Coolier - 新生・東方創想話

スキマとしっぽのミステリー

2006/08/01 03:27:43
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式神の朝は早い。普通、式神ってこういうものなんだろうか。
私の中では、式神は戦いの時にだけ呼び出されて、颯爽と主を助けるものなのでは、
そんなイメージがあったんだが。

ここは幻想郷の辺境にある屋敷。
我が主である八雲紫、私の式神である橙と、そして私の3人で暮らしている。
とはいえ紫様は寝てばかりだし、橙は落ち着き無くどこかへ出かけてばかり。
数日帰ってこないこともある。お腹が空くと帰ってくるという程度だ。
近頃は、ここは私の屋敷なのではないかと錯覚しつつもある。

「でねーでねー、チルノがねー」
「これ、橙。食事中はあまり喋るものではないわよ、行儀の悪い」
「カエルと間違えてルーミアをねー」
「これ、聞かないか」

そういえばこれも式神か。

せっかく橙の大好きな焼き魚にしてやったというのに、口に運ぶまでにこぼすし、
上手く口に入れても咀嚼しながら飛ばすし。少し悲しくなってくる。
そもそもこの子は未だに箸を上手く扱えていないようだ。
少し目を離すと、手すら使わず皿に突っ伏して食べていたりもする。

「藍様! 藍様の焼くお魚はいっつもおいしいよ!」
「む、そうか橙」

それまで強張っていた顔が、思わずほころびてしまう。
無垢なのが橙の良いところなのだ。少しぐらいの粗相は許してやるとしよう。



「いってきまーす」
「いってらっしゃい、あまり遠くに行ってはだめよ」

いつものように遊びに行く橙を見送ると、今度は私の朝食の時間だ。
橙と一緒に食べることもあるが、私は橙よりも随分食べるのが遅い。
橙は食べたらすぐに出かけるので、身だしなみを整えてやったりと忙しい。
すると送り出す頃には私の食事は全て冷め切ってしまっていて虚しい。

そういった理由から、橙を送り出してから朝食をとる事にしていた。
でも橙を1人で食べさせるのは可愛そうなので、朝食の時は漬物をつまみつつ、
お茶を啜って橙の相手をしてやっている。

などと言ってる私は1人で食べているというのが皮肉な話だ、涙が出てくる。



「藍~藍~」
「おや紫様おはようございます。珍しくお早いお目覚めですね。どうされましたか」
「おはよう藍。私だってたまには早く起きるの」

居間に戻ると、主人である紫様が待ち構えていた。

「藍、私にも朝ご飯を頂戴。作ってあるんでしょう?」
「ええ、少々お待ちを」

紫様はちゃぶ台の前に姿勢良く座って、にこにこと私の様子を眺めている。

一応いつも作ってはあるのだ。それが紫様の胃に入ることは滅多に無いが。
そして勿体無いので大抵私の昼食になる。
台所に置いておいた朝食、白米に豆腐の味噌汁に焼き魚。
加えて海苔と漬物数種、我ながら実に理想的な朝食のメニューだ。
料理のような繊細な作業はそれほど得意ではなかったが、紫様に手ほどきを受けつつ、
最近はようやく美味いものを作れるようになったと思う。

お盆に乗せて持ってきた朝食を紫様の前に並べる。

「お待たせいたしました、粗末ではありますが」
「そんなことないわ、あっさりとしていて朝食としては最高よ」

嬉しそうに箸を掴むと、それを両手の親指に挟みつつ手を合わせ、

「いただきまーす」

はて、手を合わせるとはやはり神に感謝するといった意味合いなのか。
はたまた、自らの血肉となる食物への礼儀か。
いずれにせよ、紫様は妖怪にしては律儀なのだな。
いつもこうしていたっけ?

