Childhood's end(全ての言葉はさようなら)
人の心は複雑怪奇よ。博麗の巫女でも、この怪異は解けない。
【BGN】
今日も今日とて境内を箒で掃く。
参拝者などいないとわかっていても、他にすることが無いのだから仕方ない。秋のこのころは家に引きこるのも微妙だが、何もしていないとそれはそれで寒いのだ。とはいえ、もうそろそろ日も暮れるけど。
ふと、空気の乱れを後ろで感じた。
「まったく、いて欲しい時はいないくせに、いなくてもいい時はいるのね」
「いて欲しい時なんてあったのかしら」
「妖怪に用なんてないわ」
とは言いつつも、手からはすでに箒無し。
いらっしゃい。
「ええ、おじゃまするわ」
境目に潜む妖怪、八雲 紫。
今日も今日とて胡散臭く笑っている。
[断片断片断片]
生まれてはすぐ、消えてゆく。
「今回は、結構長い時間あったわね」
「私からみれば大差ないわ。相対的に」
「まあ別にそれほど久しいって感じでもないわね。心理的に」
「あら、私がいなくて寂しくなかったの?」
「誰がいなくても別にさみしくないわ」
「そうね、博麗の巫女だものね」
全てから浮く、貴女だものね。
「これでも、あんたほど外れてはいないつもりなんだけど」
「私は全ての傍にいるわ。この幻想卿の、全てのね」
「ふうん?」
お茶を、飲む。
「お茶請けは、何かでないの?」
「御持たせでよければね」
「仕方のない巫女だわ」
胡散臭げな笑みをちょっとだけ変えて、スキマ妖怪は隙間に手を入れる。
「なにこれ?」
「チョコレイト」
「お茶に合うの?」
「緑茶にはたぶん合わない。でもこれが今のマイブーム」
「それは楽しそうで何よりね」
「美味しそうが正しいのよ」
「ところで霊夢」
「なによ」
「あなたの勘は、何かを教えてくれたかしら」
「何かって何よ。仕事ならちゃんとしてるわ。それとも、今度はあなたが仕事になるの?」
「それはそれは魅力的な暇つぶしだけれど、時間と手間がかかるという欠点があるわ」
「微妙に矛盾を感じる文ね。まぁ、大人しくしているならかまわないわ」
「そうね、あなたはきっとかまわない」
それは、少し彼女の役から逸れた。
気紛れと心の揺れの、中間くらいのものかもしれない。
「知り合いの誰が困っていても、それが幻想郷そのものに関わらないのなら、貴女の勘は動かない。それが博麗の巫女、博麗霊夢。無重力のあなた」
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
「……誰が、ピンチになってるって?」
「いろいろよ。黒いのやら七色やら紫やら」
「魔理沙とアリスと……パチュリー?」
「狗だったり龍だったり蝙蝠だったり」
「紅魔館のメンバー?」
「それと月世界ね」
「大事件じゃないの」
「それぞれ別件よ。異変も怪異も何も起きてないし、起きないわ。ただのケンカ、仲違い。それから青春の迷い路。みんな譲れないものが多いのね」
「なによ、私には関係ないじゃない」
「でも全てが終わったとき、何人かは永遠に会えないかもしれない」
「……お節介の安売りはしてないの」
「そうね、言ってみただけよ、博麗の巫女。これはしがないスキマ妖怪の独り言」
「そんなに気になるなら、あんたがどうにかすれば?」
「霊夢がどうしてもってお願いするなら、手を貸すのもやぶさかではないわ」
「なによそれ」
「だから独り言」
[暗転]
「この幻想郷に、素直なヤツなんていないわ」
[暗転]
[断片断片断片]
昨日の歌なんて歌えない
「相変わらず胡散臭いやつね」
「それで、寂しがり屋の鬼は今ごろ出てきたの?」
「寂しがり屋はどっかの人形遣い。わたしは月見」
「友は月と酒?」
「それから巫女ね」
「どっちかというと供じゃない」
「そうは言いつつも、その手は杯を持っている。まあね、酔わなきゃやってけないときはあるよね」
「私はないわよ」
「そうね、知ってたわ」
杯を重ね、月を見て、他愛もない会話をした。
「好きになると面倒なんだ。いろいろとね」
「何の話よ」
