Childhood's end(全ての言葉はさようなら)
第四部【恋してるだとか好きだとか】
――――――――泣いた拍子に 覚めたが悔しい 夢と知ったら 泣かぬのに
[ゴーストビート]
裸足の足が踏んだ土の冷たさと
燃えさかる炎の色と激しさと
頬を伝った、その感触と
覚えているのは、それだけで。
愛してくれとは言わないけれど、せめてわたしを見て欲しかった。
抱きしめてとは言わないけれど、せめて名前を呼ばれたかった。
二度と叶わなくなった今でも、ふいに夢に見るから悔しくなる。
もう終わりの頃は、目も合わせてくれなかったあの人が。
最後に言ったその言葉を、思い出せずに目が覚める。
[BGN]
だってフェアじゃないですよ。
彼女はだいたいそんなようなことを言った。
その言葉に、私は頷いていいのか判断がつかない。
けれど、認めたくないというその気持ちが、結局は彼女の言葉を肯定していた。
――――――――――――――私は死ぬまで人間だ。
黒い普通の魔法使いは、そう言って飛び去った。
――――――――――――――今じゃなきゃ駄目なの。それはあっという間に終わってしまうから。
孤独な七色の人形遣いは、そう言って目を閉じた。
――――――――――――――だってフェアじゃないですよ。
紅魔館の門番隊長は、そう言って諦めたように笑った。
私には答えがわからない。そんなことは、読んだ本のどこにも書いていなかった。
ただ一つだけ確かなことは、近いうちに彼女たちは――――――――――――――――
[従者の不在]
あれは、侵入者のあった晩だ。
ここにいてくださいと彼女は言い、
一緒に行くと私は言った。
まだ『ここでの戦い方』はできなかったけど、ナイフだけは呼吸のように扱えた。
けれど、彼女はいつものように楽しげに笑うと、私の靴を高い棚に置いてしまう。取ろうと思えば勿論いつでも取れた。
それでも、これが彼女の答えなのだ。
「そんな簡単には負けないわ」
「そうですね。でも、子どもはもう眠る時間です」
「夜間営業の住人ばかりなのに」
「じゃあ、昼間に来たのはお願いしますね」
「昼間に襲撃する馬鹿なんていないじゃない」
「本当に、なんでわざわざ夜に来るんでしょうね」
吸血鬼が相手なのに。
彼女は笑う。
きゃらきゃらと、屈託の無く。
たぶん、襲撃者達も夜が好きだったのだ。
「数に任せた連中でしょ。良い経験ってやつは若い時につむべきじゃないの?」
「寝ない子は育ちませんよ」
「速く済ませるのは得意よ。それこそ―――――――――――――――」
冷たい瞳に血色の瞬き。
空気の軋む音がする。
「――――――――瞬きの間に」
[暗転]
ぱたん、と。扉が閉められた。
次の瞬間、廊下からの気配がかき消える。
「ふん。美鈴のばか」
腹いせに、紅茶に砂糖を七つほど落として掻き混ぜる。
紅茶をいれるという仕事を承った以上、持ち場を離れるわけにはいかなかった。
「優秀なメイド見習いの見習い、か」
確かに、戦闘に出て行く役職ではない。というか役職ですらない。
――――――――いつか絶対、美鈴よりも強くなろう。
きっかけは、だからこんな軽い理由で。
――――――――そうして、その時は彼女にお留守番をさせてやるんだ。
それは、『完全で瀟洒な従者』なんて、言葉ですら知らない頃。
朝起きると少し肌寒い、夜が長い季節のこと。
[火曜クラブは開かれない×親の心子知らず]
あまり妖怪らしくない妖怪は悩んでいた。
紅魔館の門番隊長こと紅美鈴が、笑わない子どもこと十六夜咲夜の世話係を任命されてから二年たった。
あまり妖怪らしくない妖怪は悩んでいた。
そもそも、どうして門番がメイド見習いを育てなければならないのか。数刻前からそのことを疑問に思いだした美鈴は、普段より少しシリアスモードで動いていた。今すぐ確かめなければ、もう一年くらいは気にせず忘れている予感がしたのだ。巡り合わせが悪ければ、一生思い出さないかもしれない。
そう思って、忘れる前に答えを見つけようと考えていた。
これが普段なら、忘れるなら忘れてもいいだろうとそこまで深く考えないのだが、そもそも美鈴はあることについてずっと悩んでいて、その過程に浮上した疑問がこれだったのである。この疑問の答えが何か助けに、それが目的意識の向上なんていうものでもいいから、何か役立てばいいと考えたのだ。正直けっこう必死だった。