そんな考えを巡らせる私を見て、

「あら、藍は食べないの?」
「いえいえ、盆に乗り切らなかったのですよ。すぐに持ってきますゆえお構いなくどうぞ」
「そうはいかないわ、待っているから早く持ってきなさい」
「はぁ、かしこまりました」

やはり律儀だ。
でも、待ってくれているのが少し嬉しくもあった。



「ごちそうさま、美味しかったわ藍」
「それは、どうも……ありがとうございます」

口を手で押さえながらモゴモゴと返事をする。
ううむ、せっかちな橙はおろか、のんびり屋の紫様よりも食べるのが遅いとは深刻だ。

「藍、お話があるのよ」
「何でしょう?」

骨だけになった焼き魚を頭からぼりぼり噛み砕く私に、紫様が話しかける。

「とても悲しい夢を見たの」
「ほう、それは……」

真面目な話のようなので急いで飲み込もうとする。
ちゃんと噛み砕けなかったせいで骨がいくつも喉に突き刺さってたまらなかった。

「起きたらこの家に一人ぼっちだった夢を見たの」
「うっ……む」

涙目になりながら喉に刺さった骨をお茶で流し込む、ちゃんと返事ができていない。
それを見た紫様は、優しく微笑むと私の背中を撫でてくれた。

「も、もうしわけ……エホッゲホッ……ありません」
「せっかちねえ、藍は」

いやせっかちならそもそも貴女より早く食べ終わっているんだが……
なんて言葉は、優しく背中をさすられると、骨と一緒に胃の中へと落ちていった。



「はぁ……しかし私達に見捨てられたという夢ですか」
「そう、とても悲しかったわ」

という割に顔がニヤニヤしているのがこの八雲紫という主だ。
長年連れ添っているが、未だに心の中が読めない。

「きっとそういう夢を見たのはね、私達が最近交流不足だ、っていう神様からのお告げだと思うの」

ここで「神様」などと言う。律儀というよりも信心深いのだろうか。
そもそもコミュニケーション不足なのは貴女が寝てばかりだからだ。
今度は背中をさすってもらったわけではないが、無理矢理その言葉を胃の中へと落とした。

「だからね、藍、私良いことを考えたわ」
「良いこと? 別に何をされなくとも私は紫様の側を離れるつもりはございませんが」

それを聞くと紫様は眉間にシワをよせ、むーっと頬を膨らませる。
なんだかそんな仕草さえもわざとらしいが、従者、もとい式神として折れておくことにした。

「は、はい……それでその良いこととは……?」

よくぞ聞いてくれました、とばかりに自慢気に胸を張ると、
紫様は食べ終わった食器を横に寄せて、ちゃぶ台に2つの手帳を置いた。

「交換日記をしましょう、藍」

ああ、ニヤニヤしてたのはこのためか。



交換日記。

私は名前以外よく知らないのだが、紫様曰く「呼んで字のごとく」だそうだ。
2人でやる場合1冊を交換しながらが一般的で、2日に1回書くものらしい。
けれど紫様は毎日書きたいし読みたい、とのことで2冊用意してそれぞれが毎日記入。
そして夜に交換し、互いに読みあうという形を取った。

しかし、やり方はわかったものの何を書いたものか……

洗濯物を干しながらそんなことを考える。良い天気だが心は晴れない。
だって私はほとんどこの屋敷から出ないのだ、やってることと言えば炊事洗濯に掃除といったことばかり。
別に面白くてやっているわけでもないが、こういった雑用を紫様にやらせるわけにはいかないし。
というよりも寝てばかりだから、やらせる、やらせないの問題ですらない。
もちろん橙はこんなこと面倒がってやらないし。それでも私は文化的な生活を送りたい。
しかし自分の周りだけ綺麗にするわけにもいかない、という必然的な成り行きなのだ。

とはいえこのような状況でそれが悩みの種になるとは。

「今日は洗濯物がとても綺麗に洗えました」

とでも書いたら良いのだろうか、いや面白くなさすぎる。
日記に面白いも何も無いとも思うのだが、交換日記となれば紫様の目に触れるのだ。
読まれる以上ある程度有意義な内容にしたいと思う、こんな私は真面目すぎるか?

