雪がゆっくりとなだらかに解けて、時には雪崩れながら形を変えて、やがて地肌が見えるようになって。
蕗の薹が芽吹いて、蛙が眠そうに洞穴からはい出てきて、供えた牡丹餅を頬張って。
梅の季節が過ぎて、桜の季節が過ぎて、桃の季節が過ぎて。
田を起こして、水を張って、苗を活けて。
季節の長雨がしばらく続いて、それが明けて。
日射しがめっきり強くなって、しゃわしゃわと蝉が鳴き出した頃になったある時、手ぬぐいで汗を拭きながら田畑の見回りから帰った私を、この家に住み込んでから初めて見るほどに賑やかな卓袱台が出迎えた。
まず目についたのは、色とりどりに盛られた果物の数々。粒が揃った山葡萄に、丸々と肥えた桃、艶やかな桜ん坊に日暮れのような枇杷、でんと皿の中央に居座るのは大振りの西瓜。
その脇に添えられるのは、山奥にあってどうやって入手したのか、尾頭付きの真鯛。卓越した技術が必要だという評判にもかかわらず、見事におろされた大振りの穴子、あっさりと焼かれた鰻の白焼き、脂ののり具合からみるとあの刺身ははまちだろうか。
たっぷりと蜜を含んだ蜂の巣。蒸し羊羹。からすみ。あられや煎餅など、旬の食材や珍味、甘味や辛味が所狭しと並べられている。
これまでの質素な暮らしからすると、到底、考えられないような内容だ。狭い部屋に充満した芳香が、私の胃袋を忙しく刺激する。
「あら、もう帰ってきたの?」
目を見張るような食材の並んだ卓袱台に釘付けとなっているところを、からんころんといい音を立てながら土間から紫が顔を覗かせる。よいせと両手で抱えた桶の中には水が一杯に張られ、浮かべられた氷の間を縫うように徳利が冷やされていた。
氷……。ここから山を登ること遙か彼方、日が差さない北向きの斜面に万年雪があるのだが……。
「ほらほら、ぼうっと立っていないで。お風呂に入って体を洗って食卓について頂戴」
呆然と紫を凝視していたら、樽でせっつかれた。あれよこれよと問答も許されないまま風呂場に追いやられる。
ぴしゃん。容赦なく閉められる木戸。どうも最近、言葉で押し切られることが多いな。
八雲家の風呂には、贅沢にも温泉が引かれている。湯は乳白色、浸かると肌がすべすべになるので、何とも気分が良い。湯量も潤沢で、この家にしては些か幅の広い、味噌を醸造する樽のような湯船には掃除の時を除いて、いつも並々と湯が溢れていた。
温泉というものは臭いが強いものとばかり思っていたのだが、この家の温泉は驚くほど臭いがない。あれはあれで一つの風情だとも思うが、やはり屋内に引き入れる以上、無臭の方が好ましかった。おかげで、冬も温泉に入っていれば身を切るような寒さから逃れられる。
土に汚れた衣服を籠に手早く脱ぎ捨てると、早速洗い場でかけ湯。じわりと、汗と油に汚れた肌が湯を受け入れる。
髪を結い上げると、湯船を汚しては面倒なので、特に今のような農作業の後は念入りに身体の垢を擦る。埃が取れて、湯がかけるごとに肌へと染み入る感触へと変わるこの作業は、一日の締め括りにもってこいだった。
身体の垢擦りが終われば、次は長い髪と尻尾の手入れ。ここでは貴重な石鹸を用いる。石灰を燃焼させて出来た物質に水と油、それに香料を混ぜて作るんだそうだが、石鹸の初体験は実に刺激的かつ衝撃的だった。出来れば、肌の垢擦りにもこれを用いたいものだが、毎日使っていると流石に減りが速いので、髪と尻尾に多用する分、肌には少し遠慮している。希に鬱憤が溜まった時などは派手に使っているので特に問題なし。
一通り石鹸の泡を髪に刷り込むと、揉むように全体を洗ってからざばっと多量の湯を使って全て洗い流す。それが終わると尻尾。石鹸を一度、直接、毛に擦りつけると、後はわしゃわしゃと指で揉むように泡立てる。
そうして身体の隅々を洗い終えると、待望の湯船が私を待ち受けている。
ざぶん。手ぬぐいで今一度、髪をまとめ上げると、一気に足から肩まで浸水。湯船にもたれかかると、肺の限界まで息を吸い込み、腹から強張った筋肉の軋みごと息を吐き出した。
ああ……、肉体労働の後の入浴は至福の一言に尽きる。だらしなく全身を弛緩させて、浜辺に漂う昆布のように私は湯を楽しむ。
……暖まるなぁ……。汗をたっぷりかいた後、真夏に浸かる温泉も最高だが、冬の芯から凍えきった身で入る温泉も、寒風が吹き始めた秋に入る温泉も、若い鶯がつっかえて謳う囀りを聞きながら入る春の温泉も最高だ。要は、温泉最高。
ぱしゃりと両手で顔に湯をかける。染み渡るとは、まさにこのことだった。
肩を揉んだり、脹ら脛を揉んだり、身体を伸ばしたまま湯船を転がったり。結局、風呂を出る頃にはいつも通り、半刻はたっぷり過ぎていた。
浴衣に着替え、手ぬぐいを肩にかけながら鼻歌交じりで居間に戻ると、卓袱台は更に魔境と化していた。
高菜にくるまれた目張り寿司。五平餅。塩焼きにされた鮎に皐鱒。丁寧に骨切りされた鱧。虎魚の天ぷら等々。卓袱台に乗りきらない分が周囲の畳にまで浸食している。
……何だこれは。
普段であれば一汁一菜が精々の食卓に、何故か食材の森。
湯気を立てる髪を手で梳きながら勧められるままに席に着くと、にこにこと普段以上に喜色満面の紫がぽむと手を叩いた。
「お誕生日おめでとう、しろきつねさん」
……唐突になにをいっとるんだこいつは。
「私ってほら、大々的に何かの会を開く事って初めてですから、勝手がわからなくて張り切っちゃいました」
いやね。
「今日はお酒もいっぱい冷やしてあるから、しっかり呑んでくださいね」
ちょっとまって。
「ほら、この蜆なんて、鮮度抜群。大粒のものばかり選りすぐってきたから――」
「だから」
いつになく張り切る紫の暴走が何処までも続きそうな気配。仕方なしに、少々強引に遮る。
我に返る紫。そのきょとんとした顔に一度、深く溜息をつく。
「何だ一体。その誕生日というのは」
紫が私を置いてけぼりにするのはいつものことだが、それでもこれは普段以上の逸脱ぶりだ。
「何って……、誕生日としか答えようがないんですが」
「……誰の?」
「あなたの。しろきつねさん」
…………。
大方の予想はついていたが、それでも頭痛は止められなかった。
誕生日。当人が生まれた月日を差す言葉だ。それ以外には考えようがない。
これが実は紫の内部で別の単語を示す符丁で、あなたは今日、入寂します。この食事はせめてもの手向けですなどとでもいうのであれば少しは脈絡も通じようものだが、紫の顔を見る限り、その実現性は極めて低そうだ。
つまり、この料理は私の誕生日を祝うためのものであり、純粋に紫は私の誕生日を祝おうとしているのだ。
…………。
「そもそもがだ。私すら知りもしない自分の誕生日を、どうしてお前が知り得る?」
「ああ、ご自分の誕生日をご存じないのね。では、正式に本日をしろきつねさんの誕生日と致しましょう」
会話をしてくれい。
「はいこれ、贈呈の品です」
「だから」
「染めるのに結構、手間を取りました。藍染めというのは存外、難しいものですから」
「今日は一体、何の日なんだ!」
「ですから、あなたの誕生日」
「それは聞いた!」
根本的に会話が噛み合っていない。見事な藍に染まった反物を受け取りながら、苛立たしく髪をかき上げる。
「今日が私の誕生日であるという根拠をいってくれ!」
ああと、紫が平手を拳で打つ。ようやくわかってくれたか。
「私の勘」
「勘か!」
「勿論、冗談」
思わず、卓袱台をひっくり返したくなる衝動に駆られ、縁に両手をかけた。
そんな私の反応を楽しんでか、くすくすと笑う紫。
「今日はあなたが目覚めた日ですよ」
「……目覚めた?」
「ええ、私があなたの命を繕って、目覚めさせた日」
初耳だ。
しかし、果たして私が目覚めた日は今日だっただろうか。首を捻り、闇の檻が解けて意識が開けた瞬間を思い返す。
そもそも、季節が違うのだ。初めて庭に出た頃はまだ蒲公英が咲いていたし、気温もここまで蒸し暑くなかった。
はてと首を捻ると、再び紫の微笑が私の目に映った。
「しろきつねさんは、一年近くも眠っていましたからね」
これも初耳だ。
そもそもが年号などというものすら失念していたものだから、自分がどれくらい寝ていたかという感覚がないのだ。
そういえば、今の元号は何なのだろうか。皇紀にすると何年だ。
「そういうわけで、今日はしろきつねさんの誕生日です」
まあ、納得できたことはできたし、豪華な手料理にありつけるのも悪くなかったのでそれ以上、追及はしないことにした。手早く盛られた白飯を受け取ると、早速、虎魚の天ぷらに手を付ける。内陸暮らしの長かった私は魚類の大半を初めて口にするのだが、試しに噛んでみると、衣はさっくり身はほこほこ。何とも美味な限りだった。
「じゃあ、これは箪笥にしまっておきますね」
あ、まだしっかりと見ていないのに。しっとりとした手触りを覚えた反物は、瞬く間に部屋隅の桐箪笥にしまわれてしまった。
山のような森のような料理の嵐。手の込んだ贈り物。何より、私の誕生を喜んでくれる人。
正直、じっと考えてみれば悪い気はしなかった。
がなり立てたりして、少し悪いことをしたかな?