お嬢様が私に彼女を頼んだのは、何か深い意味が、意図があったはずだ。それも深淵で重大で譲れない何かが、こんなにストレスで胃が痛くて夜眠るのがちょっと怖いくらいは当然耐えられる理由が。
しかしいくら考えようと、つまりこじつけて推測しようと、その答えを持つ者はただ一人、もといただ一吸血鬼、レミリア・スカーレット以外にありえないのだ。咲夜の事は全て彼女の一存によって決まったことなのだから。
だからといって、そのことをわざわざ訊きに行くのは憚れる行為だった。
だってそうではないか。いまごろ優雅に友人とお茶を楽しんでいる主のところに乱入し、「どうして私が人間の子どもの世話係なんですか?」なんて訊けるわけがない。そんな身をわきまえない行為をどうして出来ようか。
はぁ、と美鈴はため息をついた。
[暗転]
「反抗期、ですか」
「間違いないわ。ほらここ、ちょうど今の咲夜くらいの年齢でしょ?」
「えっと、『こういう場合はむやみに叱るようなことはせず、余裕を持って接すること』」
「この頃になると大人や社会に不信感を抱きはじめることが……。この紅魔館でも起きるのね、そういうのが。環境だけによるものではないってことかしら。遺伝子情報として組み込まれているとか」
つまり、そういうことだった。
それはもう会えば目を逸らされるし、御飯は作ってもいらないとか言うし、寝る時間になっても部屋に戻ってこないし。
かと思えば、やはり自立心が出てきてるのだから、そっとしておこうと三日間部屋に戻らないで詰め処にいたら、呪い殺すような目でやって来て、ナイフが飛んでとんでトンで舞った。
隊員の何名かがトラウマになるくらい怖かった。
正直、己の無力に打ちひしがれて、美鈴は何度か酒に走りたくなった。しかし、隊きっての回復力が、そう簡単に酔わせてくれないことはわかっている。
浴びるように酒を飲む姿なんて部下に見せられない。
困ったなぁと、本当に困っているのか疑わしい調子で、酒代わりに紅茶や中国茶や日本茶や、とにかくお茶ならなんでもいいのかというほど自棄茶している彼女の姿は、もはやこの館の名物となりつつあった。主に、笑いの種として。
もちろん、彼女は本気で困っている。ここ数百年ないくらい本気で困っている。
なのに、誰も信じてくれなかった。
[暗転]
ここ一ヶ月の事を思い出し、美鈴はまた溜め息をついた。
そんな彼女を翡翠のような色素の薄い目で見ていた副隊長は、厳かな調子で日誌にペンを動かした。
この副隊長は非常に優秀だったが、それ以上にお節介な妖怪だった。そんな彼女は就任当時から、ネジがあるなら締めてやりたいくらい常に緊張感のない己の上司の、フォーローすることに情熱を傾けていた。
『 今日の隊長
ため息 正 正 正 … …
飲んだお茶 紅茶2 緑茶4 中国茶8 珈琲5
(中略)
かなり重症の模様。後で差し入れの必要有り。』
ただし、そのフォーローはどこか間違っていたりするのだが。
そういうわけで、結局のところ美鈴はその答えを得られなかった。
もっとも、たとえ訊いたとして、返ってくる言葉が彼女の助けになることは、おそらくなかっただろう。
もしも美鈴にもう少しだけ大胆さがあれば、永遠に紅い幼き月はちょっと考えて、それから意味深に呟いてみせたに違いない。
それは、運命が囁いたからよ、と。
その後、美鈴の苦悩は、咲夜がスペルカードを手にした時をもって終結した。
人間ってわからない。美鈴は、その言葉を何度も繰り返した。
第五部【雨の音だけを聴いていたい】
[目を閉じて、君の歌を捜していた]
そこにいてもいいよって
そんな言葉をくれる人が欲しかった
そんなふうに泣いた夜が過ぎて
その願いが叶った日々がある
そのころは、すぐには気づけないほど疲れていて
それを理解できるまで、彼女は待っていてくれた
そうして、幸せに時を過ごした
なのに
それだけで満足できなくなったのは
たぶん、あの狂気の瞳に視てしまったから
あの永い夜に
居場所という言葉の眩しさを
ひたむきな何かを
そうして、幾つかの可能性を
だから、どうしても言わせたくなってしまったのだ
いてもいい、ではなく
いてほしい、と力強く
間違って、思ってしまった
[RainySong]
