Coolier - 新生・東方創想話

ちーぷIMPACT

2006/07/11 09:14:48
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・このSSは壊れと撲殺と鼻血と変態でできています。
・愛とか友情とか勇気とか、そういうのとはまったく異次元の存在です。ご了承ください。
・妄想炸裂なのは仕様です。見逃してください。



 _/ _/ _/Prologue _/ _/ _/



 博麗 霊夢の住む、博麗神社の社務所。
一連の悲劇っぽい騒動は、ここから始まった。



 _/ _/ _/博麗神社 社務所 PM 15:20 _/ _/ _/



 「おーっす。邪魔するぜー」
木製の引き戸をガラガラと鳴らしながら、家の奥に向かって声をかける白黒の少女――――――霧雨 魔理沙。
しかし、発せられた声への応答は、魔理沙自身の発した声の残響のみだった。
 「む、留守なのか?」
魔理沙は考えを巡らせる。
絶好の日向ぼっこ日和である今日。ちょうどおやつ時のこの時間。
という好条件が揃っているにもかかわらず、霊夢が家を開ける理由を考える。
 とりあえず、境内の掃除とか、結界の調子を確認するとか、そういう世のため人のためになるような行動はまず有り得ない。
 なにせ、昼間から布団にくるまって、「カロリーの節約してるんだから邪魔しないで」とか真顔で言い出すような奴なのだから。
その所業たるや、誰はばかることなく一人前の立派なニートである。
ニートに一人前とか立派とか付けるなよとか、各方面からいろいろな声があがるだろう。
 だが。
主食。ヌカ。水。以上。
…という、貧相とか貧困とか、そういう生易しいレベルを笑顔で通り過ぎた、凄まじい台所事情を知ればどうだ。
これを立派と言わずして何を立派と言うのか。
 そんなある意味驚異的な欠食児童に誰か合いの手を。もとい愛の手を。
どこが児童だよ、という反論もあるだろうが、この際年齢は関係なしで。
いやほら体の一部分は確実にお子様だk(夢想封印)

 閑話休題。

 魔理沙は、それらを考慮した上で、霊夢の行きそうな場所、やりそうな事を推理する。
何せ、霊夢は何かといろいろ貧しい。おもに金銭的にとか、道徳心とか、胸とか胸囲とかバストとか。
 あんたの物はあたしの物。あたしの物はあたしの物。
そんなジャイアニズム溢れる、多分に悪い意味で人知を超越した思考を平気でするような奴である。
ゆえに、推理材料は少なくとも、推理はおのずとある方向性をもって絞られていく。

そうして魔理沙は、今までの記憶と経験から、幾つかの仮説を導き出した。
 1、ゴミ捨て場でガラクタあさり。
 この間、偶然魔理沙がその姿を目撃したとき、それに気づいた霊夢は、
「これは、その、…そう!九十九神をお祓いしてるのよ!いやー巫女って大変よねーあっはっは」
と必死に弁明していた。
だが、完全手ブラで、しかも作業服に軍手という格好で、どーやってお祓いするというのだろうか。
あまつさえそのガラクタを「使えるもの」と書かれたダンボール箱に詰めていたのだから、もはや真っ黒だ。

 2、紅魔館で幼女に餌付けされてる。
 魔理沙が図書館に「本を借りに」行く最中のことだ。
紅い幼女と瀟洒なメイドが、霊夢に何か食べさせているのを見たことが何度かあった。
その時の幼女の目つきは、獲物を狙うハンターか、獲物を狙うケダモノのそれだったが。
生暖かい視線で生暖かく見守ってやるのが、人としての情けなんだろう。そう思った。

 3、白玉楼で薪ドロボウ。
 霊夢はたまに、白玉楼に無数に生える庭木の剪定を手伝うことがあるという。
その後に、庭に散乱した枝をかき集めては、どこぞへと持っていくらしい。
生真面目な庭師は、「枝の処分を手伝ってくれて、助かります」と感謝の言葉を述べていたが、
その枝から数本の薪っぽいのが見え隠れしていることと、
「どこぞ」がイコール神社であることに、おそらく気づいてはいまい。

 4、実は寝ている間に縁の下に潜っていて、出られなくなっている。
 霊夢はけっこう寝相が悪い。寝相がどうのというより、夢遊病を疑った方がいいほどに。
ある朝、霊夢が石段で突っ伏していた時のことだ。
律儀に徒歩で登ってきた紅魔館の門番が、その姿に驚き飛び退いて、
200段は余裕でオーバーしているであろう石段を転げ落ちていった、という実にハートフルな事件があった。
それが原因で門番は宴会に出られなくなった、という噂も囁かれているが、それはまた別の話。

 「………あー………。」
頭に手を添えて、小さくうなり声を上げる魔理沙。
なんか、全部有り得そうだった。
前例が前例だけに。

 「ま、外出してるなら、そのうち帰ってくるだろ」
そう一人合点して、無作法に家に上がりこむ。
勝手知ったる何とやら。
 いつものヤカンをいつもの釜戸にかけ、
いつもの急須にお湯を注ぎ、いつもの湯飲みにいつものお茶を淹れ、
いつもの漫画を読みながら、いつものお煎餅をひとかじり。

 ぽりぽり
ずずーっ

 「うーん、まったくこの海苔煎餅ってやつは画期的だよなー。
手を汚さずに食べられるんだから、まさに世紀の大発明ってやつだぜ」

 ぽりぽり
ずずーっ
ぺらっ
ぽりぽり

 「そうだ、この海苔煎餅を考案した人には、第20回魔理沙発明賞を授与しておくぜ」
お煎餅をかじりながら、思いついたまま口に出す魔理沙。
 魔理沙発明賞というのは、魔理沙が感動した何かを発明した人に対して、心の中で勝手に授与する賞らしい。
とは言っても、その選考基準は極めてアバウト。これいい発明だぜ!と思えばもう授与対象になるようだ。
何せ、魔理沙自身、何回目の魔理沙発明賞は何を発明した人に授与したのか。それを覚えていないくらいなのだから。
 
 そんなのほほんとした時間を、のんべんだらりと過ごしていた。

 しかし、その平穏は突如として破られる。
何故ならそれがお約束なのだから。
ビバご都合主義。



 「あれ?この漫画の続き…無いのかぁ?」
読み終えた漫画の続きを探す魔理沙の背に。
 「ま・り・さー?」
ぞくり、と。
掛けられた声とともに、比較的遠慮したい規模の悪寒が走った。
具体的には絶対零度くらい。

 首だけをぎぎぎぃ、と動かし、魔理沙は背後に屹立するソレに視線を向ける。
その先に居るのは、鬼か羅刹かはたまた夜叉か。
否。視線の先に居るのは、微笑みながら仁王立ちする、見知った顔の紅白ニーt、もとい巫女だった。
だが、にこやかな笑みは、その表情とは正反対の、刺すような殺気を伴って、魔理沙に向けられている。

 怒っている。それどころか、確実に殺る気でいる。
何故だろうか。自分は、霊夢をここまで激怒させるようなことをしただろうか。
魔理沙はこの危機的状況において、死中に活を見出すべく思案する。

  問1。何故霊夢は怒っている?
 仮説1。自分が、お茶菓子を勝手に食べたからではないか。
  問2。お茶菓子は、現状どうなっているか。
 仮説2。儚くも全滅。ちょうど、自分が今食べたお煎餅が、最後の一枚だった。
  問3。それにしてはちょっと怒り方が尋常ではない。何故か?
 仮説3。おそらく、このお茶菓子が、霊夢に残された最後の食料なのではないか。 
  問4。今までの仮説が全て正しかった場合、自分はどうなる?
 仮説4。殺られるね。十中八九。

  …よし。今逃げようすぐ逃げようとっとと逃げよう。三十六計逃げるに如かずとも言うし。

 「よぉ、お帰り霊夢。だが私はこれから家の壁に向かって話しかけなきゃいけない時間だから、
今すぐ可及的速やかに帰らなきゃならん。名残惜しいがここまでだ。じゃあな!」
 魔理沙はすばやく立ち上がり、しゅたっ、と手を挙げるとそのまま素早く逃げ、られなかった。
逃げ出すよりも早く、霊夢に襟首をムンズと掴まれ、そのまま元の位置に引き戻される。
もはや万事休す。

 「あー、なんだ、その。何かあったのか?」
 一縷の望みにすがるような思いで、あるいは薄氷の上に足を置く思いで、魔理沙は霊夢に声をかける。
魔理沙の問いかけに、霊夢はすぅ、と目を細めた。
そうして、あさっての方向を見上げ、夢見るような様子と口調で一言。

 「プリン…」
「はぁ?」
霊夢がぽつり、と洩らした呟きに、眉をしかめる魔理沙。
「紫がね、たまに外の世界のお菓子とか持って来てくれるの」
「ふうん…。でも、それと私とは」
 「で、話は変わるんだけど。
恋わずらい、って言葉、知ってるでしょう?」
「まあ、当然知ってるさ。でもそれが」
「それに、『人の恋路を邪魔する奴は、撲殺されて死んじゃえよ』って言葉も知ってるでしょう?」
 「待てそれなんか違」
「もちろん知ってるわよね?」
「…ハイ」
 反論を許すこともなく、矢継ぎ早に言葉を紡ぎ続ける霊夢。
もはやそれは、会話ではなく宣告だった。

