私の部屋は地下に在る。
私一人で使う分にはかなり広い。
天井までは私四人分くらいある。
広さはベッドが五十個位置ける程度だ。
でもベッドは一個しかないし、
後は机が一個あるだけだ。
ベッドも机も部屋の奥の端にある。
普段は誰も来ない。
仄暗い闇に包まれている。
明かりといえば月の光くらいだ。
とは言っても、それで十分だけど。
昼間の太陽の光は全く通さない。
そういう風に造られているらしい。
私の体が蒸発してしまうからだ。
と言っても太陽を見たことはないし、
蒸発しそうになった事もない。
月すらも実体を見たことはない。
光が入ってくるだけで。
まあるくなったり細くなったり、
時には消えてしまったりするらしいけど、
あまり興味もないからどうだっていい。
そもそも私は此処から出してもらえない。
お姉さまは、外に出たら危険なのよ。
と言っていた。
暇なよりはいいと言ったら、じゃあ、
遊び道具を与えましょう。
と言った。
何をくれるの?
と聞いたら、お人形なんかどうかしら?
と聞かれた。
見たことの無いものであったし、
人間の形を模したものである。
つまるところ、私たちの食事だ。
少し興味があったし、
お外に出られないのは少し残念ではあるけれど、
それが面白ければ暇ではない。
だから承諾した。
返事を聞くとお姉さまは微笑んで頷いた。
少し待っていて。
と言うと、お姉さまは部屋を後にした。
しばらく待っていると、従者が五人、
人形が入っているらしい大きな箱を持ってやって来た。
もっとも箱を持っているのは三人で、
あとの一人は食事を持っていた。
もう一人は何も持っていない。
お姉さまは?
と聞くと、
お食事をなさっております。
と一人が言った。
心なしか皆の顔が強張っているように見える。
まあ、そんなことはどうだっていい。
それに人形が早く見たかったので、
此処に置いて、と床を指差して言った。
ただいま。と返事をすると、
綺麗に、丁寧に、人形を並べ始めた。
徒労に思えた。だから、
どさっと置いちゃってよ。
と言ったら、脅えた様に、
申し訳ありません。と謝って、
人形の入った箱をためらいがちにひっくり返した。
食事はそこに置いといて。後はいいわ。
と言うと、はい。ごゆっくりどうぞ。
と言った。
いつもならここで部屋を出て行くのだが、
何も言わずこっちを恐々と眺めていた。
どうかしたの?
と聞いたら、
妹様から人形の感想を聞いてくるようにとお嬢様から命ぜられましたので。
と答えた。
ふーん。と適当に相槌を打った。
それよりも人形だ。
遊び方が判らないので取り合えず、
三個手にとって眺めてみた。
どれも脆そうですぐに壊れてしまいそうだ。
試しに魔法を一個目の人形に流し込んでみた。
すると赤黒い光を禍々しく放った後、
天井を貫かんばかりの勢いで炎を噴き出した。
後には何も残らなかった。
次の人形にも魔法を流し込んだ。
目の眩む程の強烈な光と、
鼓膜が破れそうなくらいに激しい爆発音を伴いながら、
頭の先から足の先まで
バラバラに部屋中へと飛び散った。
お掃除が大変そうだ。
もう一個にも魔法を流し込んだ。呪いの魔法だ。
その人形は手から離れ、数歩歩いた後、
ぎゃあああ!!
と、この世のものとは思えない断末魔を上げると
炸裂して赤い液体をそこらじゅうに撒き散らした。
少しだけおかしかったのでくすりと笑った。
従者たちの様子を伺うと、顔は、
強張り、引きつり、振るえ、愕然としていた。
一人が泣き出しそうな震えた声で、
感想は、如何でしょうか、と聞いてきた。
少しは楽しめそうだわ。
と答えたら、左様でございますか。
と引きつりに引きつった笑顔を残し、
転びそうになりながら、
五人とも逃げるように去っていった。
外から泣き叫ぶような声が聞こえた。
狂ってるわ!狂ってる!狂ってしまう!
早く上に行かないとああなってしまう!
怖い!怖い!怖い!
