Coolier - 新生・東方創想話

東方盛夏譚~香霖堂~・後編1

2006/07/27 01:35:04
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東方盛夏譚~香霖堂~後編1

「んじゃあ、早速出かけてくるぜ。すぐに戻る。」

魔理沙は悪戯を思いついた童のような笑顔のまま、靴を履き、縁側に立てかけておいた箒に飛び乗ると、轟っ!!と風を巻き起こして飛び上がる。
霖之助たちが巻き起こる風の強さに思わず目を瞑った。
その早業に、霖之助は呆れ返るばかりだ。

「しかし落ち着きが無いな、魔理沙は。」
「いつものことじゃない?あいつが慌ただしいのって。」

チルノも同じく呆れ気味に言った。自分のことはまるで棚上げである。
あえて霖之助はそれを指摘しなかったが。

「だけど、魔理沙ってもの凄く速いよねー。」

確かにね、と霖之助はうなずく。
二人が会話を交わしている間に、彼女の姿は木立の間に浮かぶ黒点となっていた。
しかも見る見るうちに小さくなっていく。
彼女が箒で飛ぶ時の速さは、幻想郷最速と言われる天狗にも匹敵するほどだ。
彼らのそれは生まれ持った能力だが、魔理沙の場合は後天的、つまり後から身につけたものだ。にもかかわらず、彼女が天狗たちにも劣らないほどの飛行能力を持っているということは、いかに霧雨魔理沙という魔法使いの才能が凄まじいものかが分かる。
兄弟子としては、少し誇らしい気持ちになる。
そんな感慨を浮かべながら、霖之助は空に浮かぶ小さな黒点を見つめた。
それは黄昏の色に染まり始めた空に消えていった。

「あっちは・・・東か・・・それも山の方ということは・・・」
「可哀想だね・・・紅白。」

チルノはおそらくは魔理沙の被害者になるであろう人物を思い、ため息をついた。



・・・大正解であった。



その頃、博麗神社の巫女・博麗霊夢はご飯を食べようとしていた。
ただし、それは朝食や夕食といったものをひっくるめた『ご飯』ではない。
文字通り米の『ご飯』である。
しかも茶碗一杯だけ。手の平にも収まろうかと言うほどの量しかない。
だが彼女にとっては、それは満漢全席にも等しいご馳走であった。

「嗚呼・・・一週間ぶりの・・・まともな食事・・・。」

うっとりと顔を赤らめ、陶然とした表情を浮かべながら涙を流す霊夢。
口元からは涎が溢れるように流れ出ている。




・・・とても嫁入り前の乙女とは思(夢想封印)




「うふふふふ・・・じゃあ・・・」

怪しげに笑いながら、手を顔の前で気合込めて手を合わせる。
既に霊夢の眼光は人ならざるほどの輝きを帯びていた。

「いっただっきま~~~~・・・・」
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!避けろ霊夢―――――!!!!」
「え?え?え?何!?何なうきゃああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」




ドッグシャアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!!!
ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ!!!!!!!!!
・・・・メコッ。




凄まじい勢いで縁側の障子と、ご飯が置いてあった卓袱台を破壊しながら博麗神社に侵入したソレは、勢い余って霊夢にも激突し、おまけに脆くなっていた土壁までも破壊し、台所まで行ってようやく止まった。

「あたたたた・・・・ひどい目に遭ったぜ。」

ひどくぶつけた頭を痛そうにさすりながら、侵入してきたソレこと霧雨魔理沙はそう呻いて立ち上がった。
魔理沙は博麗神社に急ぐあまり加速をしすぎてしまい、気づいた時にはブレーキが間に合わないほどのスピードで着陸態勢に入ってしまったのだ。
地面のシミになるのも嫌なので、少しでも衝撃を和らげようと縁側から神社に突っ込んだのだが・・・
まさか霊夢が飯を食っているとは思わなかった。

「さて・・・霊夢のヤツは・・・っと。」

図らずも自分のことを身を挺してかばってくれた霊夢を探すため、一歩踏み出した瞬間。




ぐにゅっ




「おわっ!!」

足元に感じる嫌な感触に、思わずたじろぐ。
恐る恐る足元を見ると、最早ボロクズのようになった巫女服を着た物体が横たわっていた。
時折、びくんっ!!びくんっ!!と痙攣をしている。