 「そう…、ずっと楽しみにしてたのよ。
それを貰ってから、おやつの時間はあたしにとって一大ページェントに生まれ変わったの。
今か今かと待ちわびる時間のもどかしさ、ついにその時が来た喜び…。
ほら、これはもう、恋に等しいと思わない?」
 「いや、まあ…、ちょっと大袈裟な気もするけどな」
なんとか霊夢を刺激しないように、もにょもにょ言葉を濁す魔理沙。
そんな魔理沙の努力も空しく、目の前の紅白は、血走りきった目で魔理沙をギョロリと睨み付け、続けた。
 「だってぇのに、よ?
あんたはそれを見事に、完全に、完膚なきまでに跡形もなく踏みにじってくれたわけだから、いっぺん死んどきなさい。
大丈夫よ。ギャグキャラなら殺したって死なないんだから、2回や3回撲殺されたって平気平気」
「ちょ、待てお前、私は関係ないぞっ!?」
全力で否定しながら、霊夢と距離を開けるために後退さる。

 「嘘吐け。あんたはうちに上がりこんじゃあ勝手にお茶淹れて勝手におせんべ食べて、
それでも飽き足らずに、羊羹やミカンに手を出したりしてる常習犯なわけじゃない?
状況証拠は充分だし何よりあたしの勘がそう告げてるんだから、プリン食べた犯人はあんたってことでファイナルアンサー。
それに対する返答は「はい」「イエス」「死をもって償います」「産まれてきてごめんなさい」の中から自由選択ね。オーケー?」
 「ノーだノー!ってかそれ明らかに拒否権皆無って宣告っ!?」
「往生際が悪いわよ魔理沙。」
 必死な魔理沙の言葉をぴしゃりと遮り、袖の下から物騒なブツを取り出す霊夢。
それは、いつもの博麗アミュレット、ではなかった。
 
 博麗バールのようなもの。

 装飾を嫌い、必要であるがために曲げられたのみの、洗練されきった実用的なボディ。
あくまで工具ではなく鈍器として使用するがゆえにぼかされた、なんとも素敵なネーミング。
ソレを片手に携えてゆらり、と構える仕草は、どんな豪胆な者にさえも恐怖を抱かせずにはいられない。

 「プリンの恨み、思い知れぇぇぇー!!」
「うわあぁぁぁぁっ!?」
もはや会話の余地はなく、博麗バールのようなものを振りかぶり、魔理沙へと襲い掛かる霊夢。
まさに絶対絶命。もとい絶体絶命。

 ずがぁぁぁん

 だが間一髪、素敵な凶器は魔理沙の頭上をかすめ、その後ろにあった障子を破壊するに止まった。
「ちぃ、悪運の強い…」
見るも無残な瓦礫と化した障子から、素敵な凶器を引き抜き舌打つ霊夢。
その形相はまさに鬼。悪魔。人でなし。お前それでも人間か。
 だが、魔理沙も、恐怖におびえ泣き叫び逃げ回るようなタマではない。
恐怖の権化と化した霊夢の初撃を避けた直後、咄嗟に懐からスペルカードを取り出し、素早く宣言を行った!
 「彗星・ブレイジングスター!」
宣言と同時に、どこからともなく取り出した箒にまたがり、そのまま突撃する!
…霊夢とは逆の方向に。
 この場においては逃げるが勝ちだ。
たとえ、障子や襖を突き破ったがために、霊夢の怒りがさらにヒートアップしてしまうのだとしても。



 「あぁもう、今日は厄日だ、仏滅だ。13日の金曜日だ。なんで私が、こんな目にあわなくちゃならないんだ…、ドチクショウ」
 ぜぇぜぇと、肩で息つきながら愚痴をこぼす魔理沙。
さにあらん、世の中とは理不尽なものなのである。

 しかし、危機が去ったわけではない。
なんとか社務所を抜け、境内まで逃げ切ることはできたものの、
何枚もの障子や襖を突き破ったためか、箒は大きくひび割れ、今にも折れそうだ。
こんな状態で空を飛ぶために使えばどうなるか。
どう考えても途中で折れて墜落します。本当にありがとうございました。

 それはともかく。

  冤罪で撲殺されるなんてまっぴら御免だ。
 しかし、ここでこうしている間にも、紅白撲殺魔と化した霊夢は迫ってくる。
  とにかく、逃げる手段を考えなきゃいけない。
 幻想郷で3番目くらいに速い、というのは、あくまで飛行速度に限ってのこと。
 走って逃げようものなら、たちどころに追いつかれて、すぐさまあの素敵な凶器の餌食になりかねない。

 そこまで考えて、魔理沙はあること気がついた。
そうだ。神社の箒を拝借しちゃえばいいんじゃん。と。

  15歳の少年だって盗んだバイクで走り出すこのご時世、箒の一本や二本盗んだうちには入らない。
 むしろ、誰もいない時に見つからないようにこっそり無期限で借りるだけだから、盗んだなんて言いがかりもいいところだ。
  まあ、心と懐の貧しい霊夢のことだから、箒に名前を書くくらいはしているかもしれない。
 でも、あえて言おうじゃないか。それがどうした。と。
 名前が書いてあるから本人のものだとは限らないんですよ奥さん。

 そう締めくくって、箒の問題を一方的に解決する。
だが、本当に問題なのはその後だ。
 あの様子では、地の果てどころかスキマの中に逃げても、しつこく追い回してくるに違いない。
霊夢の怒りが収まるまで、どこかに雲隠れするか。
真犯人を見つけて、霊夢の眼前に突き出すか。
なんかどっちも難しそうだ。
ちなみに、諦めて撲殺されるという選択肢は、考え付くその3秒前に永久凍結廃棄されたようである。

  何か手を打たなきゃいけない。でもどうすればいいのかまったくわからない。
 やれっていうなら大統領だって殴って見せるぜ。でも撲殺だけは勘弁な。
 いやネタしてる暇はないだろ早く逃げないとまたあの素敵な凶器ががががが。

 もんどりもんどり

 魔理沙の脳内CPUは全力で空回り、排熱しきれずにどんどん加熱されて熱暴走へと一直線。
比喩抜きで頭から湯気が立ち上りはじめ、魔理沙は頭を抱えてもんどり打つ。
そんな折。

 「あの…、どうしました?」
「ひゃだわあぁぁぁあっ!?」
「わわっ!?」
 
 いきなり背中から声を掛けられて絶叫する魔理沙。
そしてその絶叫に驚いた、ヴワル大図書館の司書その1――――――小悪魔。

 「はぁ、なんだ…、お前さんか。驚かさないでくれ」
「驚いたのはこっちですよ。なんなんですか一体…」
むー。と、むくれてみせる小悪魔。
その仕草になんとなくあざとさを感じたものの、気を取り直して魔理沙は問う。
 「で、なんでこんなところに来たんだよ?
博霊神社の結界って、ただ通るだけでも、お前さんにゃちょいと億劫だろうに」 
「あ、そうそう。そうでした。
霊夢さんはいらっしゃいますよね?」
 霊夢、という言葉に、ぴくりと身体を震わせる魔理沙。
小悪魔と会話することで、迫り来る恐るべき現実から逃避していたことを今更ながら思い知る。
 「あ、あぁ、もちろん居るぜ。
ちょっと今立て込んでるから、私があとで用件を伝えておいてやるよ」
「そうですか?では、お願いします。
お嬢様からの伝言でして…。『プリン、という、外の世界のお菓子を作ってみたので、気が向いたら食べに来なさい』と」
「…プリン?」
 思わず、おうむ返しに尋ねる魔理沙。
「ええ、外の世界のお菓子で、すっごくおいしいんですよー。
パチュリー様が暇潰しに読んでいた本に、プリンの作り方が書かれていたんです。
それを知ったお嬢様が、咲夜さんたちと一緒に、試行錯誤しながら作ったんですよ。
完成するまでずうっと起きてるなんて、お嬢様も可愛いところがありますよねー」
 
 小悪魔は嬉しそうに話しはじめるが、魔理沙はそれをほとんど聞きとめられなかった。

  プリン。
 プリンというと、私が命を狙われる羽目になったきっかけを作ったモノと同じ名前だ。
 違うモノの名前が一致することなんてそうそうないだろう。外の世界のもの、までもが一致しているならば、なおさらに。
  つまり、レミリアの作った「プリン」と、霊夢の言っていた「プリン」は同じものということになる。
 あぁ、レミリア素敵だよ、素敵だよレミリア。
 もう少し早くコトが進んでいたなら、私を救ってくれる勇者になれてたのに。まったく残念だ。

 そんなことを、心の中で涙しつつ呟く魔理沙。
もはや何を言っても詮無いことと、頭では理解できていても、やっぱり気持ちとしては残念に思ってしまう。

 「本当に惜しい…」
「え?」 
「あぁ、こっちの話だ。気にしないでくれな。
…って、待てよ?普通なら咲夜あたりが来そうなもんだけど…、なんでお前さんが?」
「ええ、本当は咲夜さんが申し付けられた用件だったんですけど、無理を言って代わってもらったんです。
咲夜さんは、メイドのお仕事で忙しいでしょうし」
「ふーん…」
 意外と律儀なところがあるもんだ…。そう感心する。
悪魔ってのはもうちょっとこう、あざとさと狡賢さの塊のようなイメージだったのだが…。
 「それに、サボるのに格好の口実じゃないですかー。あと、こうでもしないと出番がなさそうだったので」
「………」
 あははー、と笑いながらセルフ暴露をしてくれる小悪魔。
前言撤回。やっぱりあざとかった。

