちゃったけどね。」
霊魂となった自分を見て、こいつは笑いながら言った。
自分が死んでしまったというのに、それでも楽しそうだった。
楽しそうに活きている。
儚さと嬉しさにあたいは目を閉じる。
「守ってくれたんだな……」
目を閉じていても、口に出た言葉に雰囲気が変わったのが分かった。
「覚えていたの、あの約束。
てっきり、聴こえてなかったか忘れたかと思ってたけど。」
酷いことを言われて、思わずはっと目を開けた。
けれど、あいつの笑った顔につられて、あたいも頬が緩んできた。
「とりあえず、果たしに来てやったわよ。」
「……ありがとう。」
少し照れたように言ったのを見て、あたいの心は一段と軽くなった。
このときをして、あたい達の約束は果たされた。
「ありがとう、って…あんたね。」
そう。
「本当に、変わってないんだな……」
幸か不幸か、果たされたのだ。
「心はね。
身体はそうでもないのよ。この年になると肩とか腰とか痛くってね。」
数十年という、永い時を経て。
「肩はただ冷やしすぎなだけじゃないのか…?」
「私が何年巫女やってると思ってるのよ。そんなくらいなんてことないわ。
それにあんなところ、毎日もっと大変なことだらけよ。」
「確かに。」
何年経ってもこいつ話しているときの、
こいつと一緒にいるときの楽しさは変わらない。
「けど、あたいが仕事をサボってたかもしれないんだぞ。
そうしたら約束は……会いにきて、くれなかったんだろ?」
あの日からあたいは確かに仕事に励んだ。
始めは映姫さまも毎日慌ててあたいのところに来ては、
『小町、本当に大丈夫なんですか!?
平気そうに見えますけど、熱とかあるんじゃないんですか!?
いや、こんな事態自体もう色々とおかしいんですけど!
もう今日は休んでも良いですから、お医者様に行って下さい!!』
なんて大騒ぎしていた。
それはそうだろう。
あたい自身、今までの自分を振り返って比べてみると、
あんなに汗水垂らして仕事をするなんて、どうかしてると思った。
それでも、映姫さまに馬鹿にされたのがちょっと悔しくて、
『あたいは自分を見直しただけです。
さぁ、どんどん霊を送りますから映姫さまも自分のするべきことして下さい。
他人のこと言えない閻魔様なんてみっともないですよ。』
と言い返したら、『きゃん!』と喚きながら飛んでいって、それはそれで面白かった。
正直、映姫さまにはあたいの弱いところを見られてしまったから、一緒にいづらいということもあった。
そんなことはさておき、疑問に残ることがあった。
「あれからあたいも頑張って仕事したけど、どうしてそれが分かったんだ?
もしかして、隠れて見に来てたり…した?」
あたいが気づかなかっただけかもしれないが、確かにこいつが来たような記憶はない。
もし来ていたとしても、それに気が付かないほど、そこまで鈍感でもない。
ならどうしてそれを知っているんだろうか?
「あぁそれね。」
いつもいつも、こいつの一言には驚かされてばっかりいたが、
今度はどんな言葉が返ってくるのだろうか。
どんな風にあたいを驚かせてくれるのだろうか。
「それはずばり……勘よ。」
とっても驚いた。
「え!?勘…ってあれか?適当~っ、みたいなあれか!?」
えぇ、と頷くのを見てあたいはやっぱり驚いて、
やっぱり笑った。
てっきり、映姫さまとこっそり会っていたのかと思ったが、本当に勘らしい。
「あら、信じられないって顔してるわね。」
「そりゃあ…そうだろう……」
そりゃそうだ。
いくらなんでも、こんな大切な約束を勘なんてもので決めてしまうのだ。
流石に少し頭にきた。
「でもね……」
こいつは年老いた姿には似つかないような笑みを浮かべた。
「私の勘って、よく当たるのよ。」
それだけなのに、
それだけの、ただ取り繕ったような言葉なのに、それが信じられた。
こんな風に会えたことだって嘘か夢のようなのに、信じている自分がいた。
姿は変わっても、本当にあの人なんだと今だって信じてる。
だから、この言葉もきっと信じていいのだ。
きっと本当なんだ。
「さて、と……」
どれくらいか時間が経って、あいつはそう切り出した。
「私、行かなくちゃ……」
あたいもすっかり忘れていた。
何故、こうしているのかを。
もう、これが最後なのだ。
気が付いたときにはあたい達はもう対岸にいた。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
あれからどんなことを話したのだろうか。
あれからあたいは笑っていられただろうか。
陸に降り立った客に気が付いてふと後ろを振り返って見た。
川幅は3mにも満たなかった。
