○月×日 快晴
蓬莱山輝夜 ○-● 藤原妹紅
(01分58秒 チョークスリーパーからの首折り)
○月△日 曇天
蓬莱山輝夜 ○-● 藤原妹紅
(19分42秒 筍への垂直落下式バックドロップ)
×月●日 小雨
蓬莱山輝夜 ○-● 藤原妹紅
(3時間27分16秒 マウントポジションからの新難題『妹紅が死ぬまで殴るのを止めないッ!』)
◆ ◆ ◆
「三連敗とは珍しいな、妹紅」
慧音の家で最近の殺し合いの結果報告をしたら、そんなことを言われてしまった。
「や、だって数年間のブランクがさあ……」
「ほぼ四年前だな、最後に派手な格闘戦を行ったのは。その後は今と同じ弾幕主体だ」
「そうそう、その四年間のブランクが――」
「その程度の愚痴のために、わざわざ私のところへは来ないんじゃないか?」
うっ、と私は言葉に詰まる。さすがに慧音は鋭い。
慧音は湯飲みを二つ置いてから、私の方を向いた。
「何か気がかりがあるんだろう? 話してみろ」
あまり話したくはないけれど、それじゃ何のために来たのか判らない。
私は、ちょっと口ごもりながら話し始めた。
弾幕無しの殴り合いを申し込まれ、受けたらあっさり首を折られたのが三度前の殺し合い。
事前に体を動かし体調を整え、実戦では目潰しに耳の穴まで狙ったのに投げ殺されたのが前々回。
そして、気づかぬ間に馬乗りになられて、三時間以上殴られたのが前回。
そういうことを、私は話した。
私の話を、頷いて、相槌打ちながら聞いていた慧音。
ちょっと考えて言ったのは、
「単にお前が弱いだけじゃないのか?」
「そういうことじゃないんだって!」
私は思わず床を叩いていた。
「あまり揺らすな。茶がこぼれる」
「ご、ごめん。……だからさあ、変なんだよ」
「だから何が?」
上手い言い方が思い浮かばなくて、私は腕組みして下を向く。
「何て言うか、……輝夜の奴、本気で殺そうとしてない気がしたんだよね」
「現に殺されているじゃないか」
少し呆れたふうに慧音が言ったので、私はちょっと慌てて、
「そうじゃなくて。私が目突きや耳突きやってるのに、あいつはやってこないんだよ。
前回は手の指掴んで折ってやったのに、その後延々殴り続けるし……。
あいつ、頭の配線がどっかズレてるのかな?」
「本気でそう思ってるのか?」
「だからぁ、なんか上手く言えないんだって」
「ふむ」
慧音は、呑気に茶をすすってから言った。
「しかし、随分気にしているな。連敗が悔しいか?」
さっきからちょっと癇に障る言い方をしてくるけど、慧音に怒ったってしょうがない。
「そりゃ悔しいけど、なんか腑に落ちないというかさ」
「不意を突いて弾幕で殺せば、お前の勝ちにはならないのか?」
「それは私の負けだよ」
私は首を振った。
「弾幕無しで、って言ってるんだから、ちゃんと素手で殺さないと」
「ふうむ……」
慧音は、脇に置いてあった湯呑みを持って、また一口飲んだ。
「……次は、いつやるんだ?」
「今日。ってか、今から」
私の端的な言葉に、慧音は眉をひそめてしまった。
「大丈夫か? 迷いが残ったままの殺し合いなど、ろくな結果にならんぞ」
「平気だよ。殺されても、命が無くなるわけじゃないもの」
……なんだか、慧音の眉間のしわレベルが上昇した気がする。
「何か気に触った?」 私は聞いた。
「ん、いや、ちょっと考えているんだ」
「そっ。じゃ、私行ってくるから」
私は自分の分のお茶を一息に飲んで、言った。
「……ああ、武運を祈る」
出て行こうとする私の背中に、慧音の声が聞こえてきた。
◆ ◆ ◆
その日、新聞の配達に来た烏天狗に、上白沢慧音は一通の手紙を渡した。
◆ ◆ ◆
×月□日 薄曇
蓬莱山輝夜 ○-● 藤原妹紅
(08分31秒 右ハイキック→左フック(KO))
◆ ◆ ◆
四連敗のショックで、私は外に出る気も起きず、日がな一日ごろごろする生活を続けていた。
三日くらい経った日の朝に、うちに慧音が訪ねてきた。
