Coolier - 新生・東方創想話

空は夜色に染まる

2006/07/11 09:40:09
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別題
番外・初めての魔法、初めての……

なので、このシリーズが苦手な方は注意です。
一応、甘すぎないようにしてあります。














 逢魔ヶ刻。
 日が傾き、全てが朱と闇の曖昧な色に染まる時間。
 幻想郷と外界の境目に位置する博麗神社も西日に照らされ朱色に染まっていた。
 神社の巫女さんがその境内を、竹箒でザッシザッシと音を発てて掃除をしていると
「あら……」
 ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。
 快晴とは言えないけど、雨の降る天気ではなかったのに。
「……仕方ないわね」
 境内の掃き掃除をしていた神社の巫女さん――博麗霊夢は掃除を切り上げると、取り立てて慌てる様子もなく竹箒を片付け始める。
 シトシトと降り注ぐ雨に濡れながら母屋に戻ると風呂に薪をくべると、髪を拭くのも程ほどにして霊夢は早速お茶を煎れはじめる。
 この優先順位のおかしい所も、『不思議な巫女さん』と言われる由縁かもしれない。
「~~♪」
 この巫女さんは、本当にお茶が好きである。
 鼻歌交じりに煎れ立てのお茶を持って、お決まりの縁側に座布団を敷いて座る。
 お茶を啜りながら、さらに強く降ってきた雨を眺める。
「……、ふはぁ」
 やっぱりお茶は煎れ立ての熱々に限るわ。
 嚥下したお茶は喉を通り、胃に落ちて雨に打たれて冷えた体を中から暖めてくれる。
「結構降ってきたわね」
 雨音はポツリポツリから、ザァザァと激しさを増していた。
「あれは……」
 雨の降りしきる曖昧な色の世界に、明確な、光すら飲み込む黒色を見つける。
 その黒色はふわりふわりとこちらに向かってきていた。
「まったく……、バカねぇ……」
 嬉しそうに苦笑しながら、霊夢は立ち上がる。

 土砂降りの雨の中やってきた彼女を迎え入れる為に。


§ § §


「ふぅ~~~、あったまる~」
 浴槽に肩まで浸かり、来訪者――ルーミアは全身を弛緩させる。
 先ほどまではガチガチと歯を鳴らすほど震えてたのに、今は表情が緩みまくっている。
 私はというと、浴槽の外で体と髪を洗い終えた所だ。
「ふふ……、良かったわね、私が入る前で」
 私は汲んだ湯を被り、雨に濡れた汚れを泡と共に洗い落とす。
「うん、……えへぇ♪」
 湯船のヘリに頬を預けてルーミアは微笑む。
「私が来るのを待っててくれたんだよね?」
「……そんなの偶然よ、偶然」
 まったく、嬉しそうに笑っちゃって……
「ほらほら、少し寄って頂戴」
 そんなに大きくない浴槽なので、二人で入るのが精一杯だった。
「うん」
 ルーミアは顔をあげると、素直に浴槽の淵に寄る。
 私はチャプリと静かな音を発てて、ルーミアと向かい合うように湯に浸かった。
「ん、ん……」
 ジワリと体中にお湯の熱が沁みてくる。
「……、はぁ……」
 この、息を吐く瞬間こそが、お風呂の至福だと思う。
 そういえば、お茶を飲んだ後も同じ息を吐くわね……
 そんな他愛も無い事を考えていると、ニコニコと私を見つめていたルーミアが口を開く。
「……霊夢ってお肌きれーだねー」
「へ……、そ、そうかしら?」
 な、なにを突然……
「そうだよー」
「あんたの方が色は白いでしょうに」
 日に当たらないからだけど
「えへへ……、でも――」
 ルーミアの手がゆっくりと持ち上げられる。
 自然な動作で、ルーミアの手は私の胸に――