「・・・おーい、霊夢大丈夫かー?」
「・・・・」




へんじがない、ただのボロクズのようだ。




・・・冗談はさておき、先程の魔理沙の弾幕レスブレイジングスターの直撃を喰らった霊夢は、ものの見事に気絶していた。
目は半開きだし、痙攣はしているし、ビジュアル的にはかなりヤバイものがある。
しかも時折、不気味な笑顔を浮かべたと思うと、

「・・・うふふふふ・・・いやねレミリア・・・あんなにご馳走食べたっていうのに、その上アンタまで食べられるわけ無いじゃない・・・うふふふふ・・・あはははは・・・・」

・・・途轍もなく妖しい夢を見ているようだ。
これは本格的にヤヴァイ。

「おいっ!!騙されるな霊夢!!あいつはケチだから間違っても奢ってはくれんぞ!!それにたとえ夢の中であっても巫女の純潔を簡単に捨てるんじゃあない!!」

魔理沙は彼岸へとマッハで向かおうとする霊夢を、ガクガクと揺さぶって強引に戻そうと試みる。

「・・・何よ邪魔しないでよ咲夜・・・アンタも後でかわいがってあげるから安心しなさい・・・あはははははは・・・・」

だが、一向に妖しげな夢から戻って来ようとしない霊夢。

「ええいっ!!仕方が無い!!」

業を煮やした魔理沙は、強硬手段に出た。
霊夢の耳元に口を寄せると、すうっと息を吸い込み、

「霊夢―!!起きろー!!飯だぞー!!早くしないと私が全部食っちまうぞー!?」
「・・・・・私の飯に触るなぁ!!!!!!!!!!」

土煙が上がるほどの速さで身を起こしたかと思うと、懐から無数の針と札を取り出し、魔理沙に向かって投擲した。

「うおっ!!」

すんでのところでそれらをかわし、距離を取る魔理沙。

「・・・いつも効果覿面なのはありがたいが、こればっかりは無しにしてもらいたいな・・・」

巫女のくせにねぼすけな霊夢を叩き起こす、たった一つの方法がコレ。
ただしこれを実行したものは、それを即座に後悔する事になる。
彼女は飯を奪おうとするものを、自動的にロックオンして攻撃してくるのだ。

「・・・ダレ?・・・ワタシノ飯ヲ奪ウノハ・・・ダレ!?」

復活した霊夢の眼は、既に人間のものではない。ケモノのそれだ。
そして彼女は懐からお祓い棒を取り出すと、だらりと無雑作に構えた。
だが、全く隙を見出すことは出来ない。熱気にも似た圧力が、魔理沙を打つ。
霊夢の圧倒的な迫力に気圧されまいとしながら、箒を手に、慎重に間合いを詰める魔理沙。




容赦は全く出来ない。
そんなことを考えた瞬間、倒れているのは自分だ。




半歩、また半歩と両者の間合いが詰まっていく。




静寂が場を支配し、ただ二人の呼吸だけが聞こえる




魔理沙の全身を、夏の暑さのものとは別の、冷たい汗が伝う。




魔理沙の顎からそれが滴り落ちた、次の瞬間!!




「クケーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」




霊夢が奇声を上げながら突進してきた。
まるでコマ送りのように、霊夢の体が魔理沙の視界から掻き消え、次の瞬間には魔理沙の懐に現れていた。
あまりの速さに、魔理沙の反応が一瞬遅れる。

(・・・しまった!!)

心の中で舌打ちをするがもう遅い。
霊夢のお祓い棒が胴を薙ぎ払おうと、唸りをあげて魔理沙に迫る!!
避けることは出来ない。箒の防御も間に合わない。

(くそっ!!一か八かだ!!)
魔理沙は覚悟を決めて、最後の力を振り絞って抗う。
お茶の間の方を指差し、力の限り叫んだ。

「あっ!!ご飯と味噌汁と納豆だ!!」
「・・・えっ!!何処っ!?」
「隙ありいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」




メキョッ!!