 「あぁ、まあ、理由はどうあれ…」

 ジャリッ…
ジャリッ…
なんとなしにびみょんな気分になった魔理沙の耳に、足音が響く。
無言の重圧に負け、魔理沙は次ぐ言葉を発することができなかった。

 ジャリッ…
ジャリッ…
その足取りは重いのか軽いのか。
兎も角、その足音の主は、確実に魔理沙へと迫りつつある。
それだけは確かだった。
 
 「―――――――あ、霊」
「来るな寄るな姿を見せるなあぁぁぁぁっ!悪霊退散ッ!!!」
家主をみとめて、声をかける小悪魔。
それを遮って、絶叫を上げながらショットを連射する魔理沙。
 「夢、さん…?」
半狂乱になってショットを発射し続ける魔理沙と、爆風に包まれる霊夢。
恐るべき現実を前に、ぼーぜんと立ち尽くす小悪魔。

 ジャリッ…
ジャリッ…
足音は止むことなく、同じペースを保ったまま、爆音に紛れそうになりながらも確かに鳴り続ける。
 基本武装のマジックミサイル如きじゃあ、足止めにもならない。
切り札を切る時は、今だ。
そう直感した魔理沙は、懐からミニ八卦炉を取り出し、間髪入れず起動させた!
 「マスタァァーッ・スパアァーーーーックゥゥ!!」
ありったけの魔力を込めての、必殺魔砲!
迸る七色の魔力光は霊夢を飲み込み、その裏手にある神社をも巻き込んで吹っ飛ばす!

 ドッカアァァァァン………

 もうもうと粉塵が舞い上がり、魔力の残滓が煙となって空気に溶け、やがて消える。
神社の賽銭箱のあたりまでが完全にガレキと化し、崩れ落ちた。
ちょっとやりすぎた気もするが、逆にこれくらいしなければ、暴走した霊夢を沈黙させることはできない。
だからこれは不可抗力なんだと結論付けて、魔理沙はぼーぜんと立ち尽くす小悪魔に向き直った。

 「で、紅魔館に行けば、プリンが食えるんだな?」
「え、えぇ、まあ。でも、霊夢さんが」
「あのくらいで死ぬような奴じゃないさ。
それにギャグキャラは死なないんだから大丈夫だぜ。2回や3回爆死したって平気平気」
「…あなたたちって…」

 ガタッ

 小悪魔の声を遮るように、ガレキが動いた。
それだけだというのに、両者ともに言葉を失ってしまう。
重苦しい、嫌な沈黙が周囲に満ちる。

 ガタガタッ
ガタガタガタッガタッ

 ガレキの動きは徐々に激しさを増し。
そして。

 「だらっしゃああぁぁぁぁ!!」
「うわあぁぁぁぁっ!?」
 鬼神、復活。
紅白ではなく、紅と黒と白のまだら模様となった巫女服がステキすぎ。
服はところどころ焼け焦げているものの、霊夢本人はビンビンで無傷なようだ。

 「鈍器で殺るんじゃあ、とてもじゃないけど足りないわ…。
この手で直に…、折って、砕いて、粉々になるまで…。フ、クフ、クフフフフフ…」

 そこらの雑魚妖怪なら、その姿を見ただけで失禁しかねない、この世の存在とは思えない居立ち振舞いを見せる紅白黒。
呪詛とも予告ともつかないおぞましい呟きを終えて、ゆらりと顔を上げ――――――。
魔理沙の姿を見止めた瞬間、一足飛びに襲い掛かる!

 「壊してあげる…魔理沙あぁぁぁっ!!」
「こぉんの…妖怪予備軍があぁぁぁっ!!」
 まだミニ八卦炉は熱を持ったままで、マスタースパークの第2波を放つことはできない。
魔理沙は苦し紛れに、手近にあったモノを掴んで投げ飛ばした。
 
 魔理沙の隣に居た、手近な小悪魔を。
 
 「わきゃあぁぁぁぁっ!?」
「邪魔するなら、あんたも撲殺してあげるわ…!」
 魔理沙に投げ飛ばされ、迫り来る小悪魔を、羅刹の表情を持って迎える霊夢。
流れるような動作で、袖から一枚のスペルカードを取り出し、宣言した!

 「夢想撲殺!」
「待てお前それなんか違ッ!?」
 魔理沙のツッコミもどこ吹く風、霊夢の周囲にいくつもの陰陽玉を模した高エネルギーの塊が現れる。
霊夢は間髪居れず、手近なエネルギー塊を掴んで、小悪魔の脳天に振り下ろした!

 ずどがあぁぁぁぁん……

 素敵な轟音が、もはや戦場と化した神社に響く。
石畳が並べられていただけの、ごく普通の境内だったそこには、小さなクレーターがひとつ形成されている。
その中心には、脳天を地面に突き刺してグッタリしている小悪魔の無残な姿があった。
 「クフ、フ、クフフフフフ……」
「おとーさーんおとーさん、魔王がいるよぉぉぉ…ガクッ」
それが、小悪魔の本日最後の言葉であったそうな。 
いわゆるところの、天罰てきめん。

 「なんでソレで撲殺できるんだお前は…」
「甘いわね、万物はすなわち鈍器なのよ?」
戦慄する魔理沙。
対して、余裕の笑みで応える霊夢。
もっとも、その凄惨な表情と、笑顔という表現は、決してイコールで結びようのないものではあるが。

 そう。刀が凶器だとしても、それで殴り殺せば、死因は鈍器による撲殺となる。
鈍器は撲殺するために振るうものであるが、
逆に、撲殺するつもりで振るうならば、それはすなわち鈍器であるということ。
ならば、霊夢の言葉のとおり、全ての凶器はすべからく鈍器となる。
どんな物でも、彼女が握ったものはすなわち鈍器であり、眼前に立つものすべてを粉砕し、あるいは撲殺する。

 今の霊夢は、楽園の素敵な巫女でも、無重力の不思議な巫女でも、ましてや赤貧の欠食巫女でもなかった。
そう、今の霊夢をして言うなれば。
まさに最終鬼畜撲殺巫女。

 霊夢はふぅ、と短く溜め息をつく。
そして一言。
 「…楽に死なすつもりはないからね?」
その魔王のごとき表情は、中ボスくらいなら失神してもおかしくないレベルに達していた。
 「ひいぃぃぃぃっ!!」
矢も盾もたまらず、魔理沙は霊夢に背中を向けて走り出す。
向かう先には物置ひとつ。
魔理沙はその壁に吊り下げられた箒をひっ掴み、空へと飛び上がった!

 しかし、危険が去ったわけではない。
撲殺紅白黒もまた宙を舞い、魔理沙に迫ってくる。 
「しつこいな…。でも、スピード勝負なら私のほうが上だぜっ」
自分の土俵に上がったことも手伝ってか、失っていた気勢を取り戻す魔理沙。
まだ、天命を仰ぐには、尽くしていない人事があった。

 魔理沙は意を決し、フルスロットルで昼下がりの空を走り出す。
「振り切れ…、少しでも、時間を稼ぐんだっ!」
目指す先は、紅魔館。
この撲殺魔神を止められるものは、そこにしかない。



 _/ _/ _/紅魔館 廊下 PM 16:30 _/ _/ _/



 「侵入者だっていうから来てみれば…。あぁ、来なきゃよかったわ」
目の前のメイド――――――十六夜 咲夜は、片手で頭を抱え、うんざりした口調で呟いた。
 魔理沙が紅魔館を訪れた際に、メイド部隊の迎撃があった。
まあ、魔理沙は招かれざる客なのだから、職務に忠実な彼女たちには罪はない。
ただちょっと、状況が悪かっただけのコト。
 メイド部隊を一掃するために魔理沙がマスタースパークをぶっ放したのは必然の行為だったし、
そのため咲夜が迎撃に出動してきたのも、また必然の成り行きだった。
 「今から引き返すのでも遅くはないぜ?」
「見咎めた以上、見逃すわけにはいかないでしょう?」
 悪びれた様子もなく話す魔理沙の言葉をぴしゃりと制し、数本のナイフを取り出して、身構える咲夜。
こうして両者が相対するのはこれで三度目。
 はじめは、以前この館の主が起こした、霧の事件で。
次いで、3日と空けず続けられた、宴会騒ぎで。
当時の戦いが思い起こされ、二人の間に緊張が走る。

 「…って、待った待った!今は弾幕勝負してる場合じゃない。
今日はやりあう気は毛頭ないぜ。お前さんたちに助けてもらうために、ここに来たんだ」
「? どういうこと?」
 あわてて静止する魔理沙を見て、怪訝そうに眉をしかめつつも、構えを解く咲夜。
「ああ、実は…、霊夢が危険なんだ」
「霊夢が、危険……」
 おうむ返しに呟く咲夜。 
「お嬢様の想い人に迫る危機…、そこに颯爽と現れ、間一髪のところで危機から救う私!
そーすればお嬢様がよくやったわね咲夜ご褒美よってウフフフフハァハァハァハァ…れみりゃさまぁぁぁ」
 …もとい、妄想を垂れ流すままに呟く咲夜。
その鼻からは、だばだばと紅い液体が流れている。
 「あー…、ぶっ飛んでるとこ悪いが、そうじゃないんだ。霊夢に危険が迫ってるんじゃなくて、霊夢そのものが危険なんだ」
「なんですって?霊夢そのものが危険…!?
お嬢様の想い人は危険な女…、お嬢様は何も知らぬまま相手の言うがままにされ、
哀れにも鎖に繋がれアレなこととかソレなこととか…エフフフフハァハァハァハァ…うぶっ」

 ブシャアァァァァア
さらに勢いを増して迸る真紅の咲夜汁。
出ました確変!萌え萌えフィーバー大解放です!

