Coolier - 新生・東方創想話

妖精大戦争〈Ⅳ〉

2006/07/13 10:10:18
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 夕焼け空を一陣の風が如く駆け抜ける少女。
 自身の能力で風を操り、追い風を受けながら飛ぶそのスピードはかなりのもの。
 彼女こそ幻想郷一の俊足と謳われる天狗族のブン屋、射命丸文である。
 この一連の妖精による襲撃事件も、誰より早く号外として皆に伝え回った。
 だが今は違う、彼女は別のある仕事を頼まれ幻想郷中を飛び回っているのだ。
 これは自身の記事のネタになるから、というギブアンドテイクに基づいた頼まれ事。
「紅魔館、マヨヒガ、永遠亭、魔法使いの森も回りましたから……後は博麗神社ですね」
 メモ帳を確認しながらも、そのスピードは衰えを見せることはない。
 この話を受けてからたった一日の内にそれだけの場所をまわってきた速さは伊達ではないということだ。
 などと解説している間に、彼女は博麗神社の上空に到着した。
「こんばんわーっ」
「また煩いのが来たわね」
 境内に着地し、ちょうどそこにいた霊夢に話しかける。
 霊夢の機嫌は多少直っているらしく、三日前の魔理沙達に見せたときほどはいらいらしていない。
 だがそれでも喜んで出迎えてくれる風ではなかった。
 それは文の日頃の対応がそもそもの原因とも考えられるが。
「なんの用かしら。話の種になりそうなものはここにはないわよ」
 それは参拝客どころか宴会を開く人妖の姿もないところから窺い知れる。
 しかし今日はネタ探しのためにやってきたのではない。
 そもそもネタを探すならこう堂々と面向かって現れることはしないのだ。
「いえ今日は記者としてではなく、ある方から頼まれ事をされて、それでやってきたんですよ」
「頼まれ事?」


 ☆


 翌朝の博麗神社。
 朝だというのに多くの人影が集まっている。
 それぞれに真剣な顔つきをして、それぞれの思いを抱いてここにいる。
「まったく朝っぱらからざわざわと……もう少し寝ていたかったのに」
 自宅前に集まったいつものメンバーを見て、霊夢は嘆息混じりに告げた。
「そう言いながら出発準備はばっちりだけどな」
 魔理沙は笑いながら指摘する。
 その隣には彼女が無理矢理連れてきたアリスの姿がある。
「まったく、なんで私が朝からこんな所に」
「そう言うなって。ちゃんと条件は出しただろ?」
 なにやら密談が交わされて連行されたようだが、首を突っ込むと面倒になるのは目に見えているので気にしない。
 魔理沙達以外でここにいるのは五人。
 レミリア・スカーレット、フランドール・スカーレットの姉妹。
 体調の回復した八意永琳と、その弟子鈴仙・優曇華院・イナバ。
 そして従者を奪われた西行寺幽々子である。
 彼女たちはそれぞれに大切な者達を傷つけられた。
 自分たちの大切なものも傷つけられた。
 彼女たちはその私怨によって、今回の話に乗ったに過ぎない。
「あんた達全員あの天狗に頼まれたの?」
 霊夢の言葉に永琳が頷く。
「えぇそうよ。でもそんなことどうでもいいわ。私達は姫や兎たちの敵が討てればそれでいい。
 大妖精とやらのお願いとかは二の次ね。情報をくれたからそれに乗ったまでよ」
 射命丸文が幻想郷中を飛び回って伝えたこと。
 それは大妖精から頼まれた、協力願いだった。
「それでその大妖精はどうしたのかしら。頼んでおいて自分は来ないなんて」
 レミリアが少し不満げに呟く。
 だがそれには理由がある。
 各地に散らばってしまった妖精達を再び集結させて、まとめて説教をするそうだ。
 その為バカルテットにも協力してもらって各地の妖精を集めている。
「ということは私達に任せきり、と」
「まあその方が気楽で良いわね。妖精のお願いを聞くようなメンツじゃないし」
 霊夢の言葉に皆が口の端を挙げる。
「面倒だけど……それじゃあ行きましょうか」


 白玉楼へ――!





『妖精大戦争〈Ⅳ〉~決戦、白玉楼~』




「それにしても妹を連れ出すなんて思い切ったことをしたものね」
 霊夢はレミリアに話しかける。
 フランドールの性格、能力は下手をすれば妖精よりも驚異と成りうる。
 その彼女をこの戦いに参加させるのはまさに諸刃の剣のはずだ。
 しかしレミリアはそんな懸念などしていない風に答えた。
「たまにはあの子にも大暴れしてもらおうと思ってね。弾幕ごっこだけじゃ、
 またフラストレーションが溜まって外に出せなくなってしまうわ」
 そういうことか、と霊夢も納得した。
 そのまま視線を動かして最後尾を飛んでいる幽々子を見る。
 いつものほんわかした雰囲気はすでになく、思い詰めたような表情でついてきている。
 やはり妖夢がいないことはそれだけのショックなのだろう。
「うぅ、妖夢のご飯じゃないと元気が出ないのに……」
 どうやらあまり心配する必要はなさそうだ。
「まーりーさーっ!!」
 その声に振り向けば、フランドールが魔理沙に抱きついている最中だった。
 魔理沙は困ったように笑っているだけだが、隣にいるアリスがもの凄い形相でそれを睨んでいる。
「魔理沙……そんな小さな子とまで」
 アリスの変化に気付いた魔理沙は慌てて弁明する。
「なっ、何を血迷った誤解をしてる!?」
「陰気な嫉妬はみっともないわよ」
 そこにフランドールがいらぬ追い打ちをいれて、アリスの機嫌はさらに悪くなる。
 見ている分には飽きない光景だが、今ここで弾幕ごっこをされても後が面倒だ。
「お守りはあなたの仕事でしょう?」
 レミリアを肘で小突いて止めさせるように促す。
 自身の妹のことということで、レミリアもやれやれといった具合で従った。
「仕方ないわね」
 レミリアはふわりと近づくとフランドールの手を掴んだ。
「ほらフラン。魔理沙とは後でゆっくりと遊びなさい」
「でも~」
「文句を言ってるとここから帰らせるよ?」
 それは嫌だとフランドールは大人しく言うことを聞いた。
 さすがは姉といったところか。
 ちなみにスカーレット姉妹は、今日は日傘持ちの従者がいないのでそれぞれに日傘をさして飛んでいる。
 咲夜の怪我は未だ完治していないのだ。
 勿論彼女もついてこようとしたが、レミリアがそれを許さなかった。
「まったく……まるで子供の遠足ね」
 そんな光景を霊夢同様ため息混じりに眺めているのは永琳だ。
 永遠亭襲撃の際は過労でまともに相手ができなかったため、敗北したが今回はそうはいかない。
 永遠亭で待つ姫や自身の家を守ろうとして名誉の負傷をしたてゐ達のためにも、必ず宝具を持って帰らねば。
「師匠、頑張りましょうねっ」
 一緒に来ると言ってきかなかった鈴仙もやる気満々だ。
 自分が倒れていたときも、先頭に立ち適確な指示を出していた鈴仙。
 いつの間にか成長していたことに気付かされたことを思い出す。
「頼りにしてるわよ」
「はいっ」
 満面の笑みを浮かべて頷く鈴仙。
 しかしどことなく未熟さの残るその素直なやる気に、一抹間不安を感じなくもなかった。


 それからしばらく飛んだ頃。
 あと十分も飛べば桜花結界が見えてくるであろう場所まできたときのことだ。
「……静かすぎるわね」
 周囲を見回しながら霊夢が呟いた。
「そうか? ……そう言われればそうだな」
 あまり気にしていなかったらしい魔理沙は、言われて初めて気がついたようだ。
 敵側に雑兵がいなくても、毛玉のような防衛線の一つくらい用意していてもおかしくはないはずである。
 すでに居場所がばれてしまっている以上何も用意をしていなわけがない。
 妖精ならばありうることかもしれないが、もはや相手は妖精の力量を超えた妖精なのだ。
「まぁ楽に乗り込めるならそれはそれでいいんじゃないか?」
「馬鹿ね。こういう状況だから警戒するべきなんでしょうが」
 お気楽思考の魔理沙に対して、アリスは極めて正論で返す。
「まあ気にしていたってしょうがないぜ。あの姉妹を見ならえって」
 魔理沙が親指で示す先にはレミリアにじゃれつくフランドール。
 レミリアは困りながらも、嬉しそうに笑っている。
「あの二人にはそもそも心配するなんて概念がないと思うんだけど……」
 それもそうだと笑う魔理沙。
 だがその時だ。