勝負は、あっけなく終わった。




そしてしばらくして、博麗神社からスマキにされた物体をぶら下げて、モノクロの少女が高速で飛び立っていった。
それを、遥か上空から盗撮する影が一つ。
「これは・・・スクープです!!」







首尾よく(?)霊夢を拉致した魔理沙は、香霖堂に着くと同時に霊夢を叩き起こし、説得を開始した。

「という訳で、浴衣の着付けを教えてくれ。」
「一遍死になさい。」
「なー、そんな事言わないで頼むぜ霊夢。」
「うるさい飯返せ。」
「飯のことは謝るからさー。」
「飯返せ。」
「ホントに悪かったってー。」
「飯返せ。」

魔理沙は縁側に憮然として座る霊夢に、平謝りに謝った。
しかし霊夢は取り付く島も無い。
・・・考えなくても当たり前だが。
大体、自分の命より飯が好きな霊夢が食事を邪魔されたのにもかかわらず、理性を保っていること自体奇跡なのだ。
これ以上彼女に対して何かを望むのは贅沢に過ぎるというものであろう。
霊夢も霊夢で、本来であれば聞く耳持たず家に帰るところなのだが、それでも帰らずに魔理沙の頼みを渋り続けているのには訳があった。

「ねー紅白―。あたいからもお願い。あたいこーりんと魔理沙たちと一緒に浴衣着てみたいんだ。」

その理由の一つがこのチルノだ。
彼女には全く罪が無いし、無邪気な子供の願いを無碍にするのも何だか気が引ける。
それにさっきから必死に自分にすがりついて懇願してくるチルノの瞳は、涙で潤んでいた。
はっきり言って霊夢にとっては反則的なかわいさである。
抱きすくめてお持ち帰りをしたいところだが、魔理沙にそこから付け込まれて要求を飲まされないとも限らない。
今はまだ我慢である。

「すまないな霊夢。僕らの我侭に付き合わせてしまって。」

その言葉とともに、氷こそ浮かんでいないものの、よく冷えた麦茶とお茶請けの水饅頭が霊夢の傍らに置かれた。

「あ、悪いわね霖之助さん。」
「いやいや、霊夢にかけてしまった迷惑を考えると足りないくらいだ。」

そしてもう一つの理由がコレ。こちらはただ純粋に好意である。
何せ霖之助には食糧難に陥った時によく助けてもらっているのだ。
他にも生活雑貨をツケで売ってくれたりしてくれるので、非常に助かっている。

「・・・まぁまだ付き合うって決めたわけじゃないけど、霖之助さんが気にすることじゃないわよ。悪いのは全部こいつなんだから。」
「そんな事言うなって霊夢―。これでもマジで反省してるんだぜー。」

態度こそふざけているものの、それは魔理沙の本心だった。
彼女自身も、まさか箒の操縦ミスをするなどとは思ってもいなかったのである。
・・・加えて霊夢に弾幕レスブレイジングスターをぶちかますことも。
霊夢も少なからずそれを判ってはいるのだが、応じることはできない。
巫女の食い物の恨みとは、それはそれは恐ろしいものなのだ。

「・・・ともかく!!いくらあんたが謝っても!!霖之助さんが頼んでも!!チルノがいくらお持ち帰りしたいぐらい可愛くても!!断固断る!!」

ちゃっかり水饅頭を残らず平らげてから、駄目押しをするように麦茶を飲み干し、湯飲みをだんっ!!と置く。
・・・発言に不穏な内容があったような気もするが、それは事実上霊夢の最後通牒であった。
だが魔理沙も唯では引き下がらない。先ほどよりも頭を低く下げ、真剣な口調で頼み込む。

「そんな事言わずに頼むっ!!後で飯作ってご馳走してやるから!!」
「・・・うっ!!」

その魔理沙の必死の懇願に、霊夢が動揺した。
普段の私生活を見るとまるでだらしなく見える魔理沙だが、彼女の作る料理ははっきり言って美味い。
味は素朴ながらも非常に整っていて、何度でも食べたくなるような魅力を持っている。
ここしばらく食事をしていない霊夢にとって、それはこの上なく魅力的な提案だ。

「そ・・・その手には乗らないわよ!!とにかく断固断る!!」
「ねぇお願い紅白―。あたいもカキ氷作ってあげるからさー。」
「ぐ・・・・っうっ・・・・!!」

畳み掛けるかのようなチルノの言葉に、霊夢の体が衝撃を受けたかのように揺らいだ。
これまた霊夢にとってはこの上ない提案である。
何度も言うように三度の食事もままならない霊夢にとっては、甘味を味わう機会は殆ど無い。
しかも夏に氷!!
こんな贅沢など霊夢にとって生まれてこの方数えるほどしか無かった。