「どうだった?」
歴史を直接見れるくせに、慧音はわざわざ私に聞く。
でも文句を言う気にもならない。私は正直に白状した。
「輝夜の右目を潰したら、一瞬も怯まないで右ハイキック打ってきて。
そいつはガードしたけど次の左フックがモロで失神。あとは、覚えてないけど多分通常弾でピチューン。
十二単でハイキックなんかするなっての」
「おやおや」
苦笑した慧音は、私の布団を剥ぎ取った。
「何すんだよぉ……」
顔を上げて文句を言うと、慧音はニッと笑って、
「腐っていても輝夜には勝てんぞ。修行にうってつけの場所があるから、連れて行ってやる」
「修行?」
ちょっと気になる。私は体を起こした。
「山篭りでもするの? 片眉を剃り落としたり、クマや牛と素手で戦ったり?」
「そんな前時代的なことはしない。ちゃんとした道場、……のようなものだ。
輝夜に勝ちたいんだろう?」
「そりゃ勝ちたいけど、……“ようなもの”って何?」
いぶかしむ私をよそに、慧音は布団を畳んでいる。
「そうだな、敢えて言うと、――虎の穴ならぬ悪魔の穴だな」
慧音の笑顔に、私は嫌な予感を覚えた。
◆ ◆ ◆
私と慧音が家を出て数時間。今は大きな湖の上を飛んでいる。
「へえ、こんな所に湖があったんだ」
変な連中が肝試しに来てからも、私は基本竹林暮らしだ。
永遠亭の奴らは色々やってるみたいだけど、あまりそうする気にはならない。
もしかすると私って、引き篭も、……きっと貴族気質ってやつだろう。輝夜と同じなのだけは嫌だが。
ともかく、私は初めて来る場所に素直に感動していた。
「あ、あれ妖精だよね。うわ、たくさん集まってる」
「竹林と比べてここは多いらしいからな。
もっとも、竹林の妖精はお前を見たら逃げ出すんじゃないか?」
「あまり意地悪言わないでよ……。
ところでさ、随分飛んだけどまだ着かないの?」
「ここまで来れば目と鼻の先だ。――ほら、見えてきたぞ」
慧音が指し示す方向には、大きな家のようなものがあった。
「……ねえ、あれ相当でかくない?」
嫌な予感をして慧音を見ると、笑ってこっちを見て言った。
「そりゃ大きいさ。妹紅、あれが悪名高き紅魔館だ」
「……ちょっ、紅魔館ってアレでしょ? チビ吸血鬼とメイド・ザ・リッパーの住み家!」
いくら竹林生活が長くても、紅魔館の名前くらい聞いたことはある。
「なんで私達がそんな所に行かなきゃ行けないのよ。面倒ごとになるに決まってるじゃない。
あの満月の夜のこと、まさか忘れたんじゃないだろうね?」
「忘れるものか。だがな妹紅、人間は過去を顧みつつ、前に進む生き物だ」
けーね半分獣じゃん、って言いたかったけど我慢した。
「向こうの方からうちの里に来ることがたまにあってな。
それ自体は前からあったが、あの夜以来、咲夜――メイドの方と結構交流があるんだ。
かたや人里を守る半獣、かたや吸血鬼の従者で、話のタネは色々ある。
それに、食料や雑貨の買い付けならともかく、人間の血を取りに来られては面倒だ。そのあたりの話もな」
その縁で紅魔館にも何度か行ったんだ、と慧音は言った。
私はうーっと唸って、
「慧音、そんなこと一回も言ってなかった……」
「怒るな妹紅。機会があればお前も連れて行ってやろうと思ってたんだ。
言わない方が驚くだろうと思ってな」
「意地悪いなあ。それで、今回が“機会”ってぇの?」
「その通りだ」
「……まあ、慧音に考えがあるってのなら、別に良いけどさ。
でも殴り合いの修行でしょ? その相手に吸血鬼やメイドは違うんじゃない?」
「そこはそれ、紅魔館には色々といるんでな」
にやにやと笑う慧音の顔からは、不吉な未来しか想像できなかった。
館まであと少しというところで、向こうから誰か飛んで来るのが見えた。
「慧音、まさか門に着く前に門前払いってことは無いよね?」
「大丈夫。あれは知り合いだ」
その言葉を証明するように、慧音がすっと前に出た。
飛んで来たのは、中国風の服と帽子をまとう赤髪の女だった。もちろん知らない顔だ。