 じゃれていたレミリアとフランドールが消えた。


 なんの前触れもなければ気配もなく。
 一瞬にしてその姿を消したのだ。
 最も近くにいた幽々子でさえ、それに気付くことができなかった。
「どうなっているのかしら……」
 慌てる風もなく幽々子は呟いた。
 他の面々も慌てたり取り乱したりする様子は――
「し、師匠っ、消えちゃいましたよっ!?」
 若干一名慌てる者もいるが。
 その一名こと鈴仙は師匠に窘められてすぐに黙らせられる。
 永琳はそんな鈴仙にやはり未熟かと苦笑を漏らした。
 その隣では霊夢達がレミリア達が消えたことに対する検証を行っている。
「結界の類とは思うけど」
「紫か?」
 スキマや結界といえばまず彼女が頭に浮かぶ。
 彼女なら誰かを突然消すことくらい造作ないだろう。
「紫じゃないわ」
 きっぱりと言い切る霊夢。
「どうしてわかるんだ」
「紫であるはずないもの」
「だからなんで言い切れるのかって聞いてるんだぜ?」
 あやふやな答えしか返さない霊夢に魔理沙はむっとして突っかかる。
 そこに助け船をだしたは幽々子だった。
「紫がそんなことをする理由がないものね」
「そうとは言い切れないんじゃないかしら?」
 だがそこへ永琳が反論を返す。
「彼女が黒幕で妖精達を手引きしていたとは考えられないの?」
 その可能性は誰も言わずとも、内心ではそう思う者も少なくなかった。
「それは……」
 幽々子も口ごもってしまう。
 彼女も紫がどうしているのかを知らないのだ。
 マヨヒガで目を覚ました幽々子は、紫がずっと留守にしていることを藍から聞いた。
 しかも最も彼女の近くにいる藍でさえその詳細は知らないという。
 だから紫が妖精達を手引きしていないと、言い切れる根拠はどこにもないのだ。
 だがしかし、もし紫が黒幕ならば妖夢をあのようにしたことは許せない。
 今のところ、紫はそのようなことだけはさせないという信用だけが、
 彼女の中では紫が黒幕ではないという答えを結びつけていた。
 もしその信用が崩されるようなことがあれば――
「それこそ紫にとってこんなことをする理由がないでしょうが」
 霊夢はやはり言い切る形で否定する。
「霊夢……」
「そんなに気になるなら妖精達をふんじばって、ゆっくり聞き出せばいいだけのことよ」
 そう言うと霊夢は再び白玉楼への道を急ぎ始めた。
 魔理沙達は困惑しながらもその後に続く。


 ☆


「さてと……準備はいいかしら」
 目の前に聳える冥界の門を見上げる六人。
 スカーレット姉妹が減ってしまったが、ここで怖じ気づいて帰るような者はいない。
「それじゃあ開くわね」
 冥界の主である幽々子は、さも簡単にその門を開いた。
 こんなことをしているから最近は生者が冥界に行きやすくなっているのだが、
 幽々子はそんなことは気にしない。
「じゃあ、行くわよっ」
 霊夢の一言が合図となり、全員が白玉楼へと乗り込んだ。


 二百由旬の庭へと続く長い階段。
 ここを登り切れば先が見渡せない程広い冥界に辿り着く。
 だが不用意に近づけば、この白玉楼の庭番をしている少女剣士の刀の錆にされてしまう。
「妖夢……」
 瞳に色を失ったかつての従者が、その主の前に立ちはだかる。
 その隣には笑みを浮かべる一匹の妖精。
 手には神宝ブリリアントドラゴンバレッタ。
「あらあら皆さんおそろいで」
「あなたが妖夢を操っているのね……」
 幽々子の言葉には完全にいつもの雰囲気がない。
 お腹が空いて力が出ない、という冗談は今度こそ抜きだ。
「みんな、ここはいいわ。先に行っちゃって」
「いいのね?」
 霊夢の確認に、幽々子はゆっくりと首を縦に振った。
「そういうことらしいわ」
 その答えは幽々子に任せて先へ進む、という意思表示だ。
 霊夢の言葉に反論する者はなく、一人また一人と幽々子の隣を駆け抜けていった。


 ☆


 階段を上りきった霊夢達の前に二百由旬の庭が飛び込んでくる。
 そして目の前には三匹の妖精が、彼女たちの到着を待ちかまえていた。
「逃げたり隠れたりが得意なんじゃなかったのか?」
 魔理沙の憎まれ口に、妖精達はなんの反応も示さない。
 その無反応がまだ不気味である。
「もう逃げも隠れもしませんよ」
 それはその必要がなくなったから、と判断するのが妥当だろう。
 そしてそれは彼女たちの目的が達成されたことを意味する。
「さて、どうしますか?」
 もはや自分たちと戦う意味はないと伝えたのだ。
 その上でも戦うのか、と彼女は尋ねているのだろう。
 だがそんなこと聞かれるまでもない。
「二、二、一といったところかしら」
 永琳の呟きにアリスが頷く。
「妥当な所ね。魔理沙、一発大きいのをお見舞いしてくれる?」
「もとよりそのつもりだぜっ」
 スペルカードとミニ八卦炉を取り出し魔力を込める。
 圧縮された魔力が八卦炉の中で熱エネルギーに変換されていく。


「必殺のマスタースパァークッ!!」


 巨大なエネルギーの奔流が、極太のレーザーとなって妖精達へと向かう。
 さすがに直撃するわけにはいかず、三匹はそれぞれに散った。
 しかしこの魔砲の目的は威嚇でも、ましてや直撃でもない。
 魔理沙とアリスが、永琳と鈴仙が、そして霊夢がそれぞれに妖精達の前に立ちはだかる。
 敵戦力を分散させるという目的はこれで達成された。
 元より協力関係をもってここに集まった者は永琳と鈴仙、レミリアとフランドールくらいなものだ。
 魔理沙とアリスも交渉による関係があるが、それ以外はバラバラである。
 だからできもしない連係プレーをするよりは、それぞれ勝手に暴れる方が
 それぞれの実力を発揮しやすいのだ。


 ☆


 さて道中突然消えたスカーレット姉妹はどうしているのか。
 二人はどこともわからない空間に浮かんでいた。
「姉様、ここは?」
「私にもわからないわ……少なくとも幻想郷のどこかというわけではなさそうね」
 何もない。
 うっすらと周囲が見える程度の光度。
 夜になれているレミリアにとっては見えない暗さではない。
 その目だからこそ、何もないということが窺い知れた。
「……ここは私の世界」
 突然声が響き渡り、二人の前に闇から生まれるようにして一匹の妖精が姿を見せた。
 その手には神宝ブディストダイアモンドが握られている。
「貴方の仕業ね。どういう仕組みなのかしら?」
「……答える理由無し」
 明らかに敵対する意思を見せる妖精。
 だがレミリアは逆に嬉しそうだ。
「良かったわね、フラン。どうやら本気を出しても良い相手みたいよ」
「本当?」
 それにこの空間はいかなるものなのかは分からないが、ここならばフランドールが本気で暴れても他に影響は出そうにない。
 “私の世界”と称しているからには、彼女が生み出した空間なのだろうが、
 そんなことは二人にとってどうでも良いことだ。
「雑話終了、戦闘開始」
 妖精の言葉に攻撃の予兆を感じ、二人は来るべき弾幕に構える。
 だがその顔に吃驚が浮かぶのはすぐ直後のこと。
「なっ!?」
「おっきいーっ」
 フランの声にはどこか嬉々とした調子が含まれている。
 二人が驚いているもの。
 それは妖精が放った弾幕だ。
 その大きさが尋常ではない。
 弾幕ごっこで大玉と言えば、相手を飲み込ませるくらいの大きさだろう。
 だが今目前に迫っているのはそんなものなど目ではない。
 ゆうに人間五人くらいはあっさりと飲み込むかと思えるほどの超大玉。
 それが全部で五つも放たれている。
 隙間を縫うなどという弾幕ごっこの基本すら完全に冒涜した弾幕。
 いやこれは“ごっこ”ではないのだ。
 相手も本気でこちらをつぶしに掛かっている、そういうことなのだろう。
 だがこちらの弾幕すら飲み込む超大玉を受けるわけにはいかない。
「フラン、全力で飛びなさい」
 レミリアとフランドールはすぐにその場を離れた。
 隙間がないと言っても空間と弾幕の間にはまだ逃げ場がある。
 その巨体に似合わずそれなりのスピードで向かってくる弾幕の軌道を横目で捉えながら二人は飛んだ。
「……無駄。ここは逃避不可能」
 妖精は避けた方向に新たな弾幕を放とうともしない。
 その理由はレミリア自身が身を以て知る。
「っ痛ぁ」
 がつん、と景気の良い音と共に頭部に衝撃が走る。
「大丈夫?」
 フランドールが心配して話しかけてくる。
 レミリアは頭をぶつけた場所に手をかざした。
 そこには確かに触れる壁があった。
「まさか……ここまで狭い空間だったとはね」
 空も地面もない限りない空間と見せかけて、実は限りなく狭い空間だったのだ。
 狭いといっても百メートル四方くらいはある。
 全力で飛ばしたために限界まで一気に飛んでしまい頭をぶつけたのだ。
「これだけ狭いとあの超大玉は避けにくいわね」
「だったら壊しちゃえば良いのよ」
 事も無げに告げるフランドールの手には愛用の剣レーヴァテイン。
 まったくこの子は、とレミリアは苦笑を漏らす。
 そのとき丁度二度目の超大玉が放たれた。
 今度も避ける隙間が無いほどの大きさと数だ。
「でも……形があるなら壊せるよね」
 にまりと笑みを浮かべるフランドール。
 彼女は向かい来る弾幕に、今度は逃げるそぶりを見せない。
 ゆっくりとレーヴァテインを振り上げ、勢いよく弾幕へと振り下ろす。
 その軌跡から赤い波動が放たれ弾幕とぶつかる。
 エネルギー同士の拮抗が見られるかと思いきや、フランドールの波動はいとも容易くその超大玉を切り裂いた。
 彼女のあらゆるものを破壊する力の片鱗は彼女の放つエネルギーにも及んでいるらしい。
「……神宝使用。破壊、逃避不可」
 この攻撃はもはや通用しないと判断したのか、妖精はあっさりと攻撃方法を変えてきた。
 その手にある神宝ブディストダイアモンド。
「神宝、真価発揮!」
 妖精の周囲に巨大化した碗型の結界が張られる。
 その結界からランダムにレーザーが撃たれ、こちらからの攻撃は届かないという仕組みだ。
 その結界をどうにかできなければ勝機はない。
 しかしその結界の固さはどうにかできるレベルのものではないのだ。
「ぶっ壊してあげるわっ」
 再度レーヴァテインの斬激を放つフランドール。
 レミリアも合わせて「マイ・ハート・ブレイク」を放った。
 破壊の斬激と悪魔の槍が結界に直撃する。
「それでも壊れないとはね……」
 結界にはヒビ一つ入らない。
 攻撃ばかりが得意なこちらとしては、あまり相性の良いタイプとは言えない。
 そこに加えてあの超大玉にこの狭小空間ときた。
 ここを抜け出す方法はないものか。
「私達、そしてあいつの運命を操作すれば……」
 それぞれの運命にアクセスしようとしたレミリアはあることに気がつく。
 これで糸口は掴めた。
 だがそこへフランドールの声が飛ぶ。
「姉様後ろっ」
 言われて振り向くと、どこから放ったのかレーザーとは別に超大玉弾幕が迫っていた。
 妖精の位置は先程から変わってはいない。
「言ったはず……ここは私の空間」
 どうやら彼女の意思一つでどこからでも弾を撃てるらしい。
 これでは前方からだけではなく上下左右全方向に注意を向けなければならない。
「大人しい見た目のくせに、やることはえげつないわね」
 レーザーを避けるのと超大玉の破壊で、反撃に出るタイミングが掴めない。

