■ 中途半端な前回のあらすじ ■
くれないの やしき こうまかん……
とうしゅの れみりあは
うしなった いげんと かりすまを
とりもどすことを もとめて
わがままを ふるに はっきして
うんどうかいを ひらいた……
「はぁ……もう、どうしてこんなくだらない事で悩んでいたのかしら? 最初からこうすればよかったのよねぇ(はぁと」
「(あぁっ……この他人の事などまるで考えない傍若無人さ、幽香様はやっぱりこうじゃなくちゃ……って、やだ……私なに馬鹿なこと考えて……!)」
顔満面に愉悦を湛え、今にもるんたったと踊り出しそうに嗤う幽香をエリーが畏れと思慕の感情が入り混じった複雑な表情で見つめている。
夢月によって発案された「幽香お姉さんのドッキドキ☆お宅訪問! 突撃あなたの下半身! 脚気検査はラブジェノサイド!? 大作戦(仮)」。
足の速そうな奴等を根こそぎぶっ潰すという、一歩間違えれば博麗の巫女がマジ狩るモードに突入しそうな物凄い計画だったが、幽香がプッツンしたおかげ──せいと言うべきか──で、話は必要以上にとんとん拍子で進んだ。
「じゃあ姉さん、私と幽香がいない間の館の管理、よろしくね」
「はーい」
「あーあ、久しぶりに暴れられると思ったのに~」
のどかに言葉を交わす夢幻姉妹の横で、くるみが口惜しげにそう言った。
作戦の性質上多人数での行動は好ましくなかったので出撃人員の選考は少々難航したが、最終的には先程まで無様をさらしていた事などすっかり忘れて「自分一人で十分だ」と息巻く幽香に夢月が同伴するという形に収まった。
夢幻館の維持という仕事がある幻月は至極あっさりと納得したが、他にやる事もないのにはぶられたくるみの無念たるやいかほどのものか。
「ゆ、幽香様……やっぱり駄目ですよこんなの、もしバレたら当日みんなにフクロにされますよ?」
「何、馬鹿な事を言っているのよ。私がそんなつまらない失敗をすると思うの?」
「い……いえ、そんな事は」
だが、今この場においてもっとも無念を感じているのはくるみではなくエリーだった。
唯一の穏健派である彼女はなんとか幽香を「真面目に頑張る派(仮)」に復帰させようとしたが、結局は馬の耳に念仏。
時既に遅く、大量虐殺すら遊びだと言い放つ”眠れる恐怖”が完全に目を覚ましてしまった。
こうなるともはやエリーどころか閻魔大王の言う事だって聞きはしない。
寝た子を起こすなとはよく言ったものである。
ちなみに無念の理由は別に幽香の凶行を止める事が出来なかったからではなく、単にブラウスとスパッツという破廉恥な格好で各部を揺らしながら走る幽香の痴態を視姦できなくなるからなのだが、これは本人が口外しなければバレないことなのでさしあたって何の問題もない。
「ふん……まあ、どう思っていようと別にいいわ。さあ夢月、早く行きましょ」
「別にそこまで焦らなくても……のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
おもむろに夢月の手を引っ掴んだかと思うと、床板が凹むほど強く地を蹴って跳び上がる幽香。
そのままあっさりと天井をぶち抜き、夜空の彼方へと消えていった。
そう、着衣は上下ともに紙の様な布一枚という猥褻物陳列罪一歩手前のアブノーマルな格好のままで。
先程ベッドの下敷きになった射命丸文女史が存命であれば三面記事にスッパ抜かれることうけあいの痴態である。
「ほ、本当に行っちゃった……」
普通に玄関から出て行けばいいのにとツッコむ事もできず、無駄に益荒男ぶりあふれる幽香の暴虐に呆気に取られるエリー。
ちなみにその時彼女の背後では、
「ところでくるみ」
「何ですか?」
「幽香の弱点教えてあげよっか?」
「弱て……えぇ!? い、いきなり何言い出すんですか!?」
「あれ? くるみが謀反を企てているって夢枕獏子ちゃんから聞いたんだけど……違うの?」
「いえ確かに機が熟す頃を見計らってやるつもりではありますけどっていうか夢枕獏子って誰ですか!?」
「お友達の獏だよ。趣味は他人の夢に表れる人には言えない性癖欲望野望に願望を肴に青汁をかっ食らうことだって」
「何から何まで趣味悪いですね」
「それはそれとして幽香の弱点だけど……実はねぇ、あの子ったらいい年こいて未だにたまねぎが大ッ嫌いなんだよー」
「た……たまねぎ!? あの足は遅いけど傍若無人で傲岸不遜で豪傑無双な幽香様の弱点が事もあろうに単なるたまねぎ!?」
「そ、たまねぎ。すっごいでしょー、私も最初に知ったときは入れ歯が爆発するほどびっくりしたわー」
「入れ歯!?」
「冗談よ。でもこの話には続きがあってね、最初はもう名前を聞くのも我慢できないくらいたまねぎの事を嫌ってたんだけど……いやよいやよも好きのうちとはよく言ったものよね、どこで何を間違ったのか今度はその憎しみが愛情にメタモルフォーゼしちゃったの。今ではもうたまねぎ無しではいられないカラダになっちゃって、夜な夜なたまねぎを剥きながら産卵中のウミガメのごとく涙を流しつつまた別の液体も垂れ流してベッドを濡らし……」
「……あのすいませんちょっと待ってくださいそれよく考えたら幽香様じゃなくて私のことじゃないですかぁぁぁぁぁぁ! ななな何で知ってるんですか……って、夢枕獏子の仕業だなぁぁぁぁぁぁ!」
「うふふ、幽香にこれ教えたらもう絶対謀反なんか起こせなくなるねー」
「勘弁してくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
というほがらかな会話が交わされていたのだが、エリーはそれをどこか遠い場所の喧騒のようにしか感じていなかった。
心ここにあらずといった面持ちで、未だ呆然と立ち尽くしている。
「……何事もないといいけど……」
幽香のことは信頼している。足は遅いけど。
それこそ運動会ならまだしも、こういう荒事ならそうそう後れは取らないだろう。足は遅いけど。
駄目押しとばかりに夢月もついている事だし、何の心配もない、何も問題はない。足は遅いけど。
このまま黙って待ってれば「敵将討ち取ったりィ!」と言わんばかりのステキな笑顔とともに見事凱旋帰還を果たしてくれるはずだ。
だが、それでもエリーは胸に渦巻く不安を抑える事ができなかった。