そんな彼女に、慧音が話しかけた。
「こんにちは美鈴殿。久しぶりだな」
「こんにちは慧音さん。咲夜さんから用件は承っています」
美鈴と呼ばれた女は、こっちの方を見て、
「あなたが妹紅さんですか?」
「うん、そうだけど」
「初めまして。紅魔館の門番を務めます、紅美鈴と申します」
言いつつ、美鈴は右手を差し出してきた。
慧音の知り合いだし、良い人そうだし、私はその右手を握った。
「藤原妹紅。ご丁寧にどうも。……てゆーか、当主やメイドより門番の方が礼儀正しいのね。
門番っていうと、こう、こわもてでゴツいイメージがあるけど」
「あー、まあ、その、色々と事情が……」
あはは、と美鈴は誤魔化すように笑った。
私も笑って、
「でもま、紅魔館にもマトモなのがいて良かったよ。あんなのばっかだったらどうしようかと思ってた」
「あはは、は、はは……」
「妹紅、そのくらいにしておけ」
慧音に釘を刺されてしまった。
「そ、それではご案内します。着いてきて下さい……」
心なしかふらふらと飛ぶ美鈴の後ろ姿には、どこか気苦労の影があった。
あんな変人の下で働いているんじゃ、当然なのかもしれない。大変だなぁ。
「うおぉ…………」
美鈴の案内で館に入って、私達は玄関ホールにいた。
私の家が丸々入りそうな玄関ホールの広さに、思わず声が漏れてしまう。
慧音が私の肩をぽんと叩いて、
「永遠亭の方は和様式が基調だからな。同じ大きな屋敷でも、全然違うだろう?」
「うーん、確かにこれは大したモンだね。良い所に住んでるなぁ……」
私は素直に観想を言う。
と、そこで美鈴が口を挟んできた。
「お嬢様とメイド長がお待ちですので、こちらへどうぞ」
「ああ、はいはい。……メイド長って、やっぱり十六夜咲夜のこと?」
私は、美鈴ではなく慧音に聞いた。
「あの時間停止は戦闘以外でも有用だからな。だが、それを除いても優秀な人材らしい」
「へぇー、あの……っと」
あの切り裂き魔がねえ、とは美鈴の手前言わなかった。
一分弱歩いて通された部屋は、応接間らしきところだった。
らしき、というのは、それでも私の家の二部屋分はありそうな広さだったからだ。このブルジョワが。
上座にあたる椅子には、既に主人のチビ吸血鬼――レミリア・スカーレットが座っている。
カップを持って、何かを飲んでいる様子だった。
その後ろには、あの切り裂きメイド、十六夜咲夜が控えている。
私たちの後に部屋に入った美鈴は、ドアを閉めると咲夜の横に移動した。
「――ああ、やっと来たの。座って良いわよ」
レミリアのぶっきらぼうな言葉に、私はついムッとする。
が、慧音が何も言わず座ったので、自分も大人しく隣に座った。
「咲夜、客人の分もお茶を」
かしこまりました、と言った咲夜の手には、既にポットとカップ二つが載った盆があった。
「それ、時間停止ってやつ?」 私が言うと、
「咲夜いわく、種無し手品の延長だそうよ」とレミリアが返した。
「ところでさあ、何で修行場所が悪魔の館なの?」
注がれた紅茶を飲み一息ついたところで、私はかねてからの疑問を口にした。
レミリアは眉をひそめて、
「ちょっとハクタク、説明していないの? あなたが描いた絵図なのに」
「ハクタク言うな吸血鬼。……まあ、説明はまだ半分しかしていない。
残りの半分は、お前達と一緒にした方が早いだろうと思ってな」
そう言って、慧音は私の方を見る。
「さて妹紅。輝夜とのステゴロタイマンに絶賛四連敗中のお前だが」
「人前で余計なこと言わないでよ!」
私が怒鳴っても、慧音は悪びれもせずに続けた。
「人前と言っても、この三人も関係者だからな。事情を説明しないと。
ともかく、私は格闘技など教えられんので、餅は餅屋、紅魔館に頼むことにした」
「感謝しなさいよ」
レミリアが余計な口を挟んできた。
私はうざい彼女を横目で見て、
「まさか、お前みたいなチビが餅屋だって言うんじゃないだろうね?