 「そんな羨ま、もとい不埒なことを私より先にさせてたまるものですか。なんたってもう、れみりゃ様は全部私がゲハァ」
とどまる所を知らずに暴走し続ける咲夜の首筋に、斜め45゜の急降下チョップを当てて沈黙させる。
 「もういい。そこで沈んでろ変態」
「変態とは聞き捨てならないわね」
「…お前さんを変態と言わずに、誰を変態と呼べっていうんだ」
そして、何事もなかったかのように即復活した咲夜に対して、どーしようもない頭痛を覚えるのであった。



 「……と、まあ、かくかくしかじかそーゆうわけで、私は霊夢に命を狙われてるんだ」
咲夜が落ち着くのを待って、魔理沙は一連の事情を打ち明けた。

 身に覚えのない言いがかりをつけられて殺されかけたとか。
博麗バールのようなものとか。
プリン欲しいんだよコンチクショウとか。
夢想撲殺とか。
そのうち紅魔館に来るだろうから迎撃ヨロシク。できれば撃墜しといて。とか。

 そうしたのち、一通りの話を聞いた咲夜は、まばゆいばかりの笑顔で。
「いいじゃない。おとなしく撲殺されちゃいなさい。ギャグキャラなんだから2回や3回粉々にされたって平気平気」
「いや私ギャグキャラと違うし」
「…マジで?」
真顔で訝る咲夜。 
 「あのなぁ…、私はまともな普通の魔法使いだぜ? お前さん達みたいに人の道を踏み外しちゃいない」
「あら、魔理沙にプリンは必要なさそうね。ならこっちで遠慮なく処分しておくわ」
「ごめんなさい私が悪かったです許してください咲夜さま」
即座に三つ指ついて土下座する魔理沙。
立場が弱いって嫌だ。
 そんな魔理沙を見て、咲夜は表情を引き締める。
「…どうやら、本当に急がないといけないみたいね。行きましょう」
そう言うなり、歩を速める咲夜。
「え?急ぐって…?プリンは?」
魔理沙も、疑問符を浮かべながらも起き上がり、咲夜に倣って足を速める。

 「お嬢様が作った一個は、『霊夢に食べさせるから』と言って、お嬢様自身が保管しているから、私たちではどうにもできないのよ。
で、みんなで一緒に作った分は、全部パチュリー様が占拠したわ」
 「……………」
「……………」
 しばし、沈黙。
二人分の足音だけが、長く広い廊下に響き渡る。
 「…あー、あれだろ。食べるのもめんどくさいって言って放置~とか」
「これで我が軍はあと10年は戦える。とかって言っていたわね」
「……………………」
「……………………」
 もう一度、さっきより長い沈黙。
プリン全滅、諦めましょう。という13文字が、魔理沙の脳裏を縦横無尽に駆け巡る。
 「急ぐぞっ!!」
「はいはい…。けど、廊下は走らないように」
「小学校かよここは」
「小学校…。ちっちゃい女の子が一杯…ハァハゴフゥ」
「黙れ変態」
 鼻血をボタボタと垂らす咲夜のみぞおちに、思わず入るボディブロウ。
しかし咲夜は即復活。涼やかな笑顔を魔理沙に向けて、
「やっぱりプリンは一個もあげない」
「ごめんなさい私が悪かったですなにとぞ平にご容赦を」
そしてやっぱり即座に土下座。



 そんなやりとりを繰り返すうちに、目的の場所へとたどり着く。
ノックしようとする咲夜より早く、魔理沙は扉をバァン、と勢いよく開けた。

 「パ」
 名前を呼ぶ。前に硬直。
入り口のすぐ前にある、テーブルの一席。
そこで、図書館の主パチュリー=ノーレッジは、何かをもむもむ噛んでいた。
 「はむ。…おいしい」 
「それ以上はやらせんっ!こぉの紫もやしいぃぃぃぃぃぃっっ!!」
 絶叫を張り上げ、ジャンプしながら空中で1回転する魔理沙。
そして今、必殺の!魔理沙キック!

 ぺいっ

 したら障壁に弾かれた。
受け身なんて取れるわけもなく、そのままドスンと尻餅をつく。
 「いてて…」
「…暴漢?」
「なんでそういう発想しか出ないんだお前は」
魔理沙は打ったお尻をさすりつつ、起き上がりながら、パチュリーの言に応じる。
対するパチュリーは涼しい顔で。
 「ほら、普段の行い」
「信用って大事よね」
「ゴフアッ!?」
 どうやっても反論できない痛いところを突かれて、思わず吐血してしまう魔理沙。
赤い絨毯に、じわじわと魔理沙の吐いた血の染みが広がっていく。
「あぁ、床が汚れちゃう…」
「魔理沙に相応の対価を払ってもらいますから、お気になさらず」
 咲夜の情け容赦ない一言に、魔理沙はびくっ、と体を震わせる。
相応の対価ってなんだ。弁償か、弁償なのか。
 「も、もともと赤い絨毯なんだからいいじゃないか」
「いいわけないでしょう。最低でもシミ抜きはやってもらうから、そのつもりで」
 「自分だって、廊下の絨毯に鼻血こぼしまくってたくせに…」
魔理沙はそう心の中で呟いた。つもりが、ついうっかり口に出ていた。
 …しまった。
そう思ったが、時すでに遅し。
 「どうも魔理沙は撲殺される道を選ぶようね。潔い散り様を見せてちょうだい」
ザックリと言い放つ咲夜。
笑顔を浮かべてはいるものの、その目は氷のように冷ややかだった。 
 「わかったよ…なんでもするからさぁ…だからプリンくれよぅ…」
がっくりとうなだれ、くずおれながら、涙ながらに呟く魔理沙。
そんな魔理沙の様子を見て、パチュリーは傍らに佇む咲夜に視線を移す。 
 「…何があったの?物乞い?」
「ええ、まあ…、色々と事情がありまして」

 パチュリーの質問に応じ、コトの顛末を話す咲夜。
話が進むにつれて、無関心だったパチュリーも、次第に魔理沙へ同情を寄せ始めた。
 「いいわ…、プリン一個くらい。それで命が助かるなら」
パチュリーの言葉に、顔を上げる魔理沙。
 「…いいのか?」
「話を聞く限り、魔理沙は悪くなさそうだもの。
プリンのレシピは書き留めたから、いつでも作れるし」
「ありがとう、パチェ…」
 ぐすっ、と鼻をすすりながら、パチュリーにお礼を言う魔理沙。 
しかし、うるんだ涙目だったのがいけなかった。
 「魔理沙の涙目上目遣い…。
勝気な少女が時折見せる、年頃の女の子然とした弱さ…!も、萌え…ハァハァ」

 ブシュゥッ
 
 ほとばしる咲夜汁。
その一部が、パチュリーに降り注いだ。
「…咲夜、めっ」

 ドゴシャァッ

 可愛らしい窘めの言葉とともに、手にした分厚い本の角を、咲夜の後頭部に勢いよく叩きつける。
「~~~~~~ッ」
打ち所が悪かったのか、咲夜は言葉もなく白目をむいてその場に崩れ落ちた。
 「おいおい…さすがにそれはやりすぎだろ」
「そうですよパチュリー様。少しは手加減してください」
が、あいも変わらず即復活していたり。
「……………」 
目の前の人外から顔をそむけて、こめかみの辺りをポリポリ掻く魔理沙。
 「どうしたの?」
「いや…、お前さんはほんとーに人間なのか、ちょっとわからなくなってな」
「どこからどう見ても人間じゃない。何を言ってるんだか」
「咲夜は人間よ。そこらの妖怪より妖怪じみてるけど」
「うーん…」
 釈然としないものを感じながらも、二人に押し切られて何も言えない。
一言言えば二言返り、二言言えば四言返る。物量戦において、少数派に勝ち目はないのだ。
数の暴力、コレ最強。

 「…まあ、いいか。
ところで、さっきは何を食べてたんだ?」
 消化不全の疑問を思考の隅に追いやるようにして、魔理沙は訪ねた。
コロッと話題を変えるあたり、敗北宣言と取れなくもない。
 「何って…、うぐいすパン」
「ふーん、意外と普通なんだな」
 「ロンモチで果肉入り」
「「果肉っ!?」」
「気にしたら負け~」
 戸惑う二人をよそに、パチュリーはテーブルの下に潜り込む。
気にしたら負けと言うけどさ、気にしないほうがむしろおかしいよソレは。
 「はい、これがプリンよ」
そう言いながら、テーブルの上に小さな四角い箱をコトン、と置いた。
「これがプリン?…あんまり、うまそうじゃないな」