 ふにッ

「ッッ!?」
「――やっぱり。おっぱいもわたしより大きいよー。サラシ巻くと大きくなるの?」
 ルーミアの手がそのままの位置でもにもにと蠢く。
「きゃふんッ」
「それに、やわらかぁわぷッ」
 完全に不意を突かれた私は体を捩り、その拍子にパシャリと湯が跳ね、ルーミアに掛かる。
「も、もう……、ふざけないのッ」
「ぅ、……ごめんね?」
 ちゃぷんと、口元まで湯の中に沈み込み、上目使いで私を見上げる。
「……別に、怒ってないからいいわ」
 そう言うとルーミアは嬉しそうに湯から顔を出した。
 その後、彼女が何故雨の中神社に来たのか聞くと「えっと……霊夢にね、会いたくなったから」なんて答えてくれた。
 はにかんで答える様が可愛らしいけど……
「雨に降られるなんて運が悪いわねぇ」
「そうかな? 霊夢に会えて、一緒にお風呂にも入れたんだからラッキーだと思うなー」
 ルーミアはえへぇ、と微笑みかけてくれる。
 ……こういうのも、いいわね……
 私は湯船からあがると、ルーミアの手を取る。
「さ、背中と髪を洗ってあげるから湯船から出て」
「うん!」


 小柄なルーミアの体が泡に包まれる。
 背中を洗ってあげた後、泡は洗い流さずにそのままわしゃわしゃと髪も洗ってあげる。
 自分ではリボンに触れる事すらできないから私が洗ってあげないとね。
「ちゃんと目を瞑っていないと、入った時に滲みるわよ」
「うんー」
 それにしても、……サラサラな髪ね。
 なんだか髪の手触りがクセになりそう。
 わしゃりわしゃり。
 爪を立てないように、優しく……。
 クン、と何かが指に引っ掛かる。
「あら?」
 気がついたときには、そのまま引っ掛かりを抵抗を無くしていた。
「痛ぁッ」
 とたんにルーミアが悲鳴を上げたことにビックリしてしまった。
 髪でも絡まったのかな?
「うぅ~、れいむー」
 あらら……、怒らせちゃったかしら?
「あ、ご、ごめんごめん、後で髪の毛梳かしてあげるから、ね?」
「……うん!」
 ふふ、良い返事だこと。
 今度は引っ掛けないように、注意して髪を洗ってゆく。
「痒い所とかは無い?」
「うん、無いよ~」
 不意に、ルーミアの足に視線が移ってしまう。
 あら……、この子の足ってこんなにもスラっとしてたっけ?
 ……まぁいいや。
「それじゃあ流すわよ」
「うんー」
 桶に湯を汲んで、ルーミアの全身を覆う泡を洗い落とす。
 泡が流れた後に、金色の髪が顔を覗かせる。
「ふふ……」
 もう少し長ければ、櫛で梳くのも楽しみがいがあるんだけどね~
 泡がどんどん、金色の髪の上を滑ってゆく。
 うんうん、こうやって腰まで伸びてると梳くのも……
「……へ?」
 腰まで髪が……、って、そんなまさか?
 私は腰まで掛かっている金色のソレを手に取って確かめる。
 うん、間違いなく髪の毛ね……
「れいむー、もう目あけていい?」
「ぇ? ぁ、もうちょっとま……――ッ!!!」
 振り返ろうとしたルーミアを見て、私は言葉を失った。
 私の目に映ったルーミアは、先ほどまでの少女ではなく――
「ねぇ、まだー?」
 豊かな髪と胸を持つ、美しい大人の女性の姿へと変貌していた。


