Coolier - 新生・東方創想話

Dolls Syndrome

2006/07/23 22:12:57
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満ちる事のない月の異変からしばらく経つ。
あの夜以降、何が変わったかといえば、増えた魔道書が数冊と、ちょっと変わった“異邦人”達との知己、そして――



いつでも寝床を借りられる程度にはなった、人形遣いとの距離。



湿度の高いこの時期は、主にきのこの類の採集に向いている。
とくに、この間の花がふんだんに咲いた時の影響か、ここ最近は欲しいものが簡単に見つかる。
だからここ最近は数日に一度くらいのペースで森の奥に足を伸ばしている。
そして今、私が重点的に採集している場所は、ちょうど良い事にその人形遣いの家を越えて、その奥に行った辺りだったりもする。
ならば、朝早くから夜遅くまで森の中を歩き回った私がそこに転がり込むのも必然だし、ついでに朝まで……という流れも当然の話だ。
毎回のように問答するのにも飽きたのか、それとも単に呆れただけかはわからないけれど、ここ最近は急に顔を出しても文句の一言程度だけですんなりと通してもらえるし、本当に重宝する。
だから今日も、今までと同じように彼女の、アリスの家に向かって行ったんだ……

家に着いた後はちょっとした挨拶の応酬をして、世間話をしながら夕食を取る。
やけに手際がいいと思ったら、「この一ヶ月くらいの傾向から、そろそろ来るんじゃないかと思っていた」なんて返された。
むぅ、夕食が早く出てくるのはありがたいが、何となく面白くない。
……とはいえ、空腹には流石の私も敵わないのだけど。
その後はいつもの通り風呂と寝床を借りて、今日一日の疲れを癒す。
そうだ、明日の朝食は私が作ってやるか。



……





――深夜。
まるで船に揺られているかの様な、そんな浮遊感。
深酒をした後に、不安定な足場と高さの揃わない寝台で横になっていたかのような、平衡感覚の歪み。
霧散した小さな悪夢は記憶の欠片にも残さずに、意識を現世に留めた後も、視界は強く細かく波打っているかの如く。
目が覚めて、小さな頭痛と同時に覚えた喉の乾きを癒そうと、水を求める。
視覚が焦点を合わせていくにつれて、形を作り直してゆく。
覚醒から生まれた世界は、配置はいつもと変わらなかった。
しかし彼女の眠るベッドは一回り大きく、壁際の本棚は本と本の隙間が深淵を開いて引きずり込もうとしてくる。
肥大化した本棚は眼に映る空間を侵食する。
見えている範囲はいつもと同じ筈なのに、極大化した部屋の調度品。
自らの手に視点を落とすと、骨だけになって引き伸ばされたかのように像を結ぶ十指。
周囲の全てから圧迫されて自分が一回り小さくなったような。
周囲の全てが存在を主張し始めて一回り大きくなったような。
ぼんやりと痺れて滲んでゆく五感。
殻が押しつぶされていくような感覚と、際限なく自分が拡散する感覚を同時に感じる。
この不快感を、冷たい水で早く洗い流して再び眠りにつこう。
足を床に降ろすが、伝えられた感触はまるでセルロイド。
板の軋む音を耳にし、硬質な弾性を足裏に受けて、玩具の家のようにちゃちで大きな室内を歩く。
水場で喉を潤している間も、まとわりつくかの様に遠近感が入れ替わり、境界が曖昧に入り交じる。
全ての感覚が作り物のように。
この身体はビスク・ドールのように。
きん、と静かな聞こえない耳鳴りの中、妙にいらつきつつも、部屋に戻りゆっくりとベッドに――

そこに横たわる、自分の、姿、は。
土気色の顔は、死んで――無機質過ぎて、蝋人形のようにも――見えて。

瞬きをすると、横たわる自分の姿は最早無く、一時の幻であったのかのように痕跡も残していない。
ふらふらとよろめきつつもベッドにもぐりこみ、全てを忘れようと目を瞑る。
だが、瞳を閉じても、筒状の空間に閉じ込められている気がしてならない。
硬く閉じた視界の奥で、全てがじわじわと黒に汚染され塗り潰されながら、鋭利な白に切り裂かれる。
ヘドロのように渦巻きながら転がり来る黒と、静寂を縒りあわせながら飲み込まれる白。
黒白の二色が交錯し、食い荒らされるが、黒も白も混ざらないまま細かいノイズとなって圧し掛かってくる。