 ガタッ
ゴンッ

 魔理沙の漏らした一言に、盛大にコケる他二名。
「あなた、この箱がプリンだとか思ってないわよね?」
「中身中身」
「あ……う、し、仕方ないだろ!私はプリンがどういうのか知らないんだから!」
二人のツッコミを受け、魔理沙は顔を真っ赤にして逆切れた。

 「おぉう…、こいつがプリンか。なんともうまそうな。
霊夢が一大ページェントとか言ってたの、あながち大げさでもないかも…」
「まあ、期待しちゃうわね」
「未知のものには魅力が一杯」
 箱を開け、実物のプリンを目の当たりにする魔理沙。
味を知っている二人の反応は比較的淡白なものだったが、魔理沙は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。 
 「お、おいしそう…。っと、いかんいかん。これは命綱。命綱だ命綱…」
一瞬正気を失いかけた魔理沙だったが、喰うな喰うなと自分に言い聞かせて、箱のフタを閉める。

 「んー、しかし、どうやって渡したらいいものか…」
「霊夢のことだし、魔理沙を見失って、それで不貞腐れて、布団にくるまってカロリー節約でもしなおしてるんじゃないの?」
「可能性は高いわね。お腹が減って力が出ない~とか言ってるかも」
 プリンの箱を前にして、首をひねって唸る魔理沙。
それに対する二人の意見は、何気に薄情だった。
というか、パチュリーの意見はどう考えてもアンコ入りパンのアレじゃないのか。
 「いやまあ、それなら話が早くて助かるんだけど」
「それで済んだらオチはいらないのよね。
やっぱり、バーサーカー化したままうろついてる、に一票入れさせてもらうわ」
「ターゲットの血を見るまでは収まらない、無慈悲な撲殺バーサーカー。怖っ」
 そう言って、たたん・たん・たたん。とリズムをつけて机を叩くパチュリー。
それはバーサーカーじゃない気もするが、彼女のフィーリングではそんな感じなのだろう。

 「撲殺バーサーカー…というと、こんな感じかしら?」
どこからともなく取り出したメモ帳に、ペンを走らせる咲夜。
目元が意地悪く笑っているあたりに、悪意が見え隠れしているのは気のせいか。
 「そんな感じかしら。あぁ、服はもう真っ赤でいいんじゃない?」
「それもそうですね。…ちょいちょいっと」
「あははは。なんだかもう会話とか無理っぽいわねコレ」
「後ろに立つだけで撲殺されそうですねコレ。あはははは」
「…それはイジメか。イジメなのか?」
 あえて前向きにネガティブな修正を続ける二人に、魔理沙はがっくりと肩を落とした。
悪乗りついでに咲夜が描いた「撲殺バーサーカー霊夢」の絵が、妙にリアルだったことは言うまでもない。

 「はいはい、もうそんなラクガキはやめて、真面目に渡す算段考えるぞ!」
パンパンと手を叩いて、二人の注意を引きつける魔理沙。
些か幼稚ではあるものの、幼稚であるがゆえに、万事万人に通用する手段でもある。
 「えー?」
「やっと面白くなってきたところなのに」
「楽しむのは後でもいいだろ。私の命がかかってるんだから、多少なりとも真面目にやってくれ」
 半分不貞腐れながら、二人に文句を言う魔理沙。
微妙に涙目な魔理沙に萌えながら、咲夜は少し考えて、口を開いた。
 「…そうね。落とし穴の上にプリンを置いておいて、
霊夢がそれを拾おうとしたらベトコン仕込みのバンブーステークがズドン、とか」
「それよりも、プリンに毒とか混ぜておけばイチコロでしょう。生命的な意味で」
「殺してどうするんだよ」
 魔理沙のツッコミは至極真っ当。
それに応じる咲夜の答えは。
 「いやほら、ギャグキャラなんだから2回や3回」
「それはもういい」
勿体無いなぁ。繰り返しはギャグの基本なのに。

 「私の考えはだな。
プリンを霊夢の目のつくところに置いておいて、食べてるところにゴメンって言って出て」
「それじゃあ2点ね」
みなまで言わせず、魔理沙の言葉を遮って評する咲夜。
考えるのも馬鹿馬鹿しい、といった様子で、ザックリ切り落とす。
 「プリンを置いておいても霊夢が食べるとは限らないし、
よしんば霊夢が食べたとしても、下手したら食べ終わった後に撲殺されかねないわよ」
「む…、言われてみればそうかも…。
だ、だからって2点はないだろ」
 憮然とした様子でむくれるが、誰がどう見たって逆切れでしかない。
自分で穴だらけって認めておいて逆切れするのは、かなり格好悪かった。
 「それでもサービスしたほうよ?ちなみに、5点満点ね」
「満点低っ!?小学校の通知表かよ!」
「はいはい、漫才はあとでゆっくりしてね。
でも、2点で却下なのは肯定。
じゃあ次、咲夜の意見どーぞー」

 パチュリーに話を振られた咲夜は、こほんと咳払いをひとつ。
そして、邪ま極まりない緩みきった表情を浮かべた。
 「ここは一つ、一糸まとわぬ生まれたままの姿で」
「だーーーーーーーーーっ!!」
「仕置・教育という名の鉄槌」

 ドゴス

 再び分厚い本のカドで、咲夜の後頭部を殴打するパチュリー。
ナニを言おうとしていたかは、彼女の表情と、鼻腔から滴り落ちる咲夜汁が雄弁に物語っていた。
 「年齢指定の要りそうな描写は自主規制ね。
多少ならまだしも、やりすぎると別世界行きだから」
「なんでそんな変態的な案しか出ないんだお前はっ!?」
 パチュリーは、咲夜のどたまをド突いた本をさすりながら、淡々と話す。
魔理沙は、机をだんっ!と叩きながら、大声で怒鳴る。
そんな二人の剣幕に、咲夜は真っ向から堂々と対峙した。
 「私が嬉しいからに決まってるじゃない!」
「威張るな!」
 咲夜汁をボタボタ垂らしながらも、咲夜の表情は真剣そのもの。
おそらく、レミリアをモデルに脳内でフィーバーしていたのだろう。
変態恐るべし。
 「ちなみにリボンだけを身体に巻きつけるってゆーパターンは、嬉しすぎて理性が抑えられなくなるから却下ね!
っていうかもう反則よね!リボンだけを身にまとって『私がプレゼントよ』なんて言われた日にはがぶっ!?」
「もういい、少し黙ってろ!」  
 一喝しながら、ヒートアップしはじめる咲夜のアゴを箒の柄でぶっ叩く。
さすがに堪えたのか、咲夜はアゴを手で押さえてうずくまり、そのまま沈黙した。
 「魔理沙、間違いを認めましょう。
真性の変態に意見を求めた私たちがアホの子だったのよ」
「どうもそのようだな…」
 アゴを押さえたままぷるぷる小刻みに震える咲夜を、何気に遠い目で眺めながら、二人はぼつりと呟いた。
咲夜汁がボタボタこぼれ落ちているのは、断じてさっきの箒アタックのせいではない。
げに恐ろしきはその情念。むしろ劣情。というか獣欲。

 「ところで、パチェには何かいいアイデアはないか?」
大人しくなった咲夜を尻目に、パチュリーに意見を問う魔理沙。
話を振られたパチュリーは、待ってましたとばかりに応じた。
 「ロンモチでアリアリ。
プリンは、霊夢が正気に戻ったら、魔理沙が直に手渡しするのが一番よ。
濡れ衣だって弁解するよりは、冤罪でも素直に謝ったほうがいいわね」
「…ちょっと待てパチェ」
「?」
 魔理沙は眉間を掌で押さえながら、パチュリーに突っ込む。
何か耐えがたきを耐えて、忍びがたきを忍んでいるような感じだ。
 「その内容はいい。完璧かもしれない。でもさ、なんだそのロンモチでアリアリって」
「知らないの?ナウなヤングにバカウケフィーバーのトレンディなイカスワードよ?」
「うわぁ嘘くせぇ」
「そのうちチョべリバとか言い出しそうね」
 パチュリーのガトリング死語を聞いて、いつの間にやら復活した咲夜とともにドン引きする魔理沙。
だが、相手のほうが一枚上手だった。
 「ふっ、チョべリバなんてすでに過ぎ去った場所よ。その読みの甘さ、いとわろし」
「「平安っ!?」」

 盛大に逸れつつ続く、漫才だかなんだかよくわからない霊夢篭絡作戦会議。
そこへ。

 バァン!
「みなさん大変で」
スコーン
ドサッ

 扉を勢いよく開け放って、図書館内に闖入する緑ぃの。は眉間にナイフを生やして、そのまま後ろにぶっ倒れた。
そんな彼女を見て、一同は口をそろえて一言。
「「「誰?」」」
 「誰?ってなんですか誰?って!
ってゆーか、咲夜さんは誰かもわからない人にナイフを投げつけるような人だったんですかぁぁーーーっ!?」
 むくっと起き上がり、涙ながらに抗議する緑色。
どうでもいいけど、眉間のナイフは抜くべきだと思う。
 「いやほら、あんな出方されたら、普通侵入者だと思うじゃない?」
悪びれた様子などカケラもなく、さも当然のことのようにサラリと言い放つ。
咲夜容赦ねぇ。
 「毎日見てる顔でしょうっ!?わたしはも」
「案山子?」
「ナイフの的かしら」
「通行人Aとか」
 緑ぃのの抗議を遮り、口々に好き勝手なことを言う3人。
下手な鉄砲なんとやら。とはよく言うが、そもそも当てる気がないので、当たるはずもなかったりする。
 「違いますっ!わたしは」
「まあ、そんなことはどうでもいいでしょ」
「ガーーーーン」
役職の自己紹介さえもさせない完璧ブロック。
咲夜マジ容赦ねぇ。
 「で、どうしたんだベトナム?」
「あら?フィリピンじゃなかったかしら?」
「カンボジアでしょ…」
「国すら間違えてるっ!?」 
 バックに雷光を走らせながら、白目をむいて驚嘆顔を浮かべる緑ぃの。
それなんて昔の少女マンガ?と突っ込む者もいやしなかった。
緑ぃのはよたよたと数歩後退るも、ドアの縁をガッと掴み、なんとか踏みとどまる。
 「ふ…ふふ…、ふふふふふ…」
そして、いきなり含み笑い。
 「おいおい…、気でも触れたか、こいつ…」
ドン引きする魔理沙。
 「もともとおかしいだけでしょう。気にすることはないわ」
紅茶を啜りながら、ザックリと斬り捨てる咲夜。
 「脳に虫でも湧いた?」
興味なさそうに、これまたザックリと一刀両断なパチュリー。

