――ねぇリサ、私達が出会った頃を憶えてる?
――私は運命とか信じたりしないんだけど、それでも時々思い出して考えるの。
――私達の出会いはきっと運命だったんだって。
なあ、とリサがいつもの馴れ馴れしさで話し掛けてきた。
わたしは読みかけの本から顔を上げて、顔を顰めて呟く。
「何か用?」
薄暗い大学の図書館。窓へと目を遣ればパタパタと大きな雨粒がひっきりなしに硝子を叩いている。時期は六月の半ば。梅雨に入ってからは毎日がこんな調子だった。
「何か用?だって。相変わらず連れないな」
あーあと大袈裟なジェスチャーを交えてあからさまな落胆を見せ付けるのは、この春に大学で顔見知りになった変な女。何かとわたしに絡んできて、正直、鬱陶しい。
「用が無いならどっかに行って。静かに本を読みたいんだけど」
「待て待て、サークルの友達とカフェで喋くり倒そうと思うんだけど、お前も一緒にどうかなーなんて思ってさ」
わざとらしく溜息を吐いてやる。
「そんなの私が行く訳ないでしょ」
「別に皆に話をあわせる必要はないさ。お前は横で黙って本でも読んでりゃ良い。参加する事に意義があるんだ」
「だから、何でよ」
「そりゃだって――お前、こんな所で一人で本読んでるなんて寂しいだろ」
確かに館内に人影は殆ど無い。薄暗いし、陰気だ。
「寂しくなんか無い」
「無理すんなよ。顔に寂しいって書いてあるぜ」
そう言って私のおでこをチョンチョンと突付く。
「やめなさい!」
「おー、元気だ。そんだけ元気なら良いよな。皆と楽しくカフェで一息」
「やだ」
「どうしてさ」
「他人に囲まれてる方がよっぽど寂しいわよ。たくさんの人に囲まれて、話があわないなんて想像しただけで最悪よ。一人だけ浮いてさ、ああやっぱり自分は人の輪に入れないんだって、自分の居場所は此処にないんだななんて一々再確認したくないし」
「ははー、対人関係に問題ありって自覚あったんだな」
「バカ!五月蝿い!!」
「まぁいいじゃん、コミュニケーションブレイクダウンも。少しずつ慣れていけばいいのさ」
「いい加減放っておいてよ、もう」
「んー、どうしても皆と一緒は嫌か」
「嫌」
リサはうーんと悩み始める。悩まなくてもいいからさっさと視界内から消えて欲しいというのが私の本音だった。
「よし、こうしよう」
何を思いついたのか突如として私の体を抱き上げた。
「ちょっと、何するのよ!?」
「人が多いのが嫌だったら、まずは私と二人きりから徐々に慣れていこうぜ」
「だからって――もう!降ろしてよ!!」
「いやいやいや。こうでもしないとお前来ないだろうし。強制連行」
私を抱えたままヒャッホー!と奇声を上げて走り出すリサ。一体どこにそんな膂力が隠れていたのか――
パルプファンタジア
「わーッ!わーッ!!キャーッ!!」
「コイツは激甘の展開だぜえええぇぇぇ!!」
森の中の古道具屋、ご存知、香霖堂。
その店先に置かれた長椅子。
そこへ腰掛けたまま、奇声を上げ、地団太踏んで興奮し、悶絶する少女が二人。
霊夢と魔理沙である。
二人とも身をくねらせて悶絶しているが、別に白昼堂々と如何わしい行為をしている訳ではない。
ただ単に本を読んでいるだけである。
そう、本である。
唐突だが、幻想郷は今、空前の創作ブームの真っ只中にあった。
え、展開が余りに強引すぎない?という意見もあるだろうが、それはそれ。これはそういう話だと割り切って欲しい。
もう一度言おう、幻想郷は今、空前の創作ブームの真っ只中にあった。
その遠因は、ある日を境に幻想郷には紙が溢れ返るようになった事があるかもしれない。
その現象は古道具屋の主人の言葉を借りるならば、外の世界で『紙』という媒体が別のモノに取って代わられた為、幻想の物の仲間入りをして、結果的に幻想郷に紙が溢れ返るようになった――らしい。
まぁその辺の理由は割りとどうでもいい。
紙が増えて最初に喜んだのが新聞作りに情熱を燃やす天狗達だったが、普段から物を書く事を習慣とする知識階層にも大いに喜ばれた。そしてその中には小説を書き始めた物好きもいた。
その物好きが書いた小説は本人すら予想だにしなかった事に大変ウケた。
メチャクチャ面白かったのだ。
瞬く間にその小説の反響は幻想郷中を駆け巡り、さらにその作品に刺激を受けて、よし私も一筆書いてやろうと後に続く者も現れた。あとはその繰り返しである。今や、普段は筆も握らないような者までが筆を取り、創作活動に精を出すといった始末で、猫も杓子も、兎に角、本を書く事がトレンドという事態が訪れた――という訳だ。
事実、最初の作品が書かれてから、現在まで三ヶ月も掛かっていない。それほど異常な速度でブームは加熱し、瞬く間に幻想郷中に波及していったのだ。
しかしモノは本である。読まれなければ、書いた意味が無い。
しかし、読ませるにしても、残念な事に、幻想郷には本を大量印刷する為の道具など無い。それぞれの本はあくまでも一ページずつ丹念に書かれ、一冊ずつ丁寧に装丁されたオンリーワンの存在なのである。
と、なれば回し読みするしかない。
しかし回し読みだと、誰が今持っているのか分からなくなるという致命的な弱点が存在する。何より「一生借りておくだけだけだぜ」という不届き者が出ないとも限らない。
対策はすぐに練られた。
一体誰が言い出した事なのか――それは文庫制度だった。
作家連中は書き上げた本を寄贈し、皆の共有財産とする。さらにこれを台帳により一元的に管理する事により、貸し借りの際にも責任の所在をはっきりさせようという試みであった。
そして問題の本を置く場所には香霖堂が選ばれた。
それは何故か。
例えば、本ですぐに思い浮かぶヴワル図書館などは如何にも良さそうだが、本を借りに行くことは紅魔館に訪ねる事とイコールであり、そこを住処とする者にとっては出入りが多くなって煩わしくって敵わない――それはそうだ。
その点、香霖堂ならば、店主一人が来るかも分からぬ客を待って、一日呆けているだけの店である。本を読みに来る奴が、万が一にでも店の品物を買ってくれれば、客の増加にも繋がると誰かが店主を唆したらしい。店の主人もまぁそういう事ならば、と本を納めるための棚一つと、店先に座って読めるように長椅子一つを提供した。
こうして俄かの創作ブームの屋台骨となる香霖堂文庫が誕生したのだった。
前振りが長くなったが、話は冒頭に戻る。
霊夢と魔理沙が読んでいたのは『Drizzly rain』というタイトルの人気の長編作品で、現在は3巻まで出ている。
作者は八里知恵子(はちりちえこ)。
創作ブームの火付け役とも言われ、皆の人気と尊敬を一心に浴びる、この界隈での天下人であった。
彼女の代表作『Drizzly rain』は、他者に安易に心を開かず、孤高を守り続けてきた「わたし」が、進級した先の大学で全く正反対の快活な少女「リサ」と出会う所から始まる。そして、最初「わたし」はリサを避けるものの、強引でマイペースなリサに巻き込まれ、様々な事件を通じて少しずつ人間的に成長してゆく――という話である。幻想郷の外の世界を舞台にしているため、分類するならばファンタジー小説だろうか。
涙あり、笑いあり、恋ありの展開は起伏に富み、先が読めない。そして、繊細で赤裸々な心理描写、情感溢れる表現、個性的なキャラクターなど様々な要因が高度に組み合わさり、恐るべき怪作になっていた。
どのくらい面白いのかというと、読んでいる最中に霊夢の鼻息が荒くなり、魔理沙が突然立ち上がってスクワットを始めるくらいのものだった。その完成度は推して知るべし。
少女感想中。
「ところであの新キャラはどうだ。有栖っていう女」
「ああ、『わたし』に対してやたらと突っかかってくる奴よね。『わたし』からリサを取り上げようとしてるみたいでなんかヤダな」
「霊夢は『わたし』派だからな、すぐに肩入れするな。私的には結構面白いキャラクターだとは思ったけど」
「あー、でも魔理沙。有栖ってたぶんリサの幼馴染か何かよ――ほら、見てよここのページのこの科白。それっぽくない?」
「見落としてたなぁ。確かにそうかもしれない。だけど、ミスリードを誘うのも八里先生のお家芸だし、油断はできないぜ」
「そうね。ところでリサの『心臓が悪いんだ』っていう科白はなんだろ。いつもの冗談なのか、それとも何かの伏線なのかな」
「それが本当だとしたら死亡フラグっぽいぜ」
「それもミスリードを誘うための伏線であることを祈るわ――・・・それにしても今回も中々エロかったわね」
「んだなぁ」
八里知恵子、濡れ場を書くのも得意な作家であった。そしてそのアダルトな描写も少女達に人気の秘密なのだ。
「早く4巻読みたいなー」
「もうそろそろ出ると思うが」
読後の興奮から少し冷め、呆けた表情で空を見上げる二人。
ジャリと土を踏む音がした。
我に返り、おや、と二人が音がした方へと顔を向ける。
異様な風体の少女――たぶん少女だ、がいた。
墨で染めたような真っ黒いワンピース。黒い奇妙な帽子。黒い靴下に黒靴。覆面だけが赤い。しゃんと伸ばされた体。覆面から銀髪が零れている。いつもと風体こそ違えど、それは間違いなく上白沢――
「否」
凛とした声が響いた。
「今の私は謎の覆面作家、慧極堂だ」