言いだしっぺである紫様は元気良く、

「日記のネタになりそうなことをしてくるのー」

と言って外へと飛び出していった。
あの出不精な紫様が規則正しく、しかもここまで活発になったのは微笑ましいことなんだが……
日記を面白くするためにネタになりそうなことをするというのは、違う気もする。

しかも紫様のことだ。

いたずら、なんて可愛い言葉で済まないような酷いことをしてくるに違いない。
あの方のいたずらは洒落にならないのだ。
いくつもの恐ろしい記憶が蘇る。

(千切られたことがあったな……)

ふと、尻尾を握り締める、鳥肌が立った。

ああ、私はとんでもないことを承諾してしまったかもしれない。
幻想郷の住人達よ、何か酷い目に遭ってもこの八雲藍を責めないでほしい。
全ては主である八雲紫が悪いのだ、全責任だ。



気付けば、最後の作業である廊下の雑巾がけまで完了していた。



1日目、藍。

「今日は珍しく紫様が早くにお目覚めになられた。
 橙を送り出すと、ちゃぶ台で朝食……いや、私を待っておられた。
 それほど気合を入れた食事ではなかったが紫様は喜んでくださった。
 いつもこのように起きてくだされば、藍の本気をお見せできたのに、少々残念。
 でも紫様も橙も、喜んで私のご飯を食べてくれるのがとても嬉しい。
 いつもは一人でとる朝食も、紫様と2人だと美味だった。
 その他は家事しかしていないが、今後はささやかなことにも目を配り、
 日頃当たり前に目にしているものを新鮮に捉え、書き記していきたいと思う所存だ」

うむ、こんなところか。
やはり面白味には欠けるが、私の家族愛は存分に盛り込まれているだろう。
なんといっても初日だ、いきなり奇想天外な日記を書けるはずもない。



だがいきなり奇想天外な日記を書けてしまうのが我が主だった。



1日目、紫。

「藍が交換日記を受け入れてくれたわ、とても嬉しい。
 藍は私を只者とは思っていないわ、期待を裏切ってはまずいわよね。

 博麗神社へ遊びに行ったわ。
 ずっと前から気になっていたの、霊夢の隙だらけの腋が。
 年頃の乙女が、あんな部位をあんなにも卑猥に露出するのはいけないわ。
 これでも一緒に永夜の一件を解決した仲よ、私はそんな霊夢を放ってはおけなかった。
 だから、こっそり拾い集めていた橙の毛で作った……

 『付けまつ毛』ならぬ『付け腋毛』をプレゼントすることにしたの。

 これならいやらしい感じも無くなるし、誰にも相手にされなくなって一石二鳥よ。
 あ、でも私は付け腋毛をしてる霊夢もありだと思うの。やはり霊夢は霊夢なの、腋ではないわ。

 なのに何故かしら、嫌がる霊夢を押さえつけて付け腋毛を装着させた途端、
 私の目から何か液体がとめどなく溢れてきたの。これが涙? そう、涙なのね。
 涙で前が見えなくなったわ、あの冷静な霊夢もありえないぐらいに泣きじゃくっていたの。
 
 『汚された、遂に』

 って、何度も呟いていたわ、私も悲しくて仕方が無かった。
 だから一緒にむせび泣いたわ。夕日も、泣いているようだった」



「頭おかしいこの人」

私の率直な感想はそうだった。
そして早速嫌な予感は当たっていた「付け腋毛」だなんて非道も良いところだ。

だから帰ってきたときあんなに目が腫れていたのか、ほんと頭おかしい。



2日目、藍。

「夕べ橙は帰ってこなかった、いつものことながらやはり心配だ。
 おそらくはあの妖精達のところへ遊びにいって、そのままどこかへ泊まっているのだろう。
 確かにお前がズタズタにされて帰ってきても、私は治してやる事ができるけれど、
 それでも良い気分がしないのだよ、だからあまり心配をかけさせないでほしい。
 紫様からも今度、そのように言っていただければ幸いです。

 そういえば紫様、付け腋毛はやりすぎかと思います、霊夢は年頃の乙女なのです。
 巫女という職業柄、浮いた話も無いのでしょう、少しぐらい背伸びをさせてやってください。
 あと、日記のネタのためと言って、あまり無茶をなさらないでください。
 橙だけではありません。紫様にも何かあったら、と思うと胸が締め付けられる思いです」