「だ・・・駄目よ・・・絶対に・・・断・・・」
「じゃあ、加えて米俵と秘蔵の大吟醸もつけよう。」
「・・・る訳ないじゃない!!全力で教えてあげるわ!!さぁ!!さっさと脱いで脱いで!!」

強情を張っていた霊夢も、駄目押しの霖之助の言葉で終に折れた。
流石は幻想郷屈指の商売人、絶妙な追い討ちのタイミングだ。

(ナイスタイミングだぜ、香霖。)

霊夢によってチルノと共に奥の部屋の中へと引き摺られていく魔理沙は、霖之助に向かってウィンクを飛ばした。

(いやいや・・・ただし後でお返しは奮発してくれよ、魔理沙。)

霖之助もそんな魔理沙に微笑みかけた。

(ああ・・・それまでに生きてたらな・・・)

魔理沙は涙を流してそれに答えた。




「・・・うわ馬鹿こら止めろ!!変なとこに触るな!!」
「ねー、いい加減放してよ紅白―。」
「んふふふふ・・・魔理沙、そしてチルノ!!あんたには米俵と秘蔵の酒のために犠牲になってもらうわよ・・・博麗直伝の地獄の着付けを見せてあげるわ!!」
「わー!!よせー!!たかが浴衣の着付けを物騒なもんにするなー!!」
「あ・・・きゃはははははは!!紅白止めて止めてくすぐったい!!きゃは、きゃはははははははは!!」

少女達が奥の部屋へと消えた数分後。
霧雨魔理沙とチルノの悲鳴が既に夕闇が支配し始めた森に響いた。




「やれやれ・・・本当に賑やかだな。」

そんな賑やかな少女達の声を聞き、苦笑しながら霖之助は呟く。
彼は縁側を下り、手に持った団扇を数度扇いでから木立を見つめ、口を開いた。

「・・・そろそろ出てきたらどうだい?射命丸の。」
「あれ?ばれてましたか?」

蝉や虫以外何もいないかと思われた木立の中から、少しおどけた調子の声が響いた。
霖之助は少し呆れ気味に言葉を続けた。

「あんなにシャッターを切っていては、いくら蝉の声が喧しくても誰だって気づくと思うけどね。」
「流石はこの森の主です。やっぱり付け焼刃の誤魔化しは効きませんでしたか。」

ざあっ!!っと一瞬風が巻き起こったかと思うと、まるで初めからそこにいたかのように、霖之助の目の前に烏帽子をかぶった黒い羽を持つ少女が姿を現した。
十メートルは離れている距離を、一瞬もかからず移動するほどの神速。
目で追うことはおろか、知覚することすらできない。
幻想郷最速を誇る天狗、その中でも最も速いと言われる「最速の中の最速」、烏天狗のブン屋、射命丸 文である。
彼女は付き合いさえ短いものの、仕事柄カメラやレンズ、そしてフィルムなどの『外』からの物品を扱うことが多いため、香霖堂の常連である。
どうやら先ほど魔理沙が霊夢をさらう現場を目撃し、ここまで追跡した上に隠し撮りまでしていたようだ。
いつもながら、大したバイタリティである。
霖之助は呆れ半分、感心半分でそんなことを思った。

「それにしても久しぶりだね。先月出物のレンズを譲って以来かな?」
「いやー、その節はどうもありがとうございます。おかげでより密着取材をやり易くなりました。」
「ははは・・・喜んでもらって何よりだよ。・・・取材のほうはほどほどにしたほうがいいと思うけどね。」

無駄だとはわかりつつも、一応釘を刺してから文に縁側に座るように勧める。

「さて・・・」

霖之助も彼女の隣に座ると、次に来るであろう質問に身構える。

「おそらく君が期待しているような答えは出来ないだろうけど・・・何を聞きたいんだい?」
「重ね重ね流石ですねー。『黄昏の凶行!!モノトーンの魔法使い、博麗の巫女を拉致!!』
という見出しで記事を書こうと思っていたんですが・・・。」

そこで文は言葉を切り、未だぎゃあぎゃあと喧しい奥からの声に耳を傾けてから、

「・・・この感じでは『宵闇の情事!紅白と黒白と氷精がくんずほぐれつ・・・。』という見出しにも出来そうですね。・・・で、そこのところどうなんです?」

改めて霖之助に向き直り、期待に目を輝かせながら霖之助を覗き込んでくる。
彼女の欠点は、取材というものをやり始めると暴走するというところにある。
久々のゴシップ記事を書けることが、よほど嬉しいようだ。
鼻先が触れそうなほど顔を近づけてくるものだから、少しドギマギしながら霖之助は答える。