瞳と脳裏に焼きついた、つい先程のネガティブな幽香の顔が消えないのだ。
嫌な予感がする。
極端な例を挙げれば、いくら幽香でも太陽がおっこちてきたら対処のしようがない。
そこまでいかずとも、あらゆる物には限度というものがあり、それは幽香の心と体においてもまた然り。
それを越える何かが待っているような、そんな予感がするのだ。
「(幽香様……ご無事で……)」
普通に考えれば無事じゃなくなる可能性が高いのは幽香達に狙われた者の方なのだが、主の無事を願う健気な少女めがけてそんな無粋なことをほざく不貞の輩がいるはずもない。
杞憂であってくれと祈りながら、天を仰ぐ。
天井にぽっかりと開いた穴からのぞく月は、彼女の憂慮を嘲笑うように嫌味なくらい煌々と輝いていた。
§ § §
幻想郷の夜空を二人の少女が翔ける。
しかし、飛んでいるのは二人なのに満月のスクリーンに映し出されたシルエットは何故かひとつだけだった。
威勢よく出撃したはいいものの、いざ目標めがけて突撃開始となったら案の定のカタツムリっぷりだったので夢月が幽香を背負っていくことになったからである。
美しき星空をおんぶスタイルで舞う二人の美少女というと下手な童話では及びも付かないほどに幻想的かつ叙情的な光景のように感じられるが、その目的が至極平穏に暮らしている何の罪もない人妖達の脚をヘシ折ることだというのが何から何まで台無しにしている。
「しかし何かしらね、こうやってるとあなたと会ったばかりの頃を思い出すわ」
「……記憶にないわね、他の誰かと勘違いしてるんじゃないかしら」
「確かに私の知ってるゆーかちゃんはこんなに助平な身体してなかったわねー。さっきからもー当たる当たる」
「っ……ま、またそんなくだらない事を……」
懐かしそうにほほえむ夢月に反して、ちょっぴりバツが悪そうにぷいとそっぽを向く幽香。
おんぶとは背負われている側の胸部が背負っている側の背中に密着する事と表裏にして一体であるからして、それはつまり幽香のダブルラフレシアが夢月にもにゅもにゅと押し付けられているという事に他ならぬ。
その奇跡としか表現しようがない成長ぶりを体で感じた夢月がまるで娘の成長を見守る母親のごとき心境になったのもやむ無しであろう。
エリー辺りが見たら血の涙を流して羨ましがりそうなおいしいシチュエーションである。
「ところでその魔界人とやらの家にはまだ着かないの? 飛べども飛べども木ばっかりでそろそろ飽きてきたんだけど」
「ちょうど見えてきたわよ。ほら、あの辺りに木の生えてない一角があるでしょ?」
「あ、ホントだ……じゃあそろそろ降りた方がよさそうね」
幽香の指差した先には、周りの鬱蒼とした樹海とは違ってそこだけぽっかりと穴が開いたようになっている一帯があった。
明らかに人為的、作為的に作られた空間である。
そこから少し手前でゆっくり降下し、木々の枝を避けながらそっと地面に降り立つ。
草むらや小木を掻き分けながら進んでいくとまもなく目の前が開け、小さいながらもお洒落なつくりの小屋が視界に入ってきた。
玄関のすぐ側にある窓から、明るい光がカーテン越しに漏れている。
「もう起きてるみたいね……」
「面倒ねぇ、余計な手間がかかっちゃうじゃない」
そう言いながらも”抵抗してくれなきゃつまんない”とでも思っていたのだろうか、幽香の顔に浮かんでいるのは依然として凶悪かつ艶然たる微笑である。
それは獲物を見つけた獅子というより、玩具を手に入れた童女のものに近かった。
「それよりなんでこんな遠い所から? もっと近くに適当な獲物はいなかったの?」
「そう言えば夢月には話してなかったわね。ここに住んでいる奴とは前に一度弾幕(や)ったことがあるのよ」
「ああ……なるほど、一度勝った相手に負ける道理はない、って事ね」
「そ(はぁと)」
幽香としては片っ端から潰して回りたかったが、そこまでやるにはいくら何でも時間が足りない。
そこで彼女は不本意ながらターゲットをある程度絞り込む事にした。
どこぞの氷精やら夜雀やらはそこまで速いとも思えないし、何より揃いも揃って頭が温かいので作戦次第でカバーできる。よって除外。
運動会の首謀者でもある我侭吸血幼女は月さえ出ていれば跡形もなく消し飛ばさない限り何度でも復活するから除外。
取材という名のプライバシー侵害に情熱を燃やす天狗はレポーター的役割に回るだろうから除外。
隙間妖怪は相手にするだけ無駄だから除外。
こうして消去法にて標的を選別していき、残った面子の内で最初に白羽の矢を立てられたのがアリスだった。
理由は前述の通り、前に一度やっつけたから。
加えて一度倒したというだけなら他にも宇宙兎やら毒人形やらがいるのだが、
その中で一番近いのがアリスの家だという事にも因っている。
「それなら私が付いていく必要はなさそうね」
「そもそも私一人で大丈夫だって言ったでしょう?」
「ふふ、後から夢月おねえさま助けて~とか言っても知らないから」
「寝言は寝てから言いなさい。じゃ、行ってくるから」
「あいよー」
夢月と軽く言葉を交わしてから、幽香は眼前にそびえたつアリス家めがけてずかずかと猛々しく歩を進めていく。
その何者をも恐れない勇壮かつ豪気な姿はまさしく光の剣を携えて大魔王討伐の旅に赴く勇者のごとし。
夢月はその頼もしげな背中を見つめながら、スパッツの尻の部分がいつの間にか破けている事はしばらく黙っていようとしみじみ思うのであった。
・ ・ ・
平穏無事に暮らしている可憐な美少女魔法使いの足をブチ折りにきた我らが英雄ゆうかりんは颯爽とアリス邸の裏手に回り、見事窓からの侵入を成し遂げたのでありました。
めでたし、めでたし。
「(こんな時間に戸締りしていないなんて……これが俗にいうツンデレって奴かしら)」
大口を叩いたわりに侵入するのは窓からこっそりというあまりにも華麗すぎて開いた口が塞がらない超絶フェイントテクニックだが、作戦の性質上正体を知られる訳にはいかないしせっかく奇襲に来たにも関わらず正面から堂々と入り込んでは単なるバカなのでこれは適切な判断であろう。
断じて怖気づいた訳ではない。
とは言え見た目が物凄くみみっちいのはどう言葉を操っても否定できないのが切ないところである。