「しかし、一年近くも眠っていたということは、その世話もお前がしてくれたのか?」
「別に、特に世話というほどのこともしていませんよ。多めに霊力を注入して、時々、体を拭くくらい」
ぱたんと箪笥を閉じると、こちらを見もせず事も無げに言ってのける紫。
改めて知る。私の身体は、紫から供給されている霊力で維持されているという事実を。
紫にそこまでする義理はない。管狐のように必要時だけ呼び出すわけでもなく、式神のように霊力の供給が効率化されているわけでもない。そこには、多大な労力がつぎ込まれているはずだった。
初めてだった。今ここにあることに言いしれぬ感謝の念を抱くことは。こうして日々を暮らせることに、表し切れぬ深い心念を抱くことは。
良く味噌に漬かった瓜を一欠片、口の中に放り込むと、一噛み二噛み。広がる辛味はややきついものだが、麦飯を掻っ込むには丁度良い塩梅だ。
他、膳の小皿に寄せられているのは高い軒下で保存されている大根と人参の煮物、大根切り干しと干し椎茸が和えられた胡麻豆腐、塩漬けの鶏肉と里芋の煮っ転がし、豆腐と麩と大根菜の味噌汁、それに人参の菜っ葉を浅漬けにしたもの、大豆の煮物。同じ食材が些か目につくのも、季節を考慮すれば仕方がないものだと学んだのがここ最近のことだ。
宮中の食事を知った時はその余りの奢侈に呆れかえったものだが、此処での生活はまるで逆。何もかもが必要最低限で、あれこれと私に世話を焼く紫の着物は所々が継ぎ接ぎで斑になっている。余りの狭さにお互いの呼吸の音まで聞こえそうになるこの家も、二人を賄う田畑も、家財道具も米肉野菜の蓄えも、ありとあらゆるものが最小限で慎ましやかなものだっだ。
この家に住み着いて三度目の冬。
私は未だに、紫を殺せないでいた。
八雲家の暮らし。
春の訪れと共に種をまき稲を植え、夏の嘶きと共にそれらを愛で、秋の下りと共に感謝の収穫、冬の薄闇には次の春に向けて草鞋を編んだり。
何処からともなく食料は運び込まれ、毎日放蕩三昧。そんな暮らしとは真逆の暮らしは身体に厳しく心に辛い。だが、何よりも得難い豊かさが共にあった。
搾取もなく、苦行もなく、日々が在るままに過ぎていく。朝日の到来と共に土を弄り、夕日の退去と共に床につく、そんな暮らしが、いつの間にか私の中に定着していた。
今年の収穫は去年、一昨年ほどではなかったが、それでもこの三年で随分と穀倉は潤った。紫の言からすれば、それまでは凶作とまではいかないものの、天候不順で不作続きだったため、これで近隣の村々も息を吹き返すことになるとのこと。
近頃の紫は時折、心をどこかに飛ばしている。寒風が荒ぶ縁側で物好きに腰掛けているかと思えば、私が声を掛けると肩をびくりと震わせる。手にした湯飲みからはとうに湯気など枯れ果てて、今にも凍り付かんばかりの有様だ。
ぴとりと首筋に手を当てると、外気温にも等しい程に冷たい。熱が紫の首筋に移り、ひゃと可愛らしい悲鳴が上がる。
「あ、ああ、しろきつねさん」
「ああ、じゃないよ。何やってるんだ、毎回毎回、こんな所で」
「ええ……」
返答らしき返答は、これまでに一度もない。
改めて、紫が掌で包むように持つ杯を見る。
この香り、茶ではない。
「……また呑んでいるのか?」
いつものとろけるような表情ではなく、幾分かはっきりとした顔。
それでも、紫の瞳は彼方を映す。
「ええ、美味しくってね」
呆れるくらいに明白な嘘だ。蒸留酒を軒並み口にできないほど下戸の紫が吐く嘘ではない。
仕方なしに、精一杯、大儀そうな素振りを見せて隣に腰を下ろす。座布団も敷かぬ縁側の板間は凍っているのではないかと思えるくらい冷たかったが、紫は平然とそこに正座している。
せめてもの仕返しに、私は紫の脇に置かれた徳利をひったくり、口に直接付ける。
辛い。やはり、私が普段、愛飲している酒だ。
「ねえ、しろきつねさん。あなた、例えばこのまま自由に生きられるとしたら、何をしたい?」
「……なんだ一体。藪から棒に」
「聴いてみたかっただけ」
「……だったら答える義務はないだろう」
このところ、紫の酒量は目に見えて増量した。何もしないと酔いつぶれるまで淡々と呑み続けるものだから、私も気が気でない。
「第一、お前がそれを許してくれないからこそ、私はこんな閑居で便便としているのだろうが」
「じゃあ、それがなかったら何かすることがあるのかしら?」
意外にも食い下がる紫に、逆に私の方が面を喰らって押し黙ってしまう。
そんな私の様子を見てか、頬杖をついて腰を落とした紫はどこか楽しそうだ。
「……復讐……とか?」
ぽつりと呟く紫。
はっと、私は身を戦慄かせる。
そんなどす黒い感情などすっかり濯がれてしまっていた私の心は辛うじて動揺を呑み込むと、努めて平静を装いながら震える舌をいなして言葉を紡いだ。
「そうだな。私に狼藉を働いた蒙昧暗愚な輩に、天罰を下すのもいいか」
「嘘ね」
だが、それに対しても紫は即座に断じる。
紫の顔は見られない。見ればまた、きっとあの何もかもを見透かすような明鏡の瞳が私を映していると分かり切っているからだ。
「……どうしてそういえる?」
「何となくよ」
場を支配する沈黙。私の支配できる領域は極めて小さい。
いつになく問答に執着する紫。私を弄ぶような言葉遊びが、さりげない言葉の一つ一つが、私を追いつめる。
「しろきつねさん」
びくりと、身を震わせることを止められなかった。これ以上、私の虚勢を引きはがして欲しくなかった。
「少し出かけてくるわ」
だが、構えていた追及の言葉は到来せず、突如、告げられた言葉遊びの終了宣言に、紫は大儀そうに腰を上げる。
ほっと、悟られぬように溜めた息を抜く。
「この雪の最中にか?」
物好きなことだ。そんな人間のような思いを抱いて、溜息混じりに重い腰を上げようとする私の動きを、紫の掌が遮った。
「今日は私独りで行く」
ぎくりと、身が強張る。
私が紫のそばを離れない理由。
「……離れれば、私は死ぬんだろう?」
「嘘よ。わかっているんでしょう?」
それが、一つ消えてなくなった。
ふらりと、到底、力が感じられない足取りで去っていく紫の背を、私は何もできずに見送る。
田に苗を植える紫。
命を盾に取る紫。
畑を耕す紫。
子供を隠す紫。
雑草を刈る紫。
妖怪を滅ぼす紫。
花を愛でる紫。
酒に耽る紫。
紫は矛盾している。
余りに歪な姿の果てが、今の紫に見て取れるような気がして、私は今一度、そのふらつく後ろ姿を瞳に収めた。
どれが、本当の紫なのだろう。
北の国には鬼が住まう。
古来より長らく権力に抗してきたこの土地は文化も独自のものが多いが、何より奇抜なのが、農民にも武士にも等しく囁かれている鬼の噂。
遅くまで遊んでいると、鬼に食べられてしまいますよ。
悪い事する子は、山から鬼が来て攫っていってしまうよ。
悪政働くものにはいずれ鬼から天罰が下る。
緩やかな民話から政治の戒厳まで、幅広く彩り豊に。
方角は鬼門。古来より神話が住まうお伽噺の国で、今も生きる鬼の逸話。
それはまことしやかに、この土地で生きている。
「漸う、来おったか」
鬼の怒りが体現されたかのような流れを持つ河の畔に、そこはあった。
冬の吾妻は雪が深い。今も外は更なる降雪が、一丈の積雪に重みを増している。
そこは、雪に囲まれた小さな庵。四方に囲いを巡らせ、固く閉ざされた入り口はあらゆるものを阻む。
「私を待っていては駄目でしょう? ここは禅寺なのだから」
にも関わらず、庵には主の他にもう一人、居を共にする人がいた。
曇天も相まって、微かな光すら入らぬ狭い庵の中に、たった二人。
「まっことくだらん。在るだけで惑わされるなら、そやつも知れたものよ」
常人で在れば自らの所在も確かめられぬほど、深い闇。その中で、二人は自然と言葉を交わす。
張りのある、瑞々しい声。しかし、声音には不相応なまでの落ち着きと、ある種の沈静的な神性が感じて取れた。
しゃがれた、枯葉のような声。到底力が感じられず、呼吸の音にすら伝達を阻害されそうな声は、しかしとても耳に優しかった。
「お酒も入っていますけどね。どう、お身体は?」
気配。次いで足跡が響き、板張りの冷たい床が微かに振動すると、最後に空気が揺れる。
とすっ。とすっ。とすっ。
「わかっとるから、来たんじゃろうて」
とさり。
しじまの世界を優しく慰撫する音は、一定の時間を刻んで再び静寂へと解けて解けた。
一寸先も見えぬ闇の中、部屋の中央に敷かれる布団の枕元に、気配は寸分違わず停止する。
しばし、ぴんと空気が張りつめる。が、それも一呼吸後には皮膚に付いた雪のように、闇へと融解していった。
「お迎えに、上がりましたわ」
「待っておったよ」
軽口を交わし合っていた二人の間に、春の息吹が芽吹く。
親愛。水のような空気のような蜜のような、名状しがたい複雑な感情が空間を満たす。
「思えば、長い付き合いだったわね」