§ § §


 うろたえちゃダメ!
 博麗神社の巫女さんはうろたえない!
 ……ヨシ。
 自分に喝を入れ、内心の平静さを取り戻して開口一番
「と、とりあえずお風呂から出る事にしましょうか」
「うん」
 ルーミアの髪を洗い終わって、お風呂から出ることを提案してみた。
「あ、あれれ?」
 立ち上がろうとして、ルーミアがよろめく。
「のぼせたの?」
「うぅん、……あれー?」
 なにやら手をニギニギ、腕を曲げたり伸ばしたりしている。
 もしかしてこの子……
「なんか、体が変だよ?動かしにくいの……」
 と心底困った表情で私を見つめる。
「って、自分の変化位気がつきなさいよ!ほらッ」
 そう言って、腰まで伸びた髪を見せてみる。
「うわぁ……、コレ、私の髪なの?」
 マジマジと自分の髪を見て驚く姿ってのはある意味貴重ね……
「そうよ。とりあえずいつまでも裸ってのもアレだから、早く出ましょう」
「うん……、あぁ! 霊夢、霊夢ッ大変!」
 お風呂から出た矢先、突然驚いたルーミアが私を呼び止める。
 今度は今更変化に驚いたってあたりかしら?
「今度は何よ?」
「えっとね、胸が重いの」
「……ハァ」
 ありえない程大きくなった胸を腕に抱いているルーミアの姿に私はほんの少しだけ敗北感を抱いた。
 ……ほんの少しだけよ?
 そんな事を考えながら、私は濡れた体と、水の滴る髪をタオルで手早く拭き、下着とネグリジェを着用する。
 ネグリジェを着るにはまだ早い時間だけど、どうせ後は寝るだけだし、外は雨で外出したくないので関係ない。
 ルーミアはフラフラしながら、まだ濡れた髪を拭っている。
「んしょ、んしょ……」
 髪が長くなったので手間取っているようだった。
「ほら、風邪引かないようにお風呂に入ったのに、裸のままじゃ風邪引いちゃうでしょ? 早く着替えなさいよ」
 私もタオルで髪を拭うのを手伝ってあげる。
「あ、ありがと……、でもさ、服が小さいんだよね」
「あ、そっか……」
 私より頭一つ小さかったのに、今では私より頭一つ大きくなっている。
 当然、服も下着も相応のサイズでなければならない。
 うーん……、困った。
 私もすぐに気がつくべきだったわね……
 立派に成長したルーミアには、今までの服は小さいのだ。
「とりあえずタオルを体に巻いてて。着れそうな服を探しましょ」
「あ、あぅッ?」
 服を探しに行こうとすると、ルーミアが奇声を発して壁に手を着く。
「ちょっと、どうしたの?」
「まだこの体に慣れてないから……」
 よろめきながら、ルーミアはどうにか立ち上がる。
 ふぅ、仕方ないわねぇ……
「ほら、私が手を引いてあげるから」
 手を差し出すと、ルーミアは嬉しそうに微笑んで、私の手を握る。
「えへへ……、ありがと」
「さ、行きましょ」


§ § §


 私より頭一つ大きいのに、手を引かれて歩いてるってのも凄い光景よね……
 そんな事を考えながら、寝室へ向かう。
 身長に関係なく着れそうな服といえば……アレでいいか。
 部屋に到着すると箪笥の抽斗に手を掛ける。
「えーっと……、確かこの段だった筈」
「何があるの?」
 ルーミアは体に慣れたのか、今までと同じように私の背中に張り付き、肩口からひょっこりと顔を出す。
 背中に当たる柔らかい物体が凄く気になるけど、今は考えないでおく。
 きっと考えるたら負けだから。
「長襦袢よ。まぁ、浴衣みたいなものね」
 長襦袢――着物の下着とも言える物。
 普通なら足首が見えないくらいの長さがいいんだけど、別に着物を着るわけじゃないからこの際気にしないでおく。
 長襦袢を普段の下着の代わりにして、その上から浴衣を着せれば問題ない筈。
「よっと」
 重い抽斗を開ける。
 するとそこから……