 いや、そうではなかった。

「フラン、“あれ”は見つからないの?」
 忙しなく飛び回りながらレミリアは妹に話しかける。
 レミリアはその糸口を掴んでいたのだ。
「うーん……なんかここ変だもの」
 やはりか、とレミリアは確信に至る。
 これならばこの空間を抜け出すこともできるはずだ。
 その鍵はフランドールが握っている。
「全力……っ」
 二人が何か企んでいることに気がついたらしい妖精は、決着を早めようと攻撃をさらに激化させてきた。
 多方から放たれる超大玉と神宝のレーザー群。
 破壊と避けを繰り返すがその攻撃に動きが合わせづらくなってきた。
 だが間一髪、状況を打開する鍵は見つかった。
「姉様っ」
「やってしまいなさい」
「うんっ」
 フランドールは右手を上へと掲げる。
 スペルカードは握られてはいない。
 彼女が握っているもの、それは――。
「キュッとして――――」


 ドカーンっ


 ☆


 時は少し遡り、場所は白玉楼へ続く長階段。
 最後の一人が通っていった後、妖精は残念そうに愚痴た。
「あ~ぁ、みんな通っちゃった」
「“わざと”通らせたんでしょう?」
 扇で口元を覆いながら、幽々子は返す。
「やっぱりわかる?」
「いけ好かないわ。胡散臭さに掛けては天下一品の友人はいるけれど、
 あなたみたいに明らかに嫌悪を抱きたくなる人じゃないもの……」
「へぇ、そんなのがいるの。会ってみたいものね」
 その言葉に幽々子は言葉を止める。
「八雲紫……その名に聞き覚えは?」
「聞いたことはあるわ。でも会ったことはない……」
 幽々子の顔に笑みが浮かぶ。
 それを不思議に思ったのだろう、妖精は尋ねてきた。
「何がそんなに嬉しいのかしら?」
 何ってそれは勿論決まっている。
「これで容赦なくあなたを倒すことができるもの」
「……大きく出たわね。こっちにはあなたの大切な従者がいるというのに」
 幽々子と妖精の前に妖夢が立ちはだかった。
 刀を抜き、主である幽々子に向かってその切っ先を向ける。
「この子は操りやすかったわ。それもこれもあなたのおかげね、西行寺幽々子」
 けらけらと笑いながら妖精は妖夢の首筋に指をはわせる。
 その妖艶な指先は下に降りていき、妖夢の胸元を指差した。
「この子の中にはたくさんの欲が詰まっていた。解放することを許されず、
 長い間溜め込んできた欲望が……。あなたの従者として随分我慢していたようね」
 可哀想に、と心にもないことを平然と言う妖精。
 だが確かに妖夢には多くのことを我慢させてきた。
 従者として、彼女は様々なことに耐えてきた。
 そこに弁明の余地はない。
「そう……あなたが操っていたものがようやくわかったわ」
 お喋りな妖精のおかげで能力を知ることはできた。
 だがこれは戦いに直接関わるものではない。
 彼女の能力、それは「人の欲望を操る程度の力」。
 欲は生存のためには欠かせないものである。
 だがしかし、だからこそ操作することが難しいものでもある。
 そのコントロール不安定な欲――しかも他人のもの――を操作できるとなれば、
 それはその者自身を操ることも可能になるのだ。
 しかしこの幻想郷においては、欲望のままに生きる者ばかりで彼女の能力が有効な者は限られてしまう。
 その限られた内の一人が妖夢だったというわけだ。
「ここはこういう能力のセオリーとして、あなたを倒せば妖夢は戻ってくるのかしら」
 ならば全力で倒すのみ。
 しかし妖精はあのいやらしい笑みを浮かべたまま答える。
「さぁ、それはどうかしら。欲の蓋を一度開けてしまったから、
 もし正気に戻ったとしても、二度と従者として働きたくなくなっているかも」
「それは正気に戻してから考えることにするわ」
 そんな言葉に惑わされるほど浅い人生は歩んできていない。
 何があっても自身のペースは崩さないこと。
 それが死後でも楽しく生きるコツなのだ。
「それじゃあ日頃のうっぷんを晴らさせてあげるわ……行きなさいっ」
 妖精の指示に従って、妖夢は攻撃を仕掛けてきた。
 その見事な間合いの詰め方に、日頃の修行を怠っていないことが伺える。
 今はそんな観察をしている場合ではないのだが、つくづく妖夢の真面目さに感嘆させられる。
 今回はその真面目さが仇となったということなのだろうが、それがなくては妖夢は妖夢ではない。
「ほらどうしたの? そんな攻撃じゃ私には届かないわよ」
 もの凄い剣捌きを見せる妖夢だが、幽々子はそれをのらりくらりと避けていく。
 それもそのはず。
 彼女の剣技を間近で見てきたのは幽々子なのだ。
 その一挙一動はもう何年も見続けて、その目に焼きついている。
「もうっ、スペルカードでもなんでも使ってしまいなさいよっ」
 なかなか進展のない戦いに、妖精の方が苛立ちを感じ始めたようだ。
 妖夢の攻撃は避けられてばかりだし、幽々子は反撃をしようとしない。
 彼女が見たいのはそんなやり取りではないのだ。
「大切なもの同士で戦って、どちらかが倒れなければならない……そういうシチュエーションが良いんじゃないのっ」
「あなたの嗜好なんて知らないわ。私は妖夢を取り戻しに来た、ただそれだけよ」
 自分の思惑が外れたことがよほど気にくわないらしく妖精は歯がみしている。
 思っているよりもずっと単純らしい。
 やはりそこは妖精としての名残が残っているのだろう。
「あーもーっ! 面白くなーいっ、そんな“ごっこ”が見たいんじゃないの!
 修羅場っ、私が見たいのはもっと愛憎交わり血湧き肉躍る修羅場なのよっ」
 良い趣味をしているわね、と嫌みをぶつけたくなるほど性格が宜しくない。
 妖夢の攻撃が幽々子には届かないと悟った妖精は神宝を掲げた。
 手中の玉が浮かび上がり幽々子達の周囲を回り出す。
 そして放たれる牙や鱗を模した五色の弾丸。
「これは少し本気を出さないと厳しいかしら」
 舞うようにして色とりどりの弾幕を避ける幽々子。
 妖夢もその合間を華麗に縫って幽々子へと近づいてきていた。
「そうよそのまま斬っちゃいなさいっ」
 ようやく血湧き肉躍る修羅場というものが見えそうになり、妖精は歓声を上げる。
 妖夢は避けながら念じるという器用な技をやってのけ、スペルカードを発動させた。
 妖夢の幽霊部分に当たる人魂が、人間部分と同じ姿にその身を変えていく。
 幽明求聞持聡明の法。
 半身を一時的に力のある人間形態に変える妖夢特有の術法だ。
 コピーされているのは姿だけではない。
 彼女が携える二振りの刀、楼観剣と白楼剣もばっちり装備されている。
 この弾幕に加えて二人の妖夢による剣術を相手にするとなれば、流石に幽々子といえども分が悪い。
 回避する方法は、もう反撃するしかない。
 それがわかっているから妖精は楽しそうだ。
 弾幕を放つのを止め、楽しい余興の観覧を決め込んでいる。
「妖夢……あなた本気で私を倒すつもりなのね」
 そう言われても妖夢は反応を返さない。
「そう、あなたがその気なら私もその気でいくわ」
 幽々子は扇を仕舞うと、何とまったく無防備に立ちつくした。
 これには妖精も驚きをしめす。
「あなた正気? その子の剣は幽霊だって切れるのよ?」
 今や幽々子に対しても容赦のない妖夢に対してそんな無防備を晒すのはどう考えても自殺行為だ。
 しかし幽々子の顔には笑みが浮かんでいる。
「妖夢のことは私が一番分かっているもの……さあ切りなさい」
 両腕を広げてさらに無防備な姿勢を示す幽々子。
 その態度が気に入らない妖精は妖夢に指示を出した。
「そんな馬鹿だったとはね。これ以上相手をしていても面白くなさそうだから
 お望み通りその子の刀で切り裂いてあげるわ。妖夢、切りなさい」
 妖精の指示に従い、二人の妖夢は幽々子に向かって掛けだした。
 そのスピードたるや射命丸文にも引けを取らない。
 力にスピードが加わり、今の妖夢の攻撃力は凄まじいはずだ。
 それをまともに食らえばただですむはずがない。
 それでも幽々子は依然として防御も逃げもしないまま立っている。
 どんどん間合いが狭まる幽々子と妖夢。