「思えば、長い付き合いじゃったなあ」
謳うように、踊るように、言葉が舞う。
「あなたのこと、好きだったわ」
「わしゃ、主に惚れとったよ」
「あら、上人様を堕落に誘う私は、さながら私は天魔波旬かしら」
「どうかの。儂にはむしろ、角のない母鬼に見えるがの」
「また、いつもの軽口? 残す言葉にしては軽いわよ?」
「儂から口を取ったら何も残らんて。口先だけで生きてきた身上じゃ」
言葉尻が咳でかき消された。しばし、暗色を濁音が支配する。
長い、長い長い溜息。
挨拶に次ぐ、挨拶の応酬。それが礼儀であるかのように、それが必然であるかのように、投げ交わされる言葉を一方が受け止めきれずに投げ出す。
吸い込まれる息。吐き出される息。細く長く、笛のような音が交互に繰り返される。
何かを言い出そうと堪えている沈黙と、何かを言葉にできず吐き出せない静寂。
残されている時間は余りにも短い。
「……主にも……、共にゆける誰かが、おるといいのお……」
絞り出される声。言葉を伝える、唯それだけの動作が、何にも換えがたいその動作が、なけなしの体力を奪い去っていく
この東屋の空気を全て吸い込まんかのように、一度、大きく息が吸い込まれる。
この一息。あと、一つの動作。
「……頃合いじゃて……」
その、何にも代え難いはずの一挙動は、そんな何でもない言葉で締められた。
何をするでもなく、かといって眠ることもできず、手持ちぶさたを持て余していた私の頭に届いた初めての命令を果たすために、私は境が朱に染まりだした空を急ぐ。
天気は珍しく晴れ。おかげで吐く息が軒並み凍り付くくらいに冷え込んでいるが、なけなしの妖気を使った上で幾分か着込めば空を飛んでもそう寒くはなかった。
景色は一面白。葉を付けているはずの針葉樹も、こびりついた海老の尻尾のような雪と氷に装いを一新している。
方角を間違えぬよう、太陽を目印にしながら飛ぶこと半刻、件の村を見下ろすことができる小山の頂きに、白い息を吐きながら紫は立っていた。遠景からすれば、まるで景色に孤立するちっぽけな染みのようだ。
じくりと心が痛んだが、わずかな逡巡でそれを追い払い、ゆるゆると高度を下げる。
「何だ、こんな寒空の下に呼び出して」
相変わらず、紫の顔は村の方を向いたままだが、構わずに言葉を続ける。言葉を続けることで、心の不安を振り払う。
だが、紫は振り向かない。ただ、彼女の吐き出す白い息だけが世界に動きを見せている。
ひょうと風が啼いて、私の髪を彼方へと運ぶ。
「……しろきつねさん」
叩き付けるような風が幾度か方向を変えて、明日には吹雪くかと空を見上げたところで、紫が一度、息を大きく吐き出す。
「魂まで分けた子に裏切られた時は、どんな気分でしたか?」
ぎくりと、身が強張る。
唐突に何を言い出すのか。そう言葉を紡ごうとして、舌がもつれる。
「その子に刃を向けられ、都を追い落とされた時はどんな気分でしたか?」
この気温にもかかわらず、背筋に汗が浮かぶ。
何故、どうして、堂々巡りの頭を駆けめぐるのはその二語のみ。
「絶望の淵に追いやられ、言い様のない理不尽を胸に抱きながら息を引き取る気分は、どうでしたか?」
口内がからからに乾いた。
全てが正鵠を、的を射ていた。
思考がついていかない。
どうして、紫がその事を知っているのか。いや、何処まで紫が知っているのか。
謳うように滔々と告げられる私の半生。ふさがりかけていた傷口に泥のついた手が差し込まれ、最も無惨に暴かれていく。
「……あなたは『わたし』を『きらって』いますね?」
今度は何を言われたのかどころか、その言葉が何を意味しているのかすら全く理解できなかった。それくらいに突飛な言葉。
「何を――」
「あなたは『わたし』を『うらんで』いますね?」
そう、何を言われているのか、頭はまるで理解できない。
にも関わらず、胸の奥から滲み出るようなどす黒い感情が俄に身体を支配する。
息をするだけでこぼれ落ちる意思。辛うじて抑えつけている感情を堪え、この寒さにもかかわらず全身を冷や汗で濡らす。
自分の獣性に理性を貪られる感触。牙が剥き出され、指先にまで張り巡らされる力をすんでの所でかわす。
前屈みになる身体をすんでの所で持ち堪えながら、何とか顔を上げると、いつの間にか振り返った紫と視線が交錯した。
映すもの全てを明るみに出すような、この冬の空気よりも澄んだ瞳。押さえ込んだ私の内面が、全てさらけ出される。
駄目だ。
「しろきつねさん、あなたは――」
こんな状態で、『声』をかけられては。
「『わたし』を――」
もう。
「『にくんで』いますね?」
オサエラレナイ。
ぴしゃりと、雪の上に湿った音が吸い込まれる。
身を切るほど冷たい空気の中で、何故か暖かい感触。指の間を瞬く間に浸透したぬめりは、気づけば手首の辺りまで達していた。
どうして、こんな事になっているんだ。
紫を組み伏せた体勢のまま、私は途方に暮れた。
細い呼吸が喘ぐように、何度も細かく繰り返される。その口元からつうと、紅い筋が一本、二本と見る見るうちに増えていく。
ちぎれた着物の下から覗く肌。黄色いような白いような独特の色が、赤黒く塗り替えられていく。
豊かな乳房の下に刺さる私の腕。一定に刻まれる調子を何より正確に、掌へと伝達する何か。
ごぼり。紫の喉奥から空洞を走るような大量の水音が聞こえたかと思うと、私の首に向けて何かが塊となって吐き出された。
白い雪の上、白い肌の上に、紅い地図が広がっていく。
やがて、呼吸がひゅー、ひゅーと、細い笛の音のようなものになって、私はようやく、はっきりと私を取り戻した。
どうしてだ。どうしてなんだ。
「苦しいわ、しろきつねさん……。……早く終わりにして頂戴」
そう、解放されるついでに、高いつけを支払ってもらう。それは当初から思っていたこと。
ああ、そうだ。苦しめるのが目的だった。涙目で命を乞い、額をこすりつける様を見たかった。
誰だってそうだろう。それで死なずに済むのなら、土下座でも何でもするはずだ。
それが、どうしてだ。
どうして、今際の際にそのような満ち足りた顔をする。
「……ああ、そうだったわね……。……あなたは私を苦しめるのが目的だったわね……」
苦痛の間際にあって、その瞳には何もない。何も映さぬ、何も通さぬ虚無だけがゆらゆらと、妖しく揺れていた。
喀血。首を押さえつける袖口が、紅に染まる。右手に握る躍動が、やけに主張を持って掌を打った。
朱に染まる世界。紫の血は花のように宙を飾り、花火のように儚く風に流れて落ちてゆく。
「あなたと一緒なら、それも悪くないかもね。しろきつねさん」
「お前が殺せるのなら、私が死ぬのも本望だ」
孤独を知るゆえに、愛を求めた。
孤独しか知らぬゆえに、支配を欲した。
「でも、残念。あなたは連れて行けないわ」
不意に握られる腕。がっしりと、何処にそんな力があったのかと疑うくらいに力強く、心の臓を握る腕が紫の両手に拘束される。
たなごころを打つ紫の核。これでもかというくらい、全力で生命を肯定する息吹の塊。
脈打つ肉から、掴む両手から、鉄砲水でも起こったかのように、瀑布となった力が私の腕を駆け上がってきた。
雄々しく、猛々しく、瑞々しい力。これまでの苛立ちを抱くような抑制されたものではなく、全ての枷から解放されるような晴れ晴れしさを持った力。
それが何か、私の身体は思考の前に本能から理解する。
遡ってくる力。矢に射られ刀で切られ、裏切られて朽ちていくあの絶望とは真逆の、希望に満ちた陽光の力。
「あなたは生きなさい、しろきつねさん」
流れ収束してくる力。私をこの世界に解き放つ、希望の力。
ついぞ見たことのない、紫の満足そうな顔。そこに、あの悟りきった紫の顔が重なる。
連れて行けない。
それは今し方、宣言された言葉。
紫は、私を残していくのだという。
それを証明するもの。
たった今も、腕を通じて駆け上ってくる躍動。
私をこの世に肯定する、生命の奔流。
感情が、爆発した。
「ふざけるなぁ!」
一瞬にして、頭に血が上った。
何に対して何をしているのか、そもそも、どのような感情を抱いているのかまるで理解できなかったが、兎も角もその場で憤死してしまいそうなくらい私は憤りを噴出する。
「あれだけ振り回して、理由も告げられずに、たった一瞬ではいさようなら!? それで納得できると思うか!? お前は納得できるのか!?」
勢いに任せて右手を引き抜く。折れた肋骨が引っかかって擦過傷を作ったが、まるで気にならなかった。
激昂は止まらない。先程の不自然な衝動とも違う。もっと自然な、私の心が感じる純粋な怒り。
私は心の底から怒っていた。こういう時は、感じるよりも先に言葉が出るものだ。
「お前は体よく、私を自害の道具に仕立て上げようとしているだけだ! そうだろう!?」
そうして迸った言葉は恐らく、何よりも真実に近い。
まるで別の世界の住民のような顔をしていた紫に、表情が戻った。