「あ、アンタが――」
魔理沙が立ち上がり、思わず後じさりする。
「アンタがあの超人気作家、慧極堂なのか!!」
覆面を被った覆面作家、慧極堂がそのマスクの下でニヤリと笑った気がした。
説明しなければならない。
慧極堂とは、八里知恵子と人気を二分する人気作家で、彼女の事を知らないモグリは大凡この界隈にはいまい。デビュー作『初心湯の夏』から一貫して、詳しい歴史考証を交えた、衒学的で薀蓄に富んだ作品ばかりを書いている。その独自の世界観は「慧極ワールド」とも呼ばれ、多数の中毒者を幻想郷に作り出した。毎作品のボリュームも凄まじく、他の本と並べた時、その分厚さには眩暈すら覚える。
「主人はいるか」
慧極堂が店の中に入って行く。
手には分厚い本。
「新作だわ」
「新作だぜ」
ざわりと場の雰囲気が揺れる。
「ふむ、新しい作品ができたのかな」
店の奥、定位置に座って本――白岩レティ著『⑨の壁』――を読んでいた森近霖之助、その人が顔を上げる。
「今回は中々具合がいいと思う」
「ほう、タイトルは?」
「『賽銭の匣』」
「良いタイトルだね。さっそく今日から置こう」
「いつも世話になる」
「何、無償で本を書く君達の方が偉い」
「そうかな。自分が書いたものを喜んで貰える。それが何よりの報酬さ。」
それが何よりの報酬さ――それが何よりの報酬さ――それが何よりの報酬さ――。
ホワワーンとそのフレーズが何度もリフレインした。
格好良い。粋だ。格好良過ぎる。
「すいません!慧極センセイ!この箒にサイン下さいッ!!」
「あ、私も大ファンです!この陰陽玉にサインを!!」
「ああ、もちろん。さぁ順番に並んで」
キャーキャーと黄色い歓声が上がる。余りにもミーハーな光景。これもまた創作ブームのもたらした現象なのであった。
「――アンタ達、何やってるのよ」
と、冷ややかな声がした。
声の主はいつの間にか現れたパチュリー・ノーレッジ。
図書館の万年引き篭もりがお日様の下を歩いているだなんて、何年に一度あるかないかの珍事だろう。手には一冊の本を大事そうに抱えている。魔理沙はその手にした本を目ざとく見つけると二カッと笑う。
「へぇー、お前までここで本を借りてるとはね」
「そうね。ここの本、面白いから」
魔女は素っ気無く答えつつ、落ち着かない様子で本を隠すようにしながらスゴスゴと店の主人の元へと移動した。
「返却を」
パチュリーが霖之助に目配せをしながら、本を手渡す。
霖之助は無言で頷き、それを手に取る。
「確かに返して頂きました」
パチュリーはそれが終わるとホッと肩を撫で下ろし、来た時と同じ様に、無言で帰ろうとした。魔理沙が声を掛ける。
「パチュリー、新しい本は借りていかないのか?」
「――全部読んだから」
「そっか。読むの早いんだな。ふん、まぁいいや。香霖、慧極先生の新作を借りてくぜ」
「先に読むのは私だって」
「んー、じゃあ神社に行って二人で読むか」
そうして霊夢と魔理沙は仲良く嬌声を上げながら神社の方向へと飛んでいった。
「ああやって実際に、自分が書いたものが喜ばれる場面を見ると苦労が報われるな」
二人の後姿を見送ってから覆面作家が独語する。
「あなたもそう思わないか?」
そしてパチュリーの方へと話を振った。
しかし魔女は首を傾げるだけだ。
「別に――私は自分が面白いと思うものを書くだけだし」
「成る程。ところでさっき店主に渡したアレは新作かな。だとしたら私が借りて帰っても良いのだろうか」
「ふん、意外ね。お堅い貴方があんなのを読むなんて」
「妹紅が大ファンなんだ」
パチュリーは肩を竦める。そして赤い覆面を真っ向から直視しながら言った。
「貴方に一つ教えてあげるわ」
「ふむ」
「――覆面作家というのは、本当に覆面を被ってる訳じゃないのよ」
というか覆面被る意味が無いし。
パチュリーは己の領地であるヴワルに帰り、溜息を一つ吐いた。
――疲れた。
久々に外出したこともそうだが、今の幻想郷を覆う俄かの創作ブーム。その雰囲気に当てられ、ドッと疲れが出たのだ。
既に気付いておられると思うが、八里知恵子の正体はパチュリー・ノーレッジである。
ノーレッジは智恵じゃなくて知識じゃない?という向きもあるだろうが、それはそれ。まぁ似たもんだしいいかくらいで割り切って欲しい。
そして、既に説明はしたが、他でもない事に、八里ことパチュリーが現在のブームの火付け役なのだ。無論、今の大袈裟な流行は本人が望んだ事ではない。最初は紙が増えたから小説でも書こうと気紛れに書いてみたに過ぎないのだ。だと言うのに、気付けばブームの中心に祀り上げられていた。
――おかしい。自分はただ、自分が面白いと思うものを気紛れに書ければそれで満足だったのに。
「パチュリー様、お帰りなさいませ」
小悪魔が紅茶を運んできてくれる。
「ああ、ありがとう」
「本の方はどうでしたか?」
「いつも通りよ。店の主人に預けてすぐに帰ってきたわ」
「ええっと、そうじゃなくて――蟻巣川蟻巣先生の新作はまだ出てませんでしたか」
蟻巣川蟻巣。彼女も人気作家の一人である。新本格ミステリーと表し、『上海紅茶の謎』『倫敦時計の謎』『露西亜館の謎』と名付けられた国名シリーズが主な代表作であるが、最近はトリックを考えるのに飽きたのかエッセイ集を発表し話題を呼んだ。ちなみにそのエッセイ集のタイトルは『友達を作る100の方法』――。
「ごめん、忘れてた」
パチュリーは謝りつつも、内心陰鬱としたものを感じずにはいられなかった。
嗚呼、小悪魔、貴方までこんな一時の流行の虜に――!!
流行を追う事を十把一絡げに愚かだとは言うまい。文句も言わずに、この広大無辺なヴワルの司書をやってくれている子である。基本的に本好きなのだ。
だが、だからこそ言いたくもあった。
流行の作家や作品にばかり気を取られるな。何十年、何百年の時を越えて人々に愛される古典を読め。古典は古臭いのではない。現代の作品までに繋がる礎なのだ。基礎を無くしてライトなノベルの尻ばかり追いかけて何になる。たまさか、そういう基本があってこそ、今風の作品も楽しめるのだ。フフ、この科白はあの作品へのオマージュなのね、なんて気付いた時など心が躍る。だというのに小悪魔、今の貴方と来たら――。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」
心痛のせいか持病の喘息が出た。
「大丈夫ですか!?」
「平気、平気よ」
咳が静まるのを待って、熱い紅茶を飲み干し、気を落ち着かせる。
そもそもだ。
パチュリーが気紛れで書いた『Drizzly rain』第一巻分の原稿、あれを本にしようと言い出したのは小悪魔なのだ。パチュリー自身はあんな小っ恥ずかしい物はさっさと捨ててしまう気でいた。捨てる気でいたのに、捨てる直前に見つかって読まれた。読んだ小悪魔はこう言った、「パチュリー様!この話は本にしましょう!!」それはもうトランペットに憧れる少年みたいに眼をキラキラと輝かせて。その勢いに押されてパチュリーも思わずOKを出してしまった。
今思うとそれがいけなかった。
小悪魔が自ら装丁し「八里知恵子」名義で(さすがに本名は恥ずかしすぎる)首尾よく本となった『Drizzly rain』であったが、パチュリー自身はそんな本はすぐに広大な図書館の本の海の中に埋もれると思っていた。
だと言うのに、気付けばレミリアも眼を通していた。さらには咲夜まで。さらにさらには魔理沙までもがいつの間にか本を持っていって読破していた。
「おいパチュリー、あの本の続きってないのか?」
ある日、魔理沙がやって来てそんな事をいう。
恥ずかしくて、まさか自分が書いたとは言えなかった。
「――あれは知人が書いた本なの」
「ふぅん、そうなのか。その知り合いって誰なんだ?」
「覆面作家って奴よ。本名は明かせないわね」
ポーカーフェイスを保っているものの、知人=自分の事は定説である。
バレる。すぐにバレる。絶対バレる。バレない筈が無い。
なのに。
「そうか。覆面作家じゃ仕方ないな」
ありえない事に魔理沙は納得した。そしてさらに無邪気に笑いながらパチュリーに追い討ちを掛けた。
「その知り合いに話の続きを書くように頼んでくれよ。あの話、ホントに面白かったぜ」
八里知恵子のペンネームの時点で気付いても良さそうなものを――いや、それとも気付いていてわざとこちらに合わせているのだろうか。どうにも判然としない。
「分かった、伝えておくわ。でも期待はしないで」
その場はそれで何とか誤魔化した。あとは時間が経てば皆忘れるだろう。そう思った。しかし世の中、そうそう思い通りにはいかない。
「パチェ、あの本の続きは無いのかしら?」
レミリアが言う。
「パチュリー様、あの本は何巻まであるのでしょうか」
咲夜が聞く。
「なぁ例の知り合いはいつ頃新しいのを出すんだ?」
魔理沙が催促する。
そしてダメ押しとばかりにトランペット少年みたいに無垢な眼をキラキラと輝かせて小悪魔が懇願する。
「パチュリー様、『Drizzly rain』はいつ完結するんですか???」
分かった、分かったから。書くわよ。書けばいいんでしょ!!そんな眼で私を見ないで!お願いだから!!