これでやめてくださると良いのだが……

私は紫様のことは基本的には好きだ、一緒にいて飽きないし、私にとても優しい。
昨日のことではないが、珍しく早く起きたと思えば私が家事に勤しんでいる様子をとても嬉しそうに眺めている。
そして家事が一段落したと見ると、こってもいない肩を揉んでくれたり、
スキマを介して珍しいところへと連れて行ってくれたりするのだ。

「別に何をされなくとも私は紫様の側を離れるつもりはございませんが」

という言葉には一切の偽りは無い。
それは、私が紫様の式であるかどうかに関わらずだ。

確かに加減を知らないところもある。

「トカゲにできることを私の藍ができないはずはないわ」

と言って、私の尻尾を1本引き千切ったりしたこともあるが、それはご愛嬌だ。
無垢なのは橙だけではない、紫様も眩しいまでに無垢なのだ。愛すべき存在だ。

あ、いや元々が10本だったわけではない、その後ちゃんと生えてきたのだ、トカゲもビックリ。



2日目、紫。

「昨日の悲しい一件からは立ち直って、今度は永遠亭に遊びに行ったわ。
 ここにも、ずっと前から気になっていたものがあるの。

 ええ、耳よ、耳なのよ、レイセンとかいうあのウサギ。
 絶対付け耳よね? ね? 藍もそう思うでしょう?
 だから今日の私はその謎を解き明かす名探偵へと変身します」



この時点で目眩がした。

明らかに悪ノリしている。何が変身だ、良い歳して。
この主、日記のネタという大義名分を盾に好き勝手やりたいだけなんじゃなかろうか。
そんな嫌な予感が頭をよぎる。



「小うるさい警備のウサギ達をちぎってはスキマへ投げ、ちぎってはスキマへ投げ、
 名探偵八雲紫の推理は続いていきます。スキマがどこへ通じてるかはわからないの。
 それは名探偵にもわからないの。きっと、月の頭脳にもわからないわ、ミステリー。

 でも世の中ってミステリーが必要だと思わない?
 何もかもが解明されてしまったら、人は前に進む気力を失うと思うの。
 人は、正体不明なものを怖がるわ、だから、その恐怖を排除するために様々な知恵を働かせ、戦う。
 そしてその中に喜びを見出し、生きていくのよ。
 ミーステリー。

 Dear 哲学者八雲紫」



「ブフッ!!」

手にしていたお茶を思わず噴いた。
日記がそこで終っている、耳はどうなった。あと名探偵はどこへいった。
というよりも、彼女がやっていることは探偵のそれとは大違いだ。
しかも「Dear」の使い方を極めて大胆に間違えている。

これでは「敬愛する哲学者八雲紫へ」だ。

自分を敬愛しているのか、ありえなくはない。
いやもしくは、私が紫様を敬愛しているということか。
していなくはないが、この日記を読んでその気持ちは半減した。



3日目、藍。

「今日は天気が良くないので洗濯は控えた、明日は晴れてくれればいいのだが。
 橙は相変わらず帰ってこない、まったく落ち着きの無い子だ。

 あと紫様、結局レイセンの耳はどうだったのですか?
 あれが付け耳なのかどうなのかは、藍も大いに気になるところです。
 確かに人間は脆弱だからこそ知恵を働かせ、生きていく存在なのかもしれません。
 ミステリーが無くなってしまうのも、とても味気の無いことだと思いました。

 しかし紫様、Dearの使い方を間違っております。
 そしてやはりレイセンの耳がミステリーのままです。
 いや、あえてミステリーを残すというのが、紫様の愛情なのでしょうか?
 確かにこの藍、あの耳の謎が解けるまでは死にたくありません。
 でも夜も眠れません、だから寝られないので死にそうです」

なにやら私の文章もおかしい、感化されてきたのかもしれない。
もはやこれを交換日記と呼べるのだろうか。
だけどそんな中、破天荒な行動力を示す紫様の日記が楽しみになっている自分がいた。