かちりからり。歯車が動くような予感。
魔理沙がやってきた。
ということは、七色の人形遣いは現れないのだろう。
「今日も負けたぁ」
てっきりこの雨で誰も来ないと思ったのに、人間とはもの好きだ。それに、今日のモノクロはなんだかいつもよりやたら好戦的というか挑発的というか、みなぎる闘気に抗えず、ついつい熱くなってしまった。服がぼろぼろだ。おまけに濡れるし。
「馬鹿ね。そこまで頑張らなくていいのに」
「見ていたなら手を貸してくださいよ」
「今は休憩中なの」
十六夜咲夜はいつもの通り、完全かつ瀟洒に立っていた。
「おはようございます。見回りですか?」
ぴくりと。一瞬、けれど激しく、彼女の気が乱れるのを感じた。何か言葉を間違えただろうかと、内心焦る。昔より落ち着きが出たと言え、いまだにナイフが飛んでくるときがあるのだ。
けれど完全で瀟洒な従者は、笑みさえ浮かべて言った。
「着替えついでにお茶でもどう?たまには私がいれてあげるわ」
良い葉があるの、と。
「お嬢様たちと同じものですか、贅沢ですね」
もちろん、美鈴に断る理由など無い。
きゃらきゃらと、喜び以外何も見いだせない顔で笑った。
茶会の準備をしに咲夜は館に向かう。近いという理由で、美鈴は詰め処の方で着替えることにした。そこに置き服があるのだ。
呼ぶまでもなく交代にやって来た副隊長からタオルを受け取り、美鈴はいつものように屈託なく、上機嫌に笑う。
「じゃあ、あとはよろしくね」
今日はもう誰も来ないと思うけど。そう言いかけたところで、目があった。
翡翠のように薄い色素の目が、何か物言いたげにこちらを見つめている。
「なに?」
「気づいてますか?」
「なにを?」
何か言いたそうな目が、何かを諦めたように笑う。
「メイド長と話したの、三日ぶりです」
[暗転]
――――――――わかっている。たぶん、本当に意味がわからないのだろう。
何か言いたそうな目が、何かを諦めたように笑う。
それ以上は何も言わず、二人の会話はそこで終わった。
[BGN]
――――――――惚れた証拠にゃお前の癖が いつか私のくせになる
そんな言葉を、本で見た。
[雨音の中、服を着替える手を止めた]
紅茶にミルクと砂糖をたっぷり入れるのは、もともとは咲夜の飲み方だった。
妙に大人ぶるところがある彼女が意地を張ることのないように、合わせて同じものを飲むようになったのがきっかけだった。もちろんそんなことは、一度だって彼女に言わなかったけれど。
気づけば彼女は紅茶をただ紅茶だけで飲むようになり、嫌いだった珈琲も好んで口にするようになっていた。付き合っていただけのはずの美鈴の方が、すっかりその飲み方が習慣になってしまったというのに。
瞬きの間に少女はほとんど大人と言っていい年頃になっていた。
身長の差は今や零に等しい。美鈴が教えた大抵のことは、もう彼女の方が上手くこなせるだろう。弾幕を張れば負けるし、掃除なら勝負にすらならない。なんだかなぁと美鈴は思った。
甘い味に慣れきった舌に、もう一度正しい味を覚えさせ始めたのは半年前からだ。これでもだいぶ戻ったと思うけれど、それでも時々、無性にあの味が恋しくなる時がある。そういう時は思い切って誘惑に負けてみるのだが、何が悪いのか、思っていたのと全然違う味になってしまった。
そうして。
そんなことを数回繰り返してから、美鈴は何となくだがわかってしまった。
他ならぬ彼女がその味を否定した時から。
その味を、もう二度と楽しんで飲むことは訪れないことに。
第六部【欠けては満ちる月だから】
それはいつかの夜の記憶。
[始まりにして、終わりの夜]
――――――――改めて、よろしくと言うわ。十六夜咲夜。
それは、メイド長になった日のこと。
それは、お嬢様との二度目の手合わせ。
初めて夜空に浮かぶ彼女と出会ったときのように、私はその手をとったのだ。
絡み合う、運命と共に。
それは、本当の意味で、レミリア・スカーレットという存在と邂逅を果たした夜のこと。
誓ってもいい。その選択に、嘘は無かった。
もう一度あの日に戻っても、きっと同じ事をする。
たとえその結果、こんなに苦しい想いを、するとわかっていても。
その手を拒む事なんて、考えもしないに違いない。
[暗転]
勝負というには、両者の力には差があった。