そういう経緯があり、後は坂の上から岩が転がるように状況は勝手に進んで行った。
気付けば八里知恵子が時の人となっており、創作活動が俄かに流行りだし、香霖堂文庫が誕生し、幻想郷は始まって以来の玉石混交老若男女人妖を問わず上から下までの大文豪ルネッサンス時代を迎えている。
パチュリーは苦悶する。
――何でこんな大袈裟な事になってるのかしら。
嗚呼、運命はいつだってアイロニーに溢れてる。
『Drizzly rain』第4巻を上梓してから一週間程経ったある日の夕暮れ。夕食を取りながらパチュリーは呆っとしていた。場所はやたら広くて、空きスペースが一杯で落ち着かない紅魔館の大食堂。今この部屋にはパチュリーの他には朝食(夜が活動時間なんだし)を取るレミリアとその給仕をする咲夜しかない。二人の会話は否応無く耳に入ってくる。
「お嬢様はもう新作はお読みになられたんでしょうか?」
「昨日の内に読んでおいたわ。咲夜も読みたいのなら貸してあげるから、後で私の部屋に来なさい。予約が一杯で明日中に返さないといけないから、早く読まないとダメだけど」
「有難うございます。香霖堂には私が返却しておきます」
胡乱だったパチュリーの意識がハッキリとする。
「何の話?」
「『Drizzly rain』よ。パチェも知ってるでしょ?今一番話題の恋愛小説よ」
恋愛小説――世間ではそう思われているのだろうか。
それに、知ってるも何も書いたのはパチュリーである。むしろ誰も八里知恵子の正体に気づいていない方がパチュリー自身には不思議でならなかった。思わず天邪鬼な気分になる。
「どうせ通俗的なだけの小説なんでしょ」
自分で自分の作品を貶してみたりする。
「そんな事ありませんよ」
意外な事にムキになって反論したのは咲夜だった。
「パチュリー様も読めばあの作品の良さは分かると思います。読まないからそう言うのです」
パチュリーの天邪鬼が加速する。
「ふん。そうは言うけどね、流行ってる本が良い本だなんて限らないじゃない。皆が口をそろえて面白いって言うから読んでみたとかそんなのでしょ。普段は本なんて大して読まないくせにね。しかも普段から本をたくさん読まないから、その本が本当に面白いかどうか判断できない――比較対象がないんだものね。でも周囲は面白いって言ってるから適当に合わせて、面白い面白いの大合唱。馬鹿馬鹿しいわ」
咲夜の頬が一瞬朱色に染まる。
「流行とかそんなのは関係ありません!」
「じゃあその作品のどこが面白いのか言ってみなさいよ」
咲夜はむーっと唸り、慎重に言葉を選ぶ。
「――登場人物が魅力的です。主人公の『わたし』は捻くれた一面もありますが、基本的に独特の感性を持った繊細な子です。私自身とは違ったタイプですが、共感できるところがたくさんあります」
「ふぅん」
「親友のリサも凄く魅力的なんですよ。主人公とは違って、積極的で飄々としていて、いつも狂言的な役回りばかりで――でも本当は凄く弱い所もある普通の女の子」
「それに――」
とレミリアが横から口を挟む。
「ストーリーも魅力的よ。展開が読めない。だけど王道からは決して外れてはいない。作者のバランス感覚が良いのかしらねぇ。読んでる間は次のページが気になって、気になって仕方ない気分よ」
「そ、そうなの」
「パチェも先入観だけで判断せずに、実際に読むと良いわよ。本当に病みつきになるから」
面白い面白いと遠まわしに感想は聞いていたが、こういう風に具体的に何処が良いという意見を直接聞いたのは初めてだった。
――正直、悪い気はしない。
「ところでお嬢様、気になる噂がありまして」
「何かしら」
「最終話でリサが死ぬかも知れないって話ですよ」
「なんですって!?」
「本編とは別に挿入される『わたし』のリサへの語り掛けるモノローグが全部過去形なのは、実は最終話でリサが死ぬ伏線だとか――」
パチュリーはドキッとする。何せその予想は間違いではない。
しかして、まさか目の前に書き手がいるとは露にも思わぬレミリアは、イヤイヤと首を振り、大仰に言ってのけた。
「冗談じゃないわ。リサ程の人気キャラクターを殺すなんておかしいじゃない。あの作品の4割くらいはリサ成分でしょ」
「4割はリサ成分――」
「全くリサを殺すなんてまともな作者なら絶対にする筈ない。幻想郷中の読者は『わたし』とリサの恋愛模様の行方に注目してるのよ、どっちかが死ぬだなんてそんな安易な終幕にして欲しくないわね」
「恋愛模様――」
「それは確かにそうですね。感情移入させるだけさせて、最後に殺して読者の悲しみを煽るなんてあまりに安っぽい終わり方ですよね」
「安っぽい――う、ううっ」
「どうしたのパチェ?顔色が悪いわよ」
「へ、平気、大丈夫よ」
本当は平気でも無かった。
レミリアに悪気は無いのだろう。彼女は割と一般的な読者層の気持ちを代弁しているに過ぎない。咲夜の指摘にしても尤もな部分はある。
だが、これは『そういう物語』なのだ。
『わたし』がリサと出会い変わっていき、和気藹々と話は終わると思いきや、余りに唐突なリサとの別れで物語は急転直下を迎える。親友を失った『わたし』は自暴自棄になるが、もう以前の彼女とは違うのだ。リサ無しでも生きていく強さを手に入れていた彼女は、親友の死を平静に受け止め、独り切りでも力強く生きていこうとする。そういう成長物語なのだ。少なくとも作者であるパチュリーはそう考えていた。
だが、読み手は必ずしもそうは思っていないらしい。
――何よりも断じて恋愛小説じゃ無いッ。
パチュリーはそれを声を大にして言いたかったが、やっぱり自分が作者である事を白状するのは恥ずかしく、口の中でモゴモゴ不平をかみ殺す事に留めた。
やっぱりダメねぇ、と内心落胆する。作者の気持ちを本当に分かってくれる読者なんて早々いない。それは仕方ないと思いつつも、やはり寂しい想いで一杯だった。
レミリアと咲夜はさらにヒートアップし、あの科白が良かった、あそこはこういう展開の方がもっと良かったんじゃないかと口々に感想を言い出しあっている。
それを横目にしながら、何だかやり切れない気持ちになる。
――そんなに文句があるなら自分で書けば良いじゃない。ふん、いっそ読まなきゃ良いのに。
「ごめん、先にもう寝るわ」
議論に熱中する二人から逃げるようにして図書館へと戻る。
少し仮眠して、今夜中には5巻を仕上げてしまうつもりだった。
次の日、パチュリーは出来立ての5巻を手に香霖堂に向かった。
不思議なものだ。最初はあれだけ作品を本にする事も渋っていたパチュリーだが、いつの間にかそれが当たり前になって何の疑問も無く本を納めに行くまでになっている――とは言え、創作ブームそれ自体を納得した訳でも、認めた訳でも無い。
香霖堂に着くと、今日は霊夢と魔理沙のコンビの代わりに、永遠亭の兎達がいた。
二匹は店の前に設置された箱を前に、何やらごにょごにょと話し合っているようだった。
「あ、こんにちわ」
パチュリーに気付いた鈴仙が礼儀正しく頭を下げる。
対してパチュリーは、ふん、と鼻を鳴らした程度で、とても返事とも言えない返事だったが、万年図書室引き篭もり少女にしてはこれで中々愛想の良いつもりなのだ。
「これは何かしら」
パチュリーはいつの間にか置かれている箱が気になった。細長い口が付いていてポストにも見える。郵政省の魔の手がついに此処まで伸びてきたのか、それとも親父が目玉な某妖怪にコンタクトを取る為の妖怪ポストなのだろうか。
鈴仙が答える。
「これは集計箱ですよ」
「集計?」
「その週で一番人気の作品を決めるための投票箱みたいなものです」
なるほど。箱の横には投票用紙が置かれている。
「何故こんな事を」
しかしこれはあらゆる作品に対して一定の敬意を忘れずに、敬虔な読者たろうとするパチュリーにとって理解できない事態であった。
作品の良し悪しというのは確かに存在する。それは事実だ。
だがその反面。良し悪しの判断基準というのはあくまでも個人に帰属する。ある作品がとても感慨深いものだとしても、他人からすれば詰まらなく感じるという事もあるだろう。
例えば、基本的な起承転結のパターンで物語を組み上げた時に、それを王道だと喜ぶものも居れば、逆に在り来たりだと批判する者も居る。
だが、そういう差異が存在するのは当たり前なのだ。
万人にとって受け入れる事のできる物語の存在など絵空事に過ぎない。それは幻想の中にあっても幻想なのだ。
そういう前提を熟知しているパチュリーにしてみれば、だからこそ集計など冗談もいいところだった。
――やるだけ無駄よ。馬鹿馬鹿しい。
「決めた、鈴仙。私はこっちに投票する」
しかし、著しく気分を害したパチュリーを余所に二匹は着々と投票作業を進める。
「へぇ、てゐは結局スッパテンコーにするのね。私はどうしようかな、やっぱり八里先生にしとくかなぁ」
「スッパテンコー?」
「あれ、パチュリーさんは知らないんですか。新進気鋭の作家、狐屋ランの『裸身咆哮スッパテンコー』ですよ」
パチュリーはこめかみを押さえた。
「イカれた――いや、イカしたタイトルね」
「這い寄るカオス、邪神ヒギィとの壮絶な戦いを描いた荒唐無稽式神エンターテイメント!!私はこれに投票するわ!!」
てゐは高らかに告げて、投票用紙をポストに放り込む。
「んー、私はやっぱり慧極先生のにしとく」
続いて鈴仙が一票を投じる。
――わ、私の作品はスッパと同じ敷居で語られるモノなのかしら。