 そして切っ先が幽々子の首筋に迫った。


「どうして……」
 妖精は信じられないという風に呟いた。
 幽々子の首筋ぎりぎりの所で、妖夢はその太刀を振るい切れていなかったのだ。
 あと数センチも動かせば、幽々子の柔肌に硬質な刃が食い込むというところまでいっているのに。
 自分を斬らなかった妖夢に、幽々子は満面の笑顔を向ける。
「妖夢、ありがとう。そしてごめんなさいね、これからは私が我慢をするわ……」
 ゆっくりと妖夢を抱き留める幽々子。
 片方の妖夢が魂魄形態に戻り、残った妖夢も刀を持つ手を下ろした。
「そんな……欲の呪縛はまだ解けていないはずなのに」
「だから言ったでしょう。私が一番妖夢のことをわかっていると」
 確かに妖夢は自制心の強い子だ。
 それ故に我慢しすぎているところもある。
「でもね、それ以上にこの子は私のことを慕ってくれているのよ」
 幽々子の自分への信頼に気付いているからこそ、それに応えようとしてくれる。
 二人の絆は他人が思っている以上に強いのだ。
 それは欲望という本能に勝る程に強い力。
 それもまた妖夢だからこそもてるものなのである。
「認めない……たかだか元人間風情に私の力が負けるなんて認めないぃっ!」
 もはや妖夢には頼れないと妖精は再び弾幕を撃ってきた。
 先程よりもずいぶん景気の良い攻撃だ。
 そしてそれは避けられないということでもある。
「二人揃って倒れなさいなっ」
「そうはいかない」
 一陣の風が吹き抜ける。
 直後弾幕は幽々子達に届く前に爆発した。
 色とりどりの光が花のように咲いては散っていく。
「幽々子様、お怪我はありませんか?」
 妖精の弾幕を止めたのは妖夢の剣術だった。
 幽々子の前に立ち、彼女を守ろうと刀を構える彼女の目には強い光が宿っている。
「えぇ、大丈夫よ。それじゃあ今度はこちらの手番かしら」
 妖夢によって守られた幽々子の周囲、いつの間に召還したのか妖艶な光を放ちながら飛ぶ死蝶の姿があった。
 見るだけだと美しい光景だが、それは死へと誘う灯火。
「妖精は死なないと聞くけれどどうなるのかしら……」
 そして放たれる死蝶の群れ。
 攻撃直後の隙だらけの妖精にそれを止める手段はなかった。


 ☆


 白玉楼内でも戦闘は始まっていた。
 魔理沙のマスタースパークで分散させられた三匹の妖精。
 そのそれぞれに立ちはだかる人妖側。
 永琳と鈴仙の師弟コンビも内の一体を追いかけて庭の一角までやってきていた。
「あらら、私の相手はあのときのウサギさんか」
 妖精は極めて陽気に告げる。
 元々明るい性格なのだろう。
 今はその明るさが逆に得体の知れなさを感じさせる。
「ウドンゲ、面識があるの?」
「確かあいつは、囮の軍団を率いてきた妖精だったかと」
 永遠亭を襲撃してきた大量の妖精。
 それは全て裏で神宝を盗むための囮だった。
 その軍団を率いてきたのが、目の前にいる妖精だったのだ。
「そうか、お前も主犯格の一人だったという訳ね」
「正解。あのときは頑張ったね、一人も通ることができなかったよ」
 だが結局はあちらの作戦が成功してしまった。
 永遠亭側は神宝を盗まれた挙げ句、甚大な被害を被ってしまったのである。
 てゐの機転で大量の怪我人を出すという事態だけは避けられたが、
 その代価として最も大切な蓬莱の玉の枝まで相手の手に渡ってしまった。
 完全に相手側の勝利である。
「この間はあなた達に分があったみたいだけど、今日はそうはいかないわ」
 永琳がずいと前に歩み出る。
 襲撃の際は体調不全により前線で戦うことはできなかったが、
 進入してきた妖精相手に随分善戦した彼女。
 今回は完全に体調も回復している。
「まずは手始めに貴方の持っているライフスプリングインフィニティから返してもらうことにするわ」
 言うやいなやいきなり弾幕を放つ永琳。
 彼女に遠慮はない。
 いきなりのことに構えもしていなかった妖精は、全身に報復の先例を受けた。
 衝撃の大きさにその華奢な体が耐えられず、妖精は吹き飛ばされて樹にその身を打ち付けた。
 そのままぐったりと倒れ込む。
「ちょ、師匠。いくらなんでもいきなりすぎやしませんか?」
「何を言っていてるの。こいつを倒した後は残り四つの神宝を取り戻さなければならないのよ」
 それが今回の最たる目的である。
 すでに目の前で倒れた妖精を含めて四匹の居場所はわかっている。
 残り一匹も必ず近くにいるだろう。
 何としてでも、彼女たちの手から神宝を取り戻さなければ。
「いやぁ……参った参った。いきなりなんだもんなぁ」
 まさか、と永琳は声のした方を振り向く。
 全力を出したわけではないのは確かだ。
 それでもそんな簡単に立ち上がれる程手加減はしていなかったはずである。
「妖精が流れ弾喰らったような顔をしているね。そんなに私が“無傷”なことが不思議?」
 そう、永琳達が驚いているのは彼女が攻撃を受けて立ち上がったからだけではない。
 あれだけの攻撃を受けて、その上吹っ飛ばされたというのにかすり傷も負っていないのだ。
「そう、それが貴方の能力という訳ね」
「わかりやすくて良いでしょ?」
 確かに能力自体は単純明快だ。
 彼女の能力、それは「自身の傷を一瞬で治す程度の能力」。
 しかし厄介な能力であることに変わりはない。
 傷をつけてもすぐに治せるということは、動きの限定が望めないということ。
 それに無謀とも思える攻撃がなんの躊躇もなく行える。
「師匠、離れてくださいっ」
 すぐさま永琳はその場を離れ、その背後にいた鈴仙はスペルカードを発動する。
「散符『朧月花栞(ロケット・イン・ミスト)』!」
 もの凄い速さで銃弾型の弾幕が空から降り注ぐ。
 本来なら次の一手を避けにくくするために、狂気の瞳で弾幕を複雑化させるのだが
 今回はそんな悠長に戦っている場合ではないのだ。
 何処に避けても上空からの大量の攻撃投下からは逃れられない。
 しかし、妖精が受けた傷は何事もなかったように消えていた。
 その治癒能力の速さはかなりのものだ。
 これではいくら攻撃を加えても埒があかない。
「ウドンゲ、こうなったら一斉にいくわよ」
「はいっ」
 ならば治癒が追いつかない程の攻撃を加えるしかない。
 永琳は鈴仙はタイミングを合わせる必要もなく、ほぼ同時に攻撃を放つ。
 だが妖精はその弾幕の間を突っ切って突撃してきた。
「ひっ」
 目前に迫る妖精に、思わず目を閉じてしまう鈴仙。
 その隙を突いて妖精は攻撃を放った。
「ウドンゲっ」
 永琳が飛び込むが彼女の位置からでは間に合わない。
 鈴仙はかろうじて横に飛んだが、脇腹に敵弾を一発掠められてしまった。
 相手に治癒能力がある以上長期化は免れないこの戦いでは、後々になって傷が尾を引いてくる。
 早い内に傷を作ってしまえば、それだけこちらが不利になってしまうのだ。
「早く決着をつけたいけれど」
 持久戦が得意となれば、こちらもそれに見合える持久力か、それを越す攻撃力が必要になる。
 攻撃力に関してはそれほど高いわけではない。
 だとすれば持久力で勝負するしかないのだが、相手のそれがどこまでかがわからない。
 そのステータスに合わせてこちらの配分も考えて戦わなければむだに力を消費するだけだ。
「あれ、攻撃が止んじゃったね。だったら今度はこっちからいこうかな」
 妖精は持っていた神宝を空高く放り投げる。
 神宝は空中に浮かび、不気味な光を発し始めた。
 それは攻撃の予兆であると分かっている永琳達はすぐに避ける体勢に入った。
 神宝ライフスプリングインフィニティは、その宝具から無数のレーザーを放ち、
 その合間を使い手の弾幕が襲うという代物だ。
 無限に湧き出る清水が如く、放たれるレーザーは術者を倒すまで消えることはない。
 しかし放たれたのはレーザーではなかった。
 本物の水流。
 しかもかなり圧縮された危険な水だ。
「姫の難題よりもたちが悪いわね」
「そんなこと言ってる場合じゃ無いですよ」
 その水流に触れた木は木っ端微塵に砕け散る。
 その細さがかろうじて避けられる可能性を残していた。
「こんな状況だと反撃しても大した攻撃はできないわね……」
 仮に攻撃が届いたとしても、相手には治癒能力が備わっているのだ。
 何か糸口は掴めないものか。
 攻撃を避けながら、相手の様子を探る永琳。
 水圧レーザーが邪魔してなかなか様子も見えないが、それでも何か掴めなければ。
 鈴仙は避けたり反撃だけで精一杯らしい。
 脇腹の傷口も血は流れていないが赤く腫れて痛々しい。
 あまり派手な動きはできないようだ。
 襲撃されたときは随分頑張ってもらったのだし、ここは師匠の威厳を保つためにも
 まずは自分が何かアクションを起こすべきだろう。
 その為に先程から観察を続けているのだが――
「あれはっ」
 鈴仙の攻撃がレーザーの合間をかいくぐって、妖精へと着弾する。
 妖精の傷は一瞬で治ったが、その瞬間神宝が輝くのを永琳は見逃さなかった。
「そういうことね……」
 どうやら彼女の能力は神宝の力によって助長されているらしい。
 あの驚異的な治癒速度や程度も、神宝の加護があるからこそ為せる業なのだろう。
 ならばこの状況を打破する方法が一つ増える。
 しかしそれを選べば、当初の目的は達成できない。
 それでもそれしか方法がないのならばやるしかあるまい。
「ウドンゲ、妖精じゃなくてあれを狙いなさい」
「え、でも、それじゃあっ」
 永琳は心の中で輝夜に頭を下げた。
(申し訳ございません、姫。どうやら神宝は無事に持って帰れそうにありません)
 師匠が決断したのなら、と鈴仙も腹をくくってくれた。
 その目が狙うは、神宝ライフスプリングインフィニティ。
「そんなことをしていいのっ!?」
「このままあなたに使われるくらいならね――はぁっ!!」
 動かない標的であれば目をつぶっていても当てられる。
 永琳の矢と鈴仙の銃弾が同時に神宝を貫く。
 その一撃に込められた威力は、まさに一撃必殺。
 大量の威力をばらまく弾幕とは異なり、その一撃にすべての威力が込められているのだ。
 そんな二人の一撃を浴びた神宝にはヒビが入り、水圧レーザーも消える。
「まさかそんな手段に出るなんてね……」
「どうするの。これ以上まだ相手をするつもりかしら」
 妖精は降参、と言わんばかりに両手を挙げた。


