雲の隙間から太陽の日差しが差し込む雨上がりの空模様は野外で活発に動き回るものにとってはほんの一時しのぎのようにも感じ、空の色は再び雨がぽつりぽつりと降ってくるようにも思えた。
ぱしゃ、と足元に出来た小さな池を踏みつけるように踏み出した一歩は僅かに重く感じたがそれは雨後のためだろうと思い、頬を叩き美鈴は紅魔館の門前に立つ。
図書館の主が降らせたわけでもないのだが今日の雨は長かったと思う。
雨の様子は強弱の加減が微妙で彼女でもそれを生み出すのは不可能ではないかと思うほど自然の力は凄かった。
なんせ湖の氷精がくるくると何処かの狐様みたいに回転しながら飛んでいたのだ。やっぱりナチュラルはスゴイね、と美鈴はチルノが無事であることをちょっとだけ願った。
「まぁこんな雨の後だし」
彼女は仕事を再開をしようとするも門前には弾幕のように多種多様な水溜りがあるほどであまり仕事をする必要は無いかなぁと思っても居たりする。けど、サボれない。サボったら何時の間にか額から流血しているのだ。何故か治療された後があるにもかかわらず。
「厳しいのか優しいのか」
素直じゃないなぁ、と困ったような朗らかな顔で一人の女性のことを考える。
と、雨後だと言うにこちらに向かってくる一つの影が見えた。
丁度、雲の隙間から漏れる日差しの中に現れたため容易に姿を確認できた。
「や、私には休みが無いのかなぁ」
思い浮かべた女性のことを名残惜しいと思いながらも払拭し、体を動かし筋肉をほぐす。
「実は休みたいのが本音なのです、と」
呟くような本音を零し、影と高さを同じなるように飛行する。
影がみるみる近付いてくる。速度はそれなりに速い方で感覚的には何時も現れる魔法使いではないと判断をする。
となると天狗か、だがアレも速い。ならば違う、と寝起きの頭を強引に回転させ該当者を検索する。
「さてさて、他の皆は慌てて着替えている頃だろうけど客人なら無用、侵入者であれども無用。何故なら門前には私が居るから」
来られませ客人よ、あなたなら私は温かく館へ迎え入れよう。
来られませ客人よ、あなたでないなら私は手厳しくお帰り願おう。
「それが私の仕事なのだから」
ただの笑みを浮かべて紅い館の門番は訪問者を迎える。
さて、貴方はどちらかしら?
そして影が
まぁそんな門番はまた別の機会と言うことで。
何はともあれある日のヴワル図書館より。
何時も通りに静寂に包まれるその空間はちょっとだけ何時もより音が多かった。
図書館の奥にあるこの空間の主、パチュリー・ノーレッジの部屋がある。
ドアの外見としては一見すれば倉庫のドアにも見えなくも無い。
が、倉庫と区別する一つのものがそのドアにはかかっていた。
『ノーレッジのへや』
と如何にも素人が創ったように見える粗末な木彫りのドアメッセージ、と思われるものがある。
故にここは主の部屋らしい。
なお、作り手は部屋の中に居るので覗いてみよう。
「・・・・・」
「・・・・・」
中には二人の少女が幾何学模様で書かれた辞書のような本を読んでいた。
「・・・・・」
「・・・・・」
部屋には無造作に積み上げられた本の山、山、山、たまに谷、そしてまた山、とまさに本の部屋と呼ぶに相応しいほどに多数の本がそこに存在した。
その本の部屋の中心に当たる部分に一つの大きめのテーブルと無造作に置かれた椅子が複数。
うちの二つに二人の少女は腰掛け、本を読んでいた。
一人は紫色の髪をリボンのようなもので留めており、寝巻きのような格好をしている。
もう一人は金髪のショートヘアに赤いヘアバンドをはめ、水色のドレス風の服を着ている人形のような雰囲気を持っている。
パチュリーとアリスだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人は会話も無く、ただ黙々と手にしている本―――考察書や魔道書などの専門書―――をひたすらに読んでいるだけであった。
会話があっても
「パチュリー、そっちにある上から2番目、右から4番目を」
「ん」
や、
「アリス、そっちにあるパラケルススのついてを」
「ん」
などと言った会話といえないものだけだった。
その頃、ヴワル図書館入り口
図書館の入り口の側に大きめのカウンターの中で赤い髪の少女がなにやら手元で作業をしている。
と、図書館の入り口から小さいながらもよく響くノックの音が聞こえた。
その音に気付いた少女は手元に置いてあった飾り気の無いシンプルな時計に目をやると丁度3時となっていた。