せめてジャンルごとに分けて投票すべきだろうに、とパチュリーは呻く。
純文もミステリーもSFも実用書も一緒くたにすれば、個人の嗜好がモロに反映されるだけになるのは自明である。そういう意味でも、この投票制度はパチュリーの満足できるものではなかった。眩暈を覚えながら店の主人の元へ向かう。
「返却をお願い」
普段通りに本を読んでいた店主が顔を上げ、パチュリーの手に持っている本を見て目を細める。
「――いつも大変だね」
作品の受け渡しの時はいつも緊張する。完全に自分の手を離れていってしまうからだろうか。だが今回はいつもとは異なる、ただならぬ不安を感じた。自分の書いた作品が人目に触れ、自分の与り知らぬ所で採点されている事を強く意識してしまう所為だろう。
あまり良い気分ではなかった。
パチュリーはそそくさと帰ろうとする。
「ああ、そういえば君に渡すものがあった」
主人が紐で括った分厚い紙束を出してきた。
「手紙?」
「ファンレターというものだね。八里先生の居場所が分からないので、皆ここに手紙を置いていく。それが気付けばこんなに溜まってしまっていた」
「私には関係ないわ」
「じゃあ君が八里先生に直接渡しておいてくれないか」
「――仕方ないわね」
渋々と手紙の束を受け取る。ずしりと重い。
「随分とあるのね。八里知恵子はこれで中々忙しいのよ。読まないかも」
店主は肩を竦める。
「慧極先生は全ての手紙に目を通し、ちゃんと返事も書くらしい」
「だから何だって言うのよ。私には関係ない」
パチュリーは手紙の束を引っつかむと無言で店を出た。
「あら」
「ああ――」
と、店先でアリス・マーガトロイドとパッタリと出くわした。
珍しいものを見るように互いの姿をサッと一瞥する。
「珍しいわね、あなたが魔法の森に来ているなんて。本目当て?」
アリスの手にはいつものグリモワールとは別に一冊の本がある。それを見つけたパチュリーがカマを掛ける。
「そんなところよ。そっちは新作でも持ってきたのかしら、蟻巣川先生」
「な、な、な、ななななな、何で私の正体を知ってるのよ!?」
分からない方がおかしい。
「今度もエッセイ?それともミステリーに復帰かしら」
「ミステリーはもう止めたのよ」
「何故?面白かったのに」
「ふぅん、読んでてくれたんだ」
「小悪魔が大ファンなのよ」
「へぇー、嬉しいけどね、ミステリーはもう卒業よ。トリック考えるの大変だし、いくら巧く話をまとめたところで、そのトリックが成立するのはおかしいとか、こういう解決法があるだろうとかそういう野暮なツッコミばっかりされるし、全然苦労に見合わないわ」
「そんなものなの?」
「あなたも書けば分かるわよ。あなたの方は本は書かないの?」
書いてます。凄く書いてます。だけど恥ずかしくて言えません。
「――興味無いわね」
「あなたなら面白そうなの書けそうだけど。『紅魔館殺人事件』とかどうかな」
「遠慮しておくわ――ふん、それで貴方の書いた新しい本というのはどういう話なのかしら」
アリスは手にした本をパタパタと振りながら説明した。
「これは一口で言うなら、人形の話よ」
「七人姉妹で殺しあう話?」
「何それ。私が書いたのはタイムトラベルものよ。早い話がSF。タイトルは『2017年の上海アリス』」
「サイエンスフィクション?」
「スコシフシギの方」
「へぇ」
本という共通の話題を手に入れ、二人の会話はしばし盛り上がりを見せた。好みのジャンルについて。好きな作家について。最近読んだお勧めについて。
そして十分に互いの舌が解れた所で、パチュリーが少し突っ込んだ質問をした。
「――ところでアリス、貴方は今のブームの事をどう思う?」
「本を書いたり読んだりする層が増えるってのは悪くないと思うけど」
「だけどあまりに節操が無さすぎるようにも思わないかしら。投票とかまでして何がやりたいんだか――」
「そりゃあ、あなたくらい本を読んでればああいうのは馬鹿馬鹿しく思うんだろうけど、一般的に考えれば有意義な一面もあると思うわよ」
「何故」
「単純に考えて、あの投票の上位に入ってるのは面白いって事じゃない。今みたいにどんどん本が増えてる場合、何を読んでいいか分からない事もありそうだけど、その時に本を選ぶ指標になるでしょ」
「でも人気のある本がその人にとって良い作品とは限らない」
「もちろん『平均的』って意味でよ。実際、面白い本を探そうと思うと大変なのよ。面白いって一言に言っても『笑える』のと『興味深い』のは違うし、自分の肌にあってるかどうかも読んでみるまで分からない」
「本なんて最初の数行読めば、面白いかどうか分かるわよ」
「――あなたみたいに本と会話できそうな存在は規格外なのよ。普通の読者にとって、本というのは読むのに時間が掛かるくせに、最後まで読んでみないと分からないそういうバクチな趣味なの。それこそ図書館に引き篭もりっぱなしで本ばっかり読み続けている訳にもいかないんだし」
「フン」
「珍しいわね。他人のする事なんて殆ど興味の無い奴だと思ってたんだけど、やっぱり少しは気になるの?」
「気になるというか――」
気に食わないのだ。
今のままブームが拡大し続ければ、遠からず粗悪な作品が大量生産される事になるだろうし、投票という制度が、作品の価値そのものではなく『人気順位』という付随的なものを重視する習慣をもたらさないとも限らない。そうなれば本末転倒だろう――パチュリーはそんな意味の事をアリスに語った。
「別に良いじゃない」
しかしアリスはあっさりとそれを認めた。
「どうせ趣味でやってるんだし。単純に順位を争うようなコンペみたいな状況になったってそれはそれで楽しそうだし」
「楽しいとかいう問題ではないと思う」
「いいえ。楽しいかどうか、それが問題なのよ。少なくとも私は楽しいから書いているのだし、皆は面白いと思うから読んでいる――あなたはそういう態度を軽蔑するかもしれないけど、それが真実なのよ。誰しもがあなたみたいに崇高な理念や信念を持って読書や創作をしている訳じゃあないわ――所詮は趣味なのよ」
アリスはさらに何か言おうとしてすぐに言い淀んだ。
「――ゴメン、言い過ぎたかも」
スン、とパチュリーは鼻を鳴らした。
「分かってる――分かってたわよ、そんな事」
そうだ、全ては分かり切った事だ。
此処は幻想郷。良くも悪くもちゃらんぽらんな連中が多い。
創作ブームがやって来たからといって、突然、幻想郷の知的レベルが向上するだとかありえないし、本当に読書の習慣が根付くかどうかさえ怪しい。所詮はブーム。一時の事に過ぎないのだ。
パチュリーはやるせなかった。自分と同等の『本への愛着』を示す同類の存在は幻想郷には居ない。分かってはいたことだ。だけど、やっぱり改めてそれを確認するのは辛い。
最近、皆は本の話ばかりするが、パチュリーはそれを面白いと感じた事が無かった。自分とは読み方が違う、感性が違う、執着の深さが違う。ありていに言えば『幼稚』なのだ。少なくともパチュリーはそう感じていた。
だからこそ、やるせないのだ。
図書館引き篭もり少女はオンリーワン。その魂の奥深い場所は他者と簡単に共有できるものでは無いらしい。少なくとも今の幻想郷では難しいだろう。
スン、とパチュリーは再び水っぽくなった鼻を鳴らす。
「帰る」
「ああ、うん。ごめんね」
「気にしてないから。それにアリスと話すのはそんなに悪くなかったわ。またお話しましょう」
アリスはキョトンとした眼をパチュリーに向ける。
「え、え、えええええ、も、ももも、もちろん良いわよ」
「そう。じゃあまたね」
二人は別れた。
自分の縄張りは心地良い。やはり自分は本の傍にいるのが一番落ち着く。
己の真性のビブリオマニアっぷりを再確認しつつ、パチュリーは愛用の椅子に腰を降ろした。日光が入らないように閉め切られた空間も、充満する埃の匂いも、全てが心の安定剤だった。そうやって乱れた精神を落ち着け、自分を慰撫する。とは言え、己の置かれた立場に同情する様な無様な真似だけはしない。
気持ちが落ち着いたら、香霖堂で渡された手紙の束が俄然気になりだした。分厚い紙の束をしげしげと眺める。この全てが――信じられない事に――ファンレターであるらしい。
何が書いてあるのか気にならない訳が無い。
何度そのまま机の引き出しに仕舞いこんで、二度と目に触れないようにしてやろうかとも思ったが、結局、抗し難い誘惑に駆られ手紙に目を通し始めてしまった。
「はじめまして。先生の作品はいつも楽しく拝見させて頂いております。友達の間でもDrizzly rainはとても人気で、新作が出るのを毎日楽しみにしています。ところでリサが最終回で死ぬという噂があるのですが、本当なのでしょうか?本当だとしたら私はとても悲しいです。リサは本の中に出てくる空想の人物ですが、現実の私にもたくさん元気を分けてくれました。これは私の我がままですが、もしよろしければリサには最後に幸せになれるようにはできませんでしょうか。勝手な一ファンの想いであることは重々承知です。それでも八里先生なら、八里先生なら何とかしてくれる。そう思って手紙を書きました。かしこ」
手紙の差出人の名は『普通の魔法使い』。
「これ、魔理沙の字よね――」
パチュリーは呻き、眉間を押さえる。
ここまであの作品に対して想い入れてくれていたのか――心が痛んだ。