それともメイド長さんが、実は最強の格闘家でもありましたって?」
「無礼な口を閉じなさい、もんぺ女。
お前は今日から三日間、紅魔館の下働きになるんだよ。これはハクタクも了承済みだから」
「……は?」
もんぺ女はとさかに来るけど、それ以上に後半が問題だ!
「ちょっ、慧音どういうこと!?」
慧音は私の方を見ないで、
「正確には、門番隊隊長直属の臨時補佐、……で、よろしかったかな? メイド長殿」
「その通りでございます」
メイドが瀟洒に答えやがった。
そして、私は一つ嫌な予感を得た。
「門番隊隊長って、まさか……」
驚きっぱなしの私は、咲夜の横に立つ美鈴に目をやった。
美鈴は微笑んで、
「先ほどは説明が足りなかったですね。紅魔館門番隊隊長、紅美鈴です。
妹紅さん、三日間よろしくお願いします」
そして、一礼した。
「…………マジで?」
私は、自分がよっぽど間抜け面をしている気がしたけど、直そうにも直せなかった。
◆ ◆ ◆
「……で、何しようってのよ」
私たち五人は、応接間から中庭へと移動していた。
中庭の中央で、私と、少し離れて美鈴が向かい合っている。
さらに離れて、レミリア、咲夜、そして慧音が立っていた。
「妹紅、どうせお前のことだから美鈴殿が大層な武人だと言っても信じないだろう」
「うん、信じてないし」
心中を正直に言ってやった。
慧音は溜め息をついて、
「だから、まずは一回手合わせしてもらえ。それで納得するだろうから」
「……慧音さ、私が負けるって前提で話してない?」
不満を隠さず私が言うと、
「長く生きてるだけが取り柄の人間が、美鈴に勝てるわけないじゃない」
チビ吸血鬼が相当ムカつくことを言ってくれた。私は睨む。
「そんなにいきり立つな妹紅。……美鈴殿、よろしく頼む」
「はい。それじゃ、妹紅さん?」
その声に、私は視線を美鈴へと移す。
「えっと、輝夜さんでしたっけ? その人とやる時と同じようにやって下さい。
どこ狙っても良いですから。反則もありませんし、手加減抜きでどうぞ」
「……本気? 輝夜のこと知ってるってことは、……聞いてるんでしょ?」
「関係無いって不死の人間。本気以前のまた以前、美鈴にとってはお遊びよ」
外野――レミリアの声が、また聞こえる。
でも、私はもうそっちを見ない。美鈴だけを見る。
私は体を半身に開き、軽く握った拳を胸の前に掲げた。
美鈴は、姿勢を変えずにただ立っている。表情は緩やかだ。
私は、きっと緊張が顔に出ているんだろう。でも別に良い。
輝夜との殺し合いは、惰性になど成り得ない。その時と同じように、立ち合えと言われている。
「んじゃ、いくよ?」
「いつでもどうぞ」
美鈴の返事を聞いて、私は遠慮無く動いた。
足元の土を、よく整った芝ごと掘るように蹴り飛ばす。
挨拶代わりの不意討ちを、美鈴は避けもしなかった。
正確に顔面へと飛んだ土くれを、ガードするでもなくモロに喰らっている。
「うわっぷ」
情けない悲鳴が聞こえるけど無視すべし。
一、二と助走をつけて、私は跳んだ。
体重を乗せた飛び蹴りを放つ。
が、美鈴がよろけるように横に動いただけで、それはかわされた。
私は舌打ち一つ打って、地に足が着いてすぐ後ろに――
「んなっ!?」
私に吸い付くような動きで、美鈴が追って来ていた。
「跳躍系は、相手が避けられない時だけですよ?」
笑みを浮かべる美鈴の顔には、まだ土の跡が残っている。
土を喰らったのは確かだが、いくらかは演技だったのだろうか。
もう一歩下がろうとする私に対し、美鈴が右足を振った。
前蹴り。避けられないが、目では捉えた。
私は両腕を下げ、腹の前でガードした。
ッ! 重い衝撃が体に響く。
と、
――コッ
ものが軽くぶつかる感触と音が、私の右側頭部を襲った。
美鈴の蹴り足はまだ戻りきってないし、彼女の両腕も視界にある。
なら、何が起きた?