「開いてますよー」
訪問者に対して少女は可愛らしい声で入館(?)を許可する。
許可の声を聞いた訪問者が音を立てずに静かな動作で3つのティーセットを乗せたトレイを完璧とも言える動きで少女に近寄る。
「時間ピッタリですね、咲夜さん」
「これぐらい当然よ」
咲夜と少女に呼ばれた女性は僅かに笑みを浮かべて静かな動作でカウンターに淹れたての紅茶と大きめの苺が乗ったショートケーキを置く。
「今日はショートケーキなんですね」
「ええ、良質の苺が多く手に入ったからケーキに使ったんだけど意外と余っちゃってね。ついでにジャムも」
「わ、今日は贅沢ですね」
咲夜がトレイに乗っていた大きめの瓶から真っ赤な甘い匂いのする出来立てと思われる苺ジャムをショートケーキの上にかける。
少女はその光景に満面の笑みを浮かべ本当に嬉しそうだ。
「そう言えばパチュリー様は?」
「奥でアリスさんと本をお読みになられております」
「ああ、あの子が来ているのね」
咲夜の顔見知りの中で比較的仲の好い部類に入る少女の顔が瞬時に思い浮かんだ。実際には向こうの方が年上なのだが。
「二人で日がな一日読書ねぇ・・・・・不健康極まりないわ」
「でも、お二人とも楽しそうにしていましたし良いと思いますけど?」
少女は苺ジャムがたっぷりと乗ったケーキを頬張りながら返答する。
よほどジャムの味が気に入ったのかフォークにジャムをつけてちろちろとミルクを飲む子猫のように舐めている姿は本当に前世は猫ではないかと思わせるほどにピッタリだった。
しかし実際には少女の頭部には蝙蝠のような羽の形をした飾りのようなものがあり、背中にもそれを大きくした羽がある。
「ねぇ小悪魔」
「はひ?」
「・・・・・・・・」
咲夜が呼んだように少女は悪魔である。悪魔なのだが・・・・・・・大きめの苺を口の中でむぐむぐと動かしながら食べている姿はとてもそうは見えない。まぁ幻想郷というこの世界では肩書きや職業と容姿が一切噛みあわないのがある意味常識だったりする。
そんな小悪魔の姿―――実際には一部―――を見て咲夜は暫く沈黙した。
「んく・・・・なんですか咲夜さん?」
首をかしげて問う姿は非常に愛くるしいのだが一部除いて咲夜にとって内心、ため息を付きたかった。
「(改めてみると・・・・・・・・・・どーして私だけ小さいかなぁ)」
はぁ、と心の中で大きなため息を付く。無論、それは表に出さないのが完璧で瀟洒なメイドの常。
ぐっと吐き出したい本音を押さえ込みついでだから言って置いた。
「お代わりなら厨房にあるから」
「え!?ホントですか!?」
さっきから物欲しそうにジャムの入った瓶を見ていたので言ってみるとわーい、と本当に嬉しそうに飛び跳ねる小悪魔。
しまった、とその光景を見て後悔するも仕方ないと諦めるメイド長。これでも頑張ってます。
ああ、でもちょっと小ぶりなのが幸い。私より大きいけど。
自分でも気付かないところで思わずため息が漏れてしまうが幸いにも小悪魔は気付かなかった。
と、ハッピー状態から復帰した小悪魔がそういえば、と切り出した。
「美鈴さんのところには持っていかないんですか?」
「ぶっ!」
何気ない小悪魔の一言に思わず噴き出す完璧で瀟洒なメイド。どきどきミスもありますいい人です。
「な、な、な、な、何を・・・・・」
「えーだって美鈴さん、苺好きでしたよね。こんなに美味しいジャムがあるなら美鈴さん喜びますよ?」
思いっきり動揺している咲夜を他所に小悪魔が言葉を続ける。
「だ、だからっ、何で、め、美鈴のと、ところにわ、私が」
「だって咲夜さん、美鈴さんのこと好きなんですよね?」
「!!!!!!!!????????????」
ボン、と効果音が聞こえてもおかしくないほどに小悪魔のさり気無い対メイド長用のスペルカード(言葉)が発動し、それにもろに直撃を受けて顔を真っ赤にする咲夜。
「あ、え、だ、そ、い・・・・・・・」
「あ、でも今美鈴さん仕事中ですねー。あははは、忘れてました」
咲夜の状態なんてまるっきり理解していないのか小悪魔はごめんなさい、と謝る。
「そうよ、何を言っているのよ貴女は。仕事中の彼女に休んでお茶にしましょう、なんて普通言わないわよ?」
「や、うっかりしてました」
が、何時の間にか元に戻った咲夜はたっぷり丸1時間かけてザ・ワールドにて復帰を完了したのだが小悪魔は気付かない。
流石パーフェクトメイド咲夜さん。だけど顔はまだ赤い!