次の手紙、その次の手紙も似たような内容で、作者に対する作品内キャラクターの存命嘆願書――そういう印象を受けた。
無論、パチュリー自身もリサに対しては想い入れがある。だがストーリー上の彼女の運命というのは最初から予定していた事だ。今更それを変えたりしたら、これまで置いてきたラストシーンへの伏線が全て無意味なものになり、作品としてのまとまりを欠く事になるだろう。それはできない。
しかし、読者がこれほどまで感情移入しているとは想像も出来なかった。予定通りにリサを殺せば非難は必至のように思われる。それに何よりも読者の期待を裏切る事の方が辛い様に思えた。
――読者か。
以前のパチュリーにとって読者とは己自身以外の何ものでもなかった。自分が面白い物を書き、自分で一人で楽しむ。自家撞着の閉じた円環。それは発展も無いが、同時に何にも煩わされる事の無い楽園だった。
だが、この熱い想いの込められた手紙達は、そんな幸せな幻想をいとも容易く消し去った。
自分の作品を愛してくれる他者が存在する――ただ、その事実が、とてつもなく重いプレッシャーとなって圧し掛かってくる。
――もう書けないかも。
そんな予感がひしひしとした。
そして事実、手紙を読んだ日からパチュリーの筆は精彩を失った。
無理やり書き進めようにも、以前はどんな風に書いていたかも思い出せない。かつては無為自然、あるがまま、己の心の赴くままに物語を綴る事を信条としていたのだ。しかし、読者の視線に気付き、ぎこちなくなった今のパチュリーでは、昔の様にスラスラと書ける訳も無かった。
まるで踊れなくなった百足の話そのままじゃないかと自嘲する。
時間だけが焦燥を煽るように流れ、たちまち一週間が経った。
作品の進みは相変わらずだ。
せめてラストシーンの一歩前まで書いてやろうと四苦八苦しているのだが、如何せん、筆の進みは恐ろしく鈍く、支離滅裂で要領を得ない。八里知恵子の過去の作品と比べて、これが同じ作者の手になるものだと誰も思わないだろう。
無理もない。物語にとって肝心要のラストシーンのイメージがぼやけてしまったからだ。
当初の予定ではリサの病死と『わたし』の心の再生を描いて終わる筈だった。しかし今の幻想郷中の反応を見ていると、その終わり方はどうも望まれていないらしい。そして望まれていないものを書く勇気など、今のパチュリーには無かった。
以前のパチュリーなら何も恐れず快刀乱麻に最後まで書ききり、とっくの昔にエンドマークを打っていた事だろう。それが今や皆が作品に掛けられている期待をひしひしと感じ、それがプレッシャーとなり押しつぶされそうになっている。書いては手を止め、読み直し、クシャクシャと原稿を丸めて放り投げる。そんな事ばかり繰り返していた。
『――私は自分が面白いと思うものを書くだけだし』
昔の自分の言葉が頭の中でリフレインする。あの頃はこんな風に悩む事なんて絶対に無かった。こんな風になったのは「読み手」を意識し始めてからだ。
「私の書いた作品は――」
ぽつりと呟く。
「私のモノであって、私だけのモノではない」
作品とは、書き手と読み手に共有されているモノなのだ。
一人で書いて楽しんでいる分にはそうはならないのだが、本にして皆が見るようになった時点で、物語は作者だけのモノでは無くなってしまうのだろう。
読者は作品に思いを込める。
その込められた思いは、作者の意図を凌駕し、様々に解釈される。
純粋な感動も悪意からの批判もそうやって生まれるのだ。
そして今回の読み手の勝手な願いは、決して悪意からのものではなく、作品を愛するが故の純粋な想いであるから余計に始末が悪い。
矛盾した作者の意図と読者の希望。
その背反に押しつぶされ、パチュリーの中で何かが壊れた。
「寄って集って人の作品を褒めちぎっておいて――」
拳で机を強打する。
「私の思う様に書こうとすると待ったを掛けるだなんてズルイじゃないッ!!!」
バンッと静かなヴワルの暗闇に大きな音が響いた。
パチュリーは叫ぶ。
「私のファンなんですって言っておいて、私が作品に込めた想いなんて全然理解してないなんて酷いじゃないッ!!!!」
再び机を強打する。積み上げていた本の山が崩れる。本と本がぶつかる音。床に落ちる音。
さらに連鎖反応で隣の山も崩れ、音の洪水が静寂を完全に打ち破った。
濛々と立つ埃。喉の弱いパチュリーはたちまち咽始める。
「大丈夫ですかパチュリー様!?」
そこへ小悪魔が飛び込んで来た。
反射的に、キッとパチュリーは司書を睨んで怒鳴りつけた
「そもそも貴方が悪いのよ、小悪魔ッ!!」
ヒッと小さな悲鳴を上げて司書が飛び上がる。何故自分が怒鳴られているのか心当たりが無いので吃驚するのは当然だ。
パチュリーが怖い顔で詰め寄る。
「貴方があの作品を本にしようだなんて言い出さなかったら、私はずっと気楽に本を書き続けられたのに――ッ」
ゲホゲホと時折咽ながら、小悪魔のか細い肩を掴んで崩れた本の上へ押し倒す。
八つ当たりだ。そうは分かっていても感情を抑制できなかった。
「貴方の所為よッ!アンタが余計な事しなきゃ、私はずっと独りで完結できていたのに!ねぇ、どうなの、何とか言いなさいよッ」
パチュリーの力は弱い。その気になれば、戒めを振り解く事もできる。しかし組み敷かれた小悪魔は一切抵抗しようとはしなかった。パチュリーに馬乗りになられた状態で、ただ悲しそうな顔をしていた。
「すみません。私のせいでパチュリー様に心労を掛けているのなら、謝ります。本当に御免なさい。でもパチュリー様が書いた作品は、本当に面白いのです。素敵なんですよ。お一人だけで読むなんて勿体無い――」
ふと、パチュリーの脳裏に閃くものがあった。
「小悪魔、貴方があの本をレミィに見せたのね」
「はい」
「咲夜にも」
「はい」
「魔理沙にも読ませた」
「はい」
「まさか香霖堂文庫ができたのも」
「私がご主人に頼みました」
「だからか――」
ようやく納得した。『Drizzly rain』が世に出たのは偶然では無く、小悪魔によって仕組まれたものだったのだ。今回の狂奏曲的なムーブメントも小悪魔の地道な宣伝活動が裏にあったに違いない。
小悪魔は苦笑する。
「でも、まさかこんなに大人気になるとは思いもしなかったんですよ」
「何故、そんな真似を」
「パチュリー様の作品が素敵だったからです。私以外の皆にも読んで欲しかったんです」
その声には誇らしさはあれど、後ろめたさは全く無い。
何処までも真っ直ぐな言葉。
「――余計な事しないでよ」
「でも皆も好きになってくれました」
「――ホント、余計なお世話よ」
「皆も認めたんですよ、パチュリー様の作品は凄いって!」
「私は別に自分だけ面白かったら、あとはどうでも良かった!!」
「私も大好きです!パチュリー様の描いた物語が大好きです!!」
「どうでも、良かったのに――」
どうでも良くなくなってしまった。
以前なら決して抱かなかった感慨だ。
自分の書いた物を褒められた時、素直にそれを嬉しいと思える事。
――自分が書いたものを喜んで貰える。それが何よりの報酬さ。
随分と前に聞いた気もする他の物書きの言葉も、今ならよく理解できる。
自己完結した自分だけの世界で展開する物語は、それ故に広がりを持たない。
大多数の受け手の存在を前提にして物語とは初めて成り立つものなのだ。
――嗚呼、そうか。世界が広がるってこういう事なんだ。
パチュリーは視界がぼやける眼をゴシゴシと擦った。その顔には生気が戻ってきている。『Drizzly rain』、友の名を冠した物語に決着をつけなければならない。何より、自分の作品を最初に認めてくれた司書の為に。
その決意が萎えていたパチュリーの創作意欲を掻き立て始めていた。
しかし、問題はまだ残っている。
――リサの問題に如何にして決着をつけるか否か。
妥協すべきなのだろうか。それとも作家の意地を貫くべきか。
ゆるりと窓の方に進みより、パチュリーは緋色のカーテンを開け放した。眩い朝陽が飛び込んできて眼に染む。さらにパチュリーはそのカーテンを引っ張り、羅紗布を裂き始めた。
「パチュリー様、何をなさる気ですか」
すわ乱心かと怯える小悪魔だが、答えたパチュリーの声は驚くほど凛としていた。
「違う」
緋色のカーテンを裂いて、それで顔を怪傑ゾロよろしく隠した魔女が答える。
「今の私は――覆面作家、八里知恵子よ」
同日、上白沢慧音の住処を訪ねるパチュリーの姿があった。
「たのもー!!」
バンバンと扉を叩く。
すぐに慧音は顔を見せた。
そして自分の家の前に仁王立ちしている覆面姿の魔女を見て苦笑する。
「おや、これは珍しい。パチュリー・ノーレッジがこんな辺鄙な場所を訪ねるだなんて」
ふんと魔女は鼻で笑う。
「貴方に用はないわ」
「何?」
「慧極先生に会いに来たのよ。八里知恵子としてね」
慧音の顔がたちまち峻厳なものに変わった。
「少し待ちなさい」
そう言って、一度家の中に引っ込む。
ややして、慧音ならぬ慧極堂が姿を現した。
全身黒の井出達に、相変わらずどこぞのレスラーよろしく覆面だけが赤い。
「上がりなさい」
パチュリーが頷き、黙ってそれに従う。
通されたのは和綴じの本が平積みにされた書斎だった。
慧音はどうやらそこが彼女の仕事場らしい文机の前で正座した。パチュリーも対面の位置に正座する。
それは面妖な光景だった。覆面をした覆面作家が二人、狭い書斎で額を突き合わす形で向かい合っている。そのシュールな光景にツッコミを入れる者はいない。