「四方山話。私は幻想郷のどこでも現れるからね?」
「まさに神出鬼没ね」
一口飲んでは笑う鬼。話しているのは今のことなのに。
その目がふっと月でも杯でもなく、もちろん巫女でもないところを視る。
何かを待つように、霊夢は飲むのをやめて鬼を見る。
「きっとね、弱いくせして強がる生き物なんだよ、人間ってヤツはさ。出来ないことが多いのを大惨事みたいに嘆いて、翼がないことにも、水の中で呼吸できないのも、そんな当たり前のことに我慢できなくて、だからいつも泣いているんだよ。哀しいとか、そんな理由だけじゃなくてね」
「何の話よ」
「だから、四方山話。幻想郷に住む最後の鬼の視た話」
「何よ」
ふんと、霊夢は鼻を鳴らした。
「あんたも紫も、同じようなもんじゃない」
「さあね」
ああ、宴会したいなぁと鬼が言い。
すればいいじゃないと巫女が言った。
「いいわけ?」
「駄目って言ってもあんた達はやるじゃない」
「これが終わったら、みんなで騒ごうかね」
「みんなで?」
「そう、みんなで」
鬼は笑う。先のことで。
「宴会は、みんなでやんなくちゃね」
そのまま、後はとくに会話もなかった。
眠りに落ちる頃、それは聞こえた気がした。
「でもきっと、それがヤツらの生きる理由で、強さなんだろうね」
それは、事件の起きる数日前。
【BGN】
――――――――嘘ばっかり
[断片断片断片]
「よお」
「いらっしゃい」
「相変わらず無駄なことしてんな」
「そうでもないわ。汚いところで住むなんて嫌だし。あんたと違って」
「あれはあれで計算された配置なんだ。……って、どうした?」
「元気そうじゃないの」
「いつもと変わらないぜ?」
「つまり、いつもうるさいってことね」
普通の魔法使い、霧雨魔理沙は、不思議そうに霊夢をみた。
「死にかけてるって聞いたけど」
「そう見えるか」
「うんにゃ見えない。ああそうだ、魔理沙は困ってるだけか」
「困ってる?私があんまりにも凄すぎてか?」
「じゃあ、死にかけてるのはアリスかパチュリーの方なのね」
「ああ?」
訝しげに。
「ひょっとして、知っているのか」
「知らないわ。私はずっとここにいたんだもの。どっかのスキマ妖怪とどっかの鬼が、なんだか誰かがピンチとか騒いでお茶とお酒と飲んだだけ」
「宴会か?」
「それは今度やるみたい」
「へえ?」
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
「じゃあ私は幹事として、一っ走りありそうだな」
「それって、みんな呼ぶの?」
「みんな?」
「みんなはみんなよ」
魔法使いは巫女を見たが、二人の視線は合わない。
やがて。
「まあ、私は人間だからな」
「何の話よ」
「独り言だぜ」
魔法使いは歌い出した。
たぶん、最近スキマ妖怪が仕入れてくる外の歌だ。
いったい向こうのいつの曲だが知らないが。
このまま どこか遠く 連れてってくれないか 君は 君こそは 日曜日よりの使者
《Anywhere but here》
適当な嘘をついて その場を切り抜けて 誰一人 傷つけない 日曜日よりの使者
《It is a sweet lie》
流れ星が たどり着いたのは 悲しみが沈む 西の空
《Time for you and time for me》
《I have heard the mermaids singing, each to each》
《I do not think that they will sing to me》
そして東から昇ってくるものを 迎えに行くんだろ
それは、事件の起きる数日前。
【BGN】
さよならも言わない。
[断片断片断片]
泣いたりなんてしない。哀しくなんてない。さみしいなんて知らない。
ゆうべのあかいたいようが きょうもにしへとおちてゆく
それは、事件の起きる数日前。
隙間は覗き観て知る。
鬼は散りて見て知る。
巫女は聞き感じ識る。
それが幻想郷クオリティ。半分は皮肉、半分の半分は謎、残りは優しさで。
近い終わりに期待です。