それはそれとして。
入り込んだ部屋の中は明かりがないせいで外よりも暗かったが、妖怪である幽香にとっては暗さなど何の問題にもならない。
ぐるりと周りを見回してみると、壁沿いに並べられた戸棚のガラス戸越しに、夥しい数の人形達がその無機質な瞳で彼女を見つめていた。
他に生活感の感じられるものが一切置かれていないところを見ると、どうやらこの部屋は物置のようだ。
お世辞にも広いとは言えないが、整理整頓が行き届いているため動くことに不便はなさそうだ。
「(さて……あの子はどこにいるのかな、っと)」
とは言え綺麗だろうが汚かろうが幽香にとってはどうでもいい事。
精神を集中させ心の力を使い、アリスの気配を探ってみる……までもなく、目標はすぐに見つかった。
隣の部屋に繋がっているであろう扉の隙間から僅かに明かりが漏れていたからだ。
耳を澄ますと、何やら怪しげな物音まで聞こえてくる。
もはやそこにアリスがいる事は疑う余地もない。
自分の存在を気取られぬよう忍び足でそちらに向かい、少しだけドアを開けて向こう側の様子を覗き見る。
その先に広がっていた阿鼻叫喚の地獄絵図に、幽香は思わず言葉を失った。
「うっふふ……さあ、これでよし。後はこの『人形(69ピースver.(大爆発))』をこっそり運動会の会場に埋めさえすれば私の勝利は確定したも同然! これで以って並み居る邪魔者どもを跡形も無く消し飛ばし、その阿鼻叫喚たる景色の中で爆発の余韻覚めやらぬなか危機的状況の醸し出すつり橋効果を利用して霊夢に告白しそのままなし崩し的に花も恥らう美少女二人がドゥゥゥゥブバッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ! あらいけない興奮しすぎて鼻血が」
幻想郷史上稀に見るおぞましき大量破壊兵器を抱きしめて狂喜しながら回転乱舞する爆弾テロ実行犯、ではなくアリス。
計画は穴だらけだし人形は不気味だし発言は気持ち悪いしとまさに最悪と表するに相応しい凄惨な姿だが、笑顔だけは花畑で戯れる乙女のごとくに純粋なのでかろうじてデッドラインに踏みとどまっている。
なのでランプの光によって壁に映し出された影は当然顔など見えないためもう完全にキツネ憑きのそれだ。
あまりにもトリップしすぎて幽香の侵入どころか血液の噴出箇所が鼻ではなく乳首だという事にすら気付く様子がない。
「(この子、こんな性格だったっけ……?)」
感動のあまり両親の情事を目撃した子供のように愕然とする幽香だったが、仔細はどうあれこれは絶好のチャンスである。
気を取り直して、静かにゆっくりと掌をアリスに向ける。
本当は完全なノーモーションからでも弾を撃てるのだが、一応気分の問題だ。
「ああっ! 駄目よ霊夢! 包丁は食物を捌くときに使う物であって
断じて美少女同士が乳繰り合う際に使用するガジェットツールじゃないわ!
でも既存の概念や常識に囚われないその無重力っぷりに私痺れる憧れるうぅぅぅぅッフゥゥゥゥゥゥゥン!」
「(うわ……いえ、でも、素敵な夢にまどろみながら死ねるのなら幸せかもしれないわね)」
ますます狂乱の度合いを増すアリスを見たくもないのに目の当たりにし、必死でかっこよさげな事を考えてくじけそうな自分を奮い立たせる幽香。
軽く丸めた手の中に、枇杷の実くらいの大きさの小さく青い光が燈る。
アリスに気付かれないよう力を抑えたわけではない。
ごっこ遊び用のママゴト弾幕ではなく「殺す用の弾」であれば、足の一本くらいならこの程度の出力で十分なのである。
「(──そのキレイな脚を吹っ飛ばしてあげる)」
そっと掌が開かれる。
超新星の輝きにも似た光を放つ魔弾が、今にも爆発しそうにゆらゆらと揺らめいた。
そして幽香の瞳が嘲笑うように歪められ、愛しむように細められたその刹那。
「ホラーイ(──待て)」
「……!」
その背中に、突如として何者かの声が掛けられた。
……迂闊だった。
こんな鬱蒼とした森の奥深く、しかも魑魅魍魎どもがもっともその力を増す満月の夜。
今にも獣やら妖怪やらが侵入してきてもおかしくないのに、何故戸締りがされていなかったのか。
それは別に忘れていたからではなく、ただ単に”戸締りの必要がない”からだったのだ。
ちょっと考えれば分かりそうなものだったのに、と内心小さく舌打ちする。
「(気付かれた)(誰?)(誰でもいい)(敵)(排除すべき対象)(弾幕を──)(いや、頭を砕く)」
緊急事態に際して錯綜する思考を素早くまとめ、最も適当な殺し方を思案しながら握った手の平に力を篭める。
そして隙を見せぬよう素早く身を翻した先にいたのは、なんとも意外な”モノ”だった。
「妖精……いえ、人形……?」
驚愕というよりは拍子抜けに近い表情を浮かべる幽香。
その視線の先では、幽香の顔と同じくらいの高さに二体の人形がふよふよと浮いていた。
片方は紫色のメイド服に身を包み、これまた紫色にぼんやりと輝く瞳でこちらを見据えている。
もう片方は赤いワンピースを着た髪の長い人形。
こちらは何やらうろたえている様子で挙動が忙しなく、ぎこちない。
それはアリス秘蔵のいわくつきドールズ、その筆頭たる蓬莱人形および上海人形であった。
「自律……それとも遠隔操作かしら」
「ホラーイ(そんな事はどうでもよかろう。今一番重要なのはアンタは侵入者で、私達がそれを見つけたということだ)」
「ふーん……貴方、人形のくせに随分話が分かるわね」
「ホラーイ(何だ……アンタも私達の言葉が分かるのか。これでは真面目な事を言っていると見せかけて上海人形にエロワードタイダルウェーブをぶっかける作戦が台無しだな)」
「シャンハーイ(やめろよ! 別にいいよそんな作戦台無しになっても!って言うかそんな愚にも付かない妄想計画を作戦と呼ぶことすらおこがましいよ!)」
「あらあら……ずいぶん仲良しなのね、貴方達」
人形達が漫才をしている隙に、幽香は素早くアリスの様子を確認する。
依然として妄想の底無し沼にどっぷりつかり外界との交信を絶っているらしく、隣の部屋で起こった異変に気付いた様子はない。
よく見ると今度は乳首どころか全身の毛穴から謎の粘液が服を破るほどの勢いで発射され始めているのだがこの際そんな事はどうでもいい。