「何用かな」
黒衣の作家と化した慧音が重々しく尋ねる。
パチュリーは事情を掻い摘んで話した。
「――つまり、お前は読者が望む様に完結すべきかで迷っているのか」
「そういう事ね」
「おかしな質問だ」
「変かしら」
「ああ、変だ。あれだけの作品を書く八里知恵子ともあろう者が、そんな事で頭を悩ますなどと――しかし事情を聞く限り、これまで読み手を殆ど意識しなったお前だからこそ、そんな事もあるのかもしれない」
それだけ言って慧音は押し黙った。
双方とも口を開かず、シンと耳が痛いほどの沈黙が降りる。
パチュリーは正座をしたまま眼を閉じた。
そうする事で心が落ち着き、無心になっていく。
「『作家』とはそもそも優れた禅匠を指す言葉だ」
ふいに慧音の声が響く。魂に染み入るような声だ。
「ゼン?」
パチュリーは目を閉じたまま返事をする。
「そうだ。禅の概念を一口で説明するのは難しい。普通、宗教は死後の来世を保障するものだが、禅に来世は無い。何故なら現世において、生きたまま仏になろうというのが本懐だからだ」
「エピクロスのアタラクシア」
「似ているが、違う。もっと実践的な思想だ。彼の哲人は心の平穏の為にわざわざ厳しい修行を推奨するかは疑問だからな」
「ふん」
「修行を通じて仏になるとは、生きたまま極楽に行くことだ。むしろ此岸と彼岸の境界を越えて、極楽をまさに此処に創ると言った方がいいかもしれない。その境地に立つ事を『悟入』とも言う。いわゆる悟るというやつだ」
「意識の変容による異界の創造」
フッと慧音が笑う。
「魔女らしい発想だが、まさにその通りだと思う。優れた禅匠とは、此処では無い何処か、別の世界を創る者だ。優れた禅匠は『作家』。そして作家は物書きだ」
そして慧音は悪戯っぽく笑いを含ませながら付け足した。
「――尤も物書きを指す作家が、本当に禅語から由来しているかは定かじゃないがね。半分は私の言葉遊びの様なものだ」
だが恐らくは的を射ているとパチュリーは思った。言霊はそれ自体に意味がある。
それに物書きが世界を創るというのは決して比喩ではない。
詩人や小説家は言葉を使い、幻想の世界を創り出す。そうやって書かれた作品は閉じ込められた世界だ。本という小さな結界の中で独自の理で動く異界だ。その辺りは魔法と似ている。言葉を使い、式を編む。或いは世界を紡ぐ――。
――いや、もしかしたら幻想郷という世界もまた、そうやって何者かによって創られたのかもしれない。
行き過ぎたパチュリーの夢想を慧音の言葉が遮る。
「さらに羅漢という言葉がある」
「――ラハン?」
「羅漢とは間違った悟りを開いた者の事を言う。己の器の小ささを顧みず、全てを知ったつもりでいる事を羅漢の境地と呼んだりもする」
「ふん」
「八里知恵子、羅漢になれ」
「どうして」
言っている事が滅茶苦茶ではないかと思った。
羅漢の境地が違えた悟りであるというならば、何故それを目指す必要があるのか。
「簡単さ。物書きに悟りなど不要だからだ。物書きに求められるのは紙とペンを使い、言葉で自分の世界を創る事に他ならない。それを他者が読んで面白いかどうかなんてのは二の次の結果に過ぎない――」
「読者の事はどうでも良いと?」
「そうだな、ある意味ではどうでも良い」
「でも貴方は読み手に喜んで貰えるのが何よりの報酬だと言った」
「その言葉は嘘ではない。だがそれも、自分の言葉で、自分の思うがままに書き切った結果に対する評価に過ぎない。評価とは時代や読者によって移り変わるものだ。お前はそんなものの為に、己の世界そのものを変えようと思うか?」
「――いいえ」
「お前の作品を面白いと言う者達は、まさに読者の事など考えずにひたすら自分の世界に没頭するお前が書いたから作品だからこそ面白いと感じるのだろう。それを今更、読者を顧みようなど笑止。それは単なる媚に過ぎない」
かつての自分の言葉が再び熱を帯び、力強く蘇る。
――私は自分が面白いと思うものを書くだけだ。
そうだ、それが全てだ。その他の事はどうでも良い。瑣事に過ぎない。
自分が書いたものが読者を裏切るとか、非難を浴びるだとか、そんな事はどうでも良い。
週ランキングが何位だとか、人気投票何位だとか、そんな事はどうでも良い。
誰が面白いといってくれたとか、悪口を言っていたとか、どうでも良い。
風聞なんて全部聞き流して、私はただ私の中の読者、それが持つ比類なき感性を信じる。
言葉を魔術的な弾丸へと変えてやる。複雑に編みこんだ物語を世界へと昇華させてみせる。
「驕り高ぶれ。お前にはその資格がある」
慧音はそう言い切った。
チロチロとランプの灯りが揺れている。
件の覆面をしたままパチュリーは机に向かっていた。
机の上に広げられた紙の上にペン先を置く。硬質なペン先が紙をなぞり、字を刻み込んでいく感触を楽しむかのように軽快に動く。
積み上げられた紙は既に百枚を超えている。
調子はこれまでで一番良い。
――私は八里知恵子。幻想郷一番の作家。私が書いて面白くないモノは無い。
その一念が作品に確かな骨組を与え、新たな息吹を吹き込む。
後で冷静に返れば、そんな思いは一時の興奮がもたらした全能感による気の迷いに過ぎないと分かるだろう。
だが燃え盛る溶鉱炉と化した熱い創作意欲の前ではそのような無粋なツッコミは無意味だ。
書かれるストーリーのみが真実。どんなに滑稽な想像だろうと、突拍子な展開だろうと、物語という世界の枠組みでそれはリアリティを持ち、現実を凌駕し続ける。
想いの丈を文字に変えて、白紙の世界に擦り付ける。
一瞬煌くインスピレーションを頭の中で捉え、引き寄せ、形にする。
今夜を逃しては、二度と同じ物は書けないだろう――そんな急く思いを胸に、ひたすら書き続ける。
集中力によって外部のノイズは一切消去されている。そこに読者などという邪魔物はいない。存在するのは作家と作品。それだけだ。
「――私にとってリサは最初から最後まで台風の様な存在でした――」
ラストシーンだ。『わたし』の陳述が入る。残りは僅か数行。
パチュリーは考える。何故この作品を書き始めたかと問われれば、その答えは一つしかない。ただぶちまけたい想いが胸にあった――それだけだろう。
「――彼女が居てくれた時間は決して長いものではありませんでした――」
安易な言葉だ。ここだけを読んでも何の面白みも無いに違いない。だけどとても大切な部分だ。パチュリーは苦笑する。結局、自分が書きたかったのはこの最後の数行だけだったのかもしれない、と。
『わたし』は私だ。
リサは魔理沙だ。
これは私自身の物語だ。
私が書く、私の為の物語だ。
そう、いつかきっと彼女を失う、私の物語だ――。
だからこれは決して、甘い恋物語なんかではない。
「――私はリサの事を決して忘れずに、これからも生きていくでしょう」
エンドマーク。はぁっーと大きな溜息を吐き、ペンを置く。
完成したのだ。『Drizzly rain』、全6巻。
書き上げてしまえばどうという事は無かった。これまで思い悩んでたことが馬鹿みたいに感じるほどに。
しかしパチュリーは休む事無く立ち上がると、インクも乾かぬ内に、早速製本を開始した。
最後の巻、小悪魔にやって貰うよりも、是非とも自分の手で仕上げたいと思ったのだ。
針と紐で本を縫っていく。一度失敗して指を突いて血が出たが、興奮のせいか痛みは感じなかった。仕上げに丁寧に表紙を付ける。『Drizzly rain』と金文字でタイトルも入れる。
カーテンの隙間から朝陽が差し込むのを感じた。
夜が明けてしまっていたのだ。
パチュリーはこの何ヶ月かで一番満たされた気分でいた。
「ふん」
椅子に座りなおし、出来立ての本の背表紙を撫でた。ショボショボする眼を揉みながら考える。果たしてこの本を発表したら、周囲はどういう反応を示すだろうかと。
当初通りに拒否反応を起こすだろうか?それとも案外、受け入れてくれるかもしれない。
しかし、どちらでも良い。それはどっちだっていい事だと今のパチュリーは悟っていた。
――少なくとも、一人だけは私が何を書いても喜んでくれそうな読者がいるしね。
小悪魔の顔を思い浮かべ、パチュリーは口元を綻ばす。
たった一人だけの熱心な読者。それも悪く無い。
パチュリーはまだインクの香りの強い本を広げると、中表紙の部分へとペンを走らせた。
――我が第一の読者、可愛い小悪魔に捧ぐ。
と、書いてふーむと少し唸り、さらにペンを走らせる。
――勿論、我が友人、霧雨魔理沙にも。
これで良い。今度こそ本当に完成だ。
ようやくパチュリーは覆面を解いた。八里知恵子としての戦いは一端終わったのだ。
朝日の眩しい窓際に立ち、外を眺めた。
創作の流行は一時的な物。その内に必ず廃れていくだろう。
――だけど私にはそんなことは関係ない。
これからも書き、書き続けるだろう。八里知恵子として、パチュリー・ノーレッジとして。それこそがラクトガールの矜持だ。
そして流行は消え去ろうと、書かれた作品は、それに込められた思いと共に永遠だろう。
「――やっぱ本はいいわね」
パチュリーは穏やかに笑い、眼を閉じた。次は何を書こうかしら、なんて思いながら。
意見が分かれるかもしれないような予感はしたけどこれは大好きだ。
一作家として色々考えさせられる話でした。
だがパチェ萌え。