「はぁい♪ 久しぶり~」

 スキマ妖怪の紫がニコニコとなにやら嬉しそうに顔を出してきた。
 白い手袋に包まれた手を左右に振っている。
「間違えたわ、閉めなきゃ」
 私は振り返ってルーミアに伝える。
 この段の抽斗であってるけど、紫が出てきたら間違いよね。イロイロと。
「え……、閉めちゃうの?」
 不思議そうにルーミアが聞いてくる。しかし
「えぇ、閉めちゃうの」
 両手に力を入れて抽斗を閉める。
「あぁん、酷いわ……」
 抵抗される事無く抽斗はしっかりと閉まる。
 抽斗の中のスキマ妖怪と共に。
「……なんで抽斗の中に居るのよ?」
 ボソリと呟いて、後ろに振り向く。
 まったく、理解に苦しむわ……
「もう、困ってそうだったから来てあげたのに」
 抽斗の中にいた筈の紫はいつの間にか私とルーミアの後ろに立っていた。
 もう彼女の神出鬼没っぷりには慣れているから驚かないけど、最初からそうやって登場してくれればいいのに……
 まぁ、紫が外に出てくれたからいいか。
 もう一度抽斗を開けて、長襦袢を箪笥から探し出す。
「はいはい、……あったわ」
 はい、とルーミアに手渡す。
「足は出ちゃうかもしれないけど、和服の下着のようなものだから上から浴衣を着れば大丈夫でしょ」
「うん、わかったー」
 しかし、これに文句を挟む存在が一人。
「あらあらあらぁ、この子にそんなの着せるのかしら?」
「着れるサイズが無いんだから仕方ないでしょ?」
「ほぉら、やっぱり困ってるじゃない」
 紫は満足そうに微笑むと、ルーミアを手招きする。
「うん?」
 あぁ、なんでそんなにも妖しいのに不用意に近寄るの……
「さぁ、着替えましょうか」
「ひゃッ?」
 紫がパチリと指を弾くと、ルーミアは足元に現れた隙間の中へと落下していった。
 そしてすぐさま別の隙間が開いて、いつもと同じような服装に身を包んだルーミアが落ちてきた。
「きゃんッ!」
「はい、着替えはお終いよ。うん、やっぱりその服が似合ってるわ」
 紫は尻餅をついているルーミアを抱き起こす。
 まぁ、そこまでは良いわ。
 でも……
「はぅ……」
「ちょっと、いつまで引っ付いてるのよ」
 そう、紫は抱き起こしたルーミアをぎゅっと抱きしめているのだ。
「あらぁ、別にいいでしょ? ルーミアは嫌がってないんだし、ねぇ?」
 なでり、なでり、と長く伸びた美しい金髪を愛でる。
「……、えへぇ」
「って、あんたも撫でられたくらいで喜ばないの!」
「ご、ごめんなさい……」
 ルーミアは紫に抱かれたまましゅんとなる。
「そういえば、あんたルーミアの事知ってたの?」
 この馴れ馴れしさといい、先ほどの久しぶり発言といい、知り合いなのかしら?
「えぇ、昔から知ってますわ。昔から、ね……」
「へぇ……、そうなの?」
 抱き抱えられているルーミアにたずねてみる。
「ぅ……うぅ、思い出せない……」
 まぁ、ある意味予想通りね。
「ふふ、昔だもの仕方ないわ」
 そう呟く紫の顔が……、ほんの少しだけ寂しそうに見えたような気がした。
 それよりも、昔から知ってるのなら……
「あんた、ルーミアがなんで成長しちゃったのかも知ってる?というか、あんたの仕業でしょ?」
「今回の直接の原因は霊夢、あなたがリボンを外したからよ」
「へ?」
 あッ、あの時引っ掛かったのはリボンだったの?
「それよりも……」
 紫は不意に、ルーミアの目の前に手をかざす。
「ぁ……ふぁ、ぅ……」
 とたんにルーミアは脱力し、ぐったりとしてしまう。
「ちょっとッ!」
「大丈夫よ、眠らせただけだから……」


§ § §


 ルーミアの頭を膝に乗せ、紫は私を見据える。
「霊夢、ちゃんと気がついてるかしら? 夜が普段より早く訪れた事に」
「ぇ……?」
 なにそれ?
 半信半疑になりながらも、私は部屋の障子を開ける。
「いつの間に……」
 まだ夕刻の赤い世界だと思っていたのに、世界は星の光すら見えない真っ暗闇になっていた。
 なんて濃くて……、深い夜……ッ
「このままだと、朝が来ても夜のままね……あぁ、朝も来ないわねぇ」
 何がおかしいのか、紫はクスクスと笑う。

 光が一切無い夜を見て判る事だが、月が反射する為の光源――太陽と隔離されてしまっている。
 つまり、昼が無いという事。
 昼が無いという事は、朝――日が昇る事も無い。
 簡単に言ってしまえば、極夜という現象である。