「そうまでして死にたいのなら、何故、自ら命を絶たない!? 怖いから!? 違う! お前は死を畏れてはいない! 死ぬこと以上に他の何かを畏れている!」
まるで迷子になった子供のような顔。泣きそうで、泣きたくて、それでも堪えて我慢している、そんな表情が、不意を打たれた狼狽の中からも感じ取れた。
「だったら、殺してなんかやらない! 殺してなんかやるものか! お前は生きて生きて、永劫に苦しめばいい!」
外気温から凍り出した右手を握りしめ、紫の肩に叩き付ける。到底、了承できるものではなかった。何もかも。何もかもがだ。
私は怒っていた。もう、何に対して怒りを抱いているのかわからないが、とにかく、あらゆるものに腹を立てていた。自分の境遇に、生をはねのけた心に、紫の思惑に、紫の表情に。
何もかもに。
「……泣いているの? しろきつねさん」
「ふざけたことを!? 何故、私が泣く!? どこにそんな理由がある!?」
流した端から凍り付いてしまう色気のない世界。私からこぼれ落ちた液体は氷結してぱらぱらと紫に降り注いだ。が、それを涙と認めることはできなかった。
何せ私は、怒っているのだから。
息切れを起こすほどの激情に乾燥した咽頭が耐えられず、言葉を紡げずに激しく咽せ込む。それでも紫の首から離れず、かじりつくように背を丸める。
しばらく、私のむせぶ音と紫の呼吸とが混淆して場を支配した。静かな世界が再び舞い戻る。
「疲れてしまったの……」
ぽつりと耳に届いたその言葉が、紫の頬についた私の耳にぽつりと届いた。
「……疲れて……、しまったのよ……」
尻すぼみに語尾が力無く落ちる、疲労のこもった言葉。身体の奥底から吐露された絶望の懺悔。
同時に、ほうと、沈み込むように全身から紫の力が抜けた。この世のあらゆる執着から解放されたかのような、そんな脱力。
「紫……?」
返事はない。
いつの間にか目を閉じていた紫の顔は息を呑むほどに白く、触れている腕が、足が、身体が、次第に冷たくなっていくのがわかった。
「紫? ……紫!?」
肩を抱いて起こし、力無く垂れる首を辛うじて他方の手で受け止める。首筋の脈が、微動だにしていない。
その淡雪のような形の良い唇に触れると、先程まで微かな主張を以て耳に届いていた呼吸がぴたりと止まっていた。
「紫!」
まるで、自分が羊水の中に沈み込むような感覚。
闇は深く、帯のような細い光が音のない世界を掠めるように降り注ぐ。だが不安はなく、包み込むような安心感に肺の底から深い息を吐き出す。
ごぼり。吐息があぶくとなって形取られゆっくりと浮上し、光の帯に吸い込まれていく。
自分が溺没していく感触。ゆらゆらと髪が揺れ、煽られる手足が遅れて視界に入る。
高度を下げるたびに光は弱くなっていき、身体もそれを包む水もじわりじわりと冷たくなっていき、比例してあるものが私の周囲を通り過ぎていく。
切り取られた、一枚一枚の景色。情景を事細かに映す、浄玻璃の鏡。
ゆらりと通り過ぎるものもあれば、いつまでもまとわりついてなかなか流れていかないものもある。そんな記憶の回廊が私を迎えるように、周囲を満たしていた。
紫、あんたは一体、どっちの味方なんだい?
――私はどちらの味方でもない――
これがあんたの望んだ結果か、紫?
――違う、私は――
あんたは苦しめ。そして、己の成したことを永劫、末に至るまで見届けるんだ。
――私は、私は――
それが、あんたの贖罪だ、紫。
――私は、みんなに幸せになって欲しかった――
様々な雑踏の中、いくつかが私の耳に囁きかける。不思議と、その全てを全く偏りない平坦な気持ちで眺めることができた。
やがて、最後の一枚が私の横を通過して遂に真の闇が私を抱き留める。
自覚できる感覚は、唯、私が落ちていくというもののみ。
ああ、終わったんだな。
そう思って、そっと目を閉じる。
もう、泣かなくて済むんだな。
もう一度、肺に残った空気を搾り取るように吐き出すと、いよいよ身体は加速して落下していった。
つと、右目から一筋、涙が流れた。何故か、水中にあるというのに、涙はきちんと顎まで流れ落ちて、なけなしの体温を奪っていった。
終わったんだ。
後は沈み込むだけ。この心地の良い開放感に身を任せれば、何もかもが文字通り、水泡に帰す。
ゆったりと、底から伸びた手に全身を抱き留められる感触を覚えた。
きっとこれで最後。引き込まれて、そこでお終い。
そんな不自然で不確かな確信の最中。
死ぬな、紫。
現の際にあって、誰かが、そう叫んだ。
目を覚ますと、一面が茜に染まっていた。
ゆらゆらと揺れる火の玉のような世界は明るくて寂しくて、まるで世界の終焉でも到来したかのような静寂と荘厳さを醸し出していた。
伸びる影。木々や岩から生える影が、決して自身の影と交わることなく横を通り過ぎていく。
少しでも息を漏らせば燃え尽きてしまいそうな世界。寂寞に身をかがみ込め、両腕を懸命にこする。
暑いくらいの気温なのに、何故か寒い。じっとりとしているのに、何故か汗が出ない。閉塞でも起こしたかのように、何もかもが切迫している。世界も、自分も。
ぶるりと一度、大きく身震いをする。観念して、呑み込んでいた息を吐くと、怖じ気は更に強まった。
まるで、この世界に自分だけが取り残されてしまったような孤独感。何も聞こえない、何も感じられない、そんな孤高の世界に一人、ぽつんと残されてしまったような絶望感。
もう一度、息を吐く。やはり、悪寒は消えない。そっと頬を拭うと、右目から一筋の涙が流れていた。
何かをしなければならない。掛けられていた羽織に袖を通すと、そんな強迫観念にとらわれて、忙しく首を巡らせる。
誰か、誰かいないのか。
突っかけを払い、縁側から慌ただしく家に入る。
斜光に彩られた居間。中央に設置された卓袱台も、まるで一枚絵の静物であるかのように、しんとそこに佇んでいる。襖に隔てられる六畳の世界は暖色で彩られているにも関わらず、深い陰影が寂寥を掻き立てた。
まるで空間を破壊するように騒がしく駆けると、閉じられた襖を叩き付けるように開く。
綺麗に整頓された四畳半。箪笥に書棚、窓際の書机など、部屋に置かれたものは多く、実際に足を踏み入れることができる間隔は二畳あるかないか。
誰もいない。
今一度、入ってきた六畳間を振り返る。
四畳半にあるものより一回り大きい衣装箪笥。年季の入った卓袱台。いくつかの瀬戸物が綺麗に整頓されて並べられている食器棚。
誰もいない。
横。引き戸を開けて北向きに立てられた土間を覗く。
調味料が置かれた箱。今は使われなくなった釜戸。鍋に鉄板にお玉にと、各種調理器具。
誰もいない。
まるで、自分が別世界に混入されてしまったかのような、そんな絶望感に、唯立ちつくした。
取り残された世界。狭いはずの部屋が、無限の広がりを持って相対する。
何処までも広がる世界に、たった一人。
不意に、足下がぐらついた。もしかしたら、自分が立っているこの世界すら実は存在していないのではないかとさえ思えてくる。
怖い。
俄に襲う恐怖。
この世のあらゆる全てに拒絶されているような、頼りない浮遊感。
立ちつくす。それしかできない。
自分独りしかいない世界で何もできず、竦んだように立ちつくす。
私しかいない、私だけの世界。
「紫様?」
弾かれたように振り返る。
そこには、割烹着の裾で手を拭きながら暖簾をくぐる九尾の狐が一人、怪訝そうな顔をして首を傾げていた。
知っている姿とは少し違う。尻尾は二本で、髪は長く、そもそもが自分を様付けして呼ぶようなことはしない。割烹着なんて着こなす性格ではないし、素直に感情を顔に出すなどという真似もしない。
だというのに、喉奥から声にならない声が嗚咽となって走る。安心に、心が砕けてしまいそうになる。
名前を呼ばなければ。消えてしまう前に、名前を呼ばなければ。
「……藍……」
まるで独り、迷子になって取り残されたような顔。
くしゃり。遂に雪崩れた紫の顔が崩壊する前に、藍は投げ出された主の身体をその手に抱き留めた。
「……藍……、藍……、藍……!」
連呼される名前。藍という、固有の名前。
さっぱりとした短い金髪。ふさふさとした九本の尻尾。割烹着が似合う姿。よく指示に従う従者。
藍という、固有の名前。それは、新しく生まれた一つの存在を示す名前。
「大丈夫ですよ、紫様」
そっと、震える背を撫でる。
優しく、愛おしく、愛撫する。
何にも変えがたい、自分の命よりも大切な、たった一つの灯火。
「私は此処にいますよ」
紫様、あなたが其処に在る限り、藍はお側を離れません。
あなたが寒いと仰るのであれば、この身を灯してでも暖となりましょう。
あなたが空腹だと仰るのであれば、この身を裂いて差し上げましょう。
ようやく見つけた私の願い。
藍は、常にあなたと共に在ります。
蕗の薹が芽吹いて、蛙が眠そうに洞穴からはい出てきて、供えた牡丹餅を頬張って。