何を言っているか良く解らなかったし、
気にも留めなかった。
それよりも人形とはなんと脆いものか。
人間もこんなにも脆いのかしら。
と疑問に思った。
△▼△
それから長い年月が過ぎた。
本当にたまにだけ上へ行くのだが、
ある日上に行こうとしたら、
螺旋階段が長くなっていた。気のせいではない。
なぜだか解らないけれど、一向に上に着く兆しが無い。
だから面倒になって引き返した。
数刻後従者たちが来るのでその事について聞くことにした。
人形が食事と一緒に来るようになったのは何時からだったか忘れたけれど、
今でもそれは続いている。
その時に、昨日持ってきた人形の破片を片付けていく。
しかし従者たちは時々変わる。
すぐに変わることもあるし、
なかなか変わらないこともある。
決まって五人で来る。そんなに荷物は多くないのに。
そして変わるときも五人一緒に変わる。
例外はない。と、思う。
兆しはない、と思ったが、
よく考えてみると決まっていつも変わる前は
良く解らない言葉を従者たちが発した後かも知れない。
まあ、あまり気にしても仕様のない事だけれど。
そんなことを考えていると扉がノックされた。
「開いてるわ」と返事を返すと、
すぐに「失礼します」と言って入ってきた。
従者たちだ。よく見ると顔ぶれが昨日と違う。
変わったようだ。どうでもいいけど。
これも決まっていることだが、
始めて来た従者たちは人形を綺麗に並べようとする。
「適当に置いていいわ」というと、
「左様でございますか」といってゆっくりと箱を傾けて、
やさしく人形を出した。
そういえば聞きたいことがあったのだった。
「螺旋階段が前より長くなっているのは何故なの?」
と聞くと一人が言った。
「ああ、それは咲夜様がお嬢様に命ぜられてのことです。
なんでも、妹様の気がふれておられて外に出・・・!!!」
彼女は口元を両手で多い、しまった!
と言う顔をしながら震えていた。
「も、申し訳御座いません!こ、このようなことをフラン
ドール様に」
彼女は両手を床に付き、嗚咽を漏らしながら謝った。
?
どういうことかしら?
今一良く解らなかった。
私は戸惑いながら従者たちに聞いた。
「それはお姉さまが言ったことなの?もう少し詳しく聞かせてよ」
彼女たちは苦渋をかんだような顔をしながらがたがたと震えていた。
皆が皆なきだしそうだ。
「ねえ、おしえてよ!」
少し強い口調で言うと一人が俯いて屈み、泣き出してしまった。
彼女はもうどうでもいい。話をまともに聞けなそうだ。
チラリと睨んだ後、
次に他の従者たちを私は軽く睨めつけた。
すると謝って手を床にを付いていた従者が泣きながら話し始めた。
「じ、実は私たちはメイドたちの中でも精鋭なので御座います。
じ、自分で言うのも何なのですありますが、選びに選び抜かれ、
厳選され、お嬢様の目にかなった腕の持ち主なので御座います。
そして私たちは今日突然呼び出され、メイド長である
咲夜様にある遣いを命ぜられたのです。そしてそれは・・・」
「私にご飯と人形を届けることだった?」
「さっ、左様でごさいます」
彼女の精神はもう限界に近いようだったが、更に私は聞いた。
「何故わたしへのご飯運びがそんなに大掛かりなの?」
「そ、それは、さ、咲夜様が・・・も、もしものためにと」
「もしもって?」
「い、妹様が、お怒り、お狂いになられてしまったとき、
こ、殺されないように・・・と」
そう言うと同時に彼女はもう何もいえなくなってしまった。
ただただ泣いている。
それと同時に私はすべてを悟った。
「もういいわ出てって・・・」
小さな声で言ったからか、
彼女らには聞こえていなかったみたいだ。
だから私は叫んだ。
「でてって!!」
それを聞くと従者たちは体を震わせ悲鳴を上げた。
そして泣き叫びながら部屋から皆いなくなった。
△▼△
それから数日経ったが従者たちは変わっていない。
あの日の翌日も同じ従者たちが来た。
そして今もだ。やっぱり脅えていた。
彼女らを見ると思い出す。感情が抑えきれない。
私はお姉さまが妬ましかった。
お姉さまは上で、お外で楽しんでいるに違いない。
私はいつも一人ぼっち。人形で遊ぶのももう飽きた。
本でお外を想像して、空想の中で遊ぶのもうんざりだ。
私はお外に出ることを決心した。
最近お姉さまは人間と遊んだらしい。
弾幕ごっこで。
そして負けてしまったと聞いた。
その人間ならばあるいは。
人形のように壊れてしまっては面白くもなんともない。
従者たちが出て行った後私はすぐに部屋を出た。
ご飯も食べていない。
目の前には前と同じように階段が見えていた。
前回は面倒くさくなって途中で部屋に戻ってしまったが、
今回は最後まで螺旋の階段を登りきった。
久しぶりの本館だ。少しまぶしい。
でも、そんなことはどうでもいい。私は門のほうへ向かった。
記憶がうろ覚え、というか門へ向かうのは初めてだから良く解らないけれど、
多分こっちのほうだと思う。私は廊下を風のように進んで行った。
途中、従者が溢れんばかりにいたがあまり気にせず進んでいった。
しかしこの館は何かがおかしい。前はこんなに扉は多く無かった筈だし、
もう少し単純にして単調な造りだったと思う。明らかに複雑すぎる。
廊下の床や壁の色が所々違う。色は紅基調だが濃さが違う。
血のような紅もあれば、それを超えたブラウンや黒に近い紅もあった。
そして何よりもおかしいのは、
一歩歩くごとにまるで違う場所に居るかのような錯覚を起こさせるモノであった。
一箇所たりとも同じ館だとは思えないような感覚。
確かに此処に居るはずなのにその実感がないというような、
なんとも表現のし難い違和感があった。
そのせいか、私の勘は悉く外れて外に至る扉を開くことが中々出来なかった。
でも、ついに見つけた。この大きな扉が門に通じる道に違いない。
明らかに今まで開けて来た扉やドアとは違う流れが感じられる。
ここだ!と、確信した。
私は思い切り扉を開け放った。
まぶしい!