気付かれていないのならそれに越した事はなく、それは同時にその他一切を補って余りある圧倒的なアドバンテージだからだ。
よって幽香はその粘液が付着した床やら壁やら机やらが無残に溶けているのを見なかったことにした。
辛い現実を受け止めたら、うっかり泣いてしまいそうだったから。
「ホラーイ(見ての通り、マスターは大事な儀式の真っ最中だ。速やかにお帰り願おう、今すぐさっさと早急に、だ)」
「まあ……いけないわねぇ、道具が”使い手”に命令なんかしちゃあ」
何はともあれこれなら遠慮はいらぬとばかりに、幽香の声と妖気と態度がまとめて大きくなる。
浮かべた笑みはにこやかで、口調はお茶目で声音は甘くて綺麗だが、吸い込まれるような紅の瞳がそれら全てを押しのけて彼女の本性を物語る。
そこには弱者に対する嘲りと憐憫、そして心に巣食ったサディズムが生み出す愉悦が混ざり合った、歪んだ感情が湛えられていた。
「ホラーイ(ああ……こりゃヤバい、完全に狩人の目だ。死んだな私達)」
「シャンハーイ(諦め早すぎるよ! 威勢よく出ていったから何か策があるのかなぁって思ってたけどやっぱり何も考えてなかったのかよ!!)」
「ホラーイ(考える? それって具体的にはどういう事だ? あれか? コアラの親戚か?)」
「シャンハーイ(カンガルーとコアラは別に何の関係もないって言うかそこから説明しなきゃならないのぉぉぉぉぉぉ!?)」
その目に見据えられただけであっさりと生きる権利を放棄する蓬莱人形。
上海人形が悲しみながら怒り狂ってふぬけた相棒に喝を入れようとするも、彼女自身も今更少しばかりやる気が出たからと言って無駄なことには薄々感付いていた。
……単純に身体の大きさが違うだけで圧倒的に不利なのに、この妖怪が発する強烈な力の波動はいつだかの宴会騒ぎで出くわした鬼や隙間妖怪に勝るとも劣らない。
そんなバケモノに自分達のようなちっぽけな人形が勝てる訳がない。
おまけに強いだけならまだしも、まるで蟻を踏み殺して遊ぶ子供のような笑顔を見る限りこいつはどうも世間一般で「サド」と呼ばれているタイプの人間、いや、妖怪らしい。
……確かに、この状況は非常に危(や)ばい。
「シャンハーイ((やはり……自爆する(アーティフルサクリファイス)しか──ない……ッ!?))」
地味ながら重大なこの危機に際し、上海人形の脳裏に破滅的な考えが過ぎる。
ただ何もせず壊されてやる訳にはいかない。
ここで爆発が起これば、例え自分が朽ち果てようともアリスに異変を知らせる事は出来るだろう。
皆が助かれば万々歳だが、現実はそうそう上手くいくものでもない。
どこかの街が暖かい日差しに包まれているとき、またどこかの街は冷たい雨に濡れているのだから。
「シャンハーイ(マスター……お逃げください……ッ!)」
だが、上海人形が悲壮な決意を胸に抱きながら体内の魔力制御装置を解除しようとした、その時である。
「フビライハーン(待てぇ────────────いッ!!)」
「え……!?」
「ホラーイ(むっ!?)」
「シャンハーイ(あ……っ!?)」
咆哮とともに戸棚のガラスを威勢よくぶち割って、別の人形が飛び出してきた。
しかし、その外見は蓬莱人形達と比べると明らかに異様を呈している。
なんと身体の後ろ半分を覆うべき服と、人間で言えば皮膚に当たる外郭が存在しておらず、中身がむき出しになっているのだ。
よくよく見ると、それは藁であった。
きつめに束ねられた藁の感じがまさしく人の筋肉のようで非常に気持ち悪い。
「フビライハーン(蓬莱殿に上海殿! ご無事でしたか! さあ、あとは私に任せてお二人は安全な場所へ避難してくだされ!)」
「ホラーイ(何だ、誰かと思ったら新人のストロードールカミカゼではないか。こんな時間に何をやっている、私と上海の夜伽見学会が始まるの三十分も後だぞ?)」
「フビライハーン(はい、それに備えて先輩方の為に観覧席のセッティングをしていたら怪しい声が聞こえたので何事かと思えばよりにもよって侵入者! これはまさしくすわ一大事と僭越ながら救援に参上した次第であります! うちてしやまん!)」
「シャンハーイ(いやちょっと待って夜伽見学会って何その遠慮も深慮も配慮もプライバシーもへったくれもないイカれた催し!?)」
「……この主人にしてこの従者あり、ね」
現在進行形で妄想の海でバタフライしているアリスと素面で下品なことをほざく蓬莱人形を重ね合わせ、納得しながらげんなりするという複合技を披露する幽香。
それと同時に自分とくるみの関係もある意味似たようなものであることに気付いてなんだかとっても悲しくなった。
「ホラーイ(まあ、何にしろ救援に来てくれたのはありがたい。礼を言うぞ)」
「フビライハーン(お任せを! このムダジーニアス=桜花、例え我が身が砕けようとも必ずや特攻作戦を成功させにっくき伴天連どもを撃滅してご覧にいれます! うちてしやまん!)」
「ホラーイ(うちてしやまんは分かったが、藁人形がどうやって砕けるんだという気もするがな)」
「シャンハーイ(いや、それは単に意気込みを語るうえでの物の例えだろ! 揚げ足取るなよ!)」
「ホラーイ(毎晩あられもなく私めがけて足を開いているアンタに揚げ足などと言われるとは心外だな)」
「シャンハーイ(前々から疑問に思ってたけどどうして貴方はこれどまでに根も葉もない事をそれほどまでに平然と言えるんだよ! 最近ツッコむとかそういう事を考える以前に”何でこうなってるんだろう”
っていう知的好奇心が湧いてきたよ!)」
「ホラーイ(なに、それほど大それた話ではない。ただ夢が現実になったというそれだけのことだ)」
「シャンハーイ(夢が現実に………………って、要するに単なる純度の高い妄想かよ! 想像妊娠と同じ理屈かよ! 考えて損したよ!)」
例によって例の如く、ささいなきっかけから二人の世界に入ってしまうシャンホラコンビ。
例え世界が滅びても彼女たちの愛だけは消えないだろうと思わせるには十分な、実に微笑ましく美しい光景である。
そしてその睦み合う二人を守るように、ストロードールカミカゼが幽香の眼前に颯爽と立ちはだかった。
「で、結局……私と遊んでくれるのは貴方でいいのね?」