そんなやりとりがあったが二人には一切関係ないわけで。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・・・」
私は仕事をしにきたんだよね?と思わず心の中で自分自身に問い掛けてしまったほどに二人は黙々と本を読んでいた。
このままだと別の意味で心が折れてしまいそうなので早く済ませようと思い、言葉を放つ。
「お茶をお持ちしました」
「ん」
「ん」
皆さん、私頑張ってますよね?そうですよね?
泣きたくなるほどにほぼ無反応に等しい返答が来た。
普通なら読むのを止めて楽しいアフターヌーンティーになるはずなのだが二人は妨害となるものが無い流水のように静かに読み続けた。
落ち着け、今ここで攻勢に出たら個人的に負けだ、負けたいか?負けたくないな?よし、落ち着け。
無論、そんな咲夜の葛藤を知らず読み続ける二人に咲夜はどうせだからと思いながら尋ねた。
「・・・・・・・楽しいですか?」
「・・・・」
「・・・・」
ほら、無言だ。わーい、自爆しちゃった。
と咲夜が心の中で悲しみに浸っている最中、
「楽しいわ」
「楽しいわよ?」
と、実にあっさりとした答えが返ってきた。
その返答に少し吃驚する咲夜だが一方で悲しみから歓喜に満ち溢れていた。わーい、勝ったー!
なお、当人の口調などとかなり異なっているのには彼女の心の中は実年齢より低いからである。断じて精神的に幼い、ではない。
と、言うことなので仕事を終えることにした。
「・・・分かりました。冷めないうちにお飲みになってくださいね」
「ん」
「ん」
立った一言の言葉に返ってきた言葉は首肯のような言葉の肯定のみ。
それでも二人にお茶を届けるという仕事は済んだのだ。あとは良い時間になってからのトレイの回収という仕事がある。その間に他の仕事を済ませなければ。
声をかけるとかえって邪魔になりそうな気がしたのでただ静かに咲夜はその場を後にした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
咲夜が退室してから数秒後。
ぱたん、ときちんと栞を挟めて本を閉じたアリスが顔を上げ、丁度同じ行動を取ったパチュリーに向けて先に言葉を放った。
「・・・・そろそろ飲む?」
「そうね」
そして二人だけのお茶会が始まったのだがこれが発端であったということには館の主にすら知ることは出来なかったであろう。
では、二人のやり取りを見てみよう。
「あら、美味しい」
口にした紅茶の味がすんなりと自分の舌を喜ばせる味だと知り、素直に賞賛するアリス。
彼女自身、味にはうるさい方だと思ってはいるが淹れる人物の実力もあれば淹れられている葉の味もあるだろう。
悔しいなぁと思いながらももう一つ口にする。
「当たり前よ、咲夜の腕前はレミリアのお墨付きよ」
身内が褒められたのが少しなからず嬉しかったのか思わずそんな事を口にするパチュリー。
無論、ただの自慢ではあるがやはり身近な人物が褒められるのは嬉しいのだろう、口元には僅かに笑みを浮かべてこちらも一口。
「御館様の公認なら立派なものね」
「そうよ」
と、二人で完璧で瀟洒なメイド長を褒める。
それからはジャムの味が美味しいとか、門番は苺が好きだとか、小悪魔は甘いものが好きだとか、そっちの苺が大きいなどと雑談が入り、終始和やかな雰囲気に包まれていた。
「ところでこれはダージリンかしら?」
と、アリスが何気なく葉の種類を口にする。
「違うわよ、シッキムよ」
するとパチュリーが断言するようにアリスの言った種類を否定する。
「私はダージリンだと思うのだけれど?」
だが、自分の味わった舌を信じて前言は撤回しないアリス。
「いいえ、シッキムに決まってるわ」
が、パチュリーは否定の言葉として自分の意見を曲げない。
そして二人はじっとお互いを見つめあいながら互いにお互いの言葉を視線だけで否定しあう。
それはどれぐらい続いたのだろうか、二人は結論を出した。
「・・・・・・勝負よ」