理解不能の衝撃に、私の集中が一瞬ズレる。
その一瞬で、美鈴は大きく後ろに跳びすさっていた。
……距離が空いて、私は少しだけ緊張を解く。
“何か”をもらった頭を撫でて、私は言った。
「……前蹴りの右足戻す前に、左足で飛び回し蹴り?」
美鈴は破顔一笑して、
「ご名答です。これすら判らなかったらお帰り願うところでした」
「笑顔で嫌なこと言うね……」
私は、内心の戸惑いを隠すように、つい苦笑してしまった。
まともな動きではないと思いつつ言ったのに、あっさり同意されてしまった。
単純な筋力とかバランス感覚とか、そういうレベルの動きではない。
美鈴はきっと、体の使い方が異常に速くて、上手いのだろう。
もし前蹴りと同じ威力で頭を蹴られていたら、……きっと、私は負けていた。
美鈴は試験のつもりで行ったことだとしても、私からすれば遊ばれたと同義だ。
でも、ここでキレても意味が無い。私は拳を構え直して、美鈴に言う。
「続行、ってことで良いんだよね?」
「そうですね。遠慮なくどうぞ」
やはり構えもしない美鈴。でも、私はもう気にならなかった。
先ほどと違いゆっくりと距離を詰める私に対し、美鈴は全く動かない。
私達の身長は、美鈴の方が上ではあるけど大した差は無いみたい。イコールリーチも同じこと。
私の攻撃が届く間合いは、美鈴の攻撃が届く間合いでもあるということになる。
そして美鈴の技量は、先刻見せつけられたように、私よりかなり上。
……でも、怖くは無い。
何故なら、美鈴には殺気が無い。
殴り合いをしようとすれば自然に生まれる殺気が、美鈴には皆無だ。
意気とか覇気とか、そういったものすら無いように思えてしまう。
数える気も起きない殺し合いを続けてきた私にとって、それは拍子抜けにすら感じてしまう。
私の方だけ一方的に“殺す気”なのは気分が良いことではないけど、
輝夜とやる時と同じように、ってさっき言われちゃったし。
さてと、ここで一つ自問自答。
殺せる人間と殺せない人間が闘えば、――答えは?
「ふっ」
軽く踏み込んでローキック。――美鈴は受けずに下がって避けた。
私も一歩戻って、距離を空ける。
相変わらず、向こうからは攻めてこない。
もう一度、私はローキック。また避けられる。
当たっても大して痛くないだろうに。それとも、まだ私を見定めている?
それならそれで構わない。
今度は、私からも試させてもらうから――
「ふっ!」
ローキックと見せかけて、前蹴り。これも美鈴は避けた。
私はさらに踏み込んでもう一度前蹴り。やっぱり避けられる。
こっちも下がって、一回だけ深呼吸。
私はまた、前に出る。
ロー、ロー、前蹴り。全部かわされる。
だからって、漠然と蹴ったら足を掴まれる。私は気を抜かずに足を振るう。
もう一発ローキック、そして前蹴り。
そう、下がれ。よし下がった――
「――らぁっ!」
前蹴りの足で踏み込んで、私は美鈴の懐に飛び込む!
美鈴が下がるのが見える。だけど今度は私が速――
ごっ
――痛い。膝を顔に喰らった。
けれどこの程度の痛み、私が怯むには到底足りない。
腕を伸ばせば、……ほら、服を掴めた。
「捕まえ、たっ!」
私は一気に体を寄せて、美鈴の胴に腕を回す。
すると、顔に柔らかい異物が当たった。
……ええいこのデカチチがぁ!