 ☆


「いくぜ八卦炉っ」
 魔理沙の手中にある八卦炉から、圧縮された魔力がミサイル型の弾幕となって放たれる。
 スペカではない弾幕の中では、高い攻撃力を誇る魔理沙のマジックミサイルだ。
 その餌食となった妖精は数知れず。
 だが目の前の妖精はなかなか餌食にはなってくれないでいた。
「直線的で避けやすい。性格はひねているのに攻撃は素直だな」
 冷静に攻撃の流れを読み完全に回避した妖精。
 見た目もどことなく落ち着いた雰囲気に包まれている。
 彼女と対峙しているのは魔理沙と彼女に連行されてきたアリス。
「弾幕はパワーだからなっ。というか私はひねてないぜ、自分に素直なだけだ」
「まったく……自覚がないから困った物ね。ついでに言っておくけど弾幕はブレインよ」
 それよりも約束は覚えているでしょうね、とアイコンタクトを送るアリス。
 それは彼女がこうして魔理沙につきあったそもそもの理由。
 魔女の密約、と言えば聞こえは良いが内容はそんな大層なことではない。
「どうやら他の所でも戦いが始まったみたいだしな。ちゃっちゃと終わらせて、
 さくっともらっていくぜ」
 魔理沙が狙うは妖精が身に纏っている赤い衣。
 燃え続ける真紅の宝、サラマンダーシールド。
 魔理沙はまだ神宝を手に入れることを諦めていなかったのである。
 アリスとの約束とは、その神宝を山分けするというもの。
 彼女にとっても永遠亭の神宝は魅力的なマジックアイテムなのだ。
「成る程。この神宝が目的か」
「その通り。素直に渡せば命の保証はしてやるぜ」
「残念だが素直に応じるつもりはない。お前のような俗物的で自分のことしか考えない人間の言うことにはな」
 物言いは穏やかだが、明らかに嫌悪が含まれている。
 かなり人間嫌いな妖精らしい。
「それじゃあ仕方がない。素直に渡す気になってもらうぜっ」
 魔理沙は再び八卦炉から弾幕を放つ。
 アリスも使い魔である人形からレーザーを撃ち攻撃し始めた。
「そんなものっ」
 妖精はそれらを避けると、火炎弾で反撃をしてきた。
「うわちちちっ」
「なかなかやるわね、あの妖精」
 火とは自然界の中でも攻撃力にかけては随一の力を持つ。
 火山然り、山火事然り。
 魔理沙とアリスも火系統魔法が使えないことはないが、それは大きなリスクを伴う為あまり使わない。
 あの藤原妹紅は「老いる事も死ぬ事も無い程度の能力」でそのリスクを克服している。
 この妖精も火炎の弾幕を扱うということは、火の持つリスクへの対処法をもっているということになる。
「炎使いとはな……や~な相手だぜ」
「ドレスや人形が焦げてしまうわ……そうなる前に」
 アリスは大量の人形を召還する。
 どうやら一気に勝負を掛けるつもりらしい。
 相手もその様子に大技が来ると判断したのか攻撃の度合いを弱め、いつでも回避ができるように構えた。
 人形への指示を予め刻みつけておいた符を解放し、技を発動する。
 呪符「ストロードールカミカゼ」。
 大量の人形が弾幕を放ちながら対象へと突進する。
 避けてもその弾幕が残っており、相手の動きは制限されるというものだ。
「さぁ、いつまで避け続けられるかしら」
 人形の動きを上手く誘導して回避スペースを作り出すのが妥当な攻略法だ。
 だが妖精は避ける素振りを全く見せない。
「避ける必要はない」
「なんですって」
 妖精の瞳に炎が映る。
 刹那、妖精に向かっていた人形が突然炎上を始めた。
「あぁ! 私の人形がっ」
「景気よく燃えちまったなぁ」
「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないでしょう」
 相手はどうやら火を放つだけの妖精ではなさそうだ。
「あんな回りくどい手を使うからだ」
「何よ、あんたの攻撃は全部避けられてしまっているじゃない」
 アリスの攻撃は炎に阻まれて届かない。
 魔理沙の攻撃はあっさりと避けられる。
 それではこちらの攻撃は無効なのと同じだ。
「どうにかして攻撃が届けばよいのだけど……」
 魔理沙の攻撃が届けば勝機がある。
 悔しいが自分よりも魔理沙の方が力のある攻撃ができるのは事実なのだ。
 しかしその攻撃は軌道を読み取られやすく、相手には届かない。
 その攻撃を当てられるようにするには軌道が分かっていても避けられない状況を作るしかない。
 だが魔理沙にそれを期待できない。
 とすればあまり気乗りはしないが、自分が取るべき行動は一つ。
「魔理沙、私が隙を作るわ」
「アリス……」
「何度も言わせないでよね。時間をかけ過ぎたら神宝を永遠亭の連中に取り戻されてしまうじゃない」
 素直に言えないアリスの意図を理解したのかどうかは定かではないが、
 魔理沙はアリスの申し出に頷きを返した。
「何を相談している……今度はお前達自身を燃やしてもいいんだが」
 妖精の両手に紅い炎が浮かびあがる。
 その炎の色が蒼に変わり、その熱がさらに上がったことを示した。
 あちらもどうやら本気で決着をつけるつもりらしい。
「ちっ」
 魔理沙が弾幕を放つが、簡単に避けられてしまう。
 その隙にアリスはもう一枚別のスペルカードを取り出した。
 すぐさま人形を召還し、指示の符を発動させる。
 人形が紅い大玉を放ち、アリス自身はアーチ状に弾幕を張る。
 赤符「ドールミラセティ」。
「これは……っ」
 人形を焼き払おうにも、大玉が邪魔で対象の姿を捉えられない。
 しかも大玉の数と速度は火力を溜める時間を与えてくれないのだ。
「今よっ」
 待っていましたと魔理沙はアリスの背後で溜め込んでいた魔力を一気に放出した。
 魔砲「ファイナルスパーク」――魔理沙の最大攻撃が放たれる。
 凄まじいエネルギーの奔流が、妖精目掛けて突き進んでいく。
「くっ」
 もはや避けることはままならない。
 後は同じだけの熱量をもったエネルギーをぶつけるほか無い。
 妖精は手中に溜めていた火炎をレーザー状にして放つ。
 魔理沙の魔砲と妖精の火炎放射が空中で正面衝突した。
「火力勝負なら負けないぜーっ」
 魔力を込め続ける魔理沙。
 マスタースパークの威力をさらに上げた、まさにファイナルの大技。
 それを放ち続けるのは、いかな魔理沙といえども辛いことらしい。
 しかしそれは相手の妖精も同じようだ。
「私が、こんな人間相手に……っ」
 ファイナルスパークと張り合う熱エネルギーを保たなければならないのだ。
 その負荷は相当なものである。
 これはどちらかが根負けするまで終わらない勝負だ。
「そういえば、さっきあんたは私のことを自分勝手だと言ったな?」
 しゃべるのも辛いはずの状況にも関わらず魔理沙は相手の妖精に話しかける。
「でもそれが私の強さの秘訣なんだぜ」
「世迷い言を」
「最後は自分の力をどれだけ信じていられるかだ!」
 ここにきて魔理沙の魔砲の威力がさらに上がる。
 拮抗していた力のバランスが崩れ、妖精の炎が押され始めた。
「う、く……しまった!?」
 送るエネルギーが間に合わず、魔理沙の攻撃に威力を殺された火炎。
 妖精は為す術もなく、ファイナルスパークの奔流に飲み込まれた。