 「しゃーらっぷ!そこなお三方、ちったぁお黙りなさいっ!
そう、今までの私なら、ここで泣きべそをかきながら退散していたでしょう!」
 そう言いながらも、実は思いっきり半べそをかいていたりする。
ぐすっ、と鼻を鳴らして、緑ぃのは続けた。
 「でもっ!今日からは別の私!そう、グッバイイエスタデイってやつです!
この名札が目に入りませんかっ!?」
 口上とともに、自分の胸にずびしぃ!っと親指を突きつける緑ぃの。
その名札に書かれた「紅美鈴」の3文字を見て、3人は。
 「あかみりん?」
「馬鹿ね、べにみりんでしょう?」
「ズバリ、くれないみすず」
 3人の返答に、緑ぃのはにっこりと笑顔を浮かべて。
 「はいご名答!正解ひとつもありません!
…うわぁぁぁん!みんな嫌いだあぁぁぁぁっ!!」
大声で泣きじゃくりながら、ダッシュで図書館を後にする。
当然誰も後を追ったりしなかった。

 「…で、結局、何しに来たんだ?あいつは」
「さあ?」
訝る魔理沙たち。
その時。

 ドゴォォォ………ン

 豪快かつ盛大な破壊音が、紅魔館に響き渡った。

 「来たのかっ!?」
「まったく…、警備の者はを何しているのよ」
「ラスボス登場ー」
 反応は三者三様。
プリンの入った箱を抱え、轟音の発生源へ向き直る魔理沙。
呆れたようにため息をついて、呟く咲夜。
我関せずとばかりに呑気な声を上げるパチュリー。
 「なんとか霊夢を止めないと…」
「聞いた以上の暴走っぷりのようね」
「近づいたところで、話が通じるかどうか」
 パチュリーの呟きは、奇しくも魔理沙の懸念とまったく同じだった。
さっきの破壊音から察するに、霊夢はまさに撲殺ターミネー…もとい、撲殺バーサーカーと化していそうだ。
 「うーん…そうなんだよな。今の霊夢に話が通じればいいけど…。
プリンを渡すにしたって、迂闊には近づけない。どうすればいいんだ?」
「そうね、下手を踏んだら、それこそ問答無用で撲殺されるかもしれないわ」

 プリンを渡す。
たったそれだけのことも、相手によってはミッション・インポッシブルと化してしまうものなのか。
 「んー…、そこはそれ、咲夜が手伝ってあげればちょちょいのちょい」
そう言って、指先で、宙に小さな四角を描くパチュリー。
 「そうか、プライベートスクウェア…」
「どうも…、やるしかなさそうね」 
「そう。近づいたら、まずはあらゆる汚い手を使って大人しくさせるのね。
うまく沈黙させられれば、あとは野となれ山となれ」
「「ダメじゃん」」
 パチュリーに、一糸乱れぬダブルツッコミを入れる魔理沙と咲夜。
こういうときだけ、妙に息が合う。

 「それじゃあ最後の手段ということで。もう、誠心誠意の説得かしら。
言葉はちっちゃい火でしかなく、態度もちっちゃい火でしかない。
でも、二つ合わされば炎になって、奇跡も起きる。かも?」 
 「なんか、すっごくどっかで聞いたような言葉だが…。
わかったぜ。行ってくる」
「パチュリー様は此処でお待ちくださいね」
「ふぁいとー」

 意を決して、席を立つ魔理沙と咲夜。
そして、二人エールを送るパチュリー。
でも、あんまり応援してるようには聞こえなかった。



 _/ _/ _/紅魔館 廊下 PM17:20 _/ _/ _/



 長い廊下をひた走る二人。
轟音と、それに伴う振動が、徐々に大きくなっていく。



 そして。

 ずがあぁぁぁぁん
「魔理沙あぁぁっ!居るのは判ってるんだからぁっ!」
鬼が叫ぶ。
並み居るメイド部隊を一撃のもとに蹴散らして。

 ばごぉぉぉぉぉん
「隠れてないで出てきなさいよぉ!」
羅刹が吠える。
壁に、床に、素敵な凶器のあとを穿ちながら。 

 「ここは通しま」 
げしっ!どかどかどかっ!
「死にたくなければ立ちはだかるなあぁぁぁっ!!」
夜叉が啼く。
立ちはだかろうとした緑ぃのを、一瞬のうちに撲殺して。
 「うぅ…、わたし、こんな役柄ばっかですかー…」
なんか聞こえたけど、空耳だねきっと。

 「もうやめろ、霊夢っ!」
「!」
 その惨劇に終止符を打ったのは、悲痛な魔理沙の叫び声だった。
「お前の狙いは私だろうっ!?」
「ふ…ふふ…。やっと見つけたぁ…。
プリンの恨みぃ、晴らさせてもらうからね…?」 
 手に握り締めた素敵な凶器を、カラン、と鳴らしながら揺らめく霊夢。
その動きは緩慢でありながら禍々しく、およそ人がとる動きではなかった。
 その姿、まさしく幽鬼。
霊夢は凶器を握る手に力を込めて、魔理沙へと襲い掛かる!

 「逃げるヤツは普通の魔理沙だっ!逃げないヤツはよく訓練された魔理沙だっ!フゥーハハハーハァーーー!!」
魔理沙へ向かって、一直線に駆け出す霊夢。
 「霊夢…、お前は、私が止めてみせるっ!」
想いと決意を言葉に変えて、魔理沙は竹箒を取り出し身構えた!

 霊夢の歩幅は徐々に広がり、跳躍へと変わり、矢の速さでもって魔理沙に肉薄する!

 ぶぉんっ!
初撃が襲う。
速いが、力任せの単調な一撃。
魔理沙はそれを竹箒で受け止めた!
 ―――――が。
「ッ!?」

 バキャッ!

 竹箒は凶器の軌道を逸らし、いともあっさり折れ砕け散る。
竹箒が痛んでいたわけではなく、単に霊夢の力が桁外れに大きかっただけのこと。

ぶんっ!
 「んな…っ、冗談きついぜっ!」
毒づきながら二の撃をかわす魔理沙。
初撃と同じく、壊すためだけに振るわれる、大振りで単純な攻撃だ。
 魔理沙はそれを余裕でかわした。
はずだった。

 ドッ!

 「…っは」
一瞬、息が詰まる。
刹那遅れて、みぞおちに走る衝撃。
 肘を入れられた。
そう気づいたときには、既に遅い。
間髪入れず、顔を蹴り上げられる!
 
 ガッ!

 「…ぐぅっ!?」
仰け反った姿勢のまま、吹っ飛ばされる魔理沙。
倒れこむのだけは避けようと、咄嗟に地面に手をつき、回転して受身を――――――。

 ズッ…!

 先に着地した左足が、滑った。
体勢を崩した魔理沙の眼前に、狂気を宿した凶器が迫る!
「―――――――南無三っ…!」
 逃れられない。
自らの死を覚悟して、ぎゅっと目を瞑る。

 その次の瞬間。
魔理沙は、後方に退いていたメイド達に抱きかかえられていた。

 魔理沙に代わり、霊夢の前に立ちはだかる者は、咲夜。
切り札であるスペルカードを、魔理沙をかばう為に躊躇いなく使って。
 「選手交代よ。あなたは下がっていなさい。魔理沙」
「咲夜…?
っ、ダメだ!私が霊夢を――――」
「霊夢を止めたいんでしょう?
なら、意地を張るより先に、やるべきことがあるはずよ」
「―――――――っ」
咲夜の言葉に、口ごもる魔理沙。
 魔理沙も、わかっていた。
自分では、今の霊夢を止めることはできないということを。
けれど、それを認めたくなかった。
もし、認めてしまったのなら。

 霊夢を止めるためには、なんでもする。
どんな結末を迎えようとも、決着は自分の手でつけよう。

 そう誓った決意が、無駄なものになってしまうから。
けれど。
今の霊夢と魔理沙の力の差は、歴然としすぎていた。
何をもってしても補えないほどに、あまりにも圧倒的すぎた。
 何ができただろう。
止めることも、抗うこともかなわず、ただ圧倒されて。
挙句に、咲夜のスペルカードを浪費させただけではないか――――――。
 「わかった…」
消え入るような小さな声で、魔理沙は認めた。
どんなに頑張ろうとも、自分では今の霊夢には敵わない。勝てない。と。
 「霊夢を、止めてくれ」
「任せなさい」
涙まじりの小さな呟きに、ウィンクで応える咲夜。
そうして、正面に―――――――霊夢に向き直る。
 「そういうわけで、邪魔させてもらうわね」
「邪魔しないでよこの3枚重ね」