ガツンと頭に落とされる肘を無視して、私は美鈴を抱え上げ、
ドンッ!!
「ぇはっ!」
地面に叩きつけてやると、美鈴の口から息が漏れた。
だけど入りが綺麗すぎる。受け身、取られたかな。
私は体を起こして、仰向けになった美鈴の上に乗ろうとする。
美鈴が足をすぼめて、私との間に割り込ませる。
でもそれは、もう遅いよ。
私の右手は、ほら、もうお前の眼に届くから――
「じゃっ!!」
五指をピンと伸ばし、貫き手を放つ。
真っ直ぐに突き出した手に、眼球を潰すいつもの感触が、
――こない。
右手首が、美鈴に掴まれている――
つッ! 腹蹴られた!?
首に脚が、 美鈴の体が回って、足が押してくる
私も回って、仰向け? 掴まれた右手引っ張られて、
やばっ、腕ひしぎ――
ぶちぶちぶち、と右腕の靭帯が千切れる音が聞こえる。
私は、悲鳴を上げなかった。
◆ ◆ ◆
美鈴が私を放し、立ち上がるのが目に入る。
私は痛みに構わず横に転がり、後ろに下がりながら立ち上がった。
美鈴は、私を追ってこない。
美鈴を睨みつける目に、私は力を、殺気を込める。
「ちょっと、まだ続ける気? どっからどう見たってアンタの負けじゃない」
聞こえた声は、例によってレミリアのもの。
私は顔を向けずに返してやった。
「勝ち負け決めるのは外野の人間じゃないだろ。……私はまだ、負けを認めちゃいない」
輝夜とやる時は、腕の一本、脚の一本くらいでは決着にならない。
「――完全に気を失うか、殺すかのどちらかだけが決着だ。続けようよ、美鈴」
私の言葉に、美鈴は首を横に振って答えてきた。
「今はこれで終わりです。あくまで修行の一環ですし。
納得できないなら、私の負けってことにしても良いですけど」
美鈴の顔を見ていると、まるでそうすることが正しいって気分になってくる。
何故だかは判らないけれど、ともかく、私はまだ緊張を解かない。
「本気で言ってる? そっちの方がよっぽど納得できないんだけど」
美鈴は、「んー」と何やら考えて、
「ではこうしましょう。先ほど妹紅さんが腕を取られた原因を考えて下さい。
明後日までに正解を出すことができたら妹紅さんの勝ちです。それでどうですか?」
……まあ、それなら落としどころかもしれない。
敗因を考えることは重要だし、一番の目的は輝夜に勝つことだし。
「判った、それで良いよ」
「良いですか? じゃ、ちゃんと考えて下さいね」
パン、と手を打つ音が響いた。
誰がやったのかと思えば、また例の吸血お嬢だ。
「さてと。お互い納得したみたいだし、咲夜、妹紅の手当てをしなさい」
「かしこまりました」
「は? ちょっと、――――うえぇ!?」
文句を言う間もなく、私の右腕は布にくるまれ吊られていた。添え木までしてある。
けれど、私にこんなもの不要だ。
「やってもらって悪いんだけど、ナイフの方貸してよ。リザレクションするからさ」
「妹紅、言い忘れていたんだが」 慧音が口を開いた。
「ここにいる間、お前はリザレクション禁止だ」
「はあぁ?」
「死ななければリザレクションは不要だ。そうだろ?」
それはまあ、当たり前というか何というか。でも、
「……つまり、この腕治すなってこと?」
「間接的にはそういうことだ。
そう不満げな顔をするな。リザレクション禁止は、この修行プログラムの中でも重要事項の一つだからな」
「何でリザレクションしないのが修行なのか、理解できない。
私にとって死は日常、不死も日常。どうしてそれを戒めるの?」
「それを考えることも、修行の内だ」
「それでは、私はこれで失礼する」