――それらに神経を、判断力を、記憶を削られながら。
夢を見るかのように沈んでゆく……





チリのように拡散していた意識が、吸い寄せられるかのように集まり、耳に呼びかける声が入ってくる。
無意識の塊が私の自我を創り上げて、幻から引きずり出してくる。
夢から現世へ降り立つと、目の前にはアリスの顔が――

瞬間、ぐにゃりとした何とも言えない捩れのような物を覚える。

……いや、違う。
捩れたのではなくて、元に戻った?
言葉に出来ない違和感が何か付きまとう。
「珍しいわね。こんな時間まで寝てるなんて」
「ん、ああ……」
カーテンを開けようと、茫としながら手を伸ばす。
こつん、と指先に感じるガラスの感触。

あれ、私の身体ってこんなに大きかった?

じっと手を見つめてしまう。
「ちょっと、本当にどうしたの?」
声をかけられてようやく我に返り、頭を振る。
私はまだ夢を見ているのか。
考えても仕方が無い。
目を開けると、そこはいつも通りの私の世界だった。

「……大丈夫? 無理してないでもう少し寝てても良いわよ?」
「いや、大丈夫だ。ちょっとめまいがしてるだけで、多分すぐ治る」
「そう。ならいいけど。朝ごはん食べてく?」
「あー、折角だけどやめておく。今日はすぐに帰るよ。すまない」
「それはかまわないんだけど、気をつけなさいよ?」
「ああ、悪いな。」
アリスと話している間に、軽く残っていた偏頭痛もだいぶ引いていった。
これなら家に帰るくらいは出来そうだ。
あんまりアリスに心配かけるのもなんだから、早々に退散しよう。







ややふらふらしながらも、自前の箒で家に帰ってゆく魔理沙。
それを見送っているアリスに、背後から声がかけられた。
「魔理沙は帰ったの?」
「ええ、つい今さっきね」
メディスン・メランコリー。
魔理沙の紹介で知った相手。
「それで、成果は?」
「慌てないの。それはこれからよ」

人を知りたいメディスン。
自律人形を作りたいアリス。

実験台にちょうど良い人間も転がり込むここならば、その実験も容易。
アリスの作った人形にメディスンの毒を留め、人の精神を流し込み、その動き、心の在り様をトレースする。
とはいえ、魂自体をどうこうする事はアリスにはまだ出来ないから、薬――いや、この場合はむしろ毒か?――の力を借りて魔理沙の精神をシンクロさせただけだ。
軽い昏睡状態にさせた後は幽体離脱させて、それを毒に染まった人形に固定させる。
擬似的に宿らせた魂に命令を与えて、その反応を調べる。
もっとも、想像以上にシンクロしすぎた所為で、予想外の影響を魔理沙に残したようだけれども。

「良かったの?」
「何が?」
「魔理沙は……あなたの知り合いじゃなかったの?」

乾いた声で、アリスは続けた。

「知り合い……そうね、確かに知り合いね」
「……毒の量、少なくなかったよ」
「そう」
「人間には、危ない量だったのかもしれない」
「そう」

僅かな沈黙の中でもアリスは淡々と作業を続けてゆく。

「魔理沙が死んだりしたら、どうするの?」

メディスンの問いに逡巡するかのように手を止めて、静かに答える。

「その時は――そうね、自律する人形になってもらうわよ。あなたと同じように」

「それが……妖怪なのね、アリス」
「それが……妖怪なのよ、メディスン・メランコリー」
「ところで、その人形の名前は、どうするの?」
「そうね……『リデル』なんてどうかしら?」
「なら、私はロリーナかイーディスって名乗るべきかしらね」
そる・あーす
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コメント



0.710簡易評価
9.60名前が無い程度の能力削除
なるほど、おもしろい。
リデルという名はアリスと対になる名だと思った俺ガイル。