 ☆


 西行妖の前にして、霊夢は単身妖精と対峙していた。
 相手はこれまでの襲撃で先頭に立ち、妖精達の指揮を取っていたあのリーダー格の妖精だ。
「もはや無駄だということがわからないのですか」
「さてね。あなた達の目的がなんであれ、私達には私達の目的があるのよ」
 左手に針、右手には札を持ち、すでに戦闘態勢の霊夢。
 対する妖精も蓬莱の玉の枝をすでに手に持ち、いつ戦闘が始まってもおかしくない。
「ほぅ、では貴方の目的とは一体なんですか」
 妖精の問いに霊夢は静かに答えた。
「ゆっくりとお茶が飲める時間を取り戻すこと、かしら」
「ふっ、博麗の巫女らしいですね」
「そういうあなたはどうなのかしら」
 今度は霊夢が妖精に尋ねた。
 彼女たちの目的、それは妖精の地位向上とされていたが実際の所はどうなのか。
 その問いに対して妖精は、今まで黙っていたそれを話してくれた。
 それはもはやその目的が達成されつつあることが理由だと思われる。
「我々はただの妖精です。そこにはなんら他の妖精と差はありません。
 ですが私を含めた五人はある日、あることを知ったのです」
「あること?」
「自然が次第に幻想の幻想に変わりつつあることですよ」
 幻想郷には外界で幻想となったものたちがやってくる。
 それは人であり妖怪であり、また物であり伝説であり、そして自然にも当てはまる。
 だが幻想郷でも幻想になってしまえばどうなってしまうのか。
 それは完全なる無となると言われているが、実際の所はどうなのかはわからない。
「我々妖精は自然の化身。その心の中にある日、鋭い痛みが走った」
 彼女たちはそれを自然の嘆きであると判断し、仲間を集った。
 その痛みを感じた五人の妖精は、どうにかして自然を助けられないかと話し
 今回起きた一連の出来事を行うことを決意したのだ。
 その目的は、自然の驚異を再び人間達に思い知らせること。
 そうすれば人の心には、共に生きてきた自然が刻みつけられ自然が幻想の幻想になることはない。
「しかし我々はそれを知ったところで、妖精であることに変わりはない」
「だから紅魔館、永遠亭を襲ったのね」
 妖精は霊夢の指摘を肯定する。
「苦労しましたよ。なかなか理解できない頭を使って、どうすればもっと力を得ることができるのかを考えるのはね」
「それにしては手段がいささか強引だと思うけれど」
「妖精は自然の化身。我々への驚異もまた自然への驚異と成りうるのです」
 そして彼女たちは力を得、能力まで持つ者も現れるに至った。
 妖精に対する驚異は、今や幻想郷中に広がっている。
「後は自然への驚異を思い出させるだけでいい。その為の力はこの神宝に蓄えてあります」
 神宝を狙ったのは、ただスペルカード代わりにすることが目的ではなかったのだ。
 この五つの神宝はそれぞれにこの世を構成する物質の力を司っている。
 土・金・水・火・木。
 それらの力をそれぞれの神宝に溜め込み、災害の源とさせるのだ。
「我々がそれぞれの物質の化身であることから、これこそが我々に与えられた自然からの使命だと私達は判断しました」
「あなたは木の妖精なのね」
 こくりと頷く妖精。
 だいぶ話がわかってきた。
 だがこのままこの妖精達を放っておく訳にはいかない。
 災害など起こされては、ゆっくりとお茶も飲めないではないか。
 ただでさえ神社には煩い連中が出入りするのだ。
 それに彼女たちは何か思い違いをしているように、霊夢は感じていた。
「ねぇ本当に自然はあなた達に救いを求めてきたの?」
「えぇ、その証拠を見せましょうか」
 妖精は自身の服をはだけさせ、その胸元を見せた。
 そこにはどす黒いアザが浮かび上がっている。
「それが証拠だと?」
「えぇ、あの痛みを感じてからこのアザはできていましたから」
 確かにあの痛々しいアザは汚染の影響かも知れない。
 だがそれはおかしいのだ。
「この幻想郷で自然を嘲ったり蔑ろにしている者なんていないわ」
「え……」
 霊夢は話した、幻想郷の住人達のことを。
 日の出と共に目覚め、日の出と共に眠る。
 風雨、雷を気にし、土と木の恩恵に感謝しながら命をつなぐ。
 幻想郷の住人達はすべからく自然と共に生きているのだ。
「……では我々のやってきたことは」
「間違い、だったようね」
 妖精達の異変は、確かに自然に起きた異変と考えても良いかも知れない。
 だが妖精達はそれを間違った方向に捉えてしまったのだ。
「そんな……そんなことはない」
「まだそんなことを言っているの?」
 いい加減認めなさい。
 そう言おうとした刹那、霊夢は嫌な予感を感じて妖精から離れた。
 彼女から発せられる雰囲気が突然変わったのだ。
「違う……我々は、自然の意思を」
 ぶつぶつと呟きながら、蓬莱の玉の枝をその手に掲げる。
 その行為が何を意味するのかが分からない霊夢ではない。
 勢いよく放たれる極彩色の弾丸。
 妖精が枝を振るう度に、その枝に生る玉から無数の弾幕が生み出される。
 すでに攻撃の予兆を感じていた霊夢はそれらを軽々と避けた。
「もうその神宝の攻略方法はわかっているもの。そう易々とやられはしないわ」
 輝夜との戦いの時にすでに攻略をしてしまっている。
 一度体感してしまった攻撃なら、ある程度は体が覚えているものだ。
「弾幕が厚くならないうちにさっさととどめをささないと」
 だが霊夢は、相手が輝夜ではなく妖精であることを留意していなかった。
 いや妖精だからこそ、そこまで深く考えなかったのだろう。
 気付いたときにはすでに大量の弾幕に周囲を取り囲まれてしまった後だった。


 ☆


 妖精の作り出した空間に閉じこめられていたレミリアとフランドール。
 彼女たちはその空間を脱出することに成功していた。
「うーん、日光は嫌いだけどやっぱりこっちの世界が良いわね」
 背伸びをしながらレミリアは呟く。
 フランドールは少し疲れた様子で木陰に座り込んでいた。
 まあ久しぶりに大暴れしたのだから、その気持ちも分からないではない。
 そのフランドールの横には、自分たちを閉じこめた張本人たる妖精が気絶して横たわっている。
「なかなか厄介な能力を持っていたわね」
 意識を失って動かない妖精を見ながら、レミリアは戦いの決着がついた時を思い返した。