「・・・残念ながら、君が期待しているような事実は全く無いよ。」

そして言葉尻を取られたり、それについて弁明をしたりとかなり遠回りしつつ、今までの顛末を説明した。
文はぶーっと頬を膨らまして残念そうに呟く。

「なるほどー・・・ちぇっ、またスクープを逃しちゃいました。」
「ははは・・・まぁ何か特別なことが起こったら知らせるよ。」

がっくりと肩を落とす文を慰めていると、ようやく着付けを終えたのか、魔理沙たちが姿を見せた。
・・・どこか霊夢の顔がツヤツヤしていることと、魔理沙とチルノがげっそりとしているのはあえて無視することにする。

「あら、覗き魔ガラスじゃない。久しぶりね。」
「これはどうも霊夢さん。・・・あと覗きじゃなくて取材と言ってください。」

最早お約束となった挨拶を交わした後、文は霊夢の後ろの二人を見て、

「・・・しかし、何やら大変だったみたいですねー、二人とも。」
「うう・・・縄なんて大っ嫌いだ・・・。」
「・・・霊夢止めて止めて・・・そんなの・・・そんなの入んないよ・・・」

二人はどこかうつろな表情でブツブツと呟いている。チルノに至っては、ガタガタと震えて蹲っている。
どうやら今日二つ目のトラウマが出来てしまったようだ。

「念のため聞くけど・・・一体どんな着付けを教えていたんだい、霊夢?」
「聞きたい?」
「・・・いや、止めておく。」
「それが懸命だわ。」

不適に笑う霊夢に戦慄を覚え、思わず目をそらす霖之助。
ちなみに文はというと、

「浴衣・・・夏の夜・・・これは・・・いけそう・・・」
何か思いついたのか、ぶつぶつと一人呟いている。
そんな文の様子を怪訝そうに見つめてから、霊夢は霖之助に改めて目をやり少し意外そうに言った。

「それはそうと、まだ着替えて無かったの霖之助さん?」
「・・・お?よく見なくてもそうだな。言いだしっぺなんだからしっかりと見本見せてもらわないと困るぜ香霖。」
「早く着替えて来なよこーりん。あたいたちはここで待ってるからさ。」

ようやく立ち直ったのか、魔理沙とチルノも声をかけてきた。
そして待ちきれないとばかりに庭へと降りて、目の前を横切っていた蛙にちょっかいを出して遊び始めた。

「おっといけない。射命丸を相手にしていたら、すっかり忘れていたよ。」
急かされて、慌てて着替えるために部屋に向かおうとする彼の着物の裾をひしっ、と文が掴んだ。
見ると彼女の顔には必死な表情が張り付いている。先ほど思いついた何かを実行に移そうとしているようだ。

「・・・何かね射命丸の?」
「あのー・・・ご主人・・・物は相談なんですが・・・」
「断るぜ。」
「早っ!!・・・っていうか何で魔理沙さんが答えるんですか!!」
「当たり前だろう。お前がそんな風に頼みごとをしてくる時はろくな事が無いじゃないか。・・・おい香霖、すぐに断ったほうがいいぞ。お前のためだ。」
「失敬な!!今回は違います!!」
「・・・『今回は』と言うことは、ろくな頼みごとをいつもしているということかい?」
「あ゛・・・ま・・・まあそれは置いといて・・・」

霖之助のツッコミに一瞬硬直し、咳き込んで誤魔化してから文は再度霖之助に頭を下げた。

「お願いします香霖堂のご主人!!『幻想郷の夏!!人間達の暑い夜の過ごし方!!』という記事のために取材に協力してください!!」
「どんな取材なのかと思っていたら、随分と簡素なタイトルだね。」

あの『文々。新聞』にしては、随分と平凡だ。
平凡な話であっても、尾ひれどころか背びれもつけて、面白おかしく記事を書くいつもの彼女のスタイルとはまるで違う。
・・・まぁそれは彼女だけではなく、天狗のブン屋みんながそうなのだが。
とにかく普段の彼女が食いつくor企画する記事のネタではない。
霖之助たちがそれを指摘すると、