梅の季節が過ぎて、桜の季節が過ぎて、桃の季節が過ぎて。
田を起こして、水を張って、苗を活けて。
季節の長雨がしばらく続いて、それが明けて。
日射しがめっきり強くなって、しゃわしゃわと蝉が鳴き出した頃になったある時、手ぬぐいで汗を拭きながら田畑の見回りから帰った私を、この家に住み込んでから初めて見るほどに賑やかな卓袱台が出迎えた。
まず目についたのは、色とりどりに盛られた果物の数々。粒が揃った山葡萄に、丸々と肥えた桃、艶やかな桜ん坊に日暮れのような枇杷、でんと皿の中央に居座るのは大振りの西瓜。
その脇に添えられるのは、山奥にあってどうやって入手したのか、尾頭付きの真鯛。卓越した技術が必要だという評判にもかかわらず、見事におろされた大振りの穴子、あっさりと焼かれた鰻の白焼き、脂ののり具合からみるとあの刺身ははまちだろうか。
たっぷりと蜜を含んだ蜂の巣。蒸し羊羹。からすみ。あられや煎餅など、旬の食材や珍味、甘味や辛味が所狭しと並べられている。
これまでの質素な暮らしからすると、到底、考えられないような内容だ。狭い部屋に充満した芳香が、私の胃袋を忙しく刺激する。
「あら、もう帰ってきたの?」
目を見張るような食材の並んだ卓袱台に釘付けとなっているところを、からんころんといい音を立てながら土間から紫が顔を覗かせる。よいせと両手で抱えた桶の中には水が一杯に張られ、浮かべられた氷の間を縫うように徳利が冷やされていた。
氷……。ここから山を登ること遙か彼方、日が差さない北向きの斜面に万年雪があるのだが……。
「ほらほら、ぼうっと立っていないで。お風呂に入って体を洗って食卓について頂戴」
呆然と紫を凝視していたら、樽でせっつかれた。あれよこれよと問答も許されないまま風呂場に追いやられる。
ぴしゃん。容赦なく閉められる木戸。どうも最近、言葉で押し切られることが多いな。
八雲家の風呂には、贅沢にも温泉が引かれている。湯は乳白色、浸かると肌がすべすべになるので、何とも気分が良い。湯量も潤沢で、この家にしては些か幅の広い、味噌を醸造する樽のような湯船には掃除の時を除いて、いつも並々と湯が溢れていた。
温泉というものは臭いが強いものとばかり思っていたのだが、この家の温泉は驚くほど臭いがない。あれはあれで一つの風情だとも思うが、やはり屋内に引き入れる以上、無臭の方が好ましかった。おかげで、冬も温泉に入っていれば身を切るような寒さから逃れられる。
土に汚れた衣服を籠に手早く脱ぎ捨てると、早速洗い場でかけ湯。じわりと、汗と油に汚れた肌が湯を受け入れる。
髪を結い上げると、湯船を汚しては面倒なので、特に今のような農作業の後は念入りに身体の垢を擦る。埃が取れて、湯がかけるごとに肌へと染み入る感触へと変わるこの作業は、一日の締め括りにもってこいだった。
身体の垢擦りが終われば、次は長い髪と尻尾の手入れ。ここでは貴重な石鹸を用いる。石灰を燃焼させて出来た物質に水と油、それに香料を混ぜて作るんだそうだが、石鹸の初体験は実に刺激的かつ衝撃的だった。出来れば、肌の垢擦りにもこれを用いたいものだが、毎日使っていると流石に減りが速いので、髪と尻尾に多用する分、肌には少し遠慮している。希に鬱憤が溜まった時などは派手に使っているので特に問題なし。
一通り石鹸の泡を髪に刷り込むと、揉むように全体を洗ってからざばっと多量の湯を使って全て洗い流す。それが終わると尻尾。石鹸を一度、直接、毛に擦りつけると、後はわしゃわしゃと指で揉むように泡立てる。
そうして身体の隅々を洗い終えると、待望の湯船が私を待ち受けている。
ざぶん。手ぬぐいで今一度、髪をまとめ上げると、一気に足から肩まで浸水。湯船にもたれかかると、肺の限界まで息を吸い込み、腹から強張った筋肉の軋みごと息を吐き出した。
ああ……、肉体労働の後の入浴は至福の一言に尽きる。だらしなく全身を弛緩させて、浜辺に漂う昆布のように私は湯を楽しむ。
……暖まるなぁ……。汗をたっぷりかいた後、真夏に浸かる温泉も最高だが、冬の芯から凍えきった身で入る温泉も、寒風が吹き始めた秋に入る温泉も、若い鶯がつっかえて謳う囀りを聞きながら入る春の温泉も最高だ。要は、温泉最高。
ぱしゃりと両手で顔に湯をかける。染み渡るとは、まさにこのことだった。
肩を揉んだり、脹ら脛を揉んだり、身体を伸ばしたまま湯船を転がったり。結局、風呂を出る頃にはいつも通り、半刻はたっぷり過ぎていた。
浴衣に着替え、手ぬぐいを肩にかけながら鼻歌交じりで居間に戻ると、卓袱台は更に魔境と化していた。
高菜にくるまれた目張り寿司。五平餅。塩焼きにされた鮎に皐鱒。丁寧に骨切りされた鱧。虎魚の天ぷら等々。卓袱台に乗りきらない分が周囲の畳にまで浸食している。
……何だこれは。
普段であれば一汁一菜が精々の食卓に、何故か食材の森。
湯気を立てる髪を手で梳きながら勧められるままに席に着くと、にこにこと普段以上に喜色満面の紫がぽむと手を叩いた。
「お誕生日おめでとう、しろきつねさん」
……唐突になにをいっとるんだこいつは。
「私ってほら、大々的に何かの会を開く事って初めてですから、勝手がわからなくて張り切っちゃいました」
いやね。
「今日はお酒もいっぱい冷やしてあるから、しっかり呑んでくださいね」
ちょっとまって。
「ほら、この蜆なんて、鮮度抜群。大粒のものばかり選りすぐってきたから――」
「だから」
いつになく張り切る紫の暴走が何処までも続きそうな気配。仕方なしに、少々強引に遮る。
我に返る紫。そのきょとんとした顔に一度、深く溜息をつく。
「何だ一体。その誕生日というのは」
紫が私を置いてけぼりにするのはいつものことだが、それでもこれは普段以上の逸脱ぶりだ。
「何って……、誕生日としか答えようがないんですが」
「……誰の?」
「あなたの。しろきつねさん」
…………。
大方の予想はついていたが、それでも頭痛は止められなかった。
誕生日。当人が生まれた月日を差す言葉だ。それ以外には考えようがない。
これが実は紫の内部で別の単語を示す符丁で、あなたは今日、入寂します。この食事はせめてもの手向けですなどとでもいうのであれば少しは脈絡も通じようものだが、紫の顔を見る限り、その実現性は極めて低そうだ。
つまり、この料理は私の誕生日を祝うためのものであり、純粋に紫は私の誕生日を祝おうとしているのだ。
…………。
「そもそもがだ。私すら知りもしない自分の誕生日を、どうしてお前が知り得る?」
「ああ、ご自分の誕生日をご存じないのね。では、正式に本日をしろきつねさんの誕生日と致しましょう」
会話をしてくれい。
「はいこれ、贈呈の品です」
「だから」
「染めるのに結構、手間を取りました。藍染めというのは存外、難しいものですから」
「今日は一体、何の日なんだ!」
「ですから、あなたの誕生日」
「それは聞いた!」
根本的に会話が噛み合っていない。見事な藍に染まった反物を受け取りながら、苛立たしく髪をかき上げる。
「今日が私の誕生日であるという根拠をいってくれ!」
ああと、紫が平手を拳で打つ。ようやくわかってくれたか。
「私の勘」
「勘か!」
「勿論、冗談」
思わず、卓袱台をひっくり返したくなる衝動に駆られ、縁に両手をかけた。
そんな私の反応を楽しんでか、くすくすと笑う紫。
「今日はあなたが目覚めた日ですよ」
「……目覚めた?」
「ええ、私があなたの命を繕って、目覚めさせた日」
初耳だ。
しかし、果たして私が目覚めた日は今日だっただろうか。首を捻り、闇の檻が解けて意識が開けた瞬間を思い返す。
そもそも、季節が違うのだ。初めて庭に出た頃はまだ蒲公英が咲いていたし、気温もここまで蒸し暑くなかった。
はてと首を捻ると、再び紫の微笑が私の目に映った。
「しろきつねさんは、一年近くも眠っていましたからね」
これも初耳だ。
そもそもが年号などというものすら失念していたものだから、自分がどれくらい寝ていたかという感覚がないのだ。
そういえば、今の元号は何なのだろうか。皇紀にすると何年だ。
「そういうわけで、今日はしろきつねさんの誕生日です」
まあ、納得できたことはできたし、豪華な手料理にありつけるのも悪くなかったのでそれ以上、追及はしないことにした。手早く盛られた白飯を受け取ると、早速、虎魚の天ぷらに手を付ける。内陸暮らしの長かった私は魚類の大半を初めて口にするのだが、試しに噛んでみると、衣はさっくり身はほこほこ。何とも美味な限りだった。
「じゃあ、これは箪笥にしまっておきますね」
あ、まだしっかりと見ていないのに。しっとりとした手触りを覚えた反物は、瞬く間に部屋隅の桐箪笥にしまわれてしまった。
山のような森のような料理の嵐。手の込んだ贈り物。何より、私の誕生を喜んでくれる人。
正直、じっと考えてみれば悪い気はしなかった。
がなり立てたりして、少し悪いことをしたかな?