「キュッとして、ドカーンッ!」
 フランドールは自身の右手にある“目”をひねる。
 すべての物にある目。
 フランドールはその目を掴み、ありとあらゆる物を壊すことができる。
 そして彼女が壊した物。
「これは……」
 何もない空間に突如としてヒビが入った。
 そう、彼女が壊したのはその閉ざされた世界そのもの。
 これには表情が乏しいこの妖精の顔にも驚愕が浮かぶ。
 亀裂はどんどん広がっていき、空間はもはや存在を保つことができなくなっていた。
「さぁ、このままあなたの世界が壊れたらどうなるのかしら?」
「気付いたのか……」
 妖精の言葉に不敵な笑みを浮かべるレミリア。
 彼女はこの世界と妖精の関係に気がついていた。
「ここはあなたの世界。そしてもう一人のあなたでもある……」
 苦い表情を浮かべる妖精。
 レミリアの指摘したことは図星だったようだ。
「ねぇ、姉様。どういうこと?」
「気付いたのは私があなたの運命にアクセスしようとしたとき」
 その周囲全てから、妖精と同じ運命の波長を感じ取った。
 それでこの世界が妖精とリンクしているのだと気付いたのだ。
 この妖精の能力、それは自身の存在を広げ別世界を作り出すというもの。
 幻想郷とは全く異なる世界であるため、誰もこの世界に気付くことができなかったのだ。
「流石にフランでも世界そのものを壊すことはできない。世界は無数の存在によって構成されているからね」
 しかしこの世界は違う。
 この世界を構成しているのは、あの妖精の存在のみ。
 だからフランドールにも壊すことができるのだ。
「さて……あとわずかでこの世界も崩れ去る。チェックメイトみたいね」
 亀裂の向こうに幻想郷の空が映る。
 この世界と幻想郷が再び繋がろうとしているのだ。
 そしてそれは、この戦いの終わりも意味していた。


 そうして幻想郷に戻ってきたレミリア達。
 妖精はその時の衝撃で気絶したままだ。
 フランドールも眠っているため、レミリアは皆を追わずにここで休憩を取っている。
 日も高く昇り、あまり飛びたくないのも理由の一つだ。
「今頃霊夢達も戦っているのかしら……」
 何気なく空を眺めるレミリア。
 その目に映る異なる方向から飛んでくる二つの影。
 どちらも相当の妖力の持ち主で、白玉楼へと向かっているようだ。
 うちの一体の妖力にはレミリアも覚えがあった。
「まったく……どいつもこいつも物好きだね」
 苦笑を浮かべながらレミリアはその影を見送った。


 ☆


 これは蓬莱の玉の枝の弾幕などではない。
 回避を続けながら、霊夢が抱いた感想はその一点だった。
 威力も速さも数も桁違い。
 自然界の「木」を司る神宝を、木の妖精が使えるようになっただけでこうも威力がかわるものなのか。
 いや、それだけではないはずだ。
 今もその威力が上がり続けている。
 一連の攻撃パターンに当てはめることもできない攻撃。
 しかもそれがずっと続けて行われているだから、また驚きである。
(何かしら種があるはず……いったい何なのこの攻撃の源は)
 そうやって攻撃を避け続ける霊夢の視界に、はらはらと舞い落ちる花びらが飛び込んできた。
 ただでさえ数の多い弾幕で相手の姿も見えにくいというのに、花びらまで――
「花びらっ!?」
 気付けば周囲の桜の木が満開になっている。
 勿論今は桜の咲く季節などではない。
 それなのに木々は薄桃色の花びらを満開にさせ、桜吹雪を舞わせていた。
 いったいこれはどうなっているというのか。
「ここに自然の力が集中しているのね。だから花も咲いてしまう」
「そうなんだ……って、なんであんたがここにいるのよっ」
 そんな場合ではないのだが、思わず大声でつっこまざるをえない。
 いつの間にか自分の隣で弾幕を避けながら戦っているのだから。
 しかもその人物がまた珍しい。
「紫が“戻ってきていたなら”顔出すかもしれないって思っていたけど、
 あんたまでやってくるなんてね……やっぱりこの異変はどこかおかしいわ。風見幽香」
 緑の髪に桃色の傘。
 チェックのワンピースに身を包んだ少女は笑って返した。
「白玉楼に自然の力が集中しているのを感じてね」
 だからやってきたのだと答える幽香。
「だからってわざわざこんな所にやってこなくてもいいのに」
「ここに一番力が集中していたのよ。どうやら元凶はあの妖精のようね」
「それって……あの妖精が自然の力を集めているというの?」
 幽香の話を信用するとどうやらそういうことらしい。
 つまりあの妖精は自身の力に加えて自然から力を得て戦っているのだ。
 だからあれだけ激しい攻撃をしてもその力が尽きることはないのである。
「でもそれじゃあ自然がある限りあいつの力は底なしってことじゃない」
「そういうことになるわね」
「なんでそう他人事みたいに言えるのよ」
「だって他人事だもの」
 にっこりと微笑んで幽香は答える。
 本気でそう言っているらしい。
 性格の悪い彼女らしい返答だとは思うが、少しくらい力を貸してくれても良いではないか。
 そんな視線で睨んでくる霊夢に対して幽香はまた笑った。
「あははは、これだけの弾幕を避けながらそんなことができるんだから大丈夫よ」
 でも仕方がないわね、と幽香は聞こえないように呟いた。
「花を咲かせるのは私の専売特許。あなたにそれを奪われたくはないわね」
 笑みを消して本性を露わにする幽香。
 穏やかな顔つきなのに、迫力を感じさせられるその雰囲気に霊夢も息を呑む。
 どれだけ表に顔を出さずとも、やはり紫と肩を並べる程の大妖怪ということか。
「さぁ、真の花の妙技。あなたにも見せてあげるわ」
 にまりと邪悪な笑みを浮かべ、スペルカードを取り出す。
 我を見失っていた妖精も、その危険な気配を察したようだ。
「――幻想「花鳥風月、嘯風弄月」」
 幽香の周りに無数の花が咲き誇る。
 この庭には似つかわしい巨大な向日葵。
 妖精の弾幕を消滅させながら、その合間を縫って幽香の弾幕が飛ぶ。
「あぐあああっ」
 攻撃にばかり気を取られていた妖精はその攻撃を避けきれず、喰らってしまった。
「ほらほら、どうしたの? まさかこの程度で終わりなんてことは無いわよね」
「ぐ、がはっ……」
 完全にスイッチが入ってしまった幽香は、まったく遠慮無く妖精の体に傘の先端を突き立てた。
 逃げることも反撃することも許されず、ただ妖精は苦悶の声を漏らす。
 少し哀れみを感じながらも、ようやく戦いが終わったことに霊夢は安堵の息を漏らした。
 最後の最後まで幽香に美味しいところを持って行かれっぱなしだったが、そんなことは気にすることではない。
「ま、だ……だ」
 幽香の足下で、まだ抵抗を続けようと妖精が呻く。
 その様子に幽香は嬉しそうに微笑んだ。
「あら、元気ね。そうじゃなきゃ面白くないわ。せっかく私が本気で相手をしてあげたのに」
「幽香、そのくらいにしておき――」
 霊夢はまたあのときと同じ感じを受けた。
 それは妖精の雰囲気が変わったあのとき。
 まだ何かしようとしている。
 自分の勘が危険だと、そう告げているのだ。