「た・・・たまには初心に帰って平凡な記事を書くこともブン屋には必要なのですよ!!」

そう言ってえっへん、と胸を張って答える文。
明らかに無理をしている。

「ははあ・・・あんたさては・・・」

何かがピンと来たのか、霊夢が意地悪そうに口の端を吊り上げる。

「自分の新聞が売れなくて困ってるんでしょ?」
「・・・い・・・いやですねえ!!まさかそんなことあるわけ無いじゃないですか霊夢さん!!」
「・・・どうやら図星みたいね。」
「う・・・・」
「・・・んでもって、そのせいで自分の記事に自信が無くなってスランプに陥ってる・・・こんなところじゃないの?」
「う・・・うう・・・」
「まぁ、アンタの迷惑なゴシップ記事が無いのは私たちにはありがたいけどね。」

言いよどむ彼女に、霊夢は容赦なく言葉をぶつける。
・・・もしかしたら自分の武勇伝を記事にしてもらえないことに恨みでもあるのかもしれない。

「う・・・うう・・・うううううう・・・・・」

図星を何度も突かれ、もはや呻くことしか出来ない文。
次第に呻きの中に嗚咽が混じり始めた。

「うがーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「あ、キレた。」

何だか色んなものが溜まっていたようである。目に涙を溜めながら、何故か霖之助に掴み掛かる。

「私だって・・・私だって・・・好きでこんな平凡で、話題性の無い、しかも只の人間の記事なんて書きたいわけじゃないんです!!」
「・・・いきなり掴み掛かった上にひどい言い草だな。」
「大体元はといえば、あの大手の出版社が悪いんです!!無駄に豪勢なおまけと付録を付けて創刊号が百円ですよ!?どうせ後々になったらそれを餌に値段を吊り上げる魂胆に決まってます!!どこのデ○ゴスティーニですか!!」

錯乱しているせいで何だか訳の分からない単語も入っていたような気がするが、彼女を落ち着かせつつ整理したところによると、話はこうだ。
ここ最近、霊夢たちをネタにしたことで、『文々。新聞』は飛躍的に購読者が増加したらしい。
そのおかげでここ最近の文の懐はいい具合に暖まり、とうとう人を雇って新聞を刷ることが出来るほどになった。
しかし、それが気に食わないのがそれまでシェアを独占してきた大手の天狗出版社。
彼らはあの手この手で『文々。新聞』に対して嫌がらせをするようになった。
多額の給料をちらつかせた、社員の引き抜き。
名指しこそしていないものの、明らかな中傷記事。
そして止めとばかりに、異常に安い値段での新聞や雑誌の販売。
対してそのような阿漕なやり方に慣れていなかった『文々。新聞』は、その揺さぶりに耐えることが出来ず、霊夢たちと知り合う以前と同じぐらいまでに売り上げを落としてしまった。
それにより、『文々。新聞』は大打撃を受けてしまったそうだ。
巻き返そうにも、スランプのため記事が書けない。
なので、普段は手を出さない平凡なネタに狙いをつけ、何とかして記事を書こうとしていたらしい。
しかし自分のプライドが邪魔して、結局今まで記事を書かずじまいに終わっているのだそうだ。

「お願いです~・・・もう羽をむしってハタキにして売るのにも限界があるんですよ~・・・お願いですから協力してください~・・・」
「うーん・・・どうしたものかな・・・」

えぐえぐと泣き続ける文の頭を撫でながら、霖之助が困ったように言う。
彼としては協力したいのだが、ここは一人の一存では決められない。

「事情が事情だから協力してやりたいのは山々だが・・・こいつの泣き落としにかかってエセ記事書かれたのも一度や二度じゃないからなぁ・・・」

同じく困ったように顎に手を当てて唸る魔理沙。彼女も良心と本音の狭間に揺れているようだ。

「私は願い下げよ。売れる前に生活水準を落とせばいいことじゃない。」

霊夢の心は全く良心に揺れ動いてはいない。
・・・彼女の文への恨みはかなり深いようだ。

「ねー、みんな。」

そんな風に唸っている霖之助たちに向かって、今まで話に参加しないで蛙をいじって遊んでいたチルノが声をかけた。

「そんな事言わないでさ、カラスも一緒に入れてあげようよ。こういうのは皆で一緒のほうが楽しいよ?」

どうやら霖之助たちが文を仲間外れにしていると勘違いしたらしい。

「いや・・・そういう単純な話じゃないんだけど・・・」
「お願い!!紅白、魔理沙、こーりん!!カラスも一緒に入れてあげて!!」

今度は必死に訴えかけるように声を大きくする。

「ふう・・・」
「・・・こういう時には、ガキには敵わないな。」

そんなチルノの様子を見て、霖之助と魔理沙の心は決まったようだ。
霊夢は意固地になってしばらく耐えていたが、チルノの純粋でキラキラした目に負けて、とうとう折れた。

「あーもう、分かったわよ。好きにすればいいじゃない!取材の一つや二つ許可してやるわよ。」
「ありがと紅白-!!」
「あ・・・あ・・・ありがとうございます皆さん!!この射命丸 文!!このご恩二度とは忘れません!!」