「何笑ってるのよ、あんたの言うとおりだと見過ごせない異変よ?」
「夜が終わらない事と比べれば、遥かに迷惑よねぇ」
 どうやら紫は月が欠けた時の事を根に持っているようだった。
 紫に、欠けた月を取り戻しに行こうと誘われた時「夜が終わらない方が大変じゃないの」と誘いを断った事がある。
 結局の所、終わらない夜は小事で、欠けた歪な月が大事であり、私は妖怪と人間のタッグに道を譲ることになった。
「えぇ、終わらないなら終わらせればいい。無くなった物は取り戻せばいい」
「それじゃあ、貴女は異変を解決するのね?」
 紫は膝の上で眠るルーミアの髪をそっと撫で付ける。
「当然よ。あんたが元凶ってなら今すぐ調伏してあげるけど?」
「じゃあ……、この子を調伏するのね?」
 紫の視線が、下へ――膝の上に落ちる。
 膝の上に居るのは――
「ルー……ミア?」
 彼女は今、紫の力で深い眠りに就いている。
 スヤスヤと規則正しい寝息を発てて胸を上下させている最中だ。
「闇を操る力、忘れたわけではないでしょう?」
 ルーミアは宵闇の妖怪。
 闇を操り、周囲を夜にできる。
 確かに、今の異変と合致する。
「でも、ここまでの力なんてある筈が……」
「何の為のリボンだと思う?」
 紫はスキマに手を入れると、濡れた赤いリボンを取り出す。
 きっと私が外してしまったリボンを風呂場から取ってきたんだろう。
 触ることすらできなかったリボン。
 そのリボンを外しただけで、成長した。
 そして、今起こっている異変。
 つまり……
「……封印でしょうね。でも誰が、どんな理由でルーミアを封印なんてするのよ?」
「あなたは……この世には八百万の神が居る事を知ってるかしら?」
 ……はぐらかすつもりかしら?
「当然でしょ、これでも巫女をやっているのよ?」
「ふふ、そうね……、この世には数多くの神が存在するわ」
「裁きを下す神もいたし、創造する神も居たわねぇ」
 この幻想郷周辺だけでも二柱……。
 厳密には神じゃないけど、『祟り神みたいなの』を含めれば三柱になるかしら?
「ふふ、そう、数多くいるのよ」

「この国では、忘れ去られた二番目の三貴子であり……」

「遥か西方では、主神すら恐れる昼や光、死や眠りなど、多くを生み出した女神であり、
 地下の暗黒そのものでもあり……」

「ありがたい天竺では、破壊神の夜の姿として、大いなる黒、大いなる宇宙、大いなる時と呼ばれて世界を破壊するとも言われたり、
 首と胴を断たれても生きていて、日と月を呑み込む存在とも言われ……」

「新大陸では、煙を吐く鏡と畏怖されたり、
 対立する存在を一体化する全ての存在の源とまで言われる存在」

「ちょっと、待ちなさいよ」
「……どうしたの?」
 確かに神は八百万も居ると言われるほど数多くいるけど……
「あんたの言い方は変よ。複数の神々がまるで一つの存在の様な言い方じゃない」
「あら、勘が鋭いわねぇ」
 紫は口元を扇で隠し、クスクスと微笑む。
「そう、先ほど言ったのは全て共通の神。夜の神よ。世界中の夜の、ね……」
「まさか……」
 神域の存在とでも言うの?
「そのまさかよ。夜の神々の一面を持っている。つまり、彼女は夜そのもの……」
 私はもう一度、紫の膝の上で眠るルーミアを見る。
「すぅ……、すぅ……」
 こんな子供のような寝顔をしているのに……
 破壊神の一面や、神々の母の一面を持つというの?
「だから彼女はこの異変を起せる。コレが最初の質問の答えよ」
「じゃあ、能力行使を辞めるように説得すれば解決するじゃない」
 ルーミアなら私の言う事を聞いてくれる筈。
 そう楽観する私に、紫はまたも反論する。
「あら、あなたは呼吸を何秒止められるのかしら?」
「呼吸?」
 また訳のわからないことを……
「えぇ、呼吸。彼女にとって夜にする事は呼吸と同じ。それが当たり前なのよ」
「そうなの……、でも、あんたが封印したんでしょ?」
 今までの話しぶりから十分判る事だった。
 紫は私を見てにっこりと微笑む。
「二つ目の質問「誰が?」の答えね? そうよ、私が封印したわ」
「ならあんたが封印しなおしなさい。その為にここに来たんでしょ?」
「あら、逆ですわ」
「逆?」
「彼女を封印するのを妨害する為に来たのよ」
 紫は目を細め、私を睨み付ける。
 確かに、この場で封印なんて事ができるのは紫と私位のものだ。
 つまりは私を妨害するという事。
「三つ目の回答「理由」よ。彼女はこんな事は望んではいなかった。それでも、周囲の事を考えて自ら封印を私に提案したの」
 ……意外だわ。
 無理やり封印したのかと思ったけど、そうじゃないのね……
「その結果、彼女は力と共に神性を失って永い眠りに就いて……、今やっとその封印が解けたのよ?」
「頼まれた以上自分で封印を解くわけにはいかなかったって訳ね……」
「えぇ、そうよ」
 即答された。
 紫がここまで個人的感情を優先させるのも珍しい。
 そこまでルーミアの事を……
「きっと彼女はこのままの姿を望む筈。そして私は彼女の望みを叶える為に障害を排除するわ」
 でも、それは違うと思う。
「……私はそうは思わないわ。昔がどうであれ、今のルーミアは周囲に嫌われる事をしてまで力を欲しがるとは思えない」
「それは巫女の勘かしら?」
「私の知ってるルーミアは、私が困るような事はしないのよ」
 私は自信を持ってそう答えた。
「……なら、本人に聞いてみましょうか」