「幽香、離れてっ」


「え?」
 どん、という衝撃と共に地面が揺れる。
 幽香も危険に気付き妖精から離れた。
「この期に及んで何をしでかすつもりなのかしら」
「そんなの本人に聞けばいいじゃない」
 言っている間に、妖精の周囲にとんでもない力が集まっていく。
 桜の花はもうそのまま花びらが落ちてしまいそうなほど花を咲かせている。
 ここまで来ると綺麗を通り越して不気味にさえ感じられる。
「我々は……自然の意思を継いだもの」
 妖精の体がひの力を蓄えきれず、その姿を光の塊へと変えていく。
 それでも力の膨張は止まることなく、光の塊となった妖精はその大きさを増す。
 もはや見上げなければならないほど巨大化すると、今度はその形を変え始めた。
 ゆっくりと四方に延び腕と足を形作り、その塊は巨大な光の巨人と化した。
 これではもう妖精の面影はなく、妖精とは到底呼べるものではない。
 声ともつかない咆哮を轟かせ、全身から弾幕を放射する。
 霊夢と幽香は慌ててそれを避けた。
「夢かしら」
「残念だけど本当ね。これだから普段大人しいやつって怒らせると手がつけられないんだから……」
 軽口を叩いているが霊夢の顔には冷や汗が浮かんでいる。
 隣に立つ幽香もこれには手を出しあぐねているようだ。
「おいおい、こいつはいったいどうなってるんだ」
「魔理沙、そっちは終わったの?」
「まぁな……それにしてもでっかいな」
 妖精との決着をつけた魔理沙とアリスも光の巨人の登場に慌ててやってきた。
 永琳と鈴仙も続いてやってくる。
 皆その巨大さにただただ唖然とするばかりだ。
「まあ図体が大きいって事は、それだけ攻撃も当てやすいって事だぜ」
 言っていきなりマスタースパークを放つ魔理沙。
 直線に伸びる強力な魔砲は見事巨人の腹にぶち当たる。
 そのまま巨人の腹に風穴を開けられる確信していた魔理沙だが、
 その確信とは裏腹にマスタースパークは巨人の腹に飲み込まれて消えてしまった。
「んなあっ!?」
 魔理沙が驚くのも無理はない。
 跳ね返したり、無傷なのはまだ想定していたが吸収されてしまうとは。
「こうなったら全員で一点集中攻撃だぜっ」
 魔理沙に従うのは全員が忍びないと感じているが、今はそうするほか無い。
 場にいる六人全員が、できる限り最大の攻撃を巨人の腹部目掛けて放つ。
 だがそれもすべて先程と同じように吸収されてしまった。
「もぉーっ、どうすればいいのよっ」
 アリスはどうしようもない状況に悪態をつくがそれで何とかなれば世話はない。
「外部からの攻撃は全て吸収されてしまう……とすれば内部から攻撃するしかないか」
「理論上はそう判断できても方法が無いじゃない」
 冷静に判断する永琳に、幽香が現実問題を突きつける。
「高エネルギー体を体内にぶち込んで、内部でその力を解放すれば良いわ」
 確かにその方法ならば可能だろう。
 だがそれも所詮は机上の空論でしかない。
「それだって理論じゃない。頭で考えても行動できなきゃ意味無いわよ」
 アリスの指摘に、永琳は方法ならあるといった風に笑みを浮かべて霊夢を見た。
 皆の視線が一斉に霊夢に集中する。
「え、何? 私?」
「あなたの持っている陰陽玉なら可能よ」
 博麗神社の宝、陰陽玉。
 強大な力をその内に秘め、博麗の血を継ぐ者だけが扱うことを許される宝具である。
「う、まあ陰陽玉ならできるかもしれないけど……」
 巨人を見上げて霊夢はため息をつく。
 あんな化け物にどうやって近づけばいいと言うのか。
 うまく近づけても陰陽玉をねじ込ませるほど相手がじっとしてくれるとは限らない。
「それならうってつけの子がいるわよ」
 そこへ妖夢の洗脳を解いた幽々子も合流する。
 そして彼女たちの影から、小柄な少女が飛び出した。
「萃香、あんたまで」
 二本の角を生やした鬼族の少女は、ほろ酔いで朱に染まった頬にえくぼを作りながらにかっと笑う。
 幽香といい、萃香といいどうしていつもは顔を出さない者達がやってくるのか。
 だが確かに彼女ならばこの状況にはうってつけだ。
「萃香、時間がないから手短に話すわね」
「わかってるよ。私があの巨大な化け物を足止めすればいいんでしょう?」
「話が早くて助かるわ」
 それじゃあ、と霊夢と萃香の二人が巨人の前に立ちはだかる。
 巨人は二人の存在に気付いたのか、地響きを立てながら近づいてきた。
「良い? できる限り足止めするのよ」
「しつこいなぁ。わかってるってば」
 萃香は気合いを入れるために瓢箪に口をつけ、ぐいと一口酒をあおる。
 気合いも入れ直したところで、一枚のスペルカードを取り出し発動。
 鬼神「ミッシングパープルパワー」。
 萃香の体がみるみる巨大化し、あっという間に巨人と並ぶくらい大きくなる。
 動きの遅い巨人に比べて、萃香は意識もはっきり持って動くことが可能だ。
 すぐに背後を取り、巨人を羽交い締めにする。
「霊夢っ」
 萃香の巨大化には制限がある。
 その間に事を終わらせなければ、皆が大変な目に遭ってしまうだろう。
「魔理沙、あそこまで私を連れて行って」
「何で私がっ」
 もはや傍観を決め込んでいた魔理沙は突然の指名に抗議の声を上げる。
 だが霊夢は有無を言わせぬ口調でさらに続けた。
「あんたの箒なら早く飛べるでしょ。そのくらい手伝いなさいよね」
 やれやれだぜ、と魔理沙は箒に跨る。
 その後ろに霊夢も乗り、二人を乗せた箒は猛スピードで動きを止められた巨人へと突っ込んでいった。
 弾幕を放ちそれを阻止する巨人。
 しかし魔理沙が操作する箒はそれを避けつつ、その距離をどんどん縮めていく。
「今だぜっ」
 箒から飛び降り、霊夢は懐から陰陽玉を取り出す。
 そこにありったけの霊力を込めて、巨人の腹部へとぶち込んだ。
 宝具「陰陽鬼神玉」――霊夢の霊力が込められた陰陽玉が巨人の内部でその力を解放する。
 閃光と共に凄まじい爆風が吹き荒れ、咲き誇っていた桜の花びらはどんどん散っていく。
 光と花吹雪で視界がふさがれ、状況はまったく見えない。
 しばらくしてようやく視界が晴れると、ボロボロになった庭に静けさが戻っていた。
 妖精も完全に気を失っている。
 蓬莱の玉の枝を拾い上げ、霊夢はようやくすべての終わりを確信した。



 だが彼女たちは知らない。
 まだ全てが終わったわけではないということを。
 誰もが予期せぬ、世界の危機が迫っていることを。


 知らぬまま、少女達は笑顔を浮かべる。
 つかの間の安堵と平穏を感じながら。



 ~続く~

第四話をお送りします。今回は「結(前編)」といったところ。
読んでの通り、戦いがメインとなっております。
もはや私設定爆発のどうしようもなさが際立った話になってしまいましたが
その辺りは割り切ってください。

作品コメントや評価だけでなく、語るスレで色々と良い刺激をもらえて嬉しかったです。
それだけの方が気にしていてくれるのだと思うと随分意欲も湧きました。
それなのに思いの外時間がかかってしまい、申し訳ないorz
うん、テストやレポートなんて無くなればいいんだ……

次回はようやく完結編。
一週間に一度のペースで投稿してきたこの作品もいよいよ大団円。
皆様のご期待に添えるラストが書けるよう努力いたしますので、
どうぞ見捨てずお付き合いくださいませ。後1話です!

《設定》五人の妖精の能力紹介をしておきます。
「木」の妖精:自然から力を吸収する程度の能力
「火」の妖精:視界にある物を燃やす程度の能力
「水」の妖精:自身の傷を一瞬で治す程度の能力
「金」の妖精:人の欲望を操る程度の能力
「土」の妖精:別世界を作り出す程度の能力

ご意見、指摘感想等お待ちしております。
雨虎
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コメント



0.860簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
妖精達が暴走した理由を外的なものではなく自然そのものに
したのはうまい落とし方だと思いました。
ただ、オールスターは余計かな。
キャラが増えたせいで相対的にオリが強化されてしまいましたし。
16.無評価雨虎削除
毎回長くなる文量にも関わらず読んでくださる方々に陳謝を。
簡単にレスさせていただきます。

>ただ、オールスターは余計かな。
キャラが増えたせいで相対的にオリが強化されてしまいましたし。
これに関しては途中で何度も迷った点ではあります。
ただ今回の話を考えるにあたり、全キャラを出した長編を
なんとか書けないものかと行き着き、そうしてできたのがこの作品なんです。
これは読者の方々には申し訳ないことかもしれませんが
意地にも似た私の意思ですのでご了承いただければと思います。
ただ全キャラと言いましても、あの姉妹とか某白岩さんなどは
活躍の場を与えられるほど展開が考えられず、結局最終局面まで
出ずじまいに……orz。最終回までにちょい役として出すつもりではいますが。
意地とおもしろさを両立するのは難しいと甚だ感じながら最終話執筆中でございますよ。

引き続き評価お待ちしております。
17.50aki削除
『毎度お疲れ様です』
とか言いたくなるほどの投稿ペース…お体には気をつけてください。

今回ですが「自然が救いを~」のくだりで、霊夢の話を聞いた妖精の反応がおかしいと思いました。
人間は自然を蔑ろにはしないけど生活のために『木を切る』。
必要にせよ何にせよ、やはりそれは『人間の視点』なわけです。
例えるなら村から妖怪が子供を一人さらっていく。
妖怪は(仮に人喰いとして)人間を食べる存在だから仕方がない。
理屈は分かっていても人間にとっては…。
同じように自然からすれば、切られた木からすればたまったものではない。
加えて妖精たちが自分の体に出来た痣を『自然の嘆き』と判断したなら、揺らぐことはまず無いと思います。
…それ以前に、同じ自然の化身である仲間の妖精に攻撃加えた時点で、この妖精たちはもう妖精でいられなくなるかもしれませんが。

最後に。
紫と映姫はまだですか?
19.無評価雨虎削除
akiさん、毎回毎回糧になるコメントありがとうございます。
>お体には気をつけてください。
お気遣いありがとうございます。睡眠食事は摂っているので大丈夫ですよ
>今回ですが~
指摘されて初めて気付きました。確かにそういう見方もできますね。
少し単純に展開を進めすぎたかもしれません。
この点をふまえつつ、最終話には若干の捕捉を加えることにします。
分割投稿だからこそ、読者の意見を聞きながら
続きを書くことができるのもこの型の特徴ですからね。
それで内容がこんがらがれば元も子もありませんが。
そのようにならない程度で。
>最後に。紫と映姫はまだですか?
お待たせしました。最終話では二人が鍵です。

引き続き評価コメントお待ちしております。
22.無評価名前が無い程度の能力削除
前回に続き誤字と思われる物などを

>しか幽々子の顔には笑みが浮かんでいる
しかし幽々子の顔には笑みが浮かんでいる

>これではいくら小浮記を加えても埒があかない
これではいくら攻撃を加えても埒があかない

>「この期に及んで何をしでかすつもりなのかしら
「この期に及んで何をしでかすつもりなのかしら」

後、「樹」の時と「木」の時があるので統一したほうがよろしいかと