3日目、紫。

「飽きてきたの」



「なんだっそれ!!」



思わず日記を床に叩き付けた。

「三日目と四日目の境界-三日坊主-」

さしずめこんなところか。
いつもルール無用で型にハマらないくせに、こんなところだけ律儀にお約束だ。
やっぱり律儀だ、いやリチギだ。いや一緒だ。
とにかく私はこの憤りを紫様、いやあのスキマ妖怪にぶつけずにはいられなかった。
ドスドスと足を踏み鳴らしつつスキマ妖怪の寝室へ向かう。



「紫様!!」
「あら、どうしたの? 藍」

当人は知らぬ存ぜぬだ。
自分がやったことの重さを全くわかっていない。

「自分から言い出しておいて『飽きてきたの』の一言で片付けられるのは如何かと思うのですが!!」
「だって、飽きてきたんだもの」

ああ、やっぱり頭おかしい、おかしいこの人。

「紫様ッ!!」
「何よ、そんなに興奮してはだめよ、藍。ほら、尻尾もそんなに毛羽立っちゃって」
「私の怒りはまずここに来るのです!!」

怒髪天を衝く、ならぬ「怒尻尾、天を衝く」という状況だった。
私の尻尾は1本残らず天に向けていきり立っていた、それも毛の1本1本までもが。

「紫様……私は……」

感情が一周して悲しくなる。尻尾もしなだれた。
力無くくずおれると、畳が「ドスッ」という音を上げる。



『悲しい夢を見たの』

という紫様を、内心では本当に心配していたのに。
私は貴女の式神だ……貴女の痛み、身体のだけではない、心の痛みも和らげるべき存在だと思っている。

貴女を常に敬愛し、慕い続けるべき存在だと。

嬉しそうに手帳を渡す貴女を見て、気恥ずかしかったが心底嬉しかった。
断るわけになんていかなかった、主の命は絶対だ。
でもそれだけではない……いつも寝てばかりいる貴女が、何を考えているのか純粋に知りたかった。

私のために面白いネタを仕入れようと、スキマに入って出かけていく貴女が眩しかった。
なのにさして面白い日記も書けない自分が恨めしかった。
だから、せめて日記の内容には真剣に受け答えていきたかった。

どんな無茶苦茶な内容でも、だ。



「くそっ!!」

悔しかった。
所詮、気まぐれで私を弄んでいただけなんだろうか。
そう思うと悔しくてたまらなかった、振り回されていただけの自分が哀れだった。

交流を欲していたのは、貴女だけではなかったのに。



「紫様……その日記は私です……その日記を捨てるというなら、私との契約も破棄してください」
「ど、どうしたの藍……」

私の心はこんなにも弱かったのか。
冷静に振舞ってきたつもりだが、こんなにも主に構ってほしかったのか。
まるで犬や猫のようだ、我々誇り高い九尾の狐が、これではまるで……

「……私にとってその日記は、紫様が私に向ける、興味の象徴であると思っています」
「藍……」
「式神とはいえ、私はこんなにも奔放です、自分の意思を持っています、式神も打てます」
「ええ、藍は素晴らしい式神だと思っているわよ」
「世辞はよしてください」

キッと睨みつける。

「自由で、意思があるからこそ……」

紫様は、おろおろとした様子で私の目を見ようとするが、直視できないようだった。

「ただ貴女と契約したからという理由だけで、貴女に従っていたわけではございません!!」

強く握り締めた拳を畳に叩きつける。



強く叩きつけすぎて手をすりむいた。
すりむいた皮をつまんで剥がすと、少し血がにじんだ。

そして何も言えなくなってしまう、言いたいことは言ってしまった。
ここを離れられないのは、紫様に声をかけてほしいから。



「藍……ごめんなさいね、確かに私、わがままだったわ」

沈黙を破り、そっと歩み寄ると、紫様はうつむく私の肩を抱いた。



本当に紫様の側を離れられるわけなんてない。
たまにはこうして寄り添って欲しかったのかもしれない。
わがままだったのは紫様だけではなかったんだ。



「ふふふ……」

不意に紫様が笑い始めた。

「ど、どうしたのですか?」

異様な状況と感じてハッと我に返り、顔を上げる。

「ごめんなさい藍。貴女を試したのよ、私」
「どういうことですか?」

そっと私の側を離れると、紫様は私の正面に座って話し始めた。

「悲しい夢を見て不安だったから、こうやって突き放してみたときの藍の反応を見たかったの。
 思った以上に好感触だったわ、ここまで激しく怒ってくれるなんて、私本当に嬉しい」
「は……ははっ」