文は半ベソをかきながら土下座して頭を打ち付けるかのように頭を下げた。
霖之助はその様子に満足したかのように頷くと、

「さあ、じゃあ早く着替えてしまおうか。射命丸の、君は奥の部屋を使うといい。」
そう言って自分の部屋に引っ込みながら、文を促した。

「・・・へ?」
「おいおい、まさか自分一人だけ参加しないで取材をするわけじゃないだろ?」
とまどう文を羽交い絞めにしながら、魔理沙が意地の悪い笑顔を浮かべる。
「そうそう。お祭りって皆でやるほうが面白いんだよ。」

逃げようともがく文の足を、チルノがしがみついて押さえつける。
そして、抵抗することもままならない彼女を、霊夢に生贄のように差し出した。
霊夢は文を受け取ると、獲物を巣に運ぶ蜘蛛のように引き摺り始めた。

「え・・・?え・・・?え・・・!?」
「さーて・・・ねぇカラス?アンタ確か着付けの仕方知らなかったわよねぇ・・・」
「え・・・いや・・・あの・・・知ってる・・・」
「安心しなさい・・・一生嫌でも忘れられないほど教え込んであげるわよ?その体にね・・・」
文は成すすべなく、霊夢によって奥へと連れ去られていく。
「む・・・無理ですよ!!ほ・・・ほら私、羽根生えてるじゃないですか!?普通の服は着られませんよ!?」
「背中に穴あければ無問題よ。」
「だ・・・誰かっ!!誰か助けてっ!!魔理沙さーん!!チルノさーん!!ご主人―!!」
「諦めなさい・・・浴衣を着る前に、お風呂で隅々まで洗って汗を流してあげるわ!!隅々までね!!」
「うきゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・!!!!!!!」

またしても、香霖堂に悲鳴が響き渡った。


しばらくして、夕陽がすっかり沈み、夜の虫たちが合唱を始める頃。
文を新たに加えた霖之助たちは、縁側で本日二個目のスイカに舌鼓を打っていた。
虫が増えてきたために焚いておいた蚊取り線香の匂いが、あたりに漂う。

「全く・・・ひふぉい目に・・・あひましたよ・・・」
「取材を受ける側としたら、相応の対価よ。あと食べながら喋るな。」

口の中をスイカで一杯にしながら愚痴を言う文を、霊夢が手にした団扇で叩く。

「あたっ!・・・んぐっ・・・すみません、つい・・・」
「おい、もう四個目だぞカラス。もう少し遠慮したらどうだ。」
「そうだよー。大体それ、あたいが狙ってたのにー。」
「いやー、すみません。キンキンに冷えてておいしいもので。」

文は魔理沙とチルノの言葉にも全く悪びれた様子も無く、口の周りを手拭いで拭いながらたはは、と笑う。
どうやらこういったものを取材したことはあっても、参加をしたことはあまりなかったためか、少しはしゃぎ気味だ。

「まあまあ。霊夢はともかく、二人はもうスイカを食べたんだから別にいいだろう?」

先ほどまで台所にいた霖之助が、二人を嗜めた。

「いーや、こういうのは何回食っても旨いんだぜ香霖。」
「そうそう、別腹だよ別腹―。」
「アンタ達、その内太るわよ・・・お、ようやくお出ましね霖之助さん。」

霊夢は霖之助が手にしたものを見て、舌なめずりをした。
彼の手にしたお盆の上には、秘蔵の大吟醸と、つまみの枝豆が乗っている。
ちなみに酒は開けたて、枝豆は茹で立てだ。