「いいわよ、なら私はナコトを賭けるわ」
ナコトとはナコト写本の略称で魔道書のひとつである。
どうやら互いに所持している魔道書を賭けに出すようだ。
パチュリーの現れの大きさの表れか思わぬ大物が出たことに僅かに驚くアリス。
しかし、アリスとて引けを取らないものを賭けに出した。
「そっちがナコトでくるなら私は水神クタアトの復刻版で」
水神クタアトとは著者が不明の魔道書で全部で3冊しかない。
「クタアトの復刻版なんて何処で・・・」
アリスの提示した大物―――復刻版―――の出現に驚きを隠せないパチュリーが問うた。
「久しぶりに魔界に帰ったとき見つけたのよ」
と、あっさり入手場所を吐くアリス。実はアリスは魔界出身だったのだ!・・・・・無論、周知の事実なのでこれ以上の説明は不要だ。
ちなみに実際には母親でもある神綺の書斎にあったを置手紙を置いて持ってきていたのだが本来の所有者は無くなったことに気付いていなかったり、置手紙は当人がゴミだと思ってしまいゴミ箱に・・・!
天然じゃないのよ、神様は。ただちょっと、うっかりしちゃっただけなんだから!
そんな驚愕の事実を知らないアリスはちゃっちゃと進めていた。
「そう、それで期間は?」
「お互い時間のかかるものだから1で」
「それぐらいが妥当ね」
流石に譲渡はお互いに不味いと理解しているのでレンタルでいくらしい。
恐らく月単位だと思われる。
決めることは決めて、お互いに覚悟が決まったことで二人の顔はこれまでにないくらい自信に満ち溢れていた。
「結果が楽しみね」
「ええ、すごく」
そんなこともあるヴワル図書館、一度来て見ませんか?
えんまさまの一言
けど私は門番の片に頑なに否定されてしまいました・・・・・・ぐすん。
んで、結果。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
二人の顔がかなりの複雑そうな顔で下を向いている。
それを端からメイド長の咲夜と館の主であるレミリアが見ている。
「あの・・・・何か悪いことをしたんでしょうか?」
「さぁ?」
困ったような表情で主に尋ねる咲夜だったが全く関係ないと返答するレミリア。
「最悪ね」
「そうね」
と、お互い復帰は早く、真顔で再確認のように言葉を交わした。
「お互い学ぶべきことが多いわ」
「そうね、とっても」
と、二人同時に自分たちから離れた二人―――実際には咲夜だが―――をじと目で見る。
「わ、私は悪くありませんよね?」
「二人の問題だけど言ったことはとても重要だというのは分かるわ」
二人の視線に気付いたのか僅かに顔が引きつる咲夜。正直、怖いんですけど?
対してレミリアは視線は自分に向いてないので一切、気にしていない。元凶が何を言っているのかしら?
と、パチュリーがおもむろに口を開いた。
「咲夜」
「は、はい?」
ぞっとするほどの平坦な声に声が上ずってしまう。
そしてアリスが言葉を繋いだ。
「これから飲み比べをするから用意して」
こちらも同じく平坦な表情の無い声でお願い―――命令に近いが―――に対して思わず一メイドとして答えてしまう咲夜。
「い、一応聞きますが何を淹れてくれば?」
二人の返答は実にシンプルだった。
「「全部よ」」
あまりにもシンプルすぎる答えに立ち眩みした咲夜は思わず主に救援を求めた。
「・・・・・・・・お嬢様」
「別に好いんじゃない?幸い在庫は多いし」
「・・・・・それは遠回しに強制してませんか?」
「あら、そう聞こえたなら言い直すわ。やれ」
お嬢様は実に楽しそうに命令を下した。
メイド長は館の主から公認を受けた二人がずるずると厨房へと連行した。
彼女の表情はとても表現出来ないものだった。
数日後
「「何故!?」
「私は悪くありませーん!」
けーねのお言葉
お前たち、舌大丈夫か?
さすがにこの伏線の張り方は予想できなかった…。(笑)
ぜひ番外編でパチュvsアリスの利き紅茶対決を見せてください。
あと何気にお祭り好きなレミリアに萌え。