§ § §


 紫が眠っているルーミアに手をかざす。
「……んッ、んぅ……?」
 小さく呻いて、長く美しい金髪を散らしながら緩慢な動作でルーミアが起き上がる。
「ふふ、おはよう」
 私に向けていた真面目な表情から一変して、柔和な笑顔をルーミアに向ける紫。
「うん……」
 寝ぼけ眼で紫の方を向くと、ルーミアは突然声をあげる。
「思い……出した……。随分昔だけど、私が起きた時にさっきみたいに「おはよう」って言ってくれて……」
 突然のその言葉に心底驚いたのか、あの紫がきょとんとしていた。
「自分の名前を思い出せなかった時に教えてくれたでしょ?」
「ぁ……、えぇ、えぇ、そうよ。そうですわ」
 紫は自分の胸に、ルーミアの頭を掻き抱く。
「わぷッ」
 抱き寄せたルーミアの頭に愛おしそうに頬を摺り寄せる。
「……嬉しい……」
 私は目を疑った。
 その一瞬、今まで見せたどの笑顔よりも、紫は嬉しそうに微笑んでいた。
 普段は不敵で、どこか胡散臭い笑みしか浮かべないのに……
「ぷぁッ、あ、後ね、霊夢との約束も思い出したよ」
 紫の胸の中からもがき出て、ルーミアは私を見る。
 え……私?
「何か約束したかしら?」
「む……、ひどいよッ、髪を梳いてくれるってお風呂で言ってたでしょ?」
 あー……、そういえば言ったわね……
「怒らないでよ。ほら、コッチいらっしゃい」
「うん」
 ルーミアは嬉しそうに私の傍らに近寄って座る。
 私は箪笥から櫛を取り出してルーミアの背後に座り、その長く綺麗な金髪を手に取る。
「綺麗な髪ね……」
 丁寧に櫛を通してゆく。
 その時、髪を触っていて初めて気がついたけど、ルーミアの背中には黒い翼が浮かんでいた。
 今までは髪に隠れていたみたいね。
 後日、紫に聞いた話では、この黒い翼は夜の女神の象徴だという。
「んふ~♪」
 櫛で梳かれるのが嬉しいのか、ルーミアは幸せそうだった。
「長い髪を梳いてもらうのは気持ち良いでしょ?」
 櫛で梳いていると、いつの間にか紫がルーミアに擦り寄っていた。
「うん、……突然髪が伸びたんだよ。なんでだろうね?」
「ふふ、それはねリボンが取れたからよ」
「そーなのかー」
「そーなのよ。それでね、戻る事も出来るんだけど……その姿だと良い事があるのよ」
 紫はあの姿で居たくなる様にルーミアを誘う気らしい。
 きっと今起こっている異変の事は言わないだろう。
「……」
 私も特に言うつもりは無い。
 はただ、ルーミアの髪を梳くだけ。
「良い事?」
「えぇ、その姿なら日の下に出ても体調不良にならないわ」
 ルーミアはイロイロと足りてないらしく、日の下に出ると体調が悪くなる。
「それに、力も今までよりも格段に強くなるわ」
「ちから……」
「えぇ、力の制御の仕方や使い方もじきに思い出すだろうし……誰にも負けないわよ?」
「強くなれる……」
「どうかしら? 今の姿で居たくなるでしょ?」