 ぴしっ。

 その瞬間、周囲の空気が凍りついた。
絶対零度の威圧感が周囲を包み込み、メイドの中にはプレッシャーに耐え切れず倒れる者も出始める。
 「だ れ が」
ゆっくりと、しかし強く確実に、言葉を吐き出す咲夜。
「3枚重ねっちゅーんじゃおんどれあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怒りのあまり、言語中枢がぶっ壊れたらしい。
今までのシリアスな空気はどこかへマッハで飛んでいき、二度と帰ってきそうになかった。
 「違いますっ!メイド長は2枚重ゲボハァ!!」
果敢なメイドAは、みなまで言う間もなく吹っ飛ばされる。
もちろん咲夜に。

 その様子を見た霊夢は、自分の胸をぽんぽんと叩き、指折りふたつ数えて少し考え。
「―――――――――はん」
「ぬがしゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
霊夢の嘲笑と、それに対する咲夜の張り上げた奇声が、戦闘開始の合図となった。



 両者の攻防は、熾烈を極めた。
殴り殴られ蹴り蹴られ、斬ったり貼ったりのばしたりつけ間違えたり。
両雄は一歩も引かず。

 さもありなん。
変態同士の勝負は、より異常な者に軍配が上がる。
コレ世界の常識。



 素敵な凶器を振りかざし、コーホーコーホーという暗黒面丸出しの呼吸法で襲い掛かる霊夢。
素敵な凶器で殴られるようとも、そのたびに目を妖しく光らせ、咲夜汁を迸らせながら立ち上がる咲夜。

 「道を…コー、開けて…ホー、もらおうかっ!」
両手に握ったバールのようなものを、咲夜の頭めがけて振り下ろし――――――――、

 だごしゃっ

どこかのサスペンスで見たような、撲殺現場を見事に再現してみせる。
 だが。
咲夜は真紅の液体を迸らせ、立ち上がる。
いかんせん、咲夜汁の噴出力で立ち上がっているようにも見えるのが間抜けていた。

 「何故倒れない…コー、咲夜っ!」
「フッフッフ…。私には聞こえるのよ。愛しのれみりゃたまの声がっ!
咲夜ーがんばってー信じてるー死なないでー愛してるーもう私をぜんぶあげるーとっ!
れみりゃたまの愛がある限り、私が敗れることなど有り得ないわっ!!」
 妄言を垂れ流し、咲夜汁を迸らせながら吠える変態。
間髪居れず、その手にした花瓶を振り上げ―――――――――、

 ごがしゃばりんっ

 霊夢の脳天に、必殺の花瓶が見舞われた。
粉々に砕け散る花瓶と、咲夜の手に残る鈍い手応え。
そして、ゆっくりと崩れ落ちる霊夢。
 凶星、墜つ。
その場に居た誰もが、そう確信した。
しかし。

 霊夢はだんっ、と足を踏みしめ、
「クフゥ…っ、甘い…甘いわ。
絶食4日目に食べたお饅頭よりもねぇっ!!」
涙なしには聞けない、不憫な咆哮を上げた。
 「まさか…、メイド秘技・花瓶パンチが通用しないなんて…」
驚愕の声を上げる咲夜。
てか花瓶パンチって何だ。
 「鈍器、トモダチ。痛くない」
そして、右手をかかげ、親指を立てて、いたってシンプルに応える霊夢。
答えになってないとかいうツッコミは無視らしい。
そもそもなんでカタコトなんだ。



 轟く破砕音、飛び散る破片、巻き添えで吹っ飛ぶメイド、ヒートアップする妄言、飛び交う紅い液体。
阿鼻叫喚の地獄絵図は留まることなく、むしろ加速度的に異常さを増して広がっていく。
 この様相を一言で言い表すと、おそらくこんな感じか。

 『何この魔空空間』



 「……………」 
遠くを見るような目で、眼前のアレな光景を眺める魔理沙。
その表情は当然のごとく、げんなりしていた。

 「………………あー」

 なんかもう、どうでもよくなってきた。
事態を収拾できるなら、もうどうでも。
そんな極限の精神状態だったから。
手段を選ぶような余裕も、当然の如くなかったわけで。 

 「えーと、ふぁいなるすぱーく」
 
 やる気のカケラもねぇ呟きとともに、みんなまとめて吹っ飛ばした。
爆発オチでもいいじゃん。おおげさだなぁ。



 _/ _/ _/紅魔館室内 18:30 PM _/ _/ _/



 「ん…、うぅ…、っつぅ、いたたた…」
うめき声を上げながら、ゆっくりと目を開ける霊夢。
きっちりと整えられたベッド、控えめに華やかさを演出する瀟洒な内装。
 そして、それらすべてをぶち壊す、等身大レミリア抱き枕や巨大レミリアポスターをはじめとした、レミリアグッズの数々。
全部手作りであることは言うまでもなし。
そこが咲夜の部屋であるということは、彼女の性癖、もとい嗜好を知っている者なら、一目瞭然だった。
おでこに乗せられていた濡れタオルをずり落としながら、霊夢は頭を抱える。



  さすが、完全にして瀟洒なメイド。
 変態っぷりも、他の追随を許さないほど完璧だわ。

  うーん、この異常な光景を目の当たりにした感想としては平凡すぎるかな?



  飾ってあるモノは普通のレミリアグッズだ!ベッドの上にあるモノはよく使い込まれたレミリアグッズだ!
 ホント咲夜は変態だぜフゥーハハハーハァー!!

  なんか自分も変態っぽく思われるわね。却下。  



  こぉの馬鹿メイドがぁっ!だぁからお前は変態なのだあぁぁぁっ!!

  うーん、なんだか素手でモビルスーツを破壊しそうな勢いね。
 か弱い女の子はそんな野蛮なことはしないし、却下却下。



  随分とレミィに入れ込んでるようじゃない?咲夜。
 もっとも、レミィ本人はあたしにメロメロなんだけどね!!

  まさに外道。



 「何を一人でぶつぶつ言ってるのよ」
「ほぐぅっ!?
あぁいや、ちょっと頭が痛かったからね?」
 短く絶叫するも、なんとか取り繕う霊夢。
どうも、今までのすべての感想案を、うっかり声に出していたらしい。
そして、咲夜にバッチリ聞かれてしまった、と。

 許されざる禁を犯したようね咲夜。あとで正々堂々と闇討ちしておかなきゃ。

 そんな物騒な決意を固める霊夢。
傍らで完全犯罪を計画されているとはつゆ知らず、咲夜は口を開いた。

 「まぁ、いいわ。詮索は趣味じゃないし。
寝惚けてるみたいだけど、目は覚めたかしら?」
「あー…、おかげさまでね。生涯最悪の寝起きだわ」
 霊夢は部屋を見回しながら、げっそりした声で返す。
さもありなん、この光景は一度見たらそう簡単に忘れられそうにない。
無論悪い意味で。
 「生涯最悪とは聞き捨てならないわね」
「目が覚めて一番に抱き枕と目が合うなんて、寝覚めが悪いったらありゃしないわ。
確かにレミリアは可愛いけど…、悪趣味にも程があるわよ」
 世紀末的な様相を呈している内装から目をそむけつつ、咲夜の言に応じる霊夢。
もっとも、どこを見ても必ずレミリアグッズが視界に入ってきてしまうので、所詮は無駄な努力なのだが。
 「大丈夫よ。あなたは素質がありそうだもの。
ちょっと修行すれば、新しい世界が開けるわよ?」
「そんな世界は暗闇のまんまでいい!」
目の前の非常識人にずびしいっ、と裏拳ツッコミをいれる霊夢。

 その様子を見て、咲夜は小さく呟いた。
「…うん。どうやら、正気に戻ったようね」
「?」
咲夜の呟きを聞きとがめて、霊夢は首をかしげる。
 「あぁ、こっちの話よ。気にするほどのことじゃないわ」
「気にするなっていうなら、気にしないけど」
 やや憮然とした面持ちで返答する霊夢。
それを聞いた咲夜は、満足そうに頷いた。
 「話が早くて助かるわ。
さて、ここで話してるのもなんだし、場所を移しましょうか」
「あー…、そうね。
このままここに閉じ込められたら、気が滅入っちゃうわ」
 霊夢はなかば魔窟と化したベッドから降り、レミリアグッズに埋め尽くされた人外魔境を後にする。
そうして、咲夜のあとについて、とある部屋へとたどり着いた。



 華やかながらも、主張し過ぎない程度に抑えられた内装。
戸棚に揃えられた来客用のティーカップなどが、そこがごく普通の客間であることを示していた。

 「ここで待っていてちょうだい。あなたに会いたいって人がいるから」

 咲夜はそう言い残して、すぐさま部屋を後にする。
それからしばらくの時間を置いて、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 「どうぞー」
霊夢の声を聞いて、ドアノブが動く。
…だが、それだけ。
ドアは開かれることなく、再びドアノブは元の角度へと戻る。
「?」
 怪訝に思うものの、好奇心がそれに勝る。
興味の赴くまま、霊夢はドアに近づき、そのまま開け放った。
 