思わずこぼれるのは苦笑い。
悲しくはなかった。ああ、これが八雲紫なんだ、私の主なんだ。



『スキマ妖怪』の二つ名は伊達じゃない、私の心のスキマは今きっちりと埋まった、いや、埋められた。



4日目、藍。

「紫様、昨日はあのような見苦しい姿を見せてしまい申し訳ございませんでした。
 私は思っていた以上に心が弱いようです、ですが紫様の式神として相応しくなれるよう、
 これ以後も精進して行きたいと思っております。

 ですが、もう冗談でも『飽きてきたの』などと書いて欲しくないことは明記しておきます。
 紫様もお分かりだと思いますが、私は随分単純な思考回路をしているようです。
 紫様の冗談を真に受けてしまうことも少なくはありません。

 と言ってもきっと紫様は私をからかわれることでしょう。
 ですがまた、私はそんな紫様だから離れることができないのでしょう。

 紫様のお言葉を拝借いたします。

 貴女は私のミステリーです、一生かかっても解明することのできぬ。
 だから惹かれるのかも知れません」

そこまで書いて筆を置く。

これまた恥ずかしい文章である。頭が茹だっているかも知れない。
だがとても素直な気持ちだ。きっと通じるだろう。



日記を書き終えて呆けていると、紫様がぱたぱたと廊下を小走りしてくる。

「藍~、できたの~、読んで読んで~」
「はいはい、私のもできております、ご覧になってください」

読むときは互いに自室へ。それが暗黙の了解だ。
流石の紫様も、目の前で日記を読まれるのは恥ずかしいらしい。
もちろん私もだ。

さて、今日の紫様はどんな嵐を巻き起こしてきたのだろうか。



4日目、紫。

「今日も博麗神社へ行ってきました」

ふふ、紫様はあの紅白のことも本当に気に入ってらっしゃるようだな。
難儀なことだ、同情するよ。

クスクス笑いつつ次の行へと目をやる。

「どうしても気になるの、霊夢の隙だらけの腋が。
 不安なの、年頃の乙女が、あんな部位をあんなにも卑猥に露出するのはいけないわ。
 やはり一緒に永夜の一件を解決した仲よ、私はそんな霊夢を放ってはおけなかった」

「ククッ……」

付け腋毛の次はどんな嫌がらせを受けるのだろう。
そう考えると早くも笑えてきた。



「だから、昨日肩を抱きながらこっそりむしった藍の尻尾の毛で作った……
 『付け腋毛』ならぬ『付け腋毛G』をプレゼントすることにしたの」



「……!?」
尻尾を1つ1つ見ると、ナンバー8の尻尾に一部分スキマ……ハゲができていた。



『スキマ妖怪』の二つ名は伊達じゃない。



「藍の金髪なら、きっとナウでヤングな霊夢にもフィーバーだと思ったの。
 それに金髪って私ともお揃いなの、嬉しいわよね。
 あ、でも霊夢も好きだけど藍も好きよ、皆お揃いで嬉しいわね」



そんなフォローいらない。
謝れ、私の尻尾に謝れ。私自身にも謝れ。



「なのに何故かしら、嫌がる霊夢を押さえつけて『付け腋毛G』を装着させた途端、
 またも私の目から涙がとめどなく溢れてきたの。Gでもだめなの? 大和撫子は黒腋毛なの?
 やはり涙で前が見えなくなったわ、あの冷静な霊夢も前回以上に泣きじゃくっていたの。
 