「君に譲る約束をしたものを開けさせてもらったよ。」
「いいわよ別に。こういうものは早めに、そしてワイワイやりながら飲むのが一番旨いの。」

そう言って早速手酌で酒を注ぎ、くいっと飲み干した。

「くーーーーーーーーーーっ!!!旨い!!」

霊夢はぷはぁっ!!と感極まったように唸った
食べ物に目が無いチルノが、それにいち早く反応した。

「わー、おいしそー。」
「おいおいチルノ。子供は酒を飲んじゃ駄目なんだぞ。」
「そうですよ、これはチルノさんにはもったいない。」

そんなチルノを、魔理沙と文が押しのけて遠ざけた。
そしてお盆の周りを占領すると、互いのお猪口に酒を注いで飲み始めた。

「なんだいなんだい!!あたいだって百年以上生きてるもん!!ねぇだから頂戴!!」
「そんなの知るか。要は精神年齢の問題だよ。」
「それに私の齢と比べたら、半分以下ですよ半分以下。」

チルノは二人のガードを突破しようと必死に食らいつくが、大の大人相手では、子供ぐらいの力しか持たない彼女では太刀打ちできない。

「ふーんだ!!魔理沙たちの意地悪――――――!!!」

そう叫ぶと、チルノは一瞬の隙を突いて枝豆の乗った皿をお盆からかっさらった。

「「あーーーーーーーーーーーー!!」」
「お酒くれないんだったら、これもーらった!!」
「おいコラ待てチルノ!!枝豆返せ!!」
「そうですよ!!それがあると無いとじゃ酒の旨さが全然違うんですよ!?」

逃げるチルノ、追いかける魔理沙と文。
庭をぐるぐると回って追いかけっこをし始めた。

「「返せーーーーーーーーーー!!」」
「やだもーーーーーーーーーん!!」

そんな三人を縁側から見つめる霖之助と霊夢。

「ははは・・・三人とも本当に元気だな。」
「馬鹿なだけよ・・・それに枝豆はちょっと喉が潤ってから食べるのが一番旨いのよ。」


片方はにこやかに。
片方は冷ややかに。


そんな騒ぎの中、玄関のほうから草を踏みしめて歩いてくる人影が三つ。
縁側で酒盛りをする霖之助たちを見て、その中で最も長身の影が口を開いた。

「あら、随分と賑やかね?」

それに気づいてその方向に振り向くと、二人は意外な顔を見つけて驚きの声を上げた。

家のPCがとうとうお亡くなりになりました・・・・(号泣
二ヶ月ぶりに帰ってまいりました、ドクでございます。
ホントにお久しぶりですw

学校のPCを一台占拠して細々と書いていたのですが、ようやく後編を形にすることが出来ました。
なお、後編の構成を大幅に見直した結果、後編を二つに分けるという形になってしまったことをお詫びいたします・・・(汗

今度こそ最終話となる後編2。
突然の来客、その正体は?
霖之助が魔理沙に話すことの出来なかった秘密とは?
そして、霖之助の心の闇を覗く一人の妖。
ご期待ください。
ドク
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コメント



0.780簡易評価
4.70光太郎削除
おひさしですー
最終回期待してますね
7.80名前が無い程度の能力削除
>>もう羽をむしってハタキにして売るのにも限界があるんですよ~
(´:ω:`) 文カワイソス…
15.40読専削除
ネタそのものは良いんですが、一般的な文書作法に準じていないので
とても読みにくく感じます。
下記URLご参考
http://www.asahi-net.or.jp/~mi9t-mttn/cstory/write11.html

最低限、三点リーダx2、ダッシュx2、感嘆符疑問符の後のスペースは
入れた方が良いかと。
あと感嘆符を五つも六つも重ねるのも読みづらくなるのでやめた方が
良いかと思います。最大二つまでくらいではないでしょうか。
16.無評価ドク削除
携帯からこんにちはw 読専さん、貴重なご意見ありがとうございます。
このような基本的な事も知らずに、文章を書いていたとは・・・お恥ずかしい限りです(-.-;)
貼って下さったページを参考にこれからも精進しますので、是非今後も辛口・甘口問わず評価や意見等をお願いしますm(_ _)m
17.40名前が無い程度の能力削除
チルノの可愛さと巫女の奇行の方が強烈過ぎます(ノ∀`)コリャヤラレタ

読専さんの文法話についてですが、個人的に感嘆符を重ねるのはこういう軽い文章なら演出の一種としてありだと思いますね。
さてさて最終回はどうなることやら。楽しみにしてます。
21.90時空や空間を翔る程度の能力削除
さらに続きがあったとは、