「あら。少し待てば昼食ご馳走するわよ」
既に宙に浮かんでいる慧音に、レミリアが言った。
「日が暮れる前に里に戻らないといけないのでな。道中面倒があっては困るし、残念だが辞退させてもらう。
それじゃ妹紅、明後日の午後に迎えに来るからな」
「あ、慧音――」
「そうだ、最後にもう一つ」
慧音は浮かんだまま振り返って、
「妹紅、お前美鈴殿のことを呼び捨てにするなよ。『先生』か『師匠』と呼べ」
「ふぇっ!? いや、私は別にどう呼ばれても……」
「美鈴もあー言ってるし、いいじゃんかぁ」
「妹紅、お前は美鈴殿に教えを請う立場なんだぞ」
「だって連れてきたの慧音じゃん」
「……輝夜に勝ちたくないのか?」
ぐっ。それを言われると、……私に選択肢は無い。
私はくるっと向きを変えて、頭を下げて言った。
「――よろしくお願いします、先生」
師匠は某薬師&某兎と被るので、先生の方にすることにした。
「こ、こちらこそよろしく。……うぅ、なんかむずがゆいなあ……」
美鈴、もとい師匠の笑顔には、威厳や風格ってものが皆無だ。
微妙にやりにくいけど、すぐに慣れるかなあ。
「ちなみに私のことはレミリア様かお嬢様、咲夜のことはメイド長って呼ぶのよ」
私は無視した。
「それじゃ妹紅、迷惑をかけるんじゃないぞ」
最後まで保護者面の慧音がムカつくので、私は飛んでいく後ろ姿に大声で言ってやった。
「慧音ー! ぱんつ丸見えだったぞーっ!!」
◆ ◆ ◆
「さて、今この時から、お前は客人ではなく紅魔館の一使用人となった」
チビのくせにいっちょ前の口聞きやがって。
……あーそっか、こいつ一応五百歳なんだったっけ。
なら歳相応と見れなくも――
「というわけで、メイド服に着替えて門番隊に合流すること」
「何でよ!?」 思わず絶叫してしまった。
「紅魔館の使用人は、メイド服こそがユニフォーム。例外は美鈴と小悪魔くらいよ」
「私はめい、じゃなくて先生の直属扱いでしょ? ならせめて同じ服にさせてよ!」
「アンタ胸のサイズ合わないじゃない」
私は美鈴の服を見て、胸を見て、……絶望した。
「納得した? それじゃ美鈴、連れてってやってね、私は一眠りするから。――行きましょ咲夜」
「あ、はい。お休みなさいませ」
去っていく二人に向けて、美鈴は頭を下げた。って、やっぱ私もやんなきゃダメか?
「…………輝夜に勝つため輝夜に勝つため輝夜に勝つため……」
自分に言い聞かせて、私も頭を下げるのだった。
「腕、大丈夫ですか?」
門番隊詰め所とやらに行く道すがら、美鈴が尋ねてきた。
「痛むけど一応平気。完全骨折の痛みでも私慣れっこだもん。靭帯伸ばしただけで、骨は外してないんでしょ?
リザレクションなら一瞬だけど、時間さえ経てば安静にしてなくてもいずれ治るよ」
「あ、やっぱり修行には問題無いんですね」
やっぱりって、慧音あたりから聞いててヤッたんだな……。
ま、修行に大した支障が無いのは事実だし。
「問題無し無し。どんな修行でもドンと来いってのよ!」
横で美鈴がくすくす笑うのが聞こえた。
闘ってるときと、雰囲気違いすぎるよなあ……。
「意気込んでるところ悪いですけど、今日はあまり激しい運動にはならないと思いますよ。
何か事件が無い限りは、毛玉退治と、後は私と軽い組み手をするくらいの予定です」
「ああ、そうなんだ。私の住んでる竹林にも毛玉いるけど、アレって何なんだろうね?」
「害虫と同じじゃないですか? ……あ、急ぎましょう。ちょっと時間が」
「はいよ」
小走りになった美鈴を、私も急いで追った。
◆ ◆ ◆
「はい、整列ー!