「あんた……だいぶ徳を持ってたんだな。」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの?」
また自然と笑みがこぼれた。
「さて、と……」
どこかで聞いたことのあるフレーズだった。
はて?どこだったろうか。
「私、行かなくちゃ……」
そういって振り返った客は泣いていた。
「行っちまうのかい……」
そこには少女がいた
「えぇ……」
一人の少女がいた
「……そうか……」
ある日、彼女は一人の少女に出会った
「そうね…これでお別れね……」
その日彼女の世界は広がって
「これが……最後……」
彼女の知らなかった色で塗り足されていった
「そうね……」
彼女は少女に会いたくなって
「…うん……」
勇気を出して少女に幾度となく会いに行ってみた
「…あんた……私に会えなくて、寂しかった?」
少女に会いに行くたびに
「……うん。」
新しい少女たちとも出会った
「……苦しかった?」
そしてまた、彼女の世界は膨張を続け
「うん」
その度、鮮やかに色付いていった
「……辛かった?」
色を染めることを覚えた
「うん!」
彼女はまるで一輪の花だった
「そう…なら……」
いつしか花弁は紅く染まり
「…なら……?」
立派な根を地中に伸ばし
「もう、頑張らなくてもいいのよ?」
雲ひとつ無い天に向かって
「……や、やだよぅ……」
高くそびえ立つようになった
「どうして?」
けれどもある日
「また…会いたいよぉ……」
少女がいなくなってしまった
「………」
少女に会えなくなってしまった
「あたい達こんな風に……また、会える…かな……」
彼女は泣いた
「私が生まれ変わっても私なら……きっと……」
世界も泣いた
「本当に!?」
世界が揺れて
「でも、私はあまりこんな風には会いたくないかしら」
世界は暗雲に覆われて
「そう……なの……?」
花は枯れてしまった
「えぇ……だから精一杯、長生きしてやるわよ」
彼女の世界からありとあらゆる色が褪せていった
「約束…しよ」
それでも世界は廻り続ける
「そうね……」
止まることなく
「……また、会おう……」
彼女がどうなってしまおうとも
「ただし……」
決して止まろうとはしなかった
「………」
世界は知っているから
「ずっと、今みたいに笑っていること……」
流れた涙が雨となり
「うん、約束……」
思いをその身に溜め込んで
「またね、小町」
笑顔という名の太陽の下
「またね、霊夢」
新たな命と咲かすから
小鳥のさえずりに目を覚ますと、あろうことか、あたいは仕事場で寝ていたことに気が付いた。
いつも客を待つときに座っている小岩の上で、膝を抱え込むように座りながら寝ていたらしい。
ずっとこの姿勢だったようで身体の節々が痛い。
いつからか客を待つときもこの体勢になっていることが多く、最近は腰痛に悩まされている。
そういうこともあって、今回はなかなか酷いことになってそうだ。
どうやら夜が明けて間もないようで、空はまだ藍色で朝靄も晴れきっていない。
軽く伸びをしてみると夜露を吸い込んだのか服が濡れて重くなっていた。
しかもなにやら、いたるところに亀裂や穴が見え、そこから肌が見えていた。
破れ方はそれほど酷くないもの、人前に出るにはちょっと恥ずかしいものがある。
この体勢でこんな風になるわけないので、寝る前に何かあったに違いない。
はて?昨日は何をしていたっけか。
……あれ?何も思い出せない。
まぁこれくらいは気にするところでもないし、それはあとで映姫さまにでも聞いてみることにしよう。
あまり腰に負担をかけないようにゆっくり立ち上がると思いのほか痛くはなく、
どちらかというといつもより調子は良さ気だった。
それも身体というより心の調子がいい、という感じだった。
なんだろうか、いい夢を見ていた気がする。
暖かくて柔らかくて気持ちのいいというか、なんとも幸せな夢だった。
なんというか、母親に抱かれている赤ん坊の心地よさのような甘い夢だったような…。
こんな場所でそんな夢が見られるなら、ここで寝るもの悪くもないな。
そう思いながら立ち上がってもう一度伸びをしていると、
遠くで影が揺れるのが見えた。
その前に、まず顔でも洗おうと思い川の淵まで降りてあたいはようやく気が付いた。
今まで気づかなかったのが不思議だったが、
あたいは笑いながら泣いていた。
人は、本当に心が乱れたときには何も出来ない生き物。そのことを改めて教えていただきました。
最後の二人の対話がよかった。
ただ、一度目に起きたあとで止めた方が読みやすくていいと思う。
ってか、そのまんまじゃん
けどあの花の詩は良かった。
失礼を承知でそれだけで評価いたします。