そして読者意識するしないの前に素でスランプ突入(ネタ欠乏症或いはお笑い不全)した場合もうなんか嫌になってくるー。
今まではただの自己満足でしかなかった作品達に、
多くの方が評価や指摘、感想を送ってくれる。
誰かに読んでもらっている事が嬉しく、そして自分が書くことが楽しい。
今の私の心境を代弁してくれたような作品でした。
いなきゃ成立しないが、図に乗るとむしろ阻害する
人の価値観、視点なんて千差万別なんだからこそ厄介にも大切にもなる
確かに読者ってのは、ちょいと微妙な立場ですもんねーwww
ここまで斬新で感動するものは初めてでした。
…この作品にはモノを書かせる勇気を与えてくれる力がある。
弱気になった時にまた読み返してみたい作品です…
良い意味でも、悪い意味でも。
パチュリーの『創作に対する思考』と『感じ方』が、私と重ならない部分が非常に多かったためです。
ですが抵抗感と同時に、その『創作に対する思考』へ興味を覚えた自分がいたのは事実です。
この作品を読ませていただけたことへ感謝を。
ありがとうございました。
しかし、物書き要素を全部取っ払った自分はこの作品にどんな評価を下すのだろうか、と思うと、素直に100点を入れることは出来ません(実際はそんな自分存在しないっつーのに)。
でもま、単純にストーリーも面白いですからね。足して二で割り四捨五入して80点ということで一つ。
慧極先生の羅漢になれ、は考えましたわ。
評価を恐れず、そろそろ投稿してみようかな・・・
ここで物書きとしての有り方、なんてのを言い始めるとキリが無いので
ちょっとだけ。
結局、作家の唯一の義務は自分の作り上げた世界をきちんと閉じる・・・
・・・すなわち『書き終える』事だけなんですよね。
喝采も反省も快哉も後悔も全ては書き終えてからすればよいことで。
あ、ちなみに『⑨の壁』は自分も読んでみたいです。'▽')
書きたいから書く、作りたいから創る。
求める物が過程であるならそれでいい。
わかっちゃいるが、感想という蜜の味を知るとそれがままならない。
ともあれ、ご馳走様でした。
耳が痛くて、ちょっと共感できて、そしてふと立ち止まって考え込んでしまうような、そんなお話でした。
何かもうちょっとコメントしたいのだけれど、きっとそれは自分の領域で語ることでしょうから、これにて。
自分が楽しいから作品を書いているわけで、でも人に読ませる物だから手順を踏まなきゃならないわけで
まぁ文の書き方は人に読ませる云々の前の話ですが。
とりあえず色々考え始めたら頭痛がし始めたので一言
う~、ぱちゅりー!
後半説教臭さを感じつつも抜けられなかった。
作家としての部分を掘り下げた展開は斬新で、それを書ききる腕と意思に完敗です。
ある人なら一度は考えてみたこと。
けれどそれを物語として纏め上げるのは非常に難しい。
完成している、という点においてすばらしい作品だと思います。
>私が書く、私の為の物語だ
物語の面白さ以上に、八里先生の創作スタイルが気になります(ぇー
濡れ場ってなんだよー、と誰も突っ込まないので突っ込んでみました。失礼。
うー、ぱちゅりー
作家が幻想の創造者なら、詩人は世界の欠片を紡ぐ者でしょうか?わかりませんが。
色々考えさせられますね。人の目を気にするあまり物を書けなくなるというのは経験があります。『書きたいから書いた。今も後悔していない』っていう作品は、公の視点から見れば自分勝手にみえるものでも、個々の主観で見れば十人十色の感想を持つものですし。普遍と異端の境界は難しいものですよね~…
さて2つ指摘。
>本を仮に行くことは紅魔館に訪ねる事と 『仮→借り』 かと。
小悪魔の台詞:>蟻巣先生の新作はまで出てませんでしたか 『まで→まだ』だとおもいます
個人的な読書スタイルとして、作品に込められたメッセージから作者像を想像するというものがあります。それは読書に限らず漫画や映画やドラマにおいても。ですが比較的作者個人の嗜好が反映されやすい、本というスタイルが一番好きです。エッセイは直接過ぎるから、「物語」から作者の姿を読み取るってのが楽しいんですよねぇw
要するに、普段表に出ない心の声、人間ってものの姿を見たいって訳でして。
果たしてこのお話を読んで思い浮かべた桐生さんの姿が、正解なのかどうかは闇の中ですけど、それでも桐生さんという人に惹かれる魅力を持ったお話だと思いました。パチェ=桐生さんって程、単純じゃないでしょうけどw
ところで『紅魔館殺人事件』ですが……すいません、今書いてました orz
タイトルは微妙に変えますねw
随分筆を置いたままですが、一応私も物書きです。
「物書き」と「創作」に対して共感できる部分が多いように思いました。
作品そのものも、読者を意識し始めたパチュリーの苦悩する描写がリアルで、
なおかつ満足できるすっきりとした読了感。素晴らしいですね。
あと、さりげに慧音がかっこいいw
…幻想卿はああでしたけど、「ここ」はどうなんでしょうね。
…投稿するのに過剰に読者を意識して、いい作品が生まれるのだろうか。
パチェのビブリオマニアっぷりにいろいろ頷けるものがありました。
小ネタにも笑いましたし、読んでる間は展開も違和感なく、パチュリーが物語をどう終わらせるのかワクワクしながら一気に読んでしまいました。
創作に対する考え方は様々だと思いますが、私は蟻巣川先生の書く作品と考え方に惹かれるものがありました。
自然体で文章を楽しく書いていけたら素敵だと、そう再確認させていただきました。すごく良かったです。
何とかして良い物を、と思い、最近筆が暴走気味でしたけどなんとなく軌道修正できそうな気がします。
願わくば、自分の書く作品が少しでもレベルアップしている事を望んで。
そしてありがとうございました。
書きたいからこそ書く。そして何かを書き、創造することは、ちいさな世界を創りだすこと。
案外この世界も誰かが書いた物語の一部かもしれませんね。
本が好き。もしくは文章を読むことが好き。
そういった人達ならば、おそらくは誰しもが、自分もあんな風に文章を書いてみたいと思った事、もしくは試しに実際に書いてみた事があると思います。
上記のは自分の経験ですが、やっぱり何か書いてやろうと、再びそういう気持ちになりました。良いじゃないか、下手の横好きでも。
最後になりましたが本当に楽しく読ませていただきました。
ありがとう。
ですが、言わせて貰えばこのお話を「東方」で行うべきなのでしょうか?
それでも最後まで読みきってしまい、しかも読後に色々と考えさせられてしまいました。
作者の端くれとしては、ここまで胸を打ったSSは久しぶりだと言いたいです。
読ませて頂いてありがとうございました(礼
でも私は思うのですよ。これは結局のところ娯楽小説を意図して書いたものだと。
私はこれを読んで大きく心を動かされ、そしてそれを心地よく感じさせられた。それは立派に娯楽な訳で、しかもレベルが割と高い。意図が娯楽であったとするなら、完全に"やられました"。
だから、この点数を捧げます。そりゃあもう惜しげもなく。
…でも二次創作って表現の手段としてはちょっとずるいなとも思ったり。
他人の創った世界観に縛られる側面もありますが、逆手に取れば世界観だとか登場人物の紹介をかなりの部分端折れちゃいますし、有名なもののそれであれば公開場所にも困りませんもんねぇ…。
>狐屋ランの『裸身咆哮スッパテンコー』
コレが入っていたことに甚く感動しました。個人的にはphantomよかデモベの方
がすんげー好きなので。
小説であれ音楽であれ絵画であれ、他人が読む、聴く、見ることに違いはない訳ですが、やっぱり自分の思ったとおりのままがいいと思います。
それがどう取られるかは、本人の意図したところではないとしても。
そればかりは、仕方ない。
良いお話をありがとうございます。
自分でも濃いなぁと思う作品になったので、賛否両論分かれるのはある程度覚悟してたんだけど、やっぱり反響が大きいとびびってしまうチキンハート。
結果的に物書き向けの内容になっちゃってますが、書いた人的には、読んで、楽しんで貰って、一時の心の清涼剤くらいになれば十分かと思います。
最終的な受け取り方は人によって千差万別だろうし、正解なんてないんだろうし、ましてや私には特に深い意図がある訳でもありませんから、これはこういう幻想郷のエピソードの一つくらいだと考えればいいかもしれません。
そもそも東方でやる必要はあるのかと言われれば、答えるのは確かに難しいですね。
この作品の中のパチュリーの存在自体、極まった物書きの理想の一つの最終形態を取ってますが、恐らく現実にはこんな物書きはいません。
現実にいないなら幻想郷にいる筈だ、って考えて、だったらパチュリー以外にはいないだろうなーってのが最初のアイデアでした。
私は本が好きだから、パチュリーも好きだ!っていうの勿論理由の一つなんで、東方が無かったらそもそもこの作品は生まれてないと思います。
結局、小難しく考えてもいいし、表層だけなぞって笑ってもらっても良い。とにかく面白い!と思って頂けたら作者冥利に尽きます。お粗末さまでした。
パチュリーに会ったっていう大阪の本屋の場所を詳しく教えてください(おい
この作品を生み出された桐生さんと、『Drizzly rain』を書き上げられた八里先生に乾杯です(笑
むしろ東方でやってくれてありがとう!