「うーん……」
 こういう風に何かを選ぶ時、良くルーミアは私の顔を見てくる。
 直接聞く事は無いけど、私の表情を見て選ぶ節がある。
 でも今のルーミアは髪を梳かれているので振り向けない。
 この問題は、彼女自身が決めなきゃいけない事。
 だから私は振り向かれないよう、髪を梳く。
 でも、私は確信している。
 彼女なら、ルーミアなら……、きっと……
「……やっぱり戻るよ」
 ほら、ね。
「……どうして、と聞かせてもらうわ」
「この姿も好きだけど、わたしはやっぱり前の姿のほうが似合ってると思うんだ」
 紫は口を開こうとして、やめた。
 きっと、どんな説得をしても意思が揺るがないと思ったんだろう。
「そう……、それがあなたの望み……」
 擦り寄っていた紫は「少しだけ残念ですわ」と小さく呟いて、ルーミアから一歩離れる。
 それと同時に、髪を梳く作業も終わる。
「はい、お終い」
「ありがとー……、えへへ」
 ルーミアは嬉しそうに微笑む。
「良かったわね。記念に鏡でも見てきたらどうかしら?」
 元に戻ると髪の長さも戻ってしまうからね、と紫は付け足す。
「あ……、うん、見てくるね!」
 すぐさま部屋を出て行くルーミア。
 パタパタと廊下を駆ける音が遠ざかってゆく。
「手鏡位ならこの部屋にあるんだけど……」
 いくらルーミアでも気がつく筈だけど……
 まぁ、紫が何か操作したんだろうけど。
 当人はクスクスと含み笑いでそれ答える。
「……でも、本当に残念だわ」
 ふぅ、と紫が溜息をつく。
 そんな紫に対して私はふふん、と鼻を鳴らす。
「私の言ったとおりでしょ? 私には判ってたのよ」
 自信たっぷりに返すと、紫は私を見つめてニヤニヤと笑い出す。
「……まさに、空は夜色に染まるって所ね」
「なによそれ?」
「あなたがルーミアに惚れ込んでるって事よ」
「な……ッ、なんでそうなるのよ! それに、ベタベタ引っ付いてくるのはルーミアの方で……ッ」
「クスクス、そういう事にしておきましょうか」
 そんなやり取りをしていると、廊下の方からパタパタと足音が聞こえてくる。
「さて、邪魔者はそろそろ退散させて頂きますわ」
 言うなり扇子を右から左に振って空間に隙間を開く。
 同時に襖が開かれる。
 梳かれた髪を翻しながらルーミアが別室から帰ってきた。
「ただいまー! ……って、紫さんもう帰っちゃうの?」
「えぇ、用事ができてしまったの。リボンは霊夢に渡しておくからね」
 とリボンを渡される。
「それを結ぶだけで良いわ」
「判ったわ」
 紫は開いた隙間の中にスルリと入り込む。
「うん……、また遊ぼうね」
 ルーミアはにこりと微笑を向ける。
「えぇ、大きくなりたかったらいつでも言ってね?」
「こら!」
「うふふ……、それでは、ごきげんよう」
 紫は微笑返すと、隙間は音も無く閉じた。
 突然現れた紫は、現れたときとは対象的に静かに帰っていった。