「フビライハーン(そうだ! 覚悟しろこの不届き極まる伴天連女! 貴様は完全に包囲されている! 大人しくお縄を頂戴するがいい! あぁするがいいさ!)」
「あら、私はれっきとした純日本産の妖怪よ? 伴天連と言うのならむしろ貴方の方がそう見えるんだけど」
「フビライハーン(ばかぬかせ──────っ!? 本物の日本人ならば髪の毛が緑色をしているわけがない! 見え透いた嘘をつくのも大概にしておけ、この非国民めが!)」
「私が伴天連なら非国民という表現は適切じゃないわね。どちらかはっきりしてくれないかしら?」
「フビライハーン(何ィ!? わ……私が……表現を間違えてい……る……!?)」
「日本語もまともに操れないのね。これじゃどちらが国賊か分かったものじゃないわ」
衝撃の真実を突きつけられ、ショックを隠しきれなくなるストロードールカミカゼ。
続けざまに放たれた幽香得意のよく分からない言葉責めの波に押し流され、ぐうの音も出せなくなってしまう。
「フビライハーン(うっお──────っ! くっあ──────っ! ざけんな──────っ!)」
「!?」
そして、追い詰められた雑魚のやることと言えば今も昔も逆切れかガン逃げと相場が決まっている。
その例に漏れず、何やら癲癇でも起こしたみたいにブルブル震えていたストロードールカミカゼが何の前触れも無く幽香めがけて神風特攻を仕掛けた。
会話の流れと状況を完全に無視した理不尽な奇行に、幽香の対応が一瞬遅れる。
「フビライハーン(ブジャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!)」
しかしいくら不意打ちだろうと、たかが藁人形ごときが幽香に敵う訳もない。
幽香が何らかのアクションを起こすまでもなく、勝手に彼女の胸に激突してそのあまりの柔らかさになす術もなく弾き返され、天井に激突し壁に激突し戸棚に激突し壁掛けの鳩時計からタイミングよく飛び出した鳩の模型にはね飛ばされ、挙句の果てには反対側の壁に叩きつけられてようやく床に落ちたと思ったら落下の衝撃で跳ね返ってたまたま部屋の隅に置いてあった液体窒素の中に落っこちた。
「フビライハーン(う……ぎゃああ──っ! ごが、ごががあっ! つ、つめてええ──っ! おぐ、おぐう! 液体窒素は……超つめてええ──────────っ!!!)」
「……」
「ホラーイ(……)」
「シャンハーイ(……)」
部屋中に木霊する、あまりの冷たさに喘ぎ悶えるストロードールカミカゼがばしゃばしゃともがく水音および切なさまみれの叫び声。
愛と悲しみのオーケストラとでも表するのが相応しいその感動的な音のコラボレーションにより、幽香と蓬莱人形達の間に色んな冷たい空気が蔓延する。
これが液体窒素の威力、まさしくチルノを超えた絶対零度の力だ。
厳密には液体窒素は絶対零度ではないのだがその辺りはフィーリングでどうにでもなるのであえて論ずる事はしない。
もっと細かく考えればいつ外の世界で液体窒素が幻想になったんだよという事に繋がるのだがそれを言い出すと色んな部分に不備が出そうなので放置しておく。
触らぬ神に祟り無しである。
「ホラーイ(……無礼を承知でお願いしたいのだが、今のは一切なかったことにしてくれないか)」
「え……あ、うん……そりゃ、これはいくらなんでも……ちょっと……ねぇ?」
「ホラーイ(いやなんかホントすいません、身内がものすご迷惑かけたみたいで)」
「別にそんな……ある意味お互い様だし……その……うん、それじゃ仕切りなおしってことでいいのよね? どこまでやったかしら……」
「シャンハーイ(さ……寒い! 空気が! 世界が寒い! バースデイケーキに立てられたロウソクを当事者以外が消してしまった時に吹く切なさまみれの木枯らしより寒い!)」
蓬莱人形が敬語を使っているという空前絶後に青天霹靂な惨劇を目の当たりにし、上海人形は身体の震えが止まらなくなった。
おまけにさっきまで殺る気満々エンジン全開だった幽香もなんだか妙に慎み深くなっている。
「台無し」とはどういう状態を表す言葉なのかがよく分かる、非常に言語学的価値の高いワンシーンだ。
「こほん……えーと……ずいぶん諦めが早いのね。月下美人の花だってもう少し生を足掻くのに」
「ホラーイ(出来れば最期は黒百合が散華するように美しく砕け散りたかったが……アンタ相手じゃ期待できそうもないな)」
「椿のように……でよかったら考えてあげるわよ?」
「ホラーイ(ふむ……それはそれでなかなか小粋だな、悪くない)」
一度は引っ込んだ幽香の妖気が再び膨れ上がっていく。
周囲の空間が歪んで見えるほどの圧倒的な力の奔流に、上海人形は先程とはまた別の理由で身体の震えが止まらなくなった。
これほどの力の持ち主がとなりの部屋にいるというのに以前としてイキっ放しなあたりいかにアリスが繊細なのかうかがい知れる。
ちなみに言うまでもないことだが繊細なのは己を弄る指使いのことであって決して性格のことでない。
「さて、話もついたことだし……前座にはそろそろ退場してもらいましょうか」
「ホラーイ(ああ、その前に礼を言っておこう。アンタが快くおしゃべりに付き合ってくれたお陰でこちらの計画は無事完遂されたよ、ありがとう)」
「え……」
この瞬間、だらけて緩みきったぬるい空気が今度こそ本当に凍りついた。
ブッ殺すという言葉は使う必要がない、なぜならその言葉を思い浮かべた時にはもう既にその相手を殺してしまっているからだとは誰の弁だったか。
してやられた、という現実を認識するより早く、幽香は蓬莱人形めがけて拳を振り上げながら猛獣の如くに飛び掛っていた。
「(先手をッ……!)」
「ホラーイ(──オープンファイア(やれ))」
「「「「「「(Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhh!)」」」」」」
幽香が動くのとほぼ同時に蓬莱人形が指を鳴らしたら間接の接合が甘かったらしく中指と親指がまとめて外れて落っこちた。
それが床に落ちるより早く、部屋中の戸棚からおびただしい数の人形達が一勢に飛び出した。
異国情緒溢れるエキゾチックなものから純和風のもの、果てにはかろうじて人型である以外は筆舌に尽くし難い造形のものまでがより取り見取り。