私は八里先生のように傲慢になれる資格はありませんが、逆に考えればネームバリューが無い方が好きに書けていいんじゃないかとも思います。
もちろん、それが趣味であるかぎりはですが。
よーし、パパ、パチュマリでネチョいの書くぞー!(嘘
この後の展開はどうなるのか? 思わず続きを想像してしまう素敵な完成度のSSでした。
これだけはわかりました、この作品は面白い
慧極先生の登場シーンがメチャメチャ笑ってしまった。覆面の珍妙さと普段とのギャップの威力ですな。しかし覆面作家会議という真面目な役割もあって、上手いなと思いました。
あと名前でバレバレな蟻巣川蟻巣センセイが、やっぱり正体バレてるのが愉快。
その感情が物語に熱を与えていて、最後まで勢いが落ちていない。
小ネタまで生きていて、素晴らしいです。
いやー、凄いなぁ。
駄目だよ駄目だよそっちに行っちゃ、思考の迷路にはまりこむ
その裏側、パチュリーの気持ちひとつを感じてください
この話、この想い、葛藤、東方だからこそ
上は私の書いたSSの姿をある程度体現したものですが、この作品を読んで「作品を書ききることの大切さ」を再認識させられた気がします。
あと読者意識、私は前に書いた長編?のSSを書いたときには届いた感想を自分の骨組みの補助素材として使っていたんですが、自分の立てた骨組みのみで書ききることも考えさせられました、上とあまり変わらない気がしますが。
早い話が個人的にはこの作品も名作になると思っています。
いいお話をありがとうございました。
久方ぶりに頭の中で出来たものをこれから形にしようかと思います。
ともあれ各々先生方が―――特に慧極堂w―――GJ!
苦悩するパチェも良いですが、きゃあきゃあ言いながら本を読む霊夢と魔理沙が
可愛いです。
これは"うまい"。
そしてそれは一致するとは限らない。
それでもやっぱり、作家様の書きたいものを書いてほしいなと私は思います。
吼えよペン。滾れ幻想。唸れ妄想烈火の如く。
私は物を書く人間ではありませんが、「読者である」努力を忘れずにいたいものです。
う~、ぱちゅりー。
しかし、確かに考え方自体にはものすごい共感できます。
うちも一様はクリエイター側の人間なので。
まぁ、結局書いている段階で人がどんな風に評価を下すか…
なんてのは予知能力でも持っているか、もうあちらがわの世界に旅立った人間ぐらいしかわからないので、やはり驕り高ぶりながら構築するのが一番なんだと想います(ある程度経験を積んだ人間なら多少はわかるでしょうが。
その後、評価を受けて単純な指摘には心を開きそれを受け入れ、直せば良いだけですしね(まぁ、それができる人とできない人はいますが。
まぁ、言いたい事はG.J!!
この一言のみ!!
ささやかですがこの点数をお受け取り下さい。
そのときはきっと、今は見えない何かが、この作品から見えるようになるのでしょう。
ふと、そんなことを思ってしまった昼飯時。
つまり―――パチェ萌え。
色々思うところがありすぎて全てを語りきれませんが、この作品は外へと物語を送り出す者にとって時代場所を問わず普遍的な、究極の命題の一つではないでしょうか。
この時、この場所で、この作品に出会えたのは非常に幸運なことだったと思います。
折に触れて、何度も読み返したい作品でした。
でも盛り上がる部分でもう少し盛り上がっても良かったかもしれません。
少々平坦な印象を受けました。
あとは誤字をば
必死→必至
前半の創想話(というかSS全般か?)に対してのアイロニーから、よりメタ的な話に遷移しつつ、
作家、作品、読者との関係性についてのテーマに、ちゃんと帰結していく。
「八里知恵子、羅漢になれ」の流れはマジで震えましたよ、ええ。
こういうメッセージものってキャラクターに「語らせる」って感じがして、
すっごい拒否反応がでるんですけど、そうはならないのは桐生氏の筆力の賜物ですね。
まあ、読み専の自分としては、話としては「理解」できるけど、「共感」出来ないところに
疎外感というか、ほろ苦いものを感じてしまうワケですが。
それを含めて、非常に楽しめました。
点数は色々と考えた結果、あえてフリーレスとさせて頂きます。
ありがとうございました。
その後談がないのも、きっと羅漢の行き着く所なんでしょうね。脱帽です。
しかしスタートしてはや数カ月。投げ出してしまっています。
自分が読者として感じた気持ちに従い、作家となれるよう続きを書こうと思います
投稿はしないかもしれませんが(汗)
二次創作というのはみなそうですけれども、許容できる限界というものがあるわけで。
これは個人的に限界点を超えました。
自分の創作論を語りたいなら自分が作ったキャラクターに言わせるべきだと思います。
物書きの苦労が良く出てる作品でし
何が言いたいかというと、そんなパチュが大好きです。
胸に響く作品でした。
⑨の壁、物凄く気になりました。
白岩先生!
個人的にはパチュリーの心情の変化についての描写は好きです
そしてこの文章を書いてくれた作者に感謝します
けして変えられない近い未来を・・・
今はもう投稿されていない作者さんにささげますw
・・・・よってこの作品は永久保存ですねっ!!!ww
が、作者様方の悩みを想像することは出来ました。
色々考えることもあり、書きたいこともありますが私の胸の内にしまっておきますね。
私が創作者になった時に思い出したい作品です。
自分はただの読者、そしてただの読者として面白かったぜ。
ヒロインのハッピーエンドに変更して物語を終えたことのある自分には趣深い作品でした
読者さんの9割に感想でズタボロにされて私もバッドエンドだった苦い過去を思い出しました。
反省はしたけど書きたかった事が書ききれてスッキリ、後悔はしていない私は100点を入れざるを得ないです。
特に印象的だったのはこの部分。
>パチュリーは苦笑する。結局、自分が書きたかったのはこの最後の数行だけだったのかもしれない、と。
その数行を書き終えた時の、あの何とも言えない幸福感と達成感を思い出させてくれただけでも、このお話を読んだ甲斐がありました。
前述の過去と合わせて200点くらい入れたい所ですが、100点までしか無いのが残念です。
読ませて頂いて、ありがとうございました。
羅漢になれ……文章だけでなく創作全体に言えることでしょうねえ。
と言ってもプロは意見を取り入れざるを得ないという現実もありますが。
私が東方Projectを追いかけている理由もそこにあるのかもしれません。
一介の同人ゲームクリエーターだからこそ好きな事ができる、と。
私自身は作家でもなんでもないんですがね。
物語としても面白かったのでこの点数で。
この点数ってのも指標の一つに過ぎないんだよなあ……
需要と供給の一致も大切ですが、やはり創作活動は作者のモチベーションがあってこそかと。
パチェの苦悩から前向きになるまでがちょっと唐突かな?
文章もしっかりしていて良かった。
蟻巣先生何かいてるのww
でも、最後の巻を手に取った魔理沙のことを考えるとなんだかじんとしたので、100点
有栖川先生は読んだことないけど京極先生は好きなので作中のは笑いました。
というのも価値観の押し付けと言うか
読者の傲慢だなあと思いましたので
そこらへんを読み取れないのが
我々読者と作家の方々の溝なのかもしれないと思いました
四年前に読んだ時は面白い話だと思った。今日読み返したら泣きそうになった。
この話を書いてくれて本当にありがとう。
神は言っている――いい加減、コイツを超えるような作品を書けと。
失礼しました。
パチュリーにはいつか必ず来る未来が見えているのか。
ある種のせつなさを感じます。
それはさておき、前に読んだときはまだ一読者だったんだよなあ。
まだ八里先生のような悩みには直面してないけど、いつかは私もそんな壁にぶつかるのかしらん。
その時にもう一度、この作品を読んでみようと思います。いや面白かった。
この作品は多くの作家さんの支えになってきたし、これからもなっていくのでしょうね。
ありがとうございました。
慧音先生がかっっこい。覆面してる覆面作家も、楽しむためにわざとやってるんだろうなあ。
パチェの「ふん」という口癖も、物臭さで無愛想な彼女らしくて好きだ。
しかし藍の身に何が起こった。
あとアリスとこあかわいい