 『汚された、洋風に』

 って、何度も呟いていたわ、私も悲しくて仕方が無かった。
 だから一緒にむせび泣いたわ。満月も、泣いているようだった」



「フゥー……」

紫様の日記を閉じる。
怒りのあまりそのまま合掌の形で押しつぶしそうにもなった。

立ち上がる、大きく息を吸う。

そして、叫ぶ。



「私の毛で何をしてくれた八雲紫ィィィーーーーー!!」



私も犠牲者となったその日、交換日記は終了した。

得たものは、尻尾(ナンバー8)のハゲ1つ。
失ったもの、主に尻尾の毛とかいろいろ。



橙も未だ帰ってこない。
早々と2作品目を完成させるに至りました。
前回は真面目な話を書いたので今回はちょっとユルく。
自分なりに読みやすさは前回より上がってると思いますがいかがでしょう。

私は「動の笑い」「静の笑い」という風に、笑いを2通りに捉えています。
「ああ、そうだね」と同意いただいたとしても、きっとそれぞれの動と静は
違うと思うのですが、ともかく、今回は自分の中での「静」の笑いを狙ってみました。
じわりじわりと内部から侵食する毒のような、そんなものを目指し。

ところが大分黒いもの(ワキ毛とか)が混ざってしまって、修行不足かも。
霊夢に腋毛って禁忌ですよ、やってはいけないことをやってしまった。
霊夢ファンの方は石をぶつけたりしないでください。私も悲しいのです。

さておき、どうかこの作品が皆さんにとって有意義な暇つぶしとなりますよーに。
VENI
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コメント



0.6210簡易評価
4.70名前が無い程度の能力削除
藍様はやっぱり気苦労が多いのですね・・・(ホロリ
藍様と、被害者たる霊夢ならびにウサギ達へ合掌

ついでに
>怒りのあまりそのまま合唱の形で押しつぶしそうにもなった。
この一文にも合掌
5.70なのかー削除
…尻尾は生えるのかー…
っていうかスキマ妖怪何やってんだ。
そこは聖域、汚しちゃいけないよ。
7.70名前が無い程度の能力削除
腋毛つけた状態で露出してたらもっと卑猥になるだけだと思いますよ紫様wwwwwwwwwwww
9.90名前に負ける程度の人物削除
これは非道い。つかGってなんだ、ゴールドか。にしても
>『汚された、遂に』
いつかは汚されると思っていたってことかw
12.80煌庫削除
生えたんですか・・・尻尾・・・
藍様の苦労話なはずなのに普通に面白いじゃないですか。
次回作を楽しみにしてます。
15.80名前が無い程度の能力削除
放蕩娘な橙が個人的にイメージどおりで思わずニヤーリ。

>「悲しい夢を見て不安だったから、こうやって突き放して~~
後だしジャンケンな匂いがします。藍、だまされてるよ藍!

付け腋毛は「ドス」「ドスG」を経て「こんがり~ドスG」へと進化するのですね、多分。
17.60廿四削除
飽きたのでウドンゲは助かったのか。
もう済んだけど飽きたので経過を書かなかったのか。
つぅかなにこの暇なマヨヒガw
21.70名前が無い程度の能力削除
これは良い腋話ですね
28.80油揚げ削除
藍様の苦労と絆を同時に感じることが出来ました。
巫女には、合掌。
34.70名前が無い程度の能力削除
皆待てwww

橙はどうしたwww
38.80キリカ削除
汚された、色々と。でも笑ってしまったw
41.70遠野削除
さすがだわスキマ……
48.80名前が無い程度の能力削除
最高のひまつぶしをありがとう。
55.90名前が無い程度の能力削除
新しい八雲一家を見せてもらいました、合掌。
60.100名前が無い程度の能力削除
泣きじゃくる霊夢萌えwww
77.70変身D削除
霊夢の腋に手を出すとは……どこまで無謀なんだゆかりん(w
あと、橙の行方が何気に気になるのは私だけでしょうk
87.80名前が無い程度の能力削除
ミーステリー♪
114.90名前が無い程度の能力削除
藍が好きになりました。
120.80名前が無い程度の能力削除
橙帰らないのかw

藍さまが不憫すぐる
129.100名前が無い程度の能力削除
「飽きました」 ひでぇwww
137.100名前が無い程度の能力削除
ゆかりんと交換日記したいお
144.無評価名前が無い程度の能力削除
「付け腋毛」付けられて怒るんじゃなくて泣く霊夢に萌w
154.100名前が無い程度の能力削除
頭おかしいwww