ぼろぼろになって帰ってきた私を待っていたのは、ミルクと砂糖が過剰に入った紅茶だった。
湯煙の向こうで、彼女は私と同じ物を飲んでいる。もうこんな茶葉を冒涜するような飲み方はしないと言っているのに、彼女は未だに間違えて出してしまう。
もっとも今夜に限っては、意図的だったのかもしれないが。
勝敗について、彼女は何も訊かなかった。そんなことは当たり前のことだからだ。
ただ私の傷だけは気になるのか、さっきから伺うようにこちらに視線を向けてくる。やる前からわかっていた結果でも、かけるべき言葉まではみつからなかったのだろう。このまま私が口を開かなければ本当に何も言わないかもしれない。そんなに困るくらいなら、最初から待っていなければいいのに。緊張で昨日もろくに眠れてないことは、朝の時点で気づいていた。自分が試されるわけでもないのに。まったく、いつまで人を壊れやすい何か、普通の人間のように扱うつもりなのだろう。
妖怪というのは人間に比べて認識の更新が遅いのだろうか。変わらないことが美徳みたいに生活習慣に頑固だったり、偏見の目で人間をみたり。いつまで私を――――――――
「美鈴」
「……はい」
うう、という表情を浮かべ、彼女は返事をした。心の迷いのままに揺れている眼に、私がまっすぐ視線を合わすと、互いのそれが平行に交わった。そのことに気づき、ふと彼女を見上げる必要が無くなったのはいつからだろうと考えた。いろんなものを、彼女より上手くこなせるようになったのは。
「負けたわ」
「はい」
「でも合格だった。安心した?」
「はい」
その言葉は嘘では無かった。一目でそれとわかるくらい、彼女の顔に喜びが広がっていくのがわかる。
この素直さにだけはずっと敵わない。そんなことをふと悟った。
「お祝いしましょう」
「いつでもお目出度そうじゃない」
彼女は困ったように笑う。
「冗談よ」
彼女は満足そうに笑う。
「美鈴」
もう一つくらい笑顔を拝もうと、私も笑いかけてみる。
こんな素直な気持ちは久々だった。
「――――――――――――――――ありがとう」
くしゃりという笑い。孔雀石に似た彼女の虹彩が、潰れそうなほど目を細めて。
「はい」
幸せそうに、彼女は笑ってくれた。
だから私は本当に、ただ本当にその時嬉しかった。
これだけは嘘ではないと、あの閻魔を前にしても言える。
[金糸雀]
歌声がした。
懐かしい歌だ。
空っぽで、底抜けで、ただきれいに震えるだけの。
そんな歌い方しか知らない声は青く遠く透き通っていて。
そんな惨めでも哀れっぽくはならないくらいただ無邪気で。
歌というより、やわらかな叫びのようだった。
けれど。
初めて耳にしたその瞬間。
私の為だけに紡ぎ出されたその音に、ほんの一瞬全てが白く遠ざかった。
束の間の成長は妖怪にとって瞬きの一時。
そんな雰囲気を感じました今回のお話。自分でも訳分からん。
そりゃ、フェアじゃないよねぇ……
切ないなぁ……
この物語の終わりはどんなものになるんだろう?そんなことを考えてしまいます。
それは、ただ生きている時間が長いと言うことだけではなく、
価値観や精神にも、大きな差が出てしまうと言うことですから。
でも、本当に辛いのはどっちなんでしょうね。
>ただ一つだけ確かなことは、近いうちに彼女たちは――――
近いうちに私は、では無く何故彼女達はなのでしょうか。
対象が魔理沙だけなのであれば理解が出来ます。自分と同じなのですから。
魔理沙・アリス・美鈴の三人を纏めて括る要素がどうしても見つからないのです。
作品自体の雰囲気は好きでした。ですが、どことなく全体の流れに違和感を感じます。それは私の想像力が足りないせいでしょうか?
大変わかりづらくなっているのです。申し訳ありません。
「魔理沙・アリス・パチュ」と「咲夜・美鈴・(その他)」の話が存在するのですが、パチュだけは微妙に従者チームの過去に関わっている為、彼女のモノローグでは二つの事件が平行に語られてしまう場合があります。
二つとも人間と妖怪の差がテーマの一つとしてあるので、パチュには比較してもらっているのです。
もっとも魔法使いチームはそれがメインテーマではないのですが。
これが少しでも読み進むヒントになれば幸いです。
咲夜が考えている物だとばっかり思っていました、すみませぬ。