今日から三日間みんなと一緒にお仕事をする妹紅さんです! ……はい、自己紹介して」
「ふ、藤原妹紅です。よろしくお願いします」
頭を下げると、
パチパチパチパチパチパチパチパチ……
何故か拍手されてしまった。
今、私は三十人ほどのメイドの前で、さらし者になっている。
ていうか私も今は一人のメイドということになるらしい。
ストッキングは変な感じがするし、脚全体がすかすかな感じがして、どうもこの服は私に合わない。
美鈴はさっき良く似合ってると言ってくれたけど、見た目じゃなくて気分の問題なんだよなあ……。
「妹紅さんはあくまで臨時の協力者なので、毛玉退治の手伝いだけやってもらう予定です。
なので通常業務の方に変更はありません。――以上、解散! お仕事再開!!」
『押忍ッ!!』
一糸乱れぬ返事が響き、門番隊のメイド達は散っていった。
しかし返事が押忍ってのは、体育会系だなあ……。
「なかなかの統率っぷりだね。あれで全員?」
「門番隊は二交代制なので、だいたい半分ですね」
外勤だけで六十人かあ。館自体でかいし、結構な大所帯なんだ。
「で、私はどうしようか? すぐに毛玉退治に出た方が良い?」
「いえ、普段毛玉はあの子達だけに任せてるんですよ。それで充分ですし。
門の前で私と待機して、警戒線から漏れて寄ってきたのを退治して下さい」
「了解しました。……って、それってほとんど仕事無いんじゃない?」
「そうとも言います」
うーん、楽なのは良いんだけど、少しばかり申し訳無い気がするなあ。
「二泊三日の宿泊代分、働かなくても平気かな?」
「居候が一人増えたくらいで潰れるほど、紅魔館の財政は傾いてませんよ」
それに、と美鈴は言う。
「私はただの門番じゃなくて、門番隊隊長です。
紅魔館の門を守る最後の壁であり、門番隊という組織の長でもあります。
その責任もあって、私はほとんど外出できない身分なんです」
……む、なにやら重たい話らしい。
私は心の中でだけ身構えた。
「この境遇に不満があるわけでは無いんです。
門の前に立っていることは同じでも、全く同じ一日というのは存在しませんから。
それでも、こうやって話し相手がいるのは珍しいことなんですよ。だから嬉しくて」
思ったより重たい話では無かったみたいで、美鈴は笑っていた。
「……判るよ。私も、輝夜との殺し合いだけが日常のスパイスって生活を何百年も続けてきたから。
慧音と出会ってから少しはゆとりが出てきたけど、それでも、……うん、まあねぇ。
肝試し以来変な知り合い増えちゃったけど、それほど付き合いあるわけでもないし……」
ふと見ると、美鈴は困っているような悩んでいるような、変な顔をしていた。
「――ごめん、なんだか変なこと話しちゃって」
「あっ、いえ、先に始めたのは私の方ですから。……気を取り直して、修行を始めましょう」
そう言って、美鈴が歩き出した。
美鈴が門の外へと歩くので、私も続いて歩いた。
門の前はずいぶん広くひらけていて、よく整った芝が生え揃っている。さっきの中庭と同じような感じだ。
美鈴は私に向き直って、
「三日で身体能力を上げるのは不可能ですから、目を慣らすことをメインにします。
ギリギリ避けられるかどうかってスピードで打撃しますから、妹紅さんは防ぐことと避けることに専念して下さい。
リザレクション禁止ですから、避ける方に重点を置くように。たまに重い一撃混ぜますからね。
右腕使えないことですし、反撃は禁止します。ただし、確実に入ると思ったなら反撃OKです。
それを私が防ぐか避けるかした場合、罰ゲームということで。
以上の取り決めで、どうですか?」
短期の修行内容としては、不足無いように思える。
美鈴の技量は見せつけられた通りだし、文句をつける必要は無さそうだ。
「動体視力と判断力の訓練ってわけね。面白そうだ」
私は、美鈴から離れて身構えた。向こうも構える。
「先生、お手柔らかにお願いします」
「手加減するわけじゃありませんから、頑張って下さいね?」
そして、私の修行が始まった。
変な方向…
妹紅がフランちゃんのお人形にされないか心配です。
どうするのですか一体
変な方向って・・・・・まさか妹紅が別の意味で進化を?
正直これだけでおなかいっぱi(ry
新難題『妹紅が死ぬまで殴るのを止めないッ!』
((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル
いや待て、きょぬーだt(ピチューン
ああもうやばいマジどうしようお母さーん!妄想が止まんねヒャッハー!
しかもけーねのパンツが丸見えだって?最高だぜ作者様!