空を埋め尽くす飛蝗のごとくに大挙して押し寄せるそれらは人形による弾幕と言っても差し支えない。
「小賢しい真似を! 貴方達ごとき私の前にはゴミクズ同然! 墜ちなさい!」
「シャンパー……アベシ!」
「ホラーレヴィ……ヒデブ!」
「ちょっと待ってつい勢いで飛び出しちゃったけど私はこいつらの仲間じゃなくて人形解放の為にスパイ活動真っ最中な何の罪もない毒人ぎょ……うわらば!」
しかしいくら数が多くとも所詮は人形、幽香にしてみれば文字通りの意味で降りかかる火の粉程度でしかない。
弾幕も傘も使わぬ徒手空拳ながら、妖怪の身体能力に物を言わせて飛び掛ってくる人形達をかわし、捌き、蹴り砕き、叩き落す。
その殺陣の最中、これだけ大騒ぎしてもいまだ異変に気づかないアリスが呆れを通り越して心配になったが、戦場においてそんな甘い感情は必要ないのですぐにその思考を破棄した。
ついでにいつかどこかで聞いたような声がしたようなしなかったような気がしたが、戦場における余計な迷いは死に繋がるので気にしない事にした。
「ちゅりーぷー(わーい! おっぱいだー!)」
「チベターイ(あぁ……なんで……なんで神様はこんな、持てる者と持たざる者の差をこんなにも大きく……酷いですよ、こんな……ぁ……)」
「ブブヅケー(あやや……今度の獲物はずいぶんたゆんたゆんなお嬢さんどすなぁ、手にあまるっちゅーのはこういう事やねー)」
「ハラッショ(ったく……こんなめんどくさい事しなくても最初からマスターを呼べばいいのにッ……何考えてんだかッ!)」
「パリジェーン(あら露西亜様、せっかくマスターが幸せな夢を見ているというのに邪魔するおつもりですか? 随分偉くなったものですわね)」
「ォルレアーン(いっやぁー、みんなで一人の女の子を弄繰り回すなんて何ヶ月ぶりっスかねぇ! 私はあの時参加できなかったんでその鬱憤を晴らす意味でも今日はハッスルしちゃうっスよー!)」
「ビックベーン(ていうかフェラーリ改造していい? ねえ、改造していい? ねぇ! ねぇ、ねえ、ねぇ、ねえって謂ってんだろこのクソジジイレボリューション! 今までずっと奇襲の切り札は三歳児の扱う玩具と一緒だと思って二十四時間対応してたらなんか下にいくにつれ変人になってんですけどぉぉぉぉぉぉ!? そもそも逃げる敵にあたかも天使をイメージさせる夏祭りの帰り道で次のページに影響されてネガティブ・シリスコードが邪魔にならないって聞いた時から怪しいと思ってたんだよォ! 集団空爆で見たこと無いくらい口をつけたビタミン剤に備える作戦は起動が無理なのに二人の時間を作るなら名前呼びでも構わないからたぶんボツだけどシャイングレー号は黙ってやがれ! 戦じゃ! 戦じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)」
「くっ……こ、こいつらっ……!」
だが、それら有象無象の人形達をカムフラージュおよび盾にして、他のものとは一線を画した存在感を持つ数体の人形が彼女に迫っていた。
これが目と腕と足が二つずつしかない生物の限界なのか、完全な死角から襲い掛かったそれらに纏わりつかれて身体の自由を奪われてしまう幽香。
この不気味な人形達こそが終らない冬の異変の際にも活躍したアリス秘蔵の変態いやさ弾幕集団、「いわくつきドールズ」である。
「なかなかやるじゃない……貴方、”戦い方”が分かってるみたいね」
「ホラーイ(フフフ……これはこれは、過分な評価を賜り実に恐縮で候)」
全身を拘束されながらも、幽香は余裕の態度を崩さない。
自惚れでもなんでもなく、自身の優位を確信しているから。
弱者が策を弄するのは至極当然の事であり、その涙ぐましい努力を無残に蹂躙することが出来てこそ真の強者。
そして、幽香は何だかんだいっても強者である。
この程度の搦め手、その気になれば瞬きする間にでも振りほどける。
「ブブヅケー(そんなん言うてられるのも今のうちどすえ? あらよ~っと(はぁと)」
「ひゃわっ!? あっ……ちょっ、ど、何処に入ってるのよぉ!?」
だが、その余裕はまったくもって予想外の方向からの攻撃によって崩された。
何を血迷ったか、京人形がブラウスの首元から彼女の背中へと入り込んだのだ。
肌を撫でられるくすぐったさと異物の侵入に伴う気持ち悪さ、その他諸々がミックスされた絶妙な刺激に、幽香の身体が反射的にびくんと跳ねる。
「ォルレアーン(先駆けしんがりの栄誉は逃したっスけど私も負けちゃいられないっス! おんどりゃぁぁぁぁぁぁ!)」
「きゃん!」
「ハラッショ(こんな下品な格好しくさって……鏡見なさい鏡ッ! 親が泣いてるわよこのマザーファッカー(くそったれが)!)」
「ふぁっ!」
「ちゅりーぷー(おっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!)」
「きゃひぃぃぃぃぃぃ!?」
「ビッグベーン(耳朶ゥゥゥゥゥゥゥゥゥぅぅううっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)」
他の人形達も続けざまに幽香の服の中へと滑り込んでいく。
一体だけ何故か見当違いの方向に飛んで行ってこれまたたまたま部屋の隅に置いてあった硫酸の中に落っこちたがそれはこの際どうでもいい。
次から次へと襲い掛かるめくるめく刺激に身をよじる幽香だが、肌に密着している以上はどうやったって逃げられない。
おまけに服を脱いで人形を引っぺがそうにも何故かボタンはぴくりとも動かないし、力尽くでまくり上げようとしてもこれまたぴくりとも動かない。
まさしく八方ふさがりであった。
ちなみに服が脱げない理由は夢月がこの服を用意した際「幽香が恥ずかしがって脱ごうとしても脱げないようにして困る様子を視姦しよう」という崇高な思想のもとに、ボタンえりぐり袖口裏表を満遍なくヒヒイロカネでコーティングしたからなのだが、当の幽香はそんな事知る由もない上に気にする余裕も無かった。
「ホラーイ(こういういじめっこ系キャラに限って実際は純情可憐に純潔無垢だったりするからな、念の為くすぐる程度に留めておけ。穢れ無き新雪を踏み荒らすような無粋な真似はするなよ)」