「しかし、一年近くも眠っていたということは、その世話もお前がしてくれたのか?」
「別に、特に世話というほどのこともしていませんよ。多めに霊力を注入して、時々、体を拭くくらい」
ぱたんと箪笥を閉じると、こちらを見もせず事も無げに言ってのける紫。
改めて知る。私の身体は、紫から供給されている霊力で維持されているという事実を。
紫にそこまでする義理はない。管狐のように必要時だけ呼び出すわけでもなく、式神のように霊力の供給が効率化されているわけでもない。そこには、多大な労力がつぎ込まれているはずだった。
初めてだった。今ここにあることに言いしれぬ感謝の念を抱くことは。こうして日々を暮らせることに、表し切れぬ深い心念を抱くことは。
良く味噌に漬かった瓜を一欠片、口の中に放り込むと、一噛み二噛み。広がる辛味はややきついものだが、麦飯を掻っ込むには丁度良い塩梅だ。
他、膳の小皿に寄せられているのは高い軒下で保存されている大根と人参の煮物、大根切り干しと干し椎茸が和えられた胡麻豆腐、塩漬けの鶏肉と里芋の煮っ転がし、豆腐と麩と大根菜の味噌汁、それに人参の菜っ葉を浅漬けにしたもの、大豆の煮物。同じ食材が些か目につくのも、季節を考慮すれば仕方がないものだと学んだのがここ最近のことだ。
宮中の食事を知った時はその余りの奢侈に呆れかえったものだが、此処での生活はまるで逆。何もかもが必要最低限で、あれこれと私に世話を焼く紫の着物は所々が継ぎ接ぎで斑になっている。余りの狭さにお互いの呼吸の音まで聞こえそうになるこの家も、二人を賄う田畑も、家財道具も米肉野菜の蓄えも、ありとあらゆるものが最小限で慎ましやかなものだっだ。
この家に住み着いて三度目の冬。
私は未だに、紫を殺せないでいた。
八雲家の暮らし。
春の訪れと共に種をまき稲を植え、夏の嘶きと共にそれらを愛で、秋の下りと共に感謝の収穫、冬の薄闇には次の春に向けて草鞋を編んだり。
何処からともなく食料は運び込まれ、毎日放蕩三昧。そんな暮らしとは真逆の暮らしは身体に厳しく心に辛い。だが、何よりも得難い豊かさが共にあった。
搾取もなく、苦行もなく、日々が在るままに過ぎていく。朝日の到来と共に土を弄り、夕日の退去と共に床につく、そんな暮らしが、いつの間にか私の中に定着していた。
今年の収穫は去年、一昨年ほどではなかったが、それでもこの三年で随分と穀倉は潤った。紫の言からすれば、それまでは凶作とまではいかないものの、天候不順で不作続きだったため、これで近隣の村々も息を吹き返すことになるとのこと。
近頃の紫は時折、心をどこかに飛ばしている。寒風が荒ぶ縁側で物好きに腰掛けているかと思えば、私が声を掛けると肩をびくりと震わせる。手にした湯飲みからはとうに湯気など枯れ果てて、今にも凍り付かんばかりの有様だ。
ぴとりと首筋に手を当てると、外気温にも等しい程に冷たい。熱が紫の首筋に移り、ひゃと可愛らしい悲鳴が上がる。
「あ、ああ、しろきつねさん」
「ああ、じゃないよ。何やってるんだ、毎回毎回、こんな所で」
「ええ……」
返答らしき返答は、これまでに一度もない。
改めて、紫が掌で包むように持つ杯を見る。
この香り、茶ではない。
「……また呑んでいるのか?」
いつものとろけるような表情ではなく、幾分かはっきりとした顔。
それでも、紫の瞳は彼方を映す。
「ええ、美味しくってね」
呆れるくらいに明白な嘘だ。蒸留酒を軒並み口にできないほど下戸の紫が吐く嘘ではない。
仕方なしに、精一杯、大儀そうな素振りを見せて隣に腰を下ろす。座布団も敷かぬ縁側の板間は凍っているのではないかと思えるくらい冷たかったが、紫は平然とそこに正座している。
せめてもの仕返しに、私は紫の脇に置かれた徳利をひったくり、口に直接付ける。
辛い。やはり、私が普段、愛飲している酒だ。
「ねえ、しろきつねさん。あなた、例えばこのまま自由に生きられるとしたら、何をしたい?」
「……なんだ一体。藪から棒に」
「聴いてみたかっただけ」
「……だったら答える義務はないだろう」
このところ、紫の酒量は目に見えて増量した。何もしないと酔いつぶれるまで淡々と呑み続けるものだから、私も気が気でない。
「第一、お前がそれを許してくれないからこそ、私はこんな閑居で便便としているのだろうが」
「じゃあ、それがなかったら何かすることがあるのかしら?」
意外にも食い下がる紫に、逆に私の方が面を喰らって押し黙ってしまう。
そんな私の様子を見てか、頬杖をついて腰を落とした紫はどこか楽しそうだ。
「……復讐……とか?」
ぽつりと呟く紫。
はっと、私は身を戦慄かせる。
そんなどす黒い感情などすっかり濯がれてしまっていた私の心は辛うじて動揺を呑み込むと、努めて平静を装いながら震える舌をいなして言葉を紡いだ。
「そうだな。私に狼藉を働いた蒙昧暗愚な輩に、天罰を下すのもいいか」
「嘘ね」
だが、それに対しても紫は即座に断じる。
紫の顔は見られない。見ればまた、きっとあの何もかもを見透かすような明鏡の瞳が私を映していると分かり切っているからだ。
「……どうしてそういえる?」
「何となくよ」
場を支配する沈黙。私の支配できる領域は極めて小さい。
いつになく問答に執着する紫。私を弄ぶような言葉遊びが、さりげない言葉の一つ一つが、私を追いつめる。
「しろきつねさん」
びくりと、身を震わせることを止められなかった。これ以上、私の虚勢を引きはがして欲しくなかった。
「少し出かけてくるわ」
だが、構えていた追及の言葉は到来せず、突如、告げられた言葉遊びの終了宣言に、紫は大儀そうに腰を上げる。
ほっと、悟られぬように溜めた息を抜く。
「この雪の最中にか?」
物好きなことだ。そんな人間のような思いを抱いて、溜息混じりに重い腰を上げようとする私の動きを、紫の掌が遮った。
「今日は私独りで行く」
ぎくりと、身が強張る。
私が紫のそばを離れない理由。
「……離れれば、私は死ぬんだろう?」
「嘘よ。わかっているんでしょう?」
それが、一つ消えてなくなった。
ふらりと、到底、力が感じられない足取りで去っていく紫の背を、私は何もできずに見送る。
田に苗を植える紫。
命を盾に取る紫。
畑を耕す紫。
子供を隠す紫。
雑草を刈る紫。
妖怪を滅ぼす紫。
花を愛でる紫。
酒に耽る紫。
紫は矛盾している。
余りに歪な姿の果てが、今の紫に見て取れるような気がして、私は今一度、そのふらつく後ろ姿を瞳に収めた。
どれが、本当の紫なのだろう。
北の国には鬼が住まう。
古来より長らく権力に抗してきたこの土地は文化も独自のものが多いが、何より奇抜なのが、農民にも武士にも等しく囁かれている鬼の噂。
遅くまで遊んでいると、鬼に食べられてしまいますよ。
悪い事する子は、山から鬼が来て攫っていってしまうよ。
悪政働くものにはいずれ鬼から天罰が下る。
緩やかな民話から政治の戒厳まで、幅広く彩り豊に。
方角は鬼門。古来より神話が住まうお伽噺の国で、今も生きる鬼の逸話。
それはまことしやかに、この土地で生きている。
「漸う、来おったか」
鬼の怒りが体現されたかのような流れを持つ河の畔に、そこはあった。
冬の吾妻は雪が深い。今も外は更なる降雪が、一丈の積雪に重みを増している。
そこは、雪に囲まれた小さな庵。四方に囲いを巡らせ、固く閉ざされた入り口はあらゆるものを阻む。
「私を待っていては駄目でしょう? ここは禅寺なのだから」
にも関わらず、庵には主の他にもう一人、居を共にする人がいた。
曇天も相まって、微かな光すら入らぬ狭い庵の中に、たった二人。
「まっことくだらん。在るだけで惑わされるなら、そやつも知れたものよ」
常人で在れば自らの所在も確かめられぬほど、深い闇。その中で、二人は自然と言葉を交わす。
張りのある、瑞々しい声。しかし、声音には不相応なまでの落ち着きと、ある種の沈静的な神性が感じて取れた。
しゃがれた、枯葉のような声。到底力が感じられず、呼吸の音にすら伝達を阻害されそうな声は、しかしとても耳に優しかった。
「お酒も入っていますけどね。どう、お身体は?」
気配。次いで足跡が響き、板張りの冷たい床が微かに振動すると、最後に空気が揺れる。
とすっ。とすっ。とすっ。
「わかっとるから、来たんじゃろうて」
とさり。
しじまの世界を優しく慰撫する音は、一定の時間を刻んで再び静寂へと解けて解けた。
一寸先も見えぬ闇の中、部屋の中央に敷かれる布団の枕元に、気配は寸分違わず停止する。
しばし、ぴんと空気が張りつめる。が、それも一呼吸後には皮膚に付いた雪のように、闇へと融解していった。
「お迎えに、上がりましたわ」
「待っておったよ」
軽口を交わし合っていた二人の間に、春の息吹が芽吹く。
親愛。水のような空気のような蜜のような、名状しがたい複雑な感情が空間を満たす。
「思えば、長い付き合いだったわね」
「思えば、長い付き合いじゃったなあ」
謳うように、踊るように、言葉が舞う。
「あなたのこと、好きだったわ」