その場で少し目を覆っていたが何かが地面に打ち付けられる音が
バタバタと聞こえる。目が少しずつ慣れてきた。改めて外の様子を目を細めて伺う。
これが、雨?この勢いは豪雨というものかしら?
少し触れてみた。すると指に激痛が走る。
痛い。でも、ほんの少し楽しい。
けれどこれではお外に出られない。
しかも明らかにこれは魔法による雨だ。
私には解った。というよりも直感なのだけど。
それに誰がやっているのかも心当たりがある。
お姉さまのお友達の魔女だ。何度か会ったことがある。
本をくれたりもしたし、そんなに悪い魔女ではないと思う。
頼めばきっと雨をやませてくれると思った。
でも何処にいるか解らない。
まあ探せばすぐ見つかるだろうし。
私は取り敢えず探すことにした。
さっきの廊下を行き、また館の中へ戻っていった。
△▼△
それから結構探した。けれど一向に見つからない。
館が変になっているせいで感覚や気配で誰が何処にいるかがよく解らない。
それになんだかお腹も減ってきた。そういえばご飯を食べていない。
いったん部屋に戻ろうかな。
そう思って私は自分の部屋に続く階段を探し始めた。
ちょっと休憩しよう。まあお外は逃げないし、
もしかしたら雨もやませてくれているかも知れない。
そんなことを考えながら探していると、館の中が段々騒がしくなってきた。
私が出歩いていることがばれたのかもしれない。
それはそうだ。あんなに大勢に見られたのだから。
私を知っている従者がいてもおかしくない。
と、丁度階段を見つけた。
私はまた暗い階段を下りていった。
部屋に着くと、ご飯は机に置かれてそのままだった。
まだ片付けには来ていないらしい。
そして、椅子に座り、
遅めの朝食を食べた。
朝食といっても、寝る前だったのだけど。朝だから。
何で言葉の帳尻を人間に合わせるのかしら?
朝更かしというのも言いにくい。
昼と夜と言う表現を逆転させてしまえばいいのに。
今度お姉さまに聞いてみようかしら?
それはそうと、ご飯は冷めていた。当たり前だけど。
けれど、とても美味しい。それに、楽しい。
ご飯を食べている間もお外で人間と何をしようか考えていた。
こんなにワクワクしたのは始めてかもかも知れない。
ご飯がこんなに美味しいのもそのせいかもしれない。
楽しい気分の時はご飯も美味しい。
新しい発見だ。
気づいたらご飯がもう無くなっていた。
そんなに食べたかしら?とも思ったが、
多分量はいつもと同じくらいだった。
楽しい時はご飯の進みも早いのかしら?
また新しい発見だ。
この楽しさを失いたくない。
そう思って私は勢い良く椅子から降りた。
また、お外に行くために。
そのとき。
部屋の奥のほうの扉が『バアン!!』と大きな音を立てて開いた。
何かが入ってきたみたい。
何故か胸の高鳴りが止まらない。
さっきのワクワクなんて比べ物にならない!
気分が高揚するってこういうことを言うのかしら!?
楽しくて仕方がない!
見ると黒を基調とし、
ちらほらと白が見える服を着て、
箒にまたがった人間らしきモノがいた。
誰かを探しているようだ。なにか言っている。
間違いない「彼女」だ!
「なんかお呼びかしら?」
「お呼びでないぜ」
自分、未だにフラン様に会ってません。へぼへぼでして。