「ブブヅケー(分かっとりますえー、こーゆーのはいい所で邪魔が入ったり何だりして結局完遂できないのがオイシイんやからねー)」
「ォルレアーン(まったくもってその通りっス! 寸止めの美学っス! 様式美っス!)」
「パリジェーン(お祭りは準備している時が一番楽しいと言いますものね)」
「何勝手な事言っ……あっ……んっ、せ、背筋はなぞっちゃ駄目ぇ……! そ、そこは弱いんだから……っ!」
必死に強がってみせる幽香だが、実際は蓬莱人形の言うとおりだった。
人間だろうと妖怪だろうと片っ端から虐めの対象にしてきた幽香にそのような経験を積む機会などある訳もなく、
ゆえに彼女の心身は未だ清廉潔白かつアイアンメイデンであり、極端な言い方をすれば生まれた時のまま単純に大きくなっただけなのだ。
では何故経験の無いはずの彼女が自分の「弱い」部分を知っているのかというと、以前夢月および幻月と一緒にお風呂に入った際に
『ちょっと、二人とも……何をじろじろ見ているのよ』
『え? いや、幽香の肌綺麗だなーって。性根は汚れてるのに』
『うん、どうやったらこの美しい体にあんな薄汚ねぇ精神が宿るのか理解できないわ』
『虐めて欲しいのなら素直にそう言ってもらいたいんだけど』
『いや、お世辞じゃなくて普通に綺麗だってば。とくにこの背筋のラインなんか真砂が敷き詰められた浜辺のようにきめ細やかで……』
『とりあえずありがとうと言ってお……ひゃうんっ!?』
『……ひゃうん? 何、その生娘みたいな反応? のぼせた?』
『ち、違うわよ……さ、触られた瞬間、なんだか電気が走ったみたいに……』
『──電気ねぇ。悪い病気だといけないからもう少し調べてみましょうか』
『やっ……こらっ、や、やめなさ……ひぁっ! あんっ……や、やだ……なに、これっ……!?』
『色んな意味で気持ちいいくらいに分かりやすい反応だねー』
『いやはやまったく。感度良好! 受信オッケー!って感じだわねぇ』
『あっ……ん、こ、この……い、いい加減にしなさいこのペチャパイシスターズ!』
『おい姉さん今幽香がなめた事ぬかしたわよ』
『そうかよし逝かす』
『あひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』
という秘密の花園的セクシュアリーイベントがあった為であり、決して誰かと乳繰り合った事があるからではないので安心して欲しい。
だれに はなしているのだ。
「ホラーイ(フフフ……どうだ、マスター直伝のひとり遊びテクニックの味は? )」
「い、いい気にならないで……あっ……こ、こんなの、す、んっ、すぐに慣れ……ひぁっ!」
「ホラーイ(まあ、そうだろうな。私とていつまでもこの作戦が通じるとは思っていない。よって今の内に止めを刺させてもらう)」
頬を染め身体をよじりながら全身を駆け巡る妙な感覚に耐えるというレアリティまみれの幽香の痴態にあっさり背を向け、蓬莱人形がドアの方に向き直る。
そして、すうと小さく息を吸い込むような仕草をしたかと思うと。
「ホラーイ(マスター! 事件です! 緊Q事態です! あの紅白が未だ熟さぬ可憐な肢体をさらけ出し水溶き片栗粉を全身に満遍なく塗りつけながら夜這いに参りました!)」
そう、声高に叫んだ。
「ぬぅぅぅぅぅぅわんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ……って、だ、誰!? 曲者!」
蓬莱人形が叫ぶのと殆ど同時に、完全に妄想の海に沈没していたはずのアリスが破れた服もそのままにドアを蹴破って突っ込んできた。
ストロードールカミカゼの断末魔や幽香のもだえる声には何の反応も示さなかったのに、ただ霊夢が来たと言っただけでこの有様である。
その変わり身の早さはまさしく神風、まさしくイリュージョン。
やはりどれだけ頭の中で破廉恥な世界が展開されていようと想像は想像、現実のフレンチキッスにも劣るシロモノなのだ。
蓬莱人形がアリスのことをよく理解し愛していることが垣間見える実に感動的なワンシーンだ。
「(! んっ……あ、し、しまった……はふん!)」
予想だにしなかったアリスの参戦を受けて咄嗟に顔を隠す幽香だが、まさしく焼け石に水。
アリスからしてみれば、相手が誰であろうとそれが「侵入者」である以上やる事は決まっているのだ。
「ホラーイ(まことに申し訳ありませんが今のは嘘です。マスターに気付いていただくにはこの方法が最も適当と判断したため……)」
「こういう事なら仕方ないわ! よくやったわねみんな! 後でほうびをとらす! さあ、誰かは知らないけど大人しくお縄を頂戴しなさい! この盗人めが!」
「(くっ……この子……しばらく会わない内に逞しくなったこと! ──でもっ!)」
しかしこの絶体絶命の状況においても幽香の目は死んではいなかった。
何故ならこれは考えようによっては千載一遇のチャンスでもあるからだ。
気付かれてはいけないという制約がなくなった以上、多少荒っぽい真似をしても問題はない。
何より奇襲作戦のターゲットが自分からノコノコと現れてくれたのだ。
むしろ願ってもない展開、これを好機と見ずして何とする。
だが、幽香が火照った身体に鞭打って一歩踏み出した、その瞬間。
彼女の視界が、ぐらりと傾いた。
「(膝が………………ッ!?)」
「好機ッ! もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
がくがくと笑う膝と、もつれた足。
コンビネーションを組んでストライキを要求する下半身に引きずられ、幽香の身体がふわりと浮いた。
そう、人形達の執拗かつ繊細なセクシャルハラスメントにより、幽香は俗にいうところの「足腰立たない」状態に陥ってしまっていたのだ。
ちょこっとくすぐった位でこれではいざ鎌倉な事態になった時が非常に不安だが、とりあえず後数百年間はそれは杞憂であろう。
何はともあれ自他共に認めるブレイン派つまり頭脳派のアリスはその隙を見逃さない。
毎日のひとり遊びで鍛えた脚力にて天井近くまで飛び上がり、どういう原理か知らないが空中で爆発的な加速をつけて。
「うっおおーっ! くらえ必殺! 両方ツンデレレッグラリアート──ッ!」
「ブベラバッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
咆哮一閃紫電一閃、乙女の美顔にめり込むブーツ。
前のめりに倒れ込んだ幽香の顔面に、アリスが宴会騒ぎの際必要に迫られて編み出したマーガトロイド流必殺奥義「ツンデレレッグラリアート」の二倍の威力を持つ絶技、早い話が両足で飛び蹴りするだけという近年稀に見るおぞましきスーパーアーツがドンピシャのタイミングで突き刺さった。
その威力は言わずもがな、なにしろ片足でさえ自分の三倍近くまで巨大化した鬼にダメージを与えることが出来るのだから尋常な破壊力ではない。
そんな最終鬼畜兵器をモロに顔面に受けては、さしもの幽香も耐えられず。
「ギシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
成す術もなくぶっ飛ばされ、戸棚と壁と窓を根こそぎぶち破って遥か彼方へと吹き飛ばされていった。
「あら? 今の声、だいぶ前にどこかで聞いたような……」
「ホラーイ(覚えていないのなら、その程度の存在という事でしょう。さしてお気になさらずともよろしいかと)」
「それもそうね。何はともあれみんなよくやってくれたわ、ありがと」
「チベターイ(ああ……そんな、もったいないお言葉……駄目、こんないい思いしちゃ来世はきっとシッチャカメッチャカのズタボロに……)」
「ォルレアーン(礼には及ばないっス!マスターの為なら例え火の中水の中あの子のスパッツの中っス!)」
「ハラッショ(っ……ま、まあ、褒め言葉として受け取っておきます。つ、次からはもっと効率のいい方法を取ってください)」
「シャンハーイ(……なんか……素直に喜び難い……)」
もはや侵入者の事など忘却の彼方に放り去り、いけしゃあしゃあとおだやかな光景を展開する変態マガトロ帝国第一連隊。
そしてこの瞬間、彼女は期せずして旧作時代と書いて若かりし頃のリベンジを成し遂げたのである。
正確に言えば当時は二回負けたのであと一戦分の仕返しが残っているのだがこの際そんな細かい計算は端折る。
おめでとうアリス。
おめでとうマーガトロイド。
おめでとうドラッグアディクトパペットマスター。
どこぞの魔界神も今頃草葉の陰で感動にむせび泣いている事だろう。
「フビライハーン(つめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)」
「ビッグベーン(あ゛み゛ゃあ~~~~~~~~~~~~!)」
そして、部屋の隅で終らぬ苦痛にもがき続ける二体の姿は人生のメインストリートから外れた者の末路を表している様で、ほんの少し切ない気持ちになった。
誰がだ。
・ ・ ・
「遅いわねぇ……何やってんのかしら、幽香……おぉぉぉぉぉわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ギシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
予想外に遅い幽香を心配した夢月が救援に向かおうとしたその時、窓どころか壁まで突き破って怪しい何者かが弾丸のごとく飛び出してきた。
とっさに身をかわしたので夢月には何の被害もなかったが、その何者かはそのまま万有引力をシカトぶっこいて地面と平行にかっ飛んでいき、偶然そこを通り掛かった永琳特製の媚薬を人里へ売りに行く途中のウサギ達が引いていた荷車に頭から突っ込んですごく大変な事になった。
不気味な液体に濡れた豊かな肢体が月明かりを受けててらてらと艶かしく輝く。
もはや言うまでもないことだが、それは幽香であった。
「……って、ゆ、幽香!? ちょっと、だ、大丈夫!?」
「うう……よ、汚されちゃった……あんな……あんな奴等に……くやし……たらこ……」
「汚されたって……ま、まさかあなた、あれだけ大口叩いておいて返り討ちにあったんじゃ……」
「! フニャーゴ!」
「ダバジュ! ど、どうして殴るの!? あと何でいきなり暴れ猫キャラ!?」
「……次、行くわよ」
「え? ちょ、ちょっと待って! 結局どうなったのよぉ!?」
慌てて駆け寄り、幽香を抱き起こす夢月。
だが幽香は彼女の質問に答えず、その手をふり払って逃げるように飛び立った。
訳も分からず追いかける夢月を気に留める素振りも見せず、そのまま空高くまで舞い上がる。
まもなく夢月が追いつくと、ふと急停止しくるりと背後を振り返って。
「──────今日はこれくらいにしておいてあげるわ!!」
遥か上空からアリスの家を見下ろしながら、威風堂々たる姿勢で声高らかに言い放った。
「(幽香……不憫な子……!!)」
幽香の眦に煌いた小さな雫は、果たして月明かりの見せる錯覚であったか。
僅かに水っぽい響きを孕んだその言の葉が薄ら寒い夜風に吹き消される。
真夜中だというのにどこからともなく閑古鳥の声が響き、空だというのにどこからともなく根無し草が転がり出でた。
空の中心で虚勢を張る姿はなんとなく雪の降る街角でマッチを抱えて寒さに凍える可憐な少女を髣髴とさせて、横で見ていた夢月の頬が紅涙によって濡れたのであった。
無残である。
とりあえず幽香がエロスイ事になったのは理解した。
いやすいません何でもないんです……
何ィ!?それは真実(まこと)だろうな!
大好きですよもう、どこまでも突っ走ってください!
…で、ゆうかりんはエロい子ってことでFAっすか?
おぱーいおぱーい。もちょ。
しかしそれを相殺侵食して有り余る狂気的な疾走。
もはや言語に尽くしがたい。
あと幽香はもっと責めt
…師匠特製の媚薬、一つ下さい。
そしてゆうかりんますますかわいいよゆうかりん
ともあれ寸止めの美学、堪能させて頂きました(w
その蹴り方はもはや両方滝z……げふんげふんマガトロキックと呼ぶべきだと思う
ああ。コイツは紙一重カウンター(グレイズ)できねーや。
続きも期待してます
人形または霊夢の何かを持たなければ
無事に済みそうもないことは判明した
もちろん、性的な意味で。
ほんと一糸乱れぬカオスぶり。
後編も楽しみです!
ジェネシック吹いた
つかこれやりたいから液体窒素出したろw