「わしゃ、主に惚れとったよ」
「あら、上人様を堕落に誘う私は、さながら私は天魔波旬かしら」
「どうかの。儂にはむしろ、角のない母鬼に見えるがの」
「また、いつもの軽口? 残す言葉にしては軽いわよ?」
「儂から口を取ったら何も残らんて。口先だけで生きてきた身上じゃ」
言葉尻が咳でかき消された。しばし、暗色を濁音が支配する。
長い、長い長い溜息。
挨拶に次ぐ、挨拶の応酬。それが礼儀であるかのように、それが必然であるかのように、投げ交わされる言葉を一方が受け止めきれずに投げ出す。
吸い込まれる息。吐き出される息。細く長く、笛のような音が交互に繰り返される。
何かを言い出そうと堪えている沈黙と、何かを言葉にできず吐き出せない静寂。
残されている時間は余りにも短い。
「……主にも……、共にゆける誰かが、おるといいのお……」
絞り出される声。言葉を伝える、唯それだけの動作が、何にも換えがたいその動作が、なけなしの体力を奪い去っていく
この東屋の空気を全て吸い込まんかのように、一度、大きく息が吸い込まれる。
この一息。あと、一つの動作。
「……頃合いじゃて……」
その、何にも代え難いはずの一挙動は、そんな何でもない言葉で締められた。
何をするでもなく、かといって眠ることもできず、手持ちぶさたを持て余していた私の頭に届いた初めての命令を果たすために、私は境が朱に染まりだした空を急ぐ。
天気は珍しく晴れ。おかげで吐く息が軒並み凍り付くくらいに冷え込んでいるが、なけなしの妖気を使った上で幾分か着込めば空を飛んでもそう寒くはなかった。
景色は一面白。葉を付けているはずの針葉樹も、こびりついた海老の尻尾のような雪と氷に装いを一新している。
方角を間違えぬよう、太陽を目印にしながら飛ぶこと半刻、件の村を見下ろすことができる小山の頂きに、白い息を吐きながら紫は立っていた。遠景からすれば、まるで景色に孤立するちっぽけな染みのようだ。
じくりと心が痛んだが、わずかな逡巡でそれを追い払い、ゆるゆると高度を下げる。
「何だ、こんな寒空の下に呼び出して」
相変わらず、紫の顔は村の方を向いたままだが、構わずに言葉を続ける。言葉を続けることで、心の不安を振り払う。
だが、紫は振り向かない。ただ、彼女の吐き出す白い息だけが世界に動きを見せている。
ひょうと風が啼いて、私の髪を彼方へと運ぶ。
「……しろきつねさん」
叩き付けるような風が幾度か方向を変えて、明日には吹雪くかと空を見上げたところで、紫が一度、息を大きく吐き出す。
「魂まで分けた子に裏切られた時は、どんな気分でしたか?」
ぎくりと、身が強張る。
唐突に何を言い出すのか。そう言葉を紡ごうとして、舌がもつれる。
「その子に刃を向けられ、都を追い落とされた時はどんな気分でしたか?」
この気温にもかかわらず、背筋に汗が浮かぶ。
何故、どうして、堂々巡りの頭を駆けめぐるのはその二語のみ。
「絶望の淵に追いやられ、言い様のない理不尽を胸に抱きながら息を引き取る気分は、どうでしたか?」
口内がからからに乾いた。
全てが正鵠を、的を射ていた。
思考がついていかない。
どうして、紫がその事を知っているのか。いや、何処まで紫が知っているのか。
謳うように滔々と告げられる私の半生。ふさがりかけていた傷口に泥のついた手が差し込まれ、最も無惨に暴かれていく。
「……あなたは『わたし』を『きらって』いますね?」
今度は何を言われたのかどころか、その言葉が何を意味しているのかすら全く理解できなかった。それくらいに突飛な言葉。
「何を――」
「あなたは『わたし』を『うらんで』いますね?」
そう、何を言われているのか、頭はまるで理解できない。
にも関わらず、胸の奥から滲み出るようなどす黒い感情が俄に身体を支配する。
息をするだけでこぼれ落ちる意思。辛うじて抑えつけている感情を堪え、この寒さにもかかわらず全身を冷や汗で濡らす。
自分の獣性に理性を貪られる感触。牙が剥き出され、指先にまで張り巡らされる力をすんでの所でかわす。
前屈みになる身体をすんでの所で持ち堪えながら、何とか顔を上げると、いつの間にか振り返った紫と視線が交錯した。
映すもの全てを明るみに出すような、この冬の空気よりも澄んだ瞳。押さえ込んだ私の内面が、全てさらけ出される。
駄目だ。
「しろきつねさん、あなたは――」
こんな状態で、『声』をかけられては。
「『わたし』を――」
もう。
「『にくんで』いますね?」
オサエラレナイ。
ぴしゃりと、雪の上に湿った音が吸い込まれる。
身を切るほど冷たい空気の中で、何故か暖かい感触。指の間を瞬く間に浸透したぬめりは、気づけば手首の辺りまで達していた。
どうして、こんな事になっているんだ。
紫を組み伏せた体勢のまま、私は途方に暮れた。
細い呼吸が喘ぐように、何度も細かく繰り返される。その口元からつうと、紅い筋が一本、二本と見る見るうちに増えていく。
ちぎれた着物の下から覗く肌。黄色いような白いような独特の色が、赤黒く塗り替えられていく。
豊かな乳房の下に刺さる私の腕。一定に刻まれる調子を何より正確に、掌へと伝達する何か。
ごぼり。紫の喉奥から空洞を走るような大量の水音が聞こえたかと思うと、私の首に向けて何かが塊となって吐き出された。
白い雪の上、白い肌の上に、紅い地図が広がっていく。
やがて、呼吸がひゅー、ひゅーと、細い笛の音のようなものになって、私はようやく、はっきりと私を取り戻した。
どうしてだ。どうしてなんだ。
「苦しいわ、しろきつねさん……。……早く終わりにして頂戴」
そう、解放されるついでに、高いつけを支払ってもらう。それは当初から思っていたこと。
ああ、そうだ。苦しめるのが目的だった。涙目で命を乞い、額をこすりつける様を見たかった。
誰だってそうだろう。それで死なずに済むのなら、土下座でも何でもするはずだ。
それが、どうしてだ。
どうして、今際の際にそのような満ち足りた顔をする。
「……ああ、そうだったわね……。……あなたは私を苦しめるのが目的だったわね……」
苦痛の間際にあって、その瞳には何もない。何も映さぬ、何も通さぬ虚無だけがゆらゆらと、妖しく揺れていた。
喀血。首を押さえつける袖口が、紅に染まる。右手に握る躍動が、やけに主張を持って掌を打った。
朱に染まる世界。紫の血は花のように宙を飾り、花火のように儚く風に流れて落ちてゆく。
「あなたと一緒なら、それも悪くないかもね。しろきつねさん」
「お前が殺せるのなら、私が死ぬのも本望だ」
孤独を知るゆえに、愛を求めた。
孤独しか知らぬゆえに、支配を欲した。
「でも、残念。あなたは連れて行けないわ」
不意に握られる腕。がっしりと、何処にそんな力があったのかと疑うくらいに力強く、心の臓を握る腕が紫の両手に拘束される。
たなごころを打つ紫の核。これでもかというくらい、全力で生命を肯定する息吹の塊。
脈打つ肉から、掴む両手から、鉄砲水でも起こったかのように、瀑布となった力が私の腕を駆け上がってきた。
雄々しく、猛々しく、瑞々しい力。これまでの苛立ちを抱くような抑制されたものではなく、全ての枷から解放されるような晴れ晴れしさを持った力。
それが何か、私の身体は思考の前に本能から理解する。
遡ってくる力。矢に射られ刀で切られ、裏切られて朽ちていくあの絶望とは真逆の、希望に満ちた陽光の力。
「あなたは生きなさい、しろきつねさん」
流れ収束してくる力。私をこの世界に解き放つ、希望の力。
ついぞ見たことのない、紫の満足そうな顔。そこに、あの悟りきった紫の顔が重なる。
連れて行けない。
それは今し方、宣言された言葉。
紫は、私を残していくのだという。
それを証明するもの。
たった今も、腕を通じて駆け上ってくる躍動。
私をこの世に肯定する、生命の奔流。
感情が、爆発した。
「ふざけるなぁ!」
一瞬にして、頭に血が上った。
何に対して何をしているのか、そもそも、どのような感情を抱いているのかまるで理解できなかったが、兎も角もその場で憤死してしまいそうなくらい私は憤りを噴出する。
「あれだけ振り回して、理由も告げられずに、たった一瞬ではいさようなら!? それで納得できると思うか!? お前は納得できるのか!?」
勢いに任せて右手を引き抜く。折れた肋骨が引っかかって擦過傷を作ったが、まるで気にならなかった。
激昂は止まらない。先程の不自然な衝動とも違う。もっと自然な、私の心が感じる純粋な怒り。
私は心の底から怒っていた。こういう時は、感じるよりも先に言葉が出るものだ。
「お前は体よく、私を自害の道具に仕立て上げようとしているだけだ! そうだろう!?」
そうして迸った言葉は恐らく、何よりも真実に近い。
まるで別の世界の住民のような顔をしていた紫に、表情が戻った。
「そうまでして死にたいのなら、何故、自ら命を絶たない!? 怖いから!? 違う! お前は死を畏れてはいない! 死ぬこと以上に他の何かを畏れている!」