§ § §


 隙間妖怪が帰った後、私はルーミアに向き直る。
「それじゃあ……、戻る?」
「……うん」
 私はその場に正座する。
「じゃあ座って」
 言われたままに、ルーミアは座るが、
 体は大人でも、中身が変わってないからかペタリとアヒル座りをする。
 私はルーミアの髪を一房掴むとリボンを巻いてゆく。
「ねぇ、ルーミア……」
「なぁに?」
「どうして……、元に戻りたいって思ったの?」
「え……?」
「だって、紫の言うとおり、今の姿の方が戻るよりも何かと都合がいいと思うんだけど」
「んー、確かに今の方が背も高くて、髪も綺麗で長いし、胸も大きいし、弾幕ごっこも勝てる気がするよ」
「それでもね、今の姿じゃできない事があるんだー」
「今の姿じゃできない事?」
 ゆっくりと巻いていたリボンも、後は結ぶだけになる。
「それじゃあ、結ぶわよ?」
「うん」
 リボンの両端をしっかりと結びつける。
「ア……ッ」
 両端をきゅっと引いた瞬間、ルーミアの体が縮み、背中の黒い翼も掻き消え、長かった髪がハラリと落ちて消える。
 ルーミアの姿が、以前の幼い少女の姿へと戻っていた。
 同時に、濃く、深くなっていた夜の気配が薄まってゆく。
 座っていたルーミアの体勢がふらりと崩れそうになる。
「ルーミア、大丈夫?」
「ぅ、ん……、少し疲れただけだから……。でも……」
 きっと急激な変化で消耗してしまったんだろう。
「でも?」
「これで……」
 ルーミアはクルリと私に背を向けると、私にもたれてくる。
「え……」
 ルーミアの小さな体が、私の懐にすっぽりと収まる。
「えへへ~♪ 大きいとさ、コレができないんだもん」
 ルーミアは心底嬉しそうに、私を見上げてくる。
 その笑顔に、心がきゅっとなる。

 あぁ……、今実感した。
 紫の言った通りかもしれない。
 『空は夜色に染まる』
 何者にも束縛されない空は、唯一、色によって染められる。
 空の色が青ならば、私は既に、朝日によって染まる白色も、夕日によって染まる紅色も持っている。
 残るは、私の持たない夜の黒色。
 そして、その色を持つのは――彼女、ルーミア。

 なんだ……、私の方が彼女に――

 もしかしたら私だけが勘違いをしていたのかも知れない。
 そう思ったら思わず吹き出してしまった。
「……ふふッ」
「うん?」
 私を見上げたまま、小首を傾げるルーミアに微笑み返すと、
 私は懐のルーミアに腕を回す。
「まったく……、バカねぇ……」
 回した腕で、ルーミアの小柄な体をきゅっと抱きしめる。
 ルーミアの体温がとても暖かく感じる。
「ぁ……」
 恥ずかしそうに小さく声を洩らして、ルーミアは俯く。
 そして私は、俯いたルーミアの後頭部にそっと――


久しぶりの投稿になるEXAMです

前回投稿してすぐに書き始めたんだけどねぇorz

今回は、
続・初めての魔法、初めての……と、
続々・初めての魔法、初めての……の、間に入る内容となっています。
霊夢の暴走の元話?

さらに、EXルーミア(大人ルーミア)をプラス。
前から、体は大人、中身は子供なネタをやりたかったんですよね。
初投稿時のような幻想郷全体を相手に戦闘ってのも書きたかったんですが、今回は平和的にEXに。

お風呂シーンはエロくならないようにしました。

少女の大人化は良いものですよw


感想などあると嬉しいです。

タイトル変更、微妙に加筆修正しました。

一度修正しましたが何故か反映されておらず(´・ω・`)?
なのでもう一度修正しました。

私の大人ルーミアの設定です
ttp://homepage3.nifty.com/exam-library/extxt.html

背景に設定しようと頑張って描いたけど読み辛くなるので
ttp://homepage3.nifty.com/exam-library/exrumia01.JPG
EXAM
[email protected]
http://homepage3.nifty.com/exam-library/
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コメント



0.1510簡易評価
14.50名無し人妖削除
途中で殺伐となるかと思いきや、こういう展開もありかな…と思いました。
和ませていただきました。
19.70BP削除
このシリーズ好きですよ~  良いもの読ませていただきました。
27.80れふぃ軍曹削除
いいですな~こういうの。
優しい霊夢、優しい紫。そして姿かわれど無邪気なルーミア。
初めて、ルーミアに惚れそうになりました。
29.80名前が無い程度の能力削除
このシリーズ好きです.
32.70読専削除
こういうEXルーミアは始めてかも。
氏の作品は安心して読むことができます。
顔がにやけて止まらない上海蓬莱話も期待しております。
39.100bash削除
最近創想話に来た者です。

素晴らしい作品に出会えて幸せです。

霊夢とルーミア(と紫)はずっと幸せに暮らして欲しいと思いました。