 「…魔理沙?」
 扉の前に立っていたのは、思いつめたような表情で佇む魔理沙だった。
最初は伏目がちにしていたものの、やがて、きっ、と霊夢を見据えて、魔理沙は口を開く。
 「…霊夢。
プリンを食べちまって、すまなかった。
お詫びに、代わりのプリンを用意したんだ。
許してくれとは言わないけど、せめて受け取ってほしい」
 頭を下げながら、霊夢にプリンを差し出す魔理沙。
そして。
「…うん」
霊夢は、俯きながらそう答えた。

 おずおずと、箱に手を伸ばして。
がしっと魔理沙の手を握り締めた。むしろ掴んだ。

 「…れ、霊夢?」
「クフフフフフフ…。つ~か~ま~え~た~」
 完全にイってる瞳で、抑揚のない笑い声を上げる霊夢。
その姿は、最終鬼畜撲殺巫女の名に恥じないものだった。

 「あー…、あのさ、プリンの償いはしたんだしさ。
ここは笑顔でありがとうって言って受け取ってさ、それで綺麗に終わるところなんじゃないかなぁ。話の展開的にさ?
って言うか手が手が痛い痛い痛い痛い」
 腕を握り潰しかねないほどの力で、ギリギリと掴みまわす霊夢。
痛がる魔理沙を弄るように、時折握る力に緩急をつけるあたり、ものすごくタチが悪い。
 「いやいや、プリンの件は許すけどー、吹っ飛ばされたり社務所とか神社壊された分は、ねぇ?
それに、許してくれとは言わないって、自分で言ったんじゃない?」
 目の前の紅白はにこやかな笑みを崩さないまま、底抜けに明るい声でそう言い放った。
サーーーっと音を立てて、全身から血の気が引いていくのが、魔理沙にはこれでもかと言うほどにわかってしまった。

  う わ ぁ 、 や っ ち ま っ た 。

 そう思っても、もはや後の祭り。
明確に想像できてしまえる最悪の未来から逃れたい一心で、魔理沙は苦し紛れの抵抗を試みる。
 「それはその、ほら、言葉のあやで」
「問答無用♪」
試みるが、やっぱりダメだった。 
霊夢が、これ以上ないくらい極上の笑顔を浮かべながら取り出したものは。
「ねえ何そのバールのようなものいややめてってば」



 うぎゃあぁぁぁぁ~~~~~~~



 紅魔館に、悲痛な断末魔がこだました。

 そして、それを聞いたパチュリーはこほん、と咳払いをしようとするも、勢い余ってゴファと吐血して一言。

 「かくして、魔王の脅威は去り、一人の勇者が夜空の星となった。
その勇者の名は、霧雨魔理沙。
ありがとうありがとう。君の雄姿は忘れるまで忘れない」



 どう見ても強引に締めくくろうとしています。本当にありがとうございました。



 _/ _/ _/Epilogue _/ _/ _/



 紆余曲折あって、一つの騒動は多分に強引に、約1名にとってのバッドエンドで幕を閉じた。
しかし―――――――――。
プリンを食べた真犯人は、一体誰だったのだろうか。

 話は、魔理沙が博麗神社を訪れる、少し前まで遡る。

 「橙…ハァハァ」
「ハァハァ」
ボタボタと鼻血を垂らしながら、荒い息つく約二名。

 …うん、ごめん。ちょっと戻し足りなかった。
話は、魔理沙が博麗神社を訪れる、だいぶ前まで遡る。



 _/ _/ _/マヨヒガ PM 14:50 _/ _/ _/



 マヨヒガの主、物臭妖怪、足臭女帝など数々の異名を欲しいままにする大妖怪、八雲 紫。
日頃夕方まで寝転がって、起きたらごはんを食べて、気が向いたら遊びに出かけて、そうでなければまた寝こける。
まごうことなきニート予備軍の彼女が、なんとまあ珍しいことに起きていた。
 「うー、お腹空いたー…」
もとい。寝惚けて家の中をうろついていた。
あくびをしながら胸元やお尻を掻く仕草は、誰まごうことなくオッサンそのもの。
 「まったくもう、藍ってば気の利かない子よねぇ。
ごはんの一つや二つ用意してくれてもいいじゃないのよぅ」
普段は寝てるような時間帯に飯を用意していろとはまあ、無茶もいいとこだ。
 「何か食べ物ないかしら~。っと?」
紫の目に止まったのは、饅頭箱。
ほとんど条件反射で箱を開け、中身を確認すると、すぐさまそれを食べ始める。 
 
 はくっ。もぐもぐ。
「あら?思ったよりおいしいわね」
はくっ。もぐもぐ。
「もう一個いっただっきまーす」
はくっ。もぐもぐ。
「食べちゃえば、3個も4個も一緒よねー」
はくっ。もぐもぐ。

 そんな調子で、次々と饅頭に手をつける紫。
饅頭が全滅するのに、10分とかからなかった。



 「あー!紫さま、お饅頭食べちゃったんですか!?」
「ふぇ?」
食後のお茶と洒落込んでいた紫の背に、彼女の式兼八雲家主婦である八雲 藍の声がかかる。
すっかり割烹着が普段着と化しているあたり、その主婦っぷりたるや推して知るべし。
 「うわ、全部無くなってる…。
橙のおやつに用意してあったのに…、まったくもう」
 橙のおやつ、と聞いて、さしもの紫も気まずく視線を泳がせる。
ふと目に止まった時計を見れば、もうおやつ時。
ぱたぱたと、元気のいい足音がすぐそこまでやって来ていた。

 「藍さ…あ、紫さま。こんにちわー」
紫の姿を見止めて、ぺこりとおじぎする、彼女の式の式兼八雲家のマスコットこと橙。
そうして、藍のもとへと歩み寄る。
 「ねぇねぇ、藍さまー、今日のおやつは何ですかー?」
「あー…、その、お饅頭を用意してたんだが、紫さまが食べてしまってな…」
「え…」
 残念そうに肩を落とす橙。
耳まで下に垂れて、しゅんとなる。
 「ごめんなさいねー。
代わりといってはなんだけど…」
 目の前にスキマを開け、手を突っ込んでごそごそする紫。
そこから取り出したのは、容器に入った肌色のお菓子。
 「はい、これ。
プリンっていう、外の世界のお菓子よ」
「プリン?」
 おうむ返しに尋ねる橙。
「ええ。とってもおいしいんだから」
そして、にっこり微笑みながら応える紫。

 初めて見る外の世界のお菓子に、橙は興味津々。
今日の橙のおやつは、プリンに決まったようだ。
 


 プリンをぱくぱく食べる橙。
一心にスプーンを往復させるその姿は、とても可愛らしい。
 「どう?おいしい?」
紫の問いかけに、橙は、
「はい!とってもおいしいですー!」
にぱっ、と、天使のようなまぶしい笑顔を二人に向けた。

 「橙…ハァハァ」
「ハァハァ」
ボタボタと鼻血を垂らしながら、荒い息つく約二名。
マヨヒガは今日も平和でした。

 ただ――――――――。 
そのプリンの出所がどこだったのか。

 それは、紫のみぞ知る。

-完-
はじめまして。ふみつきと申す似非駄文書きです。

このSSを書くに至ったきっかけは、
「霊夢の針ってさ、なんかバールのようなものに見えない?」
従兄弟のそんな一言でした。

初投稿がこんなぶっ壊れたSSでいいんだろうか。
そう思わずにはいられないカオスに仕上がってしまいましたが、
クスリとでも笑っていただければ幸いです。
ふみつき
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コメント



0.1120簡易評価
2.60名前が無い程度の能力削除
撲殺巫女レイムちゃn(どぐしゃ
3.50幻想と空想の混ぜ人削除
確か橙に八雲は付かない、というわけで偽橙よプリンをよこ(ry
12.60しがない執事削除
エスカリボルグでもいいわけですn(撲殺
14.70名前が無い程度の能力削除
…あぁそうか、「ディープ・インパクト」か

つーか咲夜さんが素薔薇しすぎますね
ベクトルはやや違えども、変態従者ということで
キース・ロイヤルに匹敵するかなと思ってみt(花瓶後頭部直撃
17.50そんなSSがすき削除
鈍器、トモダチ、痛くない に吹いた。さすが撲殺バーサーカー
19.80名前が無い程度の能力削除
詰め込まれたネタの数々が大変おいしゅうございました。
特に咲夜さんとパチュリーがナイス駄目コンビですな。
咲夜さんがアレなのはデフォとして、このパチュリー妙に可愛いですよ。
20.無評価ふみつき削除
誤字脱字と、書式を修正しました。

幻想と空想の混ぜ人 様
>確か橙に八雲は付かない、というわけで偽橙よプリンをよこ(ry

妖々夢をプレイして確認したところ、たしかに橙に八雲はついていませんでした。
ご指摘ありがとうございました。
24.30読専削除
残念ながら全体的に薄い感じがしました。
のわりに長いのでよけいに。
壊れギャグで長文を書こうとすると、最初に読者のハートをぐわしとつかんで
そのまま引きずり回す握力が必要だと思うのです。
35.80名前が無い程度の能力削除
こんなのがあったとは
36.80名前が無い程度の能力削除
いいね