まるで迷子になった子供のような顔。泣きそうで、泣きたくて、それでも堪えて我慢している、そんな表情が、不意を打たれた狼狽の中からも感じ取れた。
「だったら、殺してなんかやらない! 殺してなんかやるものか! お前は生きて生きて、永劫に苦しめばいい!」
外気温から凍り出した右手を握りしめ、紫の肩に叩き付ける。到底、了承できるものではなかった。何もかも。何もかもがだ。
私は怒っていた。もう、何に対して怒りを抱いているのかわからないが、とにかく、あらゆるものに腹を立てていた。自分の境遇に、生をはねのけた心に、紫の思惑に、紫の表情に。
何もかもに。
「……泣いているの? しろきつねさん」
「ふざけたことを!? 何故、私が泣く!? どこにそんな理由がある!?」
流した端から凍り付いてしまう色気のない世界。私からこぼれ落ちた液体は氷結してぱらぱらと紫に降り注いだ。が、それを涙と認めることはできなかった。
何せ私は、怒っているのだから。
息切れを起こすほどの激情に乾燥した咽頭が耐えられず、言葉を紡げずに激しく咽せ込む。それでも紫の首から離れず、かじりつくように背を丸める。
しばらく、私のむせぶ音と紫の呼吸とが混淆して場を支配した。静かな世界が再び舞い戻る。
「疲れてしまったの……」
ぽつりと耳に届いたその言葉が、紫の頬についた私の耳にぽつりと届いた。
「……疲れて……、しまったのよ……」
尻すぼみに語尾が力無く落ちる、疲労のこもった言葉。身体の奥底から吐露された絶望の懺悔。
同時に、ほうと、沈み込むように全身から紫の力が抜けた。この世のあらゆる執着から解放されたかのような、そんな脱力。
「紫……?」
返事はない。
いつの間にか目を閉じていた紫の顔は息を呑むほどに白く、触れている腕が、足が、身体が、次第に冷たくなっていくのがわかった。
「紫? ……紫!?」
肩を抱いて起こし、力無く垂れる首を辛うじて他方の手で受け止める。首筋の脈が、微動だにしていない。
その淡雪のような形の良い唇に触れると、先程まで微かな主張を以て耳に届いていた呼吸がぴたりと止まっていた。
「紫!」
まるで、自分が羊水の中に沈み込むような感覚。
闇は深く、帯のような細い光が音のない世界を掠めるように降り注ぐ。だが不安はなく、包み込むような安心感に肺の底から深い息を吐き出す。
ごぼり。吐息があぶくとなって形取られゆっくりと浮上し、光の帯に吸い込まれていく。
自分が溺没していく感触。ゆらゆらと髪が揺れ、煽られる手足が遅れて視界に入る。
高度を下げるたびに光は弱くなっていき、身体もそれを包む水もじわりじわりと冷たくなっていき、比例してあるものが私の周囲を通り過ぎていく。
切り取られた、一枚一枚の景色。情景を事細かに映す、浄玻璃の鏡。
ゆらりと通り過ぎるものもあれば、いつまでもまとわりついてなかなか流れていかないものもある。そんな記憶の回廊が私を迎えるように、周囲を満たしていた。
紫、あんたは一体、どっちの味方なんだい?
――私はどちらの味方でもない――
これがあんたの望んだ結果か、紫?
――違う、私は――
あんたは苦しめ。そして、己の成したことを永劫、末に至るまで見届けるんだ。
――私は、私は――
それが、あんたの贖罪だ、紫。
――私は、みんなに幸せになって欲しかった――
様々な雑踏の中、いくつかが私の耳に囁きかける。不思議と、その全てを全く偏りない平坦な気持ちで眺めることができた。
やがて、最後の一枚が私の横を通過して遂に真の闇が私を抱き留める。
自覚できる感覚は、唯、私が落ちていくというもののみ。
ああ、終わったんだな。
そう思って、そっと目を閉じる。
もう、泣かなくて済むんだな。
もう一度、肺に残った空気を搾り取るように吐き出すと、いよいよ身体は加速して落下していった。
つと、右目から一筋、涙が流れた。何故か、水中にあるというのに、涙はきちんと顎まで流れ落ちて、なけなしの体温を奪っていった。
終わったんだ。
後は沈み込むだけ。この心地の良い開放感に身を任せれば、何もかもが文字通り、水泡に帰す。
ゆったりと、底から伸びた手に全身を抱き留められる感触を覚えた。
きっとこれで最後。引き込まれて、そこでお終い。
そんな不自然で不確かな確信の最中。
死ぬな、紫。
現の際にあって、誰かが、そう叫んだ。
目を覚ますと、一面が茜に染まっていた。
ゆらゆらと揺れる火の玉のような世界は明るくて寂しくて、まるで世界の終焉でも到来したかのような静寂と荘厳さを醸し出していた。
伸びる影。木々や岩から生える影が、決して自身の影と交わることなく横を通り過ぎていく。
少しでも息を漏らせば燃え尽きてしまいそうな世界。寂寞に身をかがみ込め、両腕を懸命にこする。
暑いくらいの気温なのに、何故か寒い。じっとりとしているのに、何故か汗が出ない。閉塞でも起こしたかのように、何もかもが切迫している。世界も、自分も。
ぶるりと一度、大きく身震いをする。観念して、呑み込んでいた息を吐くと、怖じ気は更に強まった。
まるで、この世界に自分だけが取り残されてしまったような孤独感。何も聞こえない、何も感じられない、そんな孤高の世界に一人、ぽつんと残されてしまったような絶望感。
もう一度、息を吐く。やはり、悪寒は消えない。そっと頬を拭うと、右目から一筋の涙が流れていた。
何かをしなければならない。掛けられていた羽織に袖を通すと、そんな強迫観念にとらわれて、忙しく首を巡らせる。
誰か、誰かいないのか。
突っかけを払い、縁側から慌ただしく家に入る。
斜光に彩られた居間。中央に設置された卓袱台も、まるで一枚絵の静物であるかのように、しんとそこに佇んでいる。襖に隔てられる六畳の世界は暖色で彩られているにも関わらず、深い陰影が寂寥を掻き立てた。
まるで空間を破壊するように騒がしく駆けると、閉じられた襖を叩き付けるように開く。
綺麗に整頓された四畳半。箪笥に書棚、窓際の書机など、部屋に置かれたものは多く、実際に足を踏み入れることができる間隔は二畳あるかないか。
誰もいない。
今一度、入ってきた六畳間を振り返る。
四畳半にあるものより一回り大きい衣装箪笥。年季の入った卓袱台。いくつかの瀬戸物が綺麗に整頓されて並べられている食器棚。
誰もいない。
横。引き戸を開けて北向きに立てられた土間を覗く。
調味料が置かれた箱。今は使われなくなった釜戸。鍋に鉄板にお玉にと、各種調理器具。
誰もいない。
まるで、自分が別世界に混入されてしまったかのような、そんな絶望感に、唯立ちつくした。
取り残された世界。狭いはずの部屋が、無限の広がりを持って相対する。
何処までも広がる世界に、たった一人。
不意に、足下がぐらついた。もしかしたら、自分が立っているこの世界すら実は存在していないのではないかとさえ思えてくる。
怖い。
俄に襲う恐怖。
この世のあらゆる全てに拒絶されているような、頼りない浮遊感。
立ちつくす。それしかできない。
自分独りしかいない世界で何もできず、竦んだように立ちつくす。
私しかいない、私だけの世界。
「紫様?」
弾かれたように振り返る。
そこには、割烹着の裾で手を拭きながら暖簾をくぐる九尾の狐が一人、怪訝そうな顔をして首を傾げていた。
知っている姿とは少し違う。尻尾は二本で、髪は長く、そもそもが自分を様付けして呼ぶようなことはしない。割烹着なんて着こなす性格ではないし、素直に感情を顔に出すなどという真似もしない。
だというのに、喉奥から声にならない声が嗚咽となって走る。安心に、心が砕けてしまいそうになる。
名前を呼ばなければ。消えてしまう前に、名前を呼ばなければ。
「……藍……」
まるで独り、迷子になって取り残されたような顔。
くしゃり。遂に雪崩れた紫の顔が崩壊する前に、藍は投げ出された主の身体をその手に抱き留めた。
「……藍……、藍……、藍……!」
連呼される名前。藍という、固有の名前。
さっぱりとした短い金髪。ふさふさとした九本の尻尾。割烹着が似合う姿。よく指示に従う従者。
藍という、固有の名前。それは、新しく生まれた一つの存在を示す名前。
「大丈夫ですよ、紫様」
そっと、震える背を撫でる。
優しく、愛おしく、愛撫する。
何にも変えがたい、自分の命よりも大切な、たった一つの灯火。
「私は此処にいますよ」
紫様、あなたが其処に在る限り、藍はお側を離れません。
あなたが寒いと仰るのであれば、この身を灯してでも暖となりましょう。
あなたが空腹だと仰るのであれば、この身を裂いて差し上げましょう。
ようやく見つけた私の願い。
藍は、常にあなたと共に在ります。
違っていたら聞き流してくださいorz
ラストの二人はもうホント、自分の理想的なお二人を見ているようでした。
あれこれ語りたいところですが、そうなると本当に何時まで掛かるか分かりませんので、これにて ニア90
もっとつづけるように
昔の自分は目が節穴だったらしいから困る。
紫も藍も